【こわしや我聞】藤木俊作品全般でエロパロ_8at EROPARO
【こわしや我聞】藤木俊作品全般でエロパロ_8 - 暇つぶし2ch166:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:58:00 dvIKZTux
『痛っ!』
『ほら、じっとしてろ。ちゃんと伸ばさないとまたつるぞ』

 だからそうじゃなくて……もういいや、どうでもよくなってきた。
 とりあえず、彼が私を助けてくれたのは事実なんだ。
 もし彼が助けてくれなかったら、私は確実に沈んでいただろう。

『……もういいか』

 十分に時間をかけて伸ばした後で、彼はやっと私の足から手を離した。
 そっと足を動かしてみる。
 まだ少し痛みは残っていたが、またつるという事はなさそうだ。

『よし、大丈夫そうだな。それじゃあ……』

 その様子を見て、やれやれといった感じで彼は私の顔を正面から覗き込むと―

 パンっ!

 私の頬を、平手で叩いた。

『何やってるんだ!』

 そして、怒声。

『たまたま俺がいたからいいものを、誰も来なかったらどうするつもりだったんだ!』

 叩かれた頬に手を当てながら、私は驚愕の表情で彼を見る。

『なんでも一人でやろうとするな! あのままだとお前が溺れていたんだぞ!』
『で、でも……誰もいなかったから……』
『俺がいただろうが!』


167:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:59:19 dvIKZTux
 ―!

『いいか、必ずどこかに正義の味方はいるんだ! 困ったらとりあえず呼べ。必ず来るから。それでも来なかったら……俺が来るから』

 冷静に考えれば滅茶苦茶な事を言っているのだが、それでもなぜかその言葉は説得力があった。
 彼は必ず助けに来てくれる―そう、思えた。

『……すまん、つい熱くなっちまった』

 ふと我に返ったのか、彼は気まずそうに頭を掻く。

『ごめんな、叩いて。痛くないか?』
『う、ううん……大丈夫』

 痛くは無かった。
 ただ、熱かった。
 それがなぜかは分からなかったけれど。

『だめだよにーちゃん、おねえちゃんを叩いたら!』
『あ、ああ、すまん』
『おねえちゃん、大丈夫?』
『う、うん、大丈夫』

 横で見ていた少女が、心配そうに私を覗き込む。

『えっとね……ありがとう、シロを助けてくれて』

 そして少女は、精一杯の笑顔を私へと向けてくる。

『え、あ、でも……』

 最終的に助けたのは私じゃなくて……
 困ったように彼に視線を移すが、彼は笑顔を浮かべながら首を振る。


168:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 23:00:22 dvIKZTux
『シロを助けたのはお前だから』

 そう言って、彼は立ち上がる。

『さっきはつい熱くなって、あんな事言っちまったけど、お前は頑張ったよ。躊躇なく川に飛び込める奴なんて、そうそういない』

 少女の頭を撫でながら、彼は私を見る。

『だからさ、もし、お前にその気があるなら……』

 恥ずかしそうに一瞬言いよどみ、それでもすぐに顔を上げて。

『ヒーローにならないか?』

 そして、まっすぐに私を見つめながら、彼は言った。

『……ヒーロー?』
『ああ、俺もヒーローになりたくて正義の味方の基地で働いてるんだけど、お前ならきっと立派なヒーローになれると思うんだ』
『にーちゃんはまだ下っ端だけどね』
『い、いつかはちゃんとヒーローになるぞ!』

 からかう様に呟く少女に、彼は慌てて言い返す。
 正義の味方……という事は、赤井さんの言っていた組織なのだろうか。

『まあ、無理にとは言わないけどな。でも、少しでもその気があるのなら、一緒に頑張ってみないか?』
『一緒、に……』
『ああ』
『か、考えとく……』

 口ではそう言ったものの、どうするかはすでに決めていた。
 少なくとも、ツマラナイって事は無さそうだ。
 ―彼と一緒ならば。


169:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 23:01:04 dvIKZTux
『よし、じゃあ俺はもう行くぞ。まだトレーニングの途中だったしな』
『ま、待って!』
『ん、何だ?』
『あ、えと、その……ありがとう』

 消え入りそうな声で呟いた私に、彼は満面の笑みで答える。

『この位、正義の味方なら当たり前のことだから』
『そ、それと……』
『ん、まだ何かあるのか?』
『……まだ、名前聞いてない』
『え……あ、ああ、そうか』

 うっかりしてた、とばかりに彼は頭を掻く。
 そしてゴホンと咳払いをしてしばしの間を取ると、ビシっと自分を指差して―

『俺の名前は緑川ヒカル。ヒーロー見習いだ』

 ―それが彼の初めての名乗りであり、そして私との初めて出合いだった。

 その後、私は両親と喧嘩別れするように正義の味方の一員となり―気付いたら彼よりも早くヒーローになってしまったのはちょっとした誤算。
 そしてもっと大きな誤算だったのは―彼が私のことをまったく覚えていなかった、という事なのだが。
 でも、まあそれは―

『おねえちゃん、大丈夫?』
『え? う、うん、大丈夫だよ』
『でも、なんか顔が赤いよ? 風邪?』
『これは……ふふ、なんでだろうね?』
『……変なおねえちゃん』

 もう少し先のお話。


170:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 23:03:28 dvIKZTux
とりあえず、ここまでです

おかしいな……こんなに長くなるはずじゃなかったのに
来週で終わるといいなぁ……ノシ

171:名無しさん@ピンキー
09/02/02 23:07:58 Z/F+QM2q
て、低能じゃあっ!!
今宵は低能祭りじゃあっ!!

続きも楽しみにしてますっ

172:名無しさん@ピンキー
09/02/03 09:34:27 8VDZJl8H
GJ!

アキラかわいいよアキラ

173:名無しさん@ピンキー
09/02/04 11:21:23 F7PuUDah
GJすぎるよ…

174:名無しさん@ピンキー
09/02/08 02:41:08 NzdTfy7L
保守

175:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:12:50 /eg6UkjP
>>169の続きです


176:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:13:38 /eg6UkjP
***

 トレーニングを終えた後、私はなんとなくギガレンジャーの基地へと来ていた。
 家でゴロゴロしようかとも考えたが、こんないい天気に引き篭もるのはやはり勿体無い。
 ……まあ、基地に行ってもやる事は無いので、ゴロゴロする場所が変わるだけなのだけれど。
 
「はぁ……」
 
 そこらに転がっていた少女漫画をパラパラと捲りながら、私は溜息をつく。
 それでも一人でいるよりは、余計な事を考えずにすむのはありがたかった。

「ヘイ、そこの少女! 辛気臭い顔してるじゃなーい!」

 ―こんな風に、絡んでくる人がいるから。

「辛気臭いのはいつもの事です」
「自覚してたんだ……って、若い身空でそんな枯れてちゃ駄目でしょ!」

 余計なお世話だ。

「それよりもなんですか横山さん、急に抱きついてきて」
「んー、アキラちゃんはいつも抱き心地いいにゃー」
「頬擦りしないでください……あと、当たってるんですけど」
「当ててるんだもん」
「……出てる腹を当てて喜ぶとは、特殊な性癖をお持ちですね」
「そっちは当ててないし、出てない!」

 この無駄にハイテンションな人は横山チサさん。
 ギガレンジャーの一人、ギガイエローであり、私の先輩であり、ちょっと頭の弱い人だ。

「……なんか今、失礼な事考えなかった?」
「気のせいです」

 あと、無駄に勘が鋭いってのも追加で。
 横山さんはしばらく私に頬擦りした後、やっと満足したのか、拘束していた手を離す。

177:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:14:20 /eg6UkjP
「ふー、充電完了。これであと二時間は戦える」
「その電池はもうヘタっているので、交換する事をお勧めします」
「二時間毎に充電すれば大丈夫!」
「なるほど……だが断る」
「もー、アキラちゃんは可愛いのに、ちょっとぶっきらぼうなのが玉にキズね」
「ぶっきらぼうなのは生まれつきです」
「そんなんじゃモテないよ?」
「……余計なお世話です」

 そう、本当に余計なお世話だ。

「せめて服装だけでも女の子っぽくすればいいのに。いつも制服かジャージじゃない」
「学生の正装は制服です。私服にしても動きやすい方が好きなので」

 可愛い服に興味が無いわけではない。
 でも、どうせ私に似合うような服なんてないのは分かっていた。
 似合わない服を着るくらいなら、ジャージでゴロゴロする方がよっぽどいい。

「やっぱり枯れてるわねー……でも、動きやすくて可愛い服があればいいのよね?」
「……まあ、そんな服があるのなら考えますけど」

 私のその言葉に、横山さんは嬉しそうに含み笑い。
 ……なんだろう、この嫌な予感は。

「ふっふっふ……じゃじゃーん!」

 彼女はどこからか大きな袋を取り出すと、その中身をもったいぶった動きで私の眼前に晒す。
 出てきたのは―

178:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:15:01 /eg6UkjP
「……なんですか、これ?」
「動きやすくて可愛い服、よ」

 出てきたのは、黒い生地に白いフリルをあしらった―あしらったと言う言葉で表現していいものか迷うほどに大量のフリルを纏ったロングドレス。
 俗に言う、ゴシックロリータドレスだ。

「……」
「可愛いよね?」
「……まあ、確かに」

 可愛い、のは認めよう。
 しかし、どう考えても動きやすいとは思えない。

「ふふふ、アキラちゃんが何を考えてるのかは分かるわ。確かに、お世辞にも動きやすそうには見えない服よ。でも……」

 またもやもったいぶった動きで、横山さんは手に持っていたドレスを空中に放り投げる。
 次の瞬間、横山さんの手には機関銃が握られており、それは空中に投げたドレスへと狙いを定めていた。
 ―そして、銃声。
 大量の弾丸に晒されたドレスは、一瞬で無残なボロ布に……って、あれ?

「へへー、すごいでしょ、これ」

 嬉しそうな表情で、横山さんは床に落ちたドレスを手に取る。
 それは穴どころか傷すらもなく、たった今まで機関銃で打ち抜かれていたとは思えない状態だった。

「……なんですか、これ」
「ふふふ、うちの技術部特製のゴスロリ服よ。防弾、防刃だけじゃなく、防熱、防水、防塵も完璧。伸縮性も高いから動きにくさも無し。しかも洗濯機で洗えるのよ」
「……」
「あれー、なんか反応悪いね?」
「いや、まあ……なんというか……」
「せっかく技術部がアキラちゃんの為に、持てる最高の技術を結集して作ったのに」


179:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:16:00 /eg6UkjP
 ……技術の無駄遣いとは、きっとこういう事を言うのだろう。
 うちの技術部は力を入れる部分を間違っていると思う。

「その……横山さんと技術部の心遣いは嬉しいのですが、さすがにこれは私には似合わないかと……」
「えー、そんな事無いって」
「どちらかというと、横山さんの方が……」
「ゴスロリは胸が無い方が似合うって」

 ―どうしてやろうか、このビッチ。

「……あー、その、ゴメン。満面の笑顔で殺気振りまくのはやめてくれないかな」

 怯えた顔で私から視線を外す横山さんを、私は溜息と共に見る。

「とにかく、こんな服は私には似合いません。着るつもりもありません」
「……汗臭いジャージよりはいいと思うんだけどなー」
「っな!」

 思わず、自分のジャージ服に視線を落としてしまう。

「ちゃ、ちゃんと洗ってます! 汗臭くなんてありません!」
「知らぬは本人ばかりなり、ってね。今日もそのジャージでヒカル君とトレーニングしてきたんでしょ? その汗臭いジャージ姿で手取り足取りやってきたんでしょ?」
「紛らわしい言い方しないでください! それに汗臭くないですから!」

 そ、そうよ、汗臭くなんて……ないよね?

「まあ、汗臭いかどうかはともかく、たまには気分を変えてみるのもいいんじゃない? この服着たらヒカル君もやる気出すかもしれないよ、別の方向に」
「どんな方向ですか! そ、それに、ヒカルとはあくまで真面目にトレーニングをしてるだけで―」
「へー、真面目に、ねー」
「そ、そうです!」

 楽しそうな視線を向けてくる横山さんから視線を外すと、私は読んでいた漫画に視線を戻す。
 読んでいたと言っても、ただ絵を目で追っていただけで、内容はさっぱり頭に入っていないのだけれど。


180:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:16:53 /eg6UkjP
「うーん、せっかく作ったのを捨てるのもなんだし……そうだ、フミちゃんにあげようか!」
「っ!」
「フミちゃんはアキラちゃんと違ってスタイルいいけど、私よりは似合いそうだし」

 ……わ、私だって、あと二年すればあのくらいは……

「ん? なにか言ったアキラちゃん?」
「いえ、何も」

 そう言いつつ、動揺しているのはバレバレだろう。
 むしろ、私の反応を見るために彼女の名前を出したのかもしれない。

「そうそう、フミちゃんと言えば、昨日街中で会ったのよ」
「……」
「で、色々と雑談したんだけど」
「……」
「……どうだった?」
「……何がですか?」

 確実に分かって言ってるのだろう。

「……彼女と会ったんでしょ?」
「……何のことですか?」
「またまたー、とぼけちゃって」
「……」

 口元に小さく笑みを浮かべながら、横山さんは私の顔を覗き込む。
 彼女が何を言ってるのかは分かる。
 分かるけど、それを認めるのは癪なので気付かないフリで無視する。
 せっかく忘れかけた『余計な事』を思い出すのも癪だった。

「会ったんでしょ、フミちゃんに?」
「……」
「もしかしたら修羅場になるかなー、とか思ってたんだけど、その様子だと戦う前に逃げたみたいね?」
「……仕事でならともかく、日常生活で私と彼女が戦う理由はありませんから」
「へー、ないんだ」
「ないです」
「ヒカル君と彼女が仲良くしてても?」
「ヒカルと彼女が仲良くしようが、イチャイチャしようが、子作りしようが、私には何も、まったく、これっぽっちも関係ありませんから」


181:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:18:08 /eg6UkjP
 即答。
 そう、ヒカルと彼女が何をしようが関係ない。
 だから、私と彼女が戦う理由なんて―

「じゃあ、なんでそんなにショック受けてるのかな?」
「……別にショックなんて受けてません」
「本当に?」
「本当です」
「ふーん……あのさ、アキラちゃん」
「なんですか?」
「漫画、上下逆だよ?」
「……これは漫画を読みながら脳を鍛えるトレーニングで、高尚な趣味であり、凡人には理解できない深い意味があるんです」
「へー……」
「……」

 さすがに無理があったので、ジト目で睨む横山さんから逃げるように視線を外す。
 なんという失態。さすがにこれは言い訳できない。
 というか、今まで気付かなかった私も私だ。
 ……横山さんが言う通り、それほどショックだったのか。

「……」
「……?」

 ネタにされてからかわれるかと思ったけど、返ってくるのは無言のみ。
 不思議に思って横目で伺い見ると、横山さんは真面目な表情でこちらを見ていた。

「はぁ……これは本当に重症だわ」
「……なにがですか」
「アキラちゃん、我慢は身体に毒よ?」
「横山さんのように欲望に忠実に生きるのもどうかと思いますよ? 体重的に」
「だ、ダイエットしてるもん! まだセーフだもん! 2ストライクからバントで粘ってるもん!」

 それはアウトだ。


182:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:18:57 /eg6UkjP
「ゴホン……と、とにかく、アキラちゃんはもっと素直になっていいと思うよ」
「……私は素直ですよ」
「本当に素直だったら、そんな顔はしないわ」

 思わず、自分の顔に手を当ててしまう。
 今の私はどんな顔をしているのだろうか。

「その様子だと、自覚はあるみたいね」
「な、何のことですか?」
「……言わなきゃ分からない?」
「だから、何のことだか―」
「あ、ヒカル君」
「えっ!」

 とっさに振り返るが、そこには誰もいない。

「嘘だけどね」
「……」

 振り返った姿勢のまま固まる私の頭を、横山さんはポンポンと叩く。

「いつもはクールなのに、こういうのは分かりやすいね、アキラちゃん」
「…………いつからですか?」
「ん?」
「いつから……気付いてたんですか?」

 私の疑問に、横山さんはぽりぽりと頬を掻きながら答える。

「んー……なんとなく最初からそんな感じはしてたんだけどね。あ、でも安心して、それに気付いてるのは私くらいだから」
「最初から……」
「と言っても、あくまでそんな気がしてただけで、それが疑念に変わったのもつい最近の事だし」
「……」
「分かってるみたいね。そう、フミちゃんとヒカル君が付き合うようになってからよ」


183:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:19:45 /eg6UkjP
 その言葉で、私の脳裏にあの日の出来事が鮮明に浮かび上がってくる。
 ヒカルが、阿久野フミの告白した日の事が。

「アキラちゃん、あの日からちょっとおかしかったよ。なんというか……ピリピリした感じで」
「……そう、ですか」
「自覚あった?」
「少しは」

 出来るだけ外には出さないように気をつけていたけれど、私もまだ修行が足りないようだ。

「で、昨日ちょうど良く街でフミちゃんに会ったから、教えてあげたのよ。朝のトレーニングの事を」
「……」
「会ったのよね、彼女に」
「……はい」

 なるほど、最初からヒカルの為ではなく、私を試す為にトレーニングの事を教えたのか。
 そして、私はそれに見事に引っかかったと。

「……ごめんね、アキラちゃん」
「別に横山さんが謝る必要は無いです……どうせ、もう今更な事ですし」

 そう、今更な事だ。
 私がヒカルを好きな事は事実だけど、そのヒカルはもう阿久野フミと付き合っている。
 私が二人の間に入る余地など無いのだ。
 むしろ、ちょうど良かったかもしれない。
 現実を見せられて、微かな希望も打ち砕かれて。
 よかったじゃない、黒澤アキラ。
 これで何の憂いも無く、またツマラナイ日常が―

「それでいいの?」
「―っ!」

 顔を上げると、横山さんが真面目な表情のまま私の顔を覗き込んでいた。


184:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:20:31 /eg6UkjP
「本当にそれでいいの?」
「……だ、だって、二人はもう―」
「私はアキラちゃんに聞いているの……他人の事は関係なく、アキラちゃんがどうしたいかを」
「……」

 だって、もう―

「……なんで赤井さんがあなたを一生懸命に勧誘したか分かる?」
「え……」
「内緒って言われたんだけどね……赤井さん、あなたを心配してたのよ」
「赤井さんが……?」

 心配してた? 私を?
 横山さんは優しく、だけどどこか悲しそうな笑顔で、私へと語りかける。

「断られたら諦めようと思ってたらしいんだけどね……この子は絶対に誘わなきゃ駄目だって思ったそうよ」
「な、なんで……」
「『我慢する事が普通だと思っては駄目だ!』ってさ。その時は良く分からなかったけど、今なら赤井さんの気持ちが分かるわ」
「……」

 赤井さん……ただの迷惑な人じゃなかったんだ。

「だから我慢しないで、そして諦めないで……もう一度聞くわ―あなたはどうしたいの?」

 最初に脳裏に浮かんだのは、屈託のないヒカルの笑顔。
 あの日、私を助けてくれた時に見せた、純粋な笑顔。
 私のヒーローの笑顔。

「私……私は……」

 我慢しなくてもいいのなら。
 諦めなくてもいいのなら。

「私は―ヒカルと一緒にいたい」


185:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:21:27 /eg6UkjP
 涙と共に零れたのは、その一言だった。
 もっと、ヒカルと一緒にいたい。
 もっと、ヒカルに触れていたい。
 もっと、ヒカルを見ていたい。
 もっと、ヒカルに見てもらいたい。
 だって―

「ヒカルのことが―好きだから」

 一度零れた想いは、もう止まらなかった。
 今まで胸の中に秘めていた想いが一気に溢れ出る。

 子供の頃のツマラナイ日常。
 それを変えてくれるかもしれない、赤井さんとの出会い。
 悩む私と、道を示してくれた少女。
 そして、私を助けてくれたヒカル。
 彼を追って入隊し、ギガレンジャーになった事。
 それなのに、すっかり私の事を忘れていたヒカルへの怒り。
 怒っていたはずなのに、一緒にトレーニングする事になった時の喜び。
 そして、ヒカルと阿久野フミが付き合う事を知った時の絶望。
 やり場の無い想い。

 それら全てが涙と共に溢れ出る。
 横山さんは優しい笑みを湛えたまま、最後まで聞いてくれた。
 そして全てを吐き出した頃には、涙はすっかり枯れていた。

「スッキリした?」

 私が話し終わった後、横山さんは笑顔のまま尋ねた。
 私は小さく、だけどはっきりと頷く。

「はい……心の整理も出来ました」

 今まで私の心に影を落としていたモヤモヤはすっかり消えていた。
 我慢するなと言われても、諦めるなと言われても、どうしようもない事はある。
 だけど、生きている限り、私の道は続くのだ。
 終わってしまった事を悔やんでもしょうがない。
 きっと、横山さんは私にそれを教えたかったのだろ―


186:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:22:30 /eg6UkjP
「ちょーっぷ!」
「いたっ!」

 唐突に飛んできた本気チョップに、私は思わず顔をしかめる。

「そんな顔しない! 大体アキラちゃん、一つ勘違いしてる」
「か、勘違い?」

 あ、あれ、このお話まだ続くの?

「あのね……ヒカル君とフミちゃん、まだ付き合ってないよ」
「……へ?」

 え、で、でもヒカルは確かに告白したはず……

「フミちゃんに告白したシーンを思い出してみて。あの時、ヒカル君は何と言ったか」

 ……えーと、確か『オレ、お前の事が好きだ!!』と……

「その次」

 次? 次って……『い、いやっ!! とっ……友達としてだ、友達として!!』……ん?

「気付いた? あくまで『友達として好き』としか言ってないのよ」
「っ!」

 た、確かにそういえば……いや、でも、これは照れ隠しじゃ……

「照れ隠しだろうがなんだろうが、恋人として告白してないの! だったら、まだアキラちゃんが恋人になる可能性はあるでしょ?」
「……そ、そうかもしれないけど……」
「それがただの言い掛かりってのは私だって分かってるわよ……でもね、まだ可能性があるのに諦めるのは早すぎじゃない?」
「それは……」
「大体、アキラちゃんは何か努力した? ただ、なんとなくヒカル君の側にいただけじゃない?」

 そ、それは……そうだけど……


187:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:23:41 /eg6UkjP
「『やらずにこうかいするくらいなら、やってからこうかいしろ』」
「!」
「諦める前に、自分が出来る事を全力でやってみなさいよ。頑張って、努力して、これ以上は無理ってくらいに全力を出して……それでも駄目なら、またこんな風に話を聞いてあげるから」
「……横山さん……」
「枯れるのは早すぎるでしょ……まだ若いんだから」

 そう言って、横山さんは手にしていたドレスを私へと手渡す。
 似合わないと思っていた、そのドレス。
 だけど……今なら、着てもいいかもしれない―そう、思えた。

「さて、そうと決まったらこれからどんな作戦でヒカル君を手篭めにするか……」
「お願いですから、もう少し言葉を選んでください」
「言葉を変えても、どうせやる事は同じでしょ?」
「……」

 というか、別にその方法まで頼んではいないのだけど……

「……それにほら、たとえ駄目でもまだ手はある訳で……」
「……?」
「相手は敵の幹部で、こっちは正義の味方。うっかり戦闘中に―」
「す、ストップ! それ以上は―」
「『殺らずに後悔するくらいなら、殺ってから後悔しろ』ってね」
「汚すな! 私の思い出をそれ以上汚すな!」

 まったく、この人は……せっかくちょっとは尊敬してもいいかなって思ったのに。

「ふふ、やっぱりアキラちゃんはそのくらい生意気な方が似合ってるわ」

 冗談よ、と笑いながら、横山さんは私の頭をぽんぽんと叩く。
 ……冗談にしては目が笑ってなかった気もするけど……気のせいと言う事にしておこう、うん。

「まあ何にせよ、これからはアキラちゃん次第だから……頑張ってね」
「……はい」

 手にしたドレスを見つめながら、これはどのタイミングで着るべきかを考える。
 明日のトレーニング? いやいやイキナリこんなのを着ていったら、怪しすぎる。
 ここは少しづつ着てもおかしくない雰囲気に持っていかないと。
 とすると……えーと……


188:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:24:40 /eg6UkjP
「……アキラちゃん」
「はい?」
「残念だけど、色々考えてる時間は無さそうよ」
「……はい?」

 真面目な顔で横山さんが呟いた、その瞬間。
 基地内に大音量のブザーが鳴り響いた。

「大変です! 悪の組織が―」

 慌てて駆け込んでくるオペレーターの台詞を待たず、横山さんが呟く。

「……チャンス到来?」
「それ以上言ったら、本気で怒ります」
「冗談よ」

 しれっと舌を出す横山さんを尻目に、私はオペレーターの台詞を待つ。
 ―この時、私はまだ軽く考えていた。
 また、悪の組織が騒いでいるのか、と。
 だけど、次に発せられた台詞は、私の……いや、多分、基地内にいる全ての人間の予想を超えていただろう。

「悪の組織が―悪の組織に襲われています!」
「「……へ?」」


189:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:28:31 /eg6UkjP
今日はここまでです

……書いてる方は楽しいのですが、読んでる方が楽しめているのかと疑問に思う、今日この頃


来週中にはおわります……きっと、多分、はい ノシ

190:名無しさん@ピンキー
09/02/09 06:00:18 LkEH1NxV
イェーイ ていのう!ビバ☆低能

191:名無しさん@ピンキー
09/02/09 09:34:10 OCYG+dhj
GJ!!
楽しく読ませて頂いておりますとも!!
低能低能!!

192:名無しさん@ピンキー
09/02/10 01:03:32 4YLLJD9w
GJ! そして低脳!

楽しんで書いたものは、読んでるこっちも楽しい気分になれるもんですよ
藤木先生の作品が好きなんだなーって、伝わってきます
続きも楽しみにしています

193:名無しさん@ピンキー
09/02/12 01:10:21 EBwyTiDS
乗り遅れた……

そして、ナイス低能
夢中で読ませてもらいましたっ!!
続き、楽しみにしてますよ

194:名無しさん@ピンキー
09/02/12 13:28:57 JluZzt+j
GJ!

