10/04/21 23:26:22 u1sblQVh
壁越しのシャワーの音ととぎれとぎれに混ざる、彼の声で、私は目を覚ました。
どうやら、ドアの閉まったバスルームで電話をかけているらしい。
相手は女性らしいが、相手の声はよく聞こえない。
「…アデレードから三沢に行く国連軍の定期便を押さえてある。
第3新東京市の上空を通過するように手配してあるから、それに乗れ。」
尻尾を、出した!?
私は裸のまま、彼と私の体液にまみれたまま、極力音を立てないようにベッドから這い出ると、バスルームと客室を隔てている壁に片耳を当てる。
「ああ、エジンバラ基地から明日出るAn-124だ。
上空にさしかかったら、タイミングを見計らって、パラシュートで脱出しろ。
あとは、地上にエージェントが待っているはずだ。
ネルフ本部のパスは、こないだ鍵を渡した新箱根駅のロッカーに、当座必要そうなものと一緒に入れてある。」
やはり、この男は何かを企んでいた。
どうやら声からは女性らしいこの相手が何者かはわからないけれど、どうやら私の知らない何かに、この男は一枚噛んでいる。
あの人は、碇指令はこのことを知っているのだろうか?
でも、何かがあったときに事を有利に運ぶカードくらいには、これはなりそうだ。
「アスカのことか?
大丈夫、あの子は何も知らないよ。
だから、そっち方面から君のことが露見することは、おそらくない。」
しかも、相手はアスカのことを知っている?
…これは、ものすごいことを私が知ってしまったということなのだろうか?
「ああ、幸運を祈るよ。」
シャワーの音が、急にやむ。
そして、今まで聞こえてこなかった夜の街の喧騒が、開け放たれた窓から流れ込んでくる。
私は気付かれないように、再び毛布の中に滑り込む。
しばらくしてから、ガチャ、とバスルームの扉が開く。
「りっちゃん…起きてたのか?」
「…女性より先にシャワーを浴びるなんて、『伊達男』としては失格ね。」
「事を終えたままの姿でそのまま待っている方が、粋じゃないと俺は思うがね。」
「あら、そうかしら?」
平静を装って目をこすりながらも、私は内心ほくそえんでいた。
ついに、いかにも怪しげなこの男の尻尾をつかんだのだ。
数週間後、第10使徒が第3新東京市を襲ったそのとき、私はこの日の通話の真実を知ることとなる。
それも、予想もつかない形で。
…このときの情報でそれをなんとかできるほど私は頭のいい女ではなかった、という証明にもなったのだけれど。
そのことについては、また時を改めて語りたい。
それまでは、私の胸にしまっておこう。
<完>