【友達≦】幼馴染み萌えスレ16章【<恋人】at EROPARO
【友達≦】幼馴染み萌えスレ16章【<恋人】 - 暇つぶし2ch100:名無しさん@ピンキー
08/09/25 10:14:43 B/hKXMol
廊下からパタパタと足音がする。
(やっぱ心配させちゃったかな・・・・悪い事したな)
医師に包帯を巻いてもらいながら、恭介はこれから起こることに苦笑した。

バン!

「キョウ!もう手遅れなの!?」
恭介の予想通り、幼馴染みの凛が息をあげて診療室に入ってきた。
いきなり命の心配かよ、と予想通りの展開に更に苦笑いが込み上がる。
医者の方も微笑んでいる。
「勝手に殺すなよ。左手にヒビが入っただけだよ」
巻き終わった左手を見せると、凛は一気に脱力する――
と、恭介は思っていたのだが、
「この――」
「・・・・?」
凛が震え始める。それが怒りだと解った瞬間恭介は青ざめた。
「ま、待て!おちつ・・・」
「バカバカバカー!!!勝手に心配させてー!恭介の大バカー!!!!」
「わっ、やめろ凛!とりあえず投げるのやめろ!ハサミは投げるな!」
包帯やらテープやら弾幕に事故以上の恐怖を抱きながら恭介は叫んだ。
医者の微笑みは、もはやひきつっていた。

101:名無しさん@ピンキー
08/09/25 10:16:24 B/hKXMol
「今度こそ死ぬかと思ったぞ・・・・」
「・・・ゴメン」
病院を出た二人は街を歩いていた。
「・・・・その」
「なに?」
「・・・・別に」
「・・・・なんだよ」
もっとも恭介は凛の言いたい事の予想はついていた。
十年以上の付き合いは伊達ではない
再び凛が口を開く。
「・・・・急いでくれてたんだよね?」
「あー、うん。早く凛に会いたかったし」
「バ、バカ!だからって事故起こさないでよね!」
顔を仄かに朱にしながら顔を背ける。
「凄く心配したんだから・・・もし、もしキョウが死んじゃったら・・・」
だんだん凛の声が震えていく。
(・・・・ったく、ツンデレは好きじゃない筈だったのにな)
またしても恭介は苦笑したが、それを隠して凛の肩で腕を回した。
「大丈夫。左手なら支障は大してない。俺は帰宅部だし。それに・・・」
「・・・・」
一瞬ためらったが、そのまま続ける。
「俺は凛を置いて勝手に死にはしないから安心しろ」
「・・・・バカ」
うるんだ眼を見せながら、それでいて綺麗な凛の顔に
恭介は愛しさを覚え・・・少し悪戯心も生まれた。
「あー、でもあれだ。一つ困りそうだな」
「・・・?」
「片手じゃお前の胸、揉みきれないな」
「・・・!!」
みるみる凛の顔が真っ赤になる。
ニヤリと笑い、恭介は更に続ける。
「お前好きだもんなー、胸いじられるの。すぐに・・・・」
「こんの大バカヤロー!!!キョウなんか死んじゃえー!!!!」
恭介の足を思いきり降んで、全力で走っていった。
痛みに耐えながらも
(そっちはいつものホテルへの道だろうが・・・)
と、本日4回目の苦笑を浮かべながら、
恭介は愛しき幼馴染みを追いかけた――

102:名無しさん@ピンキー
08/09/25 10:20:07 B/hKXMol
投下終了

初投下だが、俺文才無いな………
そもそも幼馴染み要素が少なすぎorz


103:名無しさん@ピンキー
08/09/25 10:31:19 9hHXz3LE
ふ、ふん!ぜんぜんにやけてなんかないんだからねっ!

104:名無しさん@ピンキー
08/09/25 10:52:07 AsoMmuk+
べっ別にきゅんきゅんなんかしてないんだから!

105:名無しさん@ピンキー
08/09/25 10:54:33 YYjmRfCH
(・∀・)キュンキュン!

106:名無しさん@ピンキー
08/09/25 12:10:23 l2DpZmnY
お前らツンデレ好きだなw

107:名無しさん@ピンキー
08/09/25 22:11:10 Kb3fRohc
ニヤニヤが止まらぬ

>>98
仲良しあげようとして上げられてたw
足の指っていいよね!

108: ◆9fxcNmN64c
08/09/26 01:02:20 Ef0PmsnA
すいません、流れを読まずに投下。
とある田舎に住んでいる幼なじみのお話

109: ◆9fxcNmN64c
08/09/26 01:04:41 Ef0PmsnA
隣で考え事して歩いているのは宮野恭平、それを横目に見て機嫌が悪くなっているのは
私、宮野和歌子。

恭平とは遠縁のいとこって関係、いとこだから同じ姓かってーと、そういうわけでもない、
私の生まれ育ったこの地区は宮野姓がやたら多いってだけ。
恭平の家は、早くにお母さんを亡くしていたせいで、恭平が小学校へ上がるのをきっかけに、
環境のいいお父さんの実家に引っ越してきたのだそうだ。で、うちは遠縁とはいえ親戚なんで、
家族ぐるみでのお付き合い。

恭平が家でご飯を食べていくことなんてざらにあったし、歳を取って出かけるのが億九な家の
親に代わって、恭平のお父さんに色々なところへ遊びに連れて行って貰ったりもした。
私は、近くに近い年の子がいなかったから、自然と遊んだ回数が多かったってだけのこと。

…そりゃ、今考えるとあんまり女の子らしい遊びじゃなかったなと思ったりするけれど。
お日様神社で隠れんぼとか、飼い犬のシロを連れて裏山探検とか、ふもとの小川で魚釣りとか、
お陰で運動能力はずいぶん鍛えられまして、スポーツ全般得意になっちゃった。

そんなこんなで、小学校、中学校と一緒に来て、高校も同じく隣の市の進学校に進んだ。
私も恭平も親からは同じ県内の国立学校に行ってくれって頼まれているって事は、大学も
一緒になるかも。
まぁ、大学は受かることが出来たらって事なんだけれどね。そのために今は色々頑張って
いるところ。

でも、ここまで一緒だと流石に呆れてしまう腐れ縁だ。

110: ◆9fxcNmN64c
08/09/26 01:06:51 Ef0PmsnA
だからといって、別に私が朝恭平の家に行って起こして一緒に登校ってなんてベタな関係では
ありませんから。あしからず。
…まぁ私の方が何時もギリギリで駅に向かってダッシュしているせいだから何だけれどね。

こういうと「がさつな女」って印象もたれるかもしれないけれど、私だって、年頃になってお洒落
には気を遣うようになっているし、化粧も覚えた、美人は得をするって思うし、そのためには努力
もしなきゃと。

自分でいうのも何だけれど、実際私は美人な方だと思ってる。
そりゃ街歩いていたらスカウトされたりなんてする訳じゃないけれど、それなりに猫もかぶって
いるから男子からの人気はあるみたい。告白は何度もされてきたし、内申書の点数稼ぎで
生徒会に入ったら、なぜか副会長に推薦されてなったりもしたしね。

恭平とは男女交際ではなく、やっぱりあくまで幼なじみの関係。
暇な時は恭平の家に押し掛けていって、お菓子食べたり、ビデオ見たり、ゲームやったり、
勉強したり…。
一見恋人同士のつきあいに見えるかもしれないけれど、やっぱりこれは男女交際ではないと
思ってる。
だってもし互いが同性であっても同じ事してるんじゃないかな。
甘い雰囲気になることもないし…。

そんなこんなで、恭平とはこんな関係がずっと続くものだと思っていた。
いや、あえて本音を言えば「ずっと続いて欲しかった」。気の置けない友人として、猫かぶらない
で素の私が出せる相手として、恭平にはずっと隣にいて欲しかったのだ。

 * * *

今日、恭平が告白されたらしい。
相手は恭平の所属している美術部の後輩、加奈子ちゃん。私から見てもかわいいと思える子だ。
ちっちゃくて、女の子らしくて、ころころ笑って、一生懸命で、保護欲を掻きたてるような、そんな子。


111: ◆9fxcNmN64c
08/09/26 01:08:04 Ef0PmsnA
「いーじゃん、つきあっちゃえば」
なんか面白くない。そんな心を隠してからかうような口調で言う。
「こんな機会もう2度と無いかもよ、恭平が告られるなんて」
「簡単に言うなよ」
意外とまじめな恭平の声に顔を向ける。
「それに、もしつきあったら和歌子、お前家に来ること禁止になるぞ」
「えっ、なんでよ」
それは困る、これから親から隠れてどこでお菓子食べればいいってのよっ…って問題は
そこじゃないけれど。

「あのなぁ、逆の立場で考えて見ろよ。お前がつきあっている男がいくら友達だからって
別な女の子を度々家に上げているような奴だったらどう思うよ」
想像してみる。想像上の相手は…恭平だ。恭平の家に見知らぬ女の子がやってきて、
私のポジションをとってしまう。そんな想像。

「う、たしかに嫌かも…」
「だろ」
自分の想像に自己嫌悪、なんで恭平なのよ。

「俺さぁ、今回告白されて思ったんだ、告白ってすげー勇気がいるって事」
「ふうん」
「いつもころころ笑っているあいつが、顔真っ赤にしてふるふる震えながらこの手紙受け
取ってくださいって…」

なんかイライラして言葉を遮る。
「なに、もて自慢?」
「違うよ、こんなに一生懸命の告白には、やっぱり一生懸命答えたいって」
「それって…つきあうってこと?」
恭平が、他の子とつきあう?今更、私を残して?…ん?私を残して?

「いや、俺も勇気出さなきゃないかなってこと」
恭平が立ち止まる。何事かと私も足を止める。


112: ◆9fxcNmN64c
08/09/26 01:09:48 Ef0PmsnA
「和歌子、お前が好きだ、ずっと前から…」
「へ?」

なになになに、恭平?なにこの急展開?
「お前が告白される度に、俺はもういつもどうにかなりそうだったんだ。でも、今の関係が
良すぎて、この関係の変化するのが怖くてずっと言えなかった」

「ちょっ、ちょっと恭へ…」
「和歌子、俺とつきあってくれないか?」

がつんと言う衝撃、頭が真っ白になってなにも言えなくなる。
「お前が告白されても断っているのは、俺が居たからだというのが思い上がりの勘違いって
言うんだったら言ってくれ」
「そ、それは…」

しどろもどろに言葉を紡いでもその続きが出てこない。長い時間がたった。
恭平の静かな声。
「どうなんだ」

だめだ、降参。そうです、そのとおりです。恭平、アンタが居たからだよ。
「…うん、恭平が居たから断ってた…」
恭平、私もずっと好きだった。でも好きって思わないことにしていた。
理由は恭平と同じ、関係が壊れるのが怖かったから。

「ふぅ…」
恭平が力を抜いてガードレールに腰をかける。
「勝算があったとはいえ、すげー緊張した」
なんだと、勝算があっただと?おい。
「なにそれ、計算ずくってこと?」
「ははは、六四くらいには、って自惚れていたんだけれど、うれしいよ和歌子」
笑顔の恭平を見てられなくなって思わず背中を向ける。
顔が真っ赤になってるの何となく判る。こんな顔恭平に見られたくない。

「ふ、振られた時はあっさりその子とつきあうつもりだったんじゃない?計算高い奴ぅ!」
「そんなこと無いよ、悪いけれどこの話は断って、和歌子に振られた傷心を一人寂しく慰める
ことにしていたさ」
「ど、どうだか、判らないよね、そんなの」

恭平が近づいてくる気配がする。心臓が高鳴って爆発しそう。相手は恭平だよ、なんで今更
こんなになる必要があるってのよ。

113: ◆9fxcNmN64c
08/09/26 01:11:17 Ef0PmsnA
「和歌子…」
肩を掴まれ振り向かされる。恭平の顔が目の前にあった。なんだ恭平も真っ赤になってる
じゃん。

「好きだ…ン」
突然キスされた。
キスキスキスゥ?こんな天下の往来で?突き飛ばそうとしても力が入らない。
唇が触れ合うだけの軽いキス、でも、たぶん忘れることが出来ないであろう私のファースト
キス。
不覚にも状況に流されキスに酔っている自分が居た。

ブォォォォォ…

車が通り走り去る音で我に返る。
「ひょ、ひょうへひ!ぷはっ、あんたなに考えてんの?こんな往来でっ!」
キスする恭平を無理矢理引きはがす。
「誰もいないよ、車なんかはすぐいっちゃうし」

なにしれっと言ってるの?コレも計算尽く?危ない奴め。
「黙れ変質者!だ、誰も見てなきゃいいってもんじゃないでしょっ!」
「変質者はひどいな、和歌子だってその気になってくれたじゃ…」

ぷはっ、思わず吹き出す。
「なってません!うぅ、私はこんな変態と共に過ごしていたのか、よく今まで貞操が守れた
ものよね。それにしても好きな人がこんな変態だったなんて私可哀想!」
「好きな人に変態変態と詰られてる俺可哀想…」
「もう口開くなっ!いいわ、いいでしょう、これからアンタん家に行って、洗いざらい話して
貰うからね、いつから私を好きになったのか、どういうところが好きなのかをねっ」

私は相当目を据わらせて恭平に詰め寄っているようだ。恭平の顔が青ざめていく。
「うわぁ、俺そういうの苦手っぽいんだけれど、好きなら好きで良くない?」
「良くないっ!今後のつきあい方も考えなくちゃ危うくてやってられないわ」
「今まで十年以上積み重ねた信頼関係は…」
「さっきのキスで吹っ飛びましたっ!」

ははは、なんだ、なんにも変わらないじゃない。
そっか、お互いとっくの昔に好きになっていたんだもの、変わるわけがなかったんだ。

ごめんね、加奈子ちゃん。
恭平はずっと前から猫っかぶりでわがままでかわいくない女に夢中だったみたい。
私も朴訥なわりに気が利いて優しい恭平に夢中であったことを気づかされました。

とりあえず恭平の家に行ったらキスをしよう。
ゆっくり思い出に残るような優しい恭平とのセカンドキスを。

114: ◆9fxcNmN64c
08/09/26 01:12:59 Ef0PmsnA
以上です。
続きの濡れ場はあるのかどうか…

環境は整っている分、書きやすいとは思うけれどね。
それではまた。

115:名無しさん@ピンキー
08/09/26 02:15:58 35NJfuTW
GJ!まあ、難しいなら無理に濡れ場は書かなくても…
保管庫にもそういう作品、結構あるし。俺は幼馴染み分を補給するためにこのスレに立ち寄ってるしなw

116:名無しさん@ピンキー
08/09/26 02:20:59 3N/qg3Q8
GJ!

