【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part19【改蔵】at EROPARO
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part19【改蔵】 - 暇つぶし2ch100:名無しさん@ピンキー
09/02/23 22:57:51 h/Y+oej7
可符香ばっかでつまらんなここ

101:名無しさん@ピンキー
09/02/24 00:41:27 VfgaM+Xs
>>100
可符香以外のネタをお待ちしてます。

102:名無しさん@ピンキー
09/02/24 08:45:37 eJT/XIok
>>100
すみません…
もう2度と書きますん

103:名無しさん@ピンキー
09/02/24 09:45:01 BeK/cwd7
最近は望カフ少なかったからうれしいよ
是非また書いてください
このスレときどき変なの沸くけど気にしないで

104:名無しさん@ピンキー
09/02/24 18:29:35 WaR3a8xg
最新刊を読んで可符香熱が上がったところだった
是非また書いてください

105:名無しさん@ピンキー
09/02/24 19:50:11 yY43N13I
>>102
ざまぁw

106:名無しさん@ピンキー
09/02/24 20:08:54 Kp/0lvCh
「すん」が読めない時点で相手にするに値せず

107:名無しさん@ピンキー
09/02/24 21:46:20 yY43N13I
>>106
2度と書きますんw
2度と書きますんw
2度と書きますんw


108:名無しさん@ピンキー
09/02/24 22:44:25 lsjcdvV+
いや普通にIWGPと絶望の中の人のネタだろ>ますん
何がそんなに・・・

>>102
まぁ真に受けてないと思うけど、気にしないでいいよ
また気が向いたら是非書きに来て下さい

109:名無しさん@ピンキー
09/02/25 01:29:52 V7hvwnSG
>>107は下見てないんだろうなw

110:糸色 望 ◆0CUHgEwUxE
09/02/25 07:00:41 wFH26xPk
私がコードギアスのルルーシュでしたら・・・。

「下見です。」とおっしゃっている望に対し
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!糸色 望は俺の言うとおりにしろ!」と
いう風に遠慮無くギアスをかけていたかもな。ギアスをかけられた望は
「イエス・ユア・ハイネス!!」と言って、自分の頭にルルーシュから渡された
拳銃でぶち抜いて死んでいると。

ただ、超ネガティブな性格が災いし、想定外(イレギュラー)の出来事には弱い。

111:名無しさん@ピンキー
09/02/27 15:54:28 anyh+W0A
新刊発売されたというのにこの過疎りっぷりに絶望した!

112:名無しさん@ピンキー
09/02/27 23:01:18 YKG0Fye8
大浦さん根津さん丸内さん

113:名無しさん@ピンキー
09/03/04 00:45:12 X4ovF+Vk
保守

114:名無しさん@ピンキー
09/03/04 09:09:10 ODyIr56u
ID:qb2Ca7KK
さっさと書けよ

115:名無しさん@ピンキー
09/03/04 10:19:22 a8NC0uHy
久しぶりに来たけど
半端ねぇwww


116:名無しさん@ピンキー
09/03/04 12:08:35 54dXw8L/
>>114
ID:yY43N13I乙

117:名無しさん@ピンキー
09/03/08 20:35:11 DkaPHUNa
オレでよければ書いてみる

118:名無しさん@ピンキー
09/03/08 20:40:57 WqqCF6Av
お前しかいない

119:名無しさん@ピンキー
09/03/08 20:42:58 wpUFw8Xa
じゃあ俺も

120:名無しさん@ピンキー
09/03/09 00:04:16 cFKLzLht
お前しかいない

121:糸色 望 ◆0CUHgEwUxE
09/03/11 11:24:38 PU/p/8g3
各キャラのエンジン

勝 改蔵、名取 羽美、坪内 地丹など
DMH17系エンジン1台

L Lawlite、セバスチャン・ミカエリスなど
DMH17系エンジン2台

ルルーシュ、四月一日 君尋、糸色 望など
DML30HS系エンジン

ギンコ、夏目 貴志など
DMF15HS系エンジン

デスノートのニア、バトルスピリッツのJなど
カミンズ DMF14HZエンジン

勝 改蔵のDMH17系エンジンは太平洋戦後の設計の古さから、エンジンの質量の割には出力は
十分でなく、燃費効率や始動性と機動性も芳しくなかったが、旧型のキャラクターに広く採用され続けた。

四月一日 君尋、糸色 望のDML30HSHエンジンはルルーシュのDML30HSEエンジンを安定性重視に
改良し、出力を500馬力から440馬力へとデチューンして余裕を持たせたエンジンである。

デスノートのニア、バトルスピリッツのJの直噴式以外はすべて予燃焼室式である。
今時、予燃焼室式エンジンはもはや時代遅れであった。

122:名無しさん@ピンキー
09/03/12 09:54:39 2/8u8RQz
荒らしでさえ嬉しくなってしまうほどの過疎っぷりだな

123:名無しさん@ピンキー
09/03/12 20:06:14 zyCnPtDz
どうしたんだ
なにがあったというんだ

124:名無しさん@ピンキー
09/03/14 14:28:22 z5zDjj8/
これはもう小ネタで気を紛らわすしかないな

125:名無しさん@ピンキー
09/03/15 19:11:04 zM4dIDli
テスト

126:584
09/03/15 21:34:38 zM4dIDli
お疲れ様です。青山×奈美で投下させて下さい。

127:普通なんて 
09/03/15 21:42:08 zM4dIDli

時は黄昏時、夕日に照らされた校舎。窓の外からは運動部の元気な掛け声が聞こえてくる。
私こと日塔奈美は誰もいない放課後の教室で悩んでいた。

「はぁぁ・・・・・・・・・・」
深いため息をつく。
私、日塔奈美はどこにでもいる、ごくあたり前の「普通」の少女。特に問題のない平均的な普通の家庭に生まれ、
普通に育てられ、普通の生活をしながら、普通の学校に通っている。

―――――普通―――――――――

この単語が私を苦しめる。普通、普通と言われ続ける毎日。
普通の境遇、恵まれた境遇に生まれたことにはもちろん、感謝している。裕福な家庭に生まれ、ちゃんと両親がいて、友達もいて、何の心配もなく学校に通えている。
それはとても幸せなことだと思う。それ以上のことを望むのは贅沢だとわかっている。

だが、普通なんだからそれでいいんじゃない――――――と言われるのにはハラが立つ。

――――普通じゃなくなりたいと思うことこそが普通なんじゃないかな―――――

以前可符香ちゃんから言われた言葉。違う、そんなんじゃない。普通じゃなくなりたいんじゃなくて、私はただ純粋にほめてもらいたいだけなのに――――

普通だから・・・・・それ以上を望んではいけないのか?
境遇的にはもちろん恵まれているし、「普通」を「異常」との2項対立で見ればたしかに、「普通」は良いことだ。でも、それとこれとでは次元が違う。
能力や人格の面で言えば普通は基準値に過ぎない
普通未満のことしかできない人よりは、はるかに評価されていると思う。だが、普通で止まってしまってはそれまでだ。決していい意味では使われない普通、
私だって普通以上のことをして、人から評価されたい。普通からいい意味で脱却したい。たしかにそう思うこと自体が普通なのかもしれない。

だが、この思いはこの世に生を受けた者なら誰もがもつであろう憧れ。
それを単に境遇が恵まれているから、そのままでいいんじゃないと言われるのは悔しい。
普通の代名詞にされ、他人と比べられるだけのものさしとして扱われる。あくまで他人を引き立てるだけの道具に成り下がるのは悔しい。

128:普通なんて
09/03/15 21:45:44 zM4dIDli

私は普通だからというだけで私自身の物語の主人公になることすらできないのか。
普通以上に憧れることは許されないのか。特別なものに憧れてはいけないのか

もちろん、私も努力はしている。部活動こそしてはいないが、成績向上のための勉強も以前より熱心にしているし、
就職に有利なように資格の取得にもチャレンジしている。
アルバイトだって頑張っているし、私なりに自分の進路を真険に考えているし、
社会に適応できるように日々スキルアップを図っている。
だが、それだって、この社会では人並みの努力に過ぎない。
私は今まで、どれだけ努力しても、以前よりよい結果を残しても、「普通」の一言で片づけられてきた。

思えば、このクラスに来てから、ほめられたことがあっただろうか、何かにつけて、自分に向けられる単語は「普通」の一言だけ。
自分の努力や言動1つ1つに対して、正当な評価をしてくれた人が今までいただろうか。
私が何をしようと、その結果は「日塔奈美がやることは全て普通」というフィルターに通され、「普通」という評価が真っ先に下されるのだ。

「あはは・・・・・・・、私って一体何なんだろうな、」
気がついたら、目からは涙があふれていた。

――――――普通
――――――あんまり、普通のこと言わないで下さい
――――――そう思うのが普通だよね
――――――奈美ちゃんは普通ですから
――――――普通にやるよね、それ
――――――普通は普通でいいんじゃないですか、普通ですし、
数々の言葉が脳をよぎる。


「ぐッッ―――――、なんだよ、畜生ッ―――、畜生ッッ―――」
思わず、悪態を吐く

――誰も私のこと真剣に見てくれない。―――
私は普通という概念そのものであって、誰も私を人間として、日塔奈美として見てくれないんだ。
私だって、必死に、がむしゃらに生きてきたのに、こんなに頑張っているのに、
ちゃんと私にしかない人格をもって、私らしくありたいと思っているのに
―――それすら許されないのか

そんなのは悲しすぎる。
思考はどんどん暗い方向へ堕ちていく。

129:普通なんて
09/03/15 21:50:45 zM4dIDli

「えっく・・・・・ぐすっ・・・・・・ぐすん・・・・・・」
しばらく突っ伏して、机を涙で濡らしていた。

「日塔さん―――どうしたの、」
その呼び声で私は堕ちていく思考を再び取り戻した。男子の声だった。
「大丈夫、具合悪いの?」
顔を上げると、そこには心配そうに私を見つめるメガネの男子の顔があった。ウチのクラスの出席番号1番、青山くんだった。
普段でも穏やかな彼の顔だったが、夕焼けに照らされたその顔は余計に情緒的で優しく見えた。

「ぐすっ・・・ううん、何でもない、大丈夫だよ、」
そう言ってとりあえずごまかしてみる。ああ、こんなに泣いているところを見られて恥ずかしい。

「何でもないわけ・・・・・・・・、ないと思うけど」青山くんは私を逃がしてくれなかった。
「忘れ物を取りに来ただけなんだけど・・・・・・・・このまま日塔さんを放って帰るのは・・・・・・・できそうにない。」
青山くんは私の前の椅子に座るとこんなことを言ってくれた。

「男の俺がこんなこと言うの変なのはわかっている。・・・・・・・でも日塔さんが心配なんだ。もし迷惑じゃなかったら、話せる内容だったら、
俺に話してくれないかな。」

その言葉に驚いた。そして嬉しかった。私のことを見てくれている人がいる。私を心配だと言ってくれる人、青山くんの表情は本当に真剣だった。
私は青山くんに心のうちを打ち明けることにした。

「青山くん、私って1人の人間として、見られているのかな?、「普通」っていう概念が服を着て生きているだけと思われているんじゃないかな?」
思わず、そんな自暴的な問いかけをしてしまう。それを聞いた青山くんは血相を変えて、大声を出す。

「――――――ッッッッッ、何言ってるんだ!!そんなことあるわけないだろ、日塔さんは人間だ!!自分の意思をもってちゃんとここで生きている。
自分をそんな風に言っちゃダメだ―――!!」
青山くんは必死に否定してくれたが、今自分でした問いが引き金となり私の心は再び堕ちるところまで堕ちていく。
私の口からは涙声で次々と嘆きが再生される。

130:普通なんて
09/03/15 21:52:48 zM4dIDli

「私はどんなに頑張っても、みんなからは普通って言われるだけ、みんな私のこと真剣に見てくれない。日塔奈美として見てくれない!!
『普通』の代名詞みたいに言われて、何をしても、ああ、こいつができるんだから、みんなできるんだなっ・・っていうふうに見られて。」
「違う、そんなことない、・・・・・日塔さんのこと、みんなはちゃんと見てくれている!!」

「私だってほめられたい。頑張ったら、頑張った分だけ、人から評価されたい。それだけなのに、
みんなは私が普通だからって・・・・・・・普通はいいことだって、・・・・・・それ以上を望むのは贅沢だって、それだけで片づけられて、
・・・・・・・・・ぐすっ・・・・・・・・・私だって恵まれた環境に生まれたのには感謝してる・・・・・・・・でもそれだけで満足だなんて思いたくない、
私だっていい意味で普通じゃなくなりたい、・・・・・・・・・人からちゃんと評価されたいの、・・・・・・ただそれだけなのに・・・・・・・」
両目を手で覆いながら、私は弱々しく言葉を紡ぐ。私の目から溢れ出す涙は止まらない。

「日塔さん――――、日塔さんは普通なんかじゃない、・・・・・・・・頑張り屋で、仲間思いの強い、すごく優しい女の子だよ。
俺、いつも見てるもん、・・・・・・・日塔さんがマリアや交くんの面倒見たり、大草さんの内職手伝ったりしてるところ・・・・・・」
青山くんはそんな私をなだめようと落ち着いた、優しい言葉をかけてくれている。

「図書館で勉強頑張っているところも、バイトで大きな声で呼びこみ頑張っているところも、・・・・俺はちゃんと見てる。」
本当に、本当に、真剣な言葉、思えば、他人からこんなに真剣な言葉をかけられるのはいつ以来だったか、

131:普通なんて
09/03/15 21:56:18 zM4dIDli

「そして、日塔さんはこんなに美人じゃないか―――――――」

――――――――えっ―――――――――

私はその一言に固まった。思わず目を覆っていた手をどけて、青山くんを直視した。

「こんなに可愛くて、美少女で、スタイルだっていいし、」
顔が真っ赤になっていくのがわかる。
――――可愛い――――――――今、目の前の人は自分のことを確かにそう言ってくれた。
しかし、それだけでは済まなかった。青山くんの次の言葉は私をさらなる驚愕に陥れた。


「俺・・・・・・・・日塔さんのことが好きだ、」
青山くんは頬を染めながら、私から目を反らさずにそう言った。
「えっ―――――――、・・・・えええええ―――――!!!」
信じられなかった。
(男子から・・・・・・・・・・・告白された。・・・・・・・・・)

