【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part19【改蔵】at EROPARO
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part19【改蔵】 - 暇つぶし2ch150:266
09/03/20 00:52:12 spH1Q6P/
「いつから気付いていたんですか、先生?」
「確証を得たのは今日ですよ。それまでは、あなたの巧みな変装と演技のおかげで半信半疑でしたけど……」
「今日…ですか?何かありましたっけ?」
「大した事じゃないです。今まで気付かなかった私の間が抜けていただけとも言えます。
見つけたんですよ、今のあなたと夜の公園の少女の共通点を………」
呆然としている風浦さんに、私はその答えを告げる。
それは口に出してみると、少し恥ずかしい言葉だったのだけれど……
「笑顔、ですよ……」
「笑顔……?」
「性格に言うと、笑顔に漂う雰囲気、という事になるんでしょうかね……」
自分でもどうしてこれが決め手になったのか、疑わしいぐらいに不確かな要素。
それでも、私はこの結論に確信を抱いていた。
「なんていうか、昼間に見るあなたの笑顔も、夜見る笑顔も、どこか悲しげな、自分の気持ちを押し殺しているような雰囲気があったんです」
一度は風浦さんと『あん』を別人だと思い込んでいた私だっただけに、その違和感は拭いがたかった。
別々の人間である二人が、同じ笑顔を浮かべている奇妙な感覚が私の中で引っかかっていたのだ。
それも、風浦さんの笑顔や態度に変化が現れたのが、今週に入ってからというのが致命的だった。
「だから、私はやはり風浦さんと、私が昔であった少女は同一人物で、以前の別れのときと同じように、
自分を押し殺して私の悲しみだけを取り除き、その上で姿を消そうとしているのだと、そう考えたんです」
それから私は、私の隣で俯いて話を聞いていた風浦さんに問いかける。
「何か、言いたい事はありますか?」
「いいえ……でも、すごいですね。笑顔だけでバレちゃうなんて……」
風浦さんは苦笑いしながらそう応えた。
「まあ、笑顔以外にも気になっていた点もあったんですけどね」
「えっと……なんですか、それ?」
不思議そうに問い返した風浦さんに、私は意地悪く笑ってこう言った。
「はっきり言って、キャラ変わりすぎです」
「え、ええっ!!?」
「どうやったら、ダース単位の災難とトラブルをもたらすあの厄介な女の子が、私に向かって潤んだ瞳で
『お兄ちゃん』とか言うような夢見心地の素敵少女に成長するんですかっっ!!!!!」
「そ、そんな…そこまで言わなくてもいいじゃないですかぁ」
「だいたい、私が風浦さんがあの女の子なんじゃないかと思ったのも、そもそもその辺りのキャラが被りまくってたからです。
一度は騙されかけましたが、やっぱり案の定でした。どれだけ私に手を掛けさせれば気が済むんですか、あなたはっ!!!」
「うぅ…先生、酷いですよ……」
「いいえ、酷いのはあなたの方ですよ!!そうやって散々手間を掛けさせた挙句、
何も知らせず自分の都合で勝手にいなくなってしまうんですからっ!!!」
それまで、不服そうに私に言い返してきていた風浦さんの言葉がぱたりと止まる。
「あなたの方はどうなんです?私と昔で会っていた事に気付いたのは、いつからなんです?」
「…………なんとなく、以前からそうじゃないかと思ってたんですけど、確信を持ったのはサーカスのチラシに対する先生の反応を見たときからです……」
彼女があのチラシを持ち込んだのは、純粋にクラスの友人たちとサーカスについての話をする為だった。
私の反応を見る事も考えてはいたけれど、それはあくまでついでだったという。
しかし………

151:266
09/03/20 00:52:46 spH1Q6P/
「先生のあの時の様子を見て気付いたんです。先生は、昔の私の事をずっと引きずっているんだって……」
だから、彼女は一芝居打つことを決めたのだ。
彼女は、私の後悔を断ち切り、安心させる為だけの嘘を用意した。
「先生も私の家の事は知っていますよね?今の私には両親もいなくて……」
「はい……」
「そんなんじゃ、先生の後悔を拭う事はできない。先生を安心させられない。だから、私……」
「ストップ!そこまでです」
だが、私はそこで風浦さんの言葉を遮った。
「何が『先生を安心させられない』ですか。今さらにも程があります」
呆然とする彼女の肩を掴み、その瞳をじっと見据えて、私は語りかけた。
「あなたほど手のかかる、迷惑で、厄介で、とんでもない生徒はそうそういませんよっ!!!2のへのみんなも相当ですが、あなたは別格です」
「そんな……私は……」
「だからさっきも言ったでしょう。キャラが変わりすぎ…というか、どうしてそんな風にキャラを作っちゃうんですか」
「そんな事ありません。私は……先生が私の事で気に病んでるってわかったから…」
「それがキャラを作ってるっていうんです。あなたは絶望教室と呼ばれる我がクラスでも随一の絶望的な生徒です」
畳み掛けるように反論されて、風浦さんはいつになく動揺している。
そんな彼女に、私は声のトーンを少しだけ落として、告げる。
「絶望的な事の……一体、何が悪いって言うんです?」
「それ…は……」
私の問いに、風浦さんは言葉を詰まらせる。
風浦さんは何もわかっていやしない。
あの時のサーカスでの出来事が今も私の胸を締め付けるのは、単に彼女の涙を見てしまったからじゃない。
その悲しみや苦しみに寄り添ってやる事のできなかった、自分自身への後悔のためだ。
私が望むのは、見栄えの良い嘘で取り繕った偽者の幸せなんかじゃない。
「悲しい時こそあえて笑って見せるなんてのも確かにアリだとは思います。
でも、自分が本当は悲しんでいる事を、忘れそうになるまで笑い続けるなんて、そんなの不毛ですよっ!!!」
そうだ、私が望む事はたった一つだけ……
「どうせいつかは朽ち果てる嘘なんかで、本当の貴方を塗り隠してしまわないでくださいっ!!!
希望も幸せも私には必要ないんです!!ただ、あなたの全ての不幸や苦しみに、一緒に涙を流したいだけなんですっ!!!!」
「先生………」
「それでも、もしも、もう貴方の中にはそんな嘘しか残っていないというのなら………」
私は風浦さんを抱きしめ、彼女の耳元に告げる。
私の思いのたけ、その全てを
「私の絶望を、全てあなたにあげます………っ!!!!」
私の言葉を受け止めてからしばらくの間、彼女は何も言わなかった。
ただ、凍りついたような沈黙が流れていく。
だが、やがて、彼女の手の平が恐る恐る、私の背中に回されて……
「…せんせ………」
ぎゅっと、私の体を抱きしめた。
「先生っ!!先生っ!!!先生―――っっっ!!!!!」
泣きじゃくる風浦さんの体を、私もまた強く強く抱きしめる。
それから風浦さんが泣き止むまでのしばらくの間、私達はずっと抱きしめあっていた。


152:266
09/03/20 00:53:16 spH1Q6P/
翌日、ウチのクラスの生徒一同でのサーカス見物を終えて、ようやく私も睡眠不足の日々からも解放される筈だったのだけれど……
「なぁんで、来ちゃってるんでしょうね、私……」
どうやら、宿直室に戻ってしばらく仮眠をしたのがまずかったらしい。
目が冴えて眠れなくなってしまった私は、再び真夜中の公園にやって来ていた。
まあ、今夜は風浦さんが来る予定もない。
適当にのんびりしてから帰ろうと思っていたのだが
「あ、先生……」
「あなた、どうしてこんな時間に……」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには風浦さんの姿があった。
「いやぁ、サーカスから帰って仮眠を取ったら、今度は眠れなくなっちゃったんです……」
どうやら、彼女も私と同じパターンらしい。
風浦さんは昨日までと同じように、私の隣にトスンと腰を下ろす。
「まあ、本当は何となく先生も来てるんじゃないかと思って、ここまでやって来たんですけど……」
「確かに、まだ話す事は山のようにありますからね。昨日までに話してくれた事はほとんど嘘だったわけですし……」
私は皮肉交じりにそんな事を言ってみたが、彼女は少しも動じる事無く微笑んで
「ええ、それにやる事もありますし……」
「やる事、ですか……?」
「はい、キスの続きを………」
「ぶふぅううううううううううううううっ!!!!?」
思わずむせた私に、風浦さんはニコニコと嬉しそうに笑いながら語りかける。
「何ですか、その反応は。昨日、キスしていいか聞いた時はちゃんと肯いてくれたじゃないですか!!」
「それは……昨日はあなたの嘘を見破るために仕方なく……」
「仕方なくても何でも、一度は先生もOKした話ですよ!」
「だ、だいたい、あなたが変な嘘吐くから話がこじれてあんな事になったんじゃないですか!!」
「昨日は私にあんなに酷い事をしたのに……」
「そんな…ひ、酷いって……」
「頭ごなしに怒ったり」
「それは認めますが……」
「私の衣服を剥ぎ取ったり」
「カ、カツラじゃないですか、取ったのは!!」
「挙句、私の体を思う様に触って」
「抱きついてきたのはあなたでしょう!?」
「マスコミはそんな言い訳聞いてくれませんよ、先生」
「ぐ、うぅうう……」
どうやら、既に退路は絶たれているようだ。
いつの間にやら風浦さんは私の体に寄りかかり、間近から私の瞳を覗き込んでいる。
「マスコミを気にするなら、キスはもっとヤバイと思うんですが……」
「覚悟を決めてよ、お兄ちゃん」
今更の『お兄ちゃん』呼ばわりに、私の顔が真っ赤に染まっていくのがわかった。
もはや、観念するしかあるまい。
「……わかり…ました…」
「ありがとうございます、先生!!」
どうにも私は最終的には風浦さんの手の平の上で踊る運命のようだ。
それでも、まんざら悪い気分でもないのは、目の前の彼女の表情がとても楽しく幸せそうだからなのだろう。
キスの寸前、私は不意に思いついて風浦さんにこう言った。
「また、会えましたね……」
彼女の顔に広がる花のような笑顔。
そのまま、私と風浦さんは唇を重ねた。

”また、会えたらいいね………”
かつての少女の願いは叶えられ、私達はようやく今ここで再会を果たす事ができたのだ。

153:266
09/03/20 00:54:28 spH1Q6P/
これでお終いです。
本当はエロも入れる予定だったんですが、無計画に書き始めたせいで出来なくなってしまいました。
エロパロスレなのに……すみませんです。

ともかく、この辺りで失礼いたします。

154:名無しさん@ピンキー
09/03/20 01:41:58 e7GiH/oM
うっわああああああああGJ!!!!!!!!!!!!!!
最近アニメからポロロッカしてこの二人にどっぷりはまった自分としては嬉しかった!ありがとう!!

155:名無しさん@ピンキー
09/03/20 11:18:54 /IuUHh+E
いいよいいよー!GJ
獄下のOP見たら2人にこんな設定を求めてしまうよな
気が向いたらまた続き書いてください
読みたいです

156:名無しさん@ピンキー
09/03/20 21:37:04 1b7PHC4Q
獄下はバイブル
GJでした!
そして次回のエロに期待せざるを得ない

157:名無しさん@ピンキー
09/03/25 00:11:35 asZvnfKP
また投下が増えてる感じですな。


158:名無しさん@ピンキー
09/03/25 01:47:04 PC4Pl2eO
とても嬉しい事な

159:名無しさん@ピンキー
09/03/26 10:09:39 /oUHyD7V
今更だが保管庫のアドレスに絶望した

160:糸色 望 ◆0CUHgEwUxE
09/03/26 11:15:13 3+zuqfhD
今更ですが、腐乱庫で腐乱死体と化していることに絶望した!

161:名無しさん@ピンキー
09/03/28 00:41:44 UDiHnkqT
投下します。
エロなしで、読めばわかるのですが先生が死亡フラグをぶち上げていくお話です
先生がクスリ摂取で無敵なので、性格に疑問をおぼえる方はスルーしてくだされ


162:絶望に効くクスリ
09/03/28 00:49:08 UDiHnkqT
「いったい何用でしょうか。急に呼び出したりして」
ある日望は兄・命から電話を受け、医院に顔を出すように告げられた。
辿り着いた望は看護師に診察室で待つように言われたが、肝心の命が一向に現れない。
看護師たちも「待たせておくようにと言われましたもので」と申し訳なさそうにしている。
他の仕事もあるので彼女たちは部屋を去り、望が独り残された次第である。
患者用の椅子は座り心地が悪い。
手持無沙汰な望は部屋を見渡した。色気のないカレンダーに赤と青の丸が少し。何に使うのか見当もつかない器具の保管されているのがガラス越しに分かる棚。乱れひとつない簡素なベッド。
片付けられて無機質な部屋に、ひとつだけ、目を引くものがあった。
それは、ビー玉かと見紛う程に鮮やかな赤色の飴玉だった。机の上の瓶に入っている。
命が休憩時間にでもなめているのだろう。
陽光に照り返すその肌が、望を誘惑する。
「ひとつくらい拝借しても、構いませんよね……」
と思って蓋を開けると、それがうまいのなんの。苺とも林檎とも取れぬ不思議な味に、気が付けば残るのは数個ばかりになっていた。が、
「……まぁ、謝れば許してくれるでしょう」
などと、望は呑気なものだった。
コツコツ、コツと時計の針ばかりが部屋の中で反響し、遠くからは工事の騒音が僅かに入り込んでくるだけの静かな午前十一時。かなり待った気もするが、午後の約束にはまだ余裕がある。
「はて、そう言えば……」
こういう時は大抵、いつの間にやらまといが姿を現しお決まりになったやり取りを交わすものだが今日に限って彼女はいない。
彼女にとってのライバルである千里や霧、あびるもいないこの状況をあの愛が重い少女が逃すとも思えなかったが、とにかく後ろには白い壁とドア、ぶら下がったカレンダーがあるだけだ。
常日頃望んでいたはずの静寂は今まさに実現された。だがいざそれを手に入れてみると、時を数える歯車の音が聞こえるだけである。


163:絶望に効くクスリ
09/03/28 00:53:26 UDiHnkqT
「……つまらない、なんて考えてやしませんかね、私は」
生活によって人の嗜好も変わっていくものなのかと考えながら暖かい日差しを受けいれる。
うつらうつらしていると部屋の外、リノリウムの床に僅かに足音が反響した。

