【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part19【改蔵】at EROPARO
【絶望先生】久米田康治エロパロ総合 Part19【改蔵】 - 暇つぶし2ch100:266
08/11/15 07:17:24 1ar7NdON
某月某日、とある書店。
その日はとりたてて客もおらず、アルバイトの青年が一人あくびを噛み殺しながらレジに立っていた。
時刻は午後の5時を回り、窓から差し込む西日がやたらと眩しい。
そんな時、自動ドアの開く音と共に、ようやく久しぶりの客が現れた。
太った体、目つきの悪い顔に眼鏡をかけた少年、近くの高校の生徒らしいお馴染みの常連さんだ。
いつもアニメ誌やコミックスを凄まじい量で買っていくので、恐らく相当のオタクなのだろう。
ところが、そんな彼が、今日はアニメ誌やコミックのコーナーに行かない。
何やら雑誌コーナーを色々と探し回っているようなのだが……。
「………これください」
店内を幾度も右往左往してから、彼がレジに持ってきたのは、彼がいつも買っている本とは180度ベクトルの違うものだった。
『特選デートスポット100』なんて言葉が表紙に踊る雑誌の数々。
らしくない買い物をしている自覚があるのか、少年の顔は真っ赤になっている。
(この子が色気づくとはねえ……)
心中の呟きは顔に出さぬよう淡々と会計を済ませると、少年は逃げるように店を出て行った。
まあ、彼とて男だ。色々あるのだろう。
「健闘を祈るよ」
自動ドアのガラスの向こうに遠ざかっていく少年の背中に、アルバイトの青年はそう呟いた。
そして、それから僅か数分後、今度はセーラー服姿の小柄な少女が店内に入ってきた。
こちらも常連。携帯電話のメールでしかコミュニケーションを取らない変わった娘だ。
いつもは少女漫画誌なんかを買っていく彼女なのだけれど……
(おいおい、この娘もかよ……)
さっきの少年とは反対に、彼女が向かったのはアニメ誌なんかが置かれたコーナーだった。
その中でも美少女とか、そんなのを扱った雑誌を手当たり次第に手に取ってからレジにやってくる。
少し呆然としてしまったアルバイトの青年に向かって
【おい、会計だ。早くしろ】
少女は携帯の画面に打ち込んだ文章で急かす。
「あ、はい、すみません」
アルバイトの青年はいそいそと本の会計をしながら、ちらりと少女の顔を見る。
真っ赤に染まった頬、それはまるでさっきの少年と同じようで……。
いつもと違う本を大量に買い込んだ少年と少女。一見すると共通点のなさそうな二人だけれど……。
アルバイトの青年の頭の中で想像が膨らんでいく。
(まさかね……。でも、もしかしたら……)
金を払い、お釣りを受け取ると、少女もまた逃げるように書店から出て行った。
「これは、ちょっと面白いかもな……」
今後、あのオタク少年とメール少女が、どんな形で店に姿を現すのやら。
アルバイトの青年はニヤリと笑って見せたのだった。

心臓が止まるかと思った。
大量の雑誌の入った紙袋を抱えて、家に帰り着いたオタク少年、万世橋わたるは大きな溜息をついた。
「慣れない事はするもんじゃないな…」
レジでの支払いの僅かな時間が永遠の長さに思えた。

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08/11/15 07:18:11 1ar7NdON
似合いもしない買い物をする自分が、嘲笑われているような気がして、いっそ消えてしまいたかった。
だが、それでもこれはやらねばならない事なのだ。
今も手のひらに残る、あの小さな手の感触。
暖かくて、柔らかな、彼女の手の、指先の記憶。
音無芽留。
小憎らしくて、そのくせ臆病で、だけどわたるの持たない健気なほどの勇気を持った少女。
毎日の、憎まれ口まじりのメールのやり取りの中で、わたるの想いはどうしようもなく膨らんでいった。
駄目元でかまわない。
もっと彼女の近くにいたい。彼女と一緒に街を歩きたい。
「まったく、あんな奴相手に、こんなに思い詰める事もなかろうに……」
なんて言いながらも、既に自分の気持ちが彼女に傾き始めている事は否定のしようがなかった。
書店の紙袋を開けて、買ってきた雑誌を取り出し、早速読み始める。
自分のようなタイプの人間が、書物の情報のみを頼りに行動すると、
相当痛い事になるだろう事は十二分に理解していたが、今のわたるには他に縋るものがない。
「まあ、やってみるしかないだろ…」
呟いて、わたるはページをめくり、慣れない雑誌の内容に没入していった。

「おかえりなさい、芽留」
【おう、ただいま】
玄関のドアを開けて、ちょうどそこにいた母親に帰宅の挨拶を返す。
それから靴をそろえるのももどかしく、トタタタタ、と階段を登り自分の部屋へと急ぐ。
ドアを閉め、鍵をかけ、小脇に抱えた書店の紙袋の、中身を机の上にぶちまけた。
アニメ誌、ゲーム誌、その他それっぽい雑誌が多数。
どれも芽留にとっては馴染みのないものばかりだ。
だけど……。
(読もう。読むしかない……)
口も悪けりゃ顔も悪い、その上とんでもなく偏屈なオタク野郎。
今だって、アイツの悪口を言おうと思えば、百でも千でも思いつく自身がある。
でも、だけど……。
(嬉しかったから…)
その想いは否定のしようがない。
痴漢から助けられた一件以来、胸の奥に芽生えてしまった気持ち。
気遣いが、優しさが、この上もなく嬉しかった。
毎日交わすメールでのやり取りが、どんどん楽しくなっていく。
万世橋わたる、アイツに少しでも近寄りたい。
だから、まずはアイツが興味を持っているもの、それがどんな風なのかを知ってみようと思った。
それが、何かの突破口になるのではないかと、そう考えた。
机の上の雑誌の中から、とりあえず一番上の一冊を手に取る。
ぱらり、ページをめくり、芽留は未知の世界への一歩を踏み出した。

「ぐ……、ぬぅ……、わ、わからない……」
買ってきた各種雑誌を読み始めて既に3時間、わたるは苦悶の声を漏らしていた。

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08/11/15 07:18:53 1ar7NdON
読めば読むほどわからなくなる。
もちろん、何が書いてあるかは理解できるのだが、そもそもわたるはこの手の事について全く無知である。
情報の良し悪し、有効性、そういった事を判断する基準を持っていないのだ。
だから、読めば読むほど嘘か本当かわからない知識ばかりが蓄積され、わたるの苦悩は深まっていく。
誰かに相談できれば良いのかもしれないが、なにしろ友人は揃いも揃ってオタクばかり。
そりゃあ、モテモテのオタクも世の中には存在するが、少なくともわたるの交友関係の中にはいない。
何をどうすれば、彼女に近づけるのやら、わたるの求める答えは霧の中に消えていくようだ。
それでも、わたるは雑誌のページをめくる手を止めない。
ぱらぱら、ぱらぱらと流し読みする内に、わたるはあるページに目を留めた。
『今月の映画レビュー』
ハリウッドの超大作から、ドラマ発の日本映画までずらりと並んだ映画紹介。
「そうか、映画か……」
芽留を映画に誘う。
見終わった後で、その映画の感想なんかを話題にしながら街を歩く。
ベタ過ぎて思い付きもしなかったが、悪くないかもしれない。
少なくとも、自分のように知識のない人間が無理に背伸びをするより、ずっと良い結果が望めるだろう。
向こうがこちらの誘いに乗ってくれるかどうかは、まあ、当たって砕けろ、と言うしかない。
そうと決まれば、後はどの映画を見に行くかなのだが……。
とりあえず、映画のレビューサイトでも巡ってみよう。
雑誌を片手に持ったまま、わたるはパソコンを起動した。

「…………む……ぐぅ……」
無口な芽留が珍しく声を漏らしていた。
机の上にはとあるアニメ誌が大開きにして広げられている。
そこはちょうど雑誌の巻頭のあたりで、美少女の描かれたピンナップがあったのだが、これが問題だった。
(ほとんど、裸じゃねえかぁああああっ!!!!)
露出の高い水着で、媚びたポーズをしている美少女を見ているだけで、芽留の顔は真っ赤になってしまう。
(次いくぞ、次っ!!)
気を取り直してピンナップをめくると、裏面も印刷がされてあった。
今度は美少女数人の、露天風呂入浴シーンである。
(完全にっ、裸だぁああああああっ!!!!)
まあ、タオルなんかで隠すとこは隠しているのだが、今の芽留には同じことだ。
芽留はアニメ誌を机の上から投げ捨て、次の本を掴み取る。
今度こそはと表紙を開き、絶句。
(こ、こ、こ、これはぁああああっ!!!?)
あられもない姿の少女たちが、男性とまぐわう姿が所狭しと並べられている。
明らかに成人向けだ。
顔から火を噴きそうな恥ずかしさの中で、芽留は思い出す。
そういえば、アニメやゲームの雑誌コーナーと成年誌コーナーはそう離れていなかった。

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08/11/15 07:19:48 1ar7NdON
あの時はかなり慌てながら、次々とそれらしい本を手に取っていったので、その過程で紛れ込んだのだろう。
表紙はそれほど過激な絵ではないが、裏表紙を見れば露骨な成年向けゲームの広告が印刷されている。
(気づいて止めろよ、店員~~~~ッ!!!!)
一体こんな本、どうやって処分すればいいのだろう?
机の上に、芽留はがっくりとうなだれる。
もう、精も根も尽き果ててしまった。
すっかり無気力になってしまった芽留は雑誌の山の中から比較的穏当そうなアニメ誌を選んで、パラパラとめくる。
ふと、とある記事が目に留まった。
アニメの紹介、それもテレビ放映ではなくて劇場公開中の映画らしい。
少年と少女。飛び交う戦闘機。空の青と雲の白が目を引いた。
タイトルを確認する。
『スカイ・クロレラ』
アイツはこの映画の事を知ってるだろうか?
多分、知っているはずだ。アイツはかなりのレベルのオタクである事を自認している。
公開されたのはつい最近のようだったが……
(もしかして、もう見に行ってるって事はないよな……)
もし、そうでないのなら……。
脳裏に浮かんだアイデアは、芽留にとって、非常に魅力的に思えた。

翌日。学校。時間はすでに昼休憩。
教室の片隅で、わたるはいつになくそわそわしていた。
『芽留を映画に誘う』
それが、昨日出した結論だ。
だが、言うは易し。芽留に断られるか断られないか以前に、どう話を持ち出すかが問題だ。
何度もメールの文面を、打っては消し、打っては消し……。
ここ一番で決心のつかない自分に、わたるはいい加減ウンザリし始めていた。
今日は、まだ芽留からのメールは届いていない。
正直、今彼女からのメールを受け取っても、どう返信して良いのかわからない。
「うう、情けないな……」
少し歩いて気分を変えるとしよう。
わたるは自分の席から立ち上がり、教室を出ようと出入り口に向かう。
そして、扉を開いたその向こうに、先ほどから自分が問題にしている少女の姿を認めた。
「………あっ!?」
いつもなら、開口一番、いつもの不機嫌顔で皮肉の一つも飛ばすところだが、今のわたるはそれどころではなかった。
思考がぐるぐると空回りして、何をしていいのかわからない。
何か言葉を掛けるべきなのだろうけど、喉がカラカラに渇いて、声すら出てこない。
冷や汗を額いっぱいに浮かべたわたるは、だから、芽留の様子が少しおかしい事に気がつかなかった。
その、少し赤らんだ頬の理由に思い至る事はなかった。
(そうだ、むしろこれはいい機会だろう……)
パニック状態のわたるの脳内だったが、何とか本来の目的を思い出した。
いつまでも迷っていても仕方がない。どうせ、駄目元なのだ。当たって砕けろ。
呼吸を整え、伝えるべき言葉を脳内で再度確認。

104:266
08/11/15 07:20:34 1ar7NdON
断崖絶壁から身を投げるような気持ちで、わたるは口を開いた。
「こ、今度の週末、映画を見に行かないかっ!」
上ずった声が我ながら痛々しいと思った。
だが、ここで止まる訳にはいかない。わたるは言葉を続ける。
「『スカイ・クロレラ』ってのがやってるんだが………」
と、そこまでまくし立てて、わたるは自身の犯した重大なミスに気がつく。
(『スカイ・クロレラ』って、アニメ映画じゃねかっ!!!!)
映画に誘う、そのアイデアで頭が一杯になって、昨日の映画選びの時にはその事をすっかり失念していた。
わたる自身もいつか見に行こうと考えていた映画だったのが良くなかったのかもしれない。
映画レビューサイトをなめる様に見て、考えに考えて、考えすぎて重要な事を見逃してしまったようだ。
オタク野郎がアニメ映画に誘ってくるって、普通の女子なら敬遠したくなるところじゃないだろうか。
(ち、致命的だ……)
わたるの顔を流れ落ちた汗の雫が一滴、床に落ちて弾けた。
だが、もはや後戻りは出来ない。時計の針を戻す事など誰にも不可能だ。
わたるは、恐る恐る、芽留の様子を伺う。
視線の先、芽留の表情はなにやらポカンとして、なんだか何かに呆然として驚いているようにも見えた。
(えっ………)
そんな芽留の様子に、わたるが疑問を抱いた、そんな時だった。
ヴヴヴヴヴヴ。
わたるの携帯に届いた一件のメール。
差出人は、目の前の少女。
一体何が書かれているのか、ビクビクしながらわたるが確認すると、そこに書かれていたのは余りにも意外な言葉だった。
【『スカイ・クロレラ』見に行かないか?】
ポカン……。
今度はわたるが呆然とする番だった。


晴れ渡った休日の空の下を電車が走る。
込み合った車内の中で、芽留は座席に座り、その前でわたるがつり革につかまって立っている。
以前のバスでの一件もあってか、何となくこれが定位置になってしまった。
電車に揺られる二人。行き先は『スカイ・クロレラ』の上映されている映画館だ。
【しかし、存外意気地がないな、お前も。あの時の顔を思い出しただけで、笑えてくるぜ】
「う、うるさい……」
先日、芽留を映画に誘おうとした時の一軒をネタにされて、さしものわたるも形無しのようだ。
【お前なら、こっちの都合なんて考えず、自分の興味だけで決めた映画で、強引に誘ってくると思ってたんだがな】
「俺だって、相手の事ぐらい考える……」
【ヘタレなだけだろ、単に】
いつもは対等にやり合っている二人だが、さすがに今回はわたるも反撃しにくいようだ。
散々にわたるを苛めながら、芽留はくすりと笑う。
本当は、嬉しかった。
まあ、最後の最後にアニメ映画なんて選んできてしまうのがアレだったが、
コイツがこんな話を持ちかけてくるなんて思ってもみなかった。

