09/07/22 07:59:20 /IbvI+tF
右側で壁に沿って寝ている美耶子は横向きに、宮田に背を向けているようだ。
違和感を覚えたのは、その息遣いのせいだった。
寝息にしては浅く、乱れて震えているようでもある。
シーツを伝い、小刻みな震動が伝わっていた。
その震動は下の方―美耶子の腰のある辺り、いやもっと正確にいえば、
美耶子の股間の辺りから、密やかに起こっているらしかった。
宮田は腕を伸ばし、後ろ向きの美耶子の股座に、すっと手を差し挿れた。
裸の皮膚がそこにあった。
ずり下ろしたパジャマのズボンと下着の中から。
熱く湿った尻たぶの間で、ぬらぬらと濡れた肛門の手触り。
そして会陰の上で、ぬめってふやけきった指先の爪が、宮田の爪とぶつかって、
かちりと鳴る感覚。
微震動が、ぴたっと止まった。
宮田は手の指を滑らせ、自らの性器を覆っている美耶子の手を掴んだ。
美耶子が自慰行為を覚えていたことは、宮田からすれば案外であった。
この一年の間、様々な教育の合間にいつか教えてやろうと思ってはいたが、
まさか自分で勝手に覚えてしまうとは。
美耶子の手を探ってみると、彼女は中指を膣の穴に埋め込んでいる様子だった。
穴からは、物凄い量のよがり汁が溢れ出し、
こうしている間にもどくどくと湧いて流れ、陰部から指の股からもうべっとりだ。
―陰核は触っていなかったのだろうか?
そう思い、まずは親指を調べてみるが、他の指と比べても、それほど濡れている様子はない。
もう一方の手は、と手を動かせば、それはかなり上の方、
パジャマの上着の中に潜り込んでいた。
パジャマの中で、乳房の膨らみをぎゅっと握り締めていた。
宮田はそっと寝返りを打つと美耶子の背中に寄り添い、パジャマの釦を外した。
乳房に宛がわれている美耶子の手を、上から押さえる。
その指先は、しっとり湿っていた。
おそらくは、つい先ほどまで、こっちの指で陰核も刺激していたのだろう。
宮田は乳房から彼女自身の手を取り外して、乳房に触れた。
いやに乳首がぬらついている。
美耶子は、膣孔から漏れ出る淫水を乳首に塗り込めていたようだ。
「う……」
宮田はぬめった乳首を、人さし指で素早く弾いて震動させた。
すると股間を弄っている方の手が、再び蠢き出した。
「お前……いつもこんなことしてたのか?」
美耶子の肩に顎を乗せ、宮田は耳元に囁いた。
「俺が居ない時にやってたのか? いつからだ?」
「……夜中、お兄ちゃんがあれの最中に、診療所に呼ばれて行ったその後に」
それだったら随分前のことだ。宮田は驚いた。
犀賀診療所での仕事にも慣れた昨年の晩秋、
宮田は美耶子と交接を行っている途中、急患で呼び出しを喰らったことがあった。
宮田は美耶子の中から陰茎を引き抜くと、濡れた箇所の始末もそこそこに、
自転車を飛ばして診療所へ駆けつけた。
犀賀と二人で患者の救急処置を施し、一命を取り留めた処で設備の整った大病院に搬送し、
その日はそのまま診療所で仮眠を取った。
アパートに戻ったのは、その後一日の勤務が終わってからだった。
確かにあの時、美耶子からすればいきなり性交を中断された状態で、躰が燃え上がって、
居ても立ってもいられなかったことだろうとは思う。
242:名無しさん@ピンキー
09/07/22 07:59:57 /IbvI+tF
―それで、独りで処理したって訳か……。
宮田が乳房を愛撫している合間に、美耶子は両手を使って性器を玩弄していた。
片方の手の指を膣に挿入し、もう片方の手の指は、陰核を手淫しているらしい。
宮田が両乳房を揉みしだき、乳首をきゅっと摘まんでやると、
美耶子はぐうっと頭を反らせる。
だが、それでも彼女は快楽に喘ぐ声を漏らしはしない。
やはり、隣の部屋を気にしているのだ。
荒くなる吐息さえも我慢しようとしている風で、食いしばる歯の軋む音が、
すり寄せた耳に聞こえていた。
なのに自慰行為をやめようとしないのは、もう快感の頂点が近いからだろう。
今さらやめることのできないくらい、性器が気持ちよくなってしまったのだ。
美耶子の背後から手を廻して乳房を捏ねくる宮田は、片手を下ろし、
自ら快楽を貪っている美耶子の手の動きを、触れて確かめた。
柔らかな恥毛を掻き分けて陰核を擦る指先は、すりすりと忙しなく動き、
膣の穴に突き挿さった指の方は、彼女の欲望の深さを表すかのように貪婪に、
凄い速度の抜き挿しをして膣の内部を攪拌し、淫液の飛沫を飛び散らせるのだ。
その手の所作はすっかり身に馴染んだ、自らの性感を知り尽くした女のそれだったが、
膣に突っ込んだ指がたった一本だけ、という処に、せめてもの初々しさを感じさせた。
宮田が、片手で器用に両乳首を弄りつつ、膣の周辺や会陰部をぐいぐい押してやると、
美耶子の膣口は、瞬く間にオルガスムスの収縮を行った。
「く……う」
美耶子は、漏れ出そうになる声を必死になって押し殺した。
独りでにぴくぴくと蠢く膣からもたらされる、蕩けそうなほどの陶酔に耐え、
長い脚をきゅっと窄めて息を震わせていた。
宮田は、全ての動作を止めて絶頂に酔い痴れている美耶子の膣の中に、
未だ彼女自身の指先が埋まったままのその場所に、脇から指を割り込ませた。
「んっ……!」
尋常ではないほどに熱を持った粘膜の肉襞は、新たな異物の侵入に少し緊張するが、
すぐに歓びでざわめき、もっと奥へといざなうように吸い付いた。
動かすこともままならないほどに狭窄な肉筒の中で、宮田の指は美耶子のそれと重なり、
締め上げられて鬱血してしまう。
それでも強引に指を曲げ、膣の上の方、陰核の裏側に当たる箇所を、こりこり刺激する。
美耶子の肩が、わなわなと震えた。
「……はあっ、う……くぅ」
続けざまに快楽の発作に陥った美耶子は、火のような吐息を吐いた。
痙攣の只中にある膣口から零れた淫水は、股の下から流れ、
シーツに恥ずかしい染みを作っていることだろう。
堪らないオルガスムスがゆるゆると続く中、美耶子は渾身の力で躰を動かし、
宮田の方を向いた。
ざんばらに乱した髪の隙間から恨みがましい眼を覗かせ、宮田の股間に手を這わせると、
陰茎を掴み出して握った。
すでに勃起しかけていたそれは、美耶子の指の中でむくむくと膨れ上がり、
充血して硬く強張る。
(欲しいのか……)
宮田は美耶子の腰を抱きかかえようとするが、美耶子はそれを拒んで押し返した。
「大人しくして。手でやってあげるから」
声を潜めてそう言うと、膣から出た淫水にまみれた指で、
宮田の陰茎をぬちゃぬちゃと摩擦する。
本格的な交接となれば、どれだけ静かに行おうとも、それなりの物音がしてしまう。
美耶子はそれを恐れていた。
音を立てて、隣室の恭也に気づかれることは避けたい。そう考えていたのだ。
243:名無しさん@ピンキー
09/07/22 08:01:47 /IbvI+tF
宮田は、それを圧して姦してやろうかとも思ったが、あまりに大人げがない気がして、
やめた。
その代わり、また美耶子の陰部を手淫することにした。
「んんっ」
宮田に縮こまりかけた陰核を摘ままれて、声が出そうになった美耶子は、
空いた手で口を塞いだ。
そして、より熱心に宮田の陰茎を扱き立てる。
宮田と美耶子は並んで仰臥し、腕を交差させて互いの性器を手淫し合った。
声を殺し、物音を立てぬように注意しながらの弄り合いは、殊の外刺激があって興奮した。
もし、こんな場面を隣室の少年に見られてしまったら……。
下着をずり下ろし、陰茎を勃起させ、女陰を濡らしてぴちゃぴちゃ鳴らしている、
みっともないこんな有様が、ばれてしまったら……。
そんな緊張感は劣情を煽り、それぞれの性器の充血に一役買った。
結局そのあと、二人は夜が白むまで手淫を続け―
美耶子が十三回、宮田も三回、絶頂を繰り返すこととなるのであった。
【Continue to NEXT LOOP…】
*このエロパロSSはフィクションであり、
実在のゲーム・キャラクター・団体・事件及び地域などとは一切関係ありません。
244:名無しさん@ピンキー
09/07/23 00:08:34 LCEGYFQC
こんなに早く続きがくるとは…!恭也が現われて波乱の予感。すごく面白かったです!続き楽しみにしてます。
ていうか月下奇人もあなただったんですね。いつもお疲れ様です。
245:名無しさん@ピンキー
09/07/24 00:17:03 gf39i/88
>>232
美耶子TBS聴いてんのかww
246:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:22:53 tKWVN4OD
ずっとタイトルを付け忘れてました。
今回から付けます。
次回の投下は少し先になりそうです。
247:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:23:20 tKWVN4OD
辿り着いた病院は、見知らぬ病院だった。
あの商店街と同じく、二十七年前に消えたはずの病院。
奇妙な胸騒ぎ。これがあの夢と同じ場所であるのなら―ここには、あれがあるはずだ―。
「お姉ちゃん!」
物思いを遮るように、理沙が叫んだ。
窓に駆け寄る。
しかし窓の向こう、霧に包まれた中庭に、何も見つけることはできなかった……。
「宮田先生―宮田先生!」
聴診器を持ったままぼんやりしている宮田に、患者の母親が呼びかける。
宮田は、ふっと我を取り戻して眼の前の患者を見た。
もうすぐ四歳になる男の子が、両手で自分のシャツをまくり、宮田の診断を待っていた。
「ああ……特に変な音はしませんね。肺炎の心配はないでしょう」
宮田は穏やかな声で言うが、母親は何やら気まずそうな顔をしている。
「あのう……先生? ちょっとその……」
「はい? どうされましたか?」
「いやあの、それなんですけどぉ」
母親が聴診器を指して口ごもる。宮田は少し苛立った。
「何か問題があるならはっきりおっしゃって下さい」
「はあ。それじゃあまあ、言いますけどねぇ……それ、耳に挿しとかないと、
意味ないんちゃいますのん?」
聴診器のイヤピースは、首にぶらさがったままになっていた。
これでは何も聴こえないのは当然だ。
幼子が、「いみない」と、喉の炎症にしゃがれた声で、母親の言葉を復唱した。
248:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:23:55 tKWVN4OD
「らしくないわねえ。あなたがあんなヘマやらかすなんて」
患者親子が帰った後、幸江が含み笑いをして言った。
「今日は、朝からずっと塞ぎ込んでたわよねえ? 何か悩み事でもあるの?」
「いや、別に悩み事って訳じゃないんですが……」
答える宮田の声音には、疲労が滲んでいる。
須田恭也が宮田のアパートに滞在するようになってから、今日で四日目だ。
恭也は、連日ミステリースポット巡りに飛び廻る一方で、
宮田の留守中、美耶子の手助けをするという仕事を、忠実にこなしていた。
朝、宮田が出勤して暫く後に起床し、日中は部屋の掃除や洗濯などの家事をしつつ、
アパートで美耶子と過ごす。
ミステリースポットへは、夕方になってから出かけた。
「こっちとしても、その方が都合いいんです。
やっぱそういう場所調べに行くのは、暗くなってからの方が雰囲気ありますから」
初日、夜遅くに戻った恭也は、宮田にそう話した。
確かに、彼がそういうスケジュールで動いてくれれば、
美耶子の孤独な時間は宮田が帰宅するまでの二、三時間で済むから、
どちらに取っても利がある。
これまで、宮田が独りで背負い込んでいた雑多な家事をも手伝って貰えているし、
宮田からした処で、いいこと尽くめのはずなのだ。
問題があるとすれば―やはりそれは、美耶子との性の営みに関してのことだ。
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
いつになく弾んだ声と同時に、美耶子は宮田に抱きついた。
これもまた初日、どうなることかと気にかけつつも出勤した宮田が、一日を終えて戻った、
玄関先でのことである。
「あのね、恭也は今日、トンネル見に行くんだって」
美耶子はその日恭也と話したことを、仔細に渡って宮田に伝えた。
それは、宮田が帰宅してからずっとずっと続いた。
食事中も、入浴中も、美耶子が口を閉ざすことはなかった。
宮田は、こんなによく喋る美耶子を、今まで見たことがなかった。
こんなに口を動かし、くるくると表情を変えて、身振り手振りまでも交えて。
「恭也はね、今は大手のオカルト掲示板にスレッド立てて投稿してるだけなんだけど、
もうすぐ自分のサイトを開くんだって。
それで、来年車の免許を取ったら、もっともっと色んな場所に行くんだって。
ネット上で友達も沢山できたから、そういう人達と集まって、
オフのツアーを組んだりもしたいって……」
美耶子が早口でまくし立てる話の内容は、宮田には半分ぐらいしか理解し切れなかった。
美耶子にしたところで、口にしている単語の数々は全て恭也の受け売りで、
ちゃんと理解している訳ではあるまい。
けれど美耶子は、そのよく判りもしない恭也の話を、嬉々として語り続けるのだ。
宮田はそれを美耶子の望ましい成長の証と考え、辛抱強く耳を傾け、付き合い続けた。
恭也が帰って来ると、美耶子はすぐさま彼に、その日の冒険の土産話をねだった。
使い古したおもちゃのように宮田を放り出し、ずっと恭也のそばにくっついて廻る。
これには、鷹揚な性格の恭也も、さすがに閉口したようだ。
なにせ恭也が便所に行こうが風呂に入ろうが、お構いなしで話を聞き出そうとするのだから。
「美耶子、そのぐらいにしといてやれよ。恭也君が可哀相だろ」
見かねた宮田がそうたしなめるが、美耶子は止まらなかった。
「ねえ、写真も撮ったんでしょ? 見せて見せて?」
「見せろったって……君、見れないじゃん」
「いいから! 大丈夫だから! ねえ早く出してよぉ」
249:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:24:31 tKWVN4OD
仕方なく恭也は、デジカメの記録画像を、小さなモニターに映し出して見せた。
「……暗くて小さくてよく判んない」
「パソコンがあれば、もっと大きく表示できるんだけどなあ」
「お兄ちゃん、パソコンだって!」