「すまんすまん、待たせたなのぞ……」
現れた命は部屋に入るなり、机の上のほとんど空になった瓶を見つけて絶句した。
座ったまま後ろを向いた望はパパがサンタだと気付いた小学四年生のようなその表情を見て、目を擦りながらぼんやりと答える。
「ああ、兄さんすみません。少しばかり退屈だったものでして……」
手に持った書類を一式落とし、命は望に掴みかかってきた。藤吉晴美が見れば小躍りしそうな場面である。
ひらり、一枚の紙がたてつけの悪い望の椅子の下に滑り込む。
「お前この中身……あれだけあったのに全部食っちまったのか?!」
「へぇっ?!」
眠気なんて吹き飛んだ。
命は深い溜息をつくと、書類を拾い上げもせず自分の椅子に乱暴に体を落とした。スプリングの利いたそれは大きな音と対照的に柔らかく沈んだ。
右手は頭を抱え、怒りと困惑の入り混じった表情である。
「どこの世界に他人の机の上の物、殊に医者の物を勝手に食う馬鹿があるかっ!」
「あ、あの……兄さん。それは一体何だったのですか……?」
望はおののいた。言われてみれば先ほどの自分の行動は軽率以外の何物でもなかった。
どうして「劇薬だったら」とか「患者の薬だったら」など考えもつかなかったのだろうか。
命は不機嫌に鼻を鳴らし、望を睨みつけて言った。
「それは、お前の薬だよ」
「私の、ですか?」

命が落ちた書類に目を向けるのに合わせ、望も視線を下げた。
「さっきは処方箋を取りに行ってたんだ。確かに、手の届くところに薬を放置していた私にも責任はあるか……」
望は思わず立ち上がって言う。
「ちょっと待ってください! 私は、何かの病気なんですか?! 重病ですか?! 危篤ですか?! 寿命は?! 喪主は?!」
「違う」
即答され、ますますわけがわからないといった顔で再び腰を下ろす。
「アレは、ちょっとした興奮剤みたいなものだ」
「興奮剤?」
「お前は何かというとすぐ絶望するからな。それが少しでも和らぐようにと思って。
海外から取り寄せた原料を独自にブレンドして作ったものだ。高揚感と多幸感を促進する作用がある。
名付けて……絶望に効く微笑(クスリ)」
「そんなマンガありましたね、掲載誌が大変なことになってるみたいですが……にしても、よくそんな手間のかかることを私なんかの為に」
「なに、腐っても実の弟さ……実験も兼ねて」
途中まで感心したように話を聞いていた望だが、最後の一言で驚愕した。
「どこの世界に他人に無断で、殊に自分の弟で勝手に人体実験する医者がいますかっ!」
「いや大丈夫。全部合法の品だ。まだどの成分も規制されていない」
「それ世間では脱法ドラッグと呼びますから!! JR新宿駅東口あたりのオニイサンと同じ穴のむじなですから!!」
そして望は例のポーズをとり、叫んだ。



164:絶望に効くクスリ
09/03/28 00:57:55 UDiHnkqT
が。
「絶望したっ! 実の弟に投薬実験をする兄に絶望……あれっ?」
不思議と、全く絶望的な心境ではないことに気付き言葉が止まる。
むしろ「弟のためにわざわざ薬を調合してくれた兄」という点が頭の中でどんどん大きくなる。
「兄さん」
命が顔を上げると、すぐそこに望の目があった。
ものすごい勢いで命は後ろに下がるが、望はその倍のスピードで突進し、命の手首をつかんだ。
ずいと、メガネと眼鏡が擦れるほどに身を乗り出す。
藤吉晴美なら鼻血を出して卒倒しただろう。
「ありがとうございます兄さん。こんな出来損ないの弟の為にここまでしてくれるなんて……」
命の背筋は氷柱を落としこまれたかのように冷えた。
一ヶ月分の量を一気に摂取したのである程度の覚悟はしていたが、まさかここまでになるとは思わなかった。
きれいなジャイアンが気持ち悪かった理由が、身を持って体験できた。容姿がどうとかではなくて。
いわゆる、普段の行いとのギャップというヤツ。
「いいえ、命兄さんだけではありません!! この私、糸色望がこれまでどれほど皆さんのお世話になってきたことか!!」
そう絶叫すると望は立ち上がった。解放された命は椅子からずり落ちて床にへたり込む。
「歓喜した! 私の生の立役者である皆さんに歓喜した!!」
ドアを破らんばかりの勢いで望は診察室から消えた。残された命は、うわ言のように呟く。
「もしかして私は目覚めさせてしまったのか……?」
眼鏡は耳の所で辛うじて引っ掛かっていた。
「やんちゃだったころの、望を……」
騒ぎを聞きつけ集まってきた看護師たちの中、命の目は閉じられた。
コツコツ、コツと、時計は変わらずに動き続けている。
一週目のはじめに戻った望が、或いは二週目ともいうべき望が、走り出した。

165:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:02:51 UDiHnkqT
「先生……いったい何処へ行ってしまわれたのかしら」
不覚だった。それ以上に不運だった。
手洗いにまといは望の元から離れたのだがその一瞬で、彼を見失ってしまった。
普段からあっちにフラフラこっちにフラフラしている望のことだから、宿直室に居なかったこと自体は驚くに当たらなかった。
そこにいた座敷童と挨拶代わりに視線をぶつけ合って、ドアを閉めた。
しかしそこから一向に彼が見つからない。
いつもなら望から大量の「負のオーラ」が周囲に展開し、それを頼りにまといは彼を探っているからだ。
望の体に取り付けておいた盗聴器やGPSもなぜか機嫌を悪くして働かない。
まといは不安げに辺りを見回す。なんとなく近くにいるような気がするけれど、特定の位置までは把握できない。
電信柱の上、ビルの屋上、ポストの中を探してもいない。
途方にくれて、十字路の真ん中で立ち尽くす。
「先生、何処に居られるんですか……」
四散した呟きは
「ここに」
背中に回り込んで殴りかかってきた。
心の臓が跳びはねる。
ばっと後を振り向く。おかっぱ髪がふわり。
「せ、先生、いらっしゃったんですかっ?!」
「ええ、ずっと」
腕をくんで見下ろしてくる男は少女の求めていた、望本人に違いなかった。
しかし望に関して誰よりも詳しい彼女は、普段の彼との差異に戸惑った。
第一に、底抜けのポジティブさとオールマイティさ。
まといの得意技である気配の消去も、完全にコピーしてのけた。
「ああ、想い人のマネをしてみましたが中々気持ちの良いものですね。
この近さは素晴らしい。クセにならなければ、よいのですが」
「きゃっ、せ、先生っ!! こんなところで……て、おもいびとって、もしかして」
望がうしろからまといを抱きすくめる。


166:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:07:37 UDiHnkqT
第二に、とにかく節操のないこと。
好き勝手出来る脇役の立ち位置に多いそれを主人公がやってしまうと、どうなるか。
「……」
まといは顔も、着物からわずかにのぞく掌まで真っ赤にする。いつもは一方通行な愛が急に全力で返され、対応できないのだ。
「常月さん」
くちびるがまといの耳に触れるか触れないかの距離で、望が囁く。
植物のように纏わる掌は少女のからだを捕らえたままだ。
「はい……」
シチューのように茹だったあたまで、返事をするまとい。呼気は少女の知る望の平熱よりも、少し高く感じられる。
「今しばらく、私を見失っていましたね?」
責めているのではないが、行動とは裏腹に冷淡な口調。
「……はい」
罪悪感すら、まといは覚えてしまう。やっともらえたこの腕も、体も、体温も、失うわけには―
「私を捕まえてごらんなさい」
右手が少女の髪の毛をとかし、ほぐし、乱す。
左手が少女の着物の襟をなぞり、さすり、玩ぶ。
「あなたは全力で私を探しなさい。今夜、月がのぼり切る前に辿り着けたら……」
踊る様に右手が少女のおとがいを持ち上げ、目と目、唇と唇が「目と鼻の先」になる。
縛る様に左手が少女の背中を締め付け、胸と胸、腰と腰が「肉薄」する。
「あ……」
目を限界まで見開いたまといは半ば恋に生きる本能で、顔を望へ近づけようとする。それを
「では楽しみましょうね―まとい、さん」
全ての緊縛を解き放ち、少しの力をこめて自分よりも小さな体を押し望は悠然と歩き去った。

たった数秒で数千メートル、あるいは、見えない壁の向こうへ行ってしまったかのように思えた。
交差点に残されたのは陸に上がってしばらく経った魚の様に、脱力した着物の少女。
「先生……せんせい」
だが魚は海に戻れば―己の領域に生きれば再び泳ぎだせるように
「―先生」
その少女もまた「庭」へと戻って、猟師と化した。
相手が獲物なのか、自分が猟場に迷い込んだ小鹿なのか、それはまだわからないが。


167:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:12:59 UDiHnkqT
「くっ……!! ほんと、しつこいわねっ!!」
千里は焦っていた。
街中で工作活動の課外授業を行っていたところ、偶然某国のスパイを見つけた。
彼女はこっそりと子供たちを放置して追跡し、人気のない路地に入った瞬間スコップ一閃、斬りかかった。
しかし相手はそれをかわし、そこから仲間と思われるカーキ色の軍服を着た者たちが続々ビルから現れ、一斉に千里に襲いかかったのである。
相手は訓練されたプロで、しかも複数。さしもの千里も決定打を与えることが出来ず、次第に追い詰められていった。
そして
「あっ!」
スコップが弾き飛ばされ、ガランガランとビルの谷間に空しく転がる。拾いに行く間もなく千里は壁に押さえつけられた。
男たちの生暖かい筋肉が、ぎょろぎょろ動く目が、吐息が、肌を犯す。
彼らを血走った聴衆と見ればまるで新興宗教の奇怪な儀式のようだった。
ただ千里は、執り行ったことはあっても、生贄になったことはない。
「や、やめ……て」
ニタニタと笑いながら男たちが千里の細い体に群がる。背中はコンクリートの固い外壁に擦りつけられてもがけばもがくほど痛い。
しかし男たちのゴツゴツした手はそれ以上に不快だった。くびすじを、うでを、むねを、おなかを、こしを、ふとももを、這うなめくじ。全身が掘削機で削られているような錯覚に陥る。
「か、はぁ……」
無遠慮に体を蹂躙してくる指はもう本数を数え切れない。おとがいを跳ね上げ、荒い息を上げることしかできない少女は、普段の姿からは想像もできないほど「少女」でしかなかった。
その絶体絶命の状況の中、少女の意識の端に浮かんだのは担任教師―大好きな先生のこと。助けてほしいという思いと、そんなことあるわけないという絶望が、反発し合う。
「せんせえ……」
望への嗚咽が虚空に渡り、悔しさに涙が滲み、歪んだ手がその服を破らんとしたまさにその時。
ブゥン、と音がしたかと思うと目の前の男が突然千里から離れるように吹き飛んで、地面を苦しげにもがいた。
その首には、どこか見覚えのある縄が蛇の様に巻きついて、筋肉質なそれを締め上げている。
根元へと視線を送り、千里は、信じられないといった面持ちで叫んだ。
「先生っ!」
そこには片手を優雅にあごに這わせ、街の狭間からの逆光を背負った望がいた。
遠くでよくは見えなかったけれど、いつもと、何かが違うことは、千里にもわかった。
「小節さんの見よう見まねですが、なんとかなるものですね」


168:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:16:34 UDiHnkqT
そう低く呟くと、グンッ、と縄を持った手を引き、のたうつ男をさらに引きずった。
元来首をくくるために用意されていたそれは頑丈さを遺憾なく発揮し、獲物の腕が電池の切れたロボットの様に落ちた。
「待ちあわせに行く途中でしたがね……知っているような後ろ姿、追っかけてみて良かったですよ。あんまりお転婆がすぎると危ないですよ? 木津さん」
目を大きく見開いた一同へ、実に軽い足取りで近づいてくる望。
その声も軽薄極まりなかったが、眼鏡の奥では紅蓮の炎が揺らめいていた。千里を拘束していた男たちは登場した謎の人物の雰囲気に圧倒され、焦りながら向き直る。
少女はぺたん、とその場に座り込んでことの成り行きをまるで観客の様に見守ることしかできなかった。
「次は木津さんの見よう見まね、でやってみましょうか」
そばに転がっていたスコップを拾い上げ、酷薄に男は笑った。
「きっちり半殺し―いえ、この際きっちり、殺しておきますか? ヒトの女に手を出す輩は」
どこか、夢の壁の奥でその声は響いた。

「やれやれ、この程度ですか」
五分もかからない内に工作員全員を叩き伏せ、つまらなさそうに望は吐き捨てた。
うめき声の溢れる路地裏を、まるで廊下でも歩くかの様に近づいてくる望の、しかしいつもとは確実に違う姿に千里は怯んだ。
でも手を伸ばせば届く距離にかがみ込んだ時に少女は気付いた。
その得意げな顔に、後悔が浮かんでいることに。
ポンと、手が黒髪にのせられる。
「かっこよかったですか?」
「……バカ、みたい」
唇を噛んで、顔を下げる。望に見られないように。
「―怖かった、ですか」
こくり、と頭がさらに垂れた。
その真ん中分けを、懐が包みこんだ。
「すみません。でも、もう大丈夫ですよ」
想い人の腕の中で千里は体を震わせ、その温かさに驚きの混じった幸福を思えていた。

なんとか元気を取り戻した千里を望は表へと連れ出した。
「しかし日本も物騒になったものですね。女性一人で夜も歩ける街―は過去の話ですか。白昼堂々これですもんね―まあ」
千里の頭をコツンと叩いて、望はなるべくおかしそうに言った。それが千里を励まそうとしていることは、明白だったが。
「危ないことに進んで首を突っ込む、あなたにも責任はありますけどね。おびえた顔も可愛かったから、珍しいものが見れたということで許しておきますけど」
叱られたと思って口を開きかけた千里は、おでこまで真っ赤にして一瞬とまり、何とかこれだけ言った。
「先生も、普段と違います」
否定もしないで
「ええ、だからこんなことも言えちゃいます」
華奢な肢体を抱き寄せ髪の匂いをかぐように、男は囁いた。
「今夜、慰めてあげますよ―婚約前の、きっちりしてない関係でよければ」
千里は人目くらい、気にして欲しい、と思ったけれど、トロンとした表情で頷くしかなかった。
髪を大好きな人にめちゃくちゃに乱されては、他にしようもないと。
我ながらだらしのない答えだと、千里はぼんやり思った。

169:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:19:15 UDiHnkqT
短いですが今回はここで切ります。
チェックがまだ終わってないので次回はちょっと先になるかと思いますが気長にお待ちください。
読んでくださった方ありがとうございました

170:名無しさん@ピンキー
09/03/28 01:22:24 dvsKb6wU
めちゃ面白いです

171:名無しさん@ピンキー
09/03/29 12:13:51 THPMC3q9
飴は「拝借」するものじゃなく、「失敬」するものだぜ。


172:名無しさん@ピンキー
09/03/29 20:51:54 sd7sVwj0
面白いよ~きれいなジャイアンな望w続き楽しみにしてるw

173:名無しさん@ピンキー
09/04/01 11:09:05 wdkS3G6g
誰かエイプリルフールネタで1本

174:名無しさん@ピンキー
09/04/02 00:27:44 nHhchFaR
エイプリルフール終わってからエイプリルフールネタが完成しました。
ええい、まだだっ!!
まだ今は4月1日24時27分とかだっ!!

