【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合36at EROPARO
【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合36 - 暇つぶし2ch96:ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフ
09/01/01 12:38:36 AIvwI/6k
                  ,へr‐r,、 \. |//
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llll、       ゙ヽ,,_ _,,,r‐"       ,lllll!′
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lllllli,、     ,,/'"゙゙゙"'ヽ、       ,illlllll
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   lllllllllllllllll!′  _,,!!!!lllllllllll゙゙゙`  <明けましておめでとう。今年も真実の宗教を奉ずるエルフをよろしく。
   ゙!llllllllllll,,,,~¨',""`,,,,iii!!!!!!゙
    `゙゙゙!!!llllllllllllllllllll!!゙゙゜




97:ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフ
09/01/01 12:39:25 AIvwI/6k
                  ,へr‐r,、 \. |//
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  ,lllllllii,,,,,,,|r|,,,iiiillii、   llllllllllllll
  ゙llllllllllllllllllllll゙!!!lllllli,,,,,,_,,llllllllllllll
   lllllllllllllllll!′  _,,!!!!lllllllllll゙゙゙`  <いい忘れたが、炉利分が足りないぞ!
   ゙!llllllllllll,,,,~¨',""`,,,,iii!!!!!!゙
    `゙゙゙!!!llllllllllllllllllll!!゙゙゜




98:名無しさん@ピンキー
09/01/03 01:02:20 M8Du4MC4
へんたいさんは新年から手加減無しのへんたいさんのようでなによりです

99:名無しさん@ピンキー
09/01/04 23:39:42 UdgNRdIg
へんたいさん乙
次回も楽しみにしてます。

100:名無しさん@ピンキー
09/01/05 02:43:45 wF/AaQWN
なんとなく書き上がったので投下。
欝な話なので、苦手な方は回避下さい。

101:1/11
09/01/05 02:44:18 wF/AaQWN
 部屋に差し込んだ朝日が天蓋付きのベットを照らす頃、ヴィットーリオは薄く目を開けた。
 意識がはっきりするまでゆっくりと浅い呼吸を繰り返し、少し落ち着いてから身体を起こす。
 日々の激務の所為か、最近は朝から微妙に身体が重い。

 虚無の魔法を自在に使えるようになってから、教皇としての職務が格段に増えた。
 自分の事をお飾りとしか見ていなかった司教達が、始祖の系統を操るヴィットーリオを尊敬し、頼りにし始めているのが分かる。

 手の中にある火のルビーをじっと見つめる。

(やっと……帰ってきた……)

 本来ならば自分がずっと持つべきだった、始祖の系譜の証。
 この指輪の所持で世界が変われば変わるほど、これを不当に自分から奪い去った『あの女』に恨みが募る。

 鬱々とした想いを抱えながら指輪に見入っていると、ヴィットーリオを起こしに来たジュリオが慌てて声を掛けた。

「聖下、おはようございます」

 音も無く距離を詰めると、そっと手を取りベットからヴィットーリオを引き起こした。

「……っ……」

 自分で思っていたよりもはるかに体調が悪かったらしく、軽い貧血で視界がちらついたが、ジュリオに続いて側に来ていた神官が低い声で詠唱を始める。

 ―守られている。

 真剣な表情で脈を取り、体温を測り、慎重に体調を調べる。
 その一つ一つの動作に、細心の注意が払われいた。
 触れている玉体は、代える者なき始祖の再来。

 ―尊敬されている。

 自覚できるほど回復していく身体から術者を離し、微笑みながらねぎらいの言葉をかける。
 深々と頭を垂れながら下がる神官を見ながら、ヴィットーリオは満足していた。


 ―もう、『あの女』なんか、要らない。


 虚無の魔法と、この世界さえあれば……古いしがらみ等必要の無いものだ。

 ……ヴィットーリオはそう……考えていた。

102:2/11
09/01/05 02:44:49 wF/AaQWN
 これは本当に教皇の決済が必要なのか?

 そう考えながらも、ヴィットーリオは書類に目を通し判断する。
 些細な問題が大半を占めているように感じられるが、ジュリオが自分の手間を無意味に増やす筈も無い以上、これらの仕事にも何か意味が有るのだろう。

 一息つく暇も無いほどの作業にいささかうんざりとするが、虚無の魔法が殆ど使えなかった頃、無能と囁かれながらも容姿と人望で人形の様に据えられた教皇の座ではなく、一通一通の書類に篭められているのは確かに彼の許可を請うものだった。

 ―これも……皆、信徒のため。

 そう考えれば無機質な書類の向こうに、一人一人の生活が透けて見えた。
 自分や教会にとっては小さな支出も何人もの生活を動かすのだし、小さなチャリティーの許可でも教皇の名がつくだけで集まる金額は桁で変わる。

 ……そして、未決済の書類をほんの一瞬見つめるとヴィットーリオはもう一度職務に没頭した。

 戦争で親を失った子供が、はるか昔の自分の様に泣かないで済む事を祈りながら。
 その日の食事も取れない信徒達が、安心して暮らしていけるように。

 ほんの数年前の自分では耐えられなかったと思われる作業を、黙々とこなして行く。
 教皇になるために学んだこと、教皇になってから学んだこと。

 全ての知識を使い、問題点を指摘しながら書類を元の部署に送り返す。
 見事に纏められた書類の作成者を覚えてから、決済を通す。
 ……時折混ざっている、愚にも付かない申請をその場で却下する。

 ジュリオや他の神官たちが時折部屋に入ってきていたが、淡々と指示のみを下して機械の様に作業を続ける。


 ―ジュリオが呆れるほどのスピードで全ての書類を片付けた頃には、すっかり日が傾いていた。

103:3/11
09/01/05 02:45:24 wF/AaQWN
 あちこちが固まってしまった身体を伸ばしながら、飛び込むようにベットに倒れこむ。

 こんな無作法な所誰にも見せられないなと、苦笑しながら深く大きく息をする。
 使いすぎた頭の奥が、じんじんと痺れる様に疼いていたが心地よい疲労感にそのまま眠り込んでしまいそうになる。

 ―っ……だめだ……起きてないと……

 食事どころか、礼拝すら済ましていない。
 書類仕事も大事だが、公人としての義務を怠るわけには行かない。

 先日、刺客除けだと言いながらジュリオが窓に取り付けた、頑丈な柵の向こうに見える星を見つめ、係りの者が呼びに来るまでの時間を計る。

 ―一息は……吐けそうだ。

 ごろりと仰向けに転がりながら、じっと手を見つめると、火のルビーが、静かに部屋の明かりを集めていた。

 胸の奥に様々な想いが渦巻いた。

『どうして? どうして、おかあさんは……』

 幼い日の自分の声が、胸の奥にこだまする。

 ―そして…・・・気付いた。
 ―今のわたくしなら……虚無の使い手にならば……

 全てを明らかにする奇跡があると。

 ……その事に気付いてしまったのだ。


 部屋に響くのは、虚無の詠唱。
 対象となるのは、火のルビー。


 ずっと知りたかった昔語りが、虚無の力を借りてようやっと語られようとしていた。

104:4/11
09/01/05 02:45:57 wF/AaQWN
 美しい金の髪が、床に付きそうなほどに下げられていた。

「顔をお挙げください、貴方は未来の教皇の母……言うなれば聖母に近いのですよ」

 マザリーニィ……視線で人が殺せるのならば、ヴィットーリオは遥か過去の枢機卿……当時は未だ大司教のうちの一人であったけれど。

 行方不明になった当初、『あの女』の事を何度も聞いた相手のうちの一人であった。

 ……信じていたのに……

 自分の事を利用するまでもなく、その知性によって確固とした地位を築いていた。
 虚無の使いとしてではなく、年長者として自分を導いてくれた数少ない大人だと、そう思っていたのに……

 ……裏切り者……裏切り者め……
 オマエモ、『アノオンナ』ノドウルイダ

 ヴィットーリオの想いを遮ったのは、思い出でしかその姿を見ることが出来なくなって久しい母の姿と、遠い過去に置き忘れてしまった優しい声。

「お願いです、マザリーニさま……このままでは……このままでは、あの子は……」
「しかし、わたくしは、間もなくトリステインに発つのですよ?」

 魔法を間違えたのか?
 ヴィットーリオは戸惑った、自分の知る限りマザリーニはこの後何年もロマリアに留まった。
 その事が彼のトリステインでの立場をずいぶん危うくしていた事も、今もなお火種として燻っている事も知っていた。
 誰も知ることが無かった、彼の行動の謎の糸口がこんな所に有ろうとは……

「後生です……わたしに出来ることならば何でも致します……ですから……ですから……あの子を守ってください」

 ……おかしい……どうして、この女はこんなに必死に頭を下げているんだ?
 あの子って誰だ?

 自分の中の何かが崩れる音を聞きながら、ヴィットーリオは心を凍りつかせて目の前の光景に見入った。

「貴方しかいないのです……教皇はあの子を利用することしか考えていらっしゃいません……
 枢機卿団の方々も、教皇の意のままです」
「……聖下には、聖下のお考えが……」

 何かを押し殺した表情で、じっと壁を見つめるマザリーニ。
 彼は知っていた。
 始祖の魔法の使い手がロマリアに再臨したことを教皇がどう利用しようとしているのかを。

「あの子の名で、何人の人が死んでしまうのでしょう?
 どれだけの人が、あの子を恨むのでしょうか?
 このままで……あの子が……あの子が……幸せになれますか?」

 血を吐くような叫びは、いったい誰のためなのだろう?

105:5/11
09/01/05 02:46:31 wF/AaQWN
「……できることなど……」

 俯いたマザリーニの表情が、その叫びが現実になる可能性の高さを示していた。
 次のミサで、ヴィットーリオが新しい魔法を身につけるであろう事は司教以上の者は薄々悟っていた。

 他の国と違い、ロマリアでは虚無についての知識が正しく伝えられている。
 始祖の残した遺産も揃い使い手が再臨した今、必要なのは使い手の想い。

 だがそれすらも未だ幼い使い手が相手ならば、海千山千の教皇は言葉一つで操って見せるだろう。

「……あなたに、お願いしたいのは……あの子を守って欲しいということだけです……」

 囁くような母の言葉に、マザリーニは首をかしげた。

「……待ちなさい、貴方は一体何を?」
「一つだけ……一つだけお願いします。あの子が運命に立ち向かう力を得るまで、自分の力で立ち上がれるまで……
 それまでで結構です……どうか……どうか……あの子の側に……」

 マザリーニが言葉の意味を正すより早く、女は闇の中へと姿を消した。


 その後のことは知っている。

 火のルビーと母が姿を消してしまい、
 異界を覗くという、何の役にも立たない使い手だけが残された。

 利用価値がずいぶん目減りしてしまったヴィットーリオは冷たく扱われ、あちこちをさすらい……

 マザリーニはロマリアに留まった。


 ―姿も見せずに、自分を守ってくれていたのが誰なのか、ヴィーットリオは始めて知った。
 約束していた祖国への期間を引き延ばし、ロマリアで枢機卿どころか、次期教皇の地位まで短期間で上り詰めた男が、至尊の地位を自分譲った時の笑みの意味をヴィットーリオは始めて知った。

『立派になりましたね』

 笑って伝えられたその言葉の重さを彼は、今の今まで知らなかった。

106:6/11
09/01/05 02:47:08 wF/AaQWN
 教会の中で育った母が、苦労を重ねてロマリアを後にしていた。
 辛うじて信じることが出来たのは、教会内で独自の地位を築いていたマザリーニ一人。
 誰かに託すことすら許されない秘宝『火のルビー』
 始祖の教えの信徒、教皇の配下。
 周り中をそれに囲まれた母の唯一の選択肢。

 ―自分の手で、誰の手にも届かないところに火のルビーを隠すこと。

 いつもは厳重な保管がなされている始祖の秘宝も、使い手たるヴィットーリオに対してだけは甘く、そのヴィットーリオと自由に面会できる。

 彼女はそんな立場を利用して、火のルビーを持ち出した。
 使い手の母として与えられた数多の特権は、何不自由ない暮らしを約束してはいたけれど……

 ボロを纏い、泥にまみれ、美しい姿を隠しながら、新教徒の一団に紛れた。
 身元の分かるようなものは何一つ持たずに、日々の暮らしにすら困ってる風を装った。

 決して人に見せることの無い守り袋の中に、火のルビーを隠しながら苦難の旅を続ける……

 それは、ヴィットーリオが想像もしなかった苦しみ。

「……かあさんっ……かあさん……無理しないでっ……倒れる……たおれちゃうよぉっ」
「……見てないで、見てないで手を貸してあげてよぉっ、あんなの……あんなの一人で運べるはずっ……ねぇっ、だれか……だれか……かあさんを……たすけて……よ……」

 憎んでいた筈なのに、嫌っていた筈なのに、ヴィットーリオはいつの間にか、『あの女』ではなく、幼い日の呼び方に戻っていた。

 愛していた大切な人の、自分のために重ねられる苦難に、彼の心は砕けそうに傷ついていった。

107:7/11
09/01/05 02:47:45 wF/AaQWN
 流れ着いた町で、ある日彼女は驚いたように声を上げた。

「ヴィットーリオ!」

 『金の髪をもった少年のように元気な少女』は笑いながら問い返す。

「 ? おばさんだぁれ? 僕はアニエスだよっ」

 『金の髪をもった少女のように美しい少年』を思い返しながら、彼女はアニエスを抱きしめる。

「……ごめんなさい……ごめんなさいね……どうか……どうか、ほんの少しだけこのままで……」

 驚いた表情をしていた少女は、暫しの逡巡の後にそっと抱き返した。

「大丈夫だよ……大丈夫……」

 涙を止めてあげようと呟いた言葉は、逆に彼女の心を決壊させて……
 アニエスは黙って彼女を抱きしめながら、そぉっと頭を撫でてあげた。


 ―その日から、彼女の生活は変わった。
 村の人々は揃って彼女に優しくし、なにかと世話を焼いてくれた。
 アニエスは暇を見ては彼女の元に顔を出し、本当の子供のように振舞ってくれた。