「俺、日塔さんが普通って言われるの悔しくてしょうがなかった。・・・・・・・・・こんなにいい娘なのに、
日塔さんがみんなから普通って言われるたびにイライラしてた。『日塔さんに謝れッッ!!』て言いたかった。
1月に2代目先生やらされたときは木津さんからせかされて、つい『普通のものさし』って言っちゃったけど、
本当は日塔さんがものさしにされたことが悔しくて震えてたんだ、
あの後、かばってやれずにあんなこと言ってしまっていたのをずっと後悔してた。」

そう言えば、あの時、青山くんは全身タイツに着替えさせられた私を見て、何かに耐えるようにずっと押し黙って震えていた。
それで千里ちゃんに怒られて・・・・・・

132:普通なんて
09/03/15 22:00:30 zM4dIDli

青山くんの表情が悲痛で歪んでいく。

「日塔さんは普通って言われるの嫌がっているのに、みんな日塔さんのこと普通って決めつけて、
それを前提にして、よってたかっていじめて・・・・
許せなかった・・・・・・・・でも勇気がなくて守ってあげられなかった。見ていることだけしかできなかった。
情けない・・・・・・・・・・こんなに追い詰められていたのに、」

他人からこんなに強く同情されるのは、いつ以来だろう、知らなかった・・・・・・・・こんなにも私のことを思ってくれる人が同じクラスにいたなんて。
そう、青山くんの言う通りだった。
私は普通と言われるのが嫌なのに誰も彼も、その声を無視して、私を普通と決めつけて、それを前提に話を進めてくる。
私はまずそこから否定しなければいけなかったんだ。

青山くんの両手が私の右手を握りしめる。私の目をメガネの奥から真正面に捉えて、力強く言葉を投げかけてくる。
「日塔さん、この世に普通の人なんていない!!日塔さんはこの世に1人しかいない、かけがえのない女の子なんだ。
日塔さんにはちゃんとご両親がいる。ご両親は日塔さんのこと大事に思っていないわけない。
何より君は今までご親戚や近所の人、先生、友達、周りのいろんな人に支えられて、自分でも頑張って必死で生きてきたんだ。
その日々の積み重ねといろんな人の思いを「普通」なんていう一言で片づけるのは絶対に間違っている。
人間だけじゃない―――、この世に生まれてきたものに普通なものなんてない。普通という一言で片づけていいことなんかない。
みんな『特別』なんだ。みんな、生んでくれた両親がいて、自分だけの意思があって、それぞれの思いを背負って、がむしゃらに生きている。
そうやって死に物狂いで生きた結果が歴史に残らない平凡な人生だったとしても、その中で数え切れないほどの人の役に立って、感謝されているんだ。」
1つ1つの言葉が心に強く突き刺さる。

「青山くん――――――、」
「それに何より、日塔さん――――、今、この現代社会で生きることはものすごく大変なことなんだ。
当たり前のことが当たり前に出来るってすごいことなんだ。
どんな人だって、ものすごい努力して、がむしゃらで必死になって生きている。俺はこれから社会の荒波に出ていく日塔さんを本気で応援したい。
俺は当たり前のことを当たり前に出来る日塔さんを尊敬していた。俺は日塔さんの健気さがまぶしくて仕方なかった。
――――日塔さんはいつだって輝いていた。
日塔さんは俺のアイドルだった!!―――――――、」

133:普通なんて 
09/03/15 22:05:14 zM4dIDli

(ア・・・・・・・・・・・・・アイドル・・・・・・・・・・・)
その単語を聞き、私の顔はさらに真っ赤になっていく。

「日塔さん――――――、もう誰にも君のことを普通なんて言わせない、
――――――俺が君を守る。」
青山くんはそう言って一息つくと、私の右手をしっかりと握りしめたまま、次の言葉を発した。

「日塔さん―――――――――俺と付き合ってくれ。」

それは偽りのない心からの求愛の言葉、
「な・・・・・・・・あッ・・・・・・・・・・・」
私はそのストレートな言葉に呼吸を奪われる

「この思いは紛れもない本物だ。――――――
俺は日塔さんに出会う前まで、出来て当たり前のことすら満足に出来ない人間だった。目標も夢も持たず目の前のことしか考えずに怠惰に生きてきた。
でも日塔さんに出会ってから自分を変えようと思った。当たり前のことが当たり前に出来て、なおかつそれ以上のことも出来る日塔さんが本当にすごいと思ったし、ずっと憧れていた。
日塔さんの頑張りに負けないだけ自分も頑張ろうと思えた。日塔さんが俺を変えてくれた。今はまだ自分のことすら満足に出来ない人間だけど、
もっと強くなって成長して、日塔さんを守れるだけの人間になりたい。
――――――――――こんなにも強い思いが俺にはある。」
私の目から再び、大粒の涙が溢れ出す。

「うぁ・・・・・・・あ・・・・・・・・・・うわあああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
私は青山くんにすがりついて泣き出した。
「日塔さん・・・・・・・・・・・・」

今までどんなに頑張っても普通と言われ続けた日々、その日々を青山くんはしっかり見てくれていた。
私のことを普通なんかじゃないと、普通以上の特別な存在だと初めて認めてくれた。
この世に普通のものなんてないと、当たり前のことを当たり前に出来ることがどれだけ大変で、すごいことなのか気付かせてくれた。
私を応援したい、守ってあげたいと言ってくれた人。私のことを好きだと言ってくれた人。
―――――――――こんなにも私のことを思ってくれている人。

「あ・・・・・・・・・・・うぁ・・・・・・・・・青山くん、ありがとう・・・・・・・・」
私は青山くんの背中に腕を回し、思い切り抱きついた。
「日塔さん・・・・・・・・・・・・・君は俺が守る。」
青山くんも私を力一杯抱きしめてくれた。その腕は暖かった。
彼になら自分の全てをさらけ出せると思った。青山くんは私を普通という檻から救ってくれた。
私は青山くんのためにも、他の人の役に立てるような人間になれるように、これからも自分を磨き続けていこうと思う。
そしてもっと多くの人に普通よりすごいねっ・・ってほめられるようになりたい。


私たちは日が暮れるまで誰もいない、教室で抱き合っていた。


ED

134:584
09/03/15 22:13:24 zM4dIDli
お粗末様でした。
普通に生きるのはすごく大変です。
だから普通に生きれない、普通に生きてこれなかったダメ人間の自分は
奈美がまぶしくて仕方ないし、応援してあげたいんです。
普通に生きることの大変さを1番知っているのは奈美だと思います。

135:名無しさん@ピンキー
09/03/16 00:16:05 faV/Iwhw
普通が一番難しいよね
人並みに生きられるのは幸せだと思う
乙でした!

136:名無しさん@ピンキー
09/03/16 14:38:39 gzF6I1SS
青山好きだわー

137:名無しさん@ピンキー
09/03/17 07:46:09 5kysbg1m
>584乙!奈美はいいものだ

このスレもPart6までは1スレ消化に半年以上がザラだったんだな
Part6の途中からアニメが始まり怒涛の投下が始まり・・・
あれは夢で今はその前の状態に戻っただけなんだそうなんだ・・・

138:小ネタ「とりあえずカエレさんに出番を与えてみた」
09/03/18 01:25:21 mCWlbW/Q
千里「ジー」
カエレ(なんか私の胸見てるな…)
千里「……チラ」
カエレ(今度は自分の胸を…しかしどんだけ平らなんだ)
千里「…ねえ、脂肪がそんなにあるってどんな気持ち?」
カエレ「え?別にどうも」
千里「嘘。優越感に浸ってるでしょう。」
カエレ「いや、ちょっと肩がこったりして不便かなと」
千里「私は脂肪と言っただけで胸とは言ってないのに。やっぱり、私のこと馬鹿にしてるんだ。」
カエレ「いや別にそんなことは」
千里「いいなあ、大きい人は夢があって。」
カエレ「女の価値はバストでは決まらないだろ」
千里「それはあなたのようなおっぱい星人にだけ許される台詞ね。」
カエレ「で、でも将来垂れるかもしれないし、小さい方がいいって」
千里「うん、あと動くときスッゴい邪魔よね。あびるちゃんなんか運動神経ゼロだし。なんか大きい人って可哀想ね。」
カエレ「え……あ、うん、それに小さいのが好きって性癖の人もいるし…」
千里「あ、もう行かないと。それじゃ、体育に遅れないようにね。」バタン
カエレ「……って何なんだよ!でかくて悪かったな!」
ガラッ 千里「今、『貧乳女の僻みウゼー』とか思った?」
カエレ「思ってない!思ってない!」
千里「ふーん」バタム
カエレ「うう…心が折れそう」
千里「ジー」
カエレ「まだいた!怖!」

139:名無しさん@ピンキー
09/03/19 15:23:47 XXkRtp2c
なんと鬱陶しい千里

140:266
09/03/20 00:42:27 spH1Q6P/
凄く久しぶりに書いてきました。
16巻の限定版DVDネタの望×可符香で、エロなしなのですが……。

ともかく、投下してみます。

141:266
09/03/20 00:44:20 spH1Q6P/
今も覚えているのは、観客たちですし詰めになったテントの中の何とも言い難いざわめき。
閉鎖された薄暗い空間を、強烈に照らし出すスポットライトの光。
さまざまな曲芸を繰り出す団員や動物達。
ピエロのおどけた仕草。
そして、それを見てはクスクスと、本当に楽しそうに笑っていたあの幼い女の子。
その笑顔は、スポットライトを浴びて華麗な技を披露するサーカス団と同じくらいに、僕の瞳にキラキラと輝いて映った。
この娘にのせられて半ば無理やりサーカスに連れて行かされて、
しかもなけなしの小遣いからこの娘の分のチケット代まで払う羽目になったけれど、
ざわめきに包まれたこの薄暗い観客席に座って、この娘の笑顔を見ている時間は不思議と満ち足りていた。
「楽しいね、お兄ちゃん」
女の子は言った。
「そうだね、僕も楽しいよ」
僕がそう応えると、女の子はより一層嬉しそうに笑った。
サーカスのテントの中は日常とは切り離された異空間、夢の世界だ。
赤、青、黄色、目にも鮮やかな原色と煌く光。
繰り広げられる息の詰まりそうな曲芸の数々、火の輪をくぐるライオンのしなやかな筋肉の動き。
めくるめく非現実じみたショーを見ている内に、心はうっとりと陶酔していく。
興奮と、心地良い気だるさが同居した現世の夢。

だけど、どんな夢もいつかは必ず醒める。

ふと、テントの入り口のあたりに僕が目をやった時だった。
「あれ、今更入場して来る人なんているんだな……」
テントの中に入ってきた背広姿の男を見つけて、僕は何気なく呟いた。
その男に、僕は妙な違和感を感じた。
険しい表情で、他の客を掻き分けて進むその姿は、サーカスを楽しみに来た人間のものとは思えなかった。
さらに続いて同じような男たちが次々とテントの中に侵入して来るに至って、違和感は不信に繋がる。
(あいつら普通じゃないな…もしかして、テロリストとか?…いや、まさかそんな……)
十中八九、気弱で疑り深い僕の思い過ごしだろう。
それでも、何かあった時のためにと、僕はとなりの女の子の小さな手の平を握った。
男たちは全部で7,8人ほどだろうか。
注意深く様子を見ていると、どうやら彼らは何かを探している様子だ。
一体何を探しているのだろうか?
だが、その疑問はすぐさま解かれる事となった。
男たちの一人と目が合ったのだ。
僕はその男と数秒間は見詰め合っただろうか。
そして次の瞬間、鬼の形相に変わった男は仲間に合図を送りながら、まっしぐらにこちらに接近し始めた。
「な、な、な……何なんだ、一体!!?」
戸惑う僕はその時、男が懐から出した物を見てさらに仰天する。
警察手帳。
男は周囲にそれをかざして、道を譲って貰いながらこちらに向かって来る。
残りの男たちも同様にこちらへの距離を詰めている。
急転直下の自体に、僕のパニックが最高潮に達した。
その時である。
「たすけてー、おまわりさーん!!!!」
女の子が突然立ち上がり、そう叫んだのだ。
「へ……えっ…きみ……何を言って…!?」
「たすけて、おまわりさーん、ゆーかいされるぅ~!!!!」
「えぇえええええええええっっっ!!!!!」

結局、全ては女の子の悪戯だったのだ。
彼女と出会ってから一年にもなるが、僕はこの幼い娘の行き過ぎな悪戯に毎回酷い目に合わされてきた。
まあ、それでも気付かず、またこうして引っかかっている僕も僕なのだが……。
取り押さえられてしまった僕は自分の間抜けさ加減を恨みながら、刑事達に保護されて去っていく女の子を見つめる。
「うぅ…今回もまんまとやられてしまった……」
自分自身の学習能力のなさにため息を吐く。
それでも不思議と悪い気分じゃないのは、さっきまで見ていた女の子の笑顔のせいなのだろう。
これだけ酷い目に遭わされて、それでもまだそんな事を思っている自分には少し呆れるけれど、
僕はどうしようもなくあの笑顔に憧れていたのだ。

142:266
09/03/20 00:45:14 spH1Q6P/
何もかも後ろ向きでネガティブで、高校入学を機会に今度こそは明るい青春をと目論んだけれどそれも失敗して、
今まで以上に俯きがちに過ごすはめになった僕。
そんな僕が求めてやまないものが、その女の子の笑顔にはあった。
本物の幸せとか、希望とか、そういうキラキラと輝くもの全てがそこにはあった。
まあ、毎度毎度、代償が大きすぎるのが玉に瑕だったけれど……。
「ああ、また父さんに迷惑をかけてしまうなぁ……」
あの女の子に関わるようになって以来、度々警察のお世話になってしまった。
後になって誤解だとわかってはもらえるものの、そろそろ警察が僕を見る視線には苛立ちを通り越して殺意がこもり始めている。
たとえ濡れ衣でも息子の僕がこの有様では、代議士としての父の評判にもかなり影響が出てしまう。
しかも、その当の父が一応怒る素振りを見せつつも、その実かなり面白がっているようなので、余計に心配なのだ。
「……次は絶対に引っかからないようにしないと……」
呟いてみて、あまりの説得力の無さに自分で苦笑してしまう。
これからも、きっとこんな調子で僕はあの娘の手玉に取られ続けるのだろう。
そんな事を思いながら、最後にテントから出て行こうとするあの娘の方を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
「……………っ!?」
こちらの方を振り返りながら、女の子が浮かべた笑顔。
その目元にきらりと輝いた雫が、赤い頬を流れ落ちるのが見えた。
女の子の唇が動く。
声は聞こえなかったけれど、そこから紡ぎ出された言葉を、僕はハッキリと読み取る事ができた。