105:266
08/11/15 07:21:22 1ar7NdON
そもそも、今こうして、安心して電車に乗っていられるのだって、目の前のデブオタのお陰だ。
痴漢に遭った時のトラウマは、まだまだ芽留の中では払拭できていない。
だけど、わたるが一緒なら怖くない。安心して乗っていられる。
こんな奴……、と心の中で悪罵を浴びせる一方で、どうやら自分がわたるを信頼している事も間違いのない事実のようだ。
やがて、電車は目的地の駅のホームへ。
電車を降りてもわたるへの攻撃を緩めない芽留、その足取りは軽く、表情は晴れやかだ。
時折反撃しつつも、やっぱり苛められてしまうわたるも、苦笑いしつつ、その実会話を楽しんでいるようだ。
駅からはそれなりの距離があった筈だが、映画館までの道のりは二人にはあっという間のように感じられた。
二人並んで映画のチケットを買うのは結構気恥ずかしかった。
お決まりのポップコーンとコーラを両手に持って、薄暗い館内に入っていく。
観客の入りはそこそこといったところ。
隣同士の席に座ると、改めて”二人で”やって来たのだという実感が湧いてきた。
【なあ…】
上映開始直前、芽留が携帯の画面で語りかけてきた。
【なんだか楽しいな】
「えっ!?」
わたるがその言葉を読み終えるか読み終えないかの内に、芽留は携帯の電源を落とした。
ブザーがなる。
映画が始まった。

銀幕を横切る戦闘機の軌跡。飛び交う弾丸。どこまでも高い空。
映画に見入りながらも、わたるはちらりと、隣に座る芽留の表情を確認する。
その視線はスクリーン上に繰り広げられる物語を一心に追いかけているようだ。
少なくとも、退屈した様子はない事にわたるは安心する。
難解さで知られる監督の作品だが、今回のは比較的わかりやすかったのも良かったのかもしれない。
再び、わたるは画面に目を向ける。
辛らつなわたる自身にとっても、この作品はなかなか悪くないものに思えた。
だけど、ストーリーに没入しながら、筈のふとした瞬間に、隣の少女を見てしまう。
(あ~、我が事ながら……まったく)
自分の気持ちを自覚しているつもりだったが、どうにも予想以上に重症なのかもしれない。
気を取り直して再び視線をスクリーンに。
(と、思ったが、もう一度……)
これで最後と思いながら、再び視線を芽留の横顔へ向けて………
(………あっ!?)
一瞬、息が止まるかと思った。
目の前には、自分と同じように、こちらを見てくる彼女の顔があった。
視線と視線が交差する。
時間が停止したような錯覚。
スピーカーから流れる映画の音声だけが、かろうじて時が流れている事を教えてくれた。
やがて、どちらも気まずそうに、おずおずと前方に、スクリーンの方に向き直った。
これ以降もう一度隣を見るような勇気は、さすがにわたるにもなかった。


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08/11/15 07:22:08 1ar7NdON
やがて映画も終わり、二人は映画館の外に出た。
暗い館内に慣れきった目には、傾きかけた太陽の光もひどく眩しく感じられる。
映画の内容には芽留も、わたるも概ね満足していた。
互いの感想などを言い合いながら、二人は街を歩いていく。
【あの監督の他の作品、お前、なんか持ってないか?】
「ん、いくらかDVDは持ってるが…」
【よし、貸せ。週明けたら持って来い】
「命令形かよ……」
【お前のオタク趣味に付き合ってやるって言ってるんだ。感謝する事だな】
「……わかったわかった、2,3枚見繕って持って来てやる」
会話が弾む理由の裏側には、映画館の暗がりの中で目が合った時のドキドキした感覚が、まだ尾を引いているのかもしれない。
浮き立つ足取り。
二人とも、口には出さないでいたけれど、来て良かったと、心底から思っていた。
だから、そんな楽しい気分が、周囲への注意力を二人から奪い取ってしまったのは、全くの不運だった。

ぬう、と前方に大きな影が立ちふさがって、二人は足を止めた。
短く刈った髪を金に染めた長身の男を先頭に、目つきの悪い男たちが6人。
睨み付けるような鋭い視線。敵意があるのは明らかだった。
「よう……」
先頭の男がドスを効かせた声で話し始めた。
「楽しそうだな、お二人さん……」
蔑み、嘲笑う下衆な視線。
芽留とわたるにとって不運だったのは、二人共揃って負けん気の強い性格である事だった。
二人とも、男の視線を真っ向から受け止め、反射的に睨み返してしまった。
男はそんな二人の様子に、何が可笑しいのかクククッと笑い……
「おらあああっ!!!!」
わたるに向けてパンチを繰り出した。
男の拳がわたるの右頬をとらえる。
痛烈な一撃を喰らい、倒れそうになところを何とかこらえて、わたるは踏みとどまった。
一瞬、黒い怒りの炎が心の内から吹き上がりそうになるが、わたるは隣の少女を見てそれを思いとどまる。
(こんな奴らとやりあったって、何の得にもならない……)
そうと決まれば、やる事は一つ。
「逃げるぞっ!!!」
芽留の腕を強引に掴み、わたるは走り出した。
(くそっ…まあ、目につきやすい組み合わせなのは認めるが……っ!!)
最初は戸惑っていた芽留も、わたるにペースを合わせて走り始める。
ちらりと後ろを見ると、6人の男たちもへらへらと笑いながら追いかけて来る。
どうやら、二人は彼らにとって、いかにも魅力的な玩具に見えたらしい。
二人と男たちの距離は一定で、近づきも離れもしない。
歩幅の小さい芽留と、太ったわたる、二人の足はお世辞にも速いとは言えない。
恐らく、しばらくは追い掛け回して遊ぼうという魂胆なのだろう。
(まずいな……)

107:266
08/11/15 07:31:40 1ar7NdON
息が切れ、酸素の回らない頭で、わたるは必死で考える。
そして、一つの結論を導き出す。
「おい……」
隣で走る芽留に、わたるは自分の考えを伝える。
「この先の角を右に曲がったら、そこで二手に分かれるぞっ!!」
わたるの言葉に、芽留は明らかに戸惑っているようだが、メールを打つ余裕のない今は反論できない。
「それで奴らを撒く。どうせこのままじゃ駅と反対方向だ。バラバラに逃げてまた駅で合流するぞ」
芽留の答えも聞かないまま、わたるは芽留の腕をひっぱり、スピードを上げて走った。
曲がり角を右に、そして、そこから分かれた二つの道の右の方に芽留の背中を押しやった。
「何かあったら、メールで連絡しろっ!!上手く逃げろよっ!!」
何か言いたげな芽留の背中にそう叫んで、わたるは左の方の道に駆けていく。
仕方なく走り出した芽留の姿が道の先に消えた後、時間にすればわずか十数秒後、6人の男達も曲がり角を曲がって姿を現した。
「…………ん!?」
先頭の金髪男が足を止める。
彼らの行く手、道のど真ん中に仁王立ちしている人物。
走り疲れて息を切らす見苦しいデブ、彼らの目下の遊びの対象がそこにいた。
「なんだよお前、女はどうしたよ?」
金髪男の横から、別の男が出てきて、馬鹿にし切った口調で言った。
しかし、相手は無言のまま、こちらを睨むばかり。
その態度だけで、極端に沸点の低いその男を逆上させるには十分だった。
「なんとか言えや、うおらああああっ!!!」
大振りなパンチがうなった。
ガシッ!!!
咄嗟に腕でガードしたようだが、こいつのような根性なしのデブ野郎には十分に堪えただろう。
そう思ってニヤリと笑った顔が、一瞬の後、凍りついた。
「な、てめえっ!!!」
パンチを振るった右腕と、上着の襟を掴まれた。
そして、戸惑う暇もろくに無いまま、男の顔面に凄まじい衝撃が走った。
「っがああああっ!!?」
頭突きを喰らったのだ。
男の鼻からたらりと鼻血が垂れる。だが、攻撃はまだ終わらない。
ゴキィッ!!!
襟を再び引っ張られ、次に攻撃されたのは男の急所。
強烈な金的を喰らい、路上に倒れた男は激痛のために悶え苦しむ。
「…………」
一部始終を見ていた金髪男と、その仲間たちの表情が険しくなった。
彼らは見誤っていた。
万世橋わたるという男を甘く見過ぎていた。
確かにわたるは見た目通りのオタクだ。運動神経が良いわけでも、体力があるわけでもない。
先ほどの男のパンチも、実際のところ、わたるにはかなり堪えていた。
だが、しかし、わたるにはそれを凌駕するものがあった。
「おい、お前ら……」
静かに、わたるは口を開いた。
その瞳には、燃え上がる怒りと、尽きる事のない闘争心が映し出されている。
それこそがわたるの最大の武器だった。
喧嘩にルールはない。
それでも強いてあげるなら唯一つ、最後まで立っていた者が勝者である。それだけだ。
わたるの心には、それを可能にするだけの力が眠っていた。
わたるは怒れる男だ。
無尽蔵の怒りと闘志が、今のわたるを動かしていた。
「逸脱するなら二次元にしとけ………お前ら好みのソフトの一つや二つ、譲ってやらんでもないぞ」
金髪男が構える。
背筋に物差しを入れたような姿勢の良さ、恐らくは何かの武道経験者だ。
それを睨みつけるわたるの顔には、ニヤリ、獰猛な笑いが浮かび上がっていた。


108:266
08/11/15 07:32:31 1ar7NdON
見知らぬ道を、走る、走る。
僅かな段差に足を取られ、転びそうになりながら、それでも芽留は足を休めない。
今は何よりも、あの男達から逃げる事が先決だった。
確かにわたるの判断したとおり、多勢に無勢の状況で、あんな奴らと争う事に何の得も無い。
だが、必死で走りながらも、芽留の胸にはどうにも割り切れない違和感が残っていた。
二手に分かれて、暴漢達の追跡を撒く。
わたるの剣幕に押されて、つい納得してしまったが、考えれば考えるほどおかしい。
自分たちより土地勘があるだろうあの連中を相手に、分かれて行動するのは果たして良策なのか?
それに、あの分かれ道の直前での、わたるの焦った態度が気にかかった。
まさか……いや、でも、もしかして………。
ぐるぐると、芽留の胸中に疑念が渦を巻く。
思い過ごしならいい。だけど、あいつの性格ならば……。
立ち止まり、芽留は今まで走ってきた道を振り返った。
もし、勘違いなら、自分はただでは済まないだろう。
携帯をぎゅっと握り締め、延々と苦悩して、芽留はついに決断を下した。それは……。

体中が痛む。
打ち込まれる鋭い打撃に、息が止まるような心地を味わう。
目の前の金髪男は、わたるを相手にしながら、明らかに遊んでいた。
手加減した攻撃で、むかつくオタク野郎を生殺しのままいたぶろうという魂胆なのだろう。
残りの男達が観戦に回って、手を出してこないのがせめてもの救いだった。
「おら、どうしたよっ!!」
鞭のようにしなるキックが、わたるの太ももを強かに打つ。
間髪いれずに放たれた拳は、ガード越しでも凄まじい衝撃をわたるに喰らわせた。
だが、金髪男の思うがままにサンドバックにされながら、ガード越しに睨みつけるわたるの目は全く死んでいなかった。
次々に放たれる攻撃の中、明らかに大振りで隙だらけのそのキックを、わたるは見逃さなかった。
ドンッッッ!!!!!
わき腹を突き抜ける衝撃。一瞬、目の前が真っ暗になりそうになる。
だが、わたるの意識はギリギリで踏みとどまり、繰り出された右足をその両腕でしっかりと捕らえた。
だが、しかし……。
「やっぱ、そう来るよなぁあああっ!!!!」
攻撃を受け止められた金髪男は、ニヤニヤと笑っていた。
打撃で勝てないなら、掴み合いに持ち込むしかない。
わたるの行動など、端から予測していたのだ。
拳を大きく振りかぶり、今度は遊びではない本気のパンチを打ち込む。
それでこの不愉快なデブも黙るだろう。
「うぅらぁああああああああああっ!!!!!!」
叫びと共に、全力の拳をわたるの顔面めがけて放った。
バキィイイッ!!!!
凄まじい激突音。これで全てお終いだ。
清々した気分で拳を引いた金髪男は、一瞬遅れてその異変に気づいた。
「な、あ、あああ……」
拳が、指が、掌が、醜く折れ曲がり、ひしゃげていた。
目の前の、血まみれのわたるの顔がニヤリと笑うのが見えた。
コイツは、このデブは、自分の頭でパンチを迎撃したのだ。
全力の拳に、全力の頭突きを叩き込んだのだ。
そして、想定以上の衝撃が、金髪男の拳を粉々に砕いた。
やがて、驚愕のあまりに忘れていた痛みが、じわりと金髪男の拳に広がっていく。
「あ…な……お前…どうして……」
……どうして、平気で立っていられるんだ?
今まで散々痛め付けられて、そして最後にはこちらの全力のパンチに頭突きするなんて無茶をして……。
金髪男は今になって初めて、目の前のデブを相手にした事を後悔していた。
怖い……。
湧き上がる恐怖が、男の体を金縛りにする。
それが運の尽きだった。
「もう一度言っとく。逸脱するなら二次元だ。その手を直したら家に来い。おすすめを貸してやるよ」
金髪男の右足を捕まえたまま、残された左足に足払いをかける。
空中に浮かび上がった男の体を、わたるは全体重をかけて道路に叩きつけた。
男は、受身を取る事さえできなかった。
立ち上がったわたるの足元で、男は無様にのたうち回る。

