08/06/30 02:50:41 WfNSUy6a
「俺がここに来た察しはついているな?」
念を押して聴いてみる。
『…なんのことですかぁ?』
くいっと首を傾けて?マークを頭の上に出すコマ。
「何度も言わせないでくれ、『とぼけるな』」
『そんなこと言われましても、知らないと言ったら…』
そこまで言ってコマが突如視界から消えた。
『知らないのですよっ!!』
声のする方向に振り向くと、猫の手には不釣り合いな大きさの爪をこちらの顔面目掛けて振り下ろそうとするコマの姿。
「ぬぉっ!?」
『あぁ、避けちゃ駄目ですよぅっ!』
間一髪、爪が鼻先をかすめたが、とりあえず避けることには成功したようだ。
「不意打ちは卑怯じゃないか?」
『列記とした戦術ですよぅ~♪』
コマとまともにやりあってもやりづらい、動きを止めるか。
コマを見失わないよう、見据えたまま自分の腰についている呪符ホルダーに手を伸ばす。
伸ばす。 伸ばす。 伸ばす・・?
「あれ・・。」
しまった、どこかで落としたか…?
『お探しのものは、これですかぁ?』
コマが足で「ぽむっ」と踏みつけたもの、それはまさしく俺が探していた呪符ホルダー。
『これで私の動きを止めようって言うのですね~』
コマが楽しそうな声で喋りながら、まるで毛糸玉で遊ぶ猫のように呪符ホルダーをぺしぺしと弄ぶ。
「くっ…」
まぁいい、武器はまだある。
なにかあったかなとウェストバッグに手を伸ばそうとした時、コマがその動きを静止する。
201:コマネコ その5
08/06/30 02:51:24 WfNSUy6a
『あぁん、動かないでくださいよぅ?』
コマの体から「ガカッ!」と怪しい光が放たれ、目を眩ませられる。
『下手に動かれたら困りますから…んふふっ♪』
目が急な明るさに慣れて、周りのものが見えるようになった時、目の前にいたものは『黒猫』から『若い女性』に変化を遂げていた。
年齢は18ぐらい、背は160ぐらい、少し長めでツヤツヤと光る黒髪を下げ、白い和服を着ている女性。
頭に猫のような耳を生やし、着物から飛び出るように尻尾が生えている。
胸は少し大きいぐらいで総合的に見て中々良いスタイルをして…
『くーがさんはエッチなのですねぇ~、私の人間体(にんげんたい)、そんなに好きになっちゃいましたか?』
言われて我に返る。
「くそっ、チャーム(魅了)か何かだな!?」
『失礼な、まだ使ってませんよぅ~!』
猫の時からそうだったが、やけに楽しそうに喋る。
というか、使えるのか、チャーム。
『さぁて、どうでしょうかね♪』
手の内を探ろうとしても無駄のようだ。
『さてと、ど・れ・に・し・よ・う・か・な…?』
あの、なにをやられておられます?
『なにって、呪符を選んでいるのですよぅー、見てわかりません?』
「それはわかっている。その俺の呪符をどうするつもりなんだ」
『いやぁ、私、呪符って話には聞いていたり、使われたりしたことはあるのですけど』
「ふむ」
『いざ本物を手に入れてしまうと』
「ふむ」
コマが呪符の一枚を「ぴっ」と二本指で挟むようにして抜き出す。
『使ってみたくなっちゃって♪』
「!」
ドゴッン!!
呪符が光り、音が鳴ったと思った途端、俺の後ろにあった木造家屋がガラガラと音を立てて崩れてゆく。
あまりの破壊力に俺も驚きだが、一番驚いているのはそれを放ったコマ自身だった。
『す、すごいですね…コレ』
202:コマネコ その6
08/06/30 02:52:37 WfNSUy6a
まずいものを敵の手に渡してしまったかもしれない。
呪符は札に術の簡略式が書いてあるものなので、ちょっと起因力を与えることが出来るヤツなら誰でも使用が出来る。
それに加えて、ここに来るために揃えた呪符は万全を期して強力なものを用意した。
あの初発を貰っていたら、完全にアウトだったな。
『えーと、じゃあ次の呪符は~っと♪』
おいおい、待てよ、完全に味をしめてるよ。
「ちぃっ!」
三十六系、逃げるにしかず! 出直しだ!
『あ、待ってくださいよぅ、これなんていかがですかー?』
びかっ、チュインッ! ずざざざざざざっ!!
「おい、なんかレーザーみたいなの出てるぞ!?」
『すっごーい!』
びかっ、ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
「危ねぇっ! 地面が割れ始めた!!」
『んー、もうっちょこまかと!』
びかっ!! パシンっ!
「しまった!!」
ツタのようなもので絡め取られる手足。そのままX字(垂直方向)に固定されてしまう。
捕縛用の呪符!? 今までの呪符は完全に囮として使っていたというのか!!
『やったぁっ、ラッキーですよぅ~♪』
割と適当に使っていたらしい。
『残念ですねぇ、もうちょぉっと楽しめるかなぁ、と思っていたのですけど…んふふ』
ふんふふ~ん♪と鼻歌まじりにこちらに悠々と近寄ってくるコマ。
「来るなっ!」
『釣れないですねぇ…、結構私好みなのにぃ』
嬉しそうなのか、残念そうなのか微妙な顔をする。
『まぁ、どちらにせよ、ここで死んでもらうのですけどねぇ…』
203:コマネコ その7
08/06/30 02:54:04 WfNSUy6a
コマが一枚の呪符を構える。
その呪符に記された文字、『破壊』。
「おい、よせ、その呪符はやめておけっ!」
『えー、なんでですかー、こんなに強そうなのにぃ…』
「そんなのを使ったら、俺の存在そのものが吹飛ぶ!!」
『好都合じゃないですかっ☆ んふふ♪』
コマが嬉しそうに呪符をこちらに向ける。
「お、おい、ほんとに、やめ・・」
『コレで…さよならですっ!!』
びか――っ!!
・
・・
・・・
『あれ・・?』
中々発動しない呪符を疑問に思い、呪符に顔を近づけるコマ。
その時!!
ドゴンッ!!
『う、うにゃぁーっ!?』
呪符から出た衝撃波はコマの顔面に直撃した。
それと同時に俺にかかっていた捕縛用の『呪』が解ける。
「だから、言っただろ、『やめておけ』ってな」
コマの意識はここで飛ぶ。
――30分後
『ん…んにゃっ…?』
むずがゆそうに目を覚ますコマ。
ぎしっ…!
猫特有の顔を洗う行動を取ろうとして腕を動かそうとするが全く動かない。
腕どころか足も動かない。
見れば、コマはさきほど自分が「してやった」、『X字で拘束される』捕縛用の「呪」にかかっていたのである。
「お目覚めかい、コマとやら?」
コマを覗き込むような形でわざとらしく語りかける。
204:コマネコの人
08/06/30 02:57:49 WfNSUy6a
とりあえず、今日はここまで。
あんまり連投もよくないだろうしね!
察しの良い人はわかってるかもしれないけど、そろそろだよ!
205:名無しさん@ピンキー
08/06/30 07:48:07 +dczXWGR
GJ
ついコマネチと読み違えてしまう
206:名無しさん@ピンキー
08/07/01 20:59:59 OaGeorkB
GJ!
そろそろ服脱ぐか…。
>>205
ちょww不覚にもwww
207:名無しさん@ピンキー
08/07/02 21:07:49 /JTMJQkq
投下いい?
208:式神馴らし 2話 後編
08/07/02 21:26:22 /JTMJQkq
>>176-182の続き
初馬は腕組みを解いてから、右手で顎を撫でた。
「いきなり歩けと言うのも、無茶な気がする」
「当たり前だろ」
率直な感想に、一ノ葉が率直な意見を返す。
尻尾を持ち上げてから、両腕を地面についた。足を引きながら上体を持ち上げ、その場
に腰を下ろす。最初の恰好。以前なら起き上がることもできなかった。これは十分に成長
と言えるだろう。
「まったく。もう少し考えてから行動しろ」
座ったまま、睨み上げてくる一ノ葉。
「そもそもワシが人間の姿でいることに、何か必要性でもあるというのか? 誰かに見せ
るわけでもあるまい。ワシは最初から狐なんだぞ?」
「うん。ないな……」
初馬は考えることもなく頷いた。人間の姿になった一ノ葉を式神として使うことは考え
ていない。当然だが、本来の狐の姿が最も力を発揮できるのだ。
一ノ葉が目付きを険しくする。
「ただの思い付きか?」
「うむ……。お前を買い物にでも連れて行ってやろうかと考えてたんだが。キツネの姿の
まま人前に連れ出すわけにもいかないし、ずっと家に籠もってるのも退屈だろ」
視線を逸らして初馬は答えた。
実家の式神は仕事の無い時、人間に化けて遊びに出掛けたりしている。しかし、一ノ葉
は自分で化けられないし、人間の身体の動かし方も知らないので、自由に外には出歩けな
い。ずっと家に閉じこもっているのも身体に悪い。
「何を企んでおる?」
狐色の眉毛を傾け、一ノ葉が胡乱げな眼差しを向けてくる。ぴんと立てられた狐耳と、
リズムを取るように左右に揺れる尻尾。一種の威嚇だった。
初馬は頭を掻きながら、苦笑する。
「信用ないなぁ、俺……」
「信用も何も―貴様がどうやってワシを式神したのか、まさか覚えていないわけではあ
るまい? 一週間も経っていないのだからな」
一ノ葉が不敵に笑った。挑発するような獰猛な表情。
あの時、本気で戦っていたらもう少し素直になっていただろう。しかし、冗談のような
罠にはまってあっさりと屈服してしまった。戦いはコミュニケーションであるという、誰
かの言葉を思い出す。
209:式神馴らし 2話 後編 2/5
08/07/02 21:26:55 /JTMJQkq
「分かったら、さっさと変化を解け」
一ノ葉の言葉に、初馬はぽりぽりと頬を掻いた。
ふと脳裏に閃いた思いつきにぽんと手を打つ。
「そうだ、アレやってみよう」
「……アレって何だ?」
囁くような問い。
初馬は数歩下がって、両手を向かい合わせた。両手で印を結んでいく。教えられてはい
たものの、今まで一度も使う機会のなかった術。
「だから、貴様は何をやろうとしている!」
声を荒げる一ノ葉。両手を地面に突いて起き上がろうとするものの、座った常態から立
ち上がる方法が分からない。膝を動かしたり腰を持ち上げたり。
「大丈夫だ。痛くはないから」
「ええい、思いつきで変なコトするのは止めろ!」
一ノ葉が声を上げた時には、術が完成していた。
右手の中指と人差し指を伸ばした刀印を一ノ葉に向け、
「式操りの術!」
「ッ……」
肩が跳ねる。
驚いたように自分の身体を見下ろす一ノ葉。
「式操りの術……?」
狼狽えた声。
自分の使役する式神との感覚共有を行い、自分の身体を動かすような感覚で式神を自在
に操る術。共有の度合いによって、使い道が色々変わる。知っていても意外と使わない術
でもあるのだが。
「何をするつもりだ?」
探るように眼を細める一ノ葉に対し。
初馬は人差し指を立てた。
「いちいち俺が教えるより、実際に歩いてみる方が手っ取り早いからな。習うよりも慣れ
ろとも言うし。それに単純に俺もこの術に興味がある」
告げてから右手で印を結ぶ。意識を集中させると、一ノ葉の感覚が流れ込んできた。そ
れほど強い共有ではないが、身体を動かすことはできるだろう。
一ノ葉がその場に両手を突いた。
210:式神馴らし 2話 後編 3/5
08/07/02 21:27:25 /JTMJQkq
「ん?」
眉根を寄せる。自分の意思による動きではない。初馬が式操りの術を通して、一ノ葉の
身体を操っていた。手を突いた感触が伝わってくる。予想はしていたが、他人の感覚は現
実味のないものだった。
「下手に逆らうと転ぶから、大人しくしてろよ」
初馬は一ノ葉を見つめた。
両手を突いて膝を折り、地面に足裏を付け、そのまま膝と腰を伸ばして立ち上がる。言
われた通り抵抗はしない。転ぶのは嫌だろう。
「なるほどな」
一ノ葉が頷く。不満そうに。
勝手に歩き出す足。右足と左足を交互に動かし、両手腕を振り、前へと進む。左右に揺
れる尻尾。それは今までとは違う慣れた動きだった。
足運びの感覚と、尻尾の左右に揺れる感覚、腕を振る感覚が伝わってくる。
六歩進んで、初馬の前までたどり着き、一ノ葉は足を止めた。両手を下ろした緩い気を
付けの姿勢。自分の意思ではないが。
「どうだ、自分で歩く感覚ってのは? 少しは理解できたか?」
「まあな」
一ノ葉は答えた。
「実際に動いてみると分かる。重心の運びは、ワシが思っていた以上に難しい。普段気楽
に歩いている人間も、かなり複雑な動作をしているのだな」
感心したように足を見つめてくる。
人間の足運びや重心移動は、それだけで論文が書けるほどの複雑さだ。人型ロボットが
歩けるようになるまで数十年の月日を要したのは、有名な話である。現在でも軽く走った
り、階段を昇ったりすることしか出来ていない。
初馬は印を解かずに左手を差し出した。
「このままアパートまで帰るぞ」
「いい加減、変化を解け。あと勝手に人の身体動かすな……」
半眼で呻く一ノ葉。他人に身体を動かされるのは気にくわないだろう。一ノ葉は他人に
干渉されるのを嫌う。ましてや身体を支配されるのは、もっと嫌だろう。
しかし、初馬は気にせず言った。
「アパートまでは歩いて十分くらい。お前は物覚えが早いから、歩くって感覚も理解でき
るだろうし、俺も女の子と手を繋いで帰りたいと思ってたし」
211:式神馴らし 2話 後編 4/5
08/07/02 21:27:49 /JTMJQkq
一ノ葉の右手が上がり、初馬の左手に重なる。
その手を握り締め、初馬は右手の印を解いた。直接触れて居れば印を結んでいなくとも
動かすことができる。芝生に張った結界を解いてから、並んで歩き出した。
「晩飯は何にするかなぁ」
そんなことを良いながら公園を横切り、道路へと出る。
日没前の薄暗い道。人のいなくなる時間には早いが、幸い人はいない。一ノ葉にかけた
隠れ蓑の術はまだ有効なので、見つかる心配はない。
住宅街の道を歩きながら、初馬はほんわかと笑った。
「あぁ、幸せ―」
左手でしっかりと一ノ葉の手を握り締める。暖かな人のぬくもりと、細く柔らかい女の
子の感触。足の動きに合わせて前後に動いていた。
呆れたような一ノ葉の呟き。
「女と一緒に歩くだけで幸せになれるとは、単純な男だな」
「可愛い女の子と手を繋ぎながら気ままに帰る―若い男として、これ以上の幸せがある
とでもいうのか? 今感動で泣きそうだぞ、俺」
初馬は真顔で言い切った。可愛い女の子と手を繋いで帰るという漫画のような一コマ。
このような体験を出来る人間は、それこそ一握りだろう。
「貴様は……」
目蓋と尻尾を下ろし、明らかに引いている一ノ葉。
初馬はこほんと咳払いをして、
「それより、尻尾って変な感覚なんだな」
術式を介して一ノ葉から流れ込んでくる感覚。足を進めるたびに左右に揺れる尻尾と、
狐色の毛に覆われた芯、根本に感じる尻尾の動き。
どれも現実味のないものだが、奇妙なものである。
一ノ葉が小さく鼻を鳴らした。狐耳が跳ねる。
「ワシにとっては人間の感覚全般が変なものだがな。まったく……。早く変化を解いて元
の姿に戻せ。狐の姿が一番落ち着くのに」
「それに胸も意外と邪魔なんだな」
初馬の呟きとともに、一ノ葉の左手が自分の胸を撫でる。そこはかとなくイヤらしい動
き。一ノ葉がそうしているのではなく、初馬が動かしているのだが。
現実感がないものの、手の感覚も伝わってくる。
手の平に感じる生地の手触りと、柔らかく張りのある膨らみ。歩くたびに微かに揺れて
いた。胸に重りを付けているという表現は、あながち間違いではないだろう。
212:式神馴らし 2話 後編 5/5
08/07/02 21:28:13 /JTMJQkq
「……喉笛噛み千切っていいか?」
犬歯を剥いて睨んでくる一ノ葉。
左手が降りる。さすがにやり過ぎたらしい。
「ははは」
初馬は明後日の方に向かって笑ってから、話題を変えた。
「しかし、式操りの術も成功してよかった。失敗することも覚悟してたんだけど、予想よ
りも上手くいったし、これなら色々と面白いことも出来そうだし」
「何を企んでおる?」
一ノ葉が眉を寄せる。他人の身体を自由に操ること。その気になれば、色々なことがで
きる。一ノ葉にとってそれはぞっとしない。
初馬は答えず、別のことを言った。
「晩飯何にするかな?」
「だから、何を企んでおる!」
一ノ葉が声を荒げた。
「秘密、秘密。あとそろそろいいかな?」
初馬は頷いてから、左手を放した。
「とりあえず、解除」
「ッ!」
操作を解除され、足をもつれさせる一ノ葉。狐耳がぴんと立ち、尻尾が伸びる。多少で
あれ歩く感覚を理解したためか、いきなり倒れることはなかった。
しかし、そのまま歩くことも出来ず、慌てて初馬の左腕にしがみつく。
「いきなり何をする! 転ぶところだったぞ」
「この方がいい」
左腕に掛かる一ノ葉の重さを味わいながら、初馬は答えた。手を握って歩くよりも、腕
を組んで歩く方が嬉しい。これは個人の好みだろうが。
諦めの表情で歩きながら、一ノ葉が呻く。
「貴様は……つくづくアホだな」
213:名無しさん@ピンキー
08/07/02 21:30:13 /JTMJQkq
以上です
式神馴らし 2話 終了
3話、4話のネタは既に考えていますが、
投下は多分数週間後になります。
214:名無しさん@ピンキー
08/07/03 01:22:36 D4vSMLO1
>>213
GJっした。次回楽しみにしてますよー。
一ノ葉の外見が俺の中ではすっかりシャオムゥだ…
215:名無しさん@ピンキー
08/07/03 07:23:44 XnZo1jG6
俺の設定
一ノ葉=狐なホロ
初馬=日本人なロレンス
216:名無しさん@ピンキー
08/07/03 08:11:09 1T9t4Hs6
>>215
作者は違うと言ってるが
ホロとロレンスを意識しているのは明白
217:名無しさん@ピンキー
08/07/03 16:41:24 cVc4z6ao
ホロとロレンスがわからんかった俺が恥ずかしい
ググってみたけどアニメのキャラなのね
218:名無しさん@ピンキー
08/07/03 17:47:01 td0XcCj4
母性全開の狐妖怪と狼妖怪と生活したい
219:名無しさん@ピンキー
08/07/03 19:51:04 q0DuWKCD
式操りの術で何をするんだろう?
