【田村くん】竹宮ゆゆこ 18皿目【とらドラ!】at EROPARO
【田村くん】竹宮ゆゆこ 18皿目【とらドラ!】 - 暇つぶし2ch1:名無しさん@ピンキー
09/06/09 20:47:47 tVcedp/U
竹宮ゆゆこ作品のエロパロ小説のスレです。

◆エロパロスレなので18歳未満の方は速やかにスレを閉じてください。
◆ネタバレはライトノベル板のローカルルールに準じて発売日翌日の0時から。
◆480KBに近づいたら、次スレの準備を。

まとめサイト
URLリンク(yuyupo.dousetsu.com)

旧まとめサイト
URLリンク(yuyupo.web.fc2.com)

エロパロ&文章創作板ガイド
URLリンク(www9.atwiki.jp)

前スレ
【田村くん】竹宮ゆゆこ 17皿目【とらドラ!】
スレリンク(eroparo板)

過去スレ
[田村くん]竹宮ゆゆこ総合スレ[とらドラ]
URLリンク(sakuratan.ddo.jp)
竹宮ゆゆこ作品でエロパロ 2皿目
スレリンク(eroparo板)
3皿目スレリンク(eroparo板)
4皿目スレリンク(eroparo板)
5皿目スレリンク(eroparo板)
6皿目スレリンク(eroparo板)
7皿目スレリンク(eroparo板)
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12皿目スレリンク(eroparo板)
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14皿目スレリンク(eroparo板)
15皿目スレリンク(eroparo板)
16皿目スレリンク(eroparo板)

2:名無しさん@ピンキー
09/06/09 20:48:26 tVcedp/U
☆☆狩野すみれ兄貴の質問コーナー☆☆☆

Q投下したSSは基本的に保管庫に転載されるの?
A「基本的にはそうだな。無論、自己申告があれば転載はしない手筈になってるな」

Q次スレのタイミングは?
A「470KBを越えたあたりで一度聞け。投下中なら切りのいいところまでとりあえず投下して、続きは次スレだ」

Q新刊ネタはいつから書いていい?
A「最低でも公式発売日の24時まで待て。私はネタばれが蛇とタマのちいせぇ男の次に嫌いなんだ」

Q1レスあたりに投稿できる容量の最大と目安は?
A「容量は4096Bytes、一行字数は全角で最大120字くらい、最大60行だそうだ。心して書き込みやがれ」

Q見たいキャラのSSが無いんだけど…
A「あぁん? てめぇは自分から書くって事は考えねぇのか?」

Q続き希望orリクエストしていい?
A「節度をもってな。節度の意味が分からん馬鹿は義務教育からやり直して来い」

QこのQ&A普通すぎません?
A「うるせぇ! だいたい北村、テメェ人にこんな役押し付けといて、その言い草は何だ?」

Qいやぁ、こんな役会長にしか任せられません
A「オチもねぇじゃねぇか、てめぇ後で覚えてやがれ・・・」

3:名無しさん@ピンキー
09/06/09 21:06:27 MwpG5PbE
ご苦労様

4:名無しさん@ピンキー
09/06/09 21:15:32 3Z5svhhm
1乙

5:名無しさん@ピンキー
09/06/09 22:04:38 4Q+9yAiV
いちおつ

6:名無しさん@ピンキー
09/06/09 22:24:04 w8QAo5mh
たておつ

7:名無しさん@ピンキー
09/06/09 22:38:50 DZxi+rsf


8:名無しさん@ピンキー
09/06/09 23:25:59 1Z/o1KFP
乙~

9:名無しさん@ピンキー
09/06/09 23:29:49 K4qLSY0i
813 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2009/01/14(水) 20:10:38 ID:CvZf8rTv
荒れないためにその1
本当はもっと書きたいんだがとりあえず基本だけ箇条書きにしてみた

※以下はそうするのが好ましいというだけで、決して強制するものではありません

・読む人
書き込む前にリロード
過剰な催促はしない
好みに合わない場合は叩く前にスルー
変なのは相手しないでスルー マジレスカッコワルイ
噛み付く前にあぼーん
特定の作品(作者)をマンセーしない
特に理由がなければsageる

・書く人
書きながら投下しない (一度メモ帳などに書いてからコピペするとよい)
連載形式の場合は一区切り分まとめて投下する
投下前に投下宣言、投下後に終了宣言
誘い受けしない (○○って需要ある?的なレスは避ける)
初心者を言い訳にしない
内容が一般的ではないと思われる場合には注意書きを付ける (NGワードを指定して名前欄やメ欄入れておくのもあり)
感想に対してレスを返さない
投下時以外はコテを外す
あまり自分語りしない
特に理由がなければsageる

10:名無しさん@ピンキー
09/06/10 00:27:37 LKMlcyOH
>まとめサイト
>URLリンク(yuyupo.dousetsu.com)
>旧まとめサイト
>URLリンク(yuyupo.web.fc2.com)

まとめサイトでひとつに纏めとけよ
どっちも更新されてんだし

11:名無しさん@ピンキー
09/06/10 00:44:11 4dao8oJf
現役なんだから「旧」は失礼だなぁ、流石に

12:名無しさん@ピンキー
09/06/10 01:02:06 Umj00EXS
2get

13:xxx120
09/06/10 01:16:41 8r2yTojk
詳細
スレリンク(tokyo板)

14:名無しさん@ピンキー
09/06/10 20:51:15 8RKrsFZA
つかまとめミラーは更新されないのかな
携帯からならこっちのが小さくまとまってて見やすいんだ…
まとめ本家のほうは結構余分なスペースがあって表示しきれねぇw

はいはい携帯厨携帯厨

15:名無しさん@ピンキー
09/06/10 21:35:42 yh+Qu+Ww
>>14
ファイルシークだったかを使えばいいんじゃね?

16:名無しさん@ピンキー
09/06/10 22:18:17 0w+ZU9kE
>>1
おつです

>>14
URLリンク(p30.fileseek.net)

見れる?

17:名無しさん@ピンキー
09/06/11 02:54:53 KOghqolM
早く新作ゆみたい。

18:名無しさん@ピンキー
09/06/11 08:04:48 TIqERBZp
>>16
ありがとお見れたぁぁ!

19:名無しさん@ピンキー
09/06/11 14:48:00 ObcY3c69
珍しく勢い落ちてるな

20:名無しさん@ピンキー
09/06/11 16:04:17 8FBL0XkX
投下したらしたで、あーでもないこーでもないと
批評やアドバイスでもない非難を浴び
マンセー意見は自演扱いじゃ投下する気にも
ならないんだろ
こうやってROM組が自分で自分の首をしめて
過疎って行くというのは寂しいもんだな

21:名無しさん@ピンキー
09/06/11 16:58:00 KOghqolM
もう、このスレは終わってるんですね…。

22:名無しさん@ピンキー
09/06/11 17:05:52 7P1O5kpZ
アニメ来たのにだーれも新作投下しないハルヒスレに比べたらマシだろ
まぁ、あっちはvipがあるんだけどさ
とらドラってvipでSSスレとかある?

23:名無しさん@ピンキー
09/06/11 20:18:35 CJ0TjvJd
二、三日投下ないぐらいで騒ぐ馬鹿な読み手が1番居なくなってほしい

24:名無しさん@ピンキー
09/06/11 21:28:57 Yol8jHf+
ゆかりちゃん
ゆりこちゃん
ぽっちゃりかわいい
しりたいなきみたちのこと
ねーよwwwwww

25:名無しさん@ピンキー
09/06/11 21:29:09 KtrMKxY2
贅沢だなぁ

26:名無しさん@ピンキー
09/06/11 21:46:00 CJ0TjvJd
立て読みとは主張と反対の文章の文頭の文字をつかって主張を書き込む
これが一般的な使い方である

27:SL66
09/06/11 22:21:29 1dYS7SLk
可能であれば、零時ごろから、「いざよい」の続編である、
「指環」の前編を53レスで投下します。
今回もエロありなので、お楽しみに。

28:名無しさん@ピンキー
09/06/11 22:35:43 +AKAVFWA
>>27
今から全裸待機しときます

29:名無しさん@ピンキー
09/06/11 22:36:07 o7N9IbyV
ハイウェイでガス欠になったら通りすがりの給油車が燃料くれたぜ

30:名無しさん@ピンキー
09/06/11 22:40:12 WZYN3oT3
前スレ1000GJ

31:名無しさん@ピンキー
09/06/11 22:41:53 jvngdwN6
またsage厨が噛み付いてくるぞw

32:名無しさん@ピンキー
09/06/11 23:29:22 NtfZQsz6
でも下げるにこしたことはないんじゃないか?

33:名無しさん@ピンキー
09/06/11 23:31:05 X9QvX2V6
>>27
おお。 もう新作とは!
楽しみに待ってます。

34:名無しさん@ピンキー
09/06/11 23:32:18 IE8s8d6+
sage厨怖いんでsageます^^;

35:名無しさん@ピンキー
09/06/11 23:47:54 jvngdwN6
>>32
だ~ね。
ほら、あんまり真剣に噛み付いてこられてもなんだし、さ^^
この程度の申請位で良いんで無いかい?って感じです。

そろそろ神降臨なので、待機モードです。


36:SL66
09/06/12 00:04:58 1dYS7SLk
それでは、次レスから「指環」の前編を53レスで投下開始します。
なお、途中で十分以上応答がない場合は、規制にやられたと思ってください。
では始めます。

37:指環(前編) 1/53 by SL66
09/06/12 00:06:28 OtcMxNmC
 梅雨の中休みなのか、真夏を思わせる晴天が続き、暦はいつしか七月になっていた。
 竜児たちの通う大学は、七月の第一週で前期の講義がひとまず終了する。その後は二箇月に及ぶ夏休みだ。
 海に、山に、海外に、思う存分羽を伸ばせる機会到来だが、休み明けには前期試験が控えている。うっかり遊び呆
けていると、休み明けには試験対策で慌てふためくことになるだろう。
 首都圏の他の大学の多くは、前期試験を終えてから夏休みに入るようなのだが、竜児、それに亜美と北村祐作が
通う大学は、頑ななまでに休み明けに前期試験を実施するのが伝統となっていた。
 休み中でも、学生の本分たる勉学に勤しめ、ということなのだろう。
 この試験制度は、当然のことながら、ほとんどの学生には不評だが、一部には歓迎しないまでも、いくぶんは有難
いと思っている者が存在していることも確かである。
 竜児や亜美のように弁理士試験の受験を志している者たちがそうだ。
 弁理士試験は、毎年、七月の第一日曜日に二次である論文試験が行われる。
 この論文試験は、弁理士試験の天王山とも言うべきものであり、一次から三次まである弁理士試験中、
最大の難関とされている。
 それも、竜児たちが通う大学のような、言うなれば名門校の出身者が、それこそ全力をあげて立ち向かって、かつ、
運が良ければ合格するという程に手強い。何かの片手間とか、何かを並行して行いながらでは、合格は、まず無理
だろう。
 そのため、大学の前期試験が休み明けであって、弁理士試験と重ならないというのは、在学中での最終合格を
計画している竜児や亜美にとっては、むしろ願ったりであると言ってよい。
 もちろん、二次試験である論文試験に合格するには、マークシート方式の一次試験に合格しなければならず、これ
はこれでかなり困難なのだが、実際の判例や事件に基づいた複雑な事例の下で、制限時間内に法的に妥当な論文
を書かなければならない論文試験よりは与しやすい。
 竜児も亜美も、六月に受験勉強を独学で開始したばかりだから、二次の論文試験が受験できるようになるのは先
の話だろうということで、一次試験突波が当面の目標である。本音を言うと、来年の二年生時点での一次試験合格
が望ましいが、これは、現時点での学習程度を考慮すると相当に厳しい。そこで、二人とも、来年の受験は本試験の
雰囲気を身をもって知る予行演習と割り切り、初陣での成果にはこだわらないことにした。その代わり、じっくり時間を
かけて、条文と、法律の解説書で通称『青本』と呼ばれる『工業所有権法逐条解説』に慣れながら、
徐々に弁理士試験に必要な知識とセンスを磨いていくことにしている。
 その後は、三年生時で少なくとも一次試験に合格し、後はあわよくば最終合格までこぎつけるという算段である。
 都合、受験二回での最終合格を理想とし、それが叶わなくても、四年生時に二次試験及び三次試験をクリアして、
最終合格するという計画だ。どちらかというと、平均的な受験生よりも早期の合格を目指していることになるが、
社会人に比して時間に余裕がある学生の強みを活かせば、何とかなる可能性はあると、竜児も亜美も踏んでいた。
 という訳で、この夏は、竜児も亜美も、休み明けの前期試験の勉強に加えて、弁理士試験の勉強に精励するという
ことになっている。
 ただ、四六時中、勉強一点張りでは、さすがに味気ない。たまには息抜きが必要だろう。
 それを見越してのつもりなのか、前期の講義最終日の昼休み、竜児と亜美は、お揃いの弁当を、
北村は学食のカレーを頬張りながら、取り留めのないことを喋っていた折、北村が唐突に切り出してきた。

「なぁ、高須に亜美、お前たちは、真面目に毎日勉強ばかりしているようだが、今日はせっかくの夏休みの前日だ。
ちょっとビールでも飲みながら、ぱーっ、といこうじゃないか」

 北村は、爽やかな笑みとともに、ビアホールの招待券を三枚振りかざした。それも、銀座の老舗のビアホールで、
ビールが飲み放題というものだった。

「ど、どうしたんだ、こんなもん…」

 北村は、ちょっと得意そうに相好を崩している。

「いやぁ、保険やってるお袋から貰ったんだよ。元々は、保険を契約した人に配布するものなんだが、手違いで余った
らしいんだ。で、本来なら親父とお袋と兄貴とが行くべきなんだろうが、みんな出不精でな。銀座くんだりまで行きたく
はないんだと。で、俺が、有難く頂戴したというわけさ…」

 亜美と竜児は、思わず顔を見合わせた。酒は大して強くないくせに飲み助な亜美は、目を輝かせている。


38:指環(前編) 2/53
09/06/12 00:07:38 OtcMxNmC
 一方の竜児は、未成年での飲酒ということで渋面を浮かべている。更には、竜児にはもう一つの懸念があった。

「お、おい、北村…。その券だけど、余ったということは、本来なら保険会社に返さねぇとまずいんじゃないのか? 
それを俺たちが使っちまうと、お袋さんは、結果的に業務上横領とかになっちまうよな?」

