【落第】忍たま乱太郎のエロ小説【忍者】其の四at EROPARO
【落第】忍たま乱太郎のエロ小説【忍者】其の四 - 暇つぶし2ch100:卯子の最悪な一日
08/10/11 04:18:54 +0Rp1jdG
では、スペースをお借りして・・・
※読む前にちょこっと注意※
・因みに伊作×卯子(直球のエロじゃない;)
・生理ネタ(あんまグロくない・・と思う)
・現代風の(?)言葉使い
・保険の3と3の倍数の先輩の扱いがかわいそう;
その他色々アレな出来だがご了承下されば幸いでっす!


「・・・ああ・・・最悪だわー・・・。」
教室の机に顔をうつぶせにしながら、青い顔をした卯子が呻くように一人愚痴た。
本日の授業もすべて終了し、教室内の人もまばらになり始めた頃。
隣の席のみかが長屋に帰る支度の最中、卯子の呻き声に気づき、心配そうな様子でコチラを窺った。
「卯子ちゃん、どうしたの?・・・おなか、痛いの?大丈夫?・・・」
卯子の背中に手を当てながら優しく問いかけるみかに、うつぶせにしていた顔を上げて目線を合わした。
みかの丸い瞳が痛ましそうに目を細められていているのが映る。
みからしい、優しい気遣いがうかがえた。
そんな風に心配をさせるのが申し訳ないのと、自分の不甲斐無さに居心地が悪くなった卯子は、彼女の優しさに応えようと何とか口元に笑みを携えて、みかのほっぺに手を伸ばして・・・・思いっきり引っ張ってやった。
「いっったぁ~い!!!もう!何すんの!!卯子ちゃんなんか・・・知らない!」
プイっとそっぽ向くみかに、卯子はニヤニヤしながらその反応を窺っていた。
「だって~・・みかちゃんリアクションがイイんだもん♪」
そう悪びれもなく言いながら、ごめんネ?と謝罪の言葉を口にする卯子に、ちょっとは思うトコロがあったがそれでも機嫌を直したようで、みかは笑顔でそれに応えた。
「どうしたの?2人とも?」
そんな2人のやりとりに気がついたらしく、教室内にまだ残っていたあやかとトモミが訊ねてくると、卯子の瞳がキラリと輝いてニヤニヤ笑みを浮かべながら、
「あのねー!みかちゃんったら反応面白くて・・・」
「もう!!違うの!卯子ちゃんたらヒドイの!!ヒトが折角心配してるのにいきなりほっぺた抓るんだもん!!」
みかがむくれながら話すと、その様子に困惑した表情を浮かべながらも、あやかが
「まぁ・・・みかのほっぺは抓りたくなるのは分かるけどネ・・・。」
と、本音を呟いた。
すると、みかは益々むくれながら
「それ・・・どういう意味!?」
と言って、すっかり拗ねさせてしまった。
そんなやりとりに苦笑気味のトモミは、
「まぁまぁ・・・みかちゃんのほっぺたはともかくとして・・・卯子ちゃん、貴女さっきから顔色が良くないわ・・・そんな状態なのをみかちゃんもあやかちゃんも気づいてたの知ってる?」
と優しく諭されて、その台詞にぎくっ!とした卯子は改めて周りのみんなの様子を窺った。
すると、みかもあやかも困ったような、心配そうな表情を浮かべながら、卯子に微笑みかけていた。
みんなの優しさと自分の浅はかさに気づいて、縮こまりながら卯子は
「ごめん・・・心配かけて・・・ありがとう。」
と、口ごもりながら呟いた。
「とにかく、保健室行きなって!」
と、あやかが言うと、賛同するようにみかも頷きながら
「うん!そうした方がいいよ!・・・もし何ならあたしも一緒について行こうか?」
と、にこやかに提案するのを、ここまで心配かけられて、更にこれ以上迷惑かけたくない一心で卯子は、ニコっと微笑んでみかの頬に手を当てて、またも思いっきり抓ってしまった。
「いった~い!!もう!!卯子ちゃん!!!」
と、みかの怒鳴り声を受けながら卯子は、すかさずその場を離れると
「大丈夫よ!心配しなくても一人で行けるわ!」
と、微笑んで保健室の方向に足を伸ばした。
自分の可愛くなさとか、不甲斐無さとか色々呆れるけれど、みんなの優しさに救われてそう最悪な日でもないかもしれないと思うのだった。

101:卯子の最悪な一日
08/10/11 04:25:56 +0Rp1jdG
↑の続きです・・・

・・・・さて・・・問題は此処からだ・・・。
卯子は保健室に足を運びながら一人考えていた。
そもそも卯子の最悪なコンディションの原因は自身が一番よく分かっている。
月に一度のブルーな日。
女に生まれたからには避けて通れない事ではあるが、自分の場合、周期が不規則でしかも人よりも症状が若干重いらしく、保険医の新野先生に処方された薬を飲んで保健室で一眠りすれば、毎回それでやり過ごす事ができた。
だが・・・今回は、違う。
以前からこの日は、新野先生が出張で出かけられる事を生徒に前もって通知されており、なるべくこの日だけは『平和に過ごすように!』と、先生方が仰っていたのをぼんやり思い出した。
(((・・・平和にも何も本来学園が一番平和な場所な筈なのに、この学園で過ごす半分の日々が戦場じゃない・・・舞台設定と出番的な意味で。)))
と、自分以外の生徒も自嘲したに違いないとその時思っていた。
・・・まぁ・・・物語は事件が無きゃ始まらない訳だし?しょうがないけど・・・と、卯子の皮肉な想いが交錯しつつ、空気の読めん・・(ある意味で読める?)自分の体調を呪った。
保健室に向かうという事は、保険委員がいる可能性が高い訳だけど(というか確実に居る)・・・さて・・・どいつが居るのか・・・?そこに居る者よって卯子の心境を含めたポジションは大いに変わってくる。
卯子みたいなタイプの女の子であっても、やはりこの手の話題を話すには些か気恥ずかしさがある。
男子なら尚更だ。
保険委員によって、自分が訪れた理由を訊ねられた場合一体どうしようか・・・
そこが一番の問題だ。
新野先生に初めて相談した時もギリギリまで辛いのを我慢して、遂に耐え切れなくなり、倒れてしまった程だ。
その時は結構怒られてしまった訳だけども・・・。
つまり、それ位嫌な事だった。
まず・・・1年坊主が居た場合について考える。
自分が彼らより年が上な事もあって、もし、保健室に訪れた理由を説明する場合でも上手く誤魔化す事ができると思う。
最悪、生理痛をネタに下級生をからかってやる事もできる。
卯子にとって何より屈辱的な事は、自分が相手より下手に出る事だ。
先輩とか目上の人に対してはきちんとした態度をとるのが当たり前に育まれる此処での生活が、反面、卯子のプライドを変に高めさせたのも事実だが・・・。
もし、2年の川西左近が居た場合について考える。
ある意味で、一番当たりたくない人物の一人でもある。
年が同じという事もあって、彼に相談するのが一番気恥ずかしい。
だが・・・なんとなくだけれども・・・彼はコチラの空気を読んでくれそうな気がする。
それは彼の親友や先輩に対する接し方なんかを見る限りでの一定の評価からだが・・・。
あとは、3年生の・・・さ・・・何だっけ?・・・まぁいいや・・・
とにかくその人が当たった場合について考える。
自分より先輩で、名前も忘れちゃう程なので知り合い感覚が乏しく、正直言って気恥ずかしさは薄かったりする。
あと・・・笑顔が優しかった・・・気がする。(誰かと間違えてなければ)
残るは、保険委員長6年は組の善法寺伊作先輩が居た場合なのだが・・・
ぶっちゃけ・・・この先輩、個人的にあまり好きでは無い。
そんなに話した記憶が無いのだが、傍から見ていてあの笑顔がどうも嘘くさい・・・。
ニコっとした時の笑顔が貼りついているようで、本人が心の底から笑っているように思えなかった。
・・・まぁ・・・6年間も『忍』について学んでいると色々想うトコロがあるのだろうけれど・・・。
途中から、当たった場合の人物と対策を練るより、別の考察をしている事に気づいた時にはすっかり保健室の前に辿り着いていた事実に、無駄な事考えてしまったとげんなりした気持ちになった。
(どうしようかな・・・)
卯子が障子に手をかけかねていると、横の廊下から
「どうしたの?」
と、訊ねる人物に気づき振り向くと、其処には・・・6年は組の善法寺伊作が、トイレットペーパーを抱えながら訊ねてきた。
先ほどそう悪くもないかもしれないと思ったのだが訂正したい。
最悪だ・・・卯子は心の底からそう思った。

色々と残念極まりなくてすんませんorzあと1~2回で完結させたいです;

102:名無しさん@ピンキー
08/10/11 07:55:13 DDXFp8sh
うわぁ、めっちゃ楽しみだ。伊作の嘘臭い笑顔とかw卯子ちゃんどんだけやねんwwwそして空気を読む左近に萌えた。

あ、絵板ですが、また後ほどアドレス貼ります。 
エロ絵可でも、やっぱあんま直接的な汁だく描写とかはよろしくないよな? 

注意事項等あれば、案をお願いしたい。

103:名無しさん@ピンキー
08/10/11 08:43:23 QV/vq81B
>>101
ちょwww三反田数馬ガンガレ超ガンガレ!
テンポのよい話ですね。続き楽しみにしてます。
あ、メール欄にsageって入れた方がいいかもです。

>>102
絵版作成お疲れ様です!
他作品のそういう板を見るに、

・露骨な性描写等、法に触れる恐れのある場合は箇所に修正をお願いします。
・作品(この場合忍たま・落乱)に無関係な投稿はこちらで削除する場合があります。

などの注意書きがあるようですよ。
あと……まあ、このスレで言うのも野暮ですが、BL絵は御法度の方向でお願いします、とは書いた方が良いかと。
(男女絡みか女性陣メインで)
うーん、自分はこの位しか浮かばなかったですすみません。

104:95
08/10/11 09:50:40 mA5vkGju
>103
ありがとう!使わせてもらった!

↓細やかな管理はできないかもしれんが、要望あればなんなりと。

【絵板】
URLリンク(pig.oekakist.com)



105:名無しさん@ピンキー
08/10/11 09:54:36 gbqSXi5R
今起きたおはよう!!

>>102
よろしくお願いします。

このスレにどんな絵師がいるのか楽しみだ…

106:103
08/10/11 16:00:48 QV/vq81B
はわわ、>103のがテンプレになってて驚いたー。こちらこそどうもです。

今気になったんですが、TS(性転換)モノもやっぱりスレ的にアウトでしょうか?
いや、明言しとかないとちょっと微妙なラインなんで…。これはスレ住人様方の意見を求めたいところですが。

いちゃいちゃもOKなのは嬉しいですね。
宜しくお願いします!

107:名無しさん@ピンキー
08/10/11 17:31:27 gbqSXi5R
>>106
個人的に、公共?の場に性転換はNGなのでは…と思います…。

108:名無しさん@ピンキー
08/10/11 18:37:52 J6CTL0oY
>>100
くのいち達かわええww
言い回しがいちいち面白くていいな。続き超楽しみにしてます!!

>>106
さすがにそこまで行ったら別キャラなんでは…とか思うな

109:名無しさん@ピンキー
08/10/12 00:11:09 Hnvr/ydz
TSはこのスレのテンプレでも専用スレへの投下が推奨されてるので、
個人的にはあんまりよろしくはないんじゃないかと・・・
よほどの自信作なら個別にうpろだにあげて、
見たい人だけ見られるようにすればいいんじゃない?

110:106
08/10/12 02:56:28 DMqvTDIX
やはりTSモノはNGもしくはうpろだが妥当ですかね。
ご意見有難うございました。


↓以下エロパロ話再開↓
上のレスにあった『仙子さんと百合』が気になって仕方ないです。
女装して忍務中の仙蔵が照代さんに(正体バレないまま)あれこれされて途中で「!!」な話なのでしょうか…ってこれ百合じゃないorz

しかし利吉さんの女装といい、ミスマイ変化の鉢屋といい、喉仏に気付かないのは落乱仕様なのか。

111:名無しさん@ピンキー
08/10/12 09:40:09 FktMtBWy
>110
素敵すぎる。それいいな!さあ、キーボードを叩くのだ!
他にも、仙蔵が女装のままくのいち達に悪戯したり
鉢屋が女装で女風呂のぞいたりとすみませんこれなんていう犯罪ですか

鉢屋の変装とか、普通に悪用しようと思えばできるよなー。


112:名無しさん@ピンキー
08/10/13 07:54:52 k2LAgFLU
ぎゃあああ!!作品の入ったUSBメモリを紛失してしまったー!!
すみません秋風、一から書き直しの為投下が更に遅れます。気長に待っていただければ幸いです。

ちうか今までのエロパロデータ全部入ってるのにorz…これなんて小松田さん。

113:卯子の最悪な一日
08/10/13 11:36:30 at8MmvXJ
以前は、お付き合い下さいまして有り難う御座います!!
続きを書いてみたのでまたお付き合い下さればと・・・!

>>103 アドバイス有り難うです!!

>>112 何たる不運!!!orz 気長にお待ちしております!