また、会えたらいいね………

そのまま刑事達に付き添われてテントの外へと姿を消したその女の子。
『あん』という名前の彼女はそのまま、まるで最初からいなかったみたいに僕の世界から消滅した。
あの、桜舞い散る卯月の日からずっと見ていた夢から、僕はこうして醒めたのだった。


むくり。
真っ暗な部屋の中、夢から醒めた私は布団を押しのけて起き上がった。
ずっと昔の、忘れようとしても忘れられない苦い思い出。
いつもにこにこと笑って、幸せそうにしていたあの小さな女の子。
私はあの娘と一緒にいる時間が嬉しくて、幼い少女が胸の内に何を秘めていたのか、全く理解していなかった。
どんな事情があったのかは今もわからない。
よくよく考えてみれば、あの娘は『あん』という自分の名前以外、どこに住んでどんな家族と暮らしているのか、
それどころか名字さえも私に教える事はなかった。
たぶん、あの娘はあの日のサーカスでの別れが訪れる事を、最初に出会った時からわかっていたのだ。
彼女、もしくは彼女の家族に関する何かのっぴきのならない事情のために、いつかは私の前から去る事になってしまうと理解していたのだ。
だから、いつもの悪戯に紛れて、私には何一つ悟らせないままあの娘は消えようとした。
だけど、それでも堪え切れずに零れ落ちた涙が、呟いた言葉が、今も私の胸を締め付ける。
『また、会えたらいいね………』
どうして、気付いてやれなかったのだろう。
あれほど近くにいたのに、私はあの娘の事を何もわかってはいなかった。
今も昔も、いつだって無力だった私だけれど、それでもあの娘の涙を受け止めてあげる事ぐらいは出来たはずなのに……。
ため息を吐いて、暗い天井を見つめる。
胸にぽっかりと穴が開いたような虚無感を噛み締めながら、私は眠れない一夜を過ごす事となった。

寝不足の頭を抱えたまま、何とか今日一日の授業を終えて私はホッと息をついた。
下校前のホームルームが存外長引いてしまったが、いつものように『絶望したっ!!』と叫んで暴走した私が悪いのだから文句は言えない。
2のへの生徒達はそのほとんどが所属する部活に向かったか帰宅してしまっていたが、
教室の一角に残って何やら話し込んでいる様子の生徒達が数人ほどいた。
随分盛り上がっているようで、何を話しているのか気になった私は彼らの後ろから近付いていく。
「随分楽しそうですね。何の話をしているんですか?」
「あ、先生」
振り返った生徒達の真ん中、どうやら話の中心になっていたらしいその少女、風浦さんが振り返った。
その手には何か、チラシのようなものを持っている。
「先生も一緒に行きませんか?」
そう言って、彼女は私にそのチラシを渡した。

143:266
09/03/20 00:45:47 spH1Q6P/
「これは……!?」
そこに書かれた文字に、私は一瞬言葉を失う。
『○×サーカス公演』
昨夜の夢の光景が頭の中にありありと蘇る。
私がそのサーカスの名前を忘れるはずが無い。
それは間違えようも無く、あの日、私とあの幼い少女が見たサーカス団の名前だ。
ずっと昔に見たのと同じサーカス団と再びめぐり合う。
良くある事とは言えないが、あり得ない出来事という訳でもないはずだ。
しかし、私の心はこれ以上ないくらいに動揺していた。
思わず口ごもってしまった私の顔を、風浦さんの屈託の無い瞳が覗き込む。
「どうしたんですか、先生?」
「い、いえ……しかし、サーカスですか。中々お目にかかれる機会もありませんし、面白そうじゃないですか…」
少し声が上ずっているのが自分でもわかったけれど、彼女は特にそれを追及しようとはしなかった。
「可符香ちゃんがこのチラシを持って来たんですよ」
「それで、今度の終末にみんなで一緒にサーカス見に行かないかって話になって…」
木津さんと日塔さんが代わる代わるにそう言った。
確かに、サーカスの興行を目にする機会というのもそう多くあるわけではない。
「先生、もちろん一緒に行ってくれますよね?」
「え……いや…私は…」
藤吉さんがズイと身を乗り出してきたが、私は即答できなかった。
何しろ、あんな夢を見た直後だったのだ。
素直に肯くのには、私も気後れしてしまう。
しかし、そんな私の気持ちなど知る由も無く、ウチのクラスの面々はさらに詰め寄って来る。
「私も先生と一緒にサーカス見てみたいですっ!!」
いつの間にやら背後にいた常月さんにホールドされる。
こういう展開になると私はとことん弱い。
昨夜の夢の事以外で特段拒否する理由もなかった事もあって、気が付いた時には私はサーカス行きをOKしていた。
「それじゃあ先生、今度の週末、楽しみにしてますから」
ひらひらと手を振って教室から出て行く生徒達を、私は苦笑いしつつ見送る。
そのまま、生徒達が廊下の向こうに消えていこうとしたその時だった。
「あっ……」
生徒達の一番最後を歩いていた風浦さんが足を止めてこちらを振り返ったのに気付いた。
自然に視線と視線がぶつかり合ってしまう。
私と彼女の間に、何となく気まずい空気が流れる。
だが、それも結局は一瞬の事だった。
彼女はそのまま、少しバツの悪そうな顔をしながらも、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
取り残された私はため息を一つ。
「どうにも妙な按配ですね……」
昨晩の夢に続いて、何やら自分の過去が無理やり掘り返されているような落ち着かない感じだ。
しかも、サーカスのチラシを持ち込んだのが風浦さんだという事実が私を悩ませる。
「そんな安っぽいドラマみたいな話、ある筈がないじゃないですか……」
私はクラスの出席簿を教卓の上に出して開く。
風浦可符香、という彼女の名前はあくまで通称、当人いわくペンネームだ。
私は、出席簿の中に記されたその名前に視線を落とす。
『赤木 杏』
………やはり、馬鹿げている。
私はあの幼い少女の名字すらしらないのだ。
『あん』、そんな名前はこの日本中にいくらでも溢れかえっている。
だが、風浦さんの笑顔と、サーカスを見ながら笑っていた彼女の精一杯の笑顔が、私の頭の中で重ね合わされてしまう。
それに、10年を越える歳月は、当時の私にとって強烈なトラウマをなったあの経験すらかなりの部分を風化させてしまっているのだ。
たとえ、風浦さんとあの少女が同一人物だったとしても、彼女がそれを覚えているかどうかなど……。
「しかし、それでも私は………」
夕焼けの教室で、私は一人うめいた。


144:266
09/03/20 00:47:01 spH1Q6P/
ぱちり。
真夜中の宿直室、私は瞼を開けて真っ暗な天井を見つめる。
眠れない。
脳裏にちらつくのは、あの娘と風浦さんの笑顔ばかり。
悩みぬいた末、私は夜の学校を抜け出して、サーカスがテントを張られている公園へと行ってみた。
それなりに距離はあるものの、歩いて行けない距離ではない。
街灯の弱弱しい明かりに照らされて小山のようなテントが黒々とそびえている。
そのシルエットがあの日見たサーカスのテントとピッタリと重なる。
テントの入り口まで長い列に、私たちも並んでいた。
小さな手の平で私の手を握り、あの娘は何度も何度も、せわしなくこれから見るサーカスについての事を話していた。
彼女の手を引く私も、当時すでに立派な高校生だったというのに、子供のようにワクワクしていたのを覚えている。
あの時は、まさかあんな別れを経験するなんて思っていなかったけれど……。
「変わりませんね………って、これだけ暗いと細かいとこは判りませんけど」
夜中のテントはひっそりと静まり返って、華やかな舞台の開演を待って深い眠りについている。
その周囲をぶらり、歩いてまわる。
こんな時間のこんな場所に、あの娘の姿を捜し求めても仕方がないのは承知の上。
「我ながら、ナンセンスな事してますね……」
苦笑して、ため息を吐いて。
それでも、その後しばらくはこの場所に留まったのだけれど……。

冴え冴えとした月に照らされた夜の公園、私は一人きりでベンチに腰掛けている。
「何をしているんでしょうね、私は……」
馬鹿な事をしていると、自分でもわかっている。
今の私はかつての後悔に足を引っ張られて、自分でも訳のわからないままに行動をしているだけだ。
あの時の悔しさを、悲しさを、何とか取り戻したくて、意味のない事をしているのだ。
どんなに嘆いても、あの娘に何もしてやれなかったという事実を覆す事などできやしない。
苦い思い出と関わりのあるサーカス団と再び巡り合った。
だから、どうしたというのだ?
そんなものに希望を見出そうなんて、あまりに馬鹿げている。
それでも、凍える夜の公園のベンチから、いつまでも私は立ち上がる事ができない。
まんじりともせず、巨大なテントの影を見つめながら時を過ごす。
そんな時だった。
「………?」
ベンチと真向かいの方向からゆっくりとこちらに歩いてくる人影が見えた。
夜の街を徘徊している不良、という雰囲気ではなかった。
小柄で細身、女性だとしてもどちらかというと背の高い方ではない。
街灯に照らされたそのシルエットはサーカスのテントを見ているようだ。
やがて影はこちら側にある街頭の光が届く距離までやって来る。
照らし出されたその姿はやはり女性だ。
腰まで届く長い髪と、雪のように白い肌が印象的だった。
年の頃はうちのクラスの生徒達とそう変わらないだろう、美しい少女だ。
どうやら、彼女は私の存在に気付いていないらしい。
ただ一心にテントを見上げる彼女の瞳には、何かを懐かしむような切なげな色が浮かんでいる。
ゆっくり、ゆっくりと近付いてくる少女。
その視線が不意にこちらに向けられる。
「えっ……?」
「あっ……?」
ずっと少女に注目していた私の視線と、彼女の視線が交錯する。
彼女の瞳が驚きで見開かれ、一歩二歩と後ずさる。
当然だ、こんな深夜の公園で得体の知れない男から注視されていたのに気付いたら、誰だって逃げ出したくなる。
だけど、彼女はそのまま振り返り、走り出そうとした寸前で、その場で足を止めた。
再び私の方を向いて、恐る恐るこちらに近付いてくる。
私も、思わずベンチから立ち上がり、彼女の方に足を踏み出した。
私の手前3,4メートルほどで立ち止まった彼女は、私の顔を見つめながら口を開いた。

145:266
09/03/20 00:48:21 spH1Q6P/
「あの……」
「は、はい………」
か細い声、潤んだ瞳に見つめられて、私は金縛りに遭った様に動けなくなっていた。
そして、彼女は衝撃的な言葉をその口から紡ぎ出す。
「……失礼な事をお聞きするんですが……もしかして、『のぞむ』っていうお名前じゃありませんか?」
その瞬間、私の心と体は凍りついた。
まさか……。
「……『あん』っていう名前に、記憶はありませんか?」
畳み掛けるような少女の言葉。
私はそれに答えようとして、でも、何も言葉が思い浮かばなくて……。
そして、最後の一言が私の胸に深く深く突き刺さる。
「………ずっと昔…本当にずっと昔……どこかで…私と会いませんでしたか?」

眠い目をこすりながら授業を進める。
明るい日差しに照らされた昼間の教室にいると、昨夜の事がまるで一昨日見たのと同じ夢の出来事のように思えてくる。
私は教室を見渡しながら、その中の一人の様子をそっと観察する。
風浦さんは、特に何事も無いような様子で授業を受けている。
確かに昨夜の少女と、風浦さんはよく似ている。
だけど………。

夜の公園、サーカステントの前で出会ったのは『あん』という名のかつての幼い少女だった。
10年越しの再会。
私と彼女は、二人並んでベンチに腰掛けて、別れ別れになってからの歳月について互いに語り合った。
彼女が何故、私の前から姿を消したのか。
それには私がやはり辛い事情があったようだ。
不仲の両親は、いつ離婚をしてもおかしくない状況だった。
彼女が暴力を振るわれたりするような事はなかったが、彼女の父母は互いのエゴを彼女に押し付け、
ただ自分の方が相手より正しいと証明するために娘を欲した。
幼い彼女はそんなプレッシャーに晒され続けて、その精神はだんだんとボロボロになっていったという。
結局、彼女は母親に引き取られ、母の実家に引っ越す事になった。
「そうですか……そんな辛さを押し隠して、君はずっと笑っていたんですね……」
呟いた私に、彼女は苦笑いしつつ、首を横に振った。
「そんな風に思わないで……私、お兄ちゃんと一緒にいた時は、本当に楽しかったんだから……」
「そう……なんですか?」
「さすがに、お別れの時は辛くて泣いちゃったけれど、でも、あの当時、お兄ちゃんと一緒にいられる時間があったから
その時間が本当に本当に楽しかったから、私は両親の事もなんとか耐えられたんだよ」
思っても見なかった答えに、私は呆然と彼女を見つめる。
そんな私に、彼女はそっと微笑んで言った。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
その言葉は私の心の奥に凝り固まっていた後悔をすすぎ流していく。
だが、次の瞬間、彼女の笑顔に少し寂しげな影が差した。
「でも、残念だな……」
「ど、どうしたんですか…?」
「せっかく、また会えたのに……もう一度お別れしなきゃいけないなんて……」
彼女はこの週末に日本を発つのだという。
母の仕事の都合らしい。
果たしてどれほど長期になるか検討もつかない。
彼女自身も海外移住には乗り気で、日本を離れて見識と語学力を身につけたいと考えているそうだ。
少しでも早く母のエゴから逃れるため、一人でも生きていける力を、彼女は欲しているのだ。
「それで、出発直前にこのサーカスが近くまで来ているのを見つけて、懐かしくてこっそり見に来たんだけど、
まさかお兄ちゃんに会えるなんて思ってなかったから……」
彼女は彼女なりに自分の生き方を模索していた。
そんな最中での、こんな唐突な再会ともう一度のお別れだ。
彼女も相当に複雑な気分なのだろう。

146:266
09/03/20 00:48:54 spH1Q6P/
「でも、それでも、やっぱりもう一度お兄ちゃんに会えて良かったって、私思ってるから……」
「私もですよ……」
そして、私と彼女は翌日またもう一度、この夜の公園で会うことを約束して別れた。
「また、明日ね」
「ええ、また明日、会いましょう……」
彼女は最初にやって来たのと同じ道を、何度もこちらを振り返りながら帰っていった。
そんな彼女の姿が見えなくなるまで、私はずっとその場で見送った。

