ヤンデレの小説を書こう!Part21at EROPARO
ヤンデレの小説を書こう!Part21 - 暇つぶし2ch100:ヤンデレウイルスβ2 ◆iIldyn3TfQ
09/01/16 00:22:52 OWRYLE9i
背筋に伝う冷気と、何かを感じた康二は悪態をつく。

「ほざいてろ、キチガイマッド」
「うん、ありがと~♪ 天才とキチガイは紙一重なのだよー」

自らが望むのは振り切れた所だ、と称すキチガイ。


燦然たる夕日から逃げる吸血鬼のように、
混濁とした闇黒へ生者を誘うかのように、

白衣を翻して玄関の戸をゆっくりと開ける。
悟の背中からは何も察することはできない。

「本当にね、人間って二種類しかいないんだよ。
 異常を許容するか、それとも異物と知りながら奥底に仕舞うか」

世界一大嫌いで、異物である筈の親父の背中が、
扉の向こう側へと消えていった実父のそれが、
何故か少しだけ寂しく感じ取れたのだった。





金城康二、つまり俺は已むに得ない状況で、遺憾なくヤンデレウイルス送信中。
なお公共電波では感知できないので無視してよろしい。
拝啓、天国に逝って欲しいお父様、蒲公英は真心の愛を意味するらしいです。


―――管理人さんへお願い――――――
<s></s>のタグなっているところは、取り消し線が表現できるようお願いします。

101:ヤンデレウイルスβ2 ◆iIldyn3TfQ
09/01/16 00:24:33 OWRYLE9i
>>95 ミスりました、すいません。_|~|○

二話目もお疲れ様だじぇー。というわけで、お疲れ様でした。

102:名無しさん@ピンキー
09/01/16 11:52:27 uXP8Z887
ぐっじょぶ!

103:名無しさん@ピンキー
09/01/16 16:37:05 4+Y8MHtT
ヤンデレウイルス大好きだ!

GJ!

104:名無しさん@ピンキー
09/01/16 18:40:57 q6d36th+
よかった
GJ

105:変歴伝 4
09/01/16 19:51:43 kcgAUQqH
余暇が出来たので投稿します。
お願いします。

106:変歴伝 4
09/01/16 19:53:01 kcgAUQqH
ここまで来れば大丈夫だろう。業盛様は葵さんの家を知らない。
撒いてしまえばこっちのものである。
それにしても業盛様はどうしたのだろう?あれほど応援してくれていたのに。
業盛様は嘘を言うような人ではない。
だから葵さんが人を殺したと聞いた時、
馬鹿なという気持ちと、もしやという気持ちが同時に浮かんだ。
しかし、その気持ちはすぐに消えた。
葵さんがそんなことをするはずない。きっと業盛様が見間違えたのだ。
そうでも考えないと自分の考えを正当化できなかった。
葵さんは今まで見たこともないような笑顔で出迎えてくれた。
この笑顔を見ると葵さんが人を殺したなどとは露にも思えない。
やはり、業盛様の勘違いなのだろう。
中に入ると料理が準備されていた。囲炉裏には鍋が掛けられている。
そこから食欲をそそるいい匂いが漂う。
早速料理にがっつく。
旨い。それしか言えなかった。菊乃さんの料理も旨かったが葵さんの料理はもっと旨かった。
食べながら葵さんが尋ねてきた。
景正様、き…菊乃さんとはどんな関係なのですか…?」
「菊乃さん?菊乃さんは私達が今滞在している家の主人だよ。それがどうかしたのですか?」
「い…いえ、景正様は菊乃さんのことをどう思っているのかな、と思いまして…」
「どう思うって…それはやっぱり美人だと思うけど…」
「…私よりも…ですか…?」
平蔵は彼女の放つ威圧感に一瞬圧倒された。なんなんだ。このどす黒くて嫌な空気は。
「ねえ…景正様…。私、今日奮発してお酒を買ってきたのですけど…飲みますよね…?」
この時、彼女の言動、仕草に気付くべきだったのだ。
平蔵は気付けなかった。単なる嫉妬だと思ったのだ。
しかし、それは嫉妬の一言で片付けられるようなものではなかった。それはなにもかもを憎悪し、そして破壊する狂気だった。
平蔵は酒が飲めなかった。しかし、断れるような空気ではなかった。
仕方なく、平蔵は猪口に注がれた酒を一息で飲み干した。
飲み干した時、葵の口が半月の様にゆがんで見えた。
「あ…あれ…?」
手から猪口が滑り落ちた。…体が…痺れて…。
「景正様…どうしたのですか…」
葵が言った。心なしかその言葉にはおかしみが含まれていた。
「あ…あお…あお…い…」
舌が痺れてうまくしゃべれない。目もかすんできた。
「景正様…眠たければ眠ってもいいのですよ…。
これからは私が…いつまでもずっと…ずっと…ずっと…一緒にいてあげますから…」
その場に崩れ落ちた。指先一つ動かすことも出来ない。
ああ…業盛様…申し訳ありません…。
あなたの言葉を聞いていれば…こんなことには…こんなことには…。
もう…私は…私は…私は…
視界がどんどん薄れる中、最後に聞こえたのは葵さんの心底嬉しそうな笑い声だった。


107:変歴伝 4
09/01/16 19:54:02 kcgAUQqH
「くそ、平蔵の野郎、どこに行きやがった」
いらいらして思わず素が出てしまう。
もう平蔵は葵の家に行ってしまったのだろうか?だとしたらもう手遅れだろう。
もう殺されているだろうか?いや…違うかもしれない。
わざわざ家に招くのだから、もしかしてじっくりと殺そうとしているのかもしれない。
拷問だろうか…。
竹串、やきごて、鞭打ち、爪剥ぎ…考えてみればいろいろな拷問が思い浮かぶ。
考えるだけで指を隠したくなる。
業盛は嫌な想像を振り払い、再び葵の家を探す。
日が暮れて始め、辺りの家が蝋燭に火を灯し始めた。
うっすらとした蝋燭の火の光が星の様に見えた。
「どうすればいいんだ!ちくしょう」
お手上げだった。もう少しで完全に日が暮れる。
そうなれば葵の家を見つけるのは不可能だ。業盛はその場にへたり込みたくなった。
完全に日が暮れて、空も地上も星だらけになった。
業盛は松明を片手に葵の家を探していた。
いい加減に諦めようと思っていると、おかしなことに気付いた。
行灯の付いていない家が一つあったのだ。
直感だったが、業盛はその家に足を運んでいた。
戸の近くに来てみて、業盛はその異変に気付いた。
戸を通しても漂ってくる、鼻を刺すような…血の臭い。
葵の家はここだ。どうやら拷問ではないらしい。
しかし、遅かったのには違いない。
それにしても、どんな殺され方をすればこんなに臭いが漂ってくるんだ。
打ち首か?串刺しか?もしくはバラバラか?
見たくはなかったが、せめて平蔵の墓ぐらい立ててやらねばならない。
意を決して戸を開けた。


108:変歴伝 4
09/01/16 19:55:13 kcgAUQqH
目の前には葵がいた。いや、倒れていた。
頭はいびつな形にゆがんで、目玉が飛び出し、歯も折れている。
背中は何度も刺され、際限なく流れる血が血溜りを作っている。
戸を何度も引っ掻いたらしく、爪は剥がれて、戸には引っ掻き傷と血が生々しく残っていた。
平蔵はいなかった。家の中は激しく争ったらしく、鍋や椀が散乱していた。
平蔵がやったのだろうか。一瞬の隙を突き、頭を砕いて逃げた…。
あれ…おかしいぞ。平蔵ほどの力のある男が、
女性のような柔らかい頭を殴れば一撃で殺せるはずだ。
しかし、この死体は殴られた後、激しく抵抗しているのだ。
平蔵がわざと力を抜いた。いや、ましてや平蔵がここまでやるはずがない。
せいぜい気絶させるぐらいだろう。
平蔵ではないのなら、これは第三者がやったのだろう。
だとすれば、ずいぶんと残酷な性格であることが分かる。
力を抜いて何度も何度も、まるで、いたぶるかの様に殺している。
よっぽどの恨みがあるのか、もしくは無差別か…。
だとすれば、平蔵はどこにいるのだろう?
その第三者が殺してしまったのだろうか?
ならばここに平蔵の死体があるはずなのに…。もしくは連れ去ったのかも…。
だが、なんのために…?
さまざまな考えが浮かんでは消えていく。
結局分かったのは、葵が誰かに殺され、平蔵が消えたということだけだった。


109:変歴伝 4
09/01/16 19:56:28 kcgAUQqH
投稿終わりです。
今回は少し調整するため少し短めです。
申し訳ありません。

110:名無しさん@ピンキー
09/01/16 20:23:42 +6CEGLo5
>>109
GJ……しかしこれは怖いなw

111:名無しさん@ピンキー
09/01/16 20:52:49 q6d36th+
GJ!

112: ◆UDPETPayJA
09/01/17 19:44:08 ADEi3wlQ
投下します。
注意点として、
・擬人化のような表現がありますが、擬人化ではありません。そこは後々…
・主人公の設定上、女装する場面がのちのち出てくるかも。アッーな展開には絶対しませんが。



113:血塗られしソードマスター 第壱話:御影 ◆UDPETPayJA
09/01/17 19:45:48 ADEi3wlQ
佐久本 朱里(しゅり)は、一言でいうと風変わりな男だ。

中性的…やや女性的な顔立ち。加えて、肩にかかるくらいの長さで、生まれつき色素が薄いのか、やや茶がかった色をしている髪の毛。
そのせいで幼少の頃から頻繁に女子と勘違いされ、高校一年になった今でもそれは変わらずにいる。
文化祭の出し物として、朱里の属する1年3組ではメイド喫茶を開いたが、そこで男子生徒のなかでただ一人女装させられてメイドとして働かされたことは有名だ。
何しろ、3組の売上高はその年では2位以下に倍以上の差をつけたのだから。
朱里は世間で言う、いわゆるモテるタイプだが、女子に告白された回数と男子に告白された回数はさほど変わらないという事実が、朱里がそこいらの女子生徒よりも美女…も

とい、美人であるという裏づけとなっている。
両親は朱里が4歳のときに交通事故で他界。祖父に引き取られ、今の今まで育てられてきた。当時、朱里を引き取ろうという親族はいくらでもいたのだが、
財産目当ての者は一人としておらず、生前朱里の両親に世話になったというあるという人ばかりだった。
しかし祖父が名乗りを挙げれば、あっさりとそれに従った。否、それがベストだと皆思ったのだ。
祖父の教育の賜物か、はたまた両親に似たのか、朱里は人当たりのよい性格を持っており、誰とでも分け隔てなく接することができた。
それは昨今の社会情勢からしたら希少価値、天然記念物クラスといえよう。
朱里がモテるのは単に容姿だけではなく、そういった要素が手伝っている部分もあるのだろう。

 そんな朱里がソレの存在を知ったのは、東京に今年初めての雪が降り積もった二月半ばのこと。―祖父、佐久本 武雄の葬儀が執り行われた日であった。
 葬列は式場いっぱいにまで及び、その中にはテレビニュースなどでよく見かける、財界の顔ぶれもわずかながら含まれていた。
 式自体はとてもシンプルなものだった。武雄は晩年より「儂は昔から念仏というものが退屈で仕方なかった」と愚痴をこぼすかのごとく言っていたので、
念仏はまるごと省略されることとなったのだ。にも関わらず、焼香を済ませ、遺影に一礼をして席に戻るという行程だけで二時間は費やされた。
 朱里は武雄の人徳を、今更ながら実感したのだった。

 夜、宴会室を借りきって行われた、いわゆる"故人を偲ぶ会"。生前の武雄を懐かしむ人もいれば、涙を見せる者も…
まさに、十人十色を体現したかのような空間となっていた。
 だが、朱里は浮かない表情をしていた。彼の頭に今あるのはひとつの思念だけ。それは、武雄のことではなく…ある一本の刀のことだった。。


その刀は、代々佐久本家に伝えられてきた逸品だ。鍛え上げられてからすでに三百年は経っているらしいが刃こぼれどころか錆びひとつなく、
鞘から抜けばぬるりとした鈍い光沢…見事な職人業だ。
 鍔のすぐそばにはこう刻まれている。それはこの刀に付けられた名前なのだろう。

<松代 鳩蔵作 / 御影>


114:血塗られしソードマスター 第壱話:御影 ◆UDPETPayJA
09/01/17 19:46:43 ADEi3wlQ
 祖父の遺言は、"偲ぶ会"の直前になって顧問弁護士より親族に伝えられた。残された遺産は法にのっとり分配。当然、孫である朱里は多く受けとることになるが、
反対するものはいなかった。これも朱里の両親、そして武雄の育て方がよかったからだろう。朱里は、十分すぎるほどに信頼されていたのだ。
 財産分与については何の滞りもなく完了した。だが、最後に弁護士が伝えた一文には、一同はわずかにどよめいた。

「"御影"を朱里に継がせること。ただし、これに関しては代理人ではなく必ず本人が所有せよ、とのことです」

 朱里は誰に対してというわけでもなく、漠然とこう呟いた。

「みかげ、って何?」

 御影は、祖父の居間に飾られていた。実は朱里も何度か目にしたことはあるのだ。しかし、ソレ=御影だとは思わず、今の今まで全く気にも止めなかった。
だからこそ、御影が何であるかが分からなかったのだ。
 その疑問に答えたのは祖父の弟であり、代理人として朱里の継ぐ財産を預かり成人するまで管理する財産管理人を選任された、仁司(ひとし)だった。

