ヤンデレの小説を書こう!Part21at EROPARO
ヤンデレの小説を書こう!Part21 - 暇つぶし2ch150:名無しさん@ピンキー
09/01/21 13:11:51 e+dNf17c
姉か妹、もしくは従姉妹と一緒に外出してるところをヤンデレに見られたい

151:名無しさん@ピンキー
09/01/21 15:34:23 BKFgU1gH
誰かいますか?投下しようと思うのですが・・・

152:名無しさん@ピンキー
09/01/21 15:39:40 FViU4SmV
>>151
何をしている?早く投下したまえwktk

153:名無しさん@ピンキー
09/01/21 15:41:18 BKFgU1gH
>>152
ありがとうございます。生意気にも、初投下で長編です。

前置き
・内容はすごく浅い。あくまでみなさんの作品が投下されるまでの繋ぎ的なものとして見てください。
・gdgd
・なにも始まらないくせに長い一話
・登場人物無駄に多い
・批判/指摘はガンガンください。直せる限り努力します。
・でもキツイと凹みます。ダメ人間です
・ぶっちゃけ作者の自己満
以上を踏まえて読んでいただけると幸いです。


では投下します。



154:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:47:21 BKFgU1gH
「はい、じゃあ各自念入りにダウンしといて。レギュラー外の一年は手伝うか片付け。最後の子は戸締りをして、一階のラウンジに集合」
今日も部活が終わった。相変わらずの完全不燃焼で、不満が募るばかりだ。
季節は冬、12月。ごく普通に中学を卒業した俺は、ごく普通の高校に、特に何の波乱も無く入学し、大きな変化も無いまま一年が終わろうとしていた。
現に、今年の授業は今日で収めとなり、明日からは冬休みが始まる。冬休みはカレンダーで見るよりもずっと早く、あっという間に年が明けるだろう。

「さて、と」
散らばったボールを籠に戻すと、俺は体育館を見渡した。梅ちゃんが舞台のほうへと向かったので、おそらくモップを持ってくるはずだ。
シバちゃんがコーンを片付けており、続いて、ネットを下ろしている佐藤の姿が目に入ってきた。小走りでそちらへ向かう。
「お、悪いな」俺を見て佐藤が笑ったので、気にすんな、と言って俺も笑った。

俺は中学校からずっとバレーボールを続けており、自慢じゃないが中学生の頃は主将を勤めていた。
ただ、高校では普通にやれれば満足なので黙っているつもりだったが、アイツが━浅井の野郎が新入部員の歓迎会でわざわざ言いやがった。
幸い、悪い方向には転がらずにすんだが。
「たいしょ~。マッサージして~」
「あ、俺も、大将」
「はいはい。今片付けっスから、ミーテの時にしますよ」
結果、これだ。念のため言うが、俺の名前は“大将”ではない。
主将をやっていたことが転じ、気付けば周りの人間は俺をそう呼び始めた。まぁ、これだけなら一向に構わないのだが、これに託けて、何かと俺に甘えてくる。
もしそれを断るものなら、「え~。だって主将やってたんでしょ」という意味のわからない責任を押し付けられる。1年生は5人もいるのだから、俺以外にも頼めばいいだろうに。
「モテモテだな、大将」佐藤登志男(さとう としお)はネットを支えるポールによじ登り、高い位置の紐を解きながら言ってきた。
「お前まで言うかよ」
「まあまあ、プラスに考えろよ。先輩に好かれてるなんてオイシイじゃないか」
「先輩だけなら、な」 事実、先輩だけではない。

我が校の部活は互いに関係が深い部活が多く、特に同じ競技なら尚更である。
男子バレー部と女子バレー部もその例に漏れず、非常に友好的だ。健全な高校男児なら手放しで喜ぶところだが、今の俺には不愉快としか言い様が無い。
部活同士で仲がよければ当然、部活の枠を越えてカップルが出来たりもする。
バレー部では、二年の池松先輩と城崎先輩がそれにあたり、主に二人を掛け橋にして関係が築かれている。“大将”は、その掛け橋を本人の知らぬ間に渡ってしまい、橋から橋へ、部活から部活へと一人歩きを始めたことに気付いた時には、もう手遅れ。
学年どころか、学校の大半の生徒に知れ渡ってしまった。『斎藤憲輔(さいとう けんすけ)=大将=なんでも頼める人』という式は、もう崩せそうにない。


155:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:49:31 BKFgU1gH
佐藤がネットを取り外すと、いつのまにか戻ってきたシバちゃんがネットを丸め始めた。
俺と佐藤はポールを運ぶ事にした。最近のはアルミだかなんだかで作られており非常に軽いのだが、歴史が深いらしいこの学校は未だに鉄製のものも所有し、男子バレー部はそちらを使わされている。
顧問曰く、これも筋トレの一貫らしいが、女子バレー部の若いコーチに言い寄られ、最新のは女子が使っちゃってください、と顧問が言っていた現場を俺は見ていた。あの時のイイ笑顔は忘れられそうにない。
「ほっ、と」若干、ふらつきながらもポールを倉庫の定位置に置いて固定した。横でも佐藤が同じ作業を終え、右手のこぶしで腰を叩いていた。
「かぁ~、腰にくるなぁ。そういや、今日はりおちゃん来なかったな」
「ん?・・・あぁ、そういえば」
「うわっ、今の間は何よ。聞いてたら傷つくぞ」
「今日はいないから大丈夫」
そう言いながら倉庫を出た矢先、彼女の声が聞こえた。
「遅れて申し訳ありませんっ」体育館に入るや否や、土下座でもしそうな勢いで頭を下げている。
そこへ、現主将の浦和先輩が寄っていく。「もっぉ~、りおっち遅いって~。今日は終わっちゃったよ」
「ご、ごめんなさいっ。なかなか用事が済まなくて・・・」
「ま、いいからいいから。今日はお休みってことで」
「いえ、せめて片づけだけでも手伝いますっ」
「・・・りおちゃん、スゲーな」舞台横の時計を見ながら、佐藤が言う。
つられて見ると、時刻は6時過ぎだった。「俺だったから確実に来ねーよ、なぁ?」
「それよりも、6時間部活やって汗をろくにかいてない自分にびっくりだよ」
言いながら、俺は体育着の首元をひっぱり、匂いを嗅いだ。未だに洗剤の匂いがした。
「ん?・・・冬だからジャン?」
「お前、それ本気で言ってたら殴るぞ」
「んなこと言っても仕方ねぇだろうよ。俺らレギュラー外だもん」
佐藤は、俺の最大の悩みをあっさりと口にしてくれた。

そう。俺は大将と呼ばれているクセに、レギュラーではない。
部員数が100を超えていたり、全国に名を轟かす強豪校だというのなら、俺は甘んじてこの状況を受け入れよう。
ただ、現実は1,2年生合わせて20人ちょっとの部活で、全国どころか、地区大会を勝ち抜いたことすらない。
顧問の高橋先生は、俺のことが嫌いだ。ミーティングの時に俺の顔を見ないし、練習のときは俺に対する球筋がやたら緩い。
あんなもん、素人でも取れる。差し入れを持ってきたときは俺の分だけ足りなかったし、俺がいるのに体育館の鍵を閉めたこともあった。
りおちゃんがいなかったら確実に一泊していただろう。元大学選抜選手らしいが、その御眼鏡には俺のことが悪く映っているらしい。
確かに、俺はそれほどバレーが上手いわけではない。弱小校で頭を張っていただけで、主将に選ばれた理由も、おそらく実力ではないだろう。
バレーに限らず、スポーツ全般において優劣を分ける体格も、恵まれているとは言い難い。
一言で言うなれば、平平凡凡。誉められることも、怒られることもなくここまで成長してきた俺は、たかだか16年間生きただけで、己の人生の行く末を把握した。
ドラマティックも、スペクタクルも俺には用意されていない。
遠い、隣の世界の話だ。

156:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:52:24 BKFgU1gH
「大将、ギャラリー頼んでもいい?」

ナーバスになっていたところ、突然後ろから声を掛けられて、思わず体が跳ねた。
向き直ると、大川俊(おおかわ しゅん)先輩がいた。大川先輩はバレー部だということを疑うほどに身長が低く、無駄に声が高い。

「ああ、はい。大丈夫っス」

「ホント?悪いねぇ。俺ちょっと、今日は用事があってさぁ」先輩は満面の笑みを浮かべると、そのまま走り去った。

はぁ、とため息を一つ吐く。

「俺が行こうか?」心配したのか、佐藤が気を遣ってくれる。

「私がっ。私が行きますっ」また後ろから声がして驚く。そこにはりおちゃん、窪塚りおが高く右手を挙げて立っていた。

「あ、いや、いいよ」二人の申し出を断ると、りおちゃんはどこか悲しげな表情をし、佐藤はあからさまに呆れていた。
「頼まれたのは俺だし。それに、りおちゃんは今日休みな、って言われてたでしょ」

「でも・・・」

「ムダムダ、りおちゃん。コイツは人一倍意地っ張りだからさ」やれやれ、と言って首を振る。

「あぁそうだよ。どうせ俺は意地っ張りだっつうの」

「で、でも、でも・・・」りおちゃんは両手を胸の前で擦り合わせながら、モジモジとしている。

俺もたいがいだが、りおちゃんもなかなかだ。そしてりおちゃんは胸がデカイ。

「ほら、ミーテ始まるから先に行ってくれ。鍵も俺が閉めとく」

雑念を振り払って舞台袖へ向く。後ろから佐藤が「無理すんなよ」とふざけたトーンで言ってきた。それがどれだけありがたいか、アイツ自身は知らないだろう。


集会などで使われる舞台の下の両脇に、扉がある。
そこから裏方へ上がり、さらに階段を上ることで、大会などの時に保護者が来たり、横断幕を張るような通路、通称ギャラリーへと行ける。窓ガラスに沿って体育館の二階を、ぐるりと一周している通路だ。
バレーボールは、稀に、球を弾き過ぎてボールが乗ってしまうことがある。部活が終わってから、カーテンをしめたり窓を閉じたりするついでにまとめて回収するのだ。
また、今日はたまたまいないが、体育館で二つの部活が活動するときは、反面ずつに分かつ網状のカーテンをギャラリーから下ろすため、それをしまうこともこの時にする。
扉を開けて裏方に入ろうとすると、モップをしまっている梅ちゃんと目が合った。「あ、ギャラリー」
数秒待ったが、続きを言おうとしないので、解読することにした。
つまりは、俺が来たことでギャラリーという仕事を思い出し、もしかしたら、そのことを謝ったりもしているかもしれない。

「ああ、いいよ、気にしないで。俺いくから」できるかぎりの優しい顔と口調で返事をした。

「あ、う、あり、ありがとう」そう言うと、梅ちゃんは走っていってしまった。

お礼を言われるとは、予想外だった。同学年である梅本賢三(うめもと けんぞう)は内向的な性格のようで、いつも小動物のようにビクビクしている。
それでも、俺の努力の甲斐あって、先ほどのように心を開きつつある。
あれだな、テレビでやってる動物と触れ合いを中心に据えた番組。なんたら動物園。
あれでよくやっている、芸能人が珍しい動物を飼う企画。最初は脅えたり、拒絶していた動物が、初めて飼主の足元に擦り寄ってきた瞬間、あの時のような感動が今押し寄せてきている。
そうか、そのうち梅ちゃんも動物園に帰ってしまうのか、と不謹慎なことを考えながら階段を上った。

157:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:54:35 BKFgU1gH
薄暗い階段を抜けて視界が開けると、またもや驚いた。体育館の入り口に、りおちゃんが立っている。先にミーティングに行きなと言ったのに、なんと律儀なことか。
歩きながら暫く彼女を見ていたが、彼女はこっちに気付いていないようだ。ここぞとばかりに直視してみる。
りおちゃんは丸い。太っているというわけではない。普通よりほんのりと丸い程度で、体型的には普通といっても問題ないかも知れない。もしかしたら、雰囲気なども相まって、そう見えるのかもしれない。
クリクリとした瞳と割と大きめの唇が印象的で、黒のショートヘアーは爽やかさを醸し出している。身長は低めだが、その割には胸が・・・
りおちゃんと目が合い、慌てて逸らした。バカか、俺は。マネージャー、それも人様の彼女になに欲情してやがる。
もういちど見ると、彼女は笑顔で手を振っていた。濃い緑色のブレザー越しに、胸が揺れる。俺のバカ。
りおちゃんは主将、浦和好紀(うらわ よしき)先輩の彼女で、推薦での合格が出ているものの、まだ高校生ではない。
中学での授業が終わるとかけつけ、マネージャー業務をしてくれているのだ。正直、ありがたすぎて足を向けて眠れないが、やはり愛する彼氏のためなのだろう。
しかし、こうして一端の部員でしかない俺にまで優しくしてくれているあたり、浦和先輩がうらやましい。



「うしっ、完璧」

体育館の各所にある扉、窓、足元の小窓。順に指差し確認をしてから、防犯システムのスイッチを入れ、入り口の鍵を閉めた。
今なら某偉人に「してますか?」と訊かれても胸を張って返事が出来る。

「お疲れ様です」横にいるりおちゃんが微笑む。花が咲くよう、とはまさにこれで、一瞬見とれてしまった。

「ありがと。じゃ、行こうか」と言うと元気良く、はいっ、と答えてくれた。

ミーティングはもう始まっているだろう。ぜひとも走りたいのだが、りおちゃんがいる手前、それはやめておく。
柔道場と剣道場の前を通り、本館に移る渡り廊下を抜ける。あとは道なりに、視聴覚室、図書室の前を行けばラウンジがある。
下駄箱の前にあるラウンジは、壁が一面ガラス張りになっており、昼間はラウンジ全体が柔らかな日差しに包まれる。逆に、夜は不気味なことこの上ない。
柔道場を通り過ぎたあたりで、りおちゃんが急に言う。「先輩は好きな人とかいないんですか?」

