09/05/15 15:37:11 cNoHTsAX
「俺の背後に立つな」
そう凄んで銃を抜きつつ瞬時に振り返った親父は、その手をしたたかに壁にぶつけた。
自称婚約者の女達にとっつかまり、自宅へ舞い戻らされて、帰宅した両親に事情を話そうとした時の一幕だ。
無表情を装いながらも、脂汗を滴らせる親父に、俺は親父が落とした拳銃を渡してやった。
「いい加減、日本の家の狭さを覚えろって。こりもせず右手を何度もぶつけるから、大事なところで変なしびれが出るんだよ」
やたらと鋭い目つきと、傷だらけのたくましい体をダサイスーツに包んだ親父は、黙って銃を受け取ると入念に確認した。
人が触った銃は、きちんと確認しないではいられないらしい。痛めた右手をかばおうとしないのも弱みを見せないための習慣らしい。
そんな親父だが、右手が時々しびれるらしく、ギランバレー症候群疑いとかで、大枚はたいてえらい医者にかかっている。
俺に言わせれば、ただのぶつけすぎだ
「……用件を聞こう」
俺のつっこみを無視して、親父は壁にもたれかかると、タバコをくゆらせ始めた。話を始めろと言う親父のルールだ。
「じじいが、俺を売った。正しく言えば、俺の婚約権をダブルブッキング承知で別々の組織に売った。
親父、じじいに話をつけて、婚約を取り消させてくれ」
「断る。その依頼は俺のルールに合わない」
俺はジト目で親父を見たが、親父がそんなものでたじろぐはずもない。
親父は、世界でも一番マイルールを押し通す奴だ。
「ブラジルヤクザか、ラストバタリオンの親戚ができちまうけど、いいのか?」
「あらあら、そんなことを心配してたのー? だいじょうぶよー」
話に加わってきたのは、俺達のやりとりを微笑みながら見ていた俺のお袋だ。
親父はやたら凄みがあり鍛えまくって精悍なので年齢不詳だが、お袋はまた別の意味で年齢不詳だった。
アラフォーのはずなのにしわが無く、つるりとした肌に、大きな黒目がちの瞳が輝いている。
身長は140cm後半なのではっきりいって、「ロリ」な魅力にあふれた女だった。母親の癖してである。
しかも胸だけは母らしく張り出しているので、ロリ巨乳という日本だけでしか存在しない珍妙なカテゴリーの女だった。
「大丈夫大丈夫、世の中ちゃんと話し合えば、わかってくれる人ばかりなんだからぁ」
それは話し合いがきかない奴らを、親父が狙撃で、お袋が爆弾や毒で、始末したからに過ぎない。
そうお袋は、テラークィーンと呼ばれる凄腕のテロリストだ。
北アイルランドから中東、ボスニアなどなどで、抹殺対象と一切対面せずにその多くを葬った女だ。
お袋がこの日本で犯罪者扱いされていない理由はただ一つ、当局に確実な証拠が掴まれていないだけに過ぎない
「……。俺は穏便に事を収めたいだけなんだよ。そのためにはあのくそじじいに責任をとってもらうのが一番なんだ」
「あらら、でもね、あの子達可愛いし、母さんも17歳で父さんと結ばれたんだし、結婚しちゃってもいいと思うんだけど?」
さらっと、淫行条例にひっかかることをお袋が漏らし、俺は親父の顔を眺めた。
仕事しながらあちこちで女を抱いてる親父が、たかだか未成年で大騒ぎするはずもない。
この時も親父はピクリとも表情を動かさず、タバコを静かに吸っているだけだった。
「あのね、俺はあの娘達のこと全然知らないし、だいたい結婚とかそういう気分じゃないよ」
「気分だけで動く奴は死ぬ。言い訳ならもっとマシな事を言うべきだな」
親父が鋭い目で俺を見据えるが、俺もそんなことは慣れっこだった。
そもそもに気分で世界中の女を抱いてるくせに。
「あらあら、童貞だから女の子恐いのかな? 女の子も濡れ仕事もバージン捨てちゃったらどうってことはないのにねぇ」
「お袋! 脱童貞と人殺しを一緒にしないでくれ!」
コロコロと笑うお袋を見ながら、俺は冷や汗を垂らして言い返した。
恐ろしいことに、たぶん、今のはお袋の本音だ。そして親父は相変わらず何も反応しない。
「……そろそろ、わたくしを紹介してはいただけませんか?」
「私もほほえましい家族ドラマに入りたいものだ」
両脇の黒髪和服美人と軍服金髪美人がしびれを切らせて、会話に割って入った。
結果、両隣の婚約者だという女達は、互いのライバルを再び意識することになった。
「何かいいまして? チョビ髭伍長の間抜けな亡霊さん」
「劣等人種の雌猫は、耳も性能が悪いのか?」
……俺もモンゴロイドで日本人ということを、軍服少女は都合良く忘れているらしい。
鞘擦れの音と、安全装置の外れる音が続き、親父が目を光らせて胸元に手を突っ込んだ。