 仁司の語るところによると、御影とは300年以上昔、江戸時代末期に松代 鳩蔵という職人によって鍛えられた太刀だそうだ。
しかし鳩蔵は御影を鍛え終わると、完成したばかりのソレを使い、実の娘を殺害するという凶行―むしろ、狂行というべきか―を犯し、自らもそのまま腹を斬り、果てた。
 それ以来御影は色んな…主に侍と呼ばれる人たちの手に渡ることとなるが、所有者となった者たちは皆、変死している。
変死というのは、乱心し御影を辺り構わず振り回し、血の海を作ってなお飽きたらず、自害して果ててしまうという悲惨な死に方を指している。
御影は俗に言う、"呪いの太刀"というものなのだ。
だが唯一例外があった。それこそが武雄の…そして朱里の先祖にあたる、矢坂 晋太朗という侍だ。 彼はこのいわくつきの刀を手にしたが、
終生誰一人として殺すことはなかった。故に、御影はその男の一族に代々受け継がれることとなった。
 実際、晋太郎の血を引く者のなかで、御影に"飲まれた"ものは今日まで一人も現れなかった。この話をそのまま受け止めるなら、
次の御影の継承者には確かに朱里こそが相応しいが…彼はまだ成人すらしていない。
皆が皆、太刀の呪いなんてものの存在を鵜呑みにしているわけではないが、単純に、刀なんてものを与えていいのだろうか、という思慮がこの空間を占めていた。
 だが一同は朱里を見やり、そして安堵すを覚える。この子なら大丈夫だ。呪いが実在したとしても、ちゃんと己を御せるだろう。
そういった、確信めいた期待を朱里に抱いていた。


115:血塗られしソードマスター 第壱話:御影 ◆UDPETPayJA
09/01/17 19:47:45 ADEi3wlQ
そして今に至る。朱里はテーブルに盛られた料理のなかから、好物である鶏料理を皿にとり、もぐもぐと食べていた。
これも武雄が生前から言っていたのだが、「儂は葬式でしけた面をされるのはごめんだ。せめて、料理くらいは豪華にしよう。満腹は人を笑顔にするものだ」と。
故人の意思を尊重したのか、宴席に出された料理は懐石弁当なんて無粋なものではなく、本格的なバイキング形式のものだった。
武雄のこういった性格も、親子三代に遺伝しているのだろうか。武雄は長い生涯のなかで、明確な敵対関係を作ったことはなかった。
その息子…朱里の父親、佐久本 健司(けんじ) も然り。朱里は、冒頭で説明したとおりだ。

 定められた全ての日程が終わり、家路につく朱里。頭の中には未だに"御影"のことが巡っていた。
―どうすればいいんだろう…とりあえず、僕の部屋に飾っておけばいいかなあ。朱里はそんなことを考えていた。祖父に比べると割と能天気な性格のようだ。
がちゃり、と玄関のドアの鍵を回し開ける。日付が変わって午前一時、家のなかは真っ暗だ。外同様に冷えた空気が充満しており、廊下は氷のように冷え切っている。
素足で踏み入ると、とたんに足が冷たくなる。
 慣れた手付きで電気をつける。十年以上ここで暮らしているのだ。目を瞑ってもこれくらいたやすい。そのまま朱里は祖父の居間の襖を開いた。
武雄が入院して以来、この部屋へは久しく入らなかったが…御影の存在が気になったのだ。なんだかんだ言っても朱里も年頃の青少年、好奇心は人並みにある。
ただ、珍しいことにそれが性的関心に向けられたことは一度もないのだが。

そして、ソレはすぐに見つかった。掛け軸の下に飾ってある、黒い鞘に納められた太刀。朱里はそれを手にとり、抜いてみた。
ずしり、と手に伝わる重さ。きっとそれは御影自身の重さに加えて、今までに御影によって流されてきた血の重さも含まれているのだろう。
見つめていると、吸い込まれそうなほどの艶。朱里はとたんに身震いし、すぐに鞘に納めようとした。だが―

「―痛っ…」

 わずかに指先を切ってしまった。この程度なら絆創膏で大丈夫なのだが、朱里は、必要以上に狼狽してしまった。
朱里は決して臆病なわけではない。むしろ、どんな困難にも立ち向かう、祖父譲りの強い精神の持ち主だ。
その朱里がこれなのだから、常人なら足が震えて立てなくなるだろう。
朱里は、御影をもとの場所に置き、自室へと向かった。普段の朱里ならそんなことはないのだが、今は家に独りきりという、この状況が怖かった。
だから、部屋に入ってすぐお気に入りのアーティストのCDをかけ、特に何を見るというわけでもないのにテレビをつけた。
たとえ電気がもたらす擬似的なものでも、人の声がするというのはそれなりに心強いものだ。
 朱里はそのままベッドに伏し、恐怖心が薄くなるにつれて、逆に増してくる睡魔に身を任せ、夢の世界に墜ちた。


116:血塗られしソードマスター 第壱話:御影 ◆UDPETPayJA
09/01/17 19:48:45 ADEi3wlQ
 ――朝、朱里は目覚まし時計が鳴るより早く目を醒ました。昨晩からつけっぱなしだったテレビは、ちょうど星座占いを映し出していた。
それによれば、今日のワースト1位は乙女座。奇しくも、朱里の生まれ月だった。挽回のラッキーアイテムは、紫のニーソックス……朱里は朝っぱらから複雑な気分になった


とりあえず朱里は、学校の制服に着替えることにした。クローゼットからエンジ色のブレザーとチェック柄のズボンを取りだし、代わりに喪服を収納する。
……一瞬、星座占いの解説を思い出した朱里。今日はその通りに紫色のニーソックスを履くことに決めた。
なぜそんなものを持っているかというと、文化祭にて女装メイドに扮したときに用いたからに他ならない。

 着替えを終え、パンでも食べようと台所に向かった。時計の針は6時57分を指している。学校に行くときははいつも7時半に出発しているのだ。
少し時間がなかったため、今日は買い弁にしようと考えていると、台所の方から香ばしい薫りが漂ってきた。
―なんだろう…ここには今は僕しかいないはず。誰かいるのか? 朱里は歩を早め、台所にいる侵入者の姿を捉えた。

その侵入者…いや、少女は腰まで長く伸びた銀色の髪をもち、すらりと引き締まったスタイルをしていた。背は朱里と同じくらい、170センチ前後といったところか。
きりっとした切れ長の瞳をはじめとする、端正な…まるで人形のような顔立ち。まさに、美少女という呼び名がふさわしかった。

「おはよう、朱里」美少女は口を開いた。「朝ごはん、今できたところなんだ。温かいうちに食べてほしいな」
「…君は、いったい誰?」

当たり前の質問だ。朱里の記憶の中には、この少女の存在は含まれていなかったのだから。しかも、飛びきりの美少女だ。
そんな少女がいきなり朝ごはんを作ってくれているなんて、まったく意味が分からないだろう。
 だが…次に少女の口から発せられた名前は、聞き覚えのあるものだった。

「ボクは美景だよ。美しい景色って書いて"みかげ"って読むんだ」
「……みか…げ…!? まさか、そんな!?」
「そう、君が思ってるとおり。ボクの父は松代 鳩蔵。銘刀・御影を作ったそのひとだよ」
「じゃあ君は…御影なのか!? 本当、に…っ」

朱里の唇に、突然温かく、柔らかいものが触れた。…それは美景の唇だった。舌を無理やりねじ込み、朱里の口内を食いつくさんばかりに舐め回す。
朱里はわけがわからず、ただなすがままにされる。
 ちゅ…といやらしい音を立てて唇が離される。唇と唇に、唾液の橋がかかっている。朱里は、自分の心臓の鼓動が激しくなっているのを感じた。

「つれない顔しないでくれ。ボクはもう、キミだけのものなんだよ。自分で言うのもなんだけど、こんな美少女を独占できるんだよ?
 それとも、オンナノコには興味ないのかな?」
「そ…ういうわけじゃないよ。…わけがわからないだけ」
「そう…じゃあ、期待して待ってるよ。とりあえず、学校に行かなきゃ、だね。ほら早く食べて? 今朝は朱里の好きな鶏肉にしたんだよ」

美景から離れた朱里は、おぼつかない足取りで椅子に座り、コップに注がれた牛乳を流し込み、料理に箸をつけた。
夢か現か、今の朱里にはわからないことだらけだ。だが、そんな中でもひとつ発見があった。

 美景は、料理が上手だ。

(続)


117: ◆UDPETPayJA
09/01/17 19:50:40 ADEi3wlQ
終了です。
「天使のような」の方は完成しだい投下します。

118:名無しさん@ピンキー
09/01/17 21:49:19 5zpBYqME
GJ

119:名無しさん@ピンキー
09/01/18 09:38:41 Ece7CzbX
これはいいお嫁さん

120:名無しさん@ピンキー
09/01/18 20:04:03 j3P7y22b
なんてうまやらしい。

121:名無しさん@ピンキー
09/01/18 22:36:41 GxVa5xTH
馬がやらしいとな!?


122:名無しさん@ピンキー
09/01/18 22:42:31 dNA4qiOw
雌馬
これは新しい

123:名無しさん@ピンキー
09/01/18 23:02:01 UXU0J9nK
馬はどちらかというと男に使う感じだよな、種馬、馬並とか

124:名無しさん@ピンキー
09/01/18 23:17:20 SKad6gzg
女が男に馬乗りになって

「あなたの…馬並みに大きい……」
「私だけの種馬になって下さいね…」



ここまで浮かんだ。

125:名無しさん@ピンキー
09/01/18 23:24:15 /S1MgeEh
「私の愛馬は凶暴です」

126:名無しさん@ピンキー
09/01/19 00:04:35 jFccUO2o
「なるほど…エロい事…するんだ…」

127:名無しさん@ピンキー
09/01/19 00:05:38 KhWuHvzR
「そう…エロい事だ。」

128:名無しさん@ピンキー
09/01/19 00:44:17 ww8ryHt0
不愉快だわ

129:名無しさん@ピンキー
09/01/19 14:55:52 r8K70LR9
どこかにヤンデレ美少女に変化する妖刀落ちてないかなと思いました。

130:名無しさん@ピンキー
09/01/19 16:19:00 NUg0CoQv
>>117
ストーリー的には面白そうだし、全然GJなんですが、気になった点を一つ。

>御影とは300年以上昔、江戸時代末期に松代 鳩蔵という職人によって鍛えられた~~

大政奉還が1867年。
現在が西暦2009年。
300年前は幕末(江戸時代末期)ではありえません。
重箱の隅をつつくようで申し訳ないのですが、
ヒロインの出自に関わる重要な設定事項だと思ったので一応申し上げました。
お気を悪くしたら申し訳ありません。
では、続編期待しております。



131:名無しさん@ピンキー
09/01/19 17:00:48 zFUjXq86
家に日本刀が2本あるが可愛い女の子に化けてくれないかな?
ついでに言えば、飼ってるクロの縞縞柄のぬこがぬこまたとかになって、(性的な意味で)襲ってくれないかな?
ついでに言えば、できればヤンデレで(ry

132:名無しさん@ピンキー
09/01/19 17:22:24 9BMJUVZx
木刀と模擬刀ならあるんだけどだめかな?

小太刀はロリになりそうだけど

133:名無しさん@ピンキー
09/01/19 18:35:29 hQpp5fme
刀擬人化は修羅場スレの九十九の想いがあるな

134:名無しさん@ピンキー
09/01/19 20:18:40 7UBIesI3
>>131
猫又とかババアじゃねえか
お前も物好きだな

135:名無しさん@ピンキー
09/01/19 20:27:10 zFUjXq86
>>134
人間に10年ぐらい買われた猫が・・・じゃ、なかったっけ?
猫にとっての10年ではない、人間にとっての10年なのだ。
つまり、炉利ッ子というわ(ry

136:名無しさん@ピンキー
09/01/19 20:44:47 7UBIesI3
>>135
20年じゃなかったか?
10年くらいだと普通に生きるだろ

137:名無しさん@ピンキー
09/01/19 20:56:42 zFUjXq86
ほう?20年とな!食べごろではないか!(以下自重

138:名無しさん@ピンキー
09/01/19 21:48:46 TpyT12wL
バレンタインのチョコに尿を仕込む女子集合
URLリンク(imijiki.blog7.fc2.com)

139:名無しさん@ピンキー
09/01/19 23:01:30 /LjFmKVp
擬人化と言えばこのスレでは妖しの呪縛が近いか
一話で中断してるのが惜しい

140:名無しさん@ピンキー
09/01/19 23:24:48 Q5JcWH0o
>>133
あれ好きなんだけど止まってるなぁ
と言うよりあのスレ全体が止まってると言った方が良いかな・・・

141:名無しさん@ピンキー
09/01/19 23:27:27 hQpp5fme
全盛期は勢い50以上あって日に投下5本とか来てたのにな…
悲しいもんだ…

142:名無しさん@ピンキー
09/01/19 23:30:16 /LjFmKVp
他スレの話はその辺りで止めとけ

143:名無しさん@ピンキー
09/01/20 00:37:51 67fNEbgL
擬人化+ヤンデレか…
物凄く良い…

144:名無しさん@ピンキー
09/01/20 03:15:09 vweVORex
そういや自分は3スレとも見てるけど何で分割したんだろう・・・
キモ姉妹スレは分かるけどココと嫉妬ではどういう風に
使い分けてるのだろうか?


145:名無しさん@ピンキー
09/01/20 04:18:19 +qHSBRMA
>>144
ここ…ヤンデレならOK
嫉妬スレ…嫉妬や三角関係などが絡んでいればOK(病んでなくても)
キモウトスレ…キモ姉・キモウトが出ればOK

深く考える必要はないと思われる。現状でも混合してるし。

とりあえず、ここに居る俺らは皆ヤンデレが大好きだ!それで十分じゃないか!
とキモウトヤンデレ好きな俺が叫んでみる。

146:名無しさん@ピンキー
09/01/20 06:00:57 Vb1w8Ak8
まぁもともとはスレ数からみてもわかるように嫉妬修羅場が最初にできたんだが
ヒロインが2人以上いて修羅場をしなくてもいいから
ヤンデレを出せと言うことで分派してヤンデレスレができて

そのヤンデレスレからキモウトキモ姉スレが特化スレとしてまた分派した感じじゃね?

