ヤンデレの小説を書こう!Part21at EROPARO
ヤンデレの小説を書こう!Part21 - 暇つぶし2ch222:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:04:32 oBVbH7lN
「では、くるみちゃんの退院を祝って」

「乾杯っ」

小気味のいい音の後、皆が一斉にグラスを傾ける。黒崎家の庭を舞台に、立食パーティーが始まった。

父の知り合いが手配した葬式に来た人は、存外少なかった。だからこそ、俺はくるみの退院祝いの話を持ちかけることが出来た。
ただ、葬式のときに話したせいなのか、何故か坊さんまでもが出席している。よく見れば、あの黒服もいる。


葬式には出席していなかったくるみの友人にも呼びかけたところ、こちらは嬉しい誤算、多くの人が来てくれた。

だというのに。

「黒崎さん、大丈夫?」

「・・・ん」

「皆心配してたよ」

「・・・ありがとぅ」

くるみは家に着いてからずっと俺の後ろに隠れ、尻すぼみの返事ばかりしている。友達も心配はしているが、俺のことをあからさまに警戒して近づこうとしない。
マスメディアをそんなに信じちゃいけません。

ちなみに、玄関先で荒業を披露した父は、多くの人に囲まれ、賞賛を受けていた。なんだ、この差は。

りんごのネタバレをすれば、あれは母があらかじめ芯をくり貫いていたものだと、後で分かった。あの短時間で作業をした母こそ賞賛に値する。

その母はというと、隣で父を睨み続けている。

なんだか父の顔色が悪い。足元に目をやれば、母は地面に埋まるほど、父の足を踏みつけていた。あの歳で嫉妬とかどんだけー。


肩越しにくるみを見ると、俯きながら、左手は俺の腰辺りで服を摘み、右手はアイパッチを擦っている。

「恐いか?」

「えっと・・・」

「部屋に戻ってもいいんだぞ?」主役がいないのは寂しいが、それは優先度が違う。

「やだっ」思いのほか強い返事に驚く。「大丈夫、だいじょーぶだから」

すーはーすーはー、と可愛らしく深呼吸をすると、俺の右側に踏み出した。相変わらず、左手は俺の背にある。

パーティーが止まる。友達はかける言葉を探し、大人は遠目にこちらを見ている。赤い顔を俯かせ、小刻みに震えるくるみに、俺も固まった。

223:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:05:19 oBVbH7lN
沈黙を破ったのは父だ。

「この通り、この子は元気です」くるみの頭に手を乗せ、笑う。

それを皮切りにして、同級生の女の子が泣きながらくるみのもとへ走り寄る。よかった、よかったね、と。それを見ていた大人達は優しく微笑み、パーティーはまた動き出した。

俺は、また何も出来なかった。

頭に何かがズシリと乗る。父の腕だ。

「今のは、お前の仕事だな」

歯を剥き出しにして笑う父は、幼い頃に見たように大きく見えた。


あのぉ、という甘ったるい声が聞こえた。

くるみはすっかり主役として溶け込んだが、相変わらず俺から離れようとしない。
俺が空気を呼んで離れようとすれば、上目遣いでジッと見つめてくる。俺の服は今日だけでだいぶ伸びた気がする。

今はトイレに来たくるみを、こうして廊下で待っている。そこに、声がした。

見ると先ほど泣いていた女の子で、まだ目を真っ赤に染めている。

「トイレは今くるみが使ってるよ。洗面台はあっち」

「顔なんか洗ったらお化粧が落ちちゃいますよ」15歳で化粧、その事実を受け止めるのに少し時間がかかった。「そうじゃなくて、えっと、大将さん」

「大将じゃなくて・・・まぁいいや」

「最近、くるみちゃんとメールするとよくあなたの話しが出るんですよ。今日はお兄ちゃんが何を買ってきたとか、こんなことを話したとか。っていうか、大将さんの話しか出ません」

「そう」照れ隠しで、短く返事をする。

「それで・・・お二人は恋仲だったり」ドアが弾ける音がして、言葉が途切れた。

ドアを壁に叩きつけ、顔を真っ赤に染めたくるみが立っていた「ヨッちゃんッッ!!!」

「ごめんっ」ヨッちゃんと呼ばれた少女は脱兎のごとく逃げだす。

「気にしないでね?気にしなくていいからね?」

手をばたつかせながら必死に弁明するくるみは可愛かった。

224:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:05:58 oBVbH7lN
パーティーの片付けも終わった頃、くるみが急に切り出した。

「お兄ちゃんの家に住みたい」

皿拭きを俺に押し付けて玄米茶を啜る母は、父に向けて、某プロレスラーの毒霧のように噴出した。父が椅子から転げ落ちる。

「それって東京に来るってこと?」うっさい、と母が一喝すると、悶えていた父はまた、静かに椅子に座りなおした。母がSなのは構わないが、父がMというのは素でイヤだ。

「ダメ、ですか?」無意識でやっている上目遣いは凶器。

流石の母も押されているようだ。

「でもねぇ、学校とか、色々あるでしょう」

母の言うことは当然だ。中学三年生という受験シーズンに引っ越すと言うのは、向こうで受験資格が得られるかどうかも危うい。それも、受験は目前まで迫っている。

この家のことや、通院。問題は山積みだ。

「まぁ、大抵のことは何とかなる。というか、できる」茶を啜りながら、父がポツリと言う。

今回の騒動を経て再認識したが、父はとんでもないチート野郎だ。ミステリーで言うなら探偵。登場人物の誰よりも、果ては読者よりも高い位置から物事にあたる姿は、正直ずるい。

「お前は、くるみちゃんをこちらに一人で残すつもりか?」

「それは・・・」父の問いに母が口篭もる。

今しかない。言え、俺。

「あの・・・」ゆっくりと手を挙げると、くるみを含め全員が見てきた。

225:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:06:36 oBVbH7lN
「俺、こっちに残ってもいいかな」言えた。よく頑張りました。

「却下」

「却下だな」

そんな二人してつぶさなくったっていいじゃないか。泣けてきた。

「あまり言いたくはないが、こっちはもうダメだ」

「何がさ?」

「マスコミもうろついてるし、周りの人がくるみちゃんを知りすぎている」

なるほど。確かに、今日は何とかなったが、時間がたてばすぐ、マスコミは父を俺と同じように扱う。それに、くるみの知り合いの気遣いが重荷にならないとも言い切れない。
そういった点では、知人のいない場所で再スタート、というのもアリかもしれない。無論、リスクは多い。

「今日は憲輔が大人を適当にあしらっていたからよかったがな」父が優しい笑顔を浮かべる。

「そうね、憲輔がいなかったら誰が我が家の家事をするか分からないもんね」話を一切聞いていなかったかのように、母は場違いなことを言う。

隣でくるみがクスクスと笑う。

「まぁ、大口叩いたからには、あなたにはしっかり頑張ってもらうわよ」

「おう、任せとけ」

夫婦の間で結論が出た以上、俺は従うしかない。むしろ、俺としては喜ばしいことだ。

「なぁ、くるみ」

「ひゃぅっ」小声で耳元に話し掛けると、くるみは奇声をあげた。

両親の視線が痛い。「手ぇだしたら殺すわよ、アンタ」

「わかってる、わかってるから」必死に弁解し、二人は渋々と引いてくれた。

くるみを見ると、顔を茹蛸のように赤くしていた。

「いいか?」頷いたので、また近づく。

「あぅ・・・」

「もしかして、今のがお願い?」

「あ、うん、そうだよ」

赤い顔のまま元気に頷く彼女を見て、そうか、とだけ言った。

ただいま、おかえり。それが普通になる日は近いかもしれない。

226:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:07:46 oBVbH7lN
この数十日の間、俺はこの家に滞在していた。しかし、主不在の家というのはどうも気が引けて、俺はリビングのソファーで眠っていた。

「一緒に寝よう」

そう言われた時、葛藤はあったが、最近こってきた首が何もしていないのにポキリと鳴ったので、甘えることにした。


くるみの部屋はどこかシックな感じの木目調で、落ち着いた雰囲気を醸し出している。そこに、淡いピンクのクローゼットやガラスの机、白いベッドがあった。
白いベッドというのは、こうやって見るとあまりいいものではないように見えてしまった。

「最後に来たのはいつだったでしょう」ベッドに座りながらくるみが問う。

「去年・・・いや、一昨年かな」

二足歩行の猫のキャラクターが書かれた座布団に腰をおろす。

「違う。去年の8月9日」くるみは不満を顕にする。

「そうだっけか」

「『夏期講習がいやになった』って言って、いきなり来たんだよ」

「去年の俺は行動力があったなぁ」

夏期講習がイヤなのは確かだが、去年までの中学生特有のテンションがあったから成せた業だろう。っていうかそんなに近くないよな、岡山。

「変わらないよ。だって今回も一番にきてくれたもの」

「ああ、あれはな」来た、というより来させられたのだと言おうとすると、ふいに抱きつかれて言葉を失った。「くるみ?」

「嬉しかった。誰よりも早く来てくれて、誰よりも心配してくれて。あんなに取り乱したお兄ちゃんは初めて」

顔のすぐ横のくるみの顔がある。細い腕は俺の肩を包み、全身は俺へと委ねられている。顔が沸騰するのがわかった。

「さっきも残るって言ってくれた。ありがとう」

抱き返そうかしまいかと腕が空を漂っていると、くるみの方からゆっくりと離れた。

「大好きだよ、お兄ちゃん」

目の前の少女は美しく、どこか儚げだった。

「無理、するなよ」頭を撫でてやると、目を細めてまた、大好き、と言ってくれた。

227:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:08:29 oBVbH7lN
くるみの誘いを押し切り、床に布団をひいて眠ることにした。

幸せそうに眠るくるみに、俺は一つ嘘をついた。

叔母さんは生きている。

ただ、あくまでそれは道徳に則った言い方で、正しくは生死の境を彷徨っている、だ。それも、“死にかけている”のではなく、“死にきれていない”というほうが正しいと医者は言った。

肉体的には死んでいて当然の状態のはずなのに、心臓は動いている。

くるみを一人にしまいとする強い意志の権化か。くるみが両親と比べて軽傷で済んだのも、叔母さんが庇うように覆い被さったお陰だという。
俺は久方ぶりの母をみて、少し尊敬した気持ちになった。

周りの大人はこの事実を知っている。だから今日、俺は出来るだけ大人をくるみから遠ざけ、ここ数日、彼女にニュースの類は見せていない。
医者は敢えて最も近しい俺に伝える役を与えたのだが、完全な人選ミスで、結局俺は言えずに何時の間にかタイミングを失った。

また一つ、いや、二つ、俺は罪を背負った。

それでもいい。俺はこの子を支えると誓った。俺に出来ることは俺にしか出来ないこと。医者の言葉が頭を過ぎる。

「とはいえ、いつかは言わなくちゃな」叔母さんが蘇生しようが死亡しようが、だ。

ふいに、昼間の少女を思い出す。

“お二人は恋仲だったり・・・”

「・・・いかんいかん」

揺らぎかけた誓いを建てなおす。聞こえてきた除夜の鐘が煩悩を払ってくれるのを願う。

この子を支えてくれる人が現れれば、喜んで身を引こう。

かつての罪を償えない限り、俺には愛する資格も、愛される資格もないのだから。

228:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:10:23 yrKSeYDd
連投に引っかかるにおいがプンプンするので携帯から

とりあえず、投下終わりです
なんかいまいち始まらないのはごめんなさい

229:名無しさん@ピンキー
09/01/23 04:14:20 yn+yZtYO
おつかれさまでした。
もしかしなくても大作になりそうですね。応援してます


230:名無しさん@ピンキー
09/01/23 08:13:29 ILDSoRI5
GJ!

231:名無しさん@ピンキー
09/01/23 12:58:58 xj82Qz6Q
くるみ可愛いなあw
依存する子はイイ

232:名無しさん@ピンキー
09/01/23 14:59:20 2DFmDrBM
GJ!!

だが勝手なこと言わせてもらうと、場面の移りがあやふやで
「あれ?さっきまで病院にいたんじゃないの!?」
とか思ったりすることがちらほら・・・
もし、こんなこと思うのが俺だけだったら気にせずスルーしてくれ。
長文スマソ。

233:名無しさん@ピンキー
09/01/23 15:15:57 5FdtfdbW
ヤンデレもいいが、依存もいいな

234:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 16:37:46 oBVbH7lN
みなさん、温かいお言葉ありがとうございます

>>232
指摘ありがとうございます。
文章の区切りが悪いせいでしょうか。場面場面で投稿をずらすよう心がけてみます。
とはいえ、俺の拙い文が一番の原因ですね。精進いたします。

>>233
依存+ヤンデレという新境地を目指して・・・別に新しくもないですね;

235:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 16:39:39 oBVbH7lN
書き忘れました。

今日の夜か、明日の昼頃にまた投下しに来ます。

236:名無しさん@ピンキー
09/01/23 18:13:33 rZ82kEer
よく言われる事だけど作者が語ると叩きの元になるから自重した方がいいかも。
後投下予告は直前にした方がいいと思う。
うざかったらごめん。そしてGJ!