109:266
08/11/15 07:33:32 1ar7NdON
「……くぅ…勝負…ありか……だけど…」
満身創痍で立ち尽くすわたるは、事の成り行きを呆然と見ていた金髪男の仲間たちに目をやる。
金髪男敗退のショックにしばし凍りついていた彼らだったが、やがてその驚愕はわたるへの敵意に変化していく。
「漫画みたいに、一番強い奴がやられたら、それで引き下がってくれると有難いんだが……」
男たちは、金髪男のように武道の心得があるわけではないようだったが、それでも、今のわたるが相手をするのは厳しい。
何しろ、四対一、これまでのダメージを考えれば、勝てる見込みはほとんどない。
かといって、逃げてしまおうにも体が言う事を聞いてくれない。
「やるしかないな……」
わたるは腹をくくった。
どうせ、芽留を先に逃がした時点で覚悟していた事だ。
「うぅりゃあああああああっ!!!!」
男達の一人が殴りかかってきた。
わたるはそれをかわそうとして、しかし、足がもつれ直撃を食らってしまう。
派手に吹っ飛び、地面に倒れたわたるのポケットから携帯電話が転がり落ちる。
何とか立ち上がろうとするわたるに襲い掛かる、容赦の無い蹴り、蹴り、蹴り。
「はぁ~ん、これがコイツの携帯かよ。やっぱ、デブのだけあって脂ぎってるワ」
男達の一人が、わたるの携帯を拾い上げて言った。
「これで、お前の連れのチビ娘に知らせてやるか。お前のデブの彼氏は俺らにボコられてる最中だって…」
「…や…め……」
芽留がその知らせを受けて戻って来たら、一体こいつらにどんな目に遭わせられるのか。
それは、わたるの考え得る最悪の事態だった。
しかし、必死に伸ばしたわたるの手の平は、男達の足に踏みつけられてしまう。
「ぎゃああっ!?」
「さてさて…おお、わかり易いね。女の名前は一つだけだわ。っていうか、登録件数自体かわいそうなぐらい少ないよ、コイツ」
男が早速、芽留宛のメールを作成しようとした、その時だった。
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。
「なんだぁっ!?」
携帯が振動した。
メールが一件。
それは、男が今まさにメールを送ろうとしていたその相手、音無芽留からのものだった。
【それはそこのデブの携帯だ。とっととその汚い手を離せっ!!このクソッタレの蛆虫どもがっ!!!!】
突然のメールに呆然とする男。
その背中を凄まじい衝撃が襲った。
「があっ!!?」
地面に這い蹲りながら、わたるは見ていた。
華麗に宙を舞い、暴漢の背中にとび蹴りを喰らわせる音無芽留の姿を。
地面に着地した彼女は、どこで拾ったのか鉄パイプを肩にひっさげ、仁王立ちで男達を睨みつける。
その姿に、わたるは体の痛みも忘れて見惚れていた。
きれいだ。
本当に、心の底からそう思った。
わたるの顔に、再び不敵で獰猛なあの笑顔が蘇る。
「うおらぁあああっ!!!」
好き勝手に自分を蹴っていた足の一本をぐいと両腕で捕まえ、そのまま立ち上がる。
予想外の反撃にひっくり返った男に、容赦の無い金的を食らわせてやった。
「ああっ…てめえっ!!!」
続いて叫んだ男に、頭突きを一発ぶちかます。
不思議な気分だった。
気力も体力も尽き果てたはずなのに、体の奥から凄まじいまでの力が湧き上がってくる。
「やってやるか……」
呟いて芽留の方を見ると、彼女もニヤリと笑って頷いた。
再び立ち上がったわたるに、男たちはジリジリと後退する。
わたるは渾身の力を拳に込めて、暴漢どもに向かって突っ込んで行った。


110:266
08/11/15 07:34:09 1ar7NdON
夕日が空を赤く染めるころ、路上に残されていたのは芽留とわたるの二人だけだった。
二人を襲った暴漢たちは、彼らの死に物狂いの反撃に、ついに撤退してしまった。
精も根も尽き果てて、道路にへたり込むわたると芽留の顔には、どちらもしてやったりという笑顔が浮かんでいた。
【逃げてく時のアイツらの間抜け面、見たか?】
「ああ、泣きべそかいてる奴までいたな」
【ただの女とデブの二人に、六人がかりであの有様、アイツら当分外を出歩けないぜ】
くっくっく、とひとりでに笑いがこぼれてしまう。
体中傷だらけで、痛くて仕方が無かったが、わたるは実に爽快な気分だった。
だが、その爽快な気分に釘を刺すように、芽留が声のトーンを落として口を開く。
【それにしても、今日のお前、どういうつもりだったんだ?お前一人であいつらをどうにか出来ると思ってたのか?】
いつかは言われるだろうと思っていたが、それでもその言葉は重たかった。
【ただのデブオタが、思い上がりも甚だしいな……】
「だからって、あのまま走って逃げ切れたとも思えないぞ」
苦し紛れだとわかっていても、わたるにはそう言うしかなかった。
多分、また同じような状況に追い込まれても、わたるの判断は変わらないだろう。
彼女を、芽留を危険に晒すような選択肢など、彼の頭の中には端から存在しない。
そんなわたるの言葉に、芽留はしばし沈黙してから、こう答えた。
【オレの気持ちも考えろって、そう言ってるんだ……】
その言葉は、わたるの心の奥の、深い深い場所に突き刺さった。
芽留の、それが偽らざる気持ちなのだろう。
そう言ってくれる芽留の心が嬉しくて、そう言わせてしまった自分が悔しかった。
苦い表情を浮かべて俯いたわたる。
そんな彼を横目に見ながら、芽留はなるべくそっけない調子でこう続けた。
【ところで、次、どうする?】
「次?」
質問の意味がわからず、オウム返しにわたるは尋ね返した。
【今日は、最後でとんだケチがついた。埋め合わせはしてもらうぞ】
そう答えた芽留の顔は、夕日に染まって少し分かりにくかったが、いつもより赤く見えた。
「そうか、次か……次は…」
【先に言っとくが、連続でアニメはなしだぞ】
苦笑しながら、わたるは芽留の顔を見つめる。
やっぱり、彼女はきれいだ。
そう思った。
【なんだ、人の顔をジロジロと…。気持ちの悪いヤツだな…】
戸惑う芽留の顔を見ながら、わたるは『次』の事を考える。
『次』の、『次』の、そのまた『次』の、これからも続いてゆく自分の過ごす日々に、芽留の存在がある事が今のわたるには無性に嬉しかった。

111:266
08/11/15 07:35:18 1ar7NdON
これでお終いです。
最初は思い付きのカップリングだったんですが、なんだか愛着が湧いてきて長くなっちゃいました。
それでは、失礼いたします。

112:名無しさん@ピンキー
08/11/15 08:36:48 BNxTRFNE
たまらんね
GJ

113:糸色 望 ◆7ddpnnnyUk
08/11/15 09:20:34 y/7JM1lc
カップリングですか・・・。
2台の扇風機を使って、1台の扇風機を回転させると、
向こう側の扇風機は風を受けて羽根車は回り始めます。
風の無駄の無いように、周りをチューブなどで囲むと、
羽根車の回転数は同じ回転数で回ります。

これをミッションオイルに置き換えた物が液体継手です。
液体継手は Fluid Coupling (フルード・カップリング)とも呼ばれます。
液体継手では回転力(トルク)を大きくすることは出来ませんが、
これに案内羽根(ステーターと呼ぶ部品類)を入れますと、回転力を
大きくすることが出来、その代わり回転数が下がります。
これが液体変速機 Torque Converter (トルクコンバーター)です。
液体変速機の部品類の基本は1段3要素です。

114:糸色 望 ◆7ddpnnnyUk
08/11/15 09:24:38 y/7JM1lc
例えば、DE10ディーゼル機関車などでは、2個の液体変速機があり、
低速段・高速段(これをフォイト式(充排油方式)と呼ぶ)と、
この変速機にオイルの出し入れを切り替えて、より効率の良い
回転力を伝え方をしています。

115:名無しさん@ピンキー
08/11/15 13:50:21 4kANmfYi
後のロリコンフェニックスである

116:名無しさん@ピンキー
08/11/15 18:58:03 xJIDTSnT
266さん
おおぉぉ、万世橋×めるめるの続き!?、 G J
 G J 過ぎて眩暈がしたw

117:名無しさん@ピンキー
08/11/16 12:35:05 MIGBPqxA
わたるがカッコよすぎて噴いたw

118:名無しさん@ピンキー
08/11/16 21:49:40 fWKbUjrN
これは熱い青春譚

顔と体型と趣味以外
完璧な漢ですね彼は

> 【あの監督の他の作品、お前、なんか持ってないか?】
万世橋、あんまり濃すぎるの選ぶなよ?w

119:名無しさん@ピンキー
08/11/16 23:26:32 Mea9QusK
万世橋は痩せたらイケメンなんだよ多分

120:糸色 望 ◆7ddpnnnyUk
08/11/17 04:23:22 5Y5CG7x6
万世橋をガァーという轟音を上げながら渡りきるキハ40系。

121:名無しさん@ピンキー
08/11/19 13:58:10 CEhStOPR
今週はまれに見る望カフプッシュだったなあ

122:名無しさん@ピンキー
08/11/19 13:59:50 Ugqw3be7
先々週にカフカの出番が全くなかったことって結局何の伏線でもなかったんだね。

123:名無しさん@ピンキー
08/11/19 17:50:10 nKilYMBy
スカトロ 乙
陵辱もポジで受け入れるカフカ最強 

124:名無しさん@ピンキー
08/11/19 21:19:19 94CXDDpb
>>122
打ち切り詐欺の一環じゃね?

125:名無しさん@ピンキー
08/11/19 22:02:55 vLjFX6nc
いい最終回だったなぁ

126:266
08/11/19 22:15:50 GkRjXrCw
>>100-110の続きの、万世橋×芽留の話を投下します。
一連のお話も、今回で一応一区切りです。
それでは、いってみます。

127:266
08/11/19 22:16:35 GkRjXrCw
昼休憩、教室の生徒達のざわめき、その喧騒の片隅で万世橋わたるは深い溜息をついた。
片手に持った携帯電話のメール画面を開く。
空しい行いだと自覚しながらも、受信メールの一覧を確認する。
あの日以来、彼女からのメールを受け取っていない。
「これで四日目か……」
音無芽留。
数ヶ月前からほんの数日前まで毎日のように交わした、彼女との昼休憩のメールのやり取り。
それが嘘のように途切れてから、今日で四日目。
きっかけはあまりに些細で、思い出す事も出来ない。
ただ、誰にでもあるような虫の居所の悪い日が重なって、売り言葉に買い言葉を重ねて互いの怒りがエスカレートしてしまった事。
たったそれだけで、わたると芽留の数ヶ月に渡る交流は、ぷっつりと途絶えてしまった。
【もういいっ!!二度と顔を見せるんじゃねえぞ、キモオタッ!!】
乱暴に投げつけられた、彼女からの最後の言葉がわたるの脳内でリフレインする。
わたると芽留の教室は隣同士だ。
会いに行こうと思えば会いに行ける。
こちらの非を詫びて、もう一度彼女と言葉を交わす事が出来る。
直接顔を合わせるのが気まずいのなら、メールで謝る事だって出来る。
だけど、わたるの心と体はまるでタールの沼に捕われたように、虚脱感に満たされて自ら動く事が出来ない。
それが、単に自分の臆病さ、意気地の無さの現われである事もよくわかっていた。
それでも、彼女と言葉を交わし、時に笑い合った数ヶ月間が、あっさりと終焉を迎えてしまった事。
そのショックが、わたるを金縛りにする。
人との関わりを避けて、逃げて、誤魔化して、そうやって生きてきた芽留と出会うまでの自分。
それは彼女と関わっていく事で、少しずつ変化していった。
そう思い込んでいたけれど……。
やっぱり、自分はどこまで行っても自分でしかなかったのだ。
孤独に生きて孤独に死ぬ、きっとどんな時代にもいたはぐれ者の人間。
芽留との出会いで変わったつもりになっていた、そのメッキが剥がれただけだ。
結局、自分は、万世橋わたるはそれ以上でもそれ以下でもない。
人との関わり合いで傷つく事を恐れ、あまつさえそれを他人のせいにする臆病者。
たかだかこれだけの事で立ち上がれなくなる自分に、彼女と顔を合わせる資格なんてある筈が無い。
「………くっ」
携帯電話をぎゅっと握り締め、わたるが小さく声を漏らす。
ただ一言でいい。
たった一言、彼女に謝る事が出来れば、それでいいのに……。
彼女のいない昼休憩は、どこまでも長ったらしくて、空虚で、まるで砂漠に一人で放り出されたような孤独感の中、
わたるはいつまでも携帯の画面を見つめ続けていた。

「芽留ちゃん?」
自分の名前を呼ぶ声に気づいて、音無芽留はハッと我に返った。
【お、おう、何だよ?何か用があるのか?】
「いや、ボーッとしてるみたいだから、どうしたのかなって」
芽留に声を賭けたのは、可符香だった。
屈託の無い笑顔で覗き込まれて、戸惑う芽留だったが、すぐに表情を取り繕う。
【別に何でもない。昼休憩なんだ、ゆっくり休んでボーッとしてたら、何かおかしいかよ?】
「ううん、そんな事はないけど…」
しかし、可符香のペースは崩れない。
芽留の机にひじを突いて、さらに芽留との距離を詰めて、可符香は言葉を続ける。
「なんだか元気が無いみたいに見えたし…」

128:266
08/11/19 22:19:22 GkRjXrCw
【気のせいだ。オレはすこぶる元気だ。おせっかいされる理由はないな】
「それにほら、いつもの昼休みのメール、この2,3日してないよね?」
その言葉に、芽留の表情がサッと険しくなった。
【別にどうでもいいだろッ!!!】
可符香が話しかけてきた時点で、こうなるであろう事は薄々感付いてはいた。
芽留にとっては、今最も触れてほしくない話題。
ピシャリと断ち切るような芽留の言葉に、可符香は少しだけ心配そうに声のトーンを柔らかくして
「何か、あったんだね?」
そう言った。
対する芽留は、俯き、何も答えようとはしない。
たぶん、これは可符香なりの気遣いなんだと、力になろうとしているのだと、芽留には何となくわかった。
だけど、それで何が変わるというのだろう。
喧嘩がきっかけで、何となく疎遠になって、それっきりになってしまう友人。
そんなのは良くある事じゃないか。
何か誤解があったとか、そういうややこしい話でもない。
互いに感情をぶつけ合って、言い争っただけの事。
当事者ではない可符香に、してもらう事なんて何もない。
これはあくまで、芽留自身の問題なのだ。
【何でもない。何でもないから、早く向こう行けよ】
芽留のその言葉を受けて、気遣わしげな視線をこちらに投げかけながらも、可符香は去っていった。
そう、これは芽留自身の、芽留だけの問題なのだ。
(あの馬鹿が、かけらも融通の利かないあの馬鹿が全部悪いんだ……)
心中でそう呟きながらも、芽留の胸はチクチクと痛む。
ひどい言葉を幾つも投げかけた。
相手の言い分もろくに聞かず、一方的に断罪した。
優しくしてくれた人に、
いつも気遣ってくれた人に、
とてもとてもひどい事をしてしまった。
そんな罪悪感が芽留の心をがんじがらめにして、一歩も動き出す事が出来なくしてしまった。
こんな自分が、今更のうのうと、アイツに何を言ってやれるというのだろう?
片手で携帯をもてあそぶ。
アイツからの、わたるからのメールは今日も来ない。
まるで迷子にでもなったような不安感。
賑やかな昼休憩の教室の中で、芽留は一人ぼっちの寂しさに震えていた。

学校から家への帰り道を、わたるは一人トボトボと歩いていく。
結局、今日も芽留に謝る事はできなかった。
芽留と喧嘩して以来、ボンヤリと過ごして曜日の感覚が無くなっていたが、よく考えれば今日は金曜日。
今週はこれでお終い。
土日の間は、芽留と顔を合わせる事もできない。
もちろん、メールで連絡を取るという方法はあるのだけれど、なんだかこのまま二人の距離が遠ざかっていくようで、
わたるの心は一段と暗くなる。
ガタンガタン。
近くを通り過ぎていく電車の音に、わたるは顔を上げる。
「そう言えば、明日の予定だったよな……」
わたるが思い出したのは、先週の頭ごろ、芽留と交わした会話の事だった。
【連れて行け】
唐突にそう言われて、わたるは面食らった。
「何だ、藪から棒に……。何の話か、もう少し具体的に言え」
【忘れたのか、この間の埋め合わせだ】
その言葉で、ようやくわたるは思い出す。
以前、わたると芽留が一緒に映画を見に行った事があった。
しかし、運の悪い事に二人はその帰り道、地元の不良らしき男たちに絡まれてしまった。
何とか難を逃れたものの、二人はズタボロになってしまった。