続き・・・
一応、生理ネタを取り扱ってますので用注意(グロくないが;)
若干自分の妄想の部分含みます;
後、今回もエロくならなかったorz
では、どうぞ・・



保健室の前で立ち尽くす少女に気づき、保険委員長の善法寺伊作は
「何か用かい?」
と、訊ねると、少女こと、くのいち教室の卯子は、しどろもどろになりながら
「ええっとー・・・」
と、言い澱んだ。
先ほど自分の中の彼の印象を、あまり良くない方向に回想してしまっただけに、いざ本人を目の当たりにすると変な焦りで思わず緊張してしまう。
(マズイ・・・;)と、思う心境を彼に覚られたくない一心で、普段より大きめのリアクションになってしまい、卯子は乾いた笑いがこぼれるのを自覚した。
とりあえずこの場から立ち去って有耶無耶にしてしまうのが妥当かと思い、挨拶だけして帰ろうと「ははは!!!何でも無いですっ!!!じゃぁ、私はコレで失礼しま・・」
す・・と言い終わる前に、卯子は左手首を摑まれて思わぬ足止めを喰らってしまった。
「待って!よく見ると顔色が良くないみたいだ・・・保健室で休んでいくといいよ!」
と、言って伊作が微笑むのを、先程より更にげんなりした面持ちで眺めながら
「・・・・ハイ・・・;」
と、返事をしたのだった。

「失礼しまーす・・」
一言告げて保健室に入ると、薬草や漢方独特な匂いが部屋中充満していて、慣れない感覚に卯子はちょっとだけ緊張感が高まった。
そんな卯子の緊張感に気がついた伊作は(まるで借りてきたネコみたいだ・・)と内心苦笑を漏らしながら、(大型犬なら6年ろ組にもいるけど;;)と、思い出し、密かにそいつに対して皮肉った。
「はいどうぞ・・・!あっ・・コレ座布団ね!此処に座って待ってて!」
ニッコリそう言って伊作は床の上に座布団を敷くと、奥の棚から自分の名前のついた湯飲みとお客様用の湯飲みをおぼんに乗せ、お茶の準備をし始めた。
その様子を目線だけを動かして、卯子はちらりと盗み見ていると、他の保険委員の名前がついた湯飲みが手ぬぐいの敷いた籠の中で逆さに並べて置いてあり、保険委員が頻繁にこの場で活動している様子が容易に想像できた。
辺りを見回してみると、そんな保険委員の名前が彫られた木札が、壁に並べられてあるのを発見して、本日の当番の所に「善法寺伊作」の名前を確認すると、改めて卯子はため息が漏れた。

114:卯子の最悪な一日
08/10/13 11:44:17 at8MmvXJ
↑の続き・・・


「はいどうぞ・・・!さて、確かキミは・・・くのいち教室の、卯子ちゃん!・・・だったよね?・・今日は顔色が悪いみたいだけど何か・・・思い当たるフシでもある?」
お茶を差し出して伊作がそう問いかけると、卯子は一瞬ビクっとして、上目づかいで窺うように見上げた。
顔を真っ赤にさせ、口元に手を持っていき、何か言い難そうにそわそわする様子に、伊作はそれまで卯子の目を真っ直ぐ見つめていたが、何故か一瞬だけ逸らすと、彼女の緊張が伊作にも移り始めていた。
「あっ、あのー・・・じっ実は・・・生理痛で・・・その、お薬を処方していただけないかと・・・。」
終始顔を真っ赤にさせながら、恥ずかし気に説明する卯子の様子に思わず伊作は、心臓の鼓動が速まるのを感じた。
「・・・・・・・・・・・・・・ああ!はいはい!なるほどね!!・・・。」
間を置いて卯子の消え入りそうな言葉の意味を認識すると、伊作は緊張感の解けた顔で「なるほど、なるほど・・・」と、一人誰に言うでもなく再確認するように呟いていた。
「それで・・・今回が初めてかい?」
いつものペースを取り戻したように、伊作は卯子に問診を再開すると
「あっ・・・いえ!以前、新野センセイに処方された薬がありまして・・・それを毎回飲んでます。」
「何て薬か分かるかい?」
「○×△%&¥です。」
「○×△%&¥ね!それなら・・・・・・・ああ!!!」
薬の名前を聞いて、手馴れた様子で探そうと立ち上がった伊作が突然、大きな声を上げて、そのまま驚いたように卯子をじーっと見つめ始めた。
(何何何??何なの一体!?)
内心不安と緊張の入り混じった想いを抱え、伊作のリアクションを待っていると、伊作が卯子の両肩に手を置き、真剣な眼差しで「怒らないで聞いてくれる?」と前フリを付けて言い出した。
「なっ、何でしょうか・・・?」
「・・・じっ、実は・・・・!」
伊作の鬼気迫るモノの言い回しに遂に耐え切れなくなった卯子が若干キレ始めて、「早く言って下さい!!!」と、後輩で、年も下だが答えを急かした。
「怒らないでって・・・;実は・・・・薬が無いんだ・・・正しくは、その薬に使われる薬草が先日できれてしまって・・・処方する事ができないんだ・・・」
・・・・・・眩暈がした、ホントもう、色んな意味で・・・。
卯子は、ダメもとで「予備は無いんですか?」と問うと、伊作は自信満々に、
「予備は無い!ウチは前回の予算委員会で予算案に不備があって、肝心の薬や必需品を計上しそこねてしまって・・・この薬に使われる薬草もあんまり使わないという事で後回しになっちゃったんだ・・・ゴメンね・・・・?」
と、苦笑しながら謝る伊作に、さすがにぶちギレた卯子は、伊作に掴みかかろうとしたが、血の気が足りなく、そのまま伊作の胸元に倒れ掛かってしまった。
「うっひゃー!!!大丈夫!!!!?卯子ちゃん!しっかりして!!!」
(保険委員会って・・・どこまでも不運・・・でも・・・アタシが一番の不運だわ・・・)フラフラになりながらそう思う卯子を支えながら、伊作は「そーだ!!思い出した!」と、発言してニッコリ微笑みかけるのだった。

※今回で終わらす予定だったんですが、上手くまとめきれなかったので次回で終わらせたいと思いますorz

115:名無しさん@ピンキー
08/10/13 17:39:13 qNgG6qyb
GJGJ!
ただ一つだけ言わせて。
「;」は使わんでほしかったです…。

116:名無しさん@ピンキー
08/10/13 22:44:43 mXAxhkT1
GJ!
卯子ちゃん可愛いw
でも文章表現として;は要らないかな。描写も面白いから、頑張れ!

神無月が終わる前にシナ先生を投下したい・・・orz

117:名無しさん@ピンキー
08/10/14 01:08:12 eE1oMl6j
>116
シナ先生お待ちしてますぞ!

六年オカズとかその他しょうもない小ネタを書いてたものです。
神待ちの間のおつまみにでもなればいいのですが、5年ものでひとつ。
鉢屋と不破メインです。
今回エロなしです。そして、女の子の方は、あえて名前を出しておりません。
ご想像にお任せいたします。

若干長文になるかと思われますので、苦手な方は「月光シンドローム」でNGを。


118:月光シンドローム
08/10/14 01:09:20 eE1oMl6j
いつからともなく、流れた噂。


「ねぇ、知ってる?満月の夜、裏々山のほこらに行くとね・・・・・・



 ・・・好きな人と契りを交わすことができるんですって。」




□□□□□□□

月光シンドローム

□□□□□□□


満月の夜、少女は一人、身支度をする。
そうっと、長屋を抜け出して。

高い塀を乗り越え、目指すは。

(裏々山────。)


夜道は危険だ。よっぽどの理由がない限り、こんな夜中に外に、ましてや裏々山に行こうなんて
思わないだろう。

(噂が、本当だとしたら)

少女は、ハッ、ハッと息を切らせながら、山を駆け上がる。

(きっと、あの方に抱いてもらえるんだわ)

涙をにじませながら、走る。満月が道を照らしてくれているおかげで、暗闇の中を進むより
幾分か楽だ。

『満月の夜、裏々山のほこらに現れる「狐」にお願いするのよ。』

そうすれば、想い人に抱いてもらえる。

忍術学園のくのいち教室には、恋にまつわるいろんな噂が伝わっている。
その中でも、この噂は、最近になって初めて聞いたものだった。

噂の真偽は不明だが、それでも、今はただ、その噂に懸けるしかなかった。
真夜中に裏々山に行くという危険を冒しても、だ。


『ごめん・・・・・・・。私には、好きな人がいるんだ。
 君の気持ちには、応えられない──・・。』

彼の言葉が頭をガンガンと打ちつけて、やまない。


ずっと、ずっと慕っていた。
思い切って、気持ちを伝えた。

─・・彼には、想い人がいた。

119:月光シンドローム
08/10/14 01:14:02 eE1oMl6j
文章にすると、なんて簡単に表せてしまうのだろう。今までの日々が、
たった三言で表せてしまうなんて。
(くやしい・・・・・・・っ)

唇を噛み締め、彼の言葉を振り切るように全速力で駆け上がる。
木々を抜けると、ほこらが見えた。
「ここ・・・・なのかな・・・・・・・。」

確かめるように呟くと、恐る恐るほこらに近づく。

(「狐」なんて・・・・・・いるのかしら。)
目をこらして、ほこらの中をのぞきこむと、ふいに人の気配がした。

「──・・こんな夜中に、一人で来たのかい?」
「ひゃぁっ!!!!!」

思わず声をあげて振り返る。
「き・・・・・・・・狐・・・・・・・・!!!!????」

そこには、狐────・・・
ではなくて、狐の面をかぶった少年がたたずんでいた。

(人間・・・・・?てゆうか、忍・・・・・・?)

月の光に照らされて、何色かはわからないが忍装束を着ている。

(狐、って、彼のことだったのね。)
彼が誰なのか、人間なのか、はたまた化身なのか、そんなことはどうでもよかった。

「狐さん。」
「・・・・・・・・・・・・・何かな?」
「・・・・・あなたに、お願いすればいいのよね?」
「────・・・・。」

はぁ、とため息をついて、理解したといったように狐の少年が肩をすくめた。

「やれやれ、君もか。」
面倒くさそうにもう一度ため息つく。面は、はずす気はないようだ。

「それで、誰がいいんだ?どうせ六年生だろう?」
もう飽きたよ、と、つまらなさそうに吐き捨てる。この発言から、この少年がどうやら忍術学園の生徒であることは
確かなのだが、彼女には、少年の正体は興味がないようだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一刻、黙りこくったまま、少年と対峙する。

そして、ギリッと噛み締めた唇をほどくと、少女は、鈴の音の鳴くような声で、呟いた。

「・・・・・・・・久々知兵助先輩・・・・・・・五年生の──・・。」
やっと、想い人の名を告げると、彼女はハラハラと涙を落とした。


「・・・・・・・・・・・・へぇ、こりゃ意外だね。兵助とは。」


120:月光シンドローム
08/10/14 01:15:42 eE1oMl6j
少し驚いたような声をあげたものの、いいだろうと快く少年は承諾した。

「本当なの?狐さん。本当に、久々知先輩に抱いてもらえるの?」
すがるように、少年に詰め寄る。

「約束を守れば、だよ。いいかい?
 ・・・今日の事は絶対に誰にも言わないこと、これが一つ目の約束だ。」
「ええ、絶対、ぜったいに言わないわ!」

「もう一つ。今から現れるのは、本当の久々知兵助じゃない。外見も、仕草も、それはもうソックリだけどな。
 だから、山を降りてからは、今夜の事は忘れるんだ、いいかい?もう一度お願いに来ることも駄目だ。」

「・・・・・・・・・・・・。わかってる。今日限りの夢だって。そう思うわ。」
こぼれそうな涙を飲み込むと、少女は、まっすぐ少年に向き直った。
一夜限りでも、夢でもいい。

大好きだった彼に、抱かれるのならば。

「そうかい。・・いい子だ。君は、本当に兵助の事が好きなんだね。」
フッ、と、狐の少年が優しい表情をしたような気がした。

「・・・・・・それじゃあ、後ろを向いて、三つ数えるんだ。三つ数えたら
 振り返ってごらん。そしたら、君の想い人がたってるはずだ。」
「うん、わかったわ。」

くるりと後ろをむく。

ドクン、ドクン、ドクンと胸の鼓動が早まるのを感じた。

「一・・・・・・・二・・・・・・・・。」

今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る。
初めて出会った日。初めて話した日。
彼の低くて甘い声、少し癖のある長い髪。
瞬きをするたびに揺れる、長い睫。



──すべてが大好きだった。

「・・・・・・・・・・・三。」

長い長い三秒間。ゆっくり、ゆっくり、振り返る。

「・・・・・・・・・・・・・・!!!!」



「久々知・・・・・・先輩・・・・・・・!!!!」



そこには、大好きな笑顔が、満月の光の下で、輝いていた。

121:月光シンドローム
08/10/14 01:17:46 eE1oMl6j
□□□□□□□
時は流れ、くのいち教室の一角・・・・・。

「ねぇ、聞いた?あのウワサ。」
「どのウワサよ、今度は。」

教室の隅で、二人のくのいちがひそひそ話をしている。
なんとなく気になって、少女は、聞き耳をたててしまう。

「ほら、裏々山のキツネを見つけて、お願いすると、好きな人とむすばれるっていう!」
「ああ・・・・・・・なんか最近になって流行ってる・・・?」
「そう。あれ、本当らしいのよ。この前も、同級生のくのたまが真夜中に裏々山に向かってるのを見たって
 子がいるんだけどさ。」
「ふぅん・・・それで?」
「なんか、山を降りてきて以来、憑り付かれたみたいになってて。ずーっと山のほうを見て、
 生気がぬけたようになっちゃったみたいで。」
「で、どうなったの?大丈夫なの?その子?」
「それがさぁ、もう一度裏々山に行こうとして、その途中で山賊に誘拐されたかなんかで、
 今でも行方不明らしいのよ・・・・・・・・」
「うそ・・・・ほんとに?キツネの呪いとか!?てか怖・・・・っ!」
「でしょ──っ!学園でもトップシークレットなんだから、あんたも絶対いっちゃだめよ?」
「う、うん・・・わかったわ!」

(・・・・あらら。つい、全部聞いてしまったわ)

少女は読んでいた本をパタンと閉じると、机につっぷした。

(裏々山のキツネ・・・・・・・か。本当なのかしら?夜に裏々山まで行く勇気はないけど──でも。
 あの人と両思いになれるんだったら──。)

そう考えながら、読んでいた本の裏表紙をめくる。
本の貸し出しカードが挟まっている。
(今日はいるのかな・・・・先輩・・・・・・。)
貸し出しカードに記された、自分の名前の上には、「不破 雷蔵」の文字。
いとしそうに彼の名前をなぞると、少女は、机から立ち上がり、図書室へと向かった。

「図書室」と札の掲げられた部屋の引き戸をひく。
すこし埃っぽいけれど、なんだか落ち着く、本のにおい。

「やぁ、くると思ってたよ」
(・・・・・・・・・・!)

優しい声が、本棚の奥から聞こえてきて。
「あ・・・・・・不破せんぱい・・・・・・・?」

ひょっこりと、棚の影から顔を出してきたのは、五年ろ組の図書委員、不破雷蔵。
「今日が貸し出し期限だったでしょ?期限を破ることなんてキミはしないから、今日くると思ってた
 んだ。」
亜麻色の髪をふわりとゆらして、雷蔵が微笑む。
「あ・・・・・・」
うまく言葉が出ない。こんな風に話しかけてもらうのが、嬉しくて嬉しくて、心臓がくるしい。

「よく本を借りに来てるの見かけるから・・・・。あ、ごめんね、急に話しかけて・・・」
「い、いいえっ、そんな!!!!」

ずっと、ずっと憧れていたのだ。目の前にいる彼の名前を知った時、心が躍ったのを覚えている。

122:月光シンドローム
08/10/14 01:24:24 eE1oMl6j
□□□□□□

──彼女は、本が大好きだった。
週に数冊は本を借りるのだが、その本の貸し出しカードの欄には、必ず「不破 雷蔵」の名前が
記されていた。

(あ、また不破って人の名前がある・・・・・・・・。)
(どんな人なのかしら・・・。わたしと本の趣味が似てるんだろうなぁ・・・・・。)

なんとなく気になりつつも、その名前の主が何年生なのかもわからないまま、数か月がすぎて。
ある日、いつものように図書室に向かい、目当ての本を抱え、貸し出し手続きをしている時だった。
目の前の図書委員は少女を見て、少し含みのある笑顔でこう言ったのだった。

「・・・・・・和歌、好きなんだね。俺も好きなんだよ」
「え・・・・・・・?」

菫色の制服に身を包んだ上級生。そういえば、いつも手続きをしてくれる図書委員の先輩だった。
突然話かけられて、おもわず返事につまっていたその時。

「あ、不破先輩──!未返却本、回収してきたんスけどぉ~~!」
入り口から聞こえてきたのは、一年生の図書委員、きり丸の声だった。
「・・ああ、今行く」

はい、と本を差し出し、「キミとは趣味が合いそうだな」と口元を綻ばせて呟いた彼は、呼ばれた
方向へと気だるそうに歩いていく。
(不破・・・・・・・・・・って、もしかして・・・・?)