「ねぇねぇ、おねえさん」
「ん? おばさんでもいいのよ?」
「……でも、笑うととっても綺麗だから、おばさんなんて呼べないよぉ……」

 柔らかい空気が、二人を包む。
 何時の間にか馴染んだ空気を壊してしまうことを恐れて黙っているアニエスを促すと、真剣な顔で一つの問いが紡がれる。

「ヴィットーリオって……だあれ?」
「わたしの息子よ……とっても可愛くて……優しいの」


 ―自慢げに自分を語る母が、笑っているのを見てヴィットーリオは微笑んだ。
 自分も忘れていた幼い日の思い出が、宝物のように大切に語られてゆく。
 くすぐったいような、暖かいような、不思議な感覚がヴィットーリオの中を満たしてゆく。

「……あの子が……幸せなら、わたしは他に何も望まないわ……」

 そんな言葉に、アニエスが怒って言った。

「もぅ、おねえさんの子供だったら、きっとおねえさんも幸せになって欲しいって思ってるよ!」

 ―ヴィットーリオは泣きながら、その言葉に頷いていた。

108:8/11
09/01/05 02:48:17 wF/AaQWN
 日が傾き始めると、いつもより早い時間にアニエスは席を立った。

「ねえ、本当にいいの? 皆待ってるよ?」
「えぇ……、今日はここであの子の事を考えているつもりよ」

 そう言うと、部屋の隅に作られた小さな祭壇を示した。

「折角の降臨祭なんだから、みんなでパーティーするのに……」
「ごめんなさい……」

 でも、あの子も今夜は一人だから……
 小さな小さな呟きが、アニエスの言葉を止めた。

「……また……明日ね?」
「ええ、またね、アニエスちゃん……」
「……もう、ちゃんづけはいいってばっ、またねっ!」




 ―降臨祭?
 ヴィットーリオの意識に反応し、魔法はその対象を指輪から別の物へ……
 教皇の私室へと変化させた。




 夜も更け、真っ暗なこの部屋で彼は待っていた。

「……お前は……」

 何か有った時の為に、ヴィットーリオは火急の際は教皇の私室に立ち入ることを許されていた。

「何か用かな?」

 尊大な態度で、ヴィットーリオを見下ろす男に向かって言った。

「お願いですっ、聖下、お願いがあってきたんです」

 皆が楽しそうに過ごす中、たった一人で教会に残された彼は、凍えそうな夜の中で決断していた。
 笑いさざめく友人を見つめ続けた目は、暗く黒く濁っていた。

「僕の……僕の指輪を……『火のルビー』とり返して下さい、手掛かりを見つけました」
 母の手掛かりを探し続けたヴィットーリオは、彼女がロマリアを出る手段として心境とを使った可能性を自力で探り当てていた。

「ほう……それは……」

 教皇が目の前の少年をじっと見詰めていた。

109:9/11
09/01/05 02:48:50 wF/AaQWN
 ―まてっ……ダメだっ、やめろっ……やめるんだぁぁぁぁっ
 未来の自分の叫びは、決して届くことは無い。


「それで……わたしはどうしたらいいと思う?」
「どう……とは?」

 すぐに取り返してくれる、そうすればまたあの日々が帰ってくると、そう信じていた少年は教皇の問いの意味が分からなかった。

「状況からして、持ち去ったのは君の母親だろうね……さて……そこでだ……」

 目をそむけていた事実に、むっと黙り込んだヴィットーリオに向かい教皇は尋ねた。

「指輪と母親、君はどちらに重点を置いた方がいいと思うね?」
「そ、それはっ……」

 時折訪れては優しくしてくれた母親。
 皆が傅く立場を保証してくれる指輪。

 少年の喉はカラカラに渇いた。
 選べと、目の前の男はそう言っていた。

「まぁ……元に戻ったところで、また持ち去られては同じですし?」

 ここ数ヶ月の境遇を省みる……

「い、いやですっ、指輪を……指輪を取り戻してくださいっ」
「……ふむ……多少手荒な事になるかもしれませんが……母親より?」
「指輪が大事なんです、指輪を取り戻してください」

 にこやかに笑った教皇は、その場で命令を書き上げるとそのままヴィットーリオに差し出した。

「サインは君が入れたまえ……手続きはこちらで取っておこう」


 ―ヴィットーリオの絶叫と共に、母の死刑宣告書に等しい命令が完成した。


 これに自分の手でサインを入れたことで、後々まで教皇に頭が上がらなかった事が虚ろに思い出されていった。

110:10/11
09/01/05 02:49:22 wF/AaQWN
 祭壇の前で跪き、無心に子供のことを祈り続ける女が居た。
 
 苦しんでいませんように
 幸せでありますように
 笑顔で……日々を暮らせますように……


 ―ヴィットーリオは、呆然と見入っていた。


 そして、運命の日が来た。




 今時分の指にはまっている指輪が、若き騎士に託された。
『いつの日か、持つべき定めの主に渡りますように』
 黙って受け取った騎士は、その姿に心を打たれながらも命令に有る通りに魔法を編み上げる。


「……ヴィットーリオが、幸せでありますように」



 その言葉を聞いた騎士は、次に見つけた子供に魔法を使うことが出来なかった。
 自分が殺してしまった人々の中にも、子供が居て、親が居た。

 一人のひたむきな女の姿が、騎士の心を救い、少女の命を守った。
 いつの日か、自分を憎むであろう少女を背負い、若き騎士は戦いの日々に背を向けた。
 どれほどの苦難が待とうと、騎士として戦うことを捨てようと。
 鮮やかな炎が男の覚悟を彩っていた。



 手の届かない世界でそれを見つめていた男は……



111:11/11
09/01/05 02:50:03 wF/AaQWN
 ヴィットーリオがふらふらと廊下を歩いていた。
 部屋の中にはペーパーナイフすらなく、窓には格子が入っている。

 厨房に彷徨いこんだ彼の目に、一本のナイフが映る。

 遠くでジュリオの叫び声が聞こえる。

 駆け寄ってくる衛兵達。

 その全てより早く、ナイフはヴィットーリオの身体に滑り込んだ。


 ―――――――――――

 ジュリオは絶叫した。

「そこのメイジ、止血を……衛兵、聖女を呼んで来い! 急げ!」

 慣れた手つきで止血をしながら、いつもの命令を始める。
 この区画に集められていた、教会屈指の水魔法の使い手たちの手によって教皇は危険な状態を脱する……そして……

「申し訳ありません……今日も……お願いできますか?」

 泣きそうな表情で頷いた聖女は、小さく優しい詠唱を始めた。

 ―――――――――――

 部屋に差し込んだ朝日が天蓋付きのベットを照らす頃、ヴィットーリオは薄く目を開けた。
 意識がはっきりするまでゆっくりと浅い呼吸を繰り返し、少し落ち着いてから身体を起こす。
 日々の激務の所為か、最近は朝から微妙に身体が重い。
 ………………………………………………………

112:名無しさん@ピンキー
09/01/05 02:50:58 wF/AaQWN
しまった、ごめんなさい、しかも非エロ……
投下前に書くつもりで忘れてました……

ではまた機会がありましたら。

113:名無しさん@ピンキー
09/01/05 03:00:21 ErgteQ/D
なにこれアッー!的な展開なの?
読んでないけど

114:名無しさん@ピンキー
09/01/05 08:10:50 lBTRBT6W
超GJ!
こういう話だとヴィットーリオは救われないな。
ジョゼフは過去を覗くことで救いがあったんだが。

115:名無しさん@ピンキー
09/01/05 12:19:21 Sne/BCX1
これは大作

GJ

116:名無しさん@ピンキー
09/01/05 19:21:32 VTTOvPNN
>>112
GJ
ただ突っ込ませて貰うとタングルデールの時ヴィットーリオは、0から2歳位
なので当時の教皇に要請は不可ですね。
原作でも炎のルビーにリコード掛けないかなあ。

117:名無しさん@ピンキー
09/01/05 21:01:50 eES9W5RD
>>112
これは良いダーク物 GJ! 
原作でもおそらく教皇はろくな死に方をしないだろうなぁ

118:名無しさん@ピンキー
09/01/08 20:14:37 Ig6I/iq7
ルイズ分が足りない…

119:名無しさん@ピンキー
09/01/08 20:50:22 eaddWQ5B
ガチエロアン様分がたりない

120:名無しさん@ピンキー
09/01/09 00:52:35 IjzyOrSP
俺もまだアン様分が足りない

121:名無しさん@ピンキー
09/01/09 01:11:30 T08SIFlL
足りないと感じるなら自分で書けばいいじゃない
同人でもSSでもそれが基本

122:X42
09/01/09 01:40:55 qDNCjuNc
今から投下します。
すみませんがエロありません。
16巻にこういう場面が出ないかなーという願望で書きました。
エロアリは、後日にでも。

123:16巻への願望
09/01/09 01:42:13 qDNCjuNc
ガリア王宮謁見室
居並ぶ重臣達、アンリエッタ、アニエスが見守る中ア―ハンブラ城でタバサ救出の功績
の有った者達の叙勲が行われていた。
次々に略式叙勲が行われ、ガリアのシュバリエに叙勲されていった。
最後に才人の所に来るとタバサは、動きを止めた。
「立って」

 頭の中に?が埋め尽くされながら才人は立ち上がった。
「どうしたんだよ?タバサ」
「シャルロット」
「ごめん、ごめん。シャルロット女王陛下」
「女王陛下は不要」
「へ?でも…シャルロットって呼び捨てにしたら、誤解されるぞ」
 才人が言い終わるや否やタバサは、膝を折り杖を掲げた。

「我、シャルロット・エレーヌ・オルレアン、この命ある限り、サイト・シュバリエ・
 ド・ヒラガに絶対の忠誠を此処に誓うものなり」
 タバサは何の脈絡もなく平然と言ってのけた。

 才人は、慌てて飛びのいた。
「何言ってんだよ?タバ…じゃない、シャルロット女王陛下。お前はこの国で一番偉いん
 だぞ!そんな事したら国中の笑い物になっちまうぞ」

「女王陛下は不要と言った筈。貴方には何度も命を助けられている。貴方に『この命、
貴方に捧げる』と言った。笑い物にされようが、蔑まれようが私は構わない」
タバサの目には何の曇りもない、強い光が宿っていた。この状況でこんな冗談出来る訳
が無い。正真正銘タバサは、本気なのだ。
 どれ程才人が鈍感でもはっきり分かる程に。

「いやまあ…本気なのは分かったけどさ…公の場で言う事無いと思うんだけど…」
 いくら抜けている才人でも、焦っていた。それこそハルケギニアに召喚され事など
 比較出来ぬ程に。

 此処に猛然と抗議する者が割り込んで来た。
「ちょっとタバ…じゃないシャルロット女王陛下、貴女状況って物を考えなさいよ!」
「貴女達は、友人。タバサで構わない」


124:16巻への願望
09/01/09 01:42:59 qDNCjuNc
「じゃあ才人は何なのよ!」
「私の勇者」
 タバサは、ルイズの問い詰めに平然と答えた。

 タバサの返答にルイズは、激昂した。
「あんただって知ってるでしょ。才人は私の『使い魔』なの!」
「勿論、でもそれが何か?」
何の問題が有るのだ?と言わんばかりであった。

「あんたねぇ…。何の考えも無しにこんな事言う筈ないと思うけど、この後どうする
 つもりなのよ?」
 ルイズの中で冷静な部分と怒りに猛り狂った部分がせめぎ合っていた。
 ここは、魔法学院では無い、ガリア王宮なのだ。下手をすれば、アンリエッタ達にも
 累を及ぼす。か、感情的になっては駄目…と
 私の才人に手出したら承知しないからねぇ…である。

「別に…私の決意を表しただけ。彼を助けるのに『状況は問わない』と言ってある」
 口にこそ出さないが、才人がロマリアと戦う決意をした時は、王位を捨てて共に戦う
 事を決めているのだ。この命尽きるまで…。

 だが、重臣達の受け取り方は違っていた。
 彼らにしてみれば「求婚」しているようにしか見えなかった。
 メイジでは無いとはいえ、才人の武勲の数々は、其処らの貴族が束になっても達成不可
能なものばかりだ。王配として何の不足も無かった。
自分達は、噂や報告などでしか知らないが、主君は直接その目で見て来たのだろうから
惚れ込むのも無理からぬ事と考えていたのだ。
障害が多少有りそうだが、ガリアの将来を考えれば、王配の妾にでもすれば、片が付く
そう考える者が殆どであった。

 そしてもう一人の女王は、タバサの誓いに胸が締め付けられる思いであった。
(どうして胸が苦しいの?なぜ?普通は有り得ない光景だけれど、シャルロット殿は、
 今までの御礼以上の意味は無いと言っているのに…心に不安が渦巻いている?どうして
 ?ううん、それだけじゃ無い。もっと別の色々な感情が…一体如何してしまったの?
 分からない…自分の心が分からない…)
 蒼白な顔色に成って行ったのでアニエスが声を掛けた。
「陛下、気分が優れないのでしたら、退出させて頂き、お部屋でお休みになられては…」


125:16巻への願望
09/01/09 01:44:02 qDNCjuNc
「大丈夫です。ちょっと言葉に出来ない気分になってるだけです。体の方はなんとも
 ありませんしね」
 人には相談出来ない様な気持ち…アンリエッタは、己の中で渦巻く感情を持て余しな
がら答えた。