この家には、ほとんど使われたことのないノートパソコンが眠っていた。
以前診療所で使っていたものを、買い換えた時に譲って貰ったのだ。
いつか本格的に勉強しようと思いつつ、時の過ぎ行くままに放置していたそれを、
恭也は手慣れた様子で扱い、デジカメと繋いで、画像を大きく写し出した。
「……ほら、これがトンネルの入口。んでこれが、近くにあったなぞのお地蔵さん……
ほんとに判ってんの?」
次々に画像を表示しつつ恭也は、疑り深げに美耶子を見る。
「少しは判ってるはずだよ。全盲じゃないから。
光とか輪郭とか……それぐらいなら、ぼんやりと見えているはずだ」
宮田は仕方なくそう言った。
現実には美耶子は全盲なのだが、幻視能力の説明は難しいし、
それを判らせたとして、恭也がそれについて良い印象を抱くとも思えない。
そんな宮田の懸念には気づかず、恭也は美耶子に写真の説明を続ける。
「ここは幽霊トンネルとか言われててさ。
落ち武者の霊とか、そういうのの目撃談に事欠かないんだ。
俺も、通った時何となくぞくぞくっと来て……」
「ここ、何もないよ?」
トンネルの画像に見入っていた美耶子が、ぽつりと呟いた。
「何もないって?」
「幽霊なんて居ないってこと。だって何にも見えないし、感じない」
美耶子は眼を閉じ、画面に手をかざして言った。
「このトンネルより、さっきの崖の写真の方が気になったよ。
幽霊とかと違うけど、ちょっとだけ……あの世に近い場所って感じがした」
恭也は勢い込んで尋ねた。
「ちょっ、それって……もしかして君、見える人なの?」
「ううん。眼は見えない」
「いや、眼とかじゃなくてさ! 幽霊とかそういうの、判んのかって」
「おかしな奴は、気配ですぐ判るよ。その気になれば話しもできる……。
このアパートにもね、最初は居たの。そこの窓枠からぶら下がってたおじさん。
でも話を聞いてあげたら、もう気が済んだからって、成仏して居なくなったけど」
恭也と宮田は、硬い表情で居間の窓枠を見つめた。
「どうりで……ここの部屋だけ、他より家賃が安かった訳だ」
宮田は、ぼそっと独りごちた。
「見える人」であることが発覚した美耶子に、恭也の関心は一足飛びに高まったようである。
それもそのはず、恭也はオカルトマニアなのだ。こういった不可思議な話には目がない。
恭也と美耶子の会話は盛り上がり、いつまでも途切れることが無かった。
それはもう、宮田の入り込む隙もないほどに。
その夜は結局、夜中の二時過ぎぐらいまで二人は話し込んでいたようだった。
宮田は先に寝てしまったので正確な処は判らないが、のちに美耶子がそう言った。
深夜、ベッドの中に、息を潜めて入ってくる美耶子の気配を、微かに覚えている。
美耶子はすぐに眠ってしまった。きっと喋り疲れたのだ。
半覚醒状態の中で宮田は、眠ってしまった美耶子の躰に触れようと思ったのに、
なぜだかそれができなかった。
怖かった。
美耶子の躰の中に、恭也の残滓が残っていたら―。
そんな、あるはずもない妄想におののき、宮田は逡巡し続けた。
心身共に疲れ果て、眠らなくてはいけないのに、意識の一部分が妙に冴えて寝付かれず、
仕方がないので宮田は自慰をした。
250:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:25:03 tKWVN4OD
こんな時、美耶子を裸に剥いて玩弄し、深い満足感の中で射精をしてしまえば、
そのまま眠ることができるのに。
それが叶わない今、宮田は、美耶子と恭也の安らかな寝息に挟まれたこの場所で、
息を殺して陰茎を摩擦するほかない。
異様な橙色の照明に満たされたトンネルの中や、雑草の生い茂った道路沿いの森の中で、
恭也に抱かれている美耶子の姿を脳裏に思い浮かべ、宮田は虚しい絶頂を遂げる。
惨めな想念に責め立てられながらの自慰は、歪んで捻じくれ曲がった負の快楽であった。
嫉妬と憎悪が残酷なまでに胸を焼き、心臓が高鳴って苦しくなる。
しかし、そんな狂おしさと共に湧き起こる射精は物凄く、
切羽詰った暴力的な迸りが、無理やり尿道を割って出るような痛烈な感覚が、
宮田の陰茎を苛んだ。
彼が今までの人生でついぞ味わったことのない、被虐的な快感―。
だが、所詮は自慰なので興も薄くて味気なく、一度の射精では物足りないので、
つい何度も繰り返してしまった。
何度も何度も。
まるで、射精の快感を知り初めし思春期の頃のように―。
そんな夜が、もう三晩も続いているのだ。
宮田は、今日これで何度目だか判らぬ、力ないため息をついた。
別に、今までの三日間、全く美耶子を抱いていないという訳ではない。
診療所から帰宅し、恭也が戻って来るまでの数時間は、二人きりの時間なのである。
浴室で、宮田は美耶子をいつも通り抱いた。
美耶子もさすがにこの時間だけは恭也のことを口にせず、宮田とのまぐわいに集中していた。
「うあぁ……お兄ちゃん……お兄ちゃん、怖い」
一昨日の夜、宮田は浴室で、美耶子の躰を両腕に抱え上げ、床に立ったままで陰茎を挿した。
美耶子は宮田の首に腕を廻し、脚を腰に巻きつけ、完全にぶら下がった状態だ。
以前にもこうやって美耶子を抱え、駅弁売りのような姿態で性交をしたことはある。
けれど浴室ではしたことがなかった。危ないからだ。
普段の宮田なら、こんな馬鹿げた行いに興じたりはしない。
常日頃から、冷静沈着を売りにしてきた宮田である。
羽生蛇村で病院の院長だった時代はもとより、犀賀診療所の勤務医となってからも、
その冷静さ、緊急時にも動じぬ対応の的確さは変わらず、
そういった点に関しては、あの犀賀医師が感心し、手放しで褒め称えるほどであった。
「あんまり動かない方がいい。足を滑らせて転ぶかもしれんぞ」
猛烈に突き上げられる衝撃に子宮も震え、尻をかくかく動かす美耶子に宮田は言う。
その宮田はといえば、自らの台詞に反して凄まじく腰を振るい、
泡立った淫液をあちこちに飛散させて、大変な熱の入れようである。
宮田は膣を突き上げる合間に、躰をぐっと前屈みにして美耶子を揺さぶる。
すると姿勢が不安定になって、陰茎が膣から外れそうになる。
膣穴を気持ちよく圧迫するものが抜けそうになる心細さ、そして床に落ちそうな恐怖から、
美耶子の膣はぎゅうっと締まる。
ただならぬ締め付けは宮田を夢中にさせ、彼はわざと美耶子の躰が不安定になるように、
様々に姿勢を変えるのだった。
「あぁああっ、ああぁっ、うあっ、くう、ううぅ」
恐怖と快楽に顔を歪めながら、美耶子は眦に涙を浮かべ、宮田のうなじに爪を立てる。
嗜虐的な仕打ちに及ぶ宮田が、膣を突き通す逞しい陰茎が憎らしくて、
美耶子はわざと、彼の膚を傷つけるのだ。
「うううぅ、ううっ、ああ、いや……もういや……死にたい……もう、殺してやりたい……」
意味の通らぬ世迷言を涎と共に垂れ流す唇を、宮田は強く啜った。
胸板の上で乳房が揺れる。乳首が滑る。
繋がり合った性器同士は燃えて、滴る淫液ごと発火してしまいそうだ。
251:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:26:58 tKWVN4OD
異物の詰まった銃身が暴発するような勢いで、宮田は果てた。
瞼の奥底に火花が散り、耳鳴りがして意識も揺らぐ。
宮田の腕の中、美耶子の下肢が引き攣れ、腰に廻ったふくらはぎが、変な風に痙攣していた。
「うぅうんん……あぎぃ、いゃあぁあぁああぁ」
躰の芯を貫くオルガスムスの快感に、美耶子は全身を硬くした。
例によって、宮田の精液を搾り取ろうとする膣穴の蠢動だけが、なまめいて柔らかだ。
どうにもくすぐったくなった宮田は、湯船の中に美耶子を落とした。
「ああぁあ、入っちゃう……お湯、入っちゃうぅ……」
ざぶんと浴槽に沈められた美耶子の性器は、湯の中で未だひくつき、
吸引の動きをしていたので、ごくごくと飲み干すように風呂の湯を吸ってしまうのだ。
宮田は美耶子を湯船から引き上げると、後ろから抱え、
子供に小便をさせるような感じでがに股に足を開かせる。
精液や膣液と一緒くたになった風呂の湯が、穴からぴゅーっと噴き出して放物線を描く。
「美耶子、尿道口からも出てるぞ」
膣だけではなく、尿道にも湯が入ったのだろう。放物線は、二本の軌跡を描いていたのだ。
「あああ……やあぁ……漏れちゃう、漏れちゃうよぉ」
尿道口から溢れた湯が、途中から檸檬色の尿に変わっていた。
放尿しきった美耶子の性器は、恥じらいを込めてひくりと最後の痙攣をしていた。
252:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:27:31 tKWVN4OD
時間を限られた二人の営みは、より激しく濃密なものになっていた。
しかしそれは、一日の内の本当に限られた間だけだった。
恭也が戻って来れば、美耶子は恭也にべったりだ。
無論それは、恭也がその日に見たこと、体験したことを知りたいという、
好奇心のみの感情がそうさせているのは明らかで、
けして美耶子が、恭也自身に特別な気持ちを抱いてのことではない、ということは判っている。
それでも美耶子が、最前までこの上なく淫らな性交に耽っていたこの娘が、
そんな素振りは一つも見せず、まるで無垢な処女でもあるかのように、
清潔で邪気のない笑顔を浮かべて恭也と接しているのを見ると、
その変わり身の早さと平然と己を偽る態度に、女の強かさが如実に現れている気がして、
宮田は複雑だった。
美耶子とベッドに入っても、隣室に恭也が居るので何もできないし、
鬱屈した感情は、表に出ることを許されずに体内を駆け巡り続け、
結局宮田は、自分の手を使って、それを陰茎の先から吐き出す行為に頼るほかなかった。
かといって、彼の中にあるわだかまりは、自慰行為などで完全に解消しきれるものでもない。
よってそれは、否応もなく何度も何度も繰り返されることとなる。
精巣の中身を全部排出し、もはや精液とも呼べないような、
ゼラチン状の薄い唾液程度のものしか出てこなくなり、ついにはそれさえ無くなって、
絶頂の痙攣を起こしても、本当に痙攣が起こるだけで煙も出ない、という域に達するまで、
執拗に続けられるのだ。
その翌朝は過度の自慰で躰はだるく、頭も上手く働かなくて、
仕事にまで差し支える破目に陥ってしまう、という体たらくだった。
その日の勤務時間が終わると、宮田は待ちかねたように診療所を飛び出した。
家路を急いだとて、アパートでは一時の爛れた交接と、
それから続く永い徒労の時間が待っているだけなのだが、
それでも宮田は、自転車を漕ぐ足を緩めることができなかった。
昼から続いていた気掛かり―今日、アパートに電話した時に誰も出なかったのだ。
宮田は昼休み、いつもアパートに電話をかけていた。
それは美耶子の無事を確認するためでもあったし、なにより、独りで寂しく過ごす美耶子が、
それを望んでいたからだ。
恭也がアパートに来てからも、もちろんそれは続けた。
「俺だ―変わりはないか?」
「うん。今ねえ、恭也がホットケーキ焼いてるの」
253:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:28:12 tKWVN4OD
「あいつ料理なんかできるのか」
「時々やるって言ってたよ。家庭科の授業で習うんだって!
あのね、恭也は学校の授業で、日本史が一番好きなんだって!
それはね、日本史の先生が面白くて授業の他にも―」
「判った判った。あとは帰ってから聞くよ。昼休み終わっちまうから。じゃあな」
ここでも美耶子はやはり、恭也の話しかしなくなっていた。
それまでだったら、宮田がいつ帰るのか、宮田が今何をしているのか、
そんなことしか訊いてこなかったのに。
(子供の自立を見守る親ってのは、こんな気持ちになるものなのかね)
そんな、柄にも無く感傷的な気分で、いつものように診療所ビルの入口付近に立ち、
携帯電話を耳に当てた宮田だったが、聞こえてきたのは美耶子の声ではなく、
無機質な、留守番電話の録音メッセージであった。
(―美耶子?)
不審に思いつつ、少し間を置きもう一度かけてみたが、やはり誰も出ない。
―どうしたんだろう。
宮田は、一度アパートに戻ってみようかと思った。
だがその時、宮田の元に駆け寄ってきた人がいた。
それは、近くの定食屋の女性店員だった。
「宮田先生! 店で、怪我人が……」
宮田は上に戻って診療鞄を取ると、定食屋へ駆けつけた。
店では、フォークを持った男が頭から大量の出血をしながら暴れていた。
どうやら彼が患者らしい。
彼の足元には血の付いたビール瓶が転がり、その横に、なぜか外れたかつらも落ちている。
かなり酒が入っている様子の男の背後に忍び寄った宮田は、
後ろから羽交い絞めにしてフォークを取り上げ、男が怯んだ処で背中に馬乗りになって、
躰を押さえつけた。
宮田の拘束の下、男はなおも暴れ廻り治療どころの騒ぎではなかったが、かといって、
この状態の男に麻酔等を使うのは危険だ。
仕方がないので首根っこを手で押さえ、耳元に威しの言葉を囁きかけて大人しくさせた。
後から詳しい話を聞いてみた処、昼間から仲間と酒を飲んでいたこの患者は、
仲間に不自然なかつらを笑われたことに逆上し、
かつらを投げ捨て、自らの禿げ頭にビール瓶を叩き付けたあげく、
「同情するなら髪をくれ」などと意味不明なことを叫びながら、
店中の人間に襲いかかろうとしていたそうな。
そんな具合にその日の午後は忙しく、家に帰る暇など無いまま過ぎてしまった。
尋常ではない速さでアパートに辿り着き、
自転車のチェーンも付けないまま地面に捨て置いて、部屋に向かいドアを開ける。
部屋は、無人だった。
薄暗い居間の片隅で、留守番電話の赤いランプが、無為に点滅を繰り返していた。
メッセージは……一件。宮田が自分で入れたものしかない。
ズボンのポケットから携帯を出してみるが、もちろんそこにも、着信の形跡はない。
宮田は嫌な胸の高鳴りを抑え、部屋の中をうろつき廻った。
洗面所の洗濯機の脇には、恭也のリュックが置いたままになっている。
箪笥やクロゼットも調べたが、美耶子の衣類は全て揃っていた。
(ならば逃げ出した―って訳ではない)
宮田は、自分を落ち着かせるように胸に呟く。
しかし現実に、彼らは今現在部屋に居ない訳である。
一言の断りも無く。二人揃って、いったいどこに出かけたというのか?