少女は呆然と、彼の背中を見つめる。
のちに、顔見知りの一年生のきり丸を捕まえて問いただすと、「不破雷蔵」は確かに先ほどの図書委員の彼
だということが判明した。

それ以来、図書室に向かうのが彼女の日課になっていた。
図書委員は当番制なのか、毎日彼がいるとは限らない。かといって、きり丸に不破雷蔵が当番の日を
聞く勇気もない(・・・・・・というか、そんなこと聞いたら必ず報酬を求められるだろう)。
彼がいない日は閉館まで本を読み、彼のいる日は、必ず本を借りに行き、話すキッカケをさぐっていた。

だが、意中の彼は、貸し出し手続きにも笑顔で応じてくれるが、あれ以来話しかけてくる様子もなかった。

今日こそは自分から話しかけようと何度も何度もシミュレーションを繰り返していたのだが、いざ
あの笑顔の前にたつと、何故か足がすくんでしまって、何も話せなくなってしまうのだ。

──そんな事を何度か繰り返していて、今に至る。

「すごい読書家なんだね。キミって。毎日来てるのかい?」
小首をかしげて、ニッコリと笑う彼。言葉を交わすのは、2か月ぶり、二度目だった。

「は・・・・・・はい、わ、わたし・・・本が・・・す、好きなんです」
(なななな、何どもってんのよわたし!!せっかく不破先輩が話しかけてくれたのに!
 あれだけ、何を話すかずっと考えてたのに!)
心とは裏腹に、あまりの緊張で言葉がうまく出てこない。

「あはは、知ってる。くの一教室の子で、こんなに図書室に通いつめているのって、
 きっと君くらいだもの」
「えっ?」
(そ、それって、先輩、ずっと私のこと知ってたってこと・・・?先輩目当てで来てるの、バレてたらどうしよ・・・・)

手に抱えた本で顔を隠すようにしながら、雷蔵を見上げると、目が合った。
フワリと優しく微笑まれて、顔に血がのぼっていくのを感じた。

123:月光シンドローム
08/10/14 01:28:10 eE1oMl6j
「和歌が好きなんだね。」
「え、あ、ハイ!」
「えっと──・・『月読みの光に来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに』、だっけ?」
「・・・・・・・・あ、湯原王の歌・・・。」
雷蔵が口にした和歌は、志貴皇子の御子たる湯原王の月見の宴での歌である。
「へぇ、よく知ってるんだねぇ。」
驚いた様子で、目を輝かせる。

「最近友人に教えてもらって覚えた歌だけどね。秋のお月様は綺麗だし、こういう恋の歌って好きだなぁ。」
そういって照れくさそうに微笑む彼の姿がまた愛らしい。
「あ・・・・・・・!ごめんね、いきなり話しかけた上に、僕ばっかり話しちゃって・・・!!!
 そうそう、返却手続きしなきゃだよね!ごめん!」
何故か顔を紅潮させて慌てながら、雷蔵が少女の手にする本を受け取る。
「あ、ありがとうございます・・・。」
そそくさと事務手続きにうつる雷蔵をみて、少女は肩を落とした。
(あーあ・・。もっと・・・話したかったな・・・。)
せっかく雷蔵から話しかけてくれたのに、一言も気のきいた事をいえなかった。
好きな人の前では、どうも臆病になってしまう。

「あ、あのさ───・・・」
うつむき泣きそうになっている少女に、雷蔵が声をかけた。
「──・・はい?」
「えっと・・・僕・・不破雷蔵っていうんだ。あの・・・多分毎週水曜にはいるから・・・
 その・・・・」
そこまで言うと、雷蔵は真っ赤になって声をつまらせた。
「え──?」
感染ったように、少女の顔にも血がのぼる。
「えっと・・その、また、来てくれるかな?───水曜日に。」
「!!!!!」
瞬間、少女は頭の中で『いいとも!』と叫んだのだった。

意中の相手に、彼の真意は不明だとしても、『自分のいる時においで』と誘われてしまった。

(どうしよう─────・・夢みたい。)
その後、自分がどうやって図書室を出てくのたま長屋に帰って来たかはあまり覚えていない。
ただただ、幸せだった。
初めて会った二ヶ月前の時とは、どことなく雰囲気が─よく言い表せないが─違っていたが、
それでも、自分がイメージに抱いていたとおりの優しい男であった。
(早く、一週間たたないかしら・・・!!!次こそは、ちゃんとお話しなくちゃ・・!)

□□□□□□


「ねぇ、三郎。三郎、好きな子がいるっていってたよね?ほら、下級生の子だって。」
「ん?ああ、まあな。それがどうかしたか?」

所変わって、ここは忍たま長屋、上級生の長屋である。
不破雷蔵は、同室の親友──、鉢屋三郎に浮き足だった様子で声をかけた。
三郎に想い人がいる、というのは、最近になって本人から聞いた話だ。
もっとも、彼もそれ以上話そうとしないし、あまり突っ込むのも下世話かと思い、それっきりに
していたのだが──。

「わ、わたしも・・・・実は、ちょっと気になる子がいてさ・・・・・」

最近よく図書室でみかける少女を心に浮かべながら、顔を赤らめて雷蔵が告白をする。
今日声をかけた少女─、それは、最近雷蔵がずっと気になっていた相手だったのだ。


124:月光シンドローム
08/10/14 01:32:35 eE1oMl6j
「なっ!!!!!マジかよ雷蔵!!!」
三郎は嬉しそうに飛び起きると、目を輝かせて雷蔵の顔をのぞきこむ。

「誰だよ、その女!あんまり変な女だと俺が承知しないけどな、とりあえずお前が
 好きになった女なら全力で応援するから!言ってみろよ?」
押し倒されんばかりの勢いで肩をつかまれ、自分と同じ顔が興奮した様子で顔をのぞきこんでくる。
「え、う、うん・・・・・・。た、竹谷と久々知にはまだ言わないでね?竹谷とか特に──。
すっごく喜んでくれると思うけど、顔に出るほうだからさ。」
「わかってるわかってるって!この大親友、鉢屋三郎を信じろって!で!?どんな女だよ?俺の知ってる子か!?」
「え・・・・ええっとね・・。図書室にいつも来てる子なんだけどさ・・・・・。くのいち教室の・・」

恥ずかしそうに雷蔵がポツリポツリと彼女の特徴を挙げていく。

(ちょっと待て・・・・・その娘って・・・・・)
ヒヤリ、と背筋に冷たい水が伝うよな感覚。


「───・・・・・・三郎?」
「・・・・・・・え」
「ど、どうかした?もしかして、彼女のこと、知ってたりする!?」
「え、いや、いやいや、知らないな。」
「なんだ、そっか。」

雷蔵の言う、「気になる子」はまさしく、三郎がずっと想いを寄せていた娘だったのだ。
きっと、雷蔵よりもずっと─・・ずっと前から。

「それでさ、彼女、すごく本が好きな子なんだ。おとなしい子だけど、なんてゆうか
 少し大人びてて・・・・・・・。・・・って、・・・・三郎?」
「あ・・・・・・・・・・」
ハッと、我にかえり、あわてて、表情を作ってごまかす。
「わ、悪い、なんか疲れててボーッとしてた。彼女の事、俺は知らないけどさ、お前が
好きになった女なら間違いない・・・・・・・間違いなくイイ子だと思うしさ・・・・・
俺は・・・・・・応援、するよ」
「・・・・・・・・・・・・・う、うん?ありがと」
「あーっ、ヤベ、腹痛くなってきた。ごめん、また明日聞かせてな、おやすみ。」
そういって三郎は自分の布団にもぐりこむ。

「え、だ、大丈夫?三郎・・・・あらら、寝ちゃった。」
スヤスヤと早速寝息をたてる三郎の布団を綺麗に整えてやると、ハァ、とため息をひとつ。
(三郎には、一番に聞いてほしかったんだけどなぁ。)
そう思いながら、障子を開けると、仄かに月の光が入ってきた。

──月。

『・・・三郎は、月みたいだね──』
いつか、親友にそう言ったような気がする。

その彼が、自分に、自分にだけ「好きな人が出来た」と教えてくれた。
それがどれほどうれしかったか。
決して自分の内面は見せなかった三郎が、初めて自分のことを教えてくれた。

(だから、僕も、一番に三郎に聞いてほしかったんだよ?好きな子ができたこと。)
振り返ると、スヤスヤと寝息をたてる親友の顔が月明かりを浴びていた。

125:月光シンドローム
08/10/14 01:36:58 eE1oMl6j
□□□□□□
(雷蔵・・・まぶしいから・・・早く障子しめてくれよ・・・)

月明かりが煌々と自分の顔を照らして、寝付けない。
寝入ったふりをして、雷蔵から逃げてしまった。
せっかく、親友が、真っ先に自分に報告してくれたのに。
奥手で、純粋な雷蔵が、初めてこうして人を好きになったと言っているのに。

──心の底から、喜んであげられない自分が憎くてしょうがない。

(あーあ・・・・なんでこうなるんだよ・・・・・・)
布団を頭からかぶり、ぎゅうっと目を瞑る。

『三郎は、月みたいだね──』
ふと、いつの日にか親友にそう言われたのを思い出した。
二年ほど前・・・だろうか。記憶が鮮明に蘇ってくる。

『はは、なんだよそれ。』
確か、満月の日だった。真似るように、窓枠に腕をのせて、月を見上げて。
『だって、決して裏側は見せないでしょ?だから、月。』
『・・・・・・・・・。』
そう言って笑った雷蔵の顔は、少し寂しそうだったのを覚えている。

(・・・・そういえば、雷蔵にも素顔、見せてなかったんだっけ。)
一瞬、罪悪感のようなものがチクリとささった気がした。その棘をはらうように
三郎は、軽く息を吸って、吐いて。笑顔をむけた。

『じゃあ、雷蔵は太陽だ。』
『ええ?どうして?』
キョトン、と雷蔵が大きな目をこちらにむける。
それには応えず、三郎はかわすように微笑むと、そらを仰いだ。

(だって、月が輝いてられるのは、太陽のおかげだろ?)
心の中で、そう呟いて。

その一件以来、満月の晩が好きになった。
満月の晩には、よく一人で自主トレもかねて裏々山に月見に来ていた。
そして月日は経ち、一年前の満月の晩─。

変装の練習をしている所を、どこの誰だか知らない女に目撃されてしまった。
女は、ちょうど変装していた、六年生のある生徒の事をずっと想っていたようで─・・・。
三郎に変装したまま一度だけ抱いてほしいと、とんでもない事を頼んできたのだ。

根っからの悪戯性と性欲に負け、一夜限りの思い出として、女の相手をした。
それ以来、次から次へと年頃の女が山へ尋ねてくるようになったのだ──。

─「裏々山のキツネ」の噂。
─その正体は、紛れもなく、鉢屋三郎のことであった。

最初はタダで女が抱けるし、変装の練習にもなるしで、喜んで相手をしていた。
だがしかし、一ヶ月前の満月の夜。
同級生に思いを寄せる娘を抱いて以来、三郎は何ともやりきれない気分を味わい続けていた。

126:月光シンドローム
08/10/14 01:41:27 eE1oMl6j
同じ5年生、久々知兵助の事を、心の底から愛していた少女。
──・・彼女は、あれ以来行方不明だ。

──自分があんなことしたから。
──余計、兵助の事を忘れられなくなってしまったんじゃないか。

だから、もう一度、山へ来たら夢の続きから見られると思って、あろうことか新月の夜に
飛び出してしまったんじゃないか。
三郎は、満月の日にしか山には登らない。三郎ほどの忍たまでさえ、裏々山へは
十分に光りの指す満月の日にしか登らないのだ。それなのに、新月──月の出ない日に山へ登るなんて。
・・・どれだけ思いつめていたのだろう。
あれから、一月たった今も、彼女の行方はわからない。
山賊にさらわれたとか、崖から落ちたんじゃないか、狐の呪いじゃないかと
いろんな憶測が飛び交っていた。

兵助は、自分にも、他の仲間にも何も言わなかった。彼女と知り合いだった事さえ、
彼女に愛されていた事さえ、仲間は知らない。
ただ、彼女の失踪以来、いつも夜中に抜け出しては、朝、ボロボロになって帰ってくる。
「訓練だ」・・・・・・・そういつも言っているが、
きっと、行方不明になったその少女を毎晩探しているのであろう。
兵助は責任感の強い男だ。こうなったのは自分が少女の想いに応えなかったらから・・。
きっと、そう考えているのではないか。

(・・・・・・・・・俺の・・せいなのにな・・)
普段、どんな悪戯をしたってあまり「悪い」と思うことはなかった。
それはきっと、他人の仮面をかぶっているからだろうか。
大切な人を傷つけて、初めて気がつく。自分がいかに卑怯者であるかということを。
「すまない・・・・・・兵助・・・・許してくれ・・・・。」

いつからだろう?自分の顔を捨てたのは。
いつからだろう?仮面をかぶらなくては、人と向き合えなくなったのは。

『三郎は──。・・・月みたいだね』

雷蔵の言葉を思い出す。この彼の言葉が、三郎を救うのだ。
裏側は見せなくてもいい─、そう、言ってくれている気がするから。
うっすら目を開けると、親友は背を向けて布団に入っていた。スヤスヤと静かな寝息が聞こえる。
「お前は、太陽だよ、・・・・・雷蔵」
小さく呟き、自重気味に笑う。
雷蔵がいなきゃ、ここまでやってこれなかった。あの笑顔に、何度助けられただろう。

大好きな親友を、守りたい。出来ることなら、ずっと。

─────ダカラ、コノ恋ハ、アキラメナクテハイケナイ

(なぁ、雷蔵。やっぱ俺は、裏側を見せるべきじゃないんだよな。)
目を閉じると、つうっと涙が頬を伝った。
『月は、決して裏側を見せないから・・・・』
そう言った時の、雷蔵の寂しそうな顔が気になって。初めて、自分の「裏側」を見せた、半年前。

『・・・俺さ、好きな人ができたんだ。─下級生でさ。美人なんだよ』
そうやってサラリと軽く言うのが、せいいっぱいだった。初めて自分自身のことを自分から伝えた日。
「ほんとうかい・・・?三郎・・・・。」
親友は心底うれしそうに頬を紅潮させて、そして、一言つぶやいた。
「・・・・・・・ありがとう」

『教えてくれて、ありがとう』という意味だったのだろう。
あんなに、嬉しそうな雷蔵の顔を見たのは初めてだった。

──それなのに。

127:名無しさん@ピンキー
08/10/14 02:02:14 eE1oMl6j
・・・・大変中途ですが、これまで。。
そして、作品名にレス数入れてなかったです、申し訳ない。なんという小松田orz

小ネタとは裏腹に暗くてすみません。
次回で完結でございます。微エロ有り予定です。お付き合いいただけたら嬉しいです。

128:名無しさん@ピンキー
08/10/14 03:57:19 Zg2MQW25
うわわ!!!シンドローム話GJ!素敵なお話にドキドキしますた
続きを楽しみにしとります!!