「ご無理をなさいませぬよう。もしもの時は、直ぐお知らせ下さい」
「ええ、分かりました。隊長殿」

(羨ましいわ、ルイズ。そんなに素直に行動出来るなんて…羨ましい?どうして怒って
いるルイズが羨ましいの?本来なら此処は「ルイズ、おやめなさい」と言うべきの筈…
私、怒りたいの?シャルロット殿のことを…別に何も悪い事していないのに…何故怒り
たいの?サイト殿は…焦って戸惑っている…無理もないわね。この様な場所であんな事
されて平気な人はいらっしゃらないでしょうね。あっ、2人を見て笑った。羨ましい…
2人共私の知らないサイト殿を知っているのよね…私の知らない…如何してそんな事
気にするの?もうサイト殿の事は、諦めた筈。あきらめ…られないの?だから私怒りた
いの?…つまり此れは…嫉妬…なの?……嫉妬以外の何物でも有りませんわね。私は、
ルイズやシャルロット殿が羨ましくて仕方ないのね。私は…私は「サイト殿の事が
好き」なのですね。一人の男性として…以前のように頼りたいだけでなく…いいえ違う
わね。もう既にあの頃から好きだったのでしょうね。ウェールズ様の事があったばかり
だからその気持ちを受け入れられなかったのね…。ふふふ馬鹿ね私…今更気付いても、
もう遅いというのに…。今の私に出来る事はただ見てるだけ…見てるだけ…)
アンリエッタは、知らず知らず泣いていた。

「陛下、如何なさいました?やはり部屋に下がらせて頂きましょう…。シャルロット陛下、
 陛下の気分が優れないようなので申し訳ないが退出させて頂きます」
「お大事に」
 タバサがそう言うとアニエスは、アンリエッタを連れて部屋を出て行った。

「姫様大丈夫かなー。随分無理してたらしいけど…ルイズ後で見舞いに行ってやれよ」
「あんたに言われなくても行くに決まってるでしょ。ってあんた行かないつもり?」
「女性の寝室に入るのは不味いだろ?増してや姫様、女王なんだし…」
「それもそうね。まっ、あんたにしては良く気が付いた方ね」

 そんな他愛もないやり取りを暫くしていると、アニエスが戻って来て才人の腕を掴んで
引っ張って行った。
「すまんが、暫くサイトを借りるぞ」


126:16巻への願望
09/01/09 01:44:53 qDNCjuNc
そう言い残して部屋を出て行った。

「アニエスさん、如何したんです?説明して下さい。てゆうか痛いんで離して下さい」
「陛下を慰めてもらう」
「へっ?今何と?」
「陛下を慰めてもらうと言ったんだ。この鈍感の朴念仁が…ったくお前は周りを良く見ろ。
 そうすれば陛下の変化に気付いただろうに…それにしてもお前はとてつもなくでかい
 女難の相が有るんだな…まあ早死にしないよう精々気を付けるんだな」
 そう言って才人は、百メイルは離れた部屋に連れて行かれ

「いいか?陛下の気の済むまでこの部屋を出る事は許さん。ほれっ、さっさと入れ」
 才人は、アニエスに無理やり部屋の中に押し込まれていった。


127:X42
09/01/09 01:48:20 qDNCjuNc
今日は此処までです。
正月早々カゼ引きまして未だに完治してません。
みなさんもお体に気を付けてください。

128:名無しさん@ピンキー
09/01/09 03:21:02 t8mdpyme
おうおう
ガチエロアン様が読めると思って服脱いじまったじゃねえかよ!

このまま正座してるから風邪引く前に続き頼むぜ

129:名無しさん@ピンキー
09/01/09 06:33:03 A+ITQSEb
>>127
乙です。もう少し長く&区切りつきとこまで来るのかなぁと期待してたのに(´・ω・`)

16巻なかなかでませんね

130:名無しさん@ピンキー
09/01/09 12:56:51 T08SIFlL
>>127乙です
インフルエンザ流行していますがそれでしょうかね。気をつけてください。

そういや病気や看病系のネタはまだ誰も書いてなかったっけ?

131:名無しさん@ピンキー
09/01/09 18:06:10 IgqN/R6Y
>>127
乙です
俺の友達もインフルエンザかかりました…

せんたいさんで看病ネタあった希ガス

132:名無しさん@ピンキー
09/01/09 18:12:43 43vSPN0y
>>127
X42氏 乙です

133:せんたいさん ◆mQKcT9WQPM
09/01/09 23:52:51 q2iW19Mn
>>127
X42氏乙。風邪こじらせないように気をつけてね

さて、皆様お待ちかね僕らの七日間戦争


はしばらくお休みです!

次の巻が出る前にやっときたかったネタいきます!
今やっとかんとたぶん次の巻でノボル神に設定ひっくりかえされそうなんでな!(ぁ

134:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/09 23:54:01 q2iW19Mn
王宮の迎賓館から逃げ出したのは、もうずいぶん前のような気がする。
ここは、ガリア王都リュティスの御用宿。
かつて、栄華を極めたガリア王都にやってくる、国外の貴族たちを泊めるのに用いられた、高級な宿である。
しかし、今はこの部屋を除き宿泊客もおらず、今この宿で働くのも、経営者の一族のみ。
『聖戦』の開戦を告げられ、ガリアから民が逃げ出しているからである。
貴族でもない人民に、己が信心の拠り所となる正教に、背信者として狩られるつもりなど毛頭ない。
それでも一部の、ガリア王室ゆかりの商人たち、そして王に近しい貴族たちだけが、この王都リュティスに残っていた。
そして彼女も。
ガリア王女、イザベラ。
父王の狂心を知った彼女は、あの日、王宮から逃げ出した。
その後、御付の者から両用艦隊の出撃を聞かされたが、彼女にはそんなことはどうでもよかった。
父王が王都から離れていくことに、逆に安堵すら覚えたほどである。

…あの人は…狂っている…!

以前から感じていた違和感が、あの日、父に相対して真意を問うた時から、明白になった。
父は、ジョゼフ一世は狂っている。
世の全てを敵に回し、相手を滅ぼし、そしてなお、自らをも滅ぼそうとしている。
何が彼をそうさせたのかはようとして知れなかったが、あの瞳に沈む深く昏い情念の色は、イザベラを恐怖させた。
あの瞳は人のそれではない。
父王の瞳の色に恐怖を刷り込まれた彼女は、あれ以来、この御用宿から一歩も出ようとしない。
しかし、御付の者たちの王都から逃げようという進言を、彼女は聞き入れなかった。
たとえ父王が狂っていても、自分は王女である。
ガリアを、王都を捨てて逃げ出すなど、できるはずもない。
この国が、なくならない限りは────────。
彼女の中にこびりついた王族としての最後の矜持が、イザベラをかろうじて王都に繋ぎとめていたのである。
そして。
彼女がここ数日の間、夢想していた事が、現実になる。
寝巻きのまま、天蓋つきの豪奢なベッドの上で、物憂げに窓からのぞく曇り空を見上げていたイザベラを、ノックの音が襲った。

「い、イザベラ様!」

ノックの音とともに、御付のメイドの声が、部屋の外から聞こえる。

「なによ、煩いわね」

上半身だけを起こし、ドアの方を向いてそう応えるだけのイザベラ。
『入っていい』とは言わない。勝手に入られて困るようなこともなかったし、いちいち相手を確認して返事をする気力すらなかった。
イザベラの声を確認したメイドは、そのまま扉を開けて入ってくる。
赤茶けた髪を短く切りそろえたそばかす面のメイドが、慌ててベッドに駆け寄る。

「どうしたの、そんなに慌てて」

宿代が尽きたのかしら、そういえば戦争で国庫も空になったしね、などと考えたイザベラだったが。
メイドの答に、その表情が完全に凍りつく。

「我が王が…ジョゼフ一世が…崩御なされました…」
「え」

一言、そう発するのが精一杯だった。
その答は、ある意味彼女の期待していたものだった。
しかし。
現実で突きつけられるのと、夢想するのとでは心に響く重さが違う。

「嘘でしょ…?」
「…いいえ。早馬の報せだけでなく、王都にもこの話は響いております。揺らぎようのない事実かと」

135:名無しさん@ピンキー
09/01/09 23:54:53 2FySp3n6
リアルタイム遭遇wktk

136:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/09 23:55:44 q2iW19Mn
最初は、メイドの冗談だと思った。
しかし、彼女の言葉と、窓の外から聞こえる、人々のざわめきが、夢想を事実に変えていく。
ぞくり、とイザベラの背中を悪寒が走る。

ガリア王、ジョゼフ一世の崩御が意味するもの。

それは、ガリア王家の解体に他ならない。
なぜなら、このガリア王国に正式な王位継承者はいない。
いや、正しくはイザベラ王女が第一王位継承者なのだが、今この王都にガリアの冠は存在しない。
神より賜りし冠がなければ、王は王たりえないのが世の理であった。
そしてその冠は、父王ジョゼフが戴冠していた。
つまり、イザベラの冠するべき王冠は、ここには存在しないのだ。
そして、外のざわめきがイザベラをより深い絶望に叩き落す。

『シャルロット姫が、王位を継ぐらしいぞ!』
『正しい王家に、ガリアの冠が戻った!』

そう。彼女の属する王家は、本来ありえないとされる王家。
ジョゼフ一世が先王により認められなければ、ありえなかった王家。
そしてそのジョゼフ王は、自らの地位を守るため、兄であるオルレアン公シャルルをその手に掛けた、というのが世の見方であった。
当然、イザベラの耳にもその話は入ってきている。
そして、先日の父王の狂気を見、彼女の中にわだかまっていた疑念は確信に変わっていた。

父は、叔父を殺した。

証拠こそなかったが、イザベラはそう確信していた。
そして、だからこそ、今の自分の立場が偽りであると、思っていた。

だから、私は

そこまで考え、何を考ええいたのかわからなくなる。
何をしようと思っていた?あのシャルロットに王冠を返すつもりだった?
聖教に王冠を返上するつもりだった?この王都から逃げ出し、もう一度王家を復権させるつもりだった?
混乱がイザベラの中に訪れていた。
あまりのショックに茫然自失とし、イザベラは呆ける。
普段からあまり威厳のある彼女ではなかったが、その呆けた顔はまるで夢遊病者のようであった。

「イザベラ様?イザベラ様!しっかりしてください!」

メイドの声で、イザベラは我に返った。
はっとして自分の肩をゆする彼女の腕を振り払う。

「離しなさい、下郎が!」
「ひっ?」

やさしく気遣ってくれたメイドに対し、思わず乱暴な言葉が口をついて出る。
ある意味、それが彼女の本性であった。
偽りの高貴、その偽りに支えられたつくりもののプライド。
それが今、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
自分の取ってしまった態度に思わず自分で驚き、目の前ですくみ上がるメイドに声をかける。

「…で、あなたは何をしにここへ来たの」

違う。こんなことを言いたいんじゃない。
ここでも、偽りの矜持がイザベラの邪魔をする。
イザベラの冷たい言葉に、メイドの顔から表情が消えた。
しかし、イザベラは気づかない。彼女は、自分の中で暴れる偽りのプライドと闘っていた。

137:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/09 23:56:35 q2iW19Mn
「…はい。イザベラ様に、王都の外へお逃げ頂きたく思いまして」

メイドの言葉にイザベラは顔を上げる。
そばかす面のメイドは、満面の笑みを浮かべていた。


粗末なフード付のマントは、身分を隠すためと言われた。
荷物は何も持たず、寝巻きのまま宿を出された。
手持ちの貴金属は宿代として御用宿に渡したと言われた。
そして、木の靴を履かされ、路地裏を進んでいく。
少し早足のメイドの背中を、イザベラは追う。

「…ちょ、ちょっと待ちなさい。早すぎるわよあなた」

ただでさえ履き慣れない木靴をはかされ、障害物だらけの路地裏を進んでいるのだ。
王室でぬくぬく贅沢三昧の日々を送っていたイザベラに、町娘出身のそのメイドに追いつくのは至難の技だった。

「…お急ぎください。いつ追っ手がかかるやもしれませぬ」

彼女の言うことは的を射ていた。確かに、ぼやぼやしていてはいつロマリアの追っ手がかかるやもしれぬのだ。
シャルロットが王位継承権を取り戻した今、ロマリアにとってイザベラの存在は邪魔以外の何者でもない。
できるだけ早いうちにジョゼフの跡継ぎの存在を消すのが、ロマリアにとっても、ガリアにとっても、最善の選択肢だろう。
しかし、理解はしていても体はついてこない。
路地裏の土壁に手をつき、息を整えるイザベラ。
そんなイザベラに、メイドが路地裏の入り口から声を掛ける。

「ほら、急いでください。すぐそこなんですから」

その声にはあからさまな苛立ちが混じっていたが、息を整えるイザベラには聞こえない。
もう、脚が棒のようだった。
軽いお茶なら済むくらいの時間壁の前で休み、ようやくイザベラは歩き出す。

「…待たせたわね。さ、案内なさい」
「……………すぐ、そこですからね」

慇懃に言い放ったイザベラに、背を向けてメイドは応えた。
そして、メイドの言葉通り。
少し歩くと、古ぼけた倉庫の前に着いた。

「……ここですわ、イザベラ妃殿下」

ずいぶんと丁寧に、むしろ慇懃とすらいえる態度で、メイドはそう言い、扉を開く。
ぎぎぎ、と重い音をたてて、重厚な木の扉が開いた。

「…褒美は何がいいかしらね。好きなものをおっしゃいな」

こんな時にまで素直に謝辞の出ない自分の口に軽く苛立ちながら、イザベラは扉の方へ一歩踏み出す。
そしてそこで異変に気づいた。
倉庫の中には、四人の男がいた。
扉の脇に、小太りの、商人風の初老の男。貴族気取りの口ひげと、脂ぎった禿頭が不快極まりない。
その傍らに、痩せた中肉中背のひげ面の中年。黒い皮鎧に身を包んでいるところから、流れの傭兵のようだ。
奥の影に、派手な格好の金髪の青年。胸元の大きく開いたシャツは上等で、どこかの貴族の子息にも見える。
その三人とも、下卑た笑いでイザベラを見つめている。
そして、何より目をひいたのは。
奥の闇から自分を見つめる、大男。
らんらんと光る大きな瞳と、獣のような体臭が、入り口まで臭ってくる。ハァハァと漏れる吐息は、男の異常な興奮を表していた。
異常を感じ、イザベラは慌てて引き返そうとするが。

138:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/09 23:57:30 q2iW19Mn
「ご褒美ならもう頂きました。そこの紳士にね」