「そうだ……花壇」
もしかしたら、ケルブを埋めた花壇に墓参りでもしているのではないか?
そう考えた宮田は、部屋を飛び出しアパートの裏に廻った。
254:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:31:29 8FreS7Nh
陽が落ちて暗くなったアパート駐車場に、人の気配は無かった。
一応、声をかけながら付近を捜し廻ってもみたが、応える声はない。
宮田は落胆した。
もう一度携帯を見る。
(こんなことなら、美耶子にも携帯を持たせとくべきだったな……)
あるいは、恭也の携帯の番号をあらかじめ訊いておくべきだった。
己の迂闊さが今さらながらに悔やまれたが、
どちらにせよ、彼らが明確な意思を持ってアパートを抜け出していた場合、
連絡手段があったとしても、意味はないのだろうが……。
とぼとぼと道を戻り、遊歩道まで歩いてゆく。
自宅窓の前。恭也と初めて出逢った場所に立ち、遠く見える町の灯りに眼をやった。
どこかの家から漂って来る、玉ねぎを炒める香ばしい匂い。テレビの音。
子供の騒ぐ喧しい声。
ほのぼのとした家庭の気配が、宮田の孤独をいっそう際立てる。
心細さに、彼はそっと眼を閉じた。
「お兄ちゃん」
懐かしい声がした。
宮田は振り向いた。
―美耶子が居た。
美耶子は髪を後ろに束ね、バミューダパンツに紺のタンクトップという出で立ちだった。
肩から紙袋を下げ、首には見覚えのないネックレスを着けている。
美耶子の後ろには恭也が、美耶子の三倍ぐらいの大荷物を持って控えていた。
「お兄ちゃん、早かったんだね。今日は診療所、遅くまでやってる日じゃなかったっけ?」
「今月は診療時間がずれているんだ。……それより美耶子」
感情を抑え、深呼吸をしてから言う。
「どこへ行ってたんだ?」
美耶子は、恭也と二人で町中へ遊びに出かけたのだと言った。
「今日はね、恭也はミステリースポットお休みして、この町を見て廻ることにしたの。
それで私に、どこか面白い場所知らないかって……」
だが美耶子は、この町に来て一年になろうというのに、町のことは何も知らなかった。
アパートを出て歩き廻ることなどほとんどなかったのだから、当然である。
だから連れて行って欲しいと頼んだ。
恭也に、自分を町に連れて行って欲しいと頼んだのだ。
「それでね、恭也と一緒にいろんな場所を見たんだよ。
この町って、変わってて面白いね。道路に青いシートを張った小屋みたいのがいっぱいあって、
そこで物を売ってたりするの。
恭也はどれも安いって驚いてたよ。それで、私にも色んな物を買ってくれたんだ」
夜の遊歩道で、嬉々として美耶子は語った。
遊歩道を照らす街灯の下、銀色のネックレスを光らせながら―。
「そのネックレスも買って貰ったのか」
宮田が訊くと、美耶子は大きく頷いた。
「美耶子―ああいった露店で売られている品物が、どういうものだか判っているのか?」
宮田は美耶子と、その後ろで下を向いている恭也に向かって言う。
「この町のああいう露店に限って言えば、まともに仕入れた品物なんぞ、
一つも無いと断言できる。盗品か……あるいはただのゴミだ。いわゆるバッタ品ですらない。
まともな人間なら、あんな場所で物を買ったりはしない。
それを、よりにもよって装飾品だなんて……どんな不潔な代物だか判ったもんじゃない。
外した方がいいぞ」
「嫌!」
宮田の言葉を聞くと、美耶子はネックレスを庇うように握り締め、
首を横に振りつつ後ずさる。
「美耶子!」
宮田の手が振り上がった。
255:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:32:27 8FreS7Nh
「やめてください!」
恭也の声にはっとした。
振り上げた手を下ろし、手の平を見つめる。
(俺は今―美耶子を殴ろうとしたのか?)
自分で自分が信じられなかった。
その場に居たたまれなくなり、逃げ出したい気分に陥る。
美耶子は何が起こっているのか判らず、険しい表情でネックレスを庇い続けているだけだ。
「……二人とも先に帰っててくれ。俺は……少し出かける」
ようやくそれだけを言うと、宮田は美耶子達の横をすり抜け、歩き去ろうとした。
「お兄ちゃん?」
「宮田さん!」
呼び止める二人の声に一瞬足を停めたが―そのまま、早足で歩き続けた。
振り返ることもなかった。
今振り返ってしまったら……彼らに対し、何を口走ってしまうか判らない。
破裂しそうな怒りと同時に、何か得体の知れない敗北感に胸を噛まれながら、
宮田は、夜の道をひたすらに突き進んだ。
あてどもなく歩き続けた宮田は、診療所ビルの前まで戻ってきてしまった。
何も考えずに歩いていたら、ついつい通り慣れた道を歩いてきてしまったようだ。
(習慣というのは、怖ろしいな)
診療所の窓を見上げると、まだ明かりがついている。
(幸江さんか犀賀先生が、残っているのかな?)
宮田はビルに入り、階段を上がった。
診療所のドアには、鍵が掛かっていた。
ノックをし、声もかけてみるが、返事はない。
少し迷ったが―宮田は、貰ってあった合鍵を使い、鍵を開けた。
診療所に入り、間仕切りの向こう側を覗くと、そこにはナース服を着た幸江の姿があった。
診察室の中央に丸椅子を置き、後ろ向きに、背中を丸めてしょんぼり座っている。
「幸江さん、何してるんだい?」
宮田が呼ぶと、幸江はゆっくり振り向いた。
幸江の顔は、昼間の時より血の気が失せて白くなっているように見えた。
年相応にふっくらと肉付きのいい躰が、なぜだかいつもよりもか細く、
小さいように感じられる。
そして、その黒目がちな瞳からは―真っ赤な血の涙が流れ落ちていた。
宮田は驚き、凍りついた。
「……あら、宮田先生」
しかし次の瞬間。幸江の姿は、普段通りの様子に戻っていた。
「どうしたの……? なんか忘れ物?」
言いながら、照れ臭そうに俯くと、しきりに眼元を擦っている。
彼女は、泣いていたようだった。
「いや……下を通りかかったら、明かりが見えたもんで……」
「そう」
幸江は椅子から立ち上がると、奥のロッカーへと向かった。ナース服を着替えるのだろう。
「……いいの? 独りにして出てきちゃって」
ロッカー前のカーテンを閉めながら、幸江は言う。
何のことか判らず訊き返そうとした刹那、それが美耶子のことを言っているのだと気づいた。
「大丈夫です。実は今……東京から、親戚の子が来てるんで」
「あらぁ、あなた達ご親戚の方がいたの」
カーテンの中から幸江は言う。
「ええまあ……遠縁なんですけどね。なんだかこの町に興味があるらしくて。
高校生の男の子なんですけど」
「それぐらいの年なら、冒険したい盛りよねえ。
だけど、よりにもよってこんな町に観光に来なくたって」
256:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:32:59 8FreS7Nh
「全くですね。そう思います、俺も」
「でも良かったじゃない。美耶子ちゃんいつも独りで可哀相だったし。
さぞかし喜んでんでしょうねえ」
着替え終わった幸江が、カーテンを開けて出てきた。
「そうですね……美耶子の奴、随分明るくなったみたいです」
宮田は微笑んで答える。
診療所の出入り口前。幸江は、宮田の微笑む顔を暫くじっと見上げていたが―
目尻を下げ、本人がいつも、「小さい患者さん向け」と称している、
極上のビッグスマイルを見せた。
「じゃあ宮田先生、今夜は少し遅くなっても大丈夫なのね?」
「はあ、まあ」
「それだったら―」
と、今度は悪戯な子リスのような笑顔。
「だったらちょっと、今から付き合いなさいな。
それとも……こんなおばさんと一緒じゃあ、いやかしら?」
その台詞に相違し、有無を言わさぬ口調で彼女は言った。
幸江の向かった居酒屋は、この界隈にしては珍しいくらいに静かな、
落ち着いた雰囲気の店だった。
薄ぼんやりと間接照明の灯る店内には、
長く奥まで続いたカウンター席と、テーブル席が四つほど。
テーブル席は一つ一つが背の高い木の板で仕切られていて、世間を忍ぶ関係の男女が、
内緒の話を囁き合うのにちょうどよさそうな風情だった。
この町の飲み屋といえば、もっと大衆的でべらぼうにアテが安く、
酔った労働者達常にでごった返している、という印象があったのだが、
こんな店もあったとは驚きだ。
「あの人が見つけたのよ」
カウンターの隣の席で、幸江が言った。
幸江があの人、と言えば、それは犀賀のこと以外にない。
「ついちょっと前まで、よく一緒に来てたんだけどねえ……最後に来たのが、
五年前くらいになるかしら」
「それ、全然ちょっと前じゃないですよ」
宮田が笑うと、
「あなたはまだ若いから。私らぐらいの歳になったら、五年なんてつい最近よ」
そう言って、カンパリソーダのグラスを傾けた。
「―私とあの人ってね、駆け落ちだったんだぁ」
頬杖をつき、うっとりと瞼を伏せて幸江が言った。
「変な村だったの、私達の村。なんか、元々は隠れキリシタンの村だったらしいのね。
でもそれが時代を経て、その前から村にあった他の宗教とごちゃ混ぜになっちゃって……。
“カルト”っていうのかな? なんか、そんな感じの変な宗教になっちゃったの」
「異教の村、ですか」
羽生蛇村以外にも、そういう村があったのか。
少し複雑な気分で、宮田はビールのジョッキに口をつける。
「あの人は嫌っていたんだわ。
変な宗教とかしがらみとか、そういうのに縛られて生きるのが、本当に嫌だったって……。
もっとも、そんなこと話してくれたのは、村を出たずっと後だったけど。
村の病院の院長やってた頃は、そんな愚痴さえこぼせなくて、
独りで悩んで苦しんでたみたい」
カンパリの氷が、からんと音を立てて崩れた。
橙がかった赤い液体が、幸江の顔色を上気した色に照らした。
「あの日―あの人が、立ち入り禁止のはずの旧病棟に入っていったから、
私はこっそり後をつけたの。でもあの人には気づかれてたみたい。
廊下の角で待ち伏せされて……彼、私を捕まえて言ったわ」
257:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:33:30 8FreS7Nh
「……何て言ったんです?」
言葉を切って黙りこくってしまった幸江に、宮田は先を促す。
幸江はカウンターに突っ伏し、「うふふ」と笑い声を漏らした。
「ううん。やっぱり言えない。だって恥ずかしいもん」
「何だそりゃ」
「まあとにかく。その時あの人は、もう村には居られないって思ってたみたいなのよ。
この村は狂ってるって。だから一緒に逃げようって。
私……嬉しかったぁ。あの人が私を信頼して、そう持ちかけてくれたことが。
もちろん即OKよ。そのまま二人、先生の車でこっそりと村を出たわ。
村人に見つかるとまずいからっていうんで、何の仕度もできないまま、
身一つで出て行く羽目になったけれど……私はあの人さえ居れば、それでいいと思ってた」
「そりゃあお熱いことで」
「けどね」
幸江の表情が、ふっと翳りを帯びた。
眉根が寄せられ、瞳に、澄んだ悲しみの光が宿る。
「そんな風に私達が村を捨てて逃げたその翌日、村は無くなっちゃったの」
「無くなっちゃったって? それは、どういう……」
「だからぁ! そのまんまよ! この世界から消えて無くなったの!
土砂災害で……丸ごと姿を消したのよ!」
時が止まった。
宮田は一切の表情を失い、薄暗いカウンターで、呪われた石像と化した。
「……あれから、もう二十八年が過ぎたわ。
私も、村での暮らしより、この町で過ごした時間の方が長くなった。
だけどね、あの村のことはけっして忘れられない。
残してきた家族。村や病院の人々……。私ねえ、時々考えてしまうのよ。
ひょっとして、あの村が無くなってしまったのって……私のせいなんじゃないか、って。
私が村を見捨てて逃げてしまったから……。
あの村は神様の怒りを受けて、消されてしまったんじゃないか、って。
そう考えるとねえ、私、もうどうしようもなく不安で、そして怖くなってしまうのよ。
私が捨てたせいで村は消えた。村人達もみんな死んだ。
それなのに……私だけがこうしてのうのうと生き残って、
しかも、あの人と一緒になって幸せに暮らしている。
本当に……思い返すとこの二十八年間、色んなことがあったし、大変だった時もあるけど……
私とあの人の周りには、いつでも幸せしか無かったように思えるのよ……。
あの人との関係も、ずっと変わらず上手くいっているし。
どうしてなの? 村の裏切り者であるこの私こそが、
本当なら、もっとも神様に憎まれて然るべきなんじゃないの?
それなのに、どうして私には、こんなに幸せが……」
258:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:34:05 8FreS7Nh
「幸江さん」
ビールのジョッキを掴み、静かな声で宮田は言った。
「幸江さんが暮らしていた村……何という名の村なんですか?」
「村の名前? そんなの……言ったって判らないでしょう?