129:266
08/11/19 22:20:07 GkRjXrCw
そこで芽留はこう言ったのだ。
【今日は、最後でとんだケチがついた。埋め合わせはしてもらうぞ】
もう一度、どこかへ出かけるなり何なりして、とにかく今回不運に見舞われた分を取り返したい。
そういう事らしかった。
「なら、なおさら具体的な話が必要だろ。なんか考えでもあるのか?」
【ああ、も、勿論だ……】
わたるの問い答えた芽留の態度は何故か少し煮え切らない様子だった。
【これ…なんだが……】
ごそごそと、カバンの中から雑誌を取り出し、角に折り目を付けておいたページを、わたるに向けて開いて見せた。
それは、とある映画の紹介記事だった。
右ページの半分以上を占めているのは、抱き合い、見詰め合う二人の男女の写真。
わたるにもそれが、どういう類の映画なのかは一目瞭然だった。
【これを見に行く。ちょうど、この間の映画館で次の次の土曜日から上映するらしい】
ベタベタの恋愛映画だった。
「こ、こんなのが見たいのかよ?」
【ど、どうした…キモオタ野郎には高すぎるハードルだったか?】
明らかに動揺した様子のわたる。
それを茶化す芽留の方も、顔を真っ赤にしていた。
思いがけない提案にしばし思考停止状態に陥っていたわたるだったが、しばらく沈黙してから腹を決める。
「わかった。一緒に行ってやるよ。たまにはこういうのも悪くない」
本当は、たまにどころか、テレビですらわたるがこの手の映画を見ることはなかったのだが、ぐっと堪えて、わたるは言い切った。
【そ、そうか、思ったより度胸があるじゃねえか】
わたるの答えを聞いて、芽留はホッと安堵の表情を浮かべ、それから本当に嬉しそうに微笑んだ。
【それじゃあ決まりだな。細かい事はまた、上映時間表を見ながら決めるぞ】
あの時の芽留の笑顔は、今もわたるの脳裏に焼きついて離れない。
いまや遠い夢へと変わり果てた、幸せの記憶。
思い出せば、思い出すだけ辛くなるばかりだ。
わたるは記憶を振り切るように、早足で歩き出す。
しかし、あの笑顔はそう考えれば考えるほど、より一層鮮明さを増してわたるを苦しめる。
(そうだ。あの時のアイツは……本当に、嬉しそうだったんだ)
応えてやれなかった。
裏切ってしまった。
そんな後悔に苛まれて、わたるの胸の奥の傷が、またキリリと痛んだ。

「芽留ちゃんっ!」
呼び止められて、芽留はゆっくりと振り向いた。
【何だ、今日はやけにしつこいな…】
「えへへ、一緒に帰ろうよ」
振り返った先、相変わらずの笑顔で駆けてくる可符香を見て、芽留は溜息を漏らす。
【そんなにオレの事が気になるのか?】
「当たり前だよぉ。大事なクラスの仲間なんだから」
【よくもそんなポンポン、調子のいい言葉が出てくるな】
呆れ返りながらも、相変わらずの可符香の調子に、芽留はついつい心を許してしまっていた。
これが人の心の隙に付け入り自在に操る風浦可符香の実力といった所だろうか。
ニコニコ顔の可符香は、歩幅の小さな芽留のペースに合わせて、彼女の横に並んで歩き始める。
「ひどいなぁ、親友の私をそんな風に言わなくたって…」
【……まだ、そのネタ生きてたのかよ…】
二人で歩きながら、どうでもいい事を話す。
それだけで少し楽になったような気がした。

130:266
08/11/19 22:20:53 GkRjXrCw
どうやら思っていた以上に、芽留の心はわたるとの喧嘩の事でいっぱいいっぱいになっていたようだ。
ガチガチに固まっていた心をほぐしてくれた可符香に、芽留は少しだけ感謝の気持ちを感じ始めていた。
それから、どれぐらい歩いただろうか。
不意に、何でもないような調子で、可符香はこう言った。
「誰かと、喧嘩したんだね」
芽留の歩みが止まった。
「誰かと喧嘩をしちゃったんだね、それも大切な、大好きな誰かと……」
【何で……そんな事がわかるんだよ?】
硬い表情で尋ねた芽留に、可符香はあくまで笑顔で答える。
「そりゃあ、親友だもの」
【茶化すなよ】
「……そうだね。本当は、今の芽留ちゃんを見たら、誰でも大体察しがつくんじゃないかな?」
言われて、芽留はきゅっと下唇をかみ締める。
可符香の言うとおりだろう。
どんな風に取り繕って、平気な振りをしても、今の自分の落ち込みは自分が一番良くわかっている。
傍から見ればそれは、滑稽なぐらいの動揺振りなのかもしれない。
【アイツが悪いんだ、全部。人の気も知らないで、好き勝手言いやがって…】
「でも、芽留ちゃんは自分の方がもっと悪いって、いけない事したって、そう思ってるみたいだね」
【ちょ…人の話ちゃんと聞いてんのか?オレは…】
「ひどい事をたくさん言ったから、もうその人に合わせる顔がないって、そんな風に思ってるんじゃないかな?」
畳み掛けるような可符香の言葉に、芽留は反論できない。
しばしの沈黙の後、観念したように芽留は答えた。
【ああ、そうだよ。その通りだ…】
芽留は心中の苦悩をそのまま見せるかのように顔を歪ませて続ける。
【でも、だからって、どうすればいいんだよ?オレは…アイツに本当にひどい事を……】
「そうかもしれないね。でも……」
今にも泣き出しそうな芽留に、可符香はあくまで優しく語り掛ける。
「でも、その相手の人はどう思ってるかな?芽留ちゃんの事、まだ怒ってるかな?」
【それは……】
「きっともう喧嘩の事なんかより、早く芽留ちゃんと仲直りしたいって、そう思ってるんじゃないかな?」
それは芽留が頭に浮かべた事さえなかった考え方だった。
そうだ、今、アイツはどうしてるだろう?
無愛想で、口が悪くて、だけどいつも芽留の事を大事にしてくれたアイツは、今、どんな事を考えているのだろう。
「その人は、芽留ちゃんとまだ喧嘩しようって、そう思ってるかな……?」
【それは……アイツはそんな奴じゃないって……オレは、そう思う】
その芽留の答えに、可符香はニッコリと笑って、こう言葉を結んだ。
「その人はきっと待ってるよ。芽留ちゃんの事、ずっとずっと待ってると思うよ……」

翌日、土曜日、天気は気持ちの良いぐらいの快晴。
芽留は駅前のベンチにポツンと一人で座っていた。
(来るわけないよな……)
時刻はそろそろ午後の1時を回ろうかというところ。
先週決めた約束の時間、待ち合わせの場所で、芽留は来る筈の無い待ち人の到着を待っていた。
また映画に見に行こう。
芽留から切り出した話だった。
選んだ映画が映画だったので、断られるかもしれないと思ったが、わたるは了承してくれた。
しかし、それもあの喧嘩の前の話だ。
普通なら、そんな約束は反故になったと考えるのが当たり前だ。
芽留自身、自分は何をやっているのだろうかと空しさを感じてしまう。
そんなに一緒に行きたいのなら、わたるに連絡を取ればいいのだ。
昨日、可符香に指摘された通り、もはやこの問題は相手がどうのと言うよりは、芽留自身の気持ちの問題なのだ。
一言、謝ればいい。
それをせずにこんな所で相手に期待だけして待っているのは、あまりに臆病で怠惰な態度ではないだろうか。
「……………」
既に時間は電車の発車時刻ギリギリだ。
もう一度周囲を見渡す。
わたるの姿は無い。
当然だ。当たり前だ。そんな都合のいい事、起こる筈がないのだ。

131:266
08/11/19 22:21:45 GkRjXrCw
芽留は諦めてベンチから立ち上がった。
あらかじめ買っておいた切符を財布から出して、駅の改札に向かう。
わたるが不在のまま映画に行く事に何の意味があるかはわからない。
むしろ、自分で自分の心の傷を抉るようなものだ。
だけど、何もしないで今日一日を過ごす事もまた、芽留にとっては耐え難い苦痛だった。
今は自分の心の思い付くまま、流れるままに行動しよう。
切符を自動改札に通して、ホームに向かう。
ギリギリで駆け込んだ芽留を乗せて、電車は駅を離れていった。

ペダルをこぐ足が軋む。
自分でもみっともないと思うぐらいに呼吸が乱れる。
額に流れる汗を拭う時間も惜しんで、わたるは全力で自転車を走らせていた。
やがて自転車は駅前へたどり着いた。
わたるは周囲を見渡して、自分の探し求める少女の姿を見つけようとする。
「いない……当たり前か」
あんな喧嘩をした後で、今更映画の約束も何もあったものじゃない。
そもそも、本来の約束の時間からは少しオーバーしてしまっている。
それでもわたるは、もしかしたらという淡い希望を抱いて、ここにやって来たのだが……。
わたるの背後で電車が動き出す。
もし約束通りの時間の映画を見ようとするなら、あの電車に乗らなければ間に合わない筈だ。
「そもそも、時間切れだったわけか……」
自嘲気味に笑いながら、わたるが呟いた。
もうこの場所に用事は無い。
わたるは自転車のペダルをこいで、待ち合わせのベンチから離れていく。
と、その時、背後を通り過ぎる電車の中に、見知ったツインテールの後姿を見たような気がしてわたるは足を止める。
しかし、それを確かめるより早く、電車はわたるの前から走り去って行った。
「……そんな筈はないか……俺の頭もいい加減危ないな…」
今日はもう何をするあても無い。
かといって家に戻る気にもなれなかった。
行く当ても定めないまま、わたるは自転車を漕ぎ出し、土曜日の街の雑踏の中に消えていった。

目的の駅にたどり着き、芽留は映画館への道を歩き始めた。
以前は二人で歩いた道を、今度は一人で歩く。
(こんなに長かったか、この道……)
あの時は、自分を映画に誘った時のわたるの動揺振りをいじめながら、二人でなんだかんだと騒いでこの道を歩いた。
二人で交わす会話が楽しくて、ほとんど歩いたような記憶もないまま、映画館に辿り着いたのを覚えている。
今、一人で歩くこの道は、まるであの時の何倍にも伸びたかのように感じる。
ぶり返す記憶に、また胸の奥がチクチクと痛む。
忘れろ。
今はただ何も考えず歩こう。
そう自分に言い聞かせてから、芽留はふっと苦笑する。
(忘れられるなら、一人でこんな場所には来ないよな……)
一人ぼっちの道を、ただ黙々と、歩いて、歩いて、芽留はようやく映画館に辿り着いた。
一人でチケットを買って、一人で館内に入り、一人で席を探す。
客の入りは以前見に来た映画より多いようだったが、それがむしろ今の芽留の孤独感を一層際立たせた。
椅子に深く腰掛け、芽留はスクリーンを見つめながら、心で呟く。
(なあ、一緒に来たかったんだぞ。お前と一緒に、この映画を見たかったんだ……)
やがて、上映開始のブザーが鳴った。
照明が落とされて、映画館の暗がりの中に、芽留の小さな背中は紛れて、消えていった。

上映が終わり、映画館を出た頃には、太陽は西の空に沈もうとしていた。
夕日が赤く照らす街を、芽留はとぼとぼと歩いていく。
いかにも大作映画らしい、しっかりとした作りのその映画は、傷ついた芽留の心にとっていくらかの慰めになった。
それでも、ずっと自分の隣に感じている空虚な感覚は消えてはくれなかったけれど。
長い長い道のりを歩いて、ようやく芽留は駅に辿り着いた。
ホームは電車を待つ乗客の群れがごった返し、列に並ぶだけでも一苦労だった。

132:266
08/11/19 22:22:26 GkRjXrCw
(これは、まず座れそうにないな……)
結構な距離を歩いて疲れていたが、座席でゆっくりと休むというわけにはいきそうにない。
多分、押しつぶされそうな満員電車になるはずだ。
と、そこで、芽留の脳裏に嫌な記憶が蘇った。
満員電車の片隅で、見知らぬ男にいやらしく体を触られた記憶
まるで、あの時と同じようなシチュエーションに、芽留の体が細かく震え始める。
何とか震えを抑えようと芽留は苦心するが、震えは激しくなるばかりで一向に収まってくれない。
だが、そんな時……
(……あっ)
芽留の脳裏を、不機嫌そうなアイツの顔が横切った。
『黙れ、痴漢』
されるがままで何も抵抗できなかったあの時の自分にとって、その声がどれだけ頼もしかった事だろう。
ぼろぼろと泣き崩れる自分を慰めてくれたあの手の平は、あんなにも暖かだった。
ゆっくりと震えが収まっていく。
それと同時に、何となく、昨日の帰り道、可符香が言わんとしていた事がわかるような気がしてきた。
(そうだ。きっと、アイツはオレを待っている……)
それは、二人の間で起こったさまざまな出来事が、毎日のちょっとしたやり取りが、ゆっくりと時間をかけて育んだもの。
(オレは、アイツを信頼してる……)
時にはひどい喧嘩もするかもしれない。
だけど、そんな事とは関係なく、揺ぎ無く存在し続けるものが、確かにある。
お互いがお互いを信じている。
ならば、後は些細な問題じゃないか。
芽留は携帯を取り出し、メールの作成画面を開く。
謝ろう。
仲直りしよう。
自分を信じてくれているアイツに、自分の言葉で応えよう。
こんな自分だから難しいかもしれないけれど、できるだけ素直な言葉に、素直な気持ちを乗せてアイツに送ろう。
やがてホームにやって来た電車に乗り込みながら、芽留はわたるへのメールの制作に没頭していった。