237:変歴伝 5
09/01/23 19:20:41 ebzUy26Q
久方ぶりに投稿します。


238:変歴伝 5
09/01/23 19:21:30 ebzUy26Q
八方塞とはまさにこのことを言うのだろう。
肝心の葵が死んでしまったのが痛かった。生きていれば、情報ぐらい聞き出せただろうに。
最早、平蔵のことは諦めるしかないだろう。
生きていようがなかろうが、場所が分からなければ探しようがない。
冷酷な判断だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
ここに滞在していたのは、平蔵の恋の成就のためだ。肝心の平蔵は消え、葵は殺された。
もうここにいる理由はない。
葵に殺された女性や、殺された葵のことは心残りだが、
そのことに関して俺はまったく関与していない。
平蔵に関しては、生きていればまた会えるだろう。
そう楽観的に考えるしかなかった。
悲しいと言えば悲しい。平蔵は俺より二歳上だったが、
話も合ったので一緒にいても退屈しなかった。
出来ればこれからもずっと一緒にいたかった。しかし、それはもう叶わぬこととなった。
落ち込んでいたので下ばかり見ていた。
すると、ふと横の溝から流れる水の音に気付いた。これは農作業用の用水路だ。
なんの変哲もないただの用水路、普段だったら無視して通り過ぎるものだが、
業盛はそれに天啓を得た。
「そうだ、これを溯っていけば川に行き着く。
あとはその川に辿って行けば森の外に出られるはずだ。
あーくそ、なんでもっと早く気付かなかったんだ」
自分の遅知恵にあきれてしまった。
もっと早く気付いていれば平蔵もいなくなることもなかっただろう。
しかし、今は嘆いている暇はない。
とりあえず、菊乃の家に帰ることにした。
彼女にはこのことを言っておかなければならないだろう。


239:変歴伝 5
09/01/23 19:22:10 ebzUy26Q
家路の途中、業盛はふとあの時の菊乃のことを思い出した。
彼女はあの時、なぜ俺のことを止めたのだろう。
彼女とはこの四日間、まともに話したことはない。
せいぜい、ええ、まあ、はい、などといった義務的なことしか言っていない気がする。
むしろ、平蔵の方が彼女に話しかけていた方だ。
ならば、平蔵を止めるのがしかるべきだ。なぜ俺なのだろう…。
しばし考えてみる。考えてみて出た答えが、寂しがりだからだった。
彼女は今まで一人で暮らしてきたのだ。そこに急に男二人の旅人が現れた。
彼女は寂しさのあまりその二人の旅人を家の中に入れた。
これならば彼女がなんの警戒なしに男二人を家の中に入れたのも納得できると言えば言えるが、
それでも納得がいかない。
もしも、この二人の心根が腐りきっていて、
寝込みを襲う様な輩だったら、彼女はどうするつもりだろう。
女性の細腕で男の力を跳ね除けることなど出来るはずない。
それに、二人はただの旅人ではない。
刀を持った侍である。その刀で脅されたら、逆らうことなど出来ないだろう。
嫌な考えが浮かぶ。実は誘っていた、だ。
男旱が長く、男ならば誰でもよかったとしたら…いや、そんなはずはない。
業盛はその考えを捨てた。彼女は見るからに淑女の鏡のような女性だ。
そのような淫乱な精魂をしているはずはない。
そのようなことを肯定する男がいれば、それはきっと頭に蛆が湧いた、
下半身直情型のいかれた男に違いない。
分かるはずもない女心を延々と考えていて、菊乃の家の前を通り過ぎていた。
まったく柄でもないことをするものではない。


240:変歴伝 5
09/01/23 19:22:46 ebzUy26Q
戸を開けてみると菊乃は袖を顔に当てて泣いていた。
まさかあれからずっと泣いていたのかと思い、
声を掛けると思った通り目の下が赤くなっていた。
菊乃は業盛を見て、さっきまで絶望の淵にいたかのような表情をしていたのに、
今はまるで後光でも見ているかのような表情で業盛を見ていた。
「戻ってきて…くれたのですか…?」
その目は希望に満ちていた。
でも、次に自分が放つ言葉が彼女を傷付けるのは間違いないだろう。正直、言いたくない。
「菊乃さん…私…明日、出発します」
分かりきっていることとはいえ、言うのはやはり辛かった。
菊乃の目が思いっきり見開かれている。とんでもなく怖い。
「そ…そんな…。
でも…この森は入り組んでいて…案内なしで出て行くなんて…無茶ですよ」
「それが、この森から出る方法を見付けたんですよ。
今日はもう遅いので無理ですが明日出発します。四日間、本当にありがとうございました」
菊乃の顔色が目に見えて悪くなっていく。
「…なぜ…もう行ってしまうのですか…。
まだ…ここにいても良いではないですか…。
…私が…なにか気に触る様なことでもしましたか…?
したのでしたら謝ります。だから…ここにいてください…お願いします…お願いします…」
今にも泣きそうな声で捲くし立てる。でもここで引いたらまた押し切られてしまう。
「私が出発を延期したのは、平蔵と葵の恋愛の成就のためです。
ですが、それももう出来なくなりました」
次の言葉に詰まってしまう。他人に話すには悲惨すぎるからだ。
でも、言わなければならない。
「葵は…殺されました。平蔵はその場にいなかったので、今どこにいるのかさえ分かりません」
一瞬、時間が止まった。
「な…業盛様。嘘はいけませんよ。昨日は葵さんが人を殺して、
今日は葵さんが殺されてるだなんて、冗談にしても性質が悪いですよ」
「嘘ではありません!昨日のことも、今日のことも、本当のことなのです。
だから私は今日、平蔵にあれほど葵の家に行くなと言ったのです。その結果がこれなのです」
思わず怒鳴ってしまった。本当のことを言っているのに、
嘘だと言われ続けていらいらしていたのかもしれない。
菊乃は怒鳴られて少しおどおどしている。
「じゃあ、それが本当なら、葵さんを殺したのは…」
菊乃がそこまで言って口を噤む。
「いえ、平蔵は殺していません。
あいつとは長い付き合いなので、そのようなことをするような人間ではないと信じています。
たぶん、殺したのは他の奴だと思います。信じてもらえないでしょうが…」
「…ごめんなさい…」
菊乃は謝った。別に彼女が悪いわけではないが、謝らなければならないと思ったのだろう。
「…私が信じれば…私が信じてあげれば…業盛様はこんなに…傷付かなくても…。
ごめんなさい…ごめんなさい…私が…私が…。
…そうだ…私が彼を…してあげれば…そうだよ…最初からそうすれば…そうだったんだ…」
なにか言っているようだが、声が小さいので聞こえない。
「あの…大丈夫ですか?」
「業盛様、もう一日だけここにいてくれませんか?」
心配になり声を掛けて、帰ってきた答えがこれだ。
「ですから、私はもう出て行くと…」
「今から行っても遅れることに変わりありません。
あと一日だけでいいのです。お願いです。ここにいてください」
「ですからね、私は…」
「いてくれるんですよね?」
どうやら話を聞いてくれないらしい。さっきから話が堂々巡りしている。
「分かりました。あと一日だけですよ。それ以上は延期しませんよ」
折れてしまったが最後、しまった、と思った。
菊乃は菊乃で、嬉々とした表情で業盛を見ていた。
あー、またやっちまったよ…。なんでいつもこうなるのだろう。
布団に横たわりながら呟いた。


241:変歴伝 5
09/01/23 19:23:38 ebzUy26Q
夜中、外では虫が鳴いていた。
業盛は腹部に強烈な圧迫感を感じた。
誰かが馬乗りになっている。顔を見ようとしたがぼやけて見えない。
手を動かそうとしたが、両手首を凄まじい力で抑え付けられ動かせない。
ただ、足をじたばたさせるだけだった。
影が近付いてくる。
止めろ、近寄るな。
首を激しく振って抵抗するが、手で押さえ付けられた。
あれ、確かこいつは今両手を押さえ付けているんだよな。じゃあどうやって頭を押さえ付けているんだ。
もしかして…化け物…。
思わず、叫び声が上がりそうになった。しかし、叫び声が上がる前に口を手で塞がれた。
押さえ付ける手が増えていく。
ついに両足も押さえ付けられ、体が動かせなくなった。
影は首筋辺りで止まった。
なにをするつもりだ…。
そう思っていると、首筋に生温かい物を感じた。
首筋を…舐められている…。
なんともいえない感覚が全身に走る。
だが今度は首筋に激痛が走った。水音と共になにかを咀嚼する音が聞こえてくる。
こいつ、俺を食っているのか…?
それを合図に全身に激痛が走った。二の腕、脇腹、太腿になにかが食らい付いている。
部屋中に水音と咀嚼音が響く。
痛い…止めてくれ…。
口に出したいが声が出せない。
意識が遠くなる中、影が息継ぎでもするかのように頭を持ち上げた。
…愛している…。
影はそう呟き、頭と口を押さえていた手を離した。その手が首に伸びてきた。
凄まじい力で首を絞められる。
急速に意識が遠のいていき、目の前が真っ白になった。
遠くでなにかが砕ける音がした。
しかし、それはどうでも良いようなことのように思えた。
だって、それは自分には関係のないことなのだから…。


242:変歴伝 5
09/01/23 19:25:17 ebzUy26Q
投稿終わりです。
まだ続きます。
ところで、ヤンデレ小説の主人公は、
平凡で、純粋で、朴念仁でなければならないのでしょうか?
どうでしょう?

243:名無しさん@ピンキー
09/01/23 20:05:15 qgItee4t
>>242
好きに書けばいい

244:名無しさん@ピンキー
09/01/23 21:21:31 NHztrKpw
>>242
ヤンデレがでてくればいい

245:名無しさん@ピンキー
09/01/23 22:58:21 Pb1fXML1
>>242
今更主人公の設定とは、次回作の予定ありか? 

246:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:03:19 oBVbH7lN
投下です。
また規制に引っかかったらごめんなさい。

>>236
みなさんに優しくされて天狗になってましたね。申し訳ないです。
次からは自重するようにします。



247:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:04:18 oBVbH7lN
「がえっでぎだー」

二十歳を目前に控え、犬に囲まれながら、鼻水と涙で顔をゆがめた女性をどうしろというのか。


年明け早々、高速道路が混みだす前に東京へ帰った。細かい手続きは後にし、挨拶など、手短に済むことは済ませて戻ってきた。
病院には診断書と紹介状を書いてもらい、あの医者とはメールアドレスを交換した。俺よりも新しい携帯を使っていることが若干、頭に来た。


家に着いたのは夕方で、玄関に明かりがついていることを訝ったが、旅立ちの様子を思い出すと納得した。

元々天才だったが、事故かなんかでバカになってしまったアニメのキャラクターみたいな姿をしたおっさんに拉致られたのだから、電気を消す暇などなかった。
ちなみに、あの時の荷物は、仕事の合間を縫って一時帰宅した母が準備してくれたらしい。

「光熱費が・・・」と嘆きながら鍵を取り出したところで、待てよ、と自分に問いを投げかけた。「父さんと母さん、向こう行くまでは普通に帰ってきてたよな?」

「ええ、そうよ」

「・・・消し忘れたのはアンタらかよ」

「ちょっと待ちなさいよ。あたしがそんなミスをするとでも思ってるの?」

反論しようとするが、理性が止めにかかる。財布の中身を1円と狂わずに把握している人物が、値上がりしつつある光熱費を甘く見るとは思えない。

「じゃあ、誰だよ」

母とくるみは論外、父は母と共にいたため、除外。

「マエダとルイス、もないよなぁ」そもそも家の中に入っていない。

ちなみに、この不在の間、二人の食事に関しては万全を期してあった。

俺が夏に合宿に行った時に購入した『プルプルワンワン』のお陰だ。決まった番号に電話をかけることで一定量のドッグフードが皿に盛られるというハイテクマシーンだ。この際、ネーミングには目を瞑る。

248:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:05:02 oBVbH7lN
「じゃあ、誰だよ」大事なことなので、もう一度繰り返す。

くるみが俺の背に回った。いけない、頼れる人を演じなければ。

「2人は下がって。父さん、一緒に」

「ん?あぁ、俺はいいよ」

「いいよ、って、『コンビニ行くけどアイスいる?』って訊いてんじゃないんだから」

「あたし、あの高いヤツね」

「いかねぇよっ」何故こんなに緊張感がないのだろうか。思わずため息をついた。

母は天性の余裕だろうが、父はというと、何かを知っている素振りを見せている。

「まぁ、開けてみろよ。俺はなんとなくオチが読めたから」

女性2人は首を傾げ、父を見る。この人だけは人生の台本か何かをどこかで手に入れたのだろうか。もしくは、攻略本を。


意を決して鍵を差し込む。その刹那、家の中で何かが動く音がした。これは本当に迎撃する準備をするべきかもしれない。
飛び出してきたニット帽とサングラスの男の顔面にスパイクを打ち込むイメージを膨らまし、扉を開いた。

実際に飛び出してきたのは隈と牛の着ぐるみパジャマの女だったが、容赦なく掌を頭頂部に叩きつけてしまった。

それから、姉、斎藤憲美(さいとう かずみ)だと気付いた。

249:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:05:42 oBVbH7lN
「ケンちゃん酷い・・・」

姉が部屋の隅で、マエダとルイスに囲まれながらこちらを睨んでいる。

「仕方ないでしょうが」誰だってあの状況では同じ事をするはずだ、多分。

「いいよいいよ、どーせねーちんはその程度の扱いですよぉ」

マズイ、あの人マジで泣き出した。マエダとルイスが非難の目を向けてくる。

俺1人に姉を押し付けて、母と父は居間でコーヒーを飲みながらクイズ番組を見ている。
ウケを狙ってる場所では少しぐらい笑ってやってください。ボケに対して冷たく、バカじゃないの、と言い放つ母は恐い。

ふと、くるみが姉のもとへと踏み出した。体育座りをする姉の背に、そっと手を乗せる。「ごめんね、お姉ちゃん」

弾けたように姉の顔が挙がる。やはり涙でぐしゃぐしゃだ。

「くーちゃぁん」姉は飛び掛るようにくるみを抱き締めた。「心配したんだよぉ、ニュースでいっつもくーちゃんのこと言ってて・・・あたし眠れなかったよぉ」

「お父さん、くるみちゃんが牛に襲われてるわよ」

「うん、うらやましいな」小気味の良い炸裂音と共に、父が吹っ飛んだ。

これが俺の望んだ家族団欒だろうか。否、断じて否。

「集ぅ合っっ!!」


250:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:07:09 oBVbH7lN
リビングの机に家族全員が集合したの何年ぶりだろう。さらに新しい家族もいるのだから、これほど喜ばしいことはない。

和室、風呂場の二つと隣接するリビングは、見まごうことがないほどに完璧なリビングだ。長めの机にキッチン、炊飯器、冷蔵庫、レンジにテレビ。さりげなく飾られた花が、これまたにくい。

長机の右側に手前から、母、父。左側に姉、くるみ。俺はその全てを見渡せる机の端で、腕を組んで立っている。その両脇には、マエダとルイスが鎮座している。

「本年度第一回斎藤家緊急家族会議を始めます。まず1つめは、なぜ家がこれほど乱れているかです」

「あたしはスルーなのっ?」姉が嘆くが、構っていたら話が進まない。

「私も、斎藤家?」くるみが左眼を輝かせて聞いてくる。

「あぁ、もちろん」手続きが大変だから、正式には黒埼のままだが。

「そっかぁ、斎藤くるみかぁ」

えへへ、と幸せそうに笑うくるみには、さすがに和む。左頬を赤く染めた父の顔も、どこか柔らかいものに見える。

251:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:07:57 IlfLF4Q3
久しぶりに帰ってきた家は見違えるようだった。悪い意味で。