「いきなりだねぇ」

「ダメですか?」

「ダメ、というか」『“彼女”いないんですか?』では ないあたりが寂しい。

「どうなんですか?」

「好きな人ね、いないよ」

「ホントですか~?」上目遣いで、少し近づいてきた。
口元に手を当てて反対側を向く。これ、だれかに見られたら誤解されるな。

「りおちゃんは・・・って、いるか。浦和先輩だ」相当混乱しているみたいだ、俺。

「ん・・・そうですね」りおちゃんは急にテンションが下がり、俯いた。上手くいっていないのだろうか。
苦し紛れで、浦和先輩が羨ましいね、と言うと、りおちゃんは勢いよく顔を上げ、何故、と言うような顔で俺を見てきた。

「りおちゃんは気が利くし、優しいし、か・・・たづけも上手いし」『可愛いしね』と言おうとして止めた。他人の彼女に言うのもどうかと思ったからでヘタレだからではない。断じて。

「私、優しくなんかないですよ。そうだな・・・例えば、好きな人に彼女がいたら、その人をころ・・・押しのけてでも付き合うだろうし」

「すごいなぁ」一瞬、マズイワードが聞こえそうだったが、空気を呼んで、ここは流す。ヘタレだからではない。多分。「じゃあ、もし好きな人が付き合うのを拒否したら?」
言ってから、後悔した。りおちゃんはいつも通り、いや、いつも以上の笑顔を浮かべたが、目は一切笑っておらず、瞳の黒がより濃く見えた。「どんな手を使っても、好きになってもらいます」

「すごいなぁ」具体的にどんな手を使うのか気になったが訊かなかった。ヘタレだからだ。絶対。

158:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:56:02 BKFgU1gH
学校から電車に乗って最寄駅まで帰り、そこから自転車に乗った。学校までも自転車で行けるのだが、朝はどうもテンションのせいでその気にならない。
冬の夜は、朝のような刺すような寒さとは裏腹に、どこか清々しい、気持ちのいい寒さと言える。

ミーティングはいつも通り行われ、いよいよ5日後に控えた地区大会についての説明があっただけだった。
今年は高橋先生の存在もあってか、期待がかかっているそうだ。メンバーもここ最近では最も粒揃いで、地区大会は勝ち抜ける、と先生は言っていた。俺はといえば、どうせ出ない試合なので興味が無く、りおちゃんへの失言をいつ謝るかを悩んでいた。
話の流れから推察するに、浦和先輩と上手くいっていないのだろう。そこへ、あの言い方はなかった。怒るのも当然だろう。
ミーティングが終わり、すぐ謝ろうとしたのだが、先ほどマッサージを約束した先輩につかまり、結局、りおちゃんは帰ってしまった。
電車の中、メールで謝ろうかとも思ったが、電池が切れていることを確認させられただけだった。さすがに、そろそろ替え時だろうか。

十字路を抜け、坂を下る。寺、酒屋、和菓子屋がいつも通りの順番で流れていく。信号で止まり、ふと横を見ると、一軒家の窓からあたたかな光が漏れていた。
帰る家に、あのような光が灯っていたのはいつまでだったか。車用の信号が黄色になった。赤になる前に、答えは出た。最初っから灯ってなどいない。
母は介護関係の仕事をしており、朝6時から、早くても夜9時まで家を開ける。
父に至っては、母よりも早く家を出て、母より遅くに帰るというハードスケジュールだ。
それ故、俺とは週に一度程度、それもニアミス程度の関わりしかない。何の仕事をしているか、知りたくても訊く機会が無いので諦めている。
3歳上の姉もいる。いや、いた。
母に代わって、我が家の家事全てを受け持っていたが、大学進学を機に県外に逃亡してしまった。それでも、「寂しい~」と泣きながら電話してきたり、「寂しかった~」とか言いながら、頻繁に帰ってくる。

断っておくが、家族間の中は悪いわけではなく、むしろ模範的な仲の良さである。
父か母、どちらかが休みだと聞けば、誰が言い出すでもなく全員が休みを合わせ、一日中一緒に過ごすというのも、もはや習慣となっている。姉は彼氏との約束をドタキャンしたほどである。逆に、その仲のよさが辛いと思うこともある。
いかんせん、父と母は忙しすぎるのだ。幼稚園の頃は閉園まで待っても誰も俺を迎えに来なかったし、小学校では授業参観などあったかどうかすら曖昧だ。

そのため、家に帰ったら家族が食卓についていて、遅いじゃないか憲輔、お疲れケンちゃん、今日はお鍋よ~、うふふ、あはは。などというのに憧れていたりはする。

「せめて、おかえりくらいはなぁ」
ぼんやりと呟いた言葉は白い靄になって浮かび、すぐに見えなくなった。


159:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:57:25 BKFgU1gH
案の定と言うべきか、いつも通りというべきか、家は暗かった。母の中途半端なガーデニング趣味が災いし、壁には正体不明の蔓が巻きついているのは相変わらずだ。

明かりの無いまま、おぼつかない手つきで鍵を開けると、まずは玄関、廊下、階段、居間、キッチンの電気を点ける。玄関の明かりを点けた時、大きめの何かがあったが、気にしないことにした。どうせ母が通販でまた何か頼んだのだろう。

「洗濯物入れて、掃除機かけて、風呂やって、飯作って・・・」居間でカバンを下ろしつつ、やるべきことを反芻する。こうでもしないと、スイッチが切り替わらない。

庭のほうからどんっ、という激突音がした。目をやると、シベリアンハスキーがガラス戸に前足をのせ、後ろ足で立っている。「待ってろ、マエダ。飯食ったら散歩に行くから」

ある日、突然にシベリアンハスキーを貰ってきたのは父だ。
その数日後、帰省した姉は黒いラブラドールレトリーバーを抱えていた。
飼い始めてから知ったのだが、我が家はどうも動物好きの血が流れているらしい。
帰りの遅い母が、帰ってきてから散歩に行ったり、ただでさえ家を出るのが早い父は、わざわざもっと早くに起きて散歩に行っている。
犬の世話に熱中して倒れて貰っても困るので、自粛するように呼びかけているが、あまり聞いてくれていない。

ちなみに、ハスキーがマエダで、レトリーバーがルイス。さらに言えばレトリーバーはメスで、どちらとも名付け親は俺だ。
とりあえず、先に二人にえさをやろう。そうでもしないと鳴き始めて大変なご近所迷惑になる。

こうやって、いつもどおりの一日が終わり、いつもどおりの明日が来る。そう思っていた。
テーブルの上の書置きと一枚の切符を見てから、少しだけ、捩れ始めた。

数時間前、彼女の人生は大きく捩れ、ブツリ、という音を発てて引きちぎれたのを、まだ知らないまま。

160:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:59:43 BKFgU1gH
とりあえず、終わりです。

何も始まってねぇし、意味わかんねぇし、ヤンデレいねぇし
とお怒りでしょうが、長い目で見てあげてください。
今日中に2話めも投下できると思います

161:名無しさん@ピンキー
09/01/21 17:54:37 M4jOJvBB
GJ!!!

wktkwktw

162:名無しさん@ピンキー
09/01/21 17:58:19 wJgdN0uL
>>160
続きが気になる長編だな。

GJ

163:名無しさん@ピンキー
09/01/21 18:04:18 v01au8A3
>>161
帰れ

164:名無しさん@ピンキー
09/01/21 18:24:45 TbCvjw54
>>160
りおちゃん可愛いしこれは続きに期待
あと、あまり自虐的になる必要はないと思われ

165:名無しさん@ピンキー
09/01/21 20:29:07 oT4LIDKF
>>160

GJっす!

wktkしながらお待ちしております

166:名無しさん@ピンキー
09/01/21 20:40:23 MDBiexYr
>>160
GJです

ところで題名が『Tomorrow Nver Cmoes』になってるのは携帯で見てるせい?

167:名無しさん@ピンキー
09/01/21 21:53:22 15sdnR5c
GJ!!
でも、最後の行の彼女って誰のこと?

168:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:20:58 BKFgU1gH
みなさん、応援ありがとうございます。遅れ申し訳ないです。
2話をなんとか書き終えたのですが、「あれ、話進んでねぇ・・・」と気付いたため、急遽、3話も書き上げました。
これでようやくスレの意義に追いつけた感じです

>>164
悪い癖ですね。申し訳ないです。
・・・りおちゃんがメインじゃないなんて言えない(ノω;)

>>166
いいえ、作者がアホだからです。ごめんなさい、修正します。

>>167
それは2話3話で・・・むふふ

では、投下させていただきます

169:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:22:18 BKFgU1gH
大きな、壁のように圧倒的な何かを見たのを最後に、私の意識は一度途絶えた。

熱さと生臭さで目が覚めた私が最初に見たのは、赤。左頬が赤い何かにぐっちょりと浸かっていた。
鉄のような匂いと生暖かさから、血だと理解するのに、時間はかからなかった。

反射的に退いて、横になった体を起こそうとしたが、体はまったく持ち上がる気配が無い。頭だけでも、と思い動かすと、想像を絶する激痛が顔の右側を襲った。

今の私は、左半身を下にして横になっている。激痛と血を考慮すると、私は怪我をしているのかもしれない。
ただ、起き上がれないのは怪我のせいではないように思える。右側に何かが圧し掛かってきているのを感じているのだが、何故か視界が黒く、よく見えない。それで起きようとすれば激痛。八方塞とはこのことか。

私は今どこにいるのだろうか。確か、今日は学校が終業式だった。家に帰るや否や、父と母は満面の笑みを浮かべ、私を制服のまま車に押し込んだ。

今日はお出かけよ。

なんでも欲しいものを買ってあげるからな。

そう言った両親は本当に嬉しそうで、私はクリスマスが近いことを思い出した。普段は助手席に乗る母が、今日は後ろの私の右側に座り、私の頭を撫でてくれて、父は運転席で羨ましそうな声をあげている。

少し遠くのショッピングモールへ行くため、車は国道に乗った。

━そして、壁を見た。
あの壁は黒かった。目のようなライトがあった。口のようなバンパーがあった。フロントガラスがあった。トラックだった。

血の気が引く、というのをリアルに体験する。体を恐怖が占領する。心臓が唸る。

ずるっ、という擦れる音がすると、右側の重さがなくなった。
同時に、何かが前のシートとの間に落ちる。
栗毛の髪、白い肌、ピンクのセーター、ベージュのロングスカート。
普段は助手席に乗る母が、今日は後ろの私の右側に座り、私の頭を撫でてくれた。

━ハハガ、ワタシノミギガワニ。

運転席に目を向ける。
ヒビだらけフロントガラスの向こうには、ひしゃげたエンジン部分と、トラックの一部があった。というより、トラックはすでにこちら側まで入ってきており、運転席は完全に潰れている。
一本、血まみれで、所々ガラス片の刺さった血まみれの何かが間から伸びている。
父は運転席で羨ましそうな声をあげていた。

━チチハ、ウンテンセキニ。

母と、目が合った。

170:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:23:15 BKFgU1gH
テレビを点けると、過剰なまでに脚色された再現VTRが流れていた。テレビを信じるな、と唯一教え込まれてきた俺は、すっかりアンチマスメディアとなってしまった。

庭ではマエダとルイスが、軽く引いてしまうぐらいの勢いでドッグフードを貪っており、ガラス戸越しでも、はっきりと聞こえている。まぁ、朝7時に食べて、今まで何も食べないというのは辛いだろう。

言っておくが、昼を食べさせないのは普通のことである。犬は一日二食、朝と晩だけだ。何故かは知らない。

何も手を加えない、生まれたままの姿の食パンを咥えながら、二階へ上がろうとした所でようやく、ソレに気付いた。

「なんだ、これ?」テーブルの真中に置かれた紙を持ち上げる。一枚は掌と同程度のサイズの横長で、『東京-岡山』と大きく書かれてあり、『サンライズ出雲』とも書かれてあった。

「切符、だよな」時刻的には、あと二時間もすれば出発する。「なんでこんなタイムリーなもんが・・・?」

次に、A4サイズの紙を手に取る。家にあるコピー用紙と同じ感触がしたので、それだろう。紙には腹が立つほどの丸文字で一言、『乗れ』とだけ、太いマジックで書いてあった。

「意味わかんねぇよ、母さん・・・」

丸文字が母のものなのはわかるが、意味がわからない。

突然、マエダが吠えた。

直後、チャイムが鳴った。

171:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:24:05 BKFgU1gH
「お待たせっ。ほら、時間ないから、早くっ」

訪問してきたのは股引姿に鉢巻を巻いた、どこかで見たようなおっさんで、いきなり俺の腕を掴むと軽トラックに引き込もうとした。当然、抵抗する。

「ちょっ、まっ・・・待て、よっ」

手を振り解こうとするも、おっさんはなかなか離れない。自称スポーツ少年の高校生が、股引鉢巻のおっさんに翻弄されている姿は、さぞかし茶の間の笑いを誘うことだろう。

「待てないって。電車が出ちゃうでしょうが」

「電車、って」俺が抵抗を止めたからか、おっさんも引っ張るのを止めた。俺は手に持ちっぱなしだった切符を見せる。「もしかして、コレ?」

おっさんは目を細め、顔を近づけたり離したりを何度か繰り返してから、これだよ、とだけ答えて俺を車に押し込んだ。

「のぉっ」頭からダイブした座席は、きんぴら煮の匂いがした。

「荷物は・・・これかな。ほいよっ」

ドサリ、という音と共に、車体が僅かに揺れた。すぐにおっさんが運転席に乗り込んできて、再び揺れた。

「ほらほら、シートベルトしないと。おじさんが罰金取られちゃうよ」

身の安全よりも金とは。どこか物悲しい気分で、シートベルトを締めた。・・・じゃない。流される所だった。

「っつうか、おっさん、」

「舌噛むよ~」おっさんがそういい終わるよりも早く、俺は強烈な衝撃を受けて、シートの背もたれに叩きつけられた。

172:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:24:53 BKFgU1gH
「っは・・・」

あまりに突然で、一瞬、呼吸すらあやふやになってしまった。

落ち着いてから窓の外を見ると、ありえないとしか言い様が無かった。景色が流れていく、というような甘っちょろい表現じゃない。景色が認識できない。

あ、街灯。あ、傘を差した人。そんなのが車だと思っていた。

あ、青っぽい何か。あ、赤っぽい何か。俺の目がおかしいのではないかと疑うが、背もたれからビクともしない体が、そうではないと告げている。軽トラがこんな速度出せるわけねぇだろ。