午後からの時間のほとんどを、わたるは自転車をこいで当てもなく街をさまよった。
どこに行こうと、頭に浮かぶのは芽留の事ばかり。
今も本屋で雑誌をぱらぱらとめくりながら、頭の中では芽留との間に起こったさまざまな出来事に思いを馳せていた。
芽留と深く関わるきっかけになった事件。
電車の車内で痴漢に遭っていた芽留を助けたのが、そもそもの始まりだった。
あの時、自分の抱える大きな矛盾に苦悩していたわたるは、芽留の生き方に強く心を動かされた。
過去のトラウマのため、人前でしゃべる事が出来なくなってしまった芽留。
しかし、彼女はそれでも人と関わる事を諦めなかった。
頼りない携帯電話一台を片手に、自分なりの方法を模索し続けた彼女。
(だからこそ、俺はアイツに……)
不意に、わたるの頭の中でなにかが弾けた。
脳裏を次々と駆け巡る、彼女の言葉、彼女の涙、彼女の笑顔……。
それはわたるを一つの確信へと導いていく。
「そうだ……。そうだよな、何やってたんだ、俺は……」
繊細で、臆病で、だけど誰よりも強い勇気を持っていた彼女。
そんな彼女だからこそ、わたるは心を惹かれたんじゃあなかったのか。
(俺は今まで、何をウダウダしていたんだ……)
答えはいつだって、彼女が示してくれていた。
臆病な自分がいるなら、それを越えて行けばいい。
臆病を恥じるあまり何も出来なくなる自分がいるなら、それもひっくり返して行けばいい。
彼女と顔を合わせる資格なんてある筈が無い、なんてそんな事を考えるよりも先にやるべき事があるはずだ。
前へ進め。
行動しろ。
ただそれだけの、単純な事だったのだ。
ふと、わたるは書店の店内を見渡した。
アニメコーナーに、先日芽留と二人で見に行った映画のムック本を見つけた。
「手土産片手に謝りに行くってのは、どうにもセコイやり方だが……まあ、いいだろ」
呟いたわたるの表情に、もう迷いの色はなかった。


133:266
08/11/19 22:23:07 GkRjXrCw
満員電車の片隅、芽留は壁の方を向いたまま、手にした携帯を操作して、わたるへのメールの文面を打っていた。
(むう、だけど、思うように進まないな……)
わたるに謝ろうという決意は固まったものの、肝心のメール作成がなかなか上手くいかない。
打っては消して、打っては消して、結局まだ一行も書けていない。
(難しく考えすぎているか…でも、オレの気持ちが伝わらないと意味がないし……)
また打ち込んだ文章を白紙に戻して、芽留はうむむと唸る。
と、その時だった。
「………っっ!!?」
背中から思い切り壁に押し付けられて、芽留はバランスを崩しそうになった。
(なんだ、カーブでもないのに、ふざけた事しやがって……)
怒り心頭で振り返った芽留は、思わず息を呑んだ。
「…………」
背後に立っていた男。
芽留を見下ろすその男の視線は、まるで獲物を値踏みする狼のような貪欲な光が宿っていた。
芽留は、その感覚を、空気を知っていた。覚えていた。
芽留が何らかのアクションを見せるより早く、男は動いた。
男の手の平が芽留の口を塞ぐ。芽留の体を力ずくで壁に押し付ける。
(なんで…こんな無茶苦茶な真似をして、誰も止めないんだ!?)
男の腕の下でもがきながら、左右に視線を向けた芽留はその疑問の答えを知る。
芽留の右手と左手を遮る二人の男。
その瞳には、芽留を押さえつけている男と同じ、淀んだ光が宿っていた。
(こいつら、三人がかりのグルなのかよっ!?)
以前痴漢に遭った時とは比較にならない、おぞましいほどの恐怖が芽留の背中を駆け抜けた。
それでも、芽留の抵抗の意思はなくなりはしなかった。
先ほどまでわたるへのメールを打ち込んでいた画面に打ち込んだ文章を、目の前の男に見せつける。
【ふざけた真似をしやがって、この痴漢野郎ッ!!そんなに急所を蹴り潰されたいのかよっ!!!】
だが、男はその文面を見てニヤニヤと笑い……
ガッ!!
芽留のすねを思い切りつま先で蹴った。
(………痛っ!!?)
口を押さえられ、悲鳴を上げることも出来ない芽留は、身をよじってその痛みに耐える。
「ふざけた真似をしたら、どうするんだってぇ…?」
その芽留の耳元で、男は馬鹿にしたような口調で囁いた。
だが、それでも芽留は屈しない。
【この野郎……】
痴漢に向けてせめて言葉で反撃しようと、新しい文章を打ち込み始める。
【お前みたいな痴漢の蹴りが効くとでも思ってんのか。もう一度言うぞ。これ以上ふざけた真似をしや……
だが、その文章を打ち終わる前に、男の手が芽留の携帯電話を鷲づかみにした。
(そんな、携帯まで……)
携帯を奪われまいと必死で引っ張る芽留だったが、力では男の方が勝っていた。
ぐいぐいと引っ張られるたびに、芽留は携帯を手放しそうになってしまう。
(駄目だ。もう限界だ……)
口を押さえられて呼吸もままならず、指先から力が抜けていく。
このまま、全ての抵抗手段を奪われて、自分はこの男達のなすがままになってしまうのか。
何とかしなければ。
必死で考える芽留は、ある事を思い付く。
それは、策と呼ぶ事さえ出来ないような、ほとんど幸運と偶然を頼りにした一手だった。
(だけど、もうオレにはそれしかない……)
今にも奪い取られそうな携帯のボタンを、素早く操作する。
その作業を終えたギリギリの瞬間に、携帯は芽留の手から離れ、男の手の中へ。
「さあ、これで生意気も言えなくなったな…」
男が下卑た笑いを浮かべて、さも嬉しそうな調子でそう言った。
(ちくしょう……後はもう、運に任せるしか……)
祈るように目を閉じた芽留に、三人の男たちの手の平がゆっくりと伸びていく。
それが、芽留にとっての長い長い悪夢の始まりだった。


134:266
08/11/19 22:24:38 GkRjXrCw
とある公園の片隅のベンチ。
わたるはその脇に自転車を停めて、携帯のメール画面を操作していた。
芽留への謝罪を、週が明けてから直接会って行うか、それともメールで先に謝っておくか。
それがわたるの目下の悩みだった。
「やっぱり、謝るなら早い方がいいだろうな…」
最初は、直接会って謝った方が、こちらの気持ちが伝わるんじゃないかとも思ったのだが、
考えてみれば、メールはわたると芽留のやり取りの基本スタイルだ。
直接会うのをわざわざ待つより、まずはわたるの気持ちを少しでも早く伝えた方がいいだろう。
「となると、問題は文面なんだが……」
色々と書きたい事は思い付くが、まずはこちらがきちんと謝りたいという気持ちを、シンプルに伝えるべきだろう。
細かい話は、週明けに直接会った時にすればいい。
「まあ、それが順当なところか……」
それでわたるの腹は決まったようだった。
ならば早速メールの作成だ。
わたるが携帯の画面に文章を打ち込もうとし始めた、ちょうどその時だった。
ヴヴヴヴヴヴ。
携帯が震えた。
「ん?」
メールが一件届いたようだった。
その送り主を確認して、わたるは思わず声を上げた。
「まさか……」
恐る恐るメールを開く。
だが、そこにあったのはわたるが予想だにしなかった内容。
「なんだ……なんだよ、これは……!?」
焦燥、不安、怒り、様々な感情がわたるの顔に浮かび上がっては消えていく。
そして、そのメールが意味するところを完全に理解したとき、わたるは行動を開始した。
自転車にまたがり、公園を飛び出す。
「どうすればいいっ!?一体、どうすりゃあいいんだっ!!?」
必死の表情を浮かべたわたるは、全速力の自転車で夕闇に沈む街を駆け抜けていった。

もうどれだけの時間が経過したのか。
幾つの駅を通り過ぎたのか。
延々と男達の玩具にされる耐え難い時間が、芽留の頭から次第に思考能力を奪い去っていた。
最初はもがいて、手足をばたつかせて、せめてもの抵抗をしていたが、もはやその気力もない。
無抵抗のまま、男たちに体を弄られる内に、芽留の思考は暗く深い淀みに沈んでいく。
(何でこんな事になったんだろう?)
手を伸ばせばすぐ届くほどの距離に、当たり前の日常を過ごす多くの人達がいるのに、3人の男達の壁に阻まれたここで、
芽留は拷問にも等しい、地獄のような時間を過ごしていた。
(もしかして、これは罰なんじゃないだろうか?)
弱りきった芽留の心は、我が身を襲う理不尽に何とか理由を見つけ出そうとする。
(そうだ。きっとその通りだ。自分は何か悪い事をして、罰を受けているんだ。でなければ、こんなひどい事……)
何か理由がなければ、納得のいく理由がなければ、自分にはこんな事は耐えられない。
撫で回し、這い回り、いやらしく蠢く手の平の感触。
まるで違う。
全然、違う。
自分が知っている、あの優しくて、大きくて、暖かな手の平の感触とは全く違う。
アイツの手に触れられている時はいつも、心の底から安心していたれた。
(ああ、そうか、アイツにあんなひどい事を言ったから……)
自分はわたると喧嘩して、数え切れないぐらいのひどい言葉をわたるに浴びせかけた。
これはその、当然の報いなんだ。
ようやく納得のいく理由を見つけて、さらに芽留の心は流されていく。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………)
少女の瞳から零れ落ちる涙に、男たちはその下卑た嗜好を刺激され、一層激しく少女の体をまさぐる。
だが、流されていくだけかと思われた少女の思考が、一瞬浮かび上がった小さな疑問に立ち止まる。
(だけど……だけど、アイツはこんな事を望むだろうか?)
優しさ。気遣い。好意。
アイツがいつも芽留に与えてくれたもの。
自分は今日まで、散々悩みぬいて気が付いた筈ではなかったのか?
(そうだ……オレは、アイツを信じてるっ!!!)
芽留の瞳に、微かな光が戻る。

135:266
08/11/19 22:25:30 GkRjXrCw
こんな奴らに負けてたまるものか。
ほんの僅かでもいい、こいつらに抵抗をするんだ。
萎えかけた気力を無理やりに蘇らせ、芽留は必死に逆転のチャンスをさぐる。
その時だった。
『間も無く列車は駅のホームに入ります。お出口は左側……』
千載一遇のチャンスが訪れた。
列車が駅に停車して、自動扉が開く。
芽留にとって幸運だったのは、この駅で下車、もしくは乗り換えをする乗客がかなりの数いた事だった。
乗客の密度が減って、密集している事を怪しまれるのを恐れた男たちが立ち位置を変えようとする。
その隙を、彼女は狙った。
(今だっ!!)
男達の拘束を強引に抜け出し、芽留は飛び出す。
列車を降りる人の流れに乗って、男たちから離れる。
たとえ車両から降りられなくても、男達の囲みを破れば、もう奴らには何も出来ない。
(うわああああああああああっ!!!!!)
何も考えず、がむしゃらに前に進む。
希望に向かって、ひたすらにまっすぐに……。
だが、しかし……
(うわっ!?)
ドンッ!!!
大きな壁にぶつかって、芽留の体がよろめく。
わけがわからないままその壁を見上げた芽留の表情が、さっと青ざめた。
(そんな……)
壁と思われたのは、大柄な男の胸板だった。
「いけないなぁ、お嬢ちゃん……」
その見下ろす瞳は、さきほどまで芽留を囲んでいた男たちと同じ淀んだ色に染まっていた。
(3人じゃ……なかった!?)
恐らく、芽留を直接押さえつけていた3人をさらに囲むように、壁の役割をしていた人間がいたのだ。
目の前の男を含めて、恐らくもう3,4人ほど。
壁役を交代しながら、痴漢行為を行おうという事なのだろう。
呆然とする芽留の腕を、背後から伸びたいくつもの手の平が捕まえる。
(これが…最後のチャンスかもしれないのに……)
助けを求めるように伸ばされた芽留の腕も、壁役の男たちによって巧みに周囲の人間からは隠されてしまう。
必死で抜け出そうとする芽留の体が、じりじりとまたあの囲いの中に引っ張られていく。
また、あの地獄に引きずり戻される。
(……助けてっ!!…誰か、助けてっ!!!)
涙を流し、必死で喉を振り絞っても、かすれた声さえ出す事ができない。
声さえ届けば、誰かが気付いてくれるのに。
忌まわしい呪縛に捕われた芽留には、たったそれだけの事さえ叶わない。
(…助けてっ!!!…わたるっ!!!!)
芽留の心の叫びが、再び下卑た男達の欲望の中に飲み込まれていくかに思われた、
その時だった。
「手を伸ばせっ!!!」
聞き慣れた声に、下ろしかけていた腕を上げた。
広げた手の平をしっかりと掴む、優しくて、頼もしい、あの手の感触。
腕を引っ張られるタイミングと合わせて、全力で足を踏み出すと、後ろから縋り付く男達の手の平はあっけないほど簡単に離れていった。
そして、芽留の体はそのまま、彼女が信じた少年の胸の中に倒れこむ。
(そっか、届いたんだ、来てくれたんだ……)
見上げた先には、いつも通りの不機嫌そうな顔があった。
(わたるっ!わたるっ!!わたるぅ!!!)
芽留が携帯電話を奪われる直前にした操作。
それはわたるに宛てたメールを送る事であった。
芽留はわたる宛てのメールを作成中の画面に文章を打ち込んで、痴漢と会話していた。
【ふざけた真似をしやがって、この痴漢野郎ッ!!そんなに急所を蹴り潰されたいのかよっ!!!】
そんな言葉が並んだ文面を、メールとしてそのままわたるに発信したのだ。
当然、尋常な事態でない事はすぐにわたるに伝わる。

136:266
08/11/19 22:26:24 GkRjXrCw
だが、そこからわたるにどんな行動が出来るのか、それが問題だった。
幸運だったのは、わたるが映画館に行くために電車に乗り込んだ芽留の姿をチラリと見ていた事だった。
あの時は気のせいだと思ったが、もしかしたら……。
そう考えて、わたるは行動を開始した。
映画の上映終了時刻と、映画館から駅までの所要時間、さらには列車の運行時間。
それらを考え合わせれば、芽留が乗っていると考えられる列車はある程度絞られてくる。
それ以上は運に任せるしかない、分の悪い賭けだったが、何とか上手くいったようだ。
「すまん、待ち合わせ、だいぶ遅れたな……」
わたるの腕が芽留の背中をぎゅっと抱きしめる。
それに応えるように、芽留も両腕を伸ばしてわたるの体にしがみついて、きつく抱きしめた。
そして、わたるは芽留を弄んでいた男達を、鋭い目つきで睨みつける。
「逸脱し過ぎだぞ、痴漢どもが……」
わたるの言葉を聞いて、車内の視線が一斉に男たちに集まる。
「な、何の証拠があって、そんな事を……」
言い返した男の言葉に、わたるはにやりと笑って、自分の携帯電話を取り出す。
そして、先ほど受け取った芽留からのメールを、空メールで返信する。
すると……。
「な……あぁっ!?」
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。
着信を知らせるバイブレーションの音が、男達の一人のポケットから鳴り響いた。
わたるの意図に気付いた男は、ポケットに入れていたその携帯電話を慌てて投げ捨てる。
「なんでコイツの携帯電話を、お前が持ってるんだ?納得のいく説明はしてもらえるんだろうな?」
いまや車内の乗客が男達を見つめる視線には、疑念ではなく強い確信が込められていた。
無数の人の壁に囲まれた状況下で、もはや男達に抵抗など出来ようはずもなかった。