そして携帯用にあげ

195:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:04:45 Kp49xvyC
>>188の続きで今回がラストです


196:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:05:42 IaRilUOP
***

「―くだらない」

 それが、今の状況を聞いて最初に私が呟いた言葉だった。
 オペレーターから聞いた話を纏めると―

『悪の組織をリストラされて怒った怪人が新しく悪の組織を作り、リストラした悪の組織に復讐しに来た』

 と、言う事らしい。

「……確かにくだらないわ」

 横山さんもうんざりした顔で同意。
 オペレーターは何も言わなかったが、浮かべている苦笑が答えだろう。

「悪の組織をリストラされる怪人も怪人だし、それを逆恨みして悪の組織作って復讐って……そのやる気をもっと別な事に向けなさいよ」

 まったくその通りだ。
 まあ、別な事に使えるのならリストラはされないだろうし、なにより怪人になんてならないだろうが。

「で、襲われてる悪の組織ってキルゼムオールなんでしょ? だったら別に放っといてもいいんじゃないの?
 戦って相討ちになったら儲けモノ。どっちかが勝っても、戦闘で消耗しているうちに襲えば楽に潰せるでしょうし」

 これまたまったくその通り。
 その方がアキラちゃん的にも都合がいいよね? という呟きは聞こえないフリをしたが。

「それがそうも行かなくて……」
「?」

 歯切れ悪く呟いたオペレーターが小さく溜息をつく。
 溜息と共に出てきたのは、心底つかれきった声だった。

「最前線で戦っているのが……ギガグリーンなんです」


197:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:06:13 IaRilUOP
***

「あの馬鹿!」

 隣を走っている横山さん―ギガイエローは正義の味方には似つかわしくない台詞を吐き捨てる。
 それに対して私は何も言わない。言えるわけがない。
 だって、私も同じことを思っているのだから。

『現在、キルゼムオールはほぼ壊滅状態で、一部怪人たちが敵組織をギリギリで押し留めている状態です……ギガグリーンはその中に混じって、戦闘中です』

 ギガスーツ内に取り付けられたレシーバーから、オペレーターの冷静な声が聞こえてくる。
 ―正義の味方と悪の組織が協力して、別の悪の組織と戦う。
 言葉だけなら燃えるシチュエーションかもしれないが、巻き込まれる方の身にもなって欲しい。

「キルゼムオール側は何て言ってる?」
『一時撤退するから、時間稼ぎよろしく、と……』
「正義の味方に助けを求めんな! つーかもう戻って来るな! ……ったく、とりあえずもう一個の組織を何とかしないと駄目か」

 キルゼムオールの脅威レベルは高くない。
 だけどそれは、あくまでやる気の無さが原因であって、個々の戦闘力で言えばかなり高いレベルのはずだった。
 それを壊滅状態にする組織……このまま居座られたらどんなに迷惑かは簡単に想像できた。

「それで、ギガグリーンは無事?」
『なんとか持ちこたえている様ですが……お二人とも、なんでグリーンがそこに居るか聞かないんですね』
「そりゃ、言われなくても大体想像できるし」

 そう言って、こちらをちらりと見るギガイエロー。
 マスクで表情は隠れているが、その下でニヤニヤ笑っているであろう事も簡単に想像できた。
 とりあえず脇腹めがけて肘を撃ち込んでみたが、ギガスーツ越しでどこまで効いたかは謎だった。

『……その道を右折です』

 何も言わない方がいいと判断したのか、オペレーターは本来の仕事へと戻る。
 今、私達が走っているのは、キルゼムオールの秘密基地だ。
 秘密基地というだけあって、内部構造は無駄に複雑だった。

「あー、もう、道多すぎてどれを右折なのか分かんないわよ……これ?」
『それじゃないです、その隣です』

 そんなやり取りをしながら、少しづつ基地の最深部へと向かう。
 オペレーター曰く、そこが最前線らしい。


198:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:06:44 IaRilUOP
「それにしても、敵はどうやってここまで入り込んだのかしら?」

 私も感じていた疑問を、横山さんは何気なく口にする。
 いくら元組織の基地とは言え、こんな複雑な構造を仲間を連れて進入できるものなのだろうか?

『それですけど、元同僚って事で普通に通したらしいです。連れてきた怪人はその友人だと思ったらしく、応接間に通してお茶を出したとか』
「……ちょっとは怪しみなさいよ」
『で、お茶を飲んだら急に暴れだした、と』
「お茶は飲んだのね……」

 なんと律儀な悪の組織だ。
 それが悪の組織にとって褒め言葉なのかは知らないけれど。

「そういや、レッドやブルーはどこに?」
『二人とも別方向から最深部へ向かっています。向こうはかなり派手に暴れているので、いい陽動になってます』
「なるほど、だからこっちは敵がいないのね」
『狙ってやっているのか、楽しんでやっているのか微妙なところですけど……あ、次の曲がり角を左に―って、何だこれは!』

 それまで冷静だったオペレーターの声が急に大きくなる。
 その只ならぬ様子に、私達は顔を見合わせて立ち止まる。

「? どうしたの?」
『増援です! 新たに怪人が3、5……8人!? そちらに向かっています!』
「はぁ!?」

 慌てて後ろを振り向くと、確かに嫌な気配がこちらに向かって来るのを感じた。
 この距離でも分かる位だから、かなり強力な怪人だろう。

「たかがリストラされたくらいで、やりすぎでしょ!?」

 イラついた様に叫ぶ横山さん。
 確かに、今もギリギリで持ちこたえているというのに、さらにこの怪人たちが合流したら撤退するのも困難になる。
 相手は本気でキルゼムオールを潰す気のようだ。


199:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:07:37 Kp49xvyC
「どうする、アキラちゃん? ここで迎え撃つ?」

 それも一つの手だろう。
 だが、奥で戦っているヒカルがどうしても気になってしまう。
 ここで迎え撃てば撤退の時間稼ぎにはなるだろうが、最前線で戦っているヒカルたちの負担が大きすぎる。
 適当な所で逃げてくれればいいが……彼が途中で逃げ出す事は絶対に無いだろう。
 じゃあ、どうする? 二手に分かれる?
 それこそ無謀だ。8人の怪人相手にどれほどの時間稼ぎが出来るかも分からない。

「……くっ」

 駄目だ、いい考えが浮かばない。
 だが、こうして考えている間にも時間は失われていく。
 早くなんとかしないと―

「困っているようだね! ギガレンジャー!」
「ふっ、俺たちが助けてやるぜ!」
「「!?」」

 背後から突如聞こえてきた、自信満々な叫び。
 驚いた私達が振り向いた瞬間、暗かった通路が一斉にライトアップされる。
 照らされた通路の先にいたのは―


200:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:08:16 IaRilUOP
「……何やってるんですか、八百屋と魚屋のおじさん」

 キルゼムオールの下っ端スーツを窮屈そうに着込んだ二人が、変なポーズを決めながら立っていた。

「八百屋じゃない!」
「魚屋でもない!」
「そう、私たちは無く子も黙る下っ端の星!」
「雨にも負けず、風にも負けず!」
「ヒーローたちにも負けやしない!」
「だけどかーちゃんだけは勘弁な!」
「いつかは決めるぞ亭主関白!」
「その日の為に生きている!」
「「その名も、商店街ブラザーズ! 華麗に参上!」」

 ……

「……アキラちゃんの知り合い?」
「知りません、こんな変態」
「変態って言うな!」
「この名乗りだって、いつか使う時が来るだろうと必死で練習したんだぞ!」

 その情熱と時間をもっと有意義な事に使えば、奥さんも優しくなると思う。

「と、とにかく、困っているみたいだね、ギガレンジャー」
「俺たちが手伝おうか?」

 胡散臭げに見つめる私たちの視線に怯みながら、二人はバレバレの虚勢を張る。

「……どうする、アキラちゃん?」
「どうすると言われても……」

 確かに猫の手でも借りたい状況ではあるが、あまりにも危険すぎる。
 あの怪人たちを相手にして無事でいられる保障は―


201:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:08:47 IaRilUOP
「時間が無いんだろ、アキラちゃん」
「!」
「大丈夫だって。いくら下っ端と言っても、下っ端には下っ端の意地があるからな」
「そうそう、時間稼ぎくらいなら出来るさ」
「まあ、危なくなったらすぐに逃げるけど」
「おじさん達……」

 力強く頷く二人。
 そして横山さんが私の背中を押す。

「まあ、私も残って戦えば大丈夫じゃない?」
「横山さん……」
「行きなさい、アキラちゃん。彼が待ってるわよ」

 グッと親指を立てる横山さん。
 後ろのおじさん達も同様に親指を立てていた。
 それに対する逡巡は一瞬。

「お願いします」

 私は頷くと奥へ向かって走り出す。

「生きて帰ったら、後で蹴ってくれよ!」
「あ、僕にもお願いね!」
「お二人の犠牲は無駄にしませんから!」
「「俺ら、やられる事前提!?」」
「……できるだけ頑張りなさい。あ、逃げたら奥さんにチクるから」
「や、やってやる、やってやるぞー!」
「かーちゃんに比べればこんな奴らー!」


202:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:09:38 Kp49xvyC
***

 最前線と言うだけあって、そこは激闘の跡がありありと見て取れた。
 崩れた壁、割れた床、そしてそこに埋まる怪人たち。
 私が付いた時、そこに立っているのは三人だけだった。
 ―いや、立っているというのは適切ではない。
 立っている一人が残る二人の首を掴み、持ち上げていたのだから。

「ヒカル!」
「あ、アキラさん……」
「ん、なんだお前、こいつの仲間―うぉっ!」

 掴まれている一人がヒカルだと認識した瞬間、身体が勝手に動いていた。
 掴んでいる相手に向かって最短距離を疾走。
 そのまま全体重を拳に乗せて、鳩尾へ撃ち込む。
 両手が塞がっていた相手はガードする事も出来ず、私の打撃をまともに食らう。

「今だっ!」
「うんっ!」

 その衝撃で拘束が緩んだ瞬間、掴まれていた二人は腕を振り解き脱出。
 そのまま、私と共にバックステップで距離を取る。

「大丈夫、二人とも?」
「あ、ああ、ありがとうアキラさん」
「ありがとう、アキラちゃん」

 掴まれていた二人―ヒカルと阿久野フミが苦しげに答えを返す。

「アキラさん、気をつけて。あいつ強いです」
「分かってる」

 二人ともボロボロの姿で、立っているのがやっとという状態。
 その姿が相手の強さを如実に物語っていた。


203:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:10:09 IaRilUOP
「……ヒーローの癖に不意打ちとはやってくれるじゃねーか」

 撃たれた腹を押さえながら、そいつは私達に向き直る。
 その姿は普通の人の姿となんら変わりはなかった。
 スーツ姿で、まるで仕事帰りにちょっと寄っただけと言われても信じてしまうかもしれない。

「……怪人?」
「リストラされたサラリーマンをイメージした、怪人リストラーよ」
「……そのセンスはどうかと思う」
「その通りだ!」

 私の呟きに、リストラーは憎しみに染まった瞳をこちらに向ける。

「怪人にしてやると言われ、ホイホイと付いていった結果がこれだ!
 怪人になって上司を見返してやろうと思ったら、逆に笑われ、そして本当にリストラされる始末!
 それならそれで立派な怪人になってやろうと努力したのに、やりすぎと言われて悪の組織からもリストラ!
 たかがリストラされた会社を一晩で更地にしただけだというのに!
 お前らにこの苦しみが分かるか!」

 分かるか、そんな苦しみ。
 でもまあ、リストラされた理由はなんとなく分かった。
 横目で阿久野フミを見ると、申し訳なさそうにこちらに頭を下げてくる。

「あんたたちも怪人にする相手くらい選びなさいよ」
「いや、まあ、その……泣いて頼まれたので仕方なく……」

 自分から志願して、それで思い通りにならなかったから八つ当たりとは。
 本気で救いようが無い。


204:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:10:44 IaRilUOP
「うるさい! 悪の組織が悪い事をして何が悪い!」

 それは確かにその通りだが、正直入る組織を間違えたとしか思えない。
 キルゼムオールも適当に改造しておけばいいものを。
 見た目は地味だが、そこから感じる威圧感は私が今まで感じた事が無いほどに強いものだった。
 吹き飛ばさないように手加減したとはいえ、私の打撃を受けて平然と立っている事からもその強さが伺える。
 ……これはやばいかな。

『……ヒカル』
『なんですか、アキラさん』

 敵に聞こえないように、マイクを通してヒカルに話しかける。

『私が引き付けている間にあなたたちは逃げなさい』
『な、何言ってるんですか!』

 慌てて私を見るヒカルを、私は片手をあげて制す。

『相手は強いわ。それはあなたも身を持って知ったでしょう』
『だ、だったらみんなで一斉にかかれば―』
『その身体で?』

 二人ともとても戦える状態ではない。
 特に阿久野フミは幹部と言う事で徹底的に狙われたのだろう。
 立っているのが不思議に思えるほど痛めつけられていた。

『戦えないものがうろついていると邪魔よ』
『で、でも……』
『足手まといって言っているの』
『く……』

 ヒカルも薄々分かっていたのだろう。
 だからそれ以上は何も言わず、隣にいた阿久野フミの手を強く握る


205:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:12:00 IaRilUOP
『司令室、聞こえてる?』
『聞こえてるし、聞いてました。撤退路の確保は出来ています』
『ありがとう。二人を頼むわ』

 阿久野フミも私たちの狙いに気付いたのか、ヒカルの手を握ったまましっかりと頷く。
 ……そう、それでいい。

『ちゃんとヒロインを守りなさい、ヒーロー』

 その呟きと同時に、全員が動いた。
 ヒカルと阿久野フミは後ろに。
 リストラーは前に。
 私はその間に飛び込む。

「なんだぁ! 正義の味方が逃げるのか!」
「お前の相手は私よ」

 空中で拳が交差する。
 パワーは互角。
 
「ちんちくりんを相手にする趣味はねぇ!」
「あら、こう見えて脱いだら凄いのよ?」
「何ぃ!」

 二年後にはね。

「はっ! ちょっとはやる気出たぜ! 本当かどうか確かめてやるよ!」

 言葉と同時に二発目が放たれる。
 それを最小限の動きでかわす。
 計算どおり、相手の狙いは私に移ったようだ。


206:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:12:37 IaRilUOP
「強引な男は嫌われるわよ」
「ベッドの上なら優しいぜ?」
「残念、タイプじゃないわ」
「うるせぇ!」

 高速で放たれる連撃。
 早い―が、かわせないほどではない。
 パワーは互角だが、スピードはこちらが上。

「はっ!」

 連撃に合わせたカウンターを顔面に放つ。
 よし、これなら―え!?

「甘えよ!」
「くっ!」

 綺麗に入った拳を意に介さず、リストラーは更に前に出てくる。
 その予想外の反撃に、私は慌てて距離を取る。

「どうした、お前も逃げるのか?」

 ニヤニヤと笑いながら、リストラーはゆっくりとこちらに振り向く。
 完璧に入ったと思ったのに……浅かったの?

