【こわしや我聞】藤木俊作品全般でエロパロ_8at EROPARO
【こわしや我聞】藤木俊作品全般でエロパロ_8 - 暇つぶし2ch100:名無しさん@ピンキー
08/12/14 22:45:30 ivqi4yo0
お、次は本誌で読みきりかと思っていたが、連載か
これは楽しみだ

101:名無しさん@ピンキー
08/12/16 09:06:26 BRf3TB8R
待ち続けた甲斐があったな

102:名無しさん@ピンキー
08/12/17 07:56:09 tFwl7Q8L
軽く泣きそうだ……

103:名無しさん@ピンキー
08/12/22 07:26:10 +ctGV5m2
保守

104:名無しさん@ピンキー
08/12/25 14:24:21 NLSdcUIg


105:名無しさん@ピンキー
08/12/28 10:02:14 +rLO1qeX


106:名無しさん@ピンキー
09/01/01 22:58:03 XjlCKcp4
アッーーーーー!

107:名無しさん@ピンキー
09/01/04 14:13:10 45qRompL
イッーーーーー!

108:名無しさん@ピンキー
09/01/05 10:30:42 j+v2QBca
ウッーーーーー!

109:名無しさん@ピンキー
09/01/07 11:27:58 iW4tZ89j
本誌新連載age

110:名無しさん@ピンキー
09/01/07 12:38:37 Aikt5NJJ
しかもエロパロにしやすい題材

幹部ルックの姉ちゃんの鞭を最初に受けるのは、おまえだから俺は、靴なめるから

111:名無しさん@ピンキー
09/01/07 18:17:28 SU6lICB+
亀甲縛りカバンであれやこれや
これから出る素敵アイテムにも期待したい

112:名無しさん@ピンキー
09/01/07 21:46:35 WwPJ6JrP
今度は無乳かw
実にかわいらしい

113:名無しさん@ピンキー
09/01/08 00:43:36 6bEUw72Y
前回のヒロインはクーデレだったな。
今回のヒロインはツンデレであることに期待している。

114:名無しさん@ピンキー
09/01/09 20:40:48 B1RkU+K5
すばらしい

115:名無しさん@ピンキー
09/01/11 05:12:43 tT1tZEhn
はじめてのあくで

116:名無しさん@ピンキー
09/01/13 13:23:40 oLyPUItV
くだらん

117:名無しさん@ピンキー
09/01/14 02:28:33 Ho1t/QJ4
ギガグリーンの載ってるサンデー超を手に入れる方法は無いものか・・・
都内で売ってる所あったら教えてください

なんであの時買わなかったんだ、俺の馬鹿 orz


118:名無しさん@ピンキー
09/01/14 21:43:01 vqiRggXn
しまパン!しまパン!

119:名無しさん@ピンキー
09/01/17 15:17:18 PV2ChNYJ
しまパンw
使うとは思わなかったぜ

120:名無しさん@ピンキー
09/01/19 09:31:56 uNvdw7ed
斗馬のエロパロを誰か書いてくれ。

121:名無しさん@ピンキー
09/01/20 10:08:48 JdYb6dLO
なんか一話目でジロキョーでエロまで妄想いった。
やべーとか思ってたら二話目でもうお前ら結婚しろよとか思っちまった辺りどうしようもねぇw
ああいうドタバタノリで周りから見りゃイチャこきかじゃれてるよーにしか見えません
て感じのに弱いんだ。いやまだどうなるかも解らんけれども!!
その内書きたいものだがあの二人需要あるんかねぇ。
ともあれ明日が楽しみです。

122:名無しさん@ピンキー
09/01/21 16:12:27 kAZ9iSvU
>>121様に超期待age

123:名無しさん@ピンキー
09/01/21 23:05:14 eooXre2N
同じく熱烈期待だがsage

124:名無しさん@ピンキー
09/01/24 09:56:49 Dtiu9Ak1
取り敢えず ほしゅ

125:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:12:05 zJ/5sCaH
超久しぶりに投下

はじめてのあく・・・ではなく、今更ギガグリーンネタだったり


126:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:12:57 zJ/5sCaH
 昔から、私はなんでも出来た子供だった。

 成績はクラス―いや、学区内でも一番良く、多分日本中で考えても上位だっただろう。
 身長は低いが身体能力は低くなく、短距離走で全国大会に出た事もある。

『アキラちゃん、すごいねー』

 他人は、私の事を恵まれていると言う。
 なるほど、確かに私の家は裕福だ。
 勉強は家庭教師が付きっ切りで見てくれたし、運動も学習の一環として鍛えられた結果だった。
 他人から見れば、恵まれている環境なのだろう。

 でも、私は自分が恵まれていると思ったことは無い。

 両親は仕事にかかりっきりで、一緒に食卓を囲んだ記憶すら無い。
 家庭教師達はあくまでビジネスとして私に付き合い、それ以外の事を教えようとはしなかった。
 それが両親の希望なのか、それとも無愛想な私と一緒に居たくなかっただけなのかは知らないが。
 おかげで、5人いた家庭教師の名前はまったく覚えていない。
 もしかしたら、最初から名乗っていなかったのかもしれない。
 それでも、家庭教師としての仕事はきっちりと行い、私の知的好奇心を満たしてくれたのはありがたかった。
 居心地が悪かろうが、興味が持てるだけマシだった。

 ツマラナイ学校に比べれば、だが。

127:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:13:42 zJ/5sCaH
『アキラに任せておけばいだろ』
『アキラちゃんは私たちと違うもんねー』

 友人という名の仮面を被ったその子達は、面倒な事は全て私に押し付けていった。

 別に難しい事ではないのに。
 調べれば簡単に終わるのに。
 やれば出来るはずなのに。

 面倒な事はしたくない、という理由だけで、彼らは全てを私に押し付けた。
 押し付けられた事自体は、別に気にしていない。
 学校の授業はすでに家庭教師から学んでいたし、いいヒマ潰しになったから。
 だけど、どうしても理解出来なかった。

 なぜ、自分でやろうとしないのか。
 
 難しいのなら、手伝うから。
 分からない事があるなら、教えるから。
 そう言って、一緒にやるように促したけれど、誰も一緒にやることは無かった。
 結局、そう言う事自体が面倒になって、私は何も言わなくなった。
 無駄な努力に時間を割く事ほど、意味が無いものは無いと知っていたから。

 そんなツマラナイ学校と、居心地の悪い家を往復するだけの日々。

 それでも当時の私は、それが普通なのだと思っていた。
 そう、彼に会うまでは―

『ヒーローにならないか?』


128:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:14:29 zJ/5sCaH
***

 ……PiPiPi……PiPiPi……

 断続的に聞こえてくる電子音に、私の意識は急速に現実へと引き戻されていく。

「ん……」

 カーテンの隙間から漏れる陽光に目を細めながら、私はゆっくりと身体を起こした。
 そのまま、聞き慣れた電子音を奏でる目覚まし時計を乱暴に叩いて黙らせる。

「……変な夢」
 
 溜息と共に呟いて、私はおおきく背伸びをする。
 今更、あんな夢を見るとは思わなかった。
 もう、思い出すこともないと思っていたのに。

「ふう……」

 背伸びの終わりと共に、もう一度溜息が漏れ出た。
 八つ当たり気味に叩いた目覚まし時計に視線を落とすと、仰向けに倒れている以外は何事も無かったかのように正確な時間を刻んでいた。
 100均で買ったやぼったい時計だが、その頑丈さだけは褒めてやってもいい。
 
 ―まるでどこかの誰かみたいだ。

 そんな事を考えつつ、いつもの時間である事を確認してベッドから抜け出す。
 今日は休日だが、そんな事は関係ない。
 日課は毎日続けてこそ意味があるのだから。
 年季の入った黒いジャージに身を包み、使い古した運動靴の紐を結ぶ。
 毎朝のジョギング。
 それが一人暮らしを始めてからの日課だった。
 トレーニングと―パトロールを兼ねて。


129:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:15:10 zJ/5sCaH
「行ってきます」

 誰もいない部屋に向けてそう言うと、私は準備運動もそこそこに走り出す。
 休みの日くらいゆっくりしたら? と言う人もいるけれど、私はそうは思わない。
 そして、彼もそう言わないだろう。
 休日だろうが、祝日だろうが。
 雨が降ろうが、台風が来ようが。
 槍が降ろうが、砲弾が降ろうが……いや、これはさすがに元凶を探すけど。
 まあ、とにかく、彼はきっとこう言うのだ。
 
 ヒーローに休日は無い―と。

130:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:16:52 zJ/5sCaH
***

 マンション前の道路から商店街を抜けて、河川敷まで。
 それがいつものコース。
 まだ早朝だというのに、商店街にはすでに仕事を始めている人の姿があった。

「おはよう、アキラちゃん。今日も早いね」

 声の方向に顔を向けると、行きつけの八百屋の店主が人懐っこい笑顔でこちらを見ていた。

「おはようございます、八百屋のおじさん」
「毎朝、頑張るねぇ。さすがは正義の味方。こりゃ俺もうかうかしてられないな」
「おじさんは運動より先にダイエットすべきだと思う」
「はは、確かに。最近は下っ端スーツ着るのも一苦労でさ」

 ちなみにこの人、悪の組織の下っ端23号だったりする。
 というか、この商店街の男連中ほとんどが悪の組織に所属している。
 この町に来た当初は悪の組織に属している人が普通に暮らしているのを見てびっくりしたものだが、当人達曰く、

『それはそれ、これはこれ』

 という事で、今ではすっかり慣れてしまった。

「お、アキラちゃんじゃねーか」

 八百屋の向かいにある魚屋から、これまた見知った顔の店主が声をかけてきた。
 勿論、彼も(以下略

「おいおい、八百屋の旦那。アキラちゃんのトレーニングの邪魔しちゃ駄目だろ」
「ちょっと挨拶しただけで邪魔なんてしてないさ」
「どうだか……この前も野菜オマケして、手加減してもらおうとか考えてたくせに」
「な! そ、そういうあんただってサービスしてただろ!」
「ふ、甘いな八百屋。俺は『優先的に俺を狙ってもらう』為にサービスしたのさ!」
「な、なんだってー!」
「……」

 前言撤回。あまり慣れてません。
 まあ、彼らは彼らなりに充実してるみたいなので、変なストレスを溜め込むよりは、これはこれでありなのかもしれない。


131:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:17:37 zJ/5sCaH
「あんた、エーコ様FCの誓いを忘れたのか! 『その11:エーコ様以外に踏まれてはならない』を!」
「忘れてなどない! だが戦闘中にヒーローにやられるのは下っ端戦闘員の仕事であり義務であり不可抗力だ!」
「くっ! た、確かにその通りだが……」
「エーコ様に踏まれるのは幸せだ……だが、毎回毎回メインディッシュだけではマンネリで飽きが来てしまう! お前だってたまには甘いデザートを食べたくなるだろう!」
「―っ!」
「エーコ様とアキラちゃん、交互に踏まれ、そして蹴られて事こそ、真の下っ端道を極める事が出来るのだ!」
「そ、そうか! そうだったのか!」

 ビシッ! と私―の足を指差しながら力説する魚屋の店主。
 それを感激した面持ちで見つめる八百屋の店主。
 ……今ここで止めを刺すべきかどうか悩んでいるのは内緒だ。
 いや、それはそれで喜ばれそうな気もするけど。

「……じゃあ、私行きます」
「おう、アキラちゃん、頑張りなよ! 今度はもっと強く蹴ってくれよ!」
「あ、アキラちゃん、僕にも強く蹴っていいからね」
「分かってくれたか、八百屋の旦那!」
「ああ、兄貴! 一生ついていきやす!」

 なんというか……世界は思ったよりも平和だと思う。
 とりあえず、今度から二人のサービスは断ろう、うん。

「さてと……」

 道草を食った分、少しペースを上げて走りだす。
 このままだと、いつもの時間に間に合わない。
 私は腕を大きく振ると、強く地面を蹴った。
 同年代の子よりも軽く小さい身体は、私の意志通りに加速する。
 スピードに乗ったまま商店街を駆け抜け、路地裏を抜け、河川敷の方へ向かう。
 これなら約束の時間には間に合うだろうが、それでもペースを緩める事はしない。
 そして、川縁の土手を越えて開けた視界の先に―
 
「……お、きたきた。遅かったですね」

 河川敷にある遊歩道で、彼はいつものように待っていた。
 タオルを首にかけて、ゆっくりとした動きでストレッチをしながらこちらに語りかけてくる。

「うん……ちょっとね」

 さすがに悪の組織の人と世間話してました、とは言えず、私は息を整えながら曖昧な返事を返す。
 決めていた時間は朝の6時。
 ちなみにまだ6時にはなっていない。
 それでも彼は、当たり前のように私を待っていた。
 ……それが分かっていたから、私も急いだのだけど。
 歯切れの悪い私の言葉に疑問符を浮かべながらも、彼がそれ以上追及することは無かった。

「……よし、じゃあ今日もやりますか、アキラさん」

 私の息が整ってきた事を確認すると、彼は私に向かって拳を構える。
 さすがに毎日続けている分、構えだけは様になってきた。

「今日こそ一本取りますよ」
「やれるもんならやってみなさい、ヒカル」

 彼の名は緑川ヒカル。
 最近、ヒーローになったばかりの新人であり―そして、私がヒーローになるキッカケを作った人物だ。


132:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:18:47 zJ/5sCaH
***

 ヒカルと一緒にトレーニングをするようになったのは、彼がギガグリーンを受け継いでから暫くしてのことだった。
 ある日、真剣な顔で私に近づいてきたかと思うと、

『黒澤さん、お願いがあるんですが』
『緑川君……何?』
『お、俺に手取り足取り教えてください!』
『……暴漢を撃退する方法なら、今ここでその身に叩き込んであげるけど』