129:名無しさん@ピンキー
08/10/14 08:51:25 RhUwZz2l
>>127
GJ!行方不明の子を探す久々知格好良いなあ。淡々と綴られるのが、更に深みを増します。
「また来てくれるかな?」→『いいとも!』の流れに吹いたww雷蔵w

130:名無しさん@ピンキー
08/10/14 23:15:33 3boVxL1R
情緒的だなあ! こういうの大好きだ、ありがとう!!
続き楽しみに待ってます!

131:名無しさん@ピンキー
08/10/15 04:41:49 Q+wVDaBl
GJ!切なくて泣きそうになった…
続き楽しみに待ってます!

132:名無しさん@ピンキー
08/10/17 02:06:16 hUqwPPIW
GJ!雰囲気も好きだし、次回作を期待しているが、女の子が決まってないと何かオナニー夢小説を読まされてる気がする…のは自分だけ?
想像力が乏しくてスマソ

133:名無しさん@ピンキー
08/10/17 02:14:49 9HVCxphs
>>132
自分もそう思う…夢小説みたいだよな…

134:月光書き手です
08/10/17 02:36:26 V+ZQCQ9r
おお!感想ありがとうございます。励みになります。

>132-133
一応自分の中でくのいちの誰っていうのは頭にあるのですが、
五年自体とくのいちがほぼ関わりがないので、特定女子を押さないほうがいいのかな
とか思っておりました。すみません。

夢小説について、お恥ずかしながらそのジャンルを知らなかったのですが、確かにそう見えますね・・
今回の作品は若干そう捉えられる流れになるかもしれません(気をつけますが)
苦手な方はスルーしていただけるとありがたいです。

来週には投下させていただきますので、よろしかったらまたお付き合いくださいね。


135:名無しさん@ピンキー
08/10/17 15:31:04 tlVGMPBm
>五年自体とくのいちがほぼ関わりがない

それ言ったら今までここに投下された
小説はどうなるんだ
くのいちが誰であるって決まってるなら
そのまま名前出して良かったと思う

136:名無しさん@ピンキー
08/10/17 15:44:51 BszZLdpM
それは個人の考え方じゃない?
名前出す出さないよりも
それで投下が避けられる方が嫌だよ。

137:名無しさん@ピンキー
08/10/17 17:36:45 eTOIEin3
作風もあるしね。私も他のジャンルでは書き手だが、あえて最初からキャラの名前を出さない表現をすることもある。
だいたいわかるだろうけど、ご想像におまかせしますwみたいなね。

夢のような自分×キャラとは違う気でいたんだけど、夢と捉える人もいるか。 
まあいいや、途中で色々言われるのが一番きついから、マターリと待とうじゃないか。

138:名無しさん@ピンキー
08/10/17 17:39:37 tlVGMPBm
>>135です

断定的なきつい言い方になってしまって悪かった
作品自体はとても良いと思っているよ
ただ、関わりがなくても絡みを持たせてる話が今までたくさん出ているんだから
気にしなくてもよかったのに、と思って書いた

作者さん気を悪くしたら申し訳ない
続きを待ってるよ

139:名無しさん@ピンキー
08/10/17 17:55:14 9UVOdoaF
>>135の言い分も分かるけれど、『月光~』に関しては『思い詰めた末に行方不明になったくの一』なんて娘も居るわけで。
もし自分のお気に入りの娘がそういう扱いされてたら…と思うと、今回に関しては名前をぼかして良かったのではと個人的に思うのですが。

カップリング自体は色んな組み合わせが見てみたいので、冒険者求む!ですよー。

140:名無しさん@ピンキー
08/10/17 17:57:31 9UVOdoaF
うわ、リロしてなかった。>>135さんすみません。

自分も続き待ってます!

141:名無しさん@ピンキー
08/10/19 06:30:58 9Jcu2sCL
こうなるとにっきの人がいかに神だったかわかるな…

142:名無しさん@ピンキー
08/10/19 15:55:03 qd8oPdzM
>>137さんの
まあいいや、途中で色々言われるのが一番きついから、マターリと待とうじゃないか。
をもう一回読んどけ。
個人的な意見だけど
人と比べるのは勝手だが、書くな。

143:名無しさん@ピンキー
08/10/19 18:57:07 Go9kOlb6
>>141
イ諸だと言われても仕方ないと思ってるけど、自分もにっきの人の作品がまた見たいな。
もう投下してはくれないんだろうか。

勿論投下してくれる職人全員好きだけどね。

144:秋風夜伽話・48
08/10/21 09:19:12 mSc9x9YQ
『秋風』ラスト投下します。今回一番長いですがエロは微量です。
…一から書き直したら前より文章量が増えたのは何故なんだぜ?
苦手な方、長文はお腹一杯な方、お手数ですが『秋風夜伽話』でNG登録&脳内スルーお願いします。
******

*其の五*

 山間の朝は早いという。
 農作業に携わる者、山に赴く者、老若男女問わずそれぞれがそれぞれの一日を、まだ青く沈んだ景色の中でゆっくりと始めていくという。
 彼等にとってそれは代わり映えの無い一日であり、何かが変わる一日でもある。
 水や、風の流れのように、時もまた緩やかに、しかし確実に変わりゆくあるのだ。

 そんな中、同じく山間に佇む忍術学園正門の前で、一人の男が朝モヤの立ち込める山道の向こうを見つめていた。
 男の濃緑色をした忍び装束はうっすらと湿気を含み、随分前から門前で何かを待っている事を伺わせる。
 モヤがわずかに揺らいだ気配を感じ―男は、隈の残る目を細めた。
 大地を荒々しく蹴る、四つの蹄の音。
 露で淡く濡れた地面になお起こる土煙。
 朝モヤを突き抜けた一頭の駿馬はいななきを発し、男の前で脚を止めた。
「どーう、どうどう……よっと、おはようございます中在家さん。今日はまた一段と早いですね」
 馬を諌め、声を掛ける男―馬借の清八に、中在家―忍術学園六年ろ組・中在家長次は深く一礼をした。

 ごそごそと懐を探り、どこに仕舞っていたのかと言いたくなる程の、小包の如き分厚い手紙を清八に向け差し出す。
 どうやら彼の眼下の隈は、数日来したため続けていた、この手紙が原因のようである。
「堺の……福富屋さんに、頼みます」
 ぼそり。低く囁くように発する長次の言葉は、ともすれば無愛想にも取れる代物だったが、慣れたものか清八は大きくうなづくと手紙を受け取った。
「特急ですね、確かに承りました。あ、そうだ福富屋さんと言えば、中在家さん宛に書簡がありますよ」
 背負った竹筒から一通の手紙を出す清八の言葉に、長次の表情がわずかに変わる。
 遣り取りに深く口出しをしないのが馬借の掟だが―自分の仕事で喜ぶ相手の顔を見るのは、やはり、馬借冥利に尽きると言うものだ。
 たとえそれが、仏頂面に磨きをかけたような、むすっとした表情であっても。
 心底大事そうに懐の奥へと、渡した手紙をしまう長次の姿に、思わず清八の頬も緩む。
 それではと、再び土煙を残してまだ青い山道を駆け抜けていく、清八と異界妖号の後姿をしばし見送り、長次は門の向こうへと姿を消した。

 朝の空気の清涼さは、夜更かしの過ぎた身には少しこたえる―長次は、つい先程までそんな事を思っていたのだが、手紙を受け取った瞬間、
頭の内のぼんやりとしたモノは全て消えてしまった。
 彼が長屋へと向ける足取りは、どことなく浮かれているようにも見える。
 同じ図書委員に籍を置く面子が見れば、槍でも降るかと空模様を危惧しかねない光景である。
 きょろきょろと辺りを見回し、人気の無い事を確かめると長次はそっと懐の奥から手紙を出し、差出人の名を確かめた。
 ―福富カメ子。
「………」
 彼女の人柄を表すかのような、細筆で丁寧に書かれた筆跡に思わず耳が赤く染まる。
 中在家長次十五歳。季節は秋だが『学園一無口な男』の春はまだ、始まったばかりだという。

 脳裏に浮かぶ彼女の可憐な姿を思い、早まる長次の足だったが、白みつつある長屋の庭先に見慣れぬモノの姿を認め、ぴたりと止まった。
「………穴?」
 人一人が潜り込めるほどの塹壕―いわゆる『蛸壺』が点在する様は、忍者のタマゴが集う忍術学園では特に珍しいものではない。
 もっとも殆どの蛸壺は、『穴掘り小僧』と名高い一人の男の所業であるが。
 長次も、それがただの蛸壺だったなら、気にも留めずにいたはずだった。―ただの蛸壺だったなら。
 傍に寄り、身を屈める。
 手を伸ばして、穴の中に詰め込まれていた物体を指で摘んでみる。
「………」
 その蛸壺には上掛け布団が詰め込まれ、更に布団を縛り上げたか荒縄の存在も認められた。
 どうやら何かを布団で簀巻きにした上、蛸壺に押し込んだらしい。
 だが、その『何か』の姿は今は無い。荒縄を切られた痕跡から、随分前に抜け出したようだ。
「………」
 ―まあ、いいか。
 長次は心で呟き、摘んでいた泥まみれの布団の端を離した。
 中在家長次十五歳。『学園一無口な男』は、恐ろしいほど我が道を往く男でもあった。

 秋休み六日目の朝は、こうして始まった。

145:秋風夜伽話・49
08/10/21 09:19:46 mSc9x9YQ
*      
「………」「………」「………」
  秋休み六日目の朝。五年六年及びくの一教室合同閨房術試験』―略して房術試験の全ての過程が終了した、翌朝の忍術学園食堂は、
妙に重苦しい沈黙に包まれていた。
 誰も食事に箸をつけないという訳ではない。
 茶碗にふっくらと盛られた飯も、季節柄脂の乗った鱒の塩焼きも、きちんとダシの利いた里芋と大根の味噌汁も、箸休めにふさわしい
蕪の浅漬けのさっぱりした味も、どれもこれも目覚めたばかりの胃に染み渡る程美味い。
 学園内外にその名が鳴り渡る、食堂のおばちゃんの技の光る朝餉に問題がある訳では、勿論無い。

 ただ―会話が無いのだ。

 今、食堂で朝食を取る者は三名。
 五年ろ組・不破雷蔵と同じく五年ろ組・竹谷八左ヱ門、そして二人と席を離し、例によって独り黙々と特製の冷奴を崩しながら口に運ぶ
五年い組・久々知兵助である。
 久々知に関しては言うに及ばずの態であるが―問題は不破雷蔵だ。
 普段ならつやつやと粒を光らせる飯から箸を付けるか、いや、ほっこりと湯気を立ち昇らせる味噌汁から、いやいや、ここは意表をついて
漬物から―などと行儀の悪さもそっちのけで迷い、挙句冷めた飯をかっ込むような男の箸さばきが、今日に関しては流れの淀みが全く無い。
 迷わないなら、それはそれで良いではないかという話ではあるだろうが、何というか―雷蔵らしくない。
 竹谷は最初、普段より雷蔵の顔で行動している『五年ろ組名物二人組』の片割れ・鉢屋三郎が食事を摂っているのかと声を掛けたところ、
男の拳は激しく卓台を叩き、同時に殺気のこもった視線を竹谷に投げつけた。

「その名前出さないでくれないか? ご飯が不味くなる」

 というのが男の弁である。
 迷い癖と並び、雷蔵を雷蔵足らしめんとする人当たりのよい柔和な面を失った姿。
 竹谷でなくとも言葉の一つも出ないというものであろう。
 また、こういう時に限って、他に朝食を摂りに来る者の影は無い。
 厨房の奥に人影は見えるが、こちらに干渉しようという気配も無い。
 八方塞がり、打つ手なし―そして、今に至る。

「………」
 竹谷はしばらく黙って飯を口に運び、隣の男が食事を終えて手を合わせるのを待った。
「ご馳走様でした」
「……で? 何があったんだよお前ら」
 早々に尋ねる竹谷に雷蔵は横目で睨んだが、黙殺する。
 曲がりなりにも同じ組の二人である。級友の協調が取れていないというのは、さすがに居心地が悪いと踏んだらしい。
 加えて、今はまだ秋休みの内だからいいものの、授業が再開されてからもこの調子では、周りに被害が及ぶ可能性だってある。
 日々危険と隣り合わせの授業を行う上級生にとって、意思疎通の不足は最悪死を招くのだ。
 竹谷の正論に雷蔵は、ぐう、と唸るような声を喉奥から漏らした。
「何か昨日、三郎の奴が長屋の廊下で高説みたいな猥談垂れ流してたのは聞こえたんだが…ひょっとしてアレのせいか?」
 事のシメには中に出すか外に出すか―竹谷なら即決の二択だが、隣の男にしてみれば迷いの元となる話なのだろう。
「……それもあるけど」
 雷蔵は食後の茶を喫しつつ周りを伺い、それだけじゃないよ、と答えた。

 この時、席を離して雷蔵の言葉を耳にしていた久々知兵助は、竹谷八左ヱ門に対し妙な違和感に気付いたという。
 ―やけに落ち着いているなあ。
 確かアイツも昨日が試験だった筈なのに。
 先日の話からして、子作りがどうとか種付けがどうとか、それこそ学生らしからぬ使命感を持った高説の一つもやらかすと思っていたのだが。
 そんな気配は伺えず、むしろ同じ日に試験を受けた雷蔵を気に掛け―ているのかよく分からない態を見せている。
 ―アイツも、今回の経験で何かしら変わったのだろうか。
 ―まあ、くだらない夢ばかり追いかけてるのは良くないよな。
 久々知はそう結論づけたらしい。一人うんうんとうなづき箸を持ち直すと、再び『おっぱい豆腐』製作へと取り掛かった。

 他人の欠点が目に付いても、自分の欠点には気が付かないのは、万人共通の悪癖であろう。 


146:秋風夜伽話・50
08/10/21 09:20:24 mSc9x9YQ
 そんな久々知の心の独白など知らぬ雷蔵は、ぼそぼそと昨夜の血迷い事について語った。
「……今思えば、昨日の僕はどうかしてたんだ。いくら試験で事に及べなかったからって、アイツに相談なんかしたのが間違いだったんだ」
 あの男は一聞いた言葉を十の悪ふざけにして返してくる。その事を失念していたのは、不破雷蔵一生の不覚だった―と結び、
雷蔵はそのまま口をつぐんだ。

「ん。…ちょっと待て、何されたかを思いっきり端折ってどうする。投げっぱなしじゃ聞いてるほうも消化不良だぞ」
「言いたくない」
「言いたくないってお前」
「っていうか言えないよ。こればっかりは」