さらに信じられないのが、車線という、交通ルールの基本を完全に、全快バリバリにシカトしているということだ。

夜とはいえ、それなりに車は走っている。こんなバカみたいな速度で走っていれば追いつくのも当たり前なわけで、そのたびに反対車線に乗り上げ追い抜かしている。
まるで魔法のように、車の間を縫うように走っていく。魔法の軽トラに乗った、股引鉢巻の魔法使い。吐き気がする。

「おっと、俺のクリスチーナに吐くなよ」

「吐きませんよ」この速度なら、吐いたら顔面に戻ってきそうだ。「っつうか、クリスチーナって」

「おじさんの愛車よ。奥さんと同じ名前付けてんの」

「グローバルですね」

「ぐろー・・・?ちがうちがう、クリスチーナ」どうやら会話は出来そうにない。


状況を冷静に考えようにも、頭が回らない、回せない。マジでGがパネェ。

ヒントを得ようにも、相手は魔法の国出身なので会話が出来ない。

何なんだ、この状況は。今日は終業式で、昼飯を食べたらすぐに部活だった。レギュラーではない俺は、いつものようにサポートばかりの退屈な部活で、それで家に帰ったら謎の切符があって、魔法使いに拉致られた。

シュールだ。

右手に持ちっぱなしの切符を見る。『東京-岡山』『サンライズ出雲』の他に、『寝台券』『個室』と言ったワードも書かれていた。
切符、というからには何かに乗るための物で、『寝台』という言葉などから考えるに、電車だろう。つまり、岡山行きの夜行列車か。

岡山と言えば、降水量少なかったり、備中松山城、桃や葡萄、吉備津神社など、色々あるだろうが、我が家では黒崎家が一番最初に挙がる。

黒崎は母の弟、つまり俺にとっての叔父さんの家族だ。今となっては、母にとっての唯一の血縁になってしまった。そのせいか、昔から仲が良く、なかなか遠い距離でありながらも、黒崎の一家が我が家によく訪問してきた記憶がある。
斎藤の一家はというと、覚えている限り、一回しか行った記憶がない。

「あ・・・」唐突に思い出した。

「漏らしたか?」

「いや、大丈夫です」

「よかった~」

「わかりましたから、前を向いてください」クリスチーナが電柱と浮気しますよ、と小声で付け足して、俺は意識が途絶えた。

173:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:25:39 BKFgU1gH
「起きんしゃい、ほら、起きんしゃいって」

「んっ・・・」ゆさゆさと体を揺すられる度に、きんぴらの匂いが強くなる。

寝ぼけ眼が最初に捉えたのは古くなった明太子のような色の唇だった。吐き気がする。

「うぅっ」勢いよくドアを開けると、遠慮なく吐いた。昼から何も食べていないのに、驚くほど出た。

「いやぁ、車の中ではしっかり我慢するなんて、偉いねぇ」

愛車が汚れなかったのがそんなに嬉しいのか、おっさんはやたらと素敵な笑顔を浮かべ、フェンスの金網を掴みながら戻し続ける俺を見ていた。

「目的地についたら助手席の前に袋が出るシステムを投入したらいかがですか」

「おっ、それいいかもねぇ」

「冗談でしょ?」そのうち荷台にロケットエンジンでもつくのではなかろうか。

辺りを見渡すと、ここが駐車場だと言うことは理解できた。背の高いビルに挟まれているせいで薄暗く、スペースも4台分しかないという狭さ。
建物の隙間からは、止まない轟音とともに絶え間なく行き交う車が見えた。さらにその向こうには、目を疑うほどに高いビルが乱立してる。

「ここ、どこっスか?」

「ほら、急いで」おっさんは質問には答えずに、荷台に乗って、大きなスポーツバッグを投げてきた。
慌てて受け止めると、合宿の時に買ったものだと気付いた。「玄関にあるから持ってきたけど、それであってるよね?」

あってる、というのは俺の物、という意味だろうか。よくわからないまま中を見てみると、入れた覚えのない部屋着や歯ブラシなどがあった。
なんとなく、状況が理解できてきた。

「おっさ・・・オジサンは、もしかして父の知り合いですか?」

「そうだよ、さっきいきなり電話で頼まれてねぇ」

ようやくことの全貌が見えてきた。要するにこれは両親なりの気遣いで、独りで冬休みを過ごす寂しい俺に、せめて家族同然の黒崎家で楽しく過ごさせようとしているのだろう。
それならば、わざわざ寝台特急に乗せる理由もわかる。

もしかしたら、両親も後から駆けつけるかもしれないし、姉は既に行っているという事もありうる。ただ、俺に予定がないと決め付けられているのは寂しい。

父にはどういう繋がりか、変な友人が多い。このオジサンもそうだろう。類は友を呼ぶ、だ。こんな変人を呼び寄せるのは父しかいない。

「ほら、早く早く。電車出ちゃうよ」

そうとわかれば割り切ろう。部活には葬式がどうとか言えばいい。俺は冬休みを満喫させてもらう。

駅へと走りながら、いったいオジサンの奥さんはどれだけ恐い人なのかを想像していた。

174:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:26:33 BKFgU1gH
間一髪とはまさにこれで、俺が乗車してから、座席を見つける前に電車は出発した。

夜行列車、というと何故か物悲しいイメージがあるが、このサンライズ出雲は違う。いや、もしかしたら最近のは全部そうかもしれないが、俺はコレにしか乗ったことがないので比べ様がない。

内装は細部まで気が遣われており、そこら辺のしょぼいホテルよりは格段良い。シャワー室や、時間は限定されているが売店もある。談話室や喫煙室、なかにはツインベッドの二人用の部屋まである。

部屋を見つけるのに、大した時間はかからなかった。親切な案内図の存在もあるが、やはり二度目というのが強みだ。

昔、たった一度だけの家族旅行が、このサンライズ出雲に乗っての旅行だった。幼かったので記憶は曖昧だが、物凄くテンションが高かったのだけは覚えている。
そのせいか、まだ9時間以上もあるのに、高揚して眠れなかった。


なんとなく談話室に赴くと、一人の男性がいた。ハイになっている俺に、恐いものはない。「こんばんは」

男性は突然の訪問者に驚き、ビクついたものの、すぐに「こんばんは」と返事をしてくれた。ほんの少し、警戒しているよう見えるのは、俺が制服姿だからだろうか。

初見はどこか梅ちゃんを彷彿とさせたが、弱々しくも、全てを許容するような笑顔は、男の俺でさえドキリとするものだった。

目にかかるほどの黒髪に隠れがちだが、よくみると瞳はくすんだ色をしている。端整とまではいかずとも、どちらかと言えば美形に入る顔つきだろう。歳は二十歳ぐらいか。

テーブルを挟んで向かい合う形で座ると、彼は佐藤と名乗った。一瞬、佐藤登志男が浮かぶが、佐藤という苗字は五万といるので、関係はないだろう。
何より、登志男は美形ではない。
彼が苗字だけ名乗ったので、俺も斎藤とだけ名乗った。彼は、似てますね、と笑った。

夜行列車という場所がそうさせるのか、お互いに聞いてもいない身の上話を交互に語り、気付けば日付は変わっていた。
そろそろ退散し様かと思った所で、突然女性が現れた。

長い黒髪を頭の横で一本に束ねている彼女は、アマネと名乗った。
佐藤さんとの会話を聞く限り、二人は知り合い、もしくはそれ以上の仲らしい。パッチリとした瞳と笑顔が可愛らしい。
流石にお邪魔かとも思ったが、彼女が話したいと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。


結局、一睡もできないまま、岡山駅のホームに下りた。閉まった扉を見ると、変わらぬ笑顔のアマネさんと、会ったときよりも若干やつれて見える佐藤さんが手を振ってくれていた。
二人を見送ると、俺は改札へ向かった。

あれから7時間ちょい。アマネさんのマイクパフォーマンスは素晴らしかった。話を途絶えさせない質問の嵐と、意欲をそそるような聞き方、そして退屈させない巧みな話術。
是非ともMCとして、最近の低迷気味のバラティ番組をを改革していただきたい

175:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:27:24 BKFgU1gH
半ば眠りながら改札を抜けると、明らかに異端な黒服が目に付いた。

黒い上下のスーツに、黒いサングラスをかけた角刈り。避けたほうがよさそうだが、さっきから写真を片手にチラチラこちらを見てくる。
挙句、人を押しのけながらこっちまで来る。「斎藤憲輔さんですね」

「ええ、まぁ、はい」

こちらへと言って、再び人の波をかき分けながら進む黒服についていくと、駅前のロータリーでタクシーを拾った。運転手に行き先を告げていたが、あとから乗り込んだ俺は、他の車の音でよく聞こえなかった。

走り出したタクシーの中、なんとなく気まずい空気に戸惑う。
身を細くしながら扉によりかかり、この人も父さんの知り合いだな、とぼんやりと、しかし、確かな自信を持って考えていた。

「この度は、残念でしたね」

黒服が突然言うが、意味がわからなかった。顔を合わせると、黒服が首を傾げた。「ご存知でない?」

「なんのことかさっぱり」先ほど、チラリと見た売店の朝刊に『米大統領、就任前の期待は何処へ』という一面があったが、まさかそんな話題を高校生には振るまい。

「お父上からご連絡は?」

「連絡・・・あ、昨日から携帯の電池が切れっぱなしで」

「なるほど、そうでしたか」口調は丁寧だが、目は明らかに俺に失望していた。仕方ないじゃないか。メールを2通受信したら電池が2になるようなオンボロだぞ。それに、終業式という退屈なイベントもあったのだ。

黒服が実は、と切り出した所で、タクシーは停車し、俺のほうだけ扉が開いた。

「・・・ご自身でご確認するべきでしょう」そう言って、紙切れを渡された。302、とだけ書いてある。「行って下さい」

タクシーは駐車場に止まっていた。最初に見えたのは、少し汚れた白い壁で、見上げて初めて病院だと理解した。
楽しい気分や、うきうきした気持ちで病院に来ることは少ない。僅かに、胸が苦しい。

176:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:28:21 BKFgU1gH
こんな時間から面会はしてないんですよねぇ、と言う白髪の医者を押し退けた。
エレベーターを待ちきれず、階段を駆け上がる。4階は大した高さではないが、息切れを起こすには充分だった。

息を整えようともせず、また走る。番号が若いわりに、302号室は遠く、たどり着いたときには過呼吸になりかねないほど酸素を求めていた。

扉に手を当て、息を整える。吸って、吐いて。顔を上げる。

表札には『黒崎くるみ』と書かれていた。

ヒュッ、という音が聞こえたかと思うと、呼吸が出来なくなり、膝を突いた。本当に過呼吸になりやがった、このアホ。

「憲輔さんっ」エレベーターの扉が開いた音の後、黒服が駆け寄ってくるのが分かった。どんだけ遠回りしてたんだよ、俺は。

彼は俺の手を取ると、両手で口を覆わせた。さらに、その上から黒服の手が覆い被さり、指と指の隙間が完全に隠れた。

1分せずに、俺の呼吸は落ち着きを取り戻した。今のは、ビニール袋を当てるのと同じ原理だろうか。

「ありがとうございます」

人より過呼吸になりやすい体質とはいえ、情けない。不安や衝撃もあったが、それにしたって・・・なぁ。

「いえ、それよりも」彼は表札に目をやる。

もう一度見ても、書いてある文字は変わらない。

『黒崎くるみ』

177:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:29:00 BKFgU1gH
私は外で待ちます。

そういった黒服を置いて、病室へと入った。意を決してスライドさせたドアは軽く、どこか空回りした気分だった。

真っ白な空間。壁も、天井も、ベッドも、備品も。ゆったりとした個室を見て、多分、俺の部屋より広いな、と場違いなことを考えた。

大きなベッドの枕もとには、小さな山が出来ていた。いわゆる体育座りをして膝に顔を埋めており、長い栗毛だけが見えた。

再び過呼吸になりかねないほどの締め付けを胸に感じ、それに堪えながら、口を開く。「くるみ」

栗毛が揺れ、顔が上がる。

中学3年生の割に、まだ幼い顔つき。細く、小さい体。一家全員がおそろいの亜麻色の髪。

━そして

「・・・お兄ちゃん?」

久しぶりに見た従妹の顔には包帯が巻かれていた。



(続いて、3話いきます)

178:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:30:34 MHFWGQie


179:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:31:42 BKFgU1gH
目が覚めると、見覚えのない天井にたじろいだ。周囲を囲む全てが白で、その不自然さに恐怖を覚えた。

しばらくぼんやりと辺りを見回して、ここが病室で、自分がベッドの上にいることを理解した。

そして、事故に遭ったことを思い出した。

母の目を、父の腕を思い出した。

━右目が、みえない。

震えた指先で右眼の位置にそっと触れると、ザラリと布の感触がした。包帯だ。

「あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁぁぁぁあ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」

叫びたくもないのに、声が出てきた。お腹の奥の方から、内臓を、喉を押し退けながら、黒くドロドロとした叫びが溢れてくる。

さながらFBIのように突入してきた看護士によって取り押さえられ、注射を打たれたことでまたもや私の意識は飛んだ。

180:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:32:14 BKFgU1gH
次に目覚めたのは、朝日がゆっくりと昇り始めた時間帯で、明かりのない暗闇にぼんやりと浮かぶ白い部屋は、さっきとは違う恐怖があった。