というわけで投下してみます。
望カフ、またもエロなしですみません。
一応、>>141-152の続きです。

175:名無しさん@ピンキー
09/04/02 00:28:24 nHhchFaR
真夜中の公園、思い出のサーカステントの前で、かつて別れ別れになった幼い女の子と少年が
本当の意味での再会を果たしてから既に10日以上が経過しようとしていた。
風浦可符香はベッドに寝転がって、ぼんやりとその時の事を思い出していた。
「先生……」
つまらない嘘の中に自ら身を沈めていこうとしていた彼女に、糸色望は必死に手を伸ばし、救い上げてくれた。
可符香は望の懐に顔を埋めて、望の腕に抱きしめられて、ただひたすらに泣きじゃくった。
そして、その次の日、夜の公園でもう一度会った望に、可符香はキスをした。
望が自分の口付けを受け入れてくれた事が嬉しかった。
重ね合わせた唇のぬくもりからは、望の可符香を想う気持ちが伝わってくるようだった。
そうして、可符香の目に映る世界は少しだけその色を変えた。

ただ、問題がないわけでもなかったのだけれど……。

再び始まった日常の中で、可符香は望に対してどう接して良いかがわからなかった。
なにしろ、彼女はストレートな感情表現なんてほとんどした事もないような人間である。
これまでだって、望に対する好意は恐ろしいほどにひねくれた、わかりにくい方法でしか表現した事がないのだ。
あの日以来、望の自分に対する気遣いや優しさをより敏感に感じるようになった可符香は、
それにまっすぐ応える事のできない自分が少し辛かった。
彼女に出来るのは、せいぜいがいつも通りの望に対する悪戯ぐらいのものだ。
コロコロコミックを心の友とする小学5年生ではあるまいし、流石にこのままではマズイ。
彼女を受け止めてくれた望の気持ちに偽りはないだろうが、
当の自分がこの有様では学校卒業と共にそのまま再び別れ別れになってしまいかねない。
だけれども、そう一朝一夕に今まで自分のしてこなかったストレートな感情表現が出来るものではない。
「せめて、何かきっかけがあればなぁ……」
ぽつり、呟いてはみるが、いつもならばすぐに最適な答を思いつく彼女の頭も、今日は役に立ってくれそうにない。
「うぅ~……参った」
ごろり、ベッドの上で寝返りを打つ。
それから彼女はベッド脇の自分の机の上に置かれた目覚まし時計を見るとも無く見た。
時間は既に深夜の零時を過ぎ、日付も変わっている。
そこで、可符香はふと思い出す。
「昨日が3月31日だったんだから………」
それはあまりにベタベタな作戦だったけれど……。
頭から布団をかぶり、その中で可符香はくすくすと笑った。
今日は、きっと楽しい一日になる。
そう思った。

176:266
09/04/02 00:29:23 nHhchFaR
「好きですっ!!!」
宿直室の扉を開いて現れた彼女が、開口一番に言ったのがその言葉だった。
「あの、風浦……さん?」
「先生っ!!大好きですっ!!!」
呆然する望に可符香はもう一度そう言って、そのまま抱きついてきた。
一体何がどうなっているのやら、訳のわからないながらも、望はとりあえず一旦可符香に解放してもらおうとするのだが
ガッチリと抱きついた彼女を思うように引き剥がす事が出来ない。
「ど、ど、ど、どうしたんです、風浦さん?」
「えへへ……先生、好きですよぉ…」
いくら問いかけても答えは『好き』の一点張り。
望はもはやどうして良いのかわからず、途方に暮れてしまう。
ちらり、背後を見ると、同じく宿直室にいた交達もただただ唖然と可符香の突然の行動を目を丸くして見ている。
霧は洗っていた最中の皿を床に落として割ってしまっていたが、それに気付く気配も無い。
一番文句を言いそうなまといも言葉を失っているばかりだ。
絶望教室と言われる2のへの女子生徒達の中で、担任教師である望の人気は高い。
彼に対して思いを寄せている生徒は、今宿直室に居るまといと霧を含めて両手の指では数え切れない数になっている。
だがしかし、そんなクラスの中で可符香は対糸色望攻略戦に参加していないと見られる数少ない生徒だったのだが……。
(な、な、何があったんでしょうか?風浦さんに……)
ただ、可符香に抱きしめられている望だけは彼女の行動に対する心当たりがあった。
彼だけは、彼女の本当の気持ちを知っていた。
夜の公園で、口付けを交わした。
恐ろしいほどに頭が働くくせに、自分の幸せや気持ちに対してどこまでも不器用な彼女を、彼もまた愛しく思っていた。
が、今日のこれは何か違う。
絶対に違う。
「好きです、先生。大好きです…」
「風浦さん……ちょっと落ち着いてください、風浦さん」
「あぁ…好き好き大好き、愛しています、先生……」
何だかすごく嬉しそうな、楽しそうな彼女の表情は、明らかに愛の告白だとかそういう雰囲気ではない。
そもそも、ポロロッカ星あたりからの電波を受信したのでなければ、彼女がこんな意味不明の行動を取る筈もない。
となると、考えられるのは………
(いつもの、風浦さんの悪戯でしょうか……!?)
可符香お得意の先生いじりと考えた方が辻褄は合う。
そして、何気なく部屋の中を見渡した望は気付く。
カレンダーに記された今日の日付は……
「なるほど、4月1日、エイプリルフール……可符香ちゃんはこの機会を狙って……」
「ベタだけど有効な手段ではあるわね」
どうやら背後で見ていた霧とまといも同じ事に気付いたらしい。
「確かに今日なら、何を言ってもエイプリルフールだからって言い訳ができるわ」
「うん。しかも巧妙なのはエイプリルフールが『嘘だけを言う日』ではなくて、『嘘を言ってもいい日』だという事」
「発言のどこまでが真実か嘘なのかは言われてる先生にはわからない……」
「仮に今ここで、『全部嘘でした』って言っても、その発言の方が嘘かもしれない」
「そして、問題なのは先生の性格……ネガティブ思考の先生なら多分……」
いつもの剣呑な雰囲気はどこへやら、まといと霧は冷静に可符香の行動を分析する。
二人には、可符香の意図が次第に分かり始めていた。
それは………
「先生、好きですっ!!心の底から愛していますっ!!!」
「う……うぅ……風浦さん……」
糸色望はネガティブ思考の申し子である。
生まれついての資質を、高校時代に所属したネガティ部において鍛え上げられた彼のネガティブはまさに難攻不落の城塞の如し。
白か黒かで問われれば、必ず黒と答える人間、それが糸色望なのだ。
彼は考える。
エイプリルフールというイベント。
いつもの悪戯好きな可符香の性格。
これらの要素のために、今の望は目の前の可符香の発言が嘘か本当なのか判断できない。
彼女の言う『好き』は果たして真実か否か?
(……きっと…この『好き』はエイプリルフールの嘘に決まっていますぅ!!!!!)
望は心の中で叫んだ。

177:266
09/04/02 00:30:09 nHhchFaR
一度、そういった風にマイナス方向にベクトルが向いてしまえば、後はもう止まらない。
しかも、望は可符香の事を大事に思い、愛おしく思っていたのである。
先日、思い悩む可符香を救い、彼女の気持ちを受け止めた人物の有様としては非常に情けないものであったけれど……。
ともかく、思いが深い分だけ、望がこうむるダメージは大きくなる。
一言『好き』と言われる度に、望のガラスのハートにピシリとヒビが入る。
「う…うぅ……先生…見てられないよぉ……こうなったら!!!」
「駄目っ!!迂闊に動いても逆効果よっ!!」
だんだんと気力をなくしていく望の姿を見かねて、霧が立ち上がろうとするが、まといがそれを止める。
「今の先生は疑心暗鬼の状態、私達の言葉も悪い方にしか取れないわ!!!」
「そんな…それじゃあ、どうすれば!?」
さらにまといは苦い顔で言葉を続ける。
「打つ手はないわ。先生に密着されている時点で実力行使は難しいし……そもそも、本当に恐ろしいのは今日が終わった時の事…」
「えっ?ど、どういう事!?」
「嘘が許されるのは、今日、4月1日だけの事。だけど、それを過ぎたなら……」
まといの危惧する事態はこうだ。
エイプリルフールの間中、真実か嘘かも分からない『好き』を聞かされ続けた望の心はズタボロになってしまうだろう。
だが、日付が変わってから、改めて『好き』と彼に伝えたならばどうだろうか?
既にエイプリルフールは終わり、嘘を言う事は基本的に許されない日常が戻った状態でのその言葉を、望は恐らく真実と判断するだろう。
すると、4月1日の間に言われた膨大な量の『好き』も自動的に真実であったと、肯定される事になる。
望の心にわだかまった巨大なマイナス思考はその瞬間、一気にプラスに変換されるのだ。
かわいそがり屋の担任教師にとって、それは様々な聖人達が体験した宗教的恍惚感にも匹敵するのではなかろうか?
「ていうか、散々自身を失わせておいて、最後に持ち上げるのって、自己啓発セミナーとかでおなじみの手段だよね……」
「そう、ほとんどカルト宗教の洗脳の手口よ……だから、もう一刻の猶予もないわ」
そこでまといと霧は互いに肯き合って、立ち上がる。
そして、可符香にハグされたままの望に駆け寄って……
「先生、好きっ!!!」
「先生、愛していますっ!!!!」
「ひぎゃああああああっ!!!な、なんですか、あなた達まで!!?」
自分達も同じように『好き』と言いながら、ぎゅっと抱きついた。
どうやら、可符香に便乗する事に決めたようである。
三人の少女達に囲まれて、もはや望の逃げ場はどこにもないようだった。

やがて、時間は過ぎて夜の11時50分ごろ、もうすぐエイプリルフールも終わる。
その後、望は可符香、まとい、霧にまとわりつかれ続けて、ついにダウンしてしまい現在は布団の中に寝かされていた。
ひ弱な望にとって、3人の少女に抱きつかれたまま行動するのは、かなり体力的にキツかったようである。
結局、心のほうが参ってしまう前に、体の方に限界が来てしまったわけだ。
これには流石に、まとい、霧、可符香の三人もしょげ返ってしまった。
その後は三人とも口数少なく、望の看病をしていた。
やがて、それらも一段落ついて、疲れてしまったまといと霧も今はすやすやと寝息を立てている。
そんな中、一人だけ起きていた可符香が、そっと望の枕元に座って小さな声で囁く。
「先生……好きです……本当に……」
昼間とは違った穏やかな調子で、ほとんど聞き取れないほどの微かな声で、彼女はその言葉を紡ぐ。
「愛しています……大好きです………先生に代えられる人なんて、私にはいません……」
そうやって、ポツリポツリと呟き続けて、数分ほどが経過しただろうか。
可符香が時計を確認すると、時刻は既に11時59分と30秒を回ろうとしていた。
「先生……大好き……」
そして、可符香がそう呟いたのを最後に、騒々しいエイプリルフールは、4月1日は終わった。
同時に、可符香はその場から立ち上がって、そのまま宿直室を後にしようとしたのだが……

178:266
09/04/02 00:30:52 nHhchFaR
「…本命の……4月2日になってからの『好き』は言ってくれないんですか?」
「先生……起きてたんですか?」
可符香が振り返ると、布団から体を起こした望が少し寂しそうな目でこちらを見ていた。
「小森さんと常月さんの話は半端にしか聞いていなかったんで、よくは解らないんですが、それを言わなきゃ『洗脳完了』にならないんじゃないですか?」
「あはは……まあ、そうなんですけど……そのつもりだったんですけれど……j」
可符香は苦笑いしながら、望に向き直り、言った。
「確かに、そういう作戦とかは考えてやってたんですけど……それも、本当はついでの事ですから……」
「ついで……というと?」
「本当は……本当はただ、エイプリルフールにかこつけて、先生にいっぱい『好き』だって言いたかっただけなんです」
夜の公園での一件の後、彼女はより強く自分の望に対する気持ちを意識するようになった。
だけど、彼女は自分がある意味において非常に臆病な人間である事も理解していた。
同じクラスの女子達のように、おおっぴらに望に対する好意を口にする勇気を、彼女は持たない。
「変……ですよね?……あの時は、キスまでしたのに……」
エイプリルフールを利用した作戦というのは、彼女が自分自身についた嘘だ。
そんなものはせいぜいが建前にすぎない。
本当は、発言の真偽があいまいになるモラトリアムな時間に甘えて、好きなだけ自分の思いを望の前で口にしたかっただけ。
「だから……エイプリルフールの魔法が解けたら、もう先生に『好き』だって言える勇気もなくなっちゃいました」
しかし、そう言って苦笑した可符香に向かって、望はこう言った。
「残念ですが、あなたの目論見は大外れです、風浦さん……」
「えっ!?」
「だって……私はあなたが昨日言ってくれた『好き』っていう言葉を、もう信じちゃってますから」
呆然とする可符香に、望は愉快そうに笑ってみせる。
「最初は、エイプリルフールって事で不安になりましたけど、最後の頃はもうそんな事を思ったりしませんでした。
よく考えてみたら、あなたは私を罠にはめたり、詭弁を使ったりしますけど、嘘をつくような事はなかった」
そう、彼はこれまで、数え切れないほどの可符香の姿を見てきたのだ。
今更間違えるはずもない。
「私は、私の知っているあなたを、私に見せてくれたあなたの姿を信じる事にしました。
………ので、最後の方は頬が緩まないようにするので精一杯でしたよ」
「う……うぅ…それ、なんかずるくないですか、先生?」
「最初に仕掛けてきたのはあなたでしょう?」
可符香の顔がみるみる赤くになっていく。
「というわけで、今度はこっちから……もうエイプリルフールは終わったので、嘘の入り込む余地はありません…」
そして、そんな彼女に対して、望は愉快そうに笑って
「愛しています……風浦さん…」
そう言った。
それから望は、もはや完全に真っ赤になった可符香の元に歩み寄り、彼女をそっと抱き寄せる。
「あ……せ…せんせい……」
そして、先生の腕の中、可符香はかすれるような小さな声で、ようやくその言葉を口にする。
「私も……好きです……」
今度こそは、疑いの余地のないその言葉。
今更ながらに照れくささを感じながらも、想いを伝え合った可符香と望の胸にあるのは、ただただ幸せな気持ちだけだった。

179:266
09/04/02 00:31:57 nHhchFaR
以上でおしまいです。
なんか先生が嘘くさいなぁ。
わかったようなわからないような話で、すみません。
それでは、失礼いたします。

180:名無しさん@ピンキー
09/04/03 23:26:34 QOEVvIZi
エイプリルフール投稿乙です。
話の締め方がいい感じ。

181:名無しさん@お腹いっぱい
09/04/04 00:22:14 6JxMfMsG
グッジョブ!
可符香、霧、まといには先生にデレデレでいてほしい

182:名無しさん@ピンキー
09/04/09 10:55:35 BisKoDP3
圧縮回避
保守

183:名無しさん@ピンキー
09/04/09 18:41:06 ozUYXIKZ
5日間も誰も書き込まないなんて

184:名無しさん@ピンキー
09/04/09 19:07:19 cb9fsmqg
せっかく職人さんがSS投下してくれてるんだから
せめて感想だけでも書きこめばいいのに

185:名無しさん@ピンキー
09/04/09 20:56:59 ozUYXIKZ
そうだな、改めて>>266
先生と可符香が一番好きな自分にとって読むのが恥ずかしいくらいのイチャっぷりだった
密かにエイプリルフールは可符香の誕生日じゃないかと思ってる

186:名無しさん@ピンキー
09/04/09 22:34:11 WcPKPQm8
>>183-184
いやだなぁ、感動して五日間も動けなかったんですよ

187:名無しさん@ピンキー
09/04/10 15:00:48 B9TUNP+w
そうですよね、過疎ってるわけないですよね!

