09/02/13 21:18:00 Q8/PJg3l
*
「うぅん……」
春が来た、と形容するには気が早すぎる時期だが、こうやって、少しそよ風を感じながら、
陽光を体いっぱいに浴びると、なんともいえない、のどかな、暖かな気持ちになってくる。
「いい気分だね……」
窓から身を乗り出し、ウェントスは、目尻を下げ、穏やかに微笑みながら、この陽気を体中に受けていた。
彼には、少し周りよりのんびりとした時間が流れているようで、そのまま放っておいたら、スズメが何匹か、
止まり木代わりに降りてくるんじゃないか、となんだか、変な不安を感じるような、そんな時間が流れていた。
「ウェン、ウェン」
ふと、いつも彼を呼ぶ、リムの声が聞こえ、いつも通り彼は振り向いた。
「なんだい、リム?」
リムは、にっこりと、しかし、どこか緊張した微笑みで、ウェントスに尋ねた。
「ねね、ウェン。今日が何の日か、知ってる?」
今日が何の日?
はて、とウェンは記憶は思い返してみる。他人から、お前は少し抜けている、と言われる事が多々あるウェントスだが、
記憶力自体は、並の人間よりはかなり高い。しかし、その記憶に、気にかかるようなキーワードは、一つとして出てこなかった。
「……ごめん、リム。ちょっと思い出せないな」
バツが悪そうな顔をするウェントスに、リムが慌ててかぶりを振る。
「う、うぅん、いいの。知らないなら、別にいいんだよ。私がこれから教えてあげるから」
ウェントスの横に膝をついて、少し、悪戯じみた笑顔を浮かべながら、リムは言った。
そういう笑顔を浮かべている時のリムは、大抵、自分が困ってしまうような事を考えている。
ウェントスは、経験でも感覚的にも、そう知っていた。
『まず、準備が必要だから、ね。ウェンは、下に行って、おやつの用意をして待ってて。
三十分ぐらいしたら、来てね』
そう言われて、ウェンはのんびりと階段を降り、台所へと向かった。
リムの好きなおやつは、チョコだったかな。
戸棚を引っ掻き回したが、チョコを使った菓子は、一つとしてない。十五分ぐらい探し回ったところで、
一番上の戸棚のさらに奥の辺りに、スナック菓子の袋をようやく見つけた。
しょうがない、あれでいいかな、と考えたはいいが、下から一番上の一番奥のある袋を取り出すのは、少々難しい。
脚がしっかりとした椅子を取り出し、慎重に椅子に登り、戸棚の奥に手を伸ばしながら、ふとウェンは考える。
「誰があそこに袋を置いたのかな?」
ジョシュアは分かりやすい場所に置くし、グラキエースは自発的に菓子を買うようなことはしないし。
まぁ、あの袋があそこに行くまで、色々事情があったんだね、などと考えていたら、足場がぐらりと揺れ、
思わず転びそうになった。幸い、転びはしなかったが、軽く頭を棚にぶつけて、ちょっとだけ痛い。
「あいたた……後は、飲み物も必要かな」
リムはミルクココアが好きだが、さすがにココアとスナックは食い合わせが悪いかな、とミックスフルーツジュースを、氷を落としたコップに注ぐ。
「あ……いけない」
リムの部屋に向かうべき時間を、長針の動き三つ分ほど、遅れている。慌てて、トレイを抱えて、ウェントスは階段を駆け上がった。
と。
『クシュン!』
クシャミが一つ、部屋から聞こえてきた。
「リム?」
クシャミなんかして、どうしたのかな?
少しだけ心配になり、慌てて、リムは扉の前に立った。
「リム、どうしたんだい? もう開けていいの?」
トントン、と、扉を強めにノックする。
『わ、わ! もうなの!? ちょっと待って……』
ゴソゴソと、慌てて何かを片付けるような音がした後、ふう、とリムのため息が一つ。
『……うん、いいよ。ウェン、入ってきて』
「わかった……? じゃあ、開けるよ」
トレイの中身を零さないよう、慎重に右手でドアノブを回し、ウェンは部屋の中に入った。