【貴方なしでは】依存スレッド3【生きられない】at EROPARO
【貴方なしでは】依存スレッド3【生きられない】 - 暇つぶし2ch650:心の隙間
09/03/04 04:05:11 ADPolyeK
―「…2人ともなに見つめあって惚けてるの?私のいない間に……。」

ビックリして振り返ると、いつの間にかトイレから戻ってきた姉が真後ろに立っていた。
姉は女性と話すとなんでも変な方向に持っていく癖があるみたいだ。

「べっ、べつに見つめ合ってないよ、」

「そうよ?…第一息子と母なんだからべつに見つめ合うぐらい普通だよ?」

母が言ったことに疑問をもったがまぁ見つめ合う家族だっているだろう…あまり深く考えないようにしよう。

「普通じゃないでしょ…まぁいいわ…荷物はまとめたんでしょ?早く帰ろうよ。」

「そうね…それじゃ私はナースの人達にお礼言いにいくから先に表玄関まで行っといて。すぐに私も行くから。」
母がそう言うと、前もって買ってきてたケーキを冷蔵庫から取り出し、部屋を後にする。

「それじゃ行こっか?」

「うん…」

1ヶ月お世話になった病室を見渡す。
この部屋に少し愛着が沸いてきていたのかもしれない。
私物が無くなって真っ白な風景になった部屋を見渡すとどこか寂しく感じる。
もう来ることもないだろう…

「お姉ちゃん……玄関まで手繋ごっか?」


「え?………うん……はいっ!」


651:心の隙間
09/03/04 04:05:42 ADPolyeK
俺から手を繋ごうなんて、言ったことがないから驚いたのだろう。
少し戸惑っていたがすぐに手を差し伸べてきた。

「さっ行こっか?」

「うん。」
姉に手を引かれ部屋を後にする。

「早く家に帰りたいでしょ?リクエストなんでもして良いよ?作れる範囲なら。」

「ははっ、今から考えとくよ。」

今から家に帰り、俺の退院祝いをしてくれるらしい。
夕方には凪と凪母も参加すると言ってたので、俺たち家族が食材を買って家に帰らなければならない。


―「まだちょっと肌寒いな…」

母を待つために病院から出る。
ロビーで待っていても良かったのだが、早く病院から出たかったのと、一際でかい桜の木が病室から見えたので、近くに行って下から眺めたかったのだ。

「うわ~綺麗な桜…満開になったらすごいでしょうね。……」

「うん、上から見えたから近づきたかったんだ……綺麗だね。」

この一本だけやたらでかい…なのに物凄く繊細で桜の色も綺麗だ
姉も見惚れている。

「ん?な~に?何か顔についてる?」

「いっ…いや、べっ、べつに…。」

姉の横顔を眺めていると見られてることに気がついたのかこちらに振り向いた。
慌てて目を反らすがなぜかオドオドしてしまった。

652:心の隙間
09/03/04 04:06:25 ADPolyeK

「…さっきね?…勇に手を繋ごうっていわれた時、ビックリしたけど物凄く嬉しかった…」

握っている手をもう一度しっかり握り返してくる。
少し手汗をかいてるが、離すどころか姉は力強く握っている。

「…勇……今しか言わないことだから…私の話聞いてくれる?」

顔が髪に隠れて表情が見えない。
声を聞く限り泣いてる訳でもなくはっきりと話している。

「うん……べつにいいよ。」

多分お母さんが居てると話せないことなのだろう。
2人だからこそ話せる話だってある。

「…私ね?……勇が他の人と話してるのを見かけると、たまに物凄くイラッと来るときがあるの……姉なのに嫉妬なんておかしいでしょ?」

「……」

その感情がおかしいのか正直わからない…俺はこの家族で育ったから他人の家族と比べることなんてできなかった…。

姉に彼氏ができれば少なからず嫉妬するかもしれないし。
母が再婚すれば始めは反対するかもしれない。
ただ仲が良い家族には良くあることじゃないのかと俺は思っている。

「私バカだから………こんなこと普通聞かないと思うけど………私どうしたら勇の自慢のお姉ちゃんになれるの?」


653:心の隙間
09/03/04 04:06:54 ADPolyeK

―「自慢の……お姉ちゃん…?」

「うん……ずっと考えてたんだけど、正直自慢のお姉ちゃんってどんなのかわからなくて……一応いろんなことしたけど勇と一緒にいる時が一番楽しいし……自慢のお姉ちゃんって……勇に近づかなきゃ自慢のお姉ちゃんになれるの?……わからない…」

入院してる間ずっと考えてたのか…。
入れ替わりで姉が入院したらたまったものじゃない。

「…お姉ちゃんにとってさ…俺って胸張って弟ですっいえる?」

「あたりまえじゃない!?勇は私の弟よ!!」

「あたりまえ…だよね?俺も一緒…あたりまえなんだよ。」

「え…?」

「俺の姉はお姉ちゃんだけだし、お姉ちゃんしか考えられない…だってあたりまえに毎日一緒にいたからね。」

「ぇ……あ…」

「他人に自慢なんてしなくても俺のお姉ちゃんってだけで大満足だよ?家族愛なんて俺たちが決めることでしょ?他人が決めることじゃないでしょ。」

「……」
そう…これは俺たち家族のことなんだ…いちいち他人に自慢なんかしても、なにも得る物なんて無い。


「今の俺があるのもお姉ちゃんのおかげなんだよ?俺が自慢って言うなら、自慢の弟にしたお姉ちゃん自信、誇りに思っても罪にならないでしょ?」

654:心の隙間
09/03/04 04:07:27 ADPolyeK

「勇…」

「だから強いて言うなら普段のお姉ちゃんが自慢できる姉かな?」
そう…普段の姉こそ一番魅力的だと断言できる。
正直無理してる姉はみてるほうが痛々しくなる。

「そう………ふふっ……勇って本当に女ったらしね……ちょっとドキドキしたよ?。」

姉が髪をかきあげてこちらを見る姿に少しドキッとした。
さっきまでの姉と違って表情がどことなく色気を感じたからだ。
なにか吹っ切れたみたいに清々しい顔をしている。

「女ったらしって……人聞きが悪いな…」
心を見透かされてるみたいで恥ずかしくなり桜の木に目を向ける。

枝の間から差し込む太陽が眩しい…。



「勇?」



「ん~?なに?」




―「心から愛してるわ…。」



「うん…ありがとう。」

家族愛か別の愛情か……姉の声からは判別できなかった。

ただ多分もうこの言葉は聞けないと思う……。
姉として一つの区切りなのだろう。


「ふふっ…勇に彼女ができたら大泣きしてやるから、おぼえてなさい?。」

恥ずかしいが桜よりも姉の笑顔のほうがはるかに綺麗だった。

655:心の隙間
09/03/04 04:08:01 ADPolyeK

―「こらー!!勇も麻奈ちゃんも、お母さん置いてなにウロウロしてるのよー!?」

声につられて後ろを振り返ると、こちらに走ってくる母が視界に入る。

「あぁ…そういや玄関前で待ってろって言われてたね…忘れてた。」

「はぁ、はぁッ忘れてたって……てゆうか仲良く手繋いでなにしてたの?」

多分探してくれたのだろう。
服が少し乱れている。

「ん?上から見た時この桜だけ目立ったから近くで見たかったんだよ。だから見てた。」

「そう…じゃあ、なんで手繋いでるの?」
どことなく膨れっ面に見える。

「お母さん…知らないの?姉弟で手を繋ぐなんてあたりまえなのよ?…見つめあうのがあたりまえみたいにね。」

姉なりの母に対する仕返しなのだろう。
だが母は「あっそっか。」と普通に流してしまった。

最近分かったことだが母は魔性の天然らしく、姉が言うには1ヶ月一緒に暮らしたけど、未だに行動パターンが読めないらしい。

「それじゃ、私は反対の手…を握りたいけど荷物あるからこうするね。」
開いてる腕を母が組んでくる。


「まぁいいけど…車までだよ?」

こうやって三人で歩く桜道が一番の退院祝いかもしれない。

656:心の隙間
09/03/04 04:08:30 ADPolyeK

   ◇   ◇   ◆   ◆   ◆   ◇   ◇   ◇

― 「この辺までくるとやっぱり安心感があるなぁ…。」
車に乗って40分、やっと地元についた。

ここまで来ると見慣れた建物がいくつも並んでいる。

いつも見ていた建物だが、なぜかテンションが上がる。

「そうね……」

母の車に乗るのはこれで二回目だが、運転はかなり慎重だ。

だから運転中の母に話しかけても、あまり返答が返ってこない。
母の身長のせいで少し前が見づらいらしい。

「もうすぐ家かぁ~なんだかワクワクする。」

「おかしなこと言うね勇は、自分の家へ帰るのにワクワクするの?」

後部席から身を乗り出し話しかけてくる姉を、母が危ないと注意する。

自宅へ帰るのにワクワクするなんて入院しなければ分からない感情だと思う。

このワクワクはもう経験したくない。


懐かしさに浸っているとポケットに入ってる携帯がヴーッヴーッと震えるのを感じた。

携帯をポケットから出してディスプレイを見る。


「誰だろ?………凪ちゃん?。」

携帯の画面には「凪ちゃん」と表示されている。

657:心の隙間
09/03/04 04:14:43 ADPolyeK
ありがとうございます。
少し長いので切りました…後半部分は20時までには絶対に投下します。

では仕事いってきますね。

658:名無しさん@ピンキー
09/03/04 08:22:42 I6e8uLcs
そこまで気合入れて投下時間指定しなくてもw
GJ! 長かった物語もそろそろフィナーレなのか。感慨深いな。

659:名無しさん@ピンキー
09/03/04 11:26:34 Jt0DDngE
GJ

660:僕が大嫌いだって言うと、こいつは愛してるって言う。
09/03/04 18:32:31 RAD3wjfo

僕はこいつが嫌いだ。
僕と同じ声。同じ顔。僕はこいつの「代用品」として育てられた。

「企業」の創設者、その血を最も濃く受け継いだ小さな少女は、生まれた時から敵に囲まれていた。
だから、「企業」は一つの保険をかける事にした。
危険から少女を遠ざけるために。
「もしも」の時、少女の不在を隠すために。
つまりは、影武者という代用品を使って。

「でも、僕はあなたの事が大好きですよ」

僕はこいつが心底嫌いだった。

こいつと同じ顔でさえ無かったら、僕は僕として生きることが出来たろうに。
こいつと同じ声でさえ無かったら、僕は僕として生きることが出来たろうに。

こいつと同じでさえ無かったら――
僕はこいつを、愛する事が出来ただろうか。

「構いません」

こちらの考えを見透かしたように、言う。

「あなたが僕を愛してくれなくても、あなたが僕を憎んでも、僕は構いません」

だから、だからどうか。

「何処にも行かないで。何処へも行かないで。僕を、独りにしないで。」
「あなたを縛った僕を許してくれなんて言わない。あなたが望むなら僕は今すぐ舌を噛み切ります。だから」

だからどうか、僕を置いて死なないでください―


661:僕が大嫌いだって言うと、こいつは愛してるって言う。
09/03/04 18:36:06 RAD3wjfo

僕が死んでも誰も悲しまないと思ってた。
「代用品」が居なくなったって、何も変わらないと思ってた。だけど。

僕と同じ顔が泣いていた。
僕と同じ声で泣いていた。

結局、僕は死ねなかった。



僕の世界には、価値のあるものなんて一つしかない
その一つが無くなってしまった世界なんて、滅びてしまえばいい
僕がそう思っていること、あなたは知っていましたか?

662:名無しさん@ピンキー
09/03/04 18:39:36 RAD3wjfo
ちょっと思い付いたんで、場繋ぎ的に投下
「代わり」にしかなれなかった少年に恋した「代わり」のいる少女、みたいな?
続くかどうかは微妙ですけど――

さて、半裸で待とうか

663:心の隙間
09/03/04 19:46:57 ADPolyeK

―「凪、勇くんなんだって?」

「べつに良いよだって!!お兄ちゃん達もまだついてないんだってさ。」

時計を見るともうすぐ四時になる。

やはり少し早すぎたみたいだ。
凪に早く行こうと言われて、予定より二時間も早く私たちは家を出てしまった。

買い物もまだ行ってなかったらしい。
早く付くのならと、私たちも一緒に買い物へ行くことになった。

「勇くん大丈夫かしら……奈々の運転は怖いからね…身長が低いから危なっかしいのよ…。」

あの子の助手席に座ったことがあるけど、正直心臓に悪い。

「…奈々って……誰?」


「ん?勇くんのお母さんよ?」

「あっそうなの?可愛い名前だね。」


―名前で思い出した。
勇くんが入院中、私が奈々の名前を呼んだら不思議そうに「奈々ちゃんって誰ですか?」って聞いてきたことがある。

さすがに私も奈々もポカーンとしてしまった。

あなたの母の名前よと教えると、物凄く驚いてた記憶がある。

さすがに天然爆発なあの子でも相当ショックだったらしく。その日は一日中、上の空だった。


664:心の隙間
09/03/04 19:47:30 ADPolyeK

まぁ息子に名前を知られて無いなんて気落ちどころではないだろう。
奈々には心中お察しする。

「もうすぐ勇くんの家につくわね…楽しみ?」

「うん!!早くお兄ちゃんと遊びたい!!」

凪もまだまだ子供。
あの子が小学生になびくとは思えないけど、面倒見は良いみたいだ。

「…勇くん……はぁ…」

凪に聞こえない声で小さく呟く。


―勇くんを一番始めに見た瞬間、呼吸をするのを忘れるくらいビックリした。

麻奈美ちゃんと話しをしていても勇くんが気になってしかたがなかった…。

なぜ気になったかと言うと、奈々の旦那に似ていたから…。
そして誰より私の旦那に雰囲気が物凄く似ていたのだ。

一瞬で目を奪われて初恋の時のように心臓が大きく跳ね上がった。

あの時。なんとか勇くんと話がしたい、声が聞きたい…だから麻奈美ちゃんを引き止めようと必死になった。
しかし用事があると麻奈美ちゃんに会話を中断されて勇くんと話すことが出来なかった…。

