キモ姉&キモウト小説を書こう!Part17at EROPARO
キモ姉&キモウト小説を書こう!Part17 - 暇つぶし2ch250: ◆.mKflUwGZk
09/01/26 00:11:19 adaHZjGU
何故かトリップが外れたので変更します。


251:名無しさん@ピンキー
09/01/26 00:13:48 BpwtI/kh
>>249
GJ!
押しではなく自発的によってくるように誘い込む・・・!
猿島さんマジパネェッス!

252:名無しさん@ピンキー
09/01/26 00:18:21 89qSNYDu
>>249GJ!
弟くんの思春期特有の青臭さと迂闊さに「青春」を感じました。その描写、Yesだねッ!

253:名無しさん@ピンキー
09/01/26 02:07:08 0gAdXNmk
>>249
gj!
今のところ本気で太郎ちゃんを落とそうとしてるのは猿島だけとお見受けした

254:名無しさん@ピンキー
09/01/26 02:35:56 EvMNxwVC
猿は前世のこと後悔してんのかね?
とりあえず雉は悪い事をしたぐらいの認識はあるみたいだが


しかし姉のターンが怖い、このまま猿ルートで前世なにそれ美味しいのなハッピーエンド
てな訳にはいかんだろうし

255:名無しさん@ピンキー
09/01/26 07:08:03 9ZgE2uD/
>>249 GJ!!お疲れ様です。前話に引き続き、猿島のターンでしたね。意外と積極的なタイプのようですね。
それにしても、照れて(?)赤くなっている猿島かわいい。

256:名無しさん@ピンキー
09/01/26 09:55:51 sDtGOZ+8
リアルタイムGJ!
それにしても雉が空気すぐる

雉分がたりない・・・

257:名無しさん@ピンキー
09/01/26 16:32:33 eJK+SjbR
GJ!
だが俺は犬っ娘派

258:名無しさん@ピンキー
09/01/26 17:56:09 p5Ckcil1
キモ姉「私の戦闘力は53万です」

259:名無しさん@ピンキー
09/01/26 20:01:54 0CnzQnEM
>>249
GJ!
今後の姉が夜叉猿の首を持って刃牙の前に現れた、
範間勇次郎とだぶってみえる。

260:名無しさん@ピンキー
09/01/26 20:34:39 fVPnjsT4
おそらく前世で村人に鬼の事をチクったのは猿なんじゃね?
雉は黙認してたから罪の意識はある。犬は全く関与してなかった。

だから猿島は前世みたいにならぬように序盤から本気だとか?

まあ、何が言いたいかと言うと>>249GJ!

261:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:43:38 nYGyqu3v
投下します。

262:傷 (その11)
09/01/27 05:45:46 nYGyqu3v

「冬馬くんが壊れたって……葉月ちゃん、あなた一体、何を言っているの?」

 携帯電話を片手に弥生は困惑していた。
 電話越しに泣きじゃくる妹の声はまるで聞き取ることが出来ず、何を言っているのか、どういう事態が起こったのか、サッパリ要領を得ない。
 正直な話、弥生は、ここまで取り乱した葉月の声を初めて聞いたと言ってよかった。
 兄との“初体験”をしくじったというだけで、ここまで恐慌状態になる葉月ではない。
 あの、常に沈着冷静な―というより、およそ物に動じるという神経をどこかに置き忘れて生まれてきたような怜悧な妹が、ここまで平静さを失うなど、よほどの緊急事態が発生したと考えねばならない。


「いいから葉月……葉月ちゃん……分かったから……お ち つ き な さ い!!!」


 その声は、いま弥生が立っている女性用トイレに響き渡った。
 無論、ただの大声ではない。
 聞く者を制するに足る鋭い意思を込められた声だ。
 かつての生徒会時代。誰もがより多くの部費を求めて紛糾する予算委員会で、汗臭いラグビー部の男子生徒や、パンクファッション的厚化粧に身を包んだ軽音楽部の女子生徒を、たちまちの内に黙らせたという、鉄鞭のごとき一喝。
 さすがの葉月も一瞬パニックを忘れ、息を飲まざるを得ない。
「いまからすぐに帰ります。話の詳細は家で改めて聞くから、とりあえず泣きやむこと。―いい?」

 鼻をすすりながら「はい……」と呟く葉月の返事を確認すると、素早く電話を切る。だが携帯を握った手は下ろさない。ボタンを操作して、自室のパソコンと接続し、監視映像を画面に呼び出す。
 葉月からのメールで弥生は、彼女が風呂場で冬馬と何をするつもりだったか、一応のことは知っていた。
 液晶ディスプレイに展開するバスルームの生映像。そこには今、誰もいない。
 ならば回線を切り替えてみる。
 リビング……やはりいない。
 葉月の部屋……そこも無人だ。
 冬馬の部屋……ここも違う。
 弥生の部屋……いるわけもない。
 そして、両親の寝室で、ダブルベッドに横たわった弟の姿をようやく発見し、弥生は肩の荷を下ろしたようにホッと一息ついた。
 
 なるほど、確かに浴室で冬馬が倒れたのなら、担ぎ込むのに一番近い空間は、リビングの隣にある両親の部屋だ。葉月の体格と体力では、二階に並ぶ三つの子供部屋に高校生男子を運搬することなど出来るはずがない。
 電話では狼狽しまくっているように聞こえたが、それでも、やるべき事をキチンと済ませてから連絡を入れた事からしても、葉月は最低限の理性をギリギリ保持していたようだ。
 そしていま、リアルタイムの監視映像によると、妹の姿は、穏やかに寝息を立てる冬馬の傍らにある。
 携帯の液晶画面では解像度が荒すぎてよく分からないが、葉月の様子からして、確かに今しがたまで泣き喚いていたのは事実のようだった。
 とりあえず冬馬が無事なのは分かったが、逆に言えば、分かったのはそれだけだ。
 弥生は、ふたたびバスルームの映像を呼び出す。だが今度はリアルタイムではなく録画分だ。その映像を数分前まで巻き戻す。
 
―そして、弥生は知った。
「…………なに……これ……!?」
 何を言っているのか全く解読不可能だった、葉月の『冬馬が壊れた』という言葉が、実に的確かつ正確な状況報告であったことを。


「急用!! 緊急!!」
 それだけ言い放ち、トイレから長瀬の待つ個室に戻るや、上着とカバンを引っ掴み、テーブルの上に千円札を二枚叩きつけ、弥生は足早に外に出た。
 呆気に取られる長瀬にかける言葉は何もなかった。
 申し訳ないと思わぬでもないが、詫びも説明も、すべては後回しだ。弥生にとって、冬馬と葉月以上に優先すべき事など、この地球には存在しないのだから。
 そもそも弟が妹と近親相姦未遂の挙げ句、幼児退行を起こしましたなどと、言えるわけもない。
 そして、自転車のペダルを満身の力で漕ぎつつ、家路を急ぐ弥生の心に、もはや長瀬のことなどいささかも存在していなかった。弥生はいま、怒りと後悔で一杯だったのだ。
 無論、怒りの対象は他の誰でもない。自分自身だ。


263:傷 (その11)
09/01/27 05:47:10 nYGyqu3v

(何故この事態を予想しなかったんだろう……私ともあろう者が……!?)
 知っていたはずだった。
 理解していたはずだった。
 冬馬がセックスに対し多大なトラウマを抱えている可能性があることを。
 そんな彼に対し、まともに色仕掛けを振ることがいかに危険な行為であるかを。
 だが、弥生は安心してしまった。
 弟に於けるトラウマの顕現が、勃起不全だと聞いて、油断してしまった。
 
 素直に考えるなら、心的外傷がインポテンツという形をとって表層化している以上、この場合、冬馬のトラウマが肉体に与えた最大の問題は、単なる男根の機能障害ではなく、もっと精神的な―性欲そのものに対する減退と解釈するべきだ。
 そして、いかに葉月がクールな相貌をたたえた美少女だとしても、13歳の“おんな”とも呼べぬボディを前にして、冬馬の不能が反応するとは弥生には思えなかった。弥生ならともかく、葉月の肉体ごときに心因性の性欲減退に影響を与えるだけの魅力があるはずがない。
 つまり、異性の裸身を前にしても、精神が興奮を感じられないという現実こそが、冬馬が治療すべき真の病根であり、インポテンツなどそれら精神疾患の一症状でしかないのだ。
 逆に言えば、冬馬の精神が『女体に反応できない自分自身』に耐えられなくなるほどの性的魅力を所有した女体を前にしなければ、彼の心的外傷が全面的に疼くことはないだろう。

 それと、もう一つ。
 芹沢事件の顧客どもは、みな普通のプレイに飽きた政財界の男女が主だったと聞く。ならば彼らの平均年齢は、普通に考えても中年・熟年・初老といったところだろう。
 つまり、どこからどう見ても第二次性徴前のオンナノコでしかない葉月の肢体が、芹沢家時代の忌まわしい記憶を冬馬に回帰させるキッカケ足り得るかどうかは、疑問だと言わざるを得ない……。

 今から考えれば迂闊もいいところだ。
 人のトラウマが何に反応するかなど、心理学者でも精神分析医でもカウンセラーでもない弥生に、予測できるはずがない。―というのは言い訳だ。
 予想できなかったはずがない。たとえば幼児期に監禁されたトラウマを持つ者が、閉所や暗闇や孤独に恐怖を抱かないはずがないのだ。ならば―、

『セックスに関するトラウマを彼が抱えているらしい』

 何も詳細は必要ない。
 この一文で、彼に対する許されざる行為全般は、すべて説明がつくではないか。
 13歳の未成熟な女体が相手とはいえ、裸形の愛撫がセックスを喚起させないはずがない。
 だが弥生は、そうは考えなかった自分自身に殺意に近い怒りを抱く。
 不能という彼の現在を小賢しく考察した挙げ句、弟が幼児退行するほどの事態をむざむざ座視してしまうなど、あっていいことではない。

(もし、冬馬くんがずっとこのままだったら……)
 そう考える弥生を、身の毛もよだつほどの戦慄が包んだ。
(もし、冬馬くんがずっとこのままだったら……)
(もし、冬馬くんがずっとこのままだったら……)
(もし、冬馬くんがずっとこのままだったら……)
(もし、冬馬くんがずっとこのままだったら……)

「……答えなんか……出るわけないじゃない……!!」

 誰に言うでもなく呟いた弥生は、ペダルを漕ぐ足に更に力を込めた。


//////////////////////

「どうしました、ごしゅじんさま? ぼくがごほうしするのはおいやですか?」

 にじり寄る兄の手を反射的に振り払った葉月に、彼はあどけない表情で尋ねた。
 いや、ただあどけないだけではない。
 よく見れば、その目には精一杯の媚態と、それ以上の怯えが入り混じっている。
「もしぼくが、ごしゅじんさまのおきにさわるようなことをしてしまったのなら、えんりょなくばつをおあたえください。いかなるおしおきでもかまいません。―ですから」
「ですから……?」
 おそるおそる葉月が冬馬の言葉に合いの手を入れる。
「このおすいぬのそそうを……おとうさまとおかあさまにほうこくなさるのだけは……どうか、ごかんべんください……おねがいします……!!」
 そう言って、浴室の床に額をこすりつける冬馬の表情は、葉月には見えない。だが、小刻みに震えるその肩が、言葉以上の雄弁さで、彼の心理を説明していた。


264:傷 (その11)
09/01/27 05:48:40 nYGyqu3v

―なるほど……。
 葉月は、事態の超展開に愕然としながらも納得せずにはいられない。
 顧客を不快にさせた。
 そこにいかなる理由があろうとも、この私娼窟を取り仕切る芹沢夫妻が、彼ら“養子”という名の商売道具たちに折檻を与える名分としては、その事実だけで充分なのだろう。
 当時の恐怖を、かつて現役の“養子”だった冬馬が忘れるはずがない。おそらく骨の髄にまで、客の機嫌を損ねることへの怖れを刻み込まれているはずだ。

「兄さん、顔を上げてください。お願いですから」
「いいえ、いいえ、ごしゅじんさまがぼくをおゆるしくださるまでは」
「許します! 許しますから! だからもう―」
「ほんとうですかっっ!?」

 そう言って顔を上げた冬馬の貌は、まさしく一片の曇りさえない歓喜に満ち溢れたものだった。その、あまりにあけっぴろげな笑顔に、思わず葉月は、圧倒されたように息を飲む。そして、妹が仰け反った分、兄はずいっとにじり寄り、距離を詰めた。

「―では、おゆるしいただいたおれいに、せいいっぱいごほうしさせていただきます」

 悲鳴を上げる暇さえなかった。
 バスチェアに乗った葉月のほっそりとした腰。そこから伸びる両脚を掴み、広げ、股間に優しいキスをする。その間一呼吸とかかってはいない。そして、クリトリスへのキスの感触が消えぬ内に、葉月の神経を更なる高圧電流が走る。
「―かはっっっっ!!?」
 一瞬だった。
 まさしく一瞬の内に、すさまじい快感が葉月の局所を中心に全身に発信されたのだ。

 葉月はまだ13歳だ。その肉体は前述の通り、お世辞にも豊満とは言いがたい。
 しかし、知識はある。
 思春期真っ盛りの少女としては恋愛と同様に性愛にも興味を持つのは当然の事だ。そういう意味では、いかに天才を謳われようが、しょせん葉月も年頃のオンナノコとしての範疇をはみ出す存在ではない。
 オナニーの経験も少なからずある。
 連日連夜というほどの頻度ではないし、感じるエクスタシーもお粗末なものだが、別にその事実に絶望する気は葉月にはない。女体としての自分の完成度を誇るには、まだまだ時期尚早だということを葉月は知っていたからだ。
 だが―違う。
 この心地良さはまさに、想像を絶するものだった。
 冬馬が―かつてセックスのプロとしての生活を余儀なくされてきた彼から与えられる快感は、これまで葉月なりに知っていたつもりの常識をあっさり覆すものだった。
 
「ッッッッッッッッ!!??」

 何も考えられなかった。
 肺の中の酸素は残らず消費され、排出されるCO2の量は一瞬にして数倍以上になった。だが息を吸い込もうにも、身体がそれを許可しない。圧倒的過ぎるクンニリングスの快感を前に、彼女の理性は消滅し、呼吸器は排気以外の行動をまるで許さない。
 あと数分、この舌技の前に身を晒せば、葉月は間違いなく失神していただろう。未熟な女体に与えられた過度の快感と、その喘ぎと悶えがもたらす呼吸困難によって。
 だが、性に不慣れな彼女の肉体は、凄絶なまでの刺激を前に、おとなしくそれを甘受するという選択をさせなかった。この現状に一分の抵抗を示す意思が、まだ彼女には残っていたからだ。