147:名無しさん@ピンキー
09/01/20 06:19:53 yUWuCmEf
キモスレはあそこの初代>>1が荒らし誘導で勝手に立てたんだ、
おかげで初期は重複だなんだで散々揉めた。
今もあるかは知らないが荒らしが便乗してストーカースレとか言うのも立ててた。

148:144
09/01/20 09:50:35 vweVORex
成る程 そういう棲み分けだったのか
アリガト エロい人方。

149:名無しさん@ピンキー
09/01/21 10:31:37 gIhlGT0P
ヤンデレに『さっきのどういう事ですか?ねぇねぇ』とか言われたいものだ

150:名無しさん@ピンキー
09/01/21 13:11:51 e+dNf17c
姉か妹、もしくは従姉妹と一緒に外出してるところをヤンデレに見られたい

151:名無しさん@ピンキー
09/01/21 15:34:23 BKFgU1gH
誰かいますか?投下しようと思うのですが・・・

152:名無しさん@ピンキー
09/01/21 15:39:40 FViU4SmV
>>151
何をしている?早く投下したまえwktk

153:名無しさん@ピンキー
09/01/21 15:41:18 BKFgU1gH
>>152
ありがとうございます。生意気にも、初投下で長編です。

前置き
・内容はすごく浅い。あくまでみなさんの作品が投下されるまでの繋ぎ的なものとして見てください。
・gdgd
・なにも始まらないくせに長い一話
・登場人物無駄に多い
・批判/指摘はガンガンください。直せる限り努力します。
・でもキツイと凹みます。ダメ人間です
・ぶっちゃけ作者の自己満
以上を踏まえて読んでいただけると幸いです。


では投下します。



154:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:47:21 BKFgU1gH
「はい、じゃあ各自念入りにダウンしといて。レギュラー外の一年は手伝うか片付け。最後の子は戸締りをして、一階のラウンジに集合」
今日も部活が終わった。相変わらずの完全不燃焼で、不満が募るばかりだ。
季節は冬、12月。ごく普通に中学を卒業した俺は、ごく普通の高校に、特に何の波乱も無く入学し、大きな変化も無いまま一年が終わろうとしていた。
現に、今年の授業は今日で収めとなり、明日からは冬休みが始まる。冬休みはカレンダーで見るよりもずっと早く、あっという間に年が明けるだろう。

「さて、と」
散らばったボールを籠に戻すと、俺は体育館を見渡した。梅ちゃんが舞台のほうへと向かったので、おそらくモップを持ってくるはずだ。
シバちゃんがコーンを片付けており、続いて、ネットを下ろしている佐藤の姿が目に入ってきた。小走りでそちらへ向かう。
「お、悪いな」俺を見て佐藤が笑ったので、気にすんな、と言って俺も笑った。

俺は中学校からずっとバレーボールを続けており、自慢じゃないが中学生の頃は主将を勤めていた。
ただ、高校では普通にやれれば満足なので黙っているつもりだったが、アイツが━浅井の野郎が新入部員の歓迎会でわざわざ言いやがった。
幸い、悪い方向には転がらずにすんだが。
「たいしょ~。マッサージして~」
「あ、俺も、大将」
「はいはい。今片付けっスから、ミーテの時にしますよ」
結果、これだ。念のため言うが、俺の名前は“大将”ではない。
主将をやっていたことが転じ、気付けば周りの人間は俺をそう呼び始めた。まぁ、これだけなら一向に構わないのだが、これに託けて、何かと俺に甘えてくる。
もしそれを断るものなら、「え~。だって主将やってたんでしょ」という意味のわからない責任を押し付けられる。1年生は5人もいるのだから、俺以外にも頼めばいいだろうに。
「モテモテだな、大将」佐藤登志男(さとう としお)はネットを支えるポールによじ登り、高い位置の紐を解きながら言ってきた。
「お前まで言うかよ」
「まあまあ、プラスに考えろよ。先輩に好かれてるなんてオイシイじゃないか」
「先輩だけなら、な」 事実、先輩だけではない。

我が校の部活は互いに関係が深い部活が多く、特に同じ競技なら尚更である。
男子バレー部と女子バレー部もその例に漏れず、非常に友好的だ。健全な高校男児なら手放しで喜ぶところだが、今の俺には不愉快としか言い様が無い。
部活同士で仲がよければ当然、部活の枠を越えてカップルが出来たりもする。
バレー部では、二年の池松先輩と城崎先輩がそれにあたり、主に二人を掛け橋にして関係が築かれている。“大将”は、その掛け橋を本人の知らぬ間に渡ってしまい、橋から橋へ、部活から部活へと一人歩きを始めたことに気付いた時には、もう手遅れ。
学年どころか、学校の大半の生徒に知れ渡ってしまった。『斎藤憲輔(さいとう けんすけ)=大将=なんでも頼める人』という式は、もう崩せそうにない。


155:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:49:31 BKFgU1gH
佐藤がネットを取り外すと、いつのまにか戻ってきたシバちゃんがネットを丸め始めた。
俺と佐藤はポールを運ぶ事にした。最近のはアルミだかなんだかで作られており非常に軽いのだが、歴史が深いらしいこの学校は未だに鉄製のものも所有し、男子バレー部はそちらを使わされている。
顧問曰く、これも筋トレの一貫らしいが、女子バレー部の若いコーチに言い寄られ、最新のは女子が使っちゃってください、と顧問が言っていた現場を俺は見ていた。あの時のイイ笑顔は忘れられそうにない。
「ほっ、と」若干、ふらつきながらもポールを倉庫の定位置に置いて固定した。横でも佐藤が同じ作業を終え、右手のこぶしで腰を叩いていた。
「かぁ~、腰にくるなぁ。そういや、今日はりおちゃん来なかったな」
「ん?・・・あぁ、そういえば」
「うわっ、今の間は何よ。聞いてたら傷つくぞ」
「今日はいないから大丈夫」
そう言いながら倉庫を出た矢先、彼女の声が聞こえた。
「遅れて申し訳ありませんっ」体育館に入るや否や、土下座でもしそうな勢いで頭を下げている。
そこへ、現主将の浦和先輩が寄っていく。「もっぉ~、りおっち遅いって~。今日は終わっちゃったよ」
「ご、ごめんなさいっ。なかなか用事が済まなくて・・・」
「ま、いいからいいから。今日はお休みってことで」
「いえ、せめて片づけだけでも手伝いますっ」
「・・・りおちゃん、スゲーな」舞台横の時計を見ながら、佐藤が言う。
つられて見ると、時刻は6時過ぎだった。「俺だったから確実に来ねーよ、なぁ?」
「それよりも、6時間部活やって汗をろくにかいてない自分にびっくりだよ」
言いながら、俺は体育着の首元をひっぱり、匂いを嗅いだ。未だに洗剤の匂いがした。
「ん?・・・冬だからジャン?」
「お前、それ本気で言ってたら殴るぞ」
「んなこと言っても仕方ねぇだろうよ。俺らレギュラー外だもん」
佐藤は、俺の最大の悩みをあっさりと口にしてくれた。

そう。俺は大将と呼ばれているクセに、レギュラーではない。
部員数が100を超えていたり、全国に名を轟かす強豪校だというのなら、俺は甘んじてこの状況を受け入れよう。
ただ、現実は1,2年生合わせて20人ちょっとの部活で、全国どころか、地区大会を勝ち抜いたことすらない。
顧問の高橋先生は、俺のことが嫌いだ。ミーティングの時に俺の顔を見ないし、練習のときは俺に対する球筋がやたら緩い。
あんなもん、素人でも取れる。差し入れを持ってきたときは俺の分だけ足りなかったし、俺がいるのに体育館の鍵を閉めたこともあった。
りおちゃんがいなかったら確実に一泊していただろう。元大学選抜選手らしいが、その御眼鏡には俺のことが悪く映っているらしい。
確かに、俺はそれほどバレーが上手いわけではない。弱小校で頭を張っていただけで、主将に選ばれた理由も、おそらく実力ではないだろう。
バレーに限らず、スポーツ全般において優劣を分ける体格も、恵まれているとは言い難い。
一言で言うなれば、平平凡凡。誉められることも、怒られることもなくここまで成長してきた俺は、たかだか16年間生きただけで、己の人生の行く末を把握した。
ドラマティックも、スペクタクルも俺には用意されていない。
遠い、隣の世界の話だ。

156:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:52:24 BKFgU1gH
「大将、ギャラリー頼んでもいい?」

ナーバスになっていたところ、突然後ろから声を掛けられて、思わず体が跳ねた。
向き直ると、大川俊(おおかわ しゅん)先輩がいた。大川先輩はバレー部だということを疑うほどに身長が低く、無駄に声が高い。

「ああ、はい。大丈夫っス」

「ホント?悪いねぇ。俺ちょっと、今日は用事があってさぁ」先輩は満面の笑みを浮かべると、そのまま走り去った。

はぁ、とため息を一つ吐く。

「俺が行こうか?」心配したのか、佐藤が気を遣ってくれる。

「私がっ。私が行きますっ」また後ろから声がして驚く。そこにはりおちゃん、窪塚りおが高く右手を挙げて立っていた。

「あ、いや、いいよ」二人の申し出を断ると、りおちゃんはどこか悲しげな表情をし、佐藤はあからさまに呆れていた。
「頼まれたのは俺だし。それに、りおちゃんは今日休みな、って言われてたでしょ」

「でも・・・」

「ムダムダ、りおちゃん。コイツは人一倍意地っ張りだからさ」やれやれ、と言って首を振る。

「あぁそうだよ。どうせ俺は意地っ張りだっつうの」

「で、でも、でも・・・」りおちゃんは両手を胸の前で擦り合わせながら、モジモジとしている。

俺もたいがいだが、りおちゃんもなかなかだ。そしてりおちゃんは胸がデカイ。

「ほら、ミーテ始まるから先に行ってくれ。鍵も俺が閉めとく」

雑念を振り払って舞台袖へ向く。後ろから佐藤が「無理すんなよ」とふざけたトーンで言ってきた。それがどれだけありがたいか、アイツ自身は知らないだろう。


集会などで使われる舞台の下の両脇に、扉がある。
そこから裏方へ上がり、さらに階段を上ることで、大会などの時に保護者が来たり、横断幕を張るような通路、通称ギャラリーへと行ける。窓ガラスに沿って体育館の二階を、ぐるりと一周している通路だ。
バレーボールは、稀に、球を弾き過ぎてボールが乗ってしまうことがある。部活が終わってから、カーテンをしめたり窓を閉じたりするついでにまとめて回収するのだ。
また、今日はたまたまいないが、体育館で二つの部活が活動するときは、反面ずつに分かつ網状のカーテンをギャラリーから下ろすため、それをしまうこともこの時にする。
扉を開けて裏方に入ろうとすると、モップをしまっている梅ちゃんと目が合った。「あ、ギャラリー」
数秒待ったが、続きを言おうとしないので、解読することにした。
つまりは、俺が来たことでギャラリーという仕事を思い出し、もしかしたら、そのことを謝ったりもしているかもしれない。

「ああ、いいよ、気にしないで。俺いくから」できるかぎりの優しい顔と口調で返事をした。

「あ、う、あり、ありがとう」そう言うと、梅ちゃんは走っていってしまった。

お礼を言われるとは、予想外だった。同学年である梅本賢三(うめもと けんぞう)は内向的な性格のようで、いつも小動物のようにビクビクしている。
それでも、俺の努力の甲斐あって、先ほどのように心を開きつつある。
あれだな、テレビでやってる動物と触れ合いを中心に据えた番組。なんたら動物園。
あれでよくやっている、芸能人が珍しい動物を飼う企画。最初は脅えたり、拒絶していた動物が、初めて飼主の足元に擦り寄ってきた瞬間、あの時のような感動が今押し寄せてきている。
そうか、そのうち梅ちゃんも動物園に帰ってしまうのか、と不謹慎なことを考えながら階段を上った。

157:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:54:35 BKFgU1gH
薄暗い階段を抜けて視界が開けると、またもや驚いた。体育館の入り口に、りおちゃんが立っている。先にミーティングに行きなと言ったのに、なんと律儀なことか。
歩きながら暫く彼女を見ていたが、彼女はこっちに気付いていないようだ。ここぞとばかりに直視してみる。
りおちゃんは丸い。太っているというわけではない。普通よりほんのりと丸い程度で、体型的には普通といっても問題ないかも知れない。もしかしたら、雰囲気なども相まって、そう見えるのかもしれない。
クリクリとした瞳と割と大きめの唇が印象的で、黒のショートヘアーは爽やかさを醸し出している。身長は低めだが、その割には胸が・・・
りおちゃんと目が合い、慌てて逸らした。バカか、俺は。マネージャー、それも人様の彼女になに欲情してやがる。
もういちど見ると、彼女は笑顔で手を振っていた。濃い緑色のブレザー越しに、胸が揺れる。俺のバカ。
りおちゃんは主将、浦和好紀(うらわ よしき)先輩の彼女で、推薦での合格が出ているものの、まだ高校生ではない。
中学での授業が終わるとかけつけ、マネージャー業務をしてくれているのだ。正直、ありがたすぎて足を向けて眠れないが、やはり愛する彼氏のためなのだろう。
しかし、こうして一端の部員でしかない俺にまで優しくしてくれているあたり、浦和先輩がうらやましい。



「うしっ、完璧」

体育館の各所にある扉、窓、足元の小窓。順に指差し確認をしてから、防犯システムのスイッチを入れ、入り口の鍵を閉めた。
今なら某偉人に「してますか?」と訊かれても胸を張って返事が出来る。

「お疲れ様です」横にいるりおちゃんが微笑む。花が咲くよう、とはまさにこれで、一瞬見とれてしまった。

「ありがと。じゃ、行こうか」と言うと元気良く、はいっ、と答えてくれた。

ミーティングはもう始まっているだろう。ぜひとも走りたいのだが、りおちゃんがいる手前、それはやめておく。
柔道場と剣道場の前を通り、本館に移る渡り廊下を抜ける。あとは道なりに、視聴覚室、図書室の前を行けばラウンジがある。
下駄箱の前にあるラウンジは、壁が一面ガラス張りになっており、昼間はラウンジ全体が柔らかな日差しに包まれる。逆に、夜は不気味なことこの上ない。
柔道場を通り過ぎたあたりで、りおちゃんが急に言う。「先輩は好きな人とかいないんですか?」

「いきなりだねぇ」

「ダメですか?」

「ダメ、というか」『“彼女”いないんですか?』では ないあたりが寂しい。

「どうなんですか?」

「好きな人ね、いないよ」

「ホントですか~?」上目遣いで、少し近づいてきた。
口元に手を当てて反対側を向く。これ、だれかに見られたら誤解されるな。

「りおちゃんは・・・って、いるか。浦和先輩だ」相当混乱しているみたいだ、俺。

「ん・・・そうですね」りおちゃんは急にテンションが下がり、俯いた。上手くいっていないのだろうか。
苦し紛れで、浦和先輩が羨ましいね、と言うと、りおちゃんは勢いよく顔を上げ、何故、と言うような顔で俺を見てきた。

