08/12/16 23:13:42 KFDYMLUB
「いやー助かりましたよ、ノーラさん。さすが羊飼いというだけあって、なかなかの目利きだ」
ロレンスは買ったばかりの山羊の乳に口をつけるや否やそう言った。
口にまろやかに広がる甘味は、まさに絶品だ。
「いえ、そんな……」
ノーラは恥ずかしそうに、うつむきがちに言った。
「おかげで新鮮な山羊の乳が買えました。これを飲めばホロもきっとすぐに元気になるでしょう」
「そうだといいですね……。突然倒れたからびっくりしちゃいましたけど、今は静かに寝れているでしょうか……」
「大丈夫でしょう。部屋を出るときには既に安らかな寝息をたてていましたし」
「そうですか……」
安心したような、それでいて切ないような口ぶりでノーラは相槌を打った。
「あっ」ノーラが声を漏らした。商人らしき男の肩がノーラにわずかに接触したらしい。
「おっと、ごめんよ」
特に悪びれた様子もなく男はそう言うと旋風のごとく駆け抜けていった。
「全く困ったものですね。ただでさえ人が多いのに走り回る者がいては通行の迷惑だ」
「でも仕方ないんじゃないでしょうか?商人の方にも色々と都合があるんでしょうし……それより……」
言葉尻を濁してノーラが顔を下げる。身長差があるのに加えてノーラはローブを身にまとっているため顔がまるで見えない。
「ロレンスさん……」
うつむいたまま、ノーラは消え入りそうな声で言った。
「もう少し近づいて並んで歩いてもいいですか?」
思わず少しドキリとする。それでもロレンスは平静を装って言った。
「もちろんですよ。道幅も狭いですしね、なんでしたら私の後ろを歩いても……」
「ロレンスさんの隣がいいんです」
ロレンスの言葉を遮ると、ノーラは数歩、歩み寄って来た。
ちょうど、肩と肩が触れ合う位置。他人から見れば完全に恋仲だろう。ノーラの衣服の柔らかさが伝わる。
後ろめたくなるような感情が湧いてくるのを感じたロレンスは慌てて口を開いた。
「ところで何歳くらいの山羊の出す乳が一番おいしいんでしょうか?」
雰囲気を壊すには、食べ物の話がいい。
「どうでしょう……3、4歳でしょうか。あまり変わらない気がしますけど……。ロレンスさんは山羊の乳がお好きなんですか?」
ノーラが顔を上げた。透明な瞳に、真昼の太陽の光が差している。
「はい、好きですね。栄養もありますし」
「では他の動物の乳は……?」
「ああ、牛乳もおいしいですよね」
「他のは……?」
ノーラは目線をそらすと、賑やかな市場の方に目をやった。
「他に……ですか。例えば、他にどんな動物が?」
ノーラは口をぎゅっと結び、ロレンスを見つめている。頬が微かに朱で染まっている。
ノーラは何かを言いかけ、口を閉じ、それからまた口を開いた。
「……人間の……とか……」