 言い方は紛らわしい(というか完全にアウトだ)が、要はどのようなトレーニングをしているのか教えて欲しいという事だった。
 元々、トレーニングはしていたらしいが、さすがに自己流では不安だったようで私に尋ねたらしい。
 とは言っても、私も別に特別なトレーニングをしている訳ではない。
 とにかく鍛えたいと言うのであれば、赤井さん辺りに教えを請うべきだと伝えたのだが……

『あの人、真顔で太平洋を走って往復して来いって冗談しか言ってくれないので……』

 ……それが冗談かどうかは、彼の為に黙っておいた。
 本気だと分かれば、やりかねないし。

『それで私に聞きに来た、と』
『そうです。他のメンバーに聞こうかとも考えたんですが……』
『……あの二人はあまり参考にならないわね』

 青島さんはトレーニングではなく、ギガスーツ(変身スーツ)を改造する事で戦闘能力を高めている。
 技術部に内緒で勝手に改造しているので、その技術部の評判はすこぶる悪いのだが、その改造の腕は確かであり、青島さんが作ったものが技術部にフィードバックされて、正式採用された武器も少なくない。
 ……問題は自分のスーツだけでなく、他人のスーツまで改造したがるという事だが。
 うっかり彼に強くなりたいなんて言ってしまったが最後、

『とりあえずドリルつけるか』

 何て事になりかねない。
 多分強くなるのだろうが、どう考えてもマッドサイエンティストの発想だ。
 ちなみに私のスーツに勝手にミサイルを取り付けた時は、即座に全弾を青島さんにお返しした。
 どこに付けられていたかは聞かないで。とゆーか、聞くな。


133:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:20:17 zJ/5sCaH
『青島さんは言わずもがな、横山さんも……』
『あの人も特殊だしね……』

 横山さんはパッと見て何か目立つ技能は無い。
 運動能力は平凡だし、頭もよくは無い……というか、ちょっと弱い。
 秀でていると言えば、スタイル位……いや、私だってあと数年すればあの位は―と、話が逸れた。
 とにかく、彼女は普通の人だ。
 唯一つ、ギガスーツとの相性が信じられないくらい良い、という点を除けば。
 ギガスーツにも相性があり、同じくらいの強さの人が着たとしても、相性の良い方が最終的には強くなる。
 生身での戦闘能力で言えば、横山さんはギガレンジャーの5人の中で最弱なのは間違いない。
 でもギガスーツを着ると、横山さんの戦闘能力は一気に跳ね上がる。
 単純な力比べなら、ギガレッド以上かもしれない。
 それほど、彼女とギガスーツの相性はいいのだ。
 一度、彼女になにかトレーニングをしているのか聞いたことがあるのだが、

『食う、寝る、遊ぶ』

 豚になれ―危ない危ない、うっかり本音が漏れた。
 つまりは何もトレーニングしなくても普通に戦えるくらい、彼女はスーツとの相性がよいのだ。
 それはもう、ギガスーツに愛されていると言っていいほどに。
 ギガレンジャーになるには身体能力も大事だが、この相性も同じくらい重要になる。
 いくら身体能力が高くても、相性が低ければギガレンジャーにはなれない。
 ちなみにヒカルはスーツの相性が最低基準に達していなかったのだが、今後に期待と言う事で入隊を許された過去がある。
 私にトレーニングのやり方を聞きに来たのも、その事に負い目があったからだろう。 

『まあ、教えるくらいなら別にいいけど……』
『本当ですか、黒澤さん!』
『でも、一つだけ条件がある』
『な、なんですか』

 教える事自体は別に問題ない。
 ただ、ちょっと引っかかっている事があった。


134:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:21:01 zJ/5sCaH
『黒澤さんって呼ぶの禁止』
『……へ?』

 どんな無茶な条件を想像をしていたのか、彼は間抜けな顔で私を見つめ返す。

『私の方が年下なんだから、敬語なんて使わなくていい。名前もアキラって呼び捨てでいいから』
『で、でも、黒澤さんの方がヒーローとしては先輩ですし……』
『嫌なら教えない』
『う……』

 別に難しい事じゃないと思うのだけど、見た目通りの体育会系の彼の場合、なかなかに難しい事らしい。
 腕を組み、眉間に皺を寄せて、たっぷり30秒は考えて―

『じゃ、じゃあ、せめてアキラさんと呼ばせてください。敬語は努力しま……努力するから!』
『……』
『そ、その代わり、俺の事も緑川じゃなくてヒカルって呼び捨てでいいですから! お願いします!』
『―っ!』

 真面目な目で、彼はじっとこちらを見つめてくる。
 そのまっすぐな視線は、『あの時』とまったく変わっていなかった。

『しょ、しょうがない……それで我慢する』
『じゃ、じゃあ―』
『明日の朝6時に河川敷の遊歩道に来る事。言葉で教えるより、一緒にトレーニングした方が効率がいいでしょう』
『あ、ありがとうございます、黒―じゃなくてアキラさん!』
『遅れないようにね……ひ、ヒカル……』
『ハイ!』

 こうして、私とヒカルは一緒にトレーニングをする事になったのだ。


135:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:21:56 zJ/5sCaH
***

「? どうしたんですかアキラさん? 何か嬉しそうですけど?」
「……気のせいよ」

 昔を思い出していたら、顔に出ていたらしい。
 咳払いして間を取ると、正面で構えているヒカルに向かって私も拳を構える。
 トレーニングと言っても、別に特別な事はしていない。
 子供の頃に護身術として教わった格闘技―太極拳と合気道をベースに私が考えたオリジナルの型を繰り返すだけだ。
 静と動を併せ持った太極拳と、受けに特化した合気道。
 体格的に劣る私には、このスタイルが自分のベストだと確信していた。

「じゃあ、もう一度」
「ハイ!」

 彼の着ているジャージは泥と汗ですでにボロボロだが、そのやる気だけは始めた時とまったく変わっていなかった。

「では―行きます!」

 型と言えば演舞を想像する人もいるが、実際には全然別物だ。
 演舞とは舞であり、芝居。人に見せ、人を魅せる事に主を置いた動き。
 型とは技であり、実戦。自分を守り、相手を倒す事に主を置いた動き。
 その動きを繰り返す事により、相手の動きに対して考えるよりも早く身体が動くように覚えこませる。

「まだ遅い……まだ考えてる」
「ウスっ!」

 勿論、相手が同じ動きをしてくれる訳は無い。
 じゃあ、どうするか。
 簡単な事だ。
 相手がどう動いても対応できるように、沢山の型を覚えればいい。
 実際には人間の身体の構造から出来る動きは限られてくるので、覚えるのは200程度で十分なのだが。
 
「はっ!」

 私の動きに対応して、ヒカルは身を翻らせた。
 右の上段蹴りを左腕でブロックし、がら空きになった私の身体めがけて最短距離で右の拳を突き出す。
 右足はまだ空中にあり、残る片足でできる動きは限られている。
 かわせない間合い。
 だけど―


136:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:22:42 zJ/5sCaH
「甘い」

 ブロックされた右足をヒカルの左腕に引っ掛けるように絡ませ、残る左足で地を蹴る。
 突き出された拳を空中で仰け反りながらかわし、そのままヒカルの左腕を手で取り、全体重をかけてその腕を伸ばす。
 いくら私の身体が軽いとはいえ、突きを出して不安定になっている状態では支えきれるものではない。
 そのまま、絡まりあうように私たちは地面へと崩れ落ちる。

「いたたたたたた! 決まってる! ギブ! ギブです!」

 右腕でバンバンと地面を叩きながら、ヒカルは情けない声をあげる。
 いつもは男らしい彼だが、こういうときに出す声はちょと可愛い。

「すいません、マジ決まってますから! 変な音なってますから! ミシミシって! 筋がー骨がー!」

 さすがにこれ以上はマジ泣きしそうだったので、ちょっと勿体無く思いながらも手を離した。
 一応、きちんと見極めて極めていたので、後に残るような痛みは無いはず……多分。

「また同じ間違いをした罰……今のはスウェーでかわすか、右足を取りにいくって教えたはず」
「あ、そ、そういえば……」

 体格がいい分、それに頼った戦い方をするのが彼の悪い癖だ。
 軽い私の蹴りだから簡単にブロックできただろうが、もしもっと体格のいい相手と戦った場合、ブロックした腕ごと持っていかれる可能性がある。

「まだ完全にスーツに適応できてないのだから、力比べをするのは危険よ……まず、自分の弱さを認めなさい。そこが原点よ」
「はい……」

 スーツの事はずっと気にかけているのだろう、目に見えてしょげ返るヒカル。
 だが、それはれっきとした事実であり、弱点だ。
 それを認め、そして受け入れない限りは強くなれない。

「そろそろ時間ね……じゃあ、今日はここまで」

 時計を一瞥し、時刻を確認する。
 7時。
 ダラダラと長くやるより、時間を決めて集中してやるためにトレーニングの時間は一時間と決めていた。


137:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:23:43 zJ/5sCaH
「ま、まだやれます! 今日は休日で時間もあるし……」
「その腕でやるの?」
「う……」

 ちょっと力を入れすぎたのか、彼の左腕はまだ痛みが残っているようだった。
 ……今度からは、もう少し手加減しよう。

「もっとトレーニングしたいなら、型をちゃんと覚える事。まだまだ遅いから」
「はい……」

 自分の弱さが不甲斐ないのか、ヒカルはうつむいて唇を噛む。
 だが、それも一瞬の事。
 勢いよくと立ち上がり、まっすぐな瞳で前を見て、私に向き直る。
 『あの時』と同じように。

「お疲れさまでした!」

 弱さを認め、不甲斐ない自分を奮い起こし、彼は大きな声で叫んだ。
 その叫びは、もっと強くなってやるという決意の表れなのかもしれない。
 私に一礼した彼は、そのまま振り返る事無く土手に向かって歩いていく。
 その後ろ姿を見つめながら、私はしばし逡巡する。

 ―何か声をかけるべきだろうか?

 トレーニングは終わりだが、今日は休日。
 彼が行った通り、時間はまだあるのだ。
 たまには気分転換もいいかもしれない。
 早朝の空は綺麗に澄み渡り、今日は一日いい天気だろう。
 うん、そうだ、もしヒカルに何も予定が無ければ、どこかに―


138:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:24:34 zJ/5sCaH
「ひ、ヒカ―」
「おはよー、緑川くん!」
「あ、亜久野!?」

 私が声をかけようとした、同じタイミングで。
 ヒカルの腕に、見覚えのある女性が抱きついていた。

「な、なんでここに!?」
「緑川くんがここでトレーニングしてるって聞いたから、見に来ちゃった」
「だ、誰に聞いたんだよ!」
「えーと……ほら、ギガレンジャーの黄色の……横山さんだっけ?」
「あ、あの人は……」

 ……横山め……

「……あ、おはようございます。ギガブラックの人ですよね?」

 声をかけようとした体勢で固まっていた私に気付いたのか、彼女が笑顔で問いかけてくる。 

「……そうだけど」
「お互い、この姿でお会いするのは初めてですよね。悪の組織キルゼムオールでブラックレディをやってます、阿久野フミといいます」
「……黒澤アキラよ」

 悪の組織の幹部がにこやかにあいさつしてくるのは絶対におかしいはずなのだが、何故かこちらも名乗らなければいけないような雰囲気なので取り合えず名乗ってみる。
 ヒカルは何を言っているのか分からないという顔でこちらを見ていたが―実際、私も分からなかった。

「いつも、うちの怪人や下っ端たちがお世話になってます」

 お世話した覚えはない―と言おうと思ったが、ふと八百屋&魚屋の店主の顔が浮かんだのでグッと言葉を飲み込む。
 あの商店街でもう二度と買い物はしないでおこう、うん。

「隠れて見させていただいたんですけど、やっぱりお強いですね……でも、こっちも負けませんからね! 同じ黒をイメージするキャラとして、お互い頑張りましょう!」
「う、うん……頑張ろうね」

 な、何を言っているのか(以下略


139:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:25:25 zJ/5sCaH
「って、今の見てたのか阿久野?」
「うん、バッチリ見てたよ! 緑川くんが可愛い悲鳴あげるのも!」
「なるほど……バッチリ見ていて、俺の腕に抱きついてるわけだ」
「えへへー、また可愛い悲鳴を聞きたいなー、なんて」

 この子、可愛い顔してなかなかやるわね……さすがは悪の組織の幹部。

「すまんが、悲鳴をあげる前に気を失いそうなんで離れてくれ……あ、それとアキラさん」
「……何?」

 腕の痛みからだろう脂汗をダラダラと流しながら、ヒカルは首だけを回して私へと尋ねた。

「さっき何か言いかけました?」
「……別に、何も」

 そう、別になんでもない。
 あなた達がこれから二人でどこに行こうと、私にはまったく関係無いから。

「そ、そうですか……」

 私の言葉に何かを感じ取ったのか、ヒカルは怯えた顔で言葉を返す。

「緑川くん、お弁当作ってきたから一緒に食べよっか。朝食まだでしょ?」
「あ、ああ……とりあえず腕を放してくれないか」
「あ、そうだ黒澤さんも一緒に食べませんか? みんなで食べた方が美味しいですし」

 彼女の方はまったく何も感じていないようで、無邪気な笑顔をこちらに向けてくる。
 もしこれが分かっていながらこの笑顔なのだとすると、この女、とんだ女狐だ。
 まあ、さすがにそれは穿ち過ぎだろうけど。

「私は……遠慮するわ」
「そっかー、残念」
「いや、そろそろ腕を……」
「あ、ちょうど向こうにベンチあるね! 行こう、緑川くん!」
「ぎゃああああーーー! 筋がー骨がー!」

 空は綺麗に澄み渡り、今日は一日いい天気だろう。
 そんな空の下に響く、ヒカルの絶叫を聞きながら、私はふと後悔する。
 うん、そうだ、こんな事ならいっそ―

「折ればよかった」

 と。


140:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/01/25 22:26:53 zJ/5sCaH
とりあえずここまでです
続きはまた来週……投下できたらいいなぁ

では ノシ

141:名無しさん@ピンキー
09/01/26 20:28:24 d86jvznN
うおお!
復活! 松雪さん、復活!