wktkが止まらない
220:名無しさん@ピンキー
08/07/03 21:39:45 F1v/Qvng
wktk wktk
221:コマネコの人
08/07/04 23:57:38 Lo77ax+r
他の人の小説でwktkしてるところに水をさすかもしれぬが、
続き投稿してもよかと?
とりあえず30分後くらいに前の続き投稿します。
いや、駄目って言われても投稿しますけどね…。
222:名無しさん@ピンキー
08/07/05 00:03:52 VwLVyEvc
おk
223:コマネコの人
08/07/05 00:29:54 aD9dlPaN
したらば、投稿するよ。
ちょっと長いかも…。
224:コマネコ その8
08/07/05 00:30:40 aD9dlPaN
『こ、ここここれはどういうことですか!』
「なにが?」
『さ、さっき私はトドメの一撃をあなたに使おうとして…!』
「あぁ、あれはだな」
簡単に話せばこうだ。
呪符(武器)を使う上において、それを奪われて相手に使われるという事態は強力な武器であるほど避けておきたい事態である。
そのため、呪符ホルダーにはあらかじめ3枚に1枚ぐらいの割合で自分だけがわかるような『ダミー』を潜ませており、その『ダミー』が使用されると、全ての「呪術的要素」がリセットされ、同時に使用者に気絶程度のダメージを与えるのである。
『な、ななな…ずるいですよ、卑怯ですよ!!』
「俺はちゃんと忠告していたんだからな?」
『う、うぐぐぐ、こうなったら…』
「変化すれば、猫に戻った分、小さくなれるから、その流れで捕縛から逃れられると思ったか?」
『ぇ、ぁ、ぁれ、変化できないですよぅ!?』
コマが目に見えて焦り始める。
「ちょぉっとばかし、お前の首に俺特製の『飼い猫の首輪』をつけさせてもらった」
『なんですかぁ、それぇ!』
コマが首を横にブンブンと振ると、首輪についた小さな鈴がチリチリと鳴った。
「それはな、お前の能力を制御するためにつけた。今のお前は俺がそれに許可を出さない限り人並みの女の子と同じ状態にあると言って良いだろう」
『はーずーしーてーくーだーさーいー!!』
チリチリチリリリチリリ。
コマがブンブンと体を動かそうとするが、がっちりと拘束されているため揺れ動く程度にしか動かない。
「まぁ、落ち着けって」
コマののど元を軽く、くすぐってやる。
『…んにゃっ、ごろごろ。…ってやめてくださいよっ!』
若干、目が細まっていたところを見ると、割と気持ちよかったのかもしれない。
225:コマネコ その9
08/07/05 00:32:00 aD9dlPaN
「まぁ、兎も角として、一応、俺の立場上お前を退治せにゃならんわけだが…」
『や、やめてくださいよぅ! 私何も悪いことして…んにゃっ!?』
コマの体がビクンッとエビのように腰から跳ねる。
「どうした?」
『な、なんでもないですよっ! …あにゃぁっ!?』
また跳ねた。 絶対何かあるな。
隠し方も切羽詰っているように感じる。
「やっぱり何かあるな?」
『い、いま、私が変化してからどれぐらい経ちましたんにゃぁんっ!? 経ちましたかぁっ!?』
「ん、あ、時間? そうだな最初の変化からは大体40分くらいかな…?」
そう言っている間にもコマの体はビクン、ビクンと跳ね続ける。
ほんのりとだが、顔も赤らんでいる気がする。
『そ、そんなに長い時間…』
「どうしたんだ、事情を話してくれれば助けにならんでもないぞ?」
コマの顔が一層赤みを増した。
『そ、そんなこと私の、ゃぁぁっ…言えるわけ、んにゃぁ…』
な、なんだ、急に色っぽい声を出し始めた。
「へ、変な声出すな! また何か企んでるのか!?」
『ち、ちがっ、ごろごろ…わたひっ、わたひぃ…にゃぁぁ…』
色っぽいと思ったら、急に切なそうな声になり始めた。
『さわってぇ…、お願いですから、触って下さぃぃ…切ないんですぅぅ』
「ば、ばか、なに言ってんだ、おまえは! 少しは場っていうものをだなっ!」
『言いますぅ…正直に言いまひゅかりゃぁ…』
なんのことだ。
『わ、わたひ、長いこと人間になってりゅとぉ…』
ふむ。
『は、はっ、発情しちゃうんれすぅぅ…んぁぁぁっ!?』
あぁ、つまり今の状態は物凄く疼いてしょうがないのだけど、自分では動けないからどうしようもない、という状況か。
良いことを聴いたかもしれない。
これを上手く利用すれば『約束』ぐらいは結べそうだ。
『ひゃ、ひゃぅっ…うにゃぁぁっ!?』
ちょっと耳に息を吹きかけただけなのにこの反応。 いけるな。
「コマよ、何とかしてやっても良いぞ」
『ほ、ほんろれすかぁっ!?』
「ただし条件がある」
『にゃ、にゃんでもいいれふぅ、ひゃやきゅどうにかしてくらひゃぃぃ…!』
「その言葉、二言はないな?」
『ないれふ、ないれふきゃらぁぁぁっ! ひゃやきゅぅぅっ!!』
「心縛術・口約束!!(しんばくじゅつ・くちやくそく)」
途端にコマの体を光が包み込む。
『な、なんれふかぁっ、これ、なんれふぅぅぅ!?』
一瞬、物凄い勢いで光ったかと思うと、それはすぐに霧散してしまった。
『はぁっ…はぁっはぁっ…』
「少し収まったか?」
『な、なんとか・・んぁぅっ!?』
多少の制御術じゃどうにもならんな…。
かと言って相手の意思も尊重せにゃ…
『い、良いですよ…?』
え?
『くーがさん、気を使ってくれなくても…』
「いや、しかしだな、あまりこういう状況になれていないから…」
『い、いいのですっ、この疼きを止めて下さるならどんなことだって甘んじて受け入れます…』
「んーむ…」
『は、はやくしな・・いと・・また来ちゃっ・・来ちゃっ・・・ふにゃぁぁぁんっ!?』
「わ、わわわ、わかった、何とかやってみる!」
と言っても性的欲求による疼きを沈めるって言ったら、アレが最善策だろうが…。
『はやくぅぅ…』
ごくり・・・。
「えぇぃ、ままよ!!」
226:コマネコ その10
08/07/05 00:34:34 aD9dlPaN
コマの着物の帯をしゅるりと外してやる。
帯をそのまま地面に落とし、着物の前をはだけてやると、コマの肌はほんのりと紅潮し、その上、うっすらと汗で濡れていた。
苦しそうに上下する胸、心臓の鼓動が強いのかコマの胸は一定のリズムでふるふると揺れていた。
出来るだけ気が迷わないように、俺はまっすぐコマの胸に手を伸ばした。
その手をコマは切なげとも懇願しているとも取れる目で今か今かと誘っていた。
『はぅっ…』
俺の掌がコマの胸に覆いかぶさったとき、コマはぴくりと体を揺らした。
コマの胸は心地良く吸い付くような手触りで、出来ることなら思いのままに堪能したいところだったが、俺は出来るだけ優しく、ゆるやかに、コマをいたわるようにやわやわと揉みこんでいった。
事情が事情だ、欲望のままに、なんて手荒なことはしたくない。
『ふにゃぁぁっ……はふっ、はぁぁぁっ…』
コマの体が俺の揉みこみに合わせて妖艶な舞いを見せる。
『だめですぅ…胸ばっかり、だめですよぅ……これ以上、切なくなったら、わたしぃ…』
コマの息遣いが荒くなっていく。
潤む瞳で俺を求めるようにして見つめてくる。
あまりそんな目で見られると、変なスイッチが…。
『…ふにゃあぁんっ!? あ、あ、あにゃっ…く、は、んんっ…!』
気付けば、俺はコマの乳首に鋭さのあるキスを何度もしていた。
『だ、だめです…変に…なっちゃぃ、にゃぁ…』
キスをそのまま、胸から首筋へ、首筋から口元へと運ぶ。
『んちゅっ…んんっ…ちゅぷっ…』
キスが恥ずかしいのか、コマはうっすらと目を閉じている。
口内へ舌を差込み、お互いの舌を絡ませあう。
コマの舌は猫独特のザラザラとした舌で、最初は違和感があったが舌を絡ませあううちにそれは心地良い感触へと変わっていった。
『んっ、んんぅっ…ぷはっ、んちゅぅっ…くちゅっ…くーがひゃん、ぷはっ…』
「なんだ?」
コマが何か言いたそうだったので、一旦キスを止めて至近距離で見詰め合う形となる。
キスが止まり、離れていくのが若干、名残惜しそうだったが、コマが口を開く。
『お願いです…、逃げないので、呪いを一旦解いてくれませんか…? 決して逃げないことを誓います…今はただ…切なくて…』
何故か、だが。
今、コマが口にしていることは信じられるような気がした。
コマにかかっている捕縛の『呪』を一旦解除する。
途端にツル状の拘束物はかき消えて、コマが解放される。
227:コマネコ その11
08/07/05 00:36:56 aD9dlPaN
解放されたコマは重力に従い、俺のほうによりかかるように倒れてくる。
『ありがとうございます…んっんんっ…ぷちゅっ…』
間髪居られずにコマが俺の首と頭に手をかけ、さっきの続きと言わんばかりにキスを始める。
「?」
気付くと、俺の上半身の服が脱がされ始めていた。
『一緒に…気持ちよく…んちゅっ』
駄目だ、流されている、俺、流されている、コマのペースに、流されている。
どうにかして、一旦流れを俺の下に…。
『ついでに下も脱い…あにゃぁぁっ!?』
コマの背筋がぴぃんと伸びて俺の胸に飛びつくような形になる。
『ふゃぁっ、背中、背中だめですよぅっ…!』
コマの背中に上下に線を描くように指を這わせる。
「お前にばかり『してやられる』のも嫌なんでな…」
『そ、そんなっ、わたひっ、ふにゃぁん!?』
俺によりかかるようになり、崩れ気味の体勢のところに追い討ちをかける。
『み、みみっ、みみもだめっ、ですっ、だめえぇぇっ!』
軽く抱きしめてコマを逃げられないようにして、耳元に「ふっ、ふっ」と息を吹きかける。
勿論、背中を這わせる手は休めない。
むしろ、背中を這わせていた手をふとももにも伸ばす。
コマの体が俺の思い通りに体を震わせ、ぴくぴくと弾ける。
『ぅぁ、くっ、ぇ、ぁ、ぃっ…』
俺は這いまわせていた指をコマの秘部へと持っていく。
くちゅっ。
『ん、ふぁっ、ふぁぁぁっ!?』
コマの体が今までは違うほどビクビクッと攣縮を起こす。
「もしかして、今のでイったのか?」
俺はほんの一瞬、コマの秘部に指を這わせただけである。
それほどまでに上り詰めていたということなのか。
『はぁっ、はぁっ、はっ…まだ、足りないです…今のじゃ、まだ…』
228:コマネコの人
08/07/05 00:45:02 aD9dlPaN
とりあえず、今日はこんな感じで。
物語そのものを短く書くのが難しい気がするのは私だけなのかなぁ?
