Angel Beats!でエロパロ 3at EROPARO
Angel Beats!でエロパロ 3 - 暇つぶし2ch602:名無しさん@ピンキー
10/09/09 13:59:20 ukJHpt9z
抜けなくなるのね?

603:名無しさん@ピンキー
10/09/10 02:44:37 jZsAJMGI
身体が服ごとバラバラに切り裂かれても布地を巻き込まず、
ちゃんと一固体の人間として傷が治るから、急速な
自己治癒能力によるものではないよね。
もっと別の力が働いているのではないかと思われる。
だから、他人の臓器同士が癒着することは無いんじゃないかな。
なったらなったで合体したまま学校生活を送ることに・・・

>>602
抜くときにまた処女膜が破れるか広がるだけで済むかと。

604:名無しさん@ピンキー
10/09/10 23:47:37 kBcHv4Xv
そういうときのハンドソニックですよ

605:名無しさん@ピンキー
10/09/11 00:18:30 LC+xkFDa
最近涼しくなったからひさ子と大山も有りかもしれ無いと思い始めた

606:名無しさん@ピンキー
10/09/12 02:42:47 2VBB4cOr
>>605 www

607:名無しさん@ピンキー
10/09/12 14:12:35 aqeSqk7u
天使「バイブレーション」
ヌルッ
ゆりっぺ「あああああ」

608:名無しさん@ピンキー
10/09/12 18:08:54 ZkJnZ+7h
>>607
なにそれ面白そう

609:名無しさん@ピンキー
10/09/12 19:01:26 HHK1f980
天使「Vibration」
ゆり「ひああっ!もぅ、やめ、ふぁああ!」
天使「……やめない」
ゆり「私が、何したって、あひゃああっ!?」
天使「何もしてない」
ゆり「なら、なんで、んはああっ!?」
天使「これから先、するかもしれない」
ゆり「そんな、曖昧な、あぁぁああぁあん!」
天使「だから念のため」
ゆり「ちょ、二本目ってどこに、ちょっと!そこは、らめらってえぇぇぇえええぇえぇぇええ!!」

610:名無しさん@ピンキー
10/09/12 19:07:24 kPnEaJ5b
>>609
GJ

遊佐とかに見られてるんだろうなw

611:名無しさん@ピンキー
10/09/12 19:30:53 k5xef2KX
>>609
ゆり「私が、何したって」

……どの口がそれを言うw

612:名無しさん@ピンキー
10/09/13 06:31:16 H4+PQ+lP
>>609
gj!後ろで野田がハァハァしてそうww

613:名無しさん@ピンキー
10/09/13 16:05:08 x7uww1ZT
かなでから、「この山を越えた向こうに中学時代に死んだ魂が集まる学校が、そのまた向こうに
小学生で死んだ魂の学校がある」と聞き、妹に会えるかもしれないと山越えを決意する音無

614:名無しさん@ピンキー
10/09/13 16:15:18 M8D0prpq
音無「かなでの元へ還り、再びかなでから生まれることで永遠にかなでと一緒にいられるはず」

615:名無しさん@ピンキー
10/09/13 16:48:21 YACwaJe0
>>614
ぬらりひょんの孫乙

616:名無しさん@ピンキー
10/09/14 01:24:09 kTKSynVP
ひさ子と大山をムリに絡めてみた。ソフト路線。しかし長いです。
 以下文中の読みづらい語。
あんたん そうりん へんぱ しまおくそく きょうぼく かつぜん けんこん あいたい かくかく かかわらず らつみ
 けだし ひんしゅく いささか ひばり そしゃく ふるえる とろける とく ためらう きめ なめらか にゅうし 麻雀用語

617:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:25:06 kTKSynVP

仰ぎ見れば、空は雨雲が漂い、天鼓が閃光を放ち、風が猛り狂い、暗澹としていた。
耳を側立てれば、校内の外れにある叢林から、夜鷹の鳴き声が盛んに響く。
偏頗な揣摩臆測が飛び交い、独りきりとなった。友人たちも次第に、未練を解消して消えていった。
彼女はいつしか愛想を失った。
望みとなったのはここで得た役職と、ようやく巡り会えた恩人らしき人物。
しかしそれさえも、見えなくなりそうだった。
喬木は風に妬まれる。ローファーと階段の滑り止めとの接触によって生じた戛然たる音も聞かず、
月色に照らされた乾坤暗き闇のなか、かなでは佇み、靉靆としていた。

或る昼食時、赫々とした一枚の皿が音無の視線に触れた。
油分はそれ程浮かんではいないが、異常に健康に悪そうな料理が皿に盛られていた。
クラス、学年、どころか生徒全体が手を付けないにも拘らず、献立から抹消されない不可思議な一品。
それは食堂のおっさん、おばさんの遊び心によって誕生したメニューか。
価格にして¥300。大手チェーン店の牛丼と同じくらいの価格。その名は麻婆豆腐。
罰ゲームとして成り立つ程の刺激は、山椒による痺れである麻味、唐辛子の辛さである辣味からくる。これらはそもそも
苦味、酸味、甘味、塩味、旨味といった五味とは違い、痛覚に訴えるものであるので味覚と呼んでよいのか疑問であるが、
例外的にその麻婆豆腐に限っては、その麻辣の後に濃縮された何とも言えない味わいがおとずれる。
ただ、その味わいを知っている者はほぼ誰もいない。品行方正なNPC達は手をつけないし、
手をつけるのは、根性試しをする一部のPCや、一部の偏食家くらいなものなので、いつ廃止されてもおかしくない物であった。
「かなでが食べなくなったら幻のメニューになりそうだな」
毎日手をつけているのはかなでだけだということを、音無は知っていた。
材料の維持費もある。需要が無くなれば意外にあっさりと姿を消してしまうのかもしれない、とそんなことを思っていた。
蓋しその通りだろう。と、かなで自身もそうは思ってはいたが、顰蹙して一語も発しなかった。
音無が諷した内容は受け入れがたかったようで、かなではにべもなく目の前にある麻婆豆腐にレンゲをつけ、ぱくぱくと口に運んだ。

618:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:25:54 kTKSynVP
だが、音無は皮肉を言いに来た訳ではない。
もしも麻婆豆腐がリストから外れてしまったときのことを考えて、かなでが気に入るんじゃないかと思えるような代替えの品を用意してきたのであった。
「今月から始まったメニューみたいなんだけど、これ面白そうじゃないか?」
音無が掲示した学園大食堂・フードコート、と書かれた食券の中央には、大きな文字で<別品>と記されていた。
今のところ推薦している音無自身も試食していないので、まったくの未知数の品だ。というより券売機にこのメニューがあったのかさえ怪しい。
NPCはもとよりPCたち、日向やユイといったSSSの戦員たちも日頃のメニューで満足しているので、まだ誰も手を出していない。
しかし音無には、玄人限定っぽさを醸し出しているこのメニューこそが、かなでの新たな好みとなるような気がしていた。
「それじゃ引き換えてくるから、ちょっと待っててくれ」
音無は笑顔で食券を手にかざして、まだ混雑しているカウンターの前に縦列に並び、そこそこの時間をかけて引き返してきた。
するとかなでは、寂然としながらも些か興味を示してトレーを眺めた。
「丼もの?」
トレーの左には蓋付きの陶器の丼、右には椀、隅には山椒の小袋が置かれていた。
「何だろうな、期待していいのか?これは?」
見たところ天丼、親子丼、牛丼といったあたりのようにも見えたのだが、山椒が付いているところがポイントだ。
とはいえ、いかんせん、蓋を開けてみるまでは分からない。
音無がひそやかな好奇心を抑えながら間取草紋の蓋をそっと開けると、湯気が立ち昇った。
それとともに独特の甘い香りが漂った。たれの香りだ。
身の側ではなく、焼いた皮の方を表にして、御飯の上に、炭火で焼き上げられた鰻が並べられていた。
「道理でいい値段な訳だ」
かなではどこか嬉しそうにしている音無を横目にしながらも、麻婆豆腐をぱくぱくと口に運んでいた。
もう7割ほど食べ終わっている。そのため、彼女の胃袋はとても空腹とは言えない状態だ。
「かなでも一口食べてみてみろよ。非常時のときのために味見しておいたほうがいいと思う」
「期間限定じゃないの?」
「鰻なんていまや年中食べられる。何も丑の日だけって訳じゃないから。
 というより、この世界に季節ってあるのか?」

619:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:26:48 kTKSynVP
よくは分からないわ、でも、と前置きをした上でかなでが答えた。
「春の訪れは雲雀が告げてくれるし、夏には瑠璃菊が咲くわ。
 秋は空が澄んでいるから星が流れ去るところを見る機会もあるし、冬は……雪こそ降りはしないけど水たまりも凍るの」
「俺が知らないことばかりだな。そうなのか。それもいずれ分かることか。まーともかくはさ、食べてみてくれよ。
 いやっしかし不味かったら……うん、まずはじゃ、俺が毒味するよ」
大分腹が減っていたということもあった。なので音無は先に箸をつけた。
四分の一ほどの長さに切り取って、御飯とともに口にかき込んだところで、旨い、と唸った。
未知への期待があったことで、かなでも少しは、食べてみようかな、という気持ちになっていた。
かなでは麻婆豆腐を食した後の赤々としたレンゲをそのまま使用して、鰻の端をちょこんと切り取った。
そしてそれを口に含み、もくもくと咀嚼した。
しばらくはふたりして黙々と顎を動かしていた。そんなさなか、余韻に顫えるような細い声でかなでが言った。
「ほっぺたがおちそうなくらいおいしい」
「そりゃ良かった。試してみた甲斐があった」
「白身魚のように柔らかくて、舌の上でふわっと蕩けて、サッパリしていて癖がなくて、甘過ぎない」
存外なほど称賛していた。
「頑張れば校内グルメレポーターになれるな」
音無は新しい発見を分かち合えた喜びを感じた。
「そういえばさ」
話を弾ませようとして、音無は、最近起きたという事件についての話を始めた。


教室の後部座席には雀卓が並べられ、136牌34種の牌を巡り、冷ややかな熱戦が繰り広げられていた。
当初は、まともに授業を受けていると成仏してしまう可能性があるから、という理由から始められた余興であったが今は違う。
食券分の代金や、時にはそれ以上の金額を賭けるハイレートな賭け事へと変貌していた。
松下はヤマから一枚ツモり、そのまま捨牌にした。
首からぶら下げた手錠を揺らしながらTKが言った。「それポンですね」

620:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:27:59 kTKSynVP
白の刻子だ。狙いは単純明快。配牌がよくなかったので、他家に振り込まないように注意しながらさっさと和ってしまおうということだ。
続いて直井がツモった。中盤まで1・9牌がまるで捨てられていなかったので、彼は純金帯の可能性がある。
それに加えてどことなくあざとい直井のことだ、三色・一盃口を絡めてくることさえ考えられた。
対して、藤巻は食いさらしてはいるが、多面待ちで清一色を整えにかかり、テンパイとなっていた。
それから数巡して直井がローワンを捨てたとき、藤巻はやさぐれた風姿には似合ない沈着な声で言った。
「ロン、清一ドラ一。ハネ満直撃っと」
藤巻は算盤を弾くようにして牌を整列させた後、皆の前に広げた。
松下五段とTKがその腕を評した。
「ツいてるな。一人勝ちか」
「これだけ藤巻氏が優勢なのは実に珍しい光景ですね。僕は後半に巻き返したいところですが」
藤巻は穏やかに言った。「まぁ慌てるな、ここからが勝負のしどころってところだからな。ゆっくりと考えろよ」
新たに局を始めようとして皆でジャラジャラと洗牌をした。
そしてヤマを積もうとしたそのとき、直井の蝋石のような白い手によって藤巻の腕が掴まれた。
四人の視線が集中した。
「ふざけた真似はするな、貴様はこの神の目を欺けるとでも思っていたのか?
 もっと練習してこい。続けていい手が出ていたからどうもおかしいと思っていたが案の定だな」
そう、直井が見抜いたのはいわゆる<積み込み>だ。ヤマに自分が有利になるように牌を仕組む不正行為だった。
「………」
アンフェアな行為は松下五段をも無言にさせた。
五段は藤巻を肉うどんの食券でパシッ、とはたいた。醜態に拍車がかかった。
「これはオムライスに換えてくれ」直井が憮然として点棒を投げた。
「くそ、俺がこの場所を紹介してやったんじゃねぇか」
「子供だましだ、貴様は馬鹿な真似をしたもんだ。下らない手はもう二度とこの僕の前では使うな」
「藤巻氏、僕は秋刀魚定食二枚分の勘定なのでよろしくお願いしますね」
TKさえも見限って出て行こうとする。それに追いすがるようにして藤巻は言った。

621:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:29:04 kTKSynVP
「待てっ、俺もここにはもう用はない、だから飯でも食いに行こう」
だが藤巻は歪んだ笑みを浮かべた直井に恫喝された。
「貴様には残ってもらう」
「何を……する気だ。こんなことしたのは初めてなんだぜ?金は払う」
「見損なわせるな」松下は諦観の念を抱いた。
「五段!頼むから俺も連れて行ってくれ。俺のことはよく知っているだろうが」
後悔を実感し始めた藤巻は次第に狼狽していった。
そこへ、「座れ」と、直井が、蔑みを込めて命令をした。
直井の黒く鋭い眼の色が徐々に赤く染まっていった。
不可視の力が働いたためか、藤巻は彼の目から反らすことが出来ない。
「そう、貴様は泳ぐことがこの上なくスキで堪らない水泳部のホープだ。
 まだ先輩や監督には認められていないため、練習せずにはいられない―」
「うく……」
外見上は何も変わらない。だが藤巻の内部に変化が起こった。
ある種の躁状態へと向かっていた。
「そんなことしたらこの人確実に溺れてしまいますって。いくらなんでも酷くありませんか。
 赦してあげたらどうです?」TKが擁護する。
「ああ、貴様らならいつもそうして馴れ合っているのだろうが、今日は駄目だ。お礼をさせてもらう」
「気の毒だがどうすることもできんな……」松下も哀れむばかりだった。

彼をよく知っている人からすれば明らかにおかしく見えた。
へっ、と笑う仕草のほか、表情が見られない。
作り物のような顔をしていた。
「記録を塗り替えてやるぜ……」
どこで見繕ったのかも分からないビキニパンツを履き、無謀にも、スタート台の上に悠然と立っていた。

622:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:29:58 kTKSynVP
藤巻は記録どころか、足の着くプールでも溺れる素質を持っている。
が、大きく屈伸をした後、勢いよく地獄へと飛び込んだ。
5秒、10秒と潜水が続く。
オリンピックなどで見られるような前へと押し進むような泳法は見られない。台から約2メートルの地点で見事に沈んだままだ。
NPCの水泳部員に救助されるまで土左衛門と化すのであろう、とそう思われたとき、
薄っすらとした褐色の肌を持った女生徒が駆けつけて、迷うことなく助けに飛び込んだ。
プールサイドから藤巻のもとへと力強く泳いでいく。その身なりは制服のままだ。
水難救助の方法としては間違っていたかもしれないが、彼女はなんなく藤巻を引き上げた。
8分かそこら沈んでいた藤巻はもう意識がなかった。呼吸もない。
したがってまず、藤巻をあおむけに寝かせ、額に片手を当て、
もう一方の手の人差し指と中指の二本をあご先に当て、あごを持ち上げて気道の確保を行った。
次に、呼吸の確認をすれども、胸が動いておらず、吐息も感じられない。
なので彼女は、仕方ないか、という様子で藤巻の鼻をつまみ、もう一方の手をあご先ににそえて気道を確保したまま、
いくらか厚みの足りない口辺で彼の口を覆い、空気が漏れないように二度、息を吹き込んだ。
そしてすかさず胸骨を3.5センチほど、垂直に、幾度となく押し下げて、また、人工呼吸へと移った。
そうした活動を献身的に繰り返しているうちに、ようやく藤巻が、かはっ、と息を吹き戻した。
それを見て彼女は言った。
「TKと五段から聞いたんだ。まー間に合ってよかった。ったくなんでまたイカサマなんてやってんだよ。
 あんたが負けがこんでたことは知ってたよ。でも勝負ごとを続けるんだったら、自己管理が出来ないやつになるなよ」
今の藤巻には言い返す気力はなかった。
「あーあ、制服びしょ濡れじゃねーか。どうしてくれるんだよ」
張り出した胸も、引き締まった腰のラインも全てが浮かび上がっていた。
「ひさ子……」
「ん、なんだ?話せるのか?」

623:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:30:49 kTKSynVP
「相変わらずいいスタイルしてんな」
「……たった今死にかけていたやつが言うセリフかよ」
ひさ子が足蹴にしたので、藤巻はもう一度プールに落っこちそうになった。
それも優しさか。
すっかり言葉を発することが出来るようになっていた藤巻は、今回の件を振り返ってひさ子に呟いていた。
「博打はこれっきりにしようぜ。一緒に止めよう」
「はぁ?」
ひさ子は理解しきれない様子だった。
「何甘っちょろいこと言ってんだよ。仮にもみんな仲間なんだからケツの毛むしるような真似はしないよ。水死は容認してもさ」
「それ怖えぇんだよ」
「今日は救われてよかったじゃないか。二度目は助けないけどさ。
 ってかあたしだってTKからたまたま聞くことが出来たからこうしているだけだから」
「ひさ子くらいヤミテン見破ることが出来りゃあいんだけどな」
「アドバイスになるか分からないけど一つ助言してあげるよ。藤巻、お前はテンパイになると急に他家の捨て牌を見始める癖がある」
「それってやっぱ目立ってんのか……」
「なんだ、自覚はあるのか。だったら後は直すように努力するだけなんじゃない?」
「だよな……」
藤巻は横たわったまま、己の技力に失意を感じていた。

「やめとけ」
「今度の集まりはポーカーなんだよね。だったら僕も参加できるよ」
三階の廊下の窓に肘をかけて雲を眺めていた藤巻に、大山が食い下がってきた。
SSSでときおり開くゲーム大会でも大山は常に3位、4位といった好成績を残している。
ダウト、UNO、将棋、人生ゲーム、ジェンガといった定番のゲームをどれも落とすことがない。
神経衰弱や花札などもなかなか強いので記憶力もいいに違いなかった。

624:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:31:36 kTKSynVP
きっと大山が加われば新鮮な空気が入り込んで、他のメンバーも触発されることになるだろう。
ところが、藤巻はそれを良しとしなかった。
藤巻はこの間のイカサマ騒動のおかげで、このひと月、一日一食しか食べていない。
仲間同士と言えど案外シビアなのだということを伝えなければならなかった。
「お前はハムスターやミドリガメの飼育とか、そういうのが似合ってる。この世界は甘かねぇ」
「ええーっ、どうして生き物係なの。僕もジャックダニエルとかバランタイン片手にLet' play pokerといきたいよ!」
どうにも自分の腕というものを試したい、という傾向が伺えた。そこで藤巻は、大山の心根を折ることに決めた。
ひさ子、藤巻、直井、TK、松下、そして大山の6人でポーカーをして、力で巻き上げようという魂胆だ。
「そこまで乗り気なら……しょうがねぇ、招いてやるか」
「やった!ありがとう藤巻くん。よーし張り切っちゃうぞー!」
藤巻は無線を取り出すと、すぐさま4人と連絡を取りつけた。
時間は戌の時。場所は男子寮、藤巻の部屋。
4人は前回の騒動を気にはしていたもののトータルとしては得をしていたので、
快くとはいかないまでも藤巻主催のこのゲームへの参加を思いのほかあっさりと承諾した。
「楽しみで仕方ないよ!」
大山の無邪気な笑顔は、譬えれば冬の湖のひと所に、ちらりと太陽が光を落としたような輝きであった。
一方の藤巻はといえば、勝ちにいかなければならないこれからの勝負のことを思い、刻薄な顔付きをしていた。
「ちとハングリーにならないといけねぇかな」
窓の外は晴れやかながら、却って冷笑的であるように見えた。

時は経ち、亥の刻。親は大山だった。
左から順に一枚ずつカードが配られ終えたところで皆に聞いた。
「どうかな」
ひさ子は「やる」とだけ言い、チップを賭けた。
「TKと松下五段は?」

625:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:32:18 kTKSynVP
眉根をひそめて二人は言った。「降ります」「降りた」
「藤巻くんは?」
「俺は500と、あと500だ」ワンペアしか揃っていない。完全なブラフだ。
一方直井の手札はエースのスリーカード。なかなかの好カードだと言えた。
だが他者を騙すために手持ちのカードを見ながら逡巡する素振りをしていた。
ひさ子、藤巻、直井はともに二枚交換。大山は「一枚」と宣言をして手札を交換した。
どこかで練習でもしていたんじゃないかと思えるくらい、大山のカード捌きは手慣れた感があった。
そして順に開示していったとき、直井は動揺した。
大山の手がフラッシュだったからだ。これにはひさ子のストレートも及ばなかった。
「……やるじゃねぇか」
藤巻は何事もなかったかのような調子で呟いた。
その割に、自身のカードを人に見られる前にそそくさとヤマに混ぜ込んだ。
「もう開始してから2時間は経ちますね、ここからが本番でしょう」と、TKが頃合を見計らったときだった。
「ちょっといいかな、カードにくせが出てきてる。関根に電話してつまみとカードを持ってきてもらうけど構わないよな」
「ああ、それでいいぜ」
ひさ子の提案を受けて皆で小休止を取ることにした。
これまでの経過を言うと、藤巻の計算は外れ、大山がひさ子を僅差で抜き、トップとして君臨していた。
藤巻の頭の中には、もう一度イカサマをしてしまおうか、という良からぬ雑念がよぎったのだが、
そんなことをしてしまえば、ギャンブラーとしての誇りを失うことにもなりかねない。
それになによりも、他のメンバーにばれるようなことがあれば、さらなる過酷を強いられることは必死だった。
「どうしたもんか……」
何にせよ運と実力と我慢の世界だった。
藤巻は、どうにか大山を突き落としてみせる、とその意志を改めて堅固なものにしていた。
ひさ子が電話を掛けてから20分くらい経ったろうか、
関根がポテトチップやらチョコチップやらと一緒にバイシクルトランプを持参してきた。
滑りがよく手触りが心地いい有名なトランプだ。

626:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:33:00 kTKSynVP
「さあ第二ラウンドといくか」
藤巻の掛け声とともに、場が緊張に包まれた。
―依然、大山のツキは落ちない。安定して勝っているということはカードの取捨選択がいいのだろう。
だがこの手の賭け事において一ゲームも落とさない者などはいない。
隙に付け込むように直井、ひさ子が追い上げていた。
おそらくこれが山場になるであろう一番勝負で、大山が引き当てたのはフルハウスだ。
ほぼ勝てるカードだ。大山はチップを5000上乗せした。
勝ち目がないと見るや、TKと藤巻はそのまま降りた。
松下と直井は大山の手札にやや疑問を抱いていたのでそのままコールした。
「今日はもう決まりだね」
すると大山は新たにチップを5000積み重ねた。
これには松下も直井も参ったのか、ドロップしていった。
「ヤマちゃん、強いですねー。初参加とは思えない」
TKはいつも2位、3位になることが多いので若干の余裕があるのか、大山に賛辞を送っていた。
片や、ひさ子は退かなかった。
「コール」
大山はその火照ったような頬に、さっと冷気を浴びせられた。
ひさ子は顔色一つ変えずに大山と同数のチップを重ねた。一騎打ちだ。
TKは畏敬の念を抱いて言った。
「流石ですねひさ子姐さん。貴方が最後の砦です」
そしてカードは開かれた。
大山は…交換なし。フルハウスのまま。
問題のひさ子は……フォーカード。

627:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:33:52 kTKSynVP
「ええっっ!そんなまさか」
「いや、ここで来るものなのだな」
松下も驚きの強運だった。
すかさず藤巻が言った。「さ、今の大勝負でお前のチップも尽きただろう。
 今日はもうお開きにしよう。それと大山、お前はもうここには顔を出すな」
「ええぇえーっ!どうしてっ」
大山は松下を上回る驚愕の声を上げていた。
しかしひさ子までがこう言った。
「どうしてもだよ。あんたとやってもつまんない」
「残念だよ、そんな……」
「ま、ひさ子の言う通りだ。大人しく聞き入れることにしろよ」
がっくりと肩を落とした大山は悄然としていた。

雀牌も片付けて、菓子も食べ終わり、ひと段落が着いたころには子の刻も近くなっていた。
ひさ子も帰ろうとしていたところで、直井が尋ねてきた。
「まさかでしたね。藤巻さんのみならず、貴方までがイカサマをするなんて」
沈黙が流れた。
「……気付いてたのか」
「はい、関根に替えのトランプを持ってこさせたでしょう。これも子供だましですね。
 トランプの端に、小さくマークが書かれていました。多分僕以外は誰も気付いていないでしょうが」
「ちっ……なんでまたお前みたいに厄介な奴に」
「何故ですか? あんなイカサマなんてしなくとも貴方は2位で上がれたはずです」
ひさ子は胸の内を明かした。
「あいつだよ。大山。あいつは大勝ちもするけど大負けもするタイプだ。だから賭け事はこれっきりにさせてやろうと思ったんだよ」

628:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:35:06 kTKSynVP
「なかなかの才能だったと思いますよ」
「それは言えるけどね」
大山の今後のためを思い、ひさ子はイカサマに手を染めていた。
これには先ほど藤巻が賭け事で悩んでいたことを目撃したということが影響していた面もあったか。
「お前がどう思うかは分からないけど、あたしがイカサマしたのはこれが初めてだから」
いい訳めいてもいたが、それはひさ子にとって偽りのない言葉だった。
だが有無を言わさず、直井は罰を与えるため、眼を赤く染め、彼女の意識を奪った。
「そんなことは関係ありません。恨みこそありませんが、僕は不正には鞭を打つ主義だ。
 貴方にはそれなりの仕打ちが待っていますよ」
そして手首から指先に至る掌を微妙に動かし、独特の技巧を交えて指を揺らした。
「そう、貴方は大山のことがこの上なくスキで堪らなくなった無個性な存在だ。
 彼と一緒にいたいという気持ちが高鳴って、抱きしめずにはいられなくなる―」
「うぁあっ……」
外見上は何も変わらない。だがひさ子の内部に何かが芽生えてようとしていた。
彼女自身は無縁だと思っていた感情が呼び起こされようとしていた。

非常灯が灯る閑散とした男子寮の廊下にひさ子の姿があった。
もう日付は変わろうとしていた。
つややかなポニーテールの長い髪先が首元に触れるたびに彼女は息を吐いた。
鼓動が止まらない。何も考えられない。こんな思いは彼女にとって初めてだった。
左右の耳が淡あかく縁取られている様からも火照りが感じられた。
自制心という錘を抱えていながらも、疾く大山の部屋の前に立っていた。
経験のない気持ちに脆くも振り回されていた。
真夜中の寮内にトツトツと二度、訪問を告げる戸の音が響いた。
中からは大山と日向の声がした。

629:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:36:39 kTKSynVP
男が叩くような強いノックではなかったので、二人は訝しんでいたようだった。
こういう時に率先して動くのは日向だ。
「誰だよ?」
戸を開けずに訊いた。
「あ、あたし。さっきみんなでトランプやってたんだけどそのことで大山に用がある」
「何だひさ子か。大山のやつ最後の最後で大敗したってくやしがってるよ。ちょっと待ってな」
この時間は寮長が自動販売機の電源を全て切ってしまうので何も買えない。
なのでひさ子はたまに、こんな時間でも飲料水やちょっとした食べ物をねだりに来ることがあった。
とはいえそれはガルデモの活動をしているときの話だ。夜中、一人で過ごしているときは来ない。
だから非常に希なケースだったのだけれど、日向はそれに気付いてはいなかった。
ガチャリと音がして、戸の隙間から大山が顔を覗かせた。
大山はパジャマ姿だった。
「どうしたの?」
「うん、あの……」思わず、躇うような甘える言い方をしてしまっていた。
まるで十二三の少女に返ったかのようだった。
「ここじゃ話したくないから付いてきてくれない?嫌か?」
「そんなことないよ」
室内にいる日向に向けて出かけてくるよ、と言って大山はスリッパを履きこんだ。
大山の上背はほとんどひさ子と同じくらいなので、立ち上がったとき、視線が交差した。
黒い眸の奥にはひさ子の眼が鮮やかに浮かび上がっていた。
5秒ほど、じっと見詰め合ってしまったので、大山は場を取り成した。
「行こっか。……でもどこに行くの?」
「どこでもいいんだ。なるべく二人きりになれるところがいい」
「えー、そんなところどこにあるんだろ?みんな意外と結構起きてるよ?」
「食堂も、閉まってはいても、明かりつけて話しに来てるやつとかがいるか」
「さすがに空き教室だったら誰もいないと思うけど、まさかそんなところ行かないよね」

630:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:37:35 kTKSynVP
「……いっそあたしの部屋に来てみるってのはどうだ」
いつもは頼りなく感じる大山の細身の体に、並んで歩いているだけなのに、
その首すじ、その手足から、妙にすんなりとした色気のようなものを感じていた。
「ええぇえっ!それは出来ないよ!
 だって起きてる人まだ多いし、時間が時間だから変なうわさでも立ちかねないよ!」
「うわさって?」
「いや、僕が変質者だとか、良からぬ好事家だとか、その、ひさ子さんと付き合ってる……、とかそういうの」
始めひそひそとしていた声がさらに尻すぼみにひそひそとして、最後には何かもかもかとしか聞こえなかった。
「そんなつもりで来るのか?違うならいいじゃないか。言わせたいやつには言わせておけば」
「僕の身にもなってみてよ!こんな時間に女の子と二人きりだなんてただでさえ緊張するのに」
どうやら大山もひさ子のことを異性と―背のすらっとした快活な姿に、それを―認めていた。
恐ろしいことに、催眠術だというのにひさ子の胸は一段と高鳴っていた。
「……別にあたしはここだっていいんだ」
「えっ、じゃあ……ってでもここ廊下だから話をするには……」
と大山が口篭もったとき、ひさ子はふと抱きついた。
均斉のとれた肌理の細かい膨らみの間に、大山の顔は埋もれた。
きわめて豊かで膩かだが、張りがあって硬さもあった。
そして彼女の乳嘴にあたる部分が、制服と下着越しとはいえ丁度頬にあたっていた。
「わっぁぷ、ひ、ひさ子さ……」
いくら乱れようとも深く抱かれていたので、却って感触は強まるばかり。
重みと鼓動とが大山に伝わっていった。
背中には腕が回され、足の間には膝頭が滑らかに滑り込んでかっちりと密着していたため、
大山のパジャマははだけて、ひさ子のスカートはいくらか捲れていた。
髪と汗の匂いの混じった、さっぱりとした香料の香りがしていた。

631:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:39:51 kTKSynVP
あまりにも突然のことだったので、大山には性的興奮というものはなかったが、
ひさ子の呼吸は作為的なほど、荒く弾んでいた。
「はぁっ…ぁ……」
が、しかし。
「……あれ…」
「や、止めてよひさ子さん……」
大山がよがりだした頃、ひさ子は理性を取り戻した。
「……てめー、何してんだ」
「…ぁ…ぇ……えっ!」
状況証拠的には、結局は男と女なので、ひさ子が襲われているように見えた。
最悪のケースとして受け取って見れば強姦未遂だろうか。
催眠術によって創られたひさ子の欲求は、抱きしめたことで自然と解消されていた。
訳も分からないまま連れ出された末に嫌疑がかかった大山は空しい存在だった。
けれども、存分にひさ子の胸に埋もれていたのだから、天秤では計れない。
彼はむしろ無数の痣と引き換えにいい思いをしたのではないだろうか。

さて、この一件がもたらしたものは何か―
大山は賭け事の味を知ったが、最後にはあのような目に遭ったので、賭け事からは一切身を引いた。
ひさ子はイカサマをしてはいけないということを学んだが、これをきっかけとして大山に興味を持った。
物事は実に、どのような方向に転ぶのか分からない。
直井は、むやみに催眠術を使うものじゃないということを知った。藤巻に知らしめられて。
この一件がもたらしたもののなかでも、もっとも怖いものは風聞だろうか。

632:かなでは興味を持たなかった話 -博打ー
10/09/14 01:40:46 kTKSynVP

音無は伝え聞いたところを語った。
「詳しくは知らないんだけどさ、賭け事で揉めたか何かで大山がちょっとおかしくなっちゃって、
 ひさ子を襲おうとした事件があったんだって」
「そう……」
かなでのリアクションは微々たるものだった。どことなく重苦しい。
「でも人によっては見方が違うみたいなんだ。
 TKや五段は大山は確かに負けたけど、そこまで落ちたことをするとは思えない、って言うし、
 直井なんかはあれには理由があるんですよ音無さん、とか含みをもたせてたしな……
 まぁでも、当事者のひさ子なんかはもう水に流しちゃってるみたいだからなんてこともなかったのかもな。
 大山自身は深く傷ついている上にゆりから罰を受けてるみたいだけど」
「事実だとしたら報いは受けるべきだと思うわ」
「俺は大山はそんなことするとは思えないんだけどな。帰ってきたら訊いてみることにするよ」
「それがいいと思うわ」
「とは言っても、拘束衣を脱いで監禁室から出てくるのは三日後くらいになるかな……」
「そう……」
気が付けば、かなではいつも通りに麻婆豆腐をぱくぱくと口に運び、一皿を終えていた。


633:名無しさん@ピンキー
10/09/14 01:41:31 kTKSynVP
なんか長い割に物足らないかもしれないけどこれはこういうものということでよろしく

634:名無しさん@ピンキー
10/09/14 05:00:38 WCZJx5vv
TKが……喋っt「GJ!」

635:名無しさん@ピンキー
10/09/14 06:32:16 2zTyQjV8
>>632
お前ええええええええええ!!!!!
俺の願望を具現化するとは・・!!!GJGJGJGJGJGJGJGJGJGJGJGJ!!!

636:名無しさん@ピンキー
10/09/14 20:44:52 NFhdZgDN
>>633
ちょwTKww
gj

637:名無しさん@ピンキー
10/09/14 22:35:43 igExRgBx
馬鹿TKの英語は意訳されて書かれてるんだよ
TKが喋るわけ…ないよ…ねぇ?

638:名無しさん@ピンキー
10/09/15 02:20:54 zytVMCES
ひさ子の胸にはさまりたい

639:名無しさん@ピンキー
10/09/15 18:41:58 SHuatkt6
TKキャラコメで普通に喋ってなかったか

640:名無しさん@ピンキー
10/09/15 18:47:29 Ytwmk3us
転生して日向がとうとうユイを見つけたと思ったら
音無とすでに付き合ってました的なの頼む

641:カレナック
10/09/15 21:22:47 wWKrLRNp
たのむ


642:名無しさん@ピンキー
10/09/15 22:19:50 lr82rAYi
>>638

  `¨ - 、     __      _,. -‐' ¨´
      | `Tーて_,_` `ー<^ヽ
      |  !      `ヽ   ヽ ヽ
      r /      ヽ  ヽ  _Lj
 、    /´ \     \ \_j/ヽ
  ` ー   ヽイ⌒r-、ヽ ヽ__j´   `¨´
           ̄ー┴'^´

643:名無しさん@ピンキー
10/09/15 22:23:34 cHtPqwPE
ひさ子と出会い頭にぶつかって倒れこんでひさ子の乳に埋もれて平手打ちされたい

644:名無しさん@ピンキー
10/09/15 23:01:28 lr82rAYi
>>643
俺は太ももにつかまりたい

645:名無しさん@ピンキー
10/09/15 23:34:50 SExhac/1
>>640
つまりはこういうやつか?
イメージと違っていたら悪いな。
やっつけですまんww

5レス程度失礼します
来世で日向が窓ガラスパリーンしたけどユイは音無と付き合ってる設定で。
何だが残念。エロ無で残念。


646:①
10/09/15 23:35:47 SExhac/1
パリーンッ

「やべえ……やっちまった」
 
 俺の打ち上げたファウルボールが近所の民家にダイブしていった。
 これが本当のホームイン! なんて上手い事を言っている場合ではなく……。
 最悪の状況に思わず冷や汗がでる。
 それなのにどこか胸が弾んだ気がした。
 どうしてだろう、俺はずっと前からこうなることを知っていた気がする。
 いや、望んでいたのかもしれない。
 つまり俺は、怒られる恐怖より理由もわからない期待を胸に、その家のインターホンを押したのだった。

『……はい?』
 若い女性の声。
「あ、あのすいません、先程こちらに野球ボールが飛んで来たと思うんですけど……」
 事情を話すとその女性は俺を咎めることも無く出てきてくれ、
どうやら娘さんの部屋の窓ガラスを割ってしまったということで謝るために家に上げてもらった。

「ユイー、ボールの持ち主さんが謝りたいっていらしてくれたわよ」
「へ? あ、うん。いいよ」
 少し戸惑ったような了承の声が聞こえて、俺が部屋に入るとベッドに横たわった少女が照れたように笑って俺を見ていた。
「……あ」
 
 なんだ、これ……?
 既視感とは違う。けど俺はこの子に、どこかで会ったことがある―?
 
 まだ日が高いというのにパジャマ姿の少女。
 風邪でも引いているのかと思ったが、普通の家ではあまり見ない特殊なベッドと、その脇に置かれた車椅子がそうではないと否定してくれた。

「…………」
「…………」
 って、謝りに来て俺は一体何をしているというのか。
「……すいませんでしたっ!! 怪我とかはないですか?」
「……大丈夫。ねえ、野球、やってるの?」
 少女はそんなことよりもと言った感じで目を輝かせてくる。
 その手のひらには先程俺がかっ飛ばしたボールが乗せられていた。


647:②
10/09/15 23:36:49 SExhac/1
「ああ。野球好きなのか?」
「はいっ、テレビでしか見たこと無いけどいつか生で見てみたいなって」
 少女はよく喋る奴だった。
 何年も野球をやっている俺にだって匹敵するくらい熱心に語ってくる。
 そして頭の作りがちょとアレなのか、話は気づくと全く違う方向へと脱線していた……面白い奴だ。
「じゃあ今度さ……って、名前なんて言うんだっけ?」
「え? あ、ユイっていいます」
「ユイか。俺は日向な、好きに呼んでくれていいぜ」
 少女、ユイは日向さんと呼んだ。さっき知ったことだが年下らしい。
 何だかもっと違う呼び方をしてくれる様な気がしていたので、少しばかり固い呼び方がむず痒かった。
 しかし、他にどんな呼び方があるというのか……。
 随分とユイと話こんで、そう言えば練習の途中だったじゃねえか、と思いだした頃、

「よう、悪い遅れ―ん?」
「あっ」
「うおっ」
「あら、音無くんこんにちは」
 
 三者三様の反応で俺達はその人物を迎えた。いや、俺は迎えていないが。
 突如見知らぬ男が部屋に入ってきた。
 俺自身ここに来るのが初めてなので知っている人間が来るはずもないわけであるけれども。
 年は俺と同じくらい、優男と言った感じで割とイケメンだ。

「だ、誰ですか?」
 当然だがそいつは俺を訝しい目で見てきた。
「さっきねあたしの部屋に野球ボールが入って来てね、その持ち主さん。日向さんって言うの」
 ほらあそこ、とユイの視線の先には俺が割ってしまった窓ガラスが応急処置と言うことで貧相な姿になっていた(因みにそれをやったのは俺である)
「おいおい、怪我はなかったのか?」
「うん、大丈夫だよ」
 心配そうにユイに駆けよるその男にも俺はすいませんでしたと謝る。
 何だか二人の関係は特別なように思えだからだ。 
 


648:③
10/09/15 23:38:02 SExhac/1
 「こちらね音無くん、ユイの彼s」
「ち、ちがうよお母さんっ、音無さんはそんなんじゃないよ」
「違うのか?」
「え? ち、違くな……うぅ……」
 音無と呼ばれた男の問いに頬を赤くするユイの姿。
 やっぱりなぁ、と心の中で呟きながら、この空しさは如何なものかと自問自答を繰り返していた。
 今日出会ったばかりの少女に彼氏がいたからなんだというのだ。
 あれ? 俺もしかして結構ショックを受けて―

「音無です、よろしく」
「あ、ども、日向です」
 何だかよろしくされてしまったので俺はそれに答えてもう一度考える。
 しかし俺のちっぽけな脳みそは答えを出してくれなかった。



***
 練習は仕方ない今日はサボろうと覚悟を決めて、ユイと音無と喋りだすこと数時間。
 二人とも初対面とは思えない話やすさがあり、俺はずっと前から一緒にいる友人と話してるような、そんな気分になった。
 音無は医者を目指しているらしく、研修体験で行った病院で、たまたま来ていたユイと知り合ったそうだ。
 まあ見たところ、二人は両想いなんだろうな。

「俺そろそろ帰るわ、この後監督に怒られるだろうし」
「そうか……また来いよ。おまえがいるともっと楽しい。なあユイ?」
「はいっ」
「……おまえ、『コレ』なのか? つーか待てよ、どう考えても俺邪魔じゃねえか」
「そんなことないですよ。忙しくなかったら、ぜひまた来てください」
 八重歯を見せてはにかむユイが妙に眩しくて、その笑顔を見ると心からそう思っているのだと感じられて、
「……ああ、わかったよ」
 頷いてしまっている、自分がいた。


 それから、主に部活が無い日にユイの家へ顔を出すようになった。とは言えユイと音無の邪魔にならない程度に、だ。
 俺とユイは結構気が合って、音無には理解できないが二人で盛り上がれるような話題があり、
そんな時は馬鹿みたいだが嬉しかったりもした。
 まあその後は呆れたような音無に、俺が謝るのが常だったわけだけど。
 本来なら邪魔者である俺の存在を、二人は気にすることなく受け入れてくれた。
 それが嬉しくて、俺は……。
 そうだな、少しだけ深入りし過ぎちまったんだろうな。


649:④
10/09/15 23:39:20 SExhac/1
「おまえさ、なんかやりたいこととかねえの?」
 ある休日。
 練習の無い俺がユイの家を訪れるとその日は音無は来れないらしく、
おばさんも少しだけ用事があると数分前に出て行ってしまった昼下がり。