 弥生による説得という過程を踏んではいるが、すでに葉月は自分が冬馬に抱く感情が、愛情であったことを歴然と意識している。かつては必死になって否定したものだが、いまでは、以前の自分の愚直さに苦笑することさえ出来るだろう。
 眼前の男は、そんな葉月が慕ってやまぬ意中の想い人である。
 しかも、そのテクニックはあまりに圧倒的だ。
 その彼が、跪くように自らの不浄の器官に奉仕する姿に、喜びを覚えぬわけがない。
―とは、葉月は考えなかった。

 いまの冬馬は、葉月が愛した兄ではない。
 いまの冬馬の愛撫は、葉月を愛するがためのものではないのだ。
 何故なら、ここにいる兄の魂は、柊木家で自分たちと出会う以前の―数年前に彼と千夏がいた頃の芹沢家に回帰してしまっているのだから。
『ごしゅじんさま』と呼ばれ、奉仕を受ける自分は、いまの冬馬にとって金を払って服従を請求するかりそめの主―名もなき顧客の一人に過ぎない。
 その事実は、葉月にとっては死に等しいほどの孤独だったのだ。 
 しかし、嫌悪感と寂寥感に苛まれながらも、葉月の抵抗はまるで儚い。目的のための合理的な動作を意図して足掻くには、冬馬の舌が与える快楽は、あまりにも圧倒的過ぎた。


265:傷 (その11)
09/01/27 05:54:49 nYGyqu3v

 暴風雨のような快楽の海を漂う一枚の木の葉と化した葉月の全身。
 だが、波にもまれ、押し流され、声を上げることはおろか呼吸さえままならない彼女が取れる抵抗は、せめて意図せぬままに四肢を動かし、じたばたと暴れることしかなかった。 
 そして、肉体が限界を迎えようとしたまさにその瞬間、いまだ動きを止められない右膝が、冬馬の肩を打った。いや、攻撃はそれで終わらない。やもりのようにピタリと張り付いていた葉月の股間から、たまらず離れた冬馬のこめかみを、彼女の左膝が正確に捉えた。
 そのまま壁に激突する兄の側頭部が立てた音は、予想以上に大きく浴室に響き渡り、冬馬は苦痛に顔を歪めることさえなく、その場に崩れ落ちた。
 葉月が荒れ狂う鼓動と混濁した意識を抑え、何とか我に返ったのは、さらにそれから数分が経過してからだ。

「……あの……にいさん……?」

 そして冬馬は、
 そのまま眠るように意識を失い、
 目を覚まさなかった。



 冬馬の寝顔は、いつもと変わらない。
 葉月は、布団に覆われた彼の下半身に目をやってみる。
 意識を失ってなお硬度を保っているペニスは、ベッドの上に小さなテントを形作っていた。
 もし、あのまま冬馬の為すがままに快感に身を任せていたなら、おそらく今頃、自分は処女ではなかっただろう。
 だが、それは―それだけはいやだった。
 求めてやまぬ兄の愛撫といえど、男娼としての冬馬に、単なる客の一人として身体を触れられることなど、葉月にとって到底ガマンできることではなかった。
『ごしゅじんさま』ではない。
 家族として、妹として、そして女として、せめて葉月が何者であるかも認識していない今の冬馬にだけは、抱かれたくなかった。それは葉月の心の奥底にあった、女としての最後のプライドだった。

(恥かしげもなくよく言うわ、まったく……)
 ここへ来てなお、矜持を振りかざすワガママっぷりには、我ながら嘲笑するしかない。
 冬馬を壊したのは、他ならぬ自分なのだ。
 もう涙も出ない。
 まったく要領を得ない説明ではあったが、一応、姉に連絡は入れた。
 まもなく戻ってきてくれるだろう。
 だが、両親が帰ってきたら、なんと報告したらいいのか、もはや葉月には分からない。
 いや、―そんなことはもはや、どうでもいい。
(わたしのワガママが……兄さんを壊してしまった……わたしが……兄さんを……)
 もしも今、冬馬が意識を回復させ、何事もなかったように笑うためには葉月の命が必要だと言われれば、おそらく彼女は躊躇なく死を選ぶだろう。だが、そんな都合のいい話は存在しない。人間一人の命ごときで、過ぎ去った時間を巻き戻すことは出来ないのだから。
 
 柱に掛かった時計を見る。
 まもなく時刻は午後九時を回ろうかというところだ。
 葉月は服の袖で涙を拭った。

 罪悪感に打ちひしがれるのは簡単だ。今この場に於ける最も手軽な時間潰しだと言える。
 だが、そうではない。
 兄が愛してくれた柊木葉月は、そんなブザマな暇人ではないはずだ。
 冬馬のために、いま一番やらねばならないことは何だ? いまのうちにやっておける事はあるか?
(……ある)
 それは考えることだ。
 彼の意識が数年前まで退行を起こしたのは何故か? それを考察し、せめて姉が帰宅したときには、全てを説明できるようにしておく必要がある。なにしろ葉月は当事者なのだ。
 何が起こったのか、どういう過程で兄が自壊を起こしたのか知っているのは、葉月しかいないのだから。

 葉月は、こんこんと眠りつづける兄の額にそっとキスをすると、そのまま立ち上がり、彼の携帯を手にとった。そしてアドレス帳を開き、その名を捜す。
―景浦千夏という名を。


266:傷 (その11)
09/01/27 05:56:43 nYGyqu3v

「じゃあ、異変が起こったのは、冬馬くんのお尻に指を突っ込んだ時なのね?」
「はい」
「他には?」
「兄さんに……言葉責め?……をしていました」
「具体的には?」
「気持ちよければ、素直に気持ちいいと言えと強要しました」
「…………」

 弥生が帰宅したとき、葉月はすでに冷静だった。
 そこに悪意がないのは分かる。
 だが、まるで台詞を言うように淡々と状況を語る妹に、さすがの弥生も険しい目をせずにはいられない。
 だが、葉月はそんな姉を前にしてもなお、顔色を変えることはなかった。パニックになって電話をしてきたのは、本当に妹だったのだろうかと疑わせるほどに、葉月は平静さを保持している。それはもう、落ち着きなさいと怒鳴りつけたはずの弥生が、気分を害するほどに。

「兄さんが芹沢家で、女性だけではなく男性の相手も勤めていた事実は、姉さんが帰宅する前に、景浦千夏さんに連絡を取って確認を取りました。おそらくは、わたしの行為によって、その瞬間の記憶が回帰し、兄さんの意識を当時に退行させたのでしょう」

 その一言に、弥生は思わず息を飲んだ。
「確認って……千夏に話したの……今夜の出来事をッッッ!?」
 だが、葉月の表情は変わらない。
「すべてを話したわけではありません。現在の兄さんの症状を告げ、対策を訊いただけです。何といっても、兄さんの過去を実際に御存知なのは、あの方だけですから」
 それは分かる。
 確かに冬馬の精神が芹沢家時代に退行してしまった以上、その当時を知る人物のサジェスチョンは絶対に不可欠だ。だが弥生としては、この件に自分たち姉妹以外の人間が絡むことは最大限回避したかった。それが姉妹の両親であってもだ。

 そして何より、冬馬がこうなった過程をすべて聞いた上で、千夏という少女が黙ってこちらに協力するとは、弥生にはとても思えなかった。
 なにしろ現在、戸籍的にも冬馬と葉月は実の兄妹ということになっている。そんな二人が浴室でしようとしていた行為は、世間的には充分にタブーの範囲内だし、感情的にも千夏が、その情報を心穏やかに聞いたとは考えにくい。
 かつて千夏からサシで話を聞いた経験を持つ弥生には、それが分かる。
 千夏が冬馬の話をするときに浮かべた瞳は、とてもではないが、彼女を弟に近寄らせるのは危険だと弥生が判断せざるを得ない輝きを宿していたのだから。
 だが葉月は、そんな弥生の思考を先読みしたかのように話を進めた。

「大丈夫です。すべてを話したわけではないと言ったでしょう? わたしは今朝、兄さんがいきなり幼児退行を起こしたと言っただけです」
 
(今朝いきなりって……いくら何でも、そんなムチャクチャな話が通じるわけがない)
―とは、弥生は思わなかった。
 確かに、冬馬はいつPTSDの症状が発症してもおかしくないほどのトラウマを抱えているからだ。何故そうなったのかのプロセスなど理解できないと言った方が、むしろ話に信憑性が出るかもしれない。

「で、千夏は何て言ったの?」
「千夏さんは、とりあえず兄さんが目覚めてもまだ、精神退行を続けたままだったなら、むしろ自分の出る幕はないと仰っていました。つまり兄さんの記憶と意識の整合性を元に戻したいなら、柊木家に引き取られて以降の兄さんの記憶を喚起させるしかない、と」
「それが道理……よね」
 弥生としては頷かざるを得ない。
 千夏の記憶さえも冬馬にとって芹沢家を連想させる可能性は充分にある。
 ならばここで必要とされるものは、あくまで彼が、芹沢家と縁を切って以降の記憶だ。
 しかし、問題はまだ残っている。というか、そもそも、この問題を無視して情況は何も先に進めない。
 すなわち―
「冬馬くんは、本当に目覚めるの? いつまでもこの昏睡状態が続くようなら、どうすればいいの?」


267:傷 (その11)
09/01/27 05:58:50 nYGyqu3v

 だが、その問いかけにも、葉月の視線はまるで揺るがなかった。
「兄さんがこのまま眠り続けるということはない。―そう千夏さんは言ってくれました」
「その根拠は?」
「兄さんは、警察に保護されてからも、食欲減退や悪夢に悩まされたりすることもなかった、極めて強靭な精神の所有者であり、何が原因で退行を起こしたかは分からないが、このまま安眠に逃避することを選ぶような細い神経は持っていないと、彼女は太鼓判を押してくれました」
「それを信じろって言うの?」
 あまりに脳天気な言い草に、弥生の拳がさらに固く握り締められる。
 そもそも冬馬が本当に悪夢や不眠症、食欲減退といった心因性の諸症状に悩まされていなかったと、なぜ千夏が保証できる? 彼は密かに苦しみ、それでも苦しんでいる自分を見せなかっただけかも知れないではないか。
 冬馬が、弱音や弱味を他人に気安く見せない人間であることを、千夏が知らないはずがない。なのに、何故そんな気休めのような言葉を吐くのだ?


「信じるしか……ないじゃないですか……ッッッ」


 その瞬間、初めて葉月の顔を覆う、理性の仮面が剥がれ落ちた。
「葉月ちゃん……」
 カタカタと振るえる小さな肩を両手で抑え、潤んだ瞳から雫がこぼれ落ちるのを懸命にこらえながら、兄を見つめ続ける13歳の少女は、計り知れぬほどの後悔や罪悪感と戦いながら、なおも気丈に振舞いつづけていたのだ。
 弥生はとっさに、そんな葉月を思いっきり抱き締めずにはいられなかった。

 そう、信じるしかない。それ以外の選択肢はない。
 千夏の言葉も実際のところ、その事実に基づいた気休めだ。
 結局、冬馬の精神力にすがりつく以外に、自分たちにできることなどないのだ。
 
「……ねえ……さん……わたし……」
「黙って」
「……ごめん……なさい……ッッッ!!」
「何も言わなくていいの。何も謝る必要なんてないの。あなたからメールを貰ってすぐに帰らなかった私だって同罪なんだから」
「ごしゅじんさま、どうざいとはなんのことですか?」


 そこには、子供のような顔をして、罪のない瞳を二人に向ける冬馬がいた。
 

「……兄さん……ッッッ」
「冬馬くん……あなた……!?」
 姉妹は絶句していた。
 このまま起きないのではないかと危惧した冬馬が目覚めた。
―それはいい。
 だが、一眠りすれば元に戻る。そんな儚い希望を姉妹が抱かなかったわけではない。
 分かっている。現実は、特撮ヒーローものの洗脳とは違うのだ。怪人が死んだからといって、悪の組織に操られていた人々が、そうそう都合よく正気に返ったりはしない。
 だが、それでもなお一縷の望みを、二人は抱かずにいられなかったのだ。
 そして、その希望はいま、明確な形で姿を消した……。

「ごしゅじんさま、きゅうそくをとらせていただいてありがとうございました。このおれいに、いっそうのごほうしをさせていただきます」
 目を輝かせて葉月に向き直る冬馬。
 そんな兄から引きつった表情で仰け反る葉月。
 だが、弥生は目を逸らさなかった。
「―待ちなさい」
 声を掛けられ、ぽかんとした顔を弥生に向けた冬馬だが、ややあって、屈託のない笑顔を彼女にも見せた。

「ああ、こっちにもあたらしいごしゅじんさまがいらっしゃったんですね。では、どちらのごしゅじんさまをさきにおあいていたしましょうか。なんなら、おふたりどうじでも、ぼくはかまいませんよ?」



268:傷 (その11)
09/01/27 06:00:44 nYGyqu3v

 一瞬、傷ましいものを見る顔になった弥生だが、次の瞬間、彼女は反射的に息を飲んだ。
 上体を起こすのと同時に、冬馬の下半身を覆っていた布団がはらりとめくれ上がり、そこにあったもの―石のような硬度と蛇のようなサイズを誇る“それ”を、まじまじと見てしまったからだ。
(こっ、これが……冬馬くんの……っっ!?)
 だが、今は完全体となった弟のペニスに眼を奪われている場合ではない。
 この、見るも無残な想い人を、ふたたび毅然とした柊木冬馬に戻さねばならないのだ。

「冬馬くん、頭を打った場所は大丈夫? 頭痛がしたり吐き気を感じたりはしない?」
 その言葉に、冬馬の瞳がまたも戸惑いの色を浮かべた。
 無理もない。彼を有料の性欲処理具として扱っていた者たちは、決してこういう気遣いを冬馬に見せなかったはずだからだ。
 だが、ならばなおさら付け入る隙はある。弥生はそう判断せざるを得ない。
「私が―この御主人様がコーヒーを振舞ってあげる。プレイはそれからでも遅くはないでしょう?」


//////////////////////////

 ケトルが低い音を立て始めた。
 そろそろ湯が沸いた。
 弥生は三個並んだマグカップにインスタントコーヒーを入れ、その上からクリープ、そして角砂糖を放り込む。弟のカップには一つ。妹は二つ。そして自分のコーヒーには三つ。その上から熱湯を注ぎ込んだ。
 そして、最後に白い錠剤を取り出すと、冬馬のカップにだけ、それを数錠落とした。
―それは、かつて彼女が七万円で購入した洗脳用の導入剤であった。

 これは賭けだった。
 コーヒーを入れてくると言って、キッチンへ行こうとする弥生を、葉月は、姉が何を言っているのか分からないという顔をして見送っていたが、当事者たる冬馬の意識が目覚めてしまった以上、説明をしている暇もない。
 弥生には確信があったのだ。
 冬馬の精神状態を、芹沢家から現在に回帰させるためには、もはやこの薬を使用するしかないと。