簡潔にまとめられないだけかもしれないけど…。
229:名無しさん@ピンキー
08/07/05 07:49:17 VwLVyEvc
GJ
欲を言えば地の文を増やしてほしい
230:名無しさん@ピンキー
08/07/05 19:15:45 2u0cJo47
GJ
投下するときは、とくになにも言わず投下していいよ
231:コマネコの人
08/07/05 20:30:45 aDW2pN0g
色々と不慣れな部分がある自分にアドバイスをありがとごじゃます。
次からは唐突に投下しまs
質問です!
『地の文』とは?
①エロじゃない、日常会話のシーン(キャラクタのベースとなるシーン)
②セリフ以外の状況説明文
③エロシーン全般
ドノアタリデショウカ。
232:名無しさん@ピンキー
08/07/05 20:49:02 cEzur3DJ
>>231
2番です。
1番はなんていうか知らないけれど、3番は濡れ場。
233:コマネコの人
08/07/05 21:00:34 aDW2pN0g
素早い返事、どもなのです。
とりあえず、現在の作品はそのままの調子で続けて、
次あたりで実験的に色々やってみようと思います。
234:名無しさん@ピンキー
08/07/05 21:22:18 cEzur3DJ
おそらくこの場合の地の文とは、
・舞台説明(場所や時間など、その場の状況の描写)
・人物説明(登場人物の表情や行動などの外的描写、および感情などの内的描写)
をもっと充実させてみては? というような意味難じゃないかな?
一人称、三人称でこのあたりの書き方がずいぶんと変わってくるから、とにかくたくさん書いて慣れることが大事だと思うよ。
キャラの萌えを描写するには、セリフだけじゃあ物足りなく感じるときがあるからね。
その為には1番も必要だし。
235:名無しさん@ピンキー
08/07/05 21:48:15 pDykQZoi
>>23
描写には会話文よりも地の文の方が重要。
一部を除いて、登場人物の特徴は行動に表れる
それを会話文で表現することはまず不可能
また、地の文を適当にすると背景や状況の描写が少なくなり
その場面をイメージしにくくなる。
本人は状況を想像できているのに、
読み手は全く想像できないのはよくあること
些細なものの描写をきっちり行うことにより、
文章にリアリティが出てくる。
一文章書きより
236:名無しさん@ピンキー
08/07/05 22:38:08 HmemFN5m
初心者SS書きの俺には
「地の文は大切」ってのよくわからなかったけど
>>233 のを見てとってもよく理解できた。
情報量が非常に少なくなるんですな。
ありがとう。
237:名無しさん@ピンキー
08/07/06 00:14:57 mmH8MXkX
>>236
そりゃあ最悪地の文なけりゃセリフだけの対話形式になっちゃうわけで・・・
そえでもおもしろければ良いんだけど・・・ね
しかも厨房のネットSSなんかでよく見かけるからイメージ悪いしね>地の文が少ない
238:名無しさん@ピンキー
08/07/06 00:30:01 /OSP6z4+
>>237
地の文って意外と大変なんだよな
会話文で続ける方が楽だから
つい楽しちゃう
239:名無しさん@ピンキー
08/07/06 01:05:56 P9a82KSU
>>237
そうなのか?
俺厨房のころ書いてたSS「地の文が多すぎていけない」って言われてたぜ?
240:名無しさん@ピンキー
08/07/06 01:08:41 yv8xaQFg
まあその辺の話は書き手控え室でやろうぜ
241:コマネコの人
08/07/06 02:11:47 YeYi1J6m
今、ちょっと全体的に書き終えた部分の文章を見直してきました。
あれですね、設定とか使いたいシーンとかメモしておいたノートがあるのですが
なるほど、今自分の文と比較して読むと、完全に自分の脳内で補完していて、
文章まで描写が回ってませんね…。
(要は脳内妄想で補正をかけてた)
最初のほうぐらいしかマシ(?)な情景描写してませんしね…。
とりあえず、
『読み手がとっぷり世界に浸れるけど、変な言い回しとかでくどくならない文』
っていうのを次回から書いてみようと思います。
色々と波風立ててすみませぬ。
教えて貰ったことを無駄にしないように頑張ります!
242:名無しさん@ピンキー
08/07/06 08:45:11 qX4V05es
波風立ててないよ。まあこれ以上はこんなスレもあるから参考に
SS書きの控え室 82号室
スレリンク(eroparo板)
みんな>241に期待してるってことさ。がんばれー
243:名無しさん@ピンキー
08/07/07 20:44:32 f8ho8Z8U
七夕ですよ
244:名無しさん@ピンキー
08/07/07 20:54:03 3aIOIH6N
彦星(あれ? こいつなんかユルくなってね?)
織り姫(…いつまでたっても彦星はヘタクソねぇ…)
245:名無しさん@ピンキー
08/07/08 01:37:23 eb6Jrzm5
七夕は人外萌え的にはいまいちネタにしにくいな
246:名無しさん@ピンキー
08/07/09 16:49:15 086MZ8ie
橋となる鶴を擬人化して二人で可愛がるとか
247:名無しさん@ピンキー
08/07/09 20:05:07 1jfSHnkL
彦星はどうみても天の川に沈んでるんだが。
丸一年天の川さんに囚われる彦星?
248:名無しさん@ピンキー
08/07/10 13:20:34 QuvyjzCL
>>247
メインブースターがイカれただと!?
249:名無しさん@ピンキー
08/07/10 17:09:31 nG9wttMF
>>248
ちょw
250:名無しさん@ピンキー
08/07/10 22:33:50 GR8F/9/a
>>248
水没王子乙
251:名無しさん@ピンキー
08/07/13 10:17:48 WsubUqom
狐耳巫女キボン
252:名無しさん@ピンキー
08/07/13 17:58:07 DqfBszT0
>>248
こんなところでなにしてるんですか?
水ボッツダルバww
253:名無しさん@ピンキー
08/07/13 19:35:21 3PUK6VgV
>>251
狐メイドじゃ駄目?
254:名無しさん@ピンキー
08/07/13 20:51:25 j/dCNnfC
誰がイヤと言おうか。
255:名無しさん@ピンキー
08/07/13 21:41:01 3PUK6VgV
じゃ、そのうち
256:名無しさん@ピンキー
08/07/14 00:08:34 FE2nIRaJ
水没メイド・・・いやなんでもない
257: ◆uC4PiS7dQ6
08/07/14 08:57:03 GAsAG34i
誘導されて来たんですが、スレの流れを見てたら何となく何となく、違うかな? って思ったんで一応確認。
URLリンク(same.ula.cc)
※以前書いたSSのエロパートのみです。
モンスター娘やら搾精生物に性的に食べられるって話しは、ここで良いのでしょうか?
258:名無しさん@ピンキー
08/07/14 16:40:15 cRXE1Oqg
>>257
擬人化した凶暴な♀動物が逆レイプするスレっていうのもあるけどどっちかと言えばこっちっぽい気がする。
259:名無しさん@ピンキー
08/07/15 00:25:31 H8P6ML38
>>251
狐の女子高生17歳はだめか?(注:かのこんをイメージしない様に)
実は相手を同年にするか、大学生にするか、美術の先生にするか迷ってる最中。
260:名無しさん@ピンキー
08/07/15 00:41:24 ZLjVFBLG
>>259
お兄ちゃんと呼ばれる大学生。
261:名無しさん@ピンキー
08/07/15 07:24:15 9pMwTRrh
>>258ありがと
262:名無しさん@ピンキー
08/07/15 21:04:47 5mqNc4pL
>>259
ちょっとだけ大人の同年
263:名無しさん@ピンキー
08/07/17 17:58:31 sxq53PA7
コマネコの人はどこに消えてしまったのだろう?
264:式神馴らし
08/07/18 20:28:37 7IJkU89q
投下いいですか?
265:18スレの314
08/07/18 20:51:40 gKc6RvOe
投下が被りそうですね。
私も投下準備完了しましたが、少し長いのでお先にどうぞ。
266:式神馴らし 3-1 1/6
08/07/18 21:14:05 7IJkU89q
ではお先に失礼します
生木を蹴ったような、重く鈍い音。
伸ばした足に返ってくる、確かな手応え。
初馬の右足が、一ノ葉の腹へと突き刺さっていた。瞬身の術の踏み込みから、全身の捻
りと脚全体の筋肉を用いて放たれた蹴り。重い手応えがしっかりと伝わってきた。
それも一瞬。
悲鳴も上げずに一ノ葉が吹っ飛ぶ。十メートル近く宙を舞い、地面に叩き付けられ、二
度跳ねる。だが、意識を刈り取るには至っていない。受け身を取るように転がってから、
四つ足で立つ。大きく跳ねる尻尾。
「今のは効いた……。さすがは、白砂の跡取り」
震える脚で何度か足踏みしてから、睨み付けてきた。咥内の血を横に吐き捨てる。血と
泥で汚れた毛並み、焦げ茶の瞳に灯る殺気。
街外れの空き地。最初に一ノ葉の封印を解いた場所である。
初馬は持ち上げていた小太刀を下ろした。口元に浮かぶ苦い空笑い。
「間一髪……でもないか。まったく、予想以上の強さだ。こないだあのまま戦ってたら危
なかったかもしれない、ホント。準備期間あってよかったよ」
左胸から、左肩と左上腕に四本の創傷。焼けるような痛みと、流れ落ちる赤い血。前脚
の爪から放たれた高速高圧の空気、鎌鼬の斬撃だった。
「痛い……。長くは持たないかな? そろそろ決めるぞ」
右手で傷口の上辺りを撫でる。
狙いは首筋だったが、蹴りと小太刀の防御で辛うじて軌道を逸らしていた。それでも術
防御を施された鎖帷子を着込んでいなければ、傷は肺まで達していただろう。
「そうかい」
一ノ葉が妖力を練り込む。口笛のような鳴き声。
口を大きく開き―
咥内から膨れ上がった蒼い狐火が、爆ぜた。百本以上もの蒼い槍と化して飛来する。狐
火の槍。一発の威力はそれほどでもない。だが、この数。防がなければ危険だ。
267:式神馴らし 3-1 2/6
08/07/18 21:15:19 7IJkU89q
躊躇はない。初馬は全身に霊力を流し込む。鉄硬の術の防御。
同時に右手を閃かせ、小太刀を投げ付けた。術による加速によって、回転しながら飛ん
でいく刃。当たれば無事では済まない。
「甘い……!」
一ノ葉は横へと跳んで、小太刀を躱す。
そして、目を見開いた。
「ッ!」
その眉間に、全体重を乗せた踵が突き刺さる。骨が軋む、確かな手応え。
真正面から槍の雨を突っ切り、縦回転の胴回し回転蹴り。七本の槍が、防御を貫いて身
体に突き刺さっていた。一ノ葉の目眩ましを、逆に目眩ましとして使ったのである。半ば
捨て身の賭けだったが―賭けには勝った。
受け身も取れず、一ノ葉が地面へとめり込む。
余力を全部絞り出したような一撃に、地面がえぐれた。緩く跳ね上がった一ノ葉に、もう
意識は残っていない。白目を剥いたまま、気絶している。
反動で跳ね返り、両足で着地する初馬。
「これで、トドメだ!」
駄目押しとばかりに狐火の槍を振り下ろした。途中で捕まえてきた一本。
蒼い槍が意識のない一ノ葉を貫く。腹から背中まで、硬度を持った炎が突き抜けた。一
度激しく痙攣し、口から細い炎を吐き出す。肉の焼ける独特の匂い。
妖力の支えを失い、狐火が消える。
一ノ葉は力無く地面に伏していた。全身に打撲と創傷、骨折も数カ所、腹に焦げた穴が
開いているが、これでも死なないのが人外である。
初馬は荒い呼吸を繰り返していた。痛みが強すぎて、痛覚自体がろくに働いていない。
全身から肉の焦げる臭いがしてる。
「決闘は、俺の勝ちだな……」
一ノ葉に告げるように、短く呟いた。
268:式神馴らし 3-1 3/6
08/07/18 21:15:57 7IJkU89q
それから三日後の午後一時。
街外れにある月ヶ池医院。表向きは普通の開業医だが、退魔師や人外の治療も行ってい
る特殊な病院。秘密裏というわけではなく、この辺りでは有名である。見た目も普通の病
院と変わらない。決闘の直後に一ノ葉を抱えて訪れた。
「お前、もう治ったのか?」
初馬は病院から出てきた一ノ葉を見つめる。
尻尾を揺らしながら、四つ足でとことこと歩いていた。全身に傷を負っていたはずなの
に、今は元通りに回復している。むしろ、以前よりも健康そうだった。
「貴様はボロボロだな……。人間は傷の治りが遅いと聞いていたが、噂通りだな。それで
も、病院から出られただけマシと言うべきか?」
初馬の横を通り過ぎる。
それに並ぶように初馬も歩き出した。露出している場所だけで、湿布が三箇所。服の下
には、あちこち包帯が巻かれていた。一応動けるだけで、健康とは言い難い。心持ち身体
もやつれている。
応急処置を受けた後、初馬は院長の紹介で近くの市営病院に入院した。全身の重傷につ
いては適当な方便で誤魔化したらしい。一ノ葉はそのまま大月病院で入院。
今日お互いに退院したのだが、回復量には大きな差があった。
「あの怪我だ……普通なら数ヶ月入院だろ。三日でここまで回復したのは、我ながら凄い
と思うよ。回復の術って便利だな」
頭を抑えて、呻いてみる。
大学は一週間の休学を申し出ていた。怪我が目立ちすぎるため、完治するまでまともに
出歩くこともできない。今は隠れ蓑の術を使って外出している。
初馬は右腕を下ろし、微笑んだ。
「一週間前の約束覚えているよな?」
「一応、な……」
269:式神馴らし 3-1 4/6
08/07/18 21:16:31 7IJkU89q
一ノ葉の返事。正面を見つめたままの硬い口調。
三日前の決闘よりもさらに五日前。初馬は一ノ葉に決闘を持ちかけた。一ノ葉が勝てば
契約を白紙にして解放する。再び式神にすることも考えない。
「俺が勝てば、俺を主人と認める。ついでに、しばらく俺の言うことを何でも聞く。録音もして
あるから、今更とぼけても無駄だぞ? さっそく実行して貰うからな」
「ああ……」
陰鬱に呻く一ノ葉。気分を表すように、尻尾が下がっている。
二つ返事で了承して決闘を行い、初馬が勝った。街外れの空き地での二十分にも及ぶ激
闘。あらかじめ父親とも相談してあり、病院への予約も付けておいたため、共倒れになる
こともなく治療を受けることができた。
諦めたように、そして腹を括ったような吐息。一ノ葉が顔を向けてくる。
「要求は何だ?」
