10/07/09 22:27:53 N16XOp97
>>93の続き
千絵は暖炉の前で夕食を取った。普通の、“人間らしい食事”だ。
「ワインは?」
オヤジが問うた。
「アルコールはちょっと。お水、もらえる?」
と千絵。
「ここにはこれだけだ。」
そう言ってオヤジは、カップにワインをなみなみと注いだ。千絵は汚物でも見るような目で波打つ血の色の液体を見つめた。
「事件の話、もう少し聞かせてもらえないか。」
千絵は言った。
「最初の犠牲者が出たのが去年の12月28日だ。忘れもしねぇ…。」
「女性?」
オヤジが唸った。
「おれの姪っ子だった。」
「それは…お気の毒に。」
千絵はさも同情するような口調で呟く。
「何かその頃に、いつもと変わった事は?」
「クリスマスの頃には旅回りの連中や、マーケットが来る。厄介事はいつも決まって、“余所者”が原因だ。
それからほぼ一週間に1人、やられた。多い時で2人。」
「犠牲者に共通点は?全員、女性とか?」
「いや、ねぇな。だが小さい村だ。誰もがどこかで繋がってる。」
オヤジは「ふぅ」と臭い息を吐き出した。
「あんたの話が聞きてえな、ヴァンパイア・ハンターだって?」
オヤジの目が、分厚いマントと鎧のような服に覆われた千絵の胸の辺りを探る。
「Dだよ。」
千絵は得意げに衣装を見せる。
「何のこった?」
オヤジは眉を吊り上げる。
「別に。」
千絵はちょっとがっかりしたように呟く。
「マラムレシュじゃ何て言われてるか知らねぇが、お前さん、本当に信じてるのか?“ヴァンパイア”だなんて。」
「不思議な事が起こる場所には、大抵不思議なものが居るもんだよ?」
オヤジは鼻で笑った。頭のいかれた小娘だ、と。
「まぁ、こっちは宿代納めてくれりゃあそれで良いがな。」
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食事が終わると千絵は部屋に通された。
「あれ?他の部屋の違うみたいだけど…?」
千絵は隣の部屋のドアと自分の部屋を見比べて言った。
「姪の部屋だったんだ。」
オヤジが言う。
「そう…いいの?」
「いいんだ、どうせ使っちゃいねぇしな。うちで一番上等な部屋だ。じゃ、ゆっくり休め。」
オヤジはそう言って部屋を去った。
その後姿は、子熊を失った親熊のようだ、と千絵は思った。