 かつて弥生は、通販でこっそり買ったこの薬物を使って、冬馬に自分への愛情を人為的に植え付けようとしたことがある。
 結果から言えば、その目的は失敗した。
 薬を一服盛られた翌日からも、冬馬が弥生に対して何ら態度を変えることはなかったからだ。だが、それは、この薬が単なる失敗商品だったことを意味するのかと言えば、それは違う。
 その場に於いては、弟は姉のマインドコントロールの通り命令に従い、彼女の股間に舌で奉仕させることに成功していたからだ。
 いま考えれば、その時点で弟が精神退行を起こしても仕方ない程の、危険極まりない行為だったと弥生は慄然とするが、しかしその事実は、このドラッグがただのボッタクリでなかった事を歴然と証明している。
 千夏も言っていたではないか。冬馬を回復させるためには、むしろ柊木家の記憶を喚起させよと。
―つまり、弥生には成算があった。


「ねえ冬馬くん、コーヒーのお味はどう?」
「……はい……とても……おいしいです……」

 冬馬は明らかに眠気をこらえている。
 大したものだ。もう効き始めた。
(さすがにマニュアルの倍以上の量を投与したら、こうなるか)
 あまりにあからさまな兄の異変に、不審げな表情を見せる葉月を放置して、弥生はほくそ笑んだ。
 以前、この薬を使った時は、効果が現れるまで20分近くかかったが、いまはもう、二口三口カップに口をつけただけで、冬馬が舟を漕ぎ始めたのだ。
 だが、安心するのはまだ早い。
 むしろ本番はこれからなのだから。

「冬馬くん、私の声が聞こえたら、はいと返事してください」
「……はい」
「いま、あなたはどこにいるの?」
「……おうちです……」
「おうち?」
「……ぼくの……せりざわとうまの……うちです」
「そう。で、冬馬くんは今、お幾つになったのかな?」
「……ことしのたんじょうびで……きゅうさいになりました……」


269:傷 (その11)
09/01/27 06:04:42 nYGyqu3v

「姉さん、これは?」
 さすがに葉月ももう黙ってはいられなくなったのだろう。
 だが、それを説明する時間は弥生にはない。
 冬馬の意識は、薬の効果のおかげで半ばトランス状態にあるとはいえ、完全な忘我の境地に在るわけではない。余計な会話を挟めば、それは当然彼の耳に入り、冬馬の催眠を妨げる雑音と化してしまう。
 弥生は妹に目で合図する。
 詳細は後で説明してあげるから、とりあえず今は静かにしなさいと。
 
「では冬馬くん、私が手を一つ叩けば、あなたは一つ歳を取ります。いいわね?」

 ぱん。
 ぱん。
 ぱん。

「さて冬馬くん、あなたはいま何歳になったの?」
「……12歳……です」
「で、いまどこにいるの?」
「……せいわえんとかいう……孤児院、です……」

(孤児院?)
 弥生はその言葉に疑問に持ったが、しかし即座にその問いは氷解した。
 今から4年前、当時12歳だった彼らは、芹沢孝之夫妻の逮捕によってようやく解放され、育児施設に保護されていたはずだ。その一年後に柊木家の両親が彼を“発見”するまでは。
 納得した弥生はふたたび手を打った。

「また一年経ったわ。ここはどこかしら?」
「……ここは」
「ここは?」
「ここは……柊木という家です……おれの三度目の里親の……」
 冬馬の言葉遣いが変わった。
 心なしか表情も先程より大人びている気がする。
(うまく行ってる。ここまでは)
 弥生は合格発表を見るような心持ちで、いよいよ最後の指示を弟に出した。
「さて冬馬くん、あなたはこれから、あと二年歳を取るわ。そして顔を上げて私を見た瞬間、すべてを思い出すの。いい、わかった?」

 ぱん。
 ぱん。

 弥生は息を飲んだ。
 葉月も固唾を飲んだ。
 そして、冬馬がゆっくり顔を上げた。その瞳に年齢相応の知性の輝きが戻る。



「……あれ、姉さん?」



 その瞬間、弥生と葉月は、弾かれたように冬馬に抱きついていた。
 無論、下心の為せる業ではない。
 歓喜と安堵が、二人に取らせた行動であった。

 柊木冬馬は、こうして帰還した。



270:傷 (その11)
09/01/27 06:05:44 nYGyqu3v
今回はここまでです。

271:名無しさん@ピンキー
09/01/27 06:18:01 om2qzxrU
otsu

272:名無しさん@ピンキー
09/01/27 06:22:10 yeO7KSju
乙!!!!!!

273:名無しさん@ピンキー
09/01/27 11:47:24 ZSqVmYQ0
よかったぁぁぁ。
冬馬がもどってきてほんとよかったぁぁぁ つд;

274:名無しさん@ピンキー
09/01/27 12:13:16 e/eVd6Ak
冬馬復活ッッッ!!冬馬復活ッッッ!!

275:名無しさん@ピンキー
09/01/27 17:42:18 CiG54fP9
さすがキモ姉&キモウト…格が違った!
GJ!!!

276:名無しさん@ピンキー
09/01/27 18:53:35 /T336s8J
チンコは復活しないけどな!

277:名無しさん@ピンキー
09/01/27 19:15:17 dDLABvpX
GJ!
某カルタグラのキモウトよろしく
「じゃあ今度はボクが犬として飼ってあげるよ。
ほら、ワンって鳴いてみなよ。ワンワンワンって、げははははっ!」
みたいにくるかと思ったら意外と常識的だったw

278:名無しさん@ピンキー
09/01/27 20:35:53 KWa/uR+o
>>270
GJ!

緊急事態なのにちゃっかりいちもつチェックを忘れない弥生姉さんすげえ!

279:名無しさん@ピンキー
09/01/27 23:18:41 +eHU/RNE
>>270乙&GJ!!
第1話で出た薬が伏線になっているとは思わなかったわ。
そして冬馬還ってこれてマジ良かったわぁ…

280:名無しさん@ピンキー
09/01/28 15:44:48 bJbM2aEm
◎キモウト&妹嫌いな兄
○キモウト&普通の兄
△キモウト&シスコン兄
×キモウト&キモ兄

281:名無しさん@ピンキー
09/01/28 18:00:17 8IGr9R9G
要求の仕方が斬新だね

282: ◆P/77s4v.cI
09/01/28 18:38:49 bbVzBVx4
すいません。以前長いものを投下した者ですが、
15レス以上だと避難所か他のスレを探した方がいいでしょうか?

283:名無しさん@ピンキー
09/01/28 18:39:29 bbVzBVx4
すいません。トリを外し忘れてました。

284:名無しさん@ピンキー
09/01/28 18:42:04 vP9WphrX
別に問題はないと思いますが

285:名無しさん@ピンキー
09/01/28 18:44:34 Rep6ZhVq
その酉番・・・
フラクタル・・・がくる・・・?

286:名無しさん@ピンキー
09/01/28 19:09:58 xzpHefMg
是非投下を

287:名無しさん@ピンキー
09/01/28 19:11:51 Kj9IeJMB
>>282
残レス数も容量も問題なさげだし、おいでませ。
出来れば最初に「およそ何レス使用」と書いてくださると
ニアミス防止になって良いかと。

288:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:14:36 bbVzBVx4
答えてくれた方ありがとうございます。
では投下します。おそらく17レス。微エロです。

289:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:15:15 bbVzBVx4

 七月の太陽は、気性の荒い女のようだ。家への帰り道、俊介はそんなことを思っていた。ヒステリーを起こし、誰が悪いのかもわからず、ただ当たり散らす。
 実際に目にしたことはないが、見ればきっと、この熱気さながらだと思うに違いない。
 背中には家から出てコンビニに行っただけだというのに汗。シャツが肌に張り付く感じが嫌で仕方なかった。
 家が見えたとき、丁度、門が開いた。
 視線をそのままにしていると、舞が耳の横の髪を正しながら出てきた。
 動きやすさを重視したのか男物のワイシャツと下は綿のジャージという室内着。手にはいくつかの雑誌を白いビニールテープで縛って持っていた。
「今日って古紙回収の日だったか」
「ああ、お兄ちゃん。一か月に一回だから、この日にちゃんと出しとかない面倒なのよ」
 ふっ、と息をついて雑誌の束を地面に置く舞。
「ちょっと疲れたわ」
 家の中も掃除していたのだとすぐにわかった。夏の日差しの下、薄らと汗が滲んでいる。
 雑誌の束をその場に置くと、まだあるからと言って家に引っ込むと、もうひと束持ってきた。
 それを見て、あっ、と俊介は驚く。
「さて、と」
 が、舞はそのことには気づかなかったのか、ゴミ置き場へと向かった。
「俺が持つよ」
 そう言う俊介を嫌うように、舞はずんずん歩く。
「すぐそこよ。別にいいわ」
「まあまあ」
 そして、半ば強引に舞の手から雑誌を奪った。両手分ということもあり、手には赤く跡ができていた。俊介の手にずしりとした重さが加わった。
 舞は俊介の慌てぶりを見て、じろりと睨む。
 やがて、よいしょ、という掛け声とともに奪われた雑誌を上から踏みつけた。
「じゃあそれ、お願い。私まだすることがあるから」
 そう言うと舞は振り向きざまに俊介をじろりと諫め、家に入っていった。
「……これ、昨日買ったばっかりなんだぞ」
 俊介は一人になると、肩を落としながら本の束を見る。
 一番上には、お姉さん特集、というタイトルの表紙。
 胸元を強調するためか布の面積が極端に小さな水着に身を包んだ女がアップで写り、周りに卑猥な文字が羅列していた。ポルノ雑誌だった。
 わざわざ表紙を見せて積まれているせいで、上から見ると本の束まるまるアダルト関係の本だと誤解してしまいそうなのは、もちろん舞の謀略だろう。
「抜き出しても、また見つけられそうだしなぁ」。
 口から大きな溜息がでた。
「もう何回目だっけ……天井裏の物まで見つけるなよ……」
 もう諦めたのか、俊介は家と束を見比べた後、仕方ないと呟いてごみの収集されるところまで持って行き、家に戻った。

290:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:16:16 bbVzBVx4
 俊介がパタンとベッドに倒れこむ。布団からは温かみが暑さへと変化し、干していたようだ。
 思いいたって携帯を開いてメールを送った。
 内容もたいしたものではない。今大学ですか? それだけだった。
 十数秒でバイブレーターが部屋に響く。
 休日なのに大学があるわけないよ。今は家でだらだらテレビを見てる。返事を見て、苦笑する。
 返信しようと思った途端、またメールが来た。
 差出人は同じ人物だ。
「――」
 それを読む。
 俊介は起き上がって、自分の頭ぽかりと殴った。すぐさま机に移動してから小枝子にメールを送った。
 しばらくやりとりをこなすと小枝子からメールが来なくなったので、忙しくなったのだろうと思ってそろそろ自分も何かしようと、自室を出る。
 気がつくと空は薄い青色の帳が扇の形をして広がってあった。部屋に差し込んでくる太陽の温度は、昼と比べると色の濃度に反比例している。
 俊介は考え、今日の夕食は自分が作ることにしようと、舞の部屋に行った。
「ちょっといいか」
 扉をノック。中から話声がちくちくとしていた。
 誰かが来客した気配は感じなかったので、おそらく携帯で誰かと通話しているのだろう。
「悪い、話し中だったんだな」
 案の定、開けられた扉からは舞が携帯を手にしている姿があった。
「何?」
「話し中ならいいんだ。大したことじゃないから」
「いいから。何の用?」
「あー……今日の夕飯、俺が作ろうと思うんだけど」
「……どうして?」
「いや、いつも作ってもらってばっかりで悪いな、と」

291:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:17:00 bbVzBVx4
 俊介がそういうと、舞はわざとらしく目を細めた。
 じろりと首まで伸ばして顔を見てくる。
「ふーん」
「たまにはいいじゃないか」
「私はいいけどね。でも、だめだからね」
「何が?」
「ま、いいわ。で? それだけ?」
「あ、ああ」
 話が終わると、舞は唇の端を僅かにあげて扉を閉める。中からまた話声が始まった。
 俊介はここにいては会話を訊くことになってしまうので、言った手前さっさと食事の用意をしようとキッチンに向かった。
 五時。梶原の家では大体七時から八時が夕食なので多少早い時間に準備することになるが、料理をやり慣れていない俊介にはいい余分だ。
 凝ったものにして驚かせてやろうと考えながら、場を離れた。
「あれ」
 しかしそこで、妙なことに気づいた。
「あいつ、誰と電話してるんだろう」
 舞には友達がいない。
 言わずとも、俊介が知っている限り、という意味であるので相手が友達だったとしても別段おかしなことではないが。
 けれども、舞の性格は排他的であるし、前に友達になった朋美とも、彼女が引っ越してからは連絡が取れないという背景があるので、少し煙たいような印象を抱いた。
「親父……なわけないよな」
 言って、払拭するように一度頭を叩いてリビングに行き、窓から入ってくる鈍い光を見た。
 わけもなくカーテンを引く。
 そして勢いをつけて冷蔵庫の扉を開けた。
 俊介は少し時代遅れの歌を口ずさみながら、用意を始めた。

292:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:17:42 bbVzBVx4
  /

「で、出来たのがこれね」
 舞は頭を押さえながら呆れ、盛大に息を吐いて言った。
「いや、もっと凝ったものにしようとしたんだけどさ」
「したんだけど?」
「はは……途中から作り方忘れちゃってさ」
「そしてカレーになったと。しかも失敗」
 食卓には明らかに水が多く、とろみがないカレーが用意されていた。
 視線を滑らせて横を見る。
「サラダ、のつもりなのよね」
 レタスで輪を作るように並べ、装飾したかったのだろう。心なしか何か思惑があってこうしたというのはわかる。
 しかし、大きさに隔たりがあるので途中の円形が陥没してしまっているせいで、もはやひし形に近い。
 何より、雑で急遽作ったものだとよくわかってしまってみすぼらしく、食べ物というよりは餌という方がしっくりくる。
「しかもこの泥水カレー、まずいんだけど」
 舞が添えられたスプーンを口に運ぶ。
 ぽたぽたとルーが落ちてしまうので素早く口に運ばなければならないのが食べづらく、補助した手には数滴のルーが零れ落ちた。
 俊介はその様子を見て、大きく嘆息する。どうして自分は、まじめなくせに不器用なのだろう。妹は家事も勉学もそつなくこなすというのに。
 苦手なことがあるということに対して、劣等感を持っているわけではない。それなら、舞とて不得手なことはある。
そうではなく、苦手なことをきちんとこなし、得意でないことがあるということを悟らせない姿に、羨望を描いているのだ。
「ごめん」
「……別に怒ってはないわ。まずいけど、食べないとは言ってないじゃない」
 お兄ちゃんも食べるんでしょ? 舞が言う。俊介も慌てて手を動かした。
 ちらりと表情を見る。
「……」
 近づきがたい。何を考えているのかわからない。他人を見下しているみたいだ。
 そんな舞の不評。彼女の交友関係を気にしている俊介にとってよく耳に入ってきたものだが、そう言う人たちにこの姿を見せてあげられればいいのに、と思う。
「何よ、人の顔をじろじろ見て」
「いや、舞は優しいなと思って」
「……」
「うん。いい妹で兄ちゃん嬉しいよ」
「あ、そ」

293:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:18:21 bbVzBVx4
 食事が終わった。食器を持って洗い場に向かう舞に、俊介が声をかけた。
「あー、今日は洗いものも俺がやっておくから」
「そう?」
「ああ。それと、話があるから洗い物が終わるまで待っててくれないか」
 そう言うと、素早く洗い物を始めた俊介は、彼に似合わず不真面目に、ほとんど水切りさえしない状態でシンクに食器を置いてリビングに戻ってきた。
「で、何をしてほしいの」
 ソファーに座った兄に、舞は先ほどの優しさなど少しも感じさせずに言った。
「バレてたか」
「夕飯を作るって言いだしたときからね」
 はは、と笑う俊介を瑣末なものでも見るように促す。
「えっと、ですね? 明日からは自分の部屋は自分で掃除をしようと思うんですよ。いつまでも面倒をかけるわけにはいかないし」
「それで?」
「出来れば部屋に入る時もノックとか、してほしいかなー、と」
「つまり、勝手に部屋に入るな、と?」
「まあ、悪く言えばそうなる」
「よく言っても同じでしょ」
 俊介がテレビのリモコンを手に持って、そわそわしているのがいくらか滑稽だった。
 兄の手からリモコンをひったくって、雑音に逃げられることがないように予防すると、舞は腕を組んで睥睨する。
「どうかな?」
 だが、言いにくいながらもそう俊介が問いかけると、舞は耳にかかった髪を後ろになびかせて立ち上がった。
 何をするのかと思えば、そのまま俊介の横まで来てゆっくり顔を近づけてくる。
 何をしているんだ、という声には返事をしなかった。
 耳と口の距離がなくなる。
「い、や、よ」
 はっきりとした声だった。怒声、と言った方がいい。
 俊介が蹲って耳を押さえていると、舞は言うや否やこれで終わりとばかりに立ち去ろうとする。
 あわてて呼び止めると、細い目で言った。
「大体ね、何が掃除は自分でー、よ。どうせ今日のエッチな本が捨てられたことが嫌だったから思いついただけでしょ! 馬鹿じゃないの?!」
 俊介が、ぐっ、と唸る。
 追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「あんな低俗な……恥を知りなさい!」
「て、低俗って……俺だって一応男なんだから、その、仕方ないというか」
「仕方ない?」
「わかってくれよ。俺だって、その、買わずに済むならそれでいいけど。男って言うのはそう言う生き物なわけで」

294:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:19:04 bbVzBVx4
 妹に性的なことを言うのには抵抗があるのか、俊介の抵抗には勢いがない。
 けれども、ここで引き下がると後々困ったことになるということは頭にあったので、まあまあと舞をふたたびソファーに座らせた。
すると、苦々しい俊介に感応したのか、また違ったことを口にした。
「わかったわ」
 そう言うと、舞はいきなり上に着用していた部屋着を捲りあげる。
 え? という俊介を置きざりにして、さっと上半身だけではあるがブラジャー一枚の姿になった。豊かな乳房が白いブラに押さえつけられてもぶるんと揺れた。
「これから毎晩私がヌいてあげる」
 慌てて眼をそらす俊介に、舞は豪胆に言い放った。
 すぐに下に穿いていた膝元までのジーパンまで脱ごうとしたので、俊介は横を向いたまま舞の手を止めるという器用なことをする。
「は、はあ?! 何してるんだ!」
「私がお兄ちゃんの性欲がなくなるまで、中のものが空になるまで相手をしてあげるって言ってるの」
「いや、意味がわからない! と、とにかく上を着なさい!」
「自分で言うのもなんだけど私って結構胸あるのよ。サイズ、どれくらいかわかる?」
「わからないし、お前の胸が大きいのは前から知ってる! とにかく服を着ろ」
「あら、お兄ちゃんいつも私の胸とか見てたの? やらしいなあ」
「やらしくない! 妹をそんな目で見るわけないだろ」
「じゃあ、もし妹で射精したらどうする?」
「ば、馬鹿かお前は!」
「冗談よ。そんなにむきになることないじゃない」
「……とにかく服を着てくれ」
 シャツを突き付ける兄に舞はしぶしぶ従った。
 着たのを確認すると、俊介はすぐに何か言おうとしたが、先を制して舞は不満を口にした。
「だってこうでもしないと、お兄ちゃんはああいう本を買っちゃうんでしょ。だったら仕方ないじゃない。お金の節約にもなるわよ」
「……舞、兄ちゃんはそう言う冗談は怒るぞ。そんな自分を大事にしないような」
「だったら、今まで通りよ。元はと言えば、お兄ちゃんが我慢すればいいだけの話なんだから」
 こう言われると、俊介は折れるほかなかった。
 多少の禁欲にはもう慣れているし、何より妹にこんなことをさせるなんて兄としては立つ瀬がなかったからだ。
 まだ上着から手を離さない舞を見てわかったと言った時には、家族が勝手に自分の部屋に入って所有物を処分する、という理不尽さはもう頭になかった。


295:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:19:37 bbVzBVx4
  /

 夏の夕暮れは遅い。
 住宅街の向こうにある地平線は、少しずつ大きくオレンジを広げているようだが、空は完全に染まりきっていなくて、白が多かった。
 水平線より上にできた、色の境界線。俊介は、まだ小学生だったころ、あの空が少しでも白いままでいてくれるように願ったのを思い出した。
「こうやって帰るの、久しぶりですね」
 自分の身長よりも長い影を見ながら小枝子が笑う。
 目線を合わせずそうつぶやく姿。他人は少なからず眉を細めるけれど、俊介はそんな彼女特有の動作を可愛いと微笑んだ。
「そうだね。嬉しいよ」
「あ、その……わ、私もです」
 相乗するように微笑む。
 一本に伸びていく道はまだ二人が別れるまでは充分にある。当たり前のことが、俊介の顔を緩めた。
「本当は、もっと一緒に帰りたいんですけど……」
「俺は言ってくれればいつでもかまわないから、気にしないで」
 小枝子と一緒に帰ることはさっき彼女が言ったようにあまりない。それは学校の都合や二人が噂されるのを嫌って別々に帰っている、というわけではなかった。
 原因は小枝子の父親にある。
 前に一度、俊介は小枝子の家に行ったことがあった。期末試験の前で一緒に勉強しようという話になったから、日曜日に彼女の家に出かけたのだ。
 最初は何も問題なかった。小枝子の姉の妙子とも仲良く話すことができたし、母親も俊介という彼氏を歓迎してくれた。
 しかし、夕刻を過ぎたとき、父親が大きな音をたてて部屋に入ってきた。
 ぜいぜいと肩で息をする父親。顔は赤い。俊介はすぐにその後彼が何を言うのかわかった。
 それからは、あまり小枝子の家には近付いていない。
 訊けば、父親は警戒しているのかいつも夕食で俊介と今日一緒にいたのかどうか尋ねるという。
「すみません……」
 小枝子は邪魔をされるたびに謝った。
 でも、俊介は父親の気持ちは何となくなく察せるような気がした。
 儚くか弱い彼女。もし自分が小枝子の父親なら、同じようなことしないと言えなかったから。
「じゃあ、また来週」
 一本道が終わり、ここを左に曲がれば小枝子の家がある。念のため、門まで見送ることはしなかった。
対面する家から無遠慮にはみ出た木が風に吹かれて揺れているのが見える。
「あ、あの……!」
 帰ろうとした俊介を震える声が呼び止めた。

296:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:20:17 bbVzBVx4
「ん?」
 振り返ると、鞄を抱くようにして小枝子が顔を赤くしていた。
「明日、遊園地に行きませんか」
「遊園地?」
「はい。あの、先月できたコスモテンボスってところなんですけど」
「あのテレビでプールとかお化け屋敷の紹介されてたやつ?」
「そうです。どうですか。無理にとは、その、言わないんですけど。できたら」
 言っている最中に感極まったのか、語尾がもつれて最後は何を言っているのか聞き取れなかった。夕日が彼女の頬を助ける。
 そう言えば。俊介はそんな彼女を見ながら黙した。
 彼女と出かけたのはいつが最後だっただろう。舞の薦めで付き合いだしときに出かけたのを除くと、記憶にはない。
「もちろん構わないよ」
 その返事に小枝子は嬉しそうにさらに強く鞄を胸で抱いた。
 しかし、俊介が一歩彼女の近くに行くと、今度はどうしたのか残念そうに目を伏せる。
「どうしたの?」
 訊くと、はっとして顔をあげたが、言いづらそうに目をそらした。
 俊介はこういうときは待ってあげるのが一番いいと思って、黙って傍にいることにした。
 小枝子が、ゆっくりと紡ぐ。
「妹さんも連れてきてくれませんか? 私も、お姉ちゃんとお姉ちゃんの彼氏さんを連れてきますから」
 驚いた。
 舞や姉の妙子を誘って、というのではなく、二人きりでないと第三者に冷やかされたりして恥ずかしい思いをするのが嫌だ、
というのを彼女は考慮に入れるだろうと思ったから。妙子の彼氏というのがどんな人物なのかは知らないが、茶化したりする男もいるだろうに。
「舞も?」
「は、はい。やっぱり、その……まだ二人っきりっていうのは、恥ずかしいですから」
「ああ、そういうことか」
「ごめんなさい」
「いや、謝ることないよ。一応舞の予定も聞いてみないとわからないけど、誘ってみるから」
 俊介は応えるように片手をあげて言い、家を一度見上げてから帰って行った。
 小枝子は俊介が帰ってもその場を動かず、そこにいた。
「また明日」
 一人になって、ぼんやりとつぶやく。
 気をつけて帰ってくださいね、よかったら家に上がっていきませんか、そういうことが正解だったらよかったのに、と思った。
「私、ほんと……だめなやつだな……」
 夏の風が一際激しく吹いて、小枝子を笑った。


297:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:20:54 bbVzBVx4
  /

 プールサイドは太陽の匂いがした。消毒された水と、温められた木と、どこからか塗装の匂いもする。
 人が多いことが人工の匂いをより強めている。プールの独特の雰囲気。それは服を脱ぐ、という開放感に近い。
 俊介は、一際大きく息を吸い込んだ。
 遊園地の中に設置されたプールで、ここまで大きく快適なところなら、もっと早く知りたかった。
テレビで見ていたとはいえ、想像していたのは実際にはもっと小さいものを頭で描いていたのだ。端から端を視認するほどの苦労する大きさとは。
 舞も驚いているようだ。口を閉じたまま瞳を大きく開いている。
 オレンジのビキニにプリントされている鮮やかな花の上でぎゅっと手を握り締めた。
 水着は最大限に舞の女性らしいスタイルを引き出している。下に穿かれているショートパンツはお尻の形をはっきり見せているが、健康的な色気で男を魅了している。
 小枝子はホルターネックのビキニにスカートで、体系的な幼さを見事に克服していた。
それどころか背中から出た肌は清楚で大胆なイメージを見ている人達に抱かせた。
「妙子、遅いな」
 三浦信也が三人に聞こえるように呟いた。
 信也は小枝子が言うに妙子の彼氏で、サッカーをしていたらしくがっちりとした体で俊介よりも頭半分身長が高い。
「あ。おーい。妙子。こっちこっち」
 妙子は、いつもどおり無表情でやってきた。
横に青と水色と白、そしてピンクのタンキニ水着という格好で、女性の中では一番着替えが早いはずなのに、一番遅く。
「なんか、妙子は色気ねえな」
 信也が明るい声で言い、じろじろと三人の女を見比べている。
「わ、私、何か飲み物買ってきますね」
 小枝子は言い、自販機のある方へ走って行った。俊介はそれを見て追いかける。しかし舞に、
「妙子さんって、この男と付き合ってるの?」
 と声をかけられてやめた。
「そうらしいな。日野さんが言ってたから」
「ふーん。物好きな人」
 そう言うと、舞は興味を失ったのかいまだに自身をじろじろ眺める信也が嫌になったのか、プールの方へと歩いて行く。
どこ行くんだ、と俊介が言うと、私がいると人数的に合わないでしょ、と舞が返した。
 小枝子が戻ってきたので、買ってきてくれた飲み物を飲んで、四人もプールへと向かった。
 着くと、さっそく信也が水の中に、いっちばーん、と大声をあげて飛び込んだ。
 バチンという音が聞こえるほどに大の字で飛び込んだので、痛そうだなと俊介は思ったが、本人は露ほどもそんなことを気にしていないようだった。
「あの、他の人に迷惑になるんじゃ」
 小枝子が恐る恐る言う。
 事実、周囲を見れば傍にいた人に水しぶきが大量にかかって睨んできていた。
「そんなの気にしてたら、遊べないぜ? 早くこっちきなよ」
 信也に促され三人は水の中に入る。
 俊介と小枝子はひっそりと、妙子はわざわざ飛び込み台までいって垂直に水に突っ込んだ。
「さすが妙子。俺が見込んだだけはあるな」
 信也が笑顔で親指を立てて妙子を祝福する。
「ああ……」
「どうしたんですか?」
「いや、やっぱりあの二人似てるのかもしれないなって思って」

298:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:21:29 bbVzBVx4
 俊介はひとり言のように口にする。視線は妙子を捉えていた。
 小枝子の姉である妙子は、口数がほとんどない。表情を変えることも稀で、笑って何かを話すところなどを、俊介は想像することができない。
 小枝子に妙子と話をすることはあるのかと聞くと、
「もちろんありますけど」
 と言っていたが、それすら信じ難かった。
 妹である小枝子と似ているところは体つきぐらいだ。
「……梶原君は」
 唐突に小枝子が言った。
「え?」
「いえ……なんでもないです」
 小枝子は妙子と飛び込み台を見つめた後、薄らと儚い笑みを浮かべて姉たちの近くに行く。
「あれ? そういや君の妹は?」
 俊介も続くと、信也がきょろきょろと頭を動かしていた。
「舞ですか? 人数が合わないから、って言って子供のプールの方に歩いて行きましたけど」
「妹さん、泳げないの?」
「いや、気を使ったんでしょう」
「そんなことする必要ねえのに」
「引き留めようとも思いましたけど、必要以上に世話を焼かれるのを嫌う子ですから」
 信也が残念そうに舌打ちする。
 俊介は、傍にいる妙子に一瞬視線を走らせ表情を窺った。
 いつもの虚空を見るような顔だったが、俊介が見たことに気づくとじゃぶじゃぶと派手に近寄ってくる。
「お姉ちゃん、三浦さんの傍にいないと」
 しかし小枝子がそう言うと、俊介のことなど興味が初めからなかったように信也の元に向かった。
 信也も妙子が傍に来ると、ウォータースライダーを指差して声をかけている。二人で向かって行った。
 結局それから一時間ほど、俊介と小枝子は二人だけで遊んだ。
 小枝子はふだん学校では考えられないほどに、大声をあげたりはしゃいだりして、俊介とともにいられることを喜んだ。
 俊介もそんな彼女に負けないほどに、飛び込み台の上から声をかけ、妙子たちが向かったウォータースライダーにも行き、小枝子を膝の上にのせて滑った。
「怖くない?」
「楽しくてたまらないです!」
 テラスに戻った時には、小枝子は肩で息をしていた。俊介がジュースを持ってくると、頭だけ下げてそれを受け取った。
 ごくごくと白い喉が鳴る。
 俊介はそわそわしながらその姿を見た。初めてそこで、自分たちは付き合っていて、今は二人きりなんだと強く意識する。
 不謹慎だと思うほど、その気持ちが強まった。

299:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:27:13 bbVzBVx4
「お兄ちゃん」
 しかし、俊介が小枝子に声をかけようとすると、舞が肩越しに現れた。
 水には入っていないようで、水着は少しも濡れていない。俊介は頭を一度掻いて、
「どこに行ってたんだ?」
 と言った。
 舞はそれには答えず、一度小枝子を細い目で見る。それから他の人たちはどこに行ったの、と口にした。
「もうすぐ戻ってくると思うけど」
「じゃあ、戻ってきたらお化け屋敷に行かない?」
「お化け屋敷?」
「うん。水着のまま入れるらしいよ」
 舞が俊介の後方を指差す。振り向けば、プールの入口の傍にそれらしきものがあった。
昼を少し過ぎた程度なので今ならば並ばずにはいることができるかもしれない。
「お、いたいた」
 申し合わせたようなタイミングで信也と妙子も戻ってきた。
 俊介は、二人に向こうのお化け屋敷に皆で行かないかと誘ってみた。
信也はそれを聞くと、まだ話が終わっていないうちから顔がらんらんと輝き出して、いこういこうと、舞と妙子の背中を押す。
「日野さん」
 俊介が小枝子を呼ぶと、彼女は舞の方を刹那だけ見て、俊介の隣に駆け寄ってお化け屋敷の方へと向かった。
 俊介は一瞬、手をつないでみようかと思ったが、なんだか今そうしてしまうと、
これからお化け屋敷というところで何か期待しているように思われるかもしれないと考えてやめた。
 お化け屋敷は洋館を古風に装飾したものだった。
 俊介は以前テレビで見た、怪奇現象で紹介されていたヨーロッパの館を思い出す。
 窓があるべきところに扉があるのは、幽霊たちを迷子にするためらしい。レポーターが不思議そうに、二階から外へ続く扉を開け閉めしていた。
お化け屋敷は三階まであるようで、二階のエントランスが入口になっている。見た目だけだとかなりの大きさだ。マンションと言われても頷いてしまいそう。
 受付までくると、遊園地の入りが多いせいか、遠くで見たときよりも列が少しできていた。
 やはりテレビで紹介されるほどであるから、空きやすい時間帯でも、待たなくてもよいと言うことはなさそうだ。
 三十分ほど待たないといけませんがいいですか、と受付にいわれると、信也が真っ先にそれぐらい全然いいって、と言って列に入る。
 出口は入口からだと見えなかった。
 並んでいると、そういえば、と舞が喋り出した。
「ここって何人かに分かれないといけないんじゃない?」
「え? どういうことだ?」
「二組に分かれて中に入るコースと、三組に分かれて入るコースがあるみたい。トランシーバーで連絡を取り合って出口の扉を開くための番号を探す、ってことらしいわ」
「なんでわかるんだ?」
 俊介が訊くと、舞は並んでいる列の前を顎で示した。
 受付の上に看板が出ている。

300:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:27:56 bbVzBVx4
 なるほどトランシーバーで連絡を取り合って進んでいく、というのは他のお化け屋敷では見たことがない。連鎖的な恐怖感を狙っているのか。
 加えて水着で行ける、となれば同じような施設は少ないだろう。
「でも、二組と三組、どっちでもいいっておかしくないか」
「一つはどっちかと繋がってるか、遅れて出発するんじゃないの」
「ああ、なるほど。俺たちは五人だから……二組に分かれるコースだな」
 俊介が入口の様子を窺いながら口にすると、舞は全員に聞こえるように返す。
「そうね……女の子一人になっちゃったり、二人っきりになっていちゃいちゃされると、困るものね」
 日野姉妹と話していた信也はそれを訊くと横眼をやり、唇を噛んで黙る。小枝子が、どうしたんですか、と言おうとすると急に俊介へ振り返った。
「二、二、一にしよう」
 信也のいやらしい笑みだった。
 俊介は僅かに不快になったが、視線を気にして曖昧に笑った。舞と目があったので慌てて体ごと信也の方へ向く。
「絶対そっちの方が楽しいって」
「でも一人になった人がかわいそうじゃないですか」
「トランシーバーがあるんだろ? だったら三組で大丈夫」
 まるで見てきたように言う。
 いや、もしかしたら本当に来たことがあるのかもしれない、と俊介は思った。
「女の人が一人になっちゃうのは、なしってことで分ければいいんじゃない?」
 舞が信也を助ける。
「あ、それ最高。それ決定」
「三浦さん、男が一人になるってことですよ」
「大丈夫だって。俺、運いいから」
 もうそこで反対するのがばからしくなって、俊介は半ば投げやりに頷いた。
 日野さんは、と思って小枝子を見る。
「あれ、どうしたの」
 話しかけると、小枝子はびくっと体を揺らした。
「え?」
「なんか、急に大人しくなってない?」
「そんなこと、ないですよ」
「そう?」
「おい、そこ。八百長すんなよ」
 信也に止められ、俊介は話すのをやめた。


301:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:28:55 bbVzBVx4
 お化け屋敷の中は、かなり暗かった。
 多少は照明などがあるのかと思っていたが、順路に蝋燭が立てかけられているだけで、天井は見ることもできなかった。
 けれどそのためか、どこに行けばいいかは蝋燭の火が道標なっていて迷うことはなさそうだった。
 俊介は二階に上がる階段まで来て、ふと足を止める。
「たぶん、いるんだろうな」
 階段の後ろが緑色にぼんやりと光っている。死体のようなものが横たわっているが、おそらく階段を上ると動き出すのだろう。
「さすがに、一人だと怖いな」
 一気に走って上ろうか、と思っていると、トランシーバーが、ザー、ザーとまるでテレビの見られない番組にチャンネルを合わせたときのように鳴り出した。
「お兄ちゃん、今どこ?」
 舞の声がハンディ機から聞こえる。
 舞と小枝子、信也と妙子、そして俊介一人という組に分けられたのだ。
 信也は愚痴っていたが、受付に着くころには来たときのように妙子にしきりに話しかけていたから、これでよかったのだろう。
 それに、よく考えればこれ以外の組み合わせは考えられない。
 トランシーバーが渡されるとき、
「あれ? 三組なのに二つだけ?」
「ええ。さすがにそこまで高度なものではないので」
 と受付の人に言われた信也は、さすがに舌打ちしたようだったが。
「えっと、今、二階の階段をあがる」
 俊介は、話しながら行けば怖気も薄れると、そう言いながら階段を駆け上がった。
「うお」
 しかし、上がったところにも死体がいた。起き上がって奇声を上げながら向かってくる。
 思わず、近くにあった扉を考えもなく開いて入った。
 真っ暗の部屋に、テーブルに置かれた一本の蝋燭。テーブルには紙が貼ってあった。時が過ぎるほどに闇は多くなる、と書かれている。
 展開された視界は、殺風景な部屋にもう一つ扉がある以外はがらんとしていて何もなかった。四畳ほどの広さ。
 俊介は貼ってあった紙を見て、考える。
「……もしかして」
 入ってきた扉を恐る恐る開ける。すると、先ほど襲いかかってきた死体の向こうにまた一つ扉が見えた。
おそらく先に進むのはこの部屋にある扉ではなく、あちらだろう。
 加え、さっきよりも状況は変わっていて、死体が二つになっている。
 そのままで見ていると、階段からまた死体が登ってきて、その場にがくりと座った。
「なるほど。ここには何にもないけど、その分早く行かないと死体が増える、ってことか」
 安心させる場所を作っておいて時間を稼ぎ、恐怖を煽るとは中々いやらしいことを考える。俊介はここも一気に行ってしまおうと息を吸った。

302:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:29:29 bbVzBVx4
「結構近そうね」
 その時、受信のスイッチを押したままにしていたためか、舞が笑うようにハンディ機から声をかけてきた。
 怖くないのか、と返そうとしたが、それは自分の今の気持ちを教えるのと同じだと思ってやめた。
「そうなのか?」
 だから、なるべくいつもと変わらないように努めながら声を出す。
「女の勘」
「馬鹿言え」
「今、お兄ちゃんはゾンビから逃げるために一つの部屋に入った。そこには蝋燭と紙が一枚。紙には、時が過ぎるほどに闇は多くなる、と書かれていた」
「……すごいな」
「今さっきそこを通ったからね」
 ああ、なるほどと俊介は頷く。
 しかし、これほどに雰囲気のある場所だ。
 さっきの小枝子の一瞬脳裏にちらつき、彼女は、本当は心霊現象などが苦手で皆に無理をして付き合っているのではないだろうかと思ったので、
「日野さんは大丈夫か」
 と俊介は口にした。
 けれど、舞は何も答えなかった。不審に思ってトランシーバーを見ると、きちんと作動はしている。
 おい、どうした。もう一度言おうとした。
 そのときだった。
 急に目の前が真っ暗になる。
 反射的に振り返る。が、何かをかぶせられ、頭がすっぽりと入ってしまった。もともと薄暗い視界は黒の一色に変わる。
「ちょっと、ま、て」
 すぐに取ろうと腕を上げる。すると手首から、がちりという音が鳴った。
「なんだ、これ」
 感触しかないので何かまではわからない。
しかし、それ、のせいで腕を片方上げると両方が上がってしまった。きっと輪のような形状のもので両手首が繋がれているのだ。
 おかしい。
 ここで俊介は、初めてこれがお化け屋敷の関係者が興じたものではないと気付いた。幽霊は入場者には触ってはいけない、というのをどこかで聞いたことがある。
 それで余計混乱して、トランシーバーを地面に落とした。ドンという音。
 そうだ、声を出して助けを求めよう、そう考えた刹那、かぶったものの上から何かを口に詰め込まれた。
 温かい何かに足が引っ掛かって転ぶ。
 誰かが馬乗りなってきて、俊介の動きを完全に支配した。

303:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:30:13 bbVzBVx4
「お兄ちゃん? どうしたの」
 精一杯暴れて抵抗していた時、雑音混じりの声が反響した。
 舞だ。落としたトランシーバーから声が聞こえる。丁度下を向いて受信のスイッチを押しているのだろう。
いやに近い位置から聞こえるので、おそらくすぐそばに落ちているとわかった。
「お兄ちゃん」
 不思議と上にいる人物はそれを許容しているようだ。
 どうすればと考え、さっきの紙を思い出して、しばらくこの部屋には誰も来ないのでは、と思う。
 ならば、自分でどうにかするしかない。ないが、限りなく意味のない抵抗しか、俊介にはできなかった。
 水着がずりっと足首まで下げられる。裸になった。
 俊介は全く意味が分からず、足をじたばたして抵抗した。そしてそれも、またしても何かで足首が繋がれることで封じられた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
 かすれた舞の声。息使いすら聞こえてくる。
 俊介は、いくら何かを口に入れられているとはいえ、大声を出してやれば、多少音が漏れて、係員になり不審に思ってくれるかもしれないと鼻から大きく息を吸った。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 だが、その瞬間、まるで銃を突き付けられたかのように止まる。
 ぐっ、と陰茎を握られたのだ。
 続いて袋の方もやわやわと揉み解すように触ってきた。
「んぐ」
 初めてここで、上に乗った人物が俊介の声に反応した。
 気持ちいいの、とでも言うように手を上下に優しく動かし始める。袋の方の手は裏側の一本の筋を下から上につー、となぞった。
 無条件で反応してしまう肉の棒。暴力的なそれは、本人の混乱は置き去りにして天を突くようにして自らをさらした。
 がちり、という音が部屋に響く。反射的に俊介が手で股間を隠そうとしたためだ。
 さらにそれを見て気を良くしたのか、上にいる人物は腰の位置をずらす。
 何をするのか、俊介が思っていると温かいものに下半身が包まれる。
「ん」
 動物の本能的か、それがどういうことか瞬時に頭が理解した。
 口で俺のものを加えているのか。
 口内に入れられた陰茎は嬉しそうに反応する。あまりの気持ちよさに腰が浮いてしまい、相手の口に押し付けるように尻を前に出してしまった。
 ぐちゅ、ぐちゅ、という音が聞こえる。
 愛撫に慣れてきたのか相手は陰嚢を触っていた手を、袋を丸ごと包むようにたぷたぷと刺激しだした。
 下からの快感。俊介はついに口に詰め込まれたものを吐き出すのではなく噛みしめ始めた。陰茎が外気にさらされる。

304:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:30:48 bbVzBVx4
「お兄ちゃん」
 もう舞に今の状況を知らせる、というわけにはいかなくなっていた。この力強く猛ったものを妹に見せるわけにはいかないだろう。
「お兄ちゃん」
 なのに今、俊介は舞に見られたとしたらどうなる、と考え始めていた。快感によって思考が錯乱し、考えたこともないような黒い欲望が湧きあがってきたのだ。
「お兄ちゃん」
 いや、むしろこの声のせいでまるで舞と性交しているような錯覚すら覚える。トランシーバーをどうにかしたいが、それすら俊介には許してもらえない。
 そして、たぷたぷと金魚すくいでもらった袋のように持ち上げていた誰かの手は、これで最後というように袋の下へと移動した。
 次にされることが予想できてしまって暴れるが、肉棒をがっしりと握られることで制された。まるで、舞がいつも俊介を怒鳴るようだと思った。
 菊座の中に、指が入る。
 人差し指。第一関節。第二関節。じわじわと、俊介がきちんと意識するように。
「んん」
 抵抗とは違う反応。背筋が反り返った。ぐにぐにと、指で体内を探られる。犯される。もっとよくなるようにと、相手は陰茎をしごくことも忘れなかった。
 二本目の指も、中へ。
 奥。もっと奥へと指が蛇のように体内を犯した。
 俊介は、あまりの快感に意識が朦朧として浮遊感に包まれ始める。
 ここで、気を失ってはだめだ。それだけは絶対に耐えなければならない。妹のことを考えながら射精するなんて。
 相手はそんな思いをいとも簡単にあざ笑う。
 ついに、円を描くように回されていた手が前立腺を見つけた。
 もう、それでだめだと思った。
 獲物を狙うように一度引かれた手は、俊介に息を吸う間を与えず、狙いを定める。
「俊介、お兄ちゃん」
 一撃で、俊介は気絶した。それほどの快感だった。
 その声と共に射精し、妹のことを考えて、果ててしまったのだ。
 禁欲による解放。禁忌による欲望。誰かに見つかるかもしれないという倫理による快感。
 気絶した俊介にすらかまわず、陰茎は精を吐き出すことをやめなかった。


305:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:32:01 bbVzBVx4
  /

 もう一時間もすれば閉館してしまうころになって、ようやく俊介は目を覚ました。
「だ、大丈夫ですか」
 小枝子がすぐに気づいて駆け寄ってくる。上着を羽織っているが、まだ彼女も水着姿のままのようだ。
 俊介は寝かされていたベッドから起き上がると、辺りをぼんやりと見回す。学校の保健室のような場所だった。小枝子が言うに、ここは遊園地にある医務室らしい。
「あの……梶原君、お化け屋敷の中で倒れてたんです。係りの人が助けてくれたんですよ」
 まだ状況がわかってないと思ったのか、小枝子がそう言った。
「ああ、俺……ごめん、心配かけちゃって」
「そんな。全然ですよ」
「皆は?」
「三浦さんはもう帰ってしまいました。お姉ちゃんと舞……ちゃんは、外にいますよ」
 語尾を下げる。小枝子は見えないように唇をかんだ。
 閉館時間のことを訊いた俊介は、小枝子に一度医務室から出てもらって、急いで水着を脱いだ。
 それから、二人が待っている入口に行く。小枝子はその間できるだけ俊介の傍を離れないようにした。
 入口に着くころにはもう閉館まで、残りの時間はほとんどなく人も閑散としていた。
「ごめん、二人とも」
 舞と妙子は雑木林を背にして、何をするでもなくぼんやりと立っていた。
 だが俊介を見つけた妙子は、無表情ながらもどこかほっとした表情で迎えてくれた。
 舞よりも先に駆け寄ってきて顔を窺ってくる。おそらく大丈夫かどうか確認しているのだろう。
「もう大丈夫ですよ。ありがとうございます」
 だから、安心させようとそう言うと、妙子は目を細めることで微笑んだ。
 舞は、その様子をゆらりゆらりと体を揺らしながら見ていた。
 俊介と目が合うと、安否の確認はせず、何を思ったのか、指先をぺろりと舐めた。
「……」
 その姿を見た俊介は、ぴくりと反応する。
小枝子がそれに気づいて、どうしたんですか、と訊いてきたから、なるべく舞の姿を見ないようにして大丈夫と返した。
「お兄ちゃん」
 けれど、舞はお構いなしで後ろから抱きついてきた。
 胸を押し付け、腕を兄の腰に沿え、自分の股間を意識させた舞は、俊介の耳に口を近づけて、ゆっくりと体の奥から息を出すようにして言った。
「おはよう、お兄ちゃん」
 そして俊介の大きくなった股間を見て、にたりと笑う。

306:フラクタル ◆P/77s4v.cI
09/01/28 19:33:52 bbVzBVx4
終了です。
1レス目の二行目が改行されていますが、もし保管庫に入れるのでしたら、そこは削除してくださるとうれしいです。
もしかすると続くかもしれません。

307:名無しさん@ピンキー
09/01/28 19:37:28 Psre0ULv
gj!! 舞かわいいよ舞!

308:名無しさん@ピンキー
09/01/28 19:43:09 Rep6ZhVq
むしろ小枝子がイイ

309:名無しさん@ピンキー
09/01/28 21:49:00 6xW3sLhN
けしからん!まったくもってけしからんッ!

310:名無しさん@ピンキー
09/01/28 21:55:47 x2E39dQj
GJ!!

311:名無しさん@ピンキー
09/01/29 02:17:38 4MqRnGXl
GJ
「これから毎晩私がヌいてあげる」名言だねぇ・・・っと中尾彬も申しておりました。

312:名無しさん@ピンキー
09/01/29 03:00:56 Ba8Y42K/
疲れた・・・妹からにげたい

313:名無しさん@ピンキー
09/01/29 12:00:37 9/rAuHLH
>>306
こういう錯覚を使った類の大好き
GJ

314:名無しさん@ピンキー
09/01/29 12:25:56 peypaIKI
作品だけでなく作品についたレスが読みたいという症状に見舞われたので、
スレの過去ログが読みたくなったのだがどこかに無いものだろうか
29chだと初代スレがあって次が8スレ目でその間すっぽ抜けとかちょっと辛い

315:名無しさん@ピンキー
09/01/29 14:42:15 Oo9IhHXh
今そのレスをするということは、かなり頭の回転が悪い作者だとわかる

316:名無しさん@ピンキー
09/01/29 19:50:49 cAOsLhUV
>>314
URLリンク(files.or.tp)
前スレまでのJaneのログ、多分完全
パスはkimo

317:名無しさん@ピンキー
09/01/29 20:32:04 NI4oz5/d
>>316
314じゃないけどありがとう

318:名無しさん@ピンキー
09/01/29 21:49:49 Ky5XS09m
>>306
パブロフお兄ちゃんカワユス

319:名無しさん@ピンキー
09/01/30 09:12:50 v+sc4PQz
世界の黄昏全裸待機

320:名無しさん@ピンキー
09/01/30 12:10:23 M4n/zYR1
職人応援
職人ガンガレ

321:314
09/01/30 12:57:45 WtKxeZys
>>316
今頃ようやく拾えた
マジ㌧クス

322:名無しさん@ピンキー
09/01/30 17:59:36 NUA+6wNS
ヤンデレスレの保管庫みたいに、避難所でいいから職人の応援掲示板があったらいいのにな、とか>>320をみて思った

323:名無しさん@ピンキー
09/01/30 21:13:41 Q+VmOawj
職人応援
職人カンガル

324:名無しさん@ピンキー
09/01/30 23:23:13 +5eofrLT
職人ってニコ厨の好きそうな言葉だな

325:名無しさん@ピンキー
09/01/30 23:35:48 OimE7phs
そうでもない

326:名無しさん@ピンキー
09/01/31 00:18:55 0xvddrpH
職人応援
職人先生

327:名無しさん@ピンキー
09/01/31 01:44:59 2OHRJIwQ
最近ここも元気ないな・・・

328:名無しさん@ピンキー
09/01/31 03:07:17 QRd1izws
ノスタル作者も忙しいみたいだしな

329:名無しさん@ピンキー
09/01/31 04:13:29 U1PTHVVO
待てばいいじゃない

330:短編『わが家のマオウさま』 ◆uC4PiS7dQ6
09/01/31 17:14:10 itBjD0YB
1
 2009年×月△日。
 柏木 真央(かしわぎ まお)8歳。今日、私に弟ができた。
 ずっと弟か妹が欲しかったから嬉しい。
 両親から「人に見ててもらわないと興奮しない」と言われ、エッチを見学させられた時は両親の変態っぷりに嫌気が差したけど、無事にヒットしたようだ。
 記念して、今日から弟……悠人(ゆうと)日記を付けよう。
 ゆーとはオサルさんみたいで、メチャクチャかわゆかった♪


 2014年×月△日。
 悠人は相変わらず可愛い!
 悠人はとってもカッコイイ!
 それに甘えんぼうで、いっつもマオ姉マオ姉って後ろに着いて来る。
 背がちっちゃくて、目は大きくてクリクリしてるの~♪
 かわゆすぎる~~~ん♪♪♪ すきすきスキぃっ!!
 お姉ちゃんね、もうね! もうねっ!


 2015年×月△日。
 今日は悠人を大きくしてあげた。
 一緒にお風呂入ってぇっ、皮に包まれてる恥ずかしがり屋のオチンチンを、でてこいでてこーいって剥いてあげたのん♪
 だって小学生になるんだから、一皮剥けなきゃね!
 椅子に悠人を座らせて、ガムテープで口を塞いで、タオルで手を縛る。
 逃げないように、優しく、優しく。
 咥内にたっぷり唾液を溜めて、ピコピコと震えてる無毛の又ぐらに顔を埋める。
 にゅぢゅっ、ぢゅぷぢゅぷ、にゅくにゅくにゅく……
 トロトロの唇と舌で愛情いっぱいにモグモグして、おっきおっきしたら舌先を皮の中へと挿し込んでゆく。
 少しずつ、少しずつ。痛がってる悠人も可愛いなって感じながら、恥ずかしいカスを舐め取り、咽を鳴らし、少しずつ、少しずつ、張り付いてる皮をハガシてあげた。
 指でオチンチンを挟み持って、剥け始める皮をゆっくりと下に引っ張る。

 ぷはっ、これで大人よ悠人!!
 口を離せば顔合わせ。オチンチン? 違うわね……チンチン? チンコ? チンポ? チンポ……チンポね。
 赤く腫れて、苦しそうに初勃起させられた、悠人の、チンポ。とってもステキ。

 これで小学校に行っても馬鹿にされないわよ! お姉ちゃんに感謝しなさい!!



331:短編『わが家のマオウさま』 ◆uC4PiS7dQ6
09/01/31 17:15:24 itBjD0YB
2
 2016年×月△日。

 今日はとーっても良い事がありました♪♪♪

 あはっ♪ きょうねぇ♪ わたしねぇ♪ ゆーとをねぇ♪ ふふっ……レイプしちゃったのぉっ♪♪♪

 ボクまだ子供だよって、まだ小学生だよって、たくさん泣いてたけど……

 残念でした~♪♪ そんなヘリクツ、お姉ちゃんには通用しないので~~すっ♪♪♪
 授業参観に両親の代わりで行って、家庭科を見学して、エプロン姿で卵焼き作る悠人に、萌えて萌えて堪りません!!
 お姉ちゃんの卵もキュンキュンしちゃいます。
 明らかに悠人は誘っているのです! 私の子宮を挑発しているのです!!
 ボクの精通精子で、孕めるもんなら孕んでみろと、着床できるもんなら着床してみろと、馬鹿にしているのです!!!
 上等! 私は逃げないよ悠人!!

 こうなったら、授業中だとか関係ナッシング。
 手を引いて家庭科室から抜け出し、誰も居ない体育館の用具倉庫に入り、巨大なマットの上に悠人を押し倒しました。

 泣いたって、叫んだって、誰も助けに来ないのよ悠人?


 2017年○月△日。
 アノ日から十月十日経ったけど、私のお腹は大きくならなかった。
 生理が普通に来たから、妊娠してないってのは分かってたけど……

 それと、最近気になる事が有る。幼馴染みってメスの事だ。
 悠人の近くを五月蝿く飛び回り、その匂いを付着させてる。まるで、マーキングでもしているかのように。



332:短編『わが家のマオウさま』 ◆uC4PiS7dQ6
09/01/31 17:17:39 itBjD0YB
3
 2018年○月△日。

 まだ私が勝ってる。
 まだ、悠人の好意を受けてるのは私だ。

 だけど、一年後。二年後は自信が無い。
 きっと幼馴染みと相思相愛になって、付き合い始める。
 普通に結婚して、普通にセックスして、普通に幸せになるだろう。


 だからどうしたっ!!! 私はそれ以上の血の絆で結ばれてるんだ!! 後から出て来て、私の悠人を奪うなドロボウ!!
 これからも、ずっと、ずっと、ずっと!! 私が悠人の手を引くんだ!!
 悠人と手を繋ぎ、どこでも連れて歩く。悠人はずっと一緒に、私の後を着いて来る。
 それなのにぃ、あのメスブタァァァァァァッ!!
 アソコに腕を突っ込んでブッ壊してやろうかしら?
 子宮まで入れて、卵巣を引きずり出して、女の役目を終わらせてやろうか?


 2017年○月○日。

 今日は悠人と二人切り。結局、幼馴染みには何もしなかった。
 だってそんな事したら悠人が悲しむから。
 大好きなお姉ちゃんで居たいから。
 だってそんな事しなくても、まだ私が悠人の一番だから。

 だから、夕食に悠人の好きなハンバーグを作ってあげた。
 悠人は笑顔で、お姉ちゃんありがとうって言って、美味しそうに一口食べて、眠る様に崩れ落ちた。
 それを抱え、部屋の布団に寝かせて、私も一緒の布団で横になる。

 そしてハンバーグに入れた薬と同じモノを飲み、悠人の身体をギュッと抱き締めて、ゆっくりと目を閉じた。


 悠人は私が手を繋ぎ、悠人は私が連れてゆく。
 ココロも、カラダも、あの女が永遠に届かない二人だけの場所へ。



333:名無しさん@ピンキー
09/01/31 17:18:59 itBjD0YB
以上です。

最初に書き忘れましたが、鬱注意。

334:名無しさん@ピンキー
09/01/31 17:37:14 cUa6DJGW
>>333
エターナルのユウトになるねw

335:名無しさん@ピンキー
09/01/31 18:35:59 qedDtMmA
GJ!

>>334
そういえばアレにはキモウトがいたねw

336:名無しさん@ピンキー
09/01/31 18:44:58 QqKlZOj6
gj
羊のうた思い出した

337:名無しさん@ピンキー
09/01/31 19:08:20 EITsSRZu
>>333
弟クンと合体するまでに刑事事件を起こしたり、
合体するまでの永い年月を狂おしい自慰でしのぐ、
キモ姉たちをよそ目に最速記録(7歳男児)を打ち立てた、
我慢弱いキモ姉とはけしからん!!GJ

338:名無しさん@ピンキー
09/01/31 19:33:21 d7BGLREW
GJ!!
スゲーキモいなw
ただ最後の日付けが2017年になってるのは間違いでおk?

339:名無しさん@ピンキー
09/01/31 19:46:47 THkxR8Dh
キモい…キモすぎるぞGJ!

340:名無しさん@ピンキー
09/01/31 21:20:45 N8bgKjqq
>>336
アレはいいキモ姉だったよな…

341:名無しさん@ピンキー
09/01/31 23:19:46 W+ezP/1Q
>>340
336じゃないがあれは名作だよな
今でも時折読み返してる

342:名無しさん@ピンキー
09/02/01 00:03:38 BcqkbM6h
Googleがおかしい
これがあの2000問題か

343:名無しさん@ピンキー
09/02/01 00:07:12 jKmhOSB+
誤爆しちゃったお姉ちゃんごめんね、てへ☆

344:名無しさん@ピンキー
09/02/01 00:11:54 dY2fmBJo
キモイですね(ほめ言葉)
GJ!