「まず俺を『ご主人様』と呼べ」
初馬は真顔で告げた。きっぱりと、一分の迷いすらなく。
十秒ほどの沈黙。
諦観と覚悟を決めていても、実際に要求を突き付けられると躊躇が生じるらしい。視線
を泳がせてから、一ノ葉は改めて訊いてくる。
「……で、要求は何だ?」
「まず俺を『ご主人様』と呼べ。次に『よろしくお願いします、ご主人様』と言え。聞こ
えない振りしてると、要求は無制限に増えていくぞ? 語尾に『コン♪』付けろとか」
初馬は再び告げた。やはり、きっぱりと。
一ノ葉の表情が引きつる。無視すれば増える要求。以前なら絶対に嫌だと拒否していた
だろう。しかし、決闘に敗れたことにより、反抗心はある程度削られていた。
首を左右に振ってから、小声で呟く。
「ご、しゅじんさま……?」
「それから挨拶」
初馬は笑顔で促した。
270:式神馴らし 3-1 5/6
08/07/18 21:17:11 7IJkU89q
しかし、一ノ葉は狐耳を伏せて尻尾を下ろし、無言のまま見つめてくるだけである。諦
めと呆れと困惑と苛立ちの混じった奇妙な表情。叱られた子供のような、バツの悪そうな
面持ち。気持ちは分からないでもない。だが、見逃す気もない。
初馬は足を止めた。釣られて足を止める一ノ葉。
その場にしゃがみ込み、初馬は一ノ葉の頭に手を乗せる。
「はい、どうぞ」
「………。よろしくお願いします、ご主人様」
視線を逸らしたまま、棒読みで言ってくる一ノ葉。
「まあ、よろしい」
初馬は一ノ葉の頭を撫でる。滑らかな狐色の獣毛。手の平に伝わってくる、非常に心地
よい手触り。以前よりも毛並みが良くなっていた。
「あと丁寧語で話してくれ。ご主人様と呼ばれても、もいつものタメ口じゃバランス悪い
からな。敬語喋れとは言わないけど、そんな雰囲気は出せるだろ?」
「はい……。分かり、ました」
かなり嫌々と頷く一ノ葉。
元々他人に命令されるのが嫌いな性格だ。しかし、罵声が飛んでこないことを考えると、
随分と従順になったようである。
ぽんぽんと頭を叩いてから、初馬は立ち上がった。
「じゃ、しばらく俺の世話を頼むぞ」
「世話?」
訝る一ノ葉。
「そう、世話。退院はできたけど、まだ歩ける程度にしか回復してないんだから、身の回
りの世話して欲しい。お前ももう二本足で走れる程度になったんだし。掃除洗濯しろとか
無茶は言わないけどね」
271:式神馴らし 3-1 6/6
08/07/18 21:17:55 7IJkU89q
歩くことはできるが、走ると傷が染みるように痛む。体力もないため、一キロ歩くだけ
でバテてしまう。健康なら十キロくらいは簡単に走れたが、そこから考えればまだかなり
衰弱しているだろう。
「世話か……」
呻く一ノ葉。毎日の練習のおかげで、人間に化けても普通の人間と同じくらいに身体を
使いこなせるようになっていた。
「分かりましたよ、ご主人様……」
投遣りな言葉とともに、一ノ葉はかぶりを振ってみせる。
272:名無しさん@ピンキー
08/07/18 21:18:17 7IJkU89q
以上です
続きはそのうち
273:名無しさん@ピンキー
08/07/18 21:33:00 7IJkU89q
失礼、本文中で病院の名前修正するの忘れていた。
大月病院→月ヶ池病院
274:18スレの314
08/07/18 22:33:31 gKc6RvOe
お久しぶりです。18スレの314です。
妖精をネタにして一本書いてみました。
計50レスほどお借りします。一括投下には多すぎるので、前後編に分けさせて頂きます。
エロは後編のみ。本番無し。ENDで少しグロ描写有り、です。
その手の描写が苦手な方はスルー、若しくは『幸運の条件』をNG登録するようお願いします。
妖精スレの方が適しているかとも思ったのですが、あちらは主にホノボノ系のようなのでこちらに投下します。
>272氏
GJ
次からの展開が楽しみですね~。お世話!お世話!ご主人様をお世話!
275:幸運の条件
08/07/18 22:35:39 gKc6RvOe
―1―
「もし、そこのお若いの…」
「んあ?」
世の中には、カクテルパーティ効果というものがある。カクテルパーティのようなざわめきに満ちた雑踏の中でも自分の名前などは自然と聞き取る事が出来る、というヤツだ。
だが今は、雑踏どころか、通りは寒々しいまでに閑散としており動く気配は一つっきり。名を呼ばれてもいない。
しかし、その声にはまるで魔力でも含まれているかのようで、ざわめき以上に思考を分厚く包み込んでいた霞みをするりと潜り抜けて、呼びかけは青年の意識を揺さぶった。
青年はよたつく足を止め、シャックリでもするかのように危なっかしげにぐるりと辺りを見回す。頭の旋回速度は大分遅い。
が、何も見つからない。
煌びやかに夜を飾っていたネオンも、そのあらかたが落ちた街。所々で落ち着いた雰囲気を纏って光るのは、青年からすれば高嶺の花ばかり。
最終電車は当の昔に終点へ辿り着き、バスは勿論、タクシーさえもほとんど走っていないような時刻。
しばらくの空白の後、青年の頭の中にようやっと戸惑いと疑問が浮かんでくる。
友人知人とも分かれ、あてどなく暗い街を歩いていた青年はこんな町中で自分が呼びかけられるなんて思ってもみなかった。
カタツムリ張りに遅くなった脳でも疑問点までは行くものの、誰に呼ばれたのかと言う答えには一向に辿り着かない。
トロンと澱んだ目は青年の頭が鈍りきっている事を物語っている。
それだけでなく、阿呆のように半開きになった口から漏れる匂いからも、青年がたっぷりと酒を飲んだ後だと言う事は明白だった。
「こっちじゃよ、お若いの…」
再び彼を呼ぶ声がして、そこでようやく青年は声の主の居場所に気付いた。
声の主は、青年を名前で呼んではいない。けして大きな声でもない。せいぜい隣に聞こえる程度の、独り言と勘違いしそうなほどの声量だ。だのに、何故だか青年は自分が呼ばれていると分かった。
「お~?なんら、婆さん、占い師かあ~?」
安い居酒屋でしこたま飲んだ後遺症は抜けかけているとは言え、まだまだその足は酔いから抜け出せていない。時々危なっかしくふら付きながらも、青年は老婆へと足を向けた。
互いに寄りかかるようにして建つ細い雑居ビルとビルの境界。
その僅かに出来た間隙にすっぽりと嵌まるようにして、一人の老婆が小さな卓を広げ、その後ろに腰掛けていた。
老婆の顔の上半分はフードが作る影に隠れ、他も暗がりに溶け込むようにして見え辛いが、高く突き出した鼻から日本人ではないと分かる顔立ちだ。
確かに彼の言葉通り、老婆は一見すれば辻占いにも見える。
暗い隙間に陣取り、およそ現代の日本には似つかわしくないたっぷりとしたローブを纏い、すっぽりとフードを被っている。老婆は、占い師と言う言葉のイメージ、そして夜と言う時間の魔力も相まってこれ以上ないと言うくらいに妖しげな雰囲気をかもし出していた。
もしも彼の脳がアルコール漬けで無ければ、きっと彼は違和感を覚えたかもしれない。
276:幸運の条件
08/07/18 22:36:36 gKc6RvOe
辻占いと言えども客商売には違いない。街が賑わいを見せていた時とは違い、時刻が時刻だ。人気も消え失せた街角で、来る宛もない客を待とうとする者はそうそういないだろう。
実際、老婆は姿格好こそそれらしいが、占い師には見えなかった。
それらしい卓こそ広げられてはいるが、卓には筮竹やタロットや水晶球にその他諸々、一般的に占いに使われそうな道具が何一つとして置かれていないからだ。
「んん~?婆さん、俺の事、占ってくれるってのか?」
そんな事すらもピントのぼやけ切った頭では気付けない。
卓上には占い道具に代わって、別の物が置いてあると言うのに。
老婆の前にある折り畳み式の小さな卓の上には、小さな鳥籠のような物がいくつか鎮座していた。
卓全体を足元まで被うように広げられた灰色のテーブルクロスの上にあるのは、絡み合う蔓草をモチーフにしたと思われる小さな鳥籠。
それは、生きた樹が意思を持って自ら絡まりあい籠になった、と言われれば信じてしまいそうなほど精巧な品だった。
細い蔓が寄り集まり、時には解けて半ば球形をした籠を形作るフレームになっている。フレームには切ったり継いだりした跡も見当たらず、まるで本当に一本の樹から出来ているかのようだ。
蔓のあちこちからは大小さまざまなサイズの葡萄のような葉が、青々とした姿でぶら下がっている。
この籠の製作者の趣味は徹底しているようで、持ちにくさを許容してなお造形に凝っていた。
籠の天辺のリング状の持ち手すらも撚った蔦で出来ている。実用性はともかくとして、創作物や美術品として見ればそれだけでも見事な物だ。
しかし、それ以上に見事なのは籠の中にいるモノだった。
籠の高さはせいぜいが二十センチをちょっと超える程度。さほど大きくはない。また蔓草のフレームが形作る網の目も粗い。その寸法からすると入れるとすれば、小鳥かハムスターのような小さな愛玩動物くらいなものだ。だが、それらは粗い網目の隙間から逃げ出してしまう。
籠の中にいるモノは小鳥でも、ましてやネズミの類いでもなかった。
そのいずれかでも、否、この世界には存在すらしない筈の物だった。
ソレを一匹と呼ぶべきか、はたまた一体と数えるべきか。少なくとも人ではないのだから、『一人』は妥当でないのは確実だ。
人間、それも見目麗しい異国の少女を十分の一に縮めた上で背中に翅を生やせば、籠の中にいるモノになるだろうか。
鳥籠の底の小さな円形の床の上、膝を抱えて丸くなりピクリとも動かないのは、一体の妖精だった。
(最近のフィギュアってのはすげーなー)
目を丸くしながら籠の中を見詰める青年の、それが最初に浮かんだ感想だった。
青年の目がそちらに集中し、鈍った頭でもソレが何かを把握した頃合を見計らう。もっと違う角度から良く見ようと青年が体を動かし始めた頃、老婆は口を開いた。
老婆は先ほどの青年の質問には答えず、にやりと大きく笑って見せる。
お伽噺に出てくる魔女みたいな笑いを見せながら、老婆は青年に話しかけた。
「どうかね?お若いの。見事なもんだろう」
人間誰しも自分のとっておきを自慢するとなれば、顔の一つも緩むものだ。
277:幸運の条件
08/07/18 22:37:06 gKc6RvOe
肌はくすみ、皺だらけだが不思議と気力溢れる老婆の顔には、お客への愛想笑いと得意げな笑みが同居していた。
この時点になって、開店休業状態だった青年の脳味噌もようやく仕事をし始める。
いくつかの事柄を結びつけて、回答を出す。
「あー分かったぞー。婆さん、俺にコイツを売りつけようってんだろ?金なんかねーぞぉ?」
全部飲んじまったからな。
青年はそう言うや、げふぅっとアルコール臭を盛大に撒き散らしながらケラケラと笑った。
うざったい売り込みが始まる前にとっとと帰るか。
脳がアルコール漬けで働かないと言っても、その程度の感想は出てくる。が、青年が踵を返すよりも早く、老婆の言葉が彼の足を縛りつけた。
ほんの一瞬前まで思っていた事は、老婆の一言によってあっさり引っくり返された。
「いやいやいや、お代なんか頂戴しないさ。お若いの、アンタが欲しいと言うのなら差し上げるよ」
随分とおどけた口調の老婆。
両の掌が否定の形にヒラヒラ振られ、ついで青年に向かって差し出すようなジェスチャーをする。
ただでくれる、と言う。青年の側から無理に「ただでよこせ」と頼んだ訳でもない。
ならば断る道理はない。
「ふーん。くれるっつーなら貰わないでもないんらが……そいつぁ、販促かあにかか?」
隠そうとして隠れていない欲望丸出しの青年の問いにも、老婆は口元を歪め、曖昧な笑みを浮かべるだけ。
青年には老婆の意図がまるで読めなかった。
頭を捻ったものの、身体中に残るアルコールのお陰で物を考えるのがひどく鬱陶しく思える。頭の周りにまとわりつく小蝿を追い払うように、青年は考える事をあっさりと放棄した。
仮に青年が正常でも、彼は正解を言い当てる事は出来なかったろう。彼が取り立てて愚鈍だから、と言う訳ではない。それが誰であったとしても、老婆の思惑を見抜ける人物など人の世には存在しない。
「婆さん、それ、ほんろにくれるのか?」
数秒前まで感じていた薄気味悪さは、物欲の前に霞のようにすっかり消えていた。
「ああ、本当だともさ。可愛がってやっとくれ」
さあ、どうぞ。
どれか一つを選べ、と深い皺が刻まれ節くれ立った手が籠を指し示す。
老婆の手に促されて、青年は籠の一つを手に取ろうとする。しかし、籠の上空を青年の手は行きつ戻りつ。たっぷり数分も悩んだ末にようやく一つの籠に手をかけた。
老婆が肩を小刻みに揺らした。笑ったのだ。満足そうに仕草のみで笑いながら青年に語りかける。
278:幸運の条件
08/07/18 22:37:30 gKc6RvOe
「確かに彼女をただで差し上げるがの、その妖精にはいくつか守るべき事柄がある。
それさえきっちり守れば、妖精はきっとアンタに幸運を授けてくれるだろうよ」
老婆の顔と声から笑みが消えた。
商売人の顔から一転、厳かに言いながら老婆は親指と小指を畳んだ右手を示して見せた。
立っている指は三本。つまり、守るべき事柄は三つ。
「一つ。妖精だって飯を食う。
毎日、指貫一杯分の牛乳と蜂蜜を与えてやる事。ちゃんと新鮮なやつをじゃぞ?」
老婆が薬指を折る。
お前さんだって飢えるのは嫌いじゃろう?、と老婆は青年を見上げる視線で語る。
青年は納得したのかしてないのか判断しかねる微妙な顔で、曖昧に頷いた。
フィギュア、それはつまり樹脂や粘土の塊に過ぎない。
模型が飯を食ってたまるか。
この老婆は人とは違う物が見える可哀想な人物なのか、それともそういう設定なのか。文句を言って返せと言われるのも嫌なので、青年は黙って聞く。
「二つ。彼女は飯を食うだけじゃ生きてはいけん。腹と同様に心も満たしてやらねばならん。
そうせんと、いずれ心が飢え死んじまうからの。そこらへんは人も妖精も似たようなもんじゃな。
その娘は風属の妖精、流れる空気の中でこそ輝く娘。だから、毎日一回は自然の風に当ててやる事」
中指がゆっくりと折りたたまれる。
青年の思案を置いて、老婆は淡々と先へ進む。
「最後に三つめ。こいつが一番大切な事さね。
彼女はまだまだ若い。無垢な心を鎧う術は未熟じゃ。妖精は人の世にあってはか弱い存在にすぎんのじゃよ。
……故に、絶対に怖がらせたりしない事」
ゆっくりと、それこそ幼児に聞かせるように噛んで含めるような口調で言う。
教えられている当の青年はと見れば、アルコールの後押しする無礼さで老婆の言葉なんかほとんど聞いちゃいなかったが。
籠を引っくり返す暴挙にこそ出ていないが、青年は籠を上から下から、試すがめつ眺めていた。
怖がる?フィギュアが?