「まだ始まったばかりだ……もっと楽しもうぜ」

 そしてまた突進。
 だがすでにタイミングは見切っている。

「ふっ!」

 初撃に合わせて肘を鳩尾に叩き込む。
 よし、今度こそ完璧に―


207:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:13:21 IaRilUOP
「だから甘えって言ってるんだよ!」
「!?」

 リストラーは懐に潜りこんだ私を両手で抱きかかえ、そのまま後方へと投げ捨てた。
 完璧に決まったと思っていた私は受身を取る事が出来ず、そのまま壁へと叩きつけられる。

「な、なんで……」

 叩きつけられた衝撃よりも、二回も耐えられた事のほうが衝撃だった。
 手加減などしていない。
 特に二回目の肘は、必殺の威力だったはず。
 だが相手は何事も無かったように立っている。

「くくく……不思議でしょうがないって顔だな」

 リストラーは私の顔を見て、楽しくてしょうがないといった笑いを漏らす。

「こちとら元サラリーマンだぜ……それも生粋のジャパニーズサラリーマンだ」

 両手を広げ、ぱっと見て貧相に見えるその身体を自慢げに見せびらかす。

「サービス残業に休日出勤! 24時間戦ってきた俺にそんな攻撃など効くわけが無い!」

 ……なんでだろう、ちょっとだけ同情したくなった。
 しかしその耐久力は言うだけあって厄介だった。
 持久戦になると、体格で負けているこちらが不利だろう。

「さあ、我慢比べと行こうか……俺はしつこいぜ?」

 歪んだ笑みを浮かべながら、三度目の突進が来る。

「くっ!」

 今までのような最小限の動きではなく、大きくかわしながらすれ違い様に打撃を放つ。

「ははは! 今何かしたのか?」

 くるりと向き直り、もう一度突進。
 やはり効いている様子はなかった。
 どうする? 関節を取りに行くべきか?
 だがそれも効かなかった場合、また掴まれる可能性が高い。


208:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:15:13 IaRilUOP
「ははは! 今何かしたのか?」

 くるりと向き直り、もう一度突進。
 やはり効いている様子はなかった。
 どうする? 関節を取りに行くべきか?
 だがそれも効かなかった場合、また掴まれる可能性が高い。

「おいおい、さっきまでの勢いはどうした!」

 動き自体は単純なので、食らう危険は無いだろう。
 だがこちらも打つ手が無い。
 結局、少しづつ打撃を当てていくしかない。
 それが相手の思う壺だと分かっていても。

「おらおら頑張れ! 疲れたらベッドの上で優しく介抱してやるからよ!」


209:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:15:40 IaRilUOP
***

「……緑川君」
「なんだ」
「ここまで来ればもう大丈夫だから」
「……何を言ってるんだ?」
「言わなきゃ分からない?」
「……」
「前言ってたよね『やらずに後悔するくらいなら、やって後悔しろ』って」
「阿久野……」
「行くべきだよ緑川君……だって、ヒーローなんだから」


210:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:16:17 IaRilUOP
***

 ―あれから何分が経っただろうか。

「はぁはぁ……」
「おいおいどうした! もうバテたのか?」
「……しつこい男は趣味じゃないのよ」
「は! 口だけは元気だな!」

 リストラーの攻撃は最初に投げられた以外は全てかわしている。
 逆にこちらは何度と無く打撃を打ち込んでいる。
 だが、形勢はこちらが不利だった。
 リストラーの見た目はボロボロだが、その動きには陰りが見えない。
 逆に私の方は体力と神経を消耗し、動きが少しづつ鈍っている。
 今の状態で掴まれたら、もう振り解く力は無いだろう。
 それが分かっているのか、相手も打撃ではなく掴み狙いに戦法を変えていた。

「おら、もういっちょ行くぞ!」
「くっ!」

 両手を広げて、私の腰めがけてタックルするリストラー。
 それを弧を描くように大きくかわす私。
 反撃する体力は無く、ただ逃げ惑うのみ。

「鬼ごっこじゃねーんだぞ!」

 楽しそうに叫びながらまた突進。
 大丈夫、ただ逃げるだけなら―


211:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:16:49 IaRilUOP
「―なんてな!」
「―っ!」

 フェイント!?
 このタイミングで!?
 いや、まだ大丈夫。まだ逃げられ―

「えっ!?」

 急な方向転換に、踏み込んだ足場が崩れた。
 滑る足とは裏腹に、身体はその場に静止する。

「つーかまーえたー!」

 次の瞬間、私の身体はリストラーに掴まれ、押し倒され、馬乗りの状態で拘束されていた。

「しまった……」
「ははっ! 残念だったな黒いの!」

 押し倒された場所は、床が割れて砂利が散乱している場所だった。
 いつの間にか誘導されていたのだろう。

「くっ!」
「逃げ切れると思って油断したんだろう? 人を舐めてかかるからこうなるんだ」

 心底楽しげな言葉と共に、拳が振り下ろされる。

「……ベッドの上では優しいんじゃなかったの?」
「残念だがここはベッドじゃないんだ」

 拳、拳、拳。

「どいつもこいつも人を舐めやがって!」

 拳が振り下ろされるたびに、私の意識が削り取られていく。

「俺は使えるだろうが! 俺は強いだろうが! なんでリストラされなきゃなんねーんだ!」


212:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:17:22 IaRilUOP
 視界がぼやけ、見えるのは振り下ろされる拳のみ。
 聞こえてくるのは、自分の骨が軋む音。
 浮かんでくるのは、彼の笑顔。

 ―彼は逃げ切れただろうか。
 ―彼女と一緒に逃げ切れただろうか。
 ―逃げ切れたのならそれでいい。

 すでに目には何も映らず、聞こえてくる音もない。
 暗く、静かに、私の意識は沈んでいく。
 我ながら可愛くない最後だと思う。
 でも、これはこれで私らしいとも思う。
 最後に彼を助ける事が出来たのだから十分だ。

 ―幸せにね、ヒカル。
 ―でも、たまには……私の事も思い出してくれたら嬉しいな。

『それでいいの?』

 意識が暗闇へと飲み込まれる瞬間、その問い掛けが私の意識を繋ぎとめた。

『本当にそれでいいの?』

 何を今更。
 もう、何も出来ないのに。
 身体に力が入らないのに。
 私はもう―

『あなたはどうしたいの?』

 私は―
 そう、私はまだ―


213:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:18:17 IaRilUOP
「諦めるな!」

 その声は、暗闇へと沈んでいた私の意識を一気に引き上げる。
 幻聴?
 ううん、違う。
 聞き間違えるはずが無い。

「なんだ、てめえ……逃げた奴が今更何しに―うぼぁっ!」

 打撃音。
 そして私の上にあった重みが消えた。

「大丈夫ですか、アキラさん!」

 視界に飛び込んできたのは拳ではなく、最後に思っていた彼の姿。
 幻覚じゃない。
 本物の―ヒカル。

「……何しに戻ってきたの」

 自分でも素直じゃないと思う。
 本当は抱きつきたい位に嬉しいのに。

「ピンチに正義の味方は必ず現れますから」

 私の言葉に苦笑で返すヒカル。
 うん、そうだね。
 あの時も、そして今も。
 君は―私のヒーローだから。


214:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:18:59 IaRilUOP
「やってくれるじゃねーか、てめえ! 人がせっかく楽しんでる時に!」

 壁まで吹き飛ばされたリストラーが怒りに顔を赤くして立ち上がる。
 そのタフさと執念深さは敵ながら見事としか言いようがない。

「雑魚が吼えるな」
「何だと!」
「吼えるなと言ったんだ!」

 リストラー以上の怒りを胸に秘め、ヒカルが叫ぶ。

「強い? お前のどこが強いんだ? やれる事をやらずに放り投げて、後付けの力に頼っているだけじゃないか!」
「な、なんだと……」
「本当に強いやつってのは、諦めない奴の事をいうんだ! 諦めて、不貞腐れて、八つ当たりしているお前のどこが強いんだ!」
「て、てめえ……!」

 ゆっくりと立ち上がり、リストラーへと向き直るヒカル。
 その迫力に気圧される様に後ずさるリストラー。
 そうだ、諦めるのはまだ早い。
 まだ私達は戦えるのだから。

「そんなボロボロで何が出来る!」
「そんなの知るか! だけど俺は―俺達は諦めない!」

 そう、諦めない。
 絶対に、諦めない。

「俺の名前は緑川ヒカル! ギガグリーン!」
「同じく黒澤アキラ! ギガブラック!」
「「正義を貫く、ギガレンジャー! ここに参上!」」

 二人とも立っているのがやっとの状態だった。
 それでも負ける気はしなかった。
 負けるわけが無かった。


215:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:19:44 IaRilUOP
「ほざけ! ガキ共が!」

 怒りに身を任せ、リストラーが前に出る。
 大きく腕を振り回し、二人一緒になぎ払おうとする。

「「ふっ!」」

 それに対し、私達はまったく同じ動きで回避。
 腰を屈め、懐に潜りこむ。

「甘いんだよ!」

 懐にもぐりこんだ瞬間、狙い済ました膝が私に飛んでくる。

「アキラさん!」
「大丈夫!」

 それを私は身を回して回避。
 そのまま後ろへと回り込む。
 だがリストラーはそのまま私に向けて足を―違う!

「食らえっ!」

 私の胸元を通り過ぎた足は、そのまま半回転して後ろにいたヒカルへと向かう。
 体重の乗ったその蹴りは、受け止めた身体ごと吹き飛ばすだろう。
 だが―


216:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:20:28 IaRilUOP
「遅いっ!」

 上半身をわずかにすらし、蹴りをいなすヒカル。
 そのまま身体を半身にし、腰を落として拳を構える。
 それとまったく同じ動きを、リストラーを中心にして私も行う。

「アキラさん!」
「ヒカル!」

 叫ぶと同時に構えた拳を一直線に突き出す。
 狙うはリストラーの中心、ただ一点。

「「うおおおおおおお!」」

 雄たけびと同時に、拳がリストラーに叩き込まれた。
 両面から叩き込まれた衝撃は内部で反響し、行き場を無くしたエネルギーが身体を駆け巡る。

「ぐはあああああぁぁぁぁっ!!」

 暴れ狂うエネルギーの奔流に、リストラーが悶え狂う。
 だが―

「まだだぁ! まだ俺はやれるぅっ!」

 膨大なエネルギーに翻弄されながらも、リストラーは最後の力を振り絞りヒカルへと拳を振るう。
 大振りなその拳をヒカルは簡単に―かわさない!?


217:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:21:11 IaRilUOP
「な、何ぃ!」

 打ち込まれた拳を、ヒカルは顔面で受け止めていた。

「……やればできるじゃねーか」
「な、なんだと!」
「なんでその力をちゃんと使わない! なんで諦めた! なんで―」
「ひ、ひいいいぃぃぃぃぃ!」

 ヒカルはもう一度振りかぶり、そして―

「なんで戦おうとしなかったんだ!」

 正義の拳が―放たれた。

「ぐうおおおおおおぉぉぉぉぉおっ!!!」

 それが止めだった。
 暴れ狂うエネルギー内に放たれた新たな衝撃は、リストラーの身体を食い破っていく。
 スーツの表面にヒビが入り、そこからあふれ出す神々しいまでの光。
 そして―

「……勝った、のか」

 そこに倒れていたのは、くたびれたスーツ姿の中年男性だった。
 これがリストラーの正体なのだろう。
 口から泡を出し、ピクピクと身体を痙攣させて気絶している。
 タフさが売りの怪人だけあって命に別状は無さそうだが、しばらくは再起不能だろう。

「……勝ったみたいね」

 そうは言ったものの、こちらもかなりボロボロだった。
 何も知らない人がこの状況を見たら、誰が勝者なのか分からないだろう。
 それでも、私達は勝ったんだ。
 私達、二人で。


218:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:21:48 IaRilUOP
「や、やったわね、ヒカ―って、ヒカル!」

 前を向いた私に、ヒカルが抱きついてくる。
 ……と言うのは言葉のあやで、本当はただヒカルが倒れ掛かってきただけなのだけど。

「ごめんなさい、アキラさん……でも、もう限界……」

 そう言われてもこっちも限界なわけで、ヒカルを抱き止める力すら残っていないわけで。
 ―結果的に、ヒカルに押し倒される状態で地面へと転がってしまう。

「ちょ、ちょっと、ヒカル!」
「……」

 駄目だ、完全に気を失ったらしい。
 ギガスーツの機能が解除され、生身のヒカルが私に覆いかぶさっていた。
 それとほぼ時を同じにして、私のギガスーツも解除される。

「お、重い……」

 さすがにギガスーツ無しで圧し掛かられるのはキツい。
 それでも、嫌な感じがしないのは何故だろう。

「……まったく」

 まあ、彼が来なかったらやられていたのはこっちかも知れなかったわけで、それを考えればこの位は多めに見てあげよう。

「……ありがとう、ヒカル」

 目の前にあるヒカルの顔を抱きしめ、そっと目を瞑る。
 彼と亜久野フミは付き合っている。
 だけどそれはあくまで友達として付き合っている……と言う事らしいので―

「私も諦めないわよ、ヒカル」

 そう、諦めない。
 諦めないから―この位は多めに見なさいよね。


219:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:22:27 IaRilUOP
***

 ―あの激闘から、一週間。

「おはようございます、八百屋のおじさん、魚屋のおじさん」
「ああ、おはようアキラちゃ……ん?」
「お、アキラちゃん、怪我はもう……へ?」

 あの後、私とヒカルは助けに来た横山さん達に助けられ、病院へと担ぎ込まれた。

『アキラちゃんたら、抱き合って何していたのかしら?』
『疲れて動けなかっただけです』
『本当に?』
『それ以上はノーコメントです』

 しこたま殴られたわりにはギガスーツがほとんど衝撃を吸収してくれていたおかげで、私の方は一日入院した後は自宅療養ということになった。
 深刻だったのはギガスーツと相性の悪いヒカルの方で、結局一週間の入院と言う事に相成った。
 ―そう、今日はヒカルが退院してくる日だ。

「おはようございます、オペレーターさん」
「はい、おはよ……おおおっ!?」

 結局、あの一件はギガレンジャーとキルゼムオールの総力戦だったと発表された。
 悪の組織が悪の組織に潰されたと言うのは(悪の業界での)世間体に関わるらしく、キルゼムオール側からそう申し込まれたようだった。