宮田先生が赤ん坊の頃に無くなった村なんだもの」
「いいから教えて下さい。知りたいんです」
カウンター奥に並んだ酒瓶を見据え、緊張に強張った口調で問う宮田に、
幸江は怪訝な眼を向ける。
しかしすぐに、小さく息を吐いて言った。
「まあ……別に、隠し立てする必要もないからいいけどさ。その村の名前はねぇ―」
「宮田先生、大丈夫?」
幸江が顔を覗き込んでいた。
暗くぼやけていた視界が、ゆっくりと光を取り戻して明晰さを増してゆく。
眼の前のジョッキが向こう側に倒れて、僅かに残っていたビールが、
カウンターの上に広がっている。
宮田が眼をしばたかせながらおしぼりで拭こうとすると、素早く店員が駆け寄ってきて、
始末をしてくれた。
「ああ、悪い……大丈夫ですよ幸江さん。少し酔っ払っただけだ」
店員と幸江にそれぞれ謝って見せ、宮田は手で顔を撫で上げた。
「ちょっと飲み過ぎたみたいねぇ。お冷貰おうか。すいませーん」
幸江は、空のジョッキを下げる店員に水を頼む。
259:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:34:37 8FreS7Nh
「本当に大丈夫です……参ったな。
いつもなら、ビール一杯程度でこんなに酔わないんだけどなあ」
「何言ってんの。あなたはもう、大ジョッキ五杯空けてんのよ?」
「えっ? そうでしたっけ……」
宮田は記憶を辿ろうとするが、どうにもぼやけて判然としなかった。
やはり飲み過ぎのようだ。
「―それでね、さっきの話しなんだけど」
冷たい水を飲み干し、宮田がいくらか落ち着きを取り戻すのを見計らってから、
幸江は口を開いた。
「あなたの気持ちも判るけどねえ、
私は……美耶子ちゃん達に、あんまりきつく言わない方がいいと思うのよ。
そりゃあ、保護者であるあなたに黙って、勝手に遊びに出かけたのは悪いことだけどさぁ。
難しい年頃だし、あまり頭ごなしに叱りつけるのも、かえって逆効果な気がするの。
大丈夫よ。美耶子ちゃん、あんなに素直でいい子なんだから。
子供だけでこの町をうろつくのが、どれだけ危ないか。
美耶子ちゃん達の姿が見えなくて、あなたがどれほど心配したか。
そういったことを、筋道立てて話して聞かせれば、きっと判ってくれるはずよ。
ねえ? まずは落ち着くのよ? あなたにならできるはずだわね?」
宮田は幸江の並べ立てる言葉に対し、眠たそうな顔で、曖昧な相槌を打ち続けていた。
「やあねえ。ちゃんと聞いてんのぉ?」
幸江にぺちんと腕を叩かれると、陰気な笑い声を漏らす。
「美耶子も……いずれは俺のそばから離れて、どっか行っちまうんですかねえ」
「そりゃあ、しょうがないわよ。美耶子ちゃんだって、いずれは好きな人ができて、
その人と一緒になりたいって思う時が来るでしょうよ。女の子なんだもの」
突然宮田は、幸江の肩にもたれかかった。
幸江は驚く。肩の上、宮田の頭が小刻みに震えている。
「いやだ宮田先生、あんた泣いてんの?」
幸江の肩の上に顔を伏せたまま、宮田は何も返事をしない。
ため息一つ。幸江は宮田の背に腕を廻し、宥める仕草でぽんぽんと叩く。
「先の話よそんなの。まだまだ、ずっとずっと先の話―」
酒瓶の群れを通り越した遠い彼方を見つめ、幸江はそっと呟いた。
その後、幸江と別れた宮田は、ふらつく足取りでアパートに向かった。
躰に酔いは残っていたが、意識はしっかりしている。
幸江は宮田と美耶子のことを心配し、アパートまで付いて行くと言い張っていたが、
それは丁重に断った。
この町で夜に女が歩き廻るのは、危険過ぎる。
「ねえ。判ってるわね? 感情的になっては駄目よ?
美耶子ちゃんの言い分もちゃんと聴いて上げるのよ? いいわね?」
町外れの住宅街にある、犀賀と幸江のマンションの前まで彼女を送る途中、
彼女はずっとそんな忠言を繰り返していた。
「全く。おせっかいなオバハンだよなぁ……」
思い出すと笑えてくる。宮田は肩を揺らした。
あれでもきっと、若い頃にはそれ相応に愚かしく、可愛い娘だったんだろうに。
考えてみれば、惚れた男の後をこっそりつけ廻したりなんてのは、尋常な話ではない。
いくら思い募ってのこととはいえ。
そういう点からいっても、若い時分の幸江の気性が忍ばれるというものだ。
犀賀もきっと、手を焼いたことだろう―。
260:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:35:17 8FreS7Nh
「ん?」
宮田は自分の回想に違和感を覚え、ふと首を捻った。
自分はいつ、幸江にそんな話を聞いたんだったか?
考えてみるが思い出せない。そもそも今夜、幸江とは美耶子の話しかしていなかったはずだ。
「いかんなぁ……やっぱり飲み過ぎた……」
軽く頭を振るう。通りがかりのコンビニエンスストアの時計を覗くと、
ちょうど十一時になろうとしているところだった。
明日も早い。さっさと帰らねば。宮田は、自宅アパートへと急いだ。
アパートに着いて玄関を開けると、居間から恭也が飛び出してきた。
「宮田さん、あのっ」
恭也は、おずおずと玄関の床に両手をついた。
「あの、すいませんでした! 俺、勝手に美耶子さんを、連れ出しちゃって……」
そう言って、頭を下げる。
「……美耶子は?」
「あ、もう寝てます……」
「そうか」
宮田は土下座をする恭也に眼もくれず、奥の寝室へと向かい、
アコーディオンカーテンを開けた。
恭也の言う通り。美耶子は明かりの消えた寝室のベッドに横になり、
頭からシーツを被っていた。
宮田は、そのシーツを剥いだ。
生成りの、病人服のような型の寝間着を着た美耶子が、怯えた眼を見開いている。
「なんだ、起きてるじゃないか」
「宮田さん……あの」
宮田の後を付いて来た恭也が、美耶子と宮田を見比べながら、困り顔で声をかける。
しかし、それでも宮田は恭也を見ず、さっさと服を脱ぎだした。
「恭也君……話なら明日にしてくれ。もう遅いし、疲れてるんだ……」
酒の臭いを散らしながら、ランニングシャツとトランクスだけの姿になって、
ベッドに入る。
美耶子の躰に、被さるように。
「お兄ちゃ……!」
恭也は、棒のように真っ直ぐに身を硬くしている美耶子と、
美耶子の躰に腕を乗せて横になった宮田の姿を、じっと見つめていた。
「……何だ? 俺達を見ていたいのか?」
「いえ!……そ、そんな」
恭也は頭を左右に振り立て、アコーディオンカーテンをがしゃがしゃ鳴らして閉めた。
寝室が暗くなる。
それでもアコーディオンカーテンの隙間から、隣の居間の明かりが漏れて入るので、
完全なる闇とはならずに、僅かな視界は確保できた。
宮田は、美耶子の隣でうつ伏せになり、彼女の胸の上に片腕を投げ出したまま、
暫く静止していた。
硬直した美耶子は天井に顔を向け、そのまま、宮田が眠ってしまうのを息詰めて待っている。
しかし残念なことに、宮田は大人しく眠りに就くつもりなど、さらさらなかったのだ。
宮田の腕は、強引な力で美耶子を抱き寄せ、骨も折れよと抱き締めた。
あまりの強さに、美耶子の喉からは、「くっ」と呻く声が押し出される。
いい匂いがした。石鹸とシャンプーの甘ったるい香り。美耶子は、風呂に入っていた。
自分の留守に、どうやって? 宮田は考える。まさか……恭也が入浴の手伝いをしたのか?
「……あいつが」
261:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:35:53 8FreS7Nh
「んんっ……」
宮田の唇は、美耶子の唇に吸い付いていた。
これもまた容赦のない、物凄い力だ。
吸って吸って、吸いながら、口内粘膜を、やたらめったら舌で掻き廻す。
我ながら酷い接吻だと思った。
こんな、酒臭い口に責め立てられる美耶子は、苦痛しか感じていないのではないか?
けれどもそんな風に考えると逆に溜飲が下がって、ざまあ見ろ、といった気分にもなる。
もっともっと酷い目に合わせてやろう。宮田は、美耶子の股座を手で鷲掴みにした。
突然のことに美耶子は叫びかけたが、その唇は宮田の唇で塞がれていたので、
声は漏れなかった。
失敗したと思った。
思い切り叫ばせて、その声を恭也に聞かせてやればさぞかし面白かったろうに。
まあいい。声なんか、これから幾らも出させてやれる。
唇を合わせたまま、宮田は美耶子の上に躰を乗せた。
全くの手加減なしだ。
全体重をかけているから、美耶子の力では抜け出せまい。
現に苦しくなった美耶子が下で懸命になって暴れているようだが、こちらはびくともしない。
「あんまり暴れると、恭也君にばれるぞ」
そっと言ったつもりだったが、意外と大きな声が出てしまった。
美耶子の躰がすっと冷えて固まる。
それを幸いと、宮田は美耶子の着ているものを引き裂いた。
脱がしたのではない。本当に引き裂いたのだ。釦を外すのが面倒だったから。
ぶちぶちと釦が弾け飛んで寝間着の前が開くと、
柔らかくてもっちりとしたおっぱいが、一丁前の大人のような顔をしていて生意気だったので、
歯形がつくまで噛み付いてやった。
乳首は音を立てて力いっぱい吸い上げる。
「ひい……」
美耶子が泣き声を上げるのが面白くて、何回もやった。
「お兄ちゃん……もうやめて……」
美耶子はいまわの際のような囁き声を出して懇願するが、宮田は聞こえない振りをした。
そして、汗ばんだ下腹部に張りついた、邪魔なパンティーを剥ぎ取りにかかる。
「お兄ちゃんお願い。本当に……今だけは」
「奴と姦った後だからか」
腿を閉ざし、腰も上げない非協力的な美耶子の下半身から、
苦心して小さな布切れを取り去ると、だるそうな声で宮田は言った。
「そんな……」と絶句する美耶子の性器を探れば、陰唇はぴったり閉じたままで、
陰茎を受け入れる態勢がまるで整っていない。
だが、舌打ちをして指で広げ、膣口を探ってみると、中の粘膜はしとどに濡れそぼっていた。
やはり気持ちがどうであれ、こうして男にまさぐられれば、躰は自然と気ざしてしまう。
そういうものなのだ。
「充分いけそうだな」
乳房に向かって呟くと宮田は、酒のせいか、未だ硬くなりきらない陰茎を掴み上げ、
手の力でもって無理やりに押し込めようとする。
これは、思いのほか骨の折れる作業であった。
途中、中折れして何度も頓挫しかけるのを、膣口を捏ねくりつつ、騙し騙し押し挿れてゆく。
そんな努力は、美耶子の躰に意外な作用をもたらした。
「うぅ……はあ……はあ……あ」
美耶子の吐息が、切なく乱れて桃色に染まっている。
半ば柔らかいままの陰茎に膣口をいびられ、這入るとも這入らないともつかない、
中途半端な状態を長く続けられたせいで、じりじりと焦らされ通しの膣が勝手に昂ぶり、
火照りながらうねって、早く硬い大きなもので埋めて欲しいと、
浅ましく涎を垂らしてひくつき出したのだ。
262:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:36:29 8FreS7Nh
美耶子の明らかな発情の態度に、宮田の陰茎も本気の実力を発揮して、硬さを増す。
膣の中で陰茎がむくむく大きくなるのを感じると、その充溢感から美耶子の膣も悦び震えた。
投げ出していた脚が自ら大きく広がって宮田の腰を挟み込み、
白い乳房は膨らみを増して、荒い呼吸に大きく上下した。
宮田は、久しく忘れていた心地好い密着感に、ほっとため息をつく。
考えてみれば、ここ暫くの性交は、窮屈で自由の利かない浴室でしかやっていない。
それだって別に悪くはないが、こんな風に手足を伸ばせる、
柔らかなベッドの上での行為の方が、躰も楽だし気持ちも落ち着いた。
落ち着いた処で、宮田は美耶子の乳房に顔を埋め、ゆったり腰を使い始めた。
「うぅ……ん」
詰めていた息を堪えきれずに大きく吐き出し、美耶子は少し仰け反った。
尻の下で、マットのスプリングがぎいと軋む。
どくどくと血の気が差して傘の開いた亀頭が、膣の中に湧いていたよがり汁を掻き出すと、
快楽に喘ぐ肉の穴は、じゅぶっじゅぶっ、ぶちゅぶちゅぶちゅっ、と、
卑猥で滑稽な音色を奏でた。
宮田は腰の動きを大きく、いつもより陰茎の抜き挿しをするストロークを長くしていた。
ぐっと下腹を押し付け、陰茎を毛際まで挿れられるだけ挿れたあと、
ずるずるずるっとそれを抜き出し、危うく亀頭が膣口から外れそうになるまで、
ぐうっと腰を引く。
最初は緩やかな動き。
美耶子の体温が上がり、汗に湿った躰がくにゃくにゃもじもじ身悶えし始めると、
段々動作を速くして、高まる性器の快感をよりいっそう煽り立てていった。
「はあっ、あぁあっ!」
ついに美耶子は、白い喉から明確な悦びの声を漏らし出した。
淫らな悦びにまみれた声は、それ以降、ひっきりなしに続いた。
美耶子が抑えの利かない状態になったのを知ると、宮田はそっとほくそえみ、
大きく使っていた腰の動きを短く、より素早く切迫したものにする。
ぐりぐりと。恥骨に恥骨をなすり付けるようなその腰の使い方は、この上なくふしだらで、
それでいて、人を小馬鹿にしたような印象でもあった。
しかしそれは、美耶子は当然のこと、それを実際に行っている宮田自身にだって、
あずかり知らぬ事実である。
彼らは今、性器同士を摩擦し合う行為にすっかり没頭しているのだから。
宮田は、ぬめる襞にカリ首を絡まれ、根元をどくどく絞り込まれる感覚に、
絶えず呻いていたし、美耶子は、擦れ合い縺れ合う恥毛の中で陰核を強く押しひしがれ、
そこから融けて流れてしまうような快美感に酔っていた。
「あぁあ、うあ、うぅうんっ」
みっしり埋まった陰茎に柔らかな粘膜を蹂躙されながら、
重みのかかった陰核を揉みくちゃにされる美耶子は、
もはや性悦の頂点への階段を駆け上がりつつあった。
通常であればここいらで、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と、
うわ言のように宮田を呼び続けるくだりだが、今夜の営みにおいてそれは無かった。
やはりまだ、心の一部分では隣を気にしていた。
こうなってしまった今でも。
それはもちろん、宮田も同様であった。
いや、彼はむしろ、はなからそれを意識して行為を始めているのだから、なおさらだろう。
がに股に押し潰した美耶子の腿の間、宮田は全く遠慮のない動きをして、
陰茎で膣を擦り立てる。
熾烈な速さで上下する躰はベッド全体を揺るがし、床を伝って壁や箪笥までをも震動させる。
その大仰な動きは、明らかに隣室の恭也を意識してのものだった。
263:宮田×美耶子・其の三 第三回
09/07/25 09:37:03 8FreS7Nh
―どうだ。お前に、この真似ができるか……?
