08/08/17 13:29:13 cqcQSLi0
御幸は猿のように樹にしがみ付いて泣いた。顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにし、赤袴から黄金水を零しながら
泣いた。助けがきっと来てくれる。蜘蛛の糸が降りてきて、自分をこの地獄から救い出してくれる。自分はこんな
ところで朽ちたりはしない。こんなところで魔物の餌になって終わったりはしない。そう信じて。
御幸が必死にしがみ付いている樹を、赤い心臓たちが左右に揺らし始めた。ずるずると魔物の群れにずり
落ちる少女の悲鳴が木霊する。両手両足に渾身の力を込めて、老木に体を固定した。しかし丸い爪が剥がれ、
手の感覚も失われていく。表情は恐怖で引き攣り、絶望に塗り潰された。
「静香姉様! 静香姉様ぁっ! きゃああああっ! いやあああああっ……!」
老木が、ミシミシと音を立てて傾き、魔物の群れの中に倒れていく。宙に投げ出された御幸を、踏み潰された
弓の残骸が見守った。狂乱めいた悲鳴と奇声。地面に激突した鈍い音。
御幸は一つ、大きな誤解をしていた。
全身を食い千切られると考えていたが、それは大きな誤解だった。
なぜなら、彼女を食べるのは異形の心臓ではなく、共生関係にある別の魔物だったから。
ほどなくして、「蚊」の翅音が聞こえてきた。
(続)
捕食の後半はそのうちに。
ではまた。