やはり風浦さんにあの少女『あん』の面影を見たのは、過去を引きずる私の思い過ごしだったのだろうか。
二人の顔立ちは非常に良く似ていた。
が、昨夜間近で話した印象では、彼女たちが同一人物であるとは思えなかった。
髪の長さだけではない。
顔立ちの微妙な差異、ちょっとした仕草やしゃべり方の違い、全体の雰囲気。
それらを見る限り、風浦さんと『あん』は別人であると考えるのが妥当なようだ。
まかり間違えば勢い任せに風浦さんを『あん』だと勘違いして自爆、なんて事も有り得たわけだ。
その可能性を考えるだけで、私の額を嫌な汗が流れ落ちていく。
兎にも角にも、今週一杯、正確には金曜日の夜までは毎晩『あん』とあの夜の公園で話し込む事になるだろう。
彼女が日本を離れてもそれなりに連絡をとる手段はあるかもしれないが、直接話せるのはこれが最後の機会になるかもしれない。
かつてのように悔いの残るお別れだけは御免だ。
出来る限り彼女と一緒の時間を過ごしたい。
まあ、明日に明後日、明々後日と日が進むほど体力的にはキツイ事になるだろうけれど……。

つつがなく授業は終わり時間は昼休みに突入する。
早く昼食を食べて一休みしたかった私は早々に教室を後にしたが、ある事を思い出して立ち止まる。
「そうだ、サーカスを見に行く件がありましたね……」
例の少女『あん』の事で頭が一杯だったが、今週末にはクラスのみんなでサーカスを見に行くのだ。
その段取りを早めに決めておかなければなるまい。
こういう用事は思いついた時に済ませておいた方が良い。
くるりと踵を返し教室に戻る。
さて、誰と話し合うべきか。
木津さんと話すと確実に厄介な事になるだろう。
やはり、今回の話を持ってきた風浦さんと話しておくのが妥当だろうか。
昨日の自分の勘違いのせいもあって緊張したが、私は勇気を出して風浦さんに話しかけた。
「あの、風浦さん……」
「えっ、あ…はい…先生、どうしたんですか?」
振り返った彼女に感じたかすかな違和感。
少しだけ、ほんの少しだけ、話しかけられた瞬間、彼女らしくもない動揺が浮かんだような気がしたのだ。
だが、彼女はすぐにいつもの笑顔を浮かべる。
私も気を取り直して話を切り出す。
「今週末、みんなでサーカスを見に行こうという話があったでしょう。その事についてなんですが……」
「ああ、それならもう私の方で進めちゃってます。チケットももう用意してありますから」
「って、そんな勝手にやって、みんなの都合とかは聞いたんですか?」
「いやだなあ、もちろん全部チェック済みに決まってるじゃないですか。もちろん先生のスケジュールも既に把握しています」
流石は風浦さん、と思う一方で私はまた妙な感じを覚えた。
仕事が早い、というより早すぎやしないか?
それに彼女の話し方が、どことなく私との会話をなるべく早く終わらせようとしているようにも感じる。
「日時は追って知らせますから、先生は参加人数分のチケット代だけ用意して待っていてください」
「…やっぱりそういう流れになるんですね……」
「それはもう!!先生は非常に太っ腹な方ですから……」
「うわあああん!!!こんなの陰謀ですよぉ!!!」
私の家計を粉々に打ち砕く風浦さんの策謀に泣きべそをかきつつ、私は教室を後にする。
そして、廊下に出る直前、少しだけ振り返って、風浦さんの表情を盗み見た。
そこに浮かんでいたのは、機能見たのと同じどこかバツの悪そうな、寂しそうな表情。
「………」
その表情の意味を測りかねたまま、私は2のへの教室の前から立ち去った。

147:266
09/03/20 00:49:32 spH1Q6P/
深夜の宿直室から抜け出し、公園へと向かう。
最初の夜と同じように、私がベンチで待っていると、やがて公園の向こうから近付いてくる彼女の姿が見え始める。
「こんばんは、お兄ちゃん」
「ええ、こんばんは」
それから彼女は私の隣に腰掛け、そこで私達はしばらく話をする。
思い出語りから、その日のちょっとした出来事まで、話題は様々だ。
失った10年間を取り戻すかのように、私達は限られた時間の中でひたすらに語り、笑い合う。
彼女はニコニコと笑いながら、私と別れ別れになって再会するまでに経験した様々な事を語った。
それは決して楽しい思い出ばかりではなかったが、彼女がその中でも幸せを見つけ強く生きている事に、私はホッと胸を撫で下ろした。
私も問われるままに学生生活の思い出や教師になるまでの経緯、今のクラスの生徒達の事を語って聞かせた。
親密で優しい時間はあっという間に過ぎ去り、そして私達は明日も会う事を約束して公園を立ち去る。
ぶんぶんと手を振る彼女に、私も精一杯に振り替えしながら、それぞれの帰路をたどる。
限られた時間を、私達は精一杯に楽しもうとしていた。

その一方、連日の睡眠不足は私のコンディションに大きくダメージを与えていた。
個人的事情でミスを犯すわけにはいかないので、いつにも増して私は仕事に集中しようとするのだが、
すると今度は生徒達の方から、先生の様子がおかしいとの声が上がり始める。
「うぅ……今更ですが、やっぱり私って真面目な教師とは見られてなかったんでしょうねぇ……」
ため息混じりに進める授業の時間は、少しだけ憂鬱だった。
まあ、それも身から出た錆、自業自得と諦めて、淡々と授業を進める。
風浦さんの事はその後も気にかけてはいるが、先日以降は特に彼女の様子に目だっておかしな点も見つかられなかった。
彼女はにこにこと笑顔を浮かべ、クラスメイトと談笑し、時に私をからかって、いつも通りの生活を続けている。
それでも、私は胸の奥でほんの僅かな違和感を感じている自分にも気がついていた。
ただ、それをどう判断していいのかは、全くわからなかったのだけれど……。

昼間に黙々と仕事をこなし、真夜中に『あん』と心ゆくまで語り合う。
蓄積していく疲れと、夜にしか会えない少女というある種謎めいたシチュエーションが、だんだんと私から現実感を奪っていくような気がした。
毎夜出会う彼女は紛れもない現実の存在である筈なのに、時折私は夢の中に迷い込んでしまったかのような感覚に捕らわれる。
「どうしたの、お兄ちゃん?何だか元気がないみたいだよ」
「えっ…いやぁ…そんなことはないですよ…あははは」
どうやらボーっとしてしまっていたようだ。
心配そうに私の顔を覗き込む『あん』に私は咄嗟に言い訳するが、彼女はそんな言葉では納得しないようだ。
「こんな真夜中に私につき合わせて、迷惑かけてるよね………」
「そ、それは………確かに、疲れているのは否定できませんが……」
「ほら、やっぱり…」
「でも、今はあなたといたいんですよ。残る時間もあと僅か、その間に少しでもあなたと……」
申し訳なさそうな彼女を見つめて言った台詞は、今の私の本心だった。
それを聞いた彼女は一瞬きょとんとしてから……
「ありがとう、お兄ちゃん」
そっと私に微笑んで見せた。

そして、あっという間に金曜日が、『あん』と会う事の出来る最後の日がやってきた。

148:266
09/03/20 00:50:10 spH1Q6P/
その日も私はいつも通りに学校の授業を進めていた。
というより、むしろ私の授業は以前にも増して騒がしくなっていたかもしれない。
睡眠不足の限界を越えてどうやら私はナチュラルハイの領域に至ってしまったらしい。
今にも倒れそうなほどフラフラなのに、テンションだけは異様に高く、多少の脱線をしつつもポンポンと授業が進む。
正直、いつもの私の授業より効率が良くなっているような気がする。
(普段だってそれなりに頑張っているつもりなんですけどねぇ……)
なんて心の中でため息をつきながら、それでも何とか一日の授業を終える。
まあ、生徒達ならともかく教師にはこの後も仕事があるわけだが、一応は一段落だ。
ホームルームを終えた後、私は風浦さんを呼び止める。
「今週末のサーカスの件ですけど……」
「ええ、もう明日の夕方って事でみんなには連絡してあります」
今回、クラスの半分以上が揃ってサーカスを見に行く事になっていた。
私としては、色々と手伝いたいところだったのだが、風浦さんは既に二歩も三歩も先を行って準備を済ませてしまっていた。
彼女曰く『生徒同士で話をつけた方がスンナリ進みますから』との事であるが、どうにも私は未だに今回の彼女に対する違和感を拭えずにいた。
風浦さんにしては、どうにも話の進め方が強引過ぎる気がする。
どうにも彼女らしくない。
そう思ってしまうのは、風浦さんに『あん』の影を見た私の勘違いが尾を引いているだけ、一応はそう考えていたのだが……。
「それじゃあ先生、さようなら」
「はい、さようなら………」
笑顔で手を振る彼女に、また『あん』の面影が重なる。
そこで私はハッと気がついた。
(そうか……そういう事だったんですね……)
よく似た別人である筈の二人を繋ぐものを、私はようやく見つけた。
教室を出て行く彼女を見送ってから、独りぼっちになった私は俯いて呟く。
「さて、どうしたものでしょうかね………」
全ては私の妄想、勘違いである可能性は高い。
やっと気がついた風浦さんと『あん』を繋ぐものも、他人に問われて自身を持って答えられるようなものではない。
「それでも………」
それでも、『あん』と会えるこの最後の夜に、自分のするべき事は何なのか、私の心は既に決まっていた。

いつもの公園、いつもの時間に、いつものベンチで私は『あん』を待つ。
泣いても笑っても今日が彼女との最後の日になる。
おそらく、今日を逃せば、二度と彼女と言葉を交わす事は出来ないだろう。
メールや手紙といった手段でその後も連絡を取る、なんて事には多分ならない筈だ。
何故ならば、彼女は……。
「………来たみたいですね…」
やがて、公園の向こうから、こちらに近付いてくる小さな人影が見えた。
「こんばんは、待たせちゃったかな、お兄ちゃん」
「いえ、そんな事はないですよ」
小走りで私のところまでやって来た彼女はいつもと変わらない笑顔で私に話しかけた。
「今夜で……最後になっちゃうんだね……」
ただ、今日が二人で会える最後の日になる事が幾分、彼女の雰囲気を寂しそうなものにしていた。
「せっかく、また会えたのに……」
「ええ、寂しいですよ………」
肯いてそう言った私に、彼女はそっと体を寄せる。
私はそれを拒まず、寄りかかってくる彼女の体を受け止める。
それから、私達はいつものようにポツリポツリととりとめもなく他愛のない話を続けた。
だけど勿論その間にも刻一刻と時間は過ぎ去っていく。
気がつけば、いつもならば私も彼女も公園を立ち去る時刻になっていた。

149:266
09/03/20 00:50:50 spH1Q6P/
「もう……終わりなんだ……」
ぽつり、彼女が呟く。
「そうですね………残念です」
「本当は……本当はもっとずっと一緒にいたい……」
ギュッと袖をつかんでくる少女の手の平に、私は自分の手の平を重ねた。
彼女は少し驚いてから、その後もう片方の手をさらに私の手の平の上に添えた。
そのまま、どれぐらいの時間、二人で寄り添っていただろうか。
やがて、彼女はベンチから立ち上がり、
「そろそろ、本当に行かなくちゃ………」
そう言って、笑った。
朗らかなその笑顔の影から滲み出る、悲しげな色合い。
かつて、幼い彼女の笑顔を見ながら、私はそこにキラキラと輝く希望や幸福を垣間見た。
彼女もまた、私と一緒にいるときには、本当の笑顔でいられたと言っていた。
だけど、今の彼女が見せている笑顔は、違う。
そこに重なる、私の良く知るもう一人の少女の面影……。
「また、会えたらいいね………」
かつてと同じ言葉を少女の唇が紡ぐ。
それから、彼女は私の右頬と、左肩に手の平を添えて、私の瞳を覗き込んで、
「最後に、お願いがあるの……」
囁くような声で、こう言った。
「キス……させて………」
顔を真っ赤にして、ようやくそれだけを伝えた少女の言葉に、私は一瞬たじろいでしまったが、やがて覚悟を決めて肯いた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
私の答を聞いて微笑んだ少女の笑顔が、私の胸にグサリと突き刺さる。

何故ならば、今から私がしようとしている事は考えようによってはこれ以上もなく残酷な事なのだから。
それは彼女の心遣いを台無しにする行為なのだから。
だが、今の私にそれをしないでいる事などできようはずもない。

ゆっくりと近付いてくる少女の顔、私はそれに応えるように彼女に向かってそっと手を伸ばす。
右の手の平で、彼女の頭をそっと撫でてやる。
「お兄ちゃん……」
夢見るような少女の声。
だが、彼女は気付いていない。
彼女の頭を撫でていた私の指先が、ほんの僅かな異物感をそこに感じ取った事に……。
「忘れないでね……私がいなくなっても、ずっと……」
潤んだ瞳でこちらを見つめながら呟いた彼女の言葉に、私はゆっくりと首を横に振る。
「それは……できません……」
「えっ……!?」
そんな頼み事を聞くわけにはいかない。
いくらそれが彼女の切なる願いであろうと、都合よく作られた偽者の思い出の中に彼女を埋没させるわけにはいかない。
もし、ここで彼女を見逃してしまえば、彼女はあらゆる人間との別れの度に同じ事を繰り返しかねない。
振り向かせるんだ、彼女を。
彼女はこれからもずっと私といて、一緒に思い出を積み重ねてゆくのだから……
「お兄ちゃん……何を言ってるの…?」
「お兄ちゃんではありません」
私の指先が、探り当てた彼女のウィッグを固定するピンを外す。
「あっ………」
気付いてももう遅い。
そこにいるのは仮初めに作られた幻なんかじゃない。
私の良く知る少女の姿だ。
「今の私はお兄ちゃんなんかじゃありません。私はあなたの担任教師じゃないですか、風浦さん……」
「せ、先生……」