>>114てかその後家で和歌子が恭平に食われるんですね。分かります。

あと欲を言えば加奈子ちゃんの出番が個人的には欲しかった。

117:名無しさん@ピンキー
08/09/26 11:21:18 RdNk5uGz
傷心の加奈子ちゃんを下心一切なしで慰めるお兄ちゃん的幼馴染み
といい感じになるんですかわかりません。

118:名無しさん@ピンキー
08/09/27 01:32:08 3Udm93Uo
ぐっじょー!
やはり恋の玉突き事故(?)は幼馴染みモノにあいますな
続きを正座してお待ちします

119:名無しさん@ピンキー
08/09/29 18:04:10 i9wA35OQ
全裸で胡座をかきお待ちしております

120:名無しさん@ピンキー
08/09/30 00:10:26 xtDwx5co
ん?
胡座とははじめてきいた

参考までに教えてくれ
何派だ?

121:名無しさん@ピンキー
08/09/30 02:27:21 QFbF3tTy
>>120へ。胡座はただの胡座(あぐら)だ。変換してみれ

122:名無しさん@ピンキー
08/09/30 05:17:35 xtDwx5co
>>121
いや、「あぐら」と読むのは知っている
全裸で待つ流儀として、正座といすに座る以外が初めてだったのでな

男性より女性が望ましいな

123:名無しさん@ピンキー
08/09/30 08:37:56 QFbF3tTy
悪いが男だ。流儀は自己流といったところか…

124:名無しさん@ピンキー
08/09/30 09:48:15 hsjx1bIV
じゃあ俺は結跏趺坐して待つぜ

125:名無しさん@ピンキー
08/09/30 17:43:16 /NcOflaI
ぬ?わが故郷(くに)では三点倒立が基本だったのだが…

126:名無しさん@ピンキー
08/09/30 22:52:01 ZYMwbFXl
空中胡座ができるように修行してくるよ

127:名無しさん@ピンキー
08/09/30 23:10:36 CDjuk2Gt
お前らの全裸の格好など激しくどうでもいい。
幼馴染の話をしろ。

128: ◆H676uvqZmA
08/09/30 23:44:29 sBYohPKs
じゃあ自分はヨガのアシカのポーズで待ちますね。お邪魔します。
肌寒くなってきたので少し季節を先取りした話です。暇つぶしにどうぞ。
・内容:小ネタ エロなし(いつもすみません)
・使用レス数:4レス
・NGワード:タイトル/ 初恋談議
        トリ/  ◆H676uvqZmA

□ お詫び・注意 □
・投下を1レス 35~50行×40(±2)字/単語改行/段落空行無 でおこないます。
環境によっては読みにくいこともあるかと思います。すみません。

人物紹介
・中原純太:SS中で名前が1回しか漢字表記されていない不憫な子
・松下夏実:女の子は甘いものとわがままと少女漫画でできています
・かず兄:純太の兄/元悩みのタネ
・えみちゃん:純太の姉/生態不明
・山田:AT部顧問/真面目に生きろよ

129: ◆H676uvqZmA
08/09/30 23:45:02 sBYohPKs
初恋談議 LとLの差異 【1/4】


 水音と調理器具同士がぶつかる音が響く家庭科室。俺は最後の泡だて器の水気を払い、
蛇口をひねる。なんとか必要数を集めた新AT部の活動第一回目が無事に終わり、
ほっと息をついた。お菓子作りに慣れない他のメンバーを先に帰らせて、俺と部長である
夏実の二人での片づけは意外と時間がかかり、外はもう真っ暗だ。
「おー、バカップルまだ残ってたのかー」
 ダルそうな声に視線をやると、顧問の山田がいつかみたいに教室を覗き込んでいる。
ぼんやりとそちらを見ていたせいで、夏実の手からは雫がポタポタ垂れてスカートが
濡れてしまっていた。寒くなってきているし、風邪でもひかれたらたまったもんじゃない。
冷えて赤くなった指先と制服をタオルで拭ってやりながら、山田に問いただす。
「バカップルって何んすか、センセイ」
「中原。お前って何気に大物だよ」
 どうして大物なのか。確かに夏実と付き合ってるから、カップルは否定しない。けれど、
馬鹿に関しては納得したくない。だって恥ずかしいあだ名で呼び合ったりしてないし。
こうした俺の主張は短く鼻で笑われて無かったことにされてしまった。
「センセーしてると、何組もお前らみたいに幼馴染で付き合ってるやつらみるんだわ。
けど、前から疑問だったことがあるんだよなぁ。ちょうどいいから、答えろ」
「職権濫用っていう言葉、知ってます?」
「何とでも言え」
 開き直りやがった。教師が生徒の恋愛事情に首突っ込むなよ。夏実も少しは否定なり
なんなりしてくんねぇかな。視線を投げると、両頬を手で押さえてヘラヘラしている。
……駄目だ。
「そんで、いつから松下のこと意識しだしたわけ? 何がきっかけなんだ? 今までは
家族みたいなもんだったんだろ?」
 山田はドラマのしつこい記者みたいな勢いで質問を繰り出してくる。いい加減、夏実も
助けてくれてもいいんじゃないか。もう一度、協力を求めて見下ろすと今度は期待に満ちた
瞳とぶつかった。
 何を期待してるんだろう。こいつは。
 正面には似たような目をした山田。二人の無意味に熱いまなざしを受けながら俺は
顎に手をやった。
「……あー、ノーコメントで」

■□■□■□■



130: ◆H676uvqZmA
08/09/30 23:45:34 sBYohPKs
初恋談議 LとLの差異 【2/4】


■□■□■□■

 枯葉が舞う表とは対照的に、夏実の部屋は淡いオレンジなど柔らかい色で統一されていて、
いつも暖かいイメージだ。いつもは。けれど今日はどことなく冷え冷えとしているようなのは
気のせいじゃないはず。
 宿題を進める手を休めて、部活のまとめをする夏実を盗み見る。俺が教えて作った蜜柑の
ロールケーキのレシピや写真をブログにアップしている後ろ姿は普段と変わらない。
プラスチックのアクセサリーで留めた髪形とか。変わらないはずなんだけど。
「なぁ」
 声をかけると「何」と小さく返された。こっちを振り返る気配さえない。やっぱりしっかり
へそを曲げている。それとも怒ってるのか。どっちもか。
「蜜柑のロールケーキ、持って帰ってきた分食う?」
「いらない」
 ヤバイな。これはかなりのレベルだ。
 学校から帰ってくる間もずっとこうだった。でもさすがに甘いものを出せば機嫌を直すかと
思っていたんだけどな。
 ディスプレイに映る口元は尖っていて、不満をたっぷりため込んでいるのが手に取るように
わかる。原因以外は。いや、本当は予想がついてる。
「もう、終わったし、おわり。戻っていいよ。ばいばい」
 そう早口に言うやいなや、夏実はパソコンの電源を落とし、俺が広げていた教科書を
手早くまとめて押しつけた。俺の腕を引っ張って立ち上がらせようとする手を逆に取って、
胸に抱きとめる。
「きゃ、なにすんのっ?」
「どうしたんだよ」
 拘束を抜け出そうともがく夏実の文句を無視して問いかけた。長年一番近くにいたんだ。
朧げにはわかるけど、ちゃんと知りたい。前みたいに勝手に判断したっていいことはないから。
 苦しそうな声をあげるから少しだけ囲いを緩める。眉間にしわ寄せた横顔が見えて、
あっという間に背を向けられてしまった。夏実は許された行動範囲ぎりぎりの、俺の脚の間で
ひよこみたいに小さく体育座りをする。その襟足を指で宥めるようにゆっくりゆっくりなぞる。
 だんまりを決め込んでいたけれど、あまりに俺がしつこかったからだろう。せめてもの
抵抗か、額を立てた膝にくっつけて「答えなかった……」と呟いた。
 やっぱりそういうことか。山田の質問を答えなかったことが原因。
「別に山田の質問なんてどうだっていいだろ」
「聞きたかったんだもん」
「今、こうしてることが証拠だし」
「でも知りたいの」
 手強い。今回はなかなか根が深そうだ。
 きっかけや、理由なんて今に比べたら小さなことだと思う。それにもう、この気持ちと
長く一緒にいすぎて当たり前になりすぎて、説明なんてできない。だから答えろなんて
無理難題を突きつけられても困るんだ。
「そんなに言うなら、夏実はきっかけとか聞かれたら答えられるのかよ?」
「られるよ!」
 ほんのりと赤く染まった耳を覗かせながら、はっきりと言い切った。

■□■□■□■



131: ◆H676uvqZmA
08/09/30 23:46:07 sBYohPKs
初恋談議 LとLの差異 【3/4】


■□■□■□■

「まだ、小二だった頃、クラスの女の子の間で手作りお菓子をこーかんするの流行ったの
憶えてる?」
 そういえば、そんなこともあったような気もしなくもない。その時はクラスが違ったから、
はっきりしなくてあやふやなまま頷く。俺の様子に疑わしげにしているが、夏実は諦めたのか
再び話し始めた。
「その頃はまだ、ママは残業が多い部署にいて。私はちっちゃかったし、家で勝手に火を
使えなかったでしょ? 使えても一人じゃ作れないし、ママは忙しくて手伝ってくれなかった
だろーし……」
 そんなこともあって、夏実はよく家で夕飯を食ってた。俺の家も店をやってるから、
親父もお袋も帰りが遅い。だけど十二歳上の姉貴と十歳上の兄貴がいる。だから火も
使えたし、なにより寂しくなかった。親たちもそれをわかってたから、夏実と俺らを一緒に
過ごさせてたんだろう。
「そんなとき、誰だったか忘れちゃったけど男子が私に、言ったの。『お菓子も作れない
なんて結婚できねーぞ!』って」
「そこ、誰だったか思い出せ」
「いーから! でね、悔しくってすっごく悔しくって。クッキー作ろうってじゅんたの家の
キッチン借りて練習したの。でもやっぱりうまくできなくてさー。助けてほしくてえみちゃん
探したけど、いなくて。かず兄にはクッキーは無理ってさじ投げられるし。とうとう私、
泣きだしちゃったの」
 恥ずかしくなったのか、また夏実は顔を膝に埋めてしまう。
「どれくらいそーしてたかな? 気がついたらじゅんたが入口のとこでオロオロしてた。
じゅんたって変なとこでタイミングいーよね。知らないうちに私のこと見ててくれるの。
それで、そばにきて『手伝うよ』って言ってくれたんだよ」
 ここまできて、俺もようやく思い出してきた。友達と遊び疲れて、おやつを食べに帰ったら
ゴムべらを持って泣いてる夏実がいてパニックになったんだ。昔も今も俺は泣いている
夏実に弱い。
「でも、私、意地になってて。せっかく助けてくれるって言ってくれてるのに、いらないって
突っぱねたの。そんな態度なのに、じゅんたは頭なでてくれて『夏実はがんばってるんだから、
だいじょーぶ。いいんだ』って笑ったんだよ。嬉しくて、ますます泣いちゃった」
 せっかく泣きやんだと思ったのにボロボロ涙を零す姿にお手上げ状態になったんだっけ。
どうにか落ち着かせて、二人で片づけをして一から作り直した。俺がタネを作って夏実が型で
くり抜いたり、焼きあがったものにチョコレートをつけたりしたんだ。
「作りながら、お嫁さんになれないー! って話したらね……じゅんた何て答えたか憶えて
ないでしょ? こう言ったんだよ『助けあうのが夫婦なんだって、とーさん言ってた。夏実が
できないなら、旦那さんが作ればいいんだよ。俺みたいに作れる人と結婚すればいいんだよ』
ってね」



132: ◆H676uvqZmA
08/09/30 23:46:40 sBYohPKs
初恋談議 LとLの差異 【4/4】


「……言ったような」
 夏実がこっちを向いてなくてよかった。すっげぇ恥ずかしい。よくそんなこと言っておいて
忘れていられたな。自分のことながら感心する。
 俺の腕に頭を預けて、なおも夏実は続けた。
「言ったんだよ。ふふっ。じゅんたは自然といつも私を見てくれてるから。……出来上がった
クッキーを詰めながら『じゅんたみたいな人じゃなくて、じゅんたがいいな』って呟いたら、
じゅんたったらすぐに『いいよ』ってうなずいちゃうんだもん。不安になっちゃって。何度も
『やくそく?』って聞くたびに何度でも同じように返してくれた」
 もう勘弁して下さい。そう言いたかったけど、話す夏実の声がわた飴みたいにやわらかくて、
甘くって、もっと聞いていたい気持ちとで揺れる。さらにふわふわ、言葉は続く。

「そのときからずっと、誰よりも、すきだよ。一番、大切なの」

 幸せすぎると、人間って言葉がでないことを、今、知った。
 胸のあたりから、何かが広がっていく。
「だから、じゅんたの苦手なことがんばろうって決心して、算数でしょ、理科でしょ……今は
数学と化学と物理、ぜーんぶがんばった。かず兄に教えてもらったりして。補い合うために。
じゅんたは気付いてくれなかったけど」
 ああ、マズイ。泣きそうだ。「まして、それを理由にとんでもない勘違いしやがったし?」
と茶化すので精いっぱいだ。こんなに想ってくれてたのに、俺って本当に馬鹿だな。
よりにもよって兄貴のこと好きだと考えてたなんて。
「そうだよ。びっくりしたんだから! 許してあげるけどねっ。だから、知りたいじゃん。
よけーに聞きたいの。私、ちゃんと答えられたよ。ね、じゅんた、ねぇ」
 俺がそうしたように、夏実の細い指が腕を繰り返しなぞる。その指を掴んで口づけた。
頭を抱えるようにして撫でる。しばらくそうしてから、俺はゆっくりと話し始めた。
 外では枯葉を落とす冷たい風が吹いている。
「いつからとか、わからない。だけど、他人、家族に対して感じるのとは違うってこと
だけは言える。この気持ちは俺が俺であるのと同じぐらいだって言えばわかる? 多分、
そんなこと考える前からなんだよ、夏実。気づいたらそうだった」
「うん」
「ただ、一つ言えるなら……」
 言葉を迷わせた俺を夏実が振り返ろうとする。どうしても絶対に赤くなっている顔を
見られたくなくて、それを押しとどめて夏実の匂いを吸い込んだ。
「―俺もずっと、なんでも頑張る夏実が好きなんだ。できなくても、かわりに何が
できるかって考えて、頑張るところ。あきらめないところ」
「そっか」
「ああ」
 相変わらず窓の向こうは寒そうだけど、俺の腕の中には笑い声とぬくもりがある。
 いろんなものに対する「好き」と、恋愛感情の「好き」の境界はとても曖昧で、
区切りなんて付けられない。けれど俺らの間には両方ともあって、たしかにあって。
 もし違いをあげるなら、育ち続けて留まることを知らないことだ。


END

133: ◆H676uvqZmA
08/09/30 23:49:18 sBYohPKs
お邪魔しました。
来月も良い幼馴染が豊作でありますように。

134:名無しさん@ピンキー
08/10/01 00:18:20 pj01oArs
一番槍GJ!
「L」ikeと「L」oveの差違って訳ですね。
唐突に発せられる、何時どうなって好きになったかって質問には、
男はホントに答えられないよね。

過ぎゆくなるを見送るにはいい短編デスなぁ。

135:名無しさん@ピンキー
08/10/01 00:20:06 7DqnM6pn
>>133
相変わらずgj

136:名無しさん@ピンキー
08/10/01 21:35:58 xH6kTtIW
これは良い幼馴染

137:名無しさん@ピンキー
08/10/01 23:19:21 8pJ/EtrK
いい感じだぜ……!