頭が幾分か冷静になったのを確認してから、恐る恐る右目に触れた。

感触は変わらない。湧き上がる衝動を押さえつけて、深呼吸をした。

右目が見えない。その事実は、昨日まで何の不自由もなく生きてきた私にとって、この世の終わりとも言える程の絶望だった。

そう、何不自由なく生きてきたのだ。

母は私の相談を何でも、真摯に受け止めてくれた。時に笑い飛ばし、時に叱り、時に泣いてくれた。

父は母よりも、誰よりも大きな愛情を私に注いでくれた。風邪をひけば会社を休んで看病し、虐められれば肩を怒らせて乗り込んでいき、欲しいものがあれば何でも買ってくれた。

両親は私には過ぎるものだった。二人は私を宝物と言ってくれたが、むしろ逆で、私にとっての宝物が両親であった。

さらに、私にはもう一つ家族があった。少し変わり者だが、優しい伯父さんと伯母さん。いつも元気なお姉ちゃん。

そして、私を可愛がってくれるお兄ちゃん。

断言できる。私ほど恵まれた環境にいる人はいなかった。

今、かつての私ほど恵まれた環境にいる人はいない。


膝を抱えるように、自らを抱きしめるようにして座る。

もういないのだ。かつての私は、もういない。

見えるはずのない右眼に、あの惨事が映る。左眼を開けようが閉じようが、決して消えない光景。

「恐いよぉ・・・お母さん、お父さぁん・・・・」

左眼から、涙がボロボロと零れる。顔をシーツに埋める。

「助けて・・・お兄ちゃん・・・・」

ズドンッ、という重い音が病室に響く。刹那、あの惨事が目だけでなく、体全体に染み渡る。ひっ、と小さな悲鳴をあげ、より強く自分を抱きしめた。

「くるみ」

恐怖が霞む。何か暖かなものが、私の心を優しくノックしてきた。

「・・・お兄ちゃん?」顔を上げる。

顔を真っ赤に高揚させ、涙目で息を切らした、私が兄のように慕っている人物。

斎藤憲輔がいた。

181:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:33:07 BKFgU1gH
状況は俺の予想より、遥か上空にあった。 俺の予想がツバメの低空飛行なら、現実はスペースシャトル。そもそも、ベクトルが違う。

くるみの病室に飛び込んだ後、くるみは大声で泣き叫びながら俺の胸に飛び込んできた。かろうじて受け止めたが、俺の頭は完全にフリーズしていた。

袖の長い病院服を着ているのでその下は分からないが、露出している手、首にはいくつかの痣があるのが見えた。何より、顔に巻かれた包帯に目が行ってしまう。

額から少しだけ上下した位置までの幅で、頭を一周する形で巻かれたものと、顔を斜めに突っ切っているものの二つだった。その内、後者のほうが問題だ。右目を完全に覆い隠している。

それが意味するのは、右目に怪我をしているということ。シンプルだ。シンプル故、最悪の事態を簡単に想像できる。

泣いているくるみに対して、何も出来ずに立ち尽くしていた。くるみは俺の体に顔を埋め、時折「お兄ちゃん」とか、「恐かったよぉ」と言いながら泣いている。


5分と経たずに、医者が来た。白髪混じりの初老の医者で、先ほど俺が押し退けた医者だ。
無理矢理に進入したことを咎められると思い身構えたが、医者は、状況を説明したいので部屋を用意しました、と懇切丁寧に言ってきた。

断る理由も必要もなく、俺は頷いた。部屋を出る医者について行こうとすると、くるみが俺のブレザーの裾を掴んだ。「・・・ヤダ」

医者の方を見やると、医者はゆっくりと首を横に振った。当然と言えば、当然かもしれないが、今のくるみには酷だ。

俺はくるみに対して向き直ると、強く抱きしめた。栄養が足りないのでは、と不安になるほどに身体は細く、背は低い。包帯がずれないように気を遣いながら、頭を撫でた。

「大丈夫、すぐに戻ってくるから」

「でも・・・」

「大丈夫、大丈夫だから」

繰り返し言い聞かせると、くるみは不安げな表情のまま、わかった、と言ってくれた。もう一度撫で、部屋を後にする。


「私は外で待ちます」

何度言ってもその返事しかしてくれないので、いい加減、俺が折れることにした。

彼は俺が高圧的だろうが低姿勢だろうが、『一緒に来てくれ』という言葉を聞き入れない。

「優しいのですね。ですが、私になど気遣いは無用です」

優しい?気遣い?

━違う、俺はただ・・・

182:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:33:58 BKFgU1gH
中に入り、扉を閉める。奥の壁が大きくガラスになっており、目覚め始めた街がよく見えた。部屋には大きな机と、それを囲むように配置された椅子があることから、会議室か何かだろう。
左の壁に沿って簡易的なキッチンのようなものがあり、蛇口とコンロがあるのが分かる。

ただ、会議室の備品まで白にする必要はなくないか?目がチカチカしてきた・・・。

「コーヒーでいいですかな?」俺は頷く。

コンロの近くのコーヒーメーカーを手に取ると、2つのコップに注ぎ始めた。「ありゃ、もう冷めてるよ。冷めたコーヒーは苦手かな?」
首を横に振る。段段イライラしてきた。

「そりゃあよかった、私は苦手だから遠慮するけどね」医者は声をあげて笑う。限界だ。

「っいい加減にしてくれ!あんたはふざける余裕があるかもしれないけど、こっちそんなもんはねぇんだよ!!」

全力で叫んだにも関わらず、医者は表情一つ変えずにコーヒーを差し出してきた。

「キミこそ、余裕を持ちたまえ」

頭の中で何かが弾け、手が出そうになった瞬間、医者は蛇口の方を指差した。「見なさい、いいから、見なさい」

訝りながらも、差す先を見ると、驚いた。

肩で息をしながら、顔を真っ赤に染め、血走らせた目は今にも泣き出しそうな、太めの眉を皺にしている男がこちらを睨んでいる。あ、俺か。

医者が先ほどより大きな声で笑い出した。俺は顔を抑えて、ため息を吐いた。鏡には、情けない男が一人映りつづけていた。

183:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:34:28 BKFgU1gH
冷静になった頭に、彼は容赦なく事実を叩き込んでくる。

事故は、黒埼一家が車で移動中に起きた。国道を走っている途中、反対車線を乗り上げた大型のトラックが一家を襲った。

トラックは運転席へ、斜めに突撃してきた。ただぶつかっただけなら、もしかしたら誰も死なずに済んだかもしれない、救えたかもしれない、と医者は嘆いた。

国道は両側二車線で、高い位置にあるため、どちらの車線の外側にも壁が建てられていた。たまたま左側を走っていた叔父さんたちの車はトラックに押され、そのまま壁に挟まれた。壁が崩れなかったのは、不幸中の幸いと言える。

衝撃で運転席は潰れ、さらにこぼれた資材が天井を押し、天窓を割った。その破片がくるみの右眼に混入したのだと言う。

「治る可能性は?」目眩を堪え、机に手をついて何とか身体を支える。

「ゼロではありません」腕から力が抜け、机にもたれかかる。


━優しいのですね。

違う。

━気遣いは・・・

違う、違うんだ。

おれは、ただ恐かった。一人でこの事実を受け止めなければいけないことが。

184:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:35:02 BKFgU1gH
大丈夫ですか、と訊かれたので、平気です、と強がる。机に全力を込めて、立ち上がる。

医者は患者に希望を持たせるように表現する。不治の病に対し「時間がかかるけど、きっと治るよ」、薬の副作用に対し「お薬が利いてきた証拠だよ」。くるみの場合、希望を持たせても、ゼロではない、だ。

また立ち眩みがした。

「次に退院に関してですが、恐らく、あなたが考えているよりずっと早く出来ます」

「本当ですか?」

「ええ、ガラス片を取り除く手術自体は問題なく終わりました。他には目立った外傷がないので、精密検査の後、本人が望むなら通院を条件に何とかなります」

小さな、ほんの僅かな光が差したように感じた。「ありがとうございますっ」

「いやぁ、最初とえらい違いですなぁ」頭を下げると、笑いながらそんなことを言ってきた。こういう大人には敵わない。いろんな意味で。

くるみの病室に戻ろうとしたら、医者はまた鏡を指差した。さっきよりかはマシだが、未だに情けない男が立っている。

「顔を洗いなさい。そんな顔では、あの子が不安になりますぞ」

確かに。さっきのくるみの不安げな表情は、このせいだったのだろうか。

「ほらほら、王子様はシャキッとしなさい」顔を洗う俺の背が叩かれる。本当に、敵わない。

俺はどこか父を思い浮かべていた。

185:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:35:45 BKFgU1gH
病室は再び静寂に包まれた。明かりは点けていないので、相変わらず薄暗いし、右目は見えない。

それでも、私の心は色とりどりに飾りつけられている。

お兄ちゃんが来てくれた。それだけで、私の世界に太陽は昇った。


━あんなにやさしかったお母さんは死んでしまった。あんなに私を愛してくれたお父さんも死んでしまった。家族だと思っていた伯父さんと伯母さんは来てくれない。お姉ちゃんもだ。

━でも。

「お兄ちゃんは来てくれた・・・」

あんなに必死になって、来てくれた。

瞳は充血していた。その下にはうっすらと隈があった。制服だったから、もしかしたら知らせを聞いて、急いで飛んできたのかもしれない。


━うふふっ。

思わず声がこぼれた。

いつも私を可愛がってくれたお兄ちゃん。

いつも私を愛してくれたお兄ちゃん。

「大好き・・・大好きだよ、お兄ちゃん」

春のお日様に照らされたように身体が暖かくなってきた私は、無意識に、自らのの最も熱い部分へと指を伸ばしていた。

186:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:37:28 70EdYwNo
支援?

187:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:39:03 BKFgU1gH
とりあえず、以上です。
やたら長くてごめなさい。掲示板の時間もかなりいただいてしまいました

とりあえず、なんとか同じ土俵に立てた気分です。

それと、サンライズ出雲に始まり、多くのものが改変されて使用されています。ご了承ください

批判・指摘はいくらでもしてください

長文失礼しました

188:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:40:34 70EdYwNo
乙~
いや、これは先が楽しみだw
話の展開も、くるみのこれからの病みっぷりもw

189:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:57:44 15sdnR5c
GJ!!
2話連続乙かれ様です

190:名無しさん@ピンキー
09/01/22 00:18:23 fRhEGNtz
GJ!お疲れ様です。
今後の展開にwktkがとまらない!

191:名無しさん@ピンキー
09/01/22 01:10:40 AIfJ4Fy0
これはいいなwwwwww
従妹ってのがいい

192:ワイヤード  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:11:24 xwvUtjSz
投下します。

193:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:11:55 xwvUtjSz
第十五話『カナメ様の憂鬱』

「あなた様の存在に心奪われたものです!!」

騒々しかった校庭が、一瞬で静まりかえる。
曰く、「キシドー……? 何いってんのあの人」「ってか、女の声じゃん。また千歳の被害者か、うらやましい」「いや、あれであいつは苦労してるよ」などなど。
仮面の変質者ことミス・キシドーはそんな群集など意にも介さず、槍をなれた手つきで振り回し、構えを取る。
その型に、千歳は見覚えがあった。
はっきりとは思い出せないが、蒼天院流と同じく古くから伝わる武術の一種だろう。
だとしたら、先ほど清水拳を貫通した理由も説明できる。闘気系の防御を、さらに貫通性と凝縮率のたかい闘気攻撃で打ち破ったのだ。
それができるほどの貫通性を槍で生み出すことのできる流派の使い手。それが女。
理科子のような才能の持ち主はそうそういないと思っていたが、案外近くにいるものだ。
しかし。千歳は疑念を覚える。
闘気の性質があの『狙撃者』とは違う。あちらは殺意を全面に押し出した荒々しいものだったが、このミス・キシドーに殺意は感じない。
むしろ―
「―俺を試しているのか」
「ご名答、と、言わせていただきますわ。千歳様」
千歳の呟きに、ミス・キシドーが応えた。
蒼天院清水拳の構えを取る千歳と一定の距離をとりながら相対している。
(くそ、この変質者、隙が無い。防御が貫かれるとなっちゃ、攻めのほうが有効だってのに……)
変態的な装いをしながらも、ミス・キシドーは戦闘力に関してはかなりの水準に達しているらしい。千歳ですら、この攻め気に押されている。
「何が目的だ」
「試すのです。あなた様が、今おっしゃったとおりでしょう」
「俺を試して、どうする気なのか。それを訊いてんだ」
問答により、相手の意図を聞き出すと同時に、できたら隙を生み出す。千歳の立てた作戦がこれだ。
通用するとは思えないが、もしこの変質者が別の人間に襲い掛かってもまずい。注意を常に自分に向けなければ。
「ふふっ。それこそ、愚問ですわ」
「何だと……?」
「ならば、あえて言わせていただきましょう……」
ミス・キシドーは、ゆっくりと手を仮面にかけた。
すっと上にずらしていく。徐々に、白い肌があらわになっていく。
「あんたは、まさか……」
そして、現れたのは、千歳にも見覚えがある顔だった。
白い肌に、お上品なブロンドの縦ロール。エメラルドグリーンの透き通った瞳。
すっと顎が細く、しかし張りのある頬の肉付き。すべてガラス細工のように透明で、繊細。
そう。彼女は……。