 その瞬間、竜児は、脇腹に走った鋭い痛みに、「うげっ!」と、絶句した。

「あんたねー、無粋なこと言ってんじゃないわよぉ!」

 亜美の左肘が竜児の右脇腹にめり込んでいた。
 そのあまりの痛みに耐えかねて、竜児はテーブルに突っ伏して悶絶する。

「だ、大丈夫か? 高須」

 北村が、脇腹を押さえて呻いている竜児を、心持ち眉をひそめて、心配そうに覗き込んでいる。
 竜児は、その北村に、「だ、大丈夫な訳がねぇだろ…」と言い掛けたところ、亜美に機先を制された。

「大丈夫よ、こいつは鈍いけど、その分だけ頑丈にできているからぁ、この程度じゃ何ともないって」

 しかも、亜美は、なおも悶絶している竜児のつむじの辺りを人差し指で、ぐりぐりと無慈悲に弄んでいる。
 哀れな竜児は蚊の鳴くような声で「か、川嶋ぁ、憶えてろよぉ~」と怨嗟の呟きを漏らしたが、それは当の亜美には
無視された。

「おい、おい、亜美。あんまり高須をいじめるな。お前の言うように高須が頑丈だとしても、今の一発は、かなり効いて
いるみたいだぞ」

 北村の指摘に、「そうね」とだけ半ば事務的に応じて、亜美は、なおもテーブルに突っ伏していた竜児の襟首を
ひっつかんで、元通りに座らせた。
 竜児は、涙目で亜美を睨んだが、亜美は全く動じない。竜児の三白眼には、それなりの威圧感が備わっているのだ
が、単なるこけ威しに過ぎないことを、当の亜美はよく知っているからだ。
 顔に似合わず温厚で誠実。それが竜児の本質だけに、今回の理不尽極まる亜美の態度にも、面と向かって抗議す
ることはないと、亜美は踏んでいるのだろう。
 案の定、亜美は、恨めしそうに見ている竜児には構わず、北村に向き直った。

「で、祐作ぅ~、その券だけど、あたしらが使っても、別段問題はないよね?」

「ああ、その点は大丈夫だ。もう、お袋が保険会社から許可を得ている。だから、ひとまず問題はないだろう」

「そらぁ、ご覧なさい! 何も問題はないじゃなぁい!」

 北村のその一言が決め手だとばかりに、亜美は目を輝かせて、竜児に詰め寄った。その瞳には、単なる喜色のみ
ならず、どうだぁ、文句あっかぁ?! という恫喝とも強迫とも判じがたい迫力が漲っている。

「お、おう…」

 竜児は未だに疼く右脇腹を撫でながら、涙目で不承不承に頷いた。亜美とのやりとりでは、竜児にはほとんど勝ち
目がない。詐欺スレスレの引っ掛けと、時には強迫によるごり押しも交えた緩急自在の攻撃に、翻弄されっぱなし、
やられっぱなし、が常なのだ。
 それに、今回の言い出しっぺは亜美ではなく北村だ。単純な多数決でも賛成二に反対一で、分が悪すぎる。

「決まりだな…」

 北村が、眼鏡のレンズ越しに目をしばたたかせた。
 かくして、北村、亜美それに竜児の三人は、午後の講義が終了した後、地下鉄で銀座に移動し、


39:指環(前編) 3/53
09/06/12 00:08:51 OtcMxNmC
その古いビアホールで前期の講義が無事に終了したことを祝すことになった。
 半ば竜児の意思は無視された格好での強行採決。
 竜児は、微かな痛みが残っている脇腹を擦りながら、いつものことだ…、と嘆息した。内罰的な竜児は、相手と意見
が対立することを、できれば避けてきた。その文法に従えば、結局は北村や亜美の主張には逆らえないのである。


 目指すビアホールは、銀座のど真ん中にあり、戦前から銀座界隈の名所との一つとして知られていた。
 古い建物らしく、ちょっと埃臭い感じは、理学部の旧館に似ているな、と竜児は思った。おそらく、竣工した時期は、
理学部の旧館も、このビアホールも似たようなものなのだろう。

「ずいぶん古いステンドグラスがあるのね…」

 亜美が、席に着くや否や、上を見上げて、ちょっと感心するように宣った。
 竜児と北村も、その声に誘われるようにして見上げてみた。確かに、横浜辺りに残っている古い教会にでも似合い
そうな、いくぶんは変色して古色蒼然としたステンドグラスが、夕刻のちょっとセピアな光を店内に導いている。
 午後五時前だというのに、店内は多くの客でごった返していた。竜児たちも、入店してから、今の席に案内される
まで、ほんの数分だけだが、レジの近くで待機させられた程だ。これからのアフターファイブには、会社勤めを終えた
サラリーマンやOLで賑わうことだろう。

「ねぇ、ねぇ、早く乾杯しようよぉ!」

 もう待ちきれないとばかりに、亜美がメニューを睨んでいる北村の肩を揺さぶった。
 北村は、その亜美に、ちょっと眉をひそめた迷惑そうな視線を投げかけて、苦笑した。

「おい、おい、まずは注文しなきゃ何も飲み食いできないだろう? 
それに、ここはビールだけでも何種類も選べるから、ちょっと選択するのに迷ってな…」

 その北村に、亜美は、目を細めた性悪笑顔で応じている。

「特段、グルメでもない祐作がメニュー見たって意味ねぇっつぅの! 
ここは、適材適所ということで、高須くんに任せるべきなんじゃない?」

 そう言うなり、メニューを北村の手から奪い取り、竜児に手渡した。

「おい、おい、亜美…」

 北村は、一瞬詰るような視線を亜美に向けたが、幼馴染の亜美は当然にお構いなしだ。
 亜美からメニューを渡され、戸惑いがちに「お、おう…」と応えた竜児は、一瞬、北村と目が合った。その北村が苦笑
している。
 その意図を竜児は正確には測りかねたが、多分、『相思相愛とはいえ、亜美が相手じゃお前も大変だな』といった
ところだろうと思うことにした。

「ねぇ、ねぇ、あんたならビールは何がお勧めなの?」

 縋りついてくる亜美に急かされながら、竜児はメニューを広げてみた。
 ビールは、下面発酵による日本でもっともポピュラーな、ビールといえば先ずこれを指すピルス、上面醗酵で色が
少し濃く、味わいも濃厚なアルト、それに麦芽をローストした苦味がやや強く香ばしい下面発酵の黒生、更にはアイ
ルランドの醸造所から輸入された、黒生よりもいっそう苦く重厚な上面醗酵のスタウトが揃っていた。
 値段は、一般的なピルスが一番安く、後は黒生、アルト、スタウトの順に徐々に高くなっていく。スタウトは輸入品だ
から少なくとも関税分だけは高くなるし、一般的でない黒生やアルトも、多少は高くなるのは道理と言えた。

「なぁ、北村。飲み放題できるのは、値段の安いピルスだけとか、そういう制限はねぇのか?」

「ああ、それなら大丈夫だ。券には、『ビール全種が飲み放題』って書いてある」


40:指環(前編) 4/53
09/06/12 00:10:32 OtcMxNmC

 北村が手元の券を、眼鏡を掛け直して確認した。
 竜児は、「そうか…」と呟いて、メニューに再び見入った。よく見れば、個々のビールの価格差は大したことはない。
メニューには何故か英国式の一パイントに相当する五百六十ミリリットル単位での価格が示されていたが、一番安い
ピルスと一番高いスタウトとの価格差も、二百円程度に過ぎなかった。

「味の薄いピルスを最初に飲んで、それから味の濃いアルト、黒生、スタウトの順に飲んでいくのが定石だろうな。
ピルスは、日本というか、世界でも一番ポピュラーなビールだから、飲みやすいというのもある。
その点、アルトは、重いというか、少々野暮ったいというか、上面醗酵で、名前の通り古い製法だからな。個性的だが
評価は分かれると思う。
黒生は、麦芽を炒ってるから、少し苦味が強いが、基本的にはピルスと同じような下面発酵だから、アルトよりも洗練
されているはずだ。
スタウト、これもアルトと同じ上面醗酵だ。これは、好き嫌いがはっきり分かれるだろう。ものすごく味が濃厚だが、
苦味も強いし、べったりと重く、アルコール度数も高いからな」

「上面醗酵と下面発酵ってのは何なんだ?」

 北村が、目をきょとんとさせて、竜児の顔を見た。竜児は、その北村に軽く頷いてから説明を再開した。

「そうだな、ちょっと説明不足だったようだ。下面醗酵ってのは、十℃以下の低温で長時間発酵させる製法のことだ。
最終的には出来上がったビールの下層に酵母が沈殿するので下面発酵と呼ばれている。ピルスや黒生がこの製法
で醸造されている。世界的にも主流だ。下面発酵によるビールは、洗練された穏やかな味わいが特徴とされる」

「じゃ、上面発酵ってのは、下面発酵と正反対の製法なの?」

 亜美が、いくぶんぞんざいな口調で、竜児の説明に割り込んできた。
 こうした理屈っぽい話を打ち切らせるつもりなのだろう。

「川嶋、鋭いな。その通りなんだ。上面醗酵は、常温で短時間発酵させるんだ。最終的には酵母がビールの上面に
浮かんでくるからこう呼ばれている。味も香りも下面発酵のビールよりも個性的だ」

 話を混ぜっ返すつもりが、却って正解を言ってしまったことに、亜美は渋面を浮かべている。
 それでも、竜児に誉められて、多少はうれしいのか、思い直したように、ほんの少しばかり相好を崩した。

「じゃ、カロリーが少ないのは、どれなの?」

 普段節制しているから、たまには大っぴらに飲み食いしても問題はなさそうだが、そこは女の子である。
『ダイエット』の文言が常に脳裏にちらつくのだろう。

「カロリーを気にするなら、ピルスか黒生で我慢した方がいいだろう。アルトははっきりしないが、英国式のスタウトは
黒砂糖を補助材料に使っていることが多いから、カロリーも一般のピルスとかに比べて高くなりやすい」

 そう言いながら、竜児は、メニューに記載されているビールのリストを眺め直した。

「黒生やアルトも、カロリーは高そうだな。両方ともピルスよりもアルコール度数が高いから、発酵前の麦汁はピルス
より濃いものを使ってるんだろう」

「じゃぁ、結局、ピルスしか飲めないってことぉ?」

 亜美が不満なのか、まなじりを心持ち吊り上げている。

「いやぁ、それは当人次第さ。少しでも摂取カロリーを抑えたいなら、ピルスだろうし、それが気にならないっていうの
なら、何を飲んでも構わねぇだろうさ。それに、どれもビールだ。一般の酒類に比べて糖質が多くて太りやすいって点
はどれも似たようなもんだ」


41:指環(前編) 5/53
09/06/12 00:12:08 OtcMxNmC

「つまり、何を飲んでも、実際は気にするほどのことはない。太りたくなかったら、ビールは止めておけ、
ってことだな?」

 結論付けるような北村のコメントに竜児は頷いた。

「まぁ、身も蓋もねぇけど、結局はそういうことだ。要は、何を飲んだって結果はそう変わらねぇ。であれば、最初の
一杯はピルスが原則だが、飲みたければ味のきついスタウトから始めたっていいだろう。その辺は、自由だな」

 そう言って、竜児は、亜美の表情を伺った。結果的に、あまり意味をなさなかったビールの説明に、少々ご立腹
なのか、頬を膨らませ、目を鬱陶しそうに半開きにして、竜児を睨んでいる。

「何よ、結局、何飲んだっていいってことじゃない! だったら、勿体をつけずに結論だけ言いなさいよぉ! 
ほぉ~んと、無駄に理屈っぽいんだからぁ」

「お、おう…」

 亜美の剣幕に気圧されて、竜児は思わず首をすくめた。
 いつもの亜美なら、竜児の博識ぶりには、素直に敬意を表するのだが、今日に限って、すこぶる機嫌が宜しくない。
 その亜美は、不機嫌丸出しのブス顔のまま、席を蹴るように立ち上がった。

「じゃぁ、ビールはピルスでも何でもいいからぁ、適当に頼んどいてよ。あ、それと、あたしソーセージと、
ジャーマンポテトそれにザワークラウトとかピクルスが食べたい」

 それだけ言うと、そのままどこかへ行こうとする。

「お、おい、亜美、どこへ行く?」

 その北村に、亜美は、河豚みたいに膨れた不機嫌丸出しのブス顔を、般若のように歪めて北村を睨み付けた。

「うっさいわねぇ! 女の子が、人知れずどっか行こうってときは、何だか決まってるじゃない! 察しなさいよっ!」

 後は、互いに顔を見合わせている竜児と北村を尻目に、亜美はビアホールの奥へと引っ込んでいった。

「いつにも増して、ご機嫌斜めだな…。何かあったのか?」

 鬼ならぬ、亜美の居ぬ間に、北村が心配そうに尋ねてきた。その北村の問いに、竜児は頭を振った。

「いや…、何もねぇよ。川嶋とは、喧嘩になるようなことは何もねぇ…」

「そうか? 亜美の奴、高須と付き合い始めてから、性格はだいぶマシになったはずなのに、今日は、それが
元の木阿弥になってる…。お前たちに何かあったんじゃないかって、考えるのが普通だろ?」

 竜児は、う~ん、と呻くように呟き、喉まで言葉が出掛かったが、自重した。
 なぜ、亜美が不機嫌かは、鈍い竜児にも察しはついていたが、相手が北村であっても、公共の場でそれを口にする
のははばかられたからだ。
 だが、そんな竜児の逡巡を、洞察力に長けた北村は見逃さない。

「お前のその様子だと、お前が忙しいことを理由に、亜美の相手をしてやらなかったとか、何とかが、あいつが不機嫌
になっている原因なんだろ?」

「お、おぅ…」

 竜児は、三白眼を真ん丸にして、親友の顔を見た。論理的な思考力では竜児の方に分があるが、
直感を交えた総合的な洞察力では、北村の方が遥に優っていることを、今更ながら痛感させられる。