279:幸運の条件
08/07/18 22:37:57 gKc6RvOe
彼としては、籠の中で妖精が本物で老婆の言葉が事実だ、なんて欠片も信じてはいなかった。
彼がそれなりに丁寧に扱っているのは、ただ単に下手に動かして中の良く出来たフィギュアが壊れると困ると言うだけだ。話を聞いているのだって、老婆が機嫌を損ねて折角くれると言っている物を「返せ」と言われるのが嫌で、最後まで付き合っているに過ぎない。
そんな青年の無作法にも、老婆は気を悪くした風でもない。
「ただし、気をつける事だね……お若いの」
囁くような声で老婆がボソリと呟く。
妖精に見入っていた青年が、ぞくり、と身を震わせた。
若いのか年老いているのか、男なのか女なのかすらもあやふやな不思議な声音。それもごくごく小さい。それは、どこからか緩く吹き始めた風音にさえ吹き消されてしまいそうな程だ。
だと言うのに。
青年には老婆の言葉が聞こえた。
老婆の口元がもごもごと動いて何事かを喋っているという認識しか出来ないのに、その癖、老婆が何と口にしているかはしっかりと理解できる。まるで耳を通りこして、脳に直接話し掛けられているような感覚。
知覚と認識の差がズレを産み、目眩となって青年を襲う。
はじめは真綿で絞められるようだった違和感は、あっという間に恐ろしいほど強烈になって精神を蝕む。
目に映る全てから急速に現実感が失われていく。
胃から何かがせり上がる。地面が頼り無く波打ち始める。
老婆の言葉は続く。
「約束を違えて妖精を裏切った時、アンタはとてもとても大きな代償を支払うことになるだろうよ」
「ば、ばーさん、あんら、らに言って…」
それ以上は言葉にならなかった。
鈍痛と眩暈が青年の意識を掻き混ぜてクラムチャウダーみたいに変えていく。
老婆の背後にわだかまる暗闇が、じわじわと領土を広げ、街灯の光を侵蝕し始める。
「その事を、ゆめゆめ、忘れんことだね」
ぐらりと一際大きく視界が傾いだ。
加速度的に広がり続ける暗闇は既に老婆を飲み込んでおり、ついで大波のように膨れあがり、青年に圧し掛かってくる。
老婆の言葉が終わるか終わらないかの辺り。
そこで青年の意識は闇に飲み込まれ、途絶えた。
280:幸運の条件
08/07/18 22:39:30 gKc6RvOe
―2―
音楽が鳴っている。
携帯電話の安っぽいスピーカーから流れる音楽。好みの問題よりも、流行っているから、と言うだけの理由でダウンロードした曲だ。
いつもと同じ、どうと言うことのないアラーム。
だが今の二日酔いの頭には、地平線の果てまで鳴り響く割れ鐘のようにも思える。
「ぐっ……つーっ。あたま、が、いてぇ」
そんな青年の苦しみなど機械の知った事ではない。
青年の携帯電話は、事前に与えられていた任務をただただ淡々とこなす。血の通わぬ冷徹な機械は、青年の体調など気にかけずに彼を叩き起こそうとする。
無理やりに覚醒させられた青年が布団の中から身を起こした。墓場から蘇ろうとするゾンビのような動き。
動く死体のような青年の耳に、携帯電話の音楽に合わせて、もう一つの音が聞こえる。
突き刺さるような電子音とは全く異なる、心地良い鳥の囀りが聞こえる。
だが、スピーカーからの流行のポップスに合わせて歌う鳥なんかがいるものだろうか?
それに、なんか妙に女っぽい声色の鳥だ。
そんな事を体と同じくゾンビ同然の頭で考えながらも、携帯電話を捜し求めて動く。
昨晩はどうやって家まで帰ってきたのか、青年にはさっぱり記憶がなかった。記憶同様に放り出してしまったようで、彼の携帯電話もどこに置いてあるのかよく分からない。
記憶がない間に何かをやらかしてはいないか、と不安が青年の頭をよぎる。記憶を引っ張り出して確認したかったが、今はとにかく、二日酔いの頭の中に鈍痛を引き起こす音を止めたかった。
無造作に放り投げられたと見えて、部屋の隅にようやく求める騒音源を探し当てた。
拾い上げる。
ピッと言う短い電子音と共に延々とループしていた曲が止まった。
「Pyu?」
鳥の囀りは止まなかった。
気持ちよく歌っていた最中なのに不意に演奏を止められて、少し不満げな音を可愛らしい唇から漏らしながら伴奏相手を見やる。
伴奏者、つまりは青年の携帯電話を。
鳥籠の中から一対の視線が、青年の方向に向けられていた。
そこには文字通りの意味で小さな少女がいた。
小さく可憐で、無邪気そうな雰囲気をまとった、青年がフィギュアだとばかり思っていた小さな少女が。
まだアルコールに漬かった酔夢から抜けきっていないのか。そう自問する青年の顔が、少女が存在する事自体が信じられない、と如実に物語っている。
その視線の先、青年の心中を分かっているのかいないか。おそらくは何も考えていない態で、長く薄青い髪の毛の先端をくるくると指に巻きつけて弄びながら、少女は歌い続けている。
薄手のワンピースドレスから伸びる四肢は伸びやかで、若いが幼さを感じさせるほどふっくらとはしてない。かと言って成熟とも縁遠いようで、まだまだ熟しきっていない胸も腰も腕も太股も細い。
細いが脆そうな感じはせず、嵐が来れば柳のように柔軟に撓って彼女を攫おうとするあらゆる魔の手を受け流すだろう。
肌は白い。不健康な絵の具のような白さではなく、夏の午後の晴れ空に浮かぶ白雲さならがに透明感に溢れていた。
青年と止まった彼の携帯電話を見詰める瞳は、形の良いアーモンド型で、ほとんど白目の部分がなかった。眼孔ほぼ全てが薄青に染まり、そこだけ一際濃い青の瞳孔が、愉快そうな雰囲気を湛えて携帯電話を見ている。
少女のシンプルなワンピースは背中が大きく開かれて、やや露出度が高めになっていた。それは見る者にエロティシズムを掻き立たせる為のデザインではない。
純粋に物理的な理由であり―彼女が物理法則に拘束される存在なのか否かは置いておくとして―その背中の肩胛骨の辺りからはトンボのような翅が、二対四枚、伸びているからだ。
281:幸運の条件
08/07/18 22:40:29 gKc6RvOe
ジョン・アンスター・フィッツジェラルドを初めとする幾多の画家がモチーフとし、彼らの描いた妖精絵画の中から抜け出してきたかのような存在。
絵の中にいるのが飽きたから抜け出して来た、と言われれば信じてしまいそうな存在。
そう、まさしく少女は妖精としか呼べない存在だった。
その御伽噺や幻想文学の世界の住人である妖精が、青年の部屋にいて、鳥籠の中で楽しそうにハミングしている。
さすがに全ては覚え切れなかったと見えて、ところどころ誤魔化すような途切れ途切れのメロディラインは、ついさっきまで青年の携帯電話から流れていた曲に間違いない。
歌う妖精を視界の端に収め、青年は顔を顰めた。
アルコールの所為でだいぶ途切れがちの昨晩の記憶を、疼く頭痛を押し退けて何とかサルベージする。ようやく、夜更けに交わした老婆とのやり取りがぼんやりではあるが浮かび上がってきた。
会話の一端を思い出せば、それに引きずられるようにズルズルと幾つもの記憶がぶら下がって這い上がってくる。
エア。
澄み切った大気の名。
それが彼女の名。
その内心の呟きは口から漏れていた。
「Lyuuu!」
自らの名を呼ばれた、と思ったのだろう。
破顔一笑。
美しい可愛らしい、などのおよそ考えつくポジティブな要素のみを切り出してきて、そのままギュッと人型に凝固させたかのような笑顔。
幻想の中でのみ咲く花が顕れた。
そう青年に錯覚させるほどの可憐な笑顔である。
その浮世離れした笑顔を前にしても、青年にできることはと言えば、ぽっかりと口をOの字に開けて間抜け面を晒す事だけだった。
青年は彼女がロボットなのかとも思った。
が、それを瞬時に自分で否定する。こんな精巧なロボットが実用化されているなんて聞いたことがない。よしんば実用化されていたとしても、タダで貰えるほど安くは無いだろう。
自分が幻覚を見ていたり、頭がおかしくなったのかとも思った。
思わず、拳固でごすごすと側頭部を叩いてみる。極めて古典的かつ原始的だが、少なくともこれ以上の確認手段は青年にはなかった。
ただでさえ二日酔いで痛いのに、さらに痛かった。
「Pyuluu?」
自傷に走る青年の様子を、鳥籠の中の少女が小首を捻って不思議そうな顔で見つめていた。
痛みに青年の精神が正気に戻って、鳥篭もろとも少女が煙のように消える気配はないようだ。
選択肢は次々と消去されいく。
残る可能性は一つだけ。あまりと言えば、あまりの事実。青年がそれを認めるには結構な勇気がいった。
「こいつは、本物の、妖精…だってのか……?」
ただ呆然と呟くのが青年の限界だった。
日常会話で口に出すにはちょっと恥ずかしい単語だったが、そんなことは気にならず、認めがたい事実を自分に言い聞かせるように青年はそれを呟いていた。遭遇した事態があまりに突飛だと、人間の感情は上手く働かなくなるらしい。
にわかには信じがたい事ではあるが、彼女が妖精であると、そして妖精は実在すると信じる他ない。
ただ淡々と事実を受け入れていた青年に、他の事実が襲い掛かる。
282:幸運の条件
08/07/18 22:41:13 gKc6RvOe
時の神は誰に対しても公平だ。それが、およそ現実離れした状況に放り込まれて茫然自失状態の青年であろうとも。
携帯電話の時刻表示が瞬いて、青年に時を告げていた。
それは本来のアラームの時刻よりも、ずっと遅い時間を示している。青年が起きる切っ掛けとなったアラームは元々のアラーム時刻ではなく、延々とスヌーズ機能が働いて鳴り続けていたものだったのだ。
「って、うおぉ、やべぇ!もうこんな時間かよ!」
「Pyuii?」
そんな青年の突然の慌てっぷりを、籠の中の妖精は不思議そうな顔で見詰める。
この青年は大学生の身である。
そして今は長期休暇中ではない。無論、授業がある。それも、並み居る教授陣の中でも取り分け厳しい事で知られる教授の担当する授業が。
そんなに厳しい筈がないと高を括って遅刻や無断欠席をした連中は残らず泣く羽目になった。
その授業開始まで、あと僅か。
大学生活を、苦労した受験戦争の末に勝ち取った遊びの時間と考えている青年にとっても、こればかりはすっぽかす事は出来なかった。
件の教授の一存で留年した生徒の数は、先輩達から聞き及んでいた。数えるには一人分の両手足の指では足りないぐらいなのだ。
彼とて空気は人並みに読める。当の教授が、彼のような学生を眼の敵にしているのは気づいていた。遅刻程度でもやらかせば嬉々として理不尽な―世間的には至極まっとうな―ペナルティを突きつけてくるのは目に見えている。
「やっべーぜ!マジやっべえっつーの!」
奇声を上げて洗面台に突撃する。
「Kyuri?」
エアの訝しげな声が青年の背中に投げかけられるが、今の彼に相手にしていられる余裕はない。
ざばざばっと顔を乱暴に洗う。
壁にかかる半ば汚れたタオルで水気を拭いながら自分の服を確認する。
昨日と同じ服、着の身着のままだ。どうやら昨日帰ってきてそのまま倒れるように寝たらしく、服は皺だらけだが気になんてしていられない。
半分外した辺りで気力が尽きたようで、テーブルの上に乱雑に置かれたアクセサリをじゃらつかせて慌しく身に付ける。財布と携帯電話をポケットにねじ込んで、そのまま転がるようにして外へと飛び出していった。
ドアの乱暴に閉まる音。鍵がかかる金属音。
足音が次第に遠ざかっていく。
唐突に訪れた静寂の中。
「Pyuu?」
残された妖精が小首を傾げていた。
腕組みをし、くりっくりっと首を捻るその度、艶やかな髪がさらさらと左右に流れる。
如何にも『アタシ悩んでます』と言う感じで眉間に皺を寄せ、彼女の小さな頭の周りにクエスチョンマークが飛び回っているのが見えそうなほどの悩みっぷりだ。
そうして、彼女は彼女なりの結論へと至ったのだろう。
再び破顔一笑。
「Pyuruieeee!」
四枚の透き通った翅をピンと立て、妖精が可愛らしい囀りを立てる。
それはどことなく得意そうな雰囲気を持って、静かになった室内に響いた。
283:幸運の条件
08/07/18 22:41:49 gKc6RvOe
―3―
大学構内に辿り着いた所で、始業のチャイムはとうの昔に鳴り終っていた。
どれだけ急いだとしても既に無駄な足掻きに過ぎない。むしろ、この勢いで教室に突撃でもしようものなら、当の教授のさらなる反感を煽るだけだろう。
それでも走った。
それが己のしでかした不始末のペナルティとは言え、この青年は座して沙汰を待つほど、潔くなかった。
構内をすごい速度で走る青年を、周囲の人間が不思議そうに、または焦った様子を対岸の火事とばかりに面白そうに見やる。
「あれー、健二じゃん。ナニ走ってんの?」
「う、お?」
息せき切って走る青年、健二を横合いから不意に飛んできた声が捕まえた。
「え……?!あれ、オマエ、授業は?」
いる筈の無い人物から声をかけられ、健二は急ブレーキをかけて停止する。
ぐるぐると最悪の予想がループする思考は狭窄し、目の前しか見えなくなっていて健二には、すれ違った学生が彼の友人の一人だとは気付けなかったのだ。
友人は彼と同じ講義を取っている。そいつがココにいると言う事は、友人も何かを諦めたと言うのだろうか。
戸惑いと、道連れが出来たという嫌な喜びを、友人の言葉が打ち消した。
「あぁ、カマタの授業な、今日は休講だってさ」
「き、休講?」
まさしく降って沸いた幸運。
急展開する事態に、青年は友人の言葉にただオウム返しに尋ね返すのが精一杯だった。
「なんでも通勤途中で車がパンクしたとか?そんでもってJAF呼んでも全然こねーから大学これねー、とか助手が言ってたぜ?」
無駄に急いで損したな。
焦りの表情から一転、ぽかんとした表情を浮かべる健二に、そう言わんばかりの軽薄そうなニヤニヤ笑いが投げかけられた。
「は……ははっ!なんだよ、休講かよ!ったく、急いで損したぜ」
安堵のせいで意味もなく発せられる乾いた笑い。
今更ながら額から頬から顔中をダラダラと伝う汗にようやっと気付き、それを拭い、照れたような仕草で頭を掻き、
「いやーラッキーラッキ……」
そこで凍りついた。
284:幸運の条件
08/07/18 22:42:25 gKc6RvOe
健二が口にしたある単語が、彼の記憶を強く喚起する。それは彼の思考を凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。
自分の発した言葉の意味と、自分の部屋にいる小さな妖精の姿の間に連想の糸が繋がる。
ついで可憐な妖精と老婆の姿が脳裏に繋がる。
そこまで来れば、後はすぐだ。
老婆の言葉が蘇る。
「……妖精は幸運をもたらしてくれる。あれはマジだったのか…?」
おっかなびっくりと言った様子で小さく呟く。
「ん?なんか言ったか?」
いきなり様子の変わった健二に友人が尋ねるが、健二は応えない。今の彼に、応える余裕は無い。