138:名無しさん@ピンキー
08/10/02 00:49:02 n+0v6b17
練習スレと両方読めば二度おいしい

139:名無しさん@ピンキー
08/10/02 12:29:23 J9EYI0rw
ロールケーキ食いたくなった

140: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:03:28 1U0XXtmB
やめて!そんな格好で待っていたらヒットポイントがゼロよ!

ってすみません。>>109-113の続きです。

主人公:宮野恭平  ヒロイン:宮野和歌子

遠縁の親戚でとある田舎の近所同士、本日ついに告白して相思相愛だった
ってことが発覚したって設定です。

NGトリップ:◆9fxcNmN64c


141: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:04:57 1U0XXtmB
庭の畑で野良仕事している恭平のおじいちゃんへの挨拶もそこそこに、恭平の家に押し入り
部屋に押し込める。

勝手知ったる幼なじみの家。
勝手にベッドに座り込み尋問開始。
「さて、洗いざらい吐いて貰いましょうか」
「えぇ~、勘弁してよ」

恭平はがっくりと椅子に手足を投げ出してもたれ掛かる。
なんだ貴様そのやる気のなさは!とても今日相思相愛が発覚したカップルの片割れとは
思えない。

「私が納得できないの!私がどんな思いで告白断ってきたかなんて分からないでしょうからね」
「あ、ああ、告白かぁ、俺が覚えてるのは、中3年の時サッカー部の高橋から告られていたろ?
あれが最初だよな。あのときには俺を意識してたって事でいいのかな?」
「な、なんで恭平が高橋君とのこと知っているのよ?」
「自慢してたじゃん」
「…そうでした…じゃなくって、今は恭平の話!」

恭平が、んーっと笑って天井を見上げ視線を逸らせた。
窓から入る夕日に照らされて、その整った顔を照らし出す陰影が、あんまり綺麗なんで、不覚
にも恭平に見とれてしまった。

「ずっと好きだったよ」
天井を向いていた恭平の顔がこちらを向く。
「っ!」

あまりにも静かに紡ぎ出されたその一言に私は言葉を失う。

-ずっと好きだったよ-


142: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:06:21 1U0XXtmB
なんか、頭の中で言葉が反響して涙が出そうになってくる。

こんなとこで泣いたら一生の恥!だけど、だけど…。
私も、恭平のことずっと好きだったんだ。ひ弱そうな外観からは想像出来ないくらい、芯の
通った強さを持っている恭平のことを。

恭平は続ける。
「母さん亡くして、こっちに引っ越してきて、誰も友達いなくて心細かった時、和歌子が俺の
手を引っ張って最初の友達になってくれたじゃないか、その時からだよ」

野良犬から私を守ってくれた恭平、転んで足を挫いた私を家まで負ぶってくれた恭平、中学
で高橋君がらみで孤立しかけたとき、何でもないように手を差し伸べてくれた恭平、一緒に
色んなとこ行った、一緒に色んなことして遊んだ…色々な想い出が一気にフラッシュバック
して頭の中に溢れてくる。

「………そんなに昔から?」
「感動した?」
「…むっつりスケベ」
「非道いっ!俺の長年の想い全否定!?」

やっぱり素直になれない自分の馬鹿さ加減にあきれる。
けれど…。
ぷっ!と互いに顔を見合わせて吹き出す。

緊張が取れたのか、恭平が律儀にもさっきの話の続きをする。
「まぁ、異性として好きになったのは、多分中学生位からだと思うけれど…その、お前…
すごく綺麗になったし…」
「な、なに恥ずかしいこと言ってんのよっ!」
「恥ずかしいこと言わしてるのはお前だろっ!」
嬉しい…けれどどこか不毛な言い争い。でも嫌いじゃないよ、この掛け合い。

「…ふぅ、いいわ、じゃ異性として好きになる前は?」
「心の友」
「何そのあなたジャイアン私のび太みたい言いぐさは」
「どっちかってーとジャイアンはお前の様な気が…」
「女の子に向かってジャイアンって言った!」

軽口を叩きながらベッドから立ち上がり恭平へと近づいていく。
椅子に座った恭平の両肩をつかみ顔を寄せる。

143: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:08:23 1U0XXtmB
「異性として好きになって…、こういうことしてみたかったの?」

挑みかかるように今度は私からキスしてやった。
唇を押しつけあうだけの幼稚なキス。でも息を吸うことも忘れてしまうくらい全身の感覚が
唇に集中する。同時に恭平の右手がゆっくり背に回り、左手が耳のあたりを優しく撫でる。
恭平、恭平、恭平…。
すっと隠していた愛おしい感情が爆発しそうになる自分を押さえる。

ゆっくりと唇を離し、互いに甘いため息をつく。
「和歌子…」
恭平も真っ赤に上気して、普段のポーカーフェイスはなくなってる。

ふと、このまま想いが叶ってしまうことに怖さを覚える
「…加奈子ちゃん」
つい、必要のない言葉をぽつりと漏らす。
「え?」
「加奈子ちゃんのこと、どうするの?」

馬鹿、私!今はそんなこと言う時じゃないでしょ!
頭の中の私が怒鳴り立てるが、怖さが無くならない。言葉が止まらない。

「いまなら、まだなんにもなかったことにしてあげる、私、加奈子ちゃんみたいにかわいく
ないよ」
声が震えてるのが自分でも分かる。
「お前なに言って…」
「いまなら無かったことに出来る。今ならずっと幼なじみで居られるの!」
「お前…」
「怖いの!恭平とこんな仲になって…恭平と喧嘩したら、もし恭平が離れていったら」

感情が捻れながら激しく吹き出る。さっきまで笑いあってたはずなのに、今自分はなんで
涙を零しているんだろう。今なんでこんな考えになってしまっているんだろう。

判らない。
ただ怖い。

恭平が隣にいないことに、もう自分は耐えることが出来ないはずなのに。


144: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:09:43 1U0XXtmB
「俺は和歌子が本当にかわいいこと知っているよ」

恭平が静かに言葉を紡ぐ。
「お互い人間なんだからさ、喧嘩だってするさ。でも離れていったりはしない。俺は和歌子の
隣にいたいんだ」
恭平、好き。もうだめ、恭平が好き、離したくない、離れられない。
自分でも顔が涙と感情の激流とでグシャグシャになっているのが判る。
こんな顔恭平に見せたくない。恭平に背を向ける。

しゃくり上げてる背中を、椅子から静かに立ち上がった恭平がゆっくりと抱きしめる。ぎくしゃく
しながら、でもとても優しく。
「お前も俺が好きでいてくれて嬉しい、今更幼なじみってだけの関係には戻りたくない。和歌子、
お前が他の男に取られるなんて想像はもうしたくないんだ、お前の隣には何時でも俺が居たい
んだ」

遅ればせながら理解する。
さっき恭平の告白を受け入れたとき、もう私たちは幼なじみじゃいられなくなったんだ。

「…証明して」
掠れた声で、震える言葉を送り出す。
「なにを」
「私が恭平のものだってこと、何時でも隣にいるのは恭平だってことを証明してよ」
そういいながら、リボンを外しジャケットを脱いでスカートを降ろす。
上はブラウス、下はショーツとソックスという姿になって、恭平を見据える。
「!」
恭平が息をのんでいる。どんな朴念仁だって今の状況でこの言葉の意味が分からないはず
がない。

「…和歌子!」
抱きしめられて、キスされた。

3度目のキスは今までよりずっと激しいキス。
でも恭平の唇が動くと、その隙間から私の唇に暖かい物が触れてくる。恭平の舌が私の唇を
つついてくるのを、そっと唇を開いて迎え入れる。
すかさず口内が恭平の舌に蹂躙される。恭平の舌を迎え入れ、私も激しく絡ませる。
舌でお互いの口内を嬲り、お互いの唾液を交換しあう。
恭平ってこんな味だったんだ。思ってたより、ずっと甘い、ずっと美味しい。
そして、舌を絡ませるディーブキスがこんなにも気持ちいいことを初めて知った。

145: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:10:44 1U0XXtmB
恭平の両腕に痛いぐらいに抱きしめられる。
私も負けずにしがみつく。
ともすれば快楽に砕けそうになる足を必死に踏ん張ってキスに答える。
でも、その抵抗も空しくそのまま恭平に押されベッドへと倒れ込んだ。

「んあっ!?…はぁ、はぁ、はぁ…」
「だ、大丈夫か?痛くしてないか?」
「はぁ、はぁ…、大丈夫、ちょっと驚いただけ」

「和歌子っ」
再び口を唇でふさがれる。
さっきよりも強引に、さっきよりも力強く、恭平が私を求めてくる。その事実がうれしい。
恭平と手と手を握り合い、お互い息を荒くしながら、ディーブなキスを繰り返す。
こんなキスだけで背中がぞくぞくするような快感、この先どうなっちゃうんだろ。
でも、いまは離れたくない。

キスの合間の何度か目の息継ぎで、言葉を紡ぐ。
「恭平の裸、見たい」
言うと同時に荒い息をしながら、恭平のワイシャツのボタンを外していく。思っていたより
ずっと広い肩幅に、Tシャツの首元からくっきり浮き出だした鎖骨が表れる。
恭平が自らTシャツを脱ぎ捨て、覆い被さってくる。
細身であっても締まった体、思いの外浅黒く日焼けした体に、私は柄にもなく…トキめいた。

「俺もお前の裸を見たい」
恭平がブラウスのボタンを外して脱がせてくる。あっという間に下着だけの姿になる。
「待って、ホック外すから」
自分でブラのホックを外す。恐る恐るといった感じで恭平がブラジャーをたくし上げる。
私の胸が恭平の前にさらけ出される。


146: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:11:49 1U0XXtmB
「和歌子、綺麗だ」
「やだ…似合わないって」
「触るぞ、いいか?」
「そういうのはいちいち聞かないでよ、恥ずかしい…」
「うん」

恭平の手のひらが、左胸を覆い、そのまま優しく撫でるように触りだす。
「んっ、く、くすぐったいよ」
我ながら色気のないセリフ、でも恥ずかしい心を隠すには調度いい。

次第に手のひらに力がこもる。胸が変形するように大きく潰され揉みしだかれる。
乳首を指先で摘まれ、捻りながら押し込まれる。
「んん、う、ああ、ん、ふわぁ…」
自分の声じゃないような甘えて蕩けた声が漏れる。
「痛く…ないか?」
「うん、痛くは…ないよ、変な…ン感じ…、んん、はぁ、あっ」

「じゃあ」
恭平が空いている右胸に頭を埋めてくる。
「…ん」
そっと乳首に口付けされる。
「ひゃんっ」
今度は歯で乳首を甘噛みされた。くすぐったさとは違う電流のような刺激が背中を駆け
上がる。
私の悲鳴に堰を切ったかのように、恭平は左胸への愛撫と右胸への吸い付きを強めて
くる。

「あ、ア…ン、ふわ、や、ああ、あっ!」
恥ずかしい、私ってばなんて声をあげてるんだろう。

恭平の右手が、横腹をなぞり、足の付け根へと伸びてくる。
ショーツの上から、裂け目をなぞられる。
「あん、ん、あ…」
それだけで意識が飛びそう。
上端に行った手が、ショーツに分け入り、茂みを掻き分け、私のヴァギナに触れてくる。


147: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:13:03 1U0XXtmB
クチュリ…

「ひぅっ、ふわあぁっ!」
確かな水音とともに、それを纏わりつけた恭平の指の動きを感じてしまう。
溢れていることが恥ずかしい。知られてしまうことが恥ずかしい。
しかしそれらの恥ずかしさを超えてなお、恭平の手で秘所をなぞられる快感は、意識の
全てを真っ白に塗りつぶすような感覚を与えてくれた。
「こんなに…濡れてるんだ…」
呆然としたような恭平の声が、どこか遠くから聞こえたような気がした。

「や、やだ、恭平…ばかり、ずるい…よぉ」
恭平を両腕で押し返す。
「い、嫌だったか?」
恭平がちょっとおたおたしている。だけれどそんな恭平をからかう余裕なんて全くない。

「恭平のを…全部見せて…ほしいよ」
「え?あ、あぁ」
恭平がズボンのベルトを外してパンツを下ろす。
プルンと赤黒く脈打つ恭平のものが眼前に現れ目が釘付けになる。
「…、これがオトコの…」
先から粘液が垂れている。そっと手を伸ばして優しく触る。
「不思議な…堅さだね…」
きゅっと握ったり、しごいたり…その度にビクビクいう熱い肉棒。
うっ、という吐息が恭平から漏れる。これが私の中に入るんだ、なんか不思議な感じ…。

「っ!和歌子、これ以上は駄目だ!」
せっぱ詰まった声で恭平が叫ぶ。
「え?」
何が駄目なの?これ以上ってどういう意味?
「和歌子に触られているだけでイッてしまいそうなんだ」
「気持ち…いいの?」
「我慢の限界…理性、とびそう」
歯を食いしばり、荒い息をはき出しながら、途切れ途切れの言葉を漏らす恭平。


148: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:14:11 1U0XXtmB
「それに、俺、ゴムなんて持ってないし」
「…ゴムって?」
「コンドーム」
言われた単語で、今後の展開の具体性が増して、赤面する。
でも、私、恭平に抱かれたいんだよ。恭平のものになりたいんだよ。
熱に浮かされたようなフワフワな頭の中、私の方がとっくに理性を無くしちゃってるん
だろうか。

「…いいよ、多分大丈夫だと思う。それにね、私、恭平のものになりたいの」
「だめだってば!それ以上お前に言われたら理性無くしちまうって。俺、和歌子を本当に
大切に思ってる、だから今日はここで終わりだって」

まじめな恭平。
融通の利かない恭平。
でも「大切に思っている」ってなんて嬉しい響きなんだろう。

見上げると恭平は、顔を上気させてたまま荒い息をしている。
「恭平、辛そうだよ…」
私が再び恭平のものを優しくしごく。くぅと喉を鳴らす声が聞こえる。
「恭平、嬉しい…感じてくれて、私のこと大切に思ってくれて」
そういいながら恭平のものへと顔を近づけていく。蒸れた汗の匂い、恭平の匂い。
「わっわか、こ…?ば、馬鹿やめっ、汚いって!」

ちゅ…

恭平のものに口付ける。
先っぽから出ている粘液を音を立てて吸ってみる、変な味。
「うあっ!わ、だめ、だって」
よく分からないながらも、恭平のものを吸い出すように舌と内頬をつかってしごく。
「くちゅ、ちゅぼっ、じゅぼっ、くちゅ…」
淫らな水音が頭全体に響きわたる。
溢れる唾液がだらしなく口端から流れ出る。
気持ちいい?これで気持ちいいの?