 ―悪ふざけとは随分な言い様だな。
 ふいと顔を背けた、茹蛸のような顔色の雷蔵の姿を尻目に、隣の男は心で呟いた。

「…でもまあ、三郎だってそれなりに考えての行動だったんじゃないのか? まさか夜明け近くまで迷い癖を発揮していたなんて、
誰も想像もつかなかっただろうしな」
「八左ヱ門! 君までアイツの肩を……って、ちょっと待て。何で君がその事を知ってるんだ?」
 雷蔵の問いに答えず、男の言葉は続く。
「あれでも結構迷ったんだよ? いつ終わるかなんて部屋の前で待つのは、今の時期は結構応えるんだから」
「………!!」
 ようやく雷蔵も、違和感の正体に気付いたらしい。
 だが、時は遅すぎた。
「ほんの少し背中を押してやろうっていう相方を思い遣る考えだと……思ってくんないと、アタシ困るわぁ」
 竹谷の声と顔は瞬時に変化し―雷蔵の隣には、事務のおばちゃんの顔と声に化けた五年ろ組・鉢屋三郎の軽く片目を瞑った姿があった。

 からーん。

 箸を落としたのは、うっかり変化の瞬間を目にしてしまった久々知である。
 『おっぱい豆腐』製作もそこそこに膳を脇にどけ、口元を手で押さえた。
「アラ兵助、顔も青くなるくらい魅力的?」
「……むしろ衝撃的っつうか…じゃなくて、ら、雷蔵オマエ、今の話の流れからしてまさか……」
「枕元に寄るまで気付かないなんて、随分集中してたみたいねぇ」
 どうも彼は、少年の心を深く抉るような経験をしてしまったらしい―深い内容を聞くに聞けない久々知にも、なんとなく想像はついた。
 いや、想像はしたくない。したくないのだが―。

「三郎…流石に事務のおばちゃんは無いだろう」
「そんじゃあ、伝子さんの方が良かった? うっふん」
「…いや、変わらなくていいから。小指立てなくていいから」
 ―嫌に決まっている。
「ちょっと茶目っ気が過ぎたけど、布団に簀巻きにして蛸壺に押し込むのは無いと思うんだよねぇ。抜け出すのに苦労したんだから」
「茶目っ気どころの話か! そんなん俺だって喰らったら傷付くわ!」
 蛸壺に押し込む位で済んでいたのが奇跡だ。
 久々知の脳裏に、数日前竹谷が口にした『アイツは殺しても死なない』という台詞がよぎる。
 ―ああ。ああ、その通りだ。
「オマエなあ……試験で少しは落ち着いたと思ったんだが、全っ然! 懲りてないのな!!」

 額に青筋を立て怒号を放つ久々知に、雷蔵顔の三郎は、にかっと不敵に笑い、
「経験を何の糧にも出来ずに芸忍なんて呼べる訳ないだろう? ―ここに居るのは、今までの鉢屋三郎とは一味違う鉢屋三郎!!
あえて名付けるなら『真・鉢屋三郎』と呼ぶがいいっ!!」
 と、椅子に片脚を掛け、天を指し示すと高らかに声を上げた。
 どうでもいい話だが、『真』は『チェンジ!』と読むらしい。全くどうでもいい話である。
「そんな変形合体しそうな名前なんぞ知るかっ!」
「やだなぁ兵助、変形はともかく朝から合体は無いだろう」
 ―うっわあ、スゲエ殴りてェ。
 自分の事を棚に上げて口を尖らせる三郎の言葉に、久々知の額に更に青筋が浮かび上がった。


147:秋風夜伽話・51
08/10/21 09:21:01 mSc9x9YQ
 さて一方、『本物の』竹谷八左ヱ門はというと―生物委員会管轄の有毒生物小屋、通称『毒虫小屋』の中に居た。
 毒はあっても無垢なる小さき生き物達に、秋休みも房術試験も関係ない。
 加えて、下級生が学園内立ち入り禁止である以上、自動的に生き物の生死は竹谷の両肩に掛かっていると言っても過言ではない。
 普段なら人一倍責任感の強いこの男の事、三年の後輩に『皆の世話をくれぐれも! 宜しく頼みます!』と涙目で言われるまでも無く、
下級生の分まで率先して世話に明け暮れようものであったのだが―だが。
「………」
 竹谷は手を動かすでもなく、毒蛾の飼育部屋の中でもくもくと餌を食む幼虫の姿を黙って眺めていた。

「おい竹谷。チャドクガは脱皮した抜け殻にも毒があるから、餌を遣ったなら早く部屋から出んか」
 いつまで経っても部屋から出ない竹谷に生物委員会担当教師・木下鉄丸が声を掛けると、竹谷の肩がぴくりと動いた。
 だが、足が動く気配はない。
 視線も、もぞもぞと蠢く虫から離れようとしなかった。
「どうしたんだ? まだ他の生物の世話も終わっとらんぞ」
 見かねて、木下も部屋に―埃を巻き上げないようにそっと―入ると、竹谷の隣に立ち、彼の注視しているモノに目を遣った。
 秋口に孵化したチャドクガの幼虫は、集団で餌の山茶花の葉を一心に食みつつ、のんきに排泄などしている。
 ―こっちはまだ、朝飯も食っとらんというのに、気楽な奴等だ。
 木下は思うが、それは普段と何等変わらない幼虫達の生活の一端である。少なくとも、虚ろな目で眺め続けるほどの事柄ではない。
「……木下先生」
 不意に名を呼ばれ、今度は木下の肩が跳ねた。
 無駄に明るく何事にも一生懸命なこの男らしからぬ、妙に落ち着いた声に微かに狼狽しながらも木下は、何だ、と返した。
「…虫は、まぐわう場所も、糞をする場所も変わりませんよね?」
「…は?」
「虫だけじゃない。蛇も、蛙も、その……人で言えば『後ろの孔』で子を作りますよね?」
「はああ?」

 ―いきなり何言っとるんだオマエは。

 口にしようとして木下は、隣の男が房中試験を受けたのが、昨夜だった事に思い至った。
 ―まさか、何かヘンな嗜好に目覚めたか。
 毒蛾にやられた訳でもないのに、木下の腰から背中にかけて何やらもぞもぞと痒みに似た感覚が上っていく。
「あー…オイ、竹谷?」
 あまり声を掛けたくない話の流れだが、先程も述べたように学園内の生物の世話は終わりきっていない。
 ぶつぶつと何か呟き始めた竹谷を止めるように、木下は声を掛け―たのだが。

「…虫や蛇に出来て人に出来ない事があるだろうか……否! 断じて否! 先生、やっぱり後ろでヤっちゃっても責任は取るべきですよねっ!?」

 思いつめた顔を上げ、吼える竹谷の姿に、木下は再び、
「はあああああああ!?」
 と、間抜けな声を上げたのであった。

 排泄口と生殖口を兼ねる孔―いわゆる『総排泄腔』は、虫類や爬虫類・両生類、魚類や鳥類、そしてカモノハシなどの一部哺乳類に
見受けられるモノであるが、それらの主な共通点は『卵を産む生物である』事である。
 胎で子を育て産む人間の体に、そのような類の器官は無い。
 故に、仮令―本当に例え話だが―後孔に精を放ったとしても、子を宿す可能性は無に等しい、筈なのである。
「オマエ……入れる場所間違えたからって、その理屈はおかしかろう」
 頭巾の上から頭を掻き、ぼやく木下だったが、残念な事に生物委員会担当教師の説明は、竹谷の耳を素通りした。
「うん、やはり体を重ねた以上、取るべき責任は取らないと! その上で改めてきちんと種付けをしても遅くない!!」
「言っとくがな、くのたまだって子供が出来んように用意をしとってだな…って聞いとるのか?」
「こうしちゃ居られない! 先生、俺……この世話が終わったらくの一教室に行って、あの娘に結婚の約束取り付けて来るよ!」
 何やら不吉な響きさえ含む台詞を放つ竹谷八左ヱ門の脳天に、直後、毒虫小屋に鉄槌が振り落とされる音が響く。
「人の話を聞かんかあーーっ! このアホンダラっ!!」

 どかっ。がっしゃあぁぁぁん。
「ぎゃああああーーーっ!! かゆっ! チャドクガ痛痒っ!!」
「こ、こらっ! 埃を立てるなっ……んがあっ! こっちまで痒くなってきおったーーっ!!」

 毒蛾部屋で木下と共にチャドクガの強烈な痛痒感に悶絶する、忍術学園生物委員・竹谷八左ヱ門十四歳。
 彼の描く夢への道は、長く果てしないという。


148:秋風夜伽話・52
08/10/21 09:21:47 mSc9x9YQ
「……むっ!? どこかで寸劇が行われてる予感がする!」
 芸忍の勘で面白事の気配を察知したか、ぴくっ、と鉢屋三郎改め真・鉢屋三郎の耳が反応した、が。
「でも面倒に巻き込まれそうな予感もするから、見物は止しとこう!」
 付け加えられた一言により、視線はあさっての方向から目前へと戻された。
 かくして竹谷の毒虫小屋での一件は、同級生から黙殺される次第と相成った。
 合掌。

「しかし何だねぇ。私は今まで雷蔵の迷い癖は欠点としか思ってなかったけれど、決まるまで生理的欲求も堪えられるってのはある意味凄いわ。
うん、見直した。さすが我が相方だな!」
「…雷蔵。お前がやらないなら、俺がこの馬鹿ブン殴っていいか?」
 輝かんばかりの笑顔で二人に話しかける三郎の姿に、久々知は眉間に深い皺を刻み、ぐっと拳を固めて席を立った。
「………」
 かたかたと卓上の膳が震える。震源地は勿論、黙って怒りの炎を燃やす不破雷蔵である。
「……誰が」
 喉奥から声を絞り出し、膳の上の皿を掴むと雷蔵は、先程とは段違いの殺気を込めた目で三郎を睨んだ。

「誰が相方だあぁーーっ!! 君みたいな大馬鹿野郎となんか、未来永劫組むもんかぁっ!!」

 ぶぉんっ。
 掴んだ皿は雷蔵の肩が唸ると同時に、真っ直ぐ三郎の顔面めがけ放たれた。
 だが三郎も予測できたのか、すっと身を後に退き指二本で皿を受けると、指先で軽々と皿回しなど始めてみせた。
「はははは。駄目だぞ雷蔵、皿は学園の大切な備品だ。割ったりなんかしたら、オバちゃんの包丁が飛んで来ちゃうじゃないか」
「誰のせいだ誰の」
 久々知のツッコミをよそに三郎は、雷蔵の『君が泣くまで投げるのをやめない!』とばかりに次々と放つ皿や湯呑みや茶碗を全て受け止める。
 いつしか三郎の指先には、山積みとなった食器が崩れそうで崩れない絶妙の加減で、くるくると回り続けていた。
 まるで放下師である。
「大体だねぇ、女の子のならともかく、野郎の決定的瞬間なんて見ても得しないっての。…おお、これもまた痛み分けってヤツかな?」
「黙れっ! 君はどうしていつもそうやって、人の触れられたくない部分に土足でズカズカ上がりこむんだ!」
 ―って言うか、何でそんな嫌な瞬間に、上手い具合に割り込めたんだ?
 涙が出そうな程情けない台詞の応酬を傍で耳にする久々知の脳裏に、ふと下世話な疑問が浮かんだ。
 と同時に、これまた下世話な回答が浮かび上がる。

「……ああ。雷蔵は『声が出てしまう』クチなんだな」
 久々知兵助十四歳。組の中でも聡明さを誇る男であるが、たまに天然ボケを発揮するのが珠に瑕という噂もある。
 彼が今朝一番の地雷を踏んでしまったのに気付いたのは、不幸にも理解してしまった事を口走った後であった。

 久々知へと向けられる、二つの同じ顔。
 しかしその表情は、不敵極まるイイ笑顔と般若の如き憤怒顔と、全く正反対の性質を有していた。
 久々知は慌てて口を押さえたが、そんな仕草でこぼれた失言が戻る訳では無い。
「あーあ、言っちゃった」
 三郎が呟くと同時に電光石火の早業で、雷蔵の手が久々知の大鉢を掴む。
 鉢が手を離れた瞬間、半球状の『おっぱい豆腐』がふるり、と揺れた。

「………声が出たら悪いかああぁーーっ!!」

 朝の忍術学園食堂に、大鉢が空を切る音と、「おっぱーーっ!?」という謎の絶叫が響き渡り―。
 そして、遅れて厨房の中から、なにやら蛙の潰れたような呻き声が漏れたという。

149:秋風夜伽話・53
08/10/21 09:22:21 mSc9x9YQ
*      
「…おーい。伊作、生きてるか?」
 食堂裏口、厨房に繋がる木戸を開けた忍術学園六年ろ組・七松小平太は、目の前に広がる光景に二、三度まばたきをした後、身を屈め、
土間に倒れる男に向け尋ねた。
 水の滴る野菜籠を片手に持ち替え、目前の男の大鉢を被った頭を指で突付けば、ひくひくと痙攣を起こしている。
 どうやら辛うじて生きているらしい。

 上半身を崩れた豆腐まみれにした男―六年は組・善法寺伊作は今にも息絶えそうな声で、
「な……何とか、粥は死守出来たよ…」
 と答えた。問題はそこでは無いと思うが。

 食堂の方に視線を遣れば何やらぎゃあぎゃあと、五年生が騒がし気に悶着を起こしている。
 ―面白そうだなあ。
 生来の面白好きの血が騒ぎ出し立ち上がろうとした小平太だったが、白い塊の付着した伊作の手が小平太の服の端を掴み、それを制する。
「やめといた方がいい。……話の内容からして、興味半分で介入していい問題じゃなさそうだ」
「そうなのか? しっかしまあ、五年は元気だな。私達も去年はあんな感じだったかなあ」
 確か去年の自分は―記憶を掘り返そうとする小平太だったが、別の話を思い出した。

「そうだ、五年といえばさっき毒虫小屋の方で、生物の五年と木下先生がもんどりうってたぞ? 何でも毒虫にやられたみたいだって」
 流しに野菜籠を置き、先程通りがかりに見かけた事柄を告げると、まだ眼前に星を瞬かせている不運―もとい、保健委員長は白に染まった
濃緑装束の肩を落とし、また保健室の世話になる相手が増えたか、と小さくぼやいていた。
 彼自身はその中に含まれていない辺りが、善法寺伊作の善法寺伊作たるところである。

「仙蔵もまだ薬の後遺症から抜けないし、新野先生は薬の材料を買いに出張中だし…はああ」
 保健委員会も人手が足りないらしく、学園内の病人・怪我人の世話は伊作が一手に引き受けている形らしい。
「何だ、仙蔵のアレ、まだ治ってなかったのか? 随分ひどい薬なんだな」
 鍋敷きから粥の入った土鍋を取り上げ尋ねる小平太に伊作は、別の薬のだよ、と手を振り答えた。
「ちょっと新型痛み止めの調合に手違いがあったみたいでさ。幻覚が酷いんで、もう少し入院させとく事にしたんだ」
「へー」
 さらりと述べるが、要は医療不備である。
 伊作も伊作だが、受け流す小平太も小平太であった。

