10/03/06 16:52:06 +j0zOTIs
過疎の中だけど投下します。
たぬきち×あさみで面倒なくらい長いです。
雪が降る日。息も白に染まる程の寒さがこの村にもやって来ていた。
「あ、おはようございます。今日は冷えそうやね」
開店の準備のため、外を掃いていたきぬよが目の前を通るたぬきにち声をかけた。
彼はきぬよを見ると面倒くさそうに口を開けた。
「冬なんだから当たり前だなも」
たぬきちは一瞬だけ、きぬよの後ろにある仕立て屋エイブルシスターズを見つめ、その場をさっと後にした。まるで、何かを振り払うかのように。
きぬよはやっぱり変な人やわ、と訝しげな視線を送っていたが、店の中のあさみはたぬきちの後姿を静かに追っていた。
「やっぱ、たぬきちさんは好きになれへんわ」
グツグツと煮えるナベから豆腐を取りながら、きぬよは溜息を吐いた。
とっつきにくいのが、いけないんよ!もぐもぐと口を動かしながら喋る彼女をあさみは嗜める。
「そんなコト言うたらアカンよ、きぬちゃん。たぬきちさんも苦労してるんやから。それと、食べながら喋らんの」
「はーい。あ、おねーちゃん、しらたき取る?」
きぬよはにこにこと屈託なく笑い、煮えた白滝を姉の器によそう。あさみはそんな妹の姿を優しく見つめていた。
色々あったけど、きぬちゃんはええ子になってくれたみたいやわ。そんな安堵の気持ちを胸に溜め、彼女は器に盛られた白滝をつるっと喉に通した。
「あー、あったかい」
「やっぱりおねーちゃんのおナベは最高やね!」
そういう意味じゃないんだけどね、とあさみは笑った。
「きぬちゃん、ちょっと留守番お願いね」
「遅くなるん?」
「ならへんようにする」
自分で編んだマフラーを首に巻きつけて、彼女は雪の積もる村に繰り出す。時刻のせいか外には人気が無く、人と接するのが苦手なあさみはホッと胸を撫で下ろした。
さくさくという音と共に彼女の小さな足跡が雪上に残される。彼女は振り返り、その跡をじっと見つめた。
案外、楽しいもんやね。
彼女はまた一人でそっと笑った。するとその後ろから、違うさくさくという音が聞こえてきた。
「あさみさん、何してるだも」
ぶっきらぼうな声だった。あさみは懐かしいようなつい最近聞いたような声にどきりと胸を鳴らした。
さくさくの音が彼女に近付き、すぐ側で止まる。あさみはそっと振り向き、その声の主をしっかりと見つめた。
「足跡をつけてたんよ、たぬきちさん」
「それが何の得になるんだなも」
「なーんも得なんかあらへんよ」
たぬきちはいつものように眠そうな目で彼女のつけた足跡を彼女と一緒に見下ろした。
あさみもたぬきちも、何も言葉を発さない。無言の静寂が二匹を包む。
「…デパートに来るといいだなも」
「お邪魔しても、ええの?」
たぬきちは無言で自分の店へと歩く。あさみもそれを追いかけるかのように歩く。
まるで、昔みたいやわ。懐かしい。そんな気持ちを抱きながら、彼女は彼の大きくなった店へと向かった。
彼は息をしていないのかというくらい、静かだった。