美耶子を抱き、狂おしく喘ぐ声や、悩ましい物音を聞かせる。
宮田は年端も行かない少年に対し、自らの力を誇示して見せていた。
羞恥心も、大人としての分別も消え失せていた。
勝手な行動を取った美耶子と彼に対する憤り。もしくは、堪りに堪った鬱憤の爆発。
あるいはもっと単純に、酔って理性をなくしただけのことなのかもしれない。
別に、どうだっていいと思った。
とにかく今は、陰茎が気持ちいい。もう、いつだって射精できそうだ。
眼を落とせば、黒髪に縁取られた美耶子の顔が、しっとりと潤んだ瞳が、
あまりの恍惚に半ば閉ざされながらも、救いを求めて宮田を見上げていた。
彼女も、限界に達しようとしている。
煮え立ってぬかるんだ膣の奥はもどかしく、むず痒いように疼いて切ない。
何とかして。これを、何とかして欲しい。
そう訴えかけている美耶子の瞳を見据えた宮田は、彼女の両膝を裏から抱え上げると、
宮田の体重に押し潰され、ひしゃげていた尻を持ち上げ、
腰を上げてほぼ真上から、浅くなった膣の最奥をずしんと貫いた。
子宮頚管。すなわち、膣にせり出した子宮の入口を亀頭が小突いた瞬間、
美耶子は今までに出したことのない、獣じみた咆哮を上げた。
端整な麗しい顔を醜く歪め、全身で魚のようにびたんびたんとのた打ち廻り、
白目を剥いたあげくに、上と下、両方の唇の端から泡を吹いて、大きく痙攣した。
その美耶子の醜態を見つめながら、宮田も果てた。
どっくんどっくん脈動しながら迸り出るさなか、
宮田は、閉ざされたアコーディオンカーテンに眼を向ける。
隣室からは、何の気配も感じられない。
しかし宮田は知っている。
カーテンを閉めて以降、恭也はその前から一切動いていない。
今だって、その向こう側に息を潜めて立ち尽くしているはずだった。
彼は今、どんな顔をしているのだろう。そして、何を思っているのだろうか?
燃え尽きたような躰を美耶子の横に投げ出し、
シーツの上に息を吐きながら、宮田はそれを、とても知りたいと思った。
【Continue to NEXT LOOP…】
*このエロパロSSはフィクションであり、
実在のゲーム・キャラクター・団体・事件及び地域などとは一切関係ありません。
264:名無しさん@ピンキー
09/07/27 00:11:25 +WoK8TLb
どーなるんだ
無理をせず、また続きを投下しに来てください
265:名無しさん@ピンキー
09/07/27 00:51:53 a4IABpkJ
宮田かなりまいってるね…
みやこは恭也と、宮田のことをどう思ってるんだろう。続き待ってます!
266:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:06:59 iZHm7SXR
今頃、羽生蛇村では異変の真っ最中でしょうかね。
注意事項:今回、中盤に若干のグロ描写があります。
267:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:07:27 iZHm7SXR
病院の中を彷徨い歩いていた。
あいつを―あの女を見つけ出さなくてはならない。
地階に辿り着く。
ここには倉庫の他に、ボイラー室と霊安室ぐらいしかない。
―どこに居やがる……?
取りあえず、ボイラー室の扉を開けてみた。
一見無人に見えた暗い部屋の天井から、奴は舞い降りた。
血と泥にまみれたナース服。
身にまとう衣服同様、変わり果ててしまったその顔。
あまりにもおぞましい、いっそ笑いを催すほどに酷いその顔。
叫び出したくなる気持ちを抑え、手の中にある金槌を構えた―。
眼を覚まして携帯を開くと、時計は九時を廻っていた。
ぎょっとして飛び起きた処で、今日が日曜であったことを思い出し、またベッドに寝直した。
ため息と共に天井を見上げる。
隣に美耶子は居ない。
ダイニングの方で小さくラジオの音がするから、多分起きてそこに居るのだろう。
食事は、テーブルにパンを置いておいたから、それで済ませているはずだ。
(もう一眠りするかな……)
気だるく寝返りを打ち、宮田は眼を閉じた。
三日前の夜以来、恭也はアパートから姿を消していた。
恭也が居間で聞き耳を立てている隣で、おおっぴらに美耶子を抱いた、あの夜以来である。
あの翌朝、起きた時に彼の姿はすでに無く、荷物も無くなっていた。
居間のテーブルに「今までお世話になりました ありがとうございました」
とだけ書かれたメモが残されていたことからも、彼が自分の意志で出て行ったことは、
明白だった。
意外だったのは、美耶子の反応が薄かったことだ。
恭也が黙って姿を消したことを告げても、少し寂しそうな表情を見せただけで、
特に何も言いはしなかった。
もっとも美耶子からすれば、自分と宮田の関係が恭也に知れてしまった自覚もあるだろうし、
彼に合わせる顔も無い、という気持ちもあるのかもしれない。
すなわち、恭也に対する執着よりも、恥じ入る気持ちの方が強かった、
ということなのだろう。
しかし、もちろん美耶子が、恭也の失踪を歓迎するはずもない。
おかげでこの二日間というもの、美耶子は宮田に対し非常によそよそしく、
また、冷淡に接するようになってしまった。
まず、宮田と顔を合わせようとしない。
話しかければ最低限の受け答えはするものの、その表情は硬く、以前のように甘えたり、
可愛らしい我が侭を言うようなことは皆無となった。
夜の生活も似たようなもので、試しに躰に触れてみれば、拒むことこそしないのだが、
その肌の感触は冷たく、乗り気ではない様子がありありなので、
自然、宮田も興趣が削がれてしまい、それ以上の行為に発展しないのだ。
そして今日で三日目―生理日でもないのに美耶子と性的な触れ合いを持たないのは、
彼女と暮らし始めて以来、初めてのことであった。
268:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:07:56 iZHm7SXR
本当にあの夜以来、宮田は美耶子の裸すらもまともには見ていない。
恭也が居なくなった日の夕方。
独り残した美耶子を案じ、大急ぎで診療所から帰宅してみると、
すでに彼女は風呂を済ませていた。
「お前……独りで風呂入ったのか?」
「……うん」
「独りで……大丈夫だったのか」
「……うん」
このアパートで暮らし始めて一年。
すでに美耶子は、浴室の物の配置は全部記憶しており、
勘だけで入浴することが可能になっていたのだ。
今までそれをしなかったのは、単に宮田との入浴が望ましかったから、
というだけの理由だった訳である。
(参ったな……)
ベッドに横たわった宮田は、瞼の上に手を置いて、美耶子のことを考えた。
女がこんな風に臍を曲げた時、何を言っても無駄だから、
ご当人の機嫌が直るまでは触らず放っておくしかない、ということは承知している。
大抵の場合、数日経てば元に戻るし、
こちらとしても(勝手にしろ!)というような気持ちもあるから、それはまあいい。
不安なのは―こういう怒り方が、美耶子の性情にあまり似つかわしくない気がしたからだ。
美耶子はその神秘的な外見とは裏腹に、どちらかといえば直情的で、口も悪く、
思ったことは躊躇なくずけずけと言う方だ。
そして、言いたいだけ言ったら、後はこちらが拍子抜けするぐらいにけろりとしている。
そういう娘だったはずだ。
今みたいに宮田に対する不満や怒りを胸に溜めて、無言の行を続けるというのは、
彼女本来のやり方ではないように思えるのだ。
それとも、あるいはこれは、美耶子の恨みがそれほどまでに根深く、尋常なものではない、
ということを物語っているのだろうか?
「ふ……」
様々に考えを巡らしている内に、宮田は段々と自分が滑稽に思えてきた。
あんな小便臭い小娘ごときを相手に、大の大人である自分が、
こうも真剣に思い煩っているとは。
かつて、かの村で最も忌まわしき恐怖の象徴であった“宮田医院”の院長として、
数々の残虐な仕事をこなして村人達に恐れられて来た、この、“宮田司郎”が。
(馬鹿馬鹿しい)
色々と考え事をしていたら、頭が冴えて二度寝をするような気分でも無くなった。
宮田はベッドから起き出し、寝室のアコーディオンカーテンを開けた。
その時、玄関のドアがノックされた。
ダイニングの椅子から立ち上がろうとしている、白っぽいサンドレス姿の美耶子より先に、
ドアへ向かってスコープを覗くと、そこに居たのはなんと恭也であった。
ドアを開けると、宮田の姿を見た彼は明らかに動揺していた。
「み、宮田さん……何で?」
「何でってそりゃあ、ここが俺の家だからだ」
二人で間抜けな会話をしていると、玄関に出て来た美耶子が、宮田の背中から顔を出した。
「恭也……今日、日曜」
「あ……」
269:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:08:25 iZHm7SXR
夏休みのせいで、曜日の感覚を喪失していたのだろう。
しまった……という表情を浮かべて顔を見合わせている二人を見て、宮田は悟った。
つまり恭也は、宮田が出勤した後、こうやって美耶子に逢いに来ていたのだ。
全く、とんだロミオとジュリエットだ。
キャピュレット公こと宮田は、呆れ果てて言葉も出なかった。
この事態をどう収めるべきか―心中なんてさせる訳にもいかないし、
取りあえず恭也を部屋に上げ、言い訳の一つも訊いてやるべきか。
宮田がそう考えていた矢先、恭也は、全く予想外の台詞を口にした。
「宮田さんちょっと……出ませんか?」
「何だって?」
「外で話をしたいんです。二人だけで」
宮田は、ぽかんとして恭也の顔を見つめた。恭也は真剣だった。
恭也は真剣に―宮田に対し真正面から、美耶子を賭けた戦いを挑んでいるのだった。
日曜日の公園は、大勢の人でごった返していた。
とは言ってもそれは、公園の風景と聞いて普通一般の人々が思い浮かべるものとは、
少々趣きが異なっていて、いわゆる休日を謳歌する家族連れなんかの姿は一切見られない。
居るのは、我が物顔で公園を占拠し、朝っぱらからサイコロ賭博に興じている男達や、
マグロのようにごろごろと寝ている、生死不明の者達だ。
その不潔に荒んだ有様―
にも関わらず、彼らの居る場所とフェンスを隔てた向こう側のグラウンドでは、
少年野球の試合が極々平然と行われている、という出鱈目さで、
まさしく、この町の象徴とも言える混沌とした風景である。
宮田と恭也は、グラウンドを見下ろす高台の小道を歩いていた。
アパートを出てからここに至るまでの間、双方共に全く口を利いていない。
「―おい」
業を煮やして先に言葉を発したのは、宮田だった。
Tシャツにスウェットのズボン、という寝起きの姿のまま、
顔も洗わずこうして恭也について来た訳だが、肝心の恭也は何も喋らず、
ただ黙々と歩き続けるだけで、その後について歩く宮田は、いい加減苛立っていたのだ。
「どこまで歩くつもりなんだ? まさかこのまま東京まで連れてく気じゃないだろうな?」
恭也は立ち止まり、振り向いた。
母親に「勉強しなさい」と怒られた子供のような、恨みがましい眼つき。
その、口を尖らせた不貞腐れ顔。
こうやって改めて見ると、本当に子供だと思った。
そして自分は、そんな子供と女の話をつけようとしているのだ。
恭也は宮田を見つめていた視線を外し、その眼をグラウンドに向けた。
バットの音。子供達の歓声。
宮田は恭也の隣に立ち、ダイヤモンドを駆け廻る野球少年たちを見下ろした。
「今、どこで寝泊りしているんだ?」
「……あんたには、関係ないだろ」
「関係なくもないだろう? これでも美耶子の保護者なんだぞ。俺は」
「あんた、本当は美耶子の兄貴じゃないんだろ?」
恭也は、宮田をきっと睨みつけて言った。
「あいつに……美耶子に聞いたのか」
「俺が頼んだんだ。本当のこと、教えてくれって……美耶子は全部打ち明けてくれた。
村から逃げた理由も。幻視のことも。それに……あんたのことも」
270:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:08:54 iZHm7SXR
宮田は、恭也の言葉を無言で受け止めていた。
美耶子が自分の留守中に恭也を部屋に上げ、村のことも彼女自身のことも、
そして宮田との関係についてまで、洗いざらい喋っていた。
それを美耶子の不実と取るべきか。
それとも、それほどまでに自分が美耶子を追い詰めてしまったのだ、と取るべきなのか。
正直なところ、宮田は量りかねていた。
「俺……はっきり言って、よく判んなかったけど……。
だって、呪いとか生贄とか言われたって、そんなのまじであんのかよ、って感じだし」
「君はそういうのが好きなんじゃなかったのか」
「まあそうだけど……って、そんなのはどうでもよくて……とにかく俺は」
「美耶子が俺と寝てるのが気に入らない……か?」
恭也の顔が、かっと紅潮した。
「あの日の晩……君はずっと寝室の前で聞き耳を立てていたんだろ?
それで俺達の関係を知り、居たたまれなくなって出て行った。
けれども美耶子に未練があったから、俺が出勤した頃合いを見計らって部屋に戻った。
美耶子も君には関心を持っていたからな。
俺さえ居なければ……どうにでもできただろうさ。あいつも退屈していただろうし。
俺以外の男と試してみたいって気持ちも、多少なりとあっただろうしなあ」
「あんた……何言ってんだよ」
「今さら気取って見せることはない。俺は構わんよ。
君がいつまでこっちに居るつもりか知らないが……。
ま、その間は精々、あいつと仲良く遊んでやってくれ。
ただし。後始末だけはきちんと片付けて行くんだぞ? 後から俺も使うんだからな。
俺だって、お前の精液の臭いを我慢して寝なけりゃならん義理は、無い訳だから……」
突然恭也は、宮田に殴りかかった。
宮田は恭也の拳を避ける。その腕を捻り上げ、地面に突き倒した。
恭也はすぐに起き上がり、なおも宮田に掴みかかる。
「やめろ」
胸倉を掴もうとする手を振り払うと、宮田は面倒臭そうに恭也の顔を平手で叩いた。
一発。さらにもう一発。
恭也がよろけて倒れると、仰向けの躰に馬乗りになった。
「この、下種野郎!」
恭也は、宮田に向かって唾を吐きかけた。
顔面をべたりと汚された宮田は頭に血が昇り、恭也の喉笛を掴んだ。
「貴様……!」
両手を首に廻して、ぐいぐい締め上げる。
恭也の顔は鬱血して膨れ上がり、赤く、次いで、紫色に変わった。
宮田の下敷きになった躰が、必死の力で抵抗する。
首を絞める手に、爪が立てられる―。
―せ……ん……せ……。
眼下の少年の顔が、蒼白な女の顔に変わった。
「う……ううっ?」
思わず宮田は首から手を離し、立ち上がって大きく後ずさった。
今のイメージは、何だ?