「ふふっ……恥ずかしいわね…高校生相手に…」

帰り際、見えなくなるまで勇くんの背中を眺めていたのを覚えている……背中姿だけでも目に焼き付けるために…。


665:心の隙間
09/03/04 19:48:02 ADPolyeK

私と凪は本当に似ている。
顔や性格は勿論なのだが、一番私の血を濃く受け継いでる部分がある。

それは一つの物に魅了されると、その物しか目に写らなくなるのだ。

簡単な話、産まれもっての依存症なのだ。
携帯番号を聞いてくるあたり凪はかなり本気らしい。

父が亡くなってすぐ、運命的に父に似た人と出会った……。
勇くんは依存するならもってこいの人間なのだ。
多分凪より私が先に出会っていれば、歳関係なしに勇くんと関係を持とうとしたかもしれない。

皮肉にも私の大親友の息子と言うことで叶わなかったが…


―「あぁっ!お兄ちゃんだ!!お~い!」

車の窓も開けず手を振る凪に少し苦笑いをしてしまう。
玄関先で私達が来るのを待ってくれていたのだろう。
笑顔で凪に手を振っている。

「お兄ちゃん!!」

玄関前で車を停めると、凪が助手席から飛び出して勇くんに駆け寄る。

「ははっいつも元気だね凪ちゃんは。」

やはり何度見ても似ている…
凪を見る目もあの人と同じ父親が娘に見せる目と同じだ。

凪は気づいていないだろうが、勇くんは凪のことを完全に妹か娘として接しているだろう。

これから成長する凪と勇くんが、どうなるか楽しみだ。

666:心の隙間
09/03/04 19:48:30 ADPolyeK

「こっちは大丈夫ですよ~。」

「お母さん、こっちもOKだよ~。」

車を奈々宅の駐車場に入れるために勇くんと凪がサイドから誘導してくれる。

奈々の車が奥に停まっているので誰かに誘導してもらわなければ、ぶつけそうで怖いのだ。

「勇くんも凪もありがとうね、もう大丈夫よ。」
勇と凪のお陰で綺麗に停めることができた。
エンジンを止め、後部席からカバンを掴み、ミラーで少し前髪を整えて外にでる。
ドアを開けると強い風がヒュッと音をたてて車の中に入ってきた。
先ほど整えた前髪が乱れる。
春風にイラッとしてもしかたがないので適度に髪を整えて再度外にでる。

「風が少し強いですね。大丈夫でしたか?」

駐車場の奥から勇くんと凪が出てきた。
少し苦笑いをしているが、セミのように腰にへばりついてる凪を鬱陶しがる訳でもなく頭を撫でながら引きずるように歩いてくる。

「コラ、凪!!勇くん退院したばかりなのよ?無茶しちゃダメじゃないの。」

私の声に反応した凪が、慌てて勇くんから離れる…が手はしっかりと繋いだままだ。

667:心の隙間
09/03/04 19:48:51 ADPolyeK

「わざわざスイマセン、こんな所まで来ていただいて。」

「良いのよ、凪がお世話になってるんだし。それとそんなにかしこまって話さなくてもいいわよ?普通に話して。」
礼儀正しく話す勇くんに少し寂しさを感じる。

「ははっ癖なんです。他人の年上女性と話す時、なぜか緊張するんですよ。」

「あら、そうなの?でもお隣さんになるんだから、普通が一番気が楽よ?」

かわいい癖だが私だけが蚊帳の外みたいでムズムズする。

「そうですか?わかりました…なるべく普通に話すようにがんばります。…それじゃ中に入りましょっか?まだ肌寒いですし。」

春とはいえやはり薄着だと少し寒い。

「そうね、お邪魔するわ。」

家にお邪魔したのは奈々が結婚した日以来。
もう十数年前になる。

懐かしい…あの時も家の前で落ちた桜の花が風で舞っていたのを覚えている。



―「……ッ、あっ!!」


舞っている桜に目を奪われ、足元の段差に気が付かなかった。

無防備に前へ倒れ込む…。
このまま落ちれば確実に怪我をするのを頭ではわかったのだが硬直して手が前に出なかった。

怪我を覚悟して目をギュッと瞑る。





―「…っと、大丈夫ですか?恭子さん。」

668:心の隙間
09/03/04 19:49:32 ADPolyeK
なにが起こったか分からなかった…。

倒れ込んだ先は固いアスファルトではなく柔らかい「なにか」。

そして私の名前、「恭子」と聞こえた。
恐る恐る目を開ける。

「…」

どうやら私は誰かの胸板に顔を埋めているみたいだ…。

「お母さん!?」

凪の声が聞こえる。支えてくれたのは凪?
有り得ない…凪が私を支えれる訳がない。
それに男性の声だった…。
だとすると一人しかいない。

―「大丈夫ですか?どこか痛めましたか?」

視線を上げると心配そうに支えてくれる勇くんの顔が私の目の前にあった。



「ひゃっ!、ひゃいっ!?」

慌てて勇くんから離れるが、少し足を挫いたみたいで痛みが走る。

「おっと…歩けます?」

よろけた私の腰に手をまわして耳元で呟く。

「だっ大丈夫よ!少し挫いただけだから…支えてくれてありがとう。」

多分悪気は無いと思う…だが私には十分すぎるほど毒なのだ。

「いえ、どういたしまして。それじゃ中に行きましょう。」

「えぇ…。」

勇くんにだきしめられた時、一瞬だが私は母ではなく女になっていた。

「…はぁ……どうしよう…」


心の中で凪に謝るが、勇くんに抱きしめられた感触が体から抜けることは無かった。

669:心の隙間
09/03/04 19:50:08 ADPolyeK

   ◇   ◇   ◆   ◆   ◆   ◇   ◇   ◇

「あぁ~やっぱり我が家が一番落ち着く~」

1ヶ月ぶりの我が家はどこも変わっていなかった。
リビングしか見ていないが姉の部屋も、俺の部屋も、母と父の部屋も、変わってい無いだろう。

「ほら、紅茶。恭子と麻奈美も、はい。」
お盆に乗せてある紅茶を俺と姉、凪母に渡される。

「ありがとう、お母さん。」

「あら、ありがとう。」

三人ともそれを受け取りソファーに座る。
久しぶりに座るソファーは眠たくなるぐらい心地がよかった。

「そういや凪ちゃんは?居ないけど。」

リビングを見渡すが姿が見えない。
さっきまで俺と遊んでいたが、いつの間にか居なくなっている。

「あれ?本当だ…あの子どこに行ったのかしら。」

「まぁ玄関の閉める音はしなかったし。多分二階にいったのよ。」

紅茶をのんきに飲んでいる…探しに行く気は無いみたいだ。
「ふぅ……ちょっと探してくるよ。」

紅茶をテーブルに置いて立ち上がる。

―「あらそう?お願いね、あなた。」

凪母の発言に母と姉が紅茶を吹き出す。

「ゴホッ…ゴホッ…あっ、あっ、あなたぁ!?恭子あんたねぇ!!」

670:心の隙間
09/03/04 19:50:31 ADPolyeK

「冗談でしょ?なにをそんなに取り乱してるのよ…」

母と姉は冗談の区別がつかないのだろうか…。

てゆうかなぜ冗談を言った凪母が顔真っ赤っかなんだ?
チラチラとこちらを見ている……はぁ…乗らなきゃダメなのか……。




―「…それじゃ探してくるよ……恭子。」



「ブファッ!!なっなっ?きょっ!?なにっいッて!?」

今度は凪母が勢い良く紅茶を吹き出した。

意味が分からない……チラチラ見ていたのは、冗談に乗れって意味じゃなかったのか…。

「きょっ!きょっ?きょうっこ!?」

母はもう紅茶の入ってるカップを持っていない。
多分テーブルの下に落ちているのだろう…。
姉は…よく分からない、放心状態で窓の外を眺めている。

「…もう凪ちゃん探しに行くからね?」

あまり相手にしてたら長引くと思いリビングを後にしようと扉まで歩く。
するとこちらから開ける前に扉が勢いよく開かれた。

―「お兄ちゃん!?大変!!」
入ってきたのは目的の人物凪だった。
なにやら息を切らしえらく慌てている。

「どうしたの?なにかあった?」



「お兄ちゃんの部屋…誰かいるかも……」

671:心の隙間
09/03/04 19:50:57 ADPolyeK

「は?俺の部屋に?」

みんなの声がピタッと止んだ。

「嘘…ヤダ、私たち以外に誰がいるのよ…」

「凪、それ本当なの?」

「本当だって!!二階に見に行ってよ!!」
さっきまでの楽しい気分が嘘のように一気に不安に煽られた。
「俺ちょっと見てくるわ、みんなまってて。」
男は俺だけ…流石に女性を行かすわけにはいかない。

「勇!危ないわよ!もし刃物持ってたらどうするのよ!?そ、それよりまず警察にッ!!」
流石に刃物は怖い。やはり警察に連絡するべきか…。

「凪どんな人だったの?顔見た?」

「ううん、見てない…でも部屋が滅茶苦茶だった…泥棒かも…」

「え?誰か見た訳じゃないの?」

「うん……お兄ちゃんの部屋に入って電気つけたら…タンスとかベッドとか滅茶苦茶だった…」




―「「あぁ、それ私達よ。」」

声を揃えて母と姉がハモる。

「「「は?」」」

こちらも俺と凪と凪母でハモってしまった。

「麻奈ちゃんと争ってると散らかっちゃうのよ。」


(子供が怖がるほど散らかすってどんな争いだよ…。)

672:心の隙間
09/03/04 19:51:23 ADPolyeK

「でも散らかすってレベルじゃ…」

凪の不安な声を聞いていると流石にこちらも不安になってきた。

「…ちょっと部屋見てくるよ。」

母と姉にそう言い放つとリビングを後にする。
走って二階に上がり部屋の前に立つ。

「お兄ちゃん気をつけてね~?」

一階から凪の声が聞こえるが凪はまだ誰かいてると心配してるみたいだ。

「すうー…はぁー…すうー…はぁー……よしッ!」

深呼吸をして、一気にガチャッ!と扉を開ける―。



「……なんだ…これ…」
タンスは服が溢れており。
ベッドは破れてるどころか中のバネが飛び出ている。
フローリングには服やパンツがばらまかれている。

「勇が帰ってくるまでに片づけようとしたんだけどねぇ…片づけても片づけても麻奈ちゃんが邪魔しちゃうのよ。」

「お母さんじゃない!!私が片づけようとしたらお母さんが勇のベッドに潜り込むのよ!?」

二人ともリビングに居たのにいつの間にか二階に上がってきていた。

「いや、喧嘩は仲が良い証拠だからいいんだけど…なぜ俺の部屋なの?もしかしてお姉ちゃんの部屋やお母さんの部屋もこんな感じ?。」



「「ううん、勇の部屋だけ。」」

673:心の隙間
09/03/04 19:51:47 ADPolyeK

「えぇ!?なんで!?」

平然とハモったが、なぜ他の場所は安全で俺の部屋だけ争いの場になるのか分からない。

「それは……これが原因よ…」

「…なにそれ?それがどうしたの?」


「これは綱引きのヒモ……通称、トランクスよ」
母が下から拾い上げたのは俺のパンツだ…しかもよく見ると完全に伸びきっている。

「これで綱引きしてたの?……二人で?」
母からパンツを取り上げて母の目線に持っていく。

「まぁ大まかにいえばそうね…白熱してくると麻奈ちゃんがパンツを取り上げて勇のベッドに潜り込むのよ。」

「逆でしょ!?お母さんが負けたふりしてッy「わかった、わかったから…まぁとりあえずもう綱引きは止めてね…パンツいくらあっても足りないから…」
このまま行けばまたなにか犠牲がでるかもしれない。
早く止めた方がいいだろう。

「これはまた…派手に遊んでるわね…」

いつの間にか後ろから凪と凪母も来ている。
凪母が呆れたようにため息混じりに呟く。

「まぁ…この部屋は明日片づけます…どうせベッドも買わなきゃならないし。」


―今更だが姉と母を見ていると実家に帰ってきたと深く実感できた。

674:心の隙間
09/03/04 20:19:20 ADPolyeK

俺の部屋を後にし、リビングに戻る。

緊張がとけたのか、みんなへたり込んでしまった。

ふと時計を見るともう5時…。

「…お母さん、買い物行かなきゃ。もう5時だよ?」

俺の声を聞いてみんな時計に目を向ける。
先ほどまで聞こえてた風の音も聞こえなくなっていた。

「うん、そうね。風も止んだみたいだし行こっか?…あっ!それと恭子は休んでなさい?足挫いたんだから。」

凪母の足には一応湿布を張ったがあまり無茶しないほうがいいだろう。

「えぇ、そうするわ…凪はどうする?」

「…私は……お母さんと一緒に待ってる!!」

俺たちと一緒に行く準備をしていたが止めてしまった。

「ん?べつに良いわよ?行きたいんなら」

「ううん、ここで待ってる。」

凪なりの母への思いやりなのだろう。
知らない家に一人は少し寂しい。

「そっか…それじゃなるべく早く帰ってくるから待っててね?」

小学生がここまで気を使えるのは親の賜物だろう…凪母も気づいているらしく、満面の笑みを浮かべながらムツゴロウの如く凪を撫で回している。


―「それじゃ、行ってくるから。」

「うん、気をつけてね!!」

玄関先まで見送りにきた凪に手を振り家を後にする。

675:心の隙間
09/03/04 20:20:55 ADPolyeK

―「なんか懐かしく感じるね…」

「うん…なんか子供の頃を思い出すよ…」

スーパーに行くために見慣れた歩道を家族三人で歩く。

昔はよく姉と一緒に母に連れられてスーパーに行っていた。
買い物に行くと一つお菓子を買ってもらう…それが嬉しくて母についていってた覚えがある。

「ここら辺も変わったよね…昔はここに公園あったのに…。」

昔あった公園や広場が住宅やビルにかわっている…。

新しい時代に追いつくために、環境も進化していかなければならない。
それは分かっているのだが思い出の場所が無くなるのは、やはり寂しい…。

―「そりゃ年が経てば人間と同じ変わる物もでてくるわよ……あっほら!、見えてきたわよ。勇なにが食べたいか決まったの?」

子供の時からよく行く近所のスーパーが見えてくる…。
唯一このスーパーだけが昔から変わっていない。

「うん、凪ちゃんと恭子さんにも聞いたけど、焼き肉で大丈夫だってさ。」

退院したら肉が食べたいと思っていたのでオーソドックスな焼き肉に決めた。

「焼き肉ね…わかった……それと恭子さんじゃなくておばさんで大丈夫よ?」

凪母に対抗してなにか得があるのか…家を出てからずっとこの調子だ。

676:心の隙間
09/03/04 20:21:34 ADPolyeK

「おばさんなんて失礼でしょ…」

凪母の姿を見ておばさんだなんて口が裂けてもいえない。
見た目がおばさんと言う言葉からかけ離れているからだ。

「私と同じ歳なのよ?それに、見た目も私と変わらないでしょ?昔はよく似てるって言われたもん。」
一年前のように凪母と同じような服装をしていたら、凪母と並んでも違和感が無いと思う。