42:名無しさん@ピンキー
09/06/12 00:13:18 r1+CKHU8


43:指環(前編) 6/53
09/06/12 00:13:36 OtcMxNmC

「図星か…」

「ああ…。恥ずかしながらその通りさ…」

 竜児は観念して嘆息した。裸になったり、覗きをしたり、とかく問題行動の多い男だが、いざとなれば的確な判断が
下せる北村は、やはり竜児にとって頼もしい存在だ。

「前期末で、進行が遅れた科目とかは、最後は突貫工事で講義したからな…。
その予習復習が大変だったんだな?」

「ああ、それに、数学科は、複数の科目で、補講まであったんだ。それで、ここ一週間は、川嶋とは一緒に昼飯を食う
のが精一杯という有様さ…」

「まぁ、本学の数学科は、熱心な教官が多いらしいからな…。補講までして、予定を完遂するってのは、大学じゃ、
希な話だろう。法学部なんかいい加減だぞ。『以上で、前期の講義は終了します。なお、残りはテキストを各自よく
読んでおくように』で、お終いだった…」

 そう言って、北村は、にやりとした。

「でも、川嶋は、その補講が気にくわなかったらしい。この前の土曜日なんかは、午後まで解析学と位相幾何学の
補講がびっちりあってさ、恒例のプチデートがお流れになった。川嶋が目に見えて不機嫌になったのは、
この日からだな」

 半ば真実、半ば嘘だった。残り半分の真実については、この場では沈黙を貫くことにした。

「そういうことか? デートがダメになったくらいで、むくれるとは、所詮、あいつも子供だってことか…」

 北村が、首を傾げながらも、頷いた。その表情には不審の色が現れてはいたが、ひとまずは納得したような素振り
を見せてはくれた。
 だが、洞察力に優れる北村を欺くことは難しい。
 竜児は、いずれ、北村から新たな追及を受けるであろうことも、ある程度は覚悟しておくことにした。

「話としてはそんなところなんだ。取り敢えず、注文だけでも先に済ましちまおう。注文もしていないうちに川嶋が
戻ってきたりしたら大変だ。あいつの機嫌が更に悪くなる…」

 北村は、「そうだな…」と軽く頷いて、給仕を呼ぶために、右手を頭上に伸ばして、二度、三度と振った。
 呼び止めた給仕に、北村は、三杯のピルスと、亜美ご所望のソーセージの盛り合わせ、ジャーマンポテトそれに
ザワークラウトとピクルスの盛り合わせを注文した。
 更に竜児の提案で、この店の名物であるロースとビーフと、サラダと低脂肪で高蛋白な厚揚げのステーキを追加で
注文した。


 最悪と言ってよい亜美の機嫌が懸念材料であったが、亜美が手洗いから戻ってすぐにビールが運ばれたことが
奏効し、ひとまずは大した波乱もなく、三人での酒宴は進行した。

「でさぁ~、この前、麻耶と電話で話したんだけどぉ、麻耶の奴、未だに祐作に未練があるみたいでさぁ~。ピクニック
の時に祐作の裸には驚いたけど、『今にして思えば、もっとじっくり見とけばよかった…』だってさぁ~~」

 とか何とか、傍目には実に下らない話をしながら、ビールをあおって、ケタケタと哄笑している。
 どうやら、今日の亜美は笑い上戸らしい。

「お、おい、程々にしとけよ。お前、あんまり酒は強くないんだから…」



44:指環(前編) 7/53
09/06/12 00:15:05 OtcMxNmC
 たしなめる竜児には、「なんらとぉ~」と呂律怪しく詰め寄って、その顔面に、ふぅ~、と息を吐きかける。
 その露骨な酒臭さに、竜児は思わず顔をしかめた。

「お前、飲みすぎだよ…」

 その竜児の忠告に、「へん!」とばかりに鼻息を荒げ、血走った上に、どろり、と濁った酔眼を向けてくる。

「飲み放題ってんだからぁ、別に構わないっしょ! それに、亜美ちゃん、今日は、お酒飲まないとやってらんねぇっ
つぅの!」

 そう言うなり、なみなみと注がれた黒生を、一気に半パイント分、流し込んだ。

「亜美、高須が言う通り、ちょっとピッチが速くないか? もうそれで三杯目だろ?」

 亜美は、軽くげっぷをして、胃に溜まった炭酸ガスを放出すると、北村に向かって、だらしなく相好を崩した。

「そだよぉ、一杯目は確かピルス飲んでぇ、二杯目はちょっと色の濃いアルトっつぅのを飲んでぇ…。しかし、あんたも
高須の相棒だけあって、細かいことを気にし過ぎ! も、どうでもいいじゃん!」

 そう言って、笑いながら、北村の肩を、ばんばん、引っぱたいた。

「高須、こりゃ、ダメだ…」

「ああ、潰れるのは時間の問題だな…」

 男二人は、紅一点の乱れっぷりに、顔を見合わせて、ため息をついた。
 いつぞやのコンパの時にように、変調をきたした亜美を連れて帰らねばならないことを思うと、竜児は憂鬱になって
くる。ただ、あのコンパの時とは違い、今のところは、泣き喚いていないのが、僅かながらの救いだ。

「そこぉ! 男二人でこそこそ喋らない!! ホモかぁ、あんたら!」

 酔っているにも拘らず、語気だけは無駄に鋭い突っ込みに、竜児も北村も、ひゃっ、と思わず首をすくめた。
 酔っ払いはビアホールのあちらこちらに見受けられたが、困ったことに、その中でも亜美がダントツに目立っている。
大人しくしていれば、楚々としたお嬢様と言う感じの娘が、上品とはお世辞にも言えないことを、哄笑しながら喚いて
いるのだ。そのアンバランスさ、シュールさは、数多の酔漢の中でも群を抜いていた。
 こうなると、むしろ酔い潰れてくれた方が、面倒が少ないかもしれない。
 北村も竜児と同じように考えていたのだろう。竜児と目が合った瞬間、何かを決意したかのように眼を大きく見開い
て、頷いた。
 そして、給仕を呼び止め、

「すいませ~ん、スタウトを三つお願いしま~す」

 アルコール度数が一番高いスタウトを注文した。
 ベージュのきめ細やかな泡とコールタールのようにどす黒い液体が満たされた一パイントのグラスが三つ、
テーブルの上に並べられた。

「取り敢えず、飲みかけの奴は、きっちり飲み干してしまおう。で、これを飲めば、このビアホールが提供している
ビールの全種類を制覇したことになる」

 そう言って、北村は、もはや手がつけられない酔っ払いになりつつある亜美に、残りの黒生を飲み干すように差し向
けた。

「上等でぇい、こんなのぉ!」



45:指環(前編) 8/53
09/06/12 00:16:23 OtcMxNmC
 言うや否や、残りの半パイント分の黒生を一気に流し込み、「ぷはぁ~!」とばかりに大きく息をついた。
その風情は、まるっきりアル中のおっさんである。

「川嶋、おかわりだ」

 竜児は、その亜美に、黒生よりも真っ黒なスタウトが満たされたグラスを手渡した。

「あへぇ? なんか、こいつも真っ黒じゃん」

 怪しい呂律で、そう言うと、亜美は手渡されたグラスの中身に口をつけた。
 それを横目で確認しながら、竜児と北村もスタウトを味わった。

「お、にっげぇ~。でも、あまぁ~い! これって、何かいいかもぉ」

 その点は、竜児も同意見だ。苦いのはホップの量がピルスやアルトよりも多くなっているせいだろう。
 ビールを火入れしたり、ましてや、フィルターでろ過するといった技術がなかった時代に、少しでも日持ちがするよう
にホップを多めに添加したという話を、竜児は思い出した。
 甘いのは、おそらく補助材料として使われている黒砂糖だろう。この黒砂糖のおかげで、酵母の活動が活発になり、
アルコール度数も一般のビールに比べて高くなるという訳だ。

「荒々しい感じもあるけど、訳ありの大人のビールと言う感じだな…」

 どぎつい味だが、他のビールとは明かに一線を画することは確かである。
 だが、それだけに、本来は、ちびちびと嘗めるように飲むものなのだろう。
 にもかかわらず、亜美は、先ほどの黒生と同じような調子で、グイッとばかりに半パイント分を流し込んだ。
 味は濃いけれど、アルコール度数が適度に高いから、口当たりは悪くない。それがスタウトの怖いところなのかも
知れない。

「うっひゃ~、苦いけどぉ~、こいつ、結構飲みやすいかもぉ」

 怪しい呂律で呟くように宣うと、亜美はグラスに残ったスタウトを飲み干した。

「うぃ~」

 それがとどめになったのだろう。亜美は、まぶたを気だるそうに閉ざすと、そのまま力なく竜児にもたれかかった。

「亜美ちゃん、ねむ~ぃ…」

「お、おい、川嶋…」

 亜美は、竜児の胸板に縋りついたが、その胸板の上をずるずると力なく滑るように落ち、竜児の股間に顔を埋めた。

「高須くんの匂いがするよぉ…」

「か、川嶋、こ、この体勢はまずいって」

 だが、亜美は、戸惑う竜児には構わず、その股間の膨らみに頬ずりすると、安心したような笑みを浮かべて、
微かな寝息をたて始めた。
 亜美のやわらかな頬が、布地越しとはいえ、竜児の股間を圧迫する。
 その艶かしい感触に竜児のペニスが不如意に怒張してきた。まずい、明かに、まずい体勢だ。

「麻酔が効いたようだな…。しかし、その格好」

 北村が、吹き出しそうなのをこらえながら、苦笑している。



46:指環(前編) 9/53
09/06/12 00:17:29 OtcMxNmC
「冗談じゃねぇよ…。こんなところを他の客か何かに見られたら、赤っ恥もいいところだ」

 そう言いながらも、竜児は、微かな寝息を立てている亜美の頬を指先で軽くなぞるように撫でてやった。
 亜美は、生え際まで朱に染めて、時折、むずかるように、う、う~ん、と呻く。

「大人しくはなったが、ちょっと飲ませ過ぎたな」

「都合、ビール大瓶で三本ちょっとというところだからな。たしかに多いな…。それに川嶋は酒好きだけど、弱いんだ。
それでも、ワイン系ならそこそこいけるんだが、どうも、ビールとかはダメなようだな」

 竜児は、先月のコンパでも、亜美がビールで悪酔いしたことを思い出した。

「そうなのか? であれば、ビアホールに行こうって言ったのは軽率だったな。済まなかったな高須」

「いやぁ、川嶋の奴が、自分の限界もわきまえずに無茶な飲み方をしたのがそもそもいけないのさ…。
北村は何も悪くねぇよ」

 北村は伝票に打刻された時刻と、腕時計とを見比べた。

「二時間飲み放題だから、俺たちは、あと一時間はここに居られるわけだ…」

「であれば、このまま一時間ほど、俺は川嶋の様子を見ているよ。急性アルコール中毒って程じゃないが、要注意な
状態であることは確かだから、ちょっと目が離せない」

 北村は、竜児に軽く頷いた。

「そうだな…、尾篭な話だが、吐くってこともあり得るからな。それに、男の俺たちからは切り出しにくいが、
電車に乗る前には手洗いにも行けせないと、まずいな…」

「まぁ、川嶋は基本的にはしっかりした奴だからな。正気にさえ戻ってくれれば、その辺は大丈夫なんだが…。
それにしても、あれだけ騒いでおきながら、気持ちよさそうに眠ってやがる」

 その亜美は、竜児の股間に顔を埋めて、むにゃ、むにゃと、意味不明なことを時折呟いている。

「そうだな、何だか、高須に縋っている今の状態が、嬉しくてしかたがないって感じだな」

 北村の指摘に、竜児は、ちょっと動揺した。

「そ、そうでもないだろ…」

「そうか? 今の亜美の幸せそうな表情と、ちょっと前までの不機嫌な表情とを比べてみると、そうとしか思えないん
だがな、それと…」

「な、何だよ…」

 洞察力に秀でた北村の追及が始まった。

「結局、亜美の奴が、えらく不機嫌だったのは、高須、お前が忙しさにかまけて、亜美のケアを怠っていたってこと
なんだろう? それも、デートの予定がつぶれたなんてものじゃなく、もっと、生々しいものだよな?」

「な、生々しいってのは何だよ。抽象的過ぎて訳が分からねぇよ」

 北村が、眼鏡の奥のつぶらな瞳を、きゅっ、と引き締めた。
 それは、竜児に対する、『しらばっくれるのもいい加減にしろ』という、ある種の警告だった。
 竜児は、そんな北村の視線から逃れたくて、あまり飲みたくもないスタウトを一口含んだ。


47:指環(前編) 10/53
09/06/12 00:18:38 OtcMxNmC

「単刀直入に言おう。高須、お前、最近、亜美を抱いてないだろ?」

 口に含んだビールを吹き出しそうになったが、それは、口元を左手で押さえ、辛うじて堪えた。

「い、いきなり、何を言いやがる!」

 その竜児の狼狽ぶりを見て、北村は目を細め、口元を微かに歪めて、意地悪そうに微笑した。

「まぁ、そんなことなんじゃないかって思ったんだが、どうやら俺の推測は正しかったようだな」

「お前なぁ~」

 竜児は北村に咎めるような視線を送ったが、竜児よりも直感に優れた北村に敵うわけがないことに思い至り、
観念したように瞑目して嘆息した。

「まぁ、恥ずかしながら、そういうことさ…。俺は川嶋とは、ここ一週間はすれ違いの生活で、満足にスキンシップも
できなかった。それが、川嶋の奴は不満だったのかも知れねぇな」

「なぁ、ちょっと立ち入ったことを訊くけどいいか?」

「な、何だよいきなり…」

 北村は、動揺気味の竜児には構わずに、自分たちが陣取っているテーブルの周囲を見渡した。
 ビアホールの店内の様子は相変わらずだった。多くの人でざわめいている。亜美が馬鹿騒ぎしていた時なら、竜児
たちが目立っただろうが、今は、他のテーブルに居座っている酔漢たちの方に、他者の注意は向いていそうだ。
 それを確かめてから、北村は、竜児の耳元に囁いた。

「なぁ、お前と亜美は、どこまで行っているんだ? Aか? Bか? それともCまでか?」

「お、おう…」

 ある程度は覚悟していたが、親友の北村であっても、亜美との逢瀬を白状するのは気恥ずかしかった。
 だが、北村は遠慮がない。

「どうなんだ? 奥手のお前でも、ませた亜美に引きずられて、Cぐらいは経験しているんだろ?」

「う、ま、まあな…」

「何だか、はっきりしないな…。そういった曖昧な態度でお茶を濁そうとすると、亜美にも愛想を尽かされるぞ」

 竜児の脳裏に、つい十日前の出来事がよぎった。
 互いに一つになるために、初めてのセックス。しかし、挿入直前になって突然の亜美の不調。
 痛い、痛い、と泣き叫びながら、苦しんでいる亜美の姿は、今も記憶に鮮やかだ。
 あの晩の亜美との行為は、一応は性行為なのだろう。だが、その結び付きは完全ではなく、亜美にも竜児にも、
心身にある種の痛みを残したのだ。

