09/03/10 22:03:11 C/iLnVcB
走る。ひたすらに走る。
彼女の手をひき、ただひたすらに走る。
背後から迫る無数の足音。『奴ら』だ。血に飢えた、人だったものたち。
虚ろな目、意味を成さない言葉、定まらない足取り。ただ他人の血だけを求め、さ迷
い歩く亡者。
「さくら、大丈夫?」
「う、うん」
僕は、彼女……島本さくらに声をかける。
小柄で長い髪の毛をポニーテールにまとめた女の子。幼なじみとしてずっと一緒にい
た僕から見ても可愛いと思える顔立ち。
ただいつもは優しい笑顔に彩られているその顔も、今は恐怖に強張っていた。
無理もない。
さくらの背後を見れば、道を塞ぐほどの数の『奴ら』がいた。
幸いにも『奴ら』は足が遅く、知能も低かった。まるで、映画に出てくるゾンビのように。
「マ、マサくんこそ大丈夫?」
「大丈夫だよ」
僕は精一杯の強がりを口にした。僕もさくらも文化系部活の所属だ。持久走なんて
不慣れだ。おまけに『奴ら』に追われるというオマケつき。肉体的にも精神的にも一杯
一杯だった。
だけど、この手は離せない。守る……絶対に。
「一体、何があったんだよ……」
街が大きく変わってしまったのは、ほんの1、2時間前のことだった。
どこかから悲鳴が聞こえ、後は全てが爆発するように変わっていった。
逃げ惑う人。襲う『奴ら』。
襲われた人々は血を吐き倒れ、『奴ら』になる。
何故、なんてことは問題ではなかった。そんなことを考えるのは平和な場所にいる連
中だ。
本当の危険を目の当たりにして、僕らに出来ることはただ逃げることだけだった。
「マサくん、このままじゃ……」
さくらの不安げな声が聞こえる。
ああ、そうだ。ただ闇雲に逃げているだけじゃ、絶対いつかは捕まるだろう。『奴ら』
は間違いなく数を増やし続けているのだから。
どこか安全な場所が……。
頭の中で周辺の地図を広げる。……今日はさくらとの初デートだった。一緒に映画を
見ようと誘い、待ち合わせて駅に向かう途中……異変が起きた。
「…………」
徹夜で選んだデートコース。さくらの好きそうな場所はあるが『奴ら』から僕たちを守っ
てくれそうな場所は無い。どこか……。
「そうだ、学校……」