相も変わらず長ったらしい警察の事情聴取を終えて、芽留は廊下に出てきた。
そこは奇しくも、芽留とわたるが親しくなるきっかけとなったあの痴漢事件の時と同じ場所だった。
あの時と同じ長椅子の、あの時と同じ端っこに座っているわたる。
芽留はあの時とは反対に、つかつかとわたるの側に歩み寄り、彼のすぐ隣に腰を下ろした。
二人が喧嘩をしてから、今日で五日目。
言いたい事や、言わなければいけない事は山ほどあるのに、いざ彼を前にすると話を切り出す事ができない。
黙りこくって、俯いてしまった芽留を横目で見て、わたるは深く深呼吸。
自分の方から話を始めた。
「色々言って、悪かった……ごめんな」
その言葉に、芽留はゆっくりと顔を上げる。
「映画の約束も駄目にした。挙句、あんなひどい目に遭わせてしまった…」
わたるの沈痛な表情を目にして、芽留は携帯電話を取り出し、メール画面に自分の思いを打ち込む。
【そんな事ない。オレも……、いや、オレが悪かったんだ…】
必死で文章を打ち込む芽留の瞳からは、ぽろぽろ、ぽろぽろと止め処もなく涙が溢れ出てくる。
【オレがたくさんひどい事を言って、お前を怒らせて……いつも優しくしてくれたのに、大切にしてくれたのに…】
一度堰を切った涙は、もうどうやっても止める事が出来なかった。
わたるにひどい言葉を浴びせてしまった事が、それなのにわたるが彼自身を責めるような事を言う事が、
ただただ悲しくて、芽留は泣きじゃくる。
わたるは、そんな芽留の背中を優しく撫でながら、
「ごめんな、……本当にごめんな」
もう一度、謝った。
ぽろぽろと涙を零し続ける芽留と、それを慰めるわたる。
それからどれぐらいの時間が過ぎただろう。
ようやく芽留が落ち着きを取り戻し始めた頃、それを見計らったようにわたるが口を開いた。
「それにしても、嫌な偶然だよな……」
苦笑しながらそう言ったわたる。
芽留は顔を上げ、不思議そうにその顔を見つめる。
「お前と縁が出来たのも痴漢がきっかけで、喧嘩して以来ようやく顔を合わせた今日も痴漢に出くわして……いい加減ウンザリだ」
【ホントだな。正直、オレも前回のでこりごりだったんだけど】
困り果てたようなわたるの口調が可笑しくて、芽留もつられて笑う。

137:266
08/11/19 22:27:36 GkRjXrCw
「それだけじゃない。一緒に映画を見に行ったら不良に絡まれる。お前といるとこんな事ばっかりだ」
【どうだろうな、お前の方が原因かもしれないぞ】
「その上、毎日メールでさんざんにこき下ろされて、ほんとにロクな事がない」
【それは、お互い様だろうが】
くすくすと笑いながら会話を続ける二人の間には、ようやくいつもの空気が戻ってきたようだった。
そして、わたるはしみじみとした調子で、こう言葉を続けた。
「でも、楽しかった。本当に楽しかった。お前と一緒にいられて、本当に良かった……」
そう言ってから、不意に真剣な表情になったわたるは、ぐいと身を乗り出して芽留の顔を覗き込む。
至近距離からの視線に射すくめられて、芽留は思わず息を呑む。
わたるは一つ呼吸を置いてから、何気ないような調子で、しかしはっきりとその言葉を口にした。
「好きだ」
芽留がその意味を理解するよりも早く、わたるはもう一度言葉を重ねる。
「俺はお前が好きだ。大好きなんだ」
その言葉はゆっくりと芽留の心に染み渡り、やがて言いようのない感情の波となって、彼女の中から湧き上がる。
すうっと、一筋の軌跡を残して芽留の頬を伝い落ちていった雫は、ついさっき芽留の顔をぼろぼろに濡らしたそれとは、明らかに違った意味を持っていた。
「……あ………うあ…」
カタリ、手の平から携帯が滑り落ちたのにも気付かず、芽留は微かな嗚咽を漏らして、体を震わせる。
見つめる先、メガネの向こうのわたるの真摯な眼差しは、先ほどの言葉が偽りでない事を何より強く物語っていた。
涙に濡れた瞳でわたるを見つめながら、芽留は懸命に喉を震わせ、わたるの気持ちに対する自分の答えを、言葉を紡ぎ出す。
「…オレも……好きだ……わたる……」
消え入りそうなその微かな声は、しかし、わたるの耳にはしっかりと届いた。
わたるの腕が、芽留を抱き寄せる。
強く、優しく、いたわるように、わたるの体温が芽留を包み込む。
それに応えるように、わたるの背中を芽留の両腕がぎゅっと抱きしめる。
薄暗い廊下の片隅で、互いの想いを確かめ合った二人は、大好きな相手のぬくもりに身を委ね、いつまでも抱きしめ合っていた。

やがて週は明けて、二人の新しい日々が始まった。
まあ、告白しようが何をしようが、二人の関係が急にガラリと変わってしまうわけではない。
いつも通りにメールのやり取りをして、顔を合わせればまた皮肉を言い合う。
そんな毎日だ。
それでも、いくらかの変化が二人の生活に生じた事も事実だった。
まず一つ目は、芽留とわたるが一緒に行動する事が、以前にも増して増えた事。
そして二つ目は、それに伴って芽留を仲介として、わたると他の2のへの生徒たちの間にも新たな交友関係が生まれた事だった。
昼休憩、なんだかんだで2のへの面々に馴染み始めたわたるを横目に見ながら、芽留は可符香に語りかける。
【あの時は、世話になったな……】
「ううん、そんな事ないよ。それより、二人とも上手くいって、ほんとに良かったね」
【まあ、何しろお前の事だから、何か裏でもあるんじゃないかとも思っちまうんだがな…】
「ああ、それはないない。だって、二人を見てるだけで十分に面白いし」
何とも可符香らしい応えに、芽留は苦笑する。
そこで、午後の授業の開始を告げる予鈴が校内に鳴り響いた。

138:266
08/11/19 22:28:30 GkRjXrCw
2のほの教室に戻るべく、その場を立ち去ろうとしたわたるを、芽留が袖を引っ張って引き止めた。
【ずいぶん、こっちのクラスに馴染んだみたいじゃないか】
「元のクラスじゃ浮いてるままなのが、悲しいところだけどな」
それも以前の頑なさが和らいだ今のわたるなら、これから幾らでも変えていけるように、芽留には思えた。
ただ、芽留には一つだけ、懸念している事があった。
【まあ、仲良くするのはいいんだが………浮気とか、するなよ?】
なにしろ、2のへはクラスの半分以上が女子生徒である。
2のへの面々とわたるが仲良くなるのはいいのだが、どうにも傍で見ている芽留は落ち着かない。
そんな芽留の言葉に、わたるはぷっと吹き出してこう言い返した。
「心配しなくても、俺と付き合おうなんて変人は、お前ぐらいだろ」
【ぐ…ぬぅ…】
さらにわたるはニヤリと笑ってこう付け加えた。
「それに、お前を放り出してまで付き合いたくなるようなきれいな奴なんて、この辺にいたっけか?」
それを聞いた芽留は、しばし呆然と立ち尽くしていたのだが、次第にわたるの言葉の意味を理解し始めて……
(…この…大馬鹿の…オタク野郎がぁ……)
顔を真っ赤にして、自分の席にうずくまってしまった。
そんな芽留の様子を確認してから、満足そうな表情を浮かべて、わたるはすたすたと2のへから立ち去っていった。
教室から出ると、廊下の窓から見える空には雲一つなく、気持ちのいいぐらいの秋晴れだ。
今度の週末には芽留をさそって、どこかへ出かけてみるのもいいだろう。
彼女と共に笑って、騒いで、同じ物を見て、聞いて、二人が一緒に過ごす日々。
どこまでも続いてゆくそんな日々の予感に満たされて、わたるの心はどこまでも晴れやかだった。


139:266
08/11/19 22:31:12 GkRjXrCw
これでお終いです。
最初に書いたとおり、このシリーズはこれで一区切りです。
またちょっとしたネタなんかは書くかもしれませんが。
この妙なカップリングのお話にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。

140:名無しさん@ピンキー
08/11/19 23:24:36 fCJTeaiY
>>139
本当に乙!このシリーズで万世橋好きになったわ

141:名無しさん@ピンキー
08/11/19 23:36:36 YU4MpwWG
思わず感動してしまった。GJです!

142:名無しさん@ピンキー
08/11/20 12:28:29 swJfMXUx
乙でした!!
このシリーズでめるめるのよさに気づいた
めるめるかわいいよめるめる


今週の絶望先生>>31-35をすぐに連想した
まさかの駆け落ちENDかと思って焦った

143:名無しさん@ピンキー
08/11/20 16:46:36 TGbv/d+O
今週の絶望先生で望×可符香SSがまた増える予感wktk

144:名無しさん@ピンキー
08/11/24 20:01:52 XXF4oG2O
時が止まっているのはどうしてなの

145:名無しさん@ピンキー
08/11/24 22:23:18 WQGjMzAx
凍れる時の秘法!

146:名無しさん@ピンキー
08/11/24 22:26:04 CsrIkRCY
俺が時を止めた
木曜の時点でな……

147:名無しさん@ピンキー
08/11/24 22:56:43 XXF4oG2O
おまえのせいで俺がどんなに苦しい思いをしたことか

148:266
08/11/25 11:31:17 5nNvNNW4
投下します。
先週のマガジンのネタ、今更ながら行ってみます。
もちろん、先生×可符香です。

149:266
08/11/25 11:31:56 5nNvNNW4
「結論、出ちゃってるんじゃないですか?」
そう言って微笑んだ少女に、
「………はい」
私もまた、はっきりとそう答えた。
私の周囲に渦巻く様々な女性関係、日に日に複雑化するこの問題にもいつかは決着をつけなければならない。
どの女性を選ぶのか、その結論を出さねばならない。
すでに、私の心は固まっていた。
迷いもなく、私はその列車に乗り込む。
しんしんと雪の降る鉄路を、私たちを乗せた列車はひた走り、そしてついに終着駅へと辿り着いた。
『終着駅―先送り―、先送りでございまーす』
そこは終着駅の決まったミステリートレインの辿り着く中でも、実は最もポピュラーな駅のひとつ。
多くの乗客でごった返すホームに、私たちも降り立つ。
「先送りするという結論に至りました」
「結論じゃないからそれは」
呟いた私の言葉に、同行していた智恵先生が呆れた顔で突っ込んでくる。
「あと2,3年してから考える事を決断しました」
「借金は次の世代に先送りすることを決断しました」
見渡せばニートの若者や、政治家など様々な人々が先送りという結論を求めてここへ辿り着いたようだ。
「おめでとうございます。皆さん結論が出たんですね」
隣に立つ少女は、いつもと変わらない様子で楽しそうに微笑んでいる。
そんな彼女に見られないよう、私は少し俯いて自嘲気味に笑う。
「……そうですね。先送りなんて、結論になってませんよね」
本当はわかっている。
全部わかっていて、それでもこんな結論しか出せなかったのは私自身なのだから。
本当は、自分の情けなさも、臆病さも、痛いくらいにわかっている。
もう一度、ちらりと彼女を見る。
もし出来るのならば、本当は……。
鈴を転がすような彼女の笑い声、それを聞きながら、私は深く深く溜息をついた。

駅を出てまず目に入ったのは、まるで祭りの真っ最中のような街のにぎわいだった。
「すごいですね、先生」
心から感嘆した様子で、その少女、風浦可符香はそう言った。
「ええ、こんな所だなんて思ってもみませんでした」
「行き先がわかっていても、驚かされるものね」
ごった返す人、人、人の波。
きらめく屋台の明かりと、どこからともなく漂ってくる様々な料理の匂い。
どうやらここは、結論を先送りにした人達を相手にした商売で成り立っている街のようだ。
「確かに、先送りにしたらしたでプレッシャー感じますからね。それを忘れるには楽しく過ごさないと」
「いや、納得しないでください…糸色先生」
ともかくも、せっかくの旅を楽しまない理由はない。
私たちは街の雑踏の中に歩き出した。
賑わう街の中で、風浦さんはきょろきょろと、物珍しそうに辺りを見回す。
「色んなお店がありますね、先生」
「そうですね。どれも先送りライフには最適の店ばかりです。ほら、あそこを見てください」
私が指差した方向には、3階建てのかなり大きな建物が建っていた。
「あそこは、全部の階がネットカフェみたいですね」
どれだけの人数を収容できるのか、巨大なそのネットカフェには次々と新しい客が入っていく。
私たちの目の前で、就職活動中と思しきリクルートスーツの成年が店に入っていく。
「就活中についついネットカフェに入り浸って時間を潰すのは、典型的な先送りライフの過ごし方ですからね」
うんうん、と頷く私。
「それ、思いっきり駄目じゃないですか」
またも呆れ顔の智恵先生。
「あ、あっちにあるのは何でしょう、先生?」
と、そこでまた、風浦さんが何かを見つけたようだ。
風浦さんの指差す先には無数の露店が立ち並んでいた。

150:266
08/11/25 11:33:44 5nNvNNW4
そこで扱われている商品は、漫画やゲーム、その他の書籍全般だ。
「ううん、さすがですね。読書に漫画にゲーム、どれも先送りライフには欠かせないものばかりです。…おっと!」
私は古書を扱う露店の店先である物を見つける。
「おお、『ハヤテのごとく』全巻揃ってますね。値段もお手ごろです」
「あれ、先生、その漫画とっくに揃えてるんじゃなかったんですか?」
喜ぶ私に、風浦さんが不思議そうに尋ねてくる。
「甘いですね、風浦さん。先送りライフにおいては、同じ漫画を嫌になるほど読み返すのが定番です」
「ああ、なるほど!」
風浦さんは納得した様子、一方智恵先生は
「もう、ついて行けそうにないわ」
すっかりウンザリした様子だ。
「ふふふ、先送りに関しては私には一日の長があります。智恵先生も分からない事があったら聞いてくださいよ」
「さすがですね、先生っ!!」
「ああ、頭痛がしてきたわ……」
街にはさらに、先送りライフを快適にするさまざまなスポットがあった。
結論を先送りした者達が集う酒場はどこも大盛況。
ゲームセンターには、本当はそんな事してる場合じゃないのにゲームをやり込む若者達が溢れていた。
他にも数え切れないほど立ち並ぶ様々な出店は、それぞれが抱える問題を忘れさせてくれそうな楽しげなものばかり。
そうやって街の中を歩き回る内に、いつの間にか辺りは薄暗くなり始めていた。
「そろそろ宿に向かった方が良さそうね」
既に駅で今回のツアーの宿の案内は智恵先生が受け取っていた。
先生は案内を取り出して、私に手渡す。
そして、そこで少し申し訳なさそうな表情を浮かべて、ぺこりと頭を下げてこう言った。
「あの、糸色先生と風浦さんでちょっと先に行っててもらえないかしら?」
「どうしたんですか、智恵先生?」
私が訪ねると
「さっきの露店で、実は買おうかどうか迷っていた本があって、少し戻ってきたいんです」
「なら、一緒に行って待ってますよ。智恵先生一人だけを行かせるわけには…」
「いいえ。場所もうろ覚えだし、時間が掛かるかもしれないので…」
千恵先生はそう言って、私たちに手を振って行ってしまった。
「……仕方ないですね。智恵先生の言ったとおり先に行って、待ってましょうか」
「そうですね」
取り残された私たちも、気を取り直して、地図を頼りに宿へと歩き出した。

