08/11/10 20:35:57 l9VGK4qk
日本のどこかの、どこかの町の、どこかのデパート。何の変哲もない普通のお店。
客層は老若男女様々で、店内はいつもと同じような賑わいを見せており、
あちらこちらから客引きの声やらたわいない会話やらが聞こえてくる。
そんなありきたりなデパートの、とある洋服店の、とある一角。
そこに少し他人の目を引く一組のカップルの姿があった。
「うーん……これ可愛いんやけどやっぱりサイズがなぁ……」
「オーダーメイドすればいいじゃないか」
「そりゃ出来るんやろうけど……高いで?」
だが、他人の視線などほとんど気にせず、二人だけの世界でいる彼ら。
まぁ注目されるのも当然の話である。
女性は全長190はあるであろう長身であるし、
一方、男性はプロで活躍する野球選手である。
ただし、ユニホームと帽子を着ていない彼は一般人としか思われてないが。
「……やっぱりうちは男もんでええわ。その方が楽やし安上がりやろ?」
「ダメだ。それは許さない」
女性の提案をピシャリと跳ね退ける男。
女性が少し驚いた顔をした。
「え~~! 何でや、そっちの方が馴れとるのに……」
「男物買うならここに来た意味がないだろ。それに………」
「それに?」
「…………目の前で女性に自分よりでかい男物を買われる俺の気持ちを考えてくれ………」
「よし、買おう。決定や!」
「止めてくれ、いやマジで」
そんなふうに、仲良く喋りながら店内を渡り歩いていく。
だがここで不思議な点が一つ。
二人共ずいぶんと長い間店内にいるはずなのだが、その手に購入物が一つもない。
ようするに、ただ単にそこら中を歩き回っているだけである。
「………なぁ、別の所に行かん?」
「ん~………………嫌だ。俺は女服姿のお前が見たい」
「そう言われてもなぁ………」
女性が手に取っていた服を改めて眺め始めた。
この二人の場合、買い物とは『物を買う』事が目的ではない。
『二人で買い物に来た』
その事実が重要なのだ。
思い出に残るような事であれば、それでいい。
――こんな事、つい数ヶ月前まで夢のまた夢だったのだから。
「………んじゃ、やっぱりこれやな」
「なぁカズ、これだけでいいのか? 別にもう一、二着買っても……」
「その時は、また来たらええやろ?」
「……………そうだな」
今日初めての購入物を手を取る小波。互いの手を取る事も忘れない。
「じゃ、お支払いの方はよろしく頼むで? プロ野球選手の小波くん?」
「いや、ここでそんな事言うなよ」
カズの発言にツッコミを入れながら、小波とカズは店員の元へと歩き出した。
『もしも和那が帰ってきたら』