149: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:15:14 1U0XXtmB
「わ…わか、こぉっ…!」
声にならない叫びを上げながらながら恭平はガクガク腰を揺すりはじめる。必然恭平の
ものが私の口の中で暴れ回る。

「んちゅ、ひょうふぇい、ふひにひへ、ひひんあお…ん、じゅぶっ!んんっ!」
-恭平、好きにして、いいんだよ-
くわえたままでの発声は、すごくイヤらしくて、まるで淫乱馬鹿になったみたい。

「和歌子っ!放せ、出る、くぅぅっ!」
肩を押して引き剥がそうとする恭平に必死になってしがみつく。
一瞬、恭平のものがびくんと大きくなった感じがした途端、恭平の腰が痙攣するように
動いて…口の中に何かが充満した。

…精液だ、これが恭平の精液だ。

熱い…。そして苦い…って言うか生臭くて変な味がする。
喉を打つ飛沫と咽せくる臭気に思わず咳き込んでしまった。
「けほっ、けほっ、んふっ、んんっ」
出された精液を吐きだしてしまう。

「はぁ、はぁ、はぁ、っ!和歌子、大丈夫か!?ほら、出せって!」
あわててテッシュを取ってきて口を拭いてくれる。
「咽せちゃった、でも大丈夫。恭平のだから、嫌な感じはしないよ」
「お、お前…無理するなよ、ほら」
胸やおなかの滴も丁寧に、優しく…、私に零れた恭平の残滓が拭き取られていく。


150: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:16:12 1U0XXtmB
「ごめん、なんだかんだで俺って格好悪いよな」
「ふふふっ、恭平に格好良さなんて求めてないよ」
ごめん、嘘付いた。こんな恭平は堪らなく格好いいよ。
「なんだよ…、悪かったな」
ちょっとふて腐れる恭平、好き、大好き。

「そのさ…俺たち、今までも、これからも一緒だよな、無理に急ぐこともないと思うんだ」
「…うん」
「俺は和歌子を大切にする、お前の隣は俺の場所だと思ってる」
「うん」
「その…和歌子、これからもよろしく」

真っ赤になった恭平が手を差し伸べてくる。
その手を両手で握り返して、私はうなずく。
「はい、恭平、こちらこそよろしくお願いします」

「っ!は、はいだなんて、使い慣れない言葉で返事するなよ」
照れて後ろ向いた恭平の背中に、思いっきり抱きつく。
「ふふっ、恭平ありがとうね、大好き!」
「わわっ和歌子、生で胸が当たってるって」
「当ててるんだも~ん」

恭平を好きでいて良かった。恭平が好いていてくれて良かった。
幼なじみから恋人へと一歩踏み出した関係を噛み締めながら、夕焼けの最後の残滓が
消え去りつつある部屋の中で、私と恭平は裸のままじゃれ合っていた。


151: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:16:53 1U0XXtmB
以上です。

最後まで読んでくれた方、ごめんなさい、ごめんなさい。
恭平君の驚異の自制心のお陰で膜、破けませんでした。
この話は一応これで終わり、なはずです。

いつも行ってるのが過疎スレなんで、こんなにGJ&続き待ってるレスが
貰えるなんて…と感激しています。
正直、続きは考えていなかったんで、登場人物の人格崩壊してないか心配
です。

駄文にお付き合いありがとうございました。

152:名無しさん@ピンキー
08/10/03 00:20:21 fEUdIkhW
リアルタイムGJ!

なんともいえない甘々さがよかったです
登場人物の人格とか気にならないくらい美味しく頂きました

153:名無しさん@ピンキー
08/10/03 00:21:45 EEiAFg65
>>151
GJ!!

154:名無しさん@ピンキー
08/10/03 00:25:43 l9MM8cQ0
GJ以外にどんな言葉が似合うだろうか…
こういう空気いいなぁ

155: ◆9fxcNmN64c
08/10/03 00:44:12 1U0XXtmB
GJレス、はえーw
重ね重ねありがとうございました。

また何かひらめいたら投稿しようと思います。
それではその時まで。ノシ

156:名無しさん@ピンキー
08/10/03 01:06:11 C7yGS0kE
なんというかな・・・。恭平の芯の強さみたいなのがここでも
伝わってくるな・・・。なんか大事にしたいからていったってこの場面
ふつうは我慢できないだろう。
そして恭平になにかしてあげたいという和歌子の気持ち。
長い年月をかけて想いを培ってきた二人の絆を感じる
最後だがGJ!

157:名無しさん@ピンキー
08/10/05 07:45:10 lJKRLcyw
うp主に唯一にして最後の指令を与える!





膜を破れ!w
何はともあれGJ!

158:名無しさん@ピンキー
08/10/07 23:55:43 EIPSHrQm
ho

159:名無しさん@ピンキー
08/10/07 23:56:47 SlLZq2k2
猫がいる……

160:名無しさん@ピンキー
08/10/10 16:55:19 55e83tUK


161:名無しさん@ピンキー
08/10/10 17:43:45 phlR9umi


162:名無しさん@ピンキー
08/10/10 19:31:40 4HnBn1Wi


163:名無しさん@ピンキー
08/10/10 19:53:04 CgGhdAZs


164:名無しさん@ピンキー
08/10/10 20:38:38 aEjrXtXo


165:名無しさん@ピンキー
08/10/10 21:03:49 sHvX4na2


166:名無しさん@ピンキー
08/10/10 21:11:45 KfHdAXSK


167:名無しさん@ピンキー
08/10/10 21:47:46 LYVOMDRZ
で…

168:名無しさん@ピンキー
08/10/10 22:40:15 paxN671K


169:小ネタ・星空の下で
08/10/10 22:52:54 phlR9umi
「はぁ~、綺麗な星空ね~」
「はぁ~…どうすんのさ、このあと」
「いいじゃない、ほら星が綺麗よ」
「夜勝手に外出てまでして見るものか……?おばさんも心配してるだろうよ」
「あ、さっきメールいれといたから大丈夫」
「いや後で大目玉確定だから!!わかってんのか!?」
「そしたら私は博貴に連れ出されたって言うわ」
「・・・よくそんな事が言えたな。窓から侵入して俺を拉致したのは理沙だ」
「うっさいわね。誰のためにこの丘に来たと思ってるの?」
「あ?」
「あんたの為にシチュを用意してんのよ。」
「なんだ?どういう意味だ?」
「意外と博貴はロマンチストだしね。私しか知らないと思うけど」
「・・・・」
「なら星空の下なんて最高の舞台じゃない?だから来たの」
「・・・どういう意味だ」
「伊達に15年一緒じゃないわ。あんたの思ってることは丸見えよ」
「・・・・」
「まったくヘタレもいい加減にしなさいよ。男はがっつりいかないと」
「・・・なんか面目丸潰れなんだが」
「全部あんたのせいじゃない。まだ言わないなら、私から・・ふむぅ!?」

「・・・ちっ。格好よく言う筈だったのに。グダグダ過ぎだな」
「やっぱロマンチストね・・・今のファーストキスなのよ?」
「こっちもだ馬鹿・・・・なあ?」
「・・・・ん?」
「俺さ、理沙が好きだ。」
「・・・うん、ずっと待ってた。私も博貴が好き」
「そっか。じゃ帰るぞ」
「ねぇ、博貴はおじさんに何発なぐられるかなぁ?」
「なんでそういうこと言うかなぁ!?帰りたくない・・・」

「じゃあ・・・・朝帰りにしよっか?」

170:名無しさん@ピンキー
08/10/10 23:11:55 phlR9umi
ふぅ……終了
投下二回目とは緊張したぜ

171:名無しさん@ピンキー
08/10/10 23:49:32 phlR9umi
とは→×
とはいえ→〇

172:名無しさん@ピンキー
08/10/11 00:08:01 vLaX568s
対応スピードすげえ!
GJです

主人公尻に敷かれるんだろうなww

173:名無しさん@ピンキー
08/10/11 00:10:09 E4teYwve
あまあま~GJ!


174:名無しさん@ピンキー
08/10/11 07:17:16 wROOqKNH
GJ

人いねぇな・・・・

175:名無しさん@ピンキー
08/10/11 22:48:00 9wn9UwyY
ROMしてる人は結構いそうだけど

理沙みたいな幼馴染を待っていた GJ


176:名無しさん@ピンキー
08/10/13 23:20:06 FZj7lzGb


177:名無しさん@ピンキー
08/10/13 23:33:11 2doYUmt2


178:名無しさん@ピンキー
08/10/13 23:40:42 pjql6QeA


179:名無しさん@ピンキー
08/10/14 00:01:06 LLsRdIjs


180:名無しさん@ピンキー
08/10/14 00:07:08 2oHng1kS


181:名無しさん@ピンキー
08/10/14 00:41:24 qcFl8hWZ
☆ゅ

182:名無しさん@ピンキー
08/10/14 17:53:58 vjunCs2H
発音の仕方教えてくれ

183:名無しさん@ピンキー
08/10/14 18:14:28 rz0ATz3G
口を「ま」の形にして「ゆ」と言えばいいかと

184:名無しさん@ピンキー
08/10/14 18:16:11 rz0ATz3G
よく考えてみたら>>181は単に「ほしゅ」って言ってるだけかも試練

185:名無しさん@ピンキー
08/10/14 22:53:24 81the5iu
な、なんだってー!
とまぁどうでもいい話しだなぁおい

186:名無しさん@ピンキー
08/10/15 00:07:12 AcnKvXFA
えーと、その、スマン
「ほし」に「ゅ」でちょっとしたダジャレなわけで………
まさかレスがつくとは思わんかったわ

187:名無しさん@ピンキー
08/10/15 23:08:01 fU2hz+Gm
>>186 
感動した!一番槍GJ!

188: ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:01:48 1ROeoEQI
こちらのスレには初めての投下です。
長めでエロ率少なめ。一応、近未来ものの体裁をとっております。
苦手な方は、タイトルの アリス か ◆Epsd0/LvVM でNG指定をお願いします。

189:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:03:56 1ROeoEQI
 世の中に天才という人がいるとすれば、彼の事だろうといつも思う。
 貧富の差が激しい現代において、裕福な家庭に生まれついた私の、幼馴染。
 政財界の大物とその家族が集まるパーティーの片隅ですら、いつも彼は異彩を放っていた。
 作り笑いを知らず、丁寧な言葉遣いも、振舞うべき所作も知らず、いつも彼はひとりだった。
 庭にうずくまる彼に興味を持ったのは、同じ年頃の子供が他にいなかったからか、うわべだけはにこやかでも、心の奥では『女優の子』と私を蔑む
大人達から逃れるきっかけを作りたかったのか。今はもう覚えていない。
「何を見てるの?」
 彼は私に振り返ったが、特に何の感慨も抱かなかったようで、すぐに視線を地面に戻す。
 その態度は著しく私のプライドを傷つけた。
 女優だった母から見目の良さ、父からは良く回る頭脳を受け継いだ私は、いかに振舞えば自分の魅力を増すことができるか、それを周囲から学び、
自然と身に着けてきた。
 愛らしい笑い方。いちばん綺麗に見える立ち姿。上品で優雅に見える歩き方。
 そこに居るだけで人目を引く魅力を私は持っている。…それが10歳にも満たない子供である私の自信だった。
 だから声をかけても公然と無視する彼のことが癪に触ったと同時に、私以外の何に興味を持っているか、とても気になった。
「何を見てるか聞いてるのよ!」
 語気を荒げて聞きなおすと、彼は面倒くさそうに顔を上げ、澄んだ深緑の瞳を私に向けた。
「蟻。」
「…蟻?」
 思わず聞きなおした私に、彼はうんざりした顔でそう、と答えると、また地面の上に目を戻した。
 ドレスの裾を汚さないように私は彼の隣に屈みこみ、一緒に蟻を眺める。すぐ近くで私の顔を覗き込んで、彼は一瞬とても驚いた顔をして見せた。
「…蟻がどうしたのよ。」
「不思議じゃない?言葉も持たないちっぽけなこいつらが、ちゃんとコミュニュケーションを取って、一つの巣の構成員として生きてる。」
 少年はわたしの問いにそう答えながら、茶菓子のビスケットを砕き、かけらを地面の上にこぼした。
 一匹の蟻がそれに気づく。数匹の蟻が寄ってきたと思ったら、みるみるうちにたくさんの蟻がやってきて、我先にとかけらを巣に運び始める。
「自分だけ腹いっぱいになりたいなら、ここで食えばいいだろ。でもこいつらはそうしない。…こいつらは、自分が蟻社会の構成員だってことを
知ってるのかな。一ミリも無いちっぽけな脳みそで、何を考えてると思う?。こいつらに誰かが好きとか嫌いとかいう感情があると思う?…
心があると思う?」
 彼の言葉は同世代のものにしては難しくて理屈っぽく、それでも私の興味を揺さぶった。
 生き生きと蟻の心を語る彼は、私の周りにいたどんな人間とも違っていて、新鮮だった。
「おいでアリス。おばあさまがいらした。ご挨拶をなさい。」
 父の低い声が私を呼ぶ。私はもう少し彼と話がしたかったが、父には逆らえない。
 老いてなお社交界に影響力を持つ、気難しい祖母の興味を引くため、父は私をこの場に連れてきたのだ。可愛い孫という武器として。
「…じゃあね。」
 後ろ髪を引かれる思いで、私は彼に手を振ると、彼に背を向けた。
 父は私を「私のアリス」といとおしげに抱き上げ、額にキスを落とす。それすらも、仲睦まじい父娘に見せるための演出であると、私は漠然と
気づいていた。それでも私は父が好きだった。
 ふと振り返ると、彼は立ち上がり、私をじっと見つめていた。
「アリス…」
 遠ざかる唇のかたちがそう動いたのを覚えている。

190:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:05:55 1ROeoEQI
 彼との出会いは、私が人生を踏み外した一歩目だと、今は自覚している。
 次の日、私ははじめて昆虫図鑑というものを見た。気味の悪い蟲がリアルに描写されている本、いままではそんな認識しかなかった。
 ただの蟻という名だと思っていた昆虫に、様々な種類があることを知った。私が昨日、庭で少年と見た蟻を一生懸命探したが、特徴を覚えていなかった
ためすぐには見つけられない。生息地域や色などから、おそらくこれだろうと絞り込めたときは不思議と嬉しかった。
 その図鑑は詳しくなかったので、次は蟻の生態を書いてある本を探した。父の趣味である、紙に活字を印刷したレトロな…今思えばとても高額な…
図書室は、ネット書庫と比べると物を調べて探すには手間がかかることを、私は知らなかった。とにかくどの本も重いうえ、子供の背では一番下の段より
上には手が届かないから、いちいち脚立を移動しなくてはならない。人目を盗んで忍び込んだので、誰かに探してもらう事も出来ない。
 夕方、図書室の扉が開いている事に気づいた使用人が中を覗くと、やっと見つけた子供向け学習書の「アリのせいかつ」のページを枕に、私は満足げに
眠っていたという。
 おしゃれとダンスとおしゃべり以外の世界を知った私は、その日から吸い込まれるように勉学に取り付かれた。
「きょうだいの中でいちばん綺麗な顔のお前が、もったいない。」
 頭の切れる女は可愛げが無くなると、祖母は残念がったが、父は私の好きにさせてくれた。
 ただ、自分の容姿を磨く事は怠らず、いつでも父の手持ちの駒で居る事は忘れなかった。亡くなった母の代わりを勤められるように。
 あの少年はわたしの遠縁にあたるらしく、その後もたびたび出会い、その度に簡単な会話を交わした。
 話すたび、彼が文句無く天才と呼ばれる部類に属する人間であり、自分がどれだけ努力しても並ぶ事すらできないと思い知らされた。
 そしてある時期から彼はぷっつりと姿を見かけなくなり、私は忙しい毎日の中で、彼のことを少しずつ忘れていった。
 そんな彼と再会したのはアカデミーのゼミだった。
 よれよれの服に黒縁眼鏡をかけた彼がまさかあの少年だとは、最初気づかなかった。
「…アリス?」
 そう呼ばれてすら分からないくらい、あの賢くて気難しい幼馴染は、ただの冴えない変人に成長していた。
「なんで私のミドルネームを知ってるの?」
 きょとんとする私に、しどろもどろに彼は、
「えーっと、あのアリス…だよな?」
と聞き返す。
 そうしてるうちに教授が授業を始め、私は彼から興味を失った。
 ずいぶん後になってから、家族以外で私をアリスと呼ぶ同世代の男性はひとりしかいないと、ようやく思い出した。

191:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:08:11 1ROeoEQI
 彼…ハービーはアカデミーでも既に変人呼ばわりされていて、そういうところは子供の頃からちっとも変わってないことに苦笑いさせられた。
 成績は文句無くトップクラスで、飛び級で入学し、私と同じ歳でありながらもう3年も先輩だということ。
 変人が高じて家を勘当され、いまは奨学金で暮らす苦学生で、専攻は有機人体工学であること。
 人付き合いが極端に悪く、おそらく友人と呼べるような人間はいないだろうということ。
 取り巻きの男子学生たちは、少し私が興味を示しただけで、ほいほいと情報を提供してくれた。
 私がはじめて劣等感を持った少年とこうして再会するのは、不思議な偶然であると同時に、軽い失望を味あわされた。
 …このまま出会うことなく、子供の頃の憧れの姿のままいてくれればよかったのに。
 ふけが落ちてきそうなぼさぼさの頭と、猫背の背中を見てため息をついた。その癖、やっぱり私より成績は優秀なのだから、たちが悪い。
 それでもゼミが同じになれば何度も顔を合わせるし、幼馴染のよしみで言葉も交わす。
 自然と、彼も私をアリスと呼ばなくなり、他の皆と同じように、カレン、とファーストネームで呼ぶようになった。
 印象的だったのは、ある日、カフェでお茶をしていた時だった。
 そのカフェは、レジ係にアンドロイドを使っていた。
 こんな街中で、仕事に従事するアンドロイドを見かけるのはとても珍しい。彼女ら…アンドロイドの大半は女性型である…は人目につかない場所で
ひっそり働いている事が多かった。
 一緒に食事をしたときは私のおごりだという暗黙の了解があったから、私はレシートをアンドロイドに手渡した。
 無機質な喋りと表情の無い顔が気味悪かった。ましてや彼女らはその素体として死んだ人間を使う。人間の脳に勝る演算速度と記録能力を持つ
コンピューターは、未だ開発されていなかったし、生きた人間を改造する事は倫理の観点から、国際法で禁止されているからだ。
 動く屍。人間のかたちをしたロボット。一般的なアンドロイドの認識とはそんなものだ。
「アンドロイドを店員に使ってるようじゃ、あのカフェはすぐ潰れるわ。」
 私がそう言うと、彼はどこか憤慨しているようだった。
「性能の無駄遣いだ。」
「そうね。もっと高機能が生かせる場所で働かせればいいわ。…できれば人目のつかないような。」
 釣り銭を渡される際、冷ややかな手に触れられそうになったことを思い出して、私は身震いする。
「そうじゃない。人間をベースに作ってるんだ。性能はそのままに表情も声も、もっと感情豊かに引き出せるはずだよ。」
 僕なら…
 彼はそう呟いた。
「僕なら、生きたアンドロイドを作れる。」
「貴方らしいわね。」
 私は笑った。蟻に心があるかと悩んでいた頃から、やはりちっとも成長していない。

192:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:09:01 1ROeoEQI
 突然、父に呼び出されたのは、それからしばらくしてからのことだった。
 最近はあまり家に顔を出していない。それを指摘され、アカデミーを退学しろと言われるかとびくびくしていたが、父の用件はそうではなかった。
 そしてアカデミーに戻ると即、私はアンドロイドの居るあのカフェに、彼を呼び出した。
「…話って?」
 私は、ある高名な博士の名を挙げて、この人を知っているか、と尋ねた。
「アンドロイド研究の第一人者だ。昔、雑用のアルバイトで彼のファクトリーに入ったこともある。それがなに?」
 常識だと言わんばかりに、彼は鼻を鳴らす。知っているなら話は早い。
「父の持っている会社のひとつが、博士にアンドロイド製作を依頼したのよ。仕事は受付嬢。早くて正確な対応と…あとはまぁ、話題性作りね。」
 私は説明しながら、レジの方をちらりと見た。相変わらず無表情にお金を受け取る店員。
 この話を父から聞いたとき、計画が頓挫して良かったじゃない、と心の中で思った。アンドロイドに接客業など、はじめから失敗する事が約束されて
いるようなものだ。
「受付って…博士の得意ジャンルは軍事系アンドロイドじゃないか…それで?」
 呆れたように、彼は話を促す。
「契約を済ませて、アンドロイド育成の準備ができた頃、博士が急病で倒れたらしいのよ。」
 えーっ!!…と立ち上がって彼が叫ぶので、店内の視線は私たちに釘付けになった。私はそそくさと彼を座らせ直す。
「続けて良いかしら……話題性作りとしては博士じゃないと困るというので、この計画は立ち消えになったんだけど、未完成の素体アンドロイドが宙に
浮いた形で残ってしまったのよ。契約は済んでいたから、うちの会社のものになるんだけど、博士のファクトリーはそれどころの騒ぎじゃない。それで…」
「話が見えてきたぞ…」
 彼はわくわくと、身を乗り出した。「そのアンドロイドを育成できる人材を探してるって訳だ!」
 予想通りの反応だった。
 ―僕なら、生きたアンドロイドを作れる―
 扱いに困った父が私に、アカデミーには知り合いの専門家がいないか?と相談して来た時、私には彼の顔しか浮かばなかった。
 無名の、しかも実務経験も皆無な彼の名を挙げたとき、父はとても驚いたが、それでも私に任せると言った。可愛い末っ子の気まぐれを聞いてやろうと
いう親心かもしれないし、彼の実家に恩を売る機会だと思ったのかもしれない。
 父の思惑は量れなかったが、それでも、生きたアンドロイドというものが存在するなら、私も見てみたい。
「やる!やらせてくれ!!こんなチャンス二度とない!!」
 彼は私の手を、なんの遠慮もなくがっちりと握った。

193:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:10:43 1ROeoEQI
「…言われた通りの機材は揃えたわ。最低限の設備にはなるけど…」
 薄暗い地下室の明かりをつける。こつこつと、二人分の固い足音が響いた。
「一応、ファクトリーと同等のことは、ここでできそうよ。」
 契約が反故になった時に、違約金としてかなりの金額が戻ってきたらしく、父はそれを全額私に預け、必要経費として使うことを許した。
「…ただ、人を雇う余裕はないわ。だから貴方一人で育てるの。期日は一年。できる?」
 それなりにまとまった金額だったが、アカデミーの敷地に近い地下室の家賃と中古の機材の購入費で、それの大半は消える。
「充分さ。」
 彼はそれぞれの設備を念入りに確認しながら、頷いた。
「一応、見習い院生兼バイトとして、あちこちのファクトリーで働いて、必要な知識は盗んだ。制御の為のおおむねのプログラムは自分で組めるさ。
…ところで」
 彼はきょろきょろと辺りを見回した。
「肝心の素体は?」
「…こっちよ。」
 私は奥のカーテンを開ける。
 ちいさなカプセルの中に、氷漬けになって封じ込められている、2歳か3歳くらいの幼女。
 あまりにもいたましくて、わたしは目をそらす。
 これから、こんな小さな子供の遺体をいじりまわして、無償で働くロボットにしようというのだ。
「脳へCPUを埋め込む外科手術は終わってる。有機金属製パーツの交換も済んでいる。あとは蘇生作業をすれば、すぐに育成に入れるそうよ。」
 頷くと、彼はカプセルの中の少女をじっと見つめた。私を含めた誰にも見せた事のないような、いたわるような、やわらかい眼差しで。
「…死因は、わかる?」
「カルテが一緒に届いていたから、見れば分かると思うわ。でも、そんなことが必要なの?」
 アンドロイドの素体となる以上、病気や内臓の損傷…特に脳に…が無いかどうか、厳重な検査が成されているはずだ。
「そりゃそうさ。これから生き返らせてあげるんだ。どんなに怖くて、痛くて、辛くて、寂しい思いをしたか、少なくとも僕は分かってあげないと…」
 そう言いながら、カルテをぱらぱらとめくる。
「施設の出身…冬の川に落ちたことによるショック死…か。身寄りが無くて遺体の引き取り手がいなかったんだな。」
 かわいそうに、と彼はつぶやいた。
「…寒かっただろうに。こんな冷たいところに入れてごめんよ。すぐにあっためてあげるからな。」
 見知らぬ子供の遺体に話しかける姿は優しげであり、また、頭のおかしな人間にも見えた。

194:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:11:59 1ROeoEQI
 蘇生作業が一段落し、私と彼は疲れ果てていた。
 一人でやれると彼は言ったが、実際にこういう速度と正確さを要求される作業は、一人の手では負えないため、結局私が手伝わねばならなくなる。
貧乏くじを引いたとは思ったが、なにかを作り上げる工程というのは、思ったよりも充実感があった。
 今は、少女の弱いが安定した心拍が、モニターに波打つように表示されている。
「悪いね。飲み込みが早くて助かるよ。さすがは才色兼備のカレン様。」
 彼はくたびれた顔で、それでも満足そうに笑う。
 長椅子にどさりと腰を下ろして、差し出されたインスタントコーヒーに口をつけた。甘くて安っぽいけれど、不思議と美味しい。
「ところでさ、名前、何がいいと思う?」
 少女の眠るカプセルにもたれて顔を覗きこみ、彼は私に尋ねる。
「名前?」
 わたしはきょとんとして聞き返した。
「形式番号の事?」
「そうじゃない。名前は名前さ。」
 何を言っている、と彼は口を尖らせた。
 アンドロイドには識別するための形式番号と固体番号が登録されるが、名前など無いか、もしくは所有者が買い取ってから、気まぐれに呼び名をつける
程度だ。
「コミュニケーションの基本は名前だ。」
 腰に手を当てて胸をそらし、彼は言い切る。
「コミュニケーション?」
 そう聞き返して私もカプセルを見る。…育成の最終段階近くまでこの中で眠っているこの子と、いったい何の情報交換をしようというのか。
「そう、そこが僕の理論の肝さ。」
 彼は眼鏡の奥の緑の瞳ををきらきらさせながら説明する。
「通常、アンドロイドの育成期間中はバイタルチェックが基本で、知識や言語は、プログラムされた内容を睡眠学習と言う形で、脳に直接送り込む。
でもさ、せっかく高速処理できる優秀な頭脳を持ってるんだから、プログラムは倍速でも理解できるはずなんだ…だから、残ったその半分の時間を使って、
対話形式で情緒や感情を…心を、教えるんだ。」
「…心を…対話で…。」
「そう。一対一で言葉を交わす。人間の子供だって、密室で授業のVTRだけ見させ続けて育てたら、ろくに感情表現できない子になっちゃうさ。
アンドロイドの脳は人間と同じ。だったら、ちゃんと言葉を通じて教えていけば、人間と同じように、きめ細かい感情が芽生えるはずだよ。」
 彼の理論は長ったらしいが、いちいち頷けるものだった。
「暗がりで計算だけしてればいいなんて可哀想じゃないか。表情や言葉で緻密なコミュニケーションが取れるアンドロイドがいれば、人と関わる仕事が
もっとたくさんできる。」
「それで、まず名前…か。なるほどね。」
 女の子の名前など選び放題だと思ったが、いざ今ここで名づけろといわれると、確かに良い名が思いつかない。
 彼は腕組みしたまま、うんうんとしばらく唸った。そしてふと顔を上げ、私の顔をじっと見つめる。
「………アリス。」
「え?」
 久しぶりにミドルネームの方で呼ばれて、私は少し驚く。
「なに?」
「そうじゃない。…アリス。あの子の名前はアリスにしよう!」
「…ちょっと待ってよ。紛らわしいじゃない。」
 私は慌てて彼を引き止めた。アンドロイドが私と同じ名前なんて、と思う気持ちもあった。
「いいじゃないか。君はカレン、この子はアリス。紛らわしいことなんて無い。」
 私と少女を交互に指差しながら、早口でまくしたてる。そして、カプセルに取り付けたマイクのスイッチを入れると、彼は大きく息を吸った。
「…君の名前は、アリス。こんにちは、アリス。」
 管理用のモニターの脳波を表すラインが、ぴくんと反応した。
「…反応した!…アリス、聞こえてるね?僕はハービー。僕の名前はハービーだ。これからよろしく!」
 それが彼の長い模索の第一歩だった。

195:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:15:46 1ROeoEQI
「差し入れよ、ハービー。」
 ノックをしても返事がないので、いつものように合鍵で扉を開けて、地下へ続く暗い階段を降りた。
 もともとガレージの地下に作られたこの部屋は、お世辞にも快適ではない。打ちっぱなしの壁はそっけないし、床もところどころひびが入っている。
 天井が高いので圧迫感はなかったが、さほど広くない部屋に必要な機材が詰め込まれているのでとにかく狭い。
 しかも最近になって、デスクと椅子、ベッドまで持ち込んだので、もう歩く隙間を確保するのが精一杯だった。
 彼は住んでいたアパートを引き払って、こちらに住み込むことを決めたらしい。
「こっちにいるのがほとんどで、寝るためだけに帰るのは、時間も家賃ももったいない。」
 それが彼の主張だった。父の決めた一年という育成期限を過ぎたらどうするのかと思ったけど、その時はその時なりに身の振り方を考えるのだろうと
思って、口は出さなかった。
 幸い水道と電気は通っているし、シャワーとトイレもある。生活するぶんには困らないだろう。
「ハービー?」
 姿が見えないのできょろきょろとあたりを見回すと、長椅子にぐてりと横たわって仮眠を取る彼を見つける。仮眠というよりは、疲れてそのまま
眠ってしまったのだろう。
 一応白衣らしきものは着ていたが皺だらけで、顔には無精髭まで生えてきて、みっともなくて見ていられない。
 …二十過ぎたらただの人、ってほんとね。
 あーあ、と私はため息をついた。あの庭での彼との出会いは、もしかして私の初恋だったのかもしれない。夢が夢のまま終わってくれれば良かったのに、
現実の時の流れというのはなんと残酷なのだろうか。
 目を覚ます気配のない彼に見切りをつけて帰ろうと、持ってきたサンドイッチをデスクの上に置いた時、モニターの横の青いランプがちかちかと点滅した。
『カレン?』
 画面に文字が流れる。
 …あら、起きたのね。
 私は、彼がつけっぱなしにしていたヘッドセットを奪い、マイクを通して話しかけた。
「おはよう、アリス。…と、言ってももう昼ね。」
『じゃあ こんにちは カレン』
「そうそう。良い子ね。」
 私の声に反応して、画面に文字が流れ飛ぶ。
 脳波から表現したい言葉を読み取って文字に変換するシステムを、彼はアリスとの会話のために開発した。これだけでも特許が申請できそうなほど
画期的な発明である。ただ、彼はこのシステムでは満足しておらず、最終的には文字でなく音で、アリスの声を再生するシステムを作るつもりだと
言っている。
 必要最低限の時間はアカデミーに出向き、残りの時間をアリスとの対話と新システムの開発に費やす。放っておくと食べる事も眠る事も忘れるから、
私はこうやって、何度も様子を見に来なくてはならなかった。
 一月ほどしか経っていないというのに、アリスはずいぶん大きくなっていた。
 1年後には成人前後まで成長させるのだから当たり前なのだけど、アンドロイドの育成というものを初めて見る私には新鮮だった。
 雑談でも何でも、話せば話すだけ彼女の心も成長する。そう言われて、私も暇があるときはこうやって相手をしていた。

196:アリス  ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:16:37 1ROeoEQI
『ハービー 寝ちゃった さっきまで アリスとお話 してたのに』
「疲れてるのよ。寝かしてあげなさい。」
『はい』
 文字上のつたない表現であるが、今の外見である5~6歳の幼児にふさわしい物言いにくすりと笑う。
 アリスはカプセルの中で、薄く目を開けて、透明な樹脂硝子の蓋越しに私を見た。
『カレン きれい。』
 その文字を見て、私は思わず赤くなった。美人だと言われることも慣れているし、そのための努力も欠かしてはいない。ただ、無垢なアリスの言葉には
嘘もお世辞も下心もない。それが解っているから嬉しいし気恥ずかしい。
「ありがとう。嬉しいわ。」
 喜びを言葉で伝える。アリスと話すときはできるだけ素直に。私はそれを心がけた。この対話は感情表現の学習なのだから、ひねくれた態度を取れば
彼女は戸惑ってしまう。
 育成カプセルの溶液の中で、アリスはにっこり笑った。…これがアンドロイドかと思うほど、可愛らしい素直な笑顔に驚かされる。これが彼の言う、
生きたアンドロイドというものなのか。
『きょう ハービーは アリスの おとうさまだって 教えてくれたの カレンは アリスの なに?』
 …お父様、ね。まぁ確かに、育ての父といえばそうなんだろうけど。
 私は長椅子でいびきをかく彼を振り返って肩をすくめた。父親の威厳なんて微塵もない。
「うーん。どうなんだろう?」
 迷う私に、アリスは不思議そうな顔をする。
『カレンは アリスの おかあさま? お勉強したよ おとうさんと おかあさんがいて こどもが うまれます って』
「…お母様は、ちょっと、勘弁…」
 私は苦笑いした。
「お友達じゃ、駄目かな?」
『いいよ カレンと アリスは おともだち』
 カプセルの中で、アリスは素直に頷いた。
 私は少し複雑な思いになる。
 アンドロイドに人権は無い。いくらこの場で友達ごっこをしてみせても、彼女がこのカプセルから出たときに、彼女と私は人間と物という、
越えようのない壁に隔たれる。
 それはアリスを大きく失望させる事になるのではないか。この少女が純粋であればあるほど、暗い気持ちになる。
 幸い、そんな細かい表情の変化までは、硝子越しには読み取る事ができないようだった。
『アリスと カレンは おともだち アリスの はじめての おともだち』
 アリスは無邪気に喜ぶ。
 私は彼女とどういう距離で付き合えば良いのか分からなかった。
 ハービーはアリスの父親として彼女を溺愛し、育て、導いている。しかし私はあくまでスポンサーとして彼女の育成を管理する義務があるというだけで、
成長した彼女を物として使役するのも、また私のような人間である。
『カレンは ハービーの なに?』
 物思いにふけっている時に投げかけられた突然の質問に、私は意表をつかれる。
「…お友達よ。」
 そう答える他にない。
 友達付き合いも悪くなり、足しげくこの地下室に通う私を見て、アカデミーの友人達が、私が彼と同棲していると噂しているのは知っている。
 しかし現実は彼はアリスに夢中で、私のことはそもそも、女として見ているかどうかすら怪しい。
 そのことは私のプライドを少し傷つけたが、アリスを見ていると仕方が無いとも思える。手をかけ心を砕けば砕くほど、この子は輝く。
この吸い込まれるような魅力には、私も敵わない。
『カレンと ハービーも おともだち?』
「そうね。オトモダチ。」
「…なんだ、来てたのか。」
 呻きながら、ハービーが起き上がった。
「食事、持ってきたわよ。どうせ食べてないんでしょ。」
 私は背を向けたままデスクの上の袋を指差した。
「いつも済まんね。」
 彼はぼりぼりと頭を掻きながら袋をさばくと、中身のサンドイッチにかじりつく。
「…さて、私は帰るわね。さようなら、アリス。」
『さようなら カレン』
「オトモダチ、ね~。」
 サンドイッチをくわえたまま、彼は複雑な顔をして私を見送った。


197: ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 01:19:16 1ROeoEQI
長くなるため一度切ります。
非現実ものの需要はあまり無さそうなのが少し心配です。
スレ違いの場合はご指摘をお願いします。

198:名無しさん@ピンキー
08/10/16 01:49:53 O5ZELsxE
>>197
最後まで投下してくれんと評価もできんなぁ。
別にスレ違いではないと思うから投下してしまえ

199:名無しさん@ピンキー
08/10/16 04:41:34 hoNr76Oe
>>197

続きwktk!

200:名無しさん@ピンキー
08/10/16 07:14:43 D6qMtCyG
近未来ものハリウッド映画風でなかなかいいぞ。
続きを待つ。

201:名無しさん@ピンキー
08/10/16 10:41:42 sXweaCnP
読み物系の需要もあるぞ。

202:名無しさん@ピンキー
08/10/16 11:00:36 uhIWvNYI
ここからどーなるか、とても期待

203:名無しさん@ピンキー
08/10/16 12:27:30 Rm9hic9U
面白いぜ!wktkしながら続きを待ってる。


しかし一つ突っ込ませてくれ。女型なんだからアンドロイドじゃなくてガイノイドなんじゃないか?
いや、人間の肉体をベースに使用しているなら寧ろサイボーグなんじゃないか?

204:名無しさん@ピンキー
08/10/16 15:17:06 V3gnZp3Z
ここであえて>>187に突っ込んでみる

205:名無しさん@ピンキー
08/10/16 17:07:39 QarCikVS
>>203
ガイノイドとかマイナーすぎるだろ……

206:名無しさん@ピンキー
08/10/16 17:26:18 WLjUy/xm
イノセンス見てればわかるけどな

207:名無しさん@ピンキー
08/10/16 18:12:19 Rm9hic9U
イノセンスは見た事ないが、「アンドロイド」って言葉自体が男性型を指すんだぜ。

208:名無しさん@ピンキー
08/10/16 18:20:17 +tL/932e
別に名称をアンドロイドにするかガイノイドにするかで作品の面白さが変わるわけじゃないからどうでもいいです

209:名無しさん@ピンキー
08/10/16 19:37:53 Easa+Jh7
>>207
> イノセンスは見た事ないが、「アンドロイド」って言葉自体が男性型を指すんだぜ。

狭い意味ではそうなるけど、一般的には Android で性別関係なく人造人間を意味するよ
英語圏のSF作品でも、わざわざ女性と男性で分けて呼んでるもののほうが少ない

210:名無しさん@ピンキー
08/10/16 20:52:37 WxJOc01b
wktk

211: ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 22:57:31 1ROeoEQI
後半投下いたします。
最後の方にわずかに暴力表現が入ります。(メインの3人とは無関係のキャラクターです)

>203
謹んで突っ込まれます。アッー!!

書き始めた当初は、サイボーグに代わる言葉が無いか探しました。
サイボーグはどうしても「一部を機械化した生きた人間」のイメージがあったので。
一般的に認知されてない言葉や造語を使うと、私の場合説明が長くなり
無駄に2レスほど使ってしまうので、冗長になるのを避けたかったのもあります。

調べてる最中にアンドロイドは厳密には男性型、という記述も見かけて迷いましたが
R・デコやレスキューのマール様なんかも、女性型だけどアンドロイドだよな~
とか思って、最終的にアンドロイドをそのまま使いました。

他の用語もかなり適当なんですが、
特に説明しなくても、なんとなくこういうものかなー?と脳内補完をお願いします。

212: ◆eoluWvU73w
08/10/16 23:07:35 1ROeoEQI
 それから半年、アリスはつつがなく成長した。
 言語の学習が進むにつれ、あのたどたどしい言葉遣いは消え、なめらかな言葉で表現できるようになった。
 背も髪も伸び、顔からはあどけなさが消えていく。大人用の育成カプセルに引っ越す頃には両胸もふくらみ、女性らしいたおやかなシルエットに
なってきた。
 彼女が育つにつれ、私の足はあの地下室から少しずつ遠ざかっていった。
 学費を抑えるため留年だけは避けたい彼は、アカデミーには真面目に出てきたので、一応死んでいない事は確認できたし、食事も私が届けないなら
学食で済ませているようだった。
「アリスが会いたがってるぞ。」
 彼に言われたら仕方なく訪ねる、そういう日々を重ねていった。
 ここに来るのは嫌いではない。でもなんとなく、彼とアリスの間に入るのが気まずく感じるられるようになってきた。
 彼に呼び出され、今日、会いに来たのも一週間ぶりだ。
 アリスはまだ眠っていた。人間にすれば十四~五歳くらいの外見だろうか。すらりと伸びた白い手足。花嫁人形のように整った目鼻立ち。
 …この綺麗な少女と、彼は毎日何を話しているんだろうか。そんな事を考える。
 アリスという名の人形は、理想通り健やかに育っている。それなのにどうして私は、こんなにいら立つのだろうか。
「…カレン、話がある。」
「なに?改まって。」
 いつになく真面目なハービーの表情に、私も少し固くなる。
「頼みがあるんだ…」
「…なによ?」
 彼は落ち着かない様子で咳払いをしたり貧乏ゆすりをしたりして、こちらがいらいらし始めた頃、やっと本題を切り出した。
「アリスに、男女のセックスを見せたいんだ。君のそのモデルになってもらいたい。」
「………なんですって!?」
 驚きのあまり、長椅子から転げ落ちそうになる。
「正気?あなた、何を言ってるか分かってるの!?」
 呆れて物も言えないとはこの事だ。私をからかう趣味の悪い冗談かと思ったが、彼の真剣なまなざしはその可能性を否定する。
「…この間から、性教育を始めたんだ。そうしたら、よく理解できない、できればどういうものか見てみたい、って…」
「なんで、そんなこと…まだ早すぎるんじゃないの?」
 まだ中身は純真な子供だとばかり思っていた。いや、純粋な子供だからこそ「見てみたい」などと言えるのだろうけど。
「…僕の手を離れて社会に出たら、何があるか分からない。無用に傷つかないように、正しい知識は必要なんだ。」
 ひどく苦しそうに、うめくように彼は言う。
 言いたいことは分かる。アンドロイドと言っても半分は生身だ。下半身が機械化してなければ男性を受け入れることはできる。
 所有者の中には、ダッチワイフか何かと勘違いしている人もいるし、街に出たアンドロイドが、人間対して抵抗できないのをいいことに
暗がりで暴行されるという事件もある。
 普通の人間ならば、生活していくうえでなんとなく、そういう情報を手に入れていくものだろうが、大人になるまでファクトリーの中で過ごす
アンドロイドには、能動的に与えてやらねば必要な知識を覚える事はできないだろう。ましてや彼女の成長は早い。

213: ◆eoluWvU73w
08/10/16 23:09:50 1ROeoEQI
 …言いたいことは、分かる…けど…
「…OKすると思う?…なんで、私が…」
 わなわなと声が震える。彼は渋面を作ってみせた。
「こんな事、他に頼める奴がいるか?」
 …いないでしょうね。女の子と喋ってるところなんて見たこと無いもの。…アリス以外は。
「…相手…って…やっぱり…」
「僕。」
 眼鏡の奥の目は大真面目だから手に負えない。
「………帰るわ。」
「待ってくれよ!本当に困ってるんだ!!君なら経験もそれなりに豊富だろ?」
「勝手に決め付けるんじゃないわよ!!」
 すがりつく彼を必死に押しのけ、ヒステリックに叫ぶ。
「恋愛映画の濡れ場とか、無修正ポルノとか見せれば良いじゃないの!!」
「映画は作り物だし、無修正とかそんなもん可愛いアリスに見せられるかっ!!」
「じゃあ、ひとりわびしく自家発電するとこでも見せときなさいっ!」
「もう見せたっっ!!」
 ……………本当に…見せたの…?
 怒鳴りあいがぴたりと止まった。
 さすがに赤面してそっぽを向く彼を睥睨しながら、頭の良い馬鹿って本当にいるのね、と妙に感心してしまった。
「…僕は、アリスに愛を教えたいんだ。」
 くるりと背を向けて、彼はぼそぼそと呟く。
「高尚ね。頼んでる内容は露出プレイの割には。」
「だって、愛しあう男女の究極の姿だろ。」
「愛しあう、ねぇ…。」
 くだらない、と私は吐き捨てた。
「貴方も私も、所詮は演技じゃないの。嘘を教えることには変わりはないわ。」
「…僕は…っ!」
『カレン?』
 澄んだ声が部屋に響いた。
 鈴を転がすような、久しぶりに聞くアリスの声。
 カプセルの中は生命維持のための溶液で満たされているので、本当に声は出せない。けれど脳波を言葉に変換する装置は改良されて、
彼女の声帯から推測される高さの合成音で表現できるようになっていた。こちらの声も、わざわざマイクをつけなくとも、高感度の集音マイクで
拾われて、彼女の脳に送り届けられる。
 このシステムのおかげで、私たちは彼女と自由に、ごく自然に会話することができた。
『お久しぶりです、カレン。ずっとずっとお会いしたかったです。』
 言葉遣いは変わったけれど、純真なところはそのままね、と思った。
「…愛、か。」
「…カレン?」
 いぶかしげな彼からは顔をそむけたまま、私は小さな声で告げる。
「いいわ。協力する。」
「…本当…か…」
 ぽかんと口を開けたままの彼は、とんでもなく間抜け面だった。
 あなたの為じゃないわ。私はあなたの言う『愛』を覚えたアリスを見てみたいの。

