08/05/24 14:11:35 1/Sfz8oR
「神様ありがとうございます!」
遠くからエルシィの声が、かすかに聞こえたような気がした。
美生からそっと唇を離し、荒い息をつく。最中は気づかなかった香水の匂いをかすかに感じる。
これにいつか慣れる日なんてくるのか。
胸元には抱きしめているというよりも、顔を埋めているような美生の姿。
ボクの息が多少落ち着いてくる頃に、目じりをこすってからゆっくりと見あげた。
「遅いから、帰ろう。送るから」
「……うん」
うなづいた頭がボクの胸に当たる。そのまま、頭越しにエルシィの姿を探した。
あいつはうまくやったんだろうか。
噴水の奥の、暗い木の影。闇に滲むようにエルシィの倒れた姿がそこに見えた。
「エルシィ!」
美生を残し、その場所へと駆け寄る。はきなれない革靴がもどかしい。
徐々に近づくその姿を見る限り、血などの外傷を思わせるものはない。
「エルシィ。おい、エルシィ」
身体は温かいし、呼吸も荒くはない。いびきもない。
だが、ぺしぺしと軽く頬をはたいても反応をする気配もない。
近くには、空の小さなビンがある。
駆け魂を回収するときになにか失敗でもしたのか?
病院……はまずい。こいつの正体がばれる恐れがある。
ビンをポケットに入れ、頭をボクの肩にあてるようにエルシィを抱え上げた。
そばには、不安そうな顔の美生が待っている。
「美生、一度家に行く」
「うっ、うん。大丈夫?」
「多分」
ボクらの服装に驚いているタクシーの運転手を急がせて、自宅へ戻る。エルシィに変化はない。
「すいません、彼女を家までお願いします。
美生、また学校で。ごめん」
「桂木!」
運転手に一万円札を渡して家の中へ向かう。美生の呼ぶ声にも振り向かなかった。
母さんに見つからないようにエルシィの部屋へと運び込む。
複雑な構造の、羽衣でつくられているとは思えないメイド服をひとつひとつ脱がせていく。
圧迫されていると良くないだろう。
ヘッドレストを外すときに頭もよく確認したが、こぶのようなものもない。
下着だけを残してすべて取り去り、とりあえずボクの寝巻きを着せる。
ベッドの上のエルシィはただ寝ているようにしか思えない。
熱もない。頭を冷やそうかとも思ったが、その必要もないようだ。
「はあ……」
ずるずると足を滑らせてベッドを背に座り込んだ。後はボクにできることはない。
メイド服もボクのスーツも羽衣に戻る気配もないということは、きっと美生のもそうだろう。
明日、ドレスをみて不思議がりはするだろうけど、エルシィが気づき次第回収させよう。
幸い、明日は日曜日だ。