345:名無しさん@ピンキー
09/02/01 01:46:09 r2j8Z+D4
八雲立つに出てくるお姉ちゃんもいいよ。

346:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:36:06 HvI5lxPx
書いてみたら思ったよりキモくなったのでさくっと投下します。
マサル会議は一発ネタのつもりでしたが、思ったより受けが良かったようで嬉しいです。

347:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:36:59 HvI5lxPx
議長「それでは一人定例会議を……」
強行「簡単です。夜道に後ろから近づいてスタンガンで一撃。それで片羽桜子は心不全を併発して昏倒します」
常識「いきなり何を言っているんですか」
分析「片羽桜子の殺害方法のようですね。確かにそれなら、持病の発作で死亡扱いとなるでしょう」
議長「分析しないで下さい。今殺してどうするんですか」
潔癖「そうです! そんな殺し方では生ぬるい。見知らぬ男達にレイプさせてそのショックで死亡などというのはお似合いではないでしょうか」
性欲「え、それを潔癖が言うんですか?」
打算「我慢の限界というか、我慢する気が無いですね」
潔癖「そうです。兄さんがあんな女のことを好きなんて、うあああああああっ!」
強行「殺しましょう。朝起きて顔を洗うように、夜寝る前目覚まし時計をセットするように、殺してすぐさま忘れましょう」
議長「シャラーップ! もはや事態はそんなところには無いんです。殺すのは何時でもできます」
性欲「ひとまず現状分析しましょう。まず、兄さんは片羽桜子に恋愛感情を抱いています」
分析「それ私の役割……」
打算「もはや役割分担もしっちゃかめっちゃかですね」
性欲「兄さんが片羽桜子を好きになった理由は、私に対する恋愛感情の代償行為、と推測されます」
潔癖「うあああああ殺したいいい!」
強行「何でこんな展開に気付かなかったんですか。分析は何をしてたんです」
分析「強行に理路整然と責められるとは……弁解はしません。予想外でした」
常識「いえ、分析だけの責任ではありません。というか、これは考え方自体が間違っていたんだと思います」
打算「というと?」
常識「そもそも兄さんを陥落させるための方法が、高いステータスを保ってアプローチし続ける、というものでした」
潔癖「そうです。そのために、兄さんの中のイメージを崩さないように日々、自分を鍛え続けてきたのではないですか」
性欲「例えば、デートの時に思い切りめかし込んで見惚れさせたり」
議長「学力を誇示するために成績表やテストの点数も開示してますし」
強行「兄さんとの肉体的スキンシップも兼ねて、時々柔道技術も披露しています」
分析「調理技術も、十分賞賛を与えられる域に達しました。同年代でここまで高いステータスを持つ人間はそうそういないでしょう」
打算「日々の継続的な努力こそが、勝利を決定付ける要因ですしね」
常識「違います。そもそも、その『パワーこそ強さ』的認識が間違っていたんです」
強行「は? どういう意味ですか」
常識「いいですか? 兄さんは『兄』なんです。そして、『兄』にとって『妹』に必要なのは守るべき存在であるということ……つまり、片羽桜子には、守るべき弱さがあったということなんですよ!」
一同「「「「「な、なんですってー!」」」」」
分析「た、確かに私には弱さなどほぼありません。というか、積極的に潰してきました」
強行「ふざけないで下さい。そんな弱い存在が、どうやって勝利し続けろというんですか」
常識「だからその理論がおかしいと言ってるんでしょう。日々努力をすることは必要かもしれませんが、日々努力をすることを信仰してどうするんです」
打算「努力の信仰とはうまい言い回しですね。確かに、強くなれば何とかなる的発想があったのは否めません」
潔癖「ま、待ってください。つまり私は、今まで盛大な墓穴を掘り続けていたということなんですか?」
性欲「兄さんを落とすのに必要なのが強さではなく弱さだというのなら、そういうことになりますね」
議長「いえ、強行の言う通り。そんな弱さでどうやって最終目的を達成するというんですか。最終目的は、兄さんの半永久的拘束ですよ」
常識「ですから手法がまるで正反対だったんですよ。今まで私は、兄さんを支配しようとしてきました。けど、それでは反作用を生むばかりなんです!」
分析「それが、今回のような代償行為、というわけですか。なるほど、納得しないでもないですが」
打算「まるで北風と太陽ですね。では、常識の言う太陽、とはなんです?」
常識「それは――」


348:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:37:24 HvI5lxPx
祭囃子が何処かで流れている。
夏休みのある日。日が暮れたあとの時間帯。
俺は神社の石段前で一人そわそわしていた。
今日の石段には提灯が並んでいて、俺みたいに待ち合わせている男女がぽつぽつと照らされている。
もちろん、前を通って石段を登っていったり降りていく人も多い。それらの人は季節に合わせて薄着だけど、浴衣姿の人も結構な割合で混じっていた。
今日は神社で開かれる夏祭りの日だ。
俺は一人、先輩が来るのを待っている。
本来なら、今日は俺優香柳沢先輩の四人で縁日を回る予定だった。
けど優香が直前で夏風邪を引いてダウンしてしまい、それを聞いた柳沢も気を利かせて休んでくれた。
つつつつつまり、二人きりでデート!
お、落ち着け落ち着け。人という字を三回書いて飲み込むんだ。ごくごく。
自分の服装を確認する。何の変哲もないシャツにズボン、あとサンダル。こんなことなら前日からちゃんと準備してくれば良かった!
は。準備と言えばお金は大丈夫だろうか。財布にはあまり入っていなかった気がする。そ、そそそそういえば。柳沢から一つだけ貰ったココココンドームも確か財布の中に……
「こんばんは、榊君。遅くなってすまないね」
「ぎゃー!」
財布の中を覗き込んでいる時に、いきなり声をかけられて絶叫してしまった。しかもその拍子に、緑色のゴム製品がぽろりと地面に落ちた。あわててサンダルで踏みつける。せ、せーふ?
ぎぎぎ、と右足を地面から離さないように振り向くと。そこには不思議そうな顔をした先輩が立っていた。
「どうかしたのかな?」
「なななななな、なんでもありませっ……」
片羽先輩は浴衣姿だった。
白い布地に、鮮やかな紅葉をあしらった浴衣で。スレンダー(痩せているとも言う)な体型によく似合っていた。足下は歩きやすさ重視なのか、普段のスニーカー。
それと何より、髪型がいつもと違っていた。先輩の長く量のある髪は服装に合わせ、頭の後ろで結い上げられている。今まで見たことのなかった、先輩のうなじが白くまぶしい。
か、可愛い……いや、先輩は美人系の顔立ちだけど。なんかすごく可愛い……
「…………」
「榊君?」
「ははははは、はいっ! 先輩、すごく、可愛いです!」
「そ、そうか。まあ僕は美人だからね、ふふん」
腰に手を当てて薄い胸を張る先輩。ああ可愛いなあ。
とりあえず萌えながらも、足裏のゴム製品を茂みに蹴り込んでおく。さらば一夏の思い出。でも大丈夫、俺達にはまだ未来があるさ!
「髪を纏めるのに時間がかかってしまってね。やっぱりこういう格好の時は、髪型も合わせないとね」
「すごく似合ってます。その浴衣も、すごくいいですよっ」
「ああ。母のお古を仕立て直したものなんだがね。胸回りも丈も全部変えなければいけなかったよ。ふふっ……」
「似合ってますから大丈夫ですよ! ほら、浴衣は貧乳の方が似合うって言うし!」
「はっはっは、事実なんだけどね、こいつめ」
べしべし、と先輩から冗談交じりに叩かれる。あはは、痛い痛い、ごふっ。
さておき。
「さて。立ち話も難だ、そろそろ行こうか」
「はいっ」
石段の前まで一緒に歩き、思い切ってそっと、できるだけ自然に先輩の手を取った。
冷たくて細い指。
もちろん思いつきなんかじゃない。石段が結構急だと事前に見てとったときから、考えた作戦だった。後は、ちゃんと言い訳をすれば完璧だ。
「の、登るの大変そうですからっ!」
声が裏返ったあげくに思い切りどもってしまった。死にたい。
片羽先輩は。少しだけ目を丸くして、けれどすぐに笑った。何もかも、見透かしてるみたいに。
「ふふ。それじゃ、頼むよ榊君」
「はいっ」
先輩の細い手と軽い体を引き上げるようにして、灯りに照らされた石段を登っていく。
日が暮れた後のこの時間は、夏とはいえ風が涼しくて過ごしやすい。
ああ、俺は幸せだ。
好きな人と手を繋いで、これから一緒にデートできるんだから。



349:名無しさん@ピンキー
09/02/01 21:37:40 8Mr7s4Ik


350:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:37:53 HvI5lxPx
片羽先輩を好きと自覚してから、二ヶ月が経っていた。
まだ、告白はしていない。

六月が過ぎ、七月に入り、今は夏休みの1/3を終えた八月頭。もうすっかり夏だ。
一学期をそれなりの成績で終了した俺は、夏休みを日々悶々として過ごしていた。それは夏の暑さのためだけじゃない。
去年までのように部活はやっていないから、夏休みの宿題をこなしながら。時々柳沢と遊びに行ったり先輩のところに押し掛けたりしている、けれど。
正直、体がむずむずして仕方がない。暇を見つけて走り込んだりしてるけど、毎日くたくたになるまで体を動かして倒れるように眠るあの感覚にはとても足りない。
ダラダラするのだって悪くはないけど、バイトでも探してみようかな。柳沢は遊ぶ金ほしさに毎日働いてるらしいし。
まあ、今日はとにかく、先輩とのデートを楽しもう。
片羽先輩を好きと自覚してから二ヶ月ほど経つけど、まだ告白はしていない。
恋の熱が冷めた訳じゃない。今だって先輩と一緒にいると胸がどきどきして苦しくなる。もっと一緒にいたいって思う。
けど、機会を見つけて告白しようとするたびに、なんとなく場が流れてしまうのだ。
俺はしらふで女性を口説けるほど恋愛に慣れていない。自転車二人乗りでした妹への報告はともあれ、気持ちが盛り上がっていないと告白なんて出来やしない。
だから今日はチャンスなんだ。夏休みに入ってから、一学期に比べて会える頻度もずいぶん減っている。この日を逃したら、また会うのは何時になるのかわからない。
今日こそ告白しよう。



境内は予想よりも人が多かった。広い敷地に四列か五列ぐらい露店が並んでいる。たこ焼きや焼きそばという見慣れた露店もあれば、初めて見るような露店もあった。
人の入りは、屋台の間を歩くときに注意しなければぶつかってしまうぐらい。洋服と浴衣の割合は約四対一。空中に張り巡らされた電線と、それに吊られた提灯が境内を明るく照らしている。
がやがやと行き来する人たち。露店の呼び込み。そしてどこかで祭囃子が流れている。
石段を登りきった先輩が嬉しそうに笑う。手は、まだ握ったままだ。
「ふふん、楽しそうだね。一人でぶらりと来たことは何度かあるけど、誰かと来たのは久しぶりだよ」
「ひ、久しぶりですか? それってその……」
「ん? ああ、両親とね」
「あ……そ、そうなんですか。俺も昔は家族と一緒に来てましたけど、最近は全然ですよ」
「そういえば、優香君は残念だったね。風邪だって?」
「はい。昔はともかく、最近は体調崩すなんてなかったんですけどね」
「そうか、心配だな」
「いやあ、優香はしっかりした奴だから大丈夫ですよ。家を出る時も、ちゃんと話できましたし」
「それはよかった。それにしても優香君はどういうつもりなんだ。ちょっとピンチじゃないか」
「え、そんなに心配なら、今日……はもう無理だし、明日にでも見舞いに来ますか?」
「いや、結構。僕が行くと結果的に病状が悪化しそうだしね」
「そんなことないと思いますけど……」
うーん。先輩と明日も会えるかと思ったけれど、それは無理みたいだ。心の中で、だしに使いそうになった優香に謝る。ごめんな。
最近の妹は、去年の俺のように部活にすごく打ち込んでいる。部活を始めたのは去年からだけど、部の中でもかなり強い方らしい。
部員自体が少ないこともあるだろうけど。才能云々よりも、それは優香が毎日欠かさず努力をしているからだろう。よく一人で筋トレしてるし。
もうすぐ大会があるらしく、こんな時に倒れたのは少し根を詰め過ぎたのかもしれない。



かちかちかちかちかち
「……やはり夏とはいえ、冷水に三時間も浸かっていればこうなりますね……」
かちかちかちかちかち



351:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:38:24 HvI5lxPx
片羽先輩と、境内を回る。
もう手は放している。繋いでいたいのはやまやまだったけど、そこまで混んでいるわけじゃない。
けどまあ、先輩と連れ添って歩くだけで十分幸せだ。
「おっと榊君。アレ買っていいかな?」
「え、アレって……お面ですか?」
「うん。子供っぽいかもしれないけど、昔は意地を張って買ってもらったものを突き返したからね。せっかくだから被ってみようかと」
「へええー。先輩って、子供のころは意外と意地っ張りだったんですか?」
「ふふん、まあね。よくある話だけど、昔の自分に会ったらぶん殴ってやりたいよ。榊君は昔から変わらなかったんだろうね」
「あはは。まあ、ガキっぽいってよく言われます。あ、どうせなら俺もお面買おうかな」
「榊君もかい? 揃って子供っぽくて仕方ないね。じゃあ、ついでだし僕の分も選んでくれよ」
「いいんですか?」
「ああ、プロに任せよう」
「ええー、プロってなんですか。うーん、じゃあこれとこれください」
選んだのは、何かの戦隊もののお面。俺が知っているのとは違うシリーズだけど、色のパターンは昔と同じのようだ。赤と青を一枚ずつ買った。
お互い、髪に乗せるよう斜めにつける。仮面というより帽子という感じ。
先輩を見ると、大人っぽい顔立ちと安っぽくて派手なお面がものすごいミスマッチで大笑いしてしまった。先輩も笑っていたから、俺も似たようなものなんだろう。
片羽先輩は美人だ。
細い体つき、切れ長の瞳、小さな口、染みのない白い肌、見事に結い上げた髪、それらが見事に噛み合った浴衣。
二人で歩いていて、男女問わず視線がとまるのは絶対に気のせいじゃない。男の方が滞空時間は多い。勿論俺もメロメロだ。
あまりに可愛いので、りんご飴を屋台で買って先輩にあげる。
「おお、ありがとう榊君。ぺろぺろ……甘くて美味しいね」
「おいしいですねえ。はふー」
「なにか嬉しそうだね、僕も代わりに奢るよ。そうだな、あのタコ焼きでどうだい?」
「う……」
即答しかけて、頭の中で二人の俺がぐるぐるする。
悪魔『いやいやいや、今日は全部俺の奢りだってここはビシっと決めようぜ』
天使『何を言ってるんだよ。財布に余裕なんてないんだし、ここは先輩に甘えろよ』
悪魔『今日は告白するんだろ、いいところ見せないでどうするんだよっ』
天使『奢るのがかっこいいなんてナンセンスだろ。先輩は先輩なんだし、好意を無駄にすることないじゃないか』
悪魔『だからこそ、普段甘えっぱなしなんだからここで借りを返すんじゃないか!』
天使『無理無理。だから先立つものがないんだって。途中でごめんお金がないってことになったらどうするんだよ』
悪魔『うっ、それは……』