相変わらず低脳で素晴らしい作品、ありがとうございます

続きを全裸にネクタイ締めて待ってます!

142:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:25:16 bl2ByCWc
121ですが投下します。
あの三話の衝撃やら萌えやらの勢いのまま書き上げてみた。
色々とおかしい所もあると思いますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
はじめてのあく、ジロー×キョーコで。エロは期待しないでくれ…。

143:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:26:41 bl2ByCWc

 それは、お姉ちゃんこと阿九野エーコの言葉から始まった。
 ……多分この人、面白ければそれでいいのではなかろーか。


「えええっ!?ちょっ……!!お、お姉ちゃん、それは……」
「成果見せる度に少しずつ、解りやすいごほーびは与えないとね?」
「で、でも、そんなことするの?」
「言葉だけじゃ、流石にあいつでも感付いちゃうかもしれないからねー。実は改造される気なんて全然ありませんでしたー、なんて知られちゃうと、あいつ何するかわかんないよー?」
「うぅ……でも……」
「それで時間稼ぎして、改造される前に真人間にしちゃえばいいんだから!!キョーコちゃんふぁいとー!!」
「あうぅ……」


「乙女の体はデリケートなんだから、しっかり調べてからにしなよ?ちゃんとやさしーく、ちゃんと素手でね!!」
「むぅ……。しかし科学者としては」
「道具使うのは後!!まずは表面を生でチェック!!いいね?」
「む……。まあいい、改造するにも順序というものがあるからな。心得た!!」



144:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:31:27 bl2ByCWc
 そんなこんなと。
 何だかんだと丸め込まれたキョーコとジロー両名は今。
「よし!!では第一段階、いくぞっ!!」
「うぅ……。もう何だこれ……」
 キョーコの自室でキョーコを改造する前段階、素体の点検を開始しようとしていた。
(優しく、だったな……)
 取り敢えず、それを念頭に。
 キョーコは学校指定の体操服に身を包み、ジローの眼前に座っている。
 本来ならば研究室でじっくりといきたい所ではあるが、生憎キョーコの家にはそんなものは無いし、造ってもいない。
ジローにとって造る事自体は簡単なのだが、間違いなくキョーコが怒るだろうし。
(オレの自室は何故か姉に禁じられたからな……。むぅ。何故だ。その方が色々道具も使えるというのに。……いや、使うのは素手のみ、点検可能箇所も、露出している箇所だけ、という約束だったな……)
 制約はあるが、まぁ仕方ない。そう考え、改めてキョーコを見る。
 正座だ。眉を八の字にした困り顔で、何やらもじもじと足を動かしている。
 口はへの字に結ばれ、先程から一言も発しない。両手はグーの形に固定され、膝の上。
 上目遣い気味にこちらの様子を窺い、目が合うと気まずげに逸らす。
 ……落ち着かないのは緊張の為だろうかとジローは思う。別に痛みなど与えないというのに。
 何せ、いつかは自分の優秀な部下となる大事な体なのだ。
 今回は改造はする気はないし、どうしてもというのなら麻酔を使っても構わない。……それはこちらが拒絶されている様で何だか嫌だな、と自覚無く思いつつ。
「……そう心配するな。別に痛みは無い。少々お前の体を調べるだけだ」
「……健康チェックとかだけじゃダメなわけ?えーと、ほら、なんか機械とかでこうウィーンって。……まぁジローの造ったやつとかだと怖いけど」
「失礼なっ!?……っと。まぁ、今の暴言は許してやろう。姉上との約束だからな。今日は素手のみでやる。
本来ならじっくりたっぷりいじくりまわしたい所だが仕方ない。科学者たるもの、素体の状態を調査し、良好に維持し、調整するのは当然!!それがオレのキョーコの事となれば、それは最早義務だろう!!」
「……あーうん、そーだねー」
 いっそ素晴らしい程に棒読みでキョーコ。
 相変わらず誤解を招きまくる言い方しおって……とも思うが、正直今更だ。
 それに姉に丸め込まれた感もあるが、自分も同意して了承してしまったのだから仕方ない。
キョーコは早々に諦めた。
どうせ何を言ったところで、ジローがやめる筈もないのだ。



145:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:32:54 bl2ByCWc

 ともあれ、最初は腕からだ。
 体操服は半袖である。
 腕をとって、肘辺りから形と感触を確かめる様に撫でる。
「……ん、む……」
「む、痛かったか?」
「あ、ん、いや……」
 吐息に混じった微かな声に反応するジローに、曖昧に返すキョーコ。
 別に痛かった訳ではない。ないのだが……。
「ちょ、ちょっとくすぐったかっただけ……」
 大体がこんな行為をする事自体初めての事である。 腕とはいえ、異性に肌を撫でられる、など。
 くすぐったかったのは本当だが、それだけでもなく。……キョーコ自身にも実際なんだったのかはよく解っていないのだが。
「ふむ、そうか?」
 難しいものだな……などと呟きながら、その行為を再開させる。
 手の平で柔らかく腕を包んでみたり、緩く揉んでみたり、指先でなぞる様にしてみたり。
 丹念に、指の先まで、爪の形まで己の手指に覚え込ませる様に、入念に。
 勿論両腕を、時間をかけてじっくりと。
(むう、やわいな……。この腕で何故ああも破壊力のある攻撃が可能なのか……)
「ぁう……」
(ん?)
 つう、と手の甲に透けて見える血管をなぞる様に触れると、微かな声と共にひくん、とキョーコの体が震えた。
(……もしや触れられるのが苦手なのか?)
 疑問と共にそれは困るな、と思いつつ様子を見ようとして。
「んっ……」
 何かに耐える様な声に、動きを止めた。
(……や、約束だからなっ!!キョーコが触れられる事を苦手としていても、ここで止める訳にもいかんっ!!という訳でさっさと終えてしまおう!!)
 そう言い訳の様に自身を納得させ、何故か凄まじく落ち着かない気分になりながらも、行為を続行した。

146:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:35:06 bl2ByCWc
 そして。
 二の腕に差し掛かった時に脂肪過剰とか余計な事をのたまって殴られたりもしたものの、その行為は滞りなく進み。
 一通りの『調査』が終わる頃。
「……ふむ。こういう感じか。……よし、その時にはロケットパンチ……いや、ドリルの一つでも……」
 満足気に頷き、不穏な事をほざきつつ顔を上げて。
 ……絶句した。
「……お、おぉっ……!?」
 見上げた先にはキョーコの顔。何故か真っ赤で涙目で息を乱してふるふる震えてました。
「……キョ、キョーコ!?どうしたっ!?……ハッ!!どこか痛くしたかっ!?」
 思わずオロオロしつつ問うも、キョーコはぷるぷると首を振るだけで。
「……い、いーから、続き、しなさいよ……」
 そんな事を言うが、その声も些か震えていた。こちらを睨んでいる様だが、なんというかいつもの凶暴性が全く無くてジローは戸惑う。
 涙目も直っていなければ、顔も赤いままで。
(……うぅ……何これ……もー早く終われー!!)
 キョーコの内心はこんな感じだったりするが。
 ジローの手はやはり男のものだけあって大きくて変に意識してしまう所から始まり、触れ方も科学者としてのものなのか存外に繊細で調子狂うし、触れられた場所は何故か熱を持って、くすぐったいだけではない未知の感覚が襲ってくるしで……。
「……ジロー……?」
「い、いや、しかし……」
 続きを促す様に呼ばれ、ジローは戸惑いつつ、ちらりと次の『調査』するべき箇所を見る。
 約束では、今のキョーコの姿の、露出した部分、という事で。
 ……次は足、という事になるのだ。キョーコの着ている体操服はブルマなので、足の付け根から足の先までだ。
(……何か……ヤバくはないだろうか……)
 具体的に何がヤバいのかは解らないが。
 今更事の危険性に朧気にでも気付き、ごくりと唾を飲み込むジローであった。


147:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:37:33 bl2ByCWc


 取り敢えずベッドに腰掛け『調査』の続き。
 双方共に、動きがぎこちないのは仕方ない。
「いっ、いくぞっ……」
「へ、変なとこ触るんじゃないわよ!?」
「触るかぁ!!」
 そんなやり取りをして、多少空気も変わったが、払拭する程のものでもなく。
 変な緊張感のある中、腕の時と同じく形を確かめる様に、まず足の外側を手の平で包み、腿から下へゆっくりとなぞっていく。
「んっ……」
「………」
 内腿に手をかければ体ごと揺れ、息を詰めたのが解る。
 ジローの手にも、随分と柔らかな感触が残り。
「ひゃぅ……」
「………………」
 肌を撫でる度に、ぴくぴくと微かな反応を返し、普段ならば出さない類の、吐息混じりの声を漏らす。
「っ、ん……!!」
「………………………」
 ちろりとキョーコの顔を見てみれば、頬を紅潮させ、汗ばみながら息を乱し、与えられる感覚に目を閉じて耐えている様がありありと。
(………………………………集中できんんん!!)
 色々と常人からは外れていても、健全な男子としてはこの状況はなんともアレだ。
(いや!!いやいやいや!!科学者としてこんな事で手を止めるなど!!……くそう、罠かっ!?おのれキョーコめ……おかしな技をっ!!)
 なんという冤罪。というか寧ろ言いがかり。キョーコに言ったら蹴られるだろう、間違いなく。
 しかしキョーコにとっては幸か不幸か口には出さず。
(だがこの程度でオレを止められるなどと思うなよキョーコ!!)
ギラリと瞳を光らせ、気を取り直し、ジローは行為に戻る。
「ふぁ!?」
「うおっ!?」
と、力が入ってしまったのか、大きな反応と共に悲鳴じみた声が上がり、反射的にキョーコの足から手を離してしまう。
「……な、なんだ、どうした?……痛くしたか?」
「あ……。う、ううん、ちょっと驚いただけ……」
(……ぐぬぅ)
 文句と同時に手やら足やらが直ぐ様出てくるのが常だというのに、よりにもよってこの状況で随分と大人しいキョーコに、ジローは焦る。
 その理由が解らない為、焦りは加速し止まらない。
 行為を続行しようにも、何故か身の内に存在する躊躇いに、手が動かない。
(………………むうぅぅぅ………………)
 内心で唸るも、一向に出口は見つからず。

148:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:39:46 bl2ByCWc
「……どーかした?」
(……お前がそれを言うか……)
 そんなきょとん、とした、無防備な幼い顔をしてこちらの顔を覗き込むのはやめてほしい。ジローは切実に思う。
 しかし、同時に閃いた。
「……むっ!?そうか!!」
「え!?なになに!?」
「……顔が見えるからいかんのだ!!」
「……はぁ?」
「という訳で場所移動だ!!」
「え?え?え?」
 事態を把握できないでいるキョーコを置いて、ジローは場所を移動する。
 ベッドの上、キョーコの背後に回り、すとんと腰を下ろす。
「え、ちょっ……?な、なに!?」
「気にするな。少し角度を変えてみただけだ」
「え、えぇ~……」
「……仕方なかろう。本来なら横になって行う所をそれだけは嫌だとお前が……」
「だ、だって、なんかそれって、その……良い気しないしさぁ……」
 色々と不安な事この上ない。
 ……一応、年頃の乙女なんだしさぁ……とか思うし。ジローに言っても解りゃあしないだろーから言わないけれど。
 そう内心で愚痴ってみるが、当然ジローに伝わる筈もなく。
「とにかく続けるぞ!!」
「……うー」
 もうどーしようもないので好きにさせるキョーコである。
 ……ところで。
 今の状態を改めて考えてみると。
(……顔が見えなくなって気が散らなくなったのはいいが……これは……)
(……な、なんか密着度が高くなってない?これ……)
 そりゃあ背後から足の『調査』となれば。キョーコを腕に抱え込む形にもなる訳で。
(……しまった……この体勢……無理がっ……!!)
 失策に気付き、ぎりっ、と歯を軋ませるジローの目に入ってきたのは、キョーコのうなじ。
(………………こ、孔明の罠っ!!)
 ジローは混乱している!!
 とまぁ、そんなネタはともかく。
 今回の『調査』は、露出部分に限る、との事で。
 つまりは、顔やら、うなじやら、首筋やらもその対象となる訳で。
(……使うのは素手のみ。しかし……)
 なんというか。
 この箇所に使うのは。

   かぷ

「ひゃう!?」
 ……口、もしくは歯。そして。

   ……ぴちゃ

「やっ、ふぁ!?」
 ……舌、とかではないだろうか、と。
 考えて導き出した答えでも、唐突に浮かんだだけの発想でもなく。自覚なくただそうしてみたいと思ったその欲望に、ジローは忠実に従った。
「なっ、ななっ、なにをっ!!」
「……皮膚の薄い場所の『調査』は、ここで行うのが丁度良いだろう」
「ちょっ……いやそれはちょっと!!」
 慌てて振り返り、その行為を止めようとするが、目が合った途端にキョーコの方が動きを止めた。ジローのいつになく真剣な瞳に捕らわれた様に、体が動かない。
(え?え!?ちょっ、なにこの展開!?)
 わたわたしつつ、取り敢えずジローから離れようとするも、ジローの腕に阻まれて。
 するり、と首筋を撫でられ、頬を手に包まれ。
「……『調査』だ」
 常時より低い声に、鼓膜を震わせられた瞬間。
「……んぅっ……」
 唇を、塞がれた。

149:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:41:40 bl2ByCWc

─とか、やっぱりこんな感じ?」
 朗らかというか、とぼけたというか。
 ほんわかした空気を纏いつつ、にこにこしながら一通りの妄想を語り終えてそう言うのは、左右に一房ずつくくった髪を前に垂らした少女。
 キョーコの友人、ユキである。
 その眼前には妄想の犠牲になった本人、キョーコが机に突っ伏している。
 そしてキョーコのもう一人の友人アキ。……こちらは語られた妄想の内容っぷりにぐはぁ!!と叫び、ショートしたまま固まっていた。彼女のポニーテールはぷらぷらと揺れているが。
「……なっ……何でそんな話にっ!!」
「えー、だってー……ねぇ?」
「意味ありげなその顔と態度やめー!!何でそんな展開になんなきゃなんないのよー!!」
 うわーん!!と涙飛び散らせつつそう抗議するも、全く効果は得られずに。
「大丈夫!!はぢめては不安だとは思うけど、きっとその内慣れるから!!」
「会話になってないぃー!!」
 頭を抱え絶叫するキョーコ。援軍は期待できない。
「何だ!?どーしたキョーコ!?」
「ふぎゃーーーっ!?」
 代わりにいらん奴が来た。
 妄想の犠牲者その2、阿九野ジローその人である。
「う、うわわわわ」
「む?どうした?」
「わあぁっ!!ちょっ、待っ!!」
 妄想語りの内容が内容だっただけに、思わず顔を赤くして後退る。
「ええいわからん!!ちゃんと説明をしろ!!」
 と、その分の距離を一気に詰め、ジローがキョーコの腕を掴む。
「あ゛」
「む?」
 固まるキョーコ。その反応に怪訝そうな声を漏らすジロー。
 そんなジローの目の先、キョーコの顔が真っ赤に染まっていく。更に瞳が潤み、涙目に。
 眼前でのその変化に、ジローもぎしっ、という擬音が聞こえてきそうな程に解りやすく固まった。
「……どうっすか、解説のユキさん」
「いやー、ギャラリーがいる時点でこの先は見込めませんねー」
 そして、友人二人の見守る中。
「ばかーーーーっ!!!」
「何故だぁぁぁっっ!!?」
 キョーコの黄金の右により、ジローはお空の星になるのだった。
 やはり解説のユキさんの言葉通り、残念ながらこの先は見込めなかった様です。


 とはいえ。

「……ううっ、ちがう、ちがうぅ……!!あたしはあんな妄想みたいにはなんないんだからーーっ!!」
 自室にて頭を抱え、涙目で吠えるキョーコと。

「……何だあの反応は……。……ああもうわからん!!かわいいのはいいが何なのだあの反応は!?……いや待てオレ今何言った!?」
 同じく自室でどうしようもなく混乱しまくるジローはともかく。

「……ほほう」
 二人の様子に怪しい笑みを浮かべつつ、きらりんと瞳を光らせるエーコお姉ちゃんがいる時点で、この先どうなるのかは解らないのであった。


150:名無しさん@ピンキー
09/01/27 05:45:11 bl2ByCWc
終わります。
まだどーなるか解ったもんじゃないので妄想オチに逃げてみた。
そして本番まではいかなかった。すまない。
お目汚し失礼しました。

151:名無しさん@ピンキー
09/01/27 09:59:50 bb7+pwiS
ありがとうありがとう
存分にニヤニヤさせて頂きました

152:名無しさん@ピンキー
09/01/27 10:36:56 hhsWgZUJ
すばらしかSSやね。

153:名無しさん@ピンキー
09/01/27 15:32:58 DYGCAmu9
ナイス低脳!

154:名無しさん@ピンキー
09/01/27 15:47:15 8EsYdKjo
松雪氏も122氏もGJ!

このまま、盛り上がっていきますように

155:名無しさん@ピンキー
09/01/28 01:24:01 JdxUxbqF
松雪氏、GJ

121氏、「阿九野」ではなく「阿久野」な

156:121
09/01/28 02:20:38 lEma78F5
>>155
うわすまん!!原作読みながら書いた筈なのに、それと思い込んでた様だ…。
そしてレスしてくれた人達ありがとう。
次書く事あったら気をつけます。

157:名無しさん@ピンキー
09/01/30 09:48:31 Ty+w71xN
久しぶりに来たら…何だこのGJっぷり!? けしからん(笑)

158:名無しさん@ピンキー
09/01/31 00:44:18 OSnv0JcJ
もうね、低脳。まじで低脳。さいこう。
すんばらしい。

159:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:51:45 dvIKZTux
>>139からの続きです

160:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:52:41 dvIKZTux
***

 私の元に『正義の味方』となのる人達が現れたのは、中学に入ってしばらく経った頃だった。

『近頃はどこも人材不足で、ヒーロー候補を探すのも一苦労なんだ』

 テンガロンハットをかぶった男性が、苦笑しつつ私に話しかける。

『だから……もし君にその気があるなら、一緒に地域の平和を守ってみないか?』

 胡散臭いにもほどがあるその台詞。

『興味ないです』

 勿論、そんな戯言を信じるような私ではなかった。

『他に用事が無いのなら、失礼させていただきます』
『え、あ、ちょ、ちょっと!』

 まだ何か言いたげな男性を尻目に、私はさっさと歩き去る。
 さすがに何度もこんな事があれば、断るのもすっかり慣れてしまう。
 実際、似たような誘いは他にもあった。

『一緒に世界を目指さないか?』
『一緒に世界を征服しないか?』
『一緒に二人だけの世界で暮らさないか? ハァハァ』

 さすがに最後のは何か犯罪の匂いがしたので、警察に突きだしたが。

『……めんどくさい』

 人に必要とされるのは悪い気はしない。
 でも、そのどれもが『私』ではなく『私の能力』が目当てなのだと分かっていた。

 ―自分では何の努力もせず、ただ人を当てにするだけ。

 そんなツマラナイ世界は、学校の中だけで十分だ。
 最初のうちは丁寧に断りの言葉を作っていたが、やがてそれも面倒になって、結局はさっさと断わるようになった。
 下手に丁寧に断わるよりも、問答無用で断わってしまったほうが後腐れが無いと気付いた事も理由の一つ。
 どんな誘いでも、にべも無く断れば普通はもう来なくなる。

161:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:53:31 dvIKZTux
 来なくなる―はずだった。
 
『やあ、また会ったね』
『……』

 この自称正義の味方は普通ではなかったようだ。

『また来たんですか?』
『諦めが悪いのと、負けず嫌いなのが自慢でね。たとえジャンケンでも勝つまでやめないのがモットーなんだ』
『……凄くはた迷惑なモットーですね』
『はは、そう褒められると照れるな』
『褒めてないです』

 勿論、今回も速攻で断わった。
 それでも、この男性は次の日も、その次の日も私の前に現れた。
 自分で言うだけあって、諦めが悪いのは本当らしい。

『……どうしようかな』

 夕暮れの河川敷で、私は川面を見つめながら考えていた。
 赤井と名乗った男性は、結局毎日のように私の前に現れては正義の味方にならないかと勧誘していた。
 それだけ本気で誘ってくれているのは分かったし、それだけ必要とされているのは嬉しかった。
 だから、私は迷っていた。
 この人達なら、ツマラナイ日常を変えてくれるんじゃないか、と。
 だけど、私は迷っていた。
 結局、どこに行ってもツマラナイ日常のままなんじゃないか、と。

『おねえちゃん、どうかしたの?』

 ふと横を見ると、犬を連れた少女が心配そうにこちらを見ていた。
 散歩中らしいその少女は、膝を抱えながら思考にふけっている私の姿を、具合が悪いのと勘違いしたらしい。

『ううん、なんでもない。ちょっと考え事してるだけ』
『かんがえごと?』
『そう……これからどうしようかな、って』


162:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:54:45 dvIKZTux
 少女を心配させないように、私は笑顔で言葉を返す。
 それでも少女はまだ心配そうに私の顔を覗き込む。

『なやんでるの?』
『なやんでる……うん、そうだね、悩んでる』

 少女の問いかけに、私は素直にうなずく。

『……どうしようか悩んでるんだ。やった方がいいのか、それともやらない方がいいのか……どっちがいいのか分からなくて』

 まだ小学校にもあがっていないだろう少女にこんな事を言ってもしょうがないのは分かっていた。
 それでも打ち明けたのは、誰でもいいから聞いて欲しかったからかもしれない。

『? えーと……』
『ふふ、ごめんね、まだ分からないよね』

 案の定、少女は頭に疑問符を浮かべながら小さく首を傾げる。
 だけど次の瞬間、少女は何かを思い出したように顔をあげた。

『えっとね、となりのにーちゃんが言ってたよ。『やらずにこうかいするくらいなら、やってからこうかいしろ』って』
『―っ!』

 きっと、その少女はその言葉の意味を理解して言ったわけではないのだろう。
 その言葉を少女に伝えた人も、少女が理解するとは思わずに言ったのだろう。

『そっか……そうだよね』

 だけど、私にはその言葉が理解できた。
 どうやら私は、私が思っていた以上に臆病になっていたらしい。

『ごめんね、心配かけて。でも、もう大丈夫』

 少女にもう一度笑顔で答える。
 今度は少女も笑顔を返してくる。
 子供というのは、私が思っている以上に感情に敏感なのかもしれない。

163:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:55:27 dvIKZTux
『どういたしまして。じゃあね、おねえちゃん!』
『うん、じゃあね』
『行こう、シロ!』

 犬と一緒に元気よく駆けていく少女を見送ると、私はゆっくりと立ち上がる。
 うん、そうだ、何を迷っていたんだろう。
 どうせ今のままでもツマラナイんだ。
 だったら、やってみてもいいんじゃないか。
 それでツマラナイままだったら、その時に考えればいい。

『あの子に感謝しなきゃ……って、あれ?』

 少女が駆けていった方向にもう一度視線を送ると、駆けていったはずの少女がこちらに戻ってきていた。
 だが、何か様子がおかしい。
 見ると、さっきまで一緒にいた犬がいなくなっている。

『おねえちゃん! シロが! シロが川に!』

 私を見つけた少女は、半泣きになりながら私にすがり付いてくる。
 その慌てように、私も慌てて少女の視線を追う。
 少女の視線の先―それは川の中。
 そこに、先ほどまで少女と一緒にいた犬がいた。

『ちょうちょ追いかけて、水の中に落ちて、引っ張ったけど助けられなくて―』

 慌てている少女の口ぶりから、大体の事情は把握できた。
 半泣きになっている少女をなだめながら、私は周囲を見渡す。

 ―駄目だ、誰もいない。

 誰かを呼びに行く? いや、そんな時間は無い。


164:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:56:19 dvIKZTux
『いい、落ち着いて聞いて。今から誰かを呼びに行ってくれる?』
『う、うん! おねえちゃんは?』
『私は―シロを助けに行くから』

 そう言うと、私は川へ向かって走り出す。
 シロと呼ばれた犬は、流されながらもこちらに向かって泳いでいるが、川の流れは予想以上に速く、このままでは岸にたどり着けないだろう。
 躊躇している時間は無い。

『えい!』

 勢いをつけて飛び込み、シロの元へと泳ぎ始める。
 川の流れに苦戦しながらも、私はなんとかシロの元へとたどり着く。
 よし、あとは岸に帰れば―

『くっ!』

 岸までは10メートルほどの距離。
 でも、その10メートルが遠かった。
 せめて上着だけでも脱ぐべきだったと、今更な思考が頭をよぎる。
 身体に絡みつく服を疎ましく思いながらも、私は必死で岸へと向かう。
 あと7メートル……5メートル……
 時間にすればほんの数十秒の事なのだろうが、私には何時間にも感じられた。
 だけど、岸まではあと3メートルもない、これなら―

『痛っ!』
 
 鈍い痛みが私のふくらはぎを襲う。
 足をつった!?
 こんな時に!?
 痛みに身を捩らせながら、せめてシロだけでもと、岸へ向かってシロを押し出す。
 押し出されたシロは必死で泳ぎ、なんとか岸へとたどり着く。
 よし、あとは私も―
 腕の力だけで身体を浮かせようとするが、濡れた服が邪魔をする。
 足はもう使い物にならない。

 ―あと少し、もう少しなのに。


165:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:57:15 dvIKZTux
 すでに泳いでいるというより、もがいているといった方が的確な表現だろう。
 それでも私は必死に岸へと向かう。
 だが、水の流れは無慈悲に、そして残酷に私を岸から引き剥がす。
 駄目、もう―

『諦めるな!』

 諦めかけた、その時。
 私の腕を掴む、力強い腕。
 そして次の瞬間、私は岸へと引っ張り上げられていた。

『大丈夫か?』

 吸い込んでしまった水に咳き込みながら、私はその声の主へと視線を移す。
 そこには先ほどの少女と、助けた犬と、そして―

『まったく、無茶するなよ』

 ずぶ濡れになりながらも、心配そうに私を見つめる彼がいた。

『あのね、となりのにーちゃんが近くにいてね―』

 どうやら少女にさっきの言葉を吹き込んだ張本人らしい。

『あ、ありが―』
『お礼はいいから安静にしてろ。足つってるんだろ』

 そう言うと、彼は私の足に手を伸ばす。

『な、何を!』
『準備運動もせずに飛び込むからつるんだ。焦っていたのは分かるけど、ちゃんと準備は怠るなよ』
『いや、そうじゃなくて―』

 私が何かを言いかける前に、彼は私のふくらはぎに手を這わせ、ぐっと力を入れて足を伸ばす。


166:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:58:00 dvIKZTux
『痛っ!』
『ほら、じっとしてろ。ちゃんと伸ばさないとまたつるぞ』

 だからそうじゃなくて……もういいや、どうでもよくなってきた。
 とりあえず、彼が私を助けてくれたのは事実なんだ。
 もし彼が助けてくれなかったら、私は確実に沈んでいただろう。

『……もういいか』

 十分に時間をかけて伸ばした後で、彼はやっと私の足から手を離した。
 そっと足を動かしてみる。
 まだ少し痛みは残っていたが、またつるという事はなさそうだ。

『よし、大丈夫そうだな。それじゃあ……』

 その様子を見て、やれやれといった感じで彼は私の顔を正面から覗き込むと―

 パンっ!

