08/08/30 20:37:27 ESYNTb+e
~~赤貝の握り~~
「ほぅれ、ご開帳じゃ」
「うわぁ! すごい、真っ赤!」
鈴木老人が貝を開くと、中から真っ赤な水が溢れ出した。赤貝が赤いのは、身だけではない。
赤貝の身や体液が赤いのは、人間の血液が赤いのと同様、ヘモグロビンによるものである。
「うちの店で扱っている赤貝は、本物の赤貝じゃぞい」
「えっ? 本物って……」
「世の中に出回っている赤貝の大部分はのう、実は偽物なんじゃ」
実は、赤貝は最近やっと養殖ができるようにはなったものの、まだまだ高級品。
一流の寿司屋などでないと、なかなか取り扱うことができない。
そこで、赤貝とよく似た貝を赤貝と称して売るというのが、いかにも日本人の考えそうなことである。
残念ながら、読者の諸君が寿司屋や缶詰で食べているのは、十中八九、赤貝の偽物だ。
「この世界って、結構いい加減ねえ……」
「うぬ……我々も、何が真で、何がそうでないか、それを見極める目をしっかりと持たねばならんな」
ざわざわする八神家を、鈴木老人が諭した。
「だからのう、よく知っておいて欲しいんじゃ。本物の味を、な」
目の前に置かれた赤貝の握りは、『大人の事情』などまるで知らないかのように、美しく輝いていた。
鼻にスッと抜ける爽やかな香り。それでいて、底の見えないような奥の深い味。
本物の味がこの一貫に凝縮されている―まだ世の中をほとんど知らない10歳のはやてだが、そう思った。
~~炙り金目鯛の握り~~
「へぇー、金目鯛を握り寿司に……」
秋刀魚の時と同様、またしてもはやての口から「へぇー」が飛び出した。
はやては、金目鯛の料理法というと、甘辛く煮付けることしか思い浮かばなかった。
「これはのう、とある駅の駅弁を参考にして作ってみたんじゃが」
皮を残した金目鯛の切り身を、炭火で軽く炙る。香ばしい匂いが立ち込めた。
その切り身と酢飯を、光速で寿司に仕立て上げていく手つきの鮮やかなこと。
「うまい……」
「なんという……上品で軽い味だ……!」
その美味さに、ザフィーラとシグナムが揃って声を上げる。
さっと炙ることによって、適度に身が引き締まった金目鯛は、しっとりと、それでいて洗練された味がした。
炙られて香ばしくなった皮の食感が、金目鯛の淡白な身の旨みを引き立てる役割を果たしている。
金目鯛にある独特のクセは感じられない。酢飯との一体感も素晴らしい。