09/08/08 04:48:41 ClKZ+kaL
燃え上がる畜舎の中から牛を助け出す試みは何度も繰り返されたが
その全てが失敗に終わった。
畜舎が炎に包まれる中、牛の鳴き声は徐々に小さくなり、消えていった。
村の長は焼け跡に残された牛の死骸を前に途方にくれた表情を浮かべていた。
「あの牛がなければ…」
孤島の中の小さな村
人より大きな獣がいないこの島で唯一の大型の動物であるこの牛は
村の人たちが命がけの航海とありったけのお金で買ってきたものだった。
今更代わりの牛を買ってくるなんてことは出来ない相談だった。
村長は焼け落ちた畜舎の後ろにある枯れつつある大木に視線を移した
「あの木が枯れるまでに新しい木を植えなければ、わしらは飢え死にしてしまう」
植生に乏しい島の中で不釣合いなほど大きなこの木は、
彼らの生活を支える存在だった。
大きな実は飲み水のない島での飲用食用になり、
頑丈な葉っぱは家の資材、繊維に包まれた木の皮は衣料品と
ありとあらゆる用途で島の生活を支えてきたこの木を島の住民は「生命の木」と呼んでいた。
そんな生命の木の寿命はほぼ100年。
いまある生命の木は樹齢100年に近づいていて、新たな木を育てる必要があった。
問題は、生命の木を植えるためには苗床に大きな動物が必要なことだった。
動物の体内でその栄養を吸って発芽するためだった。
言い伝えに聞く生命の木の育成のために危険を犯して海の向こうへ
牛を買ってきたのはそのためだった。
村長は島の女達が枯れつつある生命の木からわずかになった実を取っている様を
呆然と見ていた。
「あの木はどうなるの?」
そばにいた村長の娘姉妹が心配そうに聞いてくる。
「ああ、お前達は心配しなくてもいいんだよ。今夜のために実を取っておいで」
娘達の姿を見ながら村長は溜息をついた。