188:名無しさん@ピンキー
09/04/13 20:33:00 tYxVPYyC
しかし過疎っ

189:名無しさん@ピンキー
09/04/13 22:11:47 6DlG7lyT
いやだなぁ、神が降臨される準備期間ですよ

190:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:40:52 2NWAmso9
前の投下からえらい時間がかかってしまいました……
ほんとは二人分落としたかったんですが、ちょっと次もいつになるかわかんないので一人分だけ。
やらせていただきます。

191:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:44:15 2NWAmso9
昼過ぎ、奈美はバス停で待っていた。といってもバスに乗るのではない。乗ってくる人を待っているのだ。相手は、彼女の担任で、且つ彼女が好意を寄せている人。
手に持った少し古い型の携帯を見て、クスリと笑う。
「まさかホントに、こんなことが起こるなんてな……」
コトの顛末は先日図書館に行ったとき。
宿題をするために彼女はそこを訪れた。人気のないそこである程度区切りをつけ、立ち上がり振り返った時に席の後を通っていた望とぶつかった。
その拍子でどうも、互いの携帯が入れ替わってしまったようなのだ。
帰宅後それに気付いた奈美は驚き、喜びながらちょっと悩んで―電話を待った。自分からかけて向こうからもかけてきたらずっと話し中になってしまうし、電話での会話という「普通」ではない担任とのやりとりを向こうから仕掛けて欲しかったからだ。
しばらくして、電話が鳴った。望の携帯はリンリンリンと、古い黒電話の着信音で奈美を呼び、彼女はニヤニヤしながら受信ボタンを押した。
意図的だの普通に窃盗だの普通じゃないだのいつものやり取りを交わし、今日の昼過ぎに落ちあうことにしたのだ。
そして出発する一時間前から鏡の前であれこれ悩み、なんとか「がんばった」格好でここに至る。
「ついでに、お茶に誘われたりしたらいいのにな……」
望との休日の約束に奈美の心は弾んでいたが、ひとつ気になることがあった。
約束のちゃんとした時間と場所はさっきの通話で決めたのだが、その時の電話越しの声がいつもと違うように感じたからだ。
なんというか、テンション高めというか、陰気じゃないというか。でもまあ、あの人はけっこう情緒不安定だし、と奈美はそれほど深く考えなかった。
「……にしても先生おっそいなー。時間、もう十分も過ぎちゃってるよ」
靴のかかとを数回浮かせて、ハムスターの様にあたりを見回す。
もしかしてすっぽかされた? と時間に対してナーバスになる。目はさっきから何回も何回も腕時計と車道を行ったり来たり、落ち着かない。バスはもう何台も止まったけれど、そのどれからも望は降りてこなかった。

192:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:46:40 2NWAmso9
と、そのとき上着のポケットで携帯が震えた。リンリンリン、古めかしくしようとしている電子音が街中にかすかな声を上げる。奈美は反射的にポケットへ手を突っ込み、捕まえたそれを耳もとへ当てる。
そうだ電話すれば良かったじゃん、と頭のどこかで自分の声がした。
「もしもし、日等さんですか?」
「はい、日等で……て、日塔です!! 『普通』みたいな漢字を使うな分かりづらいボケをするなオチてないぞ!! つーかここでオチても出オチだ!!」
待たされた鬱憤とやっと聞けた望の声に、こちらもテンション高めの反応。なんだかんだゴキゲンな奈美である。
額に手を当てながら奈美は尋ねる。
「……ええと、先生は今どこにいるんですか? 電話してるってことはもうバスじゃないんですよね、先生が車内で通話するような度胸持ってないことは明らかですから」
イヤミたっぷりにそういうと電話口の向こうでアッハッハと、まるで旧財閥名家の坊ちゃんみたいな笑い声が聞こえた。そういやこの人、そのものだった。
なかなか手厳しいですね、と笑いをかみ殺したように続けて、
「いえ、確かに五分ばかし遅刻はしてしまって申し訳なかったんですが、もう約束のバス停にはいるんですよ、私。でもあなたがみつからなくて」
あなたがみつからなくてという言葉を奈美は心の中で反芻しながら、ちょっと考えてから言った。
「もしかして先生、私たち互いに道路の反対側にいませんか?」
話しながら二つの車線のむこうのバス停を探すと……すぐに見つかった。長身の着物姿なんて、この時代じゃ目立ちすぎる。あっちも自分を見ているらしく、顔がこちらを向いていた。
「ああ、見つけましたよ。カーディガン着てますね」
へー「カーディガン」って言葉知ってたんだと、なんとなく意外に思う。地元じゃチャラチャラしてるらしいし別に珍しくも新しくも無いファッションだが、望と取り合わせたイメージは新鮮だった。
ピンクなんて、先生には似合いそうだけど。
「じゃあそちらに行きますから、待っていて下さいね」


193:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:48:34 2NWAmso9
横断歩道を渡って、望はやってきた。ガラスの奥の眼は心なしか機嫌がよさそう。というか、毒気の抜けた様な晴れ晴れした表情だ。
「実によくある失敗でしたね」
「普通って……言って、ないですね」
ちょっと自覚のあった分、目ざとい先生ならすぐに突っ込んでくると思って準備していたのだが拍子抜けしてしまった。
微妙にかわされただけで実は同じことかもしれないけれど。
じゃらり、と音をたてて望は懐から奈美の携帯を取り出す。マカロンのストラップやタイルでデコレーションされた、流行りそのまんまの端末に目を落として望は口を開いた。
生肉とベルで条件付けされた犬つまりパブロフの犬で奈美は身構える。
(来るかッ?!)
「可愛いですね。似合ってますよ。その格好も、先生好きですよ」
「はあぁッ?!!!」
完全な逆サプライズを決められ硬直する奈美。なにこれ新手の戦略的いじめそれとも私ってば普通って言われるの待っちゃってるのかしらあははてかかわいいっていわれたすきっていわれた。
……ケータイと服装が。
弱点を突かれていないばかりか珍しく誉められてるんだけれどそのどちらも「本命」ではなく、宙ぶらりんの精神状態。
呆けた奈美に、望は困ったように言った。
「すみませんが日塔さん、携帯を」
「えっ? あっ、はい」
慌てて望の携帯を差し出し、自分の携帯を受け取る。手が一瞬触れただけでは、とても温もりは伝わらない。
「それでは」
行ってしまう、そう思った。
いやだ。
イヤだ。
手を伸ばす。待って、そう一言、淡いピンクのルージュをひいた唇が紡ぐのを遮る様に、望は言い切った。
「そこのカフェでサンドイッチでも御一緒しませんか? 先生、お昼まだなんですよ」

194:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:51:18 2NWAmso9
「よかったんですか? お昼ごはんに、デザートまでごちそうになっちゃって」
「いいんですよ。誘ったのは私ですから」
運ばれてきたパフェを前にして、改めて奈美は変だと思った。今日の望はそれこそ可符香並にポジティブだし自分のことを普通と貶さないしむしろ妙に誉めてくるし気前はいいし。
眉をひそめていると普段ではありえない、しかし気味が悪いわけでもないほほ笑みを溢しながら望は穏やかな声で言ってくる。
「さ、早く食べないと溶けちゃいますよ」
「あ、そ、そーですね」
居心地がいいか悪いか微妙にはっきりしないまま、ギクシャクとスプーンを口に運ぶ。でも途中から望の目がずっと自分を収めていることに気付き、白地に赤のチェックが入ったテーブルクロスに視線を落として動揺を誤魔化そうとする。
(あーもう! なんでそんなにこっち見てるのよ! きんちょう、するじゃないですか)
「ついてますよ、アイス」
「はえぇ?」
空気の抜けた様な返事をしてしまう。
気付けばもう器の中は空になっていたがどうやら顔のどこかにでもクリームを付けてしまっているらしい。慌てて鞄から手鏡を出そうと手荷物用の籠に手をかけたその時、細い指がいきなり口の横の頬に近付いてきた。
塩酸でもぶっかけられたかのように大きく震えて、固まってしまう奈美。そんな彼女にもお構いなしに望は少女の口を捕えた。
まず顔の下半分を。
くずれやすい果物でも包むかのように掌で抱く。人差し指が口元を丁寧に撫で上げ、その他の指は首筋や輪郭、反対側の頬を拘束している。それは愛鳥を籠絡する様に似ていた。
二人の視線がもし目で見えたのなら、糸で繋がったような直線を描いていたのが分かっただろう。
しかし指が離れるのは妙な冷たさを残すようなあっけなさ。つられて顔を少し突き出してしまうけれど手の引く速度は桜が散って地面に横たわるまでよりも切ない。
「こんなに口から外して、だらしがないですね」
いたずらっぽく言う望の人指し指にはなるほど確かに、結構な量の生クリーム。
その白さと長い指の白さをぼんやり眺めているうちに、再び目の前に―こんどは時間をかけて―その指が現れた。
「後始末は自分でやるんですよ?」


195:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:55:25 2NWAmso9
この人は何を言っているんだろうか。
この人は何がしたいんだろうか。
いつもなら、ごくごく「普通」の思考で今の状況の異常さや望の絶望的なまでの奇行にすかさず反応していたのだろう。
けれど、催眠術にでもかかってしまったかのように奈美の頭から常識や一般論が逃げ水よろしく手の届かない距離に逃げてしまう。
そして今は、この白いもので、あたまの中が埋められて。なんにも考えられなくなって。

わたしはなにをしたいんだろうか、なんにもかんがえられなくなって。

気が付けば口の中がさっきまで食べていたはずの甘いものと、それに包まれたコリコリしたモノをつかまえていた。
クリームのふわふわした感触はすぐに消えた。溶けて舌に張り付いて口の中を漂っている。けれどこのかたいけれどやわらかい、ちょっとへんな味がするものは消えない。
おいしいのかまずいのか、食べたことがないふしぎな味。勇気を出して噛んでみると上の方は硬く跳ね返してくるけれど下の方は受け入れてくれる。
喉の奥からジュッとよだれがあふれる。
熱が熱を呼び、激流が凍りついていた理性を溶かしつくす。
へんなものの正体を探るべく、舌が動き出す。
自分とは別の、なんだか地底や土星なんかにこっそり住んでいるような奇妙な生物が口の中にやってきて好き勝手暴れているみたいに、いうことを聞いてくれない。
異次元からの侵略者は大好物に出会えたらしく、よだれを垂らしながらそのへんなものにむしゃぶりつく。
熟れた果実をゆっくりと握り潰すか粘液どうしが絡み合う様な水っぽい音が頭の中で氾濫し、神経なんか洪水の中でショートしてまともに働いてくれなくなる。
もっともっと、怪物はごちそうのしっぽまで味わおうとしてその体を精一杯伸ばし、続けて巣穴も前に前にと引きずられてしまう。
なんだか苦しくなったけれどどうすることもできない。急に獲物が動き出した。
うねうねと、巣穴の中を探検するようにかきまぜられてよだれがくちゅくちゅと鳴く。
ああ、もしこれが「日塔奈美」の体の一部分であるのなら多分くちびるから水が漏れてあごのあたりを液体が伝って喉もとを這い、胸元にぬるい滝を流しているのだろう。
けれど、あつい。燃え上っているんじゃないかと思うくらいあついんだけれど何処があついのか見当もつかない。まあそんな些細なことはどうでもいい。
今はただこの酸素の欠乏と、液体の飽和と、熱の奔流に、身を任せ―

本当に食べられてしまうかと思いましたよ、そう言って望はドロドロになった人差し指を嘗めた。
目の前には壊れた人形のように口をあけ、顔を真っ赤にさせている少女がいた。
目の焦点は定まらず口から垂れた唾液がシャツやカーディガン、スカートにまで及んでシミをつくり、吐く息は水蒸気の様に熱い。
昼下がりの喫茶店においておくには、あまりにも淫靡な人形だった。
手拭きで出来るだけ汚れをふき取ってやり、未だ魂の抜けた様な奈美の耳元で告げる。
まだ時間が早いですからね、夜になれば。
その時、望の携帯が鳴った。数度のやり取りの後電話を切って、懐にしまう。
「すみませんが少し、用が出来てしまいました」
聞こえているのやらいないのやら。とにかく店から担ぐようにして奈美を連れ出し、人通りの多い公園のベンチへと彼女を座らせた。ここなら一人でも、安全だろう。
またあとで、そう言って望は歩き出した。電話の相手のもとへ。


196:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:58:42 2NWAmso9
これで普通は終了です。
あまりの短さとか。
あまりの急ぎ足とか。
あまりのキャラソン引用とか。
あまりのエロなしとか。
なまあったかく見守りつつ、読んでいただければ幸いです。

197:名無し@ピンキー
09/04/14 16:41:11 h/3u7iGR
ごちそうさまでした。久しぶりに望奈美見れて本当嬉しかったです!!
口が少し悪くなるのが奈美の1番の可愛いところだと思うんですが、
そこをちゃんと捉えていてうれしかったです。
動作1つ1つの描写が本当に細かく美しくて、感動しました。
投下ありがとうございました。

198:名無しさん@ピンキー
09/04/14 18:54:58 G3gKMg/I
>>196 GJ!!電話の相手が誰なのか楽しみです。

199:名無しさん@ピンキー
09/04/14 21:47:12 IRH8Ts3F
なんか先生がいつもと違ってて奈美がかわいくてピュアで先生の一言一言にドキドキしてる奈美がかわいくて

あれッ?