今は母親という雰囲気が全面的に押し出されているので、凪母と並ぶとどうしても凪母に目がいってしまうのだ。

「まぁ、いいや……早く材料買って帰ろう。凪ちゃんと恭ッ……凪ちゃんのお母さんも待ってるから。」

言い合いのループは避けたい。
それに言い争いをしていると余計にお腹が空いてくる。

「そうね…それじゃパッパッと買って帰ろう。」

来慣れた場所だ…目を瞑っても目的地まで歩いていける。
カゴを掴んで肉売場へ歩いていく。

姉は野菜売場へ向かう。

母はお菓子売場へと一直線。

なぜか分からないが昔から母はスーパーにつくと、お菓子売場へ直行するのだ。
そしていつも待たされる…。

買ってくれるのは嬉しいが、子供に混じってお菓子選びをする母を待つのが小学生の頃は苦痛でしょうがなかった。

677:心の隙間
09/03/04 20:22:03 ADPolyeK

―焼き肉に必要な食材はカゴにすべていれた。
肉を見ていると余計にお腹が減ってくるが、それと同時に楽しみでもある。

「もう忘れ物ないよね?それじゃ会計しにレジにいこっか?」

忘れ物がないようにもう一度確認する。

「うん大丈夫!それじゃいこっか?」

姉とカゴを二人で持ちレジに向かう。
前に来たときも同じことをしたがやはり恥ずかしい。


―「ありがとうございましたー…。」

姉は気にしていないみたいだが、やっぱり店員に睨まれた…。
姉曰く普通のことらしい。

「早く帰ろっ二人とも待ってるから。」

「そうね、早く帰ってみんな…で………あ~っ!!」

姉が思いだしたように後ろを振り返る。

「買い忘れ?戻る?」

今ならまだスーパーを出たところだからすぐに戻れる。




―「………お母さん……忘れてる…」



「はぁ?……………あッ!!」

姉がなにを言ってるのか意味が分からなかったが、母のことを思い出すと慌てて振り返る。

ガラス越しにスーパーの中を覗くと両手いっぱいに、お菓子を抱え込んだ母の姿が見えた…。


キョロキョロと周りを見渡し、泣きそうになりながら俺達を探すその姿は、迷子そのものだった。

678:心の隙間
09/03/04 20:22:27 ADPolyeK

―「グスッ…ヒック…うぅ…ひどい…」

「ごめんって…別に忘れてた訳じゃなくてちょっと驚かそうとしただけだよ?ねぇ、お姉ちゃん。」

歩きながら母を慰めるが、母の存在を素で忘れていたため、誤魔化すしか方法が浮かばなかった…。

「ふぇ?あっうん、私たちがお母さん忘れるわけ無いじゃん。」
姉が思い出さなければどうなっていたか…多分大泣きだっただろう。

息子としてあるまじき行為だが、いつもは姉と二人で買い物に行っていたので、自然と二人で外に出てしまったのだ。

「グスッ…絶対に忘れてたのよ…グスッ…あの戸惑いようは半端じゃなかったもの…」

この時点で嘘は無理だとわかり、姉と二人で母に謝り倒してなんとか許してもらった。

帰りはきた道と違う道を歩いて帰る…子供の頃からの習慣だ。
空を見上げると一面オレンジ色になっている。

もうすぐ新学期になる…あと数年もすれば姉の就職だ…こうやって三人一緒に買い物もなかなか行けなくなるだろう。
考えると少し鬱になる…。




―「あっ見て勇……あそこ懐かしいね…。」

姉が指さす場所。
それは夢の中で最後に父を見た場所…。

「………うん。」


父と歩いた思い出の場所……河原歩道だ。

679:心の隙間
09/03/04 20:23:07 ADPolyeK

「ちょっと河原までいこうよ。」

そう言うと俺達の返事を聞く前に姉が信号を渡ってしまった。

「ちょっと……ったく……まぁ少しなら大丈夫か…お母さん行こ?」

早く家に帰らなければならないのだが自分自身もう一度あの道を歩いてみたかった。

「ふふっそうね、それじゃ、行こっか。」
母には俺の気持ちが見透かされていたかもしれない。

姉の後を追い、信号を渡る。
階段を登り、見慣れたレンガの石畳に足をつけ、周りを見渡す。



―驚くことに見渡す景色は小学生の頃と全く変わっていなかった…。


なにかしら変わっていると思いこんでいたので、風景が全く変わっていないことに嬉しさがこみ上げてくる…。

「うわぁ~なにも変わってないわね~」

「本当…周りは変わってるのにこの場所だけ全然変わってない…」

母と姉も懐かしんでいる…
やはり母と姉もこの道は特別な場所として心に残っているようだ。

「勇とお父さんがこの道通って帰ってきたよね……。」

姉が頭を撫でてくる…心が昔に戻っているのか撫でられることが心地よく感じる。

「うん…俺の一番大好きな場所…」

タイムスリップしたように風景も…景色も…風の匂いさえも昔と同じなのだ。

680:心の隙間
09/03/04 20:27:13 ADPolyeK
―父と手を繋いで歩いた。

「これから俺、頑張れるかな……お父さん…。」

―疲れたら、おんぶしてくれた。

「俺…」

―もう、その父はいない。

「…うぅ…お父さん…」




―『見守ってるからな、勇』―



……ギュッ




「え…?」

今…父の声が聞こえた…幻聴にしてはハッキリと耳に残っている。

それに…。

「今の……手の感触…」
左手てを見る…微かに温もりが残っている。

「お父さんの手の温もりだった……」
周りを見渡すが父の姿らしき人物はいない…。
あたり前だ…父もういないのだから。


―「勇ー!!おいていくわよ~!?」

いつの間にか姉と母は先に歩きだしている。

「見守ってるから……か」
確かにそう聞こえた……

「勇~!待っててあげるから早く~!!」

父からの最後の励ましの言葉として受け入れよう…。


「お母さん、お姉ちゃん、ちょっとまってよ~!!」

父の声を胸に姉と母を追いかける……その姿は子供の頃に戻っていたのかもしれない。


―だって俺を迎えてくれる姉と母の姿も、昔となんら変わっていなかったのだから。

681:心の隙間
09/03/04 20:30:20 ADPolyeK

心の隙間はこれで終わりです。

見てくれた方々、長い間本当にありがとうございました。

682:心の隙間
09/03/04 20:43:19 ADPolyeK
>>662
GJ!続き楽しみにしてます!

683:名無しさん@ピンキー
09/03/05 00:37:42 +dN3fptj
>>681
GJ!!
長い間お疲れ様。


こんなこと言うとアレだけど、番外編とか書けそうだなw

684:名無しさん@ピンキー
09/03/05 09:09:59 z95wF2mO
>>682
GJ!!お母さん勢に萌えた!!
さて、次回作は何かな? 

685:名無しさん@ピンキー
09/03/06 01:32:27 XsHx1Mav
>>681
GJ!!
もし余力があるなら一年後あたりが見たいいいいいい

686:心の隙間
09/03/06 03:01:05 QHS7BUeZ
>>684
4月15日より後になるかもしれないです…。
>>683-685
少しだけ書いてます。なるべく早く投下しますね。


687:名無しさん@ピンキー
09/03/06 11:31:05 L3k2PkRp
>>682 >>681
…寂しかったんだな。

688:名無しさん@ピンキー
09/03/06 11:31:42 L3k2PkRp
まあともかくGJ!

689:名無しさん@ピンキー
09/03/08 11:51:26 /6bNtrYo
人いない…

690:名無しさん@ピンキー
09/03/08 20:01:10 +hym97Es
これは自演したくもなるな。

691:名無しさん@ピンキー
09/03/08 23:35:32 SvB3TRx6
誰も書こうって気が無いのが悪い
という訳で>>662期待

692:心の隙間~続
09/03/10 07:20:30 bEElFY9a


――
――


満開の桜が優しく揺れ、花びらが舞う。


この町に越してきた時も、新学期と共に綺麗な桜の花びらが咲き乱れていた。


―大切な人からの贈り物である私の宝物、熊の目覚まし時計を見る。
針は6時を指している。

「ふぁ~あっ…。」
大きな欠伸をし、両手を上にあげて背筋を伸ばす。
窓から入ってくる朝陽が気持ちいい。

ベッドから降りて、窓から外を眺めると綺麗な桜の木が見える。
その桜の木に朝陽が射して、よりいっそう花びらが明るいピンクになっている。

ある程度、景色を楽しむとまたベッドに戻る。
寝るためではなく、ベッドに置いてる携帯取りにいくために。

「ふふっ…おはよう。」
携帯を開くと、優しく笑う大好きな人の笑顔。

少し眺めた後、携帯の画面にキスをする。
張本人にしたいのだが目の前にすると、恥ずかしくて体が硬直してしまう。
携帯でも顔が熱くなるのに…考えただけでも熱がでる。

名残惜しいが携帯を閉じ、机に置く。

「早くしなきゃ…」

クローゼットから制服を取り出してベッドに放り投げる。
そう…私にはあの人と過ごす時間が少ないのだ。

早くしないとタイムリミットがきてしまう。

693:心の隙間~続
09/03/10 07:21:55 bEElFY9a
素早く制服に着替えて一階に降りる。

その足でリビングに入ると冷蔵庫から牛乳を取り出す。
コップ一杯に注ぎ込んで、一気に飲み干す。
洗面所にむかうと顔を洗い歯磨きをし終わると寝癖を整える。

最近お母さんに化粧の仕方も教わった。
学校なので、あまり派手にできないが、薄化粧のほうがあの人には好評だった。

「…よしっと……忘れ物ないかな…」

最近独り言が多い。
お母さんは仕事で忙しくて五時には家を出ていってしまう。
帰ってくるのも22時を過ぎてることが多い。
この町に引っ越してきたので職場が遠くなってしまったのだ。

「よし、大丈夫!」

リビングに戻り、お母さんが作ってくれた弁当を掴むと玄関にむかう。

靴を履き、玄関を開けると風に吹かれて甘い桜の匂いが嗅覚を刺激する。

「いってきま~す。」
誰もいない家に声をかけて玄関の扉を開ける。


―外に出るとまだ少し肌寒いが1ヶ月前と比べると全然違う。

「やっぱりまだ寒いなぁ…早く行こっと。」

これからむかう場所は学校ではない…目的地は自宅前の道路を挟んだ一軒家。

そこに住んでいるある人を今から起こしに行くのだ。


694:心の隙間~続
09/03/10 07:22:31 bEElFY9a

―「おじゃましま~す。」

その人の家の扉を鍵で開けて中に入る。
一人じゃ寂しいからいつでも遊びに来て良いとのことで鍵を渡されているのだ。
そのまま二階に直行する。
二階の一室の前に立つと扉に耳をつける。
なにも聞こえない…まだ寝ているみたいだ。

音が鳴らないように、ゆっくりと扉を開けて中にはいると。
私が大好きな匂いが部屋一面に広がっている。

ベッドに目を向けると、山のように膨れている。
もちろんベッドの中には持ち主が潜んでいる訳で頭まで布団を被って寝ているようだ。

バレないように、そ~っと忍び足でベッドに近づき、恐る恐る布団をめくる。
するとかわいい寝顔が姿を現した。

「ん、う~ん…」

眩しそうに唸るが目を覚ます気配が無い。

「…」

一年前からこの人は一緒に寝てくれなくなった。
理由を聞くともう中学2年生だかららしい。


―その夜私は大泣きしたのを覚えている。

寂しくて、悲しくて…この感情をどこに持っていけばいいか分からない…ただ、ワガママを言うと見捨てられそうで怖かったのだ。

695:心の隙間
09/03/10 07:23:08 bEElFY9a
少し前まで私のワガママはあの人なら何でも受け止めてくれると勘違いしていた。
優しさに甘えていたのだ。

一度あの人とケンカしたことがある…私のワガママが発端なのだが話がでかくなってしまい最終的に「バカ!!もうこない!絶交だからね!!」
と言ってしまったのだ。

言った直後、後悔したが意地になっていたため謝れなかった。

「そっか、それじゃ今日でお別れだね、さようなら。」
この言葉を聞いた瞬間頭が真っ白になった。

なにがなんだか分からず、空返事で「うん」と言って部屋を後にしてしまった…部屋の扉が閉まった瞬間、頭に「さようなら」の言葉が再生される…

この時初めて捨てられる危機感を感じた。
泣きながら「ごめんなさい」と謝ると許してくれたが、それからあまりワガママは言わなくなった。



―「…なにしてるの?」

「へ!?」

いきなり声をかけられて変な声がでてしまった。

さっきまで寝ていたのにいつの間にかおめめがパッチリだ…イロイロしようと思っていたが無理だった…


―「お、おはよう…お兄ちゃん」


―「お、おはよう凪ちゃん…」


大好きな、大好きな、お兄ちゃんのお目覚め。

696:心の隙間~続
09/03/10 07:23:59 bEElFY9a

   ◇   ◇   ◆   ◆   ◆   ◇   ◇   ◇

「ふぁ~あッ……もうこんな時間か…」
時計を見ると6時30分。
寝たのが3時…寝不足で頭がクラクラする。

「もう、お兄ちゃんまた夜更かししたでしょ~、ったく、本当に体壊すよ?。」

凪が呆れたように溜め息を吐く。
まぁ夜更かししているのは事実なので、しかたがない。

「そだね、もう少し早く寝るよ、朝飯は?もう食べたの?」

恭子さんが朝早い時凪は家で食べることになっている。
おもに俺か姉が作るのだが最近料理を覚えだした凪がよく作ってくれるようになった。

「まだだけど……それよりお兄ちゃん…。」

「ん?どうしたの?」
モジモジしている…これは凪の癖で、俺に対してなにか甘え発言をする予兆なのだ。



「……抱っこ。」

両手を差し出して甘えるような声を出す。
少し前にワガママを言わないと約束したが、凪の中で俺に甘えることはワガママに入らないらしい…。

「はいはい、これでいい?」

凪が膝に座りやすいようにベッドに腰を掛ける。

失礼しますと言うと膝の上に座る…礼儀正しいのだがその座り方に問題があるのだ。

697:心の隙間~続
09/03/10 07:24:43 bEElFY9a

「凪ちゃん…せめてイスに座るように座ってくれない?」

恥ずかしいことに、凪は真っ正面から抱きついてくるのだ。

「それ抱っこじゃないでしょ?…それにお兄ちゃんの顔見えないもん。」

小学生の時の凪なら大丈夫なのだがもう中学三年、さすがにイロイロ困ることがある。
首筋に鼻を押し当てているため、鼻息が当たってこそばゆい。
それにスカートを履いてるので、生足の感触がパジャマ越しでもわかる…