メイドはそう言い放ち、どん、と振り返ったイザベラの胸を突き押した。
長時間路地裏を走っていたせいでフラフラになっていたイザベラはたたらを踏み、土がむき出しの倉庫の床に転げる。

「あうっ!?な、何を?」

尋ねるまでもない事だったが、しかし半ば反射のようにイザベラの口から言葉が出る。
そしてメイドが応える。
イザベラがかつて彼女を見下ろしていたような、冷酷な笑みで、イザベラを見下しながら。

「あなたは売られたの、イザベラさま。
 そこの商人がね、どうしても王族を抱きたいんだって。言い値で買ってくれたわ。
 私はそのお金で、面白おかしく暮らさせてもらうつもり」
「…あ、あなた!何を言ってるかわかって」
「そうね、人として最低だと思うわ、自分でも。
 …あなたがちょっとでも感謝の言葉を吐いたら、少しは私も悔いたでしょうけど。
 名前でも呼ばれてたら、心変わりしたかもね」

イザベラの顔が絶望に塗りつぶされていくのを見て、メイドは満足そうに微笑んだ。
そして、扉を閉じながらにっこり笑って、言ってのけた。

「じゃあね、お姫様。始祖の加護のあらんことを。
 …ああ、あなたたちは信じる神が違うんでしたっけ。あははははははははははは!」

ぎぎぎ…ばたん。

笑顔のまま、メイド──本名はイベット─は、無情に扉を閉じる。
辺りは、ランプの明かりのみが照らす、薄暗闇となった。

「待ちなさい!こ」

思わず扉にすがりつこうとしたイザベラの脚を。

「ひ、ひめさまだぁ」

がし。

大きな手が掴んだ。
それは、大男の手。
常人からはかけ離れた、大きな団扇のような手が、イザベラの足首を乱暴に掴む。
からん、と音をたてて木靴が脱げ、そして、大男はイザベラを引き寄せる。
長い青い髪が逆さまに引きずられる。

「ひい!」

大声を上げようと思ったが、男の力の強さに恐怖し喉がすくみ、声にならない。
そのまま、大男の下に組み敷かれる。

「ほ、ほんもののひめさまだ!ほんものだぁ!」

声とともに吹きかけられる生臭い吐息に、吐き気すら覚える。
しかし、目の前に覆いかぶさる大男に、体の芯がすくんでしまい、声も出ない。
その大男の背後から、声がする。声の老け方から察するに、『商人』と呼ばれた太った中年だろう。

「これこれ、ジョバンニ。がっついてはいかんぞ」
「は、はい、ちちうえ!」

大男は慌てて立ち上がり、イザベラの上から退く。
好機とばかりに、イザベラは逃げ出そうとするが。

139:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/09 23:58:43 q2iW19Mn
「おっと、ダメだぜ姫様」

痩せたひげ面の傭兵がそう言いながら、あっという間にイザベラの両手をひねり上げ、そのまま地面に組み伏せる。
そして、仰向けに寝かされたイザベラの両足を、金髪の青年が掴んだ。
イザベラはその体勢のまま、声を荒げた。

「あ、あなたたち!私が誰か知っていて」

しかしその言葉は、片手でイザベラの両手を掴んだ傭兵が、開いたイザベラの口に押し込んだぼろきれに止められる。
そして、下卑た笑みでイザベラを見下ろしながら、禿の商人が応えた。

「イザベラ王女様。ガリアの姫君。よぉくご存知ですとも。
 ふふふ。いい顔だ、さすがは王族ですな」

自分を憎憎しげな視線で睨み付けるイザベラに厭らしい笑みで返し、商人は続ける。

「私は、高貴な女性の、処女を頂くのが無上の趣味でしてね。
 金を失った商人の娘、借金で首の回らなくなった貴族の娘、さまざまな処女を堪能してきました」

言いながら、ぐふふふ、とくぐもった声で笑い、そして、脂ぎった視線ではだけて露になったイザベラの脚を視姦する。
不健康に色白く、しかし年頃の少女の瑞々しさをもったその脚に、商人の鼻息が荒くなる。
イザベラの背筋に、生理的嫌悪を伴った悪寒が走る。

「そして、今日。ついに王族の娘の処女を味わう機会がやってきました。
 …そう、あなたですよイザベラ様」
「父上、前口上長いぜ?さっさとはじめようぜ」

脚をおさえる金髪の青年が言った。どうやら、この青年と大男はこの商人の息子のようだ。
イザベラは必死に腕と脚に力を込めてもがくが、腕はがっしりと抑えられ、疲弊した脚は言うことを聞かない。

「そう急くな、エドガーよ」
「だけどよー。暴れるんだよこのオヒメサマー」

弱弱しい力で暴れているのだが、その青年には力仕事に感じるようであった。相当甘やかされて育ったらしい。
商人は続ける。

「話がそれましたが。
 まあ今回はせっかくの機会なので、我が息子達にも王族の娘の味を覚えさせようと思いまして。
 特にジョバンニはこの体と、頭が少し弱いゆえまだ童貞でしてな。姫様に男にしてもらおうかと」

商人の言葉に、ジョバンニがぬう、とその大きな顔をイザベラの顔に寄せる。
長く伸ばし放題の髪に、まだらに生える無精髭。それに、オークに見まごうその体躯から臭う、獣のような臭い。

「ひ、ひめさま、お、俺を男にしてくれえ」

涎がだら、とジョバンニの分厚い唇から垂れる。
それは、イザベラの顔に垂れる直前、じゅる、とジョバンニが吸い込んだ。
そしてジョバンニは、いそいそと自分の下半身に手を伸ばす。
ベルトではなく太い麻縄で止められたズボンが大きな手でずり下げられ、ぼろん、と赤黒いものがまろび出る。
その異形の物体に、イザベラの背筋が凍った。
それはイザベラの手首ほども太さがあり、そして、赤黒く剥きあがった先端の各所には、白濁の恥垢がこびりついていた。
臭っていた獣の臭いの原因は、これだったのだ。

「お、俺、ひめさまのために、一週間もおなにいガマンしてたんだあ。い、いっぱいだすから、がんばるから」

あんな不潔な、歪な、巨大なものを入れられる。
それを想像しただけで、イザベラの背筋は凍った。

「これ、姫様の前で無礼だぞジョバンニ。それに、最初は父上からだ。
 お前は最後だぞ。その方が姫様も気楽でしょう」

140:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/10 00:00:11 q2iW19Mn
息子をたしなめ、しかし下半身は剥き出しにさせたまま、承認は下卑た笑いを絶やさない。
もちろん、イザベラを気遣ってのことではない。
息子の巨大なイチモツで貫かれた後ではガバガバになってしまい、イザベラを堪能できないだろうと踏んでのことだ。

…たすけて、助けて…!

絶望に打ちひしがれ、イザベラは弱弱しく体を揺する。
それと同時に、涙がこぼれる。
それは本能的な恐怖によるもので、本来強者の保護欲をそそるために流されるものである。
しかし。

「おお、おお、いいねえ。いつ見ても、旦那に奪われる前の処女の涙ってえのは」

腕を押さえる傭兵には逆効果のようで、抑える手によりいっそう力がこもる。
そして、傭兵はイザベラに声をかける。

「なに、心配すんなやヒメサマ。ここの旦那は超紳士だからな。
 処女のアンタでもバッチリ善がれるように、最高級のお薬を使ってくださるぜ」

その声に商人が続ける。

「そのとおりですぞ、姫様。これな薬をご覧ください」

言って商人は、懐から小さな赤いガラス瓶を取り出す。

「コレの中身は、『オーガの血』と呼ばれる秘薬を、三日間かけて煮詰めた代物でしてな。
 女性の中に塗り込めば、痛みなど些細なものになるほどの、快感を与えてくれるのですぞ」

商人はそう言って、瓶の蓋を開ける。
そして、脚を抑える息子に目配せする。
すると、エドガーは両足を掴んだまま、思い切り上に持ち上げた。
すると、寝巻きがべろんと捲れ、寝ていたせいで何も履いていないイザベラの下半身が露になる。

「ふーっ!ふぐーっ!」

ぼろきれを吐き出して声を荒げようとするが、上手くいかない。

「ほうほう、イザベラ様は意外に毛深くておられる。
 ほれ、エドガーよ。肛門の周りにも、うっすら青い産毛が生えておるぞ」
「キレーなまんこじゃん。入れるの楽しみだな。早く済ませろよ親父」

じろじろと王宮の女官以外には晒したことのない恥部を眺められ、恥辱に死にそうになるイザベラ。
いっそ、舌を噛んでしまえればどれだけ楽だろう。
しかし、口の中に突っ込まれたぼろきれのせいでそれもできない。
そして。

「ぐふふ。それでは…と」

商人が、上を向いて開かれた、イザベラの股間の上で、薬瓶を逆さまにする。
どろり、と粘性の赤い液体が、イザベラの上に垂らされていく。
それは、大半はきつく閉ざされた陰唇をなぞって青い陰毛に絡みつく。
そして、残りは巧妙に処女の守りを通り抜け、イザベラの膣内に、尿道に、肛門に忍び込んでいった。
エドガーは薬を塗り終わったのを確認すると、今度はイザベラの股を大きく開いた状態にさせ、床に彼女の細い足首を押し付ける。
しかし、イザベラの中にあるのはおぞましさだけ。快感などこれっぽっちも沸いてこない。

…な、何よ、ただのハッタリ…!?

商人の言葉を嘘と思い込んだイザベラは、沸きあがった怒りにあわせ、身体を捻らせる。
それは、絶望に上塗りされた偽りの怒りで、その内に眠る絶望と恐怖には勝っていない。
そんな弱い力では、もちろん腕も脚も自由にはならない。

141:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/10 00:01:25 q2iW19Mn
抵抗するイザベラに、商人は下卑た笑みを向ける。

「焦りめさるな。薬は直ぐには効いてはきませぬ。
 ぐふふ。では、効果が出るまで、不肖ながら私めと、息子が準備をいたしましょう」

言って商人は、今まで後ろに控えていたジョバンニを手招きする。
ジョバンニは嬉しそうに寄ってくる。既にズボンも上着も脱ぎ去って、獣のような体毛だらけの体を露にしている。
イザベラは生理的嫌悪よりも、次の瞬間商人の放った言葉に恐怖した。

「ジョバンニ、まずは口で綺麗にしてもらいなさい」

口で。
最初、イザベラには主語のないその文章の意味が分からなかった。
しかし、すぐに思い当たる。
商人は、ジョバンニに、イザベラの口を犯させようというのだ。
イザベラは顔を振って抵抗する。
そのイザベラの鼻を、傭兵がつまみあげる。
息が、できなくなる。
苦しさに首を振るが、しかし傭兵の力は強く、解けそうにない。
息苦しさがつのり、胸に痛みを感じ始めた瞬間。
口の中に詰め込まれた、ぼろきれが抜き取られた。

「げほ、げほむぐっ!?」

息苦しさにむせ、空気をむさぼった瞬間。
イザベラの口の中に、生臭く、生暖かいものが押し込まれた。
それは。イザベラの手首ほどの太さのあるそれは。
ジョバンニの一物であった。
すぐに鼻を押さえていた手がどけられ、吐き気を覚えるほどの獣の臭いがイザベラを襲う。
あまりの気持ち悪さと嫌悪感に涙ぐむイザベラ。
だが、口の中にそんなものを突っ込まれて黙っているほど、イザベラは素直な少女ではない。

がり…。

歯で、思い切り噛んでやる。
しかし。
それは、あまりに太く、硬すぎた。
イザベラの顎の力では、その表面にこびりつく恥垢をこそげ取るのが関の山であった。
その奇妙な味に更なる吐き気を覚え、えづくが、ジョバンニに頭を抑えられ、さらに口を深く犯される。

「おっおっおっおっ。ひ、ひめさまのお口、あったかい、キモチイイっ!」

舌の上を生臭い、生暖かい、獣そのものが往復する。
イザベラは涙ぐみ、必死に口の中を犯す雄を吐き出そうとするが、かなわない。
それどころか、あろうことかジョバンニはイザベラの喉までを使い、腰を前後し始めた。

「おっ、おっおっおっおっ」

苦しさと生臭さに泣き喚きたかったが、口の中に肉の塊を突っ込まれていては、くぐもった声しか出せない。
そんな二人の絡みを見ていた商人は、イザベラの股間に手を伸ばす。

くちゅ…。

薬が、粘性の水音をたてる。
しかし。
それは薬だけの音ではなかった。

142:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/10 00:02:31 q2iW19Mn
びくん!

イザベラの背筋が反り返る。

「─────!?」

声も上げられず、イザベラは目を白黒させる。
背筋に走ったその感覚は。
むずがゆく、腰の奥を痺れさせるその甘い感覚は。
快感。

「ほう、ジョバンニのものを咥えながらもう濡れてきておる。
 ジョバンニ喜べ、姫様はキモチイイらしいぞ」

ち、ちが、きもちよくなんか──!

しかし。
心の中で否定するが。

くちゅ、くちゅ。

商人の指が女陰をまさぐるたび、淫らな水音と背筋を走る電流が、イザベラの中を焚き上げていく。

「──!────!!」
「おっおっおっ。ひめさまもぐもぐしてるう!」
「おお、よほどお前のモノが気に入ったようだな。
 ぐふふ。こちらの口も、私の指がお気に入りになったようですな」

薬によって強制的に高められた性感によって、跳ね回るイザベラの身体。
跳ねる背筋が頭を前後させ、空気を求めて蠢く口がジョバンニの赤黒い性器を嘗め回させ、咀嚼する。
意思とは無関係に蠢く陰唇が愛撫と呼ぶには余りに自分勝手な商人の指を物欲しげに吸い上げる。
イザベラの身体は、完全に発情していた。
そして。

ぐに。

商人の指が、まだ包皮に包まれたままのイザベラの女陰を、戯れに押しつぶした瞬間。

「───────────!!!」

びくんびくんと身体を跳ね上げさせ、イザベラは。
生まれて初めての、視界が暗転するほどの絶頂に押し上げられる。
そして。

「おっ、いぐっ、いぐぅっ!」

どりゅどりゅどりゅ…!