流しには食器が溢れ返り、コンロには焦げ付いたフライパンと鍋が放置されている。洗濯物は洗濯機からはみ出ており、風呂場は髪の毛が流し口に詰まり、和室には空き缶や空き袋が散乱していた。

「やったやつら、手を挙げろ」苦笑いの父と、半泣きの姉がそろりと手を挙げた。「あんたもだろ、母さん」

部屋に響き渡る特大の舌打ちと共に、母が仕方なさそうに手を挙げる。

「・・・そこの二人はともかく、姉ちゃんは家事できるだろうに」

「だって、だってぇ」鼻を鳴らし、またぐずり始める。

都内でトップクラスの学力を持っていたにも関わらず、夢をかなえるためと言ってそれほどレベルの高くない大学へと進学した姉は、去年から一人暮らしをしている。
元々、我が家の家事を昔から担ってきた姉は、どちらかと言えばしっかりとしている方である。

そして、ガキだ。軽く波打つ黒髪と長い睫毛は大人の魅力を醸し出しているにも関わらず、くるみと競うほどの平らな体型をしている。
ギリギリ勝っている、というレベルか。身長は平均並なので余計、貧相に見えるということは黙っておこう。性格や服のセンスも見てのとおり子供的で、まだくるみの方がしっかりとしている。

「泣くなって。聞くから、な?」

腕でごしごしと目を擦ると、姉は頷き、話し始めた。

「あのね、この前いきなりおかーさんからメールがあったの。見たら『帰って来い』って書いてあって・・・ねーちん、超特急で帰ってきたんだよ?
そしたら家に誰もいないし、連絡も何もないのに、ニュースじゃくーちゃんとかケンちゃんが毎日・・・ふぇぇ」言い切る前に泣き始め、くるみに抱きつく。

・・・ツッコミどころはいくらでもあった。たが、とりあえずは母を睨む。首をぷいっ、と横にして、あからさまにしらばっくれられた。

「オイ、オイ、おぉぉいっ」

「やっかましぃっ。聞こえてるわよ」

「聞こえてるならこっち見ろよ、なぁ」

「マエダは相変わらず恐い顔ねぇ」

「こっち見ろ、そして俺と会話しろっ」

不毛なやりとりを繰り返し、ようやく母はこっちを向く。

「あたしの責任ね」

「知ってるわ、んなもん」

252:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:09:19 IlfLF4Q3
とりあえず、姉が薄情ではないことは証明された。

「電話ぐらいすればよかったのに」

「だって、どこにいるかわかんなかったし」

・・・なんか今のやり取りは変だ。

「電話番号は知ってるよな?」

「だから、どこにいるかわかんなかったから、どこにかければいいかわかんなくて・・・」

・・・たった今、姉がバカだと証明された。

「どこって、携帯だろ」

「・・・・ふぇぇっぇぇ」

「それ以上泣くとくるみがふやけるからやめてくれ」

「ねーちんじゃなくて!?」

泣くのか憤るのか、どちらかにして欲しい。

253:名無しさん@ピンキー
09/01/24 00:09:36 drQ8BfYc


254:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:10:26 IlfLF4Q3
少しおいてから、姉がまたポツポツと話し始めた。

「ニュースでくーちゃんが出たときは、本当にどーしようかと思ったよぉ・・・その目、ほんとーに見えないの?」

「うん・・・」くるみは物憂げに俯く。「でも、ありがとう、お姉ちゃん。心配してくれて」

「ううん、こっちこそ、生きててくれてありがとうだよ」

男と女の差というヤツか、俺では踏み込めない領域を、姉は軽く飛び越していった。姉の人柄と言うものもあるのだろう。

「それと、ケンちゃんっ」

突如振り返った姉に指を突きつけられ、たじろぐ。

「いつの間に不良に・・・それも500人を引き連れたヘッドになっちゃったのっ。最後に見たときはフツーだったのに・・・もしやっ、あの頃から!?」

マスメディアを信じるな、と俺と同じように教え込まれたはずが、なぜこうまで鵜呑みにしているのだろう。っていうか、500人って。2学年分くらいじゃないか。

「俺がそんなタマに見えますか」

「タマ、たま・・・命(たま)っ!?」よく分からないが、年頃の女性がタマを連呼するのはよろしくない。

「はっきり言うぞ。俺は、不良じゃない。善良とも言い難いがな」

「・・・ねーちんに誓える?」久しぶりに見る姉の真剣な表情。

ああ、そうだ。この人はこうやって心配してくれる人だったな、と思い返す。

「誓います」

「いい子だぁ、ねーちんがハグしてやろうっ」言うが早いか、俺の首元に突進してくる。

「あぁ、ハイハイ、どうもね」

「嬉しくないの?」

「嬉しいですよ、はい」半ば首にぶら下がるような姉の頭をポンポンと、優しく叩く。顔が熱い。


━瞬間、全身を悪寒が包む。

慌てて姉を引き剥がし、見渡す。

父は優しい微笑みから、何事かというような顔に変わった。

母は興味なさげにテレビを観ている。

くるみは俺から視線を逸らした。

姉はきょとんとした顔で俺を見ている。


・・・いや、まさか。

疲れているのだ。そう言い聞かせ、今日は眠ることにした。

255:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:11:11 IlfLF4Q3
四月になる頃には、住民登録などの面倒な手続きも終わり、斎藤家での暮らしにすっかり慣れていた。


といっても、家事の大半はお兄ちゃんがやってくれるので、未熟な私が出来るのはそのお手伝いくらいだ。

帰ってきたお兄ちゃんを玄関まで迎えに行き、おかえり、と言った時のお兄ちゃんの嬉しそうな顔は、私を蕩けさせてしまう。ただいま、と言われると、骨がなくなったように力が入らなくなる。

一緒にご飯を作ったり、お兄ちゃんが、手が荒れたらいけないからと言って代わりに洗ってくれた食器を、私が拭く。
そんな時、どうしても新婚気分になってしまい、お兄ちゃんに顔を向けられなくなってしまう。これで苗字も斎藤に出来たら最高なのにな。

苗字を変えるのは、お兄ちゃんが反対した。理由はわからないが、お兄ちゃんが言うなら仕方ない。それに、結婚すれば自然と変わるのだから、焦る必要はない。


お兄ちゃんは本当に優しい。
私が自室で目覚めた時━駄目元でお兄ちゃんと同じ部屋でいいと言ってみたが、案の定却下された━、どうしようもない不安に襲われることがある。
そんな日は、お兄ちゃんがいないと崩れてしまいそうになる。助けを求めると、お兄ちゃんは笑顔で、じゃあ今日は休もう、と言ってくれる。一日中一緒にいてくれ、時には私を外へ連れ出してくれる。

ああ、お兄ちゃん。大好き、本当に大好き。私は優しいお兄ちゃんが心の底から大好きだ。


だからといって、我侭も度を越えれば嫌われてしまう。時にはぐっと堪え、笑顔でお兄ちゃんを見送る。


いってきます。

いってらっしゃい。


無情なドアが閉まると、胸が締め付けられ、息が出来なくなる。

恐い。このままお兄ちゃんは帰ってこないのではないか。

お兄ちゃんはあんなに魅力的なのだから、発情期の雌が放っておくわけがない。中には、無理矢理お兄ちゃんを手に入れようとする輩もいるかもしれない。

だけど、そんなのはそんなことは些細なことに過ぎない。常識人であるお兄ちゃんがおいそれと騙されることはないだろうし、みんなは知らないが、お兄ちゃんは強いのだ。
目先のものに引き寄せられただけの雌など、容易くあしらってしまうだろう。


一番恐いのは、事故。

私を捨てた、私を裏切った両親のようなことを、お兄ちゃんはしない。するはずがない。

お兄ちゃんは傍にいてくれると言った。私にはそれを信じるしかない。

それなのに、一人でいる時 、私の右眼は視力を取り戻し、あの惨劇とお兄ちゃんの姿を重ねる。

256:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:11:59 IlfLF4Q3
━やめて、やめて、やめてやめてやめて壁が迫るやめてやめてやめてやめてやめてやめてお兄ちゃんが前のシートとの間に落ちるやめてやめてやめてやめてやめて右側に座り、私の頭を撫でてくれたやめて
やめて血まみれで、所々ガラス片の刺さったやめてやめてやめてお兄ちゃんは運転席でやめてお兄ちゃんと、目が合ったやめてやめてやめてやめて・・・やめてよぉ・・・お願いだから、もうやめてぇ・・・


部屋を暗くしようが、毛布に包まろうが、状況は変わらない。右眼が、私の一部が私を責め立てる。


右眼を潰せばいい。そうすればきっと、解放される。お兄ちゃんももっと優しくしてくれる。

シャープペンシルを握る。

ペン先の進路を定める。

振りかぶる。


金属の擦れる音を聞いて、私はシャーペンを放り投げた。続いて、扉の開閉音。

階段を駆け下りて玄関へ向かうと、少し驚きながらも笑顔のお兄ちゃんがいる。


ただいま。

おかえり。

257:Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:12:56 IlfLF4Q3
特別措置、という名目で、私は高校を受験した。もちろん、お兄ちゃんの高校だ。

3学期分の出席日数が足りなかったが、こっちに引っ越してきてからは、やはり特別措置ということで通信制の学校に臨時入学して、必要な出席日数をカバーした。

お兄ちゃんの高校は都立で、学力的には丁度、真ん中くらいの所だった。勉強を怠っていた私には多少きつかったが、お兄ちゃんと一緒にいられない恐怖を思えば、そんなものは恐るるに足らない壁だ。


私は晴れて、高校生になった。

伯父さんと伯母さんは誉めてくれた。一月以来、忙しくて帰って来れなかったお姉ちゃんは、この時ばかりは帰ってきて、私を抱き締めてくれた。

肝心のお兄ちゃんはというと、隈を伴った眼を潤ませながら、おめでとう、と何度も言って私の頭を撫でてくれた。なにより、嬉しかった。


「くるみ、忘れ物は?」

「ん、大丈夫」

教科書、ルーズリーフ、筆箱、体操着、ハンカチ、と一つずつ声に出して確認する。

「弁当は?」

「えへへ~」カバンを置いて、中からお揃いのバンダナに包まれたお弁当箱を出す。

一回り大きいのがお兄ちゃんので、もう1つが私の。今回は私が作ったものだ。

「よし、じゃあ行くぞ」

お兄ちゃんとお揃いの色をした制服の裾を揺らし、後に続いて家を出る。


「いってきます」

「いってきま~す」


暖かく、優しい太陽が照らしている。

お兄ちゃんは、私の太陽だ。

258:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/24 00:14:12 IlfLF4Q3
とりあえず、投下終わりです。

途中の支援、ありがとうございました

259:名無しさん@ピンキー
09/01/24 00:17:24 /uPEEFYx
後ろの作者さんのために、もう少し投下間隔空けてあげた方がいい気が…
まあでもGJ

260:名無しさん@ピンキー
09/01/24 01:04:39 +pGA+aTy
>>242
菊乃さんの変質的な執着心がイイ!

>>258
姉スキーの俺には憲美が可愛すぎるんだが……微妙に死亡フラグ立ってる?

261:名無しさん@ピンキー
09/01/24 01:09:53 zVBFeFla
>>242
純粋で、朴念仁で、コマンドーみたいに女に何をされても死なないような主人公もいいと思います

>>258
くるみはかわいいなあ

262:名無しさん@ピンキー
09/01/24 02:46:17 bclpjKbI
>>258
GJ

前田とルイスって聞くとカープが思い浮かぶ

263:名無しさん@ピンキー
09/01/24 08:56:14 9A2dkKLH
最近ヤンデレという言葉自体を知った者です

レベル低い上に長編を投稿されている玄人の方の後なので気が引けますが

投下してみます…



264:雨の夜
09/01/24 09:00:25 9A2dkKLH
関東地区内陸部某養護施設
女子棟202号室
右側の窓の方
私に与えられた場所

私は孤児
赤ちゃんの時熱帯夜の深夜にここの玄関の前に捨てられ泣いていたらしい

名前は美雨

スタッフの人達が相談して決めたみたい

私が生まれた頃、社会はバブルとか言うのが崩壊して、
私みたいな子達が急に増えたってどこかで聞いた

お母さんとお父さんがいる生活が普通で
私の日常が普通じゃないことは自然と理解して生きてきた

自然と同世代でグループができて、学校でも外でもどこか浮いた感じの私達は結局一緒にいることが多かった

義務教育最後の年
夏休み前
突然の雨

「雄輔……」

日本語は面白い
ハラワタガニエクリカエル?だっけ…?
憎しみが限界を越えるとお腹が熱くなってくるのか…

こんなの始めてだよ…

雄輔…

265:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:02:22 9A2dkKLH
雄輔は私の二つ上で震災遺児

親戚の紹介でここに来たらしい


ボランティアの人が言ってた
「まるで大家族ですね」

家族…?

雄輔のクラスの人が言ってた
「お前ら本当兄弟みたいだな」

兄弟…?

クラスの女子が言ってた
「いいなぁ~カッコいいお兄ちゃん」

お兄ちゃん…?

小さい時ケンカして雄輔スタッフの人に言われてた
「あなたのかわいい妹みたいな子でしょ!?何で泣かせるの!?」

妹…?