214: ◆eoluWvU73w
08/10/16 23:12:43 1ROeoEQI
 汗を流すというよりは儀式のまえの禊のようだと、シャワーを浴びながら思った。
 がちがちに緊張した身体にタオルを巻きつけて部屋に戻ると、先にシャワーを済ませたハービーが、ベッドの上に寝転がって待っていた。
 …こんなこと…
 見慣れた部屋がどこか非現実的で、まるで再現された映像を遠い場所から眺めているような気分になる。
 照明はもう落としてあったので、カプセルの中のアリスの姿は見えないけれど、私たちの姿を息を潜めて見守っている気配を背中に感じた。
 カプセルにはカメラがしつらえてあって、映した映像を直接、彼女の脳に送り込む仕組みになっている。
「…はじめるよ、アリス。」
 彼の声はおそろしく静かだった。
『はい。』
 アリスは神妙に答える。
「…気が散るかもしれないから、静かに見ていてね。」
 優しい声で言い聞かせると、彼はわたしの背後に回った。
「タオル取って、裸の姿を見せてあげて。」
 私は言われた通り、カメラに向かってタオルを取る。すぐ後ろで、彼の喉がごくりと鳴るのがわかった。
「男の体はこの前、見せたよね。…これが、女の人の身体。カレンは特別に綺麗なんだよ。」
 普段の物言いからは信じられないような、歯の浮くような言葉遣いに驚く。
 女優だった母譲りの、豊かなバストとくびれた腰。いままでそれを維持していて良かったと思った。
 両腕が私の肩越しに伸ばされ、髪をかきあげ、頬を撫でる。
「…だいたい、最初はキスから。」
 肩を抱かれ、唇が重なった。
 思ったよりずっと上手だった。舌が歯列をすっと舐め、私の舌を絡めとる。
 シャワーを浴びる前、経験はあるのか?と尋ねたら、予想外にも『ある』と返事が返ってきた。
 家を出る前、兄達に無理やり連れられて色町を何度か訪ねたのだと、不承不承告白した。
 あの家の男どもの行きつけならば、相当高級な娼館だろう。このキスも、その先の出来事も、そこで手ほどきを受けたのだろうか、とぼんやり思った。
 長いくちづけのあと、彼と目が合う。眼鏡の奥にずっと隠されていた緑の瞳は、あの不思議な少年の頃と変わらない。
 彼は背中から私を抱きしめたまま、ベッドの上に腰掛ける。自然と、私はその彼の膝の上に抱えられる形になった。
 痩せてはいるが、薄く筋肉のついた締まった身体をしているのが意外だった。アリスの育成を始める前は、食費にも困って日払いの肉体労働に
勤しんでいたと言っていたのを思い出す。
 私の身体の正面をアリスの方に向けたまま、彼は私の胸を両手で揉みしだく。
 びく、と私の体が跳ねた。
「…こうすると、女の人は気持ち良くなれるらしいんだ。」
 優しく、しつこく、彼の手は私の全身を撫でさする。動悸が速まり、身体が熱を帯びる。
「…女の人が気持ちよくなってくれると、男も、うれしい。」
 彼の言葉が耳をくすぐるたびに、背筋がぞくぞくとする。…愛しあう男と女という演技に、私も溺れてしまったのだろうか。
 うなじを舐められ、全身の力が抜ける。私は彼にもたれかり肩に頭を預けた。
 繊細な長い指先がすうっとわき腹をなぞって、私の脚のあいだに降りてくる。
「…ここが…」
 彼の指が私の秘所を撫でて、軽く開く。そこはもう、さっきまでの愛撫で熱くうずいている。
「…女性器。ここに男性器が入るんだけど、なにもしないでそのまま挿れると、痛いから…」
 彼が自分の指を舐めるのが分かった。唾液でぬめった指が、私の『女性器』の入り口をなぞり、ゆっくりと侵入する。
 アリスに見られている。そう思うと羞恥で頬がかあっと熱くなる。倒錯した理解しがたいこの状況に、頭がくらんだ。
 指は遠慮がちにじわじわ私の中に潜り込む。訳も無く声が出そうになるのを、必死に抑える。
「…アリス…」
 熱っぽい彼の呼び声に答えようとして、今のは私の名ではなかった、と思い出した。
 どうして彼は、あの子にアリスと名づけたのだろう。
 ―君はカレン、この子はアリス―
 本当に親しい人だけが呼んだ、もうひとつの私の名。私の憧れだった幼馴染の少年は、もう私のことをアリスとは呼んでくれない。

215: ◆eoluWvU73w
08/10/16 23:20:37 1ROeoEQI
 根元まで沈んだ指が軽く引かれ、抜ける寸前に止まり、また入ってくる。
「女の人が気持ち良くなると、ここが濡れてくる。そうすると、男性を受け入れやすくなる。」
 くちくちと粘ついた音をたてて、前後にうごめく指の動きに、私の中に言い様のない感覚が生まれる。
「…声…聞かせたげて。」
 私の耳に口をつけて、彼が囁く。
 恥ずかしくて噛んでいた唇を、薄く開く。
「…ぁ…ぁ…」
 そこから漏れるのはとんでもなく甘い、わたしの声。
 うずくような感覚に耐え切れず腰を動かすと、さっきから背中に当たっている固いものがすれる。
「………っぅ…」
 彼は、何かに耐えるように歯を食いしばっていた。彼がうめくたびに指は激しさを増し、それにつれて腰が動くと、また彼がうめく。
 私の上半身が軽く捻られ、片方の乳房に彼がむしゃぶりついた。
「ああ…っ!」
 先端を舌で転がされ、きつく吸われる。痺れるような快楽が私の中を駆け抜ける。指は膣内を責め、もう片方の手は敏感な突起を探して捕らえる。
 すすり泣くような私の声が、次第に高くなる。
 …もう…駄…目…
 そして訪れた強い衝動に飲まれ、突き抜ける快感と痙攣に全身が支配される。わななきながら彼の名を呼ぶと、彼は背中からきつく私を抱きしめた。

 力が抜けて、あおむけにベッドに倒れこんだ私に、彼が覆いかぶさる。その眼差しは痛いほど真剣だった。
「…繋がる…よ…アリス…」
 かすれた彼の声に応えるように、私は目を閉じた。
 両膝が大きく広げられ、指とは違う熱い異物があてがわれ、私は震えた。そして襲ってくる裂かれるような痛みに抑えきれず、短い悲鳴を上げる。
 ハービーがはっとして私の顔を見た。
「…痛い…わよ…下手くそ……」
 目尻に涙を浮かべながら、アリスに聞こえないくらい小さな声で悪態をついてみせた。
「…ご、ごめん…」
 こちらがおかしくなるくらい、おろおろしている。
 …想定外?そうでしょうね。ずいぶん尻の軽い女に見えてたみたいですものね。
「…演技。」
 痛みに眉をしかめながら、私は促す。
「…愛してる…演技…しなさいよ…」
 彼は一瞬なんともいえない顔をしてみせて、それからきつく握った私の手に、震えるてのひらを重ねて、優しくキスをした。
「…愛してる。」
 そうね、陳腐だけどとても素敵よ。
 苦痛で固まっていた体の力が、ふっと抜ける。私の中でじっとしていた彼のものが、どくんと脈動したように感じた。
「…好きだっ!」
 不意に彼は、けだもののように私に襲い掛かった。好きだ、好きだ、好きだ…何度も何度も繰り返しながら、私の中に熱い激情をぶつける。
 それは演技。そう、私たちのアリスのためのお芝居。
 私が彼の名を呼ぶのも、すがりついて泣くのも、甘えるようにキスをせがむのも、全て演技。
 まるで本当の恋人同士のように抱き合って、私たちは睦みあう。
 痛みは耐えがたく私をさいなむ。でも、苦痛とは違う熱いなにかが、身体の奥から沸き上がってくるのを感じた。それは身を委ねるには少し怖くて、
でも逃げられず、じわじわと私を取り込む。
「抱きしめて…」
 得体の知れない感覚に追い詰められてそう懇願すると、彼は苦しそうに息を吐きながら、力の限り私を抱きしめる。きつくて息ができない苦しさに
もがきながら、彼の与える熱に焼かれ、頭の中が真っ白になる。
 不意に、彼がくっと唸って、繋がりを勢いよく引き抜いた。苦痛と快楽の混ざったような衝撃が、背筋を走る。
 その衝撃に跳ねたお腹の上に、熱いものが浴びせれれる。それが何なのか、最初はわからなかった。

216: ◆eoluWvU73w
08/10/16 23:21:34 1ROeoEQI
 彼ははぁはぁと荒い息を吐きながら、私に倒れかかった。その頭を受け止めて腕を絡める。
『…終わりました、か?』
 遠慮がちなアリスの声に、呆然としていたハービーは、はっと顔を上げた。余韻に浸っていた私の頭の中も、すっと醒める。
「…うん、射精…するととても気持ち良いんだ、男は。…本当は中で出したいんだけど…避妊の都合で…」
「…その避妊の認識、間違ってるから。あとでちゃんと正しい内容を教えておいて。」
 汚れた私の下半身を拭く彼の手をやんわりと払い、髪をかき上げながら起き上がる。
 生殖能力が極端に落ちた現代の人間同士では、自然妊娠はあまり起こらないし、そもそもアンドロイドの彼女に避妊知識は必要ないとは思うけど、
嘘を教えるのは良くない。
「シャワー使うわよ。そのまま帰るから。」
「…もう、帰るのか?」
 ガウン代わりに彼の白衣を羽織る私に、彼はがっかりしたように言う。
「疲れたもの。こんな散らかった部屋に泊まりたくなんかないわ。」
 後ろ手でひらひらと別れの挨拶をして、扉のノブに手をかける。これ以上演技を続けるのは、もう、限界。
「…ありがとう、カレン。」
 ごめん、って言われるかと思った。
「どういたしまして。」
『カレン…』
 後を追うようなアリスの声を締め出すように、私は扉を閉めた。
 どうしてあんな依頼を受けてしまったのか、どうしてこんなに、泣きたいようなみじめな気持ちになるのか、よく分からなかった。

217: ◆9eY09I5bQg
08/10/16 23:22:57 1ROeoEQI
 それから私はずっと、彼らの元には行かなかった。
 今期で博士課程を修了するハービーは、もうほとんどアカデミーには来ないので、偶然顔を合わせることも無い。
 アリスはどうなっただろうか、様子を見に行かねば、とは思うのだが、どうしても足があの地下室に向かってくれない。もしも彼と会ったら
何を話したら良いのか、どう接したらいいのかわからない。
 そんな折、一通のメールが届いた。差出人はハービーの名。一瞬ためらった後中身を見た私は、その足であの地下室に向かっていた。
「カレン様!」
 研究室につながるふたつめの扉を開けると、ひとり室内で佇んでいた少女が、飛び跳ねるように立ち上がった。
 いや、少女と言うべきではないかもしれない。もう立派な大人の女性だ。
「…アリス。」
 ゆるやかに波うつプラチナブロンドに装われた優しげな顔。小柄のほっそりした身体。
 驚くべきはその表情で、少し恥らって、それでも嬉しそうに微笑む様は、今まで見たどんなアンドロイドでも作る事のできなかった、
綺麗で自然な笑顔だった。
 身のこなしも固いところやぎくしゃくした動きは一切なく、アンドロイド特有の身体の線の出るぴったりしたスーツを着ていない今では、
ごく普通の…いや、普通というには綺麗すきるが…人間と寸分変わりは無かった。
「…ついに、歩き始めたのね。」
 これまでの出来事が思い出されて、感慨が押し寄せる。
 人間で言えば成人程度まで育成促進すると、その後はカプセルから出し最終調整に入る。外に出て歩けるようになれば、完成までもう一息という
ところまで来ているということだ。
「つい、一昨日のことです。」
 アリスは静かに頷いた。
「少し前から、次にカレン様がいらしたら外に出てみよう、というお話でした。…でも、育成スケジュールの関係で、どうしてもこれ以上は待てない、
と…」
 申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、慌てて手を振る。
「いいのよ。ずっと来なかった私が悪いんだから。」
 本音を言えば、初めて外に出す時くらいは呼んで欲しかったと思った。でも、私がここに来られなかった様に、彼も私を呼ぶことができなかったの
かもしれない。
 二人は私を待っていてくれた、それだけで充分だった。
「あのメールは、あなたがくれたのね。」
『カレン様、貴女に会ってお話したいことがあります。』
 ハービーの名義で届いた、短いメール。しかし彼からのものでないことは、すぐ判った。
「はい、博士のアドレスを拝借いたしました。…どうしてももう一度、カレン様とお話したいことがあったのです。」
 …博士、か。
 私に様をつけて呼び、彼を博士と呼ぶ。アンドロイドとして人間にどう接すべきか、彼女はよく理解していた。それを安心すると同時に、
どうしようもなく寂しくなる。
「ここに居る間はまだ、今まで通り、カレンで良いわよ。」
「…カレン。」
 少し嬉しそうに私の名を呼び、私の手を取ると、アリスは柔らかな髪を揺らし、長椅子に招いた。私が腰掛けると彼女はその隣に座る。
「あの日…貴女とお父様の愛し合う姿を拝見して…」
 私は顔を見られたくなくて、目をそらす。
「…わたくしは、愛というものが分からなくなりました。」
 アリスは胸の前で祈るように自分の手を握る。
「あの後、貴女はここへ姿を見せなくなるし、お父様も…。あの瞬間、お二人はあんなに幸せそうだったのに。」
 …幸せ?
 彼女にはそう見えたのだろうか。そうだとしたら、彼と私のお芝居はよくできていたのだろう。…ただ、芝居を切り上げて本音に戻るのが、
少し早すぎたのかもしれない。もう少しちゃんと演じきれていたら、彼女は愛情に対する疑問を抱かなかっただろう。
 …つまり、アリスに愛を教えるというあの計画は、失敗したのだ。