イザベラの口内の一番奥、喉の入り口で、ジョバンニの一物が弾けた。
その中から、溜めこまれた、粘り気のある白濁が、イザベラの喉を通り、胃まで流れ込む。

「おっ、おっおっおっ、おぅ~~~~」

どくんどくんと何度も脈打つ男性器を、ジョバンニはイザベラの口から引き抜く。
ほとんどはイザベラの口内に吐き出されたが、一部は意図しない快楽で赤く染まった白い顔に零される。

「おぐっ、おえっ、ごぼっ!」

激しくえづき、粘性の白濁を、逆流するにまかせ吐き出すイザベラ。

143:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/10 00:03:34 q2iW19Mn
「うっわ汚ねえ!出しすぎだぞジョバンニぃ」
「うえへへへへ。いっぱいでたあ」

兄弟の掛け合いにしかし、イザベラはえづいて精液を吐き出すことしか出来ない。
そんなイザベラの耳に、商人の声が届く。

「ぐふふふ…。これだけしとどに濡れておれば、もう大丈夫だろう。
 では、そろそろ頂くとしますかな…。イザベラ妃殿下の、処女を」


かちゃかちゃ。

…え…?しょじょ…?なんのおと…?うぐ、きもち、わるい…。

ずる、ばさ。

…きもちわるい…。あ、やだ、こしのおく…びくってしてる…あつい…。

ぴと。

…あ、なにか、あたる…。あついの…あったかいの…?

「ぐふふふふ…。女王の処女は、どれだけすばらしいのでしょうな?」

…え?あ?わたし…私っ!

「いや、いやああああああああああ!たすけてっ!



 誰か、助けてええええええええええええええええええっ!」

144:亡国の王女 ◆mQKcT9WQPM
09/01/10 00:04:25 q2iW19Mn
それは、数秒の出来事だった。
重い木の扉が轟音を立てて吹き飛ばされる。
ちょうど、扉を背にしていた傭兵は、その扉の一撃を後頭部に喰らい、一撃で昏倒した。
音に驚き、扉の外を見る三人。
そこに立っていたのは、少年と呼んでも差し支えないほどの、銀髪の男。
簡素な皮の鎧に身を包み、そして手にはメイジの証である杖。

「貴様、何者」

商人が勃起した下半身を慌てて隠しながら立ち上がろうとしたその瞬間、銀髪の少年の姿はその視界から消えていた。
少年は魔法の風を纏い、ジョバンニの目の前に一瞬立った。

「え?あれ?今」

間抜けな表情をするジョバンニに、少年はその顎を、下から蹴り上げる。
それも、普通に蹴り上げたのではない。
風を纏い、威力を数倍に上げた蹴り。さらに、両足を揃え、下から上に蹴り上げることで威力を増している。
戦槌なみに威力を増した少年の蹴りが、ジョバンニの顎を蹴り抜く。
ジョバンニはその一撃で意識と、歯の半分を失った。
少年は相手の戦力の大半を奪ったのを確認すると、最後の戦力であろうエドガーに向き直る。
そして、腰の後ろに挿していた、大型のナイフを抜き放ち、エドガーに向ける。

「さあ、そのレディから手を離せ、下郎」

少し低めのよく通る声で、少年は凄みを利かせる。
その構えには隙が無く、たとえ商人とエドガーの二人がかりでもこの少年を止められないことは明々白々であった。
しかし。
エドガーに、相手の実力を見抜く実力などない。

「くっそてめえ!」

無謀にも徒手で殴りかかる。
しかし、もちろん素人の拳など、訓練されたメイジである少年には通じない。

ドス。ぶしゅ。

少年の構えたナイフがエドガーの腕を貫き、そして引き抜かれた。

「う、うわあああああああああ!腕が、俺の腕えええええええええ!」

情けなく泣き喚くエドガー。
そんなエドガーを冷徹に見下ろし、今度は、腰を抜かして座り込む商人に、少年は酷薄な視線を向ける。

「まだやるか?」
「ひ、ひいいいいいいいいい!?」

じょぼぼぼぼぼ…。

恐怖のあまり、商人は失禁する。
あっという間にボディガードと息子達を失い、商人は身を守るすべを失っていた。
少年は商人とエドガーから戦力がなくなったのを確認すると、床の上でへたり込み、涙とホコリにまみれたイザベラに、落ちていたイザベラの着てきていたマントをかぶせ、そして。
背中と脚に手を回し、軽々と持ち上げる。

「大丈夫ですか?お嬢さん?」

そして、イザベラに語りかけるが。

…助かった?わたし、たすかっ…。

危機から助かった安堵と、疲れから、イザベラは気絶してしまった。

145:せんたいさん ◆mQKcT9WQPM
09/01/10 00:06:04 n4K0fPyi
はい、Aパート終了。

…ほらだから言ったじゃないか。オリキャラだらけでイタいってさ。
ばってんならここでやめといて七日間戦争の続きかきますが、どうしましょうかね。

んじゃ明日も仕事なので寝まする。ノシ

146:名無しさん@ピンキー
09/01/10 00:15:59 JfvdhovE
>>145
流石にこれはイタイwwww
16巻発売は2月なんだから今月中にBパートお願いしますよへんたいさん

147:名無しさん@ピンキー
09/01/10 00:28:45 kGD36zoS
>>145
GJ!

でもイザベラは、レイプされるよりは、フランス革命のアレみたいに
斬首されるべきだと思うんだぜwww

148:名無しさん@ピンキー
09/01/10 01:57:44 vLakev4Z
ギローチはやめてぇぇぇぇ シュラクタイを思い出す…

149:名無しさん@ピンキー
09/01/10 05:26:12 Rlu3rZ4D
>>145
あー、たしかにこれは痛い><
でもせんたいさんだから、この逆境からはねかえしてくれるよね?

150:名無しさん@ピンキー
09/01/10 06:01:32 lZHNno8R
ルイズ(*´д`*)

151:名無しさん@ピンキー
09/01/10 12:09:21 FkaFbT+7
ほんとイザベラどうすんだろな。
ワの人みたくそのままフェードアウトするか、本編に絡むのか。
普通だったら捕縛されてジョゼフ派もろとも処刑なんだろうけどさ。

152:名無しさん@ピンキー
09/01/10 12:51:58 Rlu3rZ4D
え?新しい虚無の担い手として覚醒するんじゃねーの?

153:名無しさん@ピンキー
09/01/10 13:59:36 NPesOvc/
ワの人って誰だっけ?

154:名無しさん@ピンキー
09/01/10 15:01:39 Rlu3rZ4D
たまにはワルドのことも思い出してあげてください

155:名無しさん@ピンキー
09/01/10 15:22:01 NlXjB1oo
タバサの読んでた本の登場人物ってイーバルディと誰だっけ?
洞窟の中がなんたらってやつ

156:名無しさん@ピンキー
09/01/10 17:39:49 ADNVKbQH
>>145
GJ
ねぇ、ちゃんとしようよDuoの最終回もお願いしますね。

157:名無しさん@ピンキー
09/01/10 20:11:13 3lY/LBbv
ここはエロパロ
主人公(ヒロイン)が登場キャラならいいんじゃね
せんたいさんならきっちり最後までやってくれると信じてるぜ
遅れたが・・GJ!

158:名無しさん@ピンキー
09/01/10 21:45:54 bqUMHj7R
>>145
せんたいさんGJ! 突き詰めるとエロくなかろうが
面白ければなんだっていいわな エロければさらに良いが

159:名無しさん@ピンキー
09/01/10 23:02:45 kfA2dS+L
>>145
GJでした。

何か最近ちぃ姉さま分が不足している気がするぜ。

160:名無しさん@ピンキー
09/01/11 00:31:12 1YlbByBh
ちぃ耐える

161:名無しさん@ピンキー
09/01/11 10:37:57 TWqfKhjh
つか、ちい姉さまってせんたいさんのss以外でほとんど見たことないような

162:名無しさん@ピンキー
09/01/12 04:06:28 2/RBGMiD
それを言ったら原作で婚期を逃し
二次創作で出番を逃す長女は・・・

それはさておき
名も無い旅人A視点でルイズとサイトが結婚して
その後旅に出たサイトの帰りをルイズがよぼよぼのばーさんになるまで待ち続けていて
偶然通りかかった旅人Aに昔話なんかをして最後にじーさんになったサイトが帰ってきてハッピーエンド
みたいなSSを過去スレかなんかで読んだ気がしたんだが保管庫探してもみあたらない。
心当たりないっすか?

163:名無しさん@ピンキー
09/01/12 04:43:20 W3EWdyfh
20-365

164:名無しさん@ピンキー
09/01/12 06:33:38 9j7wAy0U
>>162
URLリンク(www.google.com)

165:名無しさん@ピンキー
09/01/12 07:46:38 fEDvSFaN
ワルドの息子わらたw

166:ボルボX
09/01/12 14:06:12 sloRilb4
>>145
せんたいさんGJ。

X42氏、前スレでいじりネタありがとうございますw

投下します。

167:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:09:49 sloRilb4

 けれど、物思いにただ沈むというわけにはいかなかった。
 女王の憂愁の雰囲気は、目の前のダンスパートナーに気づかれずにはすまないものだったらしい。
 アンリエッタの相手をつとめているその青年貴族は、かれなりに気をつかったのであろう。積極的に話しかけてきたのである。

「陛下、いかがしました? もしかしてご気分がすぐれませんか?」

「え……いえ、そういうわけでは。お気になさらないで」

「そうですか……そうだ、新しい香水に興味はおありですか?
 わが領地には広い猟場があってですね、そこに咲きほこる春の花々を集めて……」

 気負いがあるのか、その貴族はなまなかなことでは引き下がってくれなかった。
 ほかにもその猟地で巨大な獲物をしとめた話やら、群生する白百合のみごとさゆえ景勝地にもなっているという話やら、今夜の宴席にだされた料理の批評やらをけんめいに語りだした。

 が、上の空のアンリエッタは「あら」「ええ」「ほんとうに」など、ひとことふたこと相づちをうつばかりであり、それらの話題は発展せずつぎつぎ終わっていく。
 ふだんなら社交の基本として、興味がうすい話でも笑みをうかべて傾聴するし、たいていの話題で無難に会話をつなげられるだけの教養はある。
 けれども今夜の彼女は疲れてぼんやりしていた。さらに傷心で精神の活力を失っている。

 そういう理由でのアンリエッタの反応の鈍さに、その青年貴族は落胆した様子だった。
 自分の話術で女王の興味をひけないことに誇りが傷ついたらしい彼は、苦悩しつつもっと刺激的な話題をさがし―他の貴族のゴシップにたどりついたようだった。

「マントノン公の話はもう耳に入れておられますか、陛下」

「はい……?」

「ガリアとの国境沿いに領地をもつマントノン公爵ですよ。ほら、西への街道を扼している。
 よかった、この話はまだお知りでないようですね。すこし前からマントノン公は目の色を変えて『商売』にはげんでいるのですよ。
 トリステインの東側で反乱が起こっているこの機をのがすまいとして、街道をとおる商人たちから金を一スゥでも多く巻きあげようとしているのです」

 領地が近い貴族同士が仲がいいとは限らない。告げ口する青年貴族の顔はにわかに生き生きとしはじめた。
 ぽかんとしていたアンリエッタは、この話にかくされた重大な意味に気がついて顔をひきしめた。

「……その話、うかがわせていただけますか」

「たわいもないことですよ。さきに述べたように彼の領地内には、西の国境へ通じる街道があります。
 街道をとおってガリア方面へ行き来する商人たちに、マントノン公は自分のところで作った工芸品などを売りつけているそうで」

 ―マントノン公はティーカップなどの高級磁器の製造に手をだしていました。それを自領の名産物にして稼ごうと以前から試行錯誤していたのです―
 ―ですがかれが作れたものは、素人目に見ても二束三文のがらくたばかりです。形をつくって釉薬を塗って火メイジが熱を通せばできあがり、と口でいうほど簡単なものじゃないですからね―
 ―商人たちにとってもいい迷惑というものですね。あんなもの買わされた値段の半額でも売れやしませんよ。重いしかさばるし荷馬車につむと壊れやすいし、実際捨てたほうがましかもしれませんね―

 青年貴族の話を聞きながら、アンリエッタの肩が震えた。
 ひとつひとつ状況への理解が深まるたびに、胸中で火の粉が散る。

 もともと豊かな穀倉地帯であるガリア方面からは、国境をこえて商人がトリステインに物資を売りにくる。
 空路の場合、船賃がかかるため、小規模の行商人ならば陸路を選んで国境越えすることも多い。
 そしていまは、トリステイン東部で起きた反乱のため、ゲルマニア方面との流通がとどこおっている。反動で反対側、つまり西のガリア方面との取引は活発になっているはずだ。



168:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:10:19 sloRilb4

 マントノン公爵は街道を通過する行商人を足どめし、あまっていた陶磁器を不相応な値で強引に買いとらせ、それを通行許可証同然にしている。
 この話が真実なら、公爵がやっていることは実質的に、関税をとりたてているのと変わらない。

(関税権は、王政府しか持ってはならないのに!
 それに、そんなことをすれば、行商人たちがトリスタニアに着くころには物の値は上がってしまうわ。そのくらいはわたくしにもわかるわ)

 街道を通るときに余計な出費を強いられるとなれば……商人たちはそのぶんをとりもどすため、あとから商品をより高く売るだろう。
 かれらとて利益を出さねばならないのだ。
 それでも王都トリスタニアをはじめとして、トリステインの民は商品、ことに麦類を求める―当たり前である、高くても買って食べなくては生きていけないのだ。
 トリステインでもむろん穀物は作っているが、国産物の値は輸入穀物よりさらに上がっているのが現状だった。