……結局、タコ焼きは奢ってもらった。ふう。
考えてみれば、俺は先輩と釣り合っているんだろうか。こうして二人で歩いてはいるけれど、俺はどんなふうに見られているんだろう。
顔は十人並み、背だって低め、身につけてるのはジーンズにシャツ。体つきだって去年よりは衰えている。人付き合いはそれなりに上手だとは思うけど、彼女なんてできたことはない。
財布の中身はこんな時に気前よくもなれないぐらいだし、学校では勉強についていくのがやっとだ。しかも、そういうことを全部先輩に知られている!
ふう……釣り合ってないよな。
こんな奴が今先輩に告白なんてしても、普通に考えればOKなんてもらえるとは思えない。
先輩のことだから、厳しいことは言わずにやんわりと断られそうだ。榊君は友達だよ、とか。うう、胸が痛い。
サボらず、自分をちゃんと磨けば良かったと心底思う。今となっては、毎日の勉強だってなんだかんだ言って慣れている。予習復習ぐらいで泣き言を吐いていた自分をぶん殴ってやりたい。
ちゃんと自分を鍛えていれば、こうして片羽先輩と並んで歩いても、気後れしないで済んだかもしれないのに。
こういう時、優香のことが羨ましくなる。
毎日毎日、何時休んでいるのかもわからないぐらい、勉強して部活に励んで、自分を鍛えている俺の妹。
あれだけ努力していれば、少なくとも自信はつく。自分は今まで、何をやってきたのかと後悔はしないで済む。誰に恥じることはないと、胸を張っていられるだろう。
今の俺には、それすらない。後悔してばかりだ。
思う。優香はもしかしたら、好きな奴がいるのかもしれない。
そう考えれば、優香のあの底知れない努力の原動力に説明が付く。人を好きになるというのは、ものすごいエネルギーを生み出す。それは俺自身が実感していることだ。
ただ、今の俺は何もできていない。空回りしているだけだ。
はあー、とため息をついてしまう。


352:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:40:16 HvI5lxPx
「榊君」
「はあー……あ、はい。なんですか、ひぇんはい」
呼びかけに答える途中で、先輩の細い指が伸びてきて俺の頬をぐにりとつまんだ。
少しぼうっとしていたら、気づけば俺達は屋台の列から少し離れた所に来ていた。屋台の発する光から外れた境内の隅は、驚くほど暗い。
先輩が片手に持っているのはじゃがバターのカップで、もう片方の手が俺の頬に伸びている。ちなみに俺が手にしてるのは焼きそばのパック。
頬を摘まれているけど、軽くなので痛くはない。指はやっぱり冷たい。
困惑する俺に対して、先輩は少し不機嫌そうに口を尖らせた。
「先程からあまり話を聞いていないみたいだけど、僕といるのはつまらないかな?」
「ひょ、ひょんなことはりませんっ!」
先輩と一緒にいるのがつまらないなんて、そんな!
急いで否定した。否定したつもりだったけど、頬を伸ばされて意味が伝わっただろうか。
けれど元々、先輩の怒ったフリは演技だったみたいだ。あはは、と笑って俺の頬を離す。
「少し休もうか。よく見たら座れる場所のようだしね」
「あ……はい」
先輩が裾を払って、その場にちょこんと座りこんだ。よく見ると、地面に丸太が置いてあって簡単なベンチ代りになっている。
俺もその隣に座った。ああ、子供のころを思い出す。あのころと違うのは、脚を折りたたまないとうまく座れないことぐらいだ。
先輩は暗闇の中で、活気と明るさにあふれた屋台の列を、はるか遠いものを見るように眺めている。
なんだかその姿は。お祭りの中で俺なんかと二人で歩くより、よほど合った姿のように感じられてしまって。
「…………」
「…………」
「最近、元気がないようだけど。夏は苦手なのかな。それとも、悩み事でも?」
「あ……」
柔らかく囁いた先輩の目は、気遣うように細められていた。
また、見透かされてたのか。雨の日に二人で桜を眺めた、あの時のように。
情けなくなる。結局俺は、この人にとっては弟のような存在なんだろう。頼られ助けるべき後輩。
本当は、頼りにしてほしいし助けたい。そのためには頼られるほど強くありたい。けれど実際の俺は空回りしてばかりだ。
はあ……
「大したことじゃないんです。ただ、部活やめて暇してるんで、夏休みの間だけバイトでもしようかなあって」
「ふむ。榊君は中学までサッカー部だったかな」
「あ、はい」
「また部活に戻る気はないのかな?」
「それは、ほら。夏休みが終われば毎日勉強もありますし、それに今からサッカー部に入っても付いていけないと思うし」
「そうでもないんじゃないかな」
「え……」
胸の中で何度も繰り返した理由を口にする俺に。
いつものように、いつかのように、先輩は柔らかく微笑んだ。
ついでに、先輩がカップを置いて俺の両頬をむにむにと引っ張った。ふいふい。冷たくて心地よい指。
「榊君の学力は上がったと思うよ。予習復習もちゃんと継続的にできてるしね」
「……ひょう、へふは?」
「ああ。君は優香君のことをよく自慢するけれど、彼女ぐらいにはね」
そこまで言って先輩は、ふふん笑って俺の頬を手放した。カップを手にして、残りのじゃがバターを頬張る。
俺が、優香みたいに……?
妹のことは、近くにいてその休むことのない努力はよく知っているだけに、とても納得は出来なかった。
「僕から見れば、君もよく努力し続けているよ。そもそも、だからこそ時間が余っているだろう? なら、その余暇を部活に当てればいいんじゃないかな」
「けど……それは夏休みだからで。それに、勉強しながらじゃ前みたいに部活には打ち込めないですよ」
「そうかもしれないね」
そうだ。
先輩は中学までの俺を知らない。くたくたになるまで練習に明け暮れていた。あんな風に部活をやっていたら、とてもじゃないけど(慣れたとはいえ)今のペースで予習復習なんてできやしない。
そして俺には才能なんてないから、あんな風に努力しなければレギュラーにはなれない。大体、既に半年も遅れを取ってしまっている時点でも、もう……
「んー、一本気だね榊君は。そういうところが可愛いんだけど」
「か、可愛いとかとかっ。俺も男なんですからやめてくださいよぅ」
「よしよし。さておき、そういう時は逆に考えるんだよ、榊君」
「逆に……ですか?」
「別にレギュラーを取ることだけが部活の意義ではないんじゃないかな。大切なのは楽しむことだし、それなら新しいことを始めたっていいはずだよ」
「あ……そ、それはそうかもしれませんけど……」
「他の部活なり、バイトなり、習い事なり。もちろんサッカーでもいいさ。自由はそこにあるよ、榊君」
胸を張って腰に手を当てて、片羽先輩がふふんと笑った。


353:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:41:11 HvI5lxPx
『自由はそこにある』
なんとなくだけど……何気なく口にしたその言葉が、先輩の依って立つ信念、の気がした。
先輩の事情は、この数カ月で少しずつだけど聞いている。
両親は既に他界していて一人で暮らしていること。昔から病弱で入退院を繰り返しながら学校に通っていること。外の景色をできるだけ描き貯めて暇を潰していること。
普通の家に生まれて普通の家庭で育った俺にとっては、とても幸せとは思えない境遇だけど。それでも片羽先輩は、自由な心で生きている。
「……先輩は、凄いですね」
「おお? 美人だとは自覚しているけど、ちょっと耳慣れないお世辞だね」
「いえ、先輩は本当に凄いと思います」
「そうかな。ふふ」
だから尊敬するし、だから守りたいと思う。
片羽先輩の持つものは、優香のように実力を積み重ねて手に入れた安定した強さじゃなく、悟り一つに依った危なっかしい生き方なのだ。
お世辞にも満ち足りているとは言えない環境で、けれど周囲を恨まず憎まず、矜持一つで顎を引き胸を張って生きている。
だから尊敬するし、だから守りたいと思う。
敬意と庇護欲の混じり合った感情。それが俺の、好きという形なんだろう。
「…………」
「…………」
二人ともなんとなく無言になり、丸太に座って境内の様子を眺める。
気付けば、あれだけ待ち侘びた、良い雰囲気になっていた。
あたりは暗がり。胸は先輩への気持ちで満ちている。先輩は眩しいものを見るように目を細めている。どこかで祭囃子が流れている。
告白するか、しないか、どうする。
天使『告白だ、告白するんだ!』
悪魔『なんでだよ! 今の俺じゃ先輩にはとても釣り合わないだろ!』
天使『逆に考えるんだって先輩も言ってただろ。告白してから釣り合うように頑張ればいいじゃないか』
悪魔『ふざけんね! 男としてそんなことできるわけないだろ! せめて自分に自信を持ってからでないと失礼じゃないか!』
天使『そんなこと言って怖いだけだろ! 怖がらずに当たって砕けようぜ。数撃ちゃ当たるって言うし、冗談っぽく言えばいいって!』
悪魔『嫌だ! それに意識されてこれから避けられたらどうするんだ!』
天使『そんなこと言っても、半年したら先輩だって卒業しちゃうじゃないか。大切なのは今なんだ!』
悪魔『別に卒業してからでも、先輩は地元なんだから会えるだろ。それっぽい言い方じゃ騙されないぞ!』
うう、どうする……どうする、俺。
と、俺が脳内会議で固まっていると。
「あ、榊先輩と片羽先輩だ。やっほー」
「ぎゃーす!」
「け、健太? なんでいきなり絶叫するの?」
「いやあ、なんとなく察しはつくんだが固まっていてねえ。助かったよ、晶君と見知らぬ誰かさん」
俺達と同じようにお祭りに来ていた義明と晶ちゃんに見つかって、千載一遇のチャンスはあっさり潰えたのだった。しくしく。




354:未来のあなたへ5.6
09/02/01 21:41:33 HvI5lxPx

「久しぶりだね、健太。元気だった?」
「まあな。そういえば、晶ちゃんに聞いたけど高校行ってもサッカー部に入ったんだって?」
「うん、なんだかんだ言ってサッカーは好きだから。ええっと、そっちの人は……?」
「あ。俺の高校の先輩で片羽先輩って言うんだ」
「片羽桜子、三年生だ。よろしくね」
「あ、はい。僕は雨宮義明です。健太とは中学の同級生で、同じサッカー部のチームメイトでした」
「んでもって、わたしの彼氏でーす!」
「ほほう、道理でね」
二人の服装は俺達とは逆で、義明が浴衣で晶ちゃんが洋服だった。浴衣は水色の地に白いカモメで、ご丁寧に下駄まで履いている。洋服の方は、まあ俺と同レベルの普段着だった。
義明は綿飴を持っているだけだったけど、晶ちゃんは水ヨーヨーに金魚を入れた水袋、赤い風船、髪に差した櫛、射的の景品と思わしきぬいぐるみとフル装備だった。
そして何より、二人で腕を組んで歩いてる。先輩が道理で、と評したのはこのことだった。くそう、羨ましい。俺も先輩と……
「ところで、なんで二人してゴーオンジャーのお面かぶってるんですか? 超イカスんですけど」
「あ、そういうシリーズなんだ? 最近のはよくわかんなかったんだけどさ」
「良いセンスだろう、榊君が選んでくれたんだよ」
「おお、惚気られたっす! 雨宮先輩、わたしたちも対抗しましょうぜ!」
「しなくていいから」
「じゃなくて、さっきから気になってたんすけど、優香ちゃんはどうしたんです?」
「優香だったら風邪ひいて寝込んでるけど」
「あ、そうなんだ。妹さんにはお大事にって伝えておいてね」
「え、なんで?」
「な、なんでって……風邪引いたから、だって」
「まあ、確かになんでなんだろうねえ。僕もそのあたりが疑問でね」
「んー、むむむむむ……」
そのやりとりで、晶ちゃんが首をひねって何か考え始めた。俺も義明もはてな顔で見ているけれど、先輩はじゃがバターをはふはふ平らげ始める。ああ可愛い。
「……連絡はなかった……けど、明らかにおかしい……まあ、協力する義理はないけど……偶にはお節介も……」
「どうしたの? 晶ちゃん」
「んー、いや、突然雨宮先輩への愛が溢れちゃいました、てへ♪ それはそうと榊先輩!」
「な、なに?」
「なに、じゃありませんよ! 優香ちゃんを放っておいて、なんで好きな先輩とデートなんかしてるんすか!」
「す、すすすすすすす、ってなに言ってるんだよ晶ちゃん!?」
「あ、健太、そうだったんだ……?」
「ちがっ、あ、いや、その、っていうか先輩これはっ!」
「はふはふ」
「じゃがバターに夢中!?」
ああ可愛いなあちくしょう。
「そんなコントはどうでもいいんすけど。どうして優香ちゃんを放っておけるんですか」
「え、いや。先輩と約束してたし、風邪といってもそこまでひどくなさそうだったから……」
「だからって家に放っておいてもいいんですか。あ、家族の人は?」
「んー、父さんも母さんも街に出かけてるはずだけど……まあ、優香はしっかりしてるから」
「シャラーップ! よくわかりませんが兄失格っ! 人は病に倒れれば、普段以上に弱気になるものなんですよっ!」
「な、なんだってー!」
「なるほど、確かに一理あるね。病弱ベテランとしては初歩的な見落としだったよ」
「なんですかそのベテラン」
晶ちゃんの言葉がぐるぐると頭の中を回る。兄失格、兄失格、兄失格……
確かに、妹一人家に残して祭りに来ているなんて、兄としてそれはどうなんだ。
せめて今から家に帰って看病をすべきじゃないんだろうか。
けど、今は先輩とデート中だし……
ちらりと振り返ると先輩が、やれやれ困った子だなあ、という感じで苦笑した。
「心配なら帰ってあげればいいんじゃないかな」
「でも先輩、もう遅いですし帰りは送らないと……」
「それならわたし達が引きとりましょーか? 帰りあそこでいいんですか?」
「うん、まあね。しかしデート中のようだけどいいのかい?」
「ああ、気にしないでいいですよ。僕たちもそろそろ帰るつもりでしたから」
「じゃ、じゃあ頼んだぞ、義明、晶ちゃん。先輩、今日はありがとうございました」
「うん、楽しかったよ。優香君にもよろしくね」
「はいっ」



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