218: ◆cJ1N2qA0/Y
08/10/16 23:24:04 1ROeoEQI
「どうしてこうなったのか、わたくしは答えを求めて、データーの海をさまよいました。様々なテキストを読みました。心理学の論文、エッセイ、
小説、恋愛に関するありとあらゆる文章…それらはわたくしに、答えらしきものをいくつか提示してくれましたが、本当の答えと思えるものを
見つけることはできませんでした。」
 アリスは私の手を握り、まっすぐに見つめる。
「カレン、教えてください。貴女はお父様を…ハービー=クランを愛していますか?」
 私はアリスには嘘はつけない。そのまっすぐな心を愛するが故に。
 長い長い沈黙の後、私はひとことだけ、答えた。
 その答えを聞いたアリスは頷くと、私に抱きついて、少しだけ涙を流した。
「…ありがとう、カレン。わたくしは、大事な事をひとつ理解しました。」
 可愛いアリス。私たちの大事なお人形。もうすぐ、お別れね。
「………カレン!」
 その時、研究室の扉が開き、私の姿を認めたハービーが、驚いたように私の名を呼ぶと駆け込んできた。
「わたくしが、連絡したんです。どうしてもお会いしたくなって。」
 アリスが顔を上げて、彼に微笑みかける。
「…そう…か…。」
 少しほっとしたように彼は、座っているアリスの両肩に手を置いた。
「…見ての通り、育成は最終段階だ。幸いアリスは安定していて、今のところどこにも問題は無い。…君のお父上に引き合わせる準備をしてくれ。」
「分かったわ。」
 何を話して良いか分からなかっただけに、事務的な会話はかえって気楽だった。
「…お父様。」
 アリスは甘えるように彼の肩に頬を寄せると、企むように…そんな微妙な表情もできるのかと驚いた…私にちらりと目線を送った。
「いま、カレンとお話していたんです。カレンは…」
「ちょっと待ちなさいアリス!」
 私は慌てて二人の間に割って入った。自然と私はハービーと密着した体勢になる。
「カレンは、愛が理解できなかったわたくしのために、もう一度、愛しあう姿を見せてくれるそうですよ。」
 …そんなこと言ってない!!
 焦る私に、彼はぽかんと口を開け、まじまじと見た。
「…いいのか?」
 いいのか…って…
 その間抜け面を見ていると、ふつふつと怒りが湧いてくる。こっちはあんなに思い詰めたというのに、貴方はずいぶんとお気楽じゃないの?
 少しだけ虐めてみたい気持ちになった。
「…3回回ってワン!と言ったら、相手をしないでもないわよ。」
 それを聞いて、彼はむっつりと黙った。
「できないの?アリスのためよ?」
 私が腕を組んでせせら笑う。できるはずがない。頭の良いことを幼い頃から自覚してる彼は、私同様、実はとてもプライドが高い。犬の真似なんて
死んでも御免だと思っているはずだ。
 彼は勢い良く長椅子の足を蹴り飛ばして八つ当たりし……そして床に手をついて、よたよたと不恰好に3回、回った。
「…わん。」
 実に不快そうな顔で、それでも言われたとおりに、鳴き声もつける。
 ……そこまで…する…?
 言い出した私のほうがあっけにとられてしまう。そこまでしてまでアリスに尽くしたいのだろうか、この人は。
 私は、這いつくばった彼の額に、ヒールのつま先を軽くあてると、アリスに振り返った。
「見た、アリス?あなたもアンドロイドである以上、主からのこういう理不尽な命令にも従わないといけないことを、良く覚えておきなさい?」
 当のアリスは敬愛する父親の情けない姿に、肩を震わせていた。
「…はじめて…理解できました…」
 そして頬を紅潮させて、恥らう。
「貴女は…『女王様』…だったんですね…カレン…」
「「違う!」」
 私たちの声は仲良く重なった。
 まったく、しばらく来ない間に何を学習したのやら。
 …そして「言われたとおりにした」と主張するハービーに押し切られるかたちで、私は二度目のお芝居を演じることとなる。

219: ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 23:27:33 1ROeoEQI
「…これは。」
 常に冷静な父が言葉を失う。その視線の先には、丁寧に挨拶を済ませたアリスの笑顔があった。
 私はあれからつきっきりで、アリスに立ち振る舞いを教え込んだ。
 立ち姿、座る姿、歩き方、笑い方、お辞儀の仕方…顎の角度から指先一つに至るまで徹底的に、最も美しく見える角度と仕草を覚えさせる。
 女優だった母から教えてもらったこと、バレエで学んだこと、礼法の教育で覚えたこと。その全てを彼女に伝えた。
 アリスはじつに優秀な生徒で、教えれば教えるほど、人間のような彼女の魅力がさらに鮮やかに引き立つ。
 成長段階を見守っていた私たちですら、完成したアリスの自然な表情や仕草に驚いたのだ。心のあるアンドロイドを初めて見たのならば、
それはとても衝撃的だろう。
 ごくあたりまえの人間らしさ。その最も基本的なことを再現するのが、技術的にどれだけ難しいか、アンドロイドを一度でも見た事があるなら
誰でも解る。
「…素晴らしい。これ程のものとは。」
 父は感嘆して、そしてハービーに向き直ると満足げに笑った。
「クラン家の三男坊か、見違えたぞ。…良くやってくれた。」
「クランの名はおおっぴらには名乗れませんよ。もう、親父には勘当されたので。」
 彼は照れたように、父とがっちり握手を交わした。
 見違えたのは私も同じだった。床屋で髪を切り、きちんとスーツを着て眼鏡をはずすと、良家の子息に見事に様変わりしてみせた。
美形とは程遠いが、とてもアカデミー一番の変人には見えない。
「カレン嬢の協力がなければ、僕にここまでのことは出来ませんでした。…彼女には、心から感謝しています。」
 今度は私が照れる番だった。父は赤くなった私を見て、昔のように優しく笑って頭を撫でた。
「…そうだな。お前が一番の功労者だな。…私のアリス。」
 それを聞いたアリスが、えっ?と口を押さえる。
「そうね、あなたは知らなかったわね。私の名前は、カレン=アリス=クロフォード。あなたとお揃いね。」
 そしてくるりと振り向いて、アリスの手を握った。
「お別れね、アリス。…どうかその笑顔で、たくさんの人を幸せにして。」
「…カレン…様…。」
 寂しそうな表情すらも本当に綺麗で、私はこの子に関わって幸せになれた最初の一人だと思った。
 ハービーも顔をくしゃくしゃにして、私たちを見守っていた。
 そのとき、父がこほん、と咳払いをした。
「アリス。」
 私とアリスが同時に振り返る。
「感動的なシーンを邪魔して悪いがね。少し私の話を聞いてもらえないだろうか。」

220:名無しさん@ピンキー
08/10/16 23:32:54 od0vBZ/5
しえん

221: ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 23:32:58 1ROeoEQI
 父の提案は予想外のものだった。
 アリスの主人に私を指名して、今後の彼女のプロデュースを全て任せると言うのだ。できるだけ派手に。父はそれだけしか注文しなかった。
 そしてハービーには、彼のファクトリーのスポンサーになることを約束した。一度、実家に挨拶に行くのを条件に。
「一番頭の良い子を手放したと、クランの奴はがっかりしてたぞ。」
 父は上機嫌で語った。
 そして毎日がめまぐるしく過ぎる。
 『アリス』…この後、急速に普及することとなる感情表現型アンドロイドの誕生は、世界をにぎわせた。
 愛を知るロボット。マスコミは彼女をこう称えた。
 受付を勤めるアリスをひとめ見たいと、会社のロビーには見学希望者があふれ、業務に支障が出たため、週末には各種イベントや
系列テーマパークなどにも積極的に出向き、彼女は休む間もない程だった。そしてどこでも、とびきりの笑顔を振りまいた。
 アリスと彼、そして私の元には毎日取材が殺到し、眠る間もないほどだった。何で私まで…、と思わないでもなかったが、彼は当たり前だと
言わんばかりだった。
「名門クロフォード家の令嬢でアカデミーでも成績優秀。お母さんは有名な映画俳優。…さらにその美貌だ。話題性は抜群じゃないか。」
 君の前では僕なんか、逆立ちしても敵わないよ…と、じゅうぶん嫌味とも受け取れる言葉を、のちに50年に一度の天才と称される彼に言われた。
 鈍感な彼は気づかなかったが、世間では私と彼の仲も取り沙汰された。
 私のセカンドネームが『アリス』であることから、恋人である私を彼女のモデルにしたのだろう、とゴシップ記者は楽しそうに邪推してくる。
 もともとアカデミー内でも良からぬ噂が立ったくらいだから、こうなるだろうことは薄々予測していた。
 父に注意されるかと思ったが、この件に関して父は沈黙を守った。…そもそも、勘の良い父が、私と彼の関係を見抜いていないはずはない。
 個人の才能をこよなく愛する父だ。おそらく、クラン家の天才少年に自分の娘をくれてやり、一族に取り込もうと画策している。だからこそ彼に、
実家との関係修復を要求して、彼自身の価値を上げさせたのだろう。
 ただ、父の思惑はおそらく成就しないだろう。だって彼は一緒の時でも常にアリスを見ていて、私のことなんて目に入ってもいない。

 (何度目かの)アリスの歓迎パーティーが終わって、会社側に彼女を引き渡し、私たちはようやく取材陣から解放された。
 彼女はこれから社内で暮らし、メンテナンスやイベントなど外出が必要な時だけ、オーナーである私が付き添うかたちになる。
 ハービーももうすぐアカデミーを去り、父の出資で郊外に新しいファクトリーを構える。私はまだ博士課程の途中だから、私たちの生活は
これからは、ばらばらになる。
 地下の小さな研究室も今月中に引き払うことが決まっていた。その引越しの仕度のため、彼と私は久しぶりにあの部屋も訪れた。
 狭く散らかったその部屋にはもうアリスはいない。それは思った以上に寂しいことだった。
 いたるところに、三人での思い出が残っている。交わした言葉、笑顔、それに…
 ハービーも同じことを思ったのだろうか。扉を開けてしばらく薄暗い部屋をぼうっと眺めていたが、何かを振り払うように首を振ると、
着替えもそこそこにベッドの上に寝転がった。
「…疲れたから、片付けは明日で良いか?」
「いいわよ。どうせ業者が来るのは週末だしね。」
 そう言いながら、私も長椅子にもたれる。
 二人とも、相当酔っていた。「アルコールは貴重な脳細胞を腐らせる」と普段は一滴も酒を飲まない彼だが、パーティーでは立場上飲まないわけに
いかないし、私は私で、下戸な彼の負担を減らすため、積極的に杯を受けねばならなかった。
 ネクタイも眼鏡も外し、ワイシャツの前をはだけた彼は、久しぶりにだらしない変人に戻っていた。
 静かなこの部屋で、私たちはそれぞれ思い出に浸る。
「…少し、独り言を言っても、いいか?」
 彼がつぶやいた。酔っ払いの愚痴を聞いてやろうと私が頷くと、彼は仰向けに横たわったまま、目を閉じて腕を額の上に乗せ、表情を隠す。

222: ◆Epsd0/LvVM
08/10/16 23:34:38 1ROeoEQI
 ―昔、僕が子供の頃、屋敷には何人かの雑用係のアンドロイドが居た。
 今思えば、早めに外に出して育成コストを減らすためなんだろう…皆、子供の姿をしていて、こちらの言う事は一応理解するものの、
ろくに会話は成り立たなかった。ただ言いつけのままに動くロボットとして、人目のつかないところで黙って働いていた。
 僕は当時から変わり者で家族と馴染めず、早々に離れに追いやられていた。
 そこでは数少ない使用人と共に、一人のアンドロイドが働いていた。早朝から深夜まで黙々と働き続ける女の子…僕はその子を蟻のようだと思った。
離れという巣の、僕という王様に仕える働き蟻。
 蟻の行列を見て、虫にも心はあるのだろうかという疑問を抱いていた僕は、ある日、実験をはじめたんだ。
 朝昼晩、そのアンドロイドに声をかける。
 最初はおはよう、とかこんにちは、とか簡単な挨拶。それに慣れてきたら、今日は暑いねとか、明日は雨かな、とか簡単な会話。
 最初はろくに返事も出来なかった彼女が、僕を見ると立ち止まるようになった。まるで話しかけられるのを待っているかのように。
 そうなったら次は褒めてみる。働き者だねとか、君が掃除してくれるから部屋がいつも綺麗だよとか。…褒めれば伸びるという、
犬のしつけか何かの本を参考にしたんだと思う。本心からそう思ってたかは覚えてない。
 最初は黙って聞いていた彼女は、戸惑いながらも「ありがとうございます」と言うようになった。
 僕は、自分の実験の成果が出るのが嬉しくてたまらなかった。…彼女が好きだったのかと言われれば、嫌いではなかった。でも…
一人の人間として扱っていたかと言えば、そうじゃない。…ただの実験動物…そういう言い方が、一番近かったと思う。
 そしてその日、事件は起こった。
 寒い夜だった。一番上の兄が珍しく離れにやって来た。兄貴は僕をよく殴ったし、その日は特に悪酔いしてる風だったから、
僕は顔を合わせるのを嫌って早々に部屋に引っ込んだ。
 しばらくして静かになったから、僕はトイレに行くために廊下に出た。応接室の前を通るとき、何かの物音に気づいて、少し開いている
扉の隙間から中を見た。
 ……………。
 あの子が、犯されていた。
 小汚い豚のように呻く兄貴の下で、声も上げずにただ揺さぶられるだけの細い身体。びりびりに破かれた服と、奇妙に折れ曲がった足。
虚ろなあの子の、目。
 当時子供だった僕にはそれが何だか解らず、それでも見てはならないことを見てしまったことは直感的に気づいて、息を潜めて部屋に帰った。
 …ただ、その光景は目の奥に焼きついてずっと消えなかった。
 そして、あの子は壊れた。
 …壊れたとしか言い様がない。脚の間から血を流したまま、焦点の合わない目でふらふらと徘徊するあの子を、次の朝、中庭で見つけた。
 僕が何を言っても、もう何も反応しなかった。ごめん、助けられなくてごめんって、何度謝っても。
 その日のうちにあの子は廃棄された。犯人は兄貴だってすぐ知れ渡ったけど、親父はちょっと注意した程度で済ませてしまった。
不用意にメイドに手を出されるよりは、ずっとマシだということだろう。
 当の兄貴は「いくつもヤッたけど、壊れたのはあれが初めてだ。あれは不良品だ」って憤慨してた。
 うちの所有するアンドロイドだ。何をしても兄貴は悪くない。…悪いのは、僕だ。
 あの子は心のかけらが芽生えはじめていた。だからこそ理不尽な暴力にその心が耐えられなかった。
 僕の好奇心を満たすためだけの実験は、ひとりのアンドロイドに心を生み出して、そして壊したんだ―


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