「でも…来年から高校生だよ?みんなに笑われるよ?」

我慢をしているが俺も男なので気まずいことになる前に止めたいのだ。

「べつに笑われてもいい……」

まいった…凪相手に説得はあまり通用しないようだ。

「それじゃ…高校生になったら強制的に終了だからね。」

「えっなんで!?嫌だよ?ねぇ、嫌だからね!?」

恭子さんから受け継いだ二重の目が見開くと少し怖い。

「ダメ~はい、この話終わり、ご飯食べよう。」

凪をベッドに座らせて立ち上がる。
それと同時に抱っこも終了になる。

「あっお兄ちゃん!?ちょっと待ってよ!!高校生になったら本当に終わりなの!?」


「うん、終わり。先に下に降りて朝飯作ってるからお姉ちゃん起こしてきてね~。」

698:心の隙間~続
09/03/10 07:25:07 bEElFY9a
凪に姉を任せて一階のリビングに向かう。

リビングの扉を開けると少し冷たい風がパジャマの隙間を通っていく。
正面の窓を見ると窓が半開している。

母が仕事に行く前に開けたのだろう、心地よい風に乗って桜の匂いが部屋に充満する。

「今日は食パンでいっか…」

朝食はいつも米なのだが、寝不足もあって米を洗うのが、めんどくさい。

姉が起きてくれば料理を作ってくれるのだが、最近姉と凪に料理は頼りっぱなしなので、朝飯ぐらいは作らなければ。


「なんか一人で料理するの久しぶりだなぁ…」

俺が料理をする時は常に母か姉か凪がいる。
このリビングで三日に一度は恭子さんと凪が夕食を一緒に食べにくる。
あまり恭子さんも凪も家族と変わりなくなってきた。
今が一番幸せなのかもしれない…。

「よしっできた!俺的料理完成!」

テーブルの上に料理がならぶ…料理と言っても食パンの上に卵とベーコンが乗っているだけなのだが…。
俺と姉にはコーヒー、凪には野菜ジュースを入れてテーブルにおく。


―「それにしても、お姉ちゃんと凪ちゃんなにしてるんだ?まだ寝てるのか?」


作り終えてふと気が付く…まだ姉と凪が二階から降りてこないのだ。

699:心の隙間~続
09/03/10 07:25:32 bEElFY9a

「お~い!パン焼けたよ~!?冷めるから早く降りてきて~!」

リビングから出て一階の廊下から二階の姉部屋にむかって声をかける。

「…」

返事がまったく無い…凪が起こしに行けばすぐに下に降りてくるはずなのだが…俺が起こしに行くと布団の中に引きずり込もうとするので、なかなかベッドから出てくれないのだ。

「ったく、しょーがないなぁ~。」
エプロンを階段の手すりに掛けて二階に上がる、姉は朝に弱く低血圧なので、すぐにベッドから出ないのだ。


―「…あれ?凪ちゃん?」
姉の部屋に向かうために俺の部屋の前を通ると、扉が開いており、ベッドが盛り上がっている。

「凪ちゃん?寝てるの?学校行かなきゃダメだよ。」
なぜ俺のベッドに潜り込んでいるのかわからないが、今寝たら学校に遅刻してしまう。

「こらこら、寝たらだめでしょ~が…」

容赦なく布団を捲り上げる。
さぼりは許さない。


―「……どうしたの?」
布団を捲り上げると、小さく丸まって、声を殺して泣いている凪がいた…

「なにかあったの?凪ちゃん大丈夫?」

背中をさすりながら抱き寄せると、大粒の涙を流しながらしがみついてきた。

700:心の隙間~続
09/03/10 07:25:55 bEElFY9a

「ヒック…お兄ちゃん…ウゥ…私…お兄ちゃんと…ヒック…」

途切れ途切れにしか聞こえないのでなにを言ってるのかわからないが、なんとなく言いたいことはわかる。

「あぁ~わかったから…もう言わないから、ほら早く下に降りよう…あと化粧なおさなきゃ…すごいことになってるよ?」
涙やら鼻水やらで綺麗な顔が台無しになっている。


「…うん……抱っこ…」

話をちゃんと聞いていたのだろうか…首に腕を絡めてくる…早く料理を食べなきゃ、マジで遅刻してしまう…

「また今度してあげるから…本当に遅刻するから先に下に降りてて、お姉ちゃん起こして俺も降りるから。」
渋る凪を一階に向かわせる。

「ふぅ、後はお姉ちゃんか…」

家族の中で母の次にやんちゃな姉を起こしに行く…まぁ三人しか家族はいないのだが、凪と恭子さんを合わせても、母のやんちゃぶりは群を抜いている。
その母の血を受け継いだ姉を今から起こしに行くのだ。

―「お姉ちゃ~ん?もう起きてくださいよ~」
コンコンとノックをする…返事は無し。

「お姉ちゃん、入るね?」

姉の返事は無いが扉を開ける。

ベッドに近づくと、幸せそうな顔で抱き枕を抱きしめ、気持ち良さそう眠る姉の寝顔があった。

701:心の隙間~続
09/03/10 07:26:41 bEElFY9a

「なんの夢みてるんだ…えらい幸せそうな顔しているけど…」
ニヤニヤしながら抱き枕にキスしている…
幸せそうな顔を見ていると起こし辛いのだがそうも言ってられない…

「お~い、起きてくれ~、朝飯できたよ~?」

「ん~うるさい…。」
うるさいとは何事だ…所々はだけているが寒くないのか、お腹むき出しでもにやけている。
しょうがないので強行手段で行くことにする…。


「よいしょっと………ほら、こちょこちょ~」


「やひゃははははは!?、ひ~ひひひひ、やめてぇ~起きるから~」
姉のお腹に体重をかけないように馬乗りなり、わき腹をくすぐる。

「ほら~こちょこちょ~」

「あっははははっ、止めなさッ、きゃはははは!、起きますからぁ~っ」

脇から手を離す。
物凄く疲れた顔をしており、ぐったりしている。
寝汗ではない汗のせいで肌にパジャマがへばりついている。

「起きるって言ったのになんで止めないのよ!?オシッコ漏らしかけたじゃない!」

「いつも起きないから少し長くしました。早く下に降りてきてね。」

姉を解放してベッドから降りようとする……が姉に足を掴まれた。


「ふふっ……さんざん私の体で遊んだんだから、お返ししなきゃね。」

702:心の隙間~続
09/03/10 07:29:45 bEElFY9a
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも…朝から暴れすぎ、近所迷惑になるよ?」

「「すいませんでした。」」

姉に捕まった後、20分近く布団の中に引きずり込まれて、もみくちゃにされた…凪が見に来なければもっと長くやられていただろう…。

「もうお兄ちゃんが作った料理、冷めてるよ?」

「あぁ~そうだ!料理作ってたんだ!」

料理のことをすっかり忘れてた…姉を睨むが、そそくさとシャワーを浴びに風呂場に逃げてしまった。

「まぁ、いいか…早く食べて、行かなきゃ…大学生初日に遅刻するわけには行かないからね。」

そう…俺は姉と同じ大学を受験して晴れて今年から大学生なのだ。
姉も一年留年したので俺と一緒に行くことになっている。

やはりあの一年は大きかったみたいだ…姉に謝り倒したが、「勇と大学行けるなんて夢みたい!」とあまり気にしていないようだった。

「ほら、お兄ちゃんも着替えて、パジャマのまま行くの?」

凪に指摘されてパジャマのままだと初めて気がついた。

「それじゃ、着替えてくるから、リビングで待っててくれる?」

「うん、わかった…それじゃ、お兄ちゃんが作ったやつ暖め直すね。」

そう言うと凪は姉の部屋から出ていき、リビングに向かった。

703:心の隙間~続
09/03/10 07:57:19 bEElFY9a
服を着替えて、リビングに降りる、姉もお風呂から出てきてイスに座っている。

「勇は遅いなぁ~待ちくたびれてお腹空いたよ。」

さも早起きしたみたいに話す姉に少しムッときたが、反論すればまた長引く…。

「すいませんね、それじゃ~ご飯食べよっか?」

「うん、それじゃ、いただきます。」

―凪が二年前に越してきてこの生活か始まった…始めはどうなるかと不安だったがみんな仲良く今まで過ごしてこれた。

姉も凪も一緒に買い物に行ったりと仲の良い友達感覚で接しているみたいだ。

俺も二年たてば少しは成長できたかもしれない。
成長できたか父に聞いてみたいところだ…

父の夢はあの日以来一度も見ていないが、父との約束は今でも守っている。

隙間だっていつの間にか綺麗に埋まっていた。



―「勇…もうすぐお父さんの命日だから…お墓参りいかなきゃね。」

そう…もうすぐ父の命日なのだ…人生が一変した日、いろいろな物を失った日でもあり、たくさんの物を得た日でもある。

「うん、大学生になったこともお父さんに報告しなきゃいけないしね。」



―なによりこの新しく新鮮で楽しい日常を父に報告したくてたまらなかった。

704:名無しさん@ピンキー
09/03/10 08:09:46 bEElFY9a
少ないですが心の隙間続編は終わりです。

新しく書く時はもうちょっと濃い依存内容の物を書きたいと思います。

705:名無しさん@ピンキー
09/03/10 10:35:16 4ZIRyFfk
>>704
続きキタコレ
これからの展開に期待しています

706:名無しさん@ピンキー
09/03/11 01:13:56 BzNfTMZL
>>704
GJ!
新作楽しみにお待ちしております

707:名無しさん@ピンキー
09/03/11 11:14:18 cDord+bd
GJ
新作待ってる。

708:名無しさん@ピンキー
09/03/11 22:50:27 1dszr8hm
>>704
GJ!!!
新作は何時ごろだろ?

709:名無しさん@ピンキー
09/03/11 23:03:07 zpuxROha
妄想は有れど文は作れず…

710:名無しさん@ピンキー
09/03/12 00:18:04 Th56B7Cw
>>708
>>686に4月15日以降って書いてる。
>>709
頑張ってくれ!待ってます。

711:名無しさん@ピンキー
09/03/18 00:43:14 c8VPrBxI


712:名無しさん@ピンキー
09/03/20 04:04:39 aEA+EVX8
依存し合う女の子同士

という電波を受信した

713:名無しさん@ピンキー
09/03/20 10:14:50 cIL42gP1
さあ早くそれを文章にするんだ

714:名無しさん@ピンキー
09/03/20 20:02:08 SGoKmm67
双子姉妹を希望

715:名無しさん@ピンキー
09/03/22 13:43:48 UmztdGqy
誰もいないね~

716:名無しさん@ピンキー
09/03/22 22:49:15 8wE3zpkT
依存は小ネタが作りにくい


一応age

717:桜木マヤは俺の嫁
09/03/24 03:30:33 EG9au3hc
 土砂降りの雨の中を俺は傘も差さず走っていた。
こんなに急に降るなんて思っていなかったからとにかく早く帰るしかない。
あと少しで家に着くというところで、道の隅の黒い固まりに俺は気付いた。
最初はでかいゴミかと思った。
違う。
丸まっている猫?
違う。
それはうずくまった女の子だった。
「きみどうしたの? かぜひくよ」
女の子は何も言わず俺をじっと見ている。
「まいご?」
返事はない。
「まいごならうちにおいでよ」
今思えば俺はずいぶん遠慮のない子供だった。
その行動が俺の人生を変えることになるなんて、もちろん想像もしていなかったさ。


 目を覚ますと、視界全部が白い顔だった。
顔の主は灰色の瞳を微動だにさせず俺を見つめている。
いつものことでなければ飛び上がっているところだ。
「マヤ、頼むから寝ている俺を観察するのはやめてくれ。呪われそうだ」
「そう」
マヤは意に介さずとばかりに背を向け部屋の外に出て行った。
ご飯できてるから、とだけ小さくつぶやいて。
俺は何か言おうとしたが、朝日に照らされるマヤの銀髪はあまりに綺麗で、
俺はまだ夢の中にいるような気がしちまったんだ。
それにしても懐かしい夢だったな。
もう10年以上もたつのか・・・・・・。

 俺がリビングに降りると、そこには香ばしい焼き魚の香りが漂っていた。
マヤお得意の純和風献立だ。
料理に関してはすでにうちのオカン以上の腕前と言っていい。
学校の制服にエプロンというマヤの出で立ちも正直言って眼福だし。
俺はマヤと向かい合う場所に座っていただきますを言った。
両親が長期出張に出てからはや一週間、二人だけの暮らしにも慣れてきている。
うん、やはりうまい。
ふと顔を上げるとマヤはその無機質な目でじいっとこちらを見ていた。
「いつもありがとう、うまいよこれ」
「そう」
マヤは頬をわずかに染めて目をそらした。
意外に褒められるのに弱いんだよなこいつ。
米の一粒も残さずに平らげごちそうさまを言って席を立つ。
マヤが食器を片付けている間に俺は部屋に帰って着替えと支度。
全くもっていつも通りの平和な朝だ。

718:桜木マヤは俺の嫁
09/03/24 03:31:10 EG9au3hc
 俺とマヤは必ず二人並んで歩いて登校する。
学校が近くなるといろんな奴がマヤの前に現れては挨拶していく。
中にはアイドルに対面したファンのように興奮する女の子さえいる。
大抵俺は視界に入っていないとはいえ、そんなことを今更気にすることもない。
マヤは少々目立ちすぎる。
隣にいる平凡な男に気付かなくなるぐらいには。
170センチを超す長身、真っ白い肌や腰まで届く銀色の髪。
ソフトボールみたいな小さな頭と大きな灰色の瞳。
可愛いとか綺麗を超えた、ある種この世のものとは思えない幻想的な美しさ、
それが桜木マヤという少女だった。
誰もマヤを日本人とは思わないが、かといって何人なのかと聞かれても
誰にもわからない。俺にも、本人にさえも。