いや、判っている。今のは―あの女だ。間違いない。
それは間違いないのだが―それよりもなぜ、どうして―。
宮田が密かに恐慌をきたしているとも知らず、咳き込みながらやっと躰を起こした恭也は、
絶叫と共に宮田の顔面を蹴りつけた。
それは見事な一撃だった。清々しいほど綺麗に入った。
宮田大きく後ろに吹っ飛び―そのまま、安らかに意識を暗転させたのだった―。
271:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:09:22 iZHm7SXR
―寂しいの……一緒に来て……。
執拗に追って来る女を振り切って、病院の中庭に出た。
建物の地階に無い以上、あと怪しむべき場所といえばここだけだ。
こけおどし的な威容を見せつけ、鎮座している石の胸像。
案の定、像の後ろの地面には、引きずったような跡が微かに残っている。
肩を使い、重たい石像を押した。
退かされた像の下から現れた、四角い縦穴。
下へと伸びる梯子を降りれば、すぐ向こうに扉が見える。
そうだ、きっとここが……。
何十年もの間、呼び掛けてきた声。いよいよだ。いよいよここで、逢えるのだ。
気がはやる。異様な興奮と緊張に耐え、震える手を、そっとノブにかけた―。
「せん……せえ……」
目覚めると、美奈の顔が間近に迫っていた。
「うわあっ!」
「ひゃっ? な、何よっ」
驚愕して飛び上がった宮田の勢いに驚愕した幸江が飛び上がった。
その途端、宮田は鼻の痛みに顔をしかめた。
「あれ? 俺はいったい……」
鼻を押さえつつ周囲を見回す。
ここは診療所だ。診療所の診察ベッド。
「もう……びっくりさせないでちょうだいよお。日曜だってのにさぁ。
仕事増えちゃったじゃないの」
冗談めかして幸江が言った。
「そうか……俺は、恭也に」
思い出した。自分は恭也の蹴りを顔面に喰らって気絶したのだった。
しかし、なぜ診療所に?
「あの男の子―恭也君? 彼がここまで運んで来てくれたのよ」
宮田の考えを見透かした幸江が言った。
「しっかし、宮田先生も大人げないわねえ。あんな子供と喧嘩するなんて。
しかもそれで、のされちゃうなんてさあ」
「しょうがねえだろ。出会い頭のラッキーパンチってやつだ……いや、キックか」
「あの子、随分気を揉んでたわよ。何度も何度も『死にませんよね』って訊いてくるの。
だから―」
「叱っといてくれた?」
「―もしもの時は、口裏を合わせといてあげるからって、言ってやったわ。
きょとんとしてたけど」
そう言って、幸江は笑いながら衝立の向こう側に姿を消した。
宮田は肩を竦め、鼻の穴から血の染みた脱脂綿を抜き取った。
「それで、その恭也は? もう帰っちまったんですか?」
返事は無い。宮田は、衝立向こうの診察室に出た。
幸江は机に向かっている。丸めた背中。何やら、帳簿を広げて熱心に見ているようだ。
診療所は休みだというのに、ナース服を着てナースキャップまでもきちんと着けている。
「ご精が出ますねえ。日曜だってのに」
「……もう忘れちゃったの?」
「え?」
幸江が振り返った。
「そんな話をしに来たんじゃないでしょう?
もっと他に重要な、大変な話があったんじゃあなかったの?」
「―そうです」
宮田の顔つきが引き締まる。そうなのだ。今は与太話なんかをしている場合じゃない。
272:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:09:51 iZHm7SXR
大変な事実に気づいたのだから。大変な、恐るべき事実に……。
「まあ、そこにお座りなさいよ」
幸江が眼の前の丸椅子を勧めるので、宮田は座った。
「それじゃあ話して下さいね」
患者に問診する医者のように、幸江は言った。
「何があったの?」
「ええ、実は俺―人を殺したんです」
ビルの一室にある診療所は、妙に薄暗くなっていた。
さっきまで、窓から射す光が燦々と眩しく、ブラインドを下ろさなければ、
暑くて仕方のないほどであったはずなのに。
雲が出てきたのだろうか?
暗く翳った部屋からは、時間の感覚も、現実感さえ失われてしまい、
まるで、麻酔の中で見る曖昧な夢の世界のようだった。
「一年前―この診療所で働き出す前、俺は、とある山奥の村で開業医をやっていました。
代々続いていた家業を継いだんです。
そのことは、犀賀先生にも幸江さんにも話しましたよね?」
幸江は黙って頷く。
「その病院で俺は、看護婦を殺したんです。まだ若い……確か、二十一歳の娘でした。
当時俺は、そいつと付き合っていて……。
いい娘でしたよ。情が深くて、従順に尽くす女だった。本当に、今どき珍しい……。
でも殺したんです。こう、真正面から首に手を廻して―ぎゅっと。
細い首でした。あれだったら、思い切り力を入れればへし折るのも簡単だったろうな、
って思います。
でも、それだと何だか勿体無いような気がしてね。
綺麗な子だったから、なるべく原型を留めたままにしておきたかったんですよ。
だから気道を塞ぐだけにして、死んでゆく彼女の顔をじっと眺めていました。
窒息して赤く膨れ上がり、次いで蒼く、黒っぽくなって―
痛々しい苦しげな表情が、抱いてやってる時の表情に似ていて、すごく淫らな感じがしました。
最期の刻は、思いのほか安らかな顔になっていましたよ。
頚動脈を傷つけたせいで、少しだけ血を流していたけれど、
それさえなければ、本当にただ眠っているとしか見えなかった」
「でも死んでいたのね」
「そうです。死んでいたんです」
宮田は異様に輝きの増した瞳を虚空に向け、その時の光景に思いを馳せているようだった。
幸江は少し俯いて視線を落す。眼の前の男から、眼をそらすように。
「恋人を殺したのね。どうしてそんなことを……」
「彼女の言ったひと言が、どうしても許せなかったからです」
真剣な面持ちで、宮田は言った。
「美奈は……あいつは俺に……母と同じ言葉を吐いた。
耐えられない、あれだけはどうしても……」
「何を言ったの?」
幸江の問いに、宮田は激しく首を横に振る。自らが口にするのも嫌な言葉であるらしい。
「俺も医者ですから―それまでにも、患者の死に目には幾度も会っていたし、他にも……。
特殊な村だったんで、普通なら手が後ろに廻って然るべきことも、色々とやっていました。
元々、うちの病院は土地の権力者のしもべのようなものでしたから。
表向きは普通の病院ですが、現実には子飼いのやくざとえらく変わりませんでしたよ……。
とにかくそんな訳だったんで、この手で人を殺した、と言っても過言ではないようなことも、
ずっとやっていたんです。だけど……あれはそんなもんじゃなかった。
俺は、自分の意志で美奈を殺したんだ。
意志? いや、違うな。本当は殺すつもりじゃなかったのに。
あいつとは、冷静に話をするつもりでいたのに。どうしてかなあ。
何だって、あんなことになったんだろうなあ……」
そう言って宮田は、手の平でごしごしと顔を擦った。
273:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:10:18 iZHm7SXR
大変な事実に気づいたのだから。大変な、恐るべき事実に……。
「まあ、そこにお座りなさいよ」
幸江が眼の前の丸椅子を勧めるので、宮田は座った。
「それじゃあ話して下さいね」
患者に問診する医者のように、幸江は言った。
「何があったの?」
「ええ、実は俺―人を殺したんです」
ビルの一室にある診療所は、妙に薄暗くなっていた。
さっきまで、窓から射す光が燦々と眩しく、ブラインドを下ろさなければ、
暑くて仕方のないほどであったはずなのに。
雲が出てきたのだろうか?
暗く翳った部屋からは、時間の感覚も、現実感さえ失われてしまい、
まるで、麻酔の中で見る曖昧な夢の世界のようだった。
「一年前―この診療所で働き出す前、俺は、とある山奥の村で開業医をやっていました。
代々続いていた家業を継いだんです。
そのことは、犀賀先生にも幸江さんにも話しましたよね?」
幸江は黙って頷く。
「その病院で俺は、看護婦を殺したんです。まだ若い……確か、二十一歳の娘でした。
当時俺は、そいつと付き合っていて……。
いい娘でしたよ。情が深くて、従順に尽くす女だった。本当に、今どき珍しい……。
でも殺したんです。こう、真正面から首に手を廻して―ぎゅっと。
細い首でした。あれだったら、思い切り力を入れればへし折るのも簡単だったろうな、
って思います。
でも、それだと何だか勿体無いような気がしてね。
綺麗な子だったから、なるべく原型を留めたままにしておきたかったんですよ。
だから気道を塞ぐだけにして、死んでゆく彼女の顔をじっと眺めていました。
窒息して赤く膨れ上がり、次いで蒼く、黒っぽくなって―
痛々しい苦しげな表情が、抱いてやってる時の表情に似ていて、すごく淫らな感じがしました。
最期の刻は、思いのほか安らかな顔になっていましたよ。
頚動脈を傷つけたせいで、少しだけ血を流していたけれど、
それさえなければ、本当にただ眠っているとしか見えなかった」
「でも死んでいたのね」
「そうです。死んでいたんです」
宮田は異様に輝きの増した瞳を虚空に向け、その時の光景に思いを馳せているようだった。
幸江は少し俯いて視線を落す。眼の前の男から、眼をそらすように。
「恋人を殺したのね。どうしてそんなことを……」
「彼女の言ったひと言が、どうしても許せなかったからです」
真剣な面持ちで、宮田は言った。
「美奈は……あいつは俺に……母と同じ言葉を吐いた。
耐えられない、あれだけはどうしても……」
「何を言ったの?」
幸江の問いに、宮田は激しく首を横に振る。自らが口にするのも嫌な言葉であるらしい。
「俺も医者ですから―それまでにも、患者の死に目には幾度も会っていたし、他にも……。
特殊な村だったんで、普通なら手が後ろに廻って然るべきことも、色々とやっていました。
元々、うちの病院は土地の権力者のしもべのようなものでしたから。
表向きは普通の病院ですが、現実には子飼いのやくざとえらく変わりませんでしたよ……。
とにかくそんな訳だったんで、この手で人を殺した、と言っても過言ではないようなことも、
ずっとやっていたんです。だけど……あれはそんなもんじゃなかった。
俺は、自分の意志で美奈を殺したんだ。
意志? いや、違うな。本当は殺すつもりじゃなかったのに。
あいつとは、冷静に話をするつもりでいたのに。どうしてかなあ。
何だって、あんなことになったんだろうなあ……」
そう言って宮田は、手の平でごしごしと顔を擦った。
274:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:11:15 iZHm7SXR
「酷いことをしたものね。要するにあなたは、自分の弱さに負けて彼女を殺したんだわ」
「そうです」
宮田は、開いた膝の上に拳を置き、大きく見開いた眼を床に向けて答える。
「全くもって酷い話です。俺のしたことには、全く弁解の余地もない。
決して許されるものでは……それなのに」
宮田の手が、自らの膝頭を掴んだ。
「それなのに俺は、忘れていたんです」
「何を」
「俺が、美奈を殺したという事実をですよ! 美奈を殺した後、美耶子を連れて村を出た。
それからすぐにこの町に来て―それ以来一年もの間、思い出しもしなかったんだ!
一度たりとも! 完全に忘れ去っていた……こんなことってありますか!?
自分の女を殺したんですよ!?
俺は美奈を殺した時、激昂はしたが心神喪失していた訳ではなかった。
まともな精神状態だったはずだ。今だって……。
仮にこの件で裁判にかけられた処で、精神鑑定の結果は俺を助けはしないだろう。
それなのに……」
「それだけ、あなたの中で消したい過去だったということなんでしょう」
あっさりした口調で、幸江は言う。
「上手くできてるものなのね、人の脳って。
それに……あなたに取ってはきっと、それが幸いだったのだわ。
自分の罪を忘れていたからこそ、あなたはここで平穏に暮らせた。
そうでなければ今頃、無闇に村に戻ったりとか下手な不審行動を取ったりして、
とっくに警察に眼をつけられ、捕まっていたことでしょうね」
「いや、それはないと思いますよ。
俺の犯した罪は、俺が警察に自首して出ない限り、まずばれやしません」
「大した自信ね。でも日本の警察を舐めては駄目よ。
昔に比べると検挙率は下がってるとはいえ、まだまだこういった犯罪には……」
「それが、そうでもないんです。美奈の殺害を立証するのは、まあ無理ですよ。
何しろ、村全体が埋まってますからね……昨年の土砂災害で。全滅したんです。
俺と美耶子を除いて、村の人間も巻き込まれて全員いなくなってしまったし……もう」
そう言って、宮田は苦々しく笑った。
本当に、なんという悪運の強さなのか。
これでは、罪なくして殺された美奈も浮かばれまい。
宮田の微苦笑を前にして、幸江の顔は微かに蒼ざめていた。
彼女は言った。
「一つ……訊いてもいいかしら」
「何です」
「あなたが罪を犯した場所……あなたと美耶子ちゃんが暮らしていた村の名前」
「村の名前、ですか?」
おかしなことを訊くもんだ。宮田はそう思った。
昨年あの地方を襲った大規模な土砂災害は、
テレビのニュースや全国紙でも、取り上げられていたはずだが―。
―まあ、そうはいっても、それほど世間の注目を浴びた訳でもなかったからな。
小さな山村が一つ無くなったという程度のこと、そうそう覚えているものでもないか……。
そう考え、宮田は村の名前を教えた。
その途端、世界が崩壊した。
275:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:12:09 iZHm7SXR
光が消え、上も下も無くなって、全ては渦巻く闇の中に流される。
それは濁流だった。
混沌という名の濁流が、何もかもを飲み込んで、世界を無に返そうとしていた。
抗う術はないし、叫ぶ声すらない。
そうして流れ落ち、深淵よりもさらに深い奈落へとその身は向かう。そして―。
「宮田さん!」
眼を開けると、狼狽した恭也の顔が真上にあった。
夏の青空をバックに、暗く翳ったその顔を一瞥した後、宮田は地面から起き上がる。
鼻血を拭い、背中についた泥を払った。
「だ、大丈夫ですか?」
「俺―何分ぐらい気絶してた?」
後ろから、おろおろと尋ねてくる恭也に問い返す。
「いや、何分ってほどじゃあ……ほんの一瞬ですよ。三回呼びかけたら起きましたから」
「そうか」
そう言って振り返りざま、恭也の腹に右フックを入れた。
軽めに手加減はしたけれど、そこはフックなので、恭也は派手にひっくり返った。
「ふん……これでちゃらだ」
その前に、ビンタやら首絞めやらを散々食らわせていたことも忘れ、
すまし顔で宮田は言った。
苦しげに腹を押さえた恭也は、何か言い返そうとしたが諦め、がっくりと肩を落とした。
「二人共……何して来たの?」
アパートに戻った宮田と恭也を前に、美耶子は呆れてそう言った。
確かにそう言いたくなるほどに、この二人の様子は只事ではなかった。
恭也は頬をぱんぱんに腫らしているし、宮田も鼻筋に傷をつけている。
おまけに二人共、全身泥まみれなのだ。
「お前のせいなんだからな、美耶子」
薬箱を出し、自分の顔に手当てしながら宮田は言う。
「何で私のせいなの?」
「いや、美耶子は気にしないでいいよ」
気の優しい恭也は、氷で顔を冷やしつつ美耶子を宥めた。
こうして、恭也はまたアパートに寝泊りすることが決まった。
恭也の中で、美耶子が宮田に抱かれ続けていた、という事実が、
どのように処理されているのかは不明だったが、
少なくとも彼は、そのことについてあえて言及するつもりはなさそうである。
幼い少女の癖に、一廻り以上も歳の離れた男と関係していた美耶子のことを、
不潔だとは思わないのか? 裏切りを受けたと感じ、憎む気持ちにはならないのだろうか?