「ああ、それだけでなく、こんどは瓶詰めの聖水とやらまで売ろうとしているそうです」

 うつむいたアンリエッタの顔色に気づかず、青年貴族は得々としゃべっている。

「陛下にまず話そうとしたのはこの話ですよ。わが家はマントノン領と領地を接しているからよく知っているのでしてね。
 その水がまた傑作でして、数千年前に聖者が足を洗ったという泉の水をびんに詰めたしろものですが、要はただの水ですよ。そんなものをワイン並みの値段で売りつけようとしてるんですから。
 いやもう、強欲にもほどがあると、心ある者たちは眉をひそめておりま―陛下……?」

 その貴族はようやく女王の様子にただならぬものを感じ、笑みをひっこめて青くなった。かれがもたらしたゴシップは、予想以上の反応を引きだしたのである。
 アンリエッタはダンスのステップを打ち切り、立ちどまって口を引きむすんでいる。

 ただならぬ雰囲気に気づいて周囲の視線が彼女に集中し、音楽までが止まった。
 静まりかえった大広間に、怒りをはらんだ女王の声が、つぶやくように、しかしはっきりと流れた。

「……パンをはじめ、トリスタニアで物の値がはねあがっているのはそのせいもあったのですね。
 教えてくれてありがとうございました、わたくしは今夜はこれで」

 情報をもたらした貴族に礼を述べると、アンリエッタはくるりと身をひるがえした。
 あぜんと見ている客たちにかまわず、広間の入り口をめざす。
 ハイヒールの足音高く、優美さを失わない程度に急ぎ足で。

 あわてて寄ってきた侍従に「馬車を、それと銃士隊長を呼んで。帰ります」と告げる。
 なにか落ち度があったのかとびくびくしつつ現れた城館の主にも、丁重な礼を述べて、アンリエッタは退席した。
 夜会に出てよかった。早期のうちに処理しておくべき問題を見つけたのだから。

(これは許せない。下劣すぎるわ)

 大貴族が、立場を悪用して私欲をむさぼっているのである。国の危機と民の弱みにつけこんで。
 嫌悪の情はもとより、国の理に照らしても見逃せるものではない。マザリーニに伝えて、今夜のうちにでも処置を決めるべきだろう。

 灰色の石づくりの玄関をでて庭を歩き、鉄格子の門から街路に踏みだす。
 けれどアンリエッタが馬車に乗りこむ前に、ハイヒールで石畳を走る音と必死な少女の声が、背に追いすがってきた。

「姫さま、待ってください、姫さま!」

 耳に入ったときはすでに、それが誰の声かわかっていた。一瞬ためらってから、アンリエッタはふりかえった。
 人目を気にせず走ったのか、ルイズは髪を乱して息を切らせていた。
 館前で明るく燃えるかがり火のわきで足をとめ、ひざに手をあててあえぎながら彼女は言葉を発した。



169:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:10:50 sloRilb4

「は、話が……姫さま、話したいことがあったのです。宴が、終わったら、話そうと」

「……なにかしら?」

「お父さまは……ラ・ヴァリエール公爵は……世のわからずやたちはいろいろ言っておりますけど、でも違います!」

 ルイズは呼吸をととのえてから、背をまっすぐに伸ばした。青い顔だったが、ルイズはしっかりとアンリエッタの目を見てきた。

「姫さま、父や母は……もしかしたら批判はしているかもしれません。けれど姫さまを裏切るようなことはしません、絶対に!
 わたしは王政府の臣としてできることならなんでもします。どうか、わたしになにか命じてください」

 アンリエッタは気がついた―王家とラ・ヴァリエール家の間が微妙なものとなっていることは、ルイズの心をずっと穏やかならざるものにしていたのだろう。
 自分のように。あるいは自分にもまして。
 ふと共感がわきおこり、女王はルイズに歩み寄った。その手をそっととって、ぬくもりを共有するようにアンリエッタは両手で包みこんだ。

「ルイズ、わたくしもそう思っているわ。
 あの方たちが誇り高い真の貴族であることはよく知っているもの」

 女王は本当にそう思っている。
 ラ・ヴァリエール家ならば、たとえば同じ公爵家とはいえ、マントノン公が手を染めている『実質関税』のやり口などは侮蔑もあらわに唾棄するだろう。

 にぎられた手にルイズは視線をおとした。それから強い決意を瞳にやどして再度顔をあげ、アンリエッタに言った。

「姫さま……じつは、希望したいことがあったのです。
 ラ・ヴァリエール公家に使者を派遣すると聞きましたわ。
 おねがいです。わたしをその使節のひとりにくわえて、実家に戻らせてください」

「ルイズ」

「父さまたちと話します。こっちの事情を説明して、王政府に協力するよう説得します。
 おねがいします。ラ・ヴァリエール家は不忠者だなんて、もう誰にも言わせたくありません!」

「……ありがとう。本当はわたくしから、いずれあなたにそれを頼むつもりだったの」

 救われた表情でアンリエッタは感謝をのべた。
 この話をなかなかルイズに切り出せず迷っていたのは、重圧がかかっている彼女の立場を利用することになりはしまいかと考えたからだった。
 けれど王都や学院で後ろ指をさされているよりは、ルイズのためにもこのほうがいいだろう。

 ルイズの後方、館の玄関口に、ほっとした様子で円柱に背をあずけた才人の姿がある。気になって見にきていたのだろう。
 今はそちらのほうを見ないようにアンリエッタはつとめた。

…………………………
………………
……

 館の前からすこし離れた街路樹の枝に、緑の小鳥がとまっていた。
 それは見る。つるりとした黒塗りのガラス玉をおもわせる眼で見ている。
 路上で手をとりあう少女たちの姿が映され、その人工の眼球の奥に消えおちていく。



170:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:11:37 sloRilb4

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

 日は落ち、残照が空の雲を赤く染めていた。

 執務室をたずねてきた男にうながされ、ベルナール・ギィは街角を歩いている。
 どこかの裏庭から逃げだしてきたニワトリを追いかける子供たちの声、鍛冶屋の徒弟が一心にふるう槌の音、ニレの並木にはさまれた道をかけぬけてくる川風。
 夕暮れどきの都市のなか、レンガで舗装された道が、二人の男の足音を無骨にひびかせる。

 都市トライェクトゥムをかこむ防壁にくっついている、ひとつの古い砦。
 その内部に築かれた地下への階段をおりる。鋲を打った冷たい鉄のドアをあける。
 もとは武器倉庫ででもあったのだろうか、石の地下室はわりあいに大きな空間である。幅と奥行きは二十メイルをくだらない。

 ベルナール・ギィが訪れたのは、みずからの都市の片隅である。
 だがこの場所で、その表情は冷然とひきしまり、瞳は油断とは無縁の色をうかべていた。

 彼は実質上、河川都市連合の指導的地位にあり、トリステイン王政府からは「ワインの乱」を引きおこした政治犯代表格と見なされている。いまさら、なまなかなことで動じはしない。
 それにもかかわらず、彼はこの地下の石の広間にひそむ何かに対し、警戒をおこたっていない。

 手燭を持つ同行者が、背後で虫一匹さえ這いだせないほどきっちりドアを閉じると、たちまち闇が戻ってこようとする。手燭の火のみがそれを拒絶し、暗黒を部屋の隅に押しとどめつづける。
 しかし、そのささやかだが確かな手燭の光も、大きな地下室の半ばから先へは進めない。
 まるでカーテンをひいたかのように、巨大な赤い泡の膜が張られている。泡は完全に地下室を仕切っている。

 ほんとうに暗い地下室だった。
 ベルナール・ギィには、この不気味な泡の内部から血なまぐさい暗黒がしみ出してくるように感じられた。
 遠く思いだす修道院の図書室も暗かったが、あれとは全くことなる、濁り沼のような冷たくよどむ闇なのである。

 横手のぶあつい壁はじめじめしていた。壁の石組みの隙間から、冷たい水がしみだしてくる気がする。壁の向こうがわは川の中だ。
 この砦のある城壁は、濠として川を活用しており、ここは地下なのだから。

 そして部屋内を満たすのは、むせかえるような血のにおい―

 彼は横目でザミュエル・カーンを見た。手燭をかかげて彼をここまで先導してきたゲルマニアの傭兵隊長は、この陰惨な雰囲気のただなかにあってみじんも動揺がない。
 それも道理だ、とベルナール・ギィは考える。なぜならその傭兵隊長の着こんだ鎧の隙間からも、忌まわしい臭いがしみだしている。
 この泡の障壁の向こうにあるものと同じ臭いが。

(そういえばあの娘は、この傭兵隊長を〈カラカル〉と呼んでいた)

 カラカルという名の獰猛な獣は、狼の眷属とも、大山猫の一種とも言われ、エルフたちのいるサハラやその近辺に住むという。たしか人間の死骸を食べるとも言われていた。
 ザミュエル・カーンについて言われていることを思い出して、ベルナール・ギィは目をすがめ、さりげなく僧衣の袖で鼻を覆った。
 傭兵には悪評がつきものだが、この傭兵隊長には討ちとった敵メイジの心臓を食べたといううわさまでがあった。

 泡が強く揺れた。


171:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:12:36 sloRilb4

 二人の男が黙って見つめる前で、泡の表面ににゅっと細い手首が生えた―むろんそう見えたのは錯覚で、泡の内側から誰かが手を伸ばしたのである。
 手につづいて腕が、肩が現れ、そして頭と脚が……
 出ようとしていた者が通過し終えても、泡は割れはしなかった。ただ表面に波紋を伝えて揺れただけである。

 裸の少女の姿を惜しげもなくさらした〈黒い女王〉に、ザミュエル・カーンが床にあった紫のローブをほうり投げる。
 宙でそれをつかみ、濡れた白い裸にローブを羽織った彼女は、開口一番に「つぎの素材がそろそろ欲しい」とベルナール・ギィに向けて言った。

「新鮮な生きた人間、できれば若い女がもっと必要だ。死刑囚に適当なやつはもういないのか」

 ベルナール・ギィはトリステイン女王の外見を模した少女に答える。

「そう何人も簡単に融通できるものか。都市参事会は都市内の法をつかさどる立場でもあるのだぞ。
 死刑囚とて本来は法にのっとって刑を執行されるべきなのだ。彼らを貴君に引き渡すことを、わたしがどれだけ良心を殺しておこなっているか知るまい」

「頭が固いな。公にならなければいいではないか。
 目を転じてみろ。売春婦ならば街にあふれているぞ。そして、いなくなってもさほど追求はされない」

「念を押させてもらうが、わたしの断りなく都市民になにかしようと思うな」

 ベルナール・ギィは細めた目を〈黒い女王〉にひた当てた。
 その強い警告に対し、彼女はあっさりとひきさがった。

「しかたない。なら、都市民以外でこっちで適当に調達するさ。戦場で捕虜を得てくるなりなんなり。
 まさかそれまで止めはしないだろうな」

「……ガヴローシュ侯爵の妻と娘を『素材』とやらにしたのはやりすぎだぞ。
 今後はたとえ敵であろうとも、身分の高い者はけっして無意味に殺すな」

 必要以上の敵意を買ってはならなかった。
 けっしてこの少女に言ったことはないが、適当な時期がきたら王政府と講和することをベルナール・ギィは考えている。
 ただし、こっちに有利な条件での講和でなければならない。そこに持ちこむまでの戦いのなかでは、この少女の存在はまだ役に立つはずだった。
 〈黒い女王〉が微笑む。

「それは残念。大貴族の女というのが好みなのだが。
 ならば農民にしておこう。連中はたくさんいるから」

 その言い方は、野ウサギの数について猟師が語るのと変わらなかった。
 ベルナール・ギィは嫌悪を顔にはっきり浮かべはしなかった。無表情のまま口をかたく引きむすんだだけである。

 この泡の内部にこもるとき彼女が何をしているか、彼は知らない。
 ただこの地下室に運びこまれた囚人は、ひとりたりとも出てきていないということを知っている。そして何かの残骸が夜の闇にまぎれて運びだされ、ひそかに郊外に掘った穴に捨てられているということも。
 囚人の調達も生ごみを入れる手押し車も、どちらも彼が手配しているのだから。

 そしてこの幼いトリステイン女王の外見をした怪物は、本物のアンリエッタとおなじく水系統の魔法を得意としていた。技の応用には相当の違いがあるようだったが。
 たとえばこの泡だが、これは一種の結界のような役目をはたしているらしい。
 『解呪石〈ディスペルストーン〉』の働きによって大河流域は魔法断絶圏となっているが、前もって張っておいたこの泡の結界のなかでは魔法が使えるとのことである。
 大気中に飛散した『解呪石』の目に見えないかけらを、泡の膜が通さないのだという。肌についたかけらは泡を通りぬけるとき、ほこりと共に泡表面にくっついてぬぐわれるらしい。だから内部に入るときは裸なのだろう。



172:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:13:08 sloRilb4

 泡の結界は一枚ではなく、この奥にさらに何重も張られているとのことだった。
 見透かすことはできないが、それでけっこうである。どんなことになっているにせよ、人が見たいと思う光景であるはずがない。

「ところで会議の顔ぶれはだれだれなのだ」

 〈黒い女王〉に唐突に訊かれて、ベルナール・ギィは一瞬みがまえた。どういう意図の質問なのかがわからない。
 裏をさぐりかけてやめた。この程度のことなら隠しても意味がない。

「市参事会員をはじめ、いまだトライェクトゥムにとどまっている各都市の代表。そんなところだ」

「全員の忠誠は確認したのか? 誓約文書はあるか」

「各代表の名のサインと血判により、われわれ河川都市連合は反・王政府でかたくむすびついた。その書状はトライェクトゥム市参事会があずかっている。
 これなら、おじけづいたどこかの都市がいまさらながらに無関係をきめこもうとしても不可能というものだ。ただし代表がさっさと帰ってしまった都市ガンをのぞくが」

 〈黒い女王〉はそれを聞くと「ふむ」と下唇に触れ、謎めいた沈黙に入った。
 その沈黙に、ベルナール・ギィは長く付き合うつもりはなかった。この暗い部屋が忌まわしかったし、この少女と向き合っていることそのものにいやな感じを覚えていた。
 だから彼は、言うべきことをさっさと口にした。

