08/08/21 00:40:06 AgHK3EgL
天宮椎菜の秘策(3)
確かに、ウチには色んな人が泊まりに来る事があった。
由香里さんはほぼ毎日ウチに泊まっていくし(流石にウチに来る時の挨拶が「たっだいま~、裕く~ん。おねいさんが帰ってきたわよ~♪」なのはどうかと思うが…)、信長や真尋ちゃんも泊まりにきていたモンだ。
最近では春香の家出やらクリスマスやらで、春香も泊まりに来る事もあったな。
いや、何でこんな回想に耽っているのかと言えば、今回の事態に対して過去の事例を列挙する事で問題の矮小化を狙っていたりするワケなのだが。
「どうも、落ち着かんな…」
何故か俺の中では、椎菜がウチに泊まりに来る事に対してどうも身構えが出来てしまっていた。
そもそも、保護者(副担任もいるが)監督の状況下にあるとは言え、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすなどとはあまり好ましい事ではない。
が、それが分からない椎菜ではないのできっと何か理由があるのだと思う。
まぁ、単に遊びに来ただけならそれはそれで構わんが。
幸いにも、ウチに部屋は余っているからその部屋で過ごしてくれれば良いのだが、それでも何か胸の奥では風呂場のタイルの隙間にこびりついた黒かびの様な拭いきれない胸騒ぎがしていたのだ。
別に、椎菜が来る事自体は全然困る事じゃないんだけどな。
う~む、この状況を何と言ったら良いのかいまいちピンと来んな。
と、
くっくどぅ~どぅ~どぅ~~~~~~~~。
我が家の洋物ニワトリ声の呼び鈴が鳴り響いた。
「あはは~っ!!裕人の家の呼び鈴って面白い音がするんだね~!!」
玄関のドアを開けると、そこにはショルダーバッグを掛けた椎菜が腹を押さえて笑っている姿があった。
そこにいるのはいつもの椎菜で、それを見ていると悩んでいた俺の方が何だかアホらしく思えてくる。
きっと、椎菜が初めてウチに泊まりに来たからそれで緊張してたのかもしれないな。
「良く来たな、椎菜。じゃあ、早速上がってくれ」
「うん。それじゃ、お邪魔させて貰うね」
そう結論付けて、俺は椎菜の訪問を素直に喜んでいたのだった。
取り敢えず、椎菜をリビングに案内して、部屋割りやら何やらの話を始めようとしていた時、奥のドアがかちゃりと開けられた。
「おや?確か今日、裕人の友人がウチに泊まりに来ると言っていたが、君だったのか…」
私服姿のルコが(多分、寝起き)が椎菜を見るなり、何やら楽しそうな表情を浮かべて部屋に入って来た。
「あ、裕人のお姉さんですか?こんにちは。あたし、天宮椎菜って言います。今日一日、お世話になります」
折り目正しい椎菜の挨拶に、年長の貫禄(あるのか?)を思わせる仕草でうんうんとルコが鷹揚に頷いた。
「あぁ、私は綾瀬ルコ。裕人の姉だ、宜しく。そう言えば、一度文化祭のミスコンで見たことがあったな…」
普段はレトルトカレーを鍋に入れて五分もすれば忘れてしまう我が家の暴君でも、そんな事は覚えていたらしい。
「え?ルコさんも見に来てたんですか?」
「私は面白そうなイベントには積極的に参加する様にしているからな。その点で言えば昨年の文化祭は中々に面白かったと言えるな」
それならもっと他の事に趣味を持って欲しいのだが(酒や大食やら日本刀以外の何かに)、わざわざそれを口にして突付いた藪からリヴァイアサンを出しても仕方が無いのでここは黙っておく事にしておこう。
「と言うワケで、裕人。鍋の準備だ」
「もうある程度はしてるぞ」
「ほう、それは良い心掛けだな」
誰かがウチに泊まりに来る度に決まってルコが夕食を鍋にしろと言うのは、パブロフの犬が鈴の音を聞いて飢餓を覚えるくらい当然の成り行きなんでな。
「で、何鍋にする予定なんだ?蟹か?鮭か?はたまた牡丹か?」
「いや、まだ何にするかは決まってないが、何にでも出来る状態だな」
って言うか、牡丹鍋って一体何処から猪の肉なんて調達すりゃ良いんだよ?
「乃木坂さんの妹さんに頼んだらどうだ?確か猪の餌付けが趣味らしいと聞いたが?」
その場合、調達してきた牡丹肉は美夏が餌付けしているペットの猪の肉になるんじゃないのか?
「まぁ、今は特別に牡丹鍋が食べたいワケでもないし、鍋の具材については裕人の裁量に任せる。私は部屋に戻るから、料理が出来そうになったら教えてくれ。天宮さんも、それまで適当に寛いでいてくれ」
「あ、はい」
椎菜の返事を聞くと、ルコは再び何処ぞの森へ帰る巨大ダンゴムシモドキよろしく奥の自室へと戻っていった(多分、二度寝だろう)。