 あの日、あの雨の日に俺がマヤを連れて帰ったとき俺の両親は当然うろたえた。
マヤは自分の名前以外は何も知らず、親がどこにいるのかさえもわからなかった。
翌日オカンは警察に連絡したが何日待っても何一つ成果は得られない。
やがて児童福祉施設の職員さんが彼女を引き取ろうと現れた。
だけどマヤはそれを拒む。
ほんのわずかな期間だったが、仮の住まいとしてうちで暮らす内に
彼女はこの家が気に入ってしまったようなのだ。
何より俺にはずいぶん懐いていた。
職員さんが近づこうとすると彼女は俺の陰に隠れてひどくおびえる。
そんな様子を見たうちの両親はマヤを自分たちが育てることを決めた。
「元々女の子がほしかったしね。
 第一マヤちゃんあんたよりよっぽど可愛いじゃない」
それがオカンの言い分だ。
とにかくそれ以来マヤはうちの家族の一員になった。
年齢はもちろんわからなかったが俺と同じでいいだろってことになった。


719:桜木マヤは俺の嫁
09/03/24 03:32:03 EG9au3hc
 あれからもうずいぶんと経つ。
それにしてもまさかこんな美人になるなんてなあ。
なんとなくマヤの横顔をちらりと見ると、
その前からこちらを見ていたらしい彼女と目があった。
マヤはほんのわずかに口元をゆるめてわかりにくい笑顔を浮かべる。
「コウ」
「ん?」
「なんでもない」
「そうか」
「そう」
「マヤ」
「なに?」
「別に」
「そう」
マヤと歩いているときはいつもこんな感じでまともな会話はほとんどない。
それでいいと俺は思う。
いつまでもこのままの関係でいられるはずはないけれど。
校門をくぐると、クラスが違うのでここでいったんお別れとなる。
「じゃあな」
「うん」
別れ際彼女は必ず少し寂しそうな顔をする。
俺はいつものようにあえてそれを気にしないふりをしてさっさと立ち去った。
俺は寂しくなんかない。

「ようナイト君」
「その呼び方はやめろっつーに」
機嫌良く話しかけてきたのはクラスメイトの岡島だ。
俺のことを「姫のナイト」と呼ぶお調子者。
姫が誰かなんて言うまでもないだろう。
「耳寄り情報だぜ。姫がまたコクられた。今度は生徒会長だ!」
「ふ~ん」
ケータイをいじりながら適当に相づちを打つ。
ちなみに電話帳をスクロールさせているだけで意味のある操作はしていない。
「ふーんじゃねぇよタコ。
 ナイト様としてどういう了見なんだ。
 生徒会長のところに殴り込みに行かねぇのか」
「なんで殴り込むんだよ」
「姫をかけて決闘するに決まってんだろ」
偉そうにフフンと鼻を鳴らし胸を張る岡島。
「アホか」
ケータイを机において岡島を見上げる。
「俺はマヤの彼氏じゃない」
「じゃあ何か。兄か弟か。それとも単なる同居人、か?
 誰が信じるんだよそれ」
信じるも何もない。あいつと俺とは家族だ。
誰より大切な家族だけど、決して恋人同士なんかじゃない。
あいつは俺に懐いているだけだ。
刷り込みって奴だ。
恋愛感情とは違う。

720:桜木マヤは俺の嫁
09/03/24 03:33:11 EG9au3hc
「コウ!」
廊下を歩いていると後ろから大きな声で呼び止められた。
この声を間違えるはずがない。
そいつは校則なんぞ気にせず廊下を走って俺に追いついた。
「コウ、どこに行っていたの?
 教室にいないから探したよ」
マヤは息を切らせて肩を上下させている。
結構走り回ったんだろうな。
「別に、散歩していただけだよ」
「お昼ご飯は?」
「食堂で済ませた」
「どうして!?」
俺の弁当は毎日マヤが作っている。
マヤは家でそれを渡すことはせず、必ず学校で一緒に食べる。
「俺だってたまには食堂の飯が食いたくなることぐらいある」
嘘だ。
あんな400円の丼よりマヤの弁当の方が100倍旨い。
マヤはもう泣きそうな顔になっていた。
「あたしコウを怒らせた?」
「別に」
「飯島先輩に告白されたから?」
「違う」
俺がバカだから。
「あたしすぐに断ったよ。コウがいるのに、他の人となんて付き合えないよ」
「なんで!」
バカだからどうしていいのかわからないんだ。
「なんで断るんだよ! あんないい人他にいないだろ!
 俺なんかと比べものにもならないぞ!」
学校の廊下のど真ん中で俺は怒鳴った。
立ちすくんだままマヤはとうとう涙をこぼした。
「どうしてそんなこと言うの・・・・・・?」
俺はもう止まらなかった。
「マヤ、いい加減君は俺から離れるべきなんだ。
 俺なんかにべったりくっついていていい奴じゃないんだ。
 俺よりもっとふさわしい人がたくさんいるんだ」
「どうして・・・・・・?
 あたしはコウが一番好きなのに」
マヤは震えている。
こんなおびえたマヤを見たことがない。
これじゃまるで叱られる幼子じゃないか。


721:桜木マヤは俺の嫁
09/03/24 03:34:05 EG9au3hc
「だからそれは・・・・・・錯覚なんだよ。
 君は俺に拾われて、俺のおかげでのたれ死なずにすんだから、
 だから俺を好きだとカン違いしているんだ。
 俺に嫌われるとあの家に住めなくなると思っているから、
 だから俺を好きになるしかないんだ。
 ずっと俺にべったりで他の男とまともに話したこともないから
 俺が一番だと思い込んでるんだ・・・・・・」
「そんなじゃない・・・・・・そんなじゃないよ・・・・・・」
力なく首を振るマヤ。
「俺達は家族だ。家族はいつまでも一緒じゃない。
 いつか他の誰かを好きになって離ればなれになるんだ。
 だけどそれでも家族は家族、それはなにも変わらないんだ」
「違う!!」
マヤが叫んだ。
「あたしはコウが好きなの! あたしにはコウが必要なの!
 きっかけとか! 事情がどうとか! 錯覚とか!
 そんなのなにも関係ないよ!!」
胸にズシンと衝撃がかかった。
マヤが俺にぶつかってきたのだ。
「お願い、あたしを捨てないで。
 コウに捨てられたらあたし生きていけない」
「そんなわけが・・・・・・だって」
「知ってるよ。コウがあたしを嫌いになっても、
 パパやママまであたしを嫌いになったりしない。
 あたしはずっとあの家の子として生きていける。
 でも、ダメなの。
 コウじゃなきゃダメなの。
 コウがいるから生きていけるの。
 あたしにはコウが必要なの・・・・・・」
マヤは人目もはばからず泣き通しだった。
鼻水もグショグショに垂らして俺の制服ににじませた。
気がつけば俺達の周りには黒山の人だかりができている。
不思議と気にならなかったが。
「俺は・・・・・・俺だってマヤが必要だよ」
「それじゃあ」
「俺は・・・・・・そんなにいい奴じゃない。
 マヤに釣り合うような男じゃないし・・・・・・
 毎日君をオカズにオナニーしてるような奴なんだぞ」
「どうして言ってくれなかったの!」
突然マヤは顔を起こして俺をにらみつけた。
「あたしだって毎日コウでオナニーしてるよ!
 コウが出かけている日はコウの布団に潜り込んだりしてオナニーしてるよ!
 コウが寝ているときにこっそりコウにキスしたりしてるよ!」
「い、いきなり何言ってんだ!」
爆弾発言にもほどがあるぞマヤ。
「あたしたち似たもの同士だよ・・・・・・。
 ねえコウ。あたしのこと好きにならなくてもいい。
 家族のままでいいから、ずっとそばにいさせて」
「マヤ・・・・・・」

722:桜木マヤは俺の嫁
09/03/24 03:34:39 EG9au3hc
今まで見たこともないマヤのわがまま。
ずっと俺に忠実だったマヤの、絶対に譲れない一線がやっとわかった。
やっぱり俺はバカだ。
マヤがこんなに強い想いを持っていたのにそれに気付こうともしなかったなんて。
彼女を手放して、それからどうしようと思ってたんだ?
考えるほどに自分のバカさ加減に腹が立つ。
ここでケリをつけなきゃ一生もののド阿呆だ。
「ダメだ」
「え・・・・・・」
「好きにならないなんて無理だ。マヤのいない人生なんて無しだ。
 君は一生俺のものになれ」
そう、それが俺の本心。
結局俺だってマヤ抜きで生きていくなんて考えられないんだから。
「コウ・・・・・・!」
マヤの目からまた涙がこぼれた。
「マヤ」
「うん」
「結婚するぞ」
「うん!」
マヤは涙や鼻水でぐしゃぐしゃの顔をさらにくしゃくしゃにした。
そんなマヤの腰を乱暴に抱き寄せて俺は歩き出した。
目の前の人混みがモーゼの十戒のように割れていく。
俺はマヤを腕に抱いたままそこを突き進む。
「お、おいお前ら。どうする気だ?」
誰かが言った。
「家に帰る」
「午後の授業は? 帰ってどうすんだ?」
「夫婦の営みだ」
もう話すことはない。
俺は数十人の前でマヤにキスをした。
これが俺のファーストキス・・・・・・いや、違うのか? どっちでもいいか。
とにかく俺は見せつける必要があった。
無謀にもマヤに恋い焦がれるすべての奴らに対して。

桜木マヤは俺の嫁、ってな。



                完

723:名無しさん@ピンキー
09/03/24 10:53:18 WIq0JK0l
久々の投下に乙
そしてGJ!
ヤンデレ化がないマヤが良い!

724:名無しさん@ピンキー
09/03/24 21:31:37 nnirMJ/l
GJ!
ハッピーエンドな依存物っていいよね。


725:名無しさん@ピンキー
09/03/24 23:34:06 NDpze9Qr
GJ!!!

726:名無しさん@ピンキー
09/03/25 03:14:57 6S5pPGQW
GJ。癒される。

727:名無しさん@ピンキー
09/03/25 23:19:03 z8uBHwN2
久々に神をみたぜ・・・

728:名無しさん@ピンキー
09/03/27 16:43:40 WHuviSyk

次の8つのうち5つ以上あてはまると依存性人格障害が疑われます。

1.普段のことを決めるにも、他人からの執拗なまでのアドバイスがないとダメである。

2.自分の生活でほとんどの領域で他人に責任をとってもらわないといけない。

3.嫌われたり避けられたりするのが怖いため、他人の意見に反対することができない。

4.自分自身から何かを計画したりやったりすることができない。

5.他人からの愛情をえるために嫌なことまで自分から進んでやる。

6.自分自身では何もできないと思っているため、ちょっとでも1人になると不安になる。

7.親密な関係が途切れたとき、自分をかまってくれる相手を必死に捜す。

8.自分が世話をされず、見捨てられるのではないかと言う恐怖に異常におびえている。

まあジャンルの依存がイコール依存性人格障害な訳じゃあないがね。
って突然何貼ってんの俺

729:名無しさん@ピンキー
09/03/28 07:57:05 yFInZuwx
5つも当てはまった
ヤバいな俺

730:名無しさん@ピンキー
09/03/28 08:37:07 n/bnPX+2
結構当てはまってると一瞬吃驚した。
よくよく考えてみたら、ただ卑怯な奴なだけなんじゃねって事に気づいた。

731:ネトゲ風世界依存娘
09/03/28 20:32:54 GWXnS/xz
 生きていればいろんなことが起こるものである。
 有り得ないと思うようなことでも起こってしまうのが人生というものであろう。

 俺はしみじみとそう思った。

 ことの始まりは一週間前に遡る。

 俺はいつもの如く、VMMO……意識をオンライン世界に直結することで、本当に
異世界で冒険しているような気分になれるネットゲーム……で、遊んでいた。
 生活費以外の仕事の収入と仕事以外の時間を全てゲームに当てているいわゆる廃人と
いわれる人間である。

 俺がやっているVMMOは戦闘系スキルは武器や技ごとに分かれ、生産系スキルはさらに
細かく、一口に鍛冶といっても精錬スキルや採掘スキルなどの関連スキルが必要になるなど
分かれており、様々な職種のものと交流することで足りない部分を補っていくというシステムが
とられているゲームであった。
 そのためギルドシステムが発展しており、殆どの者はこれに加入している。
 だが俺はそんなゲームをソロで(知り合いは勿論大勢いるが)楽しんでいた。
 ゲームでは全部のアイテムとレベルコンプリートしないと気がすまないタイプの俺にとってこのゲームはまさに底なし沼である。

 何時もどおりに遊んでいたとき、俺は一人の女性(?)に出会った。実際に女性かどうかは
わからない。選択でどちらでも選べるからだ。
 とにかく、犬人族のその女の子は登録後初めに選ぶことの出来るはじまりの町の一つであり、
ゲーム中の主要6王国のひとつ、ミルガリンの首都、レトの中央広場で途方にくれていた。

 石畳で出来た広い広場にぽつんと立つその姿はまさに捨てられた子犬といった感じである。
なまじ生身に近い感覚があるだけに、戸惑いも大きいのであろう。不安そうに耳をぱたんと後ろに倒していた。

 俺は、裁縫スキルを上げるためにちくちくと最高級の革鎧を作りながら間違いなく
参加したての初心者であろう彼女を遠目で観察していたのだが。

(あ、声をかけようとしてる……無理だった。)
 ちくちく。

(おっ!今度こそ!!……あ、気づいてもらえなかった。)
 ちくちく。

(声をかけた!!おめでと……ありゃ。無視された。涙目だ。なんか苛めたくなるな。)
 ちくちく。おけ、鎧完成。

  涙ぐましい努力を続ける犬耳少女(?)がなんだか可愛そうになり、俺は声をかけることにした。
 スキルを上げ続けるだけでは正直しんどい。気分転換、きまぐれだった。


732:ネトゲ風世界依存娘
09/03/28 20:33:55 GWXnS/xz

「こんにちは。なんか探し物か?」
「ひゃあっ!あ、あの。こ、こんにちは!いえ、そんなのじゃないんです!」
 にこやかに声をかけると、犬耳少女は手をぶんぶんふって慌てていた。近くで
よく見ると初心者用の革鎧に初心者用の短剣を装備していることがわかり、予想が
当たっていたことを悟る。俺はなるべく意識してゆっくりと話しかけた。