150:266
09/03/20 00:52:12 spH1Q6P/
「いつから気付いていたんですか、先生?」
「確証を得たのは今日ですよ。それまでは、あなたの巧みな変装と演技のおかげで半信半疑でしたけど……」
「今日…ですか?何かありましたっけ?」
「大した事じゃないです。今まで気付かなかった私の間が抜けていただけとも言えます。
見つけたんですよ、今のあなたと夜の公園の少女の共通点を………」
呆然としている風浦さんに、私はその答えを告げる。
それは口に出してみると、少し恥ずかしい言葉だったのだけれど……
「笑顔、ですよ……」
「笑顔……?」
「性格に言うと、笑顔に漂う雰囲気、という事になるんでしょうかね……」
自分でもどうしてこれが決め手になったのか、疑わしいぐらいに不確かな要素。
それでも、私はこの結論に確信を抱いていた。
「なんていうか、昼間に見るあなたの笑顔も、夜見る笑顔も、どこか悲しげな、自分の気持ちを押し殺しているような雰囲気があったんです」
一度は風浦さんと『あん』を別人だと思い込んでいた私だっただけに、その違和感は拭いがたかった。
別々の人間である二人が、同じ笑顔を浮かべている奇妙な感覚が私の中で引っかかっていたのだ。
それも、風浦さんの笑顔や態度に変化が現れたのが、今週に入ってからというのが致命的だった。
「だから、私はやはり風浦さんと、私が昔であった少女は同一人物で、以前の別れのときと同じように、
自分を押し殺して私の悲しみだけを取り除き、その上で姿を消そうとしているのだと、そう考えたんです」
それから私は、私の隣で俯いて話を聞いていた風浦さんに問いかける。
「何か、言いたい事はありますか?」
「いいえ……でも、すごいですね。笑顔だけでバレちゃうなんて……」
風浦さんは苦笑いしながらそう応えた。
「まあ、笑顔以外にも気になっていた点もあったんですけどね」
「えっと……なんですか、それ?」
不思議そうに問い返した風浦さんに、私は意地悪く笑ってこう言った。
「はっきり言って、キャラ変わりすぎです」
「え、ええっ!!?」
「どうやったら、ダース単位の災難とトラブルをもたらすあの厄介な女の子が、私に向かって潤んだ瞳で
『お兄ちゃん』とか言うような夢見心地の素敵少女に成長するんですかっっ!!!!!」
「そ、そんな…そこまで言わなくてもいいじゃないですかぁ」
「だいたい、私が風浦さんがあの女の子なんじゃないかと思ったのも、そもそもその辺りのキャラが被りまくってたからです。
一度は騙されかけましたが、やっぱり案の定でした。どれだけ私に手を掛けさせれば気が済むんですか、あなたはっ!!!」
「うぅ…先生、酷いですよ……」
「いいえ、酷いのはあなたの方ですよ!!そうやって散々手間を掛けさせた挙句、
何も知らせず自分の都合で勝手にいなくなってしまうんですからっ!!!」
それまで、不服そうに私に言い返してきていた風浦さんの言葉がぱたりと止まる。
「あなたの方はどうなんです?私と昔で会っていた事に気付いたのは、いつからなんです?」
「…………なんとなく、以前からそうじゃないかと思ってたんですけど、確信を持ったのはサーカスのチラシに対する先生の反応を見たときからです……」
彼女があのチラシを持ち込んだのは、純粋にクラスの友人たちとサーカスについての話をする為だった。
私の反応を見る事も考えてはいたけれど、それはあくまでついでだったという。
しかし………

151:266
09/03/20 00:52:46 spH1Q6P/
「先生のあの時の様子を見て気付いたんです。先生は、昔の私の事をずっと引きずっているんだって……」
だから、彼女は一芝居打つことを決めたのだ。
彼女は、私の後悔を断ち切り、安心させる為だけの嘘を用意した。
「先生も私の家の事は知っていますよね?今の私には両親もいなくて……」
「はい……」
「そんなんじゃ、先生の後悔を拭う事はできない。先生を安心させられない。だから、私……」
「ストップ!そこまでです」
だが、私はそこで風浦さんの言葉を遮った。
「何が『先生を安心させられない』ですか。今さらにも程があります」
呆然とする彼女の肩を掴み、その瞳をじっと見据えて、私は語りかけた。
「あなたほど手のかかる、迷惑で、厄介で、とんでもない生徒はそうそういませんよっ!!!2のへのみんなも相当ですが、あなたは別格です」
「そんな……私は……」
「だからさっきも言ったでしょう。キャラが変わりすぎ…というか、どうしてそんな風にキャラを作っちゃうんですか」
「そんな事ありません。私は……先生が私の事で気に病んでるってわかったから…」
「それがキャラを作ってるっていうんです。あなたは絶望教室と呼ばれる我がクラスでも随一の絶望的な生徒です」
畳み掛けるように反論されて、風浦さんはいつになく動揺している。
そんな彼女に、私は声のトーンを少しだけ落として、告げる。
「絶望的な事の……一体、何が悪いって言うんです?」
「それ…は……」
私の問いに、風浦さんは言葉を詰まらせる。
風浦さんは何もわかっていやしない。
あの時のサーカスでの出来事が今も私の胸を締め付けるのは、単に彼女の涙を見てしまったからじゃない。
その悲しみや苦しみに寄り添ってやる事のできなかった、自分自身への後悔のためだ。
私が望むのは、見栄えの良い嘘で取り繕った偽者の幸せなんかじゃない。
「悲しい時こそあえて笑って見せるなんてのも確かにアリだとは思います。
でも、自分が本当は悲しんでいる事を、忘れそうになるまで笑い続けるなんて、そんなの不毛ですよっ!!!」
そうだ、私が望む事はたった一つだけ……
「どうせいつかは朽ち果てる嘘なんかで、本当の貴方を塗り隠してしまわないでくださいっ!!!
希望も幸せも私には必要ないんです!!ただ、あなたの全ての不幸や苦しみに、一緒に涙を流したいだけなんですっ!!!!」
「先生………」
「それでも、もしも、もう貴方の中にはそんな嘘しか残っていないというのなら………」
私は風浦さんを抱きしめ、彼女の耳元に告げる。
私の思いのたけ、その全てを
「私の絶望を、全てあなたにあげます………っ!!!!」
私の言葉を受け止めてからしばらくの間、彼女は何も言わなかった。
ただ、凍りついたような沈黙が流れていく。
だが、やがて、彼女の手の平が恐る恐る、私の背中に回されて……
「…せんせ………」
ぎゅっと、私の体を抱きしめた。
「先生っ!!先生っ!!!先生―――っっっ!!!!!」
泣きじゃくる風浦さんの体を、私もまた強く強く抱きしめる。
それから風浦さんが泣き止むまでのしばらくの間、私達はずっと抱きしめあっていた。


152:266
09/03/20 00:53:16 spH1Q6P/
翌日、ウチのクラスの生徒一同でのサーカス見物を終えて、ようやく私も睡眠不足の日々からも解放される筈だったのだけれど……
「なぁんで、来ちゃってるんでしょうね、私……」
どうやら、宿直室に戻ってしばらく仮眠をしたのがまずかったらしい。
目が冴えて眠れなくなってしまった私は、再び真夜中の公園にやって来ていた。
まあ、今夜は風浦さんが来る予定もない。
適当にのんびりしてから帰ろうと思っていたのだが
「あ、先生……」
「あなた、どうしてこんな時間に……」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには風浦さんの姿があった。
「いやぁ、サーカスから帰って仮眠を取ったら、今度は眠れなくなっちゃったんです……」
どうやら、彼女も私と同じパターンらしい。
風浦さんは昨日までと同じように、私の隣にトスンと腰を下ろす。
「まあ、本当は何となく先生も来てるんじゃないかと思って、ここまでやって来たんですけど……」
「確かに、まだ話す事は山のようにありますからね。昨日までに話してくれた事はほとんど嘘だったわけですし……」
私は皮肉交じりにそんな事を言ってみたが、彼女は少しも動じる事無く微笑んで
「ええ、それにやる事もありますし……」
「やる事、ですか……?」
「はい、キスの続きを………」
「ぶふぅううううううううううううううっ!!!!?」
思わずむせた私に、風浦さんはニコニコと嬉しそうに笑いながら語りかける。
「何ですか、その反応は。昨日、キスしていいか聞いた時はちゃんと肯いてくれたじゃないですか!!」
「それは……昨日はあなたの嘘を見破るために仕方なく……」
「仕方なくても何でも、一度は先生もOKした話ですよ!」
「だ、だいたい、あなたが変な嘘吐くから話がこじれてあんな事になったんじゃないですか!!」
「昨日は私にあんなに酷い事をしたのに……」
「そんな…ひ、酷いって……」
「頭ごなしに怒ったり」
「それは認めますが……」
「私の衣服を剥ぎ取ったり」
「カ、カツラじゃないですか、取ったのは!!」
「挙句、私の体を思う様に触って」
「抱きついてきたのはあなたでしょう!?」
「マスコミはそんな言い訳聞いてくれませんよ、先生」
「ぐ、うぅうう……」
どうやら、既に退路は絶たれているようだ。
いつの間にやら風浦さんは私の体に寄りかかり、間近から私の瞳を覗き込んでいる。
「マスコミを気にするなら、キスはもっとヤバイと思うんですが……」
「覚悟を決めてよ、お兄ちゃん」
今更の『お兄ちゃん』呼ばわりに、私の顔が真っ赤に染まっていくのがわかった。
もはや、観念するしかあるまい。
「……わかり…ました…」
「ありがとうございます、先生!!」
どうにも私は最終的には風浦さんの手の平の上で踊る運命のようだ。
それでも、まんざら悪い気分でもないのは、目の前の彼女の表情がとても楽しく幸せそうだからなのだろう。
キスの寸前、私は不意に思いついて風浦さんにこう言った。
「また、会えましたね……」
彼女の顔に広がる花のような笑顔。
そのまま、私と風浦さんは唇を重ねた。

”また、会えたらいいね………”
かつての少女の願いは叶えられ、私達はようやく今ここで再会を果たす事ができたのだ。

153:266
09/03/20 00:54:28 spH1Q6P/
これでお終いです。
本当はエロも入れる予定だったんですが、無計画に書き始めたせいで出来なくなってしまいました。
エロパロスレなのに……すみませんです。

ともかく、この辺りで失礼いたします。

154:名無しさん@ピンキー
09/03/20 01:41:58 e7GiH/oM
うっわああああああああGJ!!!!!!!!!!!!!!
最近アニメからポロロッカしてこの二人にどっぷりはまった自分としては嬉しかった!ありがとう!!

155:名無しさん@ピンキー
09/03/20 11:18:54 /IuUHh+E
いいよいいよー!GJ
獄下のOP見たら2人にこんな設定を求めてしまうよな
気が向いたらまた続き書いてください
読みたいです

156:名無しさん@ピンキー
09/03/20 21:37:04 1b7PHC4Q
獄下はバイブル
GJでした!
そして次回のエロに期待せざるを得ない

157:名無しさん@ピンキー
09/03/25 00:11:35 asZvnfKP
また投下が増えてる感じですな。


158:名無しさん@ピンキー
09/03/25 01:47:04 PC4Pl2eO
とても嬉しい事な

159:名無しさん@ピンキー
09/03/26 10:09:39 /oUHyD7V
今更だが保管庫のアドレスに絶望した

160:糸色 望 ◆0CUHgEwUxE
09/03/26 11:15:13 3+zuqfhD
今更ですが、腐乱庫で腐乱死体と化していることに絶望した!

161:名無しさん@ピンキー
09/03/28 00:41:44 UDiHnkqT
投下します。
エロなしで、読めばわかるのですが先生が死亡フラグをぶち上げていくお話です
先生がクスリ摂取で無敵なので、性格に疑問をおぼえる方はスルーしてくだされ


162:絶望に効くクスリ
09/03/28 00:49:08 UDiHnkqT
「いったい何用でしょうか。急に呼び出したりして」
ある日望は兄・命から電話を受け、医院に顔を出すように告げられた。
辿り着いた望は看護師に診察室で待つように言われたが、肝心の命が一向に現れない。
看護師たちも「待たせておくようにと言われましたもので」と申し訳なさそうにしている。
他の仕事もあるので彼女たちは部屋を去り、望が独り残された次第である。
患者用の椅子は座り心地が悪い。
手持無沙汰な望は部屋を見渡した。色気のないカレンダーに赤と青の丸が少し。何に使うのか見当もつかない器具の保管されているのがガラス越しに分かる棚。乱れひとつない簡素なベッド。
片付けられて無機質な部屋に、ひとつだけ、目を引くものがあった。
それは、ビー玉かと見紛う程に鮮やかな赤色の飴玉だった。机の上の瓶に入っている。
命が休憩時間にでもなめているのだろう。
陽光に照り返すその肌が、望を誘惑する。
「ひとつくらい拝借しても、構いませんよね……」
と思って蓋を開けると、それがうまいのなんの。苺とも林檎とも取れぬ不思議な味に、気が付けば残るのは数個ばかりになっていた。が、
「……まぁ、謝れば許してくれるでしょう」
などと、望は呑気なものだった。
コツコツ、コツと時計の針ばかりが部屋の中で反響し、遠くからは工事の騒音が僅かに入り込んでくるだけの静かな午前十一時。かなり待った気もするが、午後の約束にはまだ余裕がある。
「はて、そう言えば……」
こういう時は大抵、いつの間にやらまといが姿を現しお決まりになったやり取りを交わすものだが今日に限って彼女はいない。
彼女にとってのライバルである千里や霧、あびるもいないこの状況をあの愛が重い少女が逃すとも思えなかったが、とにかく後ろには白い壁とドア、ぶら下がったカレンダーがあるだけだ。
常日頃望んでいたはずの静寂は今まさに実現された。だがいざそれを手に入れてみると、時を数える歯車の音が聞こえるだけである。


163:絶望に効くクスリ
09/03/28 00:53:26 UDiHnkqT
「……つまらない、なんて考えてやしませんかね、私は」
生活によって人の嗜好も変わっていくものなのかと考えながら暖かい日差しを受けいれる。
うつらうつらしていると部屋の外、リノリウムの床に僅かに足音が反響した。