「へえ、結構大きいとこなんですね、先生」
辿り着いた旅館を見上げて、可符香が嬉しそうに声を上げた。
12階建てのビル、落ち着いた感じの和風の内装に好感が持てる。
自動ドアを通ってフロントへと向かう。
「お待ちしておりました。ミステリートレインのお客様ですね」
フロント係に丁寧に頭を下げられた後、続いて出てきた言葉に私は驚愕した。
「糸色望様と風浦可符香様、お二人でのご宿泊でしたね。では、早速お部屋の方にご案内を…」
「ちょ…待ってください!今、なんて言いましたか…っ!?」
その言葉の意味は十分に理解できているはずなのに、パニックを起こした私の頭はそれを受け入れる事が出来ない。
そんな私に止めを刺すかのように、フロント係は不思議そうな顔で、もう一度その言葉を口にした。
「ですから、お二人でご宿泊でしょう?糸色様と風浦様、同じお部屋で間違いありませんよね?」
もはや私には、言い返す気力すら残っていなかった。

『はい。この時期、先送り駅周辺は大変込み合っておりまして、一緒のお宿をご用意する事が出来なかったんです』
部屋に着いた私は、早速旅行会社に今回の事態について質問の電話をかけていた。
『それで新井様の方からお電話で指示していただいて、宿割りの方を決めさせていただきました』
その言葉で全てを理解する。
千恵先生の仕業だ。

151:266
08/11/25 11:34:58 5nNvNNW4
今回の列車の旅自体、千恵先生から誘われたものだった。
2週間ほど前、いきなり先生に誘われて、もしや二人旅かとドキリとしたが
『心配しなくても、もう一人、生徒が同行しますから』
との智恵先生の言葉にホッと胸を撫で下ろしたのだけれど、その生徒が誰かまでは教えてもらえなかった。
で、当日、待ち合わせの駅で、彼女の、風浦さんの姿を見つけて驚愕したのだ。
『先生、楽しい旅行にしましょうね』
その時点で怪しんでしかるべきだったのだろうが、私は当惑するばかりで先の事など考えられなかった。
恐らく、智恵先生は今回のミステリートレインの内実を事前に知っていたのだろう。
私の性格なら、必ず『先送り』ゆきの列車を選ぶであろう事も予想できた筈だ。
その上で、部屋割りについての指示を旅行会社にしたのだろう。
ここまで来れば、彼女が何を期待し、何を目論んでいるのか、明白だった。
(腹をくくれ。決断しろって、そういう事なんでしょうねぇ……)
どうして、彼女が私の秘めた想いを知っていたのか、それはわからない。
彼女の洞察力なのか、それとも、傍から見たら私の気持ちなんてバレバレだったのか?
ともかく、彼女は私と風浦さんを二人きりにしたかったという事だ。
まあ、無関係な人間からすれば、絶好のチャンスじゃないかと、そういう事になるのだろうけど……。
(これは学校の先生のする事じゃないですよ、智恵先生……)
そこで私はちらりと、風浦さんの方を見る。
大体、一方的にこんなお膳立てをするなんて、風浦さんの気持ちはどうなるというのだろう。
しかし、智恵先生の携帯にも何度か電話したものの、つながる気配は一切なし。
完全な、確信犯だ。
どうやら、私と風浦さんはここで一晩を過ごすしかないようだ。
「風浦さん、なんだか妙な事になってしまいましたね……」
電話を終えて振り返った私は、心底疲れた気分でそう言った。
「そうですか?私は先生と一緒で、楽しいですよ」
対する彼女は、いつも通りの明るい笑顔で答える。
私の苦悩もどこ吹く風、彼女は部屋に置いてあった銘菓『先送り饅頭』をパクつきながら、完全にリラックスしているようだ。
「相変わらずですね、あなたは……いつもマイペースで」
取り合えず悩んでいても仕方がない。
夕飯まではまだ随分と時間もあるようだし、風呂にでも入ってくるとしよう。
そう考えて、風浦さんに声を掛けようとしたその時……
(……………あ…)
彼女の横顔を見て、思わず言葉を詰まらせた。
窓の外、遠くに見える街の賑やかな灯りを眺める彼女の表情は、どこか切なげで、触れるだけで壊れてしまいそうで……。
そのまま、どれくらいの時間彼女を見ていただろうか。
不意に振り返った彼女は、自分の方を見つめてくる私に気付いて
「ど、どうしたんですか?そんなに見られると照れますよ」
戸惑うように、そう言った。
「い、いえ、そろそろお風呂に行きませんか、って、そう言おうと思って……」
私は慌てて取り繕う。
部屋に流れる微妙な空気。
どうやら、今夜は長い夜になりそうだった。

大浴場は10階にあった。
大きな窓から望む町の夜景は、湯気に曇って神秘的に揺らめいている。
「まあ、智恵先生の期待はともかく、今夜は何事もなく終わるんでしょうね」
呟いた言葉に混じる、ほんの僅かな自嘲の気配。
なにしろ、私は自他ともに認める優柔不断男、チキンとさえ呼ばれる臆病者である。
風浦さんに何かをしでかすような根性は持ち合わせていない。
いずれ彼女は進級して、私の担当するクラスの生徒じゃなくなって、そして卒業していく、何事もないままに……。
きっとそれが自然な事なんだと、私は確信している。
まあ、それと現在の状況が、私をひどく悩ませる事とは関係ないのだけれど。
風浦さんに想いを伝える勇気がないからこそ、今の状況は私にとって切なく苦しい。
窓の湯気を拭って、眼下の街を見下ろす。
『先送り』の街、将来に必ず問題が残るとわかっていながら、それに目をつぶる人々の集まる場所。
この街の独特の雰囲気も、私を苦しめる要因の一つだった。
この街に集まる人々は将来のことは見ない振りをして、だけど本当はそれが逃れられないものだと誰もが気付いている。
その隠した焦りや苦悩が、賑やかな街の喧騒の影で、こっそりと忍び寄ってくるような、そんな空気がこの街にはあった。

152:266
08/11/25 11:35:44 5nNvNNW4
こんな事をしてる場合じゃない、だけど……。
そんな街中の声が聞こえてくるようで、私の心は余計に落ち着かない。
「ふう……」
それでも、ともかく一晩の辛抱なのだ。
しかし、彼女と隣り合わせの布団で、私は今夜どんな夜を過ごす事になるのだろう。
「まあ……、眠れなくなるのは確実ですね……」
呟いて、私はさらに深く湯船に浸かったのだった。

「先生、お風呂長かったですね~」
男風呂から出てくると、先に風呂を終えていた風浦さんが私に手を振ってきた。
浴衣から覗く彼女の火照った肌に一瞬ドキリとさせられる。
「ええ、ちょっと長風呂が過ぎたみたいです…」
考え事をしながら入っていたせいで、私はのぼせてフラフラだった。
「ああ、先生、危ないっ」
思わずよろめいた私を見て、風浦さんが慌てて支えてくれた。
ふわり。
漂ってきたシャンプーの香り。彼女の手の平の感触。
胸がきゅっと締め付けられる。
(いけない、いけないっ!!)
私は必死に心を落ち着かせようとする。
こんな気持ちが募れば募るだけ、今夜は苦しい夜になるのだから。
とりあえず、彼女に触れられている限りこの気持ちは収まってくれないだろう。
「風浦さん、大丈夫です。私、ちゃんと一人で立てますから……」
そう言って、彼女の顔の方を見て、一瞬、息を呑んだ。
まっすぐな瞳で、私を見つめる彼女。
頬がほのかに朱に染まっているのは、果たしてお風呂だけのせいなのか。
そのまま、数秒の間、彼女と見つめあう。そして……
「あ、ご、ごめんなさい…先生……」
慌てて彼女は手を離した。
「い、いえ、そんな謝られるような事じゃ…」
何となく、気まずいような、微妙な沈黙が流れた。
「じゃ、じゃあ、部屋に戻りましょうか……」
「はい……」
それから、私たちはそそくさとその場を後にして、自分達の部屋へと向かう。
どうやら、今夜は考えている以上にやっかいな夜になりそうだった。

部屋に戻り、食事を終える。
布団も敷いてもらい、その上に座って、私達はテレビを見ながらくつろいでいた。
だけど、その空気はどことなくぎこちない。
一見すると、風浦さんの様子はいつもと変わらない様に見える。
饒舌に語り、くすくすと笑い、心の底から羽を伸ばしているように見える。
私もいつもの彼女に接する調子で、彼女の冗談だか本気だかわからない数々の発言に言葉を返す。
だけど、ふとした瞬間に奇妙な間が生まれてしまう。
どちらともなく言葉を発する事が出来なくなって、沈黙に呑み込まれた私たちの間をテレビの音声が空しく流れていく。
(やっぱり、こっちが意識してるのが伝わってしまっているんでしょうか……)
何事にも物怖じしない彼女だが、やはりまだ年頃の女の子なのだ。
私の様子が普通でない事に、勘のいい彼女は気付いて戸惑っているのだ。
(参りましたね……)
二人同じ部屋に泊まる以外の、何か他の方法を考えるべきだったのではないかと今更ながらに思う。
旅館側は満室で、周囲の宿泊施設も同じような状況だろうと言っていたが、駄目元で当たってみるべきだったか。
しかし、まだ高校生の彼女を一人きりにするのも考え物だし……。
今更考えても仕方のないことを、私がつらつらと考えていると…
「先生……」
風浦さんが話しかけてきた。
いつもより、どこかおっかなびっくりに聞こえる口調に、私の鼓動が少しだけ速まる。
「楽しかったですね、今日は…」
「…そうですね、私も楽しかったですよ…」
私もおっかなびっくりの調子でそう答えると、彼女は花のほころぶように微笑んだ。

153:266
08/11/25 11:36:44 5nNvNNW4
「先生と列車の旅ができるなんて、ほんとに智恵先生に感謝ですよ」
「…この街も色んな物があって、歩いてるだけで、結構面白かったですしね…」
彼女の表情を見て、私の声はつい上ずる。
落ち着きを取り戻そうとすればするほど、頭の中はぐるぐると混乱し、正常な思考ができなくなってしまう。
なんだかしみじみと噛み締めるような調子で語る風浦さん。
私の瞳はいつしか、そんな彼女の瞳の輝きに心奪われていく。
(ああ、駄目だ。やっぱり、私は……)
「また旅行に行けたらいいですね……次も、先生と一緒に…」
そう言った彼女の笑顔が眩しくて、ただただそれに魅せられるばかりの私は……
「風浦さん……」
「……あ」
気が付けば、布団の上に置かれた彼女の手の平に、自分の手の平を重ねていた。
「先生…!?」
驚きに見開かれた彼女の目を見て、私はようやく自分の仕出かした事の意味を悟る。
(しまった……)
慌てて手を引っ込めて、私は立ち上がる。
「すみません、私は……っ!!」
どんなにうろたえても、もう取り返しはつかない。
こうなってしまっては、私の脆弱な神経では、風浦さんと二人きりでこの部屋にいる事に耐えられそうになかった。
逃げ出したい。
ただその一念で、私は脱兎の如く、部屋から飛び出そうとする。
しかし……。
「せ、先生っ!!」
そんな私の腕を、彼女の手がぎゅっと掴んだ。
振り返った私の顔の、驚くほど近くに彼女の顔があった。
いつにない真剣な表情で見つめてくる彼女の視線に、私の体はまるで金縛りにあったかのように身動きがとれない。
それから彼女は困ったような笑顔を浮かべて、私にこう言った。
「あはは、『先送り』、失敗しちゃいました……」

「私も『先送り』をしてたんです……」
布団の上に再び腰を下ろした私の前で、風浦さんは話し始めた。
「私も本当は結論が出てたのに、だけど怖くてそれが出来なかった…」
彼女は私の顔を見つめて、苦笑いを浮かべる。
「先生が好きだって気持ち、それを伝える事を『先送り』してたんです…」
その言葉に、私は息を飲む。
「ほら、先生って気弱で優柔不断だから、放っておけば絶対『先送り』を選ぶじゃないですか。私はそれについて行くだけ、
先生の決めた行き先に一緒に行くだけって、そう自分に言い聞かせて、誤魔化して……」
「ははは、私なら必ず『先送り』、ですか……否定できないのが悲しいとこですね」
誤魔化すように笑った私の声は、無残に乾いてひび割れて、余計にこの場の空気を居たたまれないものにしてしまう。
彼女も困り果てたような顔で、ただ笑う。
こんな事になるなんて、二人とも思っていなかったから……。
「先生の事が好きでした。一緒にいるといつも楽しくて、時間が経つのも忘れるぐらいでした……」
そこで彼女は、先ほど私の触れた手の平を愛しげに撫でて、言う。
「だからこそ、楽しい今のままの関係で『先送り』したかった。『先送り』した事さえ先生のせいにして、今のままで留まっていたかった」
臆病な私には、その気持ちは痛いほどわかった。
何も余計な事を言わなければ、昨日も今日も明日も、きっと同じ時間が続く。
でも、そんなのは錯覚だって、本当はわかっている。
決断の日は、必ずやってくる。
その矛盾に気付きながらも、それを見ない振りをして過ごしていく日々……
「まさか、先生の方から均衡を破ってくれるとは思いませんでした……」
「いや、あれはほんのはずみで……」
「でも、本当に嬉しかったです。先生が私を求めてくれたんだって、それが手の平から伝わってきて……」
笑顔で彼女が言い終えた後、再び訪れる沈黙。