200:名無しさん@ピンキー
09/04/15 01:38:09 EYN0ydNC
この素晴らしい文章・・・あなたはもしや・・・!

201:名無しさん@ピンキー
09/04/15 20:00:29 i/u7MWYK
神!

202:名無しさん@ピンキー
09/04/16 00:00:38 lyDm9Eva
夢日記か

203:名無しさん@ピンキー
09/04/17 23:38:15 t6Z5DCHC
うむ、普通ちゃんと最後までいってほしかったぞ
今からでも遅くないから頼みます

204:266
09/04/17 23:53:39 aZ2I205s
うお、続きが来てた。
GJです!!
それでは続いて私も投下してみます。
またもエロ無し、前回の>175-178からさらに続きの望カフですが……。

205:266
09/04/17 23:55:20 aZ2I205s
暖かな春の日差しも心地良いある晴れた休日、学校の宿直室に暮らす望達は押入れの中に仕舞っていた様々な家財の整理を行っていた。
「やっぱり木目糸はかさばるね、先生」
「もういっそ全部捨てちゃった方がいいんじゃないか?」
「ううん……でも一応実家から引き継いだものですし、なんか捨てたら新しいのがまた実家から送られて来そうで、正直そっちの方が怖いですし…」
いつの間にやら物で溢れかえっていた押入れの中から、必要な物と必要でない物を選別していく。
こんな作業をする切欠になったのは、先日、霧が押入れの中から学生時代の望の写真が収められた古いアルバムを見つけ出した事だった。
望はかつて住んでいた家を彼のクラスの生徒、三珠真夜による放火で焼け出されてしまっていた。
その時、火事場から必死の思い出持ち出したり、焼け跡から見つけた家財を持って宿直室へと引っ越してきた訳なのだが、
何分、突然の出来事だった事もあり望が持ってきた荷物のいくらかは整理もされないまま押入れの奥に仕舞い込んだままになっていたのだ。
ところが、霧が何気なく件のアルバムを見つけ出した事で、望自身もどんな物を仕舞っていたのか気になり始めてしまった。
そして、せっかくの機会だからという事で、押入れの中身を一度開け放ってみよう、という話になったのだ。
「交君、このマナベ関連のダンボールはどうする?」
「…う……むぅ……」
開いてみれば出てくる出てくる。
良い思い出も悪い思い出も、必要な物もそうでない物も、よくぞこれだけ入っていたなと感心するほどだ。
霧が最初に見つけたアルバムも、望にとっては様々な思い出の詰まったものだ。
パラリ、焦げ目のついたページをめくると、学ラン姿の5人の少年を写した写真が現れる。
「部長もみんなも、どうしているんでしょうね……」
望が高校時代に所属していた部活、その名もネガティ部。
ネガティブ思考を第一の信条に掲げるネガティ部にかなり強引な手段で入部させられた望は、そこで良くも悪くも濃厚な青春時代を過ごす事になった。
それも、今となっては遠い思い出、かつての部員達とも現在はさほど交流があるわけではない。
色々と酷い目にも遭った筈なのに、どうにも懐かしさばかりを感じてしまうのも、通り過ぎていった歳月の為せる業なのだろう。
「ほら、先生、ボンヤリしないでよ」
「ああ、すみません、小森さん」
「また古いダンボールが出てきたけど、これも先生のでしょう?」
霧が押入れから取り出したダンボールの箱を開けると、またも望にとっては懐かしい品々が現れた。
無造作に束ねられた原稿用紙は、せっかく書き上げたのにぜんぜん読んでもらえなかった望の同人誌『石ころ』の生原稿だろうか。
その他にも、小説のアイデアや習作を書いたノートなどがごっそりと入っている。
と、そんな時である。
「へ~、すごいなぁ。こんなにたくさん書いていたんですね、先生」
「うぅ……恥ずかしいからあんまり見ないでください………って、あなたは!?」
後ろから掛けられた声に振り返ると、そこには望にとってはお馴染みの少女の姿があった。
「風浦さん…!?」
「えへへ、お手伝いに来ました」
ニッコリと笑う少女の名前は風浦可符香、難物ぞろいの2のへの生徒達の中でも最も注意すべき人物の一人である。
まあ、今の望にとっては彼女はそれだけの存在ではないのだが。
「手伝い……とか何とか調子のいい事言って、本当は私の昔の恥ずかしい思い出の品でも見に来たんでしょう?」
「いやだなぁ、そんな事しませんよ。先生の恥ずかしいところなら、昔に随分見せてもらいましたから」
「う…ぐぅうう……」
可符香と望はかつて、10年以上前に出会い、別れ別れになった過去を持っていた。
その事を確かめ合ったのはつい最近、それを機会に以前から惹かれあっていた二人は互いの想いを通じ合わせる事になった。
無論、教師と生徒という立場上、それは誰も知ることの無い密かな関係ではあるが、
それでも日常生活においてのお互いの距離はぐっと縮まったように二人は感じていた。
ただ、困った事もないではなかった。
距離が縮まるついでに、以前に比べて可符香の望に対する悪戯がパワーアップしているようなのだ。
「……『ああ、なんという悲劇だろうか!!男は暗澹たる表情で…』……」
「やめぇえええっ!!!!朗読はやめてくださいっ!!!ていうか、何で一番古いノートを的確に見つけ出すんですか、あなたは……!?」
変な遠慮や壁を作られるのも困るが、最近の可符香のパワーに望もすっかり参ってしまっていた。

206:266
09/04/17 23:56:04 aZ2I205s
「もう、先生も可符香ちゃんも騒いでないでちゃんと片付けてよ」
「とか言いながら、あなたまでノートを読まないでください、小森さぁんっ!!!」
「でも、若さ溢れる先生の小説、とっても素敵ですよ」
「って、常月さんまでいつの間にぃいいいいいいっ!!!!!!」
そこにいつもの絶望教室の生徒達まで加わるものだから、望の苦労は押して知るべしであろう。
ま、それはそれで、楽しく充実した毎日であると、言えないでもなかったのだけれど………。
だが、この時、望は知る由もなかった。
遥か過去から蘇ろうとしているトラブルの種の存在に………。
「あれ、これ何かな?」
最初にそれを目に留めたのは可符香だった。
望は新たに発掘された高校時代の日記を読みふける霧とまといに翻弄されて、それに気付くどころではなかった。
「眼鏡ケース?……あ、中身もちゃんと入ってるんだ」
ダンボールの片隅から可符香が取り出したのは、古びたケースの中に入った眼鏡だった。
今も望が愛用しているものと同じタイプと思われるそれを、可符香は興味深そうに見つめる。
「レンズに傷もないし、今でも使えそうなのに……あ、そうか、先生の視力が落ちたから新しいのに換えたのかな…」
ほんの興味本位。
かつての望のものと思しき眼鏡を、可符香は自分でも掛けてみようと考えた。
そんな可符香の様子に望が気付いたのは、ちょうどその瞬間。
「あれ……眼鏡なんて、どうして……………って、あれはまさか……!!?」
その眼鏡の正体を思い出して、望の顔が一気に青ざめた。
「風浦さん、いけませぇええええんっっっ!!!!」
「ふぇ……せ、先生?」
だが、時既に遅し。
可符香はその眼鏡を掛けてしまった。
「どうしたんですか、先生?この眼鏡が何か……?」
血相を変えた望を見て、可符香は眼鏡を外そうとする。
だが、外れない。
その眼鏡はまるで可符香の顔に吸い付いたように離れない。
「えっ?この眼鏡………何?」
戸惑う可符香の顔に取り付いたその眼鏡こそは、かつて糸色望のネガティブ思考を不動のものとした恐怖のアイテム。
禁ポジの眼鏡に他ならなかったのである。

休みも明けて、また始まる新しい一週間。
いつも通りに登校してきた2のへの生徒達は、いつもとは違う彼女の様子にいち早く気付いた。
「あれ、可符香ちゃんどうしたの、その眼鏡?」
「あっ、千里ちゃん、これはね…」
なにごともきっちりと、細かな事にも目ざとい千里が、可符香の掛けている眼鏡を見て言った。
「いや、それには実は事情があるんですよ………」
千里の質問に答えたのは、どことなくやつれた様子の望だった。
「西遊記の孫悟空がつけている禁箍児の輪をご存知ですか?」
「ええ、あの三蔵法師がお経を唱えると締まるヤツですよね」
「これは禁ポジの眼鏡、ポジティブ思考に反応してこの眼鏡を掛けた人間の頭を締め付けるとんでもないアイテムです」
学生時代、ネガティ部を始めて訪れたときに、望は部員達から手渡された眼鏡を何の気なしに掛けてみた。
実は、それこそが世にも恐ろしいこの禁ポジの眼鏡だったのである。
ポジティブ思考を苦痛で抑制し、装着した人間をネガティブ思考へと導くこの眼鏡によって
元来暗い性格だった望は今のネガティブまっしぐらな性格へとさらなる進化を遂げる事になったのである。
「しかも、この眼鏡、外れないんですよ」
一度取り付いたら獲物を逃さないこの眼鏡。
昨日も色々と手を尽くして可符香をこの眼鏡から解放しようとしたのだが、何をしても全く効果はなかった。
「でも、元々は先生がつけてた眼鏡なんでしょう?先生は今はもうこの眼鏡をしてないじゃないですか……」
「確かにそうなんですが………」
現在の望は禁ポジの眼鏡を着用していない。
高校時代の最後の頃になって、自然に外れてしまったからである。

207:266
09/04/17 23:56:46 aZ2I205s
「でも、その理由がわからないんですよ。せめてそれがわかれば何かのヒントになるのに……」
というわけで、万策尽きた望はすっかり途方に暮れていた訳である。
だが、それに反して、一番の被害者であるところの可符香の表情はあっけらかんとしたものだった。
「そんな暗い顔をしないでくださいよ、先生」
「そうは言いますが、よりにもよってポジティブが信条のあなたを被害者にしてしまうなんて……」
可符香の慰めの言葉にも望の顔は暗い。
超ポジティブ少女である風浦可符香にとって、この眼鏡はまさに鬼門であるのだ。
それでも、可符香はさらに前向きな言葉で望に答えようとするのだが……
「悲観していても物事は良い方向には進みませんよ。ほら、先生も顔を上げて………って、痛…痛い…いたたたたたたたっ!!!」
その言葉が途中で途切れる。
可符香のポジティブ発言に反応して、眼鏡が彼女のこめかみを締め付けているのだ。
「可符香ちゃんっ!!」
「ふ、ふ、風浦さんっ!!」
「い、いやだなぁ…こんなの全然へっちゃらですよ……」
思わず声を上げた千里と望に対して、答えた可符香の声もさすがに元気がない。
しかし、彼女はそれでもいつも通りの強引なまでのポジティブ発言をやめようとしない。
「ポジティブを禁じる眼鏡なんてあるわけないじゃないですか。……これは痛みに耐えても前向きに考えよう、っていうポジティブ養成メガネなんですよ」
「風浦さん……」
キリキリと頭を締め付ける痛みに言葉を詰まらせながらも、彼女はいつもの調子でそう言い切ってみせる。
そんな可符香の姿が余計に痛々しくて、望は胸が苦しくなるような気分だった。

『大丈夫だよ。こういう時には……あ…痛い…痛たたたたぁ!!』
『そんなことは…痛ぅ…あ、ありませんよ』
『でも、こう考えれば…ぁ…いたたたた』
『いやだなぁ、そんな事あるわけ……ぅ…痛ぅう』
『だけど…』
『それは…』
『そんなのは…』
やっと今日一日が終わり、望は宿直室のちゃぶ台の前でため息を吐いていた。
可符香のポジティブ発言は、やはり2のへには欠かせない要素だったようだ。
事あるごとに苦痛で言葉を詰まらせる彼女の様子を心配してか、クラス内の雰囲気も今日はどことなく暗いものだった。
授業が終わった後、不意に襲ってくる痛みに気をとられて可符香が事故に巻き込まれでもしないか心配だった望は、彼女を家まで送り届けた。
「さて、これからどうするかですが……」
禁ポジのメガネから可符香を解放してやらなければ。
昼休憩などには生徒達も色々と手を尽くして眼鏡に挑んでいたが、結局は全員ギブアップ。
千里などは護摩壇まで持ち出して加持祈祷をしていたが、効果は全くなかったようだ。
望自身は眼鏡から解放された以上、何らかの方法がある事は確かな筈なのだが………
「ん、そうだ!!すっかり忘れていました!!!」
と、そこで望は閃いた。
「どうしてこんな基本的な事を失念していたのでしょう。そもそもあれはネガティ部の物なわけですから……」
ガサゴソと、箪笥の中をひっくりかえして、望が取り出したのは一枚の葉書である。
それは、かつてネガティ部の部長を務めていた先輩から送られてきた望宛の年賀状だった。
すっかり疎遠になってしまった彼らではあったが、かろうじて年賀状のやり取りは行っていたのだ。
「できれば、電話やメールの方が手っ取り早いんですが、この際文句は言ってられません」
早速、便箋を取り出した望はいそいそと現在の窮状を知らせる手紙をしたため始めた。