「すまんすまん、待たせたなのぞ……」
現れた命は部屋に入るなり、机の上のほとんど空になった瓶を見つけて絶句した。
座ったまま後ろを向いた望はパパがサンタだと気付いた小学四年生のようなその表情を見て、目を擦りながらぼんやりと答える。
「ああ、兄さんすみません。少しばかり退屈だったものでして……」
手に持った書類を一式落とし、命は望に掴みかかってきた。藤吉晴美が見れば小躍りしそうな場面である。
ひらり、一枚の紙がたてつけの悪い望の椅子の下に滑り込む。
「お前この中身……あれだけあったのに全部食っちまったのか?!」
「へぇっ?!」
眠気なんて吹き飛んだ。
命は深い溜息をつくと、書類を拾い上げもせず自分の椅子に乱暴に体を落とした。スプリングの利いたそれは大きな音と対照的に柔らかく沈んだ。
右手は頭を抱え、怒りと困惑の入り混じった表情である。
「どこの世界に他人の机の上の物、殊に医者の物を勝手に食う馬鹿があるかっ!」
「あ、あの……兄さん。それは一体何だったのですか……?」
望はおののいた。言われてみれば先ほどの自分の行動は軽率以外の何物でもなかった。
どうして「劇薬だったら」とか「患者の薬だったら」など考えもつかなかったのだろうか。
命は不機嫌に鼻を鳴らし、望を睨みつけて言った。
「それは、お前の薬だよ」
「私の、ですか?」

命が落ちた書類に目を向けるのに合わせ、望も視線を下げた。
「さっきは処方箋を取りに行ってたんだ。確かに、手の届くところに薬を放置していた私にも責任はあるか……」
望は思わず立ち上がって言う。
「ちょっと待ってください! 私は、何かの病気なんですか?! 重病ですか?! 危篤ですか?! 寿命は?! 喪主は?!」
「違う」
即答され、ますますわけがわからないといった顔で再び腰を下ろす。
「アレは、ちょっとした興奮剤みたいなものだ」
「興奮剤?」
「お前は何かというとすぐ絶望するからな。それが少しでも和らぐようにと思って。
海外から取り寄せた原料を独自にブレンドして作ったものだ。高揚感と多幸感を促進する作用がある。
名付けて……絶望に効く微笑(クスリ)」
「そんなマンガありましたね、掲載誌が大変なことになってるみたいですが……にしても、よくそんな手間のかかることを私なんかの為に」
「なに、腐っても実の弟さ……実験も兼ねて」
途中まで感心したように話を聞いていた望だが、最後の一言で驚愕した。
「どこの世界に他人に無断で、殊に自分の弟で勝手に人体実験する医者がいますかっ!」
「いや大丈夫。全部合法の品だ。まだどの成分も規制されていない」
「それ世間では脱法ドラッグと呼びますから!! JR新宿駅東口あたりのオニイサンと同じ穴のむじなですから!!」
そして望は例のポーズをとり、叫んだ。



164:絶望に効くクスリ
09/03/28 00:57:55 UDiHnkqT
が。
「絶望したっ! 実の弟に投薬実験をする兄に絶望……あれっ?」
不思議と、全く絶望的な心境ではないことに気付き言葉が止まる。
むしろ「弟のためにわざわざ薬を調合してくれた兄」という点が頭の中でどんどん大きくなる。
「兄さん」
命が顔を上げると、すぐそこに望の目があった。
ものすごい勢いで命は後ろに下がるが、望はその倍のスピードで突進し、命の手首をつかんだ。
ずいと、メガネと眼鏡が擦れるほどに身を乗り出す。
藤吉晴美なら鼻血を出して卒倒しただろう。
「ありがとうございます兄さん。こんな出来損ないの弟の為にここまでしてくれるなんて……」
命の背筋は氷柱を落としこまれたかのように冷えた。
一ヶ月分の量を一気に摂取したのである程度の覚悟はしていたが、まさかここまでになるとは思わなかった。
きれいなジャイアンが気持ち悪かった理由が、身を持って体験できた。容姿がどうとかではなくて。
いわゆる、普段の行いとのギャップというヤツ。
「いいえ、命兄さんだけではありません!! この私、糸色望がこれまでどれほど皆さんのお世話になってきたことか!!」
そう絶叫すると望は立ち上がった。解放された命は椅子からずり落ちて床にへたり込む。
「歓喜した! 私の生の立役者である皆さんに歓喜した!!」
ドアを破らんばかりの勢いで望は診察室から消えた。残された命は、うわ言のように呟く。
「もしかして私は目覚めさせてしまったのか……?」
眼鏡は耳の所で辛うじて引っ掛かっていた。
「やんちゃだったころの、望を……」
騒ぎを聞きつけ集まってきた看護師たちの中、命の目は閉じられた。
コツコツ、コツと、時計は変わらずに動き続けている。
一週目のはじめに戻った望が、或いは二週目ともいうべき望が、走り出した。

165:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:02:51 UDiHnkqT
「先生……いったい何処へ行ってしまわれたのかしら」
不覚だった。それ以上に不運だった。
手洗いにまといは望の元から離れたのだがその一瞬で、彼を見失ってしまった。
普段からあっちにフラフラこっちにフラフラしている望のことだから、宿直室に居なかったこと自体は驚くに当たらなかった。
そこにいた座敷童と挨拶代わりに視線をぶつけ合って、ドアを閉めた。
しかしそこから一向に彼が見つからない。
いつもなら望から大量の「負のオーラ」が周囲に展開し、それを頼りにまといは彼を探っているからだ。
望の体に取り付けておいた盗聴器やGPSもなぜか機嫌を悪くして働かない。
まといは不安げに辺りを見回す。なんとなく近くにいるような気がするけれど、特定の位置までは把握できない。
電信柱の上、ビルの屋上、ポストの中を探してもいない。
途方にくれて、十字路の真ん中で立ち尽くす。
「先生、何処に居られるんですか……」
四散した呟きは
「ここに」
背中に回り込んで殴りかかってきた。
心の臓が跳びはねる。
ばっと後を振り向く。おかっぱ髪がふわり。
「せ、先生、いらっしゃったんですかっ?!」
「ええ、ずっと」
腕をくんで見下ろしてくる男は少女の求めていた、望本人に違いなかった。
しかし望に関して誰よりも詳しい彼女は、普段の彼との差異に戸惑った。
第一に、底抜けのポジティブさとオールマイティさ。
まといの得意技である気配の消去も、完全にコピーしてのけた。
「ああ、想い人のマネをしてみましたが中々気持ちの良いものですね。
この近さは素晴らしい。クセにならなければ、よいのですが」
「きゃっ、せ、先生っ!! こんなところで……て、おもいびとって、もしかして」
望がうしろからまといを抱きすくめる。


166:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:07:37 UDiHnkqT
第二に、とにかく節操のないこと。
好き勝手出来る脇役の立ち位置に多いそれを主人公がやってしまうと、どうなるか。
「……」
まといは顔も、着物からわずかにのぞく掌まで真っ赤にする。いつもは一方通行な愛が急に全力で返され、対応できないのだ。
「常月さん」
くちびるがまといの耳に触れるか触れないかの距離で、望が囁く。
植物のように纏わる掌は少女のからだを捕らえたままだ。
「はい……」
シチューのように茹だったあたまで、返事をするまとい。呼気は少女の知る望の平熱よりも、少し高く感じられる。
「今しばらく、私を見失っていましたね?」
責めているのではないが、行動とは裏腹に冷淡な口調。
「……はい」
罪悪感すら、まといは覚えてしまう。やっともらえたこの腕も、体も、体温も、失うわけには―
「私を捕まえてごらんなさい」
右手が少女の髪の毛をとかし、ほぐし、乱す。
左手が少女の着物の襟をなぞり、さすり、玩ぶ。
「あなたは全力で私を探しなさい。今夜、月がのぼり切る前に辿り着けたら……」
踊る様に右手が少女のおとがいを持ち上げ、目と目、唇と唇が「目と鼻の先」になる。
縛る様に左手が少女の背中を締め付け、胸と胸、腰と腰が「肉薄」する。
「あ……」
目を限界まで見開いたまといは半ば恋に生きる本能で、顔を望へ近づけようとする。それを
「では楽しみましょうね―まとい、さん」
全ての緊縛を解き放ち、少しの力をこめて自分よりも小さな体を押し望は悠然と歩き去った。

たった数秒で数千メートル、あるいは、見えない壁の向こうへ行ってしまったかのように思えた。
交差点に残されたのは陸に上がってしばらく経った魚の様に、脱力した着物の少女。
「先生……せんせい」
だが魚は海に戻れば―己の領域に生きれば再び泳ぎだせるように
「―先生」
その少女もまた「庭」へと戻って、猟師と化した。
相手が獲物なのか、自分が猟場に迷い込んだ小鹿なのか、それはまだわからないが。


167:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:12:59 UDiHnkqT
「くっ……!! ほんと、しつこいわねっ!!」
千里は焦っていた。
街中で工作活動の課外授業を行っていたところ、偶然某国のスパイを見つけた。
彼女はこっそりと子供たちを放置して追跡し、人気のない路地に入った瞬間スコップ一閃、斬りかかった。
しかし相手はそれをかわし、そこから仲間と思われるカーキ色の軍服を着た者たちが続々ビルから現れ、一斉に千里に襲いかかったのである。
相手は訓練されたプロで、しかも複数。さしもの千里も決定打を与えることが出来ず、次第に追い詰められていった。
そして
「あっ!」
スコップが弾き飛ばされ、ガランガランとビルの谷間に空しく転がる。拾いに行く間もなく千里は壁に押さえつけられた。
男たちの生暖かい筋肉が、ぎょろぎょろ動く目が、吐息が、肌を犯す。
彼らを血走った聴衆と見ればまるで新興宗教の奇怪な儀式のようだった。
ただ千里は、執り行ったことはあっても、生贄になったことはない。
「や、やめ……て」
ニタニタと笑いながら男たちが千里の細い体に群がる。背中はコンクリートの固い外壁に擦りつけられてもがけばもがくほど痛い。
しかし男たちのゴツゴツした手はそれ以上に不快だった。くびすじを、うでを、むねを、おなかを、こしを、ふとももを、這うなめくじ。全身が掘削機で削られているような錯覚に陥る。
「か、はぁ……」
無遠慮に体を蹂躙してくる指はもう本数を数え切れない。おとがいを跳ね上げ、荒い息を上げることしかできない少女は、普段の姿からは想像もできないほど「少女」でしかなかった。
その絶体絶命の状況の中、少女の意識の端に浮かんだのは担任教師―大好きな先生のこと。助けてほしいという思いと、そんなことあるわけないという絶望が、反発し合う。
「せんせえ……」
望への嗚咽が虚空に渡り、悔しさに涙が滲み、歪んだ手がその服を破らんとしたまさにその時。
ブゥン、と音がしたかと思うと目の前の男が突然千里から離れるように吹き飛んで、地面を苦しげにもがいた。
その首には、どこか見覚えのある縄が蛇の様に巻きついて、筋肉質なそれを締め上げている。
根元へと視線を送り、千里は、信じられないといった面持ちで叫んだ。
「先生っ!」
そこには片手を優雅にあごに這わせ、街の狭間からの逆光を背負った望がいた。
遠くでよくは見えなかったけれど、いつもと、何かが違うことは、千里にもわかった。
「小節さんの見よう見まねですが、なんとかなるものですね」


168:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:16:34 UDiHnkqT
そう低く呟くと、グンッ、と縄を持った手を引き、のたうつ男をさらに引きずった。
元来首をくくるために用意されていたそれは頑丈さを遺憾なく発揮し、獲物の腕が電池の切れたロボットの様に落ちた。
「待ちあわせに行く途中でしたがね……知っているような後ろ姿、追っかけてみて良かったですよ。あんまりお転婆がすぎると危ないですよ? 木津さん」
目を大きく見開いた一同へ、実に軽い足取りで近づいてくる望。
その声も軽薄極まりなかったが、眼鏡の奥では紅蓮の炎が揺らめいていた。千里を拘束していた男たちは登場した謎の人物の雰囲気に圧倒され、焦りながら向き直る。
少女はぺたん、とその場に座り込んでことの成り行きをまるで観客の様に見守ることしかできなかった。
「次は木津さんの見よう見まね、でやってみましょうか」
そばに転がっていたスコップを拾い上げ、酷薄に男は笑った。
「きっちり半殺し―いえ、この際きっちり、殺しておきますか? ヒトの女に手を出す輩は」
どこか、夢の壁の奥でその声は響いた。

「やれやれ、この程度ですか」
五分もかからない内に工作員全員を叩き伏せ、つまらなさそうに望は吐き捨てた。
うめき声の溢れる路地裏を、まるで廊下でも歩くかの様に近づいてくる望の、しかしいつもとは確実に違う姿に千里は怯んだ。
でも手を伸ばせば届く距離にかがみ込んだ時に少女は気付いた。
その得意げな顔に、後悔が浮かんでいることに。
ポンと、手が黒髪にのせられる。
「かっこよかったですか?」
「……バカ、みたい」
唇を噛んで、顔を下げる。望に見られないように。
「―怖かった、ですか」
こくり、と頭がさらに垂れた。
その真ん中分けを、懐が包みこんだ。
「すみません。でも、もう大丈夫ですよ」
想い人の腕の中で千里は体を震わせ、その温かさに驚きの混じった幸福を思えていた。

なんとか元気を取り戻した千里を望は表へと連れ出した。
「しかし日本も物騒になったものですね。女性一人で夜も歩ける街―は過去の話ですか。白昼堂々これですもんね―まあ」
千里の頭をコツンと叩いて、望はなるべくおかしそうに言った。それが千里を励まそうとしていることは、明白だったが。
「危ないことに進んで首を突っ込む、あなたにも責任はありますけどね。おびえた顔も可愛かったから、珍しいものが見れたということで許しておきますけど」
叱られたと思って口を開きかけた千里は、おでこまで真っ赤にして一瞬とまり、何とかこれだけ言った。
「先生も、普段と違います」
否定もしないで
「ええ、だからこんなことも言えちゃいます」
華奢な肢体を抱き寄せ髪の匂いをかぐように、男は囁いた。
「今夜、慰めてあげますよ―婚約前の、きっちりしてない関係でよければ」
千里は人目くらい、気にして欲しい、と思ったけれど、トロンとした表情で頷くしかなかった。
髪を大好きな人にめちゃくちゃに乱されては、他にしようもないと。
我ながらだらしのない答えだと、千里はぼんやり思った。

169:絶望に効くクスリ
09/03/28 01:19:15 UDiHnkqT
短いですが今回はここで切ります。
チェックがまだ終わってないので次回はちょっと先になるかと思いますが気長にお待ちください。
読んでくださった方ありがとうございました

170:名無しさん@ピンキー
09/03/28 01:22:24 dvsKb6wU
めちゃ面白いです

171:名無しさん@ピンキー
09/03/29 12:13:51 THPMC3q9
飴は「拝借」するものじゃなく、「失敬」するものだぜ。


172:名無しさん@ピンキー
09/03/29 20:51:54 sd7sVwj0
面白いよ~きれいなジャイアンな望w続き楽しみにしてるw

173:名無しさん@ピンキー
09/04/01 11:09:05 wdkS3G6g
誰かエイプリルフールネタで1本

174:名無しさん@ピンキー
09/04/02 00:27:44 nHhchFaR
エイプリルフール終わってからエイプリルフールネタが完成しました。
ええい、まだだっ!!
まだ今は4月1日24時27分とかだっ!!