「りおちゃんは気が利くし、優しいし、か・・・たづけも上手いし」『可愛いしね』と言おうとして止めた。他人の彼女に言うのもどうかと思ったからでヘタレだからではない。断じて。

「私、優しくなんかないですよ。そうだな・・・例えば、好きな人に彼女がいたら、その人をころ・・・押しのけてでも付き合うだろうし」

「すごいなぁ」一瞬、マズイワードが聞こえそうだったが、空気を呼んで、ここは流す。ヘタレだからではない。多分。「じゃあ、もし好きな人が付き合うのを拒否したら?」
言ってから、後悔した。りおちゃんはいつも通り、いや、いつも以上の笑顔を浮かべたが、目は一切笑っておらず、瞳の黒がより濃く見えた。「どんな手を使っても、好きになってもらいます」

「すごいなぁ」具体的にどんな手を使うのか気になったが訊かなかった。ヘタレだからだ。絶対。

158:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:56:02 BKFgU1gH
学校から電車に乗って最寄駅まで帰り、そこから自転車に乗った。学校までも自転車で行けるのだが、朝はどうもテンションのせいでその気にならない。
冬の夜は、朝のような刺すような寒さとは裏腹に、どこか清々しい、気持ちのいい寒さと言える。

ミーティングはいつも通り行われ、いよいよ5日後に控えた地区大会についての説明があっただけだった。
今年は高橋先生の存在もあってか、期待がかかっているそうだ。メンバーもここ最近では最も粒揃いで、地区大会は勝ち抜ける、と先生は言っていた。俺はといえば、どうせ出ない試合なので興味が無く、りおちゃんへの失言をいつ謝るかを悩んでいた。
話の流れから推察するに、浦和先輩と上手くいっていないのだろう。そこへ、あの言い方はなかった。怒るのも当然だろう。
ミーティングが終わり、すぐ謝ろうとしたのだが、先ほどマッサージを約束した先輩につかまり、結局、りおちゃんは帰ってしまった。
電車の中、メールで謝ろうかとも思ったが、電池が切れていることを確認させられただけだった。さすがに、そろそろ替え時だろうか。

十字路を抜け、坂を下る。寺、酒屋、和菓子屋がいつも通りの順番で流れていく。信号で止まり、ふと横を見ると、一軒家の窓からあたたかな光が漏れていた。
帰る家に、あのような光が灯っていたのはいつまでだったか。車用の信号が黄色になった。赤になる前に、答えは出た。最初っから灯ってなどいない。
母は介護関係の仕事をしており、朝6時から、早くても夜9時まで家を開ける。
父に至っては、母よりも早く家を出て、母より遅くに帰るというハードスケジュールだ。
それ故、俺とは週に一度程度、それもニアミス程度の関わりしかない。何の仕事をしているか、知りたくても訊く機会が無いので諦めている。
3歳上の姉もいる。いや、いた。
母に代わって、我が家の家事全てを受け持っていたが、大学進学を機に県外に逃亡してしまった。それでも、「寂しい~」と泣きながら電話してきたり、「寂しかった~」とか言いながら、頻繁に帰ってくる。

断っておくが、家族間の中は悪いわけではなく、むしろ模範的な仲の良さである。
父か母、どちらかが休みだと聞けば、誰が言い出すでもなく全員が休みを合わせ、一日中一緒に過ごすというのも、もはや習慣となっている。姉は彼氏との約束をドタキャンしたほどである。逆に、その仲のよさが辛いと思うこともある。
いかんせん、父と母は忙しすぎるのだ。幼稚園の頃は閉園まで待っても誰も俺を迎えに来なかったし、小学校では授業参観などあったかどうかすら曖昧だ。

そのため、家に帰ったら家族が食卓についていて、遅いじゃないか憲輔、お疲れケンちゃん、今日はお鍋よ~、うふふ、あはは。などというのに憧れていたりはする。

「せめて、おかえりくらいはなぁ」
ぼんやりと呟いた言葉は白い靄になって浮かび、すぐに見えなくなった。


159:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:57:25 BKFgU1gH
案の定と言うべきか、いつも通りというべきか、家は暗かった。母の中途半端なガーデニング趣味が災いし、壁には正体不明の蔓が巻きついているのは相変わらずだ。

明かりの無いまま、おぼつかない手つきで鍵を開けると、まずは玄関、廊下、階段、居間、キッチンの電気を点ける。玄関の明かりを点けた時、大きめの何かがあったが、気にしないことにした。どうせ母が通販でまた何か頼んだのだろう。

「洗濯物入れて、掃除機かけて、風呂やって、飯作って・・・」居間でカバンを下ろしつつ、やるべきことを反芻する。こうでもしないと、スイッチが切り替わらない。

庭のほうからどんっ、という激突音がした。目をやると、シベリアンハスキーがガラス戸に前足をのせ、後ろ足で立っている。「待ってろ、マエダ。飯食ったら散歩に行くから」

ある日、突然にシベリアンハスキーを貰ってきたのは父だ。
その数日後、帰省した姉は黒いラブラドールレトリーバーを抱えていた。
飼い始めてから知ったのだが、我が家はどうも動物好きの血が流れているらしい。
帰りの遅い母が、帰ってきてから散歩に行ったり、ただでさえ家を出るのが早い父は、わざわざもっと早くに起きて散歩に行っている。
犬の世話に熱中して倒れて貰っても困るので、自粛するように呼びかけているが、あまり聞いてくれていない。

ちなみに、ハスキーがマエダで、レトリーバーがルイス。さらに言えばレトリーバーはメスで、どちらとも名付け親は俺だ。
とりあえず、先に二人にえさをやろう。そうでもしないと鳴き始めて大変なご近所迷惑になる。

こうやって、いつもどおりの一日が終わり、いつもどおりの明日が来る。そう思っていた。
テーブルの上の書置きと一枚の切符を見てから、少しだけ、捩れ始めた。

数時間前、彼女の人生は大きく捩れ、ブツリ、という音を発てて引きちぎれたのを、まだ知らないまま。

160:Tomorrow Nver Cmoes一話「平平凡凡」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 15:59:43 BKFgU1gH
とりあえず、終わりです。

何も始まってねぇし、意味わかんねぇし、ヤンデレいねぇし
とお怒りでしょうが、長い目で見てあげてください。
今日中に2話めも投下できると思います

161:名無しさん@ピンキー
09/01/21 17:54:37 M4jOJvBB
GJ!!!

wktkwktw

162:名無しさん@ピンキー
09/01/21 17:58:19 wJgdN0uL
>>160
続きが気になる長編だな。

GJ

163:名無しさん@ピンキー
09/01/21 18:04:18 v01au8A3
>>161
帰れ

164:名無しさん@ピンキー
09/01/21 18:24:45 TbCvjw54
>>160
りおちゃん可愛いしこれは続きに期待
あと、あまり自虐的になる必要はないと思われ

165:名無しさん@ピンキー
09/01/21 20:29:07 oT4LIDKF
>>160

GJっす!

wktkしながらお待ちしております

166:名無しさん@ピンキー
09/01/21 20:40:23 MDBiexYr
>>160
GJです

ところで題名が『Tomorrow Nver Cmoes』になってるのは携帯で見てるせい?

167:名無しさん@ピンキー
09/01/21 21:53:22 15sdnR5c
GJ!!
でも、最後の行の彼女って誰のこと?

168:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:20:58 BKFgU1gH
みなさん、応援ありがとうございます。遅れ申し訳ないです。
2話をなんとか書き終えたのですが、「あれ、話進んでねぇ・・・」と気付いたため、急遽、3話も書き上げました。
これでようやくスレの意義に追いつけた感じです

>>164
悪い癖ですね。申し訳ないです。
・・・りおちゃんがメインじゃないなんて言えない(ノω;)

>>166
いいえ、作者がアホだからです。ごめんなさい、修正します。

>>167
それは2話3話で・・・むふふ

では、投下させていただきます

169:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:22:18 BKFgU1gH
大きな、壁のように圧倒的な何かを見たのを最後に、私の意識は一度途絶えた。

熱さと生臭さで目が覚めた私が最初に見たのは、赤。左頬が赤い何かにぐっちょりと浸かっていた。
鉄のような匂いと生暖かさから、血だと理解するのに、時間はかからなかった。

反射的に退いて、横になった体を起こそうとしたが、体はまったく持ち上がる気配が無い。頭だけでも、と思い動かすと、想像を絶する激痛が顔の右側を襲った。

今の私は、左半身を下にして横になっている。激痛と血を考慮すると、私は怪我をしているのかもしれない。
ただ、起き上がれないのは怪我のせいではないように思える。右側に何かが圧し掛かってきているのを感じているのだが、何故か視界が黒く、よく見えない。それで起きようとすれば激痛。八方塞とはこのことか。

私は今どこにいるのだろうか。確か、今日は学校が終業式だった。家に帰るや否や、父と母は満面の笑みを浮かべ、私を制服のまま車に押し込んだ。

今日はお出かけよ。

なんでも欲しいものを買ってあげるからな。

そう言った両親は本当に嬉しそうで、私はクリスマスが近いことを思い出した。普段は助手席に乗る母が、今日は後ろの私の右側に座り、私の頭を撫でてくれて、父は運転席で羨ましそうな声をあげている。

少し遠くのショッピングモールへ行くため、車は国道に乗った。

━そして、壁を見た。
あの壁は黒かった。目のようなライトがあった。口のようなバンパーがあった。フロントガラスがあった。トラックだった。

血の気が引く、というのをリアルに体験する。体を恐怖が占領する。心臓が唸る。

ずるっ、という擦れる音がすると、右側の重さがなくなった。
同時に、何かが前のシートとの間に落ちる。
栗毛の髪、白い肌、ピンクのセーター、ベージュのロングスカート。
普段は助手席に乗る母が、今日は後ろの私の右側に座り、私の頭を撫でてくれた。

━ハハガ、ワタシノミギガワニ。

運転席に目を向ける。
ヒビだらけフロントガラスの向こうには、ひしゃげたエンジン部分と、トラックの一部があった。というより、トラックはすでにこちら側まで入ってきており、運転席は完全に潰れている。
一本、血まみれで、所々ガラス片の刺さった血まみれの何かが間から伸びている。
父は運転席で羨ましそうな声をあげていた。

━チチハ、ウンテンセキニ。

母と、目が合った。

170:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:23:15 BKFgU1gH
テレビを点けると、過剰なまでに脚色された再現VTRが流れていた。テレビを信じるな、と唯一教え込まれてきた俺は、すっかりアンチマスメディアとなってしまった。

庭ではマエダとルイスが、軽く引いてしまうぐらいの勢いでドッグフードを貪っており、ガラス戸越しでも、はっきりと聞こえている。まぁ、朝7時に食べて、今まで何も食べないというのは辛いだろう。

言っておくが、昼を食べさせないのは普通のことである。犬は一日二食、朝と晩だけだ。何故かは知らない。

何も手を加えない、生まれたままの姿の食パンを咥えながら、二階へ上がろうとした所でようやく、ソレに気付いた。

「なんだ、これ?」テーブルの真中に置かれた紙を持ち上げる。一枚は掌と同程度のサイズの横長で、『東京-岡山』と大きく書かれてあり、『サンライズ出雲』とも書かれてあった。

「切符、だよな」時刻的には、あと二時間もすれば出発する。「なんでこんなタイムリーなもんが・・・?」

次に、A4サイズの紙を手に取る。家にあるコピー用紙と同じ感触がしたので、それだろう。紙には腹が立つほどの丸文字で一言、『乗れ』とだけ、太いマジックで書いてあった。

「意味わかんねぇよ、母さん・・・」

丸文字が母のものなのはわかるが、意味がわからない。

突然、マエダが吠えた。

直後、チャイムが鳴った。

171:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:24:05 BKFgU1gH
「お待たせっ。ほら、時間ないから、早くっ」

訪問してきたのは股引姿に鉢巻を巻いた、どこかで見たようなおっさんで、いきなり俺の腕を掴むと軽トラックに引き込もうとした。当然、抵抗する。

「ちょっ、まっ・・・待て、よっ」

手を振り解こうとするも、おっさんはなかなか離れない。自称スポーツ少年の高校生が、股引鉢巻のおっさんに翻弄されている姿は、さぞかし茶の間の笑いを誘うことだろう。

「待てないって。電車が出ちゃうでしょうが」

「電車、って」俺が抵抗を止めたからか、おっさんも引っ張るのを止めた。俺は手に持ちっぱなしだった切符を見せる。「もしかして、コレ?」

おっさんは目を細め、顔を近づけたり離したりを何度か繰り返してから、これだよ、とだけ答えて俺を車に押し込んだ。

「のぉっ」頭からダイブした座席は、きんぴら煮の匂いがした。

「荷物は・・・これかな。ほいよっ」

ドサリ、という音と共に、車体が僅かに揺れた。すぐにおっさんが運転席に乗り込んできて、再び揺れた。

「ほらほら、シートベルトしないと。おじさんが罰金取られちゃうよ」

身の安全よりも金とは。どこか物悲しい気分で、シートベルトを締めた。・・・じゃない。流される所だった。

「っつうか、おっさん、」

「舌噛むよ~」おっさんがそういい終わるよりも早く、俺は強烈な衝撃を受けて、シートの背もたれに叩きつけられた。

172:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:24:53 BKFgU1gH
「っは・・・」

あまりに突然で、一瞬、呼吸すらあやふやになってしまった。

落ち着いてから窓の外を見ると、ありえないとしか言い様が無かった。景色が流れていく、というような甘っちょろい表現じゃない。景色が認識できない。

あ、街灯。あ、傘を差した人。そんなのが車だと思っていた。

あ、青っぽい何か。あ、赤っぽい何か。俺の目がおかしいのではないかと疑うが、背もたれからビクともしない体が、そうではないと告げている。軽トラがこんな速度出せるわけねぇだろ。

さらに信じられないのが、車線という、交通ルールの基本を完全に、全快バリバリにシカトしているということだ。

夜とはいえ、それなりに車は走っている。こんなバカみたいな速度で走っていれば追いつくのも当たり前なわけで、そのたびに反対車線に乗り上げ追い抜かしている。
まるで魔法のように、車の間を縫うように走っていく。魔法の軽トラに乗った、股引鉢巻の魔法使い。吐き気がする。