 伊作はそのままブツブツと、マンダラゲの量が多かったかだの何だのと難しそうな顔をして呟いていたが、薬学に疎い小平太にとっては
全く意味不明な単語の羅列に過ぎなかったので、軽く聞き流す事にした。
「ま、伊作が引っ張りだこなら仕方ない。ヒマ潰しがてら私が、離れの北石先生に粥を持って行ってやろう」
「ヒマ潰しって…あれ? 小平太、食堂のおばちゃんの手伝いは終わったの?」
「ああ。もうすぐこっちに戻ってくる頃合かな」
「……」
 小平太の普段と変わらぬ口調で放たれた言葉に、伊作の顔から血の気がさーっと引く音がした。
「あ? おい、伊作どうしたんたんだ急に」
「…いいから早く食堂を出よう」

 豆腐まみれの体もそのままに慌てる伊作に腕を引かれ、小平太が食堂を出たしばらく後―『学園最強』の名をほしいままにする
食堂のおばちゃんの、超弩級の雷が背後の一室に落ちたという。


150:秋風夜伽話・54
08/10/21 09:26:45 mSc9x9YQ
「結局この五日間は、休みの無駄遣いみたいなもんだったよなあ」
 鍋を持ちながら呟く小平太の台詞に、そうかもねえ、と伊作は苦笑気味にぼやかした答えを返す。
 自分はそうでもなかったのだが、隣の男にしてみれば退屈極まりなかったのは目に見えて分かっていたからである。
 六年の房術試験を襲った予期せぬ事態で、害を一番被ったのは誰あらん七松小平太であった。
 試験相手の北石照代が、『運悪く』足腰立たぬ状況に陥り、他の面々は己が所属する委員会の仕事―屋根の補修やら、病人の看護やら、
帳簿の計算やら―に没頭していた訳だが、時期が悪かったか小平太が委員長を務める体育委員会に、求められる用件は無かった。

 忍術学園の花形、体育委員会の長として由々しき事態である。

 かといって、事態の原因となった作法委員長の如く床におとなしく伏せる気は全く起きなかったし、同級の図書委員長に習って日がな一日
部屋に閉じこもり、文机と向き合って長い手紙を書き綴る趣味もない。
 七松小平太十五歳。彼にとって退屈は、死を宣告されるよりも恐ろしい代物のようだ。

「それじゃあ、相手はまだ体調も戻って無いから、くれぐれも失礼の無いようにね」
 釘を刺し、小平太と別れた伊作だったが―かの体育委員長に関して、何か重大な事柄を忘れているような気がして、ふと足を止め振り返った。
「………」
 ―忘れるような事なら、本当は重大じゃない事なのかもしれないな。
 軽い足取りで離れに向かう男の背中に、伊作はそう結論付け、保健室の戸を開けた。
 伊作が戸を閉めてしばらく後―。
『お、おのれ白い大ナメクジとは面妖なっ! この新型宝禄火矢の餌食にしてくれるッ!』
 という作法委員長の、同じ委員会の面々が聞けば色々な意味で涙を流しそうな台詞が保健室の戸を震えさせたというが、真偽の程は定かではない。


 一方その頃、忍術学園保健室のある教科棟から更に離れた一室にて。
「え……ちょっ、山本シナ先生、あ、あの、何を」
「同性でないと確かめられない事って、色々ありますものね。……さ、北石先生。余分な力を抜いて…」
 目下絶賛療養中の求職中くの一・北石照代は、腰に回された白くしなやかな腕により、新たなる危機に陥っていた。

 話は少し時を遡る。
 数日前の閨房術試験―彼女にとっては就職出来るか否かが掛かった大勝負だった―で、あらん限りの狼藉をその身に受けた照代は、
重篤患者や隔離が必要な病に冒された者に特別にあてがわれるという、この、小ぢんまりとした一室の布団の中で未だ軋む体を休めていた。
 さすがに試験翌日のように、まともに立つ事も動く事も叶わずといった状態は抜け出せたが、それでも痛い物は痛い。
 主に初めて男を受け入れた後の方とか。
「……何なのよ本当に…あんなの反則だっつうの」
 障子越しの朝日に照らされた天井板の木目を睨み、照代は入院して以来幾度となく呟いた言葉を繰り返した。
 ―全寮制の学校に閉じこもったボーズたちの相手なんて、楽勝だと思ってたのに。
 そんなボーズに体よくあしらわれてしまった自分の見積もりの甘さにも腹が立つが―何より一番腹が立つのは。
「……んっ」
 筋の痛む背中を丸め、布団の中に潜り込む。
 そっと胸に手を遣れば、あの一時を思い出したか奥で弾む心臓が、とくとくと強く脈打っていた。

 ―何で、あんな酷い事されて、ドキドキしてんのよアタシ。


151:秋風夜伽話・55
08/10/21 09:28:06 mSc9x9YQ
 おかしいと自覚しつつも尚、照代の手は寝間着の内側へと潜り込み、知らず芯を帯びた乳首を摘む。
「……っ、んんっ、あっ」
 胸に走る、痛みに似た快楽に黒髪は波打ち、唇からは熱い吐息がこぼれる。
 固く目を閉じれば、細く冷たい―あの男のそれに似た―指先が感じる部分を的確になぞり上げ、その度に照代の身体は痛みを忘れたかのように
ぴくぴくと跳ねた。
「やぁっ…こん……な、こんなのって…」
 ―アタシ、こんな悪い趣味なんか持ってなかった筈なのに。
 口では抗いながらも、指は勝手に裾の合わせ目へと入り込み、柔毛の更なる奥を目指す。
 幾度も精を放たれ、すっかり味を覚えこんでしまった照代の女芯は、やすやすと指を受け入れながらも更なる快楽を求め、ふしだらに熱い蜜を
寝間着にまでこぼし続けていた。
「んっ…くぅンッ! くふっ…」
 ―どうして、こんなにやらしくなっちゃったのよ。
 身体の変貌に戸惑いを抱きながらも、照代自身を責める指は止まらない。
 目の奥にチカチカと白い光が瞬き、あとわずかな所で絶頂に至らんとしたその時―。

「あら、駄目ですよ北石先生。まだ身体が本調子じゃ無いんでしょう?」
 障子戸を開ける音と同時に耳に飛び込んだ、くの一教室担任・山本シナの声によって照代の意識は、一気に現実へと戻される羽目に遭った。

 戸の向こうでぎちぎちと、百舌の鳴き声がした。おそらくは、どこかの庭木に文字通り一足早い早贄など作っているのだろう。
「………」
 照代が布団から顔を出すと、シナは後手に障子戸を閉め、でも大分良くなったみたいで何よりですわ、と艶然とした調子で言葉を続けた。
 表情が逆光でよく分からないが、どうやら笑顔のようだ。

 ―じゃなくて。

 じわじわと快楽が引いていくのと入れ違いに、照代の中に羞恥の感情が満ちていく。
「………っ!!」
 かああっ、と音立てて頭に熱が上っていくのがはっきりと分かった。
「あ、あのっ、その……スミマセン」
「謝る事なんてありませんわ。元はと言えば、こちらの失策でご迷惑をおかけしたみたいですし。都合があったとは言え、今日まで北石先生への
お見舞いが遅れて申し訳ありません」
 枕元に正座し、シナは言うと照代に頭を下げた。
「そ、そんなこっちこそ、なんて言うか、見苦しい所をお見せしてしまったみたいで……」
 明らかに自分より歳も経歴も上の、忍術学園唯一にして随一たるくの一に頭を下げられ、照代はひどく恐縮した。
「それで……えーと、今回の講師の話は…」
「それはまた別問題です。申し訳ありませんが、閨房術講師の話は見送らせていただく方向で」
 ―あ、やっぱり。
 話の流れでもしやと抱いた照代の淡い期待は、顔を上げたシナの一言であっさり打ち砕かれた。
 これでまた職探しの日々に戻る訳か―踏んだり蹴ったりな結果に照代は肩を落としつつ、若者に厳しい就職難の時世を恨んだ。


152:秋風夜伽話・56
08/10/21 09:28:45 mSc9x9YQ
「……はあ」
 落胆と共に、照代の身体に忘れかかっていた痛みが戻っていく。
 裏腿から臀部にかけて走った筋の痛みにわずかに顔をしかめると、シナの白い手が照代の腰を支えた。
「あらあら、ご無理なさらずに。随分無茶なされたんですから」
「は、はい……って」
 尻を撫でられる手の感触に、照代の声が途中で止まる。
 身体を気遣うというよりも―シナの手は、寝間着越しの照代の肌を確かめているかのようであった。
「あ……あの、山本先生?」
「でも、無茶は若い方の特権ね」
 尋ねる声を無視し、細い指はつういっ、と張りのある照代の太股をなぞった。
「!!」
 まさか―ぞくぞくっと背中を寒気に似た何かが昇っていく。
 鳥肌の立った照代の肌に構う事無く、シナの紅を引いた唇が笑みを湛えたまま言葉を紡ぐ。
「……若いって、いいわね」

 そして今の状況に至る。

「あのっ、や、山本先生……そうだ! くの一教室の方は、放ったらかしにして大丈夫なんですか!?」
「ご心配なく。秋休みですし、試験が不合格だった子には別件で課題を出しましたから」
 そうなんですか、と納得する余裕など、今の彼女には無い。
 男との経験はあれど、女同士―それも責められる側に立つなど、未経験の領域にも度が過ぎる。
「猿轡の跡はすっかり消えたようね。良かった」
 シナの紅い唇が照代の口端に軽く触れる。ふわりと鼻腔を漂うのは香の匂いかそれとも―女の色香か。
 並の男ならば即打ち崩れてしまいそうなソレに、照代の意識もまた熱く輪郭を失いつつあった。
「あ……っ」
 衿を大きく開かれ、露になった胸の痣―男が唇を落とした跡―を、紅色の唇がなぞる。
 じわじわと寒気は薄れ、代わりに先程独りで貪っていた快楽の熱が、照代の中に満ちていく。
 ―陥ちる。
 胸の頂に控えめに色づく乳首を口に含まれた照代が、そう確信した刹那。

 かららっ。
「失礼しまーす。北石先生朝ご飯まだでしょう? お粥をお持ちしましたよー」

 障子戸を開ける音と同時に、場の空気を読まない一人の男の朗らかな声が、離れの一室に響き渡った。


153:秋風夜伽話・57
08/10/21 09:29:23 mSc9x9YQ
「あ」「ん?」
 ぴくり。―何かを思い出したか、あるいは何かの気配を察したか。保健室で同時に顔を上げる二人の男に、木下鉄丸は訝しげな視線を投げた。
「…どうした」
 正直、これ以上腑抜けた台詞など耳にしたくないのだが―渋々尋ねる木下に、善法寺伊作と竹谷八左ヱ門は、少し間を置き、
再び同時に、すみません席を外しても宜しいでしょうか、と言葉を放った。
 一字一句違わぬ台詞に、保健室の薬臭い空気が固まる。
 目を細め睨みあう生徒二人に挟まれた木下は、後に続く馬鹿げた問答を予感し、ぎり、と歯軋りを漏らした。

「…善法寺先輩も、気配を感じましたか」
「何の事を言ってるのかな? 僕は嫌な予感がしただけだ。…それより君は安静にしなさい。保健委員長からの忠告だよ」
「いやいやいや、皆まで言わなくとも分かります。例の離れから感じた、生命の発生の気配……生物委員として見逃せませんよ!」
「トリモチで棘は取ったからって、毒蛾の痒みはまだ治まらない筈だ。そんなことより、早くあいつを止めないとエライ事になるんだって!」
「先輩、まだ木下先生の治療が終わって無いでしょうが!! ここは俺が責任を持って全てを見届けます!!」
「全身包帯だらけの五年生が何を寝ぼけた事言ってるんだ!! 僕は惨事を止めにいくだけだ!!」
「お前らいいかげんにせんかぁーーっ!!」
 ―何か今なら、土井先生の気持ちが痛いほどわかるなぁ。
 保健室の戸口で、間抜けな押し合い問答を繰り広げる五年と六年を一気に拳で黙らせた教師は、間近に控えた休み明けの様を憂い、
独り嘆息を漏らしたという。

 余談だが、伊作に落とされた拳骨はとばっちりもいいとこである。
 これもまた『不運委員長』の不名誉な二つ名を持つ、善法寺伊作の抱える業というものであろうか。


 そして―不運の星に魅入られた者はもう一人。
「………」
 布団の上で山本シナに半ば押し倒され愛撫を受けていた北石照代は、戸口に立つ闖入者の姿を見た。
 男は踵を返す事無く、元々丸いらしい目を更に丸くして二人の絡みを見つめている。
 遠慮無しに刺す視線に、照代の顔は瞬時に紅潮した。
「ちょっ……」
 ―何ジロジロ見てんのよ。試験でも無いのにタダで裸見て済むと思ってんのアンタ。
 と、照代が声に出す前にシナは照代の胸から唇を離し、あら七松君が北石先生の世話に来たの? と男に平然と問うた。
「あ、はい。保健委員長が多忙のため、私が」
「まあ、感心ね」
 ―感心ねじゃないでしょ先生。手ぇ離してくださいってば。
 唇は離しても片方の胸をまさぐり続けている細い指に、ツッコミ一つ入れられないこの状況を何と呼べばよいのやら。
 ―っていうかこの二人どこかおかしいんじゃない?
 思う照代だが、彼女の行く先は隣の熟練くの一の言葉で、更に泥沼の展開へともつれ込む。

「そうそう。ねえ、七松君も北石先生の身体具合が良くなったか、気にならない?」
「!!」
 ―冗談、で、あってほしい。
 祈る思いで照代は視線をシナへと向けたが、シナは照代の慄然とした表情ににこりと微笑み、
「やっぱり念には念を、って言うしね」
 などとのたまった。その笑顔に似たものを、つい先日の試験の際にも見たような気がするのは考えすぎか。
 ならば、戸口で突っ立っている男が僅かにでも良識を持っていたならば―藁にもすがる気持ちで、今度はぱちくりとまばたきを繰り返す
男の顔を見た。
 確かに、良識を持つ人間がこの情景に直面したならば、シナの妖しい挙動を諌めたかもしれない。
 だが、北石照代は知らなかった。

 この男―七松小平太が昨年の房術試験で、立花仙蔵とは別の意味で相手を陥落せしめた男であった事を。
 手管や技巧こそ青臭い少年のソレを有するが、若さ故と一括りに出来ない程に飽くなき性への探究心と何度達しても尽きない精力でもってして、
熟練くの一を快楽の坩堝へと落とし込んだ経歴を持つ事を。
 ついでに言えば―その相手も仙蔵の相手同様、しばらく保健室のお世話になった事を。

「私も混ざっていい、という事ですか?」
 無邪気に尋ね返し、うなずくシナの顔を見た小平太の表情には、幼子のような満面の笑みが浮かんでいたが―。
 その裏にはさて、何が潜んでいたのだろう。
 夜叉より恐ろしいものかもしれない。ひょっとしたら何も居ないのかもしれない。