というわけで投下してみます。
望カフ、またもエロなしですみません。
一応、>>141-152の続きです。

175:名無しさん@ピンキー
09/04/02 00:28:24 nHhchFaR
真夜中の公園、思い出のサーカステントの前で、かつて別れ別れになった幼い女の子と少年が
本当の意味での再会を果たしてから既に10日以上が経過しようとしていた。
風浦可符香はベッドに寝転がって、ぼんやりとその時の事を思い出していた。
「先生……」
つまらない嘘の中に自ら身を沈めていこうとしていた彼女に、糸色望は必死に手を伸ばし、救い上げてくれた。
可符香は望の懐に顔を埋めて、望の腕に抱きしめられて、ただひたすらに泣きじゃくった。
そして、その次の日、夜の公園でもう一度会った望に、可符香はキスをした。
望が自分の口付けを受け入れてくれた事が嬉しかった。
重ね合わせた唇のぬくもりからは、望の可符香を想う気持ちが伝わってくるようだった。
そうして、可符香の目に映る世界は少しだけその色を変えた。

ただ、問題がないわけでもなかったのだけれど……。

再び始まった日常の中で、可符香は望に対してどう接して良いかがわからなかった。
なにしろ、彼女はストレートな感情表現なんてほとんどした事もないような人間である。
これまでだって、望に対する好意は恐ろしいほどにひねくれた、わかりにくい方法でしか表現した事がないのだ。
あの日以来、望の自分に対する気遣いや優しさをより敏感に感じるようになった可符香は、
それにまっすぐ応える事のできない自分が少し辛かった。
彼女に出来るのは、せいぜいがいつも通りの望に対する悪戯ぐらいのものだ。
コロコロコミックを心の友とする小学5年生ではあるまいし、流石にこのままではマズイ。
彼女を受け止めてくれた望の気持ちに偽りはないだろうが、
当の自分がこの有様では学校卒業と共にそのまま再び別れ別れになってしまいかねない。
だけれども、そう一朝一夕に今まで自分のしてこなかったストレートな感情表現が出来るものではない。
「せめて、何かきっかけがあればなぁ……」
ぽつり、呟いてはみるが、いつもならばすぐに最適な答を思いつく彼女の頭も、今日は役に立ってくれそうにない。
「うぅ~……参った」
ごろり、ベッドの上で寝返りを打つ。
それから彼女はベッド脇の自分の机の上に置かれた目覚まし時計を見るとも無く見た。
時間は既に深夜の零時を過ぎ、日付も変わっている。
そこで、可符香はふと思い出す。
「昨日が3月31日だったんだから………」
それはあまりにベタベタな作戦だったけれど……。
頭から布団をかぶり、その中で可符香はくすくすと笑った。
今日は、きっと楽しい一日になる。
そう思った。

176:266
09/04/02 00:29:23 nHhchFaR
「好きですっ!!!」
宿直室の扉を開いて現れた彼女が、開口一番に言ったのがその言葉だった。
「あの、風浦……さん?」
「先生っ!!大好きですっ!!!」
呆然する望に可符香はもう一度そう言って、そのまま抱きついてきた。
一体何がどうなっているのやら、訳のわからないながらも、望はとりあえず一旦可符香に解放してもらおうとするのだが
ガッチリと抱きついた彼女を思うように引き剥がす事が出来ない。
「ど、ど、ど、どうしたんです、風浦さん?」
「えへへ……先生、好きですよぉ…」
いくら問いかけても答えは『好き』の一点張り。
望はもはやどうして良いのかわからず、途方に暮れてしまう。
ちらり、背後を見ると、同じく宿直室にいた交達もただただ唖然と可符香の突然の行動を目を丸くして見ている。
霧は洗っていた最中の皿を床に落として割ってしまっていたが、それに気付く気配も無い。
一番文句を言いそうなまといも言葉を失っているばかりだ。
絶望教室と言われる2のへの女子生徒達の中で、担任教師である望の人気は高い。
彼に対して思いを寄せている生徒は、今宿直室に居るまといと霧を含めて両手の指では数え切れない数になっている。
だがしかし、そんなクラスの中で可符香は対糸色望攻略戦に参加していないと見られる数少ない生徒だったのだが……。
(な、な、何があったんでしょうか?風浦さんに……)
ただ、可符香に抱きしめられている望だけは彼女の行動に対する心当たりがあった。
彼だけは、彼女の本当の気持ちを知っていた。
夜の公園で、口付けを交わした。
恐ろしいほどに頭が働くくせに、自分の幸せや気持ちに対してどこまでも不器用な彼女を、彼もまた愛しく思っていた。
が、今日のこれは何か違う。
絶対に違う。
「好きです、先生。大好きです…」
「風浦さん……ちょっと落ち着いてください、風浦さん」
「あぁ…好き好き大好き、愛しています、先生……」
何だかすごく嬉しそうな、楽しそうな彼女の表情は、明らかに愛の告白だとかそういう雰囲気ではない。
そもそも、ポロロッカ星あたりからの電波を受信したのでなければ、彼女がこんな意味不明の行動を取る筈もない。
となると、考えられるのは………
(いつもの、風浦さんの悪戯でしょうか……!?)
可符香お得意の先生いじりと考えた方が辻褄は合う。
そして、何気なく部屋の中を見渡した望は気付く。
カレンダーに記された今日の日付は……
「なるほど、4月1日、エイプリルフール……可符香ちゃんはこの機会を狙って……」
「ベタだけど有効な手段ではあるわね」
どうやら背後で見ていた霧とまといも同じ事に気付いたらしい。
「確かに今日なら、何を言ってもエイプリルフールだからって言い訳ができるわ」
「うん。しかも巧妙なのはエイプリルフールが『嘘だけを言う日』ではなくて、『嘘を言ってもいい日』だという事」
「発言のどこまでが真実か嘘なのかは言われてる先生にはわからない……」
「仮に今ここで、『全部嘘でした』って言っても、その発言の方が嘘かもしれない」
「そして、問題なのは先生の性格……ネガティブ思考の先生なら多分……」
いつもの剣呑な雰囲気はどこへやら、まといと霧は冷静に可符香の行動を分析する。
二人には、可符香の意図が次第に分かり始めていた。
それは………
「先生、好きですっ!!心の底から愛していますっ!!!」
「う……うぅ……風浦さん……」
糸色望はネガティブ思考の申し子である。
生まれついての資質を、高校時代に所属したネガティ部において鍛え上げられた彼のネガティブはまさに難攻不落の城塞の如し。
白か黒かで問われれば、必ず黒と答える人間、それが糸色望なのだ。
彼は考える。
エイプリルフールというイベント。
いつもの悪戯好きな可符香の性格。
これらの要素のために、今の望は目の前の可符香の発言が嘘か本当なのか判断できない。
彼女の言う『好き』は果たして真実か否か?
(……きっと…この『好き』はエイプリルフールの嘘に決まっていますぅ!!!!!)
望は心の中で叫んだ。

177:266
09/04/02 00:30:09 nHhchFaR
一度、そういった風にマイナス方向にベクトルが向いてしまえば、後はもう止まらない。
しかも、望は可符香の事を大事に思い、愛おしく思っていたのである。
先日、思い悩む可符香を救い、彼女の気持ちを受け止めた人物の有様としては非常に情けないものであったけれど……。
ともかく、思いが深い分だけ、望がこうむるダメージは大きくなる。
一言『好き』と言われる度に、望のガラスのハートにピシリとヒビが入る。
「う…うぅ……先生…見てられないよぉ……こうなったら!!!」
「駄目っ!!迂闊に動いても逆効果よっ!!」
だんだんと気力をなくしていく望の姿を見かねて、霧が立ち上がろうとするが、まといがそれを止める。
「今の先生は疑心暗鬼の状態、私達の言葉も悪い方にしか取れないわ!!!」
「そんな…それじゃあ、どうすれば!?」
さらにまといは苦い顔で言葉を続ける。
「打つ手はないわ。先生に密着されている時点で実力行使は難しいし……そもそも、本当に恐ろしいのは今日が終わった時の事…」
「えっ?ど、どういう事!?」
「嘘が許されるのは、今日、4月1日だけの事。だけど、それを過ぎたなら……」
まといの危惧する事態はこうだ。
エイプリルフールの間中、真実か嘘かも分からない『好き』を聞かされ続けた望の心はズタボロになってしまうだろう。
だが、日付が変わってから、改めて『好き』と彼に伝えたならばどうだろうか?
既にエイプリルフールは終わり、嘘を言う事は基本的に許されない日常が戻った状態でのその言葉を、望は恐らく真実と判断するだろう。
すると、4月1日の間に言われた膨大な量の『好き』も自動的に真実であったと、肯定される事になる。
望の心にわだかまった巨大なマイナス思考はその瞬間、一気にプラスに変換されるのだ。
かわいそがり屋の担任教師にとって、それは様々な聖人達が体験した宗教的恍惚感にも匹敵するのではなかろうか?
「ていうか、散々自身を失わせておいて、最後に持ち上げるのって、自己啓発セミナーとかでおなじみの手段だよね……」
「そう、ほとんどカルト宗教の洗脳の手口よ……だから、もう一刻の猶予もないわ」
そこでまといと霧は互いに肯き合って、立ち上がる。
そして、可符香にハグされたままの望に駆け寄って……
「先生、好きっ!!!」
「先生、愛していますっ!!!!」
「ひぎゃああああああっ!!!な、なんですか、あなた達まで!!?」
自分達も同じように『好き』と言いながら、ぎゅっと抱きついた。
どうやら、可符香に便乗する事に決めたようである。
三人の少女達に囲まれて、もはや望の逃げ場はどこにもないようだった。

やがて、時間は過ぎて夜の11時50分ごろ、もうすぐエイプリルフールも終わる。
その後、望は可符香、まとい、霧にまとわりつかれ続けて、ついにダウンしてしまい現在は布団の中に寝かされていた。
ひ弱な望にとって、3人の少女に抱きつかれたまま行動するのは、かなり体力的にキツかったようである。
結局、心のほうが参ってしまう前に、体の方に限界が来てしまったわけだ。
これには流石に、まとい、霧、可符香の三人もしょげ返ってしまった。
その後は三人とも口数少なく、望の看病をしていた。
やがて、それらも一段落ついて、疲れてしまったまといと霧も今はすやすやと寝息を立てている。
そんな中、一人だけ起きていた可符香が、そっと望の枕元に座って小さな声で囁く。
「先生……好きです……本当に……」
昼間とは違った穏やかな調子で、ほとんど聞き取れないほどの微かな声で、彼女はその言葉を紡ぐ。
「愛しています……大好きです………先生に代えられる人なんて、私にはいません……」
そうやって、ポツリポツリと呟き続けて、数分ほどが経過しただろうか。
可符香が時計を確認すると、時刻は既に11時59分と30秒を回ろうとしていた。
「先生……大好き……」
そして、可符香がそう呟いたのを最後に、騒々しいエイプリルフールは、4月1日は終わった。
同時に、可符香はその場から立ち上がって、そのまま宿直室を後にしようとしたのだが……

178:266
09/04/02 00:30:52 nHhchFaR
「…本命の……4月2日になってからの『好き』は言ってくれないんですか?」
「先生……起きてたんですか?」
可符香が振り返ると、布団から体を起こした望が少し寂しそうな目でこちらを見ていた。
「小森さんと常月さんの話は半端にしか聞いていなかったんで、よくは解らないんですが、それを言わなきゃ『洗脳完了』にならないんじゃないですか?」
「あはは……まあ、そうなんですけど……そのつもりだったんですけれど……j」
可符香は苦笑いしながら、望に向き直り、言った。
「確かに、そういう作戦とかは考えてやってたんですけど……それも、本当はついでの事ですから……」
「ついで……というと?」
「本当は……本当はただ、エイプリルフールにかこつけて、先生にいっぱい『好き』だって言いたかっただけなんです」
夜の公園での一件の後、彼女はより強く自分の望に対する気持ちを意識するようになった。
だけど、彼女は自分がある意味において非常に臆病な人間である事も理解していた。
同じクラスの女子達のように、おおっぴらに望に対する好意を口にする勇気を、彼女は持たない。
「変……ですよね?……あの時は、キスまでしたのに……」
エイプリルフールを利用した作戦というのは、彼女が自分自身についた嘘だ。
そんなものはせいぜいが建前にすぎない。
本当は、発言の真偽があいまいになるモラトリアムな時間に甘えて、好きなだけ自分の思いを望の前で口にしたかっただけ。
「だから……エイプリルフールの魔法が解けたら、もう先生に『好き』だって言える勇気もなくなっちゃいました」
しかし、そう言って苦笑した可符香に向かって、望はこう言った。
「残念ですが、あなたの目論見は大外れです、風浦さん……」
「えっ!?」
「だって……私はあなたが昨日言ってくれた『好き』っていう言葉を、もう信じちゃってますから」
呆然とする可符香に、望は愉快そうに笑ってみせる。
「最初は、エイプリルフールって事で不安になりましたけど、最後の頃はもうそんな事を思ったりしませんでした。
よく考えてみたら、あなたは私を罠にはめたり、詭弁を使ったりしますけど、嘘をつくような事はなかった」
そう、彼はこれまで、数え切れないほどの可符香の姿を見てきたのだ。
今更間違えるはずもない。
「私は、私の知っているあなたを、私に見せてくれたあなたの姿を信じる事にしました。
………ので、最後の方は頬が緩まないようにするので精一杯でしたよ」
「う……うぅ…それ、なんかずるくないですか、先生?」
「最初に仕掛けてきたのはあなたでしょう?」
可符香の顔がみるみる赤くになっていく。
「というわけで、今度はこっちから……もうエイプリルフールは終わったので、嘘の入り込む余地はありません…」
そして、そんな彼女に対して、望は愉快そうに笑って
「愛しています……風浦さん…」
そう言った。
それから望は、もはや完全に真っ赤になった可符香の元に歩み寄り、彼女をそっと抱き寄せる。
「あ……せ…せんせい……」
そして、先生の腕の中、可符香はかすれるような小さな声で、ようやくその言葉を口にする。
「私も……好きです……」
今度こそは、疑いの余地のないその言葉。
今更ながらに照れくささを感じながらも、想いを伝え合った可符香と望の胸にあるのは、ただただ幸せな気持ちだけだった。

179:266
09/04/02 00:31:57 nHhchFaR
以上でおしまいです。
なんか先生が嘘くさいなぁ。
わかったようなわからないような話で、すみません。
それでは、失礼いたします。

180:名無しさん@ピンキー
09/04/03 23:26:34 QOEVvIZi
エイプリルフール投稿乙です。
話の締め方がいい感じ。

181:名無しさん@お腹いっぱい
09/04/04 00:22:14 6JxMfMsG
グッジョブ!
可符香、霧、まといには先生にデレデレでいてほしい

182:名無しさん@ピンキー
09/04/09 10:55:35 BisKoDP3
圧縮回避
保守

183:名無しさん@ピンキー
09/04/09 18:41:06 ozUYXIKZ
5日間も誰も書き込まないなんて

184:名無しさん@ピンキー
09/04/09 19:07:19 cb9fsmqg
せっかく職人さんがSS投下してくれてるんだから
せめて感想だけでも書きこめばいいのに

185:名無しさん@ピンキー
09/04/09 20:56:59 ozUYXIKZ
そうだな、改めて>>266
先生と可符香が一番好きな自分にとって読むのが恥ずかしいくらいのイチャっぷりだった
密かにエイプリルフールは可符香の誕生日じゃないかと思ってる

186:名無しさん@ピンキー
09/04/09 22:34:11 WcPKPQm8
>>183-184
いやだなぁ、感動して五日間も動けなかったんですよ

187:名無しさん@ピンキー
09/04/10 15:00:48 B9TUNP+w
そうですよね、過疎ってるわけないですよね!