先ほどとは違った汗が一筋、たらりと顎を伝う。
信じる以外に現実と折り合いがつくような選択肢は無いのだが、口に出して確認でもしなければ信じられそうもない。
老婆と出会ったのが今日未明。エアと会ったのが今朝方。命拾いしたのが、ついさっき。
起こった事は常識ではいかにも考えられない事だが、それをただの偶然と切って捨てるには、あまりに作為めいたタイミングであった。
途切れがちな記憶に残る老婆の言葉。部屋にあった鳥籠。その籠の中で歌う少女、妖精のエア。
それらを一つ一つ思い返していく。
馬鹿な。
それが最初に健二が抱いた感想だった。心中、それを鼻で笑い飛ばそうとし、出来ずに終わった。
教授が乗っているのは抜群の信頼性を世界に誇る日本車だ。年式も新しい部類に入る。定期的にメンテナンスを受けている限り、そうそう壊れはしない。ましてや教授には車を乗り回す趣味などまったく無く、主な用途は通勤がほとんどだった。簡単にパンクなどしない。
たまたまエアを貰った日に寝坊して、たまたま教授の車のタイヤがパンクし、ロードサービスも手一杯で、たまたま致命的な遅刻をしそうになる事態を避けえた。
こいつはいくらなんでも出来すぎじゃないか。
「い、いや、なんでもない」
友人の言葉に、随分と遅れて健二は心ここにあらずといった感じで答えた。
じっとりと湧き出した汗で背中がやけに冷たい。
「ふーん。ま、いいけど」
そんな健二の不審げな様子を気にも止めずに、
「残りのコマはメンドっちい授業は入ってないし、どうよ?行かね?」
285:幸運の条件
08/07/18 22:43:04 gKc6RvOe
左手を差し出して腰程度の高さに留め、右手を後ろに引いて見えない棒を握ってシュッと前に突付く仕草をする。
ビリヤード。健二と彼の友人達がハマッている遊びだ。
バイトの無い夜に、時には授業を放り出し昼から缶ビールを呷り、大学生向けの安っぽいプールバーで夜通し騒ぐのが彼らの常だった。
無論、酒の入った大学生がお行儀良く勝敗のポイントだけを競い、お互いのプレイを紳士的に称えあうのみで済ます筈が無い。
彼らの間では恒常的に一万円札が行き交っていた。酒の入り具合と興の乗り方次第では、一人につき一万円札が数枚飛び交うのも稀ではなかった。それも一プレイで、だ。
そんな風に破目を外し過ぎたとしても、眉をひそめたり押し留めようと何か言う者はいなかった。
馬鹿騒ぎをした挙句、金が手に入ればいい。ただ、それだけ。
いちいち、そんな"ウザッたい"事を気にするヤツは健二の交友関係の中にはいなかった。
「いや、俺は今日はいいわ…」
健二は、仲間内ではそこそこ強い部類に入るプレーヤーだ。
常ならば魅力的な誘いであるが、今の彼はとても球を突いて遊ぶ気にはなれなかった。健二にはもっと優先すべきことが出来ていた。
彼の胸を締め付けるのは、焦りにも似た、漠然とした不安感。
それを消したい。
だが、この不安感を消すには家に帰るほか、帰ってもう一度エアをこの目で見て、妖精の実在を確かめるしか術が無い。
「あー、悪い。ちょっと用事思い出したんで、家に帰るよ」
適当な理由をでっち上げて誘いを断る。
少々不自然だったが、まさか本当の事を言う訳にもいかない。言ったところで信じてもらえる可能性は欠片もなかったが。どちらかと言えば、医者に連れていかれる可能性の方が高いだろう。
「なんだよー、つきあいワリーなー」
友人は彼の理由を追求しなかった。
たわいない口先だけの悪態を少しこぼして、健二をあっさりと解放してくれた。
「まぁ、用があるんならしゃーないか。んじゃ、またな」
「お、おう…またな」
ぎくしゃくとした動きで手を振り、踵を返す。そのまま、何かに急かさせるように足早に立ち去った。友人からはもう見えなくなっていたが、その目には酷く真剣な光が浮かんでいた。
友人は去っていく健二を気遣う素振りも見せず、
「お!トッシーじゃん。オマエ、今日は暇?暇っしょ?どうよ、突きに行かね?」
通りかかった他の友人に、さっきと同じように声をかけた。
286:幸運の条件
08/07/18 22:43:57 gKc6RvOe
―4―
ごくり。
知らず知らずのうちに湧き出した生唾を飲み込んで、深呼吸を一つ。
そこは自分の部屋だというのに、何故だか健二はドアを開けるのに随分と勇気を要した。
「Lyu?Pyaou hyapyaa?」
果たして、彼女はそこにいた。
「夢じゃ……なかった」
抱えられるくらいのサイズをした鳥籠の中からは、エアがわくわくした表情で健二を見上げていた。
大粒のサファイアのような、白目部分が無い人にあらざる双眸がきらきらと煌いている。
エアは日本語を話せない。唇からは小鳥の囀りにも似た音しか紡いでいない。そもそも、その音の連なりが妖精の言語なのか否か、は健二の手には余る疑問だった。
それでも、
(ねぇねぇ、どうだった?)
と、彼女が聞いているのくらいは分かった。そして、何について『どうだった?』のかが分からぬほど健二は愚鈍ではなかった。
小さな子供が自分で作った何かしらの出来栄えを見せて、それについての感想を求めている。
そんな様子を連想させる。
どの言語を使って、なんと返したものか。
とても難解な問題だったが、わずかに頭を捻りながらの思案の後、結局、健二は素直に慣れ親しんだ言葉で返した。
「助かったよ。ありがとう」
途端、エアの顔がぱあっと明るくなった。
褒められた。
と、知ったのだろう。
彼女が微笑んだ。まさしく、野に咲く花のようなと形容するのがぴったりの可憐な笑顔だった。
それにつられて、健二の口元も綻ぶ。同時に彼の顔には安堵も浮かんでいた。エアは日本語は話せなくても、こっちの意思は通じるらしい。
正確に言えば、エアは健二の言葉は良く分かっていない。ただし、彼の感情ははっきりと感じ取れている。
妖精達、特にエアのような種族は高い共感能力を有する。
エンパシーと呼ばれ、誰かの感情をそれがまるで自分の感情であるように感じ取れる―感じ取ってしまう―力。
テレパシーとは違うので他人の思考そのものは分からないが、感情は的確に共感出来るので、その誰かが考えている事はある程度の推測は出来る。
完全に感情を殺せるような無機質な人間はそうそういないし、常人が何とか押し殺そうとしても無駄なくらいに妖精のエンパシー能力は高い。
人間でもごくごく稀にこの能力を持つ者も表れるが、妖精はそれとは比べ物にならないほど力が強く、他者の感情に敏感だ。
誰かの抱く喜び、楽しみ、愛しみは妖精へと伝わる。
それは人が言語や行動を介さねば想いを伝えられないのに対し、遥かにダイレクトで濃密なコミュニケーションだ。
感謝されるのは心地良い、とエアは思った。
事実、健二の感謝の気持ちはエンパシーによってエアへと伝わり、彼女の心をふわりと暖かくしていた。
でも、それだけじゃ足りない。
287:幸運の条件
08/07/18 22:44:27 gKc6RvOe
エアは、自分とは全く違う髪の色をした青年を見上げる。
早くくれないかな。
小さな妖精からすれば巨人にも等しい人間を見上げて、熱い眼差しを送る。
どうやって言語を介さずに自分の考えが伝わっているのか。具体的な事は何一つとして健二には分かりようも無かったが、僅かなやり取りでエアと意思の疎通が可能なのは理解できた。
そして、健二も彼女が何かを自分に期待しているのが分かった。目は口ほどにモノを言う、とはよく言ったものだ。
老婆も言っていたように、妖精の幸運とはけして一方通行な奉仕ではない。人間同士で交わすそれとは趣を異にするが、あくまで契約なのだ。契約の一方は既に成された。
ならば払われるべきは代価、報酬。それをエアは求めている。
エアのコケティッシュな容姿にあわせて、釣り合うように言葉を装うならば。
彼女はご褒美を求めている。
「あー、なんだったっけ。エロ漫画的な意味での『ご褒美』じゃないよな……」
酔いのヴェールのかかった記憶はおぼろげだ。
そんなアホな事をちらりと呟きながら、健二は途切れがちな記憶から老婆の言葉を思い出す。
「確か、蜂蜜と牛乳、だったかな」
今一つ不確かな自分の記憶を指差し確認するようにして、健二はわざと小さく口にした。
「Lyes!」
途端、エアの表情が先ほどにもまして明るくなった。
さらには開いた花のような小さな掌を打ち合わせて、パチパチと拍手まで送っている。
その仕草は、良く出来ました、と言わんばかり。
「ふぅ、良かった。当ってたか。で、だ。合ってたのはいいとして」
クイズ番組じゃないのだから答えだけ合っていても仕方が無い。
健二は、冷蔵庫と乾物などの食料品の入った棚の中身を脳内で再現しようとする。
彼は一人暮らしだ。その生活ぶりから外食で済ましてしまう事も多い。と言うか、確実に自炊する回数の方が少ない。
「蜂蜜は……絶対にねぇな」
自炊したとしても、普段の食卓に蜂蜜を使うようなレシピは稀だ。甘党だったり、お菓子作りが趣味だったりしないと、あまり縁は無いだろう。それは健二も例外ではなかった。
彼の呟きを聞いた途端、春の太陽のように温かだったエアの表情が少し翳る。
すぅっと薄雲が日を遮るように彼女が暗くなるのを見て、慌てて健二は冷蔵庫に走りよる。
何かを誤魔化すようにバカに明るい声と共にドアを開けて、
「えー、牛乳はっと」
あった。
冷蔵庫のドアポケットに刺さっていた牛乳の一リットルパックをひょいと取り出す。
牛乳パックに記載された消費期限の日付は、ちょうど昨日を示していた。
「Pyo……」
誰が好き好んで痛みかけた牛乳のような危険物を飲みたがるだろうか。
花が萎れるようにエアの表情がさらに曇っていくのを見るや否や。
数時間前と同様、いや、それ以上の勢いで健二は部屋を飛び出していった。
288:幸運の条件
08/07/18 22:44:53 gKc6RvOe
―5―
引っくり返したペットボトルの蓋を盃代わりに、エアがとびっきりの笑顔を浮かべている。
伝統的に妖精への報酬と言えばコップ一杯のミルクが相場と信じられているのだが、コップ一杯だとエアの場合は牛乳風呂になりかねない。なので、彼女への報酬は指貫サイズとなる。
しかし何故にペットボトルの蓋かと言えば。
現実問題として指貫が手に入らないので似たような品で我慢してもらった結果だった。
指貫は、針仕事全般に疎い男の家にホイと転がっているような品ではない。それなりに専門的な道具なので、手芸品店でも行かねばなかなか手に入らない。第一、健二は指貫という単語の意味を知らなかった。
スーパーの袋をぶら下げて帰ってくるなり必死の言い訳を始めた健二を、エアは笑顔で許した。
器が指貫でなくペットボトルの蓋なのも、同じく笑顔で許した。
この場合、道具は大して重要ではない。
誰かの為を想い行動しようとする、その心意気こそが大切なのだから。
誰かが心の底から信じてくれる限り。たとえ何があろうと想ってくれる限り、エアはこちらの世界に在り続けられるのだから。
(ちょっと不安だけど……この人なら大丈夫かなぁ)
そして、こちらの世界に在り続ける事こそ彼女の望みなのだから。
指貫を手に入れるのが若干前後しても誤差の範囲と、母様も許してくださるだろう。
そう思いながら杯を傾ければ、トロリとした液体が喉を伝い落ちていく。
健二は良い品を買ってきてくれたようだ。
甘さはくどくなく、喉を落ちていく度に上品な香りはふわりとエアの鼻をくすぐる。
その甘さを堪能するかのように、エアは手中ならぬ懐中の杯に満たされた蜂蜜を舐めるように飲んでいる。
目は細められ、背の翅はリズミカルに震え、実に嬉しそう。もっとも、甘い物嫌いが見たらそれだけで胸焼けしそうな光景ではあったが。
蓋自体は小さいが身体のサイズの比率からすればエアには結構な量になりそうなものだが、人とは身体の構造が違うのか、エアが飲むのを止める気配は無い。
時折、杯を変えては、コクコクと喉を鳴らしてよく冷えた牛乳を飲む。
こちらも嬉しそうに目を細めて味わっている。
よほど美味いのか、可愛らしい鼻歌までこぼれる有り様。
そのあまりに嬉しそうな様子に、自然、健二の頬も緩む。
今は落ち着いている彼も、鳥籠に扉が無いと分かった時はどうやってコップ代わりの蓋を入れようかと焦りまくっていたのだが。フレームの網目は粗く隙間だらけで、それに気付くのに手間取った以外は別段、苦労せずに手渡せたけれど。
「鳥とかと違って、中から受け取ってくれるっていうのは助かるな」
そんな取り止めの無い事がポカリと思考の端に浮かんでは、ふわりと消えていく。
ぼーっと気の抜けた風にエアの方に視線をやりながら、ペットボトルを一口あおる。
「早めに指貫を買ってきてやらないとな~」
彼女の為にも、自分の為にも。
蓋のためだけにペットボトル二本を毎度開けるのは、財布はともかく腹に辛い。
彼の独り言にも似た言葉に答える者はなく、呟きは宙に消える。
唯一、応えてくれそうなモノは他の事に夢中で聞いちゃいない。
控えめだった鼻歌は止み、いつしか心地良い声が弾むようなリズムを刻んでいた。
自分用のウーロン茶を片手に、幸せな様子で歌うエアの無邪気な歌声を聞きながら、健二はなんとはなしに幸せな心地に包まれていつまでも歌う妖精を眺めていた。
289:幸運の条件
08/07/18 22:45:39 gKc6RvOe
―6―
エアが来てからと言うもの、健二の生活は大いに変わった。
とりあえず分かりやすい変化として、毎朝毎夜の食卓がにわかに華やかになった。
老婆の言葉ではエアの食事は一日に一回で良いのだが、
「こっちが飯食ってる時に『一日一回だから』つって食わせないのはバツが悪いしなぁ。エアも一緒に食べたいか?」
この健二の提案にエアが反対する理由は無かった。
朝夕、共に食卓を囲む。
たったのそれだけの事で毎度の食事が随分と美味しくなった。一人、テレビを見ながらコンビニ弁当を胃に放り込むように食べるのとは比べるべくもない。
健二はたまに自分の分を小さく切り分けて、エアに取り分けてやったりもした。彼女専用の極小のカトラリーには、削った爪楊枝が活躍した。
エアは蜂蜜とミルクは必須だったが、別にそれ以外の人間の食べ物が毒になる、と言うことは無いらしい。
色々と食べたり飲んだりする割に、不思議とエアが垢じみる様子は無かった。
彼女の住処は1LDKバストイレ付き床暖房完備、な訳が無く、けして優雅ではない。あくまで鳥籠は鳥籠。トイレは無いし、シャワーも無い。
にも関わらずエアはトイレは必要としなかったし、腰ほどまである青い髪はいつ見ても瑞々しく滑らかだった。
さらにエア自身と同様、彼女の服も汚れとは縁が無かった。
不思議に思った健二が、服が本当に汚れていないか確かめようとしたほどだ。