「ついに王軍が来る。こちらの倍となる一万余の兵をそろえてな。
 それも農民主体の諸侯軍とはわけがちがう。王軍を構成するのは、戦に慣れた傭兵たちだ」

「ほう。王軍はどんなふうに攻めてくるかな」

「冠水した土地をさけつつも、なるべく直進してくるだろう。
 王政府は財政上の問題で、小細工する余裕がおそらくない。はやいうちにこちらと決着をつけようとするはずだ」

「ああ、それをわたしに止めさせようと?」

「まさか。王軍の相手は市民軍がする。王政府の空海軍は、『水乞食』が相手する。
 貴君に頼みたいことはむしろ、残ったそれ以外の道をつぶすことだ」

「残ったそれ以外の道?」

 おうむ返しの形の質問に、ベルナール・ギィは答えた。

「山地だ。ゲルマニアに近い山地のあたりを押さえられたくはない、大河上流域も押さえられてしまうからな。
 ただ王政府も、それをやると軍事費がさらにかかるから多分そうはしないだろうが、絶対にないとはいいきれない」

 予想に反し、王政府が大量の兵を大河の上流域に送りこんできた場合、やっかいなことになる。
 そのまま川にそって下流まで攻めこまれずとも、たくみに大河とその支流の上流域を封鎖されてしまえば、こちらの喉元はじわじわ締め上げられているも同然だ。
 ゲルマニア側の都市が送りこんでくれるひそかな物資の流れが絶えていくのだから。

「幸いなことに、はやいうちならその戦略の芽をつぶせる。
 現地の畑をだめにしてしまえば、王軍はたとえ上流域をとっても山地をながく保持できない。糧秣を調達できないのだから」



173:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:13:55 sloRilb4

 上流域は山がちの地形であり、大河の両岸は崖がつらなる。山地を抜けて大砲を移動させることは困難だった。
 さらに山地では荷馬車も通りにくい。つまり補給を後方からおくりこむことがますますむずかしくなる。大軍の維持のためには、食料を現地調達しなければおぼつかない。
 だからこちらは先に上流域に兵をおくり、もともと平野にくらべて乏しい食糧を刈りつくしてしまえばいいのだ。

 ただ、その地の農民には残酷なことになるだろう。やっと山あいの畑に初夏の収穫があるころなのだ。それを奪われれば、かれらにとって餓死はそう非現実的な話ではなくなる。

 しかたない。ベルナール・ギィは思った。
 山地の農民には飢えてもらうしかない。都市の命運をおびやかす可能性のあることは、ささいなことでも消しておきたかった。
 それでもこういう任務に、市民軍を使う気はさらさらない。王軍が来ようとしている今そんな余裕もないし、余裕があっても汚い任務をさせる気はない。
 汚名をかぶったまま消えていくにふさわしい連中は、すでに用意していた。目の前に。

「貴君の連れてきた傭兵隊にそれを任せたい。できれば、ゲルマニアから流入してきた共和主義者たちとやらも連れて行ってもらいたい」

…………………………
………………
……

 ベルナール・ギィが一人で去り、階段の足音の余響が消えてしばらくしてから、〈カラカル〉が口を開いた。

「いいのか、あの男はこちらを汚れ仕事に使いつぶそうとしているぞ」

 傭兵隊長は、白く幼い裸身にタオルのみをはおった〈黒い女王〉に指摘する。

「これまでのところ、黒狼隊が食糧や弾薬の補充を求めて断られたことはない。報酬もさまざまな形で支払われている。
 だがあいつは、俺たちと契約文書をとりかわして正規の雇用関係を結ぼうとはしていないのだぞ。あくまで俺たち黒狼隊はあんたの私兵あつかいだ」

 少女は、傭兵隊長からすれば不可解に思える笑みを浮かべた。

「なんだ〈カラカル〉、おまえみたいなクズでもやっぱり安定した職を望んでいたか? たしかに魅力的だものな、専属傭兵となることで定期的に払われる俸給は。
 残念ながらこの都市は、都市の民自身からなる『市民軍』という奇怪なものを考えだしたのだ。ほとんどの傭兵は戦が終わればお払い箱さ」

「おい、俺はいま忍耐心を試されているのか? 話がそれている、そんな問題じゃない。
 このままだと、王政府と都市連合のどっちが勝っても俺たちに先はないと言っているのだ。
 今でさえあの男は、あんたと俺をうとんじている。俺たちを始末しようと考えだすのも、そう遠い未来ではあるまい」

「悲観的な未来予想だな。だが真に悲しむべきことに、お前の言葉が正しいようだ。
 わたしだって、あいつに愛されていると思っていたわけじゃない」

 〈黒い女王〉は傭兵隊長の予測を肯定した。
 だったらこれからどうするのだと言いたげな〈カラカル〉に対し、彼女はぴんと指を立てた。

「たしかに技術屋、便利屋あつかいされるのは嫌気がさした。使い捨てならなおさらだ。そろそろ独自に立ち回る時期に来たようだ、わたしたちも。
 〈カラカル〉、とりあえずはもう一度だけ、望まれた役割を果たしておこうか。ただし、ここはいっそ期待された水準をはるかに上回って。
 言ったとおり、傭兵どもにはいつでも出られる用意をさせているな。じゃあ、明日にでも兵を出そうか」



174:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:14:56 sloRilb4

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 二日後。トリスタニアちかくのとある人工池。
 ただの池ではなかった。王政府御用達の、水空両用のフネの発着場である。
 ラ・ロシェールなどの大型の港にくらべればとるに足りないもので、港と呼べるかさえ怪しい。
 なにしろ収容できるフネの数は小型船なら二、三隻、大型のフネならただ一隻である。

 それでもこのような発着場は必要とされていた。緊急時などで急行しなければならない事情のあるフネのためである。
 いまも、間近に出帆をひかえた小型の快速艇が一隻、停泊している。百合の紋がはいったそのフネは、王家の連絡船の一隻なのだった。

 その甲板にたたずみながら、ルイズははるか東のかなたを見ていた。
 トリスタニアから東のラ・ヴァリエール領へ、これから空路で向かう。
 まっすぐ進めば途中で反乱地域の上空に入ってしまうが、もちろんそこは迂回する。大きく南に半月弧をえがき、ゲルマニアとの国境ぎりぎりを航行して、実家をめざすのである。

 航路を頭のなかにえがいてから、ふとルイズは髪をそよがす風のなかにつぶやきをもらした。

「先に帰った姉さまとおなじ航路だわね」

 エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールが王立魔法研究所を離れ、父公爵の領地へとフネで飛んで帰ったのは先々週のことだった。
 傍のものがひきとめる間もないほどのあわただしい帰郷に、“父公爵から指示がきたにちがいない”と世人はささやきかわしていた。

(それがただの根も葉もない陰口ならどんなにましだったかしら。
 最低の気分だわ、なんたって事実なんだから)

 ルイズは先々週、姉が王都を出ていく前にひそかに自分を訪ねてきたときのことを思い返して、苦さを噛み締めた。
 王宮まできたエレオノールは、ルイズの滞在している一室に踏み入るなり言ったのである。
 姉はすぐ発てるようにした簡素な旅装で、椅子に座りもせず帽子を手でおさえながら言った。『おちび、あなたも来るのよ。しばらく家のほうにいることになるわ』

 そのとき、むろんルイズは抗った。こんなときに無断で王都を離れていいとは思えなかったのである。

『陛下に……姫さまに申し訳がたたないではありませんか、姉さま! それに、ラ・ヴァリエール家の体面はどうなるんです』

『あんたがそんなことを気にしなくていいの! とにかく、お父さまは帰ってこいと言っているんですからね』

 叱りつけられても、ルイズはあとに退かなかった。
 彼女は幼いころの彼女ではなく、その心にいだく貴族としての理念は、彼女なりに成熟して固まりつつあった。

『いいえ、気にしないわけにはいきません! わたしはラ・ヴァリエール家の娘ですけど、王政府の臣下でもあるのですから。
 ……姉さまだってそうよ、お父さまだってそうでしょう? 国がこんな混乱にあるときこそ、お父さまは、トリステインの玉座に忠誠を誓ったすべての貴族の模範となるべきなのに!』

 正面から逆らわれて、エレオノールは驚いたようだった。これまで家内では、自分の前ですら萎縮しがちだった末の妹が、やや興奮ぎみとはいえ父公爵への批判を口にしたのである。
 怒ろうとして思いなおしたらしく、すこしの沈黙のあとで姉は抑えた声で妹をさとしはじめた。



175:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:15:23 sloRilb4

『ちびルイズ、あなただって大貴族の一員なんだからわかるでしょう。こんなときだからこそ、家長が判断したことにはあれこれ口をさしはさむべきじゃないのよ』

『納得できませんわ! いまでさえラ・ヴァリエール家が宮廷貴族たちになんと言われているかご存知でしょう!?
 帰るにしてもせめて姫さまに事情を話して、きちんと領地に帰る許可をいただいてでなければ、ますますわたしたちは……!』

『……それはしないわ。べつに帰郷のたびごとに直接、陛下の許可を得なければならないわけじゃないし』

 長姉は苦渋の表情でかぶりをふった。
 彼女はけっして言わなかったが、いまから思えば、父から来た指示の手紙に《引き止められぬよう宮廷人との余計な接触は避けて、すみやかに戻ってこい》くらいのことは書いてあったのかもしれない。

 そこから先は堂々めぐりとなり、折り合いがつくどころではなかった。
 エレオノールは最初こそ、彼女にはめずらしく温和にルイズを諭そうと試みていたが、けっきょく忍耐力が蒸発するまでそうはかからなかった。
 もともと高慢で激しやすい性格である。

『わたしが喜んでると思うの、ルイズ! ことあるごとにうしろ指をさされて何とも思わないわけがないじゃない、お腹のなかはあんたが想像できないくらい煮えくり返ってるわよ。
 けれどね、もう一度だけ言うけど、お父さまが決めたことなのよ! たぶんお母さまとも話しあってね。あの人たちがいろいろ考えなかったわけがないでしょう。
 大人が決めたことにあれこれ反発して危険に手をつっこもうとする馬鹿な子供よ、あんたは。あんたが少しは大きくなったことは認めてあげる、けどおあいにくさま、それでもまだ子供なのよ。
 黙ってわたしといっしょに帰ってきなさい!』

『いやです!』

『こ……この、頑固なちび!』

 いつしかたがいに興奮して声が大きくなりすぎていた。
 人がどんどん集まってくる気配にエレオノールははっとわれに返った様子で、ルイズの腕をとろうとした。
 引きずってでもつれて行こうとしたのだろうが、ルイズはつかまれる前にぱっととびのいてそれを避けた。
 その直後、戸口にアニエスがあらわれて一喝した。

『王宮内だぞ、なんの騒ぎだ!』

 エレオノールは開け放された部屋の入り口に立った銃士隊長をふりむいた。動揺がその後ろすがたから伝わった。
 彼女は一度だけ顔をもどしてルイズを見た。ルイズが固まったままでついてくる意思を見せないのを確認すると、その目に怒りのほかに悲しみがよぎった。
 それからエレオノールはぐいと婦人用帽子を目深にかぶって歩きだし、足早に戸口から出ていった。
 戸口のアニエスは、すれちがうときに彼女を引き止めようとしたらしかったが、ふと室内で唇をかみしめてうつむくルイズを見て、思いとどまったようだった。

『……姉君の身柄を拘束しておいたほうがいいか?』

 その問いに、ルイズは視線を落としたまま弱々しく首をふった……



176:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:15:44 sloRilb4

 ……―現在のアニエスの声が、ルイズを現実にひきもどした。

「フネが飛べなくなった空域を避けるとなると、やはり航路がゲルマニア側にはみ出てしまうな。
 いちおう同盟国だし、通行することをちゃんと伝えれば一隻くらいうるさく言われはすまいが、あちらも内乱状況なので注意が必要だろう。
 ところで、サイト?」

「あ、はい」

 ルイズと並んでぼうっと横に立っていた才人が、呼びかけられてアニエスに向いた。

「辛気くさい顔をしてどうしたんだ」

 それはルイズも気になっていたところだった。朝から少年はめずらしく、沈思の表情になっていたのである。
 心配を覚えたルイズは、長姉のことはひとまず頭のすみに押しやって声をかけた。

「サイト。なにか気にかかる事でもあるの?」

「いや、とくにどうってわけじゃないんだけど……うーん……
 アニエスさん、ルイズの護衛は俺でじゅうぶんじゃないんですか?」

「しかたあるまい、わたしは監視役もかねて付いているのだ。むろん建前だが。
 『使節団の代表をラ・ヴァリエール家の身内だけで構成するわけにはいかない、不安だ』と言いたてる輩が宮廷内にいないではないのだ。不愉快だろうが我慢してもらおう。
 いちおうわたしも近衛の隊長だ、公爵の前にでるのに身分に不足はない」

「でも、姫さまの護衛のほうは」

「なるほど、無理もない心配だな。だが問題はあるまい、マンティコア隊ががっちり固めている。しばらく陛下の護衛は銃士隊でなく、ほかの近衛隊にまかせることになりそうだ。
 われわれ銃士隊はおそらく、戦場近くに派遣されて任務をこなすことになる。メイジと違い、魔法断絶圏でも戦闘力が変わらない部隊だからな。
 そういうわけでよろしく頼むぞ」

 そう言ってアニエスは、出港の用意をしている水夫たちをさけて船首のほうへ歩いていった。
 才人はその後ろ姿を黙然と見送っている。その才人を見てルイズは、ちょっとむくれた。

「ふーん、あんたずっと姫さまのこと考えてたのね」

「え? ルイズ?」

 きょとんと見てくる才人に背を向ける。
 本来、アンリエッタが心配なのはルイズも同じである。傍から見て、あきらかにいまの女王は根のつめすぎと思えた。
 しかし、それはそれとして、才人がほかの少女のことを思案することには心おだやかではいられない。