208:266
09/04/17 23:57:27 aZ2I205s
ポジティブ思考・発言の封印という可符香にとっては前代未聞のピンチから始まった日々も今日で4日目。
ことあるごとに自分を苦しめるこめかみの締め付けに、さすがの彼女もほとほと疲れ切っていた。
(ふぅ……今日も大変だったなぁ…)
禁ポジの眼鏡はポジティブな発言に反応して効果を発揮するため、望からはなるべく喋らないでいるように言われているのだが、
沈黙を守ろうとしてもついつい何かある毎に強引なまでのポジティブ発言をしてしまう。
その度に禁ポジの眼鏡にキリキリと締め付けられて、クラスのみんなにも随分と心配をかけてしまった。
それでも、可符香はやっぱりポジティブ思考を捨てようという気にはならない。
「先生も早くこの眼鏡が外せるように高校時代の先輩に連絡してるっていうし、きっと何とかな……あいたたたっ…何とかなるよね」
彼女はこの恐ろしく厄介な事態に対しても、楽観的で前向きな態度を崩さない。
自分を鼓舞するように呟いた一言で、またこめかみを締め付けられても、きっと最後には全部上手くいく、そう彼女は信じていた。
「さて、そろそろ寝ようかな…」
あくびをしながら、可符香はいそいそとパジャマに着替える。
いつもならまだ眠るには早い時間だが、眼鏡のおかげでもう体力は限界ギリギリだ。
ポジティブ封印以外にも、お風呂に入るときに眼鏡が外せなくて困ったり、地味に色んな苦労をさせられているのだ。
今はなるべく早く寝て、睡眠時間をたくさん取って、眼鏡を外せる日を待つのが得策だ。
「おやすみなさい」
部屋の電気を消し、ベッドの中に潜り込む。
真っ暗な天井をレンズ越しに眺めながら、ふと彼女は考える。
(だけど、もし……もし、このままずっと、この眼鏡が外れなかったら……)
望の場合は自然に外れたというが、それでも都合3年ほどの時間が必要だった。
仮にこのまま三年間、ずっとこの眼鏡に苦しめられ続けたら、さしもの自分でもポジティブな思考を維持できないのではないか。
そもそも、近いうちに眼鏡はきっと外れると信じているけれど、そんな根拠はないではないか。
むしろ、今の自分はこの眼鏡に捕らわれ続ける未来を見ない様にする為に、偽りの希望を自分に言い聞かせているのではないか。
そうだ、自分はこのままこの眼鏡の力によって、ポジティブに生きる力を根こそぎ奪われてしまうのだ。
「いやだなぁ、そんな事あるわけない。こんな眼鏡、すぐに外れて、また元のポジティブな私に戻れるよ」
暗い考えを打ち消すように、可符香は殊更に明るい声で言った。
大丈夫、何も心配はいらない。
そう自分自身に言い聞かせて、さっきまでのマイナス思考を追い払う。
そして、今度こそは安らかな眠りにつけるようにと、彼女は布団をかぶり直して瞼を閉じる。
だが、彼女は不安から逃れるのに精一杯で、つい先ほど起こった奇妙な現象に気付いていなかった。
『また元のポジティブな私に戻れるよ』
先ほど彼女が口にした言葉。
まぎれもない、前向き思考のポジティブ発言。
しかし、禁ポジの眼鏡は彼女のこの言葉に一切の反応を示さなかったのだ。
ポジティブ思考を禁ずる禁ポジの眼鏡にあるまじき現象である。
それが一体何を意味するのか知る由も無く、すやすや、すやすやと、布団の中の可符香は安らかな寝息を立てるのだった。

そして、翌日。
禁ポジの眼鏡によって可符香が受けるダメージを気遣って、ここ何日か望は『絶望したっ!!』と、いつものネガティブ思考をぶちまけないようにしていた。
しかし、高校時代にネガティ部に所属していた事を抜きにしても、望の性格の暗さは生まれついてのものである。
事ある毎に頭に浮かんでくる陰気な考えや未来への不安、世の中に対する絶望は消えてくれるものではない。
それでも、望はギリギリのところでそれをやり過ごし、何とか毎日を過ごしていた。
ただ、いつもなら何かと騒ぎを起こす望が沈黙している事で、どことなく2のへの教室から活気が失われてしまったようでもあったけれど……。
「こうなってみると、先生のネガティブ思考もウチのクラスには欠かせないものだったのかな、って思っちゃうわね……」
そんな沈んだ空気に引っ張られてか、千里の発言にもいつもの覇気がない。
「ははは、何を言ってるんですか。私は元からこういう明るい性格なんですよぉ」
「先生、痛々しいからやめて、ソレ……」
無理に明るく振舞ってみる望だが、奈美の突っ込んだ通り、今の彼の有様は無理がありすぎて痛々しいぐらいだ。

209:266
09/04/17 23:58:16 aZ2I205s
正直、そろそろ限界だった。
自分の思いや考えを素直に口に出せないのは、やはりとてつもなく苦しい。
ついに、教壇の前でうなだれた望は”あの言葉”を呟いてしまう。
「ああ……絶望した……絶望しました……」
一瞬遅れて、望は今の自分の発言の意味を悟り、はっと顔を上げる。
しかし、時既に遅し。
望のいつもの言葉につられるように、可符香も反射的にポジティブ発言をしてしまう。
「いやだなぁ、痛々しくなんてないですよ。生徒のために頑張る先生の姿は、まさに理想の教師ですよ………って、あれ?」
「ん、どうしたんですか、風浦さん?」
発言の後、不意にきょとんとした表情を浮かべて眼鏡のツルに触る可符香に、望は問いかけた。
「いえ、今朝からちょっとおかしいんですよ。ポジティブ発言をしても、眼鏡が締め付けてくる時とそうでない時があるみたいなんです」
「ほう、それはまた不思議ですね……私のときはそんな事なかったんですが……」
禁ポジの眼鏡は途中で手を緩めてくれるような、そんな甘い道具ではない筈。
望も首を傾げるしかない。
「でも、痛いよりは痛くない方が良いですし、これはこれで……」
「そうですね、あなたが痛い目に遭わないのが一番ですよ」
望がホッとした表情を浮かべると、それを見た可符香も嬉しそうに微笑む。
そもそもが理解の及ばない呪いのアイテムに起こる出来事である。
これ以上は考えても仕方がないと、その後も授業はいつも通りに続けられていった。

そして、学校が放課後を迎えようとするその頃、校門の前に一人の男が現れた。
長髪と端正な顔立ちが印象的なその男は、学校の校舎を見上げながら呟く。
「そうか、ここがアイツの勤めている学校か……」

「う~ん、部長はいつになったら連絡をくれるんでしょうか……もしかして、住所を間違えて書いたんじゃ…」
手紙を出してはみたものの、一向に連絡の無いかつてのネガティ部元部長。
一刻も早く可符香を禁ポジの眼鏡から解放したい望としては、一分一秒がじれったくてたまらない。
今日こそは手紙の返事が届いていないものか……。
「……って、電話番号とメールアドレスを知らせてあるのに、わざわざ郵便は使いませんよね……」
なんて、独り言を呟きながら、宿直室の扉をくぐった向こうにその人物はいた。
「よう、久しぶりだな」
瞬間、望の全身が固まった。
「相変わらず後ろ向きに過ごしているようだな。流石は我が部きっての逸材だ」
「な、な、なぁ………!!?」
そこにいたのは、他でもない望の待ち人。
「部長っ!!!」
「お、その呼び名も懐かしいな……」
ネガティ部元部長その人が宿直室の畳の上にどっかりと座っていたのだ。
「どうしてここにいるんですか?」
「どうしてって、お前、俺に用があるんだろ?」
「確かにそうでしたけど、それならそうと前もって連絡ぐらいしてくださいよっ!!!」
ネガティブ・マイナス思考を信条とするネガティ部の部長としては不釣合いなぐらいの
奇妙な自信に溢れるその態度は望の知る学生時代の部長となんら変わりが無いように見える。
「ああ、そうだ。せっかく部長が来たんだから、風浦さんも呼ばないと…」
突然の訪問に驚きながらも、望は携帯電話を取り出して可符香宛に『宿直室に来るように』とメールを送る。
一方の元部長はそんな望を横目に見ながら、霧が出してくれたお茶なんぞを悠々とすすっている。
「あ、これ、お茶菓子です……」
「ああ、ありがとう……しかし、糸色、お前も相変わらずのようだな…」
「はいはい、ネガティ部で鍛えられたお陰で、私は相も変らずの後ろ向き人間ですよっ!!」
「そうか、それは結構……ああ、そうだ、お前の手紙を読んで早速用意してきたぞ」
そう言って、元部長は鞄の中からなにやら小さなプラスチックの箱を取り出して望に渡す。
その中に入っていたのは……
「何ですか、これ……?」
「何って、ドライバー」
それは小さなネジなんかを扱うための精密ドライバーだった。

210:266
09/04/17 23:58:56 aZ2I205s
「だから、どうして、ドライバーなんか渡すんですか!?」
「だって、必要なんだろ?」
「何に必要なんです!?」
「禁ポジの眼鏡、外れなくて困ってるって書いてあったじゃないか」
その言葉に、望はしばし呆然。
「…………あの、だから、私はどうやっても外れないあの禁ポジの眼鏡をですね…」
「ああ、外すためにはこれが必要なんだ」
再びの沈黙。
頭を抱えながらも、望は元部長に問いかける。
「どういう事なんですか?」
「どうもこうも、眼鏡を分解するんだよ」
「でも、あの眼鏡は絶対に外れない筈じゃ……」
「外れないとは言ったが、分解できないとは言っていないぞ」
もはや望はぐうの音も出ない。
ここ数日、そして高校時代に望を苦しめ続けていたあの禁ポジの眼鏡への対処法がこんな簡単なものだったなんて……。
「それじゃあ、電話で教えてくれても良かったじゃないですか……」
「電話は駄目だ。盗聴の恐れがある」
「手紙は?」
「当局の検閲を避ける為には当然の措置だ」
がっくりと体中の力が抜けた望は、その場にへたり込む。
「そんな……ここ数日の私や風浦さんの苦しみは……」
「ネガティブを学ぶ良い機会になったんじゃないか?」
「……あの眼鏡さえなければ…私の高校時代だってもっと明るく……」
「それは無理だ。お前には後ろ向きの才能が満ち溢れている」
楽しそうに答える元部長の言葉に望はすっかり打ちのめされてしまった。
深いため息を吐き出しながら、望は力なく呟く。
「はぁ……それでも、まあ、風浦さんがあの眼鏡から解放されるなら……禁ポジの眼鏡の調子もおかしいみたいですし、これでもう解決ですね」
だが、その望の言葉を聞いた瞬間、元部長の表情がさっと曇った。
「お前、今何て言った?」
「はい?だから、これでもう解決だって……」
「その前だ。禁ポジの眼鏡の調子がおかしいって、どうおかしいって言うんだ?」
いつにない元部長の真剣な表情に、望の緊張も一気に高まる。
望は今日の授業中にあった出来事、禁ポジの眼鏡が可符香のポジティブ発言に反応しなくなり始めている事を元部長に説明した。
一通り望の話を聞いてから、元部長は重々しい口調で呟く。
「それはマズイ……マズイぞ……」
眉根を寄せ、険しい表情を浮かべる元部長の言葉に、望は胸の中で得体の知れない不安感が広がっていくのを感じていた。

何となく、気分が浮かない。
可符香は学校の近くの公園のベンチに座りながら、何をするでもなく曇り空を眺めていた。
先ほど、望から宿直室に来るようにとのメールがあったが、どうにも腰が重くて立ち上がれない。
今日は禁ポジの眼鏡の発動率もだいたい30パーセント以下で、昨日までに比べると随分穏やかな一日だったのに……。
「はぁ……って、こんな暗い顔してちゃいけない。もっと前向きにしていないと」
なんて呟いてみるが、なんだか空しいばかりだ。
というか、これもポジティブな発言の筈なのに、禁ポジの眼鏡はまたも沈黙したままだ。
眼鏡の呪いも薄れて、悪い事なんて何も無い筈なのだけれど……。
「ううん……私、どうしちゃったのかな?」
彼女の心は依然、あの空を覆う雲と同じ鉛色だ。
暗く淀んだ気分は、それにふさわしい思考を呼び寄せる。
いつしか彼女の頭の中に、昨夜、ベッドの中で浮かんだ疑問が蘇る。
やっぱり眼鏡は外れないのではないか?
自分はその現実を見ない振りをして、偽者のポジティブ思考にすがっているのではないか?
可符香の脳裏に、禁ポジの眼鏡に捕らわれたまま年を経た未来の自分の姿が浮かぶ。
その陰鬱な表情に、彼女はブルリと身震いする。

211:266
09/04/17 23:59:52 aZ2I205s
だが、しかし………。
(もしかして、そっちの方が本当の私なんじゃないかな……)
幼い頃から、様々な苦難を経験してきた彼女。
その中で行き抜く内に、彼女の性格の柱となるポジティブ思考を身につけたのだけれど……。
(だけど、それは誤魔化しじゃないのかな……現実から目をそらす為の言い訳を、ポジティブだと言い張っているだけじゃないかな…)
以前から、自分にそういった面がある事には気付いていた。
だが、彼女はこれまでそれと正面から向き合う事はなかった。
しかし、心にぽっかりと開いたその暗く深い穴は、もしかしたら彼女が考える以上に大きくて、既に自分はその中に飲み込まれているのではないだろうか?
(駄目だ……こんな事ばっかり考えてちゃ…前向きに…ポジティブに……)
際限なく湧き上がる不安を振り払おうと、彼女は自分に言い聞かせる。
しかし、そこで彼女は気付いてしまう。
今朝から禁ポジの眼鏡に起こっていた異変の正体と、自分の心の闇との関係に思い至ってしまう。
(禁ポジの眼鏡はポジティブ思考・発言に反応して頭を締め付ける眼鏡………それなら、今の私にそれが起こらないのは……)
可符香の顔が青ざめていく。
そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。
例えば、今日の授業での彼女の発言、可符香のためにネガティブ発言を封じていた望を見て言った言葉。
『いやだなぁ、痛々しくなんてないですよ』
あの時、彼女は本当は、自分の為に無理をする望の姿を見るのが辛かったのではないか。
それをポジティブ発言で誤魔化そうとしていたのを、禁ポジの眼鏡は見抜いていたのではないか。
あの時だけではない。
その場をやり過ごし、現実に蓋をするだけの可符香の言葉の本質を、この眼鏡は冷徹に見抜いていたのではないか。
「そんな……いやだなぁ……そんなことあるわけ……」
体がガタガタと震える。
そんな事は当の昔に知っていた。
自分の中に潜む欺瞞ぐらい、承知でこれまでの人生を生きてきた。
それがどうして、今になってこんなにも残酷な形で目の前に突きつけられなければならないのだろう。
「ちがう……ちがう………」
可符香は震えながら、前向きな言葉を、ポジティブな発言を口にする。
すがるように、祈るように、何度も何度も………。
「…そんな……私は………」
だが、今にも泣き崩れそうな彼女の意思に反して、禁ポジの眼鏡はひたすらに沈黙を守るのだった。

