08/12/05 01:11:02 sRn4+p7K
「おーい熊田」
定時になり、いそいそと帰り支度を始めた健太は、同僚の自分を呼ぶ声に顔を上げた。
「お前、ロリコンだったんだな」
健太は、とりあえずこのわけのわからないことをいう同僚を殴った。
「ちょ、まてっ、いや、冷静になれ」
明らかに冷静でないのはこの同僚のほうである。
「……なにがいいたい?」
「いや、だからお前ロリコンだったん……ってうそだから! その百科事典は人を殴るものじゃないから!」
「で?」
とりあえず健太は百科事典をしまい、場を仕切り直す。
「いや、あのな。受付でさ、お前の名前言ってる女子高生がいたんだよな。熊田健太はいらっしゃいますか?ってな。すげーかわいかった」
興奮しているのか、まくし立てるように話す同僚。
―深雪だろう。少なくとも健太には、思い当たる節は一つしかなかった。深雪ならば女子高生だし、何より可愛い。条件に合致する。
「わかった。さんきゅー。じゃな」
「おい、あの子とヤるんだったら写真の一つでも……ってうそだから!てかシャーペンは筆記用具で人を刺すものじゃないから!」
健太は部署の人間に挨拶をすると、その女子高生が待っている受付へとむかった。
「あの、さっき俺に用事があるって言ってた……」
「でしたらあちらにいらっしゃいますよ」
受付嬢の女の子が気持ち悪いくらいニッコリしている。健太とは同期で、そこそこ仲はよかった。だがそれもここまでらしい。
「……ありがと」
健太は暗澹たる思いで
待合室に向かった。
「兄さん。お久しぶりですね」
透き通るようなクリアな声音。そこにいたのは、深雪ではなく、至福の表情を浮かべた、妹の小雪だった。
「……小雪、お前なんで」
健太は驚いたようにその名を口にする。いや、驚くのも当然である。そもそも小雪は実家にいるはずであり、しかもその実家はここから相当遠いからだ。だがそれだけが理由ではない。
「兄さん、今日は何の日でしょう?」
小雪は健太の問いかけには答えず、質問をかえした。
「……えーと」
小雪の質問に回答するほうが先決した健太は、求められる答えを思索する。だが、答えは浮かばない。
「兄さん……おぼえてないんですね」
小雪の悲しみに満ちた声音。健太は弾かれたように小雪を見た。
小雪は、泣いていた。真っ黒な瞳から、真珠がこぼれ落ちる。
「えっ、小、小雪?」
罪悪感が雪崩のように押し寄せる。健太は気の利いた一言も言えない自分に苛立ちを感じた。
「……いいんです。所詮……私なんて、私なんて……兄さんも私のこと邪魔者だって思ってるんですよね……」
「小雪……そんなことはない。俺はお前のこと……」
健太が最後の一言を紡ごうとした時だった。
健太の携帯から軽快な音楽が流れる。画面を見ると、深雪の名が表示されていた。