 私の頬を、平手で叩いた。

『何やってるんだ!』

 そして、怒声。

『たまたま俺がいたからいいものを、誰も来なかったらどうするつもりだったんだ!』

 叩かれた頬に手を当てながら、私は驚愕の表情で彼を見る。

『なんでも一人でやろうとするな! あのままだとお前が溺れていたんだぞ!』
『で、でも……誰もいなかったから……』
『俺がいただろうが!』


167:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 22:59:19 dvIKZTux
 ―!

『いいか、必ずどこかに正義の味方はいるんだ! 困ったらとりあえず呼べ。必ず来るから。それでも来なかったら……俺が来るから』

 冷静に考えれば滅茶苦茶な事を言っているのだが、それでもなぜかその言葉は説得力があった。
 彼は必ず助けに来てくれる―そう、思えた。

『……すまん、つい熱くなっちまった』

 ふと我に返ったのか、彼は気まずそうに頭を掻く。

『ごめんな、叩いて。痛くないか?』
『う、ううん……大丈夫』

 痛くは無かった。
 ただ、熱かった。
 それがなぜかは分からなかったけれど。

『だめだよにーちゃん、おねえちゃんを叩いたら!』
『あ、ああ、すまん』
『おねえちゃん、大丈夫?』
『う、うん、大丈夫』

 横で見ていた少女が、心配そうに私を覗き込む。

『えっとね……ありがとう、シロを助けてくれて』

 そして少女は、精一杯の笑顔を私へと向けてくる。

『え、あ、でも……』

 最終的に助けたのは私じゃなくて……
 困ったように彼に視線を移すが、彼は笑顔を浮かべながら首を振る。


168:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 23:00:22 dvIKZTux
『シロを助けたのはお前だから』

 そう言って、彼は立ち上がる。

『さっきはつい熱くなって、あんな事言っちまったけど、お前は頑張ったよ。躊躇なく川に飛び込める奴なんて、そうそういない』

 少女の頭を撫でながら、彼は私を見る。

『だからさ、もし、お前にその気があるなら……』

 恥ずかしそうに一瞬言いよどみ、それでもすぐに顔を上げて。

『ヒーローにならないか?』

 そして、まっすぐに私を見つめながら、彼は言った。

『……ヒーロー?』
『ああ、俺もヒーローになりたくて正義の味方の基地で働いてるんだけど、お前ならきっと立派なヒーローになれると思うんだ』
『にーちゃんはまだ下っ端だけどね』
『い、いつかはちゃんとヒーローになるぞ!』

 からかう様に呟く少女に、彼は慌てて言い返す。
 正義の味方……という事は、赤井さんの言っていた組織なのだろうか。

『まあ、無理にとは言わないけどな。でも、少しでもその気があるのなら、一緒に頑張ってみないか?』
『一緒、に……』
『ああ』
『か、考えとく……』

 口ではそう言ったものの、どうするかはすでに決めていた。
 少なくとも、ツマラナイって事は無さそうだ。
 ―彼と一緒ならば。


169:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 23:01:04 dvIKZTux
『よし、じゃあ俺はもう行くぞ。まだトレーニングの途中だったしな』
『ま、待って!』
『ん、何だ?』
『あ、えと、その……ありがとう』

 消え入りそうな声で呟いた私に、彼は満面の笑みで答える。

『この位、正義の味方なら当たり前のことだから』
『そ、それと……』
『ん、まだ何かあるのか?』
『……まだ、名前聞いてない』
『え……あ、ああ、そうか』

 うっかりしてた、とばかりに彼は頭を掻く。
 そしてゴホンと咳払いをしてしばしの間を取ると、ビシっと自分を指差して―

『俺の名前は緑川ヒカル。ヒーロー見習いだ』

 ―それが彼の初めての名乗りであり、そして私との初めて出合いだった。

 その後、私は両親と喧嘩別れするように正義の味方の一員となり―気付いたら彼よりも早くヒーローになってしまったのはちょっとした誤算。
 そしてもっと大きな誤算だったのは―彼が私のことをまったく覚えていなかった、という事なのだが。
 でも、まあそれは―

『おねえちゃん、大丈夫?』
『え? う、うん、大丈夫だよ』
『でも、なんか顔が赤いよ? 風邪?』
『これは……ふふ、なんでだろうね?』
『……変なおねえちゃん』

 もう少し先のお話。


170:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/02 23:03:28 dvIKZTux
とりあえず、ここまでです

おかしいな……こんなに長くなるはずじゃなかったのに
来週で終わるといいなぁ……ノシ

171:名無しさん@ピンキー
09/02/02 23:07:58 Z/F+QM2q
て、低能じゃあっ!!
今宵は低能祭りじゃあっ!!

続きも楽しみにしてますっ

172:名無しさん@ピンキー
09/02/03 09:34:27 8VDZJl8H
GJ!

アキラかわいいよアキラ

173:名無しさん@ピンキー
09/02/04 11:21:23 F7PuUDah
GJすぎるよ…

174:名無しさん@ピンキー
09/02/08 02:41:08 NzdTfy7L
保守

175:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:12:50 /eg6UkjP
>>169の続きです


176:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:13:38 /eg6UkjP
***

 トレーニングを終えた後、私はなんとなくギガレンジャーの基地へと来ていた。
 家でゴロゴロしようかとも考えたが、こんないい天気に引き篭もるのはやはり勿体無い。
 ……まあ、基地に行ってもやる事は無いので、ゴロゴロする場所が変わるだけなのだけれど。
 
「はぁ……」
 
 そこらに転がっていた少女漫画をパラパラと捲りながら、私は溜息をつく。
 それでも一人でいるよりは、余計な事を考えずにすむのはありがたかった。

「ヘイ、そこの少女! 辛気臭い顔してるじゃなーい!」

 ―こんな風に、絡んでくる人がいるから。

「辛気臭いのはいつもの事です」
「自覚してたんだ……って、若い身空でそんな枯れてちゃ駄目でしょ!」

 余計なお世話だ。

「それよりもなんですか横山さん、急に抱きついてきて」
「んー、アキラちゃんはいつも抱き心地いいにゃー」
「頬擦りしないでください……あと、当たってるんですけど」
「当ててるんだもん」
「……出てる腹を当てて喜ぶとは、特殊な性癖をお持ちですね」
「そっちは当ててないし、出てない!」

 この無駄にハイテンションな人は横山チサさん。
 ギガレンジャーの一人、ギガイエローであり、私の先輩であり、ちょっと頭の弱い人だ。

「……なんか今、失礼な事考えなかった?」
「気のせいです」

 あと、無駄に勘が鋭いってのも追加で。
 横山さんはしばらく私に頬擦りした後、やっと満足したのか、拘束していた手を離す。

177:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:14:20 /eg6UkjP
「ふー、充電完了。これであと二時間は戦える」
「その電池はもうヘタっているので、交換する事をお勧めします」
「二時間毎に充電すれば大丈夫!」
「なるほど……だが断る」
「もー、アキラちゃんは可愛いのに、ちょっとぶっきらぼうなのが玉にキズね」
「ぶっきらぼうなのは生まれつきです」
「そんなんじゃモテないよ?」
「……余計なお世話です」

 そう、本当に余計なお世話だ。

「せめて服装だけでも女の子っぽくすればいいのに。いつも制服かジャージじゃない」
「学生の正装は制服です。私服にしても動きやすい方が好きなので」

 可愛い服に興味が無いわけではない。
 でも、どうせ私に似合うような服なんてないのは分かっていた。
 似合わない服を着るくらいなら、ジャージでゴロゴロする方がよっぽどいい。

「やっぱり枯れてるわねー……でも、動きやすくて可愛い服があればいいのよね?」
「……まあ、そんな服があるのなら考えますけど」

 私のその言葉に、横山さんは嬉しそうに含み笑い。
 ……なんだろう、この嫌な予感は。

「ふっふっふ……じゃじゃーん!」

 彼女はどこからか大きな袋を取り出すと、その中身をもったいぶった動きで私の眼前に晒す。
 出てきたのは―

178:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:15:01 /eg6UkjP
「……なんですか、これ?」
「動きやすくて可愛い服、よ」

 出てきたのは、黒い生地に白いフリルをあしらった―あしらったと言う言葉で表現していいものか迷うほどに大量のフリルを纏ったロングドレス。
 俗に言う、ゴシックロリータドレスだ。

「……」
「可愛いよね?」
「……まあ、確かに」

 可愛い、のは認めよう。
 しかし、どう考えても動きやすいとは思えない。

「ふふふ、アキラちゃんが何を考えてるのかは分かるわ。確かに、お世辞にも動きやすそうには見えない服よ。でも……」

 またもやもったいぶった動きで、横山さんは手に持っていたドレスを空中に放り投げる。
 次の瞬間、横山さんの手には機関銃が握られており、それは空中に投げたドレスへと狙いを定めていた。
 ―そして、銃声。
 大量の弾丸に晒されたドレスは、一瞬で無残なボロ布に……って、あれ?

「へへー、すごいでしょ、これ」

 嬉しそうな表情で、横山さんは床に落ちたドレスを手に取る。
 それは穴どころか傷すらもなく、たった今まで機関銃で打ち抜かれていたとは思えない状態だった。

「……なんですか、これ」
「ふふふ、うちの技術部特製のゴスロリ服よ。防弾、防刃だけじゃなく、防熱、防水、防塵も完璧。伸縮性も高いから動きにくさも無し。しかも洗濯機で洗えるのよ」
「……」
「あれー、なんか反応悪いね?」
「いや、まあ……なんというか……」
「せっかく技術部がアキラちゃんの為に、持てる最高の技術を結集して作ったのに」


179:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:16:00 /eg6UkjP
 ……技術の無駄遣いとは、きっとこういう事を言うのだろう。
 うちの技術部は力を入れる部分を間違っていると思う。

「その……横山さんと技術部の心遣いは嬉しいのですが、さすがにこれは私には似合わないかと……」
「えー、そんな事無いって」
「どちらかというと、横山さんの方が……」
「ゴスロリは胸が無い方が似合うって」

 ―どうしてやろうか、このビッチ。

「……あー、その、ゴメン。満面の笑顔で殺気振りまくのはやめてくれないかな」

 怯えた顔で私から視線を外す横山さんを、私は溜息と共に見る。

「とにかく、こんな服は私には似合いません。着るつもりもありません」
「……汗臭いジャージよりはいいと思うんだけどなー」
「っな!」

 思わず、自分のジャージ服に視線を落としてしまう。

「ちゃ、ちゃんと洗ってます! 汗臭くなんてありません!」
「知らぬは本人ばかりなり、ってね。今日もそのジャージでヒカル君とトレーニングしてきたんでしょ? その汗臭いジャージ姿で手取り足取りやってきたんでしょ?」
「紛らわしい言い方しないでください! それに汗臭くないですから!」

 そ、そうよ、汗臭くなんて……ないよね?

「まあ、汗臭いかどうかはともかく、たまには気分を変えてみるのもいいんじゃない? この服着たらヒカル君もやる気出すかもしれないよ、別の方向に」
「どんな方向ですか! そ、それに、ヒカルとはあくまで真面目にトレーニングをしてるだけで―」
「へー、真面目に、ねー」
「そ、そうです!」

 楽しそうな視線を向けてくる横山さんから視線を外すと、私は読んでいた漫画に視線を戻す。
 読んでいたと言っても、ただ絵を目で追っていただけで、内容はさっぱり頭に入っていないのだけれど。


180:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:16:53 /eg6UkjP
「うーん、せっかく作ったのを捨てるのもなんだし……そうだ、フミちゃんにあげようか!」
「っ!」
「フミちゃんはアキラちゃんと違ってスタイルいいけど、私よりは似合いそうだし」

 ……わ、私だって、あと二年すればあのくらいは……

「ん? なにか言ったアキラちゃん?」
「いえ、何も」

 そう言いつつ、動揺しているのはバレバレだろう。
 むしろ、私の反応を見るために彼女の名前を出したのかもしれない。

「そうそう、フミちゃんと言えば、昨日街中で会ったのよ」
「……」
「で、色々と雑談したんだけど」
「……」
「……どうだった?」
「……何がですか?」

 確実に分かって言ってるのだろう。

「……彼女と会ったんでしょ?」
「……何のことですか?」
「またまたー、とぼけちゃって」
「……」

 口元に小さく笑みを浮かべながら、横山さんは私の顔を覗き込む。
 彼女が何を言ってるのかは分かる。
 分かるけど、それを認めるのは癪なので気付かないフリで無視する。
 せっかく忘れかけた『余計な事』を思い出すのも癪だった。

「会ったんでしょ、フミちゃんに?」
「……」
「もしかしたら修羅場になるかなー、とか思ってたんだけど、その様子だと戦う前に逃げたみたいね?」
「……仕事でならともかく、日常生活で私と彼女が戦う理由はありませんから」
「へー、ないんだ」
「ないです」
「ヒカル君と彼女が仲良くしてても?」
「ヒカルと彼女が仲良くしようが、イチャイチャしようが、子作りしようが、私には何も、まったく、これっぽっちも関係ありませんから」


181:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:18:08 /eg6UkjP
 即答。
 そう、ヒカルと彼女が何をしようが関係ない。
 だから、私と彼女が戦う理由なんて―

「じゃあ、なんでそんなにショック受けてるのかな?」
「……別にショックなんて受けてません」
「本当に?」
「本当です」
「ふーん……あのさ、アキラちゃん」
「なんですか?」
「漫画、上下逆だよ?」
「……これは漫画を読みながら脳を鍛えるトレーニングで、高尚な趣味であり、凡人には理解できない深い意味があるんです」
「へー……」
「……」

 さすがに無理があったので、ジト目で睨む横山さんから逃げるように視線を外す。
 なんという失態。さすがにこれは言い訳できない。
 というか、今まで気付かなかった私も私だ。
 ……横山さんが言う通り、それほどショックだったのか。