「禁ポジ眼鏡はポジティブ思考に反応して着用者の頭を締め付けるが、そのトリガーになるのは言葉だ」
ゆっくりと語り始めた元部長の言葉に、望は息を呑んで耳を傾ける。
「着用者の発言から類推して、禁ポジの眼鏡はポジティブ思考を判別している」
「それは、覚えがあります。あの頃は、油断する度にキリキリと頭を締め付けられて……」
「だが、この仕組みには問題があるんだ。わかるか、糸色……?」
「問題って……そうか、もしかして……」
言葉によってポジティブ・ネガティブの判定をする。
そのシステムにはどうしても限界が存在した。
何故なら、言葉は使う人間によって、同じ発言でもニュアンスやそこに込められた意味合いが大きく変わってしまうからだ。
例えば、病気の人間が『きっと元気になってみせる』と言ったとしても、その真意は人それぞれだ。
心の底から自分の回復を信じて言ったのかもしれないし、本当はもう治らないと思っている人間が、強がりの空元気を言っているだけかもしれない。
「だから、禁ポジの眼鏡には学習能力があるんだ」
着用者の発言の積み重ねの中から、どの言葉が、どんな意図で使われているのかを類推する能力を禁ポジの眼鏡は持っている。
「だとしたら、禁ポジの眼鏡が風浦さんの発言に反応しなかったのは……」
「おそらく、それをポジティブな発言と認めなかったからなんだろうな………」
まさか、そんなカラクリがあったとは……。
望は袴の膝をぎゅっと握り締める。
可符香は頭のいい少女だ。
禁ポジの眼鏡のこの仕組みに気付いてしまう可能性は高い。
いや、もしかしたら、もう既に彼女は……。
「だから、禁ポジの眼鏡は時として、着用者の心の裏側を暴いてしまう。絶え間ない自問自答の果てに心を病んでしまう事もある。
お前にアレを渡したのは、お前ならあの眼鏡とも上手くやっていくと思ったからだ」
「そう……だったんですか……」
「その生徒、もしかして何やら込み入った過去を持ってるんじゃないか?だとしたら、マズイぞ……」
そこで望は思い出す。
そういえば、随分前にメールを送ったのに、可符香からは返事もなければ、宿直室にやって来る様子も無い。

212:266
09/04/18 00:01:35 8OMeS3VR
望はちゃぶ台の上に置いていた精密ドライバーを片手に、ガバリと立ち上がる。
「すみません。部長、彼女を探して来ます……」
「なんなら手伝うが……?」
「お願いします」
そして、望は宿直室からまっしぐらに飛び出していく。
風浦可符香、彼女は何かと色んな問題を自分一人で抱え込んでしまう少女だった。
いつもの溌剌としたポジティブぶりや、時にとてつもない悪戯をたくらむその姿の裏に隠れているのは、繊細で傷つきやすいガラスのような心だ。
(風浦さん……待っていてください……っ!!)
湧き上がる不安をかき消すように、望はただひたすらに走る。
空からは、一滴、また一滴と、小さな雨粒が降り始めていた。

望が宿直室を飛び出してから散々走り回った挙句、ようやくその少女の姿をとある公園に見つけた時には雨はほとんどドシャ降りに近くなっていた。
声もなくうずくまる小さな背中に、望はどう言葉を掛けていいかわからない。
ただ無言のまま、ゆっくりと彼女の背後に近付いていく。
「風浦さん……」
一体、この雨の中、彼女はどれほどの時間をこの寂しいベンチで過ごしたのだろうか。
ずぶ濡れの服や髪、華奢な体は芯まで冷え切っているに違いない。
それでも僅かな体の震え一つ、身動き一つ見せようとしないのは、禁ポジの眼鏡が暴き出した心の闇が彼女を疲弊させてしまった為なのか。
「すみません……全て私の不注意です………あなたにこんな思いをさせてしまうなんて……」
「いやだなぁ…先生……そんなの…全然大した事じゃないですよ……」
望の言葉に答えた彼女の声はかすかに震えて、それでも明るい口調を維持しようと精一杯に強がっているように感じられた。
「これで良かったんです。いつかは向き合わなきゃいけない現実を、この眼鏡が教えてくれたんです……」
「ですが……」
「本当は気付いていたのに、見ない振りをしていた。ずっと目を背けて、そうやってやり過ごそうとしていた……」
確かにそれは事実なのだろう。
だが、それはもっとゆっくりとした時の流れの中で、彼女自身のペースで向き合うべきものであった筈だ。
出来得るならば、望も彼女の隣で、それを分かち合い、共に涙を流して、乗り越えていくべきものだった筈なのだ。
こんな、彼女の心を抉り、削り取るような形で終わってしまって良い筈がないのだ。
後悔にぐっと奥歯を噛み締める望。
だが、彼は気付いていなかった。
先ほどから耳に届く彼女の、風浦可符香の声音の中には単なる悲嘆や絶望の色だけではない、他の何かが混ざっている事に……。
「とにかく、まずはその眼鏡を外しましょう……そんな物はあなたには必要ない……」
「いやだなぁ、先生、さっきから心配しすぎですよ……」
「もう無理はしないでいいんです。だから、さあ早く………」
望が差し伸べた手の平に、可符香の手がそっと重なる。
そして、雨の中、ずっとうずくまっていた彼女がくるり、振り返った。
その瞬間、望は息を呑んだ。
「ホント、先生は心配性なんですね……」
振り返った彼女の瞳は涙で真っ赤になっていた。
だけど、その口元に浮かんだ微笑には、今まで望が見たこともないような力が滲み出ていた。
泣き濡れて、泣き続けて、だけどその果てに何かを掴んだ、そんな決然とした表情で、可符香は望に微笑みかけていた。
「私はもう大丈夫、大丈夫ですから…先生……」
「風浦さん……あなたは……」
「だって……私は……」
そして、彼女はその言葉を紡ぐ。
万感の思いを込めた、真実の言葉を望に伝える。
「私は…先生が好きだから………」
それこそが、今の彼女の笑顔の意味だ。

213:266
09/04/18 00:02:10 8OMeS3VR
「この眼鏡のせいで自分の事とか色々、わからなくなったりもしたけれど……でも、もう大丈夫なんです…」
禁ポジの眼鏡は彼女のポジティブ思考を否定した。
足元の地面が崩れていくような不安の中、彼女は必死にすがるべきものを探した。
自分にとって何よりも確かなものを求めて、暗闇の中に無我夢中で手を伸ばした。
そして、見つけたのだ。
どんな時も揺らぐ事のない彼女だけの真実を。
誰に何と言われようと変わらない、彼女だけのポジティブを。
「私は先生が好き。この気持ちがある限り、私は前を向いていられる。この気持ちがある限り、禁ポジの眼鏡がどう反応しようと、
私の心はポジティブなんです……って、あいたたたた……どうやら、この件については禁ポジの眼鏡もポジティブだって判断したみたいです…」
そう言って笑う彼女の、風浦可符香の笑顔は間違いなく輝かしかった。
(どうやら、私はとんだ思い違いをしていたみたいですね……)
いつも、どこか不安定で、気を抜くとどこかに消えてしまいそうな彼女を、望はずっと気に掛けてきた。
だけど、人は変わる。
前に進む。
それは彼女とて例外ではなかったのだ。
(彼女の事を想っていたつもりで、こんな大事な所で見誤るなんて……まったく私は……)
苦笑しながらも、望の胸には嬉しさが一杯に溢れかえる。
苦悩しながらも、精一杯の答を見つけた彼女に応えるべく、望は雨でずぶ濡れの可符香に手を伸ばし、
「私も貴方が好きです。大好きです、風浦さん……」
ぎゅっと抱きしめて、耳元で囁いた。
雨脚は多少和らいだものの、まだまだ本降りと言っていい空模様。
だけどそんな事はお構いなしに、望は可符香を抱きしめ続ける。
「あ、それから風浦さん……禁ポジの眼鏡を外せる算段がついた今だから言うんですが……」
「ふぇ?何ですか、先生?」
「………何というか…すごく似合ってます、眼鏡……可愛いです、グッときます…」
望のその言葉に、可符香は満面の笑顔を浮かべて、ぎゅっと望の体を抱き返した。

そして、公園の入り口では
「まさか教師と生徒とは、アイツもやるなぁ……」
二人の様子を眺めながら、ネガティ部元部長が呟く。
正直、あれほど幸せそうな糸色望の顔を、彼は今まで見た事がなかった。
そして、件の少女もまた、同じくらいに幸せそうに見える。
「ネガティ部OBとしては、こういう時でも最悪の事態を考えるべきなんだろうが……」
だが、いくら考えを巡らせても、今の二人の笑顔を曇らせる事が出来る気がしない。
最悪の事態を想定して、想定し尽くして、だけでもその果てでも、あの二人なら笑っていられる気がする。
きっと幸せでいられる気がする。
どんな後ろ向きな考えも、ネガティブ思考でも揺らがない物がきっと二人の間にはある。
「全く、ネガティ部元部長が形無しだな……」
もう一度呟いた時には、元部長の口元にも、嬉しそうな微笑が浮かんでいたのだった。

214:266
09/04/18 00:04:30 aZ2I205s
これでお終いです。
文章中、ネガティ部の元部長とされているのはODAで子安ボイスだったあの人です。
スタッフロールではネガティ部部員Aなんですが、なんか一番リーダーぽかったので、一応そういう想定で書きました。
それでは、失礼いたします。

215:名無しさん@ピンキー
09/04/18 00:05:46 EnFsKoBj
GJ!
眼鏡可符香いいですね

216:名無しさん@ピンキー
09/04/18 21:02:31 v3cHUrz+
ぐっじょぶ

217:名無しさん@ピンキー
09/04/19 00:45:28 pdzpBqqB
呪・絶望先生3期決定。

タイトルは「懺・さよなら絶望先生」

これでまたこのスレに人が少しは増えるかな?

218:名無しさん@ピンキー
09/04/19 13:33:01 ufgMjkrA
不思議なことに2期はあれだけ期待したんだが、なんかアニメはおなか
いっぱいになってしまって3期はそれほど楽しみじゃない俺がいる。
いや、観るのは間違いないですけどね、もうなんか感想とか予想が付く
感じ。

219:名無しさん@ピンキー
09/04/20 20:12:12 5drZ31MN
久しぶりに来てみたら良作が増えてて自分も書きたくなったんだけど
改変コピペの作品でもいいんだよね?
昔アニキャラ板の芽留スレで書いたのと
今書いたのがあるけど
どっちを先に載せたらいい?

220:名無しさん@ピンキー
09/04/20 20:15:28 45gv5S+0
どっちもどんなのか知らないし聞かれても分かりませーん

221:名無しさん@ピンキー
09/04/20 20:26:04 5drZ31MN
それもそうか
変なこと聞いて悪かったね
昔のから載せるね

222:名無しさん@ピンキー
09/04/20 20:28:53 5drZ31MN
ある日、俺は家に帰る途中に妙な違和感を感じていた。
道行く人がたまに俺のほうを見てびっくりするあたり、顔色が非常によろしくないのかもしれない。
こういうときは酒を飲んで早く寝るに限る。
コンビニで引きつった顔の店員から酒を買い、その日は10時前には寝た。翌朝、しっかり寝たはずだが違和感は消えていない。
朝の準備を済ませた後でふと昨日は携帯を朝かばんに入れたっきりで、一度も出さずに寝てしまったことを思い出しあわててチェックしてみた。
・・・・・・・新着メールあり9件、しまった、誰か俺に用事でもあったのか、とりあえず読まなければ
めるめる(今お前の後ろにいるぞ)
めるめる(さっきからお前の後ろにいるぞ)
めるめる(お前の後ろにいるんだけどー、もしもーし)
めるめる(もしもーし、いい加減気づけよ)
めるめる(芽留です・・・怨んだ人が鈍すぎるとです・・・芽留です・・・)
めるめる(うー、一日一回くらいは後ろ見るもんだろ普通!)
めるめる(おい、あのハゲ親父とかめっちゃこっち見てるぞ)
めるめる(な、なんでうつ伏せで寝るんだよ!いいかげんこっちみろよ・・・)
めるめる(えぅ・・・ぐすん・・・・このメールに気づいてからでいいので後ろみてください)
俺は背後の気配を確認すると、振り向かないで家を出て大学へ向かった。
その日俺の背後には、半べそかきながら後ろをついてくる少女がいたらしい

223:名無しさん@ピンキー
09/04/21 22:32:25 IvUM5O48
ルール違反してすみませんでした
来たのが久しぶり過ぎて忘れてました
ごめんなさい
1日ほったらかしにしてしまって
本当に申し訳なかったです
次のも出します

224:名無しさん@ピンキー
09/04/21 22:34:06 IvUM5O48
汚い芽留を見つけたので虐待することにした。
他人の目に触れるとまずいので家に連れ帰る事にする。
嫌がる芽留の衣服を脱がし
自動で水に濡らす機械に薬品と一緒に入れてスイッチを押す。
その後風呂場に連れ込みお湯攻め。
充分お湯をかけた後は薬品を体中に塗りたくりゴシゴシする。
薬品で体中が汚染された事を確認し、再びお湯攻め。
お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこする。
風呂場での攻めの後は、大きめのTシャツを着せ、頭髪にくまなく熱風をかける。
その後に、乾燥した不味そうな塊をお湯でふやかしたモノを3分焦らしてから食わせる。
そして俺はとてもじゃないが飲めない白い体液を飲ませる。
もちろん、噴出する所から直にだ。
その後は突起が付いた棒を振動させて
芽留の性的本能を著しく刺激させ、体力を消耗させる。
ぐったりとした芽留を質素なベッドに寝かせ
寝るまで監視した後に就寝。

225:名無しさん@ピンキー
09/04/21 22:37:40 IvUM5O48
これで終わりです
ルールも守れないゴミのせいで
1日スレが滞ってしまって本当に申し訳ありませんでした

226:名無しさん@ピンキー
09/04/22 14:48:16 mnHzCdMt
スレが滞ったのは君のせいじゃないと思うよ最近いつもこんな感じだし

227:名無しさん@ピンキー
09/04/22 23:43:14 Id/PD6rQ
スルーするという厳しさを見た

228:名無しさん@ピンキー
09/04/26 19:51:08 4Hzn9ykF
久藤は誰と付き合うんだろうか

229:名無しさん@ピンキー
09/04/26 20:11:22 blaHzDWw
三期でにぎわうといいなあ

230:名無しさん@ピンキー
09/04/26 21:26:23 mbYrqFTI
もう追い出すなよ

231:名無しさん@ピンキー
09/04/26 22:26:36 ACc0JjGN
>>228
先生に決まってるでしょ!