「慌てずにゆっくり落ち着いて。いい?深呼吸。」
「はい……。」
 このゲームで深呼吸は意味は無い。気分の問題だ。

「で、どうしたの?」
「実は親に薦められて、ゲームに参加したんですが何をすればいいのかもわからずで……。」
 しゅんと、耳をたれて俯く少女。動物が混じったキャラは感情によって付属パーツが動く
ようになっている。全く製作者はよくわかっているといわざるを得ない。

「親が薦めるってまたなんで……いや、さっきの見てればわからんでもないか。」
「えええ、み、見てたんですか!」
「ああ。微笑ましかった。」
 くっくと笑うと、彼女は涙目で俯いていた。

「私、暗くて不細工で引っ込み思案だから……中学でも苛められて……
こういうゲームならどうかって……。」
「こらこら。こういうゲームで自分の身分が判る様なこと言ったら駄目だ。」
「そうなんですか。……ごめんなさい。」
 く、暗い。俺は内心顔を引きつらせながらも、笑顔で胸を叩く。

「まぁゲームは楽しくやるもんだ。今日は俺が町を案内しよう」
「え、いいんですか?」
 ぱぁぁぁっと表情が明るくなる。顔を上げた少女のキャラメイクはとことん地味で
あったが、髪や瞳の色合いは落ち着いた茶色を用いており、顔立ちは少々幼いが穏やかな性格で
あることを思わせることに成功していた。
 正直、笑顔は可愛かった。

「お兄さんに任っせなさっい!俺はベテランだからな。」
 わざと馬鹿っぽく大げさに身振りをつけて話すと彼女は徐々に緊張が取れてきたのか
微笑んでいた。

「有難うございます。親切なんですね。」
「暇だったしな。で、名前は?」
「えっと、若……じゃなかった。蕾です。」
「俺は匠だ。今日だけだと思うがよろしくな。」
 今日だけといった俺に彼女は驚きの表情を向けるが、俺は真剣な顔で続ける。

「今日だけ……ですか?」
「俺と君じゃ強さがぜんぜん違うからな。それに、蕾ちゃんは自分で頑張らないと意味ないだろ。」
「はい……。」
「だから、自分で楽しみを見つけていくんだ。」
「はい。」
 ぶっちゃけ、毎日初心者の相手なんてしてたらきりが無い。俺はそんな内心をおくびにも出さずに笑顔に切り替える。

「まあでも、今日は一緒に楽しもうな。」
「はいっ!よろしくお願いします。」
 犬耳少女─蕾は尻尾をぱたぱた振り耳をぴんと立て、満面の笑顔で頷いた。俺は表裏無く喜ぶ彼女に、多少の罪悪感を感じていた。



733:ネトゲ風世界依存娘
09/03/28 20:34:50 GWXnS/xz

「今日はそろそろ落ちようか。」
「はい。有難うございました。本当に楽しかったです。」
 現実世界で午前2時、出会ったのが夕方6時だったのでたっぷり8時間、町の主要施設案内を
した後に味を実際に感じることの出来る甘味処へ案内して奢りでケーキを食べたり、生産スキルを
実践してもらったり、町の外で狩りの仕方を教えたりしていた。

 腰の低い性格で引っ込み思案っぽい彼女も打ち解けると、一つ一つのゲームの演出に
年相応の女の子のようにかわいらしくはしゃいでいたのは印象的だった。

 時間が過ぎるのはあっという間で、今は出会った街中の広場で別れの挨拶をしていた。

「明日から頑張れるよな?」
「はい!匠さんにはなんてお礼をいったらいいか。」
 そういって笑顔で頭を下げる蕾をみて俺は心底いいことしたなぁと、充実した気分に
なっていた。……のもつかの間であった。

「な、なんだ?」
「きゃっ!!」
 ごごごごごごごっ!!!!!!!!!!と大きな地震が起き、世界中が崩壊するような地響きが轟く。
バグったか!?と思ったその瞬間、脳がミキサーにかけられたような不快感と痛みが俺を襲う。
 勿論そんなものに耐えられるわけも無く、俺は意識を失っていた。

 どれくらい気を失っていたのだろうか。判らないが目を開けると心配そうに俺を覗き込む
蕾の顔があった。

「あれっ……。どうなった?」
「わかりません。」
 俺の問いかけに彼女は涙を浮かべながら不安げに答えた。

「地震が起こったかと思うと街中の人が頭を抑えて蹲って……、私はちょっと頭痛が
きただけでしたけど匠お兄さんの苦しみ方は死んじゃうんじゃないかと思いました。」
「それは良かった。蕾ちゃんが無事で。」
 初めてのプレイでこんな事故であんな痛みを体験したらトラウマになる。
 そう思って俺は心底ほっとする。

「有難うございます。それで……気がついたら中央広場に急に人が大勢出てきて……。」
 俺はその言葉を聞いて周囲を見渡す。彼女の言葉通り、中央広場には普段以上の人や
獣人で溢れていた。


734:ネトゲ風世界依存娘
09/03/28 20:35:27 GWXnS/xz
 ゲームでのこの首都の謳い文句は人口100万の都市というものであったが、参加プレイヤーの
数の関係上、そこまでの表現は出来ない。
 だが、今、広場は人ごみと喧騒で溢れており、実際に大都市の熱気が感じられた。作り物っぽかった
街並みも生活の雰囲気を感じさせる。それに、街の広さも大きくなっているような……

 俺は眉を潜めた。

「それから…ログアウトが出来ません。」
「システム画面が……出ないな。ステータスやスキル表示も何も出ない。」
 彼女はもう涙を流していた。俺の背中にも嫌な汗が流れる。
 まさかと思い、俺はズボンに手を突っ込みパンツの中を見る。全年齢推奨のこのゲームでは
禁止行為であるのだが……。

(で、でかい。)

 不審者丸出しのこの行為を彼女は泣いていて見ていなかったのは幸いだったろう。
 そして、頬をつねる。このゲームには味覚はあっても痛覚は無い。が、痛かった。これの意味するところは……。

「よくわからないが、とんでもない事に巻き込まれたかもしれないな。」
「匠お兄さん……私怖い……。」
 当然ながら蕾は怖がっていた。初めにあったときのような暗い表情で俺の服を掴んで離さない。
 俺だって怖い……が、努めて笑顔で頭を撫でる。

「大丈夫。心配するな。事情がわかるまで一緒にいてやるから。」
「はい。有難うございます。」
 子供にそうするように彼女の背中を軽く叩くと顔から恐怖心は消えたが、不安は消えていなかった。
 まぁ、俺だって不安だしな。

 だが、大人の自分がうろたえる訳にはいかない。見慣れているはずの世界が変貌した恐怖心を
抑えて俺は必死に己を保っていた。


735:名無しさん@ピンキー
09/03/28 20:40:59 GWXnS/xz
厨二病な電波が来たので書いて見た。
設定なんて、どうでもいいので依存娘が書きたかった。
反省はしていない。あんまり。


736:名無しさん@ピンキー
09/03/28 20:47:24 cGHsmZZy
元ネタは.hackか?とりあえず今後に期待

737:名無しさん@ピンキー
09/03/28 21:31:39 OsxVDyVn
GJ
続きは書くんだよな?

738:名無しさん@ピンキー
09/03/28 22:58:05 HqnKIMlR
なんとなくルサンチマン思い出した

739: ◆9DJPiEoFhE
09/03/29 03:28:01 COhumIqf
投下します。
3レスです。
科学的根拠だとか、実際はどうなんだとかそういうところは目を瞑っていてください。
ファンタジーです。
エロなしです。

一応、多分、続きます。

740:大草原の小さな女の子(1/3) ◆9DJPiEoFhE
09/03/29 03:28:31 COhumIqf
 とある時代、とある国のとある草原。
 そこはとてもとても辺鄙なところにありました。
 辺りいったいに広がる草の絨毯。人っ子一人見当たりません。
 そんな緑野のど真ん中で、ただ一筋もくもくと煙が立っています。
 おや、その煙が出ている建物から何か声が聞こえます。
 少し耳を傾けてみることにしましょう。

「茶」
「……」
「茶だ!」
「……」
「茶を煎れろと言うのが聞こえんのか!」
「……畏まりました」
 そう言ったのはエプロンドレスを着込んだ女性です。物腰柔らかに立ち上がり、しずしずとキッチンへと向かいます。背筋を伸ばし、品のある姿勢の歩き方から、育ちの良さが窺えます。
 一方、大声を上げて茶を請うたのは白衣を着込んだ男性です。白衣の下に身に着けているこれもまた白いフードを頭から被り、表情は窺えません。
「……どうぞ」
 コトリと男性の前に置かれたコーヒーカップ。ふわふわと湯気が漂っています。
「やればできるじゃないか」
 白衣の男性は、ふんと仰々しく嘆息します。なんだか偉そうですね。
「……ありがとうございます」
 ぺこりと一礼。エプロンドレスを着た女性は姿勢を傾けたまま、なぜかぷるぷると震えています。
「しかし、いくら作法がなっていても味がなっていなくてはどうしようもないからな。
 作法は基本というよりむしろ、前提条件でしかない。本質的に重要なのは、味だ。
 茶葉の風味をいかに生かし、最適の温度を身体で覚え、どのようにマグに煎れるか、それに限る」
 男は長々と語り始めてしまいました。女性は未だに頭を下げた姿勢のままです。心なしかひくひくと痙攣しているかのように見えます。
「そしてこれらのことを踏まえた上で、最も重要な点がある。わかるか? ……って何いつまでもお辞儀してるんだ」
 自分の語りに陶酔していた男は、そこで頭を下げ続けていた女性に気づきました。
「はっはっは、馬跳びでもして欲しいのか。文字通り馬鹿みたいだぞ」
「……っ!」
 ぶち、と何かが切れるような音がしました。
「人が下手に出てればあんたはぁぁぁぁ!!」
 ごす、と何かがひしゃげるような音がしました。
 見ると、床には真っ白な物体が転がっていました。
「だいたいなんでわたしがメイド服を着なきゃならないのよ! それもあんたなんかのために!
 いつまでお辞儀してるかですって? あんたが許すまで動くんじゃないって言ったんじゃない!
 それに、このわたしが、丁寧に、丹念に、手間隙かけて、文句も言わず、持ってきてあげたっていうのに、あんたってばぐちぐちぐちぐちぐちぐちと!
 お茶、もう冷めちゃってるじゃない! あんた、人を何だと思ってるのよ!」
 メイド服の女性はマシンガンのように捲し立てます。
 白い絨毯と化していた男性はむくりと起き上がりまして、こう呟きました。
「うるさい、幼女のくせに」
 屋敷にまた、爆音が響きました。

741:大草原の小さな女の子(2/3) ◆9DJPiEoFhE
09/03/29 03:29:03 COhumIqf
「ったく、加減を知れ、加減を。これ、直さにゃならんだろが」
「……それだけのことをさせるのはどなたでしたか。もう一発差し上げましょうか?」
「あー、わかったわかった。まったく仕方のない奴だな、君は」
「勝手に私が悪いみたいな流れにしないでください」
「ワガママなんだから。でもそういうトコロも好きだぜ?」
「語尾を上げる言葉遣いはお止めください。吐き気がします」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか。俺は好きだ。よくなくなくない?」
「唐突に殺意が沸きました。お殺害してもよろしいですか?」
「しかし寒いな」
 壁にぽっかりと開いた穴を見つめながら、男。
「……それは、あん……あなたの」
 口ごもる女性─少女。落ち着いてきたのか、自分でもやりすぎだと薄々反省してきているようです。
「まぁ、僕のせいなんだけど。でも、思ったんだが」
「……何でしょう」
「ご主人様に歯向かうメイドってのも珍しいと思わないか。普通はなんでもハイハイ従っちゃうものだと思うのだが。従者って言うくらいだからな」
「だから私はあなたのメイドなんかじゃないのよ! 
 目が覚めたら、メイド服を着せられてベッドに寝かされていた上に、見知らぬ男から『毎日、僕の味噌汁を作ってくれ』って言われて、わたし、もう、わけわかんない!」
 混乱しているのか、いくぶん言葉遣いが乱暴になっている少女。
 そんな少女に、白衣の男性は言い聞かせます。

「やれやれ、だからさっきも言っただろう」

「君は、僕の創った人造人間だ」

「呼称は、アンドロイド、サイボーグ、クローン、ホムンクルス、なんでもいい」

「ただ、これだけは言える」

「君の命は、僕という人間によって創られた、モノだ」

 男は淡々と告げます。まるでそれが事実であるかのように。

742:大草原の小さな女の子(3/3) ◆9DJPiEoFhE
09/03/29 03:30:20 COhumIqf
「そ、そんなこと……あるわけ……ない……」
「君は、ない、ということを証明できるのか?」
「だって、だって! そんなもの作り話の世界でしか聞いたことない!」
「存在するということは簡単に証明できる。ただ、その存在を見せ付ければいいからな。
 でも、存在しないということを証明するには、全ての存在・可能性に関して、『ないこと』を示さなければならない。
 わかるか?
 つまり、君が世界中に存在する技術全てを僕に提示して、『そんなものない』と示してでもくれない限り、それが『ない』とは言い切れないんだよ」
「…………」
 少女は力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまいました。
 長く重苦しい静寂が場を満たしました。
 男は黙って、すっかり冷め切ってしまったお茶を啜ります。
 しばらく沈黙が続いていましたが、ふと少女がハッとなり男にこう言いました。
「わたし、いや、私が作られたものだとしたら、キオクなんてものがあるはずがないじゃないですか。
 私にはありますよ。お茶の煎れ方も知っていますし、クローンが行進する映画も観ました。
 味噌汁だって飲んだことありますし、メイド服も以前に見たことがあります。
 あはは、冗談きついんだから。私がツクラレタソンザイナンテ」
「ふむ、そろそろ限界か」
 男は自分の右腕を見やりながら言いまス。
「アレ……? ナンダカ、カラダガ……?」
 少女の体ガ痙攣しだし、壊れタ機械のような動きをし始めましタ。
「君は創られたばかりで、代謝だとか生理的熱量だとかの調整がうまくいかないんだ。だから、定期的に僕から検診を受けなければならない」
「ネムク……ナッテ……」
 少女はもハや、何も聞こえテいないようでス。
「ひとまず、おやすみ。いい夢を」
 ソウシテ、少女ノ、目ノ前ハ、真ッ暗ニ、ナリマシタ。


ツヅク……?