「おっと、俺のクリスチーナに吐くなよ」

「吐きませんよ」この速度なら、吐いたら顔面に戻ってきそうだ。「っつうか、クリスチーナって」

「おじさんの愛車よ。奥さんと同じ名前付けてんの」

「グローバルですね」

「ぐろー・・・?ちがうちがう、クリスチーナ」どうやら会話は出来そうにない。


状況を冷静に考えようにも、頭が回らない、回せない。マジでGがパネェ。

ヒントを得ようにも、相手は魔法の国出身なので会話が出来ない。

何なんだ、この状況は。今日は終業式で、昼飯を食べたらすぐに部活だった。レギュラーではない俺は、いつものようにサポートばかりの退屈な部活で、それで家に帰ったら謎の切符があって、魔法使いに拉致られた。

シュールだ。

右手に持ちっぱなしの切符を見る。『東京-岡山』『サンライズ出雲』の他に、『寝台券』『個室』と言ったワードも書かれていた。
切符、というからには何かに乗るための物で、『寝台』という言葉などから考えるに、電車だろう。つまり、岡山行きの夜行列車か。

岡山と言えば、降水量少なかったり、備中松山城、桃や葡萄、吉備津神社など、色々あるだろうが、我が家では黒崎家が一番最初に挙がる。

黒崎は母の弟、つまり俺にとっての叔父さんの家族だ。今となっては、母にとっての唯一の血縁になってしまった。そのせいか、昔から仲が良く、なかなか遠い距離でありながらも、黒崎の一家が我が家によく訪問してきた記憶がある。
斎藤の一家はというと、覚えている限り、一回しか行った記憶がない。

「あ・・・」唐突に思い出した。

「漏らしたか?」

「いや、大丈夫です」

「よかった~」

「わかりましたから、前を向いてください」クリスチーナが電柱と浮気しますよ、と小声で付け足して、俺は意識が途絶えた。

173:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:25:39 BKFgU1gH
「起きんしゃい、ほら、起きんしゃいって」

「んっ・・・」ゆさゆさと体を揺すられる度に、きんぴらの匂いが強くなる。

寝ぼけ眼が最初に捉えたのは古くなった明太子のような色の唇だった。吐き気がする。

「うぅっ」勢いよくドアを開けると、遠慮なく吐いた。昼から何も食べていないのに、驚くほど出た。

「いやぁ、車の中ではしっかり我慢するなんて、偉いねぇ」

愛車が汚れなかったのがそんなに嬉しいのか、おっさんはやたらと素敵な笑顔を浮かべ、フェンスの金網を掴みながら戻し続ける俺を見ていた。

「目的地についたら助手席の前に袋が出るシステムを投入したらいかがですか」

「おっ、それいいかもねぇ」

「冗談でしょ?」そのうち荷台にロケットエンジンでもつくのではなかろうか。

辺りを見渡すと、ここが駐車場だと言うことは理解できた。背の高いビルに挟まれているせいで薄暗く、スペースも4台分しかないという狭さ。
建物の隙間からは、止まない轟音とともに絶え間なく行き交う車が見えた。さらにその向こうには、目を疑うほどに高いビルが乱立してる。

「ここ、どこっスか?」

「ほら、急いで」おっさんは質問には答えずに、荷台に乗って、大きなスポーツバッグを投げてきた。
慌てて受け止めると、合宿の時に買ったものだと気付いた。「玄関にあるから持ってきたけど、それであってるよね?」

あってる、というのは俺の物、という意味だろうか。よくわからないまま中を見てみると、入れた覚えのない部屋着や歯ブラシなどがあった。
なんとなく、状況が理解できてきた。

「おっさ・・・オジサンは、もしかして父の知り合いですか?」

「そうだよ、さっきいきなり電話で頼まれてねぇ」

ようやくことの全貌が見えてきた。要するにこれは両親なりの気遣いで、独りで冬休みを過ごす寂しい俺に、せめて家族同然の黒崎家で楽しく過ごさせようとしているのだろう。
それならば、わざわざ寝台特急に乗せる理由もわかる。

もしかしたら、両親も後から駆けつけるかもしれないし、姉は既に行っているという事もありうる。ただ、俺に予定がないと決め付けられているのは寂しい。

父にはどういう繋がりか、変な友人が多い。このオジサンもそうだろう。類は友を呼ぶ、だ。こんな変人を呼び寄せるのは父しかいない。

「ほら、早く早く。電車出ちゃうよ」

そうとわかれば割り切ろう。部活には葬式がどうとか言えばいい。俺は冬休みを満喫させてもらう。

駅へと走りながら、いったいオジサンの奥さんはどれだけ恐い人なのかを想像していた。

174:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:26:33 BKFgU1gH
間一髪とはまさにこれで、俺が乗車してから、座席を見つける前に電車は出発した。

夜行列車、というと何故か物悲しいイメージがあるが、このサンライズ出雲は違う。いや、もしかしたら最近のは全部そうかもしれないが、俺はコレにしか乗ったことがないので比べ様がない。

内装は細部まで気が遣われており、そこら辺のしょぼいホテルよりは格段良い。シャワー室や、時間は限定されているが売店もある。談話室や喫煙室、なかにはツインベッドの二人用の部屋まである。

部屋を見つけるのに、大した時間はかからなかった。親切な案内図の存在もあるが、やはり二度目というのが強みだ。

昔、たった一度だけの家族旅行が、このサンライズ出雲に乗っての旅行だった。幼かったので記憶は曖昧だが、物凄くテンションが高かったのだけは覚えている。
そのせいか、まだ9時間以上もあるのに、高揚して眠れなかった。


なんとなく談話室に赴くと、一人の男性がいた。ハイになっている俺に、恐いものはない。「こんばんは」

男性は突然の訪問者に驚き、ビクついたものの、すぐに「こんばんは」と返事をしてくれた。ほんの少し、警戒しているよう見えるのは、俺が制服姿だからだろうか。

初見はどこか梅ちゃんを彷彿とさせたが、弱々しくも、全てを許容するような笑顔は、男の俺でさえドキリとするものだった。

目にかかるほどの黒髪に隠れがちだが、よくみると瞳はくすんだ色をしている。端整とまではいかずとも、どちらかと言えば美形に入る顔つきだろう。歳は二十歳ぐらいか。

テーブルを挟んで向かい合う形で座ると、彼は佐藤と名乗った。一瞬、佐藤登志男が浮かぶが、佐藤という苗字は五万といるので、関係はないだろう。
何より、登志男は美形ではない。
彼が苗字だけ名乗ったので、俺も斎藤とだけ名乗った。彼は、似てますね、と笑った。

夜行列車という場所がそうさせるのか、お互いに聞いてもいない身の上話を交互に語り、気付けば日付は変わっていた。
そろそろ退散し様かと思った所で、突然女性が現れた。

長い黒髪を頭の横で一本に束ねている彼女は、アマネと名乗った。
佐藤さんとの会話を聞く限り、二人は知り合い、もしくはそれ以上の仲らしい。パッチリとした瞳と笑顔が可愛らしい。
流石にお邪魔かとも思ったが、彼女が話したいと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。


結局、一睡もできないまま、岡山駅のホームに下りた。閉まった扉を見ると、変わらぬ笑顔のアマネさんと、会ったときよりも若干やつれて見える佐藤さんが手を振ってくれていた。
二人を見送ると、俺は改札へ向かった。

あれから7時間ちょい。アマネさんのマイクパフォーマンスは素晴らしかった。話を途絶えさせない質問の嵐と、意欲をそそるような聞き方、そして退屈させない巧みな話術。
是非ともMCとして、最近の低迷気味のバラティ番組をを改革していただきたい

175:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:27:24 BKFgU1gH
半ば眠りながら改札を抜けると、明らかに異端な黒服が目に付いた。

黒い上下のスーツに、黒いサングラスをかけた角刈り。避けたほうがよさそうだが、さっきから写真を片手にチラチラこちらを見てくる。
挙句、人を押しのけながらこっちまで来る。「斎藤憲輔さんですね」

「ええ、まぁ、はい」

こちらへと言って、再び人の波をかき分けながら進む黒服についていくと、駅前のロータリーでタクシーを拾った。運転手に行き先を告げていたが、あとから乗り込んだ俺は、他の車の音でよく聞こえなかった。

走り出したタクシーの中、なんとなく気まずい空気に戸惑う。
身を細くしながら扉によりかかり、この人も父さんの知り合いだな、とぼんやりと、しかし、確かな自信を持って考えていた。

「この度は、残念でしたね」

黒服が突然言うが、意味がわからなかった。顔を合わせると、黒服が首を傾げた。「ご存知でない?」

「なんのことかさっぱり」先ほど、チラリと見た売店の朝刊に『米大統領、就任前の期待は何処へ』という一面があったが、まさかそんな話題を高校生には振るまい。

「お父上からご連絡は?」

「連絡・・・あ、昨日から携帯の電池が切れっぱなしで」

「なるほど、そうでしたか」口調は丁寧だが、目は明らかに俺に失望していた。仕方ないじゃないか。メールを2通受信したら電池が2になるようなオンボロだぞ。それに、終業式という退屈なイベントもあったのだ。

黒服が実は、と切り出した所で、タクシーは停車し、俺のほうだけ扉が開いた。

「・・・ご自身でご確認するべきでしょう」そう言って、紙切れを渡された。302、とだけ書いてある。「行って下さい」

タクシーは駐車場に止まっていた。最初に見えたのは、少し汚れた白い壁で、見上げて初めて病院だと理解した。
楽しい気分や、うきうきした気持ちで病院に来ることは少ない。僅かに、胸が苦しい。

176:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:28:21 BKFgU1gH
こんな時間から面会はしてないんですよねぇ、と言う白髪の医者を押し退けた。
エレベーターを待ちきれず、階段を駆け上がる。4階は大した高さではないが、息切れを起こすには充分だった。

息を整えようともせず、また走る。番号が若いわりに、302号室は遠く、たどり着いたときには過呼吸になりかねないほど酸素を求めていた。

扉に手を当て、息を整える。吸って、吐いて。顔を上げる。

表札には『黒崎くるみ』と書かれていた。

ヒュッ、という音が聞こえたかと思うと、呼吸が出来なくなり、膝を突いた。本当に過呼吸になりやがった、このアホ。

「憲輔さんっ」エレベーターの扉が開いた音の後、黒服が駆け寄ってくるのが分かった。どんだけ遠回りしてたんだよ、俺は。

彼は俺の手を取ると、両手で口を覆わせた。さらに、その上から黒服の手が覆い被さり、指と指の隙間が完全に隠れた。

1分せずに、俺の呼吸は落ち着きを取り戻した。今のは、ビニール袋を当てるのと同じ原理だろうか。

「ありがとうございます」

人より過呼吸になりやすい体質とはいえ、情けない。不安や衝撃もあったが、それにしたって・・・なぁ。

「いえ、それよりも」彼は表札に目をやる。

もう一度見ても、書いてある文字は変わらない。

『黒崎くるみ』

177:Tomorrow Never Comes2話「捩れ」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:29:00 BKFgU1gH
私は外で待ちます。

そういった黒服を置いて、病室へと入った。意を決してスライドさせたドアは軽く、どこか空回りした気分だった。

真っ白な空間。壁も、天井も、ベッドも、備品も。ゆったりとした個室を見て、多分、俺の部屋より広いな、と場違いなことを考えた。

大きなベッドの枕もとには、小さな山が出来ていた。いわゆる体育座りをして膝に顔を埋めており、長い栗毛だけが見えた。

再び過呼吸になりかねないほどの締め付けを胸に感じ、それに堪えながら、口を開く。「くるみ」

栗毛が揺れ、顔が上がる。

中学3年生の割に、まだ幼い顔つき。細く、小さい体。一家全員がおそろいの亜麻色の髪。

━そして

「・・・お兄ちゃん?」

久しぶりに見た従妹の顔には包帯が巻かれていた。



(続いて、3話いきます)

178:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:30:34 MHFWGQie


179:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:31:42 BKFgU1gH
目が覚めると、見覚えのない天井にたじろいだ。周囲を囲む全てが白で、その不自然さに恐怖を覚えた。

しばらくぼんやりと辺りを見回して、ここが病室で、自分がベッドの上にいることを理解した。

そして、事故に遭ったことを思い出した。

母の目を、父の腕を思い出した。

━右目が、みえない。

震えた指先で右眼の位置にそっと触れると、ザラリと布の感触がした。包帯だ。

「あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁぁぁぁあ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!」

叫びたくもないのに、声が出てきた。お腹の奥の方から、内臓を、喉を押し退けながら、黒くドロドロとした叫びが溢れてくる。

さながらFBIのように突入してきた看護士によって取り押さえられ、注射を打たれたことでまたもや私の意識は飛んだ。

180:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:32:14 BKFgU1gH
次に目覚めたのは、朝日がゆっくりと昇り始めた時間帯で、明かりのない暗闇にぼんやりと浮かぶ白い部屋は、さっきとは違う恐怖があった。

頭が幾分か冷静になったのを確認してから、恐る恐る右目に触れた。

感触は変わらない。湧き上がる衝動を押さえつけて、深呼吸をした。

右目が見えない。その事実は、昨日まで何の不自由もなく生きてきた私にとって、この世の終わりとも言える程の絶望だった。

そう、何不自由なく生きてきたのだ。

母は私の相談を何でも、真摯に受け止めてくれた。時に笑い飛ばし、時に叱り、時に泣いてくれた。

父は母よりも、誰よりも大きな愛情を私に注いでくれた。風邪をひけば会社を休んで看病し、虐められれば肩を怒らせて乗り込んでいき、欲しいものがあれば何でも買ってくれた。