何でこんなことばっか思い出すんだろう…

偏差値が3も落ちた

やっぱり難しいよ勉強

何で偏差値70もあるんだよ雄輔…

誰だよ…
あの女…
同じ学校の女か…
楽しそうに話してんじゃないよ…

今団地で一人暮らしだよね…雄輔

やったんだろ…!?
あの女と…

やったんだろ……

お腹痛い……

生理じゃないのに……

お腹痛い……

また吐いちゃった……

痩せるなんて簡単じゃん……

何でみんな苦労してるんだろ……


266:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:03:46 9A2dkKLH
「ええ…中学生です」
「はい…西山中学校に通ってます」
「3年生で…C組です」
「…ですから最後に姿を見たのは昨日学校に行く時で…はい」
「はい…160は無いと思います…えっ?髪の毛の色ですか…?黒ですけど…」
「…所持金?いやそんなには…せいぜい一万円位だと思います…はい…どうか…よろしくお願いします…」

受話器が置かれる

「やっぱり携帯つながりません…どうしましょう…」
「思い当たる所は全部探しました…家出なんてする子じゃないですし…まさか…」
「警察の方が今こちらに来てくれます」
「とにかく私達の出来ることをしましょう…子供達はもっと不安を感じているはずです」
「あなた達がそんな風じゃ子供達をさらに不安にさせるだけですよ…」
「さぁもう一度彼女を探しましょう…」



267:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:06:15 9A2dkKLH
「ったくあのバカ…」
図書館に本屋にペットショップ…あとはどこかの化粧品売り場にauショップってとこか…?

いや…雨降ってるし、やっぱ電車かバスでどこかへ行ったのか…?施設の佐藤さんが警察呼んだみたいだし、それにしてもただの家出ならいいが……いや無事ならなんでもいい…

21時 県営団地302号室

ガチャガチャ
「あれっ…」
施錠したはずのドアが開いている
恐る恐る部屋に入り電気をつける

「………!!」

散乱させられた部屋
床に座り込むずぶ濡れなよく知っている存在

昨日の格好のまま何かを1人でぶつぶつと喋っている異様な光景

「美雨…!!美雨……!?」
「何だよ…すげー心配したんだぞ…」
「おい美……」

「…………!!」

近付く声
顔が急に上を向き、雄輔の姿が目に入る
急に立ち上がり、後ろへ体を移動させ、壁に体をぶつけ再び床に座り込む

「ハァハァハァ…」荒い呼吸、焦点の定まっていない視点、何かにおびえた表情
「何してんだよお前…傘無かったのか…?」
「ちょっと待ってろ…今タオルを…」


「他人じゃない!!」

「はっ…?おい美雨…どうし…」

「家族とか兄弟とか妹とか……」



268:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:08:03 9A2dkKLH
下を向いたままだが表情が憎悪と怒りに満ちたものへ変化する

「なっ何を言っているんだ…?とにかくそのままじゃ風邪引くぞ…だから…」

「あ亞あぁアア嗚呼亜ぁ!!」

ガツンガツン

突然叫び始め
自らの額を壁と床に打ち付け始める

「………!!」
「何してんだ止めろ!!」
「おい止めろよ!!美雨!!聞け!!聞けよ!!美雨!!」

背後から男性の力で抱き付かれ、自傷行為を制止させられる
「離せ!!離せよ!!」額が切れ少量だが血液が流れ始める

「離せ…!!離せ…離せ…」
必死に抵抗するが体力が底をつく

両目から涙が一気に流れ始める

「………」

「…美雨…よく分かんねぇけど、体大切にしろよ…」
「俺も施設のみんなも本当に心配したんだぞ…」

「施設…みんな…心配…」
沈黙が続く

「あの女…あの女…」
「あの女って…?お前は何を言っているんだ…?」

「一昨日駅前で楽しく歩いてた女……殺す殺す殺す…」

「あっ……
お前それは…先輩で部活のマネージャーやってる…坂井さんだ…」

「坂井さんは大学生の彼氏がいるらしいんだ……」
「嘘を付くな嘘を付くな嘘付くな…」
「死ぬか殺すか死ぬか殺すか死ぬか殺すか死ぬか殺すか……」

269:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:10:16 9A2dkKLH
「美雨……」

「…………!!」
腕の中で体を回転させ、仰向けの体の上でうつ伏せになる

体が密着し、胸と胸が重なる

ビリッ

体を浮かし、自ら着ているYシャツのボタンを引きちぎり、下着が露わになる

「ハァハァハァ…」「どう……!?結構大きいでしょ…!?」
「私でオナニーしてる男子だっているし…付き合ってくれって3人から言われたし…スカウトされたこともあるし…エロオヤジから声掛けられたし……」


「私のがいいに決まってるでしょ!?」
「許せないっ!!本当に許せない…」

雄輔の首を両手でつかみ締める

「うっ…!おい!!止めろっ!!」

バタン

男性の力で首に絡まる腕を振り払い、私の体を突き飛ばす

「ハァハァハァ…」「ハァハァハァ…」
「ハァ…美雨ぅ…お前……」

「抱きなさいよ!!」

「はっ……?」

「あの女とはやれて私とはやれないのかよ!?」

床に座り込んだままスカートの中の短パンだけを脱ぎ始める

「美雨…」

視線を背けるがあらゆる感情が溢れ胸の中が締め付けられる

立ち上がりスカートを自らめくり

「男子ってスカートはいてた方が興奮するんでしょ…」

「早く抱けよ!!雄輔!!」



270:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:13:44 9A2dkKLH
「……」

バサッ

私の体が雄輔の体に包まれる

「ゴメン…本当に知らなかった…」
「お前がそんな風に考えてたなんて…」「確かに他人だよな…お前も俺も…みんなも…」
「でもずっと一緒だったじゃねぇか…」「前にも話したよな…俺元々一人っ子で震災遺児だって…」
「施設に来たばかりの時は本当にいろいろ面倒くさくて脱走もしたけど、お前や他のみんながいてくれたから、楽しくやってこれたし…それに外の奴らには何かバカにされたくないっていうか…負けたくねぇって思えて、いろいろ頑張れたんだ…」

「そんな話いいから早く抱けよ!!」

「坂井さんとは何にも無い…ってゆうか今まで本当に何にも無い…」

「うっ…」

口唇が重なる
口唇が離れる

無言のまま床に寝そべる2人

「………」

私の下着だけが外される

「すげーきれいだ…美雨…」

「早く…しろよ…」
ファスナーから男性器が露出される

「ゴメン…やっぱり無理だ…」

「ふざけんな!!」

固くなっている男性器を右手でつかみ

雄輔の上に馬乗りになる

「おっきくなってんじゃん!!」

「ねぇ…ねぇ…!!ねぇっ!!」

グチュチュ

いきなり雄輔の局部を口に含みしゃぶる


271:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:14:21 BX+VhGkn


272:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:15:33 9A2dkKLH
「何してんだ美雨!!」

口の中で固くなった局部に舌を絡ませる

「………」


顔を押さえる手
口から男性器が抜き出される

押し倒される
無理矢理私の下半身に始めて男性器が入ってくる

「うっ……」

「………!!」

苦悶の表情

無造作に腰が上下に動く

「あっ…うっ…」

「嗚呼…!!」

激痛が下半身を走る
「ハアハアハア…美雨」

痛みに耐えるだけの時間が過ぎる

「阿ア嗚呼アアああッ!!」

体が離れる

再び出血

「ハアハアハア…」

「ハアハアハア…」



「美雨…シャワー先に入れよ…」





273:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:17:42 9A2dkKLH
投下終了します

>>271
支援ありがとうございました

274:名無しさん@ピンキー
09/01/24 11:37:52 eDF2Kg8L
>>273
お疲れ。

275:名無しさん@ピンキー
09/01/24 11:42:41 FE3JTHcF
>>273

GJ!


ところで投下間隔ってどれくらい空けるのがベストなんだろ?

276:名無しさん@ピンキー
09/01/24 12:11:09 +pGA+aTy
別に連続投下でも感想書きたきゃ個別にアンカー付ければいいしどーでもいい。
むしろ「間隔あけろ、前の投下から○時間は投下するな」とか言い出す自治厨の方が邪魔

277:名無しさん@ピンキー
09/01/24 13:01:14 tull/yGq
確かに

278:名無しさん@ピンキー
09/01/24 13:02:49 g9vnMx23
てか改行しすぎ

279:名無しさん@ピンキー
09/01/24 13:21:25 boqffw/5
スレの流れとか空気っつーかさ、暗黙の了解的なもんがあるんだよ。スレによって違うけどさ
投下した者じゃないとわからないけどさ、自分の作品に対するレスがくる前に別の投下がきて、そのとき自分がどう思うかじゃないかね?
たまに自分の後に大人気のSSがすぐに投下されて自分のSSがなかったことのように……

>>276の言うとおりなんだけどさ、投下する側としてのマナーってか気配りってーかね、けっこう大事だと思うよ。うん

280:名無しさん@ピンキー
09/01/24 13:42:33 FCGP1mcR
ま、間隔空けろなんていうのは書き手側の理屈だよな
ただ書き手無しにはスレは成り立たないというジレンマ

281:名無しさん@ピンキー
09/01/24 13:59:37 9VQrY6f0
確かに携帯小説なみに行間あけすぎで見づらい

小説風とは言わないからせめてラノベ風に仕上げてくれ

282:名無しさん@ピンキー
09/01/24 14:10:13 H2RpBNL7
ぶっちゃけ個々のヤンデレの妄想をSSやネタで表現してニヤニヤするスレだからなあ。
それぞれの作品に必ず感想付けたり、そういうことでSSを評価するようなスレでもないし。
感想もらえたら嬉しい、でも無くても自分の妄想を見て貰えただけで満足、という方針でいたほうが良いと思われ。

283:名無しさん@ピンキー
09/01/24 16:34:14 /sKA7hwW
投稿時に間隔空けなくても良いに一票

284:名無しさん@ピンキー
09/01/24 16:42:53 7QBLqlKr
どーでもいいわ
いやなら飛ばせばいいそれだけ

285:名無しさん@ピンキー
09/01/24 16:51:05 0ObEQP3I
>>278>>281はどれに対して言ってんの?

286:名無しさん@ピンキー
09/01/24 16:57:03 Teu+WOgR
>>283
いらんことすんな

287:名無しさん@ピンキー
09/01/24 17:34:23 mLdt7edQ
ヤンデレおねえさまに思いっきり甘えたい

288:名無しさん@ピンキー
09/01/24 17:58:00 7FJNaWOp
>>287

ヤンデレが287を好きでない場合
「こっちくんな!キモオタ!(PAM!!」
     →死亡フラグ

ヤンデレが287を好きな場合
「よしよし、いい子いい― ・・・ 女の―匂いがするよ?どういうこと、かな?287君?」
     →死亡フラグ

こうですか?わかりません><

289:名無しさん@ピンキー
09/01/24 21:12:53 TIQ1Yd9k
>>287
お姉ちゃん型ヤンデレはいいよな
膝枕状態で頭撫でられて「ほかの女とこんなことしたら殺しちゃうからね~」とか言われてまったり過ごしたい

290:名無しさん@ピンキー
09/01/24 21:39:03 0OzNfaL0
>>289
いやいや頭撫でられるより耳かきされながらだろ

他の女の子のことを話しでもしたら、そのままズボッと……

291: ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:46:32 PqgTn3fx
投下します。

292:ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:47:35 PqgTn3fx
第十六話『イロリ汚いなさすがイロリ汚い』

「ん、ちーちゃん、もう帰っちゃうの?」
「ああ、ちょっと野暮用でな」
「ええー。カナメちゃんの親睦会をしようと思ってたのにー」
頬をふくらませるイロリに苦笑いしつつ、千歳はぷらぷらと手をふって教室を出て行った。
「前から思っていたが、お前は千歳をそんなに好きだというのに、必要以上にべたべたくっついていかないんだな」
「うん。ちーちゃんに、迷惑かけたくないから」
「……?」
イロリの返答の意味を図りかねたナギは、首をかしげたがその後は追及をしなかった。
ただ、イロリは過去に起こった何かが原因で、千歳に若干遠慮をしているのだということはかろうじてわかった。
「とにかく、本題は、カナメだ」
「さんをつけなさいな、デコスケおちび」
「サイクロン掃除機に吸い込まれたような髪形のやつが言うな」
ひたすらに高圧的なカナメと、それに真っ向から噛み付くナギ。
相性はあまりよくないようだ。
いや、むしろ似たもの同士なのかもしれない。
「ま、まあまあ」
いつもは周囲を振り回す側のイロリが、今は仲裁役に回っている。カナメの登場は、人間関係を良くも悪くも変えてしまったようだ。
「とにかく、繁華街にでようよ。そのほうがいっぱい遊べるから」
「まあ、それがいいだろうな」
「賛成ですわ」
なんとか二人も納得してくれたようで、イロリはほっと息をはいた。

 ♪ ♪ ♪


293:ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:48:05 PqgTn3fx
屋上。立ち入り禁止のその場所だが、警備もなにもあったものではなく、千歳は頻繁に出入りしていた。
もう一人の住人とともにだべるのが目的である。
そして、もう一人の住人は、今もここにいて、寝そべり、空を見ていた。
「やっぱここかよ、彦馬」
「……千歳。やっぱり、君がきてくれるんだね」
「カナメ……いや、カナさんじゃなくて、不満か?」
「ううん、そういうわけじゃないよ。僕は、千歳のことも大好きだから」
身体を起こし、彦馬が千歳に笑いかける。
彦馬は決して男として格好が良い部類ではない。ほそっこいし、背も低いし、全体的に軟弱だ。
性格も、お調子者だが基本へたれであり、空回りしがちで報われない。運動も成績も普通だ。これといった長所はみあたらない。
が、女性的な顔つきはどこか美しさを感じさせる部分があった。今では、それがカナメの双子であるからだと納得できるが、他の誰も気付いていなかった要素だろう。
「なんだよ、男同士で大好きとか……。恥ずかしいやつだな、お前は」
悪態をつきつつも、優しい表情のまま隣に座る千歳。長い付き合いだ。互いに、『分かっている』。
「ははっ、そうかもね。いい男が二人集まったら、一部の女性達の妄想は始まるから」
「いい男って、自分で言うもんじゃねえよ」
「それもそうか。……それに、僕は……いい男じゃ、ないしね」
沈んだ顔になる彦馬。
珍しい。長い付き合いだが、千歳はここまで心から打ちひしがれた彦馬を見るのは初めてだった。
いつもはなにかあっても三十秒で回復するようなやつが、ここまで。
―あたりまえか。
(俺だって、人のことはいえねえもんな。もし、百歌と別れちまって、次にあったときには別人で……)
考えたくも無い。百歌は、ばらばらになってもう滅多にあえない家族の中で、唯一一緒にいてくれる。
それが、消えてしまう。
俺の世界が、消えてしまうんだ。
「お前の泣いたとこ、見たこと無いな」
「そういう千歳だって」
「俺は……影では泣き虫だったさ。ただ、百歌に涙を見せたくなくてな。だから人前では泣かない習慣がついた」
「僕は……たぶん、本当に泣いたこと無いのかもね。たぶん、カナがいなくなってからずっと泣いて、尽き果てたんだと思う」
「そうか」
彦馬の顔を横目にちらりと見ると、確かに泣き顔のようなくしゃくしゃした表情をしていたが、涙は流れていなかった。
意識的に耐えているわけではない。すっからかんで、もう出ないような。
そんな、歪んだ顔。
「なら、お前は前に進め。涙が止まったなら、もう止まるな。強くなれ」
「……!」
「おーおー、驚いた驚いた」
「だって……だって……」
「お前、俺が慰めに来たとでも思ってたのかよ。俺がそんな優しい奴に見えたか? 俺は努力してるやつにしか手は貸さんぞ」
「……ちがうよ。千歳の言葉が、あまりにも僕の予想通りだったから」
「……」
「だから、嬉しいんだ」
「……そうか」
二人は顔を見合わせ、不器用に笑いあった。