743:名無しさん@ピンキー
09/03/29 11:03:25 rbEcLMnF
依存性人格障害
いわゆる「甘えの強い性格」です。
甘えが強く、大切なことも自分で決められず他人の判断に任せます。
並はずれて従順で、非常に受け身的、世話をやいてくれる人がいなければ何もできません。
いつもまわりから元気づけや励ましが必要です。
独立を避けるために、自分自身の欲求でさえも、他人の欲求に合わせます。
自分の責任を他人に押しつけるので、いざ1人になると非常に不安や抑うつにかられる人格障害です。

境界性人格障害と似ている点もありますが、
依存性人格障害のメインは「自分にかまって欲しい過剰な欲求と、それを維持するための服従的な行動」です。
比較的女性に多く、末っ子に多く見られます。

依存性人格障害が発生する過程には、親の子供への接し方があげられます。
この点は、回避性人格障害と似ています。
まず、過度に干渉的な母親、父親が存在します。
そして「世の中は危険がいっぱい」ということを子供に刷り込んでいくのです。
子供が少しでも自立しようとすると、親は子供を非難し、
忠実だとひどく溺愛します。
自立とは、親や社会から見放されるもんだよと刷り込んでいくのです

またコピペ

744:名無しさん@ピンキー
09/03/30 09:00:51 ifEbCUvs
>>79
ディケイド効果で先週末まで全部見直してた俺には余裕でした。

745:名無しさん@ピンキー
09/03/30 14:11:50 roOqpblZ
なんという亀レスww

746:名無しさん@ピンキー
09/03/30 14:28:04 ifEbCUvs
>>745
携帯で見てたら去年の夏場に投稿したのにレスしてた。
我ながら酷すぎる。

747:名無しさん@ピンキー
09/03/30 16:29:59 07TyDt7q
ところで過去スレは読んでると精神的に辛くなってくるな
草の生えたニコ厨の発言は大量にあるし
類似ジャンルへの敵視やマイナスイメージの押し付けみたいなレスが有るし……

748:名無しさん@ピンキー
09/03/30 21:01:11 ivNps40s
心の隙間みたいに長い作品を誰か書いてほしいな。

もう少しこのスレも元気になってほしいけど俺は…

749:名無しさん@ピンキー
09/03/30 21:36:22 o3lCTDjv
>>717に永住してもらいたい

750:名無しさん@ピンキー
09/03/31 08:44:05 uoQHZT0S
ここも寂しくなったもんだ

751:ネトゲ風世界依存娘 二話
09/04/01 22:40:40 3pWx0Q3a


 唐突だが、ギルドを作っているものたちは大抵溜まり場というものを持っているものである。
 俺自身はギルドに加入していないが、戦闘と生産の双方を廃プレイで楽しんでいた俺には多少のツテがあった。

 俺は耳を後ろに垂らし、泣きそうな顔で服を掴んで離さない蕾を連れながらレト中央銀行に向かって歩く。

 その敷地内の芝生に、知り合いがギルマスをしているギルド「ライトピアス」のたまり場はあった。
 ギルマスとはオフ会でも会ったのだが……そのときの惨劇は思い出したくもない。恐ろしいトラウマである。
 それでも付き合いが続いているのは友人としては気があうからだろう。

「やあ。やはり君もいたか。」
 溜まり場には数人の男女が芝生に座り込んでいた。その中で声をかけてきたのは長い薄紫色の髪の
人間の女だ。その女はにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
 そう、こいつは俺にトラウマを植え付けた例のギルマスであった。
 女性としてはそこそこ高い身長のスレンダーな体を持ち、白のスーツのような服の上に繊細な装飾を
施した白の革鎧を着こなしている。ぱっと見は仕事の出来る大人の女性といった印象だ。
 犬耳少女はひっと小さく悲鳴を上げて俺の背中に隠れる。

「お前らはログアウトできるか?」
「無理だね。」
 困惑した様子のほかの者たちと違い、女は嬉しそうに無理だと笑った。

「原因はわかるか?」
「数日経たなければ確実とはいえないけど、この2時間で考えた推測でいいなら。」
 俺は頷くと彼女は説明する。

「我々は今異世界にいる。」
「はあ?」
 自信満々にそうそいつは言い放つ。

「ゲームの世界が受肉したという表現でもいいけどね。」
「わけがわからん。判るように説明してくれ。」
「ようは……だ。」
 薄紫色の髪の女は嬉しそうに楽しそうに笑う。

「ヴァーチャルなゲームの世界が、現実になってしまったということだよ。我々はゲームの能力を持ち、
資産を持ちながら現実となったこの世界で生きていかなければならないわけだ。」
「何でそんなことがわかる?」
「発汗、痛覚、生理的機能もどうやらある……ゲームにおいてあるべきではないしあるわけもない
肉体の機能。全ての規制行為の解除。機械的なシステム関連機能の消失。急激に大きくなった都市。
現実と同じ時を刻むようになった時間。生きているNPC。その他から考えた結果さ。大規模なパッチが
当てられたなんてことは無いと思うね。まあこの世界が現実だったらいいなって願望も混じっていることは否定しない。」


752:ネトゲ風世界依存娘 二話
09/04/01 22:41:53 3pWx0Q3a


 にやにやしながら話すそいつにそれまで隠れていた蕾が顔を真っ青にしながら話しかけた。

「では、私達はもう戻れないんですか?」
「君は誰?……まあいいか。わかんないけど数日中に帰れなければたぶんね。それ以上は現実の肉体も持たないだろうし。」
 たいしたことのないように女は言う。俺は紹介していなかったことを思い出して、慌てて再び後ろに隠れていたわんこの首根っこを掴んで前に出した。

「ああ。すまん。こいつは蕾っていうんだ。今日ゲームをはじめたらしい。」
「そうか……。ご愁傷様。ああ、私はハルっていうんだ。よろしく。」
 怖がる犬耳少女に頭を下げた後、苦笑しながらハルは俺の肩を両手で掴む。そして残念そうな顔で、

「そんなに女に飢えているなら私がいつでも相手にしてやるのに……よりにもよってこんな子供を……。」
 蕾の外見は10代前半で背も低く、胸もない。茶色の髪と瞳で印象としては柴犬の子犬といった感じだろうか。

「人聞きの悪いことを言うな。それにお前は男だろうが。」
「中の人などいない。というジョークが洒落ではなくなったな。今の私は身体も完全に女だ。」
 そう朗らかに笑う薄紫色の長い髪をもつスレンダーな美女、ハルの中の人はリアル8○1な男であった。

「で、蕾君。君はこれからどうするんだい?」
「え……?」
 不意に真面目な顔でハルは蕾に問いかける。

「言ってみれば君と彼とはほぼ見知らぬ他人。君のような女の子がそんな男とずっと一緒に
いるなんてことはないだろう。」
「はい……」
 こいつ楽しんでやがるな。そう苦笑しながら答えられずしょんぼりしている蕾の後ろ頭を
軽く叩き、助け舟を出す。

「子供を苛めてやるな。一人で生活できるまでは助けるさ。」


753:ネトゲ風世界依存娘 二話
09/04/01 22:42:35 3pWx0Q3a


「匠は甘いね。人を助けるというのは大変なことだよ。乱暴だが、お金を渡して放り出すのが
一番だと思うね。絶対苦労する。」
「いつになく突っかかるな。」
 少数精鋭で癖のある者が多いギルドを纏めていることもあり、この見慣れた変態は狭量ではない。
小声で俺だけに放り出すようにハルが呟いた後、理由を聞いた俺に彼女(?)は少しだけ考え、
笑って言った。異変の前とは違い、作り物ではない自然で妖艶な笑みだと俺は思う。

「女の勘だよ。」
「男だろうが。」
「心は女だ。そして今は身体も女だ。」
 俺は黙って肩をすくめた。

「ま、なんでもいい。ハル達にも蕾を自立させるのを手伝って欲しい。」
「悪い子ではなさそうだしそれは構わないが、こちらも頼みたいことがあるんだ。」
 ハルは少しだけ困った顔をたまり場で座り込んで話している他のメンバーに顔を向ける。

「期間限定イベントの性転換ポーションを持ってないか?」
「いつか遊びに使おうと思っていたから10個くらいは持っているが。」
「悪いが二つ欲しい。私はいいんだけどねー。」
「……なるほど。お前らには世話になってるからいいよ。価格が高騰しそうだな。」
「すまないねぇ。匠にはいつも迷惑かけて。」
「それは言わない約束だろ。お父っつぁん。」
 苦笑しながら意味不明なぼけを交わす俺とハルに蕾はわけがわからないといった顔を向けていた。
年代の違いを感じる。




754:ネトゲ風世界依存娘 二話
09/04/01 22:43:25 3pWx0Q3a


 俺はハルと情報のやり取りを約束し、蕾を連れて宿の密集している宿屋街へと向かった。
 半歩後ろで俺の服の裾を掴んで離さない犬耳少女の表情は相変わらず不安げでびくびくしたような感じで暗い。
 無言のまま宿に到着し、一番いい個室を二つ取る。余り広いと現実の自分の生活とあまりに違って
落ち着かないので、広さよりも清潔さで部屋は選んでいた。

 ルームサービスの夕食を部屋に運んでもらい、二人でテーブルを囲む。
 部屋はランプがいくつか置かれており、テーブルには蝋燭が置かれているがそれでもなお薄暗い。
 俺は『明かり』の魔法を詠唱し、現実程度の部屋の明るさを確保する。

 蕾はずっと不安げなままだ。料理にも手をつけていない。

「どうした。美味しいぞ?」
「匠お兄さんは……怖くないんですか?寂しくないんですか?」
 搾り出すような悲痛な声。俺は首を傾げる。

「別に。」
 正直な俺の返答に彼女は驚いたような顔で固まる。

「だけど、俺も蕾ちゃんと同じ立場なら焦るかもしれない。」
 肉料理にフォークを刺し、食べようか迷って一度フォークを置く。

「俺にはここに友人もいる。仕事で困ることもまずない。金もある。現実の家族は……まあ、一人暮らしだったしな。」
 憂いはない。仮に戻れなくなっても困らない。

「蕾ちゃんは違うだろ。」
「うん……。」
「だから別に怖くてもいいだろ。怖がってる子供を抱えてしまった俺まで怖がってどうすんだ。
余計不安にするだけだ。」
 ほら食え。と、肉を突き刺したフォークを口元に持っていくと犬耳少女は小さな口をようやく開いて食べた。
 咀嚼と同時にぺたんと寝ていた三角形の耳がぴんと立つ。

「まあ、何事もなく帰れるかもしれないしな。明日のことは明日考えようぜ。今は食え。」
「むしゃむきゅむきゅごきゅっ!」
 お腹が空いていたのだろう。俺が言う前に彼女は何かに取り付かれたかのように料理を貪り食っており、
お尻の部分が開いている背もたれの後ろでは尻尾が全力で振られていた。

「こくん。ん?」
「なんでもない。美味いか?」
 彼女は無言でこくっと頷いた。




755:ネトゲ風世界依存娘 二話
09/04/01 22:45:41 3pWx0Q3a


 食事を終え、少しだけ蕾と話をして彼女を部屋に帰らせると俺はベッドに横になる。

 彼女との会話はなるべく聞き役に徹していた。彼女は学校の話はあまりしなかった。他人に会話するのが
慣れていないのか、伝えようと一生懸命だが拙い彼女の話は殆どが家族との団欒の話だった。

 ベッドに横になりながら考える。あの時点で見放せといったハルの言葉は正しい。俺は彼女を
もはや見捨てることは出来ないだろう。
 捨てられてダンボールに入っている子犬に懐かれた様な複雑な気分といったところか。

 くだらないことを考えていると、睡魔はすぐにやってきた。魔法など強制の眠り以外の眠りという
概念もゲームにはなかった機能だ。あと肉体的な疲労もだ。

 かちゃ。

(………?)
 眠りの世界へ落ちようとしていたその時、小さな物音が静かな部屋に響く。

 …みしっ。

 ………みしっ。

 徐々に近づく、木の床を踏みしめる音。ぴたっと音が止まると俺は眼を開けた。目が合った瞬間、
犯人の耳と尻尾がぴんっと天井に向く。

「ひあっ!」
「何やってんだ?」
 気づかれていないと思っていたのか、蕾は飛び上がって驚く。

「ご、ごめんなさい。」
「何か用か?」
 今にも閉じそうな目を必死に開けながら、彼女に聞く。

「う、何でも……ないです……。」
「嘘付きは外に放り出す。」
「……ううう……ごめんなさい。一緒に寝ていいですか?」
 彼女は屈んでベッドに眠る俺を泣きそうに目を潤ませて上目遣いで見つめる。
 ロリコンじゃない。俺はロリコンじゃないので頷いてスペースを少し空けてやった。



756:ネトゲ風世界依存娘 二話
09/04/01 22:46:46 3pWx0Q3a


「有難うございます。眠れなくて。」
「そうか。もう起こすなよ?」
「はい。」
 彼女は外を歩いていた時のように服を掴み、俺がそんな彼女の頭を撫でると安心したのか
ようやく少しだけ可愛らしく笑みを零し、直ぐに寝息を立て始めた。
 俺はというと目が覚めてしまったのか、中々眠ることができなかった。

「う……ぅん。」
 彼女は、革鎧を脱いで大き目のシャツ一枚になっていた。
 着替えを買ってやらないとと思う。彼女の要望で顔を合わせながら眠っているが、少しだけ
視線を下に下ろすと、シャツの隙間から膨らみかけの小さな胸の谷間が見えてしまう。
 ……誓ってどきどきなんてしていない。

 彼女が完全に眠っているのを確認し、天井を向く。普段はおどおどしているので、誰も気づかない
だろうが彼女は怖いくらい整った顔立ちをしている。
 数年経って成長すれば誰もが羨む美女になるかもしれない。
 そんな彼女と向き合ってると自分が変な気になりそうな気がして怖かったのだ。
 煩悩を追い出して目を瞑り、今度こそ眠りの世界へと旅立とうとする。