『まあ、しばらくは平和になるだろうし、それでいいだろ』

 と、リーダーの赤井さんも異論は無いようで、そういう事になったらしい。
 ……気になったのは、私が一人でキルゼムオールを壊滅させた事になっている事なのだけど―

『大丈夫、君ならその位やってもおかしくはない』

 と、見舞いに来た青島さんがしれっと言い放ったのはさすがに軽く殺意が湧いたが、それを簡単に信じ込んだ周りも周りだ。
 おかげで《黒い死神》なる可愛げの無い二つ名まで頂戴してしまったわけで。


220:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:23:48 IaRilUOP
「おはようございます、みなさん」
「おう、おはよう。もう大丈夫……じゃないみたいだな」
「……えーと、これはもう一度入院させるべきか? それとも僕が改造して直そうか?」

 久しぶりに顔を出したのにこの仕打ちとは。
 どうしてやろうか、こいつら。

「あんたら、ちょっと失礼じゃない」

 横山さんだけはいつもと同じ反応だった。
 まあ、これを渡したのが横山さんなのだから当たり前か。

「うん、よく似合ってるわよ」

 褒められたのは素直に嬉しい。
 でも、本当に褒められたい相手はここにいなかった。

「……ヒカルはどこに? 今日、退院なんですよね?」

 その言葉に、すっと横山さんが目を背ける。

「……横山さん?」
「あー、そのー、あのね……」

 言葉に詰まる横山さんを見て、赤井さんが不思議そうに尋ねる。

「なんだ、まだアキラに言ってなかったのか、横山」
「え、ええ、その……」
「? 何の事ですか?」

 訳が分からず首を傾げる私に、青島さんが横から口を出す。

「ヒカルくんなら、今日から出張だが」
「……出張?」
「ああ、キルゼムオールが他の都市で再結成されたと聞いたのでな。それの監視という事でヒカルくんをそこに出張させたんだ」
「……はぁ!? で、でも監視って、キルゼムオールはもう……」
「まあ、監視というのはただの名目で、ラブラブな二人を引き離すのは可哀想だというヒーロー心なわけだが……」

 ま、まったく聞いてないわよ、そんなの!
 慌てて横山さんに視線を向けると、申し訳無さそうに頭を下げられた。


221:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:25:02 IaRilUOP
「ごめんね、アキラちゃん。どうしても言い出せなくて……」
「……ちなみにその場所はどこですか?」
「えーと、どこだっけ? 確か関東の方だと……」
「三葉ヶ丘市とか言ってたな」
「ああ、それそれ……って、どうしたアキラ、急に荷物を纏めてだして」

 そんなの決まってる。

「私もそこに行きます」
「おう、そうかそうか……って、ええ!?」
「な、なんで急に!?」
「ヒカルだけだと不安です。だから私も一緒に行きます」
「「ええっ!?」」

 驚く赤井さんと青島さんに、苦笑いの横山さん。

「行ってらっしゃい、アキラちゃん」
「よ、横山!?」
「いいじゃない。どうせ今は平和なんだから、三人だけでも余裕でしょ」
「そ、それはそうだが……」
「そんな訳でアキラちゃん、こっちは心配しなくていいからね」

 ありがとう横山さん。
 教えてくれなかった件はこれでチャラにします。

「それではみなさん、行ってきます」
「はーい、いってらっしゃーい! ヒカル君とフミちゃんによろしくねー」

 あっけに取られている男二人を尻目に、私は基地を飛び出していく。

「―ったく、せめて一声かけてから行きなさいよ」

 そう口で言ったものの、実はそれほど怒ってはいなかった。
 今までの私なら、何もせずに諦めていただろう。
 でも、今の私は違う。

 ―何もせずに後悔するのは嫌だから。
 ―もう諦めないと誓ったから。

「待ってなさいよ、ヒカル!」

222:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:27:03 IaRilUOP
以上でギガグリーンネタ終了です

感想くれた方、そして最後まで読んでくれた方、ありがとうございます

また何かネタ思いついたら書きに来ます、それでは ノシ

223:名無しさん@ピンキー
09/02/17 10:26:59 CBdMTlB8
大作ですね。乙です。
また作品を書かれることを楽しみにしています。

224:名無しさん@ピンキー
09/02/17 11:02:20 WJKAWN1C
ナイス低脳!

アキラかわいよアキラ

225:名無しさん@ピンキー
09/02/18 21:33:07 t+HGvPVI
面白かったっ!!
終始ニヤニヤが止まらねぇ

次も期待してますっ

226:名無しさん@ピンキー
09/02/20 09:47:39 MBEfqAuq
乙でした!!
素敵だ、アキラ!!
次も楽しみにお待ちしております。

227:名無しさん@ピンキー
09/02/26 08:28:57 eo9JlgXj
投下燃料になるようなネタが思いつかず、保守としか書き込めない自分が悲しいぜ……保守

228:名無しさん@ピンキー
09/02/27 05:36:49 vNgZGWdY
ジーニアス登場

229:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:20:41 w7Hi/+su
投下します。
はじあく、ジロー×キョーコ。
エロは微妙。キャラも違っていると思われますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

230:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:22:04 w7Hi/+su

「ふむ、こんなものか……」
 横たわる少女を前に、呟きつつ満足そうに頷くのはキルゼムオールが科学者ドクトルJ、本名阿久野ジロー。
 組織の解散により、渡家にお世話になっている現在。そんな彼は、今。
「……キョーコとの約束を反故にしてしまったのはアレだが、まぁこの程度の改造ならば、すぐに元に戻せるしな。……くくく、お前が悪いのだよキョーコ。そこそこ一般常識にも慣れてきたというのに、何も(改造)させてくれないから!!」
 ……そういう自分勝手かつ忍耐と我慢の足りない理由で。
目の前に横たわる少女、渡キョーコに改造を施してしまっていた。
正直突っ込み所しかないが、記憶操作も軽く出来てしまえる為に、問題無しと本人は思っていたりする。
流石元悪の組織の一員、卑怯だ。
出来るのなら最初から洗脳しろとか突っ込まれそうだが、彼には彼なりの悪の美学やらがあるのだろう、多分。
 それはそれとして。
 キョーコに施した改造がどんなものかといえば。
「……うにゅ……」
「む、起きたか」
「……ん、うにゃあ……?」
 寝惚け眼でのそのそ起きたキョーコの頭の上。柔らかそうな二つの耳がぴこぴこ揺れる。
 尾てい骨辺りから生えた、ふわふわの毛に覆われた尻尾がゆらゆら泳ぐ。
 ……いつぞやの、キョーコのファンクラブ連中との話の中に出てきたそれが、今ジローの目の前にいた。
 つまり。
「ふみゃあ……って何これぇぇぇぇ!!?」
 自分にはまだキョーコ改造の明確なビジョンが無かった為、取り敢えず、その話の通り。
「み、みみと、しっぽ………?…………猫になってるぅぅぅ!!?」
キョーコをネコミミ娘にしてみたのである。




231:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:22:57 w7Hi/+su

─結果。
「………ぐふぅ」
「もーほんっと信じらんない!!」
ぼこられて地に伏すジローと、ぷりぷり怒るキョーコの図が出来ました。
 当然といえば当然である。
「……その改造はお試しの様なものだぞ。すぐに戻せるし」
「そーゆー問題じゃないでしょー!?」
「むぅ……。胸はそのままにしておいただろうが。俺としてはもっと大きぐはぁっ!?」
「黙れ馬鹿!!」
 勿論殴られた。改造の所為か威力倍増。
 しかし件のファンクラブ会長作ネコミミイラストを忠実に再現している為、手は肉球付きの獣の手。
 ビジュアル的には何だかアレだが、まあネコパンチは元々結構強力なので問題は無い。
「ふふふ……流石オレ!!……だがちょっと死にそうだ……」
 地に伏したまま、だくだく血を流すジロー。血まみれである。
「……自業自得でしょ」
 素っ気無くそう言いそっぽを向くキョーコだが、やはりやり過ぎたと思っているのか、気まずげにちらちらと目線を寄越す。
 ジローを気にしているのは明らかだ。
とは言っても、いつまでもそうしている訳にもいかず。
「……とにかく、早く戻しなさいよね!!すぐ戻せるんでしょ?」
「む……。仕方ないな」
 むっくりと身を起こし、不満気にではあるが、ジローも了承。
「……その改造でどの程度身体能力が向上されたのか少し調べたいのだが」
「却下」
「……ちっ」
 多少の未練はありつつも、元に戻す作業に取り掛かろうとするジローだったが。
「ジロー、いるー?」
「む、姉上?」
「わっ!?お、お姉ちゃん!?」
 そこへ声も掛けずにノックも無しに、ジローの姉、阿久野エーコがちゃりとドアを開けて入ってきた。
 そして、キョーコの姿を確認し、きらりんと瞳を光らせたエーコは。
「ああーっと!!うっかりー!!」
「「はぁっ!!?」」
 とてもわざとらしくずっこけ、何やら大量に持ってた粉をぶちまけた。



232:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:24:09 w7Hi/+su

「……ちょ、な、なに?これ?」
「姉上……これは一体」
「あっはっは、いやー、ごめんごめん。ジローがキョーコちゃんに楽しそう……じゃない、変な改造を施そうとしてたからねー。キョーコちゃんの怒りを緩和する為のモノを用意してみたんだけど」
 ぶちまけられた粉に塗れる二人に、それをかました当人はにこにこと。
「怒りを緩和するものって……」
「あ、因みにキョーコちゃんの服はお姉ちゃんが着替えさせたからね!!安心して!!」
「へ、あ!?……ってそーいえば何この格好!?」
 今更ながらに説明しよう。
 首には首輪。ご丁寧に猫には定番の鈴も付いている。
 短パンはこれまた短く、正に男の欲望というか萌えというか、とにかく露出多めのネコミミ娘だ。
 勿論尻尾は弱点です。
 ユキの犬耳リード付けは今回は見送ったが、その内やろうかと思ってみたり。
 ただ、イラストの様に八重歯付き笑顔は性格とか弄くらないといけない為、スルーである。
 望まぬ改造であの笑顔は難しいだろうとの判断によるものだ。
 こちらが条件を満たせば快く改造されると共に、爽やかに清々しい笑みも見せてくれるだろう、とか思っているジローであるが……。
 無 理 だ。
「いや、そこは奴の設計図に忠実にだな……」
「こっ、この変態ー!!」
「なっ!?だ、誰が変た……」
 言い合いに発展しそうになったその時、
「……ひゃっ!?」
「お、おい!?」
 かくん、とキョーコの膝が落ちた。
「……ちょ、あれ?……な、なんか力が入んないんだけど……」
「何!?」
「おー、効いたー、またたびー!!」
 パニックに陥りそうになった空気は、そのどこまでも暢気な声に強制的に塗り替えられた。
 時も一瞬止まったかもしれない。
「……ま、またたび……?」
「……お、お姉ちゃん……」
 なんとも言えない顔で自分を見てくる二人に、エーコは笑顔で。
「ネコにはまたたび!!古来からのお約束!!」
 ぐっ!!と力強く親指立てたサムズアップを二人に向けてそうのたまって。
「じゃ、ゆっくり楽しんでね!!」
 元に戻す時に着替え手伝いにまた来るからー、と言い置いて、さっさと出て行ってしまい。
「………って!!何の話!?ちょっ!!お姉ちゃん!?」
「………楽しむ………?」
 その場には、唐突な登場と退場をかましてくれたエーコお姉ちゃんに反応が遅れ、力の入らない状態で今更わたわたと慌てるキョーコと、言われた言葉に首を傾げるジローが残されるのであった。




233:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:25:43 w7Hi/+su


「むぅ……。姉上のする事はよく解らんな……。キョーコ、何か変化が……っ」
 眉根を寄せて姉の出て行ったドアを見ていたジローだが、戻って来る気配が無いのでキョーコの様子を見る為にそちらを向いた。
 と、同時に言葉に詰まる。
「……ん、うにゃぁ……」
 へにゃ、というか、くてっ、というか。
 とにかく、全く身体に力が入らないらしく、キョーコは床へと身体を投げ出す様に寝転んでいた。
 勿論それだけではない。
 ジローが言葉に詰まったのは。
「……うにゅう……」
 とろんと潤んだ瞳と、桜色に染まった頬。淡く色付く肌の所為だった。
「お、おおっ……!?」
 思わず後退る。
 キョーコ猫はまたたびの所為か、酔っ払い状態だ。
 平時の本人が酒に酔ってこの状態になるかは解らないが。
「……うにゅ?」
 ころん、と転がる。
 あうあう言ってるジローに視線を固定し、ジローが動く度にころんころんと身体を転がす。
 どうやらわたわた動きまくっている所為か、ジローに興味を持ったらしい。
「……にゃー」
 しかし離れている為か、面白くなさそうに一声鳴いて、手を伸ばす。
「うお!?……こ、ここまで猫に設定したつもりは無かったのだが……」
 にゃーにゃー鳴いてうるさいので、引っ掻かれない様に気を付けながら近寄っていく。
「にゃー」
「……理性無くしすぎだろう、キョーコ……」
またたび恐るべし……などと思いながら、おそるおそる近付いて。
「うにゃあ~」
「うおっ!?ちょ、おま、キョーコ!?」
 抱き着かれました。
 力は入ってない為、すぐにでも引き剥がす事は出来るのだが。
「うにゃう……ふにゅ~」
 こうも無防備に、ごろごろと喉を鳴らして擦り寄ってこられては……。
(ぬがあぁぁぁっ!!何だこれはぁぁぁっ!?)
 それ以前にキョーコの身体の柔らかさとか普段よりも高い体温とか平時では発する事の無い蕩けた声とかにパニックを起こしていたが。
(何か知らんが動悸がぁっ!?またキョーコの技かっ!?特殊能力かっ!!それとも改造の副産物かぁっ!?)
 誰も答えてくれない叫びは外には漏れず。