「やりたいこと?」
「ああ、あるだろ? 言ってみろよ」
 そんなことを言い出したのは単なる気まぐれみたいなものだったが、
俺はユイに願った夢を出来るだけ叶えさせてやりたいと思ったのだ。
 それは決して俺がしてやることではないと分かっていたけれど。
「うーん、プロレスかな」
「プロレスぅ!?」
 いきなり無理難題が来てしまった。
 ユイは幼い頃の事故が原因で歩くことや立つことはおろか、首から下を動かすことさえできないのだ。
「それもジャーマン!」
「ジャーマンだと!?」
「うん。あとサッカー5人抜きでしょ、それにフェンス越えホームラン。バンドもやってみたいなぁ」
「……大量だな」
「だって、言うだけなら自由でしょ。どうせあたしには、何も叶えられないんだから」
 ……あ、と俺が情けない声を出すのと、ユイが少しだけ俺から視線をそらして
枕に顔を埋めてしまうのはほぼ同時だった。
「そんなこと……ねえよ。ほ、他にはねえのかよ?」
「実はさ、ここまでは音無さんにも言ったことあるんだ」
「音無に?」
「うん。でもね、ひとつだけ音無さんには言えなかった願い事があるんだ」
「なんだよ?」
 俺はそれを少しばかり軽い気持ちで訊いてしまった。そして直ぐに、後悔した。


650:⑤
10/09/15 23:41:22 SExhac/1
「結婚」
「…………っ」
 たった一瞬だったけれど、息がつまった。
「それこそ音無が、いるじゃねえか」
「へへへ……」
 どうしてそんな悲しそうに笑うのだろう。
「あたし何も出来ないもん。何もしてあげられないもん。迷惑かけるだけだから言えないよ」
「…………」
 そんな風に幸せを否定して欲しくない。

 『神様ってひどいよね。あたしの幸せ、全部奪っていったんだ』

 ―だから、そんな風に自分の幸せを……そんな風に? これは、何の記憶だ?
 思いだせない、思い出せないけど、俺は、俺は―
「俺が」
「……?」
「……その夢、俺が叶えてやんよ」
「へ?」
「って言ったら?」
「……な、な……」
 ユイは顔を少しだけ赤くして、その顔を覆おうとしたが両の手を動かすことは出来ずに、そっぽを向いてしまった。
 出かけていたおばさんが帰って来たのか、下から物音が聞える。
「はは……冗談に決まってんだろ。おばさん帰って来たみたいだ、俺帰るわ。
 さっきの、音無に言ってやれよ。ちゃんと答えてくれるぜ?」
 こんな風に答えるつもりではなかったのに、本音を言ってくれたユイを結果的にちゃかすことになってしまい、
俺はきっとユイを傷つけた。
 本気で答えることなど出来ないのだから、深入りをするべきではなかったのだ。
 だから今にも泣きそうに唇をかみしめたユイの顔を、俺はまともに見ることなど出来なかった。


 ああ、馬鹿だ。

「……日向さん、また来てくれる?」
「なんで、俺に訊くんだよ」
「…………」
「じゃあな」


651:⑥
10/09/15 23:42:40 SExhac/1
「日向……?」
「お、音無!? おまえ、来られないんじゃなかったのか?」
「いや、時間が出来たから来たんだ」
 急いで来たのか、額からは汗が噴き出ていて暑そうだった。
 本当に音無はいい奴だと思う。
「日向どうした? 気分悪いのか?」
「んなことねーよ。俺は帰るけど、ユイが待ってんぜ?」
 頬をかきながら笑った音無を見て思う。こいつならきっとユイを幸せに―


 その日以来、俺はユイの家に行くのを止めた。
 甲子園が近いなんて理由は建前で、本当はそうじゃないことをユイだけは知っているはずだ。
 
 遠い記憶の中で何か大切な約束をしたはずなのに、思い出せない。

 END





以上
なにこのひどい出来……目汚しサーセンでしたノシ
夏も終わるからひさ子さんもアリかなって思う。


652:名無しさん@ピンキー
10/09/16 00:28:16 yWBWANpZ
>>651
GJ!
こういう現実は甘くないって感じのもいいね

653:名無しさん@ピンキー
10/09/16 00:50:27 ShkYXDtp
GJとしか言えない。うまー

654:名無しさん@ピンキー
10/09/16 03:42:43 6INcmM3c
切なくていいな・・・GJ

655:名無しさん@ピンキー
10/09/16 04:43:33 MERt9dKZ
え?用意してた?
ってくらい出来が最高だな!
GJ!

656:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:03:18 ShkYXDtp
>>640の話俺も書いてみた。7000字ほどになった。
自分を卑下するわけじゃないけど正直>>645の方がいいと思った。


657:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:04:14 ShkYXDtp

高校卒業とともに、地元の公的機関が主催している訪問介護員の養成研修講座に通った。
介護福祉士になることも考えた。けど、あの世界の出来事がただの夢じゃないのなら、
ユイは施設じゃなくて、自宅で母親に介護を受けていると思った。
だから、その手助けが出来るような最善の道を選んだつもりだった。
下半身不随でもなんでも治してやれるような医者になれたら、とも思ったけど、
俺にはその学力もなかったし、家には金もない。
東大なら学費の免除もあったとは思うが、そんなところへ行くなんてのは夢のまた夢だ。
ハンデを抱えているのは本当は俺の方なのかもしれないだなんて、
あいつの苦しみと比べてはいけないような皮肉を口にしたこともあった。
この仕事をやっていく上で、絶対に言ってはいけないことだ。
元が野球馬鹿だから、だとか、自分を揶揄するような否定的な言葉が頭をよぎるたびに、
あの世界でのことを思い出すようにしていた。
俺がちょっかいを出すとむきんなって当たってくんだ、あいつは。
歌が上手くて、背がちっこいくせにライブでは一番目立ってて……
その頃の俺の支えや動機は過去を回想することだった。

 現実が! …生きてたときのお前がどんなでも、
 俺が結婚してやんよ!! もしお前が、どんなハンデを抱えてても

 ユイ歩けないよ? …立てないよ?
 ―どんなハンデでもっつったろ!!

研修を終えるとともに2級の介護員となり、主催団体の末端の職に就いて1年の実務に携わり、
それからさらに1年近く研修を受けて、ようやく1級の訪問介護員となることが出来た。

658:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:04:51 ShkYXDtp
世間的にはそれほどの難度ではないとは言われてはいるものの、
俺からすれば素人登山家がモンブランに挑戦するようなものだった。
なるからには担当するひと一人一人の手足となると誓って、一歩一歩あゆみを進めた。
初めは身体に障害を抱える人にとって何が不便なのかなんてまるで分からなかった。
そう、俺は健康だったし、身内に要介護者もいなかったからそういった世界とはまるで無縁だったんだ。
それは始めてからすぐに気付いたことだったが、中々感覚は掴めなかった。
目の見えない人には具体的に言った方が良いんだな、とか、
車椅子の人でも使えるトイレって意外と少ないな、とか、
エレベーターに鏡が付いているのは車椅子の人が後ろ向きで出る時に後方を確認するためだったのか、だとか、
俺はちょっとしたことを少しずつ学んでいって、なんとか登頂の足がかりにした。
まだ21だけど、高校を卒業したばかりのときの自分と、今の自分とでは目に映る世界が違う。
今は己の裾野を広げようとすることが当たり前のようになっていた。
まずユイに出会ったら、そのことだけでも感謝しないとなって思ってたんだ。
もしお前のことも忘れて、大会に出場でもしてたら、またセカンドフライを捕り損ねてたかもしれないしな。
退部するときはそれなりに苦労もしたし、
まだ野球への熱意もあったけど、
それを諦めてでもこの道を選んで良かったって、そう思えてる。

 ※ ※ ※

「ご苦労様、私も日向君のおかげで大分この生活に慣れてきたよ」
「不自由な思いをされていると思います、俺で良かったらいつでもこき使ってください」
「それなら……買い物を頼まれてくれるかな」
「それくらい余裕ですよ」
時間がない、とは言わなかった。

659:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:05:47 ShkYXDtp
立場も変わり、それなりの顧客数を抱えていたので本当のところ、飯を食う暇もない。
けど寝る時間を削れば、なんとかなるもんだということを俺は最近知った。
「私に孫娘がいるのは聞いているね、実はその子の誕生日がそろそろなんだ」
「プレゼントですか、それは喜ばれるでしょうね」
「そうそう、そうなんだ」
爺さんは口の端を伸ばしてにんまりと微笑んだ。
庭先の散歩でも、この人にとっては自由なひと時だ。とても喜んでくれる。
誰かのために働ける。これは何物にも替えがたいことだった。
俺は前輪を持ち上げるためにハンドクリップを深く握り、
あまり車体が傾かないように気を使って、
ティッピングレバーを踏み込んで、わずかな段差を乗り越えた。
「私は時計がいいと思っているんだ、シラーはこう言った。―<時>の歩みは三重である。
 未来はためらいつつ近づき、現在は矢のようにはやく飛び去り、過去は永久に静かに立っている、と」
「過去は永久……ですか」
「そうだろうね、私は時計を贈ることで彼女にこういった形のない物を贈れると思っている」
もう何年経ったろうか。
俺はSSSの誰ひとりとも巡り会うこともなく、今を過ごしていた。
過去は永久、そう言われてみればそうなんだろう。
たとえこれから誰とも出会うことがなかったとしても、俺はあいつらを忘れない。
「どうしたのかね」
「いえ、なんでもないんです」
訊けば爺さんの孫娘は俺と同じくらいの年齢だという。
それもあって、自分のセンスより、君の若いセンスで選んで欲しい、と言ってきた。
彼女にでも贈るつもりで、とまで付け加えていた。
そこで俺はふと自らの半生を振り返った。

660:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:06:20 ShkYXDtp
やべぇ。
ユイがいると信じてきたから、何一つ青春らしきことをしてきていなかった。
俺の青春といえばまず野球だった。
恋に関して言えば初恋をしたときにメールを送信したときくらいだといっていいくらい、何もしていない。
そこで俺は断わろうと決心した。
「あの、本当に俺が買ったものなんかで喜んでくれたりしますでしょうか」
「何故そんなことを訊くのかね」
「なんて言いますか、俺のデザインとかそういうもののセンス半端ないんですよ。ダメな方向で」
「謙遜するもんじゃないぞ、身に付けてるものを見ればよう分かる」
と言って爺さんは老獪に笑ったが、俺が身に付けているものといえばシャツにパンツに、
包括センターで配布されているエプロンくらいなもんなのでセンスも何もあったもんじゃない。
それなのに何もかも任されてしまっていた。最初に引き受けてしまった自分を恨んだ。

 ※ ※ ※

その辺の百貨店のブランドものでも購入しようかと迷った俺だが、
それじゃ味気ないので間坂という坂がある有名な繁華街に繰り出していた。
そこらにあるセレクトショップを覗いては次の通りへ、といった感じで探してはいたものの、
自分のセンスにまったく自信が持てなくなっていた。
というより、お孫さんのことをよく聞いてリサーチしておくんだった、と後悔した。
相手がどんな人物なのかも分からないのに詳しくは決められない。
どこか途方にくれてしまっていたので、日が沈む頃になったら時間制限ということにして、
そのとき入った店で決めてしまおうと心に決めた。
有無を言わさず日は暮れたので(そりゃそうなのだが)、俺はその通りにした。
ローマ数字のインデックスが刻まれたややクラシカルなモデルだったが、

661:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:07:00 ShkYXDtp
換骨奪胎した創造性のある趣きがあった。現代風に修飾されているとでも言うか……
ともかく無難に済ませられる品物を入手したのでひと安心していた。
だがその帰り際だった。
「……え」
俺は一瞬にして目を奪われた。
間違えるわけがない。
記憶違いなわけがない。
交差点の片隅に、いつかのように笑っているユイの姿があった。
「マジかっ……」
思うより先に体が動いていた。
喧騒も聞こえなかった。
鼓動を抑えたくて胸を掴みながら、あいつの元へ向かっていた。
「………」
ユイは眉間をかすかに曇らせて俺を見詰めた。
俺はといえば、その存在を確かめるかのようにユイの足元から頭の先まで眺めてしまった。
頬に筋を引いて涙が零れ落ちた。
「……元気じゃねぇかっ」
「えと、はい」
張りのある声で答えていた。これは夢なんじゃないかと思った。
頭の中にある色んなものが入り乱れて、何が何だかはっきり判らなかった。
嬉しいのか、それさえもはっきりとしなかった。
なぜか情けない涙だけがぼろぼろと溢れていた。
「どこか痛いところでもあるんですか? 意外と近くに病院ありますよ?」
「やっとだ。やっと……会えた」
「へ? お兄さんちょっと怖いですよ」

662:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:07:40 ShkYXDtp
激情に駆られていて、向こうのことは何も考えていなかった。
ただ抱き締めた。
「やっ、きゃぁっ……先輩っ!!」
「何してんだよおまえっ!」
横っ腹に衝撃を感じた後、俺はぐしゃりという擬音がよく似合いそうな落ち方で
アスファルトの上に転げた。
が、まるで痛くはなかった。羞恥さえない。わけが判らないだけだった。
「先輩っ!! この人痴漢です!」
「そうとしか見えなかった」
「っ……だれだよっ……」
地べたに這いつくばったまま、俺はそいつの顔を見上げた。
「音無……」
「えっ、何で名前知ってるんだ……もしかしてユイの知り合いか?」
「痴漢に知り合いなんていませんって」
「ははっ……」
俺は笑っていた。それはあまりにも懐かしい掛け合いだったからだ。
「俺本当にこいつのこと知らないんだけど、こいつ大丈夫か」
「あたし119番します」
「それは待て……ていうか俺がやっといて何だけど、結構な怪我してるぞ」
確かに俺の左肘からは血がだらだらと流れ落ちていた。小石も混ざっていた。
それを見て音無は鞄から何かを取り出した。
「先輩出かけるときもそんなの持ち歩いてるんですか?」
「ああ、一応はそういう学生だしな」
「なんだよ音無。受かったのかよっ、おめでとう!」
「………」

663:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:08:38 ShkYXDtp
見るからに俺のことを気味悪がっていたが、消毒液と包帯を用いてささっと
傷口の手当てをしてくれた。それを終えると、音無は少しだけ首を傾げた。
「……あー、どこかで出会ってたなら悪い、俺は覚えてないんだ。
 それにしても、いきなりこいつに抱きつくなんてどうかしてると思う。
 安静にした方がいいぞ……って、いてぇえっ!」
いかにも文句あり気なユイがつま先で音無の脛もとを蹴っていた。
するとふたりはその場で口論を始めた。
やれ遅れたから悪いだの、どこかでこいつに勘違いさせるようなこと言ったんじゃないかだの、
それを見ているだけで、俺は随分と長いこと忘れていた感覚を取り戻すことが出来た。
真空パックして凍結されていた学生時代のあの感覚だ。
でも気付いてもいた。これはもう終わりなんだということにも。
二人は過去を知らない。それに引きずられることのない人生をあゆんでいる。
それを悟った。
「っと、わりぃ、そいつがあまりに可愛かったんで抱きついちまってた。
 昔の彼女とすげぇ似てたんだ」
幾年か積み上げてきた想いを閉じ込めて告げていた。
けど音無は俺がまったく想像もしなかったことを言ってきた。
「こいつと同じくらい可愛いやつなんているか?
 俺たちはお前のことは知らないんだから、一目ぼれだったんだと白状してしまえ」
「先輩……っ、よくそんな恥ずかしいことさらっと言うつもりになりましたね」
「ものの勢いってやつだ」
時間ってのは残酷だった。ここで別れたらもう二度と会えないかもしれない。
そうとは分かっていても、二人の刻んできた時間を感じてしまったら、もう駄目だった。
「俺行くわ」
「ああ、明日になったら包帯取り替えろよ」
「さよなら、ちょっと面白い変わったお兄さん」
本当は振り返りたかった。でも俺は二人の幸せだけを考えることにした。
俺が二人と知り合いにでもなったら、ややこしくなる。
自分の気持ちを押し殺して、思考を停止してしまっていた。
俺たちは仲間だった。きっといい友達になれる。
そんなことも忘れて。

 ※ ※ ※

庭が広くて芝が輝かしい一軒の洋風家屋へと辿り付いた。

664:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:23:09 PyORk5fy
アドレス帳に記されている住所はここの……はず。
一家の爺さんから頼まれたお届けものを持参して、俺は立ち尽くしていた。
あの一件によって―転ばされた拍子に、斜がけにした背中のバッグに入っていた
時計のケースがぺしゃんこになってしまっていたからだ。
ラッピングされた包みもくしゃくしゃで、もう贈り物の体をなしていない。
しかもこれは人様からお金を預かって購入した品だ。
爺さんに一度報告してから改めて訪問したかったのだが、お孫さんの誕生日は今日だった。
何にせよ、行って、ここへ戻ってくるだけの時間がない。今日は平日なので当然仕事もある。
「納得してくれっかな……どう説明したらいいんだか……」
頭を悩ませても仕方がなかった。起きた事は起きた事だ。
だが一つ間違えばせっかく築いてきた爺さんとの信頼を崩してしまう。
それどころか、爺さんとお孫さんとの信頼まで崩してしまう恐れさえあった。
閉ざされた門の前でインターフォンを長々と眺めていた。
「あれ、変なお兄ちゃん。何か用があるの?」
「不審だね」
「僕たちの家の前でこそこそしないでよ」
姉弟らしき子供たちに声をかけられて、はっとした。
「ひょっとして泥棒さん?」
そう見られてもおかしくはなかった。
「いやんなわけないだろ。ってお前たちここの家の子なのか?」
素直そうな子が、生意気な口調で言った。
「さっき言ったって。そうだってば」
俺はその手に嵌めたグローブを見てつい余計なことを言っていた。
「……それ、大切に使えよ」
「言われなくたってそうしてるよ」

665:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:28:28 ShkYXDtp
「爺さんとはえらく違うな」
女の子の方がその言葉に反応して問いかけてきた。
「えっ、おじいちゃん知ってるの?」
「ああ知ってる。しばらく前に爺さん腰椎やっちゃって今車椅子の世話になってるだろ」
「なんでそんなこと知ってるの? あやしいよお姉ちゃん」
「そうだね」
姉弟会議が始まろうとしていたので食い止めた。
「やめてくれ。お兄ちゃんはちょっとだけど爺さんの生活が楽になるようにしてる人なんだ」
「えーうさんくさい。私お姉ちゃん呼んでくる」
「僕が引き止めてるから早く行ってっ」
俺は何だと思われているんだろうか。てそれもさっき言ってたか。
少しだけ悲しくなって空を見上げていた。青空に吸い込まれたかった。
というより見つかったからには覚悟を決めるしかなかった。
はー、とひと息ため息をついて、その門を開けた。
というより開いた。鍵がかかっていなかった。
「わっ、この人勝手に入ってくるつもりだよ」
「大変!」
「安心してくれて大丈夫だからそんなにわめかないでくれって」
「保証ないじゃないか」
「いやなこと言うやつだな、その歳で保証とか求めんなよ」
何だか嫌になっていた気持ちも段々とほぐれていた。
今だったら笑顔とトークでごまかせるような、そんな気がした。
「よし」
アーチをくぐって穏やかな風情に満ちた石畳の上に立った。
暖かな日差しは俺に味方をしてくれている。

666:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:28:55 ShkYXDtp
芝生を吹き抜けるそよ風は心地よい刺激を与えてくれた。
さっきちっこいのがお姉ちゃんとやらを呼びに行くと言っていたが、
そのお姉ちゃんとやらが爺さんのお孫さんなんだろう。(この子らもそうだろうが)
5メートルくらいまでの距離に近づいたとき、その扉は乱暴に開かれた。
「………」
呆然とした。
「あんた、強盗のつもりなら絶対に赦さないから」
今まで誰にも会えなかったというのに、どうしてこう立て続けに機会が訪れるんだろう。
「いえ、俺、……僕、や私はあの、お前、いやあなたの爺さんのヘルパーをやってる……」
「えっ、何の冗談?」
ゆりは明らかにイラッとした様子だった。
ユイたちの例もあったので俺は怖さを隠すためにまくし立てようとした。
「お、お聞きになられてはいないのですか、そうですか。
 おま…あなたのお爺さんが腰椎を痛めてからもうしばらくになりますが、
 それじゃあ初めて……のご挨拶になりますね」
「何間抜けなこと言ってんのよ日向くん。懐かしいわね」
「え」
「それよりお爺ちゃんのヘルパーさんが日向くんて本当? あなたがそんなこと出来るわけ?」
ああ、完全に一致した。これはゆりだ。その上俺のことを覚えてる。
相変わらずの素振りで皮肉ってくる。それがなんだか可笑しかった。
さらにゆりのことだ。
ひょっとしたらもうみんなと連絡を取り合って、こっちの世界でも集まりを作っているのかもしれない。
そう思っただけでこの歳なのにわくわくとしてきた。
「よ、ゆりっぺ」
「まだその呼び方? いい加減ゆりって呼んでほしいところね。それか仲村さんね。

667:名無しさん@ピンキー
10/09/16 06:34:00 ShkYXDtp
 ……けど前者だとなれなれしいからやっぱり仲村さんって呼んでね」
俺は話の骨を折るように告げた。
「今日は贈り物を用意してきたんだ」
「何よ気持ち悪い」
「ってそれ酷ぇよ。てか俺から、っていうんじゃなくて爺さんからだからな」
「それを先に言いなさいよ、たく馬鹿なんだから」
おそるおそると小包を取り出して俺は言った。
「あーと、その、誕生日おめでとう。
 でもごめんな、ちょっと事情があって潰れかかってる。でも中身は無事だから……」
はたかれることは覚悟していた。
せっかくのバースデープレゼント、それも離れて暮らしている祖父からの高級品なんだから。
きっと成人祝いのとき以来の贈り物に違いなかった。
それを台無しにした俺ははたかれて当然だ。
「うん、怒っていい?」
「怒られたくはないが怒られる覚悟はある……」
だけれどゆりは俺を責めなかった。
「せっかくの再会だものね、
 殴られでもしたらそれが強烈に印象に残って後々あたしと再会したことがいやになってくるでしょ」
「それはないさ」
青々とした新鮮な空気が肺に飛び込んでくるようだった。
今は心から言えた。




以上です―

668:名無しさん@ピンキー
10/09/16 10:59:04 E5y6VWVm
さすがにユイの相手は日向しかありえないだろ

669:名無しさん@ピンキー
10/09/16 14:30:05 0ipjNPuS
カプ改変の喪失感がこのSSの肝なんだろう
現実でもしょっちゅうあるわけだし

670:名無しさん@ピンキー
10/09/16 19:16:11 ol1gBg9I
この発想は無かったが読んでみると切なさがクセになるな
>>651>>657
即興に近いのにお二方GJ

671:名無しさん@ピンキー
10/09/16 21:04:51 MI6DkI4U
喪失感GJ


ところで奏は興味を持たなかったSSを読んでたら
ひさ子さんが大山を姐御っぽく慰める電波が飛んできたんだが
誰だ怪電波流した奴

672:名無しさん@ピンキー
10/09/16 21:40:36 Mf2kVV7M
藤巻×ひさ子のイチャラブが読みたい

673:名無しさん@ピンキー
10/09/16 21:42:46 ihKeICO8
だが断る

674:名無しさん@ピンキー
10/09/16 22:06:13 NLyP/MBL
>>671
速くしろ。さみぃ
>>672
  `¨ - 、     __      _,. -‐' ¨´
      | `Tーて_,_` `ー<^ヽ
      |  !      `ヽ   ヽ ヽ
      r /      ヽ  ヽ  _Lj
 、    /´ \     \ \_j/ヽ
  ` ー   ヽイ⌒r-、ヽ ヽ__j´   `¨´
           ̄ー┴'^´

675:名無しさん@ピンキー
10/09/16 22:07:18 comhNr/h
初めてここ来た…

奏輪物ってあった?

676:名無しさん@ピンキー
10/09/16 22:21:18 jkMgktiT
天使ちゃんが仲間になったあたりで親睦を深めようと男子寮に呼び寄せて
天使ちゃんを囲んでワイワイ騒いでたらなんかジュースに混じってお酒が出てきたりして
気づかぬ内に程良く全員に酒が回ってきたあたりで誰かが王様ゲームしようと言い出して
音無の目の前で他の男の手によって天使ちゃんの心と身体が少しずつ剥かれていく感じの読みたい。

677:名無しさん@ピンキー
10/09/16 22:29:50 NLyP/MBL
>>676
それに乱入するゆりっぺ

678:Wind
10/09/16 23:30:46 Jfbepx0w
なんか久々に見てみたら色々追加されて
ましたねぇ、よくアイデアが思いつき
ますよね、すごいです!

679:名無しさん@ピンキー
10/09/16 23:46:50 5Zwj5d2K
さげろよ

680:名無しさん@ピンキー
10/09/17 02:54:37 a0rO/MMc
クソコテ+目欄空欄=どう見てもリア厨です、本当にありがとうございました

681:名無しさん@ピンキー
10/09/17 05:54:59 1YoQ8zJ1
>>680 厨に厳しいな
>>676 そこまで具体的に書いてんならなら書けるんじゃね

682:名無しさん@ピンキー
10/09/17 12:04:40 yFeARpVJ
ひさ子姐御のSSを書いてたら、更にユイが淫魔化する電波が飛んできた


俺のアンテナが壊れてるのか…?

683:名無しさん@ピンキー
10/09/17 12:36:53 Sqh7Mz9J
問題ない、続けたまえ

684:名無しさん@ピンキー
10/09/17 19:48:45 7CBXMEQK
何? ユイが俺に按摩?
頼んだ。

685:名無しさん@ピンキー
10/09/17 20:07:31 pqpPqav2
>>682
超支援あ

686:名無しさん@ピンキー
10/09/17 23:23:00 MQdZLpnu
ひなゆい書きたい気分

687:名無しさん@ピンキー
10/09/18 00:18:01 3zWVMM3h
>>686
速くかけ!いや書いてください

688:名無しさん@ピンキー
10/09/18 00:47:49 UuEkvFAw
やっとこさできた…んだけど姐御成分薄めだし何より俺の文章力がだな
とりあえず投下

689:ひさ子さんマジ姐御
10/09/18 00:49:07 UuEkvFAw
「痛って…」
校舎内の曲がり角を曲がったところでひさ子は何かに激突した。
モロに体当たりを食らったため尻餅をついたが、持ち前の運動神経を生かし
すぐに体勢を立て直して立ち上がり自分と同じように尻餅をついてる相手を見た。もちろん文句を言うために
「あ……お、大山?!」
出てきた言葉は文句より驚きだった。
別に校舎でSSSのメンバーに会うことは驚くことではない。が
「なんで…Yシャツ一枚…?」
大山はそれを聞いたのか、顔をあげ、ひさ子を見た瞬間
「うっ…ひっぅ……うあぁぁぁぁん!」
別に叫んでるわけではありません。大山は大声で泣き出した
「え?! あ、ちょっと何泣いてんだよ!」
「うえぇぇぇぇ…」
別に吐いてる訳じゃありません。ひさ子の質問に泣き声で答える大山
おそらくどんな質問をしても大山は泣き止まないだろう
そう思ったひさ子は、とりあえず泣き止ませることを始めた。
「えーっと…泣くな?」
「うあぁぁぁぁぁ…」
別に苦しんでるわけじゃありません。
しばらく声を掛けてあやそうとするが、さして効果は無い。
次は少し様子を見てみたが、まったく泣き止む気配は無い。
いい加減泣き止んでくれと、ひさ子は心の中で泣き始める。

690:ひさ子さんマジ姐御
10/09/18 00:52:03 UuEkvFAw
「あぁもう!」
悪態をついたひさ子は未だ泣きじゃくってる大山をそっと抱きしめた。
大山の頭がちょうど胸の部分にうずもれるぐらいに
「ほら、泣くな泣くな」
そう優しく言うと、顔を胸にうずめたのもあるだろうが次第に泣き止んでいった。
「よーしよし、大丈夫、大丈夫だから」
しばらくそうやってあやしていると大山はやっと泣き止んだ。
「…もう大丈夫か?」
「…え、えっと…はい、あ、ありがとう」
泣き止んで我に返った大山は、顔を真っ赤にして答えた。
「そっか、それじゃぁあたしは行くぜ?」
そう言うと抱きしめていた大山を放す
「あ、あの…」
行こうとするひさ子を引きとめる
「どうかしたか?」
「えっと…その、聞かないんです?」
「何を?」
「その…泣いてた理由です」
「なんだ、聞いて欲しいのか?」
苦笑しながらひさ子は問い返す
大山は顔を少し赤くして「…そういうわけじゃないんだけど」と口ごもる。
乗りかかった船だし、とひさ子は頭を掻きながら話を聞こうと壁に寄りかかる。
「実は…」

691:682
10/09/18 00:54:24 UuEkvFAw
終了、次はユイの淫魔化だな

変な電波出すなよ?