「CはCだが、Cマイナスって感じだな…」

「マイナスってのは何だ? 意味が不明だぞ」

 北村のもっともな指摘に、竜児は瞑目して頷いた。それは、北村に亜美との逢瀬の真相を告げるという意思表示で
もあった。どの道、洞察力に秀でた北村の追及から逃れる術を竜児は持ち合わせていない。

「およそ十日前のことだ。俺と川嶋は、始めて抱き合ったんだ…。だが、本番直前になって、川嶋は急に痛みと悪寒を


48:指環(前編) 11/53
09/06/12 00:20:00 OtcMxNmC
訴えて、そのまま中止になった…」

「中止って、亜美の具合はそんなに悪かったのか?」

 竜児は、眉をひそめて北村に頷いた。あの時の亜美の苦しみようを思い出すと、口中が苦々しくなってくる。

「川嶋は、膣痙攣を起こしたんだよ。ませてはいるが、本音では川嶋もセックスが怖かったんだ。それで、俺と一つに
なる直前、あいつの膣は天岩戸みたいにかちかちに収縮しちまって、全然俺を受け付けなくなっちまったんだよ」

「そんなことがあったのか…」

 竜児と亜美との初めての行為が無残な結果に終わったことは、北村にも予想外であったらしい。
 何事にも動じないはずの北村が、居心地悪そうにもじもじしている。

「川嶋は、再チャレンジを望んでいる。ただし、いきなり俺と一つになるんじゃなくて、裸で抱き合って、セックスへの
恐怖感を解消してから、本番をするつもりらしい。だが…」

「折悪く、数学科の補講が重なって、亜美との逢瀬がことごとくお流れになった、そういうことだな?」

 北村に結論を言われた竜児は、力なく「ああ…」とだけ応じた。

「そうであれば、お前は、亜美を抱いてやるのが一番なんじゃないのか? 前回の失敗があるから、踏ん切りがつき
にくいのはなんとなく分かるが、そうしてやることが亜美の望みなら、それを叶えてやるのが男の責務だろ?」

「そうだよな…、確かに」

 竜児は、せっかくだから、スタウトを、また一口飲んだ。
 ホップの利いた強い苦味と、黒砂糖らしい甘味が、口中に広がる。

「俺だったら、亜美が酔いつぶれたのを幸いに、どっかのホテルに連れ込んで、一発とは言わずに二発、三発と、
亜美の中にぶち込んじまうが…」

「お、おい、おい、お前、川嶋のことなんか眼中にねぇだろう…」

 北村の冗談だとは分かっていたが、いざ、亜美への横恋慕めいたことを告げられると、朴念仁の竜児でも内心は
穏やかではない。それに、品行方正を旨とする竜児にとって、酔いつぶれた婦女子をかどわかすなぞ論外だ。

「すまん、ちょっとした冗談だ。正直、お前たちが羨ましくてな。それと、亜美を抱くことに消極的な感じがするお前の
ことをちょっとからかってみたくなったのも事実だ。とにかくだ、高須、亜美を抱いてやれ。それ以外に、あいつが
救われる道はない」

「お、おぅ…。しかし、今日は無理だ。川嶋のこの体調じゃ、前回の二の舞になりかねない」

「あせらなくてもいいじゃないか。明日から夏休みだ。お前と亜美は試験勉強もしなくちゃならんが、大学が休みで
あれば、時間は十分にある。それをお前たちの関係修復に充てればいいだろう」

 そう言って、北村も、スタウトを一口飲んだ。

「改めて飲んでみると、苦いな…。それに甘い。こんなに味の濃いものを亜美の奴は一気飲みしたのか…」

「北村も知ってるだろうが、ストーカー事件の時もそうだったように、あいつは結構無茶するからな」

「だからこそ、お前がいざという時には支えてやる必要があるってことだよ」

「そうだな…」



49:指環(前編) 12/53
09/06/12 00:21:11 OtcMxNmC

 北村のもっともな指摘に、竜児は頷き、更に一口、スタウトを口に含んだ。
 じわっとする苦味が口の中を覆うが、それが先ほどのように不快なものとは思えなくなっていることに気づく。
 飲酒には否定的な竜児だが、これはこれで美味いのかも知れないと思えてきた。

「それはそうと、高須。お前、飲んでも全然赤くならないな。受け答えもしっかりしてるし、お前って、本当は酒が強いん
じゃないのか?」

 北村からの予想外の問いに、竜児は三白眼を丸くした。

「ど、どうなんだろうな…。俺自身、こんなに酒を飲んだのは実は初めてなんだ。先月のコンパだって、最初の一杯
こそビールを飲んだが、後はウーロン茶で誤魔化したからな。本当のことは分からねぇよ…」

「いや、多分高須は本当に酒が強いんだろうな。飲酒の経験がほとんどないのに、全然酔ってない。普通は、何度も
悪酔いしながら、酒に慣れていくものらしいが、高須の場合は、遺伝的に酒に強いのかも知れないな」

 竜児は、酒と女に溺れていた自分の父親を思い出した。不本意だが、確かにそうなのかも知れない。

「まぁ、酒が強いかどうかは分からねぇが、酒もそんなに悪いもんじゃないのかも知れねぇって気には、ちょっとばかり
なってきたよ…」

「うん…」

 北村が、ほんのり赤くなった顔をちょっとほころばせている。

「それに、料理と酒は不可分な関係にある。酒を無視して料理を考えることは難しいんだろうな」

「そうか…。料理上手な高須が、酒にも造詣が深くなったら無敵だな」

 竜児は苦笑した。

「よせやい。俺の料理なんて所詮は素人のお遊びさ。一時は、進学は諦めて、調理師とかも考えたけど、旧態依然と
した徒弟制度には多分馴染めないと思ってな…。今は、進学してよかったと思っているよ」

「そうだな、高須ほどの優秀な奴が、進学もせずにそのままってのは勿体ないからな。俺も、こうして高須と一緒に
酒が飲めるのは嬉しいんだ」

「お、おぅ…」

「そして、それは亜美も同じなんだ。今回、亜美は酒癖が悪かったが、亜美だって、高須と酒が飲めるのが嬉しいのさ。
だから、今回の狼藉は大目に見てやろうじゃないか」

「そうだな…」

 竜児は、相変わらず股間に顔を埋めている亜美の頭を撫でてやった。その亜美は、「う~ん」という呟きを漏らしな
がら、むずかるように首を左右に振って、頬を竜児の股間に擦り付けた。

「うわっ!」

 その刺激で、竜児のペニスが勢い付き、股間がもっこりと盛り上がる。そして、亜美は、鼻をひくつかせながら、
竜児の亀頭の辺りに口唇を当て、竜児が穿いているチノパンの上から、しゃぶりついた。

「き、北村ぁ、何とかしてくれぇ!」

「何とかって言われてもなぁ…。亜美は俺の女じゃないし…。そういうことは、相方のお前が何とかしてやらなきゃ」



50:指環(前編) 13/53
09/06/12 00:22:43 OtcMxNmC

 そう言いながら、北村は、苦笑している。

「ど、どうすりゃいいんだよ?」

 北村は笑いながら竜児の肩を、ぽん、と叩いた。

「決まってるだろ? 予定を変更して、亜美を抱いてやればいいのさ。このままホテルで一発ってのが妥当だが、
金あるか?」

 竜児は首を振った。今回の酒宴は飲み放題だが、料理は別だ。しかも、味はまあまあだが、どの料理も結構な値段
がしていた。

「ここで飲み食いした分を払ったら、ホテル代は微妙だな。それにラブホは不衛生だから避けたい。
そうなると、都心のホテルは高いから、貧乏学生の俺には到底無理だな…」

「なら、しょうがないな…。俺も貸してやりたいが、俺の財布の事情も高須と大して違わないからな。
亜美に立て替えてもらうってのも考えられなくはないが、それは男としてちょっと格好悪いか…」

「ああ、川嶋はそんなことを気にしねぇだろうが、男の沽券にかかわるからな。この一線は譲れねぇ」

 北村は、軽く頷いて、嘆息した。亜美がよくても竜児は絶対に承知しないことを、親友として知っていた。
どんな場合でも、理由なく施しを受ける男ではないのだ。

「なら、しょうがない。亜美はお前の家に連れていけ。まぁ、前回と同じで芸がないかもしれないが、確実ではあるな。
泰子さんもお前たちの仲は公認なんだろ?」

「お、おぅ…」

 泰子なら、竜児と亜美が結ばれることをむしろ祝福してくれている。
 今夜、竜児の部屋で、二人が劣情の赴くままに抱き合っても、何も文句は言わないはずだ。だが…。

「だがよ、川嶋が外泊ってのはよくねぇよな…」

「なあに、亜美の酔いが覚めるまで、高須の家で休ませて、それから抱いてやって、日付が変わらないうちに亜美を
自宅まで送り届ければいいじゃないか」

「ま、それはそうだが…」

 竜児は、結局、亜美が竜児の家に泊まることになるだろうという懸念が捨てきれなかった。この泥酔っぷりだと、
簡単には酔いが覚めないだろうし、覚めたら覚めたで、しつこく竜児との抱擁を求めてきそうな予感がする。

「亜美が外泊するようなら、亜美に任せておけば大丈夫だ。こいつはこうした悪知恵だけは大したもんだからな。
自分から木原か香椎の家に泊まっているとかの嘘の電話を自宅にして、木原や香椎とも口裏合わせをするだろうさ」

「確かにそうだな…」

 亜美とは幼馴染の北村同様に、亜美とは密な付き合いの竜児は、彼女の食えない本質を嫌というほど知っている。
外見は楚々としたお嬢様だが、性悪で、嫉妬深くて、したたかで、それでいて健気で、一緒に居て、とにかく飽きない
女なのだ。

「それはそうと、あと二十分で時間切れだ。そろそろ亜美を起こすなり、残った料理やビールを平らげるなりした方が
いいだろう」

 竜児も時計を確認した。時刻は、午後六時半になっていた。ビアホール店内も、今まで以上に混雑していて、今が



51:指環(前編) 14/53
09/06/12 00:28:33 OtcMxNmC
書き入れ時といった感じである。
 ともすれば、互いの会話も聞き取れないような騒々しさの中で、竜児は股間に顔を埋めて、何やら幸せそうな笑顔
を浮かべて眠っている亜美を、椅子に元通りに座らせ、その頬を軽く突いた。

「う、う~ん…」

 亜美は、眉をひそめて、むずかったが、やがて、渋々と目を開け、酔って焦点の定まらない目つきで竜児を見た。

「川嶋、気分はどうだ?」

 亜美は、頼りなげに首を縦に振った。

「う、うん…。ちょ、ちょっと気持ちが悪いけどぉ、何とか、平気…」

 『平気』とは言っているが、亜美が気分の悪さを訴えていることが気になった。

「そろそろ制限時間なんだよ。急かして済まねぇが、動けるなら、今のうちに手洗いにいくなり、帰る準備を始めてくれ。
それと、料理は、俺と北村がかなり食っちまったが、まだ少し残っている。よかったらどうだ?」

 一応は亜美にも料理を勧めてみたが、亜美は首を左右に振った。

「飲みすぎて食欲がないから、残りは高須くんなり祐作なりが食べちゃてよ。それと、何か、あたしって、また酒癖が
悪かったみたいね…。酔って覚えてないけど、またしても人生に汚点をつけたような気がするわ…」

 自覚はあるんだ…、と思ったが、そこは気遣いの高須である。

「いやあ、特に何もなかった。川嶋は、ワインとかだと案外平気なのに、ビールとかが苦手なのかも知れないな。
前半ですぐに酔いつぶれて、それっきりだったよ。川嶋こそ、せっかくの飲み会を楽しめなくて残念だったな」

 亜美は、そんな竜児に、とろんとした眼を向けていたが、やがて目を伏せ、「ありがとう…」とだけ呟いた。

 その後の二十分間は実に慌しかった。竜児と北村は、MOTTAINAI! とばかりに残った料理を半ば意地になって
平らげ、それから竜児は、足下がおぼつかない亜美を洗面所まで連れて行った。
 亜美は、吐き気をこらえているらしく、表情が青ざめ、いかにも気分が悪そうだった。
 亜美が泥酔一歩手前の状態であることを鑑みると、洗面所の中まで付き添うべきなのだろうが、紳士である竜児に、
それははばかられた。何よりも、三白眼の精悍な男が、女子の洗面所に闖入した日には、警察のご厄介になること
は間違いない。
 幸い、見かねたのか、ビアホールの女性従業員が、人事不省に近い亜美の付き添いになってくれた。こういう気配
りは、さすがに老舗ではある。
 亜美が女性従業員に付き添われて、洗面所に入って行ってから十分後、亜美は、入ってきた時よりもいくぶん
やつれたような表情で現れた。

「どうも済みません…。何か変わったことはありませんでしたか?」

 竜児の問いに、その女性従業員は、営業的なものだろうが、悪くない笑顔を竜児に向けてきた。
 その胸には『研修生』と記されたバッジが付いている。年の頃は学卒のフレッシュマンという感じだろうか。それで、
竜児は、このビアホールが大手ビール会社の直営店であることを思い出した。新人らしからぬ手際のよさから、その
ビール会社に総合職として採用された人材なのかもしれない。

「大丈夫ですよ。ちょっと、戻しましたけど、吐くものは全部吐いたようですので…」

「す、すいません…」

 危惧したように、やっぱり吐いたかと、竜児は思った。


52:指環(前編) 15/53
09/06/12 00:30:22 OtcMxNmC

「いえ、いえ、お気になさらずに…。これも私たちの仕事の一環ですから」

 それだけ告げると、その従業員は、厨房へと引っ込んで行った。客の粗相の後始末も厭わないのは、さすがだ。
飛び抜けて美人という訳ではなかったが、こういう人は、いずれ頭角を現すことだろう。
 また、そうした機転の利く人に介抱されたのは僥倖だった。

「川嶋、歩けるか?」

 竜児の問い掛けに、亜美は、のろのろと首を縦に振り、二、三歩、歩を進めたが、すぐにふらついて竜児につかまった。

「ご、ごめぇ~ん、足に力が入らないよぉ」

 さっきよりも症状が悪化している。摂取したアルコールが分解されて悪酔いの原因であるアセトアルデヒドが体内に
溜まったのだろう。大体が悪酔いは、飲み始めて暫く経ってから症状が出てくるのだ。それに、吐いたことが引き金に
なって、張り詰めていた緊張感が切れたことも影響しているのだろう。
 涙目で訴える亜美を、竜児は抱きとめるようにして支え、どうにか北村の居るテーブルまで戻ってきた。