「御神 枢(みかみ カナメ) であると!!」

 ♪ ♪ ♪


194:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:12:25 xwvUtjSz
二日前までさかのぼる。
御神家のお屋敷で、趣味のB級ホラー映画鑑賞にいそしんでいたお嬢様、御神カナメ。
今日はブレインデッドを視聴している。お屋敷の中にはもちろん特設映画館があり、超大画面で内臓の飛び散りを楽しむことができる。
ブレインデッドをみた回数はもはや記憶にあるだけで30回を越しているが、それでもこの映画は名作と言わざるを得なかった。
……とはいえ、いつものように集中して映画を鑑賞することができない。何かの病に憂いているかのように。なにもかも上の空だった。
そう、彼女は病気だった。
恋わずらい、という。
「ああ、千歳様。わたくしのいとしいヒーロー。アメリカンコミックにたとえるなら、まるでスポーンのようにたくましく、強いお方」
夢見る瞳は、もはや画面の向こう側の妄想の世界に向いていた。
ちなみに捕捉すると、日本のこの年齢の少女で、スーパーマンやスパイダーマンではなく、スポーンをカッコイイヒーロー像として真っ先に思い浮かべる人間はおそらく彼女だけである。
それもそのはず。スポーンは名作B級映画となっているのだ。『ブレインデッド』とあわせて、こちらもお勧めしたい。
さて、作者の個人的趣味はここまでにして、カナメの描写に戻ろう。
「ああ……千歳様。わたくし、あなたが忘れられなくてよ。一度あっただけのわたくしをここまで堕落させてしまうなんて、なんて罪深いお方。あなた様の罪は、身体で払っていただいてよ」
映画画面の中では、首が取れかけの看護婦のゾンビと、カンフーに長ける神父のゾンビが性行為を振り広げ、赤ん坊ゾンビ生み出す衝撃映像が繰り広げられていた。
「そう……この官能、わたくしも、千歳様とこの官能を。秘めやかなこの情動を分かち合いたい……!」
画面内では、主人公が赤ん坊ゾンビを必死で子育てする物語が展開されていた。
「すばらしいわっ! 千歳様とわたくしの子も、かのように元気な子がよろしいのですわ!」
カナメはお嬢様として育てられてきた。故に、男女の関係について学ぶ機会など全くと言っていいほどになかった。そんなカナメがこれほどに歪んでしまったのには、理由がある。
あるとき、親や侍女の目を盗んで見た深夜映画。もともと映画鑑賞(幼少期なので、ディズニーアニメ程度のレベルだったが)が趣味だったカナメは、興味心身で食い入るように見てしまった。
それが、『バタリアン』である。
そして、その時以来、カナメの脳みそは悲しいほどに変化してしまった。まるで『トライオキシン』を浴びてしまったかのように。
それ以来、隠れてB級映画を見るようになったカナメは、B級映画にあるエロシーンのような歪んだ関係こそ、男女関係なのだと。そう、無意味に錯覚した。
無論、それは幼少気のことであり、現在、聡明に育ったカナメはそれが間違いであることがわかっている。
しかし。
それはもはや『治療不能』の領域だった。カナメの性的興奮は、確実に歪んでいた。
カナメにとって、憧れは嫉妬と同じである。好きは嫌いである。
御神カナメにとっては、愛と憎しみは同じだった。


195:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:12:56 xwvUtjSz
遠まわしな表現になったが、カナメはつまり、極度の加虐趣味を持つのである。
千歳という存在に憧れを抱いたカナメは、千歳と戦うことでしかそれを表現できないとすぐに悟った。
もちろん、それが全くの無意味な行為であることは分かっているし、そんなことをしても千歳の心を手に入れることができないということもわかる。
しかし、カナメは分かっていた。
もし千歳がカナメの、痛みを伴なう愛を乗り越えることができる強さをもつ男なら。
愛しても壊れない男なら。
それは、カナメにとって、唯一無二の存在になるのではないのか。
「カナメ様」
黒服の男。高崎がカナメの隣にたつ。
「鷹野千歳氏のデータが出揃いました」
「速かったですね。ご苦労様です」
高崎の差し出した書類をぱらぱらとめくる。
「なるほど。記憶しました」
ぱたりと、数秒で閉じる。
これが、御神グループ総裁の地位を勝ち取り、さらにグループを財界の頂点にまで引っ張り上げたカナメの一つ目の能力。『瞬間記憶』である。
じつはカナメの固有能力ではなく、これはある種の『コツ』があり、脳を上手に鍛えれば誰にでも可能なことだ。
サヴァン症候群の患者が時折こういう能力を得ることが、それを証明している。カナメはそれを知らないうちに苦も無く実践していた点が驚異的なのだが。
「交友関係に、懐かしい名前が載っていましたね……。まあ、それはいまは保留しましょう。あの男など、千歳様とは比較対照にもならない」
カナメは一瞬顔をしかめたが、すぐに平常に戻った。この切り替えと割り切りの速さも、カナメの能力のひとつ。
「それにしても、高崎。好んで視聴している番組に、気になるものが」
「なんでしょうか」
「がんだむだぶるおー。とは、どういうものですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる高崎。
「もちろん、ガンダムという名は、わたくしも聞いたことがあります。しかし、未だチェックはしていませんでしたね」
「ガンダム00というのは、鷹野氏の妹である、『鷹野 百歌』氏が好んでいるのを、兄妹仲良く毎週かかさず見ているアニメのようですね」
「やはり、千歳様とお話をあわせるには、見たほうが良いでしょうね。高崎。手配できますでしょうか」
「それに関しては、既に」
高崎は懐に手を突っ込むと、ガンダム00ブルーレイディスク全巻をカナメに差し出した。
「まあ! 用意周到なことね。さすがですわ、高崎」
「いえ、これは……じつはというべきか、私の私物でして……」
「……?」
カナメは知らなかったが、高崎は隠れオタだった。
「と、とにかく、名作ですので、きっとカナメ様にも楽しんでいただけると思います。スクリーンに映しますので、しばしお待ちを」
そう言うと、すっと高崎は消えた。
「高崎がガンダムマニアだったなんて、わたくし微塵も存じ上げませんでしたわ……。あの強面には似あわぬたおやかなご趣味……。まあ、それは今は不問に処しましょう。とにかく、ガンダム00とやらを見なくては」


196:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:13:29 xwvUtjSz
ブレインデッドが中断し、画面が切り替わる。
銃声の飛び交う戦場。中東の内戦かなにかなのだろうか。巨大兵器に残酷にも蹂躙される少年兵たち。
その中に、一人の黒髪の少年が走っていた。―この世界に、神なんていない。
そう、繰り返しながら、なおも少年は戦いつづける。
やがて、訪れる死―そして、再生。
ガンダムによって死から救われ、そして、それでも戦うことを選んだ少年は。

「俺が……!」

「俺達が、ガンダムだ!!」

十二時間後。御神カナメは大粒の涙を流し、嗚咽をもらしていた。
「なんと……なんと、素晴らしい。遂に、世界の歪みを破壊したのですね……! 刹那さんはもう頑張ったわ……もう、戦わなくていいのですわ……!」
と、カナメは感動に浸っていた。
が、それだけではなかった。
突如変わる音楽。アレンジはされているが、絶対音感を持つカナメには、それが一体何を意味する音楽なのか、すぐにわかった。
「会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!」
乙女座の男。最後の敵だったはずの国連大使を倒してもなお、世界は歪んだままだった。
それは、主人公である少年と、ガンダムが新たに生み出した歪み。
愛が憎しみに変わる瞬間。
「ようやく理解した……この気持ち、まさしく愛だ!」
カナメは息を呑む。
この男の愛は、わたくしと同じだ!
愛するということは、戦うということ。強いものに憧れるということ。憧れは、やがて怒りを生み出す。
そして、戦いの末に得るものは……。
それを示さないまま、ガンダム00は終了した。
「これが、わたくしの愛……! そして、千歳様の愛……!」

結局の所、御神カナメはその凶悪なまでの理解力と記憶力によって、あらゆるものに急激に影響を受けるのだった。
それが、ホラー映画から、ガンダムに変わっただけだ。
故に、このような過程を語ることは意味をなさない。
これは、御神カナメの不定形な人格を語る上での、ひとつの例である。

 ♪ ♪ ♪


197:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:14:00 xwvUtjSz
「わたくしは御神カナメ……。あなたさまの存在に心奪われました」
「あんたはあの時の……。なんで、こんなことを」
「心奪われた、といいました」
「理由になってねえよ!」
「わたくしの行動理由を決めるのは、わたくしです……」
言いながら、カナメはすっと動いた。滑らかな動きで、即座に間合いを詰める。
「あなたではありません!!」
槍による打突。先ほどと同じ、凶悪なまでの速度。
(避けられない……ならば!)
千歳は一気に前にでる。
(腕を止める!)
槍を止めるのではなく、カナメの腕を直接蹴り上げ、槍の軌道を変えた。
槍は千歳の頬をかすり、血を噴出させる。
「ちーちゃん!」
イロリが叫んだ。今まであっけにとられていたが、いざ千歳が傷付くと、動揺して気を取り直したようだ。
が、冷静ではない。
イロリは無策でミス・キシドーこと、御神カナメにつっこんでいった。
「やめろ、イロリ!」
千歳は叫ぶが、間に合わない。イロリはカバンをカナメに向かって振り下ろそうとしていた。
「あら、雑魚はひっこんでいなさいな」
―相手に向かって武器を振り下ろすより、直線に武器を突き出したほうが、遥かに速い。
イロリの動作のスピードなどまるで無視して、後から動いたカナメの槍が、イロリの心臓に吸い込まれるように……。
「イロリ!」
すんでのところで、横から割り込んだナギがイロリを抱き抱えて避けていた。
「この馬鹿、考えなしに突っ込むな! あいつはお前なんかと比較にならんほど強い!」
ナギはイロリを叱責する。かなり怒っていた。
本気でイロリを心配したようだ。
「あの千歳が苦戦するんだぞ。お前は足手まといだ」
「う……でも……」
涙目になって反論しようとするイロリ。
「でもじゃない! お前の命が一番大切だ!」
「ぁ……ごめんなさい……」
イロリはしゅんとして下を向いた。
ナギは安心したように立ち上がり、千歳の隣に立つ。
「千歳、ここは私に任せて欲しい」
「なっ……。ナギ、わかってんだろ、あいつは……!」
「任せろ、と言った」
「……無理はすんな」
そうして、ナギは千歳の前に立ち、カナメと対峙した。


198:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:14:30 xwvUtjSz
「おい、変態仮面」
「それは、わたくしのことですの?」
「それ以外誰がいるというんだ」
「……無礼な口は不問にいたします。何の御用なのでしょうか?」
「なんの事はない。お前は私の友人……千歳と、イロリを傷つけた。その罪を償わなければ。私が言いたいのは、それだけだ」
「傷つけた……? 何を言っているのですか? これは、私と千歳様の愛。さっきの女性は、それを邪魔しようとした不届き者ではございませんか」
ナギの眉がつりあがる。赤い髪が燃えるように輝いていた。
そうとう怒っている。
「愛……愛……どいつもこいつも、愛! それが憎しみになって、人を傷つける……。それは、許されることではない。それは、罪だ。自ら正当化されるものでもない」
ナギは、怒っていた。
まるで、自分の罪と、カナメの罪を重ね合わせるように。
「だから私はお前を裁く。お前は私だ。私の罪を裁くのは、私しかできないことなのだから」
「何をいっているのか。さっぱりですわ。所詮、愚民は愚民ですこと。せめて義務教育終了レベルの脳みそをつけてからいらっしゃいな」
「ならば、お前にも分かるように、あえてはっきりと言ってやろう」
ナギは、小さな胸に目一杯空気を溜め込むと、耳を裂くような大声とともに一気に放出した。

「キシドーが陣羽織じゃだめだろ!!!」

「あ……」
カナメは、みるみるうちに顔を真っ赤にし、涙目になると、「覚えていらっしゃい!」と、どこかに走って逃げていった。
グダグダのうちに始業チャイムがなり、全員が教室へ戻っていった。

 ♪ ♪ ♪


199:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:15:01 xwvUtjSz
「とういわけで、転校生の御神カナメさんだ。まあ、今朝の出来事は水に流し、みんな仲良くするように」
「御神カナメと申します。皆様よろしくお願いいたしますわ。まずひとつ、皆様に主張したいことが」
「なんだ……」
教師があきれながら訊く。
「このクラスにいらっしゃる鷹野千歳様はわたくしのお婿さんですので、手をださないでいただきたいのですわ!」
クラス全員が疲れきったようにうなだれる。「またかよ……」と。
もはや、美少女転校生にたいする新鮮な驚きなど無かった。イロリに続いて、今度はこれか、と。
破天荒な美少女はもうたくさんだった。これなら、ガチムチ系の男が千歳のケツを狙いに来たとでも言ってくれたほうがまだましだ。
当然、カナメに近づこうとするものは、いない。
昼休み。
御神カナメは、苦悩していた。
(なぜ、皆様わたくしを避けるの……?)
周囲を見回しても、誰もが目を逸らす。
仲良しグループで集まって、黙々と弁当を食べている。ちらちらと、警戒するようにカナメを見るものもいる。
自らの美しさによって、当然ちやほやされることを想定していたカナメにとっては、全くの不意打ちだった。
(そんな……わたくしは、また……また、失って……)
カナメの目に涙が浮かぶ。
好きな人と、楽しい学園ライフを満喫できると思って、ここに転入したのだ。
それなのに、なぜ。
なぜ、それすら許してくれない。
そのとき。
突如、乱暴に机をくっつけてきて、前に座るものがいた。
「千歳様……!」
「よっ」
千歳はひらひらと手を挙げると、百歌の手作り弁当を広げて食べ始める。
「千歳様、どうして……?」
「別に、深い意味はないけどな。あと、さっきは言ってなかったけど、久しぶり、カナメさん。元気してた?」
「え、ええ。もちろんですわ。その節はお世話に……。でも、わたくしなんかに近づいて、いいのですか? 千歳様まで、あの視線に……」
「そうか? そうでもないと思うぜ」
「えっ……?」
はっとしてみると、カナメの後ろから、肩をぽんと叩く手があった。
「やあやあ、カナメちゃん。私もまぜてよー」
イロリが気さくに机をくっつけて、座った。弁当ではなく、購買の一番不人気メニューであるコッペパンだ。
なぜか美味しそうにふもふもと食べている。好物なのだろう。
「あなたは……」
「西又イロリ。ちーちゃんの未来の嫁!」
「よ、嫁……!? それはわたくしの……!」
「残念ながら二号さんになってもらうしかないね。キミには」
楽しそうに、イロリは笑った。


200:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:15:36 xwvUtjSz
「そ、そんな嬉しそうに……。しかし、わたくしは敵では……」
「そう? 敵なんて、いないよ。だって」
―ちーちゃんを好きな人に、悪い人はいないから。
イロリは、全く疑いもないような表情で、平然と言い放った。
少ししてから、照れてえへへと笑った。
その笑顔にとまどっている間に、また次の客が現れた。
「私も仲間に入れてもらおうか」
赤い髪の少女。ナギである。
「か、勘違いするな! 千歳とイロリがいなくなったら、今度は私がぼっちなんだ!」
ナギは訊いてもいないのに解説した。
「それに、お前の気持ちも、少しは分かるからな……」
遠い目をするナギ。その意味を考える暇もなく、来訪者のラッシュは続いた。
「あら、こういうのは、委員長の役目だと思ってたんですけど」
苦笑いをしながら、委員長こと、井上ミクが席についた。
「私は井上ミクと言います。どうとでも、気安く呼んでください」
そう言って笑いかける。邪心は微塵も感じられなかった。委員長として、クラスに馴染めないものを救済する。
ただ、そんなあたりまえの働きのために、いまここにいるようだ。
「ほら、もう友達ができただろ」
千歳が得意げに言った。
「このクラスは、いいひとばっかりだよ。カナメちゃんが話し掛けたら、みんな優しくしてくれるよ」
イロリが続く。
「強敵と書いてともと読む。これは常識だ。イロリとも、戦わない道を探すんだな」
ナギ。
「とまあ、そういうことらしいので。まあ……歓迎ってことでひとつ」
ミクがまとめる。
「皆様……!」
歓喜。
こみ上げてくる感情に、カナメは涙をこらえることができなかった。
今まで聞き耳を立てていただけだったクラスの者たちも、今では息を呑んでカナメを見守っている。
「皆様、わたくしは、学校に通ったことが無くて……。それで、どう振る舞えばいいのか、わからなくて……。それで……こんなことを……」
カナメは、顔を上げて、涙を拭き、赤くなった頬と振るえる声を、なんとかしてこらえながら、言った。
「学校って、暖かいのですね……」
その瞬間、不可解なことが起こった。
「っ!」
カナメが、糸が切れた人形のようにふっと倒れたのだ。
「お、おい!」
千歳が手を差し伸べる。が、そのときにはすでに意識を取り戻したようで、カナメはさっさと立ち上がっていた。
「どうした……?」
千歳が心配そうに聞くが、カナメは答えず、きょろきょろと周囲を見るだけだ。
と、少しして、千歳を含むクラスの者たちが、気付いた。
―違う。
エメラルドグリーンだったカナメの瞳が、金色に変色している。
「あたし……」
カナメが口を開いた。
「あたし、戻ってる……」

 ♪ ♪ ♪


201:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:16:06 xwvUtjSz
教室の最前、普段は教師の立っている場所に立つカナメ。その様子は、さっきまでの高飛車で不安定な性格と、まるで違う。
普通の、一般的な少女のそれのように見えた。
「改めて自己紹介します。あたしは、『宮崎 カナ』といいます」
教室中がざわつく。それはそうだ。御神カナメが、急に宮崎カナになったのだ。意味がわからない。
「信じられないかもしれませんが、あたしの中には、『御神 カナメ』と、『宮崎 カナ』の二人が存在しています」
「どういうことだ。簡潔に説明しろ」
ナギが急かした。すかさず千歳がナギの頬をつねり、言い直す。
「ゆっくりでもいい。わかりやすく、説明してくれないか? 言いたくない部分は伏せてもいい」
「ありがとうございます。千歳さん。……あたしは、もともとは普通の家の生まれで、御神グループの後継ぎでもなんでもなく、ただただ、平和な家庭で暮らしていました……」

 ♪ ♪ ♪


202:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:16:37 xwvUtjSz
あたしは、裕福ではないにしろ、皆さんと同じく普通の、幸せな暮らしをしていたと思います。本当に、なにもない日常があって、退屈なくらいで。皆さんと同じ、運命的な出会いや、発見や、事件との遭遇を夢見ていたりもしました。
あたしのなかにあった憧れは、だれにでもあるもので、でも、その蓄積はほんの少しのきっかけで崩壊してしまう、危ういものでした。
ある日、あたしがまだ小さかったとき。
「今日はお兄ちゃんととテニスするんだ。はやく帰ろー!」
いつもと同じ。退屈な日常の中で、唯一の楽しみであった、双子の兄との……お兄ちゃんとのテニスのため、あたしははずむように帰宅しました。
「ん、なんだろ、あれ」
家の前に、黒い車が―ものすごい高級車が止まっていたのです。怪しいとは思いましたが、その頃のあたしはやはり子供で、家の中で大切な話をしているのだろうと気を利かせることもしませんでした。
あたしの家なのだから遠慮はないと、ずかずかと家に乗り込むと、黒服の男とお父さん、お母さんが言い争っていました。
「ですから、このようにDNA鑑定の結果も……」
「なにがあろうが、あの子たちは私たちの子です。仮に遺伝子上御神家の子だとしても、あの子達を育てたのは私たちです」
「しかし……!」
「しかしもなにもありません! 断固として、あの子たちは渡しません!」
お父さんは、凄く怒っていました。事情のわからないあたしは黒服の男の人が可愛そうになって、ついその場に入っていきました。
「おとーさん、いじめちゃだめだよ……?」
「カナ……! きちゃだめだ! 部屋にいなさい!」
お父さんがあたしをどなったのは、すごく珍しいことでした。いつも優しいお父さんが豹変するのを見て、あたしは生理的な恐怖を覚えてしまいました。
「いやいや、感心しませんな。娘を怒鳴りつけるなど。良い親のすることではない」
だれかが、いつのまにかあたしの後ろに立っていて、あたしのあたまを撫でていました。
見上げると、それは初老の男性でした。柔和な顔つきで、何もかも見通しているような深いエメラルドグリーンの瞳が特徴でした。
「当主様!」
黒服の男は、その男性に驚き、即座にひれ伏しました。
幼いあたしでも理解できました。この男性は、只者ではないと。
「カナメちゃん」
男性は、優しくあたしに話し掛けました。
「あたしは、カナだよ。カナメちゃんじゃないよ」
そう返すと、男性は優しく笑って、言いました。
「いや、君は『御神 カナメ』。正真正銘の、わしの孫じゃよ」
「え……」
「カナ、聞くな! それはでたらめだ!」
「でたらめかそうでないかを決めるのは。わしについてくるかどうか決めるのは、この子が決めることですぞ」
「くっ……」
あたしは、困惑していまました。
意味がわからない。
「孫って、どういうこと?」
「カナメちゃんは、わしの家の子だったが、赤ん坊のとき、ある手違いで行方不明になってしまったのじゃよ。それを拾って育ててくれた親切なご夫婦が、宮崎夫妻、君の『お父さん』と『お母さん』なのじゃ」
「それって……つまり……」
「そう、君はこの家の本当の子ではない」
「え……まってよ……そんな……いきなり……」
「君は、この私、『御神 皇凱(オウガイ)』の孫、『御神 カナメ』なのじゃ。これは、まぎれもない事実。偽りの家族に育てられた君に与えられた、唯一の『真実』なのじゃ」
「真実……?」
御神オウガイは、あたしの目を、エメラルドグリーンの瞳で覗き込みました。


203:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:17:08 xwvUtjSz
「そう、真実じゃ。真実を知る人間は、一握りしかいない。それは『クオリア』とも呼ばれているが―名前なぞ、どうでもよい。重要なのは、自分自身がどのような世界で生きようとするのか。それだけじゃよ」
「あたしが、どの世界でいきるか。それを、あたしが……あたしが、きめるの?」
「そう。君を取り巻く世界は、変わる。それが良い方向であれ、悪い方向であれ、真実に近い形に、のう。君は、おそらくこの家で何一つ不自由なく育てられたのじゃろう。しかし、それはどれだけ居心地が良かろうが、夢に過ぎんのだ。ただの、夢に」
「夢……おとうさんも、おかあさんも、夢?」
オウガイに徐々に言いくるめられていくあたしに、お父さんは何か叫んでいたと思います。
しかし、当時のあたしは。子供でした。うそが嫌いで、綺麗な姿でいたいと思う、ひたすら若い、子供でした。
だから、そんな言葉は、届かない。
「もうひとつ付け加えて言うなら、わしら御神家に来たなら、君の努力次第で、世界を動かせるようになるかもしれん。それだけの潜在能力は持っているつもりじゃ。君は、『王の器』を持っているのだから」
「おうさま……?」
「そう。真実を手に入れるのは、断った一握りの人間じゃ。それが、王と呼ばれる。君には、その資格がある」
「でも、でも……あたしは、ただの……」
「……なら、ひとつだけ、この場で真実を見せてあげようか」
オウガイは微笑み、あたしの頭をまた優しく撫でました。
「例のものを」
オウガイが指示すると、黒服が車に戻って、なにかの書類を持ってきました。
「これはのう、君のお父さんのお仕事についての情報じゃ」
「そ、それは……!」
「あなたがどういおうが、それが真実ですぞ。この子には、それを知る権利がある」
オウガイは、あたしに紙を渡しました。
「うーん、むずかしいよ……わかんない」
「つまり、君のお父さんの会社は、うまくいっていないんじゃ。多額の負債を抱え込み、今にも潰れてしまいそうなほどに」
「それって、つまり……」
「心配はいらない。君が戻ってきてくれれば、これまでの謝礼として、わしが資金援助をしよう。それで、皆が幸せになれる。どうかな、お気に召さないかな?」
「……あたし」
「ん?」
「あたし、いくよ。帰る。御神家に、かえる」
お父さんが、全身から力が抜けたように倒れました。
お母さんも、立ち尽くすだけ。


204:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:17:45 xwvUtjSz
「ほんとうのことは、変わらないよ。だから、変えなきゃ。……あたしは、ほんとうのことがみたいの」
―だから、サヨナラ、お父さん、お母さん。
「交渉成立、じゃな」
オウガイはそう言って、あたしの手を引いて車に乗りました。
「君はこれから御神カナメという、真実の名前に戻る。宮崎カナは、君の『夢』に過ぎない。わかるかな?」
「はい……」
そうして、車が出ようとしていたとき。
「まって! まってよ!」
「お兄ちゃん……?」
息を切らしながら、学校帰りのお兄ちゃんが追いすがってきて、黒服はエンジンを止めました。
「カナ、なんで、そんなやつらに……!」
「お兄ちゃん、このひとたちが、あたしたちのほんとうの家族なのよ」
「そうじゃ。君も、御神家の一員に戻る権利がある。どうじゃ、戻ってくるかの?」
「ぼくは……!」
お兄ちゃんの目には、強い意志が宿っていました。
「ぼくは、あの家で育った。それだって、りっぱな真実だよ!! ぼくがお父さんとお母さん、カナを大好きなのも、嘘じゃない。全部、ぼくの中で本物の記憶として生きてる!」
「それでも、それは夢だよ。いくら居心地が良くても、お父さんとお母さんに、あたしたちは騙されてた。あたしは、知りたいの。ほんとうのこと」
「ぼくが、ずっと側にいるよ! カナがお父さんとお母さんがキライになったって言うなら、ぼくを信じればいい! そうすれば、いつかぼくの言っていることが分かるようになる! だってぼくは、カナのお兄ちゃんなんだ!」
「……あたしは、お兄ちゃんのこと、大好きだよ。でも、一緒にいるなら、御神家でもできる。お兄ちゃんがこないなら、それはできないよ」
「カナ……ぼくより、いままであったこともないような、御神ってひとのほうがすきなのかい……?」
「お兄ちゃん、真実とは、人間感情より優先されるべき『絶対価値』なの。だから、あたしは、それを手に入れたい。生きていることに、自信を持ちたい」
「生きていることに確信が持てなくなったの? 宮崎カナって名前が、嫌になった? ……でも、カナはそれでも、笑っていたじゃないか。おかしいよ。知った途端、それがキライになるなんて……。好きって感情はさ……愛情ってさ、そんなんじゃ、ないだろう!?」
「お兄ちゃんは、なにもかも信じすぎるんだ。だから、遠くのものが見えてない」
「隣の人と手を繋いでいたい! そんな願いの、どこがいけない! ぼくはまだ、カナを抱きしめることもできる! 帰ってきなよ、カナ! まだ、引き返せる。カナは、宮崎カナ。ぼくの、大切な妹なんだ!!」
「……もう、わかった」
「交渉決裂、じゃな」
オウガイは、黒服に指示して、車を走らせました。
お兄ちゃんはそれでも追いすがって、後ろから叫んでいました。
「いつか……ぼくが御神家なんかより強くなって……! カナを迎えに行くよ! だから、忘れないで! ぼくのこと、忘れないで……!!」