154:266
08/11/25 11:38:09 5nNvNNW4
だけど、その中で、私の心臓はうるさいぐらいに、ドキドキと心音を高鳴らせる。
風浦さんを見る。
さっき触れたばかりの、彼女の手の平を見る。
暴れだしそうになる心をしっかりと押さえつけて、私は両手を伸ばした。
「……あ」
彼女の手を、私の両の手の平で包み込む。
驚き目を見開いた彼女を、私はまっすぐに見つめる。
「均衡破ったのは私ですから……最後までちゃんと気持ちを伝えないと意味もないですし…」
両手から伝わってくる風浦さんの体温が、折れてしまいそうな私の心を支える。
その感覚に背中を押されて、私はその言葉を口にした。
「風浦さん、あなたが好きです……」
彼女は投げかけられた言葉に戸惑って、それから考え込むように俯き
「ありがとう、先生……」
そして、最後に笑顔で応えてくれた。
私達はどちらともなく顔を近づけて、額がくっつきそうな距離で互いを見詰め合う。
「……これで良かったんですよね?」
「もちろんですよ、先生。私、とっても嬉しいんですよ」
人は眼前の問題に時々耐えられなくなって、『先送り』なんて手段にもならない手段を選んでしまう。
それはきっと誰しも同じで、臆病な私達はぐるぐると同じ場所をさまよい続けることになる。
だけど、些細な幸運や、ちょっとした決意、そして人の想いが背中を押してくれる。
道を選ぶ力を与えてくれる。
たぶん、私は今この場にいられた事を感謝しなければならないのだろう。
「先生…」
「風浦さん……」
互いの唇を、そっと重ねる。
結局、二人揃って臆病だったなんて、とんだ笑い話だ。
だけど、それでも確実に、私たちの時間は前へと進み始めたのだ。

「で、ここから先は『先送り』っていうのはなしですよ、先生……」
「な、なんですか、風浦さん…!?」
ズイッと身を乗り出してきた風浦さんに、私は気圧されて後ろに退く。
何となく、この後彼女が言い出す事の予想はついていた。
「このおいしいシチュエーションで、これでお終いだなんて、そんなのは許されない事です」
ほら、やっぱり。
私は戸惑いながらも、彼女に問い返す。
「あなた、私への告白をさっきまで躊躇ってたんでしょ?」
「はい。でも、女の子は一度覚悟を決めると、そこからは猪突猛進、止められないんですっ!!」
理屈も何もあったものじゃない彼女の言葉だったが、勢いに押されて私はついつい納得してしまう。
「だから、ほら先生も、さっき私に好きだって言ってくれた時みたいに……」
「そう言われても、私は……」
あくまでも渋る私に対して、彼女は全く諦めない。
「たとえば、今着てるこの旅館の浴衣ひとつ取っても、かなりおいしい要素じゃないですか」
そう言って、彼女は私の浴衣の襟に手をかけて、
「えいっ!!」
「きゃあ~~~~~~っ!!!」
一気に上半身を剥かれてしまった。
涙目の私の前で、彼女は天使の笑顔でにっこりと微笑む。
どうやら、普段の彼女のペースが戻ってきたようだ。
このままではいつもの悪戯感覚で、私は彼女に食べられてしまう。
「やっぱり、先生の肌きれいですね~」
なんて言いながら、私にぺたぺたと触ってくる風浦さん。
このまま彼女に主導権を握られるわけにはいかない。
私は覚悟を決めた。

155:266
08/11/25 11:38:59 5nNvNNW4
「風浦さんっ!!!」
「ふえっ!?」
がばっ!!
私は彼女の体に抱きつき、ぎゅっと抱きしめた。
「せ、せ、せ、先生………!?」
どうやらこの攻撃は十分な効果を彼女に与えた模様。
しかし、それは大きな代償を伴うものだった。
(こ、これが風浦さんの……)
腕いっぱい、薄い浴衣の布地越しに伝わる彼女の体の感触に、私の頭は一瞬でショートしてしまった。
二人揃って頭の螺子がとんでしまった私達。
そのまま、私の方が上になる格好で布団の上に倒れこむ。
「先生……」
「風浦…さん……」
うっとりと、互いの瞳を見つめあう。
さっきまでは悪ふざけのつもりだったのに、私も風浦さんもすっかり空気に飲み込まれていた。
まるで何かに導かれるかのように、私がまずキスをしたのは彼女の鎖骨だった。
「……あっ…」
風浦さんの口から漏れ出る、微かな甘い吐息。
それが私の行為をさらに後押しする。
彼女の浴衣をはだけさせて、ブラをずらす。
形のいい胸が露になって、私は思わずごくりと唾を飲み込む。
「…せんせ…さわって……」
「……はい…」
彼女の声に促されて、愛撫を始める。
ゆっくりと彼女の乳房を撫で、手の平いっぱいにその感触を味わう。
ピンク色をした先端の突起を指で弾くと、ビクン、彼女の体は驚くほど敏感に反応した。
「…あっ…くぅんっ…ひぅ…あはぁっ!」
柔らかな胸を揉みしだき、先端を刺激する。
それを繰り返すだけで、風浦さんの呼吸はだんだん荒く、肌は上気して赤みを帯び始める。
だけど、それだけでは私は収まらない。
もっと彼女を味わいたい。
そんな欲求がどんどん膨らんでいく。
「…ひゃっ!?…あ…首のとこ…そんな…キスされたら…ぁ…っ!!」
彼女の首筋に口付けをして、そのまま舌を使って丹念に舐める。
頬に、鎖骨に、肩に、そして唇に、幾度となく彼女にキスの雨を降らせる。
その度に彼女の肌に残るキスマークが、彼女を独り占めにしたいという私の欲求を心地よく満たしてくれた。
「風浦さん…んんっ…」
「…んぅ…せんせ…あっ…んくぅっ!」
唇を重ね合わせ、互いの舌を絡め合わせるその間に、私の指先はさらに風浦さんの体を這い回り、
いつしか彼女の太ももと太ももの間、布一枚に守られた秘めやかな場所に辿り着く。
「…ふぁ…せんせいのゆび…わたしのアソコに……っ!!」
撫でただけでわかる、奥からしとどに溢れ出す蜜の感触。
入り口の部分をくちゅくちゅと弄ってやると、彼女は私の体の下で身をくねらせて、切なそうに声を上げる。
「…ひゃあんっ!!…あっ…せんせ…ゆび…そんなはげしくされたらぁ…っ!!」
彼女の声を聞くだけで、私の頭は熱病に冒されたようにぼんやりとして、夢中で指先を動かしてしまう。
もっと深く、もっと大胆に、彼女の一番敏感な場所をかき混ぜる。
その間にも、私たちは互いの唇を、求めて、求められて、一心不乱に体を絡み合わせる。
「…風浦さんっ…かわいいです…すごく…」
「ああっ…せんせいっ…せんせい、好きぃ…っ!!」
もはや私たちにとっての世界は、目の前の愛する人だけで埋め尽くされて、他の何も視界に入ってこない。
ただ夢中になって、溶け合って、貪欲なほどにお互いの熱を求める。
「ふあぁっ!…くぅ…ああああああああぁぁっっ!!!!」
一際大きな声を上げて、彼女の体がビクンと痙攣した。
そのままくてんと力が抜けてしまった彼女の体は、どうやら軽い絶頂を迎えたようだった。
そこで手を休めた私たちは、どちらともなく互いの顔を見つめる。
たぶん、考えている事は同じはず。

156:266
08/11/25 11:40:08 5nNvNNW4
「ねえ、先生……」
「風浦さん……」
彼女の囁くような声。
見つめ合う瞳の間に走る確信。
「先生といっしょになりたい……」
そう言ってから、彼女は微笑んで
「今ここで『先送り』なんて、無茶は言わないですよね?」
「うぅ…迷いがないと言ったら嘘になるんですが……」
風浦さんの言葉に私は、少し顔を赤らめて答える。
「私も、風浦さんが欲しいです……」
その言葉を聞いて、彼女の顔に浮かんだ本当に嬉しそうな笑顔に、私の心臓はきゅんと締め付けられる。
目の前の少女が愛しくて、愛しすぎて、思わずぎゅっと彼女を抱きしめる。
そんな私の耳元で、彼女は恥ずかしそうに、そっと囁いた。
「きてください、先生……」
抱きしめていた腕を放し、彼女と向き合う。
私は自分の大きくなったモノを出した。
彼女の興味津々な視線が突き刺さって、何とも気恥ずかしい気持ちになる。
「うぅ…そんなに見ないでくださいよ…」
「…思ってたより、男の人のって大きいんですね…私、大丈夫かな…」
「無理はしないようにしてくださいよ……」
彼女の、一番大事な場所、その入り口に私は自分のモノをあてがう。
どきどきと高鳴る心臓、ふと見ると彼女も緊張した面持ち。
目が合って、微笑み合う。
それで少しだけ、気分が楽になったようだった。
「いきますよ、風浦さん……」
そしてついに、その行為が開始される。
ゆっくり、ゆっくりと自分の分身を風浦さんの中に埋めていく。
「あっ…くぅ……っ!!」
「大丈夫ですか、無理なようなら…」
「いいんです、せんせい…それよりもっと、せんせいのを……」
促されるまま、私はさらに深く挿入する。
つうっと、接合部から流れる赤い筋。
風浦さんの痛みをどうしてやる事もできない私は、せめてその背中を強く抱きしめてやる。
「ああっ…せんせい…せんせいとわたし…いっしょになれたんですね…」
「ええ、頑張りましたね……」
瞳に涙をためて微笑む彼女に、私はそっとキスをする。
「うごいて、せんせい…わたしのなかの、せんせいのを…もっとかんじたいんです…」
彼女の腕が私の背中をぎゅっと抱きしめる。
それに促されるように、私もゆっくりと腰を動かし始めた。
「ああっ!…くぅんっ!!…はぁ…ああっ!!!」
軽く腰を揺らすごとに、彼女の口から微かな悲鳴が漏れる。
「平気ですか?痛みの方は……」
「はい、痛いのは痛いですけど……せんせいの…すごく熱くて……」
動かすごとに、荒く、切なげな色を帯びていく風浦さんの声。
私も繋がり合った場所で感じる彼女の熱に、だんだんと理性を溶かされていく。
「…ひゃうっ!…あぁ…ひあああっ!!…せんせぇ…っ!!!!」
風浦さんの頬を流れ落ちる涙、それをそっと舌で拭い、そのままキスをする。
唾液が絡まりあって、互いの汗で全身はびしょびしょで、繋がりあった部分は際限なく熱くなっていく。
行為が激しさを増すほどに、私と風浦さんを分かつ境界はゆらいで、二人の体と心は溶け合っていく。
「…ひああっ!!…きゃうぅ…あああああんっ!!!」
性的な快感、その言葉だけでは説明できない異様な熱の高まりに呑み込まれていく。
理性はとうに溶けて消えて、心も体も狂おしいほどにお互いを求めてしまう。
一心不乱に腰を振りたくり、熱を帯びた肌を重ね合わせて、私と風浦さんはどこまでも上り詰めていく。
「ああっ…せんせ…わたし、もう……」
「風浦さんっ…私もっ…」
やがて見えてくる限界。

157:266
08/11/25 11:40:46 5nNvNNW4
だけど、愛する相手に魅せられた心と体は、そんな事はお構いなしにさらに熱く、激しく燃え上がる。
やがて、限界量を突破した熱量は、私と風浦さんをたやすく吹き飛ばした。
「くああっ!!風浦さんっ!!!あああっ!!!」
「…せんせいっ!!!せんせぇえええええええっ!!!!!」
互いを固く強く抱きしめたまま、絶頂に達した私たちは惹かれ合うように唇を近づけ
「愛してます、風浦さん……」
「私も、先生の事、大好きです…」
互いの想いを囁き合って、甘いキスを交わしたのだった。

「と、まあ、そういう次第だったんですが……」
翌朝、駅で落ち合った智恵先生は私たちに今回起こった事態の、その裏の事情を教えてくれた。
まあ、要するに旅行会社の手違いだったのだ。
「それぞれの案内を確認しなかったのは、私のミスなんだけど……」
本来、宿割りは智恵先生と風浦さん、そして私で別々に分けられるはずだったのだ。
だが、その宿割りを旅行会社が間違えてしまった。
その上、携帯電話は充電切れで、充電器も忘れてしまい、私たちに連絡を取れなくなってしまった。
そこで、智恵先生が下した決断は……
「まあ、”あの”糸色先生なら、万が一どころか億が一もないだろうと高をくくっていたのよね……」
もう、そのままの宿割りで構わないと、すっかり諦めてしまったのだ。
つまり、昨日の宿割りが智恵先生の差し金だと考えたのは、私の全くの勘違いだったのだ。
「先生たちと別れた後、結構色々見て回って、疲れちゃってたから、もう面倒くさくなっちゃったのよ……」
そこで、智恵先生は私を恨めしげに睨む。
「でもまさか、その億が一が起こるなんて思わないじゃない。あのチキンの糸色先生に限って……」
今、智恵先生の目の前で、風浦さんに腕組みされた私はすっかり固まってしまっていた。
「明らかに恋人の距離よね、それは……」
「す、すみません…」
智恵先生の視線に射すくめられて、私はひたすらぺこぺこと謝る。
「いやだなぁ、先生はチキンどころか、ちゃんと私をリードしてくれましたよ」
一方、風浦さんはそんな空気もどこ吹く風、私に密着してニコニコと笑っている。
そんな、私たちの様子に智恵先生は溜息を一つついて
「まあ、あなた達の仲なら、いつかこうなるんじゃないかって思ってたんだけど……糸色先生、きっと苦労しますよ…」
「肝に命じます」
「ちゃんと幸せにしてあげなきゃ、駄目ですよ」
そう言って、ふっと笑った。
やがて、駅のホームに列車が到着する。
「先生、行きましょ」
風浦さんに促され、一緒に列車に乗り込む。
行きの列車とは違って、一つの椅子に二人並んで座る。
向かい合った席に座る智恵先生は、相変わらずの苦い顔。
多分、この列車に乗って戻った先の日常でも、きっと色々苦労する事になるだろう。
だけど、今はこの腕に感じるぬくもりに、その幸せだけに浸っていたかった。
「先生…」
そんな時、ふいに風浦さんが私に呼びかけてきた。
「なんですか?」
「また、来ましょうね、二人で…」
「そうですね、またきっと、二人で…」
私の言葉を聞いて、風浦さんは嬉しそうに微笑む。
それを見ている私も、きっと同じ顔だったはずだ。
と、そんな時…
『それでは列車、まもなく発車いたしまぁす』
ホームに響き渡るアナウンス。
色々あった今回の旅も、とりあえずはこれで終わりだ。
やがて、発車のベルが鳴ったの合図に、私たちを乗せた列車はゆっくりと駅のホームから離れてった。


158:266
08/11/25 11:42:57 5nNvNNW4
これでお終いです。
先生だけじゃなく、可符香も実は内心いろいろと先生について、
おっかなびっくりに悩んでるんじゃないかと思って書いたんですが、上手くいったでしょうか?
それでは、失礼いたします。

159:sage
08/11/25 15:29:08 JDbPrqNz
ザ・ワールド 時よ止まれ!

160:名無しさん@ピンキー
08/11/25 15:30:26 JDbPrqNz
あ・・・

161:名無しさん@ピンキー
08/11/26 00:07:20 iR8QYSsi
そして時は動き出す


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