「ちょうど制限時間ギリギリだ」

 北村はそう言って、椅子の上に、竜児と亜美の荷物をまとめてくれていた。

「すまねぇな、北村…」

「しかし、二つともえらく重たいバッグだな。亜美がその調子じゃ、高須が亜美の肩を持たなきゃなるまい。
だから、お前と亜美のバッグは俺が持っていくよ」

 言うや否や、北村は、竜児と亜美のショルダーバッグを両肩へたすき掛けにした。

「お、おい、そこまでしなくてもいいよ…」

「いいから、高須、お前は、亜美の世話だけに専念しろ」

 北村はそう言うなり、伝票を持って、出口に向かっていった。それを、竜児は亜美の体を支えながら、懸命に追う。
 亜美はというと、完全にグロッキーで、まるで蒟蒻か何かのように、ぐにゃぐにゃと脱力していた。
支える竜児も一苦労だ。

「泰子顔負けの酔いっぷりだな…」

 前回のコンパの時には、まだしも亜美に歩行能力が残っていたから、その肩を支えてやるだけで済んだが、
今回ばかりは、そう簡単には行きそうもないようだ。
 ビアホールの出口では勘定を終えた北村が、待っていた。

「亜美の様子が、予想以上に悪そうだな…」

「ああ、歩行能力すら怪しいくらいだ…」

「この状態じゃ、亜美に肩を貸してやってもダメだろう。なぁ、高須、いっそのこと、お前が亜美をおぶってやったら
どうなんだ?」

「え?」

 竜児は三白眼を真ん丸に見開いて仰天した。ここは銀座のど真ん中なのだ。そこを、年頃の娘をおぶって歩くなぞ、
できる訳がない。



53:指環(前編) 16/53
09/06/12 00:32:03 OtcMxNmC
「お前が恥ずかしいと思う気持ちは俺にも理解できる。しかし、亜美がその状態では、肩を貸す方が、むしろお前の
負担が大きいし、亜美だって大変だ。であれば、おぶってやった方がずっといいだろう」

「お、おう、た、確かに、そうだけどよ…」

 北村は、戸惑う竜児に軽く頷くと、意識が朦朧としているような亜美の耳元に囁いた。

「どうだ、亜美。自力で歩かずに、高須におぶってもらった方がいいと思うんだが、お前はどうする?」

 亜美は、目を軽くつぶって口元を半開きしたまま、竜児にもたれかかっている。

「おぶってもらふって、それって、おんぶぅ?」

「ああ、高須におんぶしてもらうんだ。そうした方が、お前も楽だし、高須も楽なんだよ」

 それを聞いた亜美は、うふふ、と嬉しそうに笑っている。

「亜美ちゃん、歩けねぇし、た、高須くんにおんぶして欲しいよぅ~」

 それをきっかけに、亜美は「おんぶ、おんぶぅ」を幼児が駄々をこねるように繰り返している。
 北村は、苦笑しながら、竜児に向き直った。

「聞いての通りだ。恥ずかしいかもしれないが、亜美をおぶっていくのが最善の策だろうな。
お前たちの荷物は俺が運ぶから、お前は亜美をおぶってやってくれ」

「お、おい…」

 顔から血の気が引くというのは、こういう感覚を言うのだな、と竜児は思った。
 あまりの展開に、現実感がなく、なんだか、北村と亜美との即興劇を遠くで見ている一観客のような気がした。
これは、現実逃避なのだろう。目の前の事象が受け入れ難いが故に、竜児の精神が萎縮しているのだ。
 そうした、竜児の内面の変化を直感に優れた北村は見逃さない。

「お前にとって亜美は何なんだ? 単に惚れた腫れたにとどまらない、伴侶であり、同志なんじゃなかったのか?」

 そうなのだ、実乃梨の前で、竜児はそう宣言した。
 それに、あの無残に終わった初夜の晩、亜美は竜児に何と言ったか。 
 健気な亜美は、『あたしは、何があってもあんたについていく。そう決めたんだよ…』と言ってくれたのではなかったか。
 何より、竜児もその即興劇の当事者であり、その劇の主役の一人に他ならない。与えられた役を演じなければ
ならないのだ。

「そうだな…、川嶋と俺は、もう不可分の関係なんだ。その川嶋が苦しんでいるなら、救ってやらにゃならねぇ…」

 竜児は、もたれかかっている亜美を背中に乗せ、亜美の両腕を自分の肩越しに前に出し、亜美の両脚の大腿部
から臀部の辺りを両腕で支えた。

「重くないか?」

 その問いに、竜児は首を左右に振った。

「川嶋は、今も節制しているから、全然太ってない。軽いもんさ」

 それよりも、服地越しに亜美の柔らかな乳房を感じ、亜美の臀部に手を添えているのが問題だった。むくむくと劣情
が首をもたげてくるが、それは、亜美の容態を第一に気遣うことで、押し殺した。
 それにしても、いつものようにデニムを穿いてくれていて助かった。これがスカートだったりしたら、目も当てられない。



54:指環(前編) 17/53
09/06/12 00:33:47 OtcMxNmC
「高須、こっちだ」

 竜児と亜美の荷物を持った北村が先導する。ビアホールから地下鉄の駅までは徒歩にして三分ほどだ。
 銀座通りは人でごった返しているから、努めて裏通りを選んだ。それでも、宵の口の銀座である。そこかしこに人は
溢れており、楚々とした美少女を背負っている竜児に好奇の目を向けてくる。それを竜児は、努めて黙殺した。

 狭い通りだが、信号で待たされた。その一角は、竜児でも耳にしたことのある海外高級ブランドの直営店だった。
 その直営店の前で信号待ちしていた時、ほとんど意識不明に近かった亜美がうっすらと目を開き、その直営店の
ショーウィンドウを見詰めた。

「川嶋、どうかしたのか?」

 だが、亜美は竜児の問い掛けには応えず、その直営店のショーウィンドウを指差した。

「あ、ゆ、指輪…。ペ、ペアリング…」

 亜美が指差した先には、一組の指輪が光っていた。白金特有の、いつまでも朽ちることのない輝きを秘めて、その
指輪は、紫色のビロードの上に置かれていた。
 特に意匠が凝らされたというものではないが、僅かにエッジを強調するような硬質なデザインが特徴的だった。
嫌味がなく、シンプルだが、ちょっと硬派な感じのする指輪。ジュエリーにはまったく興味のない竜児も、これには
何か惹かれるものがあった。

「か、川嶋、あ、あれが欲しいのか?」

 竜児の問いに、亜美は、無言で頷いたが、そのまままぶたを閉ざし、微かな寝息をたて始めた。

「あ、お、おぃ! 川嶋」

 頷いただけの亜美に、再度の意思表示をお願いするつもりで、竜児は背負っている亜美を、二度、三度と揺さぶった。
 しかし、亜美は、むにゃむにゃ…、といった、寝呆けたような甘い鼻声を紡ぐだけだ。

「どうした?」

 信号が青になっても渡ろうとしない竜児が気になって、北村が戻ってきた。
 その北村に、竜児は、先ほど亜美が指差していたプラチナのペアリングを示した。

「指輪じゃないか、それも、高級ブランドの…。値段は二十五万円か…。正直高いな。亜美のような金持ちなら
ともかく、俺たちのような貧乏学生が簡単に変える代物じゃない…」

「ああ…」

「これを亜美は欲しがったのか?」

 竜児は、頷いた。

「ああ、ただし、言葉ではなく、単に首を縦に振っただけだ。それで、もう一回、川嶋の意思を確認しようとしたんだが、
この通り、完全に白川夜船だ」

 北村は、亜美の寝顔と、ショーウィンドウの指輪とを見比べ、嘆息した。

「確かに、嫌味のない上品なデザインは亜美が好みそうな感じだな。しかし、お前の財布の中身を知っている亜美が、
お前に物質的な要求をするっていうのが何か不可解だな…」

 それは竜児も同感だった。亜美が、竜児に対して何かの給付を要求するというのは、少なくとも金銭や物品に関す


55:指環(前編) 18/53
09/06/12 00:35:11 OtcMxNmC
る限り、今までに例がない。

「でもよ、川嶋は、俺とのすれ違いが続いて、えらく不機嫌だったよな? それで、本心が出たんじゃねぇかって気が
するんだよ」

「う~ん、本心か…」

「本当は、今までだって、川嶋は俺からのプレゼントを持ち望んでいただと思う…。しかし、俺が無資力に等しいから、
我慢していたんだよ。その代わり、二人一緒に居られることで、よしとしていたんだろうな。だが…」

「その二人一緒ってのが、ここんところの忙しさで、ご破算になったというわけだな」

「そういうことだ…」

 北村は、ショーウィンドウを暫し見詰め、ふーん、とため息のような呟きを残して、竜児に向き直った。

「まぁ、俺も詳しくは知らないが、指輪としては、これでも安い部類なんだろうな。亜美は、お前が頑張れば十分に
買えると思って、これを選んだのかも知れない…」

「そう思うか?」

 確かに金額的には、バイトをすれば何とかなる。 しかし、泰子からはバイトを禁止されているし、もはや泰子の
同調者と言ってよい亜美も、竜児のバイトには否定的だ。実際、竜児が今も継続している高校生向けの数学の
通信添削のバイトもあまり快くは思っていない。
 これも、家事に、勉強にオーバーワーク気味の竜児の体調を気遣うが故である。
 北村も、う~ん、と呻吟しながら何やら考え込んでいる。

「正直、それも分からないな…。高須にこれを買わせるってことは、高須にバイトをさせるってことだからな。
お前にバイトをさせたがらない亜美の言動とは矛盾する」

「そうなんだよ…。だから、余計に不可解なんだ…。まぁ、こいつは色んな意味で普通じゃねぇからな…」

 北村は苦笑した。

「お前だって、普通じゃないんだぞ。いったい、どこの世の中に、家事万能で成績優秀な男子大学生が居るんだよ? 
お前と亜美は、『普通じゃない』のベクトルは多少違うが、所詮は似た者同士なんだ」

「お、おぅ…」

「まぁ、それはともかく、亜美が本当にさっきの指輪を欲しがっているのかどうかは、結局よく分からないな。となると、
亜美の機嫌がよければ買わなくていい。機嫌が悪かったらその限りではない。そんなところだろう」

「そうだな…。でもよ、川嶋の機嫌がいいかどうかなんて、いつどうやって確認するんだよ」

 北村は、そんな竜児の脇腹を、苦笑しながら、左肘で軽く小突いた。

「決まってるだろ? これからお前と亜美は何をするんだ? その行為の最中に、いくらでも亜美の機嫌は分かるだろ
うし、行為が終わったら終わったで、二人で語らいながら、あいつの本心を聞き出せるよな?」

 いくぶんは婉曲な表現だったが、その意味するところはかなり大胆だ。竜児は、頬が朱に染まり、不如意に股間が
怒張してくるのを鎮めようと狼狽した。

「まぁ、そ、それについては、川嶋が意識を取り戻してからだろ? 俺と川嶋がエッチするも何も、結局は川嶋の意向
次第だろ?」



56:指環(前編) 19/53
09/06/12 00:37:11 OtcMxNmC
「まぁ、そうだな。であれば、亜美が望むなら、お前は、それを裏切るなよ。亜美が『抱いて』って言ったら、
遠慮なく抱いてやれ」

「お、おぅ…」

 どうにも引っ込みがつかなくなった。後は、背中で眠っている亜美次第だ。

 竜児は、北村の先導でどうにか地下鉄の駅にたどり着いた。バリアフリー化の一環で、エレベーターが設置されて
いたのは心底有難かった。古い時代にできた地下鉄銀座駅は、どの階段も傾斜が急で、人を背負ったまま下るのは
実に剣呑だからだ。
 亜美は、そんな竜児の苦労を知らずに、その背中で眠りこけていたが、乗換駅で大橋駅に向かう電車に乗り込ん
だ時点でようやく目を覚ました。

「気分はどうだ? 川嶋…」

 混雑していた地下鉄と違って、始発駅からなので余裕で座れた。
 亜美は、左隣に腰掛けている竜児に、眠たげに半開きにした眼を向けていたが、そこがようやく大橋駅へむかう
車中であることに気付き、はっとしたように、周囲を見渡した。

「お前は、酔いつぶれて動けなくなったところを、高須にここまで背負ってもらったんだぞ。憶えてないのか?」

 右隣の北村の問い掛けに、亜美は、しばらくきょとんとしていたが、思い当たる節があるのか、悪酔いで青ざめてい
た頬を、にわかに朱に染め、恥ずかしそうに俯いた。

「う、うん…」

 亜美は、北村に何か言いたげであったが、口を噤んで、肩を震わせた。
 人事不省ではあっても、断片的な記憶はあるのだろう。銀座のど真ん中から竜児に背負われてきたことを憶えて
いるとしたら、穴があったら入りたいような気分なのかも知れない。
 竜児は、そんな亜美の肩を、そっと抱き寄せてやる。

「川嶋…。俺が、お前のことを巧く気遣えなかったのが、そもそも悪かったんだ。だから、お前が不機嫌になるのは
当然だし、やけ酒でも呷りたくなるのは、俺でも分かるよ」

「高須くん…」

「もう、何も言うな、それに、何も気にするな。電車が大橋の駅に着くまで時間がある。その間だけでも眠っておいた
方がいい。そうした方が、早く気分が良くなるだろう」

 亜美は、ちょっと涙目で竜児に頷くと、その肩に寄り添って目をつぶった。ガタゴトと単調な列車の振動が眠気を
誘ったのか、しばらくすると、亜美は、再び微かな寝息をたて始めた。

「亜美の奴、いろいろと無理をしていたんだな…。母親に逆らい、本当に必死の猛勉強で俺たちと一緒の大学に進学
して、今度は最難関級の国家試験に挑戦するんだ。そのストレスはかなりのものだろう…」

「ああ、それと、前にも話したように、弁理士試験対策のサークルにはとんでもないワルがいてな…。川嶋は、そいつ
らから目の敵にされている。それに、元モデルだってことで、つけ回す奴も居るみたいだし…。とにかく、こいつは
色々と大変なんだよ…」