692:名無しさん@ピンキー
10/09/18 05:21:11 Ol9gjGKM
外界と隔絶されたかのような室内は、とにもかくにも暗く、傍らに控えているはずの人間の存在すらも知覚するにはあやふやで、宵のまにまに闇に融けてしまったような、一種不安感すら覚える。
慣れるにはあまりに濃い暗がりに、けれど鮮烈な光の筋が迸ったかと思いきや、向かって左側に明かりが集中する。
目に痛いほどのその強い光を、あたかもスポットライトのように一身に浴びながら、そいつは冷厳に口を開いた。
「決行の時がきたわ」
眩い逆光に眉ひとつ動かさずにゆりが小さく言った次の瞬間、どよめきが走る。
さながら恋文の文末に実はこれバツゲームだから絶対本気にしないでねという意味不明な文字の羅列を発見してしまったかのような、そんな動揺。
たまらず聞き返したのは日向だった。
「なんのだよ」
至極真っ当で、この場にいる全員がそう思っていたに違いない。
そしてこうも思っているだろう、なんなんだいきなり。
そりゃあそうだ、本当にいきなりのことだった。
毎日毎日飽きもせず、授業にも出ずに日がな一日寛ぎ居座っているこの校長室は、ほんのついさっきまでそんな日常を繰り返していたのだ。
ある者は体脂肪率を一桁前半に保つことに快感でも覚えてるんじゃないかというような過剰な筋トレを、またあるものは意味もなく白鞘から抜いた本身を恍惚とした表情で眺め、
隣に座る草食系男子を具現化させたようなやつは苦笑いを貼り付けつつさり気なく距離を空けていき、それをからかうあいつは虎視眈々と新技をかける機会を窺っていた後輩に襲いかかられたところを返す刀で瞬時に床へと押さえ込み、
危うく二人仲良くグラップラー改めダンサー目指して精進中のぬりかべに踏み潰されそうになるのを辛うじて避けたのだが、読書の邪魔だと傲岸不遜に何やらを呟いた副生徒会長のおかげで芋虫よろしく這いつくばっている。
なかなかに賑やかかつ学級崩壊でも起こしたのかと思われるようなこの光景は、けれど、まったくもっていつもどおりのものだった。
自由という言葉を安易に謳い文句にして校風に掲げている学校はそれなりの数あろうが、よもやここまで自由で奔放で不真面目な生徒たちを受け入れ、野放しにし続けるということはしないだろう。
しかも盗んだバイクならぬ盗んだ校長室でこんなドンちゃん騒ぎをしているのだから余計にたちが悪い。
若さゆえの過ちとか若気の至りなんて可愛いもんじゃない、俺が校長だったらそんな連中真っ先に退学させる。公権力にだって容赦なく突き出す。
とはいえ、かくいう自分もそいつらと十把一絡げにされるような人間なわけだが。
そしてそのはた迷惑な集団の頭目はといえば、そんな俺たちを尻目に無線片手に暢気にガーリートークに興じていた。
校内に張り巡らしている間諜と定時連絡をとってるのよ、なんて本人は言い張っていたが、嘯いていることは明らかだった。
世間話でもするようなノリで一時間も通信しっぱなしだったらどんな騙され上手だって不審がるだろう。
大方相手は遊佐だろうが、コイバナのネタなんて絶無だろうにそんな話題ばかり振られて、可哀想じゃないかと思わず不憫に思ってしまう。
内角高めのいやらしいボールを放る当の本人はニヤニヤと恥じらいもけったくそもない笑みを浮かべ、さながらセクハラ親父のようであり、実際遊佐からしたらそのものだろう。
とてもじゃないが年頃の女の子のするようなもんじゃない。
助け舟を送るつもりでそれとなくツッコミを入れたら、しれっと今の今重大な情報を送ってくるかもしれないじゃない、という反論をされたが、どんだけリアルタイムな情報が欲しいんだ。
しかもノリ云々の部分には完全にノータッチであり、あいつの耳は都合の悪いものはシャットアウトできるような便利な作りをしているのかもしれない。
それはともかく、俺のささやかなアクションは功を奏すにはあまりにみみっちかったようで、彼女はコホンと咳払いをすると何食わぬようにお喋りを再開した。
先ほどと比較すれば話題がまだライトなそれになっているのがせめてもの奮闘の結果だと思いたい。
そういう、平々凡々な日常が様変わりしたのはその直後だった。

693:名無しさん@ピンキー
10/09/18 05:22:04 Ol9gjGKM
それまで弛緩しきった様子でいたゆりが突然真剣な顔になり、一言一句逃さぬというように無線を耳にくっつける。
何度か頷くとおもむろに回線を切り、深く息を吐くと、照明を落とし窓も閉めきってしまった。
降って沸いた暗闇に雁首そろえた面々が困惑を声に出す前にゆりが言い放ったのが今のそれであり、困惑はさらに極められた。
決行というからには何かしらをするのだろうという予測はつくが。
耳をそばだててみれば潜めた話し声がちらほら聞こえてくる。
内容から察するに日向たちも全く関知していないことのようで、例にもれず俺だけが何も知らない状態というわけではないらしい。
とすると、今回のこれはゆりが独断で進めている計画なのか。
俺の考えを肯定するかのように、肘をついた両手を顔の前で合わせたゆりが、神経を張り詰めさせる俺たちを見渡した。
「いま、遊佐さんから連絡がきたの。ビンゴよ、ついにやったわ」
やはり話し相手は彼女だったらしく、そしてゆりはけっこう本気で、まだ全容の知れない重大な情報とやらを待っていたようだ。
チロリと横目で俺を見やる瞳には抗議の色が混じっている。
遊んでるわけじゃないんですけど、等という非難が聞こえてきそうだ。
片手を立てて謝るジェスチャーをすると、この場は一先ず収めてくれたゆりが咳払いを一つして、その続きを口にしだす。
「この世界はいったい誰が、いつ、どんな目的で作ったのか。それはわからない」
波状に大気を戦慄かせて、肌を刺すような鋭利さでもってゆりの言葉が届く。
そのただならぬ重みに、居並ぶ戦線のメンバーが思わずたたずまいを正した。
誰かが唾を飲み込んだ音がやけに響いたのは、それだけ聴覚に意識が集中しているためだろうか。
纏わりつく沈黙を、真正面からぶつかる光明のように切り裂いて、ゆりは紡ぐ。
「でも、わかってることもある。竹山くん」
「はい」
ハンドルネームではなくもうひとつの名前で呼んでくれと訂正を求めるのが常だが、緊張してるのだろう。
その証拠に指名された彼の声はやや裏返っていた。
「この世界でやってはならないことは何かしら」
考えるそぶりもなく、竹山は即答した。
「模範的な学生生活を送ることです」
そうだ。
規律と校則で雁字搦めにされている学校という閉塞した空間で俺たちが勝手気ままに過ごしている最大の理由。
消えてしまわないように。
本来なら既に死んでしまってるはずの俺たちが存在を留めているこの世界は、やって来た者に学生生活を強制し、潤いあるイベントを与え、そして最後には露と消してしまう。
そういう風にできている。理屈も原理もわからない。
そんなことを今さら確認させるゆりの意図も判然としない。
「けっこうよ」
模範的な回答をした竹山に着席を促すと、ゆりは一度大きく息を吐き出した。
「竹山くんがズバリ言ったとおり。噛み砕いちゃえば、我が世の春を謳歌すること。未練を失うこと。満たされること。
 それをしてはならない、それをしてしまった先の結末は、みんなもわかってるわよね」
日向の影に隠れた影を、俺は視界から外した。
彼女にとっての尊敬と目標はその結末とやらを迎えて消えていったのだ。本人が満足していたのはわかりきってるが、割り切れないものだってあるだろう。
わりを食うのはいつだって残される側なのだから。
「あたしはまだ終わりたくない。だってまだなにもしてないもの。みんなにだって」
そこで区切ると、一同を見渡す。
吊り気味な眦が、だけどいくらか下がっており、見ようによっては悲しげにも見える。瞳に灯る火も揺らぐ。
水面によく似た波打つ双眸が、ライトの放つ光で一際煌いて、場違いなほど幻想的に見えて、不覚にも、キレイだと思った。
「今度の作戦は、万が一、そうなってしまうかもしれない」
遠まわしに誰かが消える可能性を示唆される。同時に、降りるなら今のうちだという宣告も言外に含まれている。
瞬間僅かながらのどよめきは波を引き、完全なしじまが訪れた。
当たり前だが俺はこの中の誰よりも新参で、今のとこ消えていったやつは一人しか知らない。

694:名無しさん@ピンキー
10/09/18 05:22:51 Ol9gjGKM
関係はとりたてて良好ということはなく、険悪ということもない、言葉を交わしたことだって数えるほどしかなかった、短くて浅い付き合いだ。
それでも、その存在は決して軽んじられるものじゃあない。
短くて浅い付き合いの俺にまで影響を残していった彼女。
他人が推し量れるべくもないのはわかっちゃいるが、他のみんなにしたって揺さぶられたことだろう。
具体的な話をついぞする機会がなかったので推測することしかできないが、少なくとも苦楽を共にした信頼と連帯感というものが彼らと、当の彼女の間には確かにあった。
俺の目にはそう映った。
でもゆりたちは、すぐさま彼女の抜けた穴を埋めるべくユイをガルデモのボーカルに引き入れた。
寂しさを一抹より多く覚える暇もなくやって来たやかましさ。続く日々。
切り替えの速さは慣れによるものかもしれない。人間は適応する能力に長けた動物だといつかどこかで目にしたことがある。
きっとあいつらはこんな、迎え入れて、別離して、また迎え入れてという日常をうんざりするほど繰り返したんだ。
慣れるまで繰り返して、そして現在のあいつらに至った。
偲んで暮れていることをよしとせず、とりあえず、足掻く。
とうに覚悟もし終えてるんだろう。
「そう」
一分ほどの間を置いてなお、意を唱える者、辞退を申し出る者はいなかった。
たとえ参加を拒んだとて後ろ指を差すやつも、罵る者もいないとしても、それでも。
「あーもう、たく。どいつもこいつもアホばっかりなんだから。あたしが言うのもなんだけど」
恥ずかしげに目深にベレー帽を被ったゆりの頬が、少しだけ色づいたような、そんな気がした。
「なによ」
と思えば拗ねたような視線をぶつけられる。
ちろりと帽の縁から覗かせた片目は十二分に物語っていた。
ひとの恥ずいとこ見ないでよえっち、と。
いかん、どうにもいつの間にか凝視していたらしい。見つめていたと形容しても特に差し支えはない。
歩にすればいくらもかからない距離で絡まった目は慌てて逸らすには遅く、
「いいや、べつに」
そんなありきたりなことしか言えない自分のアドリブの弱さにむしろ安心してしまうのが憎い。
咄嗟のわりにはどもりもせず、動揺の色も見せなかったことだけが救いだった。
我がことながら褒めてやりたいね。この上噛みまくってたら赤面ものじゃないか。
「ふーん。本当かしら。言いたいことがあるなら是非とも言ってくれちゃっていいのよ、音無くん」
すでに若干赤面気味の向こうは向こうでここぞとばかりにねちっこく追及してきやがる。
些か配慮に不足したからとはいえ、なにも当り散らすこともないだろうに。
だいたい自分から注目を集めていたんだからあれは不可抗力に数えていいんじゃなかろうか。
等という理不尽に対する反論は、まさかまかり間違ってもリーダー様にぶちまけるわけにいかず、口ゲンカで勝てる気もさらさらしなかったので胸の内に追いやり、底に押し込んでそっと蓋をした。
面倒ごとなんか増やさないに限る。そのためならヘタレだなんだの誹謗くらい甘んじて受けるさ。そうだ、俺は何ら間違えていない。
宥め賺すのがゆりだけじゃなく、なけなしの自尊心とかなんかそういう感じのあれも一緒にってだけだ。
というか、それにもう面倒ごとには直面しているんだった。
俺は仰け反り避けていたゆりに正面から向き直る。
「なら聞くが、いったい何があったんだ? 決行の時とか言ってたが、今度は何するんだ」
するとゆりは大仰に両手をぱんっと叩いた。
「そうだったわね」
まるでそれが合図だったようだ。
ゆりの背後にスクリーンが降り、唯一の光源が落ちると、起動したプロジェクターが像を投影し始める。
もはやお馴染みの戦線のイニシャルロゴが踊り、校内の見取り図、次いで校舎外を含んだ学園敷地内をつぶさに映し出す。
「本日から一週間を作戦期間とする。各人の詳しい指示は追って出すわ。これより以後、命令以外の行動は極力謹んでちょうだい。
 作戦名は、うん、そうね」
淡く青白い光に包まれたゆりは不遜ささえも伴う持ち前の溌剌さで矢継ぎ早に言い切り、そして高らかに宣言した。
「フェスティバルよ。それじゃあ、オペレーション、スタート!」

ここまで考えたけどこの先特に面白くなりそうもないんでたぶん続かない。

695:名無しさん@ピンキー
10/09/18 06:05:49 3zWVMM3h
>>691
うおおお!俺も胸にだかれてえええぇ!GJ!
>>694
学園祭?GJ

696:名無しさん@ピンキー
10/09/18 08:14:13 4M86++S3
>>691
アンテナに精度を感じたっ。GJ
>>694
言葉の順序か接続詞か句読点か俺との相性に問題があるのか、かなり読みづらかった。でもGJ

697:名無しさん@ピンキー
10/09/18 16:56:59 dgUb8J2g
>>694

情景描写とセリフの間に一行開けるといいよ

698:名無しさん@ピンキー
10/09/18 18:37:10 3zWVMM3h
>>691
淫魔マダーーー?チンチン

699:682
10/09/18 20:11:19 UuEkvFAw
>>694
フェスチバルか、興奮してきた

>>681
気がついたんだけど俺性描写苦手だった(´・ω・)
時間掛かるけど他のSS参考にしてちょっくらがんがる


ひとつお前等に言いたいことがる
ガルデモメンバーで大山を性的いじめ
大山を庇って天使にやられた椎名さんが、泣き出した大山をおたおた安心させる
セッションがうまくいかないひさ子を藤巻が元気付ける
なんでここはこんなに妙な電波が飛び交ってるんだ…お前等の電波ももっと俺に飛ばしてくれ

700:名無しさん@ピンキー
10/09/18 21:53:40 3zWVMM3h
大山いぢめ一択

寒いから早くうううぅう!!