宮田にはこの、何事も無かったかのように美耶子と談笑している少年の心情が、量りかねた。
「いいか。二人で出かけるなとは言わん。ただ、行く時には必ず俺に知らせてくれ。
行き先と、帰宅時間もな。それが最低限のルールだ。後は好きにしたらいい」
宮田のこの言葉に対しても、恭也は、宮田の眼を見て素直に頷いた。
全く邪気の無い態度。それが本心からのものという確証こそないものの、
少なくとも今の恭也は、真っ向から宮田に歯向かおうという意志は持っていないように見えた。
あくまでも穏便に、この家の主として、また、美耶子の保護者としての宮田を立て、
敬おうと努力しているように感じられる。
それならそれで、まあいいだろう。
宮田はもう、深くは考えないことにした。
だいたい今はそれどころではない。他にもっと大きな気掛かりが発生しているのだ。
276:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:12:52 iZHm7SXR
「ありがとうございます。
ぶっちゃけ、野宿きつかったんですよね……躰のあちこちが虫に食われるし」
恭也は苦笑いをし、首筋をぼりぼり掻いている。
未だ彼の首に残っている扼痕を眺め、宮田は複雑な気持ちになった。
あの時―唐突に思い出した美奈の最期。
本当になぜ、今の今まであんな経験を忘れていられたのだろうか?
「じゃあお兄ちゃん。今から恭也と出かけてもいい?」
久方振りに笑顔を見せた美耶子が、さっそく宮田に提言した。
「今日は恭也、廃病院を見に行くんでしょ? 私も行きたい」
「例のミステリースポットってやつか? お前がついってっても邪魔になるだけだろう」
「あ、そんなことはないです。
だって美耶子は霊感あるから……色々教えて貰えれば、こっちも助かるんで」
恭也と美耶子は、親密そうに顔を見合わせる。
仕方なしに宮田が首を縦に振ると、後はもう完全に二人の世界だった。
勝手に宮田のノートパソコンを起動すると、その病院までの道のりなんかを詳しく調べ出し、
ああでもない、こうでもないと二人で言い合うのだ。
「マウンテンバイクがあればこの山道を越えて簡単に行けるんだけどな……。
美耶子が一緒となると……やっぱこの駅から、バスに乗って行くのが一番かな」
「じゃあ、バスの時間も調べた方がいいんじゃない?」
「あの、よかったら宮田さんも一緒に行きませんか?」
いきなり恭也は宮田に話を振った。
「俺も?」
二人を放って新聞を広げていた宮田は、少し驚いた様子で片方の眉を上げる。
「いや、美耶子も行くんだし、どうせならって思ったんですけど……」
「行こうよお兄ちゃん。どうせ暇でしょ」
美耶子が、宮田の膝に手を置く。
「それに、お兄ちゃんが一緒なら車に乗れるもん。遠廻りする必要がなくなるよ」
「なるほどな。お前らの狙いはそれか。俺を脚代わりにしようって訳だ」
美耶子と恭也は、照れ臭そうに笑っている。
結局、美耶子の強引な頼みに負けて、宮田も一緒に出かけることになった。
アパートに独り残ったところで、どうせ美奈のことを思い煩うだけなのは眼に見えていたし、
それだったら外に出て、美耶子達のために運転手でもしていた方がまだましというものだ。
村を出る時に乗っていた車はとうの昔に処分してしまったので、レンタカーを借りる。
そういえば―と宮田は考えた。
村を出る前、美奈の死体を車で運んだような記憶がある。
とにかくこれを隠さなければ。そう考えて、森の奥に埋めに行ったのだ。
温もりを残した柔らかな死体を、トランクに詰め込んで―。
(いや違う。あの時確か、トランクには美耶子を入れたはずなんだ。
村から逃げるために……)
やはり記憶が曖昧になっている。
あの時、自分は美奈をどこへやったのだろう?
今となってはもう判らない。真実は、全て土砂に飲み込まれてしまった。
日曜の道路は、行楽に出かける家族連れの車が多く、混雑していてなかなか進まなかった。
それでも途中のドライブインを過ぎて山道に入る頃には、急速に道が空いてきた。
それもそのはず。ナビを見ると、この先には山が続くばかりでほとんど何もないのだ。
(まるで、あの村に続く道のようだ……)
失われた故郷の村も、周囲には山ばかりで何も無かった。
と言うより、何も無い場所にあの村だけがぽつんと存在していた、といっていい。
本当に、あそこは隠れ里のようなもので、知らない人間なら、
あんな山の中に村が存在するなどと、想像もできないのではないだろうか?
277:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:13:38 iZHm7SXR
「これから行く廃病院―病院っつうか、正確には療養所だったみたいですけどね」
後部座席から身を乗り出して恭也が言う。
「なんかそこの若い看護婦さんが、頭のおかしい医者に監禁されて、殺されたらしいんです。
病棟の中で……。殺した医者ってのは、その病院の跡取りだったそうなんですけど、
看護婦を殺した後に自殺して……結局、病院自体も潰れちゃって。
以来十年間、そこは放置されたままなんだそうです。
でもたまに近くを通りかかったハイカーが、
電気の通ってないはずの建物の窓が、明るくなってるのを見つけたり。
それでその窓から、看護婦がじっとこっちを見下ろしてたとか。そんな噂があって」
「そりゃあ誰かの悪戯なんじゃないのか?」
恭也の言葉を、宮田は素っ気なく受け流した。
「勝手に建物に入り込んで、遊んでいた奴がいたんだろう。
それを別の人間が見て、面白おかしい話に仕立て上げた。多分そんな処だ。
行っても、君が期待するようなもんにはお目にかかれないと思うよ」
「そんな身も蓋もないこと言わないで下さいよ……。
第一、行ってみないことには判んないじゃないですか。なあ」
恭也は助手席の美耶子に救いを求める。
「雲が出てきたね……空気、湿ってる」
美耶子は、全く話を訊いていなかった。
廃病院に辿り着いた頃には、随分と空が暗くなっていた。
昼下がりの時間だというのに、もう夕方みたいだ。雨雲が増えたせいだ。
「これは一雨来るかも知れんなあ」
灰色の建物の前に車を停め、宮田は空を見上げた。
出発前にはあれほど眩く照り付けていた太陽も、今は分厚い雲に隠れ、全く見えない。
恭也は天気のことなどに頓着せず、病院の外観をデジカメで撮影するのに夢中だった。
「いい感じに薄汚れてんなあ。廃墟マニアが喜ぶよ、これ」
「廃墟マニアなんて人達が居るの?」
恭也の傍らで美耶子が訊くと、
「そりゃあ居るよ。廃墟の他にも、工場マニアにコンビナートマニア、
ダムマニアなんてのも居るくらいだ。なんでも居るさ」
と、当然のように答えた。
外観の撮影が終わると、いよいよ一行は病院内部に侵入する。
宮田は車で待っていようかとも思ったが、ただ待っているのも退屈だし、
何より、美耶子のことが心配だったので、やはり付いていくことにした。
建物の中は、予想以上に暗かった。
窓のほとんどが板で封印されているからだ。
宮田は、家から持参してきた懐中電灯を点ける。
恭也も、ジーンズのベルトに挟んでいた懐中電灯を取り出して点けた。
病院内部は、まさしく廃墟であった。
入り口ホールの受付カウンターには埃が積もり、
待合室のベンチも、薄汚れて表面の革が破けてしまっている。
天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、
床には割れた硝子や、崩れた壁材などの破片が散らばって、靴の下で乾いた音を立てた。
「随分荒れ果てているな……美耶子、足元に気をつけろよ」
宮田は美耶子に声をかける。美耶子は恭也の背にすがり、「うん」と小さく頷いて見せた。
そうして恭也の後ろにくっ付いて歩く美耶子は、場所が場所だけに、
なんだか幽霊のように見える。
278:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:14:05 iZHm7SXR
今日、美耶子は長い髪を下ろしたままだし、
おまけに衣装が白地のサンドレスときているから、余計にそう見えた。
これは失敗だった。こんなことなら、何か別の服に着替えさせてから出て来るべきだった。
宮田は後悔を覚えるが、廃屋探検に集中している若き勇者達に取って、
そんなのはどうでもいい些末事であるようだった。
「どう美耶子? 何か感じる?」
「ううん、ここでは何も」
恭也の問いかけに、美耶子は淡々とかぶりを振った。
宮田は彼らの後ろに立ち、病院の廊下にぐるりと視線を巡らせる。
こんな廃屋に這入るというのは、嫌なものだ。そこが病院ならば、なおのこと。
思えば―かつて院長を勤めていた病院も、この廃墟のようなものだった、と宮田は思う。
病院だけではない。黒い山陰に包囲された村そのものだって―。
どこへ行っても薄暗く、陰気に煤けてひんやりと冷淡で。
生きているのか死んでいるのか判らない村。
そうだ。あの村には、いつでも哀愁を帯びた死の匂いが漂っていた。
(まるで、死を象徴しているような村だった……)
「―殺された看護婦が監禁されてた部屋は、地下にあるらしいんです」
廊下を進みながら、恭也は言った。
「だから、地下への階段がどっかにあるはずなんだけど……」
「これじゃないか?」
宮田は、突き当たり手前にある扉を懐中電灯で指す。
理由は無く、なんとなく当てずっぽうで言っただけに過ぎない。
ところがそれが正解だった。扉を開けた先には、地階へと続く階段があったのだ。
「すごいっすね宮田さん!」
恭也は素直に感心するが、宮田自身はあまり嬉しくなかった。
どうにも落ち着かない感じがした。
この感じ―どうも、以前にも経験しているような気がしてならないのだ。
例えばここが村の病院に似ているとか、
もっと昔に遡って、かつての学び舎だった大学病院と似ている、とでもいうのなら話は判る。
けれどもここは、そのいずれとも共通項はなかった。
ならば自分はいつ、どこでこの病院を知ったのだろう?
「あ……」
扉が開いた途端、美耶子が少し嫌な顔をした。恭也がその顔を覗き込む。
「美耶子? どうしたの?」
「ここ……何か嫌だ。嫌な感じがするよ……」
「嫌な感じって、どういう?」
「この下から……別の……ああっ!」
突然美耶子は、扉に背を向けて走り出した。
「あ……お、おい、ちょっと待て!」
恭也はその後を追う。二人は、瞬く間に廊下を走り去った。
宮田はその場に留まり、立ち尽くしていた。
美耶子を連れ戻さなくては。理性はそう促している。
しかし宮田は、それをしようとしなかった。
扉の奥の下り階段に、懐中電灯の明かりを向けた。
(この先に―何が)
宮田は、階段を下りて行った。ゆっくりと。
逆らうことなどできはしなかった。
この先にあるものを、見届けなくてはならない。
それは好奇心というよりも、むしろ義務感とも呼ぶべき衝動だった。
279:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:14:41 iZHm7SXR
地階に下り立つと、右の方に廊下が続いていた。
いくつかの扉が見える。
一番手前は倉庫。その向こうが機材室。
機材室の角を左に折れて、手前から順に、ボイラー室と、霊安室。
「……違うな。ここじゃない」
そう呟いて、宮田は首を横に振る。そう。あれがあるのは、多分ここじゃない。
ならばどこだ? 地階には、他に部屋なんか―。
その時、宮田の脳裏にふとある考えが浮かんだ。
中庭のど真ん中に据えられたあの胸像。
やつらの視界越しに確認しただけだが―どうにもあそこは気になる。
(もしかすると、あの下に……)
宮田はきびすを返した。
一階に戻り、遠廻りをして中庭に出る。空はよりいっそう暗い。しかも雨が降っている。
悪天候の中、まるで何かの見えない意志にそそのかされるように、宮田は胸像へと向かう。
驚いたことに、石像の手前にはすでに地下への入口が開いていた。
「ここに……」
宮田は梯子を下り、地下の秘密の扉を開けた。
一瞬の眩暈ののち、むせ返るような血の臭いが宮田を出迎える。
血と、甘ったるい臓腑の臭い。陰気な空間を酸鼻に彩る女達の悲鳴。
そして―。
「やあ、宮田君か」
タイル張りの部屋の中央。
二つ並んだ手術台の間に挟まって立っている術衣の男は―犀賀省悟だった。
「犀賀先生? 何で、こんな処に……」
呆気に取られて犀賀を見つめる。
それから、手術台に並んだ二つの白い女体も。
「まあ、ちょっとした実験をな―それよりも宮田君、ちょうどいい時に来た。
少し手伝ってもらおう。それを着てこっちへ」
犀賀が顎で示す方を見ると、緑色の術衣一式が、棚の上に折りたたんで置いてあった。
宮田は、仕方なしにそれらを身に着けた。
「犀賀先生―これは、何の実験なんですか?」
術衣を着け、手袋を嵌めながら宮田は訊く。
犀賀はこちらに背を向け、奥の方の手術台の上に屈んで、何かをしているようだ。
「奴らの変容について調査したかったんだ。奴らの異常な治癒能力―。
何しろ、頭部や心臓を撃ち抜いても復活して襲って来るんだからな。
医者の端くれとして……この謎に少しでも迫る努力をしなければ、
それこそ死んでも死に切れん。そうは思わないか、君も」
そう言って、犀賀は振り返る。
彼の顔は、血まみれだった。
酷い返り血を浴びている。どれだけ派手な切り方をしたらこうなるのか。
しかし犀賀は、それを不快に感じている様子も無い。
手術帽とマスクの間から覗いた眼が、微かに笑っていた。
「君にはそっちを任せるから、好きにやってくれ」
そう言われて、手前にある手術台を見下ろせば、
そこには、革のベルトにぎっちりと拘束された裸の女が待っている。
醜い女だった。
躰は華奢ですんなりと均整が取れているし、肌もなめらかなのだが、いかんせん顔が酷い。
額から何やらぶよぶよした、ナマコみたいな大きな腫瘍を四つもぶら下げているのだ。
さらに口の周りも、その腫瘍の小さ目のもので覆い尽くされている。
無事なのは、顔の中央に位置している通った鼻筋のみ。
これでは元々どんな顔をした女だったか、全然判らない。
280:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:15:08 iZHm7SXR
「これは……どういう病気なんだ一体」
「そっちもあれだが、こっちもなかなか凄いぞ」
犀賀が担当している女の方は、少し小振りな腫瘍の房を、
ざっと見て八つほど顔にくっ付けている。
しかもその女の腫瘍は、微かにぴくぴく蠢いているのだ。
腫瘍そのものが生きているとしか思えない動き方で。まるで―芋虫か何かのように。
「顔はこんなになってしまったけどな、躰の方は無事だったから良かったよ。
ほら、変なものはくっ付いていないだろう?」
犀賀は、愛しくて堪らない、といった様子で女の豊かな乳房に手を添える。
ゴム手袋の中で、真っ白な膨らみがふるふると揺れた。
「だけど……そっちのおっぱいには穴が開いてるじゃないですか」
宮田は指をさす。
犀賀が触っていない方―左乳房は、皮膚が裂け、柘榴のように肉が割れているのだ。
「剣で突き刺した上に、散弾銃まで食らわせてしまったからな。
さすがに治りきらなかったらしい。しょうがないだろう」
そう言うと、犀賀は無事な方の乳房の付け根にメスを当て、柔らかな膨らみを、
胸部から剥ぎ取りにかかった。
「ああ、そっちは綺麗なままなのに勿体無い」
「大丈夫だよ。すぐに生えてくるから」
女の凄まじい絶叫をものともせずに、犀賀は乳房の肉を切り取り、
傍らにあったホルマリンの大瓶に漬け込んだ。
よくよく見ると、その瓶の中には十個近い乳房の塊が浮いている。
面白そうだな……。
宮田は単純にそう思い、自分に宛がわれた女の乳房を切ってみようと、
横のワゴンに手を伸ばした。
ステンレスのトレーからメスを取り上げ、いざ、と女に向かったが、彼女の乳房の膨らみは、
隣の女に比べるとあまりにもささやかな、薄べったいものだった。
「これじゃあなあ……」
「小さ過ぎて切る気がしないか? なら乳首でも切ったらどうだ?」
「乳首だけをホルマリン漬けにするんですか?