「……」
「……?」

 ネタにされてからかわれるかと思ったけど、返ってくるのは無言のみ。
 不思議に思って横目で伺い見ると、横山さんは真面目な表情でこちらを見ていた。

「はぁ……これは本当に重症だわ」
「……なにがですか」
「アキラちゃん、我慢は身体に毒よ?」
「横山さんのように欲望に忠実に生きるのもどうかと思いますよ? 体重的に」
「だ、ダイエットしてるもん! まだセーフだもん! 2ストライクからバントで粘ってるもん!」

 それはアウトだ。


182:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:18:57 /eg6UkjP
「ゴホン……と、とにかく、アキラちゃんはもっと素直になっていいと思うよ」
「……私は素直ですよ」
「本当に素直だったら、そんな顔はしないわ」

 思わず、自分の顔に手を当ててしまう。
 今の私はどんな顔をしているのだろうか。

「その様子だと、自覚はあるみたいね」
「な、何のことですか?」
「……言わなきゃ分からない?」
「だから、何のことだか―」
「あ、ヒカル君」
「えっ!」

 とっさに振り返るが、そこには誰もいない。

「嘘だけどね」
「……」

 振り返った姿勢のまま固まる私の頭を、横山さんはポンポンと叩く。

「いつもはクールなのに、こういうのは分かりやすいね、アキラちゃん」
「…………いつからですか?」
「ん?」
「いつから……気付いてたんですか?」

 私の疑問に、横山さんはぽりぽりと頬を掻きながら答える。

「んー……なんとなく最初からそんな感じはしてたんだけどね。あ、でも安心して、それに気付いてるのは私くらいだから」
「最初から……」
「と言っても、あくまでそんな気がしてただけで、それが疑念に変わったのもつい最近の事だし」
「……」
「分かってるみたいね。そう、フミちゃんとヒカル君が付き合うようになってからよ」


183:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:19:45 /eg6UkjP
 その言葉で、私の脳裏にあの日の出来事が鮮明に浮かび上がってくる。
 ヒカルが、阿久野フミの告白した日の事が。

「アキラちゃん、あの日からちょっとおかしかったよ。なんというか……ピリピリした感じで」
「……そう、ですか」
「自覚あった?」
「少しは」

 出来るだけ外には出さないように気をつけていたけれど、私もまだ修行が足りないようだ。

「で、昨日ちょうど良く街でフミちゃんに会ったから、教えてあげたのよ。朝のトレーニングの事を」
「……」
「会ったのよね、彼女に」
「……はい」

 なるほど、最初からヒカルの為ではなく、私を試す為にトレーニングの事を教えたのか。
 そして、私はそれに見事に引っかかったと。

「……ごめんね、アキラちゃん」
「別に横山さんが謝る必要は無いです……どうせ、もう今更な事ですし」

 そう、今更な事だ。
 私がヒカルを好きな事は事実だけど、そのヒカルはもう阿久野フミと付き合っている。
 私が二人の間に入る余地など無いのだ。
 むしろ、ちょうど良かったかもしれない。
 現実を見せられて、微かな希望も打ち砕かれて。
 よかったじゃない、黒澤アキラ。
 これで何の憂いも無く、またツマラナイ日常が―

「それでいいの?」
「―っ!」

 顔を上げると、横山さんが真面目な表情のまま私の顔を覗き込んでいた。


184:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:20:31 /eg6UkjP
「本当にそれでいいの?」
「……だ、だって、二人はもう―」
「私はアキラちゃんに聞いているの……他人の事は関係なく、アキラちゃんがどうしたいかを」
「……」

 だって、もう―

「……なんで赤井さんがあなたを一生懸命に勧誘したか分かる?」
「え……」
「内緒って言われたんだけどね……赤井さん、あなたを心配してたのよ」
「赤井さんが……?」

 心配してた? 私を?
 横山さんは優しく、だけどどこか悲しそうな笑顔で、私へと語りかける。

「断られたら諦めようと思ってたらしいんだけどね……この子は絶対に誘わなきゃ駄目だって思ったそうよ」
「な、なんで……」
「『我慢する事が普通だと思っては駄目だ!』ってさ。その時は良く分からなかったけど、今なら赤井さんの気持ちが分かるわ」
「……」

 赤井さん……ただの迷惑な人じゃなかったんだ。

「だから我慢しないで、そして諦めないで……もう一度聞くわ―あなたはどうしたいの?」

 最初に脳裏に浮かんだのは、屈託のないヒカルの笑顔。
 あの日、私を助けてくれた時に見せた、純粋な笑顔。
 私のヒーローの笑顔。

「私……私は……」

 我慢しなくてもいいのなら。
 諦めなくてもいいのなら。

「私は―ヒカルと一緒にいたい」


185:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:21:27 /eg6UkjP
 涙と共に零れたのは、その一言だった。
 もっと、ヒカルと一緒にいたい。
 もっと、ヒカルに触れていたい。
 もっと、ヒカルを見ていたい。
 もっと、ヒカルに見てもらいたい。
 だって―

「ヒカルのことが―好きだから」

 一度零れた想いは、もう止まらなかった。
 今まで胸の中に秘めていた想いが一気に溢れ出る。

 子供の頃のツマラナイ日常。
 それを変えてくれるかもしれない、赤井さんとの出会い。
 悩む私と、道を示してくれた少女。
 そして、私を助けてくれたヒカル。
 彼を追って入隊し、ギガレンジャーになった事。
 それなのに、すっかり私の事を忘れていたヒカルへの怒り。
 怒っていたはずなのに、一緒にトレーニングする事になった時の喜び。
 そして、ヒカルと阿久野フミが付き合う事を知った時の絶望。
 やり場の無い想い。

 それら全てが涙と共に溢れ出る。
 横山さんは優しい笑みを湛えたまま、最後まで聞いてくれた。
 そして全てを吐き出した頃には、涙はすっかり枯れていた。

「スッキリした?」

 私が話し終わった後、横山さんは笑顔のまま尋ねた。
 私は小さく、だけどはっきりと頷く。

「はい……心の整理も出来ました」

 今まで私の心に影を落としていたモヤモヤはすっかり消えていた。
 我慢するなと言われても、諦めるなと言われても、どうしようもない事はある。
 だけど、生きている限り、私の道は続くのだ。
 終わってしまった事を悔やんでもしょうがない。
 きっと、横山さんは私にそれを教えたかったのだろ―


186:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:22:30 /eg6UkjP
「ちょーっぷ!」
「いたっ!」

 唐突に飛んできた本気チョップに、私は思わず顔をしかめる。

「そんな顔しない! 大体アキラちゃん、一つ勘違いしてる」
「か、勘違い?」

 あ、あれ、このお話まだ続くの?

「あのね……ヒカル君とフミちゃん、まだ付き合ってないよ」
「……へ?」

 え、で、でもヒカルは確かに告白したはず……

「フミちゃんに告白したシーンを思い出してみて。あの時、ヒカル君は何と言ったか」

 ……えーと、確か『オレ、お前の事が好きだ!!』と……

「その次」

 次? 次って……『い、いやっ!! とっ……友達としてだ、友達として!!』……ん?

「気付いた? あくまで『友達として好き』としか言ってないのよ」
「っ!」

 た、確かにそういえば……いや、でも、これは照れ隠しじゃ……

「照れ隠しだろうがなんだろうが、恋人として告白してないの! だったら、まだアキラちゃんが恋人になる可能性はあるでしょ?」
「……そ、そうかもしれないけど……」
「それがただの言い掛かりってのは私だって分かってるわよ……でもね、まだ可能性があるのに諦めるのは早すぎじゃない?」
「それは……」
「大体、アキラちゃんは何か努力した? ただ、なんとなくヒカル君の側にいただけじゃない?」

 そ、それは……そうだけど……


187:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:23:41 /eg6UkjP
「『やらずにこうかいするくらいなら、やってからこうかいしろ』」
「!」
「諦める前に、自分が出来る事を全力でやってみなさいよ。頑張って、努力して、これ以上は無理ってくらいに全力を出して……それでも駄目なら、またこんな風に話を聞いてあげるから」
「……横山さん……」
「枯れるのは早すぎるでしょ……まだ若いんだから」

 そう言って、横山さんは手にしていたドレスを私へと手渡す。
 似合わないと思っていた、そのドレス。
 だけど……今なら、着てもいいかもしれない―そう、思えた。

「さて、そうと決まったらこれからどんな作戦でヒカル君を手篭めにするか……」
「お願いですから、もう少し言葉を選んでください」
「言葉を変えても、どうせやる事は同じでしょ?」
「……」

 というか、別にその方法まで頼んではいないのだけど……

「……それにほら、たとえ駄目でもまだ手はある訳で……」
「……?」
「相手は敵の幹部で、こっちは正義の味方。うっかり戦闘中に―」
「す、ストップ! それ以上は―」
「『殺らずに後悔するくらいなら、殺ってから後悔しろ』ってね」
「汚すな! 私の思い出をそれ以上汚すな!」

 まったく、この人は……せっかくちょっとは尊敬してもいいかなって思ったのに。

「ふふ、やっぱりアキラちゃんはそのくらい生意気な方が似合ってるわ」

 冗談よ、と笑いながら、横山さんは私の頭をぽんぽんと叩く。
 ……冗談にしては目が笑ってなかった気もするけど……気のせいと言う事にしておこう、うん。

「まあ何にせよ、これからはアキラちゃん次第だから……頑張ってね」
「……はい」

 手にしたドレスを見つめながら、これはどのタイミングで着るべきかを考える。
 明日のトレーニング? いやいやイキナリこんなのを着ていったら、怪しすぎる。
 ここは少しづつ着てもおかしくない雰囲気に持っていかないと。
 とすると……えーと……


188:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:24:40 /eg6UkjP
「……アキラちゃん」
「はい?」
「残念だけど、色々考えてる時間は無さそうよ」
「……はい?」

 真面目な顔で横山さんが呟いた、その瞬間。
 基地内に大音量のブザーが鳴り響いた。

「大変です! 悪の組織が―」

 慌てて駆け込んでくるオペレーターの台詞を待たず、横山さんが呟く。

「……チャンス到来?」
「それ以上言ったら、本気で怒ります」
「冗談よ」

 しれっと舌を出す横山さんを尻目に、私はオペレーターの台詞を待つ。
 ―この時、私はまだ軽く考えていた。
 また、悪の組織が騒いでいるのか、と。
 だけど、次に発せられた台詞は、私の……いや、多分、基地内にいる全ての人間の予想を超えていただろう。

「悪の組織が―悪の組織に襲われています!」
「「……へ?」」


189:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/08 23:28:31 /eg6UkjP
今日はここまでです

……書いてる方は楽しいのですが、読んでる方が楽しめているのかと疑問に思う、今日この頃


来週中にはおわります……きっと、多分、はい ノシ

190:名無しさん@ピンキー
09/02/09 06:00:18 LkEH1NxV
イェーイ ていのう!ビバ☆低能

191:名無しさん@ピンキー
09/02/09 09:34:10 OCYG+dhj
GJ!!
楽しく読ませて頂いておりますとも!!
低能低能!!

192:名無しさん@ピンキー
09/02/10 01:03:32 4YLLJD9w
GJ! そして低脳!

楽しんで書いたものは、読んでるこっちも楽しい気分になれるもんですよ
藤木先生の作品が好きなんだなーって、伝わってきます
続きも楽しみにしています

193:名無しさん@ピンキー
09/02/12 01:10:21 EBwyTiDS
乗り遅れた……

そして、ナイス低能
夢中で読ませてもらいましたっ!!
続き、楽しみにしてますよ

194:名無しさん@ピンキー
09/02/12 13:28:57 JluZzt+j
GJ!

そして携帯用にあげ

195:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:04:45 Kp49xvyC
>>188の続きで今回がラストです


196:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:05:42 IaRilUOP
***

「―くだらない」

 それが、今の状況を聞いて最初に私が呟いた言葉だった。
 オペレーターから聞いた話を纏めると―

『悪の組織をリストラされて怒った怪人が新しく悪の組織を作り、リストラした悪の組織に復讐しに来た』

 と、言う事らしい。

「……確かにくだらないわ」

 横山さんもうんざりした顔で同意。
 オペレーターは何も言わなかったが、浮かべている苦笑が答えだろう。

「悪の組織をリストラされる怪人も怪人だし、それを逆恨みして悪の組織作って復讐って……そのやる気をもっと別な事に向けなさいよ」

 まったくその通りだ。
 まあ、別な事に使えるのならリストラはされないだろうし、なにより怪人になんてならないだろうが。

「で、襲われてる悪の組織ってキルゼムオールなんでしょ? だったら別に放っといてもいいんじゃないの?
 戦って相討ちになったら儲けモノ。どっちかが勝っても、戦闘で消耗しているうちに襲えば楽に潰せるでしょうし」

 これまたまったくその通り。
 その方がアキラちゃん的にも都合がいいよね? という呟きは聞こえないフリをしたが。

「それがそうも行かなくて……」
「?」

 歯切れ悪く呟いたオペレーターが小さく溜息をつく。
 溜息と共に出てきたのは、心底つかれきった声だった。

「最前線で戦っているのが……ギガグリーンなんです」


197:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:06:13 IaRilUOP
***

「あの馬鹿!」

 隣を走っている横山さん―ギガイエローは正義の味方には似つかわしくない台詞を吐き捨てる。
 それに対して私は何も言わない。言えるわけがない。
 だって、私も同じことを思っているのだから。

『現在、キルゼムオールはほぼ壊滅状態で、一部怪人たちが敵組織をギリギリで押し留めている状態です……ギガグリーンはその中に混じって、戦闘中です』

 ギガスーツ内に取り付けられたレシーバーから、オペレーターの冷静な声が聞こえてくる。
 ―正義の味方と悪の組織が協力して、別の悪の組織と戦う。
 言葉だけなら燃えるシチュエーションかもしれないが、巻き込まれる方の身にもなって欲しい。

「キルゼムオール側は何て言ってる?」
『一時撤退するから、時間稼ぎよろしく、と……』
「正義の味方に助けを求めんな! つーかもう戻って来るな! ……ったく、とりあえずもう一個の組織を何とかしないと駄目か」

 キルゼムオールの脅威レベルは高くない。
 だけどそれは、あくまでやる気の無さが原因であって、個々の戦闘力で言えばかなり高いレベルのはずだった。
 それを壊滅状態にする組織……このまま居座られたらどんなに迷惑かは簡単に想像できた。

「それで、ギガグリーンは無事?」
『なんとか持ちこたえている様ですが……お二人とも、なんでグリーンがそこに居るか聞かないんですね』
「そりゃ、言われなくても大体想像できるし」

 そう言って、こちらをちらりと見るギガイエロー。
 マスクで表情は隠れているが、その下でニヤニヤ笑っているであろう事も簡単に想像できた。
 とりあえず脇腹めがけて肘を撃ち込んでみたが、ギガスーツ越しでどこまで効いたかは謎だった。

『……その道を右折です』

 何も言わない方がいいと判断したのか、オペレーターは本来の仕事へと戻る。
 今、私達が走っているのは、キルゼムオールの秘密基地だ。
 秘密基地というだけあって、内部構造は無駄に複雑だった。

「あー、もう、道多すぎてどれを右折なのか分かんないわよ……これ?」
『それじゃないです、その隣です』

 そんなやり取りをしながら、少しづつ基地の最深部へと向かう。
 オペレーター曰く、そこが最前線らしい。


198:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:06:44 IaRilUOP
「それにしても、敵はどうやってここまで入り込んだのかしら?」

 私も感じていた疑問を、横山さんは何気なく口にする。
 いくら元組織の基地とは言え、こんな複雑な構造を仲間を連れて進入できるものなのだろうか?