232:名無しさん@ピンキー
09/04/26 22:30:20 60LIljra
他スレに久米田関連のSSを書いた奴はそのスレから追い出す

233:名無しさん@ピンキー
09/04/27 04:33:27 nTzDC0mH
そうするとよいよ

234:名無しさん@ピンキー
09/04/27 07:52:53 xupu81Tt
>>228
マジレスすると普通の女の子


235:199
09/04/28 00:15:19 qNklaKlY
お久しぶりです。夢日記の回で電波を受信したのでそろっと投下。
・望×可符香。女子大生アリ
・とりあえず今回の投下分はエロ無し

それではさわりだけお邪魔します。

236:『先生はペット』
09/04/28 00:16:12 qNklaKlY
春眠、暁を覚えず。
そんな言葉に真っ向から立ち向かうかのごとく、ここ数日まともに睡眠を取っていない青年が1人、とぼとぼと廊下を歩く。
「はぁ~……」
髪もすっかり白くなり、目の下にはどす黒い隈を作った糸色望の口から大きなため息が漏れた。
うっかり眠って夢を見てしまえば、千里の差し出してくる夢日記から逃れるわけにもいかず。
そしてそれを書いてしまえば、後はそれを夢分析という名のおもちゃにされることは想像に難くなく。
結局元を断つ、つまり眠らないことでどうにかこうにか夢日記から逃れている毎日である。
「……しかし、これはさすがに……」
辛い。
疲労が抜けない一方、眠ってはいけないという緊張感と眠ってしまったらという不安感だけが増大していく日々。
最近は食欲もなんだかなくなってきたような気がするし、頭もじんじんと痛むような気がする。
考えたら、睡眠というのは人間の生活にかかせないサイクルなわけで、それをなくすというのはもちろん
健康にも宜しくないわけで。
「死んだらどーするっ!?」
「嫌だなぁ、それこそ夢見る心配もなく好きなだけ眠りたい放題じゃないですかぁ」
「あぁ、なるほど」
思考力の薄れた頭がうっかり納得しかけて―
「いやそれ違いますから!目覚められない眠りはいりませんから!」
慌てて突っ込む相手は、一体何時の間に現れたのか、目の前でにこにこと微笑む少女―風浦可符香。
「先生、だいぶお疲れですね」
「寝不足なんです」
いつもどおり明るく笑顔で話しかけてくる可符香に、仏頂面で答える望。そんな望を見上げて、可符香がニャマリと微笑む。
「そんな先生に、素敵なプレゼントがあります」
「はぁ」
風浦可符香。2のへ組きってのポジティブ娘。人を掌の上で転がすこと、心の隙間に入り込むことが誰より得意な少女。
そんな彼女が笑顔で渡そうという『ぷれぜんと』とやらに思わず一歩引いてしまうが、その隙間を埋めるようにすっと
可符香が一歩近付いて、
「はい」
と『ぷれぜんと』を手渡してくる。
「……何ですか、これは」
「あいぽっ「固有名詞は言わなくて結構ですからっ!いろいろと面倒になりますからっ!!」」
別にネズミの国じゃないんですから大丈夫ですよぉ、等とあっけらかんと言ってくる可符香を見て
手渡された『ぷれぜんと』を見て、再び視線を可符香に戻す。
「そうではなくて、どうしてこれが『素敵なプレゼント』なんですか?」
望が首を傾げながら尋ねると、可符香はぴっと人差し指を一本立てて、顔の前で振って見せた。
「睡眠学習ですよ、先生」
「睡眠学習?」
あーそんなものも一昔前に流行ったような流行らなかったような、雑誌の裏表紙に広告が載ったような載らなかったような。
ぼうっとした頭でそんなことを考えていると、可符香が今度は人差し指をこちらの顔に突きつけてくる。
「先生、夢日記を書きたくなくて眠らないんでしょう?だから、これを聞きながら眠って夢の中で勉強するんですよ。
 そうすれば勉強した内容をそのまま日記に書けばいいんですから」
「なるほど!」
ぱあ、と望の表情が輝く。それを見てにっこりと笑う可符香。

237:『先生はペット』
09/04/28 00:17:10 qNklaKlY
「あ、先生用にもう中に現代文の朗読を入れておきましたから。これでぐっすり眠っても現代文の夢しか見ませんね」
「それはわざわざありがとうございます!貴女のおかげで久しぶりにちゃんとした睡眠がとれそうですよ!」
「嫌だなぁ、困った時はお互い様ですよ、先生」
笑顔で言うと、あ、とわざとらしく声をあげる。
「今日スーパーの特売日なんでした、もう帰らなきゃ」
「ええ、気をつけて帰ってくださいね」
ありがとうございました、と最後にもう一度頭を下げる。はーい、という軽い返事と共に少女がくるりと身を翻して駆け出し―
思い出したように振り返って手を振ってきた。
「せんせーい、お休みなさーい」
「はい……さようなら、風浦さん」
下校の挨拶にお休みなさいはないだろう、と苦笑しながら手を振り返す。えへへと笑って「さようならー」と言い直して
駆けて行く後姿を見ながら、可符香がくれた『プレゼント』をそっと握り直した。
「……ありがとうございます、風浦さん」
今夜は、ぐっすり眠っても大丈夫。
自分でも不思議な位に、心が軽くなっていた。


 *  *  *  *  *  *  *  *


「絶望したあぁぁぁぁーっ!!」
そう、あれほど心が軽くなっていたというのに。
可符香から貰った『ぷれぜんと』をつけて少女本人の声による朗読を聴きながら眠った結果、望は夢の中で全力で頭を抱えていた。
その抱えた頭からひょこんと覗く、黒い柔らかそうな三角形の耳。
体の後ろで現在の精神の不安定さを表すかのごとく、ぱったんぱったんと大きく揺れる尻尾。
―風浦可符香。2のへ組きってのポジティブ娘。人を掌の上で転がすこと、心の隙間に入り込むことが誰より得意な少女。
そんな彼女が用意した現代文は、よりにもよって―
「『吾輩は猫である』っていう時点でこういう夢になるぐらい、どうして気付かないんですか私は!
 それにしても絶望した!中途半端に耳と尻尾だけくっつくご都合主義に絶望したあぁぁぁっ!!」
どうせならまるっと猫になってくれればいいものを、なんで半端に原型を残す。
なんでよりによって『吾輩は猫である』を選ぶ。同じ夏目漱石なら『こゝろ』とか『坊っちゃん』とか。
ああでも『こゝろ』はともかく、『坊っちゃん』は乱闘シーンがあったような。それに比べればマシかも知れない。
いやでも、それを言うなら『吾輩は猫である』の猫だって確か―
「でも、最終的に目が覚めて終わるんですからどれでも同じようなものじゃないですか?」
「そういう問題では―」
思考に割って入った落ち着いた声に反射的に反論しかけ、はっと振り返れば。
「特売だからって買い物し過ぎちゃいました。はい」
半分持ってくださいね、等と言いながら差し出されたスーパーのビニール袋を咄嗟に受け取ってしまってから、
呆然として呟く。
「……隣の、女子大生、さん?」
こちらの言葉に、一瞬きょとんとしてから吹き出す女子大生。
「嫌だ、もう、隣のだなんて」
何言ってるんですか、変ですよ、と口元に手を当ててくすくす笑う彼女の様子にうろたえる。何がなんだか分からない。
「あの、え?どうなってるんです、これ?」
「もう、本当にどうしちゃったんですか?」
助けを求めるような望の様子に、女子大生が苦笑しながら望の手をとった。驚きに尻尾の毛がぶわと逆立つ。
そのまま、そっと握られる。ひんやりとした柔らかい手。
「あなた、自分の飼い主のことも忘れちゃったんですか?」



238:『先生はペット』
09/04/28 00:19:13 qNklaKlY
ヤバイ。この夢ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。
この夢ヤバイ。
しかし先程から必死に起きろ起きろと念じているのだが、久しぶりに入った睡眠からどうも抜け出せる気配がしない。
それがまたヤバイ。この夢ヤバイ。大事なことなので2回言ってしまうくらいヤバイ。
「起きろ起きろ目を覚ませ目を覚ませ……」
女子大生に手を引かれるまま連れてこられてしまった自宅―時代背景相応に古めかしい、糸色本家を思わせる家屋だった―の
一室でごんごんとちゃぶ台に頭を打ちつけながら呻くのだが、一向に効き目がないのである。
まぁ、考えてみれば夢の中でいくら頭を打とうが、眠気覚ましになるはずもない。
「ああもう、本当に……」
諦めてちゃぶ台にぐったりとうつ伏せて深々とため息をつく。へにゃりとしてしまう猫耳と尻尾の感覚に気持ちが
二段底に落ちていくのを自覚しながら、「ああもう」と繰り返した。
「絶望した……原作通りから外れていく展開の行く末に絶望した……っ!?」
突如走ったくすぐったいようなむずがゆいような感覚に飛び起きると、何時の間にかすぐ傍で
尻尾をこちょこちょとくすぐる女子大生の姿。
「ちょ、や、やめてくださいっ!!」
「あ、元気になりました?」
間近で顔を覗きこまれて耳がぴんと立った。どこか幼さの残る綺麗な顔が、心配そうに微笑む。
「何だか帰ってきてから元気がなかったんですもの。病気かと思ったんですけど違うみたいですね。良かった」
言葉の途中から小さな手がそっと伸ばされて望の頭を撫でる。時折掌が耳に触れてだいぶくすぐったい。
あわわと慌てながらも母親が子供を慈しむようなその仕草を振り払うわけにもいかず、
座り込んだまま大人しく撫でられながらこっそりと深呼吸をした。
(彼女からしてみたら、ただのペットを撫でているだけなんでしょうけどね……)
そう、彼女からしてみたら自分はただの飼い猫なわけで。
―そりゃあ姿格好は人間の男に耳と尻尾がついただけという、ある意味奇妙な(変態な、と言われても仕方ないかもしれない)
姿ではあるけれども、この夢の中の設定では自分はこの女子大生の飼い猫で、だからこそ彼女は自分の手を引いて
自宅まで連れて来てくれたり、自分のことを撫でてくれたり、こうやって自分を抱きしめて包んでくれるわけで―

―へ?

「どこか痛いのか、苦しいのかって、心配しました」
髪を撫でる手はそのままに、自分の背に回されたもう1つの小さな手。
額にそっと押し付けられる華奢な肩。柔らかな毛に包まれた耳に直接かかる吐息。
母親が子供を慈しむような、女が男を甘やかすような。

「お願いですから、あんまり心配させないでくださいね?」

優しく言い聞かせるように耳元で囁かれる声に、頭の芯がじぃんと痺れる。
ぱたん、ぱたんと自分の尻尾が畳を叩く音がした。


―いやいやいや!マジでヤバイですって!ちょっとこの夢はガイドラインとか抜きでマジでヤバイですって!!



239:『先生はペット』
09/04/28 00:21:17 qNklaKlY
「っじ、っじょっ、じょしっ、女子大生さんあのちょっとぉっ!」
「はい?」
必死でもがいてその腕の中から逃げ出せば、きょとんとした表情で小首を傾げられ。
「ああ、そうですよね」
にっこりと笑顔で納得される。
「お腹がすきましたよね。もうすぐ晩ご飯ですから、少しだけいい子にして待っていてくださいね」
そう言うと、状況についていけず硬直した望の頭を最後にもう一度ぽんぽんと撫でてさっさと立ち上がる女子大生。
鼻歌交じりで軽やかに部屋から出て行く後姿を見送って―彼女が完全に廊下の奥に消えてから、やっと体の力が抜ける。
「っはぁ~……」
体中の酸素を全て吐き出してしまうようなため息をつくと、ばたりとそのままうつ伏せに倒れこんだ。
「何なんですか、これ……」
とりあえずどう考えても『吾輩は猫である』ではないと思う。夏目漱石に土下座でも何でもした方がいいと本気で思う。
何がどう話が捻じ曲がってこんな展開になってしまったのか、どこでどう間違ったのか―と考え始めた脳内に
不意に蘇った言葉は。

『フロイトの夢分析によると、大抵の夢が性的要求不満の現れとされているのよ』

「ち、違います断じて違います!そんな、私は別に、あの人のことをそんな目でなんてっ―!!」
見てない、と言えばもしかしたら嘘になるかも知れない。
しっかりしているようでどこか幻のような、まだ詳しいことは何一つ知らないのに
時折既視感にも似たものを感じさせるような、そんな人。
たまたま会った近所のスーパーから2人並んで帰る時。自宅の前でちょっとした立ち話をしている時。
ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離だと、抱きしめられる距離だと、そんな考えがふと浮かんだこともある。
そんな『触れたい』『抱きしめたい』という、胸に秘めた好意から生まれたほんの小さな願いだって
突き詰めて考えれば性的要求不満に繋げられるだろう。
ただ、別に自分はそこまで突き詰めて考えたことは決してなかったし、彼女への好意だって結局胸に秘めたままだったし。
―何より、こんな夢を自分は望んでいない。
自分だけの都合だけで出来上がる夢の中で彼女といくら近付いても、最後には目覚めが待つ以上、虚しいだけである。
と言うか、夢の中で自分は『お隣さん』どころか『ペット』なのだ。近付くどころか明らかに現実よりもランクダウン。
それでも夢を実際に見てしまっている以上、どんなに否定してもこれは深層心理で望んでいたこと―なのだろうか。
「……絶望した……自分自身の浅ましさに絶望した……情けなさに絶望したぁ……」
寝っ転がったままうじうじといじけていると、ぱたぱたと軽い足音が聞こえてきて慌てて上体を起こす。
どう女子大生と顔を合わせればいいのか分からないが、だからと言っていつまでもすんすんとしていたら
また撫でられたり抱きしめられたりされかねない。それは困る。非常に困る。
(と、とにかく出来るだけ普段どおりに、普段どおりに……)
心の中で繰り返して、1つ大きく深呼吸。丁度息を吐ききるのと同時に声がかけられた。
「お待たせしましたー。晩ご飯ですよ」
「ああ、ありが―」
立ち上がりかけた体が、ひょこりと覗いた顔を見て固まる。
「……風浦さん?」
ある意味今の状況を作り上げた張本人とも言える少女が、いつもの制服の上にエプロンをつけて立っていた。
「え?貴女、何をしてるんです?あ、あの、ひょっとしてお知り合いだったんですか?」
僅かに首を傾げて少女がちょこちょことこちらに寄ってくると、いつもの笑顔で―ひょいと望の手をとった。
「先生、何の話をしてるんですか?」
「え?何のって、いえ、そもそも貴女はどうしてここに……」
「嫌だなぁ」
可符香の手が、そのまま望の手を握る。
「私はここで先生と暮らしてる、先生の飼い主さんじゃないですかぁ」
ひんやりとした、柔らかい手だった。



240:199
09/04/28 00:23:45 qNklaKlY
続いてしまってごめんなさい。
猫耳と尻尾とか使いこなせない感でいっぱい。正直反省している。

241:名無しさん@ピンキー
09/04/28 00:31:34 hNzwd3Wu
おひさー相変わらず調子良いね
この調子で続けてくれたまえ

242:名無しさん@ピンキー
09/04/28 00:38:21 6Ai5BtRu
ずっと待ってましたぁああ
続きも待ってます

243:名無しさん@ピンキー
09/04/28 00:41:02 pBZOx367
おもしれえええ
なかなか変わった展開ですね
続き楽しみに待ってます


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