 ふにっ

 腕から伝わる何かの柔らかい感触。目を開けると蕾が俺の腕を胸に抱えるようにしがみ付いていた。

「ん……お兄……さん……。」
「……。」
 俺が眠ることができるまでにはまだまだ時間がかかりそうだった。



757:名無しさん@ピンキー
09/04/01 22:53:22 3pWx0Q3a
3/27から電脳ダイブしてました。
申し訳ありません。

次回から色々全開で頑張ります。

758:名無しさん@ピンキー
09/04/02 00:23:55 NhBp5bmp
>>757
GJ
俺も昔にオンゲーをやっていたこともあって、この手の話題は大好きだ。話も面白い。
続きを待っています。

759:名無しさん@ピンキー
09/04/02 01:31:51 cXLLiSds
GJ
なんかやっと長い作品が来そうな予感。

760:名無しさん@ピンキー
09/04/02 02:16:09 X58R/16u
GJ!
俺も不測の事態に備えて、しっかりモンハンやろ。
じゃあな馬鹿共!俺はハンターとして生きていく

761:名無しさん@ピンキー
09/04/02 10:16:22 4eQnv/Q3
ネトゲ現役の俺にはイメージしやすい話だぜ

762:名無しさん@ピンキー
09/04/02 15:03:16 +l6iOMgJ
俺はマビノギを背景として見てしまう。

763:名無しさん@ピンキー
09/04/02 20:32:38 gfOT+hLM
生活系、生産重視のオンラインゲームだとマビノギ、ウルティマ・オンライン、
D&Dオンラインやエバークエスト2(サービス終了?)辺りもイメージとして
出てくるな。


764:名無しさん@ピンキー
09/04/02 23:38:09 3lVI702r
投下します。
ネトゲ面白いから危険すぎますね。

765:ネトゲ風世界依存娘 三話
09/04/02 23:38:59 3lVI702r


 翌朝、目を覚ますと目の前に犬耳の少女が眠っていた。
 一瞬何事かと焦るが、脳が目を覚ますと先日の出来事を思い出していた。

「起きたら夢だったって展開だと思ったが夢じゃなかったか。」
 小さく呟き、未だ眠っている少女の顔を見る。頬には涙の跡がついていた。

 俺は彼女を起こさないように気をつけてベッドから起き上がり、服を着る。異世界の朝は寒い。
 こちらの世界ももう春になろうというのに、空気が澄んでいるせいもあるのだろうが、冷え切っていた。
 満開の花のような見た目の季節感だけではなく、気温を感じることが出来るようになってしまったのは
いいことなのか悪いことなのか……判断に迷うところだ。

 宿の主人に頼んで羽織れる毛皮のコートと二人分の朝食を貰って部屋に戻り、職人が作ったと思われる
派手ではないが品のあるテーブルに朝食を並べる。
 そこまで準備すると、蕾の頬を軽くぺしぺし叩き、

「おい、朝だぞ。」
「ううん……お母さん後5分……。」
 むにゃむにゃとお約束な寝言を幸せそうな寝顔で蕾は呟く。寝かしておいてやりたい気持ちがちらっと
出るが容赦なく布団をひっぺがす。

「起きろっ!!」
「わぁぁっ!えっ?ええっ!!」
 犬耳少女は驚いて飛び起き、座り込んでわけがわからないといった感じで左右を見渡す。
 頭と一緒に耳がぴこぴこ動くのが小動物っぽくて可愛らしい。

「こ、ここどこ!?」
「落ち着け。そのコートさっさと着ろ。パンツ見えてるぞ。」
「きゃっ!お兄さんのえっち!」
 困惑よりも羞恥が勝ったのか、ショックで蕾も状況を把握したらしい。顔を真っ赤にして抗議しながら
ぶかぶかのコートを羽織る。
 下位の常駐型の火系統魔法を暖房代わりに唱え、蕾と二人でテーブルを囲んで椅子に座る。

「起こしてくれたのにえっちっていってごめんなさい。」
「謝るな。俺がえっちなのは間違いない。お前さんは対象じゃないけどな。」
 落ち着くとしゅんとなって彼女は謝る。そんな彼女に俺は笑顔で応える。

「とりあえずまずは朝ごはんだ!」
「えっ、目の前のはパンじゃないんですか?」
「……。」
 無言で頭にチョップを食らわし、何事もなかったかのように手を合わせる。

「いただきます!」
「いただきます。」
 一人と一匹は、目の前のパンと卵焼き、サラダという朝の基本セットに対して宣戦を布告した。
 四人前の朝食は二人の猛攻に僅か5分しか耐えることは出来なかった。




766:ネトゲ風世界依存娘 三話
09/04/02 23:39:56 3lVI702r


 朝食を食べ終えると、服を着替えて街を散策することに決めた。
 満腹になったお陰か俺の半歩後ろを歩く蕾は心なしか幸せそうだ。歩きながらゆっくりと左右に尻尾を振っている。

「今日から蕾ちゃんの自立を目指す。」
「はい。」
 銀行から自作の剣と女性用革鎧を引き出して渡して銀行の更衣室で着替えるよう促し、本日の目的地へと向かった。
 先日の夜に、ずっと一緒にいることに対して(主に理性的な意味で)危機感を覚えた俺はさっさと
一人暮らし出来る強さを持って貰おうと考えたのである。

 安全に食べていくなら生産系の職がいいのだろうがシステム機能がないため、スキルの熟練度的に
どうなるのか判らない上に、自分では物を作ることが出来るがどういう理屈でそれが出来るのか説明することが
出来ないので、生産職の知識を教え込むのは諦めた。

 そういうわけで戦闘系の仕事をこなしてお金を稼げるように頑張ってもらおうと思ったのだ。装備さえしっかり
しておけば、初級モンスターのエリアなら安全にお金を稼ぐことも出来るし、経験も積める。

 何より犬人族そのものが力強さと素早さを併せ持つ、戦闘向けの種族であった。反面不器用で生産職には向いていない。


「いらっしゃい。仕事かい?」
 仕事斡旋所は異変前と変わらない。仕事の内容と報酬が書かれた紙がいくつも張られており、NPCだった
中年の親父が退屈そうに座っている。
 違うのはそのNPCだった親父が『生きている』ことくらいだ。

「初心者向けの首都近郊のモンスター退治依頼はあるか?」
「ジャイアントラット駆除があるぜ。畑を荒らすこいつらを退治して欲しいそうだ。5匹で100。退治した数に
応じて報酬を払う。退治証明は尻尾でいい。あんたが受けるのか?」
 悪そうな笑みを中年の親父は浮かべる。

「後ろのこいつだ。」
「よ、よろしくお願いします。」
「こりゃ可愛いお嬢ちゃんだ。本当に出来るのかい?」
 訝しげな顔で親父は蕾を見つめる。人見知りの彼女はいっぱいいっぱいになりながらも頷いた。

「や、やります!」
「わかった。じゃあサインを頼むぜ。依頼は失敗したら3割を違約金として払わないといけないから気をつけるんだぞ。」
「わかりました。」
 俺は頑張る彼女の様子を見ながら心の中だけで応援していた。

「匠お兄さん。大丈夫みたいです。」
「よし、じゃあ指定された場所に行くか。場所はちゃんとわかっているか?」
「はい。地図を描いてもらいました。」
 真剣な顔で彼女は頷く。俺は彼女の頭を撫でた。

「そうか。偉いぞ。……頑張れ。」
「うんっ!」
 蕾は気持ち良さそうに顔を緩めて頷いた。




767:ネトゲ風世界依存娘 三話
09/04/02 23:41:10 3lVI702r


 戦闘のやり方は異変があっても変わらない。俺も何匹か試してみたが剣も魔法も違和感なく扱うことが出来た。
 一日だけだが戦闘はこなしていた蕾も同じらしい。

「元々、運動は苦手だったから……こんなに自分の身体が動くなんて信じられない。」
 郊外に広がる広大な畑で彼女は楽しそうに駆け回る。その姿はまるきり子犬であった。
 飼い主たる俺はというと見失わないように追いかけさせられるのだが、どれだけ動いても少ししか
疲労を感じない。不思議な感覚だった。

 お昼には二人並んで弁当を食べて休み、再び狩りを始める。夕方には尻尾の数は40本を越えていた。
 すっかり安心した俺は蕾を放置して一人、いろいろな魔法を実験していた。油断であった。

「きゃぁぁぁっ!な、なんですか!」
 遠くから蕾の悲鳴が聞こえ、それに驚きながらも俺は声に向かって全力で駆け出した。

 声の場所に辿りつくと二人組みの剣士が蕾を囲んでいた。穏便な雰囲気には見えない。蕾は剣を
向けられ腰を抜かして座り込んで震えている。

「わんちゃんよー。俺たちと遊ぼうぜ。」
「そうそう。折角リアルな感触再現されてるんだしさ。その顔、そそるなぁ。」
 見覚えがある。よく見るPKだ。異変前は結界があり、一定以上のランクの狩場でなければPKも
出来なかったのだが今回のことで出来るようになったのだろうか。

 苦労して敵を倒しかけたときに襲い掛かり、装備とモンスターを持っていく性質の悪い奴らで
中級プレイヤーからはゴキブリのように嫌われている二人組みだ。

「どこまでリアルかひん剥いて試そうぜ。」
「おいおい!先は俺だぞ!」
「はいはい。そこまでなー。」
 俺は相手を確認すると恐怖で動けない蕾を庇うように前に立つ。

「格好付けか?」
「ひゃはは、かっこぅいいー!」
 下品に笑う二人組み。俺は何も応えずに高速で詠唱する。

「『雷神』!」
 このゲームでは魔法には法則性があり、属性を詠唱で組み合わせて魔法を作成する。俺の唱えた魔法は
魔法の専門家、ハルが組んだ対個人用の上級魔法。性能はいいが必要スペックが高すぎて使える人間が
殆どいないのが難の魔法だ。

「な、なっ!!」
 一撃で一人が炭化する。人を殺せた。あっさりと。
 俺の心が全く揺れないことに自分自身驚いている。ゲームだと思っているからだろうか。

「街に戻る気配はないな。死んだか。」
 冷静に呟き、蕾には目を閉じていろと促す。俺は仲間が街に転送されずに戸惑っている男と平坦な声で話す。

「し、死んだ?」
「このゲームの復活アイテムは『気絶状態を回復するアイテム』だ。女を犯せるように人が殺せて何か不思議か?」
「ひひひひっ人殺し!!」
 剣士の男は怯えながら俺を罵る。

「弱い子供に悪戯しようとするやつなんぞ死んだほうがいいだろ。」
 俺は苦笑しながら無造作に刀を引き抜いて動揺していた男の首を刎ねた。そして、証拠を残さないように
炎で焼き尽くす。
 全てを焼き尽くして炎が消えるまで俺はなんとも言えずにそれを見つめていた。



768:ネトゲ風世界依存娘 三話
09/04/02 23:42:07 3lVI702r
「やっちまった。」
 空虚な心で思わず呟き、片手で頭を抱える。背中で守っていた蕾は二人がいなくなっても
まだ怯えて目を見開き、がたがた震えていた。

「怖がらせてごめんな。怖い目にあわせてごめん。見通しが甘かった。」
 声は出せず、怯えて震えながらも彼女は首を横に振る。俺がしゃがみ込んで彼女が立ち上がれるように
手を貸そうとしたが、

「ひぁっ!!」
 びくっと大きく震えるとしゃぁ……と静かな音を立てて、緑の芝生に小さな水溜りを作った。

「……なんというか、いろいろすまん。」
「ぁぅ……。ううう……。うわぁぁぁぁぁん!」
 羞恥で顔を紅く染め、恐怖で身体を震わせ、蕾は声を上げて泣いた。俺はどうすることもできずに
少しだけ距離を空けて座り、彼女が落ち着くのを待つことにした。


 彼女が泣き止む頃には完全に日が暮れており、疲労で動けなくなった彼女を俺は背負って歩いていた。
 空には二つの月が浮かぶ、地球のものとは違う満天の星空がある。
 素直に美しいと思う。

「蕾ちゃん。空を見てみなよ。」
「はい。……綺麗です。」
 背中の少女の表情は見えない。だが、魅入っているのは気配でわかる。暫く時間を置き、静かに語りかける。

「さっきはごめんな?」
「いえ、私のほうこそ。助けてもらったのにあんなに怖がってしまって。」
 彼女は恩知らずです。と情けなさそうに呟いてぎゅっと強く首にしがみ付く。か細い腕はまだ小さく震えている。

「俺怖いだろ?自分でも怖いからな。誰か優しいやつを紹介しよう。」
「そんなこと……ないです。匠お兄さん……私……やっぱり邪魔ですか?」
 さらに強くしがみ付く。

「何でもします。やります……だからこわいところにおいていかないで……一人にしないで……。」
 風に吹かれて消えるような声でそう呟く。PKはどうやら彼女に恐怖心を植え付けてしまったらしい。
 折角笑ってたのに。強く生きていけそうだったのに。俺は残念に思いながらも少し考えてから努めて明るく、

「あほ。お前一人くらいきちんと自立できるまできちんと面倒見てやる。」
「……本当?」
「お兄さんを信じろ。今日も守ってやったろ?」
 冗談めかして笑う。

「一緒……いてください……。」
「ああ。だけどお前もさっさと強くなれよ。」
「……うん。」
 犬耳少女は俺の背中に顔をぴたっとくっつける。震えはようやく止まった。

 仕事斡旋所へたどり着いた頃には彼女は背中から降り、いつものように半歩後ろを歩いていた。

「よう。遅かったな。首尾はどうだ……40匹か。ほらよ800Gだ。」
 親父から蕾にお金の入った袋が手渡される。
 依頼斡旋所から出ると蕾は暫く耳をぴこぴこさせて悩んでいるようだったが、袋をそのまま俺に渡そうとした。

「違う。それはお前がこの世界で稼いだお前のお金だ。大事に使えよ?」
「でも……。」
「頑張ったな。」
 何も言わせずに俺は頭を撫でて笑った。
 ここに着くまで無表情だった彼女の顔がゆっくりと歪み、俺に抱きついて大声で泣いた。
 今度はどうやらうれし泣きのようだった。

769:名無しさん@ピンキー
09/04/02 23:44:19 3lVI702r
投下終了です。

770:名無しさん@ピンキー
09/04/03 00:04:27 1q4PluYn
GJ
続きを期待します。
みんなゲームにハマってリアルで人殺しはだめだぞ


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