『それですけど、元同僚って事で普通に通したらしいです。連れてきた怪人はその友人だと思ったらしく、応接間に通してお茶を出したとか』
「……ちょっとは怪しみなさいよ」
『で、お茶を飲んだら急に暴れだした、と』
「お茶は飲んだのね……」

 なんと律儀な悪の組織だ。
 それが悪の組織にとって褒め言葉なのかは知らないけれど。

「そういや、レッドやブルーはどこに?」
『二人とも別方向から最深部へ向かっています。向こうはかなり派手に暴れているので、いい陽動になってます』
「なるほど、だからこっちは敵がいないのね」
『狙ってやっているのか、楽しんでやっているのか微妙なところですけど……あ、次の曲がり角を左に―って、何だこれは!』

 それまで冷静だったオペレーターの声が急に大きくなる。
 その只ならぬ様子に、私達は顔を見合わせて立ち止まる。

「? どうしたの?」
『増援です! 新たに怪人が3、5……8人!? そちらに向かっています!』
「はぁ!?」

 慌てて後ろを振り向くと、確かに嫌な気配がこちらに向かって来るのを感じた。
 この距離でも分かる位だから、かなり強力な怪人だろう。

「たかがリストラされたくらいで、やりすぎでしょ!?」

 イラついた様に叫ぶ横山さん。
 確かに、今もギリギリで持ちこたえているというのに、さらにこの怪人たちが合流したら撤退するのも困難になる。
 相手は本気でキルゼムオールを潰す気のようだ。


199:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:07:37 Kp49xvyC
「どうする、アキラちゃん? ここで迎え撃つ?」

 それも一つの手だろう。
 だが、奥で戦っているヒカルがどうしても気になってしまう。
 ここで迎え撃てば撤退の時間稼ぎにはなるだろうが、最前線で戦っているヒカルたちの負担が大きすぎる。
 適当な所で逃げてくれればいいが……彼が途中で逃げ出す事は絶対に無いだろう。
 じゃあ、どうする? 二手に分かれる?
 それこそ無謀だ。8人の怪人相手にどれほどの時間稼ぎが出来るかも分からない。

「……くっ」

 駄目だ、いい考えが浮かばない。
 だが、こうして考えている間にも時間は失われていく。
 早くなんとかしないと―

「困っているようだね! ギガレンジャー!」
「ふっ、俺たちが助けてやるぜ!」
「「!?」」

 背後から突如聞こえてきた、自信満々な叫び。
 驚いた私達が振り向いた瞬間、暗かった通路が一斉にライトアップされる。
 照らされた通路の先にいたのは―


200:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:08:16 IaRilUOP
「……何やってるんですか、八百屋と魚屋のおじさん」

 キルゼムオールの下っ端スーツを窮屈そうに着込んだ二人が、変なポーズを決めながら立っていた。

「八百屋じゃない!」
「魚屋でもない!」
「そう、私たちは無く子も黙る下っ端の星!」
「雨にも負けず、風にも負けず!」
「ヒーローたちにも負けやしない!」
「だけどかーちゃんだけは勘弁な!」
「いつかは決めるぞ亭主関白!」
「その日の為に生きている!」
「「その名も、商店街ブラザーズ! 華麗に参上!」」

 ……

「……アキラちゃんの知り合い?」
「知りません、こんな変態」
「変態って言うな!」
「この名乗りだって、いつか使う時が来るだろうと必死で練習したんだぞ!」

 その情熱と時間をもっと有意義な事に使えば、奥さんも優しくなると思う。

「と、とにかく、困っているみたいだね、ギガレンジャー」
「俺たちが手伝おうか?」

 胡散臭げに見つめる私たちの視線に怯みながら、二人はバレバレの虚勢を張る。

「……どうする、アキラちゃん?」
「どうすると言われても……」

 確かに猫の手でも借りたい状況ではあるが、あまりにも危険すぎる。
 あの怪人たちを相手にして無事でいられる保障は―


201:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:08:47 IaRilUOP
「時間が無いんだろ、アキラちゃん」
「!」
「大丈夫だって。いくら下っ端と言っても、下っ端には下っ端の意地があるからな」
「そうそう、時間稼ぎくらいなら出来るさ」
「まあ、危なくなったらすぐに逃げるけど」
「おじさん達……」

 力強く頷く二人。
 そして横山さんが私の背中を押す。

「まあ、私も残って戦えば大丈夫じゃない?」
「横山さん……」
「行きなさい、アキラちゃん。彼が待ってるわよ」

 グッと親指を立てる横山さん。
 後ろのおじさん達も同様に親指を立てていた。
 それに対する逡巡は一瞬。

「お願いします」

 私は頷くと奥へ向かって走り出す。

「生きて帰ったら、後で蹴ってくれよ!」
「あ、僕にもお願いね!」
「お二人の犠牲は無駄にしませんから!」
「「俺ら、やられる事前提!?」」
「……できるだけ頑張りなさい。あ、逃げたら奥さんにチクるから」
「や、やってやる、やってやるぞー!」
「かーちゃんに比べればこんな奴らー!」


202:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:09:38 Kp49xvyC
***

 最前線と言うだけあって、そこは激闘の跡がありありと見て取れた。
 崩れた壁、割れた床、そしてそこに埋まる怪人たち。
 私が付いた時、そこに立っているのは三人だけだった。
 ―いや、立っているというのは適切ではない。
 立っている一人が残る二人の首を掴み、持ち上げていたのだから。

「ヒカル!」
「あ、アキラさん……」
「ん、なんだお前、こいつの仲間―うぉっ!」

 掴まれている一人がヒカルだと認識した瞬間、身体が勝手に動いていた。
 掴んでいる相手に向かって最短距離を疾走。
 そのまま全体重を拳に乗せて、鳩尾へ撃ち込む。
 両手が塞がっていた相手はガードする事も出来ず、私の打撃をまともに食らう。

「今だっ!」
「うんっ!」

 その衝撃で拘束が緩んだ瞬間、掴まれていた二人は腕を振り解き脱出。
 そのまま、私と共にバックステップで距離を取る。

「大丈夫、二人とも?」
「あ、ああ、ありがとうアキラさん」
「ありがとう、アキラちゃん」

 掴まれていた二人―ヒカルと阿久野フミが苦しげに答えを返す。

「アキラさん、気をつけて。あいつ強いです」
「分かってる」

 二人ともボロボロの姿で、立っているのがやっとという状態。
 その姿が相手の強さを如実に物語っていた。


203:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:10:09 IaRilUOP
「……ヒーローの癖に不意打ちとはやってくれるじゃねーか」

 撃たれた腹を押さえながら、そいつは私達に向き直る。
 その姿は普通の人の姿となんら変わりはなかった。
 スーツ姿で、まるで仕事帰りにちょっと寄っただけと言われても信じてしまうかもしれない。

「……怪人?」
「リストラされたサラリーマンをイメージした、怪人リストラーよ」
「……そのセンスはどうかと思う」
「その通りだ!」

 私の呟きに、リストラーは憎しみに染まった瞳をこちらに向ける。

「怪人にしてやると言われ、ホイホイと付いていった結果がこれだ!
 怪人になって上司を見返してやろうと思ったら、逆に笑われ、そして本当にリストラされる始末!
 それならそれで立派な怪人になってやろうと努力したのに、やりすぎと言われて悪の組織からもリストラ!
 たかがリストラされた会社を一晩で更地にしただけだというのに!
 お前らにこの苦しみが分かるか!」

 分かるか、そんな苦しみ。
 でもまあ、リストラされた理由はなんとなく分かった。
 横目で阿久野フミを見ると、申し訳なさそうにこちらに頭を下げてくる。

「あんたたちも怪人にする相手くらい選びなさいよ」
「いや、まあ、その……泣いて頼まれたので仕方なく……」

 自分から志願して、それで思い通りにならなかったから八つ当たりとは。
 本気で救いようが無い。


204:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:10:44 IaRilUOP
「うるさい! 悪の組織が悪い事をして何が悪い!」

 それは確かにその通りだが、正直入る組織を間違えたとしか思えない。
 キルゼムオールも適当に改造しておけばいいものを。
 見た目は地味だが、そこから感じる威圧感は私が今まで感じた事が無いほどに強いものだった。
 吹き飛ばさないように手加減したとはいえ、私の打撃を受けて平然と立っている事からもその強さが伺える。
 ……これはやばいかな。

『……ヒカル』
『なんですか、アキラさん』

 敵に聞こえないように、マイクを通してヒカルに話しかける。

『私が引き付けている間にあなたたちは逃げなさい』
『な、何言ってるんですか!』

 慌てて私を見るヒカルを、私は片手をあげて制す。

『相手は強いわ。それはあなたも身を持って知ったでしょう』
『だ、だったらみんなで一斉にかかれば―』
『その身体で?』

 二人ともとても戦える状態ではない。
 特に阿久野フミは幹部と言う事で徹底的に狙われたのだろう。
 立っているのが不思議に思えるほど痛めつけられていた。

『戦えないものがうろついていると邪魔よ』
『で、でも……』
『足手まといって言っているの』
『く……』

 ヒカルも薄々分かっていたのだろう。
 だからそれ以上は何も言わず、隣にいた阿久野フミの手を強く握る


205:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:12:00 IaRilUOP
『司令室、聞こえてる?』
『聞こえてるし、聞いてました。撤退路の確保は出来ています』
『ありがとう。二人を頼むわ』

 阿久野フミも私たちの狙いに気付いたのか、ヒカルの手を握ったまましっかりと頷く。
 ……そう、それでいい。

『ちゃんとヒロインを守りなさい、ヒーロー』

 その呟きと同時に、全員が動いた。
 ヒカルと阿久野フミは後ろに。
 リストラーは前に。
 私はその間に飛び込む。

「なんだぁ! 正義の味方が逃げるのか!」
「お前の相手は私よ」

 空中で拳が交差する。
 パワーは互角。
 
「ちんちくりんを相手にする趣味はねぇ!」
「あら、こう見えて脱いだら凄いのよ?」
「何ぃ!」

 二年後にはね。

「はっ! ちょっとはやる気出たぜ! 本当かどうか確かめてやるよ!」

 言葉と同時に二発目が放たれる。
 それを最小限の動きでかわす。
 計算どおり、相手の狙いは私に移ったようだ。


206:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:12:37 IaRilUOP
「強引な男は嫌われるわよ」
「ベッドの上なら優しいぜ?」
「残念、タイプじゃないわ」
「うるせぇ!」

 高速で放たれる連撃。
 早い―が、かわせないほどではない。
 パワーは互角だが、スピードはこちらが上。

「はっ!」

 連撃に合わせたカウンターを顔面に放つ。
 よし、これなら―え!?

「甘えよ!」
「くっ!」

 綺麗に入った拳を意に介さず、リストラーは更に前に出てくる。
 その予想外の反撃に、私は慌てて距離を取る。

「どうした、お前も逃げるのか?」

 ニヤニヤと笑いながら、リストラーはゆっくりとこちらに振り向く。
 完璧に入ったと思ったのに……浅かったの?