   ぺろ

「っ、な、なあっ!?」
 純粋に驚きによっての叫びが口から出た。
「にゃー……」

   ぺろぺろぺろぺろぺろ


234:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:26:57 w7Hi/+su

「うお、ちょ、キョーコ!?なっ、何しとるか貴様ーっ!?」
「にゃー?」
 先程ぶちまけられたまたたびに塗れた二人は、それを落とす暇も無くこういう事態になった訳で。
 勿論ジローの身体に未だまたたびは付着しており、それに気付いた猫キョーコはジローを舐め始めたのだ。
「ちょっ、こらっ……」
「うにゃ~」
「……………」
 真正面から抱き着いたまま、顔やら首やら舐めてくる猫キョーコ。
 キョーコの身に着けている衣服は、科学者ドクトルJの特製だ。
 しかし、その衣服もあのネコミミイラストに忠実に作られている。
 つまりは、機能性に優れつつも、その箇所を覆う衣服は薄い布一枚だという事に変わりない胸も押し付けられる。
 ……小さかろうが貧しかろうが胸は胸です。
 しかも、その感触をジローは既に知っている訳で。
 更には、露出の多い足だとか、モロに素肌な腹部だとかが、一切の躊躇も警戒も容赦も無く、すりすりとかしてくる訳で。
(………あ)
 健全な高校生男子としては。
(……これはオレが悪いのか?)
 反応してしまったのだ。男の欲望の具現が。
 解りやすく言うと欲棒が。ミもフタも無くぶっちゃけると肉棒が。
 その間にもキョーコはごろごろ懐いてくるし、その動きによって首の鈴はちりんちりんと鳴っていて。
 何やらおかしな気分になってくる。
「っていーかげんにっ……うぶっ!?」
「にゃー!!」
 このままでは流石にマズイ、と具体的に何がマズイのかはよく解らずとも本能で察したジローがキョーコを離そうとするが、猫キョーコはお構いなし。
 首や顔に付着したまたたびは粗方舐め終えたのか、今度は頭に被ったまたたび目掛けて飛び掛り。
 押し倒された格好になったジローの上を移動した後。
「ふにゅ~……みぃ」
 ジローの頭に顔を埋め、へにょ、と力を失った身体をジローに預けて大人しくなった。
「……キョーコ……お前な……」
 ジローの声に力は無い。
 キョーコが移動した為、今、ジローの顔はキョーコの胸に埋まっている。というか、押し付けられている。
「ふにゅ、にゅ~」
 幸せそうに鳴き、嬉しそうに尻尾が揺れ、擦り寄ってくる動きに合わせて鈴が鳴る。
 それと共に押し付けられた胸も貧しい癖にしっかりと柔らかく、ふにふにと顔の表面を刺激してくるものだから、堪らない。
 ジローは何か知らんが死にそうだった。
 キョーコを引き剥がそうかと両手をわきわきと動かすが、どこに手を持っていけばいいのか判断がつかず、何か勿体無い様な気もして迷った挙句、結局不自然な位置で停止したままわきわきと。
 そんなこんなとやってる内に。
「……何か下腹部が痛い」
 完全に勃ちました。
 一応知識はある。だがこんな反応は経験した事が無かったし、どうすればいいのかも解らない。
 取り敢えず、その内この酔っ払い状態も治まるだろうから、それを待って……と悠長にしていられる程、状況は優しくなかった。


235:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:29:35 w7Hi/+su
「………あ、れ?」
「………え?」
 どこか呆けた声が聞こえたと思ったら、顔への圧迫感が消えた。キョーコが身を起こした為だ。
 そして、ぱちくり、と目を瞬かせたキョーコが、己の下にいるジローを見下ろして。
「……………え、あ?」
(あ、オレ死んだ)
 キョーコが前触れ無く唐突に正気に戻った事を悟り、反射的に結論が出た。
 諦観の為か妙に冷静なジローの視線の先、キョーコが見る見る間に顔を朱に染めていく。
 事態を理解したのか、それとも自分のした事を思い出したのか。
「な、なんっ、……にゃーーーっ!?」
「うおおっ!?」
 パニックに陥り、暴れ出した。
「なっ、なんでこんなことにぃっ!?」
「ちょっ、待てキョーコ、今そこで暴れられるとっ……ぐお!?」
「ふえっ!?」
 ぐに、と感触。それに伴い悶絶するジロー。
 慌ててキョーコが感触の発生源を見てみると、服の上からでも見て取れる、明らかな盛り上がり。
 それが自分の尻の下にあって、ぴくぴくと反応している。
(………えーっと、これは~………)
 理解は出来る。ただ単に、感情が追いつかないだけで。
「ちょ、これ、あう……」
 さっさと退くべきだろう。そして一発殴って有耶無耶にするべきだ。
 そうは思うが、身体が思う様に動かない上、またたびの所為かまだ熱い。
 しかも先程の己の行動が思い出されて、羞恥で精神的にも動き辛い。
 自分の意思では無かったといえど、あんな恥ずかしい事をかました事実は消えないのだ。
 勿論それはジローとエーコの所為ではあるのだが。
 キョーコが思考放棄に走りたくなっている中、ジローが口を開いた。
「……と、取り敢えずだな、上から退いてほしいんだが……」
「うあ!?……あ、あぁ、そーだねっ!?」
 そういえば乗ったままだった。
 今更な事に気付き、慌ててジローの上から退こうとするが、
「……ふわぁっ!?」
「ぬおっ!?」
 やっぱり力が入らなかった。
 丁度そこを擦る様にしながら、身体が滑る。
「………にゃ、にゃー………」
 ジローの上に寝そべる形に戻ってしまったキョーコ。
 気まずげに、誤魔化す様に、上目遣い気味にジローに視線を向けながら鳴いてみた。

236:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:30:18 w7Hi/+su
「………お、おまっ………!!」
 色々とピンチなジロー、思わずわきわきさせていた手が、苦し紛れか藁よろしく尻尾を掴む。
「ふみゃっ!?」
「っ、あ!?」
 再度言うが、尻尾は弱点です。
「ひゃ、にゃあ……っ!!」
「う、わっ……!?ちょ、こらっ、キョー……」
 びくびくっ、と大きな反応を示したキョーコの動きに、服の上からとはいえ接触していたジローの盛り上がりも刺激を受ける。
 二人してそんな動きをしていれば、どうなるか。
「にゃ……っ!!ぁ、ふ、みぃ……」
「……っ、ぐ……!!……は、ぁ……」
 程無くして、キョーコが一際大きく身体を震わせた後、脱力して息を吐く。ジローも一拍遅れてそれに続いた。
 達してしまったのである。
「…………ばか」
「…………い、いや、これは想定外で………」
 涙目で睨まれ、拗ねた様にそう言われてしまえば、男に勝てる術など無い。
(こ、これはどうすればっ………あれかっ!?責任を取るとかなんとかっ………)
(うぅ………どーすんだこれー)
 そのままぐるぐると考えを巡らす事暫し。
「ん?」
「む?」
 同時に気付いた。
「………あ、お姉ちゃんのことはお構いなく♪」
 ささっ、どーぞ!!なんて言う、扉の隙間から覗いていたエーコお姉ちゃんに。
 間。
 そして。
「ギャーーー!!!おっ、お姉ちゃんいつからぁぁぁ!!!」
「あああ姉上ーーー!!?」
 喧騒に満ちる部屋の中。
「……んー、ここまでかー」
 少々残念そうに、しかしやっぱり楽しそうな顔でエーコがそう言って。
「ま、お楽しみはこれからだからねー」
 その不穏な台詞にキョーコが反応する前に、
「えいやっ」
「はうっ!?」
「あ、姉上っ!?」
 エーコの繰り出した手刀によって、キョーコの意識はそこで途切れ。
「はいはい、じゃあ着替えさすから、ジローは出なー」
「ちょ、姉上!?」
「だいじょーぶ、ちゃんと加減してるから!!……それともこのにゃんこキョーコちゃんともっと戯れたい?」
「ばっ……!!ばばば馬鹿なことをっ!?」
「あはは、ちっとは素直になりなー。……ま、それはともかく着替えてきな。イカくせー」
「あああ姉上ぇぇ!!!」
 ……ともあれ。
 キョーコのネコミミ娘改造作戦は、この瞬間に終わりを告げたのであった。




237:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:34:25 w7Hi/+su


 その後。
 何やらにこにこといつも以上に楽しそうなエーコの様子に。
「……なんかあったの?」
「……いいや、別に」
 疑問符を頭の上に浮かべつつ、首を傾げて不思議がるキョーコから目を逸らし、ずずーっと茶を啜るジロー。
(……オレもまだまだ修行が足りんらしいな)
 またたびであんな事態に陥るとは、全く予測出来なかった。
 言われるまま尻尾を弱点にしたのも色々とヤバかった。
 記憶を消す手段があって、心の底から良かったと思うジローである。
 だがしかし。
「ねーねー、キョーコちゃん?」
「え、何?お姉ちゃん」
「にゃんこも良いけど、わんこも良いよねー」
「?んー、うん、ウチにもいるし」
「だってさ!!ファイト!!ジロー!!」
「姉上ぇぇぇぇぇぇ!!!」
「え!?何!?何の話!?」
 エーコお姉ちゃんがいる限り、色々とヤバい事態には事欠かなそうな渡家なのでした。

238:名無しさん@ピンキー
09/03/03 04:38:15 w7Hi/+su
終わります。
……もう何かエーコお姉ちゃんがいればどうにでももなりそうな渡家に(エロパロ的な意味で)
今更な感じのネコミミ娘ネタ、失礼しました。

239:名無しさん@ピンキー
09/03/03 20:04:24 lMXZjPS4
なんという低脳!
そしてGJ!

エーコ姉さん万能説……でも、ガチエロまで持っていくのはキツイよねぇ、キョーコとジローの性格的に

240:名無しさん@ピンキー
09/03/04 02:26:48 ciiJZJdY
超GJ!

241:名無しさん@ピンキー
09/03/04 03:06:25 BLiJFICx
GJ!!!
ネコミミ娘エローイ!!!しっぽが弱点はお約束ですよね。わかりますwww

ジローの発明品とエーコ姉ちゃんがいればエロイベント発生はもはや必然!エロパロ的に!!
またの投下お待ちしてます

242:名無しさん@ピンキー
09/03/08 23:19:48 qDiJrxF+


243:名無しさん@ピンキー
09/03/13 21:49:05 JWZY97f3


244:名無しさん@ピンキー
09/03/17 19:50:37 BJQp3DVZ



245:名無しさん@ピンキー
09/03/19 01:51:15 mu4YONZE
低脳GJ!!

246:名無しさん@ピンキー
09/03/21 18:23:44 eanIY52x
保守

247:名無しさん@ピンキー
09/03/29 23:39:19 WDQt9quU


248:名無しさん@ピンキー
09/03/31 07:21:53 kSwfty9z


249:名無しさん@ピンキー
09/04/01 20:22:29 1WefbCeo
に触れる柔らかな感触にジローは

250:名無しさん@ピンキー
09/04/01 21:57:06 N9D3HyXK
ゆっくりと目を覚ました

251:名無しさん@ピンキー
09/04/02 04:27:27 7IbuJlOq
するとそこには・・・・!?

252:名無しさん@ピンキー
09/04/08 16:49:00 LJpD2Asc
キョーコ


の親父の胸板が

253:名無しさん@ピンキー
09/04/08 19:18:14 CoOkMbV1
姉の豊満な乳房を押し潰している光景があった

目覚めたジローに気付くとエーコは一言

254:名無しさん@ピンキー
09/04/11 20:39:08 oCvhxFe/
保守

255:名無しさん@ピンキー
09/04/14 20:49:02 MXVi2QFg
保守

256:名無しさん@ピンキー
09/04/14 23:20:05 4ohbLalk
かすかに聞き取れる程度の声で
そう呟き続けていましたとさ

257:名無しさん@ピンキー
09/04/15 20:04:08 zCNYmYxy
保守

258:名無しさん@ピンキー
09/04/16 11:31:11 eoQoq/08
保守あげ!

259:名無しさん@ピンキー
09/04/20 20:48:18 ZNQNOMXH
保守

260:名無しさん@ピンキー
09/04/22 20:34:13 BTq16qul
保守

261:名無しさん@ピンキー
09/04/25 20:17:42 /5zzOCgJ
保守

262:名無しさん@ピンキー
09/04/27 20:39:03 ssTqkXdd
保守

263:名無しさん@ピンキー
09/04/30 00:53:28 9ikBAbph
保守

264:名無しさん@ピンキー
09/05/06 19:44:49 0zvw1kWN
保守

265:名無しさん@ピンキー
09/05/11 13:20:37 tCe+nzw4


266:名無しさん@ピンキー
09/05/17 23:05:46 mRu8MkZY
過疎ってますなぁ

267:名無しさん@ピンキー
09/05/20 21:31:49 QY8DL3ee
キョーコかわゆすなぁ

268:名無しさん@ピンキー
09/05/25 23:29:46 BCewW9cF
ほすほす

269:名無しさん@ピンキー
09/05/27 02:20:59 5c4wHWLb
えーこ

270:名無しさん@ピンキー
09/05/30 02:14:45 TA0oSlFb
ほしゅ

271:名無しさん@ピンキー
09/06/02 01:15:51 TElt9OxV
こっそりと

URLリンク(sillytalker.web.fc2.com)


アクセス規制が恨めしい……orz


272:名無しさん@ピンキー
09/06/02 04:21:14 fkiY56nF
>>271
GJ!

273:名無しさん@ピンキー
09/06/02 20:14:02 BGQW7ZJC
>>271
ナイス低能でおじゃる

274:名無しさん@ピンキー
09/06/04 18:57:00 JQQQds8b
うあ、もう見れねー!

再うぷ希望!

275:名無しさん@ピンキー
09/06/07 13:20:12 qUQ5hxA2
現在、長期にわたって全規制の影響を受けている職人の皆様。
ただいま、こちらのスレ(したらば・エロパロ避難所)に置いて代理投下の以来が行えます。

書き込み代行スレ
URLリンク(jbbs.livedoor.jp)

投下して欲しいスレの名前とアドレスを張り、その後、作品を書き込めば有志のかたがそのスレに作者の代理として投下いたします。
(数日ほど、時間が空くことがあります。できれば、こちらに書き込める方、積極的に代理投下のチェックをお願いします)



276:274
09/06/08 18:52:27 HzYDzkQn
見れたー!
GJ!