 ただ照代に分かるのは、この離れに滞在しても体を癒す事は叶わないだろうという、確信に限りなく近い予感だった。

154:秋風夜伽話・58
08/10/21 09:30:02 mSc9x9YQ
      
 とんかん。とんとんかん――とん。
「………ん?」
 ふ、と風に乗って何か、悲鳴めいたものが聞こえたような気がし、屋根の上の男は手を止めて顔を上げた。
 だが、焔硝蔵の屋根に届くのは、背を暖める日差しと、さやかに前髪を揺らす秋の風のみである。
 ―気のせいか。 
 くるりと持ち手を回した金槌で、軽く肩を叩く男―六年ろ組・食満留三郎は、どこまでも続きそうな程に青く澄み渡った山間の空に
切れ長の目を細め、ひとつ軽く息をこぼした。
 数日続きの好天も加わって屋根の修繕は滞りなく進み、食満は用具委員長としては上々の秋休みを過ごしていた。
 勿論、房術試験における椿事と、改めて受け直す試験に対しての策に関しては頭が痛む思いだが。
 とりあえず―今が平穏ならば、それでいい。
 再び金槌を持ち直し、釘を打つ。ここが終われば、焔硝蔵の屋根の修繕はひとまず完了である。

「……ふう」
 ようやく終わらせた作業に対する充足感を胸に、食満は屋根の上に寝転がり空を見上げた。
 今回、試験が中止の憂き目に遭った事は確かに不本意ではあったが、心の隅に安堵の意識が満ちたのは否定できない。
 なまじ面識のある元教生やくの一教室の女子と体を重ねるというのは、あまりいい気分はしないものだ。
 下手に情が移れば、別れが辛くなる。
 かといってどこかの鍛練バカのように、色事に対しての鍛練と割り切って抱こうなんて考えは、持つ気も起こらなかった。
 いくら色恋事に疎い食満でも、男と女の間柄がそんな簡単に出来ていない事ぐらい、容易に計り知れた。
 ―そもそもアイツ自身、本当に割り切れてるかどうか怪しいモンだ。
「まあ、いいか」
 呟き、目を閉じるとそよ風が食満の鼻先を掠めた。
 肌に絡みつく熱の無い秋の風は涼やかで、物悲しい。
 それは、どれだけ失われた季節を求めても、再び同じモノを手にする事は出来ないと、心のどこかで理解しているからだろう。

 たたたたたたっ―じゃっ。
 だだだだだだだ―ざざっ。
 二人分の足音が屋根の下から聞こえてきたのは、そんな事をつれづれと考えている時だった。
 駆け足で砂利を擦る一人は響きの軽さからして、くの一教室の子か。
 ならばもう一人は―ひょいと屋根から顔を出し、食満は足音の主の姿を確かめた。

「…はっ!!」
 掛け声と共に、ひゅんっ、と裏拳を放つ花色装束の少女は、くの一のタマゴ、略してくのたまのそうこである。
 風を切る一撃を片手でいなされると判別するや、身を沈め、足払いを仕掛ける―が、動きを読まれたか、相手の脚に少女の脚は弾かれた。
「!!」
「そこは肘打ちだろうが! 隙がでかいわバカタレィ!!」
 弾かれた脚を、包帯の目立つ男の片腕で持ち上げられ、少女の体が地を離れる。だが、されるままに遭う程くのたまは甘くない。
 即座にもう片方の脚を男の肩に掛けると、腕を掴み勢いを付けて、腹筋の要領で身を起こそうと試みる。
 反動で肩には少女の体重が圧しかかり、男―六年い組・潮江文次郎の体がぐらつく。
 このまま引き倒せば少女の『腕拉ぎ十字固』が決まろうかというその時―。
「…っ!」
 腹筋の途中でそうこは顔をしかめ、力を失い地に転げ落ちた。
 ―ん? どこか怪我をしているのか?
 身を乗り出し怪訝な表情で様子を見る食満をよそに、文次郎は倒れたそうこに向け、もう降参か? と問うた。
「ま…っだまだあっ!」
 がばっと身を起こしたそうこの脚が再び地を滑る。しかし、勝負は既に決まったようなものだった。
 流れを読み、瞬時に背後に回った文次郎の手刀が空を断つ。

 ぴたり。―延髄に寸止めする形で手刀は動きを止め、圧倒的な敗北をそうこに知らしめた。

155:秋風夜伽話・59
08/10/21 09:31:22 mSc9x9YQ
 文次郎は手刀を解くと、地べたに腰を落としたまま荒く息をつく少女の前に腰を下ろし、汗を滲ませた額をぴんと爪弾いた。
「おいくのたま。オマエから稽古付けてくれって言っときながら、手加減するとはどういう了見だ」

 手加減? ―文次郎の問う言葉に、食満は首を傾げた。
 自他共に認める鍛練バカの潮江文次郎が、『彼女』であるくのたまと組み手を行う姿は、食満自身まれに何度か見かけた事はあるが、
少女はいつも本気で挑んで来ているように思えた。
 やや本調子では無いにしても、それは今回も変わらないように見えたのだが。
「こっちの腕を極力狙わず攻撃してただろ。さっきみたいに隙を見せても深追いせんとは、馬鹿にしてるのか?」
 紅く染まった頬に汗を滲ませながらそうこは、ちらりと包帯を巻いた文次郎の腕に目を遣り、少しの間の後、
「……だって腕掴んだ瞬間痛そうな顔してたんだもの」
 と小さく答えた。
「理由はともかく…あたしが付けちゃった傷じゃない、ソレ」

 ぼそぼそと囁くようなそうこの台詞は、もし風向きが違えば、おそらく食満の耳には届かなかっただろう。
 男の腕に巻かれた、うっすらと赤黒さの滲む包帯の存在を知ったのは、つい今朝方の事だったが―はて、昨晩何かあっただろうか。
 疑念に駆られる食満はさておき、文次郎はしばしモゴモゴと口を動かした後渋面を作り、阿呆、と一言返す。
「こんな傷、くのたま相手には枷にもならんわ。大体、組み手とは言え勝負は勝負だ。勝つために弱点と思しき部分があるならば、
即座に叩く気概がなくてどうする」
「で、でもっ、先輩だって……手加減、してるでしょ?」
「だったら何だ。お前まさか六年とくのたまの力量差を考えずに、寝言ほざいとるんじゃなかろうな?」
 眉間に皺を刻み尋ねる文次郎に、そうこはぶんぶんと首を振り、そういう意味じゃなくて! と声を上げた。
 心なしかその顔は、蕃椒よりも赤く染まっているように見えた。
「あ、あたしの考え過ぎなら、いいんだけど…えっと…その、昨日の……で」
「「!!」」

 ―うわ。俺、ひょっとして妙なところに居合わせちまったんじゃねえか?

 あからさまに語らなくとも『昨夜何があったか』が、これほどまで明瞭に伝わるとは。
 もじもじと指を遊ばせながら、消え入りそうな声で言葉を紡ぐそうこの姿は目前の文次郎と、屋根の上の食満の顔を一気に赤面せしめる
破壊力を持ち合わせていた。
 だがそんな男達の様を知らぬ少女は、俯いたまま更に言葉を続ける。
「そりゃ無理してるってのは自覚してるけど…でもそれで手加減されるのは嫌なの! …あたし、強くなって、ちゃんとしたくの一になって
……いつか、先輩の隣に立つって決めたんだか」

 そうこの言葉はここで途切れた。
 この後『似たもの同士の(鍛練)バカップル』によって、何が焔硝蔵の前で行われていたか―。
 語るのは、無粋というものであろう。

 しかし、二人は知らなかった。すぐ近く、風の吹き抜ける屋根の上で独り悶絶する男の姿があった事を。
 ―んがああああああぁっ!!
 ―頼むから、すぐそこに縄梯子がある事に気付いてくれえええっ!
 ―誰かが近くで話を聞いている可能性を考えてくれええええっ!!
 ―つーか文次郎! テメエちったあ自重しろおおおおおぉぉっ!!
 人一倍他人思いというのは、とかく損をしがちなものである。

 屋根から降りるに降りられず、頭を抱え、心の中で絶叫する食満留三郎十五歳。
 その姿は、大間抜け以外の何者でも無かったという。 

156:秋風夜伽話・60
08/10/21 09:32:29 mSc9x9YQ
*      
「お?」
 髪を揺らす秋風に何かを感じ取ったか、鉢屋三郎は作業の手を止めて、遠くあさっての方角を見る。
 が、直後彼に向け投げつけられた飼葉桶によって、その正体を知る事はままならなかった。
 鈍い響きと共に飼葉桶は見事命中し、三郎は後頭部を押さえてしばしその場にうずくまった。

「いっ…たいなあもう、せめて桶を頭に被せるように投げてくれよ。そのほうが絵的に面白いのに」
「よそ見してるバヤイか! 昼の鐘が鳴るまでに掃除と餌の世話、全部俺達がしないといけないんだからな!」
 怒鳴るのは、目の周りに青痣を作った久々知兵助だ。その脇では不破雷蔵が黙々と馬小屋の掃除をしていた。

 騒ぎの罰としてこの三人に、保健室で寝込む生物委員・竹谷八左ヱ門の代わりに、学園中の生き物の世話をするよう木下から通達が届いたのは、
食堂のおばちゃんから一刻ほど、鉄拳込みの説教を喰らった後である。

「分かってるよぅ。ちょっと芸忍の琴線に触れるモノを感じただけじゃないか」
「だからいい加減その芸忍っつーのを止めろ! お前は忍たまだろうが!」
「止しなよ兵助。そいつに付き合ってる分時間の無駄だ」
 汚れた桶の水を流しながら雷蔵は低く呟く。
 男の周りに漂う不穏な空気に、傍に立つ久々知の頬が引きつり、三郎はわずかに目を丸くした。

 当然と言えば当然だが―彼の怒りは、未だ治まるところを知らないらしい。

「……水、汲んでくる」
 一言残して場を離れる雷蔵の背を、久々知と馬小屋に近付いた三郎が並んで見送る。
「あーあ、ありゃ相当怒ってるな」
「本当。あんな雷蔵見たのは、三年の時に出鱈目半分の性知識を披露した時以来だよ」
 前科アリかよ。―悪びれた風も無く言葉を返す三郎に、久々知は本日幾度目かの深い溜息を吐いた。

「お前なあ…いや、お前の悪癖にいちいち口出すのもしんどいんだが、いい加減やっていい事と悪い事の判別ぐらいは出来ないとマズイぞ。
どうすんだよ。合同演習で背後に気を配らないといけない状況なんて、俺は御免だぞ」
「うーん、確かに参ったねえ。何か策を講じないと…」
 言いながら足元の小枝を手にした三郎は、しばらく感触を確かめるように弄ぶと不意に体の向きを変え、馬小屋裏の立木に向けそれを放つ。
 突然の出来事に目を見開く久々知を制し、三郎は眉間に皺を寄せ、誰だ! と先程とうって変わって鋭い声を発した。
「さっきから妙な気配がしたんだ。…コソコソ盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃないか?」
 己の事はきっちりしっかり棚に上げるあたりが、鉢屋三郎である。

 びいぃん、と幹に刺さった小枝がしなるすぐ下の茂みから、すみませぇん、と少女のか細い声がしたのは直後の事であった。

 茂みの中で腰を抜かしていたのは、花色装束に身を包んだくのたまだった。
 深い紺の結髪が揺れているのは、風のせいか、はたまた体の震えに合わせてか。
「ええっと、君は確かくの一教室の…」
「あっ! 昨日雷蔵の相手した娘じゃないか!?」
 三郎が名前を思い出す前に久々知がポンと手を打ち、以前聞いた記憶のある房術試験の組み合わせを口にした。
 少女―トモミは青から赤へと染まった顔で、こくりと小さくうなずいた。
 何か思い浮かべたかのように、三郎はほんの少し目を細めたが、口に出すのは止めたらしい。
「…そう言えばそうだっけねぇ。で? 試験が終わった五年に何の用かな?」

 問う言葉に、トモミはしばらく手元と久々知の顔を―何故か三郎の顔は避けるように―交互に見て意を決したか、ぐっと息を詰めると、
「その、試験のことなんです」
 と話を切り出した。


157:秋風夜伽話・61
08/10/21 09:33:08 mSc9x9YQ
「水汲んできたよー…あれ? 三郎は?」
 水桶を手に、井戸から戻ってきた不破雷蔵は、馬小屋掃除の面子が一人欠けているのに気付き、辺りを見回した。
「ああ、ちょっと厠行ってくるってさ。…その割に、時間掛かり過ぎな気もするけどな」
 アイツこのままトンズラする気じゃないだろうな、と一言足す久々知に雷蔵は少し考えた顔をし、そこまで無責任じゃないよ、と答えた。
「多少……いやかなり悪戯が過ぎる事はあるけど、ちゃんと芯は通ってる奴だから」
 雑巾をすすぎながら呟く雷蔵の横顔は、普段通りの様にも、僅かに誇りやかな笑みが浮かんでいる様にも見え、久々知は改めて
『ろ組名物二人組』の通り名が、名ばかりで無い事を実感した。
「何だよ、仲直りする気になったのか?」
「それはまた別問題。けじめはキチンと付けてくれないと、増長されるのは勘弁だからね」
 だからアイツの前ではもう少し不機嫌で居るよ。―ぎゅっと雑巾を絞りながら返す雷蔵の言葉は、あくまで手厳しい。
「ふーん…」
「何だよ兵助」
 片眉を上げ、横目で視線をよこす雷蔵に、久々知は別に、とうそぶいてみせた。

 そうこうしている間に遠くから、にこにこと晴れやかな笑顔の三郎が馬小屋へと早足で戻ってきた。
 途端に態度を素っ気無くする雷蔵に久々知は内心噴き出しそうになりつつも、習って仏頂面を作ってみせる。
「悪いね途中で抜け出したりして。いやさ、厠入ったら落とし紙が切れててね? 小松田さんが居ないのも困りモンだよねぇ」
「掃除前に吉野先生が補充してたの見たけど」
「あれ? そうだったの? じゃあ別の所行けばよかったなあ」
「いいからそこの敷き藁片付けてきて。もうすぐ鐘が鳴るから駆け足で」
「ええっ! この量を一人で!? 私一人だと日が暮れちゃうよ?」
「…わかった、俺も付き合うからゴネるな」
 掛け合い漫才にも似た問答に、久々知はまた一つ溜息をこぼすと腕まくりをし、大量の敷き藁を積んだ荷車の後ろに回った。

 がらがらという車輪の音が、山間にひっそりと佇む学園に響き渡る。
 太陽は中天にさしかかり、もうすぐ鐘が鳴るという雷蔵の言葉に偽りが無いことを、荷車を牽く二人に知らしめた。

「で、どうなったんだよ向こうは」
「最初は訝しんでたけどね、こっちにも事情があるって言ったら了承が取れたよ。いくら謀略好きのくのたまでも、五年相手に単身勝負を仕掛けて
上手くいくとは思えないし」
「向こうも試験に失敗した男に言われたくは無いだろうが、そうだろな」
 ナントカ豆腐と一緒にされるのは心外だな。―三郎は思ったが、言葉は喉奥に留めた。
「大元を辿れば、試験のせいで迎えた二人組崩壊の危機だ。ここはちゃんと完遂させて危機を乗り越えないとな」
 いや、どう考えてもアレはおまえ自身のせいだ。―久々知は思ったが、言葉はぐっと飲み込んだ。
「大丈夫なのか?」
「ははははは、真・鉢屋三郎に死角無しだ! 細工は流々、仕掛けは……仕掛けは何だっけ?」
 大笑に続く間抜けな台詞に、久々知はがっくりと肩を落とした。
「御覧(ごろう)じろだ。…ついでに、仕掛けじゃなくて仕上げな」
 初っ端からつまづく有様に不安を抱かざるを得なかったが、荷車を牽く三郎の横顔には、先程の誰かを髣髴させる笑みが浮かんでいたので、
「…まあいいか」
 久々知は、口にするのを止めた。―多分これは、二人が同じ顔をしているせいではないだろう。

 重い荷車を牽く二人の肌は紅潮し、うっすらと汗が浮きはじめるが、首筋を通り抜ける爽涼な秋の風が程なく熱を浚っていく。 
 この風は、昨日も吹いた風かもしれないなあ。―三郎はふと、そんな事を思った。
 昨日、鼻先をかすめ、少女の髪を揺らし、男の言葉を届けたあの風と同じものが吹いているのかもしれない、と。
 けれど同時に、今日吹く風は今日のものだ、とも思った。日一日ごとに吹く風に、決して同じものなど無い、とも。

 おそらく、どちらも正解なのだろう。

 昨日の自分と今日の自分が違うように、昨日の風と今日の風は異なるものだ。
 だが、どちらも変わらぬ『自分』であり、『風』である。
 少しずつ、はっきりと目に映る証など無くとも、移り変わりゆくある―それだけの事なのだ。
「……くくっ」
 考えたら、何故か笑いがこぼれた。後ろの久々知が不思議そうに首を傾げたが三郎は、何でもない、と答え前を向いた。


 山間にひっそりと佇む忍術学園に、秋の風が吹き渡る。
 きっとこの風は、少しずつ姿を変えながら、明日も吹くことだろう。
 明日も―その先も。

158:秋風夜伽話・62
08/10/21 09:36:10 mSc9x9YQ

*終章*

 町から東へ三里程。街道を行く先には、ひっそりと老夫婦の営む酒饅頭の店があるという。
 蒸かしたてなら辺り一面に、心を浮き立たせる酒麹の香りが満ちるその店には、甘味好きの町人や、旅行く者の姿や―そして。
 ごくまれに、辺りでは見かけぬ恰好の少年少女達の、竹皮の包みを受け取る、もしくは茶店で饅頭に舌鼓を打つ姿が見受けられるという。
 彼・彼女達がどこから足を運んでくるか、そしてどこに帰っていくかを知る者は居ない。
 ただ、分かっているのは―皆、喜んでこの饅頭を口にしてくれている事だけだという。
 そして、彼女も。

「はい、お待ちどうさん。まだ熱いから気をつけてね」
 竹皮の包みを受け取り、少女―ユキはやや吊り目がかった瞳に笑みを浮かべ、ありがとうございます、と主人に礼を言った。
 包みからは、竹皮が覆いきれなかったか酒薫交じりの湯気がふわりと立ち昇り、彼女にそれが蒸かしたてである事を知らせる。
 と、同時に帯の向こうから、くぅ、と鳴き声めいた腹の音が響き、思わずユキの頬に朱が上った。

 ―うわあ。ちょっと、節操無いわよ自分。
 包みの中身は、別に自分の為に買った訳ではない。
 故あって床に臥せている友人に向けた、ささやかな見舞いの品、といったところなのだ。
 ―でも折角蒸かしたてなんだから、少し位食べてもいいわよね。
 ちらりと茶屋に目をやり、密かに呟く。幸い、傍らの小さい茶屋に人影は少ないようだった。
 結果ユキは熱い茶と蒸かしたての饅頭という、深まる秋に嬉しい組み合わせを賞味する機会に恵まれたのだった。

 いそいそと備え付けの長椅子に腰を下ろすが、さて、ここで一つ問題が発生する。―饅頭をいくつ注文するか、である。
 世間では食欲の秋などと言うらしいが、だからといって五つも六つも好き放題に頼んでは、その分きっちり増える目方に苛まれる羽目に遭う。
 自重の一つも出来なくて、何がくの一のタマゴ、略してくのたまか。
 いやそれ以前に、年頃の乙女としてどうなのか。
 眉間に皺を寄せ、しばし指折り数を見計らうとユキは苦悩の末ぐっと目を閉じ、饅頭を三つだけ注文しようと口を開いた。

「あの…お饅頭みっ「軽く十ほど頂戴な!」

 途中で被せられた自分と全く変わらぬ声音に、ユキは目を丸くして声の主を見た。
「……!!」
「どう? 自分でも上手く声が出たと思うんだけど」
 振り返った先でユキに向け、おどけるように片目を瞑って見せたのは、花菱文様の着物に身を包んだ、少年と青年の間ほどの年格好をした男。
 ユキも属する学び舎―忍術学園で『千の顔を持つ男』の二つ名を持つ変装名人。

 名を、鉢屋三郎という。
 
「ほんっと信じらんない! 人がどれだけ悩んで頼もうとしたか…」
「あはは、ごめんってば。でも君だって、もうちょっと食べたいなーって思ってたんでしょ?」
「そ、それとこれは別なの! アンタって本当、乙女心も分からない男よね!?」
 頬を膨らませてぷりぷりと怒るユキに、隣に腰掛けた三郎は、難しいねぇ、と笑いながら湯気の昇る饅頭が山積みになった皿を受け取った。
「じゃあ、半分分けって事で。ほら、怒ってる間に蒸かしたての饅頭もお茶も冷めちゃうよ」
「………」
 ―そりゃ、食べていいなら五つ位食べたかったけど。
 何やら隣の男に心情を見透かされていたような、妙な悔しさに似た感情を抱えつつ、ユキは饅頭を一つ口にした。
 蒸かしたての饅頭の温かな甘さは、晩秋の山道を歩いた体にじんわり優しく染みた。
「…太っちゃったら責任取んなさいよ。私は誰かさんみたいに、食べても太らないなんて羨ましい体質じゃないんだから」
「はいはい」

 もぐもぐと口を動かしながら、恨みがましく呟くユキに三郎は笑って返す。
 声音に険は伺えるが、それが本心からのもので無いのは、皿に伸ばす少女の手が物語っていた。


159:秋風夜伽話・63
08/10/21 09:36:55 mSc9x9YQ
「あのさ、アンタ休みはいつも……その顔で、一人ブラブラしてるの?」
 渋茶で一心地ついた後、おもむろにユキは隣の男に尋ねた。
 その顔―というのは、普段必ず学園内の誰かの面を付けて行動するという鉢屋三郎が、面の下に隠している『素の顔』の事である。
 噂に聞けば、学園では誰も三郎の素顔は知らないという。
 かく言うユキ自身、過去に一度しか見たことが無いので、どうも見知らぬ他人と話をしているような気分になるのだが。

「うーん、ブラブラは無いと思うけど、今日は別だよ。相方が臥せっちゃってねぇ」
 思う事があったのだろう。遠くを見るように目を細めて答える三郎は、そういう君こそどうしたの、と問い返した。
「本当は友達と来る予定だったんだけど、急にその娘が来られなくなっちゃったの」
「…それって」
「多分アンタんトコと同じような理由」
「………」
 ぱくん。
 答え、ユキは三つ目の饅頭を頬ばった。飽きの来ない味というのは時として罪だわ、など思いつつ。
「…そーかそーか、同じような、か」
 しばらくの間の後、三郎は湯飲みを手にしたまま顔を伏せ、くつくつと笑い出した。
 いや、笑顔なら平素張り付いているような男なのだが―だが今のそれは、本当に素直に、心の底から喜びを表しているような表情だったので、
饅頭を咀嚼しながら横目で男の様を見るユキの頬も、つい緩んでしまった。

 ―そういう笑い方も出来るんじゃない。

「え? 何か言った?」
 独白が耳に届いたか、不意に顔を上げた三郎の視線がユキとかち合う。
 言葉と、何故かとくんと跳ねた胸の奥に、ユキは即座に顔を背け、何でもないと答える。
 ―うわ。何でドキドキしてんのあたし。
 コイツは、意地が悪くて、悪戯好きで、女心を知ろうとしない嫌な奴で―。
 そして、あたしじゃない娘の事を、まだどこかで思ってる奴なのに。
 あたしじゃない娘に付けられた傷を、ずっと抱え続けてる男なのに。

 三郎は赤くなったユキの耳にちらりと視線を寄越すと、ふうんと思わせぶりに一言こぼした。
「何よ」
「何でもないよ。……ところで、前々から気になってたんだけどさ、君、私の事アンタって呼ぶのそろそろ勘弁してくれないかなぁ。
いや、別に先輩風吹かせようって訳じゃないんだけどね? せめて名前位は呼んでもらえないと、なんか個人扱いされて無いみたいで
切ないっていうか悲しいっていうか」
 今更何を―思うユキだったが、言われてみれば確かに名前で呼んだ事が無い。
「…まさか私の名前、知らないってんじゃ無いだろうね? 時々居るんだよ。私と相方の名前混ぜこぜにして覚えたり」
「そ、そんな事言ったら、アンタだってあたしの名前、呼んだ事無いじゃない!」
 赤くなった顔もそのままに振り返って怒鳴り返すと、三郎は心底意外だと言わんばかりの表情で、そんな事無いよ、と答えた。
「初めて会った時、私は君の名前を呼んだはずだけどね? ユキちゃん」

「……!!」―そういえばそうだった。自分の顔でガニ股歩きされた記憶ばかりが残っていたけれど。

 名を呼び、にこりと微笑む三郎にユキは、しばし言葉を捜すように唇を動かしていたのだが―。
「べっ、別にいいでしょ!? アンタはアンタで充分よ!」
 結局名前を口にする事無く、ユキは四つ目の饅頭を勢い良く頬張った。素直にならないとかいう訳ではなく、本当にそれでいいと思ったのだ。
 隣からは、うわ酷っ、などという三郎の呟きが聞こえたが、その表情はやはり笑っていた。

 だが、その笑顔は直後、ユキの変貌と共に青ざめた顔になる。
「……んぐっ!!」
「うわっ、ちょっ、ちょっとユキちゃん勢い良く食べすぎだろソレ!」
 饅頭を喉につかえ、目を白黒させるユキの背を、三郎の手が軽く叩く。
 ぐるぐる回りだす思考の中、この胸の苦しさは果たして饅頭だけのせいだろうか、と頭の片隅でユキは考えた。
 ひょっとしたら今、目前に広がっている花菱文様の着物の男の、優しい手のせいでもあるのではないだろうか―とも。
 口に出そうにも出せない、ほんの小さな疑問ではあるのだが。

 ―あたしはきっと、誰でもない人を好きになるわ。
 随分前に発した己の呟きが、ユキの脳裏にこだまする。
 まるで―風に流れ流れて今ようやく、耳に届いたかのように。

160:秋風夜伽話・ラスト
08/10/21 09:38:18 mSc9x9YQ
*         
 日一日過ぎるごとに秋の風は冷たさを増し、山道を歩く己の鼻先を赤く染める。
 晩秋近い山間はほんの僅かに赤味を帯び、もう少し時を待てば紅葉が錦を描くだろう。

 ―あとどれ位、俺はこうして変わらぬ平穏を味わう事が出来るだろうか。

 立ち止まって遠く山の端に目を遣り、潮江文次郎は一人そんな事を思った。
 今前髪を揺らす秋風は、やがて雪交じりの寒風に変わり、そして柔らかな春の風へと姿を変えるだろう。
 その時も、自分は何も変わらず居られるのだろうか、と。
 しばし考え文次郎は、随分感傷的な考えだな、と自嘲の笑みをこぼした。
 ―留まるなんぞ、俺らしくも無い。

「文次郎先輩ー!」
 耳に飛び込む少女の声に、遠くに飛ばしていた文次郎の意識が戻る。声の方向を見れば、深緑の結髪を揺らした娘―そうこが息を切らし、
山道を下りる姿が視界に入った。
「なんだお前、一足先に饅頭屋に行ったんじゃなかったのか…っておわっ!」
 ぐんっ、と文次郎の袖を引きながら元来た道を下りだす少女に、思わず狼狽した声が出てしまう。
「いいから先輩、今日は饅頭は諦めましょう!」
「はあ? どうした定休日か何かか?」
「そんな所です!」
「?」
 その割には、坂の向こうからは微かに、例の甘い匂いが漂っているようだが―はて。
「…誰か、顔合わせたらマズイ相手でも居たのか」
 底無し胃袋の主たるこのくのたまが、食欲よりも優先させる事柄とは―考えて出した答えに、図星とばかりにそうこは足を止めた。
「おい、くのたま?」
 袖を掴んだままの少女の耳が、みるみる内に赤く染まる。
 ぽそりと、協力するって決めたんだから、などと前を向いたまま呟く言葉が耳に入り、文次郎は尚更分からなくなった状況に首を傾げた。

「まあ、俺は別にいいんだがな…お前はどうなんだ。さっきから節操無しの腹の虫が鳴ってるみたいだが」
 一言多い―それでも相手を気遣う考えは、この男にしてみれば随分な進歩なのだが―台詞に、そうこが目を吊り上げて振り返る。
 途端に響いた、ぐう、という体の奥からの大変正直な声に、そうこは赤面し、文次郎はそら見ろと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「す、少しだけなら我慢出来るわよ!」
「腹鳴らしながら強がっても説得力が無いぞ。本当、効率がいいんだか悪いんだか分からん腹してるなお前は」

 大きく溜息を吐くと文次郎は少し考え、先日委員会の面子で入った饂飩屋の事を思い出した。
 それを口に出した途端に目を輝かせるのだから、全くもってこのくのたまは、と愚痴をこぼしたくなる気分にもなる。

「…ここからだと距離があるが、早足の鍛練と思えば悪くなかろう」
「ええっ!? 走っていくの?」
「当たり前だバカタレィ!! 日々是鍛練! 行くぞ!」
「ひえーーっ!」

 『忍術学園一ギンギンに忍者している男』の張り切った声と、『忍術学園一底無し胃袋を持つくのたま』の半べそ声が、風に乗り山々に響き渡る。
 この風もおそらくは、緩やかに姿を変えて違う場所へ、違う時へと流れていくのだろう。
 そして、風を受ける自分たちもまた、少しづつ変わって行くのだろう。
 一つも留まる事無く、緩やかに。
 人はそれを成長と呼ぶのだろうか―人知れず思う男の上を、澄んだ晩秋の青空が包み込む。

 どこまでも突き抜ける青い空に、秋冷たる風が吹き抜ける。その間を、二匹の赤蜻蛉が翅を震わせて行く姿があったという。
 寄り添うように、番うように―蜻蛉はどこまでも風の中を滑り行ったという。

******
投下が遅れて申し訳ありませんでした。以上で『秋風夜伽話』完結です。
長文にめげずに読んでくださった方々、コメントを下さった方々、ありがとうございました。
そして、勝手ながら拝借させていただいた、小ネタ神の方々に深く感謝いたします。
本当に、ありがとうございました。機会があればまたよろしくお願いします。



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