08/12/31 23:11:51 P3gBnJtu
力なく垂れ気味の背ビレが、砂に深く沈みながら遠ざかる。
すっかり見慣れた、ドスガレが尻尾巻いて逃げる時の様子だった。
デカさの割りに、案外タフでもなかったドスガレはいつものようで、いつもと違う。僕は確かに見た。
奴の背ビレの縁が桃色に輝いたのを。
なんで砂が落ちたんだかは知らないが、大方矢がぶっ刺さった時の血飛沫でもかかったんだ。
あとはとどめ刺すか捕獲するだけで、あの魅惑色のヒレが僕の物になるかと思えば、頭がフットーしそうだよぉ。
すでに沸いてたんだがな。
弓を背負い直し、追い詰めるべく急ぐことにした。
道中、否が応にも高まる期待に、普段なら寒いくらいに涼しい洞窟内の気温すら感じなかった。
うつむき、器用にも立ったまま寝こけるドスガレの足元に素敵な寝床としてシビレ罠をプレゼント。
安眠妨害の詫びに麻酔玉を二発も進呈してやったら、ドスガレは再び鼻づまりっぽい寝息を聞かせてくれた。
寝床を気に入ってくれたみたいで、僕も頑張ってこさえた価値があったってもんだ。
ちゅりちゅりと音を立てる罠の上で横たわるドスガレによじ登り、僕はその真っピンクの背ビレに手をかけた。
交戦中にそのキレイなヒレを吹っ飛ばしてやるぜ、とかってやっても良かったんだが。
万が一にもおかしな傷付け方して、ヒレが使い物にならなかったら、泣くに泣けない。
まあ、麻酔玉の効いてる今ならキレイにぶった切れるって寸法だ。
僕の手に、濡れた感触が伝わる。そして鼻をつく独特の匂い。
そいつが何なのか、わかっちゃいるのに、理解したくなかった。
僕は、じっと手を観る。
手袋にこびりついた桃色。もう無意識になっちまうくらい嗅ぎ馴れた、こいつは。
ペイントボールの着色かよ。
手袋についた桃色を、ドスガレの背中の砂に擦り付け、僕はポーチから水筒を取り出した。
蓋を開けたそれを逆さにし、水をドスガレの背ビレにぶっかけた。
流れ落ちる砂とピンクの塗料。洗われ現れた色は、そりゃあキレイな水色だった。
どっかで、ブチっと音がした。
どのくらいの間か。ギルドにクエスト達成の連絡することも忘れて、僕は暫く呆然と水色のヒレをただただ見てた。
止まった思考が、軋みながらゆっくりと動き出す。
ドスガレには、普通の色したヒレと桃ヒレと、両方生えてる事もあるのかもしれない。
水竜に比べりゃ、目立ったヒレの少ない砂竜だ。全部のヒレを調べたって、そう時間はかからない。
僕は自分にそう言い聞かせ、水筒を手にドスガレの首を駆け降りた。
ドスガレの寝床ってものはオアシスが近いから、水源には困らない。
だけど、ドスガレのヒレから砂を洗い落とすには、水筒の容量じゃ全然物足りない。焼け石に水も良いとこだった。
そのうち、オアシスの畔でホーミング生肉の物らしき、でかい卵の殻を見付け、それを桶代わりに水を汲んだ。
捕獲用の麻酔はよく効いてるみたいだが、ドスガレが目を覚ましては困る。
予備に持っていた麻酔薬のビンを傾け、やじりに垂らす。
それをドスガレのケツにぶっ刺してみた。効きすぎで死んだらそれはそれまでのことだ。
汚い。さすが砂竜きたないとか口走りながら。僕はドスガレを洗うのに忙しい。
単純作業は僕の思考をすっかり麻痺させていた。
真っ昼間からいびきを響かせ寝こけるドスガレに、水をかけてもかけても鱗の表面は渇いていく。
それもそのはず、熱の吸収良さそうだ。
砂を落としても、紫色の鱗が被うのはドスガレの証の黒い皮膚。黒光りしてやがる。
なんたるご立派よ、思わず拝みたくなっちまうぜ。
砂の色を落とし、紫がかった黒を露にしていくのは、うっかり熱中してしまうほどの魅力を持っていた。
感覚的には、地味臭い女を脱がしてみりゃイイ体してやがる、みたいな具合か。
肝心のヒレは丹念に洗ってみたところで、水色のまんまだった。
熱中した分、心が折れる音が特大で聞こえたような気がした。