701:名無しさん@ピンキー
10/09/18 22:08:49 gbebNBx4
かまわん、すべて書け

702:淫魔伝説
10/09/19 01:45:33 9APlSylt
第8話抜粋改変

ちゅどーん
「ふぇ…?」
何かが爆発する音を聞いてユイは目覚めた
「あれ…私…ってゆりっぺさん?! ってうわわわわ!?」
下の方でゆりが天使と戦っているのを見て思わず身を乗り出し、自分の居る場所が廃材の上に居ることがわかった
後もう少し踏み出せば下へ真っ逆さま。もう一度眠ることになっていただろう。
とりあえず下へ降りても邪魔になるだけだと思い、ある程度急ではあるが、登れないことも無い斜面をユイは登り始めた。

ユイが斜面を登りきる直前、急に下から
「耳を塞いで!」
とゆりの声がしたため、なんだなんだと思いながらも耳を塞ぐ。
と同時に嫌な音が耳をつんざき、気絶しそうになったが直ぐに止んだ。一体なんだったのだろうかと首をかしげ
斜面を登りきった。
「いよっし! これでなんとか帰れそうだよ…ね…」
ユイが登りきったそこには天使が居た。そしてその後ろには日向の死体が転がっていた。
「あわばばば、や、やんのかコラァ!」
精一杯の虚勢を張るが天使は顔色ひとつ変えない。
「な、なんとか言ったらどうだこのやろー!」
「…あなた、人間じゃないわね」
「…は?」
攻撃をしかけてくるかと思えば、急に人間否定をされユイは戸惑う。
「いや、正確には人間だった。ここに来る過程で別種と混じったのかしら」
そう言ってゆっくり天使がユイに近づく。
ユイは逃げ出そうとしたがなぜか足が動かない。
そうして逃げれないまま天使が目の前に来、殺される―もとい死の痛みを覚悟したユイだったが
「あなたはどうやら私達の考え方に近い。淫魔みたいね」
想像していたのと違うことをやられ、ただ戸惑うばかりだった。
「え、ええと淫魔ってなんですか…?」
顔色を伺うように天使に尋ねるユイだったが
「…もう時間ね、言える事はひとつ。自分に気づきなさい」
そう言って、最後に口元が笑った天使は消えていった。

703:名無しさん@ピンキー
10/09/19 04:37:22 hRKExxVK
うおおお!天使ちゃんはっきり言えよおお!!
gj

704:名無しさん@ピンキー
10/09/19 14:21:28 4raMChbw
>>546の続きです。

705:Love Me Tendar
10/09/19 14:22:22 4raMChbw
「―ゆりっ!」
 彼の元を去ろうとした刹那、音無くんが声を上げてあたしの右腕を掴んでいた。
 ギュッと、力強く掴まれているあたしの腕。痛くはないけど、決して離さない意志が感じ取れる。
「俺も……おまえのことが好きだ」
「……え?」
 あり得ない言葉を聞いたような気がした。
 その正体を知りたくて、あたしは汚れた顔のまま、反射的に振り向いてしまう。
 そして、再び音無くんと視線が合い、彼は言葉を続ける。
「最初にゆりと出会ってから、本当にいろいろなことがあった。かなで、日向、ユイ、それに戦線のみんな。たくさんの人と出会って、ともに行動して、友情だって感じた」
 そこでいったん言葉を区切り、目を閉じる音無くん。おそらく戦線メンバーを一人ずつ脳裏に思い浮かべているのだろう。
 やがて全員を思い浮かべたのか、彼は目をゆっくりと開き、口を開いた。
「かなでと和解したあとは、毎日があまりにも楽しすぎて、ここが死後の世界じゃなかったら、と何度も思ったくらいだ。そんな楽しい思い出の中心には、やっぱりいつもおまえがいた」
「で、でも……それじゃみんなは? かなでちゃんとか、ほかの女の子たちはどうするの…?」
 あたしの言葉に音無くんは小さく首を振る。
 音無くんは一つ一つ丁寧に、言葉を探して続きを紡いでいく。
「かなでは俺にとって大切な仲間だ。もちろんかなでだけじゃない。遊佐も入江も関根も椎名もひさ子も、確かにみんな大切だし、好意は持っている。でも、それは恋人としてではなくて……」
 力強くあたしの腕を掴んでいた音無くんの手がいったん離れ、そのままあたしの手をやさしく包み込むかのように握ってくれた。
 あたしの身体がビクり、と小さく跳ねる。
「笑っていて欲しいのと思うのも、側にいて欲しいと思うのも……ゆり、おまえだ。だからもう一度言う。俺もゆりのことが好きだ。俺と、付き合って欲しい」
「ぐすっ……ほ、ホントに? ホントに、あたしなんかでいいの?」
「ああ。むしろ、ゆりじゃないとダメだ」
「…………」
 再び涙がこみ上げてきた。
 あたしが、ずっと欲しかった言葉を聞くことができた。

706:Love Me Tendar
10/09/19 14:23:01 4raMChbw
 こんなにも強く、誰かになにかを望んだことなんてなかった。
 これが、人を好きになるということ。
 これが、恋なんだ。
「あたしも好き…大好き。あたしだって、音無くんと付き合いたい…っ」
 ツツ、と涙が再び目頭から零れる感触がしたと同時に、あたしは音無くんに覆い被さられ、そのままベッドに押し倒された。
「ん……んふぅ……ん…ちゅっ……」
 いきなり、だけどやさしくキスをされた。ビリビリとした震えが、全身に伝染していく。
 ああ……。あたしのファーストキス、音無くんにあげちゃったんだ…。
 ゾクゾクとした痺れが、彼と触れ合う度に全身を駆け巡っていく。そして行為は次第にエスカレートしていき、互いに舌を絡め合い、唾液を交換する。
「んっ……ふぁ……ちゅ……」
 まるで触手のように舌を動かし、息を吸うことも忘れてしまうくらい、相手を求めて貪り合う。途中で、どこからどこまでが自分の舌先かわからなくなるくらいに。
 二人だけの保健室に、ピチャピチャと卑猥な水音だけが木霊する。
 あたしはさらに音無くんの首に手を回して身体を押し付け、一心不乱に舌を動かすと、彼の心地よい重みと温もりに包まれているような幸福感が押し寄せてきた。
「ふぁ……」
 どちらかともなく唇を離す。そこには、あたしたちの唾液で作られた架け橋が一本、小さく音を立ててプツり、と切れる。
「はぁ…はぁ…」
「ふぅ…ふぅ…」
 長時間キスをしていたため、二人揃って呼吸を整える。
「音無くん…」
「ん? なんだ?」
「好きな人とのキスって、こんなに気持ちよかったのね…」
「ははっ、そうだな」
 二人揃って微笑を漏らす。
 そして、どちらからともなく再び唇が近づき、あたしたちは二度目のキスをした。

707:Love Me Tendar
10/09/19 14:23:37 4raMChbw
「なぁゆり。その、そろそろ…してもいいか?」
「…うん、いいよ。音無くんの好きにしていいから」
「ゆり…」
「んぅ…っ」
 もう一度口を塞がれる。
 何度か唇を軽く触れ合わせたあと、今度はあたしから音無くんの口内に舌を侵入させた。もちろん恥ずかしさはあったけど、それよりも彼と触れ合いたいという気持ちのほうが勝っていた。
 数秒ほど絡めたのち、彼は唇を離すと、今度はあたしの耳、首筋へとキスの雨を降らせていく。
「あっ!?」
 ピリッとした快感に、あたしの身体が軽く跳ねた。まだキスしかしていないのにこんな感じでは、この先あたしはどうなってしまうんだろうか。
 しばらくして、いったんキスを中断した音無くんが身体を起こし、そのままあたしの制服に手をかける。不慣れな手つきで上着のボタンが一つずつはずされていき、左右に開かれる。
 それなりの大きさであるあたしの胸を覆っていた、白い水玉模様が散りばめられた桃色のブラが彼の目の前に晒された。うぅ……やっぱり恥ずかしい。
 そこから微かに汗の匂いを感じる。音無くんも緊張しているのか、手が汗ばんでいるようにも見える。
 彼の手が、露になったあたしの胸に下着越しに触れる。
「んんっ…は、あ……」
 その感触を確かめるように上下左右に手をゆっくりと動かし、やさしく愛撫された刹那、あたしの口から甘い声が漏れた。
 うわわっ、あたしってこんな女の子っぽい声出せたんだ…。

708:Love Me Tendar
10/09/19 14:24:04 4raMChbw
「ひゃあっ!?」
 そう考えていたのも束の間。下着越しにあたしの胸を触っていた彼の手によってブラをたくし上げられ、柔らかな乳房が外気に晒される。
 自分で言うのもなんだが、綺麗な桃色の乳首は、その周りの肌の白さに溶けて、淡いグラデーションを創っていた。
 異性に初めて胸を見られたあたしの顔はもう、今までにないくらい真っ赤になっているだろう。
「すごく綺麗だぞ、ゆり」
 痛いくらいに硬く尖った頂点を摘まれる。
「ふぁっ、はぁうっ、んああっ!」
 電気ショックを受けたような刺激に襲われ、脳に感度がダイレクトに伝わる。
「あっ、やぁっ、はぁ…あぁっ、あんっ」
 切なげに甘い声が漏れていく。
 あたしの身体からは徐々に力が抜けていき、ゆるゆると身をよじるのが精一杯になってきた。
「あぁっ!?」
 いきなり胸の突起を口に含まれ、また身体が跳ねた。しかし、音無くんは手と舌を休めることなく、刺激を強めながらあたしを攻め、弄っていく。
「んあああ…はぁっ、あぅっ…んくぅ、ああ…ひぁっ、んあっ」
 乳首を舌で転がされ、音を立てて吸われると同時に、開いているほうの胸は強く揉みしだかれる。両胸を同時に攻められ、あたしは初めて味わう感覚に溺れ、それだけで達してしまいそうになった。
「んんっ、やぁっ…! はぁっ、そ、そんな…音を立てて、吸わないでっ! ああっ!」
 音無くんはお構いなしにあたしの胸を揉みしだき、乳首を舐め、舌で転がし、また吸い出すような強烈なキスを繰り返す。身体は汗でじっとりと汗ばみ、それがよりあたしの身体を淫らに見せ、官能性を強めていく。
「ふぁっ、ああっ、くぅ……っ! やぁっ、あふっ……うぅん、あああんっ!」
 ずっと刺激を受け続けてスイッチが入ったのか、先ほどより声が若干大きくなると、ここで今まで空いていた彼の右手があたしのお腹に触れ、ゆっくりと下向していく。
 緩やかに滑らせた手は、やがて白くしなやかな太腿に触れる。

709:Love Me Tendar
10/09/19 14:24:32 4raMChbw
「あ……っ」
 肌の感触と、弾力のある肉付きの触り心地を確かめるかのように撫で回されていく。
「やぁ……は、恥ずかしいってばぁ…」
 もじもじと足と動かし、腰をくねらせ、ほんのささやかな抵抗を試みる。
 5往復もすると、とうとう音無くんの手が、あたしのスカートの中に入ってきた。
「んっ……」
 触れられたそこは、うっすらと湿っていた。そのまま音無くんは、下着越しにゆっくりとあたしの女の子の部分をなぞる。
「はぁ…っ、ん…んんぁ…」
 あたしの身体が反応する。
 チラリ、と音無くんを見やると、少しだけ安堵した表情を浮かべていた。たぶん、音無くんも初体験なんだろう。それでも、今までかじってきた知識を総動員させて必死に手を動かしているのがなんとなくわかる。
 その刹那、いきなり指の腹で秘所をいじめるかのように押し付け、擦り付けてきた。
「ああっ!? あぁん…! んぅ……あぁ…っ! はぅ、んん…やぁ…んぁっ」
 次第にあたしのパンツには、淫らなシミがジワり、と広がっていく。それはまるで、壊れた蛇口のように愛液が溢れ出てくるみたいだった。
 そして息がだんだんと荒くなっていき、なぞられている部分は、先ほどよりも熱を帯びていき、淫らなシミをさらに拡大させていく。
 一回押されたり擦り付けられる度に、くすぐったいような、それでいてどこか苦さと甘さを兼ね備えた、快楽という刺激に、今度は秘所に神経が集中した。
 その神経の集中は熱い疼きへと変わり、あたしの秘所を充血させる。
「あっ、だめっ…そこは…っ、うぅんっ!?」
 パンツをずらされ、音無くんはあたしの秘所を指で拡げ、もっとも敏感な部分を探してきた。そしてとうとう彼の指は、ある固く突起したものを探り当て、やさしく触れる。
 軽く触れただけであたしの身体が大きく跳ね、そこは女の子がもっとも快感を味わえる場所だということを痛感させてくれた。
 ゆっくりとその突起を指で押したり摘んだりして刺激し、快楽をいざない始める。
「やぁ……! あっ、はぁっ、ああんっ」
 彼がその敏感なところを指で弄る度に、あたしの切なくて、それでいて甘い声が響く。
「どうだ? ゆり?」
「はぁ…っ、なん、か…すごく、身体が……痺れて…んんっ」
 この言葉で彼は堪らなくなったのか、そのままスカートとパンツを膝まで降ろされる。
 同時に彼の指があたしの秘所に侵入してきた。