>>275
そこは機能しているのか…?

277:名無しさん@ピンキー
09/06/11 00:10:17 ArTNeVmY
>>271
素晴らしいSSによって俺の低脳度は有頂天になった、
この転がりはとどまるところを知らない

278:名無しさん@ピンキー
09/06/11 03:21:24 kcByG4bM
>>271
おお!!低能GJ!!

279:名無しさん@ピンキー
09/06/12 17:17:36 gQPwZLU6
たまにはage

280:名無しさん@ピンキー
09/06/17 14:09:24 jWs14EeE
>>271
続きが読みたいと本気で思ってしまった
まだこんな低脳な職人がいたとは…
ありがたや

281:名無しさん@ピンキー
09/06/20 20:58:41 +BBmAfVd
歩鮎

282:名無しさん@ピンキー
09/06/24 17:23:55 hBPpYHKm
保守

283:名無しさん@ピンキー
09/06/26 02:22:16 Jo7/m/It
ほしゅ


284:名無しさん@ピンキー
09/07/03 09:35:50 KkR3Z6NX
ほしゅ

285:名無しさん@ピンキー
09/07/03 10:43:35 us571nBK
ジローのオートマントはエロパロ的にかなり使えるアイテムだと思うのだが

286:名無しさん@ピンキー
09/07/09 19:01:48 TnXt6OoG
よい

287:名無しさん@ピンキー
09/07/14 00:43:48 Y/UEB/fn
エロ

288:名無しさん@ピンキー
09/07/18 14:39:49 z3ba3K/7
ほしゅ

289:名無しさん@ピンキー
09/07/23 00:12:28 RcjZ/wSJ
規制解除記念カキコ

ジローの実家でなにかムフフなイベントが・・・起きないだろうな、きっと
アヤ姉ちゃん出るからいいけどさ

290:名無しさん@ピンキー
09/07/23 19:44:03 hurilYbJ
逆に考えるんだ
「アヤ姉ちゃんがヒロインでもいいさ」
そう考えるんだ

291:名無しさん@ピンキー
09/07/31 08:35:12 3wGfZkHy
保守

292:名無しさん@ピンキー
09/08/09 01:46:28 DTAq+sFw


293:名無しさん@ピンキー
09/08/09 02:42:13 cuyNqfUM
せいしゅん18きっぷで りっしんべん

294:エロなし今週号ネタ 1/2
09/08/13 09:50:52 Xx0ij88A
「あ、あれ……?」
「おお、気がついたかキョーコ」

ジローはぱたぱたと扇いでいたマントを止めずに、
頭の上に乗せていた氷を外す。

「あたし、どうしたの」
「待て、急に起き上がるな!」
「な、なによジロー」
「湯あたりしたらしい。急に起き上がると良くないと母上が言っていたから、
 横になっていろ。そら、氷だ」

キョーコは良くわからないというような表情で、氷どおしが触れ合う
冷たそうな音を立てるそれが頭に載せられるのを見ている。
つめたーという言葉の響きから、ジローにもいつものひねた笑みが戻った。

「あたし、そんなに湯につかってたかなー。覚えてないんだけど。
 ……あれ、あたしいつのまにパジャマに?」
「姉上がさっきな。昔着ていたものだそうだ」
「ふーん、お姉ちゃん、意外とかわいい趣味だね」
「小学校の頃に」
「……あ、そー」

静かな怒りの波動は、ジローには届かないようだ。
ぱたぱたと扇がれる音しか聞こえない中、キョーコはジローの顔から視線を逸らした。

「まあ、ありがと。看病してくれたみたいで」
「フ、なに、運ぶことも満足にできなかったからな。このくらい」
「運ぶ?」
「……いや、違うぞ? オレが運んだのは、2歩くらいで、あとは姉上が」

寝たままでも見事に首を締め上げている。洗いざらいゲロさせられたのは一分程度だった。

「今回は緊急避難ということで見逃すけど。
 あんた、本当に変なことしてないでしょうね」
「変なことというのはなんだ! そもそも母上と姉上たちがいるのだ、何ができる!」
「まーそうよねー、お母さんお姉ちゃん大好きのジローちゃんにはねー」
「ぐ、それは……」

マントが止まってははためき、はためいては止まってを繰り返している。
扇ぎ続けようという意識を忘れないのはたいしたものだ。

「言っておくが、オレはそんなにすごーく帰りたかったとかそういうのではなくな、」
「いいね。やさしそうなお母さんで」

はにかむように笑う。
そこに何かを感じ取ってしまったのか、ジローの顔が少しく後悔の色を浮かべる。
珍しい気働きだ。かえって反応したのはキョーコのほうだった。

「あ、いや、違うよ、ジロー」
「……」
「あの、そんなふうにとってもらう意図とかはなくてっ」

一気に起き上がろうとするキョーコの体。それを静止しようとするジローの手は
及ばない。

「お、おおおおおお?」
「キョーコ!」

295:2/2
09/08/13 09:55:13 Xx0ij88A
ぱたりとまた布団に戻ってこようとした体をジローの手が受け止める。
布団の上に二人の影が重なった。

「急に起き上がるなというのに」
「うん、忘れてた」
「大丈夫だよ。ジロー」
「む?」
「お母さんのことは」

笑顔を向ける。楽しそうな笑顔だ。オレも最近ひさしぶりに良く見るようになった。
それを向けられたほうのジローは、なにも言えずにいる。

フ……しょうがない男だ。少しだけ、後押ししてやろう。
かりかりと爪でオレの足からそれをはがす。
たたみに落ちたそれを前足ではたき、自白シールをジローへと飛ばした。

「惚れてしまうから、そんなに見るな、キョーコ」
「は」
「……オレがずっと一緒にいるから」

「な?」
「なに?」
「な、なにいってんのあんた……」
「い、いやちょっとまて、これはオレが言いたいことではなく!」

そこまで言ってジローはさすがに思い起こしたのか、体中をはたいた。
ひらりとほどけたシールは、抱かれたまま顔を赤くしたオレの大事な家族へと。

「ばっ、馬鹿ジロー! そんなこと言われたら、もっと意識しちゃうでしょ!
 ほ、本当にあんたのこと好きになっちゃったらどうすんのよ!」
「!」
「!!」

慌てて口をふさぐキョーコ。ふむ、このくらいが頃合か。
紅潮した顔を見せ合う二人の間に歩み寄り、キョーコにくっついたシールをくわえて
元通り前足にはりつける。

「し、師匠ー!」
「ぽ、ポチー!」

「お前たち、つがうならふすまの影に気をつけろ」

振り向かずに告げたのと同時に、ふすまの先からギシリと物音が聞こえた。

「母上ー!」
「お姉ちゃんー!」
「うあああポチの裏切り者ー!」

居間に戻ると、丸まったタオルケットが用意されていた。
そばにはジローの大きい姉が礼の姿勢で立っている。

「お疲れ様でした、ポチさん」
「うむ、お休み」

ひさしぶりに野山をさんぽした疲れからか、別の部屋から聞こえてくる
うるさい物音にも影響されず、今日はゆっくり眠れそうだった。

296:名無しさん@ピンキー
09/08/13 23:13:13 kjTlF94K
GJ!

ポチ、かっけーw


297:名無しさん@ピンキー
09/08/14 22:03:20 VM0Pm8o6
てーのーだぁっ!!

298:名無しさん@ピンキー
09/08/15 01:47:25 6XfI0umL
GJ!
このスレ毎日のぞいてたかいがあったぜ!

299:名無しさん@ピンキー
09/08/15 17:20:50 OkcJODF2
本編同様微笑ましすぎる

300:名無しさん@ピンキー
09/08/20 22:16:16 QVN7b6mz
新キャラいいな

301:名無しさん@ピンキー
09/08/22 10:05:04 NrIoieaq
まだ出たばかりだから、何とも言えないな

でも、期待しちゃうぜ

302:名無しさん@ピンキー
09/08/26 07:35:01 FaQFo2jv
シルバームーン期待アゲ

303:名無しさん@ピンキー
09/08/26 11:48:10 pNJ3vhaJ
血の代わりに汗でもいいなら、当然精液でも。

304:名無しさん@ピンキー
09/08/27 03:23:35 oowZ/Dm+
あの幼女を弾みにジロー王国建国パターンに走るのはやめてほしいところだ……

305:名無しさん@ピンキー
09/08/27 04:52:14 fZH4SgYz
エロパロスレで何を言ってるんだお前は

306:名無しさん@ピンキー
09/08/27 15:27:56 0c/W1tBn
つまりエロパロでは建国して欲しいと。

307:名無しさん@ピンキー
09/08/27 17:56:25 qt+6divz
手元にサンデーが無いので確認出来ないのだが、アヤ姉さんって母親の事をなんて呼んでたっけ?

あと、阿久野家の風呂場って何人くらい一緒に入れそうだろうか

308:名無しさん@ピンキー
09/08/27 22:59:43 a/ROsqWy
>>307

母上だよ

風呂は露天、四人で入って、なお余りあるスペース

309:名無しさん@ピンキー
09/08/30 22:43:23 9qjqmD6Y
SSクル――(゚∀゚)――!?

310:名無しさん@ピンキー
09/09/08 02:12:03 2xilx4Y0


311:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/12 19:04:24 00lzVa4m
規制も解けたので、久しぶりに投下

とりあえず、第一話という事で

312:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/12 19:05:03 00lzVa4m
 
「ルナちゃん、お風呂入っていく?」

 蛍舞う、夏の夜。
 そう、エミさんが切り出したのは、振る舞ったスイカが全て無くなった頃だった。

「お風呂?」

 指についたスイカの汁をぺろぺろと舐めながら、ルナと呼ばれた少女は首を傾げながら聞き返す。
 その姿は、今日初めてここを訪れたとは思えないほど、この場に馴染んだものだった。
 首領と言うだけあって、他の悪の組織の本拠地でも堂々としたもの―と言う訳ではなく、ただ単に居心地が良いだけかもしれない。

「お風呂か……うーむ」

 だが、いくら居心地が良いとはいえ、そこまで世話になるのは気が引けるのだろう。
 彼女は腕を組んだまま、壁に掛かっている時計に視線を移す。
 首領としての体裁を気にしているのか、それとも時間が遅くなるのを気にしているのか、もしくはその両方なのか。

「ルナさま、そろそろ……」
「分かってる」

 横目でセバスチャンを見つつ、少女は名残惜しそうに呟く。
 首領、かつ夜の眷属とはいえ、まだ小学……じゃなかった、中学二年の女の子。
 心配する者の数は多いだろうし、本人もそれは自覚しているようだ。

「他の者に黙って出てきたから、そろそろ帰らないといけない。すまないが今日はこれで……」

 彼女がここに来た目的はジローをスカウトするという事だった。
 結局、その目的は達成できなかったものの、アイテムを開発して貰うという約束は取り付けていた。
 元々、アイテムを開発させるためにジローのスカウトに来たのだから、それはそれで目的は達成できている。
 つまり、もう彼女がここにいる理由は―

「あらそう? 残念ねぇ、うちのお風呂場は凄いのに」
「……凄い?」

 エミさんが何気なく呟いた言葉に、立ち上がろうとしていた彼女がぴくりと反応する。


313:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/12 19:06:15 00lzVa4m
 
「掛け流しの天然温泉で湯量も豊富。美肌効果抜群で、しかも豊胸効果まであるのに」
「なぬ!」「っ!」
「……母上、最後のは無いかと……」
「えー、うちの女連中、全員胸大きいからきっとあるわよ」
「いや、あの温泉出たのつい最近なんですが……」
「そうだっけ?」

 アヤ姉さんの冷静なツッコミを、エミさんは舌を出しながら軽く受け流す。
 そうか……ないのか……
 さすがにそんな話を信じる訳はないけど……って、みんな私から目を逸らしているのはなんでだ、この野郎。

「と、とにかく、そんなうちの自慢の温泉に入っていかない? ドラキュリアには私から連絡しておくから」
「うちの組織を知っているのか?」
「知っているも何も……そこの元首領とは、昔よく一緒に無茶したものよ」
「母さまと!?」

 驚きの混じった声を返す少女に、エミさんはニヤリと口元を歪ませる。

「ああ、やっぱりあの子の娘なのね。どことなく面影あるったからそうじゃないかと思ってたんだけど」

 お互いそういう歳なのねぇ、と小さく呟きながら、エミさんは携帯電話を手に取る。

「で、どうする? 入っていくなら連絡するけど?」
「んー……」

 少女はチラリとセバスチャンの様子を伺うが、そのセバスチャンは無言のままパタパタと浮いているだけ。
 それを了承と判断したのか、彼女はぽりぽりと頬を掻きながら言葉を返す。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな……」
「了解、ドラキュリアには私から連絡しとくわ。そんなわけでキョーコちゃん、ルナちゃんを案内してね」
「私ですか!?」

 今まで蚊帳の外の会話だと思って聞いていた私だが、まさかここで振られるとは思っておらず、慌てて聞き返す。

「私達は色々と片付けがあるから、この中で手が空いてるのはキョーコちゃんだけなのよ」
「エーコお姉ちゃんもですか?」
「ええ、勿論……さあ働け、ニート」

 そう言うと、エミさんはこっそり逃げようとしていたエーコお姉ちゃんの襟首をがっちりと掴む。

「ニートじゃないもん! 自分探しの最中だもん!」
「自分より先に職を探しなさい、職を」
「無いからしょうがないもん! 全部不況が悪いんだもん!」
「いや、絶対お前も悪いから」

 エミさんはエーコお姉ちゃんの戯れ言を華麗に聞き流しながら、台所の奥へと引きずっていく。
 そんな二人の姿を呆れたように見つめていたアヤ姉さんは、やれやれといった感じで私たちの方へ振り返る。

 エミさんはエーコお姉ちゃんの戯れ言を華麗に聞き流しながら、台所の奥へと引きずっていく。
 そんな二人の姿を呆れたように見つめていたアヤ姉さんは、やれやれといった感じで私たちの方へ振り返る。

314:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/12 19:07:16 00lzVa4m
 
「そんなわけでキョーコさん、頼めるだろうか?」
「え、ええ、いいですけど……」

 歯切れ悪く呟きながら、私はちょっと胡散臭げな目で彼女の方を伺う。
 彼女―枕崎ルナはそんな私の視線を身構える様に受け止める。
 まあ、先ほどのやりとりからすると、当然の反応だろう。

「それじゃあ、二人で先に風呂場に向かってくれ。タオルは後で持って行くから」

 アヤ姉さんはそんな私たちを苦笑で見つめながら、奥に消えた二人を追って台所へと向かう。
 後に残されたのは、私と、ルナと、何故か無駄に意気投合しているジローとポチとセバスチャン。

「……」
「……」
「……」
「……な、なんだ、その目は」
「いや、別に……お風呂場はこっちよ」

 無言のまま歩き出す私に、無言のまま付いてくるルナ。
 悪い子じゃないのは、分かっている、分かってはいるんだけど……分かっていても、納得出来ない事はある訳で。
 なんせ、誰にも舐められた事のない場所を遠慮無く舐め回された上に、いい様に身体を弄ばれたのだから。
 それに……操られたとはいえジローにも抱きついて、うっかり押し倒しちゃったり……

「……」

 ……結構いい身体してたな、あいつ……やっぱり、男の子なんだな……

「―っ!」

 って、何を考えてるんだ、私は!
 うわ、さっきの事思い出したら、なんか恥ずかしくなってきた!