188:名無しさん@ピンキー
09/04/13 20:33:00 tYxVPYyC
しかし過疎っ

189:名無しさん@ピンキー
09/04/13 22:11:47 6DlG7lyT
いやだなぁ、神が降臨される準備期間ですよ

190:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:40:52 2NWAmso9
前の投下からえらい時間がかかってしまいました……
ほんとは二人分落としたかったんですが、ちょっと次もいつになるかわかんないので一人分だけ。
やらせていただきます。

191:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:44:15 2NWAmso9
昼過ぎ、奈美はバス停で待っていた。といってもバスに乗るのではない。乗ってくる人を待っているのだ。相手は、彼女の担任で、且つ彼女が好意を寄せている人。
手に持った少し古い型の携帯を見て、クスリと笑う。
「まさかホントに、こんなことが起こるなんてな……」
コトの顛末は先日図書館に行ったとき。
宿題をするために彼女はそこを訪れた。人気のないそこである程度区切りをつけ、立ち上がり振り返った時に席の後を通っていた望とぶつかった。
その拍子でどうも、互いの携帯が入れ替わってしまったようなのだ。
帰宅後それに気付いた奈美は驚き、喜びながらちょっと悩んで―電話を待った。自分からかけて向こうからもかけてきたらずっと話し中になってしまうし、電話での会話という「普通」ではない担任とのやりとりを向こうから仕掛けて欲しかったからだ。
しばらくして、電話が鳴った。望の携帯はリンリンリンと、古い黒電話の着信音で奈美を呼び、彼女はニヤニヤしながら受信ボタンを押した。
意図的だの普通に窃盗だの普通じゃないだのいつものやり取りを交わし、今日の昼過ぎに落ちあうことにしたのだ。
そして出発する一時間前から鏡の前であれこれ悩み、なんとか「がんばった」格好でここに至る。
「ついでに、お茶に誘われたりしたらいいのにな……」
望との休日の約束に奈美の心は弾んでいたが、ひとつ気になることがあった。
約束のちゃんとした時間と場所はさっきの通話で決めたのだが、その時の電話越しの声がいつもと違うように感じたからだ。
なんというか、テンション高めというか、陰気じゃないというか。でもまあ、あの人はけっこう情緒不安定だし、と奈美はそれほど深く考えなかった。
「……にしても先生おっそいなー。時間、もう十分も過ぎちゃってるよ」
靴のかかとを数回浮かせて、ハムスターの様にあたりを見回す。
もしかしてすっぽかされた? と時間に対してナーバスになる。目はさっきから何回も何回も腕時計と車道を行ったり来たり、落ち着かない。バスはもう何台も止まったけれど、そのどれからも望は降りてこなかった。

192:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:46:40 2NWAmso9
と、そのとき上着のポケットで携帯が震えた。リンリンリン、古めかしくしようとしている電子音が街中にかすかな声を上げる。奈美は反射的にポケットへ手を突っ込み、捕まえたそれを耳もとへ当てる。
そうだ電話すれば良かったじゃん、と頭のどこかで自分の声がした。
「もしもし、日等さんですか?」
「はい、日等で……て、日塔です!! 『普通』みたいな漢字を使うな分かりづらいボケをするなオチてないぞ!! つーかここでオチても出オチだ!!」
待たされた鬱憤とやっと聞けた望の声に、こちらもテンション高めの反応。なんだかんだゴキゲンな奈美である。
額に手を当てながら奈美は尋ねる。
「……ええと、先生は今どこにいるんですか? 電話してるってことはもうバスじゃないんですよね、先生が車内で通話するような度胸持ってないことは明らかですから」
イヤミたっぷりにそういうと電話口の向こうでアッハッハと、まるで旧財閥名家の坊ちゃんみたいな笑い声が聞こえた。そういやこの人、そのものだった。
なかなか手厳しいですね、と笑いをかみ殺したように続けて、
「いえ、確かに五分ばかし遅刻はしてしまって申し訳なかったんですが、もう約束のバス停にはいるんですよ、私。でもあなたがみつからなくて」
あなたがみつからなくてという言葉を奈美は心の中で反芻しながら、ちょっと考えてから言った。
「もしかして先生、私たち互いに道路の反対側にいませんか?」
話しながら二つの車線のむこうのバス停を探すと……すぐに見つかった。長身の着物姿なんて、この時代じゃ目立ちすぎる。あっちも自分を見ているらしく、顔がこちらを向いていた。
「ああ、見つけましたよ。カーディガン着てますね」
へー「カーディガン」って言葉知ってたんだと、なんとなく意外に思う。地元じゃチャラチャラしてるらしいし別に珍しくも新しくも無いファッションだが、望と取り合わせたイメージは新鮮だった。
ピンクなんて、先生には似合いそうだけど。
「じゃあそちらに行きますから、待っていて下さいね」


193:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:48:34 2NWAmso9
横断歩道を渡って、望はやってきた。ガラスの奥の眼は心なしか機嫌がよさそう。というか、毒気の抜けた様な晴れ晴れした表情だ。
「実によくある失敗でしたね」
「普通って……言って、ないですね」
ちょっと自覚のあった分、目ざとい先生ならすぐに突っ込んでくると思って準備していたのだが拍子抜けしてしまった。
微妙にかわされただけで実は同じことかもしれないけれど。
じゃらり、と音をたてて望は懐から奈美の携帯を取り出す。マカロンのストラップやタイルでデコレーションされた、流行りそのまんまの端末に目を落として望は口を開いた。
生肉とベルで条件付けされた犬つまりパブロフの犬で奈美は身構える。
(来るかッ?!)
「可愛いですね。似合ってますよ。その格好も、先生好きですよ」
「はあぁッ?!!!」
完全な逆サプライズを決められ硬直する奈美。なにこれ新手の戦略的いじめそれとも私ってば普通って言われるの待っちゃってるのかしらあははてかかわいいっていわれたすきっていわれた。
……ケータイと服装が。
弱点を突かれていないばかりか珍しく誉められてるんだけれどそのどちらも「本命」ではなく、宙ぶらりんの精神状態。
呆けた奈美に、望は困ったように言った。
「すみませんが日塔さん、携帯を」
「えっ? あっ、はい」
慌てて望の携帯を差し出し、自分の携帯を受け取る。手が一瞬触れただけでは、とても温もりは伝わらない。
「それでは」
行ってしまう、そう思った。
いやだ。
イヤだ。
手を伸ばす。待って、そう一言、淡いピンクのルージュをひいた唇が紡ぐのを遮る様に、望は言い切った。
「そこのカフェでサンドイッチでも御一緒しませんか? 先生、お昼まだなんですよ」

194:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:51:18 2NWAmso9
「よかったんですか? お昼ごはんに、デザートまでごちそうになっちゃって」
「いいんですよ。誘ったのは私ですから」
運ばれてきたパフェを前にして、改めて奈美は変だと思った。今日の望はそれこそ可符香並にポジティブだし自分のことを普通と貶さないしむしろ妙に誉めてくるし気前はいいし。
眉をひそめていると普段ではありえない、しかし気味が悪いわけでもないほほ笑みを溢しながら望は穏やかな声で言ってくる。
「さ、早く食べないと溶けちゃいますよ」
「あ、そ、そーですね」
居心地がいいか悪いか微妙にはっきりしないまま、ギクシャクとスプーンを口に運ぶ。でも途中から望の目がずっと自分を収めていることに気付き、白地に赤のチェックが入ったテーブルクロスに視線を落として動揺を誤魔化そうとする。
(あーもう! なんでそんなにこっち見てるのよ! きんちょう、するじゃないですか)
「ついてますよ、アイス」
「はえぇ?」
空気の抜けた様な返事をしてしまう。
気付けばもう器の中は空になっていたがどうやら顔のどこかにでもクリームを付けてしまっているらしい。慌てて鞄から手鏡を出そうと手荷物用の籠に手をかけたその時、細い指がいきなり口の横の頬に近付いてきた。
塩酸でもぶっかけられたかのように大きく震えて、固まってしまう奈美。そんな彼女にもお構いなしに望は少女の口を捕えた。
まず顔の下半分を。
くずれやすい果物でも包むかのように掌で抱く。人差し指が口元を丁寧に撫で上げ、その他の指は首筋や輪郭、反対側の頬を拘束している。それは愛鳥を籠絡する様に似ていた。
二人の視線がもし目で見えたのなら、糸で繋がったような直線を描いていたのが分かっただろう。
しかし指が離れるのは妙な冷たさを残すようなあっけなさ。つられて顔を少し突き出してしまうけれど手の引く速度は桜が散って地面に横たわるまでよりも切ない。
「こんなに口から外して、だらしがないですね」
いたずらっぽく言う望の人指し指にはなるほど確かに、結構な量の生クリーム。
その白さと長い指の白さをぼんやり眺めているうちに、再び目の前に―こんどは時間をかけて―その指が現れた。
「後始末は自分でやるんですよ?」


195:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:55:25 2NWAmso9
この人は何を言っているんだろうか。
この人は何がしたいんだろうか。
いつもなら、ごくごく「普通」の思考で今の状況の異常さや望の絶望的なまでの奇行にすかさず反応していたのだろう。
けれど、催眠術にでもかかってしまったかのように奈美の頭から常識や一般論が逃げ水よろしく手の届かない距離に逃げてしまう。
そして今は、この白いもので、あたまの中が埋められて。なんにも考えられなくなって。

わたしはなにをしたいんだろうか、なんにもかんがえられなくなって。

気が付けば口の中がさっきまで食べていたはずの甘いものと、それに包まれたコリコリしたモノをつかまえていた。
クリームのふわふわした感触はすぐに消えた。溶けて舌に張り付いて口の中を漂っている。けれどこのかたいけれどやわらかい、ちょっとへんな味がするものは消えない。
おいしいのかまずいのか、食べたことがないふしぎな味。勇気を出して噛んでみると上の方は硬く跳ね返してくるけれど下の方は受け入れてくれる。
喉の奥からジュッとよだれがあふれる。
熱が熱を呼び、激流が凍りついていた理性を溶かしつくす。
へんなものの正体を探るべく、舌が動き出す。
自分とは別の、なんだか地底や土星なんかにこっそり住んでいるような奇妙な生物が口の中にやってきて好き勝手暴れているみたいに、いうことを聞いてくれない。
異次元からの侵略者は大好物に出会えたらしく、よだれを垂らしながらそのへんなものにむしゃぶりつく。
熟れた果実をゆっくりと握り潰すか粘液どうしが絡み合う様な水っぽい音が頭の中で氾濫し、神経なんか洪水の中でショートしてまともに働いてくれなくなる。
もっともっと、怪物はごちそうのしっぽまで味わおうとしてその体を精一杯伸ばし、続けて巣穴も前に前にと引きずられてしまう。
なんだか苦しくなったけれどどうすることもできない。急に獲物が動き出した。
うねうねと、巣穴の中を探検するようにかきまぜられてよだれがくちゅくちゅと鳴く。
ああ、もしこれが「日塔奈美」の体の一部分であるのなら多分くちびるから水が漏れてあごのあたりを液体が伝って喉もとを這い、胸元にぬるい滝を流しているのだろう。
けれど、あつい。燃え上っているんじゃないかと思うくらいあついんだけれど何処があついのか見当もつかない。まあそんな些細なことはどうでもいい。
今はただこの酸素の欠乏と、液体の飽和と、熱の奔流に、身を任せ―

本当に食べられてしまうかと思いましたよ、そう言って望はドロドロになった人差し指を嘗めた。
目の前には壊れた人形のように口をあけ、顔を真っ赤にさせている少女がいた。
目の焦点は定まらず口から垂れた唾液がシャツやカーディガン、スカートにまで及んでシミをつくり、吐く息は水蒸気の様に熱い。
昼下がりの喫茶店においておくには、あまりにも淫靡な人形だった。
手拭きで出来るだけ汚れをふき取ってやり、未だ魂の抜けた様な奈美の耳元で告げる。
まだ時間が早いですからね、夜になれば。
その時、望の携帯が鳴った。数度のやり取りの後電話を切って、懐にしまう。
「すみませんが少し、用が出来てしまいました」
聞こえているのやらいないのやら。とにかく店から担ぐようにして奈美を連れ出し、人通りの多い公園のベンチへと彼女を座らせた。ここなら一人でも、安全だろう。
またあとで、そう言って望は歩き出した。電話の相手のもとへ。


196:絶望に効くクスリ
09/04/14 02:58:42 2NWAmso9
これで普通は終了です。
あまりの短さとか。
あまりの急ぎ足とか。
あまりのキャラソン引用とか。
あまりのエロなしとか。
なまあったかく見守りつつ、読んでいただければ幸いです。


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