710:Love Me Tendar
10/09/19 14:25:36 4raMChbw
「あぅんっ!? ひゃっ、くぅ…んんっ…! お、おとなし、くん…! やぁ……そこはだめぇ…ふああんっ!?」
「うわ…ゆりのここ、すげぇ。暖かくてぬるぬるして、ねっとりしてる。まるで絡み付いてくるみたいだ」
「やぁ……っ、そ、そんなこと…言わないでぇ……っ! ああっ!? そんなに動かしちゃ……ひゃあんっ!? ふぁっ…せめて、もう少し、ゆっくり……ふぁっ、んんっ、ああああんっ!」
 この扇情的な姿と嬌声が音無くんの欲情を駆り立てたのかはわからないが、いつの間にか指の数を増やされ、速度を大幅に上げられていた。
 指をピストンのように出し入れを繰り返され、擦り付けていた時の比ではないほどの愛液が滴り落ちている。彼の指があたしの秘所を揉みほぐす度に、甘美な喘ぎが響く。
 さっきよりもグチャグチャに濡れそぼった秘所は、火傷しそうなくらい熱く、卑猥な水音が音を奏でていた。
「すごいことになってるぞ、ゆり」
「そ、そんなっ、ことっ……はぅん! ふあああああ! ひ、あ、んあああああっ!?」 
 恥ずかしさのあまり、あたしは目を瞑りながら手で顔を覆い、否定の意味も込めて首を左右に振った。
 でも、音無くんの愛撫によって熱い疼きは愛液へと姿を変え、もはや大洪水を起こしているため、説得力は皆無に等しい。
 身体に力が入り、背中が小刻みに揺れる。それを合図に、音無くんは再びあたしの乳首を口に含み、秘所のほうもより動きを強め始めた。
「ひゃあああっ!? はあっ、んくっ、んあああっ! それっ、だめぇ……そんなに強くしちゃらめぇ……! あたし、おかしく、なっちゃう……よぉ!」
 音無くんはいま刺激している部分に、執拗に刺激を与え続ける。
「あっ、ああっ! らめ…ぇっ、あらまが…ひびれて……へんひ、なっひゃう……!」
 もう呂律が回っていなかった。
 それでも吸い付かれていた乳首は歯を立てて甘噛みされ、空いていた左手で片方の乳首を強くつねられた。
 膣内(なか)に入れられていた指は速度を上げ、掻き回すように強引に攻めてくる。
「んああっ! ああっ! あらしっ、うああんっ! もぉ…はああっ、らめぇっ! ああんっ、イク…イッちゃうぅっ!! ふあっ、ふあぁあぁあぁあぁあぁあッ!!!」
 頭の中が真っ白になったと同時に秘所から熱い飛沫が飛び、あたしは初めて絶頂に達した。
「はぁ……はぁ……はぁ………」
 荒々しく息を吐き、呼吸を整える。身体に力が入らなく、目の焦点も少し合わない。
「大丈夫か? ゆり」
「……うん、なんとか」
 それでも、なんとか微笑んで答えた。
「じゃあさ……その、そろそろ、挿入(いれ)てもいいか?」
 音無くんもあたしと繋がりたいと思ってくれているのか、ズボンのベルトをはずそうとしている。
 カチャカチャとやけに音を大きく感じ、あたしは彼を受け入れる準備を――。
 ―って!
「あっ、ちょ、ちょっと待って音無くん!」
「―えっ? あ、ど、どうした? ゆり」
 今までの行為に従順だったあたしからいきなりストップをかけられた音無くんは、狼狽して慌てて動きを止めた。その表情は、なにか失言をしてしまったのか、と危惧するような表情だった。
 ごめんね、音無くん。別にそういう意味で行為を止めたんじゃないの。これ以上続けて攻められたら気がおかしくなっちゃいそうだから。
 それに、あたしとしては、攻められっぱなしというのも納得できない。
「えっと……あ、あのね、音無くん」
 だからあたしは、彼に向かってこう言った。

「あたしだけが気持ちよくなるのは不公平だから……その、こ、今度はあたしが音無くんを気持ちよくしてあげる」

711:名無しさん@ピンキー
10/09/19 14:26:15 4raMChbw
今回はここまで。初めて書いたので、内容については大目に見てくれると嬉しいです。
もう続きの濡れ場をすっ飛ばして事後までスキップしてしまおうか…。

712:名無しさん@ピンキー
10/09/19 14:28:41 nPMGlvNg
エロシーンの寸切りなんて始めてみたぞ・・・
ちくしょう・・・

713:名無しさん@ピンキー
10/09/19 14:36:14 eD3mHuxV
>>711
リアルタイムGJ
つーかなんというじらし…

714:名無しさん@ピンキー
10/09/19 14:52:52 C7AmI9Cy
>もう続きの濡れ場をすっ飛ばして事後までスキップしてしまおうか…。
こんなのって、ねぇよ・・・

715:名無しさん@ピンキー
10/09/19 15:40:34 9APlSylt
>もう続きの濡れ場をすっ飛ばして事後までスキップしてしまおうか…。
絶望のカーニバル…

716:名無しさん@ピンキー
10/09/19 17:42:49 Yq41cGu4
GJ!だが、飛ばすのは駄目だ

717:名無しさん@ピンキー
10/09/19 21:15:08 h6qFzVOE
GJ
初めて初めて言ってるけど、うまいやんエロ描写

718:名無しさん@ピンキー
10/09/19 23:17:54 oj+wcEvc
>>715
TK乙

>>711
これで初めてとか文章力すげぇな、裏山

719:名無しさん@ピンキー
10/09/20 00:40:57 zj/YWmbs
ここからどう遊佐が絡んでくるか期待物だな

720:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:11:44 grC6aZhQ
大山と椎名のエロのない話書いたんだけど椎名分薄い。しかも二重投稿だけど需要ある?

721:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:20:03 nwa1bkA3
>>720
ある
ここに

722:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:24:27 grC6aZhQ
よっしゃ、じゃいきます

723:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:25:29 grC6aZhQ

もしもの時のために


「誰かのいたずらなのかな……」
 教室に入る前から明らかにおかしな点はたしかにあった。引き戸がふすまに換わっていたんだ。
それに窓ガラスは障子に換わっていた。どう考えても僕たちの誰かの仕業なんだろうと思った。
「なんでしょう。オペレーション活動の一環ですかね」
「あ、おはよう竹山くん。これってなんなのかなぁ」
 いつもの教室用机はけやき材の文机に、椅子はそれに合わせたのか、ラタンの正座椅子に置き
換えられていた。座高が低くて黒板が見えないけど、座りごこちはといえばなかなかよかった。でも
それだけじゃない。筆記用具は書道セットに。B5ノートは横罫線から縦罫線の物に換えられていた。
「新しい授業の受け方になりますね。僕は板書されたものをデジカメで記録してPCに収めようと思っ
 ていますが、お互いにまともに授業を受けずに済みそうですね」
「ここまでされなくても不真面目にしてきたつもりだったんだけど、足りなかったのかな」
 教科書の偉人の顔に髭を足してみたり、配られてきたプリントの裏面に答案を書いたり、いつも僕
なりに頭を使ってきてはいたんだけど、ゆりっぺから見れば不十分だったってことなんだろうか。
 僕はなんだか空しくなりながらも硯に水を差して墨を擦った。墨の香りが漂って、ほのかな落ち着き
を感じさせてくれる。なにごとも前向きに考えることにしようと思った。なぜなら僕もSSSの一員だ。こ
れくらいのことでは驚かないようにはなってきていた。

 でも、学食でもおかしな点が見受けられた。
「え、食券が全部山菜そば……?」
「ふっ……ははっ……がーはははっ!! なんだこれは!」
 すぐ後ろから聞こえてきた声の大きさにびくりとしてしまった。チャーさんが食堂まで来るなんて珍しい。

724:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:26:21 grC6aZhQ
もっとボリュームのあるものを食べたかったみたいなので文句を言っている。もし久しぶりの学食なんだ
としたらなんだか可哀相だと思った。決して山菜そばがおいしくないわけじゃないんだけど。
 食券を引き換えて日向くんの向かいの席に座ると、日向くんは午後の話をしてきてくれた。けど……
「チャーがラジコン作ってきてくれたんでそれで乗り切ろうと思ってんだ。これが結構……」
「あれっ、日向くんどうして!? 山菜そばしかなかったよね!」
「山菜そば? なんだ?」
 日向くんの前にはカツどん定食が添えられていた。訊くところによると日向くんのときはフルメニュー揃っ
ていたらしい。ボタンもいつも通りの配置だったとのこと。
「なんか今日変だよ。英語の時間も縦書きでスペルを綴ることになったんだよ」
「どういうことだ?? 向こうの思う通りになってないんならなんだっていいんじゃないか?」
 それはそうなのかもしれないけど、と僕は口ごもってしまっていた。
 食器洗浄器のごうごうという音を聞きながら、この後ゆりっぺのところに訊きに行ってみようかな、と思っ
たところで、隣に人がいることにすぐに気が付いた。
「先ずは上手く対応しているな」
 椎名さんだ。なにか謎めいたことを言っている。僕に対して言っているのだろうか??
 それだけ言うとストラップを巻いたスカートを翻して、揚げパンを手にしたまま学食を出て行ってしまった。
なんだろう。少しだけ恐い。

 変なオペレーションが発動してるならせめて理由とか、そういったものだけでも訊いておきたかったので
校長室まで来ていた。しかし入ることは出来なかった。
「しまった! 合言葉忘れちゃったよっ」
 勿論このまま扉を開けようものなら鉄槌が降り落ちてくる。野田くんでさえ吹き飛ばされる威力なので当
然僕が堪えられるわけはない。したがってここまで来て帰るか、それとも俊敏にトラップをかわすか、といっ
た選択を迫られていた。
 迷っていたそのとき、突如真横からごおおおっという怪音が聞こえてきた。

725:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:26:48 grC6aZhQ
「ってぅうわっ!!」
 風圧で背中を押された。頭上を巨大なハンマーが通過していった。僕は咄嗟に前のめりにつんのめった
ので事なきを得ていた。振り子のようにまた戻ってきたのでネクタイがぴたりと地面に着くくらいまで完全に
身を伏せた。これ、当たってたらただじゃ済まない。ハンマーが静まるまで僕は怯えていた。だって助かっ
たのは偶然に過ぎなかったのだから。
「到着出来たようね。歓迎するわ、お疲れ様大山くん」
 ゆりっぺは校長先生の席に座ってこちらを見詰めながら労いの言葉を口にした。なにかここにたどり着くま
でが既にオペレーションだったというような気がしないでもない。あのトラップに遭ったのは初めてのことなの
で、そのせいもあってか恐怖と緊張とが微妙に入り混じっていた。
「教室とか学食でのことなんだけど……あれゆりっぺがやったの?」
「適応力を試す訓練というわけよ、励んでくれているわね。でも発案はあたしじゃないんだから」
 じゃあ誰なの、と言おうとしたところでふと部屋の隅で何かがキラリと光っていることに気が付いた。子犬
のヌイグルミのぜんまいが鈍く光っていた。そしてそのすぐ横には椎名さんがいた。
「まさか椎名さん?」
 僕はゆりっぺに訊ねた。
「大山くんになら話してもいいかしら。人畜無害だし」
 個性がないとか、存在感がないとか、そういう、なんとなく悪いことを言われているような気持ちになった。
 ゆりっぺは、僕の肝を射抜くような強い視線を向けて坦々とした口調で訊いてきた。
「あなたって、もしかしていい加減に戦ってたりしてないわよね?」
「及第点は取れるようにと頑張ってるつもりだけど、それっていい加減かな。真正面からそんなこと訊かれる
 となんとも言えないよ」
「あたしはね、大山くんはレミントンM700を使えるから別に接近戦はいいって思うのよ」
「接近戦っ? それは僕も無理だなって思うよ」
「だけどね」
 と言ってゆりっぺは、子犬のヌイグルミを撫でている椎名さんを視線で指した。すると椎名さんは名残惜し

726:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:27:35 grC6aZhQ
そうにしながらもヌイグルミを撫でていた手を休めた。こちらに集中する気になったみたいだ。
「椎名さん、ほかの男の子たちも音無くんと同じくらいの危機回避能力を身に付けなければいけないって言
 うのよ。もしもの時は独りになるからって」
 椎名さんはゆりっぺの話を聞きながらスカーフをひらと揺らして腕組みをした。
「けど書道セットや山菜そばを選んだのはゆりっぺでしょ」
「違うわ、数あるシチュエーションの中から椎名さんに選んでもらったのよ」
「シチュエーションを作ったのは結局ゆりっぺなんだね……」
 僕は少しあきれていた。大体合ってた。
 そんなとき、壁に寄りかかったままの椎名さんが重たげに口を開いた。
「降下作戦のとき私は生き残れなかった。あの小僧に遅れを取ったのは不覚だった。
 目前の困難を耐え忍ぶことが強さに繋がる……」
 なにがあっても平静でいられるような心の強さを僕たちに求めているということなんだろうか。たしかに僕た
ちは気持ちの面で弱点が多いような気がする。とはいえ僕たちにはそれを補えるチームワークが……あるよ
うなないような。
「椎名さんの言う通りね。あたしたちは弱い」
 ゆりっぺは同調を示して、それからさらにひと言を付け加えた。
「でもね、倖いなことにあたしたちは独りじゃない。
 だからこそ……いいわよね、椎名さん? 大山くんにだったら」
「………」
 さっきからの緊張がほどけていないせいもあるけど、胸の中が急に暗鬱さで満ちていった。なんだかこの先
のゆりっぺの言うことは聴かないほうがいいような気がしてならなかった。
 なのに、
「椎名さんは普通の人とは違う生き方をしてきた。両親から引き離されて、間者として育てられた」
 僕が断わろうとするよりもゆりっぺが話し始める方が早かった。
「大山くん、椎名さんはね、幼少のころサーカス団を名乗った人さらいの一団に連れ去られたのよ。時代錯誤
 だと思うでしょ。でもそんなことが実際にあったの」

727:名無しさん@ピンキー
10/09/20 07:29:26 grC6aZhQ
「人さらいって……拉致されたの……?」
「そうじゃない。私が彼らに付いていってしまったんだ」
 それが彼らの目的だったんじゃないだろうか。椎名さんは犠牲者としか思えない。
 ああ、どうしてこんな大事なことを僕が聴いてしまうんだろう。ゆりっぺも椎名さんも僕なんかに聴かせてよか
ったと思ってるんだろうか。音無くんか日向くんにでも聴いてもらったほうがよほどいいのに。

「隙だらけだった」
 動作が緩慢になっていた僕は椎名さんに足元を払われて地べたに尻もちをついた。川原なので岩がごろ
ごろとしていたけど、偶々僕が転んだところは土だった。でもここでこうして訓練を続けていたらいつ骨にヒビ
が入ってもおかしくなかった。治りはするだろうけど。
「いたいよ椎名さん……」
 僕は少し涙目になっていた。
 ”もしもの時は独りになる”っていうのは、きっと椎名さんの過去の話だったんだ。
 さっきの話がどうしても頭から離れなかった。
「あしたも一緒にいられるならそれだけで充分だよ……」
 僕はなんのために強くならなければならないのだろう。椎名さんは僕をどう見ているんだろう。情けないや
つだとか、そういう目で見ているんだろうか。あしたも穏やかに暮らせるようにする、そのための訓練に違いな
いのに僕はただ弱音を吐いてしまっていた。
 すると椎名さんは、
「続けるぞっ」
 とだけ言うと、木刀を打ち込んできた。僕のことなんて意に介していない??
 椎名さんのことを聴いてしまった手前、とことんまで付き合うしかないのかなと思った。
 だけど同時に、こうしていれば椎名さんの悲しさや淋しさもいつか知ることができるのかな、とも思えていた。


後書き:椎名の過去をもっと詳しく書いたり書けたりしたらよかったと思った。


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