10/05/25 23:33:27 XYS5KljM
衣擦れの音がした。
男はそちらを見ようともせずに声だけで少女を呼ぶ。
「こっちに来ねーか……江戸城が見えるぜ……」
夜空の暗さに肌を刺す風。
顔におちる影に彩られる様々な想い。
城では語られない本当の歴史もこっそり独自に学んできた少女には、何が善で何が悪か、自分には
決められるものなど何もないと、そう感じていた。
それを体現しているかのような男を目の前にして、少女は息が詰まる。
「お遊び」を終えた今こうして対峙していても、何故かこの男には恨みを持てずにいた。
「どうしてそう、哀しそうなんですか……」
「……言ったところでお前に何が出来る」
胸に開いた穴に苦しんでいる、泣くかわりに嘲笑っている、高杉という男に少女はどうしても憎しみを
持てないでいた。
刻み込まれ、植え付けられた快楽の為す錯覚なのだろうか。
埋めたい。
この男の欠落を、自分が埋めたい。
前にしゃがみこんで奉仕の姿勢をとる。
少女といえど歌舞伎町に出入りしては何も知らずに済ませてはいられない。
横目で見下ろしながら、少女の動きを男は制止しない。
やがて取り出した一物に少女は唇を近づけ、慣れない舌を使いだした。
あまりにも静かすぎる愛撫が始まり、濡れた音だけがひそやかに窓辺に響く。
男は空の向こう、高層ビルに囲まれくぼんだように映る天守閣をぼんやり眺めながら、まるで
他人事のように身体を任せていた。
稚拙で幼稚で初々しい口淫だが、天賦の才か、勘どころは悪くない。不思議と漲っていった。
口だけでは足りないと感じた少女は、おそるおそる手を肉棒に絡ませ、しごきあげ始めた。
どんどん口の中で大きく膨らんでいく感触が少女を喜ばせていく。苦しいのも構わず口に咥え込み、
いっそう舌を使い出しては頭を上下させ、先走りを絡ませた指で竿の根元をもみしだく。
男からは吐息すら聞こえないが、口の中で強まる脈動と怒張具合に興奮するままに少女は動きを
速めていった。
少女から発散される奉仕の雰囲気の中に、悲壮感がないことは男にもわかっていた。
身体の芯にあたたかい何かが流れ込んでくる。
目を閉じて少女の口に射精した。
むせこむ音に目を開け、膝の間にうずくまる髪を撫で、しかし何の感慨も込めずに口を開く。
「……帰れ」
「でも……わたし人質なんじゃ……」
およそ状況にそぐわない、去りがたい、悩ましい色気がそよ姫から放たれる。
それに気づかぬふうに高杉は続ける。
「お前に人質の価値なんぞねェんだよ」
何が本当なのか、何が真意なのか、そよ姫にはわからない。
「また子、いるのはわかってる。連れて行け」
襖が開き、仏頂面でまた子がはいってくるなり、か細い腕を取って強引に連れ出していく。
そよ姫の唇から男の名がこぼれる。
「……っ晋助さま……!」
真似するんじゃないっス、と口にだして言えない雰囲気をまた子は感じていた。
それだけにいっそう、早くこの娘をこの場から追い出したかった。
足音が去り静まり返った部屋の中で、脳裏から離れない何者にも負けない強い瞳を、昔から知っているような
重苦しい気分で男は思い返す。
─あれは誰の瞳だったか……
気にくわねぇアイツラだったか、それとも……名を口にするのさえ苦しい、あの人か……
己が選んだ道を突き進むしかもう道は残ってはいない、それだけはずっと変わらず背を押し続けている。
─進むしかねぇ、世界が壊れればそれで終われる。
長い悪夢も、意味のない現実も。
うたかたのような交わりが、少しだけ色をともなって心の片隅にこびりついていたが、それもまもなく消えるだろう。
高杉は唇を歪めて小さく笑った。
完