08/12/11 06:24:32 4NAzGFNA
「ここまで迫られてかっこよく押しとどめるとは、先生は教職の鑑ですっ」
「皮肉ですか。どうせ男として末期だとか思っているのでしょうっ!」
「末期だなんて。経験豊富な男性の含蓄いっぱいの決断ですよ」
可符香の発言に、望は苦虫を噛み潰したような顔をする。
不可解な情報源を持つ可符香のこと、望の過去についてなんらかの情報を得ているのか
もしれない。望の妹の倫は冗談めかして「男女のべつまくなしやんちゃな時期のあったお
兄さま」などと言っている。(偏った)恋愛経験の豊富なまといが見るところ、これは事
実だ。最高の死に方のために最高の女とベッドを共にする、などといった姿も見せている
(まといの知る限りこれが赴任以降唯一の情事だ)。「余っている」件に関して過剰な反
応を示すことがあるが、これも現状ではなく過去のトラウマだろう。
「考えてもみなさい。未成年者の性交にどれだけのリスクがあるか。親バレ、妊娠、性感
染症! 恋なんて酒のようなもの、酔いが醒めれば残るのは鈍い痛みばかりです」
「ビョーキなら心配いりません。小森ちゃんは初めてですし、先生も、まといちゃんも、
ちゃんとお医者様のお墨付きがでてます。それから、交くんは奈美ちゃんが預かってくれ
てるし、校舎内は手のものが見張っているから安心してください。コンドームについては、
小森ちゃんもまといちゃんも知ってるよね」
まといと霧はほぼ同時に本棚から1冊の本…の外箱を取り出す。
3000円台の立派な教育学の本なのだけれど。先生、そんなもの読む趣味がありまし
たっけ。
空っぽの箱の中にはコンドームが1箱に、ピルらしき錠剤と妊娠検査薬まで。
「絶望した! 避妊具の隠し場所すら知っている生徒たちに絶望した!」
「生徒じゃないよ、メイドだよ。その本の中身の方がそっちの本棚にあるの知ってたから」
神経質な性格のわりに怠惰に流れやすい望の身の回りの一切合財は霧の管制下にある。本棚などその最たるものだ。
「で、先生。誰とそういうことになるつもりだったんですか? 千恵先生? それとも隣
の女子大生?」
「クラスの生徒さんではありませんからーっ」
「なら千恵先生ですか」
「なんでそうなるんですかっ」
かなり際どいヒントを放つ可符香。テンパっている望はまったく気づかない。
「女性にここまでさせておいて、逃げ出すだなんて非道です」
まといはそう言って背にしがみつく。
霧はコンドームの小袋を切って口にくわえた。たしかどこからともなく宿直室に回って
きた卑猥な漫画本にそんな絵があったような。
「あまり私を追い詰めないでください。私は弱い人間なのです。
自分ひとりにすら責任を持つことのできない私に代わって、交を姉のように慈しんでく
れる小森さん。宿直室(うち)に帰ると暖かい食事とともにあなたが待っていることにど
れだけ救われたでしょう。
夜の校舎、人気のない路地、ただ無音の中、自分の足音を聞いているだけで己の愚かし
い過去を思い出して苦悶し、世間の冷たさや汚さに何もかも捨てて逃げ出したくなる私に
とって、常月さん、あなたが背を支えてくれる温もりは、本当は掛け替えのないものでし
た。
あなた方との関係を壊すのも、それどころか進めることすら怖いのです。どちらかを選
ぶだなんて、そんなことできるわけがありませんっ。私は弱く、醜い人間なのです」
大正歌劇のように身振り手振りを交えて己の感情を語る望。全てを語り終えたときには、
両手と膝を宿直室の畳についていた。