彼に他意はなかった。籠の隙間から指を差し入れ、ワンピース裾を少し摘まんでみるだけ。そのつもりだったが、寸法の差が災いした。彼にしたらちょっとズレた程度の動きでも、見た目は大きく増幅されてエアを襲った。彼女のスカートを大きく捲り上げる形で。
当然ながら、滅茶苦茶怒られた。
形こそ小さいが、彼女は立派に女の子なのだ。
頬を膨らませて怒るエアを静める為に、彼は近くで売っている中で最高級の蜂蜜を買う羽目になった。
この世の中のあらゆる汚濁から隔絶されているかのようなエア。
それがどのような不可思議な力が働いている結果なのか、健二には想像すら及ばなかった。
まぁ、トイレで踏ん張ったり、鏡の前でキューティクルに悩んだり、洗濯したり物干ししたりと生活感に溢れた妖精と言うのも、これまた想像し辛い絵面ではあったが。
290:幸運の条件
08/07/18 22:46:10 gKc6RvOe
健二の生活に人外の音楽が彩りを添えた。
彼は老婆との約束を果たすべく、エアをきちんと風に当ててやろうとした。
ガラス窓を開けて籠を網戸の内側に置いたのだが、
「Pyo!Kuie Kuie!」
もっと高く、もっともっと風を受けられる所が良い。
籠の中で両手を高く掲げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、全身でそう表現した。エアは空気のわだかまる低い場所よりかは高い所が好きなのだ。
「どこかにぶら下げろって事か。でもなぁ、落っこちそうで怖いんだよ」
僅かな逡巡の後、健二はエアの望み通りにしてやった。なにせ彼女の落胆の表情は結構な威力を誇るのだ。
結局、カーテンレールと籠のフックを適当な紐で結んであげた。
軒先に吊るのも考えたが、人目が恐いのでその案は止めた。『美少女フィギュアを籠に入れてベランダに吊るす男』としてご近所の皆さんに評判になるのは勘弁願いたい。
ほんの二メートル程度だが、床近くよりもはるかに風が通るようになる。
風の仔に挨拶をするように、伸びやかな四肢を緩やかな風がくすぐっていく。時折、悪戯っ気をだした風が短いスカートをふわりと持ち上げて、彼女の太股から尻にかけての絶妙な曲線を露わにしていった。
エアは満足げに笑った。ついで、すぅっと大きく息を吸う。
数瞬の間。
そこらの歌手が聞いた途端に裸足で逃げ出すような、およそ聞いたことの無いほど可憐で美しい歌声が紡ぎだされた。
心を満たす高揚の赴くままにエアは歌った。
異国ならぬ異界の旋律。聞いたことの無い言葉と、耳慣れないメロディ。
すぐにそこがエアの定位置になった。さすがに夜は窓を開けたままでは冷えるので、昼だけではあるが。
毎日毎日、エアは吹き抜ける風に合わせて歌った。
さらさらと吹くそよ風には、優しく静かな歌を。
びょうと巻くつむじ風には、明るく勇ましい歌を。
たまに突風が籠ごと彼女を転がしたりもしたが、慌てる健二とは対照的にエアは至って平気な顔でころころと笑っていた。
風属の妖精であるエアに、同胞たる風が悪事を成すものか。
健二が大学に通っている日中は窓を開けっ放しにしないといけないのが、難点ではあったが。
たまににわか雨にやられたが、それくらいは安い代償と健二も納得した。
エアにしても雨は不満の種では無いらしく、
「Lyuuu!」
と楽しげな声を上げて、きらきらと雨粒を弾きながら鳥籠のステージで踊ったりしていた。
291:幸運の条件
08/07/18 22:47:37 gKc6RvOe
―7―
共に生活するうち、次第にエアも日本語を覚え、徐々にではあるが話が通じるようになってきた。
楽しいと言い切れる日々が続いた。
今までの健二の生活に何かが欠けていた訳ではない。エアの存在自体が彼の時間にちょっとしたナニカを上乗せしてくれていた。
妖精のもたらす幸運になど頼らなくても十分だった。
妖精がいる以外に取り立てて以前と変わりのない日々。
エアがいる事。たったそれだけの、ほんの些細だが決定的な差。
それが生む、幸せと呼ぶに足る時間と空間。
あっという間に数ヶ月が過ぎた。
しかし、好事魔多し、とは良く言ったものである。
切っ掛けは健二自身も覚えていないようなごく詰まらない事だった。ふと、何かの拍子に健二の心の中である二つが繋がってしまった。
一つは、エアのもたらしてくれる幸運。
一つは、運不運が結果に覿面に直結するモノ。すなわちギャンブル。
たわいのない好奇心は、妖精の幸運をソレに使ったらどうなるのか、と疑問を呈した。
それは悪魔の囁きにも似ていた。人の心の片隅に巣食うモノ。
まさしく魔である。
妖精のエアさえいなければ、思いついたコンマ一秒後に笑い飛ばすであろう妄想の類いに過ぎない。しかし、実際にその力を行使できるエアがいるのだから話は違う。
思いついた当の健二自身、最初はその考えを飲み込んだ。
あれだけのエアの幸運の力だ。無闇に使えば、どんなしっぺ返しを喰らうか分からない。
本能的に察し、考えないようにした。
そうして考えないように自制はするのだが、自制しようとすればするほど逆に意識してしまう。
真っ白の布の一部にぽとりと墨が落ちたようであった。水で洗えば洗うほど布地は白く、墨の黒は落ちず、コントラストは鮮明になり黒だけが目立つようになっていく。
ほんの一回だけ。一回だけ、試してみるだけだから。
健二が、そう言いながらエアに頼むまであまり時間はかからなかった。
「なあ?頼むよ、この通り!」
エアのもたらす幸運の威力を知っているだけに、この男も食い下がる。
卑屈な目ですがるように頼み、終いには両手を合わせ頭の上に捧げて拝み始めた。
いい年をした大の男が、鳥籠の中の少女に請うている。しかも理由はつまらない試みとさして大きくない金の為。あまりと言えばあまりに情けない健二の姿を、エアは見ていたくは無かった。
この神頼みならぬ、妖精頼みについにエアも折れた。
292:幸運の条件
08/07/18 22:48:13 gKc6RvOe
結果は、大当たりであった。
パチンコはギャンブルだ。客ははずれもすれば当たりもする。けれど大規模な賭け事である以上、胴元がいる。その胴元が損をしては商売として成り立たないのだから、必ず客が勝つ事はありえないのだ。
それを真っ向から、エアの幸運は覆した。
熟練した職人でさえ分からないような釘の傾きと、釘一本一本の均質性のずれ。
複雑に絡まり合う個々の歯車の磨耗具合と噛み合わせ。
回路を駆け巡る電圧の微小な揺らぎと、半導体チップの中を流れる0と1の羅列のわずかな誤差。
それら一つ一つは誤差の範囲内にぎりぎり収まるか収まらないか、と言った小さな揺らぎであった。
全てが巧妙に重なり合い、影響を及ぼし合い、ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスでトルネードを巻き起こすかの如く。
一見無関係に見える事象がドミノ倒しのようになって、健二に勝利をもたらした。
当たる筈の無い台で当て続ける男に、店側も不審に思って監視し続けたが、当然ながらイカサマの種も仕掛けも見つけられなかった。
帰ってきた健二のはしゃぎっぷりと言ったら大変なものだった。
彼の興奮はなかなか冷めず、自分の勝ちっぷりを一方的に喋りまくり、エアの幸運を褒めちぎる。
無論、その晩は祝杯となっていた。
「なんだよ、エア。せっかく買ってきたのに嬉しくなさそうじゃん。気に入らないのか?贅沢だなぁ」
そんなんじゃないのに。
手中の指貫を見つめるエアの表情は暗い。
健二が買って来てくれた新しい指貫は蛍光灯の光を跳ね返し、キラキラと輝く。
彼女が手にしているのは、滑り止めのエンボス加工以外にも丁寧な彫金が施された本物の銀製品で、結構な値のついていた品である。
(アタシが本当に欲しい物はこんなのじゃない。アタシが本当に欲しい物を、健二は無くし始めてる)
そんなエアの想いは健二には伝わらない。
妖精と違い、人間には他者の感情を読み取る術など無いから。
エアの想いも空しく、彼は一人浮かれ、一から十まで他人の力による自分の勝利に祝杯を上げている。
彼女に出来る事と言えば、杯を満たす琥珀色の液体を見つめるだけ。
(お願い。気付いて)
切なるそれは祈りに等しい。
(健二がそれを無くしちゃったら、アタシは……)
そして祈りは空しかった。
そこから先は、まさしく石ころが坂道を転がり落ちるようだった。
293:幸運の条件
08/07/18 22:48:51 gKc6RvOe
―8―
人間の想像力というヤツは、果てが無いように見えて意外に限られているものらしい。
現に健二の場合もそうだった。遥か古代から今に至るまで、金や力を手に入れた人間が良くやるパターンを彼もまたなぞった。
飲む打つ買うと見事に揃った三拍子。
加えて『飲む』と『買う』には酒池肉林という単語がオプションでくっついてきそうな勢いだ。それはもう凄まじいまでの使いっぷり。
彼は若く体力に溢れ、体力の許すままに、欲望に身を委ねきった。
それが自分の稼ぎでやったのならば、誰も文句は言わないだろう。
だが、健二の場合、彼の稼ぎを支える力を持っているのはあくまでエアなのだ。正真正銘百パーセント、他人の褌で相撲を取っている状態である。
だと言うのに、「エアの力は俺のもの」とばかりにエアの幸運を湯水の如く使うようになっていった。
幸運をもたらしてくれる当の本人の気も知らず、不調に気づく事すらなく。
もとより力を使うのがタダであるわけが無い。
如何に異界の存在であっても、それは同じ。無から有を生む事が出来るのは神のみだ。
エンジンがガソリンを供給されて力強く鼓動するのと同様に、妖精だって力の源が無くてはその人外の能力を揮う事は適わない。
エアには、毎日、指貫一杯分の牛乳と蜂蜜。それが彼女の力の源であり、契約の一つでもある。
そして、契約の一つは破られていた。
健二はしばしば酔っ払って家へ帰らず彼女への食事を忘れ、あるいは目先の欲望の為に―たいていが肉欲の為だ―意図的に忘れた。
十分なエネルギーも得られない状態で、細い身体から絞り出すようにして力を使い、幸運を健二に授け続けた。
そんな境遇に置かれても、エアは蜘蛛の糸よりもなお細く見える希望を手放さなかった。
(健二、お願いだから……気付いて。これで最後にするって言って。もうこんな事はしないって言って。
このままじゃダメになっちゃう。このままじゃダメにしなくちゃいけなくなっちゃう。
だから……気付いてよ)
手放せなかった、とも言える。彼女が他に頼る伝手は、この世のどこにもないのだ。
エアの前で分かれる道は三つ。そのうち一つはガラガラと崩れ去りつつあった。
暴走とも呼べる状態の健二を友人が諌める事はなかった。彼の友人達は、とうに健二の周囲から離れてしまっていた。
理由は簡単。彼が勝ち過ぎるのだ。
彼らの間のビリヤードはあくまで遊興の範囲を出ない。金も行き交うがそれはスリルを求めての味付けであり、プレイを楽しむのが第一目的である。
勝つだけの人間は、そのような場には不要だ。
勝利だけならばまだいいが、健二はついでに―彼にとってはそちらが主目的だったが―賭け金をふんだくっていく。その金で宴会を主催して、皆に還元するような事もしない。
賭け金は勝者の物。勝って手に入れた物を勝者が好きに使って何が悪い、と言う訳だ。
口にこそしていなかったが、悔しかったら勝ってみろと言う高慢極まりない態度が健二からは溢れていた。
エアの幸運を使って、周囲の目と雰囲気を鼻で笑い飛ばしながら勝ちまくる健二を、友人達が疎んじ避けるようになるのにそんなに時間はかからなかった。
健二としても、金ヅルにならないのであれば、そんな連中がいようがいまいがどうでも良かった。
294:幸運の条件
08/07/18 22:49:19 gKc6RvOe
―9―
およそ手を出せる範囲のギャンブルを使い、小賢しくもなるべく目立たないようにして稼いだ金。
それを健二は車道楽や着道楽に金を注ぎ込んだりはしなかった。
格好良い車も着飾った一張羅も容易に他人の目を惹く。
同時に、褒め言葉と一緒に疑惑と不審の眼差しをも引き寄せるだろう。
どこで金を稼いだのか、と。どうやって金を手に入れたのか、と。彼は普通の大学生として周囲からは見られていた。尋常な手段では大金は入れられない地位と言える。
健二はそこを追及されるのを嫌った。
疑惑の果てに、誰かが妖精の力に辿り着く事を彼は極端に嫌がった。
いや、恐れたと言っていい。
一度得た特権が自分から離れていってしまう想像に、健二は強烈に脅えた。
故に、エアが他人の目に触れる機会を極端に減らそうとした。
大切な物品を金庫に入れようとする感覚が一番近いだろうか。
だが鳥籠は金庫に入れられない。エアの鳥籠が入るほど巨大な金庫は重すぎるし、銀行の貸金庫にいれるなど論外もいい所。
結果、鳥籠は中にいるエア諸共、常に部屋の奥、外から死角になる場所に安置された。
もう窓辺に吊るしてもらって、吹き渡る風を彼女がその翅に受ける機会は失われた。
契約の一つは破られた。
いつしか健二の記憶から、エアを託された時の老婆の言葉は忘れ去られていた。
部屋の隅では風は澱み、ついで引きずられるようにしてエアの心も澱んでいった。
エアコンの作る人工の風など、風属の妖精にとってはしごく詰まらない紛い物に過ぎない。そんな物では心は躍らない。
エアから持ち前の明るさが徐々に失われて、可愛らしい顔にはまったく似合わない暗い表情しか乗せないようになっていったが、健二は気にも留めなかった。
295:幸運の条件
08/07/18 22:49:46 gKc6RvOe
―10―
それはいつもの如く、健二が出かけようとした時だった。
大学ではない。彼はとうに大学に通うのを止めていた。金を稼ぎに、だ。
ほんのちょっとした、近所までお遣いでも頼むような気軽さで彼女に幸運を頼んだ。いや、頼んだと言うのは正確ではない。言葉のみを切り出せば『お願い』ではあったろうが、その口調からはエアが幸運を自分に授けて当然と言う思考がありありと伺えた。
とうとう愛想が尽きたのか。それとも力が尽きかけたのか。
俯き加減で視線を逸らしながらも、エアはしっかりと首を振った。
健二の求めを拒んだ。
「ん?どうした、エア?」
絵を張りつけたような、にこやかな笑顔。
「おいお~い、イヤだって言ったように見えちゃったよ。今日もお前の幸運、よろしく頼むぜ」
嘘っぱちの仮面の下、彼が本当はどんな感情を抱いているかなんてエアにはお見通しだ。否、彼女だって感じたくて感じている訳ではない。急速に膨れあがりつつある負の感情は、エアの脆い精神防壁を貫き、彼女に直に届いていた。
だがしかし、彼女はそれに屈しなかった。
脅えた様子を見せながらも、しかし再びはっきりと否定の形に頭を振った。
瞬間、
「ああ?!ふざけんなっ!なに言ってやがる!!」
健二が爆発した。
がしっとエアの居る鳥籠を掴み、鼻先まで近づけて怒鳴る。
「誰がオマエを拾ってやったと思ってんだ!