「まだ始まったばかりだ……もっと楽しもうぜ」

 そしてまた突進。
 だがすでにタイミングは見切っている。

「ふっ!」

 初撃に合わせて肘を鳩尾に叩き込む。
 よし、今度こそ完璧に―


207:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:13:21 IaRilUOP
「だから甘えって言ってるんだよ!」
「!?」

 リストラーは懐に潜りこんだ私を両手で抱きかかえ、そのまま後方へと投げ捨てた。
 完璧に決まったと思っていた私は受身を取る事が出来ず、そのまま壁へと叩きつけられる。

「な、なんで……」

 叩きつけられた衝撃よりも、二回も耐えられた事のほうが衝撃だった。
 手加減などしていない。
 特に二回目の肘は、必殺の威力だったはず。
 だが相手は何事も無かったように立っている。

「くくく……不思議でしょうがないって顔だな」

 リストラーは私の顔を見て、楽しくてしょうがないといった笑いを漏らす。

「こちとら元サラリーマンだぜ……それも生粋のジャパニーズサラリーマンだ」

 両手を広げ、ぱっと見て貧相に見えるその身体を自慢げに見せびらかす。

「サービス残業に休日出勤! 24時間戦ってきた俺にそんな攻撃など効くわけが無い!」

 ……なんでだろう、ちょっとだけ同情したくなった。
 しかしその耐久力は言うだけあって厄介だった。
 持久戦になると、体格で負けているこちらが不利だろう。

「さあ、我慢比べと行こうか……俺はしつこいぜ?」

 歪んだ笑みを浮かべながら、三度目の突進が来る。

「くっ!」

 今までのような最小限の動きではなく、大きくかわしながらすれ違い様に打撃を放つ。

「ははは! 今何かしたのか?」

 くるりと向き直り、もう一度突進。
 やはり効いている様子はなかった。
 どうする? 関節を取りに行くべきか?
 だがそれも効かなかった場合、また掴まれる可能性が高い。


208:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:15:13 IaRilUOP
「ははは! 今何かしたのか?」

 くるりと向き直り、もう一度突進。
 やはり効いている様子はなかった。
 どうする? 関節を取りに行くべきか?
 だがそれも効かなかった場合、また掴まれる可能性が高い。

「おいおい、さっきまでの勢いはどうした!」

 動き自体は単純なので、食らう危険は無いだろう。
 だがこちらも打つ手が無い。
 結局、少しづつ打撃を当てていくしかない。
 それが相手の思う壺だと分かっていても。

「おらおら頑張れ! 疲れたらベッドの上で優しく介抱してやるからよ!」


209:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:15:40 IaRilUOP
***

「……緑川君」
「なんだ」
「ここまで来ればもう大丈夫だから」
「……何を言ってるんだ?」
「言わなきゃ分からない?」
「……」
「前言ってたよね『やらずに後悔するくらいなら、やって後悔しろ』って」
「阿久野……」
「行くべきだよ緑川君……だって、ヒーローなんだから」


210:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:16:17 IaRilUOP
***

 ―あれから何分が経っただろうか。

「はぁはぁ……」
「おいおいどうした! もうバテたのか?」
「……しつこい男は趣味じゃないのよ」
「は! 口だけは元気だな!」

 リストラーの攻撃は最初に投げられた以外は全てかわしている。
 逆にこちらは何度と無く打撃を打ち込んでいる。
 だが、形勢はこちらが不利だった。
 リストラーの見た目はボロボロだが、その動きには陰りが見えない。
 逆に私の方は体力と神経を消耗し、動きが少しづつ鈍っている。
 今の状態で掴まれたら、もう振り解く力は無いだろう。
 それが分かっているのか、相手も打撃ではなく掴み狙いに戦法を変えていた。

「おら、もういっちょ行くぞ!」
「くっ!」

 両手を広げて、私の腰めがけてタックルするリストラー。
 それを弧を描くように大きくかわす私。
 反撃する体力は無く、ただ逃げ惑うのみ。

「鬼ごっこじゃねーんだぞ!」

 楽しそうに叫びながらまた突進。
 大丈夫、ただ逃げるだけなら―


211:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:16:49 IaRilUOP
「―なんてな!」
「―っ!」

 フェイント!?
 このタイミングで!?
 いや、まだ大丈夫。まだ逃げられ―

「えっ!?」

 急な方向転換に、踏み込んだ足場が崩れた。
 滑る足とは裏腹に、身体はその場に静止する。

「つーかまーえたー!」

 次の瞬間、私の身体はリストラーに掴まれ、押し倒され、馬乗りの状態で拘束されていた。

「しまった……」
「ははっ! 残念だったな黒いの!」

 押し倒された場所は、床が割れて砂利が散乱している場所だった。
 いつの間にか誘導されていたのだろう。

「くっ!」
「逃げ切れると思って油断したんだろう? 人を舐めてかかるからこうなるんだ」

 心底楽しげな言葉と共に、拳が振り下ろされる。

「……ベッドの上では優しいんじゃなかったの?」
「残念だがここはベッドじゃないんだ」

 拳、拳、拳。

「どいつもこいつも人を舐めやがって!」

 拳が振り下ろされるたびに、私の意識が削り取られていく。

「俺は使えるだろうが! 俺は強いだろうが! なんでリストラされなきゃなんねーんだ!」


212:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:17:22 IaRilUOP
 視界がぼやけ、見えるのは振り下ろされる拳のみ。
 聞こえてくるのは、自分の骨が軋む音。
 浮かんでくるのは、彼の笑顔。

 ―彼は逃げ切れただろうか。
 ―彼女と一緒に逃げ切れただろうか。
 ―逃げ切れたのならそれでいい。

 すでに目には何も映らず、聞こえてくる音もない。
 暗く、静かに、私の意識は沈んでいく。
 我ながら可愛くない最後だと思う。
 でも、これはこれで私らしいとも思う。
 最後に彼を助ける事が出来たのだから十分だ。

 ―幸せにね、ヒカル。
 ―でも、たまには……私の事も思い出してくれたら嬉しいな。

『それでいいの?』

 意識が暗闇へと飲み込まれる瞬間、その問い掛けが私の意識を繋ぎとめた。

『本当にそれでいいの?』

 何を今更。
 もう、何も出来ないのに。
 身体に力が入らないのに。
 私はもう―

『あなたはどうしたいの?』

 私は―
 そう、私はまだ―


213:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:18:17 IaRilUOP
「諦めるな!」

 その声は、暗闇へと沈んでいた私の意識を一気に引き上げる。
 幻聴?
 ううん、違う。
 聞き間違えるはずが無い。

「なんだ、てめえ……逃げた奴が今更何しに―うぼぁっ!」

 打撃音。
 そして私の上にあった重みが消えた。

「大丈夫ですか、アキラさん!」

 視界に飛び込んできたのは拳ではなく、最後に思っていた彼の姿。
 幻覚じゃない。
 本物の―ヒカル。

「……何しに戻ってきたの」

 自分でも素直じゃないと思う。
 本当は抱きつきたい位に嬉しいのに。

「ピンチに正義の味方は必ず現れますから」

 私の言葉に苦笑で返すヒカル。
 うん、そうだね。
 あの時も、そして今も。
 君は―私のヒーローだから。


214:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:18:59 IaRilUOP
「やってくれるじゃねーか、てめえ! 人がせっかく楽しんでる時に!」

 壁まで吹き飛ばされたリストラーが怒りに顔を赤くして立ち上がる。
 そのタフさと執念深さは敵ながら見事としか言いようがない。

「雑魚が吼えるな」
「何だと!」
「吼えるなと言ったんだ!」

 リストラー以上の怒りを胸に秘め、ヒカルが叫ぶ。

「強い? お前のどこが強いんだ? やれる事をやらずに放り投げて、後付けの力に頼っているだけじゃないか!」
「な、なんだと……」
「本当に強いやつってのは、諦めない奴の事をいうんだ! 諦めて、不貞腐れて、八つ当たりしているお前のどこが強いんだ!」
「て、てめえ……!」

 ゆっくりと立ち上がり、リストラーへと向き直るヒカル。
 その迫力に気圧される様に後ずさるリストラー。
 そうだ、諦めるのはまだ早い。
 まだ私達は戦えるのだから。

「そんなボロボロで何が出来る!」
「そんなの知るか! だけど俺は―俺達は諦めない!」

 そう、諦めない。
 絶対に、諦めない。

「俺の名前は緑川ヒカル! ギガグリーン!」
「同じく黒澤アキラ! ギガブラック!」
「「正義を貫く、ギガレンジャー! ここに参上!」」

 二人とも立っているのがやっとの状態だった。
 それでも負ける気はしなかった。
 負けるわけが無かった。


215:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:19:44 IaRilUOP
「ほざけ! ガキ共が!」

 怒りに身を任せ、リストラーが前に出る。
 大きく腕を振り回し、二人一緒になぎ払おうとする。

「「ふっ!」」

 それに対し、私達はまったく同じ動きで回避。
 腰を屈め、懐に潜りこむ。

「甘いんだよ!」

 懐にもぐりこんだ瞬間、狙い済ました膝が私に飛んでくる。

「アキラさん!」
「大丈夫!」

 それを私は身を回して回避。
 そのまま後ろへと回り込む。
 だがリストラーはそのまま私に向けて足を―違う!

「食らえっ!」

 私の胸元を通り過ぎた足は、そのまま半回転して後ろにいたヒカルへと向かう。
 体重の乗ったその蹴りは、受け止めた身体ごと吹き飛ばすだろう。
 だが―


216:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:20:28 IaRilUOP
「遅いっ!」

 上半身をわずかにすらし、蹴りをいなすヒカル。
 そのまま身体を半身にし、腰を落として拳を構える。
 それとまったく同じ動きを、リストラーを中心にして私も行う。

「アキラさん!」
「ヒカル!」

 叫ぶと同時に構えた拳を一直線に突き出す。
 狙うはリストラーの中心、ただ一点。

「「うおおおおおおお!」」

 雄たけびと同時に、拳がリストラーに叩き込まれた。
 両面から叩き込まれた衝撃は内部で反響し、行き場を無くしたエネルギーが身体を駆け巡る。

「ぐはあああああぁぁぁぁっ!!」

 暴れ狂うエネルギーの奔流に、リストラーが悶え狂う。
 だが―

「まだだぁ! まだ俺はやれるぅっ!」

 膨大なエネルギーに翻弄されながらも、リストラーは最後の力を振り絞りヒカルへと拳を振るう。
 大振りなその拳をヒカルは簡単に―かわさない!?


217:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:21:11 IaRilUOP
「な、何ぃ!」

 打ち込まれた拳を、ヒカルは顔面で受け止めていた。

「……やればできるじゃねーか」
「な、なんだと!」
「なんでその力をちゃんと使わない! なんで諦めた! なんで―」
「ひ、ひいいいぃぃぃぃぃ!」

 ヒカルはもう一度振りかぶり、そして―

「なんで戦おうとしなかったんだ!」

 正義の拳が―放たれた。

「ぐうおおおおおおぉぉぉぉぉおっ!!!」

 それが止めだった。
 暴れ狂うエネルギー内に放たれた新たな衝撃は、リストラーの身体を食い破っていく。
 スーツの表面にヒビが入り、そこからあふれ出す神々しいまでの光。
 そして―

「……勝った、のか」

 そこに倒れていたのは、くたびれたスーツ姿の中年男性だった。
 これがリストラーの正体なのだろう。
 口から泡を出し、ピクピクと身体を痙攣させて気絶している。
 タフさが売りの怪人だけあって命に別状は無さそうだが、しばらくは再起不能だろう。

「……勝ったみたいね」

 そうは言ったものの、こちらもかなりボロボロだった。
 何も知らない人がこの状況を見たら、誰が勝者なのか分からないだろう。
 それでも、私達は勝ったんだ。
 私達、二人で。


218:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:21:48 IaRilUOP
「や、やったわね、ヒカ―って、ヒカル!」

 前を向いた私に、ヒカルが抱きついてくる。
 ……と言うのは言葉のあやで、本当はただヒカルが倒れ掛かってきただけなのだけど。

「ごめんなさい、アキラさん……でも、もう限界……」

 そう言われてもこっちも限界なわけで、ヒカルを抱き止める力すら残っていないわけで。
 ―結果的に、ヒカルに押し倒される状態で地面へと転がってしまう。

「ちょ、ちょっと、ヒカル!」
「……」

 駄目だ、完全に気を失ったらしい。
 ギガスーツの機能が解除され、生身のヒカルが私に覆いかぶさっていた。
 それとほぼ時を同じにして、私のギガスーツも解除される。

「お、重い……」

 さすがにギガスーツ無しで圧し掛かられるのはキツい。
 それでも、嫌な感じがしないのは何故だろう。

「……まったく」

 まあ、彼が来なかったらやられていたのはこっちかも知れなかったわけで、それを考えればこの位は多めに見てあげよう。

「……ありがとう、ヒカル」

 目の前にあるヒカルの顔を抱きしめ、そっと目を瞑る。
 彼と亜久野フミは付き合っている。
 だけどそれはあくまで友達として付き合っている……と言う事らしいので―

「私も諦めないわよ、ヒカル」

 そう、諦めない。
 諦めないから―この位は多めに見なさいよね。


219:松雪 ◆EBmiO0Ld5.
09/02/16 00:22:27 IaRilUOP
***

 ―あの激闘から、一週間。

「おはようございます、八百屋のおじさん、魚屋のおじさん」
「ああ、おはようアキラちゃ……ん?」
「お、アキラちゃん、怪我はもう……へ?」

 あの後、私とヒカルは助けに来た横山さん達に助けられ、病院へと担ぎ込まれた。

『アキラちゃんたら、抱き合って何していたのかしら?』
『疲れて動けなかっただけです』
『本当に?』
『それ以上はノーコメントです』

 しこたま殴られたわりにはギガスーツがほとんど衝撃を吸収してくれていたおかげで、私の方は一日入院した後は自宅療養ということになった。
 深刻だったのはギガスーツと相性の悪いヒカルの方で、結局一週間の入院と言う事に相成った。
 ―そう、今日はヒカルが退院してくる日だ。

「おはようございます、オペレーターさん」
「はい、おはよ……おおおっ!?」

 結局、あの一件はギガレンジャーとキルゼムオールの総力戦だったと発表された。
 悪の組織が悪の組織に潰されたと言うのは(悪の業界での)世間体に関わるらしく、キルゼムオール側からそう申し込まれたようだった。

『まあ、しばらくは平和になるだろうし、それでいいだろ』

 と、リーダーの赤井さんも異論は無いようで、そういう事になったらしい。
 ……気になったのは、私が一人でキルゼムオールを壊滅させた事になっている事なのだけど―

『大丈夫、君ならその位やってもおかしくはない』

 と、見舞いに来た青島さんがしれっと言い放ったのはさすがに軽く殺意が湧いたが、それを簡単に信じ込んだ周りも周りだ。
 おかげで《黒い死神》なる可愛げの無い二つ名まで頂戴してしまったわけで。



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