「ん? どうしたキョーコ、顔が赤いぞ?」
「な、何でもない!」

 あんたのせいよ! とは言えず、心配そうに聞いてくるジローから顔を背けながら、私は早足で部屋を出て行く。
 あーもう! いつもは鈍いくせに、なんでこんな時は鋭いのよ、あんたは!

「お、おい、ちょっと早いぞ」
「う、うるさい! あんたのせいでもあるんだからね!」
「?」

 困惑するルナを尻目に、私は急いで風呂場へと向かう。
 な、なんでこんなにドキドキしてるんだ、私は!
 こういう時は、お風呂に入って気分転換するに限るんだ、うん!


315:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/12 19:08:07 00lzVa4m
*****

「行った?」
「行ったみたいです」

 台所の奥。
 エミとアヤは扉の影から部屋の中を伺っていた。

「よし、これで第一段階はクリアね」

 うんうんと頷きながら、エミは満足そうに腕を組む。
 そんなエミを、アヤは首を傾げながら見つめていた。

「なんであの二人を一緒に行かせるように仕向けたんです?」

 歳が近いとはいえ、先ほどのやり取りからするにあまり相性が良いとは思えない。
 そんな二人を、忙しいと嘘をついてまで一緒に行動させようとしていた事に、アヤはイマイチ納得出来ていなかった。

「んー、まあ、将来を見越してね」
「将来?」
「そう、キョーコちゃんがお嫁さんに来てくれてからの話なんだけどね」

 ちょっと気が早すぎかな、と頬を掻きながら、エミは続ける。

「ジローと結婚したら、キョーコちゃんは悪の首領の嫁になるでしょう? そうなると、他の組織と会う事も多くなるわけで……」
「……ああ、なるほど」

 エミの言わんとしている事に気付き、アヤはポンと手を合わせる。
 つまり、今の内からキョーコを他の組織の人間と関係を持たせる為に一芝居うったという事らしい。

「それに組織の規模はともかく、ヴァルキュリアの資金力は魅力的だからねー。できれば、良い関係になっておきたいなーって」

 可愛い素振りでウインクするエミだが、その瞳の奥にルナの持ってきたお金が映っている事にアヤは見逃さなかった。

「ま、まあ、確かに人間関係は大事ですけど……でも、あの二人、大丈夫ですかね?」
「大丈夫って、何が?」
「相性が良いとは思えないのですが……」

 二人っきりにさせて親密度が高まればいいのだが、逆にもっとこじれてしまう可能性もある。
 むしろ、そっちの方の可能性が高いような気がする。

「んー、まあ、大丈夫でしょ」

 だが、エミは手を振ってアヤの心配を否定する。


316:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/12 19:09:02 00lzVa4m
 
「今はちょっとギクシャクしてるけど、結構似たもの同士に感じるのよね、あの二人って」
「似たもの同士、ですか?」
「そう。ぶっきらぼうに見えて、実は優しい所とかね。お風呂で裸のお付き合いすれば、案外簡単に仲良くなるかもしれないわよ」
「ふむ……」

 エミの言葉に、アヤは口元に手を当てて頷く。
 何も考えてないように見えて、実はちゃんと考えている。
 そんな母の性格を、アヤは十分すぎるほど分かっていた。

「母上がそう言うなら……それで、これから私たちはどうするんです?」
「まあ、しばらく二人っきりにさせた後、一緒にお風呂に入ればいいんじゃない? 昨日みたいに」
「……また既成事実を作ろうとするのは無しですからね」
「わ、分かってるわよ。そんな事する訳無いじゃない」
「そういいつつ、視線を逸らすのは何故です?」
「……あのー、盛り上がっているところ悪いんですけど」

 そこでやっと、エミとアヤはもう一人この場にいた事を思い出す。
 後ろを振り向くと、そこには大量の食器を前にしたエーコが半べそで洗い物をしている最中だった。

「お風呂には、私もご一緒してよろしいのでしょうか?」
「その洗い物終わったらね」
「無理! 絶対無理!」
「じゃあ、一緒にお風呂は無理ね」
「酷い!」
「自業自得でしょ」

 無駄に迫力のある笑顔のまま語りかけるエミから視線を外し、エーコは隣に立っている姉に嘆願するような目で語りかける。

「アヤ姉ちゃん、助けて!」
「働かざる者食うべからず、という言葉があってな」
「酷い!」
「自業自得だ」

 アヤにまでそう言われてしまったら、もう何も言い返せない。

「よし、じゃあ少し時間つぶしがてら、お菓子でも食べよっか? 水ようかんあったわよね」
「確か、先日買った残りがあったかと」
「私も-、私もー」
「「いいから働け、ニート」」
「うう、世間の風が冷たいとです、お父さん……」

 阿久野家の夜は、まだこれから始まったばかり―かもしれない。


317:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/12 19:13:14 00lzVa4m
ルナが出てきてから書き始めたのに、全然進んでないのはご愛敬
そしてすぐに九州編が終わってしまった事に愕然としたり

>>308さん、アホな質問に答えてくれてありがとう
それでは、また次回 ノシ

318:名無しさん@ピンキー
09/09/13 19:47:20 Jcq/c45a
なんという低能!
ルナとキョーコのお風呂クルー!?

全裸待機して待ってます!


319:名無しさん@ピンキー
09/09/13 22:53:21 vTbyqCNv
相変わらず低脳すなぁ
GJ!

320:名無しさん@ピンキー
09/09/17 16:51:02 dXKlE0Kf
いやほんと、素晴らしか低能ですなぁ
続き楽しみにまってますよー

321:名無しさん@ピンキー
09/09/22 01:02:42 tdDsU0Ld
保守

322:名無しさん@ピンキー
09/09/23 20:01:02 hUcUKhz4
期待保守

323:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/23 21:46:54 aiztrIZ+
なんとか連休中に間に合った……
そんな訳で第二話って事で


324:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/23 21:47:36 aiztrIZ+
 
 ―空気が重い、とはこういう事を言うんだろう。
 そんな事を思うほどに、私と彼女―枕崎ルナの間に漂う空気は暗く沈んでいた。

「……」
「……」

 阿久野家の脱衣所の中。私たちは無言のまま、服を脱いでいる。
 別に険悪な雰囲気という訳ではない。
 今の私に彼女に対する敵意は無いし、それは向こうからも感じられない。
 ―ただ、何を話せばいいのか分からないだけで。

「……」
「……」

 まあ、この状況も当たり前と言えば当たり前だ。
 何せ、私と彼女が出会ってからまだ数時間しか経っていないのだから。
 ……数時間しか経っていないのに、なぜ私たちは一緒にお風呂に入ろうとしているのだろう?

「……先、行ってるね」
「……う、うむ」

 ラフな格好だった為、脱ぐのはすぐに終わった。
 逆に彼女はドレスを脱ぐのに手間取っているようだ。

「……ん、む……むむ」

 はぁ……しょうがない。

「!?」
「動かないで」

 驚く彼女を尻目に、私は背中にあるドレスのボタンを外していく。
 なんでこんな所にボタンなんて付けるのだろう。
 見た目が大事なのは分かるけれど、それより実用的な方がいいに決まっているのに。


325:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/23 21:47:57 aiztrIZ+
 
「はい、終わり」
「え、えと、その……」
「ん?」
「そ、その……なんでもない」

 私が離れると同時に、彼女の身体からドレスがふわりと舞い落ちる。
 うわ、肌しろー。
 思わず、日に焼けた自分の肌と比べてしまう。

「……日焼け止めくらい塗るべきだったか」
「?」
「なんでもない、こっちの話」

 塗ったところで、元々の肌の色自体違うのだから比べられるものじゃないのは分かっている。
 それでも、ちょっと悔しいと思ったり。
 ……いかんいかん、張り合ってどうする。

「じゃあ、行こうか」
「あ、ああ……」

 タオル一枚だけを巻き付けた姿で、私と彼女はお風呂場へと向かう。
 最初は私が前を歩いていたが、ふと思いついて彼女の方を先に行かせる。

「?」

 私の不自然な行動に首を傾げる彼女。
 だがその理由は、彼女が脱衣所の扉を開けた瞬間、目の前に広がった。

「おおっ!」

 扉を開けた姿勢のまま、彼女は感嘆の声を漏らす。
 それもそのはず、エミさんは温泉としか言ってなかったし、私たちもあえてそれを隠していたから。
 温泉は温泉でも、それが露天風呂だとは思わなかったのだろう。
 広い浴場と、その上に広がる満天の星空を、彼女は口をぽかんと開けたまま見つめる。


326:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/23 21:48:41 aiztrIZ+
 
「さすがキルゼムオールの拠点……すごいな!」
「そ、そうね」

 これが『正義の味方』に壊滅させられた時に出た温泉である事は黙っておこう、うん。
 そういう私も、昨日ここを見た時は同じ様な反応をして、エミさんに笑われたのだけど。

「あれ、でもあんたって鹿児島出身よね? 向こうの方は温泉多いからこんなの見慣れてるんじゃないの?」
「確かに多いが、拠点に温泉が湧いている組織なんてほとんどないからな。珍しいのは確かだ」
「なるほど」

 私が呟いている間に、彼女ははやる気持ちを抑え、でも隠そうとはせずに湯船へと向かう。
 ちゃんとかけ湯をして汚れを落としてから、ゆっくりと湯船の中に身体を沈めていく。

「……ふぅ」

 思わず零れた可愛いため息。
 それを聞いて、私から小さな笑みが零れる。

「な、何がおかしい!」
「ううん、さまになってるって思っただけよ」

 温泉の多い地域出身と言うだけあって、かけ湯からため息を零すまでの流れは慣れたものだった。
 そんな彼女の動きを真似しながら、私もそっと湯船に足をつける。

「……ふぅ」

 そこまで真似する気はなかったのに、何故か零れてしまうため息。
 ニヤニヤとこちらを見ている彼女に、今度は苦笑を零すしかなかった。

「……」
「……」

 ―再び訪れる、無言。
 だけどそこに、さっきまでの緊張感は無かった。
 私も、彼女も、湯船に身を沈めたまま、頭上に広がる星空を無言で見上げていた。
 湧き出る温泉は湯船にそそがれ、小さな波音を立てて私たちの身体を揺らす。
 たまに迷子になった蛍が視界を横切り、それを呼び止めるかのように虫達の声が響く。
 音はある。
 それでも静かに思えるのは、きっと私たちの心が静かだから。


327:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/09/23 22:04:13 aiztrIZ+
 
「―すまない」

 賑やかな静寂の中に響いたのは、彼女の発した小さな呟きだった。

「何が?」
「その……さっき、お前を……」

 足蹴にした事に対してなのか、それとも操った事に対してなのか。
 どっちかは分からなかったけれど、多分その両方だと判断して、私はパタパタと手を振る。

「いいよ、さっきの事なら。私もちょっとやりすぎたし……ごめんね」

 あれを『ちょっと』の一言で済ますかは置いておいて、私も素直に謝る。
 確かに彼女にされた事は屈辱以外の何者でもなく、その他いろいろと複雑な感情がわき上がったりわき上がらなかったりしたけれど、
 それは全てジローを手に入れる=組織を救うという信念に基づいての行動だったと分かっている。
 正直、なんであんな奴を? と思わなくもないが、発明品の評価にジロー本人の性格は関係無いのだろう……多分。

「よいしょっと」

 私は立ち上がり、近くにあった手頃な大きさの岩へと腰を下ろす。
 夏とはいえ、木々に囲まれたこの場所は都会と比べるとかなり涼しい。
 木の香りを含んだ風が、火照った肌に心地良かった。

「風が気持ちいいな」

 ふと横を見ると、彼女も同じ様に岩に腰掛けて涼んでいた。

「……」
「? どうした?」
「え、う、ううん、何でもない!」

 まさか彼女の姿に目を奪われていたとは言えるはずもなく、私は慌てて目を逸らす。
 北欧系の血が混ざっているのか、全体的に色素の薄い彼女の身体は月光に照らされ、夜の闇の中で輝いているように見えた。
 今でさえ綺麗と思うほどなのだから、あと数年もしたら、彼女はきっとすごい美人になるだろう。

「……」

 数年後の彼女の姿を想像した後、現在の自分の姿に視線を落としてみる。
 自分が彼女と同じ年の頃はどうだっただろうか、と。



次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch