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こんな状況でなければ、懐かしく思ったかもしれない。
お母さんからは「何があっても卯良島には近づいちゃ駄目」と言われていたにせよ、
ここはわたしの生まれ育ったところなのだ。
数年ぶりに踏んだ卯良島の土、勝手知ったる生家、そして、―その敷地内で対峙するふたり。
「剣を手に敵に対した時、ましてや真剣を握った相手を前にした時に、別のことを考えるものではない」
月明かりを鈍く反射する真剣、その切っ先を真っ直ぐに梢子先輩に向け、
根方宗次―かつてわたしの父であった人―は、感情を伴わない声で言い放つ。
対する梢子先輩が手にしているのは、霊験灼かではあるかもしれないけれど、
真剣には敵うべくも無い木刀、蜘蛛討ちだ。
切られる。梢子先輩が切られてしまう。わたしを背にかばい、勝てる見込みのない相手に
剣を向ける梢子先輩が。それがわかっていながら、わたしの足は動かない。
逃げることはもちろんできず、けれど梢子先輩とお父さんの間に割って入ることもできず、
わたしはただ立ち尽くす。
目眩を覚えるほどの張り詰めた空気の中、間合いを計る隙さえもなく剣が迫る。
現実と思えない光景を前に、わたしの意識は理性を手放しかけ、為す術もなく
お父さんの剣の軌跡に目を奪われていた。
刹那、お父さんの手首が不思議な動きをして―梢子先輩の身体に剣が打ち込まれた。
「かはっ―」
スローモーションで先輩がバランスを崩す。
「今度こそ、クロウサマの御許に行くがいい」
倒れ込んだ梢子先輩に目をやり、お父さんは冷たく息を吐く。それがきっかけになったのか、
呪縛を解かれたわたしは、先輩の身体を抱き起こそうとした。
「梢子……先輩っ!」
無理に動かしてはいけない。パニックに陥る寸前の自分を叱咤し、苦しげに横たわる梢子先輩の
怪我の具合を確かめる。服の上からではわかりづらいものの、出血は無さそうだ。
そう、お父さんは剣を打ち込む瞬間、峰を返したのだ。この場で殺すためではなく、
梢子先輩を贄としてクロウサマに捧げるために。