 竜児は、亜美の寝顔に涙の痕があることに気付き、ハンカチでそっと拭ってやった。白鳥は水面下で必死にバタ足
するというわけでもないだろうが、普段は天使のような笑顔を浮かべている亜美も、陰では悩み、苦しみながらも、
それを克服しようと努力しているのだ。

「…だから、俺は、こいつを守ってやらなきゃいけねぇ。たとえ、こいつがヒスを起こして、俺に肘鉄を食らわせるような


57:指環(前編) 20/53
09/06/12 00:38:29 OtcMxNmC
ことがあってもだ」

「そうだな…。亜美は、ああ見えても、お前のことを、ものすごく頼りにして尊重している。お前も、亜美のことを大切に
思っている…」

 その北村が、不意にティッシュペーパーを取り出し、掛けたままの眼鏡を拭き始めた。

「北村、お前…」

 竜児は、北村が、眼鏡ではなく、こっそりと涙を拭っていることを見咎めた。
 その北村は、バレてしまったことの照れ笑いなのか、涙を拭きながらも相好を崩している。

「すまん、すまん。お前たちを見ていたら、何だか切なくなってな。それで、つい、不覚にも涙が出たってわけさ」

 竜児は、そう言う親友の、柔和で秀麗な面立ちを改めて見た。坊ちゃん刈りに眼鏡、それに亜美には始終貶されて
いるファッションセンスは相変わらずだが、どちらかと言うと、女性にはもてるタイプだろう。実際、今の大学でも言い
寄る女子はかなり居るようだ。木原麻耶だって、未だに北村のことを憎からず思っている。
 にもかかわらず、北村には特定の彼女と呼べる者が未だに存在しない。

「会長を…、狩野先輩を思い出していたんだな…」

 竜児の指摘が的を射たものであったため、北村は、一瞬だけ、その柔和な表情を強張らせた。

「バレちゃ仕様がない。その通りさ。高須と亜美を見ていて、俺も会長とこんな風になりたかったって思ってな。
それで不覚にも泣けてきたんだ」

「北村…」

「亜美が高須を追って今の大学に合格したように、俺も、本当は会長を追ってアメリカに行きたかった…。だが、考え
直したんだ。文系志望だった俺が、にわかにエンジニアを指向しても、所詮は付け焼き刃。会長のような超一流どこ
ろか、そこらの理系受験生にも及ばない。であれば、文系として、会長の仕事をサポートできるものはないかって考え
たのさ…」

「狩野先輩の仕事をサポートするのか?」

 エンジニア系の宇宙飛行士を文系の人間がサポートする。それが何なのか、竜児には見当が付かなかった。

「ああ、会長は、いずれは日本人の宇宙飛行士として日本に帰ってくる。その時に、俺が会長をサポートするんだ。
高須は『JAXA』っていうのを聞いたことはあるだろ?」

「ああ、ロケットの打ち上げの時に、ニュースで必ず出てくる名前だな」

「正式名称は、『宇宙航空研究開発機構』。総務省と文部省の所管の独立行政法人だ。ここが日本の宇宙開発の
拠点になっている」

「そこを目指すのか?」

 だが、北村は、頭を左右に振った。

「そこも法務などの文系を募集してはいるが、理系枠に比べてものすごく少ないんだ。だから、そこだけを狙うのは
いくら何でも危険だな。そこで…」

 北村が、眠っている亜美の頭越しに、竜児の方へ身を乗り出してきた。

「お、そう…、そこで?」



58:名無しさん@ピンキー
09/06/12 00:41:05 3eiLVBXm
支援

59:指環(前編) 21/53
09/06/12 00:43:13 OtcMxNmC

 それにつられて竜児も北村に向き合った。

「文科省か総務省に入って、行政の側から会長の仕事をサポートしたいんだ。その方が、俺にとっては現実的だ」

「も、文科省とか総務省って…。試験に合格しないとダメだろ?」

 思いがけない北村の意思表示に、竜児は仰天した。北村が目指すのは『キャリア』と呼ばれるエリートだろう。
そうであれば、国家公務員I種試験に合格しなければならない。

「そう、俺も、お前や亜美のように、受験生になることにした。お前たちが目指す弁理士試験よりはハードルは低そう
だが、それでも非常に困難だ。本学の学生も多数受験するが、誰もが苦戦は免れないらしい。だが…」

 北村の声は、囁くように小さいものの、壇上での演説を彷彿とさせるような決意が漲っていた。その囁きに竜児は耳をそばだてる。

「敢えてやる。俺の頭脳は、会長には及びもつかないが、それでも、会長をサポートすることぐらいはできるかも知れ
ない。そのために、文科省か総務省に入って、キャリア官僚として日本の宇宙開発を支えていきたいと思っているんだ」

 竜児は、北村らしい誇大妄想的な話に思わず苦笑しそうになったが、思いとどまった。それは、自分と亜美が目指
している弁理士試験も同じようなものだったからだ。
 それに、親友である北村の決意なのだ。安易に笑うことはできない。

「キャリア官僚とか、政治家とか、そっち方面は似合いそうだからな、お前は。下手に現場に居るよりも、後方での
指揮命令の方が、お前の能力を発揮できるかも知れねぇ。俺と川嶋は弁理士試験で、お前は国家公務員I種試験で、
それぞれ頑張ろうじゃねぇか」

「そうか、高須にそう言ってもらえると、俺も張り合いが出るってもんだ」

 だが、文科省や総務省と一口に言っても、その組織はいずれも大きい。それが、問題でもあった。

「なぁ、北村…」

「うん?」

「北村は、宇宙開発関係のキャリア官僚になりたいんだよな? だとしたら、I種試験に受かって文科省か総務省に
入っても、宇宙開発関係の部署に配属されるかどうかは不透明だろ? その辺は、どうなんだ?」

 夢語りに水を差すつもりは毛頭なかったのだが、こんなことは北村本人だって分かっているだろう。
その北村の考えを知りたかった。
 その北村は、ちょっと列車の天井に目を向け、何枚か貼られている車内広告を一瞥すると、竜児に向かって微笑した。

「気合だよ…」

「き、気合って何だよ?!」

 意味が分からず、困惑している竜児に、北村は、決意の程を示すかのように、つぶらな瞳を大きく見開いた。

「何事も為せば成る。たしかに、巨大な組織では、人事は個人の希望通りにはいかないだろう。しかし、文科省か
総務省でなければ、会長をサポートすることはできないんだ。だったら、とにかく試験に合格して入省することだよ。
そして、入省したら、上申書でも何でも上に提出して、俺は気合で自分の夢を叶えるつもりだ」

 無茶苦茶だ、と竜児は思ったが、落ち着いて考えてみると、北村の主張にも一理ある。巨大省庁で希望通りの部署
に配属されるというのは、希な話だろうが、まったく可能性がない訳じゃない。



60:指環(前編) 22/53
09/06/12 00:44:21 OtcMxNmC
 であれば、今できることをやっておくべき、ということなのだろう。
 それに、ある種、政治家のようなカリスマ性が備わっている北村であれば、本当に気合で希望通りの部署に就いて
しまうかもしれない。

「そうだな、時には気合も大切なんだ。俺も、お前を見習って、気合を入れて頑張るよ」

 北村が笑顔で頷いている。竜児も、三白眼を細めて、頷いた。

 電車は、大橋駅到着まで、あと十分というところに差し掛かった。亜美は、依然として竜児にもたれたまま眠っている。
 その亜美が眠っていることを確かめた上で、竜児は、北村に切り出した。

「そう言えば、俺と川嶋が飲み食いした分を立て替えてくれてたよな。いくらなんだ? 今、俺たちの分は払っとくよ」

 北村は、首を左右に振った。

「いや、お前たちの分はいいよ…。ささやかだけど、俺の奢りだ」

「いや、それじゃまずいって…。川嶋だって承知しねぇだろう」

 北村は苦笑しながら、俯いた。

「今回は、亜美があんなにビールに弱いとは思っていなかった俺のミスだ。高須にも負担を掛けたし、その責任は
俺にとらせてくれ」

 そう言って、ポケットから財布を出そうとした竜児を押し止めた。
 そんなやりとりがあっても、亜美は眠っている。

「じゃ、今回は、そう言うことにしとくよ。だが…」

「だが? 何だ?」

「奢られた上に、唐突ですまんが、肉体労働でも何でもいいから、割のいいバイトに心当たりはねぇだろうか?」

「心当たりがないわけじゃないが、しかし、高須、稼いだ金は、あれに使うんだな?」

 竜児は、微かに頷いた。

「さっきの様子を見た限りじゃ、川嶋の機嫌は、そう悪くなさそうだったが、機嫌の良し悪しに関係なく、俺は、あいつ
がプレゼントをもらって喜んでいるところを見たくなった。考えてみれば、俺は、川嶋から与えられるばかりだったんだ。
その恩も返さなきゃならねぇ」

 北村は、竜児の話を頷きながら聞いていたが、最後の部分だけは得心がいかないのか、ちょっと渋面になった。

「高須が亜美から施しを受けてばかりだというのは、お前の思い違いだと思うが、まぁ、いいだろう。
実は、日給がべらぼうに高い仕事を知っている」

「ど、どんな仕事だ?」

「春田の家が内装屋なのは知ってるよな?」

「急に春田なんか引き合いに出して変な奴だな。たしか、春田は、家業を継ぐつもりで進学せずに親父さんの元で
仕事をしてるって話だが…。て、おい、まさか、仕事ってのは、それか?」

 北村は、苦笑しながら頷いている。



61:指環(前編) 23/53
09/06/12 00:45:20 OtcMxNmC
「そうなんだ、実は俺も自前のバイクが欲しくなってな。それで短期でも割のいいバイトを探していて、春田の家が
内装工事のアルバイトを募集していることを知った。それも日給一万二千円でだ」

「すげぇな…。その手の肉体労働は、日給にして一万円程度が上限だろ? 破格だな…。だが、待てよ…」

「どうした? 高須」

「だったら、何でお前がやらねぇんだ? こんな高待遇のバイトを俺に紹介して…。それとも春田の親父さんは、
お前と俺とを雇ってくれるのか?」

 北村は、苦笑しながら、残念そうに嘆息した。

「いや、俺は春田の親父に断られたんだ」

「どうして? 何で、お前が断られたんだ?」

「いや、春田の親父さんが言うには、俺みたいな、いかにも大学生って奴じゃダメなんだそうだ。何でも、雇っている
職人はみんな低学歴だから、大学生の俺を見るとあからさまに不快になるらしい。下手したら連中からいじめられる
可能性すらあるから、やめておいた方がいいとも言われたよ」

 竜児は、「俺も大学生なんだが…」と、言い掛けてから、はたと思い当たった。

「この顔か…」

 そう言って、自身の三白眼を指差した。
 北村が、苦笑しながらも、申し訳なさそうに目を伏せている。

「すまんがそういうことだ。高須は、ぱっと見、迫力のある顔つきだからな。心ある者は、そうは見ないが、学歴
コンプレックスに凝り固まったような連中じゃ、高須をアウトローと誤認するだろう。だから、大丈夫だと思ってな」

 今度は竜児が苦笑した。

「アウトローか…。この顔で、今までの人生はかなり損をしてきたが、たまにはメリットになる時があるんだな」

「高須にとっては不本意な話かもしれないが、よかったら春田の親父さんにお前を紹介しておくよ。春田の親父さんも、
バイトを募集したはいいが、寄って来るのは俺みたいな優等生面した大学生ばかりなんで困っているようだ。だから、
高須みたいな、一見、普通の大学生らしくない奴が来てくれるのは、向こうにとっても渡りに船なんだろうな」

「俺は、仕事にさえありつければ、どう思われようが構わねぇさ」

「そうか、じゃ、決まりだな。早速、俺から春田の親父さんに連絡しておくよ。親父さんと連絡がつき次第、
お前にも状況を知らせる」

「有難う、恩に着るぜ…」

 竜児は、北村と目を合わせて頷き合った。高待遇なだけに訳ありな仕事のようだ。
それに作業自体もきついのだろう。その点についての覚悟も決めておくことにした。

 電車は、あと一駅で大橋駅に着く。
 竜児は、眠っている亜美の肩を揺さぶった。

「川嶋、そろそろ大橋駅だ。起きてくれ」

 亜美は、むずかるように顔をしかめながら、双眸を見開いたが、車内の意外な明るさに目が慣れないのか、再び、
きゅっ、と目をつぶった。



62:指環(前編) 24/53
09/06/12 00:46:34 OtcMxNmC

「大丈夫か? ゆっくりでいいから、目を開けてくれ」

 亜美は頷き、明るい車内に目を慣らすために、薄目を開けて、ちょっと、周囲を伺うように視線を泳がせた後、
ゆっくりと大きな瞳を見開いて、傍らの竜児の顔を覗き込んだ。

「酔っていたせいかしら、何だか、目がちかちかするのよぉ…」

「アルコールや、アルデヒド類は神経系統にとって有害だからな、それはあるかも知れねぇ。
それよりも、気分はどうだ? 吐き気とかはねぇか?」

 亜美は、頭を左右に振った。

「吐き気はしない。気分もそんなに悪くないわ…」

「そっか、じゃ、自力で歩けるか?」

 その問い掛けの答えを確認するつもりなのか、亜美は座席から立ち上がってみた。しかし、車内の揺れもあって、
すぐに足下がふらつき、へなへなと力なく座席にへたり込んだ。

「どうやら、介添えが必要なようだな…」

 北村の指摘に竜児も頷いている。

「ま、また、おんぶするの?」

 亜美が、頬を微かに朱に染めている。恥ずかしいけど、ちょっぴり嬉しいのかも知れない。

「そうして欲しいなら、やぶさかじゃねぇが、多少なりとも歩けるなら、肩を組むだけでも十分だろ?」

「そ、そうね…」

 その亜美の、安堵とも落胆とも判じ難い反応に、北村が苦笑している。

「まぁ、酔いはかなり醒めているようだが、それでも徒歩で帰るのは辛そうじゃないか。駅からは、高須と一緒に
タクシーで帰った方がよさそうだな」

「う、うん…。そうする…」

 電車は大橋駅に着いた。時刻は午後九時ちょっと前。都心のオフィスから帰宅してきた勤め人で、ホームや階段、
改札口はごった返していた。
 その怒涛のような人の波が引くのを、ホームのベンチで待ってから、竜児と亜美と北村は、改札口に向かう。