誰がオマエに毎日毎日餌ァやってると思ってんだ!ああ?!」
唾を盛大に飛ばしながら、あまりにも身勝手な台詞を喚き散らす。
眉間と鼻筋には凶暴そうな皺がより、口角泡を飛ばして罵り続ける。
それは控えめに言って狂犬のような有り様だった。
296:幸運の条件
08/07/18 22:50:20 gKc6RvOe
イヤ。
ヤメテ。
シナイデ。
そう言いたかった。けれども唇は戦慄くのみで意味のある音を紡がない。ひぅ、と喉から悲鳴にもなっていないような声を出すだけ。
心を閉ざしたくても、恐怖は身体だけでなく心まで縛り付けて動かせない。
精神防壁を築けず、無防備になったエアを容赦なく罵声と敵意が打ちのめす。
エンパシーは他者の情動を共有するものだ。エンパシーを持つ妖精は、そばにいる人の喜び、嬉しさ、幸せを感じる。
だがそれは逆に、他人の憤怒悲哀も我が事のように感じてしまう事を意味する。
暗い負の感情はとても鋭い。
吹き荒ぶ寒風のような、身を切るように冷たい感情の嵐に見舞われれば、妖精にとっては鋭く尖ったナイフで全身を刻まれるのと同義だ。
もしも強烈な悪意や敵意に曝され続ければ、心優しい妖精にとっては恐ろしい事態になるだろう。
そう、今のエアのように。
心を苛む恐怖に怯え、かたかたと全身を震わせる。
胎児のように体を丸め、両の腕で守るようにしてぎゅっと頭を抱える。
痛い。痛い。痛い。嫌な感情が雪崩れ込んで来て心が裂かれるみたいに痛い。心に引きずられて身体が痛い。何もかもが痛い。
ぎゅっと硬く閉じた瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
その姿さえも、もはや健二を踏み止まらせる事は出来なかった。
「誰がお前を養ってると思ってんだ!食わせて貰ってる分くらい、しっかり俺に運を寄越しやがれ!!
それとも妖精ってのはそんなに恩知らずなのかぁ?!」
このままじゃ、本当に殺されちゃう。
最悪の事態の予想図が、慄くエアに辛うじて首を縦に振らさせた。
「ふん、最初ッから素直にそう言えばいいんだよ。ったく!面倒かけさすんじゃねーよ」
がん、と乱暴にテーブルに叩きつけるような勢いで鳥籠を置く。
「Kyau!」
手荒くシェイクされ籠の底に叩き付けられたエアが短く悲鳴をあげる。
エアの答えに満足したのだろう、健二が出かける気配を見せた。
幸運を得た彼が行く場所など概ね決まっている。
ドアをくぐる健二が、静かに泣きはらすエアに欠片ほどの慈悲の心でも見せる事は、遂になかった。
契約の一つは破られた。
297:幸運の条件
08/07/18 22:51:19 gKc6RvOe
―11―
運と不運は天秤の両方に載った錘のような物だ。
普通はどちらも似たような重さで、天秤自体は行ったり来たりしてはいるが大きく傾く事は少ない。時には緩く時には早く、常にゆらゆらと揺れ動いている。振れの大小こそ差があるが、じっとしている事はない。
天秤の動きそれ自体は、目玉に入ってくる情報しか見えない人間の認識外の事で、人の目にそれと見える形で訪れる事は極めて稀だ。
例えば、たまたま電車が遅れて乗りたかったバスを乗り過ごした時、人はそれを不幸と認識するだろう。たとえ、そのバスがたまたまスリップした車に突っ込まれる交通事故を起こしたとしても。
どちらが不幸でどちらか幸運か、などはそう易々と決められる事柄ではないのだ。
そういう意味では、エアの幸運をもたらす腕前は傑出していた。
実際に財布の重さとして表れる幸運を健二に授けたのだから。
それにしたって妖精のもたらす幸運など些細な物だ。彼の財布が多少重くなっても、それ以上の効果は周囲に波及せず、大勢の運命を変えてしまうような事態は起きていない。
それでも天秤が常に一方に傾いている状態は自然ではない。
幸運は、不運があるからこそ幸運足りえるのだ。
運と不運は相反する概念ではない。二つで一つ。片方の皿の壊れた天秤を、果たして天秤と呼べるだろうか。
そうして天秤は常にバランスを取ってふらつくのが、自然界の全ての事物にとって当然である。
その当然であるべき理をほんのちょっとずらして、ふらつきを自分の為だけにコントロールしてくれて、たまさか天秤の傾きを幸運の側に留めてくれる。
妖精の恩恵に預かる事それ自体が、望外の幸運と言える。
まさに恩をもって感謝をし、礼をもって報いるべき天の恵みなのだ。
ならば恩恵に浴した人間は、自分に与えられた恩恵を当たり前と思わず、それを与えてくれる相手に対してきちんと礼節を尽くすべきなのが筋と言うものであろう。
他者による恩恵を当然の理と勘違いし、果たすべき義務を怠る事。
人、それを増長と呼ぶ。
そうして増長し、思い上がり、己を律しきれずに我欲に溺れ、彼女らへの礼儀を忘れた者の末路を綴った書物で図書館の童話コーナーは一杯だ。
そのような本の中では、大抵、無礼者の末路は決まっていた。
分をわきまえ礼を知り己を律する事が出来る者には、人外の幸運を。
不徳の限りを尽くす愚者には、とびっきりの不幸を。
人々の間では、古くからそう信じられてきたからだ。
だから、健二の末路も、千年単位で信じられてきた通りになるのだろう。
298:幸運の条件
08/07/18 22:52:05 gKc6RvOe
カーテンの隙間から差し込んだ陽光が、床に黄金の線を引く。
次第に線は長くなり、赤味を増していき、ついには輝きを失う。
いつの間にか、部屋には闇が訪れていた。
暗がりに沈んだ鳥籠の底、エアは膝を抱えて座り込んでいた。
今や、エアの前には二つの道しか残されていなかった。
一つは、このまま自分を維持出来なくなるまで力を使い続け、その挙句に一陣の風と消え去る事。
もう一つは、この鳥籠から出て妖精郷の母の許へと帰る事。
生死のあり方も価値観も人と妖精ではだいぶ違ったが、死を忌避する点については大差は無い。
前者は緩慢な自殺に過ぎない。
「アタシだって死にたくない……けど……」
その後の呟きは音には成らず、口腔の内で立ち消える。
生き延びるには後者を選ぶ他に道は無い。
いまや、エアの能力に絶対の制限となっていた誓約は破られていた。同時に母により彼女に課せられた呪いとも言うべき枷も既に外れ、帰還の手段はエアの手の内にあった。
残るはエア自身の決断のみ。
その意味をエアは頭の中でずっと転がしていた。
こつん、と広めのオデコを膝頭に当てる。
ゆっくりと瞼を閉じる。
どれほどそうしていただろうか。
再びサファイアの瞳が姿を現した時、そこから迷いの色は消えていた。
音も無く首を上げる。小さな胸を精一杯張って立ち上がる。
瞳の奥に決別の意志を秘め、口を開き、エアは歌を紡ぎ始めた。
その歌声は、不思議な音を帯びていた。
時に耳元で囁くように、時に殷々と木霊するように。
高く低く、うねるように。
妖しき力を秘めた、さやけき歌声。
清冽な妖歌が現実を蝕む。
歌が一フレーズ進むたび、徐々に現実感が失われていく。
視界に入るあらゆる物の輪郭がぼやけ、のっぺりとした一枚の絵のように変じていく。
まるでナニカがゆっくりと奥に引っ込み、入れ替わりにナニカが奥底から浮き上がってくるよう。
ふと、唄が力強さを増す。倍ほどに強くなる。
ソロがデュオに。
デュオはトリオに。ついでカルテット。クインテット。
ぐわっと大波のように不可視の力がうねり、最後の枷が弾け飛んだ。
299:名無しさん@ピンキー
08/07/18 22:54:08 +rWFEfj+
連続投稿規制?
300:幸運の条件
08/07/18 22:54:43 gKc6RvOe
―12―
「ったく、人が行ってやりゃーアヤメちゃんにずっと指名入ってるとか、ツイてねー。
フザケンナっつーの。他の客くらい時間ずらさせるとかキャンセルさせろよな。いままでに幾ら使ったと思ってんだよ」
ぶつぶつと自分勝手極まりない文句を垂れながら、健二がドアを開ける。
そういう態度だからこそ、彼がどれだけ店に金を落としても良い待遇にならないのだが。
「おい、エア!今日は全然ツイてなかっ……」
灯りのスイッチを点ける。
絶句した。
それを、爆発したような、と言っていいものか。
部屋の中は凄い有り様だった。
縦横高さを持つ三次元の物体から、無理矢理にどれかの概念を取り払ってやって、動かす方向に向けて押し潰す。
そうして、部屋の真ん中あたりにあった家具やら何やら一切合財が、積み重ねた紙のような状態になって四方の壁に向けて押し付けられていた。
やたらとだだっ広くなってしまった部屋の真ん中。
そこの床には、如何にも爆心地然とした様子で、同心円状に細かな波紋が刻まれていた。
爆発と思しき何がしかの、円状の効果範囲内にあった物だけが残らず平面になって押し潰されており、その外にあった物には微塵の変化もない。
唐突に訪れた静寂が、健二の耳に痛い。
何かが恐ろしく狂っているような、ずっと見ているとフラついてしまいそうな違和感に満ちた光景。
しかし異様でありながら整然とした有り様だった。
部屋の中には、爆発には付き物の破壊も、巻き起こる粉塵も無い。
壁や窓は彼が出かける前と全く同じであり、壁に張り付いた物体にしても、どれもこれも何一つ欠けたり砕けたりしていないのだ。
301:幸運の条件
08/07/18 22:55:16 gKc6RvOe
「……なんだよ、これ」
ようよう、それだけの言葉が搾り出された。
「そ、そうだ!エア!エアは?!」
幸運を授けてくれる彼女は無事だろうか。
まず最初に思ったのがそれだった。エア自身の安否より、エアの幸運が無くなってしまうことを危惧する方がこの男にとっては先であった。
ほんの数秒探しただけで見つかった。
鳥籠はころりと無造作に転がっていた。
果たして、中にエアはおらず、どこにも扉はなかった筈の鳥籠には大きな開口部が出来上がっていた。蔦を模したフレームは内側から爆発したようにめくれ上がり、熟したアケビさながらの様子を見せている。
「い、いない?そんな、エア?!エァ……ぐげッ」
健二が言葉に詰まった。
オロオロと取り乱す動きが止まった。
今更ながら彼女自身の大切さに気付き、体を震わせるほどの後悔と別離の悲しみに襲われたとかではない。
彼が体を震わせているのは別の理由がある。
(く、か。い、息が……出来ない!)
ひゅう、とか細い悲鳴のような息が漏れる。
パクパクと酸欠の金魚みたいに開閉を繰り返すけれど、口から喉に全く空気が入ってこない。
急速に意識が遠のいていく。
容赦なく意識を刈り取っていく闇に抗いきれず健二の体は、どぅ、と床に倒れた。
辛うじて受身を取る。
ぐでんと放り出された頭。僅かに残っている視界が部屋の隅を向く。
そこかしこに存在する影。
その薄暗がりの中、幾つものサファイアのような青い光が浮かぶ。
それらを視界に収めたまま、何か思考する暇もあればこそ、健二の意識は暗転した。