「静かだったと思ったら、そういうことなんだ」



177:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:17:07 sloRilb4

 ただのやきもちだとうすうす知りながらも、ルイズは続けて言ってしまった。
 たぶん才人はむっとしてなにか言い返してくるだろう。喧嘩などしたいわけがないが、嫉妬の虫はどうも抑えられないのである。
 だがルイズの予測ははずれ、背後の才人から声がかかることはなかった。不安になり、彼女はふりむいて「怒ったの?」と訊いた。

 才人は首をふった。

「そうじゃねえよ、怒ってない。
 でも、いまはほんとに姫さまのことを考えてたわけじゃねえから。……いや、ある意味それも考えたかもだけど……」

 要領をえないことをもごもごと口中でつぶやいてから、ルイズの使い魔である少年はためらいがちに言った。

「なんだかわかんねえけど落ち着かない。ほんとにそれだけだ」

…………………………
………………
……

 その頭上。
 すみわたる青い空を背景に飛んできた緑の小鳥が、白い帆にとまり、きょろきょろ動く黒い目で甲板にうごく人々をながめはじめた。

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

 昼時、魔法学院のすぐ近くの草原だった。
 使い魔召喚など野外授業にも使われる場所である。

 野をつらぬく道路には、数人の廷臣たちと多くの護衛がならんで待っていた。
 そのまえで、馬車をひいていたユニコーンが足を休め、車輪が回転をとめ、そして王家の馬車は止まった。
 なかから白よそおいの少女が下りてくる。

「お帰りなさい、陛下。マントノン公爵への説得はうまくいきましたようで、まずは喜ばしいかぎりです」

 マザリーニが、言葉ともに出迎えてきた。
 言祝ぎに対して、アンリエッタはふわふわした肩掛けを脱いで侍従に渡しつつやや不機嫌な声で応じた。

「説得などというものではありません。拍子抜けするくらいあっさりと応じてくれましたわ。
 書簡で詰問したときにはのらりくらりと逃げようとしていたのに」

 夜会から帰ってすぐ宰相にマントノン公爵のことを伝えようとした女王だったが、偶然にもその前に、マザリーニのほうからも同じ件を報告してきたのである。商人たちが訴え出てきていた。
 むろんまず書簡で叱責した。街道を通行する商人にむりやり物を買いとらせる行為は、即座にやめるよう命じた。

 それに帰ってきた返事は、文面だけはぎょうぎょうしく敬語をふんだんにつかいながらも、あいまいに言葉をぼかしてあるものだった。
 自分は公爵家の当主であり、トリステイン貴族でも高位にあるため、体面をたもつための出費が馬鹿にならない―そのような愚痴めいた言い訳が並んでいるだけである。
 それ以外には、反省はもとより、なんの中身もない文だった。

 その返事を見て、アンリエッタは怒りにかられたのだった。関税権を犯しておきながら、謝るでもなく、逆に大貴族であることを強調する。そこには、ことをうやむやにしてもらうつもりが透けて見えた。
 女王はみずからマントノン領を訪れることを決め、その日のうちに出立したのだった。
 彼女の姿を見たとたん、マントノン公はうろたえきって一も二もなく謝罪し、慈悲を求めてきたのである。



178:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:18:39 sloRilb4

 アンリエッタの後ろにつき従いながら、慇懃にマザリーニが評する。

「ふだん玉座から遠くはなれた自分の領地にいるときは大胆にふるまっていても、いざ王その人を眼前にすれば怖れにとらわれる。そんな領主はめずらしくないものです。
 ただ陛下、権威を利用するこうした手法はたしかに有効ですが、今後はあまり多用してはなりませんぞ。危険におちいることもありますから」

「うまくやりますわ。それより、なぜ魔法学院で待ち合わせなの? わたくしが王都にいてはだめなのかしら」

 アンリエッタの不機嫌の主因はそれだった。
 枢機卿のよこした急使によって、マントノン領から王都に帰ろうとした彼女は、予定していた帰路をまげて魔法学院に直行したのである。
 忙しいのである。無駄な手間をとらされたくはなかった。

「枢機卿、わざわざこちらへ呼んだのはなぜか説明していただけませんか。わたくしは王都に急いで帰りたいの。やらねばならない政務がたまっているのですよ」

「それです、陛下」

 主君のその質問を予期していた口ぶりでマザリーニは言った。

「しばし仕事から離れ、王都ではなくこちらに滞在してお休みください。学院長オスマン氏にはすでに話を通してあります。
 そのあいだ、政務はわたしが責任をもちましょう」

 息を呑み、アンリエッタは声を少し高めた。

「まってください、枢機卿。宮廷でも戦場でも臣下が駆け回っているのに、いまわたくし一人を休ませようというのですか」

「そうです、陛下にはご自愛いただきたい。これは侍従長ラ・ポルトも同意見です。この場に銃士隊長がいてもおそらく賛同を得られましょう。
 もちろん状況しだいです。心苦しいのですが、場合によってはまたすぐ陛下をわずらわせることになるでしょう」

「それでいいのです、休みなどいりませぬ。いまは働いていたいの、わたくしは。
 ……魔法学院にとどまっているなど」

 横をむいてトリステイン魔法学院の火の塔だか風の塔だかを一度見あげ、唇をかみしめてうつむく。
 血を流しているのは自分の王国なのだ。
 それに、頭を休めれば、ルイズ主従のことを考えてしまう。ましてここはあの二人がふだん生活している場所だった。考えたくなくてもいやでも思い出さざるをえない。
 戦ははやく終わらせたかったし、報われない想いはもう重かった。

 マザリーニが首を振った。

「臣の身にして不遜ではありますが、あとはわたしにお任せいただきたいと申し上げます。陛下は動かないでいただきたい」

「そんな、一方的すぎるわ。
 反乱鎮圧はこれからが肝心だとあなたは言っていたではありませんか。いまは都市ガンの攻略にかかっているのでしょう。
 兵士たちが命をかけて戦うというときに、かれらに命令を出したわたくしには休めと?」

 アンリエッタの抗議に、さらりと返ってきた答えは予想しなかったものだった。

「ご心配なく、緒戦はすでに終わりました。人は一人も死にませんでした。都市ガンは王軍に抵抗することなく城門を開いたのです」



179:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:19:02 sloRilb4

 女王はあっけにとられた顔でマザリーニを見た。
 説明をうながされる前に、宰相は弟子に対し口を開いた。

「ガンは反乱を起こした河川都市連合から離脱して、王政府がわについたのです。ほんの先刻、報せがとどきましてな。
 これで、もっとも近い水路と倉庫にいたる道の安全は確保できました。時間と兵、弾薬の節約になりましたな」

「それは……吉報ですわ、とびきりの吉報ですけれど……
 でも、あの、いきなりなぜ彼らはこっちについたのでしょう?」

「戦は見える軍の力と、見えない政治の力の双方で戦います。見えないほうを使ったまでです」

「順序だてて、細部まで話してください」

「ガンの代表が死んでいたことが大きかった。
 その男は、故ガヴローシュ侯がひきいていた最初の諸侯軍と遭遇し、戦死をとげています。かれはもともと河川都市連合の盟主である都市トライェクトゥムに対し、反感をあらわにしていたそうです。
 指導者が急に消えたばかりの組織というのはそれだけでも混乱しがちですが、ましてガン代表の死の状況にはいくつか怪しむべき『偶然』がありました」

 ガンの代表は、まとまった軍と戦うには少なすぎ、発見されやすい程度には大きい規模の護衛をともなっていたという。
 おそらくその護衛はトライェクトゥムから提供されたものだろうが、それで進軍する諸侯軍の前方をのこのこ横切ろうとしたというのは出来すぎていた。進路があらかじめ仕組まれていたのかもしれない。
 しかもその一団を発見し、彼を討ち取った諸侯軍の傭兵隊長は、そののち諸侯軍をすみやかに裏切って反乱軍に加わっている。
 最初から密約があったと考えてもおかしくはない。

「『都市連合内部で逆らってくる者が邪魔だ』というトライェクトゥムの意向によって、ガンの代表は謀殺された。そう人々がうたがえるだけの余地があります」

 説明を切って息をつき、マザリーニは締めくくりに入った。

「あんのじょう、ガンの市当局は内紛に突入していました。都市連合寄りの『都市派』と、われわれ寄りの『王党派』に分かれて、どちらに味方するべきか言い争っていたそうです。
 その情報がもたらされてすぐ、この枢機卿の名において使節を送り、『王軍がガンの城壁に砲弾を撃ちこむ前に、すみやかに降伏するならば』との条件で彼らに約束を与えておきました」

 約束とは、まず大逆の罪状を完全に赦免すること。
 それからトライェクトゥムにかわってガンが都市連合の領袖になる、と王政府が指名すること。ただし、王政府が完全に反乱を打倒できた場合にかぎる。
 甘い飴をちらつかせる一方で、マザリーニは武力と時間制限によって重圧をかけたのである。

「昨日夕刻、都市ガンの市当局は城門をひらいて王政府に降りました。
 彼らは軍資金や糧秣の提供などで積極的に王軍に協力するでしょう、いまやわれわれの勝利は彼らの利益と結びついたのですから」

 経緯の理解とともに、アンリエッタの心に喜びが追いついてきた。
 表情をかがやかせ、少女は思わず枢機卿の首に腕をまわして飛びついた。
 自分の娘のような年若い主君に親愛の抱擁をうけて、マザリーニの顔に苦笑があらわれる。

「陛下がいない間の勝手な判断を、どうかお許しください。
 彼らが動揺しているあいだに、機をのがさず迅速な手を打つ必要があると思いましたので」

「だれが責めるというの、枢機卿、あなたは最高よ!」

 そのまま宰相の手をとってダンスしかねないはしゃぎようのアンリエッタだったが、マザリーニに誇る様子はなかった。



180:白い姫とワルツを〈三・発火〉
09/01/12 14:19:23 sloRilb4

「じっさい難しいことではなかったのです。都市ガンは代表を暗殺されたとみてトライェクトゥムへ反感をいだいていました。
 そのうえ王軍の攻撃が真っ先に集中する以上、あの都市はどのみち陥落していたのです。ガン市当局のとれる賢明な行動は早期降伏のみでした。
 こちらはタイミングを見はからって、それをかれらに突きつけてやったにすぎません」

「いいえ、そうだとしても素晴らしいことですわ」

 ひとりの犠牲者もなく一つの都市を降すことができた。それはここ最近のうちでもっとも明るい知らせだった。
 それもただの無血勝利ではなく、いわば反乱都市に対する攻勢の拠点を手にいれたとみていい。
 弟子が体を離すと、枢機卿は僧服のしわを軽くのばしながら言った。

「これは第一歩にすぎません。さらなる効果を引き出すためには、ひきつづき手を打つ必要があります。
 われわれの軍が進んでいくのに先んじて、まずは都市ガンの周囲から、目に見えない力が反乱地域一帯に広がっていきます。人の心に作用する力です。
 雌伏している諸侯の心にも火はついたことでしょう。
 その火をさらに言葉であおり、炎と燃え上がらせましょう。うまく呼びかければ、反乱地域内の領主たちをいっせいに蜂起させることができます」

「でも、そんなにうまくいくのですか?
 魔法が使えなくなった地域の諸侯は、反乱軍に目をつけられまいとしているとの話だったではありませんか。
 かれらには王家への協力要請を断る口実もありますし」

 アンリエッタの心配はもっとものことだった。
 魔法断絶圏外でも、“王家の私戦には協力しない。中立を保つ”という名目で、じっさいに協力を拒む大貴族が続出していたのである。ラ・ヴァリエール家のように沈黙している諸侯も多かった。
 王家の私戦というのは河川都市連合が裏から宣伝していることだが、それの成果は着実にあがっていることになる。
 マザリーニは首をふった。

「勢いというものをガン攻略でわれわれはつかみかけています。なるべく冷静狡猾であろうとしても、人は勢いに押し流されがちなものです。
 戦わず沈黙していた諸侯のうち、今こそ王軍に呼応すべきではないかと考える者たちがかならず出てくるでしょう。
 もともと王軍を待っていた者、または王政府に忠義を見せておこうと計算する者、あるいはただ熱狂と王軍の威風にのせられた者、かれらは王軍支援にはしります」

 野にちらばる諸侯は生きのびるために身を伏せていても、けっして望んで反乱軍に屈服していたわけではない。
 トリステイン王政府が、繰り出した王軍の力をたしかな背景として呼びかければ、諸侯は時が来たと思うだろう。
 かれらを焚きつけ、ドミノを倒すように王政府になびかせるためには、今がまさに好機だった。

 魔法断絶圏内の領主たちを一斉蜂起させることに成功すれば効果は大きい。
 河川都市連合の市民軍は、突然そこかしこにひるがえる百合紋の旗に移動を邪魔され、四方八方をおびやかされ、うち払いながら必死で駆けずり回ることになる。
 これまでの記録を見れば、市民軍はたしかに強い。散らばって噛みついてくるひとつひとつの諸侯の軍を、各個に撃破するのは簡単だろう。
 だが、いまは王軍が参戦しているのだ。市民軍が諸侯の旗すべてを焼き尽くそうとしているあいだに、数で倍する王軍が肉薄していく。

 まして蜂起した諸侯すべてが、子や孫を殺されたガヴローシュ老公の戦い方をみならって、けっして正面からぶつからず小規模な襲撃をくりかえせば……

「成功すれば、諸侯に手間どる反乱軍を、王軍が野で追いつめていく戦いになるでしょう。
 河川都市連合は『水路を制した自分たちの軍に移動スピードの利がある』と計算しているでしょうから、そのスピードを殺ぐために地元諸侯に戦わせるのです。
 そして会議でも言ったとおり、王軍が反乱勢の野戦のための軍を壊滅したときに、われわれはかれらに勝利します。
 ただこの戦い方のためには、どれだけ多くの諸侯を王政府の忠実な手足にできるかが重要になります」

 軍役免除税をはらっても兵の供出を拒むという貴族が続出すれば、まずい事態である。
 いま説かれた戦略は、なるべく広い地域にわたって地元諸侯の兵をいちどきに動員できなければ失敗するのだ。




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