 ♪ ♪ ♪


205:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:18:16 xwvUtjSz
「それからでした。あたしの人格が不安定になってきたのは。記憶もあやふやになって、おそらく、御神カナメとしての記憶を自分で作り出したんだと思います」
「なぜ……そこまでして……」
苦々しげな顔で、千歳が訊いた。
「真実が、あたしと御神カナメ、そのどちらにも、大きな価値があったからです。あたしがこうして今まで封印されていた理由も、それです」
カナは、目を伏せながらも、告白を続ける。
「御神家の後継ぎとしてあらゆる学問を強要されたあたしは、その環境を地獄のように感じました。それでも、あたしは、帰ろうとは思いませんでした。真実に到達するために、決して諦めませんでした。しかし……あたしの能力は、御神家当主には足りなかった」
「だから、現実を『変えた』ということか」
ナギは、心得たかのように言った。
「そうです。あたしは、ストレスで一度完全に人格を崩壊させ、そして目覚めたときには、『御神 カナメ』となっていました。御神カナメの能力は人間の脳の持つ潜在能力を限界まで引き出したもの。つまり、『王の器』に相応しいほどの超人でした」
「それは、お前自身の願いが作り出した力だと思って差し支えないんだな」
ナギには、もう大体のシナリオが分かっていたようだった。
が、ナギ以外はまだ全く理解していない。
御神カナメ……いや、宮崎カナという人間が御神カナメと言う『別人』に変わったというのは分かったが、そのプロセスも、そして、御神カナメが今、なぜここにいるのか、宮崎カナが、なぜこのタイミングで現れたのか。
何一つ、分からない。
「おそらく、助けをもとめていたんだと思います。全てを凌駕した先にあるクオリアの存在に、御神カナメは一度触れたことがあるのではないでしょうか。だから、自分の能力に恐怖を抱いた。そして、その恐怖から救い出してくれる存在に気付いた」
「つまり、御神カナメが千歳に執着した理由は、千歳が自分を凌駕する存在なのではないかという考えに思い至ったから。と、そういうことか」
ナギの言葉で、皆の中でまだ少しずつ、ばらばらだったパズルのピースが繋がり始めていた。
おおまかなシナリオはこうだ。
宮崎カナという少女は、御神家の過酷な環境に適応するため、御神カナメという人格を作り出した。
もともと『真実志向』だったカナに加え、さらに極端なスペックを与えられたカナメの精神は、暴走の末にある種の『クオリア(世界の真理)』に触れた。
真理とは、現実に生きる人間にとっては、あまりに無情であり、存在の全てを否定されるような情報であり、それに触れたカナメも、何らかの恐怖を抱いた。
そんな、世界の全てに存在しているような、強大すぎる恐怖の塊に怯えていたカナメは、あるとき、強い力を持ったヒーローの存在に気付いた。
鷹野千歳は、カナメの力を凌駕し、カナメを救い出してくれる存在なのではないか。
カナの推論は、こうなっている。
教室中がざわめく。
いきなり来た転校生が異常な暴走をしたあげく、今度は突拍子もない電波話。信じられるものも信じられない。
眉唾だ。


206:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:19:05 xwvUtjSz
「信じられないのは、しかたがないことだと思います。でも、あたしは、御神カナメの心を救って欲しいんです。同じあたしだから、もう傷付くのを心の中から見つめているだけなんて、嫌なんです……」
半信半疑で、周囲を見るだけのクラスメイトたち。
(ああ……やっぱり、だめなんだ)
カナは、希望を失ったように、床を見下ろす。
(一回裏切った夢のなかに、また迎え入れてもらおうなんて、むしのいい話なのよ……。みんなは、あたしじゃない。真実なんて、いらない。だって、しあわせだもの)
幾度となく、カナとカナメは外の世界に助けを求めた。だが、それは虚しくからぶるだけだった。
今度も、同じなんだ。
希望が無い。それが、カナメのみつけた真理なのだから。
「俺は、信じるぜ」
「えっ……」
顔を上げると、目の前にたっていたのは千歳だった。
「俺は、あんたを信じる。宮崎カナの存在も、御神カナメの存在も、嘘じゃない。だって、俺はこの目で見て……」
千歳は、荒々しい動きではあるが、優しい手つきでカナの手を握る。
「こうやって、触れてるだろ。だから、あんたは確かに俺のクラスメイトだな」
「あっ……」
その、包み込むような優しさに、カナは涙をこらえられなかった。
「ああ……ありがとう、千歳さん……。あたし……あたし……」
「あんたは、その涙を止める努力を十分したよ。友達に、助けを求めたんだからな。だから、俺はそれに応えようと思う」
「とも、だち……? こんなあたしを、ともだちって、思ってくれるんですか……?」
「あたりまえだ。だってここは、学校だからな。いろんなやつがいて、馬鹿も天才もいるかもしれないが、わかってんのは、みんな同じじゃない。
違う心を持った、一人の人間だってことだ。その中で、一緒に学んでいくんだよ。生き方ってやつをな。そうやって、俺達は強くなっていくんだ」
「さんせーい!!」
声を張り上げたのは、イロリだった。
「ここにカナちゃんとカナメちゃんが転校してきたのも、なにかの縁だよ。だから、私は全力でアタックする。カナメちゃんたちにだって、未来を掴み取れるように」
「お人よしどもが……」
腕を組みながら口を開いたのは、ナギだった。
「まあ、暇つぶしには悪くない。人の心を救うだなんて、一口に言えるほど軽い話じゃないが。本人が望んだことだ。私たちが、頑張ってみる価値はあるだろう」
クラス全体が、ざわつき始める。
そしてそのざわめきは、徐々に負の方向から正の方向に変わっていく。


207:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:19:37 xwvUtjSz
「やっぱ、俺も、しんじようかなぁ……」
「嘘を言っているようには見えないしね」
「千歳君が言ってるんだから、間違いないわ!」
「ナギちゃんが言ってるんだから間違いない!」
「イロリちゃんが(以下略」
「うおおおおお!!! 俺はカナメちゃん親衛隊になるぜー!」
「ちょ、俺が先だ!」
「俺だっての!」
「じゃあ、俺が」
「どうぞどうぞどうぞ」
急に騒々しくなった教室のなかで、ぽかんと立ち尽くすカナ。
「まあ、あいつらもあんたのことが分からなかっただけで。いいやつらなんだ。頼ってやってくれ。あんたも、あんたの中のカナメさんもな」
「はい……ありがとうございます。みなさん、ありがとうございます!」
カナが声を張り上げると、教室はしんと静まり返った。皆、カナの言葉に注目している。
「たぶん、あたしが表に出ている時間はもう、終わりです。もう少しで、御神カナメに戻ると思います。だから皆さん。少しの間でしたが、お世話になりました。カナメにも、やさしくしてやってください。あの子は、ちょっと高飛車だけど、本当は優しい子なんです」
「ああ」
千歳が頼もしい返事を送ると、カナは安心したようににっこりと笑い、ふっと倒れた。
そのとき。
どどどどどどどどどどどどどど。
「そういや、誰か忘れてなかったか……?」
ナギが、急に呟く。
「待てよ……この年代で、宮崎という苗字は、聞いたことがあるぞ……」
どどどどどどどどどどどどどど。
廊下に響く、足音。徐々に近づいてきている。
「まさか……!」

「ぎりぎりせーーーーーーーーーーーーーーふ!!!!!」

「―彦馬!!!」
昼休みも終わりごろになって飛び込んできた彦馬。
だが、「せーふじゃない」というツッコミの前に、皆の頭にはある疑念が浮かんでいた。
そんな中、グッドタイミングで宮崎カナ―いや、エメラルドグリーンの瞳に戻った、御神カナメが立ち上がり、彦馬を一瞥し、言い放った。
「あら、ヘタレお兄様。久方ぶりね」
「カ……カナ……! どうして……!」
―宮崎彦馬。
彼もまた、『クオリア』の生み出す絶対運命に導かれる一人だった。

208:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:20:14 xwvUtjSz
終了です。

209:名無しさん@ピンキー
09/01/22 19:32:49 Tc8pk1B6
>>208
お疲れ様っス

wktkが止まらない

210:名無しさん@ピンキー
09/01/22 23:16:42 fRhEGNtz
>>208
ワイヤードキター!
GJ!!お疲れ様です

211:名無しさん@ピンキー
09/01/22 23:40:14 JUxitZvw
GJ
こりゃ893の娘さんの登場も近いかな

212:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:43:54 oBVbH7lN
徹夜ついでに投下します。
誰も見ていない時間を狙うのが俺クオリティ。

>>191さんとはいい酒が呑めそうです

213:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:44:55 oBVbH7lN
12月31日。年が暮れる寸前に、くるみは退院した。

右目以外には打撲や擦り傷程度の怪我しかなく、後遺症や重度の欠陥は見受けられなかった。

俺が病院に駆けつけたあの日、病室に戻った時に見たくるみは、顔を真っ赤にしており熱があった。
慌てた俺は、くるみを担いであの初老の医者のもとへ行き、検査をしてもらった結果、傷口から感染するたぐいのウィルスなどではなく、暖房にあてられたんでしょう、と医者は笑った。


後日、病院に行くと、職員らに『王子様』と呼ばれるようになってしまった。明らかにあの医者が一枚かんでいる。取り乱していたとはいえ、人生で一度するかしないかの失態だ。

心配してくれてありがとう、と慰めてくれたくるみは、まだ顔が赤かった。しかし、鏡に映る俺はもっと赤かった。


父さんと母さんは、ようやく、今ごろになって休みが取れた。ちょくちょくフルーツの盛り合わせやら服やらを送ってくれていたが、だからって許されない。
俺が角を立てて怒ろうとしたところ、くるみが気にしなくていい、と言ってくれたのでくるみのお願いを一つ聞かせることで勘弁してやった。

肝心のお願いだがもう決まっているようで、訊くと、まだ秘密だよ、と笑っていた。

214:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:45:22 oBVbH7lN
くるみが笑ってくれるのは、本当に嬉しい。

医者が言うには俺が来る前、くるみは大声を上げて発狂したそうだ。

無理もない。くるみ本人が言うには、事故の瞬間を今でも鮮明に覚えているらしく、退院の少し前までもフラッシュバックすることがあった。
最近は少ないようだが、一生もんの傷になりかねない。右目と同じくらい、俺は心配していた。

しかし、くるみは笑えている。傷を乗り越え、右目の不便さも克服し、今を生きている。俺にとって、これほど嬉しいことはない。

そう、嬉しいんだ。絶対に。

215:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:46:02 oBVbH7lN
「キミ」

あの後に移った相部屋の人や、病院の職員の人にお礼を言いに回っていた俺は、ロビーで例の医者に呼び止められた。

「この度は、ありがとうございました」

俺が深深と頭をさげると、いいからいいから、と笑った。

「いやぁ、王子とお姫様がいなくなると寂しくなるねぇ」

「勘弁してください」やっぱり広めたのはアンタか。

「ご家族は?」

「お姫様を車に誘導してます」

「うん、だったら丁度いい」座って、と言って順番待ち用のソファーを手で指した。

俺が座ると、医者も隣に座る。「あのこと、彼女に言えたかな?」





何かが、俺の胸にチクリと刺さる。

「言えてないっス」ため息。

「そうか・・・なら、もう言わないでくれ」

「え?」

「いいかい。君自身は意識していないかもしれないが、彼女はキミに依存しきっている。非常に不安定だ」

医者は短く息をついた。

「今、その事実を伝えれば、どうなるかわからないんだよ」

異常とまではいかないが、くるみが俺に依存し始めているのは気付いていた。

216:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:46:51 oBVbH7lN
明け方には必ず電話があった。今日は来てくれるのか、何時に来てくれるのか。

訊かれるまでもなく、俺は毎日お見舞いに行った。冬休みで、地元ではないということから、俺には見舞いしかすることがなかったのも事実だ。前日にくるみが欲しい物を聞いて、それを買って病院へ。
面会の開始から終わりまで、くるみの傍らで過ごすと言うのが日常と化していた。お陰で、この小さな病院で俺はちょっとした有名人だ。若干、不愉快でもある。

変化といえば病院に行く時間、帰る時間ぐらいなもので、それもくるみによって左右された。病院で有名人、というのはこういうときには便利で、早くに行くとこっそりと裏口から入れてくれたり、一晩泊まらせてくれたこともあった。
その場合、相部屋の人には迷惑がかかるので話したりはしなかったが。
多くの大人に助けられるたび、つくづく自分がガキだと認識し、同時に、ガキのままではもういられないのだと意識した。

ただ、意識するならガキでもできる。それをこの身で証明してしまった。


「それって、俺が言うタイミング逃したから?」

「まさか。ほんの8割くらいしかキミに責任はないよ」

「大半・・・」

「いや、冗談冗談」

どこまで本気かは分からないが、俺に責任があるのは確かだ。「俺は、どうすればいいんですか?」

「今は、彼女の傍にいてやりなさい。一番近くに、だ」

キミに出来ることは、キミにしか出来ないことなんだよ。

その一言で、踏ん切りがつく。

「うっス」俺は大きく頷く。

「よし、頑張れ王子様っ」

あの日のように、強く背中を叩かれた。

「ああ、そうだ。右足、大丈夫かい?」

「え?」耳を疑った。

昔、ちょっとした事故に遭い、俺の右足にはその後遺症がある。とはいえ、本人にしか分からない程度で、その本人ですら時折忘れてしまうような怪我だ。

それを見抜くとは、やはり年の功というヤツか。俺は、問題ありません、とだけ言った。

「治療ならいつでも請け負うぞ、格安で」

「結局は金ですか」

亀の甲ではなく、金の功ということか。

217:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:47:35 oBVbH7lN
入り口から、俺を呼ぶ声がする。立ち上がり、歩き出す前にもう一度振り返る。

「俺はただのヘタレっスよ」多分、今の俺はすごく頼りない笑顔をしている。

「ヘタレで結構、未熟で結構」

彼は一段と大きく笑った。俺はその姿に、もう一度深く頭を下げ、くるみのもとへ歩く。

「少年よ、野望を抱け。がっはっは」

笑い声に背を叩かれた気がした。野望じゃねぇって。


叔父さんと叔母さんはいずれも公務員だった。

休みが安定しているのが公務員の良い点で、二人は旅行を趣味とした。くるみと三人で各地を旅し、その度に絵葉書やキーホルダーなどが贈られてきたものだ。

車内でそんな思い出話をしている時、ぼんやりと、もうもらえないんだなぁ、と呟いた。直後、助手席からCDケースが飛んできた。避ける暇などない。

「っっ!!なぁにすんだよっ」面だったからよかったものの、角だったらシャレにならなかった。

「うっっさい、バカタレッ」

黒崎家の遺伝なのか、母も亜麻色の髪をしている。歳のせいか、くるみのような可愛さはないものの、昔はなかなかだったらしい。細く逆三角形の顔と鋭い目つきを見るに、たぶん昔とはまだ狐だった頃の話なのだろう。