「川嶋、一歩、一歩、慎重にな…」

「う、うん、分かってる…」

 竜児の肩に縋りながら、亜美は、コンクリートの階段をゆっくりと下りて行った。
 その亜美のすぐ前方には、三人分の荷物を持った、北村が控えている。万が一、亜美が足を踏み外した時は、受
け止めるつもりなのだろう。実際、亜美の足取りは未だにおぼつかなかったが、何とか、階段を下り切ることができた。
 一行は、改札口を出て、タクシー乗り場に向かう。
 そのタクシー乗り場で、北村は、竜児と亜美にそれぞれのショルダーバッグを引き渡した。

「済まねぇ、結局ここまで持ってきてもらっちまった…」



63:指環(前編) 25/53
09/06/12 00:47:50 OtcMxNmC
「気にするな。今回は、俺が勝手にお前たちを誘ったんだ。であれば、このくらいのことは当然なんだ」

 そうして、北村は、「じゃあ、高須に亜美、俺はお先に失礼するよ」とだけ言い残して、すたすたと歩み去っていった。

「なんか露骨ね…」

 『どうせ、俺はお邪魔虫だから…』という北村の明け透けな態度に、亜美は苦笑していた。

「そう言うな。あいつなりの気配りなんだ」

 竜児は、自身と亜美のショルダーバッグを左手に持ち、右手で亜美の上体を支えた。

「さてと、川嶋…。これから俺たちはタクシーで帰るが、考えられる行き先は二つだ」

「二つ?」

 不安なのか、期待なのか、まぶたが微かに震えている。

「一つは、川嶋の自宅だ。川嶋の今の体調では、このまま自宅に帰って休んだ方がいい…」

「も、もう一つは、どこなの?」

「もう一つは、俺の自宅だ。俺の自宅で、アルコール抜きの飲み物でも飲みながら、のんびり英気を養ってから、
川嶋は自宅に帰るっていう選択肢だ」

 言い終えて、竜児は、亜美の瞳を覗き込むような気持ちで、その端整な面立ちと向き合った。
 亜美は、未だ酔いが残っているせいなのか、静謐な瞳を所在無げに開き、小作りな口元を、ちょっと弛緩させて
半開きにしている。その姿は、竜児だけが知る、脆く、儚げで、無垢な美しさだ。
 その亜美に、竜児は畳み掛けた。

「どうする? 川嶋。選択肢は二つだが、それを選ぶ権利は川嶋にある。どちらでも、川嶋が望む方を選んでくれ」

 微かに開かれたバラ色の口唇が艶かしい。その口唇が、一瞬震えたように竜児には感じられた。

「だ、第三の選択肢を忘れているわ…」

「第三の選択肢なんて設定してねぇぞ…」

 そう言いながらも、亜美が言う『第三の選択肢』が何であるかは、竜児にも分かっていた。

「可能性を考慮すれば、選択肢はもう一つあって然るべきなのよ…」

「お、おぅ…」

「あたしは高須くんの家に行き、高須くんと一夜を過ごすの…。これが第三の選択肢…。
あ、あたしは、これを選択するわ…」

 そう言うなり、竜児の腰に回している左腕に力を込めて、竜児にしがみついた。
 竜児も、亜美の肩を支えている右腕に力を込め、亜美の身体を引き寄せた。
 そのまま、互いに何も語らぬまま、待機しているタクシーに乗り込み、竜児は行き先を運転手に告げた。

 タクシーの車内でも二人は無言だった。
 これから待ち受けていることに心踊るというよりも、意識のし過ぎと、前回の無残な失敗の苦い記憶とで、
竜児は自身の鼓動が亜美に聞こえそうな程、緊張していた。
 それは亜美も同じなのだろう。車中では、うつむいたままで、竜児の顔を見ることもなかった。



64:指環(前編) 26/53
09/06/12 00:49:19 OtcMxNmC
 やがて、タクシーが、かつて大河が住んでいたマンションの前に差し掛かった。竜児は、「ここでいいです…」と
運転手に告げ、亜美を先に下車させて、料金を支払った。

「タクシー代ぐらい、あたしに払わせてよ! あんたって、本当に頑ななんだからぁ!」

 その感情的な亜美の口調に、竜児は、苦笑した。
 極度の緊張感に苛まれている亜美が、強がりか苦し紛れかで、わざと感情的に言っているのだろう。
 同時に、それは、竜児の緊張も、僅かだが和らげてくれたようだ。

「この次は、川嶋の奢りってことでいいじゃねぇか」

 そう言って、亜美の手を取って階段を上り、玄関のドアノブに手を掛ける。だが、玄関のドアは施錠されていた。

「泰子の奴、今日も夜のご出勤かな…」

 竜児はショルダーバッグのサイドポケットから鍵を取り出すと、その鍵で玄関のドアを解錠した。
 屋内は静まり返っていた。やはり、泰子は、スナックに出かけて行ったようだ。お好み焼き屋を始めても、何だかんだとスナックには非常勤で出勤している。結局のところ、水商売が性に合っているのだろう。

「とにかく、上がってくれ…」

 竜児は、亜美を自室に案内し、自分と亜美のショルダーバッグをそこに置くと、台所へ向かった。亜美のために、
アルコール抜きの飲み物を用意するためだ。何しろ、亜美は嘔吐しているから、何か消化が良くて、そこそこ栄養の
あるものが好ましい。
 冬場なら、文句なしに蜂蜜入りのホットミルクだが、今はあいにく夏場だ。そこで竜児は、冷たいミルクにプレーン
ヨーグルトと蜂蜜を加えたものを作ってみることにした。
 蜂蜜だけでは、甘いばかりで夏場はしつこい感じがするから、プレーンヨーグルトの酸味で口当たりをさっぱりさせ
るつもりだった。プレーンヨーグルトも、入れすぎると、その酸で、ミルクの蛋白質を凝集させてしまうから、ほんの少し
だけ、気持ち酸味が感じられる程度に留めておく。それらの材料をミキサーで攪拌してできあがりだ。

「どうかな? 思いつきで作ってみたんだが、口に合うかな…」

 亜美は、グラスの中身をちびちびと嘗めるように飲みながら、淡い笑みを浮かべた。

「蜂蜜ミルクの夏バージョンなのね…。単に甘いんじゃなくて、微かな酸味が美味しいわ。
思いつきでもこれだけできるってのが、本当にすごいわね…」

「いやぁ、たまたま巧くいっただけさ。思いつきでいろいろ作るけど、実は失敗作の方が多いんだよ」

 それを聞いて、亜美は、ちょっと納得がいかないかのように、心待ち眉をひそめた。竜児の謙遜を嫌味と感じたの
かも知れない。

「ご馳走さま。美味しかったわ」

 それでも、亜美は竜児に礼を言ってグラスをちゃぶ台の上に置いた。単に、ミルクと蜂蜜とヨーグルトをミキサーで
混ぜ合わせただけのものだが、悪くない味わいだったようだ。

「川嶋、お代わりはどうだ?」

 その竜児の申出には、首を左右に振った。

「美味しかったけど、もうこれでお腹一杯。もう、十分よ…」

「そうか、それなら、俺はシャワーを浴びてくるよ。何せ、今日は、色々あって、汗だくなんだ」



65:指環(前編) 27/53
09/06/12 00:50:30 OtcMxNmC

 そう言いながら、プルオーバーシャツの一番上のボタンの辺りを摘んで、襟元に風を送るように、二度、三度と
はためかせた。

「うん、先にシャワー浴びときなよ。あたしは高須くんが終わった後でいいからさぁ」

「お、おぅ、じゃ、そうするよ」

 竜児は、箪笥から替えの下着とTシャツと、ハーフパンツを取り出した。

「そんなもん、いらないじゃん。あたしたちは、どうせ裸で抱き合うんだからさぁ…」

 亜美は、白磁のような指を、すぅ~っ、と伸ばして、着替えを持った竜児の右手首を撫で回した。
 蜂蜜ミルクを飲んだことで緊張感がほぐれたのか、その面相には、目を細め、口元をちょっと歪めた、
いつもの性悪笑顔が浮かんでいる。

「さっきまで緊張しておどおどしていたくせに、変わり身の早い奴だな…。お前は、羞恥心ってもんがねぇのか?
それに、川嶋がシャワーを浴びている間、俺は全裸待機かよ?」

 竜児の『全裸待機』に、亜美は、ぷっ、と吹き出した。

「高須くんて、バカ? 高須くんが全裸待機にならないようにするなんて簡単じゃない。それぐらい察しなさいよ」

 そう言うなり、竜児の手から着替えを奪い取った。

「お、おい…」

「いいから、あんたは何も気にせずに汗を流してきなさいよっ!」

「ちょ、ちょっと待て! バスタオルでも巻けって言うのか?!」

 亜美は抗議する竜児には構わず、その背中を押して、強引に脱衣所へと押し込んだ。

「川嶋め、まったく…」

 ため息をつきながら、竜児は脱衣所で服を脱ぎ、下着と、シャツと、チノパンとを別々のカゴに放り込んだ。

「全裸待機にならないようにする、だと?」

 こうしたことに鈍い竜児でもこれから何が起こるかは、分かっていた。気は進まなかったが、まさか逃げ出すわけに
もいくまい。とにかく、今はシャワーを浴びることにした。
 浴室に入って、蛇口から出るお湯が適温であることを確認すると、竜児は、全身をお湯だけで軽く洗う。
 亜美を背負って銀座の街を右往左往したこともあって、肌は汗や脂で粘ついていた。
 それから、泰子とは別の自分専用のシャンプーを手に取り、それを濡れた髪に擦り付け、指で頭皮をマッサージ
するようにして泡立てた。
 低刺激性のシャンプーだが、目に入れば、やはりしみる。竜児は、目をつぶったまま、頭を洗い、シャワーのお湯で
濯いだ。更に、もう一回、シャンプーをする。
 先ほどと同様に目をつぶって、頭皮をマッサージするように洗っていた時、脱衣所のドアを開ける音が聞こえてきた。
次いで、衣擦れの音が聞こえてくる。
 『来たな…』と竜児は身を強張らせ、頭を洗う手の動きを止めた。しかし、今更どうしようもないと腹を括り、再び、
頭を洗うことに集中することにした。

「高須くん…、入るよ…」



66:名無しさん@ピンキー
09/06/12 00:51:36 r1+CKHU8
更に④だッ!!

67:指環(前編) 28/53
09/06/12 00:54:11 OtcMxNmC
 何となく、遠慮がちな感じだな、と竜児は思った。だが、目をつぶったままで状況が分からない竜児の背中に、
弾力があって、生暖かい肉塊が押し付けられた。

「か、川嶋ぁ! いきなり何しやがる」

 耳元に亜美の吐息がかかる。その亜美は、例の淡い笑みを浮かべているのだろう。吐息に混じって、うふふ…、
という鈴を転がすような亜美の声が竜児の耳朶をくすぐる。

「何って…、失礼ねぇ、可愛くて気立てのいい亜美ちゃんが、フィアンセである高須くんの背中を流してあげようって
いうんじゃない。ちょっとは、感謝しなさいよ」

「気立てがいいだとぉ?」

 可愛いのは認めるが、嫉妬深くて、したたかで、性悪なのを気立てがいいとは、到底呼べまい。
 そうした気持ちが竜児の語尾をつり上げた口調には露骨に現れていたのだろう。それにむかついた亜美は、竜児
の脇腹に、思いっきり爪を立てた。

「い、いててって! 分かった、分かった、川嶋は可愛くて気立てがいい! こ、これで、いいだろ?」

「そうよ、分かればよろしい」

 そう言いながら、亜美は、両の乳房を竜児の背中に更に強く押し付け、上下左右へ不規則に動かして、擦り付けた。

「うわっ! 川嶋、こ、これはヤバいって」

 既に固く勃起した亜美の乳首が、竜児の劣情を刺激し、股間の一物が鎌首をもたげてくる。

「どうよ? 気持ちいいでしょ?」

 更に、亜美は竜児の脇の下から両手を前に差し出し、その手で竜児の胸板を撫で回した。
その手は、いきり立っている竜児のペニスを目指して、そろそろと下降していく。
 まずい、完全に亜美のペースだ、何とかこの状況を打開しなくては…、そう思って竜児は声を張り上げた。

「か、川嶋、そんなに密着するな! こ、こんな状態じゃ、あ、頭だって満足に洗えねぇだろ?!」

 その竜児への抗議なのか、愛撫の一環なのか、いきなり竜児の耳朶に亜美の吐息が吹き込まれた。
先ほどのミルクの匂いが混じった甘い吐息が、そこはかとなく竜児を切なくさせる。

「そっかぁ、じゃぁ、あたしがあんたの頭を洗ってあげるよ。あたしって、メイクやってることもあって、意外とシャンプー
上手いんだよ」

「お、おぅ…」

 たしなめるつもりだったのだが、却って事態をややこしくさせたようだ。

「ほらぁ、あんたは、自分の頭から手ぇ離してぇ。こっから先は、メイクが得意な亜美ちゃん様の仕事なんだからさぁ」

 そう言って、なおも頭部にあった竜児の手を強引に抜き取り、白磁のような指先で竜児の頭皮を、下から上へ、
生え際からつむじにかけて、しごくように動かした。

「どう? いい感じでしょ?」

「お、おぅ…。なんか、頭がすっとするような感じだよ」

 毛穴がぎゅっと圧迫され、中に溜まった皮脂が押し出されるような気がした。たしかに、本人が『上手』と主張する


68:指環(前編) 29/53
09/06/12 00:55:46 OtcMxNmC
だけのことはあるようだ。
 亜美は、ひとしきり竜児の頭皮を下から上へしごくようにマッサージした後、適温を確認したシャワーのお湯で、
洗い流した。

「リンスはどうするの?」

 竜児は、目をつぶったまま首を左右に振った。

「今まで特に必要性は感じていなかったから、いいよ…」

 亜美の機嫌が悪くなるかな? とも思ったが、亜美は、「そっかぁ、そんなら止めとく…」と言うだけだった。
 その亜美が、竜児の肩越しに、目をいくぶん細めたお馴染みの性悪笑顔で竜児の顔を覗き込んでいる。

「な、何だ、川嶋、人の顔なんか覗き込んで…」

「なんだ、はないでしょ? こっからがメインイベントなんだよ。もう、ここは、高須家の浴室じゃなくて、
『ソープランド亜美』なんだからさぁ」

 そう言うなり、うふふ…、と妖艶に笑うのだ。

「ソ、ソープランドって何なんだよ?!」

「あらぁ、全裸の男女が風呂場で絡み合うんですものぉ、こういう時の萌えるシチュエーションは、やっぱソープなんじゃ
なぁい?」

「知らねぇよ、そんなこと!」

 亜美以外の女を抱いたことがない竜児はソープランドがどんなところなのかは知らない。それは、亜美だってそうだ
ろう。しかし、ませてる亜美のことだ、ネットや雑誌とかで、ある程度ことは知っていてもおかしくはない。
 そういえば、北村も、狩野すみれに振られた後、しばらくは「ソープへ行け!」を連呼していた。
 だが、『あれはもしかしたら、北村は…、いやまさか…』、という余計なことを考えていたのがいけなかった。