 ♪ ♪ ♪


294:ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:48:39 PqgTn3fx
「げ……げぇむせんたぁというのは初めてきましたが、なんと言うべきか、壮観ですわね」
ゲームセンター『シューティングスター』に訪れたイロリとナギとカナメ。
カナメは、その強大な威圧感―それは逆説的な言い方だが、本来的に言うなら、閉鎖性の生み出す圧力の大きさに圧倒された。
このシューティングスターは、関東でも屈指の強さを持つゲーセンである。
選りすぐりの精鋭たちがひしめき合い、腕を競っている。
「わたくし、ビデオゲームはあまり経験が無いのですが」
「徐々に慣れればいい。お前は見たところ、センスがありそうだ。脳をフルパワーで運用できるんだろう?」
「そうですが、なぜそれを?」
「気にするな」
ナギはそう言いつつも、北斗の拳の筐体にコインを入れた。
「とにかく、見ているといい。北斗は初心者には敷居が高いが、慣れればこれほど面白い物は無い」
カナメはとまどい、隣をみたが、イロリは真剣な目でナギを見つめている。
カナメもそれに従い、それきりだまった。
ナギのトキはレイで遊んでいたモヒカンを即行で瞬殺した。
「うん……。やるね、ナギちゃん!」
「当たり前だ。私は中野でも修羅の称号は持ってる」
イロリとナギがいろいろ納得している中、カナメはあまりついていけていない。
(格闘ゲームというのは、かのような奇怪な動きをするものでしたかしら。わたくし、ウメハラ氏が『小足見てから昇竜余裕でした』といったことくらいしかしりませんわ)
カナメも、昔―カナだった時代には、ストリートファイター2などはやったことがある。
その時は兄の操るザンギエフを待ちガイルでフルボッコにしていたが、この『北斗の拳』は、そんなものとは次元が違うように見える。
「ふむ……だれか、このゲームのデータのようなものを持っていないでしょうか」
「お嬢様」
突然現れたのは、黒服の男、高崎である。
「ここに、このゲームのシステム、キャラクターごとの詳細データ。コンボレシピ、バグ、技フレーム、判定、全ての数値系が記録してあります」
「まあ、仕事が早いのですね!」
「い、いえ……私はここの常連でして……」
「……わたくし、あなたの私生活が気になって仕方がなくなってきましたわ」
「それはまた後ほど。今はご学友との交流をお楽しみください。では」
すっと高速移動して、高崎は消えた。このスピードがあればオリンピックにでても余裕で優勝なのではないかと思うが、高崎はそういう興味は無いらしい。
運動能力はカナメ以上だというのに、もったいないことだ。カナメは少し残念だったが、まあそれは保留として。
「ふむふむ……」
ぱらぱらと、分厚い紙束をめくる。
すっと目を通しただけで、具体的なキャラクターの判定の形状、スピードなど、全てはが頭の中で思い描かれる。
「完全純化した理論値では、ユダと、レイというキャラクターが強いようですわね。しかし、人間同士の闘いではトキというキャラクターのスピードが最強と……。なるほど」
だが、どこか気に入らない。
もっと、自分の性格に合致したキャラクターが欲しい。
「拳……王……!? これですわ! ラオウ様こそが、わたくしには相応しいわ!」
強烈な攻撃力と、永久コンボ。目押しが重要な、職人系のキャラクターだ。
まだ経験の浅いカナメには、慣れとアドリブが必要な別キャラより、差し込みさえ成功すれば永久を狙えるキャラのほうが望ましい。
なにより、王という名前に惹かれる。
「よし……キャラ対策などのデータも覚えました。あとは実戦あるのみ、ですわ」
カナメはずかずかと2P側に座ると、コインを投入してナギに乱入した。
「ほう、初戦で私にいどむか。いい度胸だ」
「わたくし、自慢じゃございませんが、勝負事で他人に負けた覚えはなくてよ」
「自慢だろうが……」
戦いが始まる。


295:ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:49:10 PqgTn3fx
ナギのトキは、ナギを使わずに攻めを開始する。いわゆるひとつの舐めプレイだ。
が、ナギ無しトキの固めはナギ有りよりよほどぬるい。カナメはかろうじて対応していた。
(レバーとボタンに慣れることができれば、わたくしの能力で『理論値による運用』が可能なはず……!)
耐えつつも、立ち回りによる勝負に持ちこむカナメ。初めて故にぎこちない動きだが、ナギなしトキの火力の低さに救われる。
1ラウンドがナギに先取された。
「どうだ、北斗は楽しいだろう」
ナギがふふんと鼻をならしながら、優越感丸出しで話し掛けた。
「本当に、そうですわね。しかし……」
「?」
「これからが、もっとおもしろくなりましてよ」
2ラウンド目からのカナメの動きは明らかに違っていた。まるで、何年も鍛錬をつんだ修羅のごとき動き。
軽々とトキに差し込み、サイを入れる。長い長い目押しコンが。自分との闘いが始まる。
「なっ……こいつ、まさか……! いや、そんなはずはない。素人が目押し完走など……!」
「そういう舐め発言は、死亡フラグでしてよ」
「何……!」
裏サイにも成功し、カナメのラオウは見事永久コンボを完走してしまった。
がやがやと、ギャラリーが集まってくる。
「おい、初心者が目押し完走したぞ……!」「天才じゃ、天才の出現じゃ!」「北島マヤ、恐ろしい子!」
「まさか『ミス・ファイヤーヘッド』が負けるなんて……」「名前の由来から考えると不自然じゃないけどね」
ちなみに、『ミス・ファイヤーヘッド』とは、ナギのこのゲーセンでのリングネームである。
由来は、ウルトラ戦士隊長ゾフィーの、『ミスターファイヤーヘッド』という異名から。
彼が某鳥っぽい怪獣に頭を燃やされた挙げ句ぼろっかすに負けて殺された衝撃シーンから、そう呼ばれる。
つまり、ナギのリングネームは死亡フラグ満載だった。
「馬鹿な……!」
「そろそろ、お認めになっては? わたくしが、『王の器』だということを」
「くっ……なるほどな。認めねばなるまい。お前は確かに『天才』と呼ばれる部類の人間らしいな。ならば、本気をだそう。その強さに敬意をもって」
ナギの雰囲気が、目に見えて変化する。
深紅の髪は鈍い発光を始め、その瞳も怪しく光る。
(なるほど。野々村ナギさん。どれほどのものかと思いましたが、千歳様のご学友だけあります。……底知れないですわね)
カナメは、ナギから発せられる力がどういうものか、はっきりと今わかっていた。
(この方もまた、『王の器』ということ……。面白くなってきましたわ)

 ♪ ♪ ♪


296:ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:49:40 PqgTn3fx
「さて、なんだかんだで、彦馬には解決できないこともあるしな」
手伝ってやらねばなるまい。千歳はそう確信し、ある場所へ向かっていた。
学校の裏にある山の、最奥。相当な樹齢に達するという神木。
その根元の部分に、よりそうように眠っている少女がいる。
「やっぱ、ここか」
千歳はあきれたようにふんと息を吐いてから、少女のもとにかけより、肩を揺さぶる。
「起きろ、久遠(くおん)」
少女は応えない。死んだように眠っている。
千歳は冷静に脈を確認する。死んでいない。
「久遠、俺だ、千歳だ」
「……うぅん……いま、ねているから、おこさないで」
どう考えても起きている口調。
「……どうすりゃ起きる? 前みたいにチューペットでも買ってやろうか?」
ふるふる。
少女は頭を横に振った。どう考えても起きてるだろ、これ。
「ちとせ、ちゅーしれ」
「……はぁ?」
「ちゅーしれ」
目を閉じながら唇をとんがらせる少女。
「……」
千歳は、冷静に、なぜか都合よく持っていた激辛めんたいこ(!?)を取り出し、少女の口に押し付ける。
「ちゅー……っ!? ―ん―!!」
瞬間、目を見開いて飛び起きた少女。
しばらく周囲を走り回って、やっと戻って来たかと思うと、千歳の胸にダイブした。
「ちとせ! ひさしぶりっ! くちびる、からいね!」
「アホか」
「ちとせ、くおんバカっていった。くおんバカじゃない。ちとせまちがい。ちとせバカ」
「うるせぇよ。ツッコミだろツッコミ」
「ならなっとく! くおんかしこい?」
「ああ、賢いよ。久遠は賢い」
「くおんかしこい! ちとせすき!」
「ああ、ありがとな」
「すきだから、ちゅーする」
「どこで覚えたんだよ、それ」
「すいーつ!」
「携帯小説のことね……」
―極限まで出来の悪い妹を相手にしているみたいだ。
千歳は自分の体力が順調に削られているのを実感した。自分の実妹が百歌でよかったとも思う。
「おらぁ、てめぇ久遠姐さんになにしとんじゃ! ……って、千歳さんか。ご苦労様です」
「ん?」
いきなり現れていきなり納得した男。どうみても893。千歳には見覚えがある。というか、顔見知りだ。
「ああ、久遠の護衛の人か。悪いけど、しばらく二人っきりにしてくれ」
「へい、もちろんですぜ! それと、親分から伝言です『久遠を女にしてやってくれ。そのかわり俺の家を継げ』とのことです!」
「……おっさんに、『余計なお世話だくそじじい』って言っといてくれ」
「む、むちゃな注文ですぜ……」
「まあ、それに類することを頼む」
「合点承知!」
男はさっさとどこかへいってしまう。
「ふぅ……お前の家のやつは疲れる」
久遠が首をかしげる。
「ちとせ、どうしたの? くおんになにかよう?」
「ああ、ちょっと、訊きたいことがあってな」
「くおんをおんなにしてくれるんじゃないの?」
「そういうことを白昼堂々言わないように教育すべきだったな」
「じゃあ、どうしたの……?」
「うーん。話すと長くなるな。近くに山小屋があったろ。そこで話そう」
「うん!」

 ♪ ♪ ♪


297:ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:50:11 PqgTn3fx
白熱した第3ラウンドは、ついに終わった。ナギを解禁し、かつ経験の差とキャラ性能の差をしっかりと活用したナギに、当初はカナメが押され、体力は瞬く間に一ドットにまで減らされる。
が、その一ドットが果てしなく長い。
固めの中、甘えたバニシングを放ってしまったナギのトキに対し、カナメのラオウは見事に無想転生を発動。
そのまま永久コンボに移行し、見事に逆転勝利を収めたのだ。
沈黙。
誰もが、二人の熱すぎる闘いに口をあんぐりと開けることしかできなかった。
ぱちぱちぱち。
その沈黙を破ったのは、にっこりと満面の笑みを浮かべたイロリだった。
つられるように、徐々に拍手が増えてゆく。
誰もが、二人の闘いをたたえていた。
「……私の、負けだ。お前は、すごいな、カナメ」
「久々に、ここまで緊張しましたわ。どのような勝負事でも軽く勝って来たわたくしですが、ここまで本気になれたのは久しぶりです。ありがとうございました。ナギさん」
どちらからでもなく、二人は手を前にだし、互いに握り合った。
「さーて、勝ったカナメちゃんには、もれなくエクストラステージが待っています!」
「え……?」
「この私、西又イロリがお相手するよ!」
カナメも、ナギも顔を見合わせ、ぷっと吹き出す。
今更行く所まで言ってしまった自分達に対し、イロリごときがついてこられるのかとでも言っているようだった。
―王の器でもないくせに。
少なくとも、カナメはそう思った。
が、ナギはすぐに考え直していた。
(いや、イロリなら、あるいは、この天才にも……)
イロリは決して才能溢れるタイプではない。
だが、それ以上に何か、もっと深い……もっと大きな。王の器など、問題にもならないような何かが。
確信も無いし、証拠もなにもないが、ナギの感覚にひっかかる、何かがある。
もしかしたら。


298:ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:50:56 PqgTn3fx
「あー、私を舐めてるなー! これでもめっちゃやりこんでるんだからね! ハイスラでぼこってやる!」
「まあ、お相手いたしますわ」
カナメは明らかに馬鹿にした動作で2P側に座る。
イロリはナギに変わり、1P側に座った。
キャラ選択。先ほどに引き続き、カナメはラオウ。既に、最上級者の域に達している。生半可なレベルのラオウではない。
対して、イロリはシン。世間的には弱キャラとして扱われている彼である。
ギャラリーは、半ばイロリに対し、「死んだな」とでも言いたげな同情の目を向けていた。
第一ラウンドが始まる。
(さあ、どうきますの……?)
弱キャラを使うからには、慎重な攻めが要求される。カナメは、イロリはまず様子見からくるであろうと見越して、開幕は慎重に入った。
が、イロリは違った。
ゴクトをぶっぱしたのである。
「か、開幕ゴクトだー!! 汚い、このシン、汚い!」
「恥知らずなシン使いがいた!」
だれともつかないギャラリーの一人が、興奮して叫んだ。
(な、なんですの、この人、データとは全く違う……予測できない動き……!)
ペースを完全に乱されたカナメは、次の差し込みもイロリに負けてしまう。
やりこんでいると言うだけあってコンボをミスらないイロリ。体力をごっそり奪っていく。
そのまま壁に追い詰められ、起き攻めを連続される。
「くっ、このままだと思わないことね!」
カナメは反撃を開始……できない。
ラオウの技を、パワーゲイザー、もとい、ライシンで見てからつぶしてしまったのだ。まさに超反応。
そのまま汚い攻めにあい、ダメージは加速した。カナメは瞬く間に1ラウンドを失っていた。
「そんな……わたくしが……!」
「ふふーん。私を舐めた罪は重いよー。次は、開始四秒でやっつけてやる!」
「な、何をいって―っは!?」
第二ラウンド開始と同時にブースト投げ。そのまま一撃。そこにはぼろぼろになった金髪の雑魚がいた。
瞬きする暇もなく、イロリのシンがカナメのラオウを倒してしまっていた。
「そ……そんな、バカなことが……」
わなわなと震えるカナメ。カナメの寿命はストレスでマッハだった。
そんな彼女に、イロリは優しく話し掛ける。
「ジュースを奢ってやろう」
と。
「きー! くやしいー!! これではっきりしましたわね、わたくしの恋のライバルは西又イロリ、貴女なのですわ!」
「ようやく気付いたようだね。そう、私こそがちーちゃんのハートを射止める(予定)女よ!」
「千歳様と添い遂げる未来を掴むには、まずあなたから倒さねばならないようね。勝負ですわ!」
「望むところっ!」
テンションが上がってゆくイロリとカナメ。
「なんなんだこいつら……」
ナギは、若干置いてきぼりになるのを感じていた。
(ボケキャラばかりでツッコミがいない……。千歳、これほどお前が恋しくなったことはない)
が、ナギは、千歳がかつて無いボケキャラと相対している事実を、まだ知らなかった。

十六話 終

299:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:51:27 PqgTn3fx
第十七話『遥か久遠の彼方に・前編』

この山は久遠の家、九音寺家の持ち物である。
それだけではない。この山のふもとにある千歳たちの通う私立高校も、もとを辿れば九音時家が出資して作られたものだ。
今は経営者が変わっているが、この辺りの地域を切り開いて活気付けたのは、九音寺家の功績だった。
故に、彼らの権力は強く、商店街などはいまだ主導権を握っている。
ヤクザというとあまり聞こえがよろしくないが、彼らは進んで汚いことに手を染めたりはしないし、人道に外れた行いもしない。
彼らは、カタギの人々が思っている以上に暗黒に包まれているこの日本の裏社会の波から、街を守っているのである。
さて、今千歳と久遠が入ったこの小屋は『旧九音寺跡』と呼ばれる場所で、たいそうな名前だが単なる庵だ。
もともと、何代か前の九音寺家の党首が出家した際に引きこもったとされる場所で、寺と言っても一人分の質素な居住すスペースに過ぎない。
隠者とは本来そういうものであるとは言え、この山奥で一人どうやって過ごしたのか。千歳は想像すら出来なかった。
街に下りていたのだろうか。が、九音寺組の親分が一度話してくれた伝説によると、久遠聖人とよばれたその僧侶は、ずっと野山で山菜をとって生活し、冥想にふけり、そして悟りを開いたのだという。
千歳は仏教家ではないがどれがいいかと質問されると三大宗教の中では仏教を好んでいると答える性質だ。
故に、むしろ疑問だった。
シャカは確かに偉大だ。が、それ以外の人間に果たして悟りなど開けるのか。
人間が、それほどに『真実』を究めることが出来るのか。
どうも、千歳には信じられなかった。
だが、久遠とつきあううちに、変わった。
久遠は、どの人類よりも『真実』に近いだろう。千歳は、そう思っている。

二人の出会いは、7年前までさかのぼる。

 ♪ ♪ ♪


300:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:52:04 PqgTn3fx
「死んでやる……死んでやる……」
千歳がある『妄想』に取り付かれていた時期だった。
「俺は、何も救えない。俺は、神が見えた。だから、限界を知った。だから、救えない」
ちとせはある事件の影響で、ある種の真実に触れた。故に、無力感のあまり精神崩壊を起こしたのだ。
病院を抜け出した千歳は、ぶつぶつとネガティブな言葉を発しながら山の奥へと進んでいく。
この森で、誰にも見つからず死にたい。
「俺は、頑張っても神にはなれない……。だから、死んだほうがましだ」
虚ろな目からは、涙が絶え間なく流れていた。
秋。枯れ葉がつもり、足がとられる。苛立ちと悔しさと、枯れ葉とともに積もる無力感に打ちひしがれながらも、千歳は先を目指した。
本当は、どこで死のうなどどいう目的はない。
ただ、奥へ行きたかった。
真実に触れた今、ただ盲目的に前に進むことが何を招くか。それを知りながらも、進もうとしていた。
明確な終着点がなくても、ただ、立ち止まるのは嫌だった。
「しぬの?」
そのときだった。
上から、小さな声が落ちてきていた。
かほそく、森の沈黙の中にかき消されてしまいそうな、そんな声。
雛鳥の鳴き声にも似た。
「ああ、死ぬ」
千歳は、声の主を探り当てようともせず、応えた。
声の主が、人間であるとは、なぜか思えなかった。死後の世界からの迎えが来たのであろうと、千歳はなぜか思っていた。
妄想だったのだろうか。それとも。
その答えは、誰にもわからない。
「ころしてあげようか?」
「ああ、できるなら、そうしてくれ」
「そう……じゃあ、ここからおろして」
「はぁ?」
ここでやっと千歳は声の主のいるであろう方向を見た。
見ると、巨大な木があった。樹齢は相当なものだろう。その上に、小さな影。
千歳と、同い年くらいの少女だった。
「お、お前、そこにのぼったのか!?」
「そう」
「そんで、降りられないのか?」
「そう」
「のぼったんなら、降りられるだろ!?」
「ちがうよ、ぜんぜんちがうよ」
「なにが違うってんだよ!」
「まえにばっかりすすんでたら、いつのまにかうしろがみえてなかったの」
「お前なに言って……」
―いや。
千歳は気付いた。
それは、俺のことだ。

301:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:52:34 PqgTn3fx
前しか見えていなかった。だから、大切なものを見落としていた。
何かにこだわって進むのはいいことだが、たまには立ち止まって、周りをみていなければ。
隣にいて、手をつないでいたい人も、いつの間にかいなくなっているかもしれない。
そうだ、そうやって……。
(そうやって、俺は守りたいものを失っていったんだ……!)
守るために戦って、その結果、守りたいものを壊した。
退かないことも、媚びないことも、省みないことも、強くなるには必要なことだ。
しかし、逆もまた、然りだった。
時に、退かねば。時に、媚びねば。時に、省みねば。本当の強さは得られない。成長しない。
(そうか……俺は……!)
「わかったら、うけとめてね」
「はっ……? え……。ええっ!?」
少女は千歳がその事実を認識する前に、木の枝から飛び出していた。
軽いからだはふっと落下する。このままでは大怪我だ。
「蒼天院清水拳・柔水盾(やわみずのたて)!」
ギリギリで落下点に追いつき、清水拳による空気の壁をつくってやんわりと減速させる。
ゆっくりと地面に近づいた瞬間千歳が見事キャッチし、そのまま倒れた。
地面が枯れ葉で覆われていて、良いクッションになってくれた。幸い、二人とも無傷だ。
「お、お前……あぶねーぞ! いきなり飛ぶなんて!」
「でも、ちとせはつかまえてくれた」
「ああ、俺だからできたけど、他の奴は……。あれ? なんで俺の名前を……?」
「かおにかいてる」
「顔に……?」
顔を触ってみるが、何もついていないし、顔に落書きした記憶もなければ、された記憶もない。
「ありがと、ちとせ。だいすき!」
少女は魅力的な微笑みを浮かべて、千歳にだきついた。


302:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:53:31 PqgTn3fx
 ♪ ♪ ♪

現在。
小屋の中の机にすわろうとする千歳だったが、久遠に「ちとせちとせ」と呼ばれ、振り向く。
久遠はベッドの中にもぐり込んでおり、傍らをぽんぽんと叩いていた。
「ちとせ、おんなにして」
「お前、それどこで覚えた?」
「すいーつ!」
「まさに世も末だな」
あきれながらも、千歳はベッドに歩み寄り、腰をおろした。
「ちとせ、ひざまくら!」
「してくれる……わけねえよな。俺がするんだよな」
「ちとせのにおいー」
「さりげなく股間の匂いをかぐな。犬かお前は」
「わんわん♪」
「……ああ、ツッコミきれんわ」
膝に久遠を乗せながら、千歳はそろそろ本題に移ろうとしていた。
「それで、お前に聞きたいことなんだが」
「うん、なんでもきーて」
「お前は、『クオリア』を見たんだよな」
「くおりあ……?」
「真実ってことだ」
「ほんとうのこと……? それなら、たぶん、ちょっとだけ、みた」
「俺とお前以外にも『クオリア』を見たやつが出た。それで聞きたいんだが、クオリアによって崩壊した人格を直すには、どうすればいい?」
「……どうして、くおんにきくの?」
「俺は、お前がいないと立ち直れなかった……。思うに、自力で回復できたのはお前だけだ」
「……ううん、ちがうよ。ぜんぜんちがうよ」
久遠は悲しそうに首を振った。



303:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:54:01 PqgTn3fx
「くおんも、ちとせがいたから、いきられた。ちとせも、くおんがひつようだった。それと、おなじ」
「同じ……? 同じって、どういうことだ」
「ちとせとくおんとおなじ。そのひとにも、つがいがいる」
「つがい……。対になる存在がいるということか」
カナメにも対になる存在がいる。なるほど興味深い意見だ。
カナメはそれを千歳に感じ取ったから、千歳に救いを求めてきたらしいが、千歳はそうは思っていない。
久遠と千歳の例をとってみるなら、互いに救い会える関係こそ、『つがい』なのだろう。
「そう。ひとはみんな、ささえあっていきてる。だから、くおんはちとせがすき!」
「意味深なこと言っといて、結論がそれか。まあ、助かったよ。ありがとな、久遠」
「おれいはいい! ごほーび!」
「ああ、わかったわかった。今度はなんだ。ハーゲンダッツか?」
「くおんこどもじゃないもん! おやつより、あまいもの!」
「おやつより甘い……?」
千歳がその謎懸けに悩み始めた瞬間、久遠が千歳を押し倒し、強引に唇を重ねていた。
「ん―!?」
千歳は、拒絶しようと思ったが、できなかった。いや、しなかったのだ。
久遠は恩人だ。大切な人でもある。ここで無理に拒絶して、もし、久遠を失ってしまったら。
それを考えると、久遠の唇を受け入れざるをえなかった。
「……ぷは。……おいしい。ちとせ、おいしい」
「こういうことを強引にするのは良くないって教えたはずなんだがな」
「ちとせ、いやだったの?」
急に涙目になる久遠。千歳が受け入れていることを疑いもしていなかったかのようだ。
「いや……ただ、心の準備ってやつがな」
「なら、もうできた」
「お、おい!」
再び、久遠が千歳の唇をついばみ始める。
さっきよりねっとりと、過激に。
(くそ……まじでどこで覚えたんだ!?)
舌をねじ込み、絡ませ始める久遠に、千歳の心は揺さぶられていた。
(だめだ……。心を強くもて、俺。久遠は……!)
少しして、久遠は名残惜しそうに唇を離し、悲しそうな目で千歳を見つめた。
「きょうはもう、おしまい。でも、つぎは、ちとせからね」
「……ああ」

 ♪ ♪ ♪


304:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:54:31 PqgTn3fx
再び七年前。
久遠に連れられて小屋に入った千歳。
「お前、ここにすんでんの?」
「うん」
「どうしてだ?」
「ここが、おうちだから」
「答えになってねえよ……」
苦々しくツッコミをいれる。
「家族は? 両親は?」
「ときどき」
「会いにくるのか? じゃあ、家は?」
「まちに」
「街に家があるのに、なんでお前だけここに住んでんだよ」
「ここが、いばしょだから」
「答えになってねえよ……」
千歳は、久遠と名乗った少女の姿を見つめる。
浮き世離れした美しさをもつ少女だ。千歳も、百歌などその他多数の美女美少女をみてきた覚えがあるが、その誰をも遥かに超越していた。
むしろ、人というよりは天女のような風貌だ。いや、こんな暮らしをしているのだから、仙人か。
狐が化けたとでもいってくれるほうが、まだ説得力がある。魔性をひめた瞳。
黒いセミロングの髪は、髪形にこそ特徴はないが、よく似合っている。いや、どんな髪形をしても良く似合っているのだろうが。
千歳はこれほどの美しさの人間は始めてみたが、不思議と恐れや驚きは感じなかった。
であった状況が状況だからむしろあたりまえなのかもしれないが、不思議な縁を感じていた。
「でも、やっぱ変だ」
「へん? くおん、へん? それなら、よくいわれる……」
その時、そこまで表情豊かではないその顔が確かに悲しみに歪むのを、千歳は見逃さなかった。
「人と違うから、ここに閉じ込められたんだな」
「……うん」
「でも、お前は変じゃない」
「……?」
久遠は首をかしげる。
「間違ってるのはお前じゃない。お前の家族だ。ちょっとついて来い」
「どこ、いくの?」
「下山するぞ。お前の家に行く。案内しろ」
「でも……」
「でもじゃねえよ! 家族は一緒にいるのが一番なんだ! お前をこんなとこに閉じ込めるなんて、間違ってる!」
「……うん」


305:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:55:12 PqgTn3fx
「なんじゃぼうず。うちの組になんかようかいな。ああ?」
久遠に聞いた苗字、『久遠寺』。それを聞けば、久遠がどの家の人間であるかなど、すぐに分かった。
だから、今久遠寺組の親分の屋敷にきている。この街で、その場所を知らない人間はいない。
「ああ、用がある。久遠のことでだ」
千歳は、自分の陰に隠れさせていた久遠をひっぱりだす。
ヤクザ男の目の色が変わった。
「おどりゃ、このクソガキ! 親分の娘さんを!」
拳を振り上げ、襲い掛かる男。
「蒼天院清水拳・竜虎飛砕拳」
千歳が掌で拳を止めたと同時に、男の拳が砕けた。
「がっ! ぎゃあああああああああああ!!!」
手を押さえてのた打ち回る男を全く省みず、千歳は久遠の手を引いて、中に進入した。
門での騒動が聞こえていたのだろう。次々と手下が出てくる。
しかし、こちらは子供だ。見事にみな、油断してくれている。
拳を振り上げ、向かってくる男が数人。清水拳によるカウンターで、一瞬にして昏倒させる。
「ちとせ、つよいつよい!」
「そうじゃなきゃ、こんな無茶はしない!」
さすがに千歳の厄介さに気付いたものが、刃物を取り出し始めた。
「ちとせ……あれは、いたいよ」
「わかってる! つかまってろ!」
千歳は久遠を抱き抱え、そのまま蒼天院炎雷拳によって地面をけった。すさまじい衝撃に吹っ飛んだ千歳と久遠は、屋敷の屋根の上に着地する。
「こっから、お前の親父の部屋までいくぞ!」
「うん、いちばんおく」
「おう!」
縮地法により、高速で到着。そのまま炎雷拳で屋根をつきやぶり、真下に大穴を開け。久遠を抱えたまま中に飛びいった。
見事に着地。
しかし、そこには刀を持った多くの男が待ち構えており、千歳にそれを突きつけていた。
「ちっ……!」
「おうおう、とんだ大立ち回りをやらかしてくれたじゃねえか、小僧」
そして、部屋の最奥で断っている男。明らかにオーラが違う男が、千歳に声をかけた。
「あんたは……?」
「俺かい? 闇に生きる隻眼の虎、久遠寺轟三郎とは、俺のことよ!」
かっこうつけて自分を親指で指す轟三郎。なるほど、きどった態度は鼻につくが、それでもほかとは違う。
圧倒的な存在感がある。
「それで、小僧。俺の娘を連れて何しに来たって訊いてるんだ」
「そうだ。そのことだ……。久遠を山に閉じ込めるのは、何故だ!」
「小僧、それじゃ零点だ。俺は質問をしてるんだぜ。質問で答えちゃあ……」
轟三郎が一歩踏み出す。
どっ!
鈍い音が響きたる。轟三郎の踏み出した足が床の畳に大穴をあけたのだ。穴の中心からは衝撃が熱に転化された跡の、煙が上がっている。
「だめってことよ」
(あれは……炎雷拳か? どうにせよ、このおっさん、かなりの使い手だな)
臆する事無く、冷静に分析する千歳。
場合によっては実力行使もしなければならないのだ。今のうちに相手の戦力を分析すべきだろう。
実際、千歳は自分を囲む帯刀の男達を、あまり脅威には感じていない。自分に向ける殺気のていどが、たかが知れているからだ。
刃物を持っているが故に、逆に油断して負けるタイプ。武道家にとっては最もやりやすい。
だが、目の前のこの男、轟三郎は違う。千歳と同等か、それ以上の技術。
そして、千歳を大きく凌駕する闘気。
千歳は攻めを主体とする剛の拳になら、何があろうと絶対にかてる、と、清水拳に自信を持っている。
が、今、この男はそれすらも打ち破る可能性を秘めている。
どこまでも、千歳は慎重だった。


306:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:55:42 PqgTn3fx
「久遠を山に閉じ込めることは間違っている。そう思って俺はここへ来た」
「そうかそうか。そういうこと。……小僧、お前は立派だよ。ああ、俺の負けだ。久遠とは、仲良く……」
どっ!
もう一歩、踏み込んでくる。今度は先ほどより畳の損傷が大きい。
「とでも、言ってくれると思ったのかい? ええ、小僧」
「俺が間違っているというなら、久遠をあそこに閉じ込めた理由を教えろ」
「理由? はっ! 理由なんてねえよ! 世の中、皆がみんな理由があって生きてると、まさかほんとに思ってるわけじゃあるめえな? 腹が減ったから飯を食う。バナナの皮が落ちてたから転んだ。本当にそうだと思ってんのかい?」
「なにが……なにがおかしいんだ」
「俺はよぉ! 誰の指図もうけねぇぜ。俺がそうしたいからそうする! 俺がこうやって生きてんのも、誰のせいでもねえ、俺が選んだからだ! なあ、小僧、強いって、そういうことだと思わねぇか?」
「なに言ってんだよてめえ……。てめえの理屈でてめえは人を傷つけんのかよ……。てめえの理屈で娘を悲しませんのかよ……!」
「悲しい、だ? 俺が悲しませた? 小僧、あんたは俺のいうことを、何にも理解してねえな。久遠が悲しいって思ったなら、久遠が悪いんだろうよ。悪いが俺の家はそういう教育方針でね」
「うるせぇ!!」
千歳の闘気が爆発した。
衝撃で、千歳を取り囲んでいた男達が吹っ飛び、壁に激突する。
「ほう、ガキにしちゃ、やるな」
「俺は……あんたを倒してでも、久遠を救う」
「救う、ねえ。しょんべんくせぇガキの正義で、何を救うって?」
「しんべんくさくても、泥臭くても、青臭くても……。どんなにかっこ悪くてもな。俺は、前に進む。久遠の悲しい顔を見ちまったんだ。涙は流れていなくても、久遠は泣いていた……。だから、俺がその涙を止めてみせる」
「……なら、もう言葉はいらねえ。こいや、小僧」
「はああああああ……!」
闘気を溜め始める千歳。
「ちとせ……だめ……」
涙目になりながら、千歳の服を引っ張って止めようとする久遠。
「止めるな、久遠。俺は、お前の幸せをつかむ」
「しあわせ……? しあわせって、なに?」
「知らないなら、俺が掴んでやる。俺が教えてやる。……だから、信じろ!」
千歳が前にでる。
「おせえ!」
轟三郎がカウンターで拳を突き出す。
「うおおおおおおおお!!!」
こちらが完全に直線的な攻めを振ったのだ。相手もそうしなきゃ、打ち破ることはできない。
千歳はその読みを的中させた。
発声と共に闘気を解放し、轟三郎の拳を清水拳で受け止める。
―俺の勝ちだ!!
互いの闘気がぶつかり合い、強烈な発光。
家具、畳が吹き飛ぶ。
……。
そして。
「そんな……。ちとせ……」

立っていたのは、轟三郎だった。

第十八話『遥か久遠の彼方に・後編』に続く

307:ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI
09/01/24 23:56:15 PqgTn3fx
終了です。

308:名無しさん@ピンキー
09/01/25 00:13:17 vm2l9JLo
おつ

309:名無しさん@ピンキー
09/01/25 00:29:23 XyItRCPN
おつです
wktkwktk

310:名無しさん@ピンキー
09/01/25 00:30:13 3bEJaZ2Z
おつ

311:名無しさん@ピンキー
09/01/25 00:47:16 fLgoZg97
ワイヤード待ってました
GJ!!

312:名無しさん@ピンキー
09/01/25 00:47:37 VTbZsfK7
乙だけど九音寺なの九遠寺なの?

313:名無しさん@ピンキー
09/01/25 00:59:04 FiT6lacS
すみません。九音寺は誤字多いです。「九音寺」で正解です。
久遠とまぎらわしいので……。失礼しました。
(作者 携帯より)

314:名無しさん@ピンキー
09/01/25 01:33:07 9iDD/YlL
インドア派で休日は2chやニコニコ動画に草を生やしているような男ならともかく、
スポーツやツーリングが好きで外に出たがる男を監禁するのはかわいそうだと思いませんか?

315:名無しさん@ピンキー
09/01/25 01:36:25 /b2bwcRP
>>314
雌豚どもがいるやもしれない場所にいるほうがよっぽどかわいそうです
だからたとえアウトドア派の人間でも、この部屋の中にいるのが一番の幸せなのです

316:名無しさん@ピンキー
09/01/25 01:46:08 9iDD/YlL
>>315
返信ありがとう


俺は圧倒的に前者だから、なんともないぜ!
証拠にこんな時間なのにヤンデレに惹かれて作品を読み漁っているのだから

317:名無しさん@ピンキー
09/01/25 01:59:07 rNsZJoP0
つまんないからもう投下すんな

318:名無しさん@ピンキー
09/01/25 02:22:48 5RMAuV3V
それは困る。俺の楽しみが減って景気に悪影響が出る。

319:名無しさん@ピンキー
09/01/25 03:08:57 MWLgMI5I
>317
つまらんのならとばせ
そしてsageろ

320:名無しさん@ピンキー
09/01/25 03:12:17 vm2l9JLo
嫌ならNGすればいいだけ

321:名無しさん@ピンキー
09/01/25 08:44:01 LMfTn2pf
ヤンデレなのか?

322:名無しさん@ピンキー
09/01/25 10:16:05 d4rQF8sP
ブロントwwwww

323:名無しさん@ピンキー
09/01/25 12:09:24 DXcTl0t3
おいやめろ馬鹿
早くもこのスレは終了ですね

324:名無しさん@ピンキー
09/01/25 12:38:50 fxFk63lM
>>321
私がどうやってヤンデレだって証拠だよ
言っとくけど私はヤンデレじゃないから
あんまりしつこいとバラバラに引き裂くぞ

325:名無しさん@ピンキー
09/01/25 12:52:25 XyItRCPN
とりあえず落ち着こう
作家さんが住みづらくなったら困る

326:名無しさん@ピンキー
09/01/25 14:31:18 KJa2HfSl
ヤンデレブロンティストという電波を受信した

327:名無しさん@ピンキー
09/01/25 16:46:46 0yz3DqQQ
ワイヤード最高!

328:名無しさん@ピンキー
09/01/25 17:06:49 IuJRihY3
ワイヤードはヤンデレ成分が低すぎるからな…だから叩かれるんじゃね?

329:名無しさん@ピンキー
09/01/25 17:37:51 3/bXHj3F
厨二臭い

330:名無しさん@ピンキー
09/01/25 17:40:09 DFsbj0Gh
こんどはこっちで荒らしかもう秋田このナガレ

331:名無しさん@ピンキー
09/01/25 18:01:12 fLgoZg97
スルーしとけよ

332:名無しさん@ピンキー
09/01/25 18:18:19 rNsZJoP0
入れ食いだ

333:変歴伝 6
09/01/25 19:42:08 K0KWI/lq
投稿します。

334:変歴伝 6
09/01/25 19:44:52 K0KWI/lq
「はっ…」
目が覚めた業盛は首に手をやった。
なんともない…。
「夢か…」
最悪の夢だ。これほど疲れた夢はそうはない。着ている服は汗でぐっしょり濡れている。
水浴びがしたい。
外を見てみると空が少し白んでいた。まだ早朝なのだろう。
業盛は菊乃を起こさないようにそっと外に出た。
外は涼しかった。汗を掻いた業盛にはそれが心地よかった。
水路を辿りながら、業盛は夢の内容を思い出していた。
別に夢占いを信じるほど業盛は信仰深くはないが、気になったのは夢の中のあの声である。
「あの声は…菊乃さんの声だった…」
あの夢は俺が彼女に殺されるという暗示なのだろうか?
しかし、業盛には菊乃に殺される理由はない。
考えすぎか…。
そう思ったが、なぜ夢の中に菊乃が出てきたのかということが頭の中に引っかかった。
しばらくすると川のせせらぎが聞こえてきた。
業盛は歩く速度を速めた。川のせせらぎが近くなると、
今まで何度となく嗅いだ臭いも強くなってきた。血の臭いだ。
よせばいいのに、業盛は血の臭いがする方に向かって歩き出した。
血の臭いが強くなるにつれて、川のせせらぎ以外に別の音が聞こえてきた。
川のせせらぎとは違う水音。まるで汁気の多い物でも食べているかの様だった。
水音はこの草むらの先から聞こえてくる。
のぞいてみると川原で倒れている男の横に、女がうずくまっているのが見えた。
女は血まみれだった。両手にはなにか管みたいな物を持っていた。
その管は…男の腹に繋がっていた。
女は口の周りを血だらけにし、恍惚の表情ではらわたを食べていた。
「…あは…あなたの…いしいよ…。…ふふ…様…好き…愛してる…。これか…も、ずっと一緒…」
遠くからで聞き取り辛いが、そのように聞こえた。
目を逸らしたくなるような光景だった。正直、逃げたかったが、体が硬直して逃げられなかった。
すると、さっきまで虚空を向いていた男の顔が業盛のいる草むらの方を向いた。
あれは…平蔵…。
業盛は声が上がりそうになった。
平蔵は虚ろな目でこっちをじっと見つめていた。
死んでいるのだから当然だろうが、業盛にはそれが生きているように見えた。
業盛はその場から逃げ出した。耐えられなかった。
平蔵が何者かも分からない女に食われるのを見ているのが辛くなったのだ。
このまま逃げるべきだったのかもしれない。
しかし、業盛は菊乃の家に向かっていた。既に夢のことなど忘れていた。