両親は私には過ぎるものだった。二人は私を宝物と言ってくれたが、むしろ逆で、私にとっての宝物が両親であった。

さらに、私にはもう一つ家族があった。少し変わり者だが、優しい伯父さんと伯母さん。いつも元気なお姉ちゃん。

そして、私を可愛がってくれるお兄ちゃん。

断言できる。私ほど恵まれた環境にいる人はいなかった。

今、かつての私ほど恵まれた環境にいる人はいない。


膝を抱えるように、自らを抱きしめるようにして座る。

もういないのだ。かつての私は、もういない。

見えるはずのない右眼に、あの惨事が映る。左眼を開けようが閉じようが、決して消えない光景。

「恐いよぉ・・・お母さん、お父さぁん・・・・」

左眼から、涙がボロボロと零れる。顔をシーツに埋める。

「助けて・・・お兄ちゃん・・・・」

ズドンッ、という重い音が病室に響く。刹那、あの惨事が目だけでなく、体全体に染み渡る。ひっ、と小さな悲鳴をあげ、より強く自分を抱きしめた。

「くるみ」

恐怖が霞む。何か暖かなものが、私の心を優しくノックしてきた。

「・・・お兄ちゃん?」顔を上げる。

顔を真っ赤に高揚させ、涙目で息を切らした、私が兄のように慕っている人物。

斎藤憲輔がいた。

181:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:33:07 BKFgU1gH
状況は俺の予想より、遥か上空にあった。 俺の予想がツバメの低空飛行なら、現実はスペースシャトル。そもそも、ベクトルが違う。

くるみの病室に飛び込んだ後、くるみは大声で泣き叫びながら俺の胸に飛び込んできた。かろうじて受け止めたが、俺の頭は完全にフリーズしていた。

袖の長い病院服を着ているのでその下は分からないが、露出している手、首にはいくつかの痣があるのが見えた。何より、顔に巻かれた包帯に目が行ってしまう。

額から少しだけ上下した位置までの幅で、頭を一周する形で巻かれたものと、顔を斜めに突っ切っているものの二つだった。その内、後者のほうが問題だ。右目を完全に覆い隠している。

それが意味するのは、右目に怪我をしているということ。シンプルだ。シンプル故、最悪の事態を簡単に想像できる。

泣いているくるみに対して、何も出来ずに立ち尽くしていた。くるみは俺の体に顔を埋め、時折「お兄ちゃん」とか、「恐かったよぉ」と言いながら泣いている。


5分と経たずに、医者が来た。白髪混じりの初老の医者で、先ほど俺が押し退けた医者だ。
無理矢理に進入したことを咎められると思い身構えたが、医者は、状況を説明したいので部屋を用意しました、と懇切丁寧に言ってきた。

断る理由も必要もなく、俺は頷いた。部屋を出る医者について行こうとすると、くるみが俺のブレザーの裾を掴んだ。「・・・ヤダ」

医者の方を見やると、医者はゆっくりと首を横に振った。当然と言えば、当然かもしれないが、今のくるみには酷だ。

俺はくるみに対して向き直ると、強く抱きしめた。栄養が足りないのでは、と不安になるほどに身体は細く、背は低い。包帯がずれないように気を遣いながら、頭を撫でた。

「大丈夫、すぐに戻ってくるから」

「でも・・・」

「大丈夫、大丈夫だから」

繰り返し言い聞かせると、くるみは不安げな表情のまま、わかった、と言ってくれた。もう一度撫で、部屋を後にする。


「私は外で待ちます」

何度言ってもその返事しかしてくれないので、いい加減、俺が折れることにした。

彼は俺が高圧的だろうが低姿勢だろうが、『一緒に来てくれ』という言葉を聞き入れない。

「優しいのですね。ですが、私になど気遣いは無用です」

優しい?気遣い?

━違う、俺はただ・・・

182:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:33:58 BKFgU1gH
中に入り、扉を閉める。奥の壁が大きくガラスになっており、目覚め始めた街がよく見えた。部屋には大きな机と、それを囲むように配置された椅子があることから、会議室か何かだろう。
左の壁に沿って簡易的なキッチンのようなものがあり、蛇口とコンロがあるのが分かる。

ただ、会議室の備品まで白にする必要はなくないか?目がチカチカしてきた・・・。

「コーヒーでいいですかな?」俺は頷く。

コンロの近くのコーヒーメーカーを手に取ると、2つのコップに注ぎ始めた。「ありゃ、もう冷めてるよ。冷めたコーヒーは苦手かな?」
首を横に振る。段段イライラしてきた。

「そりゃあよかった、私は苦手だから遠慮するけどね」医者は声をあげて笑う。限界だ。

「っいい加減にしてくれ!あんたはふざける余裕があるかもしれないけど、こっちそんなもんはねぇんだよ!!」

全力で叫んだにも関わらず、医者は表情一つ変えずにコーヒーを差し出してきた。

「キミこそ、余裕を持ちたまえ」

頭の中で何かが弾け、手が出そうになった瞬間、医者は蛇口の方を指差した。「見なさい、いいから、見なさい」

訝りながらも、差す先を見ると、驚いた。

肩で息をしながら、顔を真っ赤に染め、血走らせた目は今にも泣き出しそうな、太めの眉を皺にしている男がこちらを睨んでいる。あ、俺か。

医者が先ほどより大きな声で笑い出した。俺は顔を抑えて、ため息を吐いた。鏡には、情けない男が一人映りつづけていた。

183:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:34:28 BKFgU1gH
冷静になった頭に、彼は容赦なく事実を叩き込んでくる。

事故は、黒埼一家が車で移動中に起きた。国道を走っている途中、反対車線を乗り上げた大型のトラックが一家を襲った。

トラックは運転席へ、斜めに突撃してきた。ただぶつかっただけなら、もしかしたら誰も死なずに済んだかもしれない、救えたかもしれない、と医者は嘆いた。

国道は両側二車線で、高い位置にあるため、どちらの車線の外側にも壁が建てられていた。たまたま左側を走っていた叔父さんたちの車はトラックに押され、そのまま壁に挟まれた。壁が崩れなかったのは、不幸中の幸いと言える。

衝撃で運転席は潰れ、さらにこぼれた資材が天井を押し、天窓を割った。その破片がくるみの右眼に混入したのだと言う。

「治る可能性は?」目眩を堪え、机に手をついて何とか身体を支える。

「ゼロではありません」腕から力が抜け、机にもたれかかる。


━優しいのですね。

違う。

━気遣いは・・・

違う、違うんだ。

おれは、ただ恐かった。一人でこの事実を受け止めなければいけないことが。

184:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:35:02 BKFgU1gH
大丈夫ですか、と訊かれたので、平気です、と強がる。机に全力を込めて、立ち上がる。

医者は患者に希望を持たせるように表現する。不治の病に対し「時間がかかるけど、きっと治るよ」、薬の副作用に対し「お薬が利いてきた証拠だよ」。くるみの場合、希望を持たせても、ゼロではない、だ。

また立ち眩みがした。

「次に退院に関してですが、恐らく、あなたが考えているよりずっと早く出来ます」

「本当ですか?」

「ええ、ガラス片を取り除く手術自体は問題なく終わりました。他には目立った外傷がないので、精密検査の後、本人が望むなら通院を条件に何とかなります」

小さな、ほんの僅かな光が差したように感じた。「ありがとうございますっ」

「いやぁ、最初とえらい違いですなぁ」頭を下げると、笑いながらそんなことを言ってきた。こういう大人には敵わない。いろんな意味で。

くるみの病室に戻ろうとしたら、医者はまた鏡を指差した。さっきよりかはマシだが、未だに情けない男が立っている。

「顔を洗いなさい。そんな顔では、あの子が不安になりますぞ」

確かに。さっきのくるみの不安げな表情は、このせいだったのだろうか。

「ほらほら、王子様はシャキッとしなさい」顔を洗う俺の背が叩かれる。本当に、敵わない。

俺はどこか父を思い浮かべていた。

185:Tomorrow Never Comes3話「Mement-Mori」 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:35:45 BKFgU1gH
病室は再び静寂に包まれた。明かりは点けていないので、相変わらず薄暗いし、右目は見えない。

それでも、私の心は色とりどりに飾りつけられている。

お兄ちゃんが来てくれた。それだけで、私の世界に太陽は昇った。


━あんなにやさしかったお母さんは死んでしまった。あんなに私を愛してくれたお父さんも死んでしまった。家族だと思っていた伯父さんと伯母さんは来てくれない。お姉ちゃんもだ。

━でも。

「お兄ちゃんは来てくれた・・・」

あんなに必死になって、来てくれた。

瞳は充血していた。その下にはうっすらと隈があった。制服だったから、もしかしたら知らせを聞いて、急いで飛んできたのかもしれない。


━うふふっ。

思わず声がこぼれた。

いつも私を可愛がってくれたお兄ちゃん。

いつも私を愛してくれたお兄ちゃん。

「大好き・・・大好きだよ、お兄ちゃん」

春のお日様に照らされたように身体が暖かくなってきた私は、無意識に、自らのの最も熱い部分へと指を伸ばしていた。

186:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:37:28 70EdYwNo
支援?

187:兎里 ◆j1vYueMMw6
09/01/21 22:39:03 BKFgU1gH
とりあえず、以上です。
やたら長くてごめなさい。掲示板の時間もかなりいただいてしまいました

とりあえず、なんとか同じ土俵に立てた気分です。

それと、サンライズ出雲に始まり、多くのものが改変されて使用されています。ご了承ください

批判・指摘はいくらでもしてください

長文失礼しました

188:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:40:34 70EdYwNo
乙~
いや、これは先が楽しみだw
話の展開も、くるみのこれからの病みっぷりもw

189:名無しさん@ピンキー
09/01/21 22:57:44 15sdnR5c
GJ!!
2話連続乙かれ様です

190:名無しさん@ピンキー
09/01/22 00:18:23 fRhEGNtz
GJ!お疲れ様です。
今後の展開にwktkがとまらない!

191:名無しさん@ピンキー
09/01/22 01:10:40 AIfJ4Fy0
これはいいなwwwwww
従妹ってのがいい

192:ワイヤード  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:11:24 xwvUtjSz
投下します。

193:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:11:55 xwvUtjSz
第十五話『カナメ様の憂鬱』

「あなた様の存在に心奪われたものです!!」

騒々しかった校庭が、一瞬で静まりかえる。
曰く、「キシドー……? 何いってんのあの人」「ってか、女の声じゃん。また千歳の被害者か、うらやましい」「いや、あれであいつは苦労してるよ」などなど。
仮面の変質者ことミス・キシドーはそんな群集など意にも介さず、槍をなれた手つきで振り回し、構えを取る。
その型に、千歳は見覚えがあった。
はっきりとは思い出せないが、蒼天院流と同じく古くから伝わる武術の一種だろう。
だとしたら、先ほど清水拳を貫通した理由も説明できる。闘気系の防御を、さらに貫通性と凝縮率のたかい闘気攻撃で打ち破ったのだ。
それができるほどの貫通性を槍で生み出すことのできる流派の使い手。それが女。
理科子のような才能の持ち主はそうそういないと思っていたが、案外近くにいるものだ。
しかし。千歳は疑念を覚える。
闘気の性質があの『狙撃者』とは違う。あちらは殺意を全面に押し出した荒々しいものだったが、このミス・キシドーに殺意は感じない。
むしろ―
「―俺を試しているのか」
「ご名答、と、言わせていただきますわ。千歳様」
千歳の呟きに、ミス・キシドーが応えた。
蒼天院清水拳の構えを取る千歳と一定の距離をとりながら相対している。
(くそ、この変質者、隙が無い。防御が貫かれるとなっちゃ、攻めのほうが有効だってのに……)
変態的な装いをしながらも、ミス・キシドーは戦闘力に関してはかなりの水準に達しているらしい。千歳ですら、この攻め気に押されている。
「何が目的だ」
「試すのです。あなた様が、今おっしゃったとおりでしょう」
「俺を試して、どうする気なのか。それを訊いてんだ」
問答により、相手の意図を聞き出すと同時に、できたら隙を生み出す。千歳の立てた作戦がこれだ。
通用するとは思えないが、もしこの変質者が別の人間に襲い掛かってもまずい。注意を常に自分に向けなければ。
「ふふっ。それこそ、愚問ですわ」
「何だと……?」
「ならば、あえて言わせていただきましょう……」
ミス・キシドーは、ゆっくりと手を仮面にかけた。
すっと上にずらしていく。徐々に、白い肌があらわになっていく。
「あんたは、まさか……」
そして、現れたのは、千歳にも見覚えがある顔だった。
白い肌に、お上品なブロンドの縦ロール。エメラルドグリーンの透き通った瞳。
すっと顎が細く、しかし張りのある頬の肉付き。すべてガラス細工のように透明で、繊細。
そう。彼女は……。

「御神 枢(みかみ カナメ) であると!!」

 ♪ ♪ ♪


194:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:12:25 xwvUtjSz
二日前までさかのぼる。
御神家のお屋敷で、趣味のB級ホラー映画鑑賞にいそしんでいたお嬢様、御神カナメ。
今日はブレインデッドを視聴している。お屋敷の中にはもちろん特設映画館があり、超大画面で内臓の飛び散りを楽しむことができる。
ブレインデッドをみた回数はもはや記憶にあるだけで30回を越しているが、それでもこの映画は名作と言わざるを得なかった。
……とはいえ、いつものように集中して映画を鑑賞することができない。何かの病に憂いているかのように。なにもかも上の空だった。
そう、彼女は病気だった。
恋わずらい、という。
「ああ、千歳様。わたくしのいとしいヒーロー。アメリカンコミックにたとえるなら、まるでスポーンのようにたくましく、強いお方」
夢見る瞳は、もはや画面の向こう側の妄想の世界に向いていた。
ちなみに捕捉すると、日本のこの年齢の少女で、スーパーマンやスパイダーマンではなく、スポーンをカッコイイヒーロー像として真っ先に思い浮かべる人間はおそらく彼女だけである。
それもそのはず。スポーンは名作B級映画となっているのだ。『ブレインデッド』とあわせて、こちらもお勧めしたい。
さて、作者の個人的趣味はここまでにして、カナメの描写に戻ろう。
「ああ……千歳様。わたくし、あなたが忘れられなくてよ。一度あっただけのわたくしをここまで堕落させてしまうなんて、なんて罪深いお方。あなた様の罪は、身体で払っていただいてよ」
映画画面の中では、首が取れかけの看護婦のゾンビと、カンフーに長ける神父のゾンビが性行為を振り広げ、赤ん坊ゾンビ生み出す衝撃映像が繰り広げられていた。
「そう……この官能、わたくしも、千歳様とこの官能を。秘めやかなこの情動を分かち合いたい……!」
画面内では、主人公が赤ん坊ゾンビを必死で子育てする物語が展開されていた。
「すばらしいわっ! 千歳様とわたくしの子も、かのように元気な子がよろしいのですわ!」
カナメはお嬢様として育てられてきた。故に、男女の関係について学ぶ機会など全くと言っていいほどになかった。そんなカナメがこれほどに歪んでしまったのには、理由がある。
あるとき、親や侍女の目を盗んで見た深夜映画。もともと映画鑑賞(幼少期なので、ディズニーアニメ程度のレベルだったが)が趣味だったカナメは、興味心身で食い入るように見てしまった。
それが、『バタリアン』である。
そして、その時以来、カナメの脳みそは悲しいほどに変化してしまった。まるで『トライオキシン』を浴びてしまったかのように。
それ以来、隠れてB級映画を見るようになったカナメは、B級映画にあるエロシーンのような歪んだ関係こそ、男女関係なのだと。そう、無意味に錯覚した。
無論、それは幼少気のことであり、現在、聡明に育ったカナメはそれが間違いであることがわかっている。
しかし。
それはもはや『治療不能』の領域だった。カナメの性的興奮は、確実に歪んでいた。
カナメにとって、憧れは嫉妬と同じである。好きは嫌いである。
御神カナメにとっては、愛と憎しみは同じだった。


195:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:12:56 xwvUtjSz
遠まわしな表現になったが、カナメはつまり、極度の加虐趣味を持つのである。
千歳という存在に憧れを抱いたカナメは、千歳と戦うことでしかそれを表現できないとすぐに悟った。
もちろん、それが全くの無意味な行為であることは分かっているし、そんなことをしても千歳の心を手に入れることができないということもわかる。
しかし、カナメは分かっていた。
もし千歳がカナメの、痛みを伴なう愛を乗り越えることができる強さをもつ男なら。
愛しても壊れない男なら。
それは、カナメにとって、唯一無二の存在になるのではないのか。
「カナメ様」
黒服の男。高崎がカナメの隣にたつ。
「鷹野千歳氏のデータが出揃いました」
「速かったですね。ご苦労様です」
高崎の差し出した書類をぱらぱらとめくる。
「なるほど。記憶しました」
ぱたりと、数秒で閉じる。
これが、御神グループ総裁の地位を勝ち取り、さらにグループを財界の頂点にまで引っ張り上げたカナメの一つ目の能力。『瞬間記憶』である。
じつはカナメの固有能力ではなく、これはある種の『コツ』があり、脳を上手に鍛えれば誰にでも可能なことだ。
サヴァン症候群の患者が時折こういう能力を得ることが、それを証明している。カナメはそれを知らないうちに苦も無く実践していた点が驚異的なのだが。
「交友関係に、懐かしい名前が載っていましたね……。まあ、それはいまは保留しましょう。あの男など、千歳様とは比較対照にもならない」
カナメは一瞬顔をしかめたが、すぐに平常に戻った。この切り替えと割り切りの速さも、カナメの能力のひとつ。
「それにしても、高崎。好んで視聴している番組に、気になるものが」
「なんでしょうか」
「がんだむだぶるおー。とは、どういうものですか?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる高崎。
「もちろん、ガンダムという名は、わたくしも聞いたことがあります。しかし、未だチェックはしていませんでしたね」
「ガンダム00というのは、鷹野氏の妹である、『鷹野 百歌』氏が好んでいるのを、兄妹仲良く毎週かかさず見ているアニメのようですね」
「やはり、千歳様とお話をあわせるには、見たほうが良いでしょうね。高崎。手配できますでしょうか」
「それに関しては、既に」
高崎は懐に手を突っ込むと、ガンダム00ブルーレイディスク全巻をカナメに差し出した。
「まあ! 用意周到なことね。さすがですわ、高崎」
「いえ、これは……じつはというべきか、私の私物でして……」
「……?」
カナメは知らなかったが、高崎は隠れオタだった。
「と、とにかく、名作ですので、きっとカナメ様にも楽しんでいただけると思います。スクリーンに映しますので、しばしお待ちを」
そう言うと、すっと高崎は消えた。
「高崎がガンダムマニアだったなんて、わたくし微塵も存じ上げませんでしたわ……。あの強面には似あわぬたおやかなご趣味……。まあ、それは今は不問に処しましょう。とにかく、ガンダム00とやらを見なくては」


196:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:13:29 xwvUtjSz
ブレインデッドが中断し、画面が切り替わる。
銃声の飛び交う戦場。中東の内戦かなにかなのだろうか。巨大兵器に残酷にも蹂躙される少年兵たち。
その中に、一人の黒髪の少年が走っていた。―この世界に、神なんていない。
そう、繰り返しながら、なおも少年は戦いつづける。
やがて、訪れる死―そして、再生。
ガンダムによって死から救われ、そして、それでも戦うことを選んだ少年は。

「俺が……!」

「俺達が、ガンダムだ!!」

十二時間後。御神カナメは大粒の涙を流し、嗚咽をもらしていた。
「なんと……なんと、素晴らしい。遂に、世界の歪みを破壊したのですね……! 刹那さんはもう頑張ったわ……もう、戦わなくていいのですわ……!」
と、カナメは感動に浸っていた。
が、それだけではなかった。
突如変わる音楽。アレンジはされているが、絶対音感を持つカナメには、それが一体何を意味する音楽なのか、すぐにわかった。
「会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!」
乙女座の男。最後の敵だったはずの国連大使を倒してもなお、世界は歪んだままだった。
それは、主人公である少年と、ガンダムが新たに生み出した歪み。
愛が憎しみに変わる瞬間。
「ようやく理解した……この気持ち、まさしく愛だ!」
カナメは息を呑む。
この男の愛は、わたくしと同じだ!
愛するということは、戦うということ。強いものに憧れるということ。憧れは、やがて怒りを生み出す。
そして、戦いの末に得るものは……。
それを示さないまま、ガンダム00は終了した。
「これが、わたくしの愛……! そして、千歳様の愛……!」

結局の所、御神カナメはその凶悪なまでの理解力と記憶力によって、あらゆるものに急激に影響を受けるのだった。
それが、ホラー映画から、ガンダムに変わっただけだ。
故に、このような過程を語ることは意味をなさない。
これは、御神カナメの不定形な人格を語る上での、ひとつの例である。

 ♪ ♪ ♪


197:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:14:00 xwvUtjSz
「わたくしは御神カナメ……。あなたさまの存在に心奪われました」
「あんたはあの時の……。なんで、こんなことを」
「心奪われた、といいました」
「理由になってねえよ!」
「わたくしの行動理由を決めるのは、わたくしです……」
言いながら、カナメはすっと動いた。滑らかな動きで、即座に間合いを詰める。
「あなたではありません!!」
槍による打突。先ほどと同じ、凶悪なまでの速度。
(避けられない……ならば!)
千歳は一気に前にでる。
(腕を止める!)
槍を止めるのではなく、カナメの腕を直接蹴り上げ、槍の軌道を変えた。
槍は千歳の頬をかすり、血を噴出させる。
「ちーちゃん!」
イロリが叫んだ。今まであっけにとられていたが、いざ千歳が傷付くと、動揺して気を取り直したようだ。
が、冷静ではない。
イロリは無策でミス・キシドーこと、御神カナメにつっこんでいった。
「やめろ、イロリ!」
千歳は叫ぶが、間に合わない。イロリはカバンをカナメに向かって振り下ろそうとしていた。
「あら、雑魚はひっこんでいなさいな」
―相手に向かって武器を振り下ろすより、直線に武器を突き出したほうが、遥かに速い。
イロリの動作のスピードなどまるで無視して、後から動いたカナメの槍が、イロリの心臓に吸い込まれるように……。
「イロリ!」
すんでのところで、横から割り込んだナギがイロリを抱き抱えて避けていた。
「この馬鹿、考えなしに突っ込むな! あいつはお前なんかと比較にならんほど強い!」
ナギはイロリを叱責する。かなり怒っていた。
本気でイロリを心配したようだ。
「あの千歳が苦戦するんだぞ。お前は足手まといだ」
「う……でも……」
涙目になって反論しようとするイロリ。
「でもじゃない! お前の命が一番大切だ!」
「ぁ……ごめんなさい……」
イロリはしゅんとして下を向いた。
ナギは安心したように立ち上がり、千歳の隣に立つ。
「千歳、ここは私に任せて欲しい」
「なっ……。ナギ、わかってんだろ、あいつは……!」
「任せろ、と言った」
「……無理はすんな」
そうして、ナギは千歳の前に立ち、カナメと対峙した。


198:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:14:30 xwvUtjSz
「おい、変態仮面」
「それは、わたくしのことですの?」
「それ以外誰がいるというんだ」
「……無礼な口は不問にいたします。何の御用なのでしょうか?」
「なんの事はない。お前は私の友人……千歳と、イロリを傷つけた。その罪を償わなければ。私が言いたいのは、それだけだ」
「傷つけた……? 何を言っているのですか? これは、私と千歳様の愛。さっきの女性は、それを邪魔しようとした不届き者ではございませんか」
ナギの眉がつりあがる。赤い髪が燃えるように輝いていた。
そうとう怒っている。
「愛……愛……どいつもこいつも、愛! それが憎しみになって、人を傷つける……。それは、許されることではない。それは、罪だ。自ら正当化されるものでもない」
ナギは、怒っていた。
まるで、自分の罪と、カナメの罪を重ね合わせるように。
「だから私はお前を裁く。お前は私だ。私の罪を裁くのは、私しかできないことなのだから」
「何をいっているのか。さっぱりですわ。所詮、愚民は愚民ですこと。せめて義務教育終了レベルの脳みそをつけてからいらっしゃいな」
「ならば、お前にも分かるように、あえてはっきりと言ってやろう」
ナギは、小さな胸に目一杯空気を溜め込むと、耳を裂くような大声とともに一気に放出した。

「キシドーが陣羽織じゃだめだろ!!!」

「あ……」
カナメは、みるみるうちに顔を真っ赤にし、涙目になると、「覚えていらっしゃい!」と、どこかに走って逃げていった。
グダグダのうちに始業チャイムがなり、全員が教室へ戻っていった。

 ♪ ♪ ♪


199:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:15:01 xwvUtjSz
「とういわけで、転校生の御神カナメさんだ。まあ、今朝の出来事は水に流し、みんな仲良くするように」
「御神カナメと申します。皆様よろしくお願いいたしますわ。まずひとつ、皆様に主張したいことが」
「なんだ……」
教師があきれながら訊く。
「このクラスにいらっしゃる鷹野千歳様はわたくしのお婿さんですので、手をださないでいただきたいのですわ!」
クラス全員が疲れきったようにうなだれる。「またかよ……」と。
もはや、美少女転校生にたいする新鮮な驚きなど無かった。イロリに続いて、今度はこれか、と。
破天荒な美少女はもうたくさんだった。これなら、ガチムチ系の男が千歳のケツを狙いに来たとでも言ってくれたほうがまだましだ。
当然、カナメに近づこうとするものは、いない。
昼休み。
御神カナメは、苦悩していた。
(なぜ、皆様わたくしを避けるの……?)
周囲を見回しても、誰もが目を逸らす。
仲良しグループで集まって、黙々と弁当を食べている。ちらちらと、警戒するようにカナメを見るものもいる。
自らの美しさによって、当然ちやほやされることを想定していたカナメにとっては、全くの不意打ちだった。
(そんな……わたくしは、また……また、失って……)
カナメの目に涙が浮かぶ。
好きな人と、楽しい学園ライフを満喫できると思って、ここに転入したのだ。
それなのに、なぜ。
なぜ、それすら許してくれない。
そのとき。
突如、乱暴に机をくっつけてきて、前に座るものがいた。
「千歳様……!」
「よっ」
千歳はひらひらと手を挙げると、百歌の手作り弁当を広げて食べ始める。
「千歳様、どうして……?」
「別に、深い意味はないけどな。あと、さっきは言ってなかったけど、久しぶり、カナメさん。元気してた?」
「え、ええ。もちろんですわ。その節はお世話に……。でも、わたくしなんかに近づいて、いいのですか? 千歳様まで、あの視線に……」
「そうか? そうでもないと思うぜ」
「えっ……?」
はっとしてみると、カナメの後ろから、肩をぽんと叩く手があった。
「やあやあ、カナメちゃん。私もまぜてよー」
イロリが気さくに机をくっつけて、座った。弁当ではなく、購買の一番不人気メニューであるコッペパンだ。
なぜか美味しそうにふもふもと食べている。好物なのだろう。
「あなたは……」
「西又イロリ。ちーちゃんの未来の嫁!」
「よ、嫁……!? それはわたくしの……!」
「残念ながら二号さんになってもらうしかないね。キミには」
楽しそうに、イロリは笑った。


200:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:15:36 xwvUtjSz
「そ、そんな嬉しそうに……。しかし、わたくしは敵では……」
「そう? 敵なんて、いないよ。だって」
―ちーちゃんを好きな人に、悪い人はいないから。
イロリは、全く疑いもないような表情で、平然と言い放った。
少ししてから、照れてえへへと笑った。
その笑顔にとまどっている間に、また次の客が現れた。
「私も仲間に入れてもらおうか」
赤い髪の少女。ナギである。
「か、勘違いするな! 千歳とイロリがいなくなったら、今度は私がぼっちなんだ!」
ナギは訊いてもいないのに解説した。
「それに、お前の気持ちも、少しは分かるからな……」
遠い目をするナギ。その意味を考える暇もなく、来訪者のラッシュは続いた。
「あら、こういうのは、委員長の役目だと思ってたんですけど」
苦笑いをしながら、委員長こと、井上ミクが席についた。
「私は井上ミクと言います。どうとでも、気安く呼んでください」
そう言って笑いかける。邪心は微塵も感じられなかった。委員長として、クラスに馴染めないものを救済する。
ただ、そんなあたりまえの働きのために、いまここにいるようだ。
「ほら、もう友達ができただろ」
千歳が得意げに言った。
「このクラスは、いいひとばっかりだよ。カナメちゃんが話し掛けたら、みんな優しくしてくれるよ」
イロリが続く。
「強敵と書いてともと読む。これは常識だ。イロリとも、戦わない道を探すんだな」
ナギ。
「とまあ、そういうことらしいので。まあ……歓迎ってことでひとつ」
ミクがまとめる。
「皆様……!」
歓喜。
こみ上げてくる感情に、カナメは涙をこらえることができなかった。
今まで聞き耳を立てていただけだったクラスの者たちも、今では息を呑んでカナメを見守っている。
「皆様、わたくしは、学校に通ったことが無くて……。それで、どう振る舞えばいいのか、わからなくて……。それで……こんなことを……」
カナメは、顔を上げて、涙を拭き、赤くなった頬と振るえる声を、なんとかしてこらえながら、言った。
「学校って、暖かいのですね……」
その瞬間、不可解なことが起こった。
「っ!」
カナメが、糸が切れた人形のようにふっと倒れたのだ。
「お、おい!」
千歳が手を差し伸べる。が、そのときにはすでに意識を取り戻したようで、カナメはさっさと立ち上がっていた。
「どうした……?」
千歳が心配そうに聞くが、カナメは答えず、きょろきょろと周囲を見るだけだ。
と、少しして、千歳を含むクラスの者たちが、気付いた。
―違う。
エメラルドグリーンだったカナメの瞳が、金色に変色している。
「あたし……」
カナメが口を開いた。
「あたし、戻ってる……」

 ♪ ♪ ♪


201:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:16:06 xwvUtjSz
教室の最前、普段は教師の立っている場所に立つカナメ。その様子は、さっきまでの高飛車で不安定な性格と、まるで違う。
普通の、一般的な少女のそれのように見えた。
「改めて自己紹介します。あたしは、『宮崎 カナ』といいます」
教室中がざわつく。それはそうだ。御神カナメが、急に宮崎カナになったのだ。意味がわからない。
「信じられないかもしれませんが、あたしの中には、『御神 カナメ』と、『宮崎 カナ』の二人が存在しています」
「どういうことだ。簡潔に説明しろ」
ナギが急かした。すかさず千歳がナギの頬をつねり、言い直す。
「ゆっくりでもいい。わかりやすく、説明してくれないか? 言いたくない部分は伏せてもいい」
「ありがとうございます。千歳さん。……あたしは、もともとは普通の家の生まれで、御神グループの後継ぎでもなんでもなく、ただただ、平和な家庭で暮らしていました……」

 ♪ ♪ ♪


202:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:16:37 xwvUtjSz
あたしは、裕福ではないにしろ、皆さんと同じく普通の、幸せな暮らしをしていたと思います。本当に、なにもない日常があって、退屈なくらいで。皆さんと同じ、運命的な出会いや、発見や、事件との遭遇を夢見ていたりもしました。
あたしのなかにあった憧れは、だれにでもあるもので、でも、その蓄積はほんの少しのきっかけで崩壊してしまう、危ういものでした。
ある日、あたしがまだ小さかったとき。
「今日はお兄ちゃんととテニスするんだ。はやく帰ろー!」
いつもと同じ。退屈な日常の中で、唯一の楽しみであった、双子の兄との……お兄ちゃんとのテニスのため、あたしははずむように帰宅しました。
「ん、なんだろ、あれ」
家の前に、黒い車が―ものすごい高級車が止まっていたのです。怪しいとは思いましたが、その頃のあたしはやはり子供で、家の中で大切な話をしているのだろうと気を利かせることもしませんでした。
あたしの家なのだから遠慮はないと、ずかずかと家に乗り込むと、黒服の男とお父さん、お母さんが言い争っていました。
「ですから、このようにDNA鑑定の結果も……」
「なにがあろうが、あの子たちは私たちの子です。仮に遺伝子上御神家の子だとしても、あの子達を育てたのは私たちです」
「しかし……!」
「しかしもなにもありません! 断固として、あの子たちは渡しません!」
お父さんは、凄く怒っていました。事情のわからないあたしは黒服の男の人が可愛そうになって、ついその場に入っていきました。
「おとーさん、いじめちゃだめだよ……?」
「カナ……! きちゃだめだ! 部屋にいなさい!」
お父さんがあたしをどなったのは、すごく珍しいことでした。いつも優しいお父さんが豹変するのを見て、あたしは生理的な恐怖を覚えてしまいました。
「いやいや、感心しませんな。娘を怒鳴りつけるなど。良い親のすることではない」
だれかが、いつのまにかあたしの後ろに立っていて、あたしのあたまを撫でていました。
見上げると、それは初老の男性でした。柔和な顔つきで、何もかも見通しているような深いエメラルドグリーンの瞳が特徴でした。
「当主様!」
黒服の男は、その男性に驚き、即座にひれ伏しました。
幼いあたしでも理解できました。この男性は、只者ではないと。
「カナメちゃん」
男性は、優しくあたしに話し掛けました。
「あたしは、カナだよ。カナメちゃんじゃないよ」
そう返すと、男性は優しく笑って、言いました。
「いや、君は『御神 カナメ』。正真正銘の、わしの孫じゃよ」
「え……」
「カナ、聞くな! それはでたらめだ!」
「でたらめかそうでないかを決めるのは。わしについてくるかどうか決めるのは、この子が決めることですぞ」
「くっ……」
あたしは、困惑していまました。
意味がわからない。
「孫って、どういうこと?」
「カナメちゃんは、わしの家の子だったが、赤ん坊のとき、ある手違いで行方不明になってしまったのじゃよ。それを拾って育ててくれた親切なご夫婦が、宮崎夫妻、君の『お父さん』と『お母さん』なのじゃ」
「それって……つまり……」
「そう、君はこの家の本当の子ではない」
「え……まってよ……そんな……いきなり……」
「君は、この私、『御神 皇凱(オウガイ)』の孫、『御神 カナメ』なのじゃ。これは、まぎれもない事実。偽りの家族に育てられた君に与えられた、唯一の『真実』なのじゃ」
「真実……?」
御神オウガイは、あたしの目を、エメラルドグリーンの瞳で覗き込みました。


203:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:17:08 xwvUtjSz
「そう、真実じゃ。真実を知る人間は、一握りしかいない。それは『クオリア』とも呼ばれているが―名前なぞ、どうでもよい。重要なのは、自分自身がどのような世界で生きようとするのか。それだけじゃよ」
「あたしが、どの世界でいきるか。それを、あたしが……あたしが、きめるの?」
「そう。君を取り巻く世界は、変わる。それが良い方向であれ、悪い方向であれ、真実に近い形に、のう。君は、おそらくこの家で何一つ不自由なく育てられたのじゃろう。しかし、それはどれだけ居心地が良かろうが、夢に過ぎんのだ。ただの、夢に」
「夢……おとうさんも、おかあさんも、夢?」
オウガイに徐々に言いくるめられていくあたしに、お父さんは何か叫んでいたと思います。
しかし、当時のあたしは。子供でした。うそが嫌いで、綺麗な姿でいたいと思う、ひたすら若い、子供でした。
だから、そんな言葉は、届かない。
「もうひとつ付け加えて言うなら、わしら御神家に来たなら、君の努力次第で、世界を動かせるようになるかもしれん。それだけの潜在能力は持っているつもりじゃ。君は、『王の器』を持っているのだから」
「おうさま……?」
「そう。真実を手に入れるのは、断った一握りの人間じゃ。それが、王と呼ばれる。君には、その資格がある」
「でも、でも……あたしは、ただの……」
「……なら、ひとつだけ、この場で真実を見せてあげようか」
オウガイは微笑み、あたしの頭をまた優しく撫でました。
「例のものを」
オウガイが指示すると、黒服が車に戻って、なにかの書類を持ってきました。
「これはのう、君のお父さんのお仕事についての情報じゃ」
「そ、それは……!」
「あなたがどういおうが、それが真実ですぞ。この子には、それを知る権利がある」
オウガイは、あたしに紙を渡しました。
「うーん、むずかしいよ……わかんない」
「つまり、君のお父さんの会社は、うまくいっていないんじゃ。多額の負債を抱え込み、今にも潰れてしまいそうなほどに」
「それって、つまり……」
「心配はいらない。君が戻ってきてくれれば、これまでの謝礼として、わしが資金援助をしよう。それで、皆が幸せになれる。どうかな、お気に召さないかな?」
「……あたし」
「ん?」
「あたし、いくよ。帰る。御神家に、かえる」
お父さんが、全身から力が抜けたように倒れました。
お母さんも、立ち尽くすだけ。


204:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:17:45 xwvUtjSz
「ほんとうのことは、変わらないよ。だから、変えなきゃ。……あたしは、ほんとうのことがみたいの」
―だから、サヨナラ、お父さん、お母さん。
「交渉成立、じゃな」
オウガイはそう言って、あたしの手を引いて車に乗りました。
「君はこれから御神カナメという、真実の名前に戻る。宮崎カナは、君の『夢』に過ぎない。わかるかな?」
「はい……」
そうして、車が出ようとしていたとき。
「まって! まってよ!」
「お兄ちゃん……?」
息を切らしながら、学校帰りのお兄ちゃんが追いすがってきて、黒服はエンジンを止めました。
「カナ、なんで、そんなやつらに……!」
「お兄ちゃん、このひとたちが、あたしたちのほんとうの家族なのよ」
「そうじゃ。君も、御神家の一員に戻る権利がある。どうじゃ、戻ってくるかの?」
「ぼくは……!」
お兄ちゃんの目には、強い意志が宿っていました。
「ぼくは、あの家で育った。それだって、りっぱな真実だよ!! ぼくがお父さんとお母さん、カナを大好きなのも、嘘じゃない。全部、ぼくの中で本物の記憶として生きてる!」
「それでも、それは夢だよ。いくら居心地が良くても、お父さんとお母さんに、あたしたちは騙されてた。あたしは、知りたいの。ほんとうのこと」
「ぼくが、ずっと側にいるよ! カナがお父さんとお母さんがキライになったって言うなら、ぼくを信じればいい! そうすれば、いつかぼくの言っていることが分かるようになる! だってぼくは、カナのお兄ちゃんなんだ!」
「……あたしは、お兄ちゃんのこと、大好きだよ。でも、一緒にいるなら、御神家でもできる。お兄ちゃんがこないなら、それはできないよ」
「カナ……ぼくより、いままであったこともないような、御神ってひとのほうがすきなのかい……?」
「お兄ちゃん、真実とは、人間感情より優先されるべき『絶対価値』なの。だから、あたしは、それを手に入れたい。生きていることに、自信を持ちたい」
「生きていることに確信が持てなくなったの? 宮崎カナって名前が、嫌になった? ……でも、カナはそれでも、笑っていたじゃないか。おかしいよ。知った途端、それがキライになるなんて……。好きって感情はさ……愛情ってさ、そんなんじゃ、ないだろう!?」
「お兄ちゃんは、なにもかも信じすぎるんだ。だから、遠くのものが見えてない」
「隣の人と手を繋いでいたい! そんな願いの、どこがいけない! ぼくはまだ、カナを抱きしめることもできる! 帰ってきなよ、カナ! まだ、引き返せる。カナは、宮崎カナ。ぼくの、大切な妹なんだ!!」
「……もう、わかった」
「交渉決裂、じゃな」
オウガイは、黒服に指示して、車を走らせました。
お兄ちゃんはそれでも追いすがって、後ろから叫んでいました。
「いつか……ぼくが御神家なんかより強くなって……! カナを迎えに行くよ! だから、忘れないで! ぼくのこと、忘れないで……!!」

 ♪ ♪ ♪


205:ワイヤード 第十五話  ◆.DrVLAlxBI
09/01/22 19:18:16 xwvUtjSz
「それからでした。あたしの人格が不安定になってきたのは。記憶もあやふやになって、おそらく、御神カナメとしての記憶を自分で作り出したんだと思います」
「なぜ……そこまでして……」
苦々しげな顔で、千歳が訊いた。
「真実が、あたしと御神カナメ、そのどちらにも、大きな価値があったからです。あたしがこうして今まで封印されていた理由も、それです」
カナは、目を伏せながらも、告白を続ける。
「御神家の後継ぎとしてあらゆる学問を強要されたあたしは、その環境を地獄のように感じました。それでも、あたしは、帰ろうとは思いませんでした。真実に到達するために、決して諦めませんでした。しかし……あたしの能力は、御神家当主には足りなかった」
「だから、現実を『変えた』ということか」
ナギは、心得たかのように言った。
「そうです。あたしは、ストレスで一度完全に人格を崩壊させ、そして目覚めたときには、『御神 カナメ』となっていました。御神カナメの能力は人間の脳の持つ潜在能力を限界まで引き出したもの。つまり、『王の器』に相応しいほどの超人でした」
「それは、お前自身の願いが作り出した力だと思って差し支えないんだな」
ナギには、もう大体のシナリオが分かっていたようだった。
が、ナギ以外はまだ全く理解していない。
御神カナメ……いや、宮崎カナという人間が御神カナメと言う『別人』に変わったというのは分かったが、そのプロセスも、そして、御神カナメが今、なぜここにいるのか、宮崎カナが、なぜこのタイミングで現れたのか。
何一つ、分からない。
「おそらく、助けをもとめていたんだと思います。全てを凌駕した先にあるクオリアの存在に、御神カナメは一度触れたことがあるのではないでしょうか。だから、自分の能力に恐怖を抱いた。そして、その恐怖から救い出してくれる存在に気付いた」
「つまり、御神カナメが千歳に執着した理由は、千歳が自分を凌駕する存在なのではないかという考えに思い至ったから。と、そういうことか」
ナギの言葉で、皆の中でまだ少しずつ、ばらばらだったパズルのピースが繋がり始めていた。
おおまかなシナリオはこうだ。
宮崎カナという少女は、御神家の過酷な環境に適応するため、御神カナメという人格を作り出した。
もともと『真実志向』だったカナに加え、さらに極端なスペックを与えられたカナメの精神は、暴走の末にある種の『クオリア(世界の真理)』に触れた。
真理とは、現実に生きる人間にとっては、あまりに無情であり、存在の全てを否定されるような情報であり、それに触れたカナメも、何らかの恐怖を抱いた。
そんな、世界の全てに存在しているような、強大すぎる恐怖の塊に怯えていたカナメは、あるとき、強い力を持ったヒーローの存在に気付いた。
鷹野千歳は、カナメの力を凌駕し、カナメを救い出してくれる存在なのではないか。
カナの推論は、こうなっている。
教室中がざわめく。
いきなり来た転校生が異常な暴走をしたあげく、今度は突拍子もない電波話。信じられるものも信じられない。
眉唾だ。



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