「ちゃんと亜美ちゃんがリードしてやっから、心配すんなって!」

 いつの間にか、亜美が竜児のペニスを白魚のような指で掴み、亀頭の先端に軽く爪を立てていた。

「か、川嶋ぁ、ちょ、ちょっと待て、いきなり爪を立てるのは反則だぁ!」

 敏感な部分に軽く食い込んだ亜美の爪。しかし、その、痛む寸前のギリギリの違和感が、電撃のような快感に変換
されていく。

「反則も何も、あんた、本当は気持ちいいんでしょ? 嘘言ってもダメだからね。だって、あんたのおちんちんが、
爪立てた途端に、固くなってるんだからさぁ」

 言いながら、亜美は、竜児の耳朶から、首筋を啜り、ピンク色の舌先で、舐め回した。竜児の背中に、ゾクッとする
ような刺激が走り抜ける。更に、その背中には、乳首が固く尖った亜美の乳房が擦り付けられて…。

「うぉ! ダメだ、川嶋ぁ」

「ダメって、何がダメなのさ。このナイスバディな亜美ちゃんがダメだってことぉ? これは、もう、お仕置きね」

 亜美は、右手で竜児の亀頭から棹を往復させるようにしごき、左手で陰嚢を揉みほぐした。特に、竜児が、勃起した
時に陰嚢を揉まれるのが堪えることを、亜美は、不完全とはいえ竜児と結ばれた初夜で把握していた。

「う、うわぁ! か、川嶋ぁ! ヤバい、ヤバすぎる!!」



69:指環(前編) 30/53
09/06/12 00:57:14 OtcMxNmC

「ヤバいって、どういう意味なのぉ? もっと、素直に自分を表現しなさいよ。本当は気持ちいいんでしょ? それに、
高須くんって、何げにずるくない? 亜美ちゃんに奉仕させて、自分だけ気持ちよくなってるなんてぇ…。そろそろ亜美
ちゃんも高須くんと一緒に気持ちよくなりたいんですけどぉ」

 そう言いながら、亜美は、竜児の手をとって、それを自身の尻から、陰部に触れさせた。
 竜児の指先に、じっとりとした粘液と、熱を帯びて震えている陰裂が感じられた。

「か、川嶋、お前も準備オーケイってわけか…」

「うん…。もう、亜美ちゃんのあそこは、ぐちょ、ぐちょ…」

 竜児は、指先を更に伸ばして勃起したクリトリスに触れ、それから粘液を分泌し続ける膣口に指を当てた。

「あ、ゆ、指、き、気持ちいいよぉ!」

 そのまま、竜児は、亜美の膣に人差し指と中指を差し込んだ。処女膜らしい襞で引っかかるような感じがあったが、
ぬるりとした感触が卓越し、さしたる抵抗感もなく、竜児の指は亜美の胎内に飲み込まれた。

「川嶋、中は、どろどろだぞ…」

 亜美の胎内は、挿入した竜児の指をしゃぶり尽くすように、肉襞が熱く蠢いていた。

「高須くんの指が、亜美ちゃんのお腹に入ってるぅ。あ、あそこが、じんじんするよぉ」

「川嶋、痛くないようなら、このまま指を動かすぞ」

「う、うん、痛くないから、う、動かしていいよぉ~」

 竜児は、肩越しに、亜美の顔を見た。
 瞑目し、涙と涎を垂らした姿は、亜美が快楽の虜になっているとき特有の表情だった。

「うわ、川嶋、お前、又、爪を立てたな!」

 亀頭の先端に走った、苦痛寸前の激烈な快感に、竜児は身を強張らせた。快楽に溺れていても、そこはしたたかな
亜美である。竜児の亀頭、それも尿道口に爪を立てたのだ。
 更には、陰嚢をいっそう強く揉みほぐし、亀頭の粘膜をぐりぐりと指先でしごいた。

「ど、どう? あ、あんただって気持ちいいでしょ?」

「お、おぅ」

 それについては竜児も異論はない。愛撫と苛虐との間を行き来するような。亜美の絶妙な手つきに翻弄されている
のだから。だが…、

「か、川嶋、それはそうと、お前はこの風呂場で何をしたいんだ? こ、このままだと、で、出ちまう…。
それでいいのか?」

 その竜児の言葉に、亜美は、はたと手を止めた。だが、それも束の間で、再び、竜児への過激な愛撫を再開した。

「うわぁ、ヤバい、本当に出ちまう! お、お前はそれでいいのか? 俺だって、生身の人間だ。
そう、何回も射精できねぇ」

 その畳み掛けるような竜児の一言で、亜美の手が止まった。
 亜美は、竜児の背中にもたれたまま、はぁ、はぁ…、と切なげに息を切らしている。



70:指環(前編) 31/53
09/06/12 00:58:25 OtcMxNmC

「そ、そうね…。あたしも、あんたの指遣いで、い、いきそう…。でも、前戯だけで気持ちよくなっちゃったら、その後の
本番で体力が保たないわね…」

 竜児も、亜美の陰部をいじっていた指の動きを止めた。

「今夜こそ、なんだな?」

「う、うん…。こ、今夜こそ、あたしは高須くんと完全に結ばれたい…。こ、今夜だったら平気。
あたし、き、きっと高須くんを受け止めることができる。そ、そんな気がする…」

 竜児は、「そうか…」とだけ呟くように言って、亜美の膣から指を引き抜いた。来るべきものが来たのだ。

「ぬぁっ!」

 指が引き抜かれた瞬間の刺激で、亜美は悶絶し、ぐったりと竜児の背中にもたれかかった。

「か、川嶋、大丈夫か?」

 その亜美は、竜児の背中に抱き付いたまま、その首筋に頬ずりしている。

「か、軽くだけど、い、いっちゃったよぉ…」

 あまりにもあっけないので、何となく嘘臭い。だが、亜美の呼吸はいっそう荒々しく、竜児の首筋には亜美の涙か、
涎のようなものが滴っていた。

「なら、さっさと身体を洗って、ここから出た方がいいだろう。『ソープランド亜美』と洒落込むには、この風呂場は
ちょっと狭すぎる」

 竜児のコメントに亜美は頷きかけたが、すぐに首を左右に振った。

「亜美ちゃんばっか、いっちゃって、あんたは未だ射精していないじゃない! このまま、一回いっちゃって体力が
消耗した亜美ちゃんを、あんたは、いいように弄ぶんでしょ? それって、卑怯よ、ずるいわよぉ!」

「卑怯、ずるいって?! な、何言ってんだお前は…」

 亜美は、竜児の背中にもたれて、呼吸を整えながら言い直した。

「じゃぁ、こうしましょう。あたしだけ気持ちよくなって、高須くんは、おちんちんを固くしたまま、射精寸前の状態で、
かわいそうです。だから、献身的なフィアンセの亜美ちゃんが、おちんちんを啜ってあげて、高須くんを楽にしてあげ
ましょう、ってのはどう?」

「お、おい! また、フェラすんのかよ?」

 呼吸が落ち着いた亜美が、竜児に擦り寄りながら、妖艶に笑った。

「そうよ、あたしは高須くんのおちんちんをしゃぶりたい。高須くんの精液を飲み干したい。これって、もう、理屈じゃな
いの、女としての、雌としての本能なんだわ…」

「お前…、だ、大胆な奴だな…」

 亜美は、竜児の背中から身を離した。

「女はねぇ、本当に好きな人の前では何でもできるのよ。だから、こっち向いてよ…」



71:指環(前編) 32/53
09/06/12 00:59:27 OtcMxNmC
 入浴用の椅子に腰かけたまま、竜児は亜美に応じた。
 北村とも約束したのだ。亜美が望む通りのことをしてやらなければならない。

「きゃっ! すっごくおっきい」

 亜美が歓声のような声を上げている。明るいところで、勃起した竜児のペニスを見るのはこれが初めてのはずだ。
改めて、その大きさや迫力に感じ入っている。
 一方の竜児も、亜美の裸身に見入っていた。ミルク色の肌は、先ほどの絶頂らしい余韻からか、ほのかな桜色に
染まり、量感がありながら無様に垂れ下がっていない美乳と、その先端で大きく膨らんでいるピンクに微かな褐色を
帯びた乳首と乳輪が艶かしい。

「川嶋、本当に綺麗だ。毎度、これしか言えねぇが、実際そうだとしか言いようがねぇ…」

「う、うん…、ありがとう…。で、でも、高須くんの身体だって、筋肉質で引き締まっていて、綺麗だよ」

「色々と身体を動かしているからな。それが、一種の筋トレになってんだろ」

「そうね…。あたしも、あんたを見習って、家事を覚えなきゃ…。あたしは、あんたの女房になる女なんだからさぁ」

 そうして、亜美は、身を屈めて、バラ色の口唇を竜児の亀頭にあてがった。そのまま、すっぽりと竜児の亀頭を飲み
込み、軽く歯を当てながら、舌全体を使って、敏感な粘膜の隅々までを舐め回した。

「きもひ、ひい?」

「ああ、この前と同じように気持ちいい…。しかし、川嶋、こ、こんなテクどこで覚えたんだよ?」

 その問いには、ちょっと答えられそうもない。何せ、インターネットのエロ動画を見て、それを真似ているのだ。
この前、竜児がエロ動画をパソコンに溜め込んでいることを非難した手前、言えたもんじゃない。

「おんなふぁねぇ、愛するひふぉに、尽くふといふ、きもひだけで、こんふぁことが、できふんふぁよ」

 フェラしながら、口をもごもごさせて適当に言い繕ったが、半分は本当だ。竜児を愛するからこそ、気持ちを込めて
フェラもできるのだから。
 亜美は、更に、陰嚢も揉みほぐす。

「うわぁ、川嶋、そ、それ、き、効くぜ…」

 竜児は、痛む寸前のギリギリの刺激が気持ちいいようだ。マゾかな? こいつは…、と亜美は思ったが、
それは自分にも当てはまることに思い至り、腹の中で苦笑した。

「そろそろ、ふぁな? 亜美ちゃんふぉ、おくひにだひちゃってよふぉ」

 竜児のペニスを口いっぱいに頬張りながら、亜美は、頭を前後に動かして、竜児の射精を促した。先端から吹き出て
くる苦い汁が顕著になった。心なしか、竜児の亀頭がどくどくと震えているようだ。その亀頭は、今までになく大きく
固く熱くなっている。

「か、川嶋、ヤバい! で、出る、出そうだぁ!」

 その瞬間、亜美の口中に竜児の精液が噴射された。喉の奥を直撃するほどの勢いに、前回同様にむせ返りそうに
なったが、辛うじて持ち堪え、吐き出された白い粘液を、さも美味そうに咀嚼した。
 そして、竜児の亀頭をすっぽりと咥え、舌先で粘膜の隅々までを舐め回し、仕上げのつもりで、その先端を強く吸った。

「くぅ~~~~っ!」



72:指環(前編) 33/53
09/06/12 01:00:52 OtcMxNmC
 竜児が、苦悶にも似た、眉をひそめ、歯を食いしばる表情を浮かべている。
 だが、その表情は、竜児が極限的な快楽に襲われている瞬間であることを、亜美は知っている。

「ど、どう? 気持ちよかった?」

 口唇から垂れてきた精液を手の甲で受けて啜りながら、竜児の反応を窺った。
 その竜児は、快楽にあてられ、首をのけぞらせて、苦しそうに呼吸している。

「お、おぅ…、こ、この前以上に、ものすごかった…。ここまでされちまうと、もう、オナニーなんてとてもじゃねぇけど、
やる気がしねぇ…」

 亜美は微笑した。そう思ってもらえるなら、フェラのし甲斐があるというものだ。オナニーをする気が起きないという
ことは、もう、エロ動画にうつつを抜かすようなことはない、ということなのだろう。それに、これは未だ序の口なのだ。

「フェラぐらい、あんたが望むなら、いつだってしてあげっからさぁ。今度は、フェラなんかよりも、もっと、もっと、気持ち
いいことをするんだよ。そこんとこを忘れないで欲しいわね」

「お、おぅ、そ、そうなのか…」

 ちょっと間抜けな竜児の応答に、苦笑とも微笑とも判じがたい笑みで応ずると、亜美は、ボディシャンプーを
スポンジで身体に擦り付けて泡立てた。その泡だらけの状態で、竜児に抱き付く。

「川嶋、俺は俺で自分の身体を洗うよ」

「だぁ~め! これも、本番前の前戯の一つなんだから。本当は、あんたが床に寝て、その上を泡だらけになった
あたしが覆い被さる『泡踊り』とかってのをやりたいけど、ここは狭いからね。
せめて雰囲気だけでも『ソープランド亜美』にしたいってことよ」

「て、言ってもよぉ…」

 竜児の胸板に、亜美の乳房が当たっている。その先端の乳首は、再び勢いを取り戻し、その固さが亜美の興奮
ぶりを如実に示していた。
 その亜美の髪から、切ないような体臭が匂ってくる。

「なぁ、川嶋、お前、髪の毛洗わなくていいのかよ?」

 その一言に亜美は、はっとして、竜児の目を見た。

「そうね、今夜は、本当の意味であたしたちは結ばれるんですもの。身を清めなきゃいけないわね…」

 そう言って、手近なところにあった、竜児のシャンプーを手に取った。

「あたしは、高須くんの身体に抱き付いて洗うから、あんたはあたしの髪を洗ってちょうだい。
さっき、あたしが、あんたにしてあげたように、あたしの頭をマッサージしながら、洗ってね」

「だ、抱き合ったままで、お前の髪を洗うのか?!」

「そうよ、このままだとやりにくいけど、立った状態なら、それほど無理な体勢じゃないわよぉ」

 事も無げに言って、亜美は立ち上がった。その反動で、形の良い乳房がぶるんと震える。

「しょうがねぇなぁ…」

 観念して、竜児も立ち上がって、亜美と向き合った。
 竜児の目線から一段低いところに亜美の端正な面立ちが覗いている。その亜美の髪をシャワーのお湯で湿らせた。




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