335:変歴伝 6
09/01/25 19:46:28 K0KWI/lq
菊乃は既に起きていた。
「業盛様、どこに行っていたのですか」
すさまじい形相で聞いてきたので、思わず後退りしてしまった。
「あ…汗を掻いたから…水浴びを…」
「なんで私に言ってくれなかったのですか」
「ぐっすり眠っていたので…」
「そんなことは関係ありません!」
そのすさまじい気迫に声がだんだん小さくなっているのに気付いた。
これでは川のことなど口にも出せない。
「起きた時、あなたがいなかったから心配したんですよ。
また私を置いてどこかに行ってしまったのかと思ったんですよ」
とにかく、ここは謝り通したほうがいい。
そう判断し、ひたすら頭を下げた。菊乃から放たれる気迫が、
少しずつだが和らいでいくのを感じた。
「とにかく、これからはどこかに行くときはちゃんと言ってくださいね」
菊乃はそれだけ言うと、朝食の準備に取り掛かり始めた。
参ったな…。
完全に言い損ねてしまった。いまさら言うのも気が引けてしまう。
次に言う機会を考えていたが思い浮かばない。
そうこうしている内に目の前に料理が並べられた。
「さっ、どうぞ」
菊乃が業盛に笑みを向ける。
正直、食べる気にもならないが、
それでも食べられるのは武士の家に生まれた賜物なのかもしれない。
とにかく、今はしょっぱいものが食べたいので最初に漬物に手を付けた。
歯ごたえが良く、味も昨日のよりも染みていた。
続けざまに玄米を口に入れた。少し固めだが、ちょうどいい炊き上がりだった。
噛んでいると甘みが広がり、漬物のしょっぱさを中和した。
ここでひとまず口の中を潤そうと野菜汁に手を出した。
野菜汁のお椀に口の前に近付けた時、菊乃と目が合った。
菊乃の目は笑っていた。しかしその目は、今までの菊乃の目ではなく、
葵の時のような、淀んだ目…警戒心を煽り立てる様な目をしていた。
「どうしたんですか、飲まないんですか?」
菊乃が業盛に問い掛ける。
嫌な予感がする。これを飲んでしまえば取り返しが付かない様な気がする。
しかし、飲まねばもっと取り返しのつかない様なことが起きそうだ。
どうするべきか…。
野菜汁のお椀は、業盛の口の前で止まっている。
「業盛様、冷めてしまいますよ…」
菊乃が今度はじれったそうに言った。
さすがにこれ以上延ばすと、菊乃が怒鳴りかねない。
仕方がない…。
業盛は腹を括って、口の前で止まっていたお椀を傾けた。
菊乃はそれを見てまた笑った。
「おいしいですか、それ」
菊乃の目には未だにどんよりとした光が宿っている。
「ええ、とても。これほどおいしい料理が作れるのなら、どこに嫁に行っても大丈夫ですね」
とりあえず、ここは刺激するよりも誉めておいた方が得策だと思い、そう口走った。
「あ…すいません。余計なお世話でしたね」
少し厚かましいと思ったので、多少補った。
「ふふ、そんなことありませんよ。そう言ってもらえて嬉しいです」
まんざらでもないみたいだ。
このまま、何事もなく終わればよかったのだが、
「業盛様…私、あなたに言わなければならないことがあるのです…」
突然、菊乃が改まった口調になった。
その目はえらく真剣だった。


336:変歴伝 6
09/01/25 19:47:07 K0KWI/lq
「業盛様…私には夫はいない…と、最初に言いましたよね。
…実は…あれは嘘だったんです。…私には夫がいました。本当に…本当に短い間でしたけど…」
なにか言おうとしたが、舌が痺れてうまくしゃべれない。
やはり、野菜汁の中になにか入っていたようだ。
「六年前の夜…夫は私の目の前で野盗に殺されました。
私は…その時、野盗に体を犯されました。
…夫に捧げるはずだった操を…汚らわしい野盗に奪われました…」
手が震えだした。箸も椀も床に落としてしまった。思いのほか薬の進行が早い。
「しばらくして、私…身ごもっていることに気付きました。
相手は…私を犯した野盗でした。…産まれてきたその赤ん坊…私、どうしたと思いますか。
ぎゃあぎゃあうるさいから…首を絞めてやったんです。
そしたら…赤ん坊って脆いんですね…簡単に首の骨が折れちゃったんですよ…」
目がだんだんおかしくなっている。目の前の菊乃が三人に見える。
「その時から、私…男というのが信用できなくなりました。
今までにも何人かの男が寄ってきました。少し優しい声を掛けただけで勘違いして、
馬鹿な奴は婚姻を迫って来て…あまりにもうるさかったから、
寝ている時にちょっと強く叩いただけでしゃべらなくなって…本当、
処理するのが大変だったんですよ…」
不味い、本当に不味い。なんとか意識を保ってはいるが、もうそろそろ気力も限界だ。
「ですが、あなたを見た時、私は驚きました。あなたが死んだ夫にそっくりだったんですから…。天の思し召しかと思いました。けど、同時に単なる勘違いかもしれないと思いました。
…だから私、試したんです。私がわざと無防備な女を演じて、
あなた達が手を出したら、ずっと眠っていてもらおうと…。
ですが、あなたは私に手を出さないだけでなく、仕事も手伝ってくれました。
私は確信しました。あなたになら…この体を差し上げてもいいと…」
菊乃がゆっくりと立ち上がった。
「もう…絶対に離しません。大丈夫…怖くなんてありません…。
ただ、昔の生活に戻るだけなんですから…あなた…」
服の帯を緩め、その白絹の様な肌と、椀の様な胸を見せ付けながら歩を進め、
菊乃は業盛の目の前に立った。
「愛しています…業盛様…」
そう言って、業盛を抱きしめようとした。


337:変歴伝 6
09/01/25 19:47:39 K0KWI/lq
その時、業盛は菊乃に思いっきりぶちかました。
菊乃は小さく悲鳴を上げて吹っ飛ばされた。
業盛はふらつきながらも外に出た。そして、すぐさま口に指を突っ込んだ。
すると吐き気がこみ上げてきて、胃の中の物が吐き出された。
漬物やご飯、それに野菜など、いまだに原型を留めていた。
しばらく続けると胃液しか出てこなくなった。
少し、体が楽になった。口に含んで飲んだふりをしただけでこれなのだから、
一口でも飲んでいたら取り返しの付かないことになっていた。
なんとか切り抜けたが、早くここから去らなくては。
業盛は未だに痺れる体を引きずりながら歩き出した。
なんとか川原まで来た。ここまで菊乃は追ってこない。あれで気絶してくれたのなら幸いだ。
川には未だに血の臭いが漂っていた。
見てみると、平蔵の死体にさっきの人食い女が折り重なるように倒れていた。
ぴくりとも動かないのを見ると、どうやら死んでいるらしい。
たぶん、平蔵のあとを追って自害したのだろう。
業盛はそれから目を背けると、川に沿って歩き出した。
しばらく歩いていると、やっと森の外に出ることが出来た。
十二日ぶりの外界は、十二年ぶりに故郷に帰ってきたのと同じ気持ちにさせる。
あとは近くの家で都への街道を聞くだけだ。
少し安心した業盛は、懐から久しぶりに干し柿を取り出し、かじり付いた。
思えばずいぶんすさまじい体験をした。
相手に好意を抱かせ、誘い出し、殺す女。好き、愛してると呟きながらはらわたを食べる女。
殺された夫に似てるから監禁しようとする女…絶対に人に話したくない体験だ。
いったいなにが彼女達をそうさせたのだろうか。
とにかく、言えることはもうこのような女とは関わりたくないということだ。
そんなことを考えつつ、業盛は都に向かった。


338:変歴伝 6
09/01/25 19:48:07 K0KWI/lq
二日後の夕刻、やっと都に着いた業盛は、すぐさま清盛のいる六波羅に向かった。
どうやら、清盛は所用でどこかに出かけているらしく、
応対したのは家宰(家事を取り仕切る人)だった。
「お前が業盛か…。ずいぶんと遅かったな」
家宰は紹介状を見ながら言った。
「少し、道中で問題がありましたので…」
道に迷ったなど口が裂けても言えない。
「ふむ…そうか…。まあよい。お前のことは清盛様に伝えておく。
それと早速、お前には仕事に取り掛かってもらう」
そう言いながら家宰が案内したのは池だった。
「あの…なにをするのですか?」
「今日より、朝と夕に鯉に餌を与えるのがお前の仕事だ。
清盛様が飼っている大切な鯉だ。餌をやり忘れるなよ」
「それが終わったら、次になにをやれば…」
「ない。それが終わったら、あとはお前の自由だ。好きにするがよい」
「あの…それだけですか…?」
「不服か?」
「いえ…別に…」
なぜか威圧された。こうゆう人嫌いだな、俺。
とりあえず、池に餌を撒き、今日の仕事は終了した。
業盛はあてがわれた部屋で寝転がっていた。
「暇だ…」
思わず呟いた。
武士の仲間入りをしたのだから、生活も劇的に変わるのだろうと思っていたが、
大して変わらず、これでは部屋住みの頃と大して変わらない。
「俺…ここでうまくやっていけるかな…」
不安と失望を抱いた業盛は、そのまま目を瞑った。
「戦争でも起きればいいのに…」
そんな不謹慎なことを考えたのを最後に、業盛の意識は夢の世界に旅立った。


339:変歴伝 6
09/01/25 19:49:24 K0KWI/lq
投稿終わりです。
少し手間が掛かりました。すみません。
このままでは生還エンドですが、まだ続きます。
今日の内にかけるかもしれませんので、
あまり期待しないで待っていてください。

340:名無しさん@ピンキー
09/01/25 19:58:43 XyItRCPN
おつです

341:名無しさん@ピンキー
09/01/25 20:13:54 8BZBSRLL
おつ
wktk

342:名無しさん@ピンキー
09/01/25 20:26:15 LMfTn2pf
gj

343:名無しさん@ピンキー
09/01/25 20:33:28 2+AcUZeB
>>339
乙~、しかしこれは怖いなあw


344:変歴伝 7
09/01/25 22:49:52 K0KWI/lq
有言実行。
投稿します。

345:変歴伝 7
09/01/25 22:50:29 K0KWI/lq
清盛に仕えてから、ちょうど一年目の初秋。
業盛は朝の鯉の餌やりが終わり、暇を潰すべく都に行こうとすると、家宰に止められた。
「おい、業盛、自分だけ仕事が終わったからといってどこかに行こうとは、
お前は仕事を舐めているのか」
最近、この家宰がなにかと突っかかってくる。
「ですが…」
「口答えするな!」
怒鳴り声が、業盛の耳を貫いた。
「お前、いつから俺に口答え出来る立場になったんだ。調子に乗ってんのか!」
「………」
あまりにも理不尽な言葉に声も出ない。
「なんだその目は」
「…いえ…なんでも…ありません…。…すみません…」
「ちっ、使えねぇ…。お前みたいな奴が戦いの時に真っ先に死ぬんだ。
まあ、俺としては、そっちのほう目障りなのが消えてくれて清々するんだがな」
家宰はそれだけ言って、呵呵大笑しながら去っていった。
…本当になんなんだあいつは。俺がなにをしたというのだ。
目障りな奴だ?
目障りなのはお前の方だ。あいつ、戦争で死なないかな…。
それとも…いっそ、ここで…。
「おーい、三郎―」
不謹慎極まりない考え事をしていると、後ろから声を掛けられた。
「またあの家宰に捕まったみたいだな」
「あぁ…あいつ、俺を見るたびになにか言ってくるからな。
こっちは殺意を抑えるので精一杯だったよ。で、なんのようだ?弥太(やた)?」
「あぁ、今都で唐からの貿易品が来ているんだとよ。知ってたか?」
「いや、でも、俺はそうゆうのには興味がないし…」
「なんでも唐の果物も来ているらしい…ぞ…」
弥太郎が話し終えた時、業盛はその場にいなかった。
「三郎…話は最後まで聞こうぜ…」
弥太郎は長大息を吐いた。


346:変歴伝 7
09/01/25 22:51:22 K0KWI/lq
朱雀大路にやって来て、
それっぽい店を手当たりしだい探し、貿易品を扱う店を見付けた。
「唐の貿易品を扱っている店はここか?」
「はい、そうですが。なにかお探しの物でも?」
「唐の果物がほしいのだが、お勧めの物はないか?」
「お勧めですか…。そうですね…。ライチなんてどうでしょうか?」
「らいち…?この小さいやつか?」
「はい、唐の華南で取れる果物で、その上品な甘さで唐の国では人気があります」
「三つしかないのか?」
「保存が難しく、ここまで持ってくるのにほとんどが駄目になってしまったのです」
「いくらだ?」
「一つ三斗(一斗は一万円)でいかがでしょう。三つ買うのなら、九斗の所、七斗に負けますが、
どうでしょう?」
「まぁ…それでいいや。買おう」
「毎度あり」
しばらく歩いていた業盛は、早くライチを食べたいという気持ちが抑えられず、
近くの茶屋に腰掛け、一つライチを口に入れた。
うん…確かにこれは美味い。癖は強いがしつこくなく、後を引く甘みがたまらない。
もう一つ食べる。至福。ちょっと前までのいらいらが消えた。
最後の一口、業盛はライチの皮を剥こうとした時、後ろからぶつかってきた客のせいで、
ライチを落としてしまった。
ライチはころころ転がって、大通りを歩く人々の股下を潜り抜け、そして、踏み潰された。
「あ…あああああああああああああ」
思わず叫び声が出てしまう。ライチが…。最後の一つだったのに…。
七斗もしたのに…。高かったのに…。高かったのに…。高かったのに…。


347:変歴伝 7
09/01/25 22:51:52 K0KWI/lq
…許さない…。ライチを踏み潰した奴を…絶対に許さない。
業盛はライチを踏んだ奴を目で追った。
あのデカブツか…。
顔を確認した業盛は、走り出した。
「おい、どこ見て…」
さらに加速する。
「兄貴、この女…」
かなり近付いた。なにやら取り込んでいるらしいが、そんなことはどうでもいい。
「あ、兄貴、あれ!」
デカブツの横にいたチビが、俺の存在に気づいた時、俺は跳躍し、さらに捻りを加えた。
「なんだ?」
デカブツが振り向いた時、ちょうど目が合った。
俺はデカブツの鼻に全身全霊を込めた一撃を叩き込んだ。
破裂音と鮮血と共にデカブツは吹っ飛んだ。横にいたチビも巻き添えを食ったようだ。
ライチの恨みだ…。ざまあみろ。
業盛は白目を剥いて気絶しているデカブツとチビを見下ろし、その場を去ろうとした…
「ちょっと、あんた、待ちなさいよ」
が、凛とした声に止められ、振り向いてみると、
いかにも性格のきつそうな目付きをした女性がいた。
「あんた、なに余計なことしてんのよ」
余計なこと…?彼女はなにを言っているのだろう?
「あんた…分からないって顔してるわね。
今あんたがぶちのめしたそこの二人のクズのことよ」
彼女が倒れてる二人のクズを指差した。あぁ…こいつ等のことか。
「あんたの力なんか借りなくても私はこいつ等に勝てたのに、
なに余計なことしてくれてんのよ」
どうやら、さっき取り込んでいたのは彼女のことだったらしい。
「あんた、こんなことで私に近付こうと思っているんじゃないでしょうね?
馬鹿にしないで。私、そんなことで恩義を感じるほど安い女じゃないわ」
彼女はなにかを勘違いしているようだが、その誤解を解くのも面倒くさい。
彼女は話に夢中になっているようだし、ここはずらかることにしよう。
「まったく…お父様も…私は…」
彼女はまだ話し続けている様だ。元気だな…。



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