助手席の母は、これぞ、というほどの鬼の形相を披露していた。血の気がひき、冷静になったことで自分の失態を理解した。

「う・・・あぁ、わ、悪い、くるみ」

しどろもどろになって謝り、くるみを見る。
包帯が取れたため、白い肌がよく見える。体格と同じく顔も小さめで、ブラウンの瞳と肩下までの栗毛が可愛らしい。ただ、右目には大きめのアイパッチがある。

「いいんだよ」変わらない笑顔のまま、彼女は言う。「一緒に行こうよ、旅行」

変わらない、昔のままのくるみだ。

他人の罪を許し、慰める。それをいとも簡単にできる人間はそう多くない。ましてや、無意識では尚更だ。

だからこそ、俺は昔から目が離せなかった。人を気遣い、自分より高い位置に置く。いわゆる自己犠牲。俺はそんなくるみがずっと心配だった。ついでに言えば、理由は違うが姉のことも心配していた。

218:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:48:14 oBVbH7lN
姉。

「そういや、姉ちゃんは来てないの?」

「ん?ああ・・・来なさいって言ったんだけどねぇ」

「薄情だなぁ」親戚の一家の大問題だというに。

「仕方ないよ。お姉ちゃんも忙しいんだよ」

くるみが笑う。嬉しいことだ。喜ばしいことだ。

━なのに、俺の胸からは不安が拭いきれない。むしろ、くるみが笑顔を浮かべるたびに、不安は身を揺らし、その存在を示す。

くるみは元気すぎる。

たかだか15歳で、あの惨事を目にし、右目の視力を失った。俺なら、立ち直れない。

あの医者の言うように、俺が傍にいることの効能ならば、何も文句はない。ただ、俺には、くるみが心配させまいと強気に振舞っているのではないか、と感じてしまうのだ。

「・・・お父さん、どうしたの?」ふと、母が呟いた。

母が狐なら父は狸、と言いたい所だが、父はゴリラだ。マウンテンゴリラ。

大きな腹はメタボかと思いきや、服を捲るとそこには目を疑うほどの筋肉が広がっている。顔も厳つく、街を歩けば10人に1人が泣く。
そんな父は車を運転しながら小刻みに震えている。

「・・・くるみちゃん・・・・・」

「は?なに?」

父はボソリと話し、母は常に怒鳴り気味。これが普通の光景だと言うのが、自分でも変だと思う。

「・・・くるみちゃん、抱きしめてぇなぁ」

「バカタレっ」小声とはいえ犯罪スレスレの言葉に、母は容赦ない鉄拳で対応した。

くるみはと言えば、このどこか狂った普通を見て、苦笑いを浮かべていた。

219:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:48:44 oBVbH7lN
黒崎家は、大きいか小さいかといえば、大きい。

安定を約束された収入ゆえ、黒崎夫婦は若くしてマイホームを買うことが出来たのである。それも駅に近く、割と栄えた場所にありながら、大きな庭まである。

ここまで考えて、我が家とは真逆だということを知った。

安定した収入に、確実に取れる休日、定時で帰るため、家にはいつも明かりが灯る。

対して、我が家はと言うと、最近は若干の余裕が出てきたとはいえ、相変わらずの経済危機。休日は不安定で、いつ休めるかなど予想もつかず、ギリギリまで残業をして帰ってくるため家はいつも冷たい。

あれ、俺って少しだけ可哀相だ。


「あれ、なんだろう」くるみが呟く。

黒崎家の前には、大きな人だかりが出来ていた。半分くらいは予想通りだが、もう半分は予想外だ。ある種、予想はしていたが。

「あぁ、来ました、帰って来ました」

「あの事故から奇跡の生還を果たした少女が、今」

「黒崎さん、今出てきちゃダメだからね」

「こっち、こっちに視線ください」

車はあっという間に囲まれ、車庫を目前にして動けなくなった。

あの事故を、テレビは連日、過剰な演出を加えて放送した。新聞やインターネット、あらゆる媒体を利用するのが今の手法で、なにかに限らず、メディアでくるみのことを見ないことは、ここ最近はない。

病院にも多くの報道陣が詰め掛けたが、姫を護るナイトを自称するだけあって、看護士と医者が築いた壁は強固なものだった。
それでも、どこから漏れるのか、退院の予定日や治療の進行度、挙句の果てには窓から外を覗く写真を撮られた事もあった。
今は窓にスモークがかかっているから大丈夫だろう。

220:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 03:56:56 yrKSeYDd
調子に乗って連投規制

本当に申し訳ないです

221:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:03:32 oBVbH7lN
「お兄ちゃん・・・」ジャケットの袖が、ギュッと握られる。

メディアの猛攻の結果、くるみは軽い対人恐怖症となってしまった。知らない人に対してビクついてしまう。

「大丈夫」

くるみの頭を撫でた。


心の準備をしていると母が振り返り、お見舞いの品の中からりんごを取り出した。「持ってく?」

アホか、と一蹴してから深呼吸をすると、一気に車外へ飛び出た。もちろん、中を撮らせる暇は与えず、すぐに閉める。

一瞬、空気がどよめく。

自分では普通のつもりだが、人様から見れば、俺の目つきはよろしいものではないらしい。利用できるものは利用するのが俺の主義だ。

「テメェら、いい加減にしろよ」より目つきを鋭くする。難しい。

一度、マスコミに向かって本気で怒鳴ってしまったことがあった。俺自身がしつこくインタビューされるのはなんとか流せるが、くるみの心に傷を増やしたことが許せなかった。
結果、マスコミは退散し、ほんの少し、本当に少しだけ自重するようになった。翌日の朝のワイドショーでは俺が容赦なく虐められたが。

「そろそろ俺も我慢の限界なんだよ」頑張って声にドスを利かせる。一生懸命です。

だが、効果はなかった。

「あぁっと、少年です、あの少年が出てきました」

「地元では不良グループの頭を飾る、通称“大将”と呼ばれる少年が、今」

「おい、早くもう一台カメラ回せって」

今では俺も興味の対象の一つで、まったくの逆効果だった。やべっ、涙出てきた。


後ろで、ドアの開く音がした。マナーのなってない大人が開けたのかと思い、慌てて振り向くが、どうやら開いたのは運転席のようだ。

ゴリラが今、大地に立った。

一瞬で、空気が入れ替わった。

父が右手を高く掲げると、報道陣が一歩退く。何故か俺も下がってしまった。

手には先ほど母が差し出した、真っ赤なりんごが握られている。

「ぬぅあっ」瞬間、りんごが形を失った。

果汁が辺りに飛び散り、果実が父の肩に落ちた。

「いや、ちょっと待て、ちょっと待てって」どん引きする周囲をよそに、俺はただ、うわ言のように繰り返していた。

222:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:04:32 oBVbH7lN
「では、くるみちゃんの退院を祝って」

「乾杯っ」

小気味のいい音の後、皆が一斉にグラスを傾ける。黒崎家の庭を舞台に、立食パーティーが始まった。

父の知り合いが手配した葬式に来た人は、存外少なかった。だからこそ、俺はくるみの退院祝いの話を持ちかけることが出来た。
ただ、葬式のときに話したせいなのか、何故か坊さんまでもが出席している。よく見れば、あの黒服もいる。


葬式には出席していなかったくるみの友人にも呼びかけたところ、こちらは嬉しい誤算、多くの人が来てくれた。

だというのに。

「黒崎さん、大丈夫?」

「・・・ん」

「皆心配してたよ」

「・・・ありがとぅ」

くるみは家に着いてからずっと俺の後ろに隠れ、尻すぼみの返事ばかりしている。友達も心配はしているが、俺のことをあからさまに警戒して近づこうとしない。
マスメディアをそんなに信じちゃいけません。

ちなみに、玄関先で荒業を披露した父は、多くの人に囲まれ、賞賛を受けていた。なんだ、この差は。

りんごのネタバレをすれば、あれは母があらかじめ芯をくり貫いていたものだと、後で分かった。あの短時間で作業をした母こそ賞賛に値する。

その母はというと、隣で父を睨み続けている。

なんだか父の顔色が悪い。足元に目をやれば、母は地面に埋まるほど、父の足を踏みつけていた。あの歳で嫉妬とかどんだけー。


肩越しにくるみを見ると、俯きながら、左手は俺の腰辺りで服を摘み、右手はアイパッチを擦っている。

「恐いか?」

「えっと・・・」

「部屋に戻ってもいいんだぞ?」主役がいないのは寂しいが、それは優先度が違う。

「やだっ」思いのほか強い返事に驚く。「大丈夫、だいじょーぶだから」

すーはーすーはー、と可愛らしく深呼吸をすると、俺の右側に踏み出した。相変わらず、左手は俺の背にある。

パーティーが止まる。友達はかける言葉を探し、大人は遠目にこちらを見ている。赤い顔を俯かせ、小刻みに震えるくるみに、俺も固まった。

223:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:05:19 oBVbH7lN
沈黙を破ったのは父だ。

「この通り、この子は元気です」くるみの頭に手を乗せ、笑う。

それを皮切りにして、同級生の女の子が泣きながらくるみのもとへ走り寄る。よかった、よかったね、と。それを見ていた大人達は優しく微笑み、パーティーはまた動き出した。

俺は、また何も出来なかった。

頭に何かがズシリと乗る。父の腕だ。

「今のは、お前の仕事だな」

歯を剥き出しにして笑う父は、幼い頃に見たように大きく見えた。


あのぉ、という甘ったるい声が聞こえた。

くるみはすっかり主役として溶け込んだが、相変わらず俺から離れようとしない。
俺が空気を呼んで離れようとすれば、上目遣いでジッと見つめてくる。俺の服は今日だけでだいぶ伸びた気がする。

今はトイレに来たくるみを、こうして廊下で待っている。そこに、声がした。

見ると先ほど泣いていた女の子で、まだ目を真っ赤に染めている。

「トイレは今くるみが使ってるよ。洗面台はあっち」

「顔なんか洗ったらお化粧が落ちちゃいますよ」15歳で化粧、その事実を受け止めるのに少し時間がかかった。「そうじゃなくて、えっと、大将さん」

「大将じゃなくて・・・まぁいいや」

「最近、くるみちゃんとメールするとよくあなたの話しが出るんですよ。今日はお兄ちゃんが何を買ってきたとか、こんなことを話したとか。っていうか、大将さんの話しか出ません」

「そう」照れ隠しで、短く返事をする。

「それで・・・お二人は恋仲だったり」ドアが弾ける音がして、言葉が途切れた。

ドアを壁に叩きつけ、顔を真っ赤に染めたくるみが立っていた「ヨッちゃんッッ!!!」

「ごめんっ」ヨッちゃんと呼ばれた少女は脱兎のごとく逃げだす。

「気にしないでね?気にしなくていいからね?」

手をばたつかせながら必死に弁明するくるみは可愛かった。

224:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:05:58 oBVbH7lN
パーティーの片付けも終わった頃、くるみが急に切り出した。

「お兄ちゃんの家に住みたい」

皿拭きを俺に押し付けて玄米茶を啜る母は、父に向けて、某プロレスラーの毒霧のように噴出した。父が椅子から転げ落ちる。

「それって東京に来るってこと?」うっさい、と母が一喝すると、悶えていた父はまた、静かに椅子に座りなおした。母がSなのは構わないが、父がMというのは素でイヤだ。

「ダメ、ですか?」無意識でやっている上目遣いは凶器。

流石の母も押されているようだ。

「でもねぇ、学校とか、色々あるでしょう」

母の言うことは当然だ。中学三年生という受験シーズンに引っ越すと言うのは、向こうで受験資格が得られるかどうかも危うい。それも、受験は目前まで迫っている。

この家のことや、通院。問題は山積みだ。

「まぁ、大抵のことは何とかなる。というか、できる」茶を啜りながら、父がポツリと言う。

今回の騒動を経て再認識したが、父はとんでもないチート野郎だ。ミステリーで言うなら探偵。登場人物の誰よりも、果ては読者よりも高い位置から物事にあたる姿は、正直ずるい。

「お前は、くるみちゃんをこちらに一人で残すつもりか?」

「それは・・・」父の問いに母が口篭もる。

今しかない。言え、俺。

「あの・・・」ゆっくりと手を挙げると、くるみを含め全員が見てきた。

225:Tomorrow Never Comes4話「ひとつめの嘘」 ◆j1vYueMMw6
09/01/23 04:06:36 oBVbH7lN
「俺、こっちに残ってもいいかな」言えた。よく頑張りました。

「却下」

「却下だな」

そんな二人してつぶさなくったっていいじゃないか。泣けてきた。

「あまり言いたくはないが、こっちはもうダメだ」

「何がさ?」

「マスコミもうろついてるし、周りの人がくるみちゃんを知りすぎている」

なるほど。確かに、今日は何とかなったが、時間がたてばすぐ、マスコミは父を俺と同じように扱う。それに、くるみの知り合いの気遣いが重荷にならないとも言い切れない。
そういった点では、知人のいない場所で再スタート、というのもアリかもしれない。無論、リスクは多い。

「今日は憲輔が大人を適当にあしらっていたからよかったがな」父が優しい笑顔を浮かべる。

「そうね、憲輔がいなかったら誰が我が家の家事をするか分からないもんね」話を一切聞いていなかったかのように、母は場違いなことを言う。

隣でくるみがクスクスと笑う。

「まぁ、大口叩いたからには、あなたにはしっかり頑張ってもらうわよ」

「おう、任せとけ」

夫婦の間で結論が出た以上、俺は従うしかない。むしろ、俺としては喜ばしいことだ。

「なぁ、くるみ」

「ひゃぅっ」小声で耳元に話し掛けると、くるみは奇声をあげた。

両親の視線が痛い。「手ぇだしたら殺すわよ、アンタ」

「わかってる、わかってるから」必死に弁解し、二人は渋々と引いてくれた。

くるみを見ると、顔を茹蛸のように赤くしていた。

「いいか?」頷いたので、また近づく。

「あぅ・・・」

「もしかして、今のがお願い?」

「あ、うん、そうだよ」

赤い顔のまま元気に頷く彼女を見て、そうか、とだけ言った。

ただいま、おかえり。それが普通になる日は近いかもしれない。


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