それだったら、レーズンのラム酒漬けでもこしらえた方が、なんぼかましですよ……」
「そうか? まあ、別に乳にこだわる必要もあるまいよ。
他にも楽しめる場所は幾らでもあるんだからな」
他の場所となると―。
取りあえず宮田は臍の下にメスを宛がい、すっと一直線に切り裂いた。
腫瘍に縁取られた唇が、甲高い悲鳴を上げる。
何度でも蘇る不死の肉体。それでもやはり痛みはあるのか?
「どんなもんだね、お嬢さん?」
恥毛が黒く萌えている真上まで切り下ろし、腹腔の中に指を挿し入れると、
女の叫びは狂った笑い声に変わった。
それは宮田をして、侮蔑的な笑いに感じられた。
胃の腑が冷たくなるほどの怒りを催した彼は、突っ込んだ手で子宮を握り、引きちぎった。
どぶんと暗い色の血が溢れ出し、濃厚なソースのように白い肌を染める。
肘から先を血に染めた宮田は、トレーに載せた洋梨状の子宮にメスで切れ目を入れて、
割ってみた。
子宮内膜には、爪の先ほどの小さなタツノオトシゴがへばり付いていた。
「ほう。妊娠していたのか」
宮田は女の顔を見た。
女は腫瘍に犯された気味の悪い顔を、左右に振り立て喚き続けている。
でろんと揺れる半透明の腫瘍の内部、巡っている血液が、床屋のサインポールのように、
行ったり来たりしているのが薄気味悪い。
281:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:16:04 iZHm7SXR
「こんな女に、情けをくれる男がいるとはねえ」
宮田は、まだ胎児にも満たないそれを、犀賀に見せてやった。
「子供か……」
吹けば飛ぶような塊を手の平に乗せ、犀賀は、ふと寂しそうな眼を見せた。
「こちらの方の子宮には入っていなかったな。空だった。妊娠していなかったんだよ」
「そりゃあ、こいつらのご面相で妊娠してる方が珍しいでしょう」
宮田の軽口を黙殺し、犀賀はじっと胎芽を見つめている。
「気の毒なことをしたな」
眼から下を覆うマスクの中で、犀賀はぽつりと呟いた。
「結局俺は、あいつに何もしてやれなかった。
あいつは、あんなにも俺を慕ってくれていたのにな。
その気持ちを……俺は踏み躙ってしまったんだ。
幸せを与えてやることはおろか、命を守ってやることすらできなかった……」
胎芽を乗せた手の平を、そっと握り込む。
「こんなことなら……せめて、子供ぐらいは与えてやりたかったよ。
こっちでなら、それもできたはずなんだ。だが、俺にはそれだけの覚悟がなかった。
あいつも、自分から何かを要求してくるような女じゃなかったからな……それでもあいつは」
「犀賀先生……何を言っているんですか」
「俺はなあ、宮田君。もう随分前から気がついていたんだ。
そう。現在我々が居る世界の本質に、気がついてしまったんだよ。
別にきっかけなどなかった。ある時ふと思い立ったんだ。
“なぜ今、俺達はこんなに幸せなのか?”“俺と彼女の人生には、なぜ幸せだけがあるのか”
……その結論はすぐに出た。恐るべき真実だった。
あの日からの俺は、あいつにその真実を気付かせないためだけに生きて来たようなもんだ」
犀賀の眼は、遠い処を見ていた。
宮田は、眼の前に立って喋っている男が、本当に犀賀であるのかと疑い始めていた。
この支離滅裂な言動も怪しいのだが、それ以前に、どうも宮田の見知っている犀賀に比べ、
若過ぎる印象があるのだ。
声もそうだし、眼だけしか見えないのではっきりしないが、顔も何だか違っている気がする。
「宮田君」
宮田の疑念を余所に、犀賀は宮田を、真剣な眼差しで見つめた。
「君に忠告しておいてやる。いいか……何も考えるな。
君が現在置かれている状況に―過分な幸福、理不尽なまでの居心地の良さに対して、
疑いの心をもってはいけない。
疑うことさえしなければ、その幸福はずっとずっと続くんだ。
もし、万が一本当のことに気づいてしまったら、そうなってしまったら……」
「犀賀先生?」
不意に、天井の照明が明滅しだした。
電球が切れかけているのか?
ちらちらと暗くなる室内からは、急速に現実味が失せてゆく。
ついに照明が途絶えてしまった。
闇の中、酷く遠い場所から、犀賀の声が聞こえた。
―忘れろ……ここで俺と話したことも、君が殺した女のことも。全て―。
「犀賀先生!」
宮田は声を張り上げた。何だ? 彼はいったい、何を言っているんだ……。
しかしもう、手の届く場所に犀賀の気配は無かった。
血の臭いも、女達の悲鳴も消え失せた闇の中、寄る辺も無く宮田は立ち竦む。
深く、濃厚に取り囲む闇は全ての感覚を奪い―ついに、足下の地面さえも消え去った。
宮田は、声も上げずに堕ちた―。
282:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:16:45 iZHm7SXR
居間の壁にかかった時計は、七時を指そうとしていた。
宮田はソファーから身を起こす。部屋はもう、だいぶん暗くなっている。
「やれやれ……随分眠り込んじまったな」
不安定な姿勢で眠ってしまい、首が少し痛む。
ごきごき鳴らしながら、天井の明かりを点けた。
廃病院に出かけた恭也と美耶子は、もうすぐ帰って来るはずだった。
携帯を見ると何通かのメールが入っている。全て恭也からだ。
《廃病院に到着しました!》
《病院内部……》
《調査完了。今から帰ります》
いずれのメールにも、その場その場で撮影したと思しき画像が添付されている。
建物の写真。建物内部の写真。そして、その全てに必ず美耶子の姿が写り込んでいるのだ。
これは恭也なりの気遣いなのだと、宮田は受け止めた。
アパートで待っている宮田を心配させまいと、わざわざ美耶子の画像を撮り、
逐一送って寄越していたのだ。
「律儀な奴だな……」
宮田は軽く微笑んだ。
最後のメールには、
《晩飯買って帰ろうと思ってるんですけど、何かリクエストありますか?》
という文章と共に、この町の駅に向かう電車の中で撮られた画像が添付されていた。
電車のドアに寄りかかってのツーショット写メール。
「あいつ、電車の中でこんなものを撮ったのか」
周りの乗客の眼には、普通のデートを楽しんで来た高校生カップルとしか、
映らなかったことだろう。
そういえば、宮田は付き合っている女と外に出かけても、
写真なんかはあまり撮ったことがなかった。
撮ったとしてもそれは、例外なく女が望んだものだった。
いずれ―美耶子と外に出かける機会があれば、
こうして写真を撮ってやるのも悪くないかな。そんな風に宮田は考える。
やはり美耶子は、宮田に取って特別な存在だった。
今までに付き合って来た女達とは次元が違う。
昔の女のことなんて―今思い出そうとしても、ぼんやりと印象が薄くて、
はっきり頭に浮かんでこないほどだ。
携帯を手にそんなことを考えていると、玄関のドアがノックされた。
美耶子と恭也が戻って来たのだ。
「お兄ちゃん、一個ぐらいメールに返事してよ」
ドアを開けるなり、美耶子は宮田に文句を言った。
「悪いな。お前らが出かけた後ずっと眠りこけてた」
「やっぱりね。そんなことだと思ってた。だったら私達と一緒に来れば良かったのに」
「冗談じゃないよ……何が悲しくて、医者が休みの日にまで病院に行かなきゃならないんだ」
「そうだよ美耶子。たまの日曜ぐらい、宮田さんだって休みたいだろ」
恭也は、両手にぶら下げたフライドチキンの袋を、ダイニングテーブルに置いて言った。
「チキン、晩飯にと思って」
「そうか。悪いな」
宮田は恭也に代金を渡そうとしたが、恭也は笑って断った。
「これは、奢らせて下さい……今朝のお詫びです」
照れ臭そうに恭也は言う。宮田は、自分の鼻に貼った絆創膏に触れた。
全く律儀な少年だ。
恭也の幼さの多分に残る横顔を、くすぐったいような気持ちで宮田は見つめた。
283:宮田×美耶子・其の三 第四回
09/08/03 22:17:53 iZHm7SXR
「すいませんけど宮田さん……ここ、虫刺されの薬とかってありませんか?」
久々の三人での夕食を済ませ、風呂に入った恭也は、申し訳無さそうに宮田に訊いた。
美耶子、恭也、宮田の順に済ませた入浴の後。
美耶子は、やはりこの日も独りで入浴した。
彼女に取っては、それがもう当たり前のことであるようだった。
実際にそれで事足りている以上、無理に元通りにさせる訳にもいかない。
「薬? ああ、あるよ。どっか刺されたの?」
「ええ、ちょっと……躰のあちこちを。野宿してたら、本当に色んな虫に食われたみたいで」
「なんだ、そんなに不衛生な場所で寝てたのか? ちょっと診せてみろ」
宮田は、恭也に服を脱ぐよう促した。
恭也は、ダイニングで髪を拭いている美耶子の方を気にしている。
「美耶子は眼が見えないんだ。気にしないでいい。早くしろ」
そう言われて、恭也はやっとTシャツを脱いだ。
蚊に食われた痕とは別に、蚤にやられたと思しき水疱や、
南京虫特有の二つ並んだ斑点なども見られる。
宮田が薬を付けてやろうとすると、恭也は手の平を翳してそれを拒んだ。
「あ……いいですよ。薬くれたら、自分で付けますから」
「遠慮するなよ。背中なんかは自分じゃ塗りにくいだろう」
「いや、まあそうなんですけど……他にもちょっと、付けたい場所が……」
恭也は、ごにょごにょと口ごもる。
「どうした? 性器でも刺されたか」
宮田が言うと、恭也の顔は真っ赤になった。どうやら図星だったようだ。
「それも診せてみろ」
宮田はにこりともせずに言った。恭也はびっくりして眼を剥く。
「いや、でも、あの」
「陰茎に発疹などの異常がある場合、病気に罹っている可能性もある……。
自己診断は避けた方が無難だ。構わないから診せてみろ。これでも医者なんだぞ、俺は」
恭也は、また美耶子の方を見た。
美耶子は居間に背を向けて座り、ひたすらタオルで髪を拭いている。
恭也はかなり躊躇をしたが、やはり、医師の宮田から病気の可能性を示唆されると、
不安な気持ちが頭をもたげたようで、思い切って、診せてしまうことにした。
穿いていたハーフパンツを下着ごとずり下ろし、宮田の前に下半身を晒す。
宮田は、ほとんど全裸となった少年の陰茎を覗き込んだ。
「ふん、結構立派なもん持ってるじゃないか」
「……からかわないで下さいよ」
「ちょっと触るからな」
宮田は、恭也のその部分を摘まんで診た。
包皮の部分に、小さな赤い発疹が見られた。陰嚢にも。
「これは痒みだけか? 他に異常は無いか? 小便する時に痛みがあったりとか」
「いや、それは無いです。ただ痒いだけで」
「そうか。だったらやはり、ただの虫刺されだな。特に心配はなさそうだ」
「そうですか……」
恭也は、ほっとしたように息を吐いた。
「じゃあ美耶子、恭也君に薬付けてやってくれ」
宮田の言葉に、背中を見せていた美耶子がぎくりと身を硬くした。もちろん恭也もだ。
「な、何言ってるんですか、宮田さん!」
「そうだよお兄ちゃん! 変なこと言わないで!」
美耶子が振り返ったので、恭也は反射的に前を隠した。宮田は呵々と笑う。
「今さら隠したって意味ないぞ。美耶子の奴、幻視を使ってずっと見ていただろうからな」
「そんなこと、してない!」
火のように赤い顔をして、美耶子は反論した。