【電波的な彼女】片山憲太郎作品【紅】 3冊目at EROPARO
【電波的な彼女】片山憲太郎作品【紅】 3冊目 - 暇つぶし2ch515:おいしいお水
08/10/26 03:29:19 EApb8LVs
 十二月二十六日。土曜日。
 夕飯の献立は白菜鍋。加えて夕乃と銀子が持ち寄ってくれた料理が少々。
 それはあるいは一日遅れてのクリスマスパーティーだった。
「よーし、今夜は真九郎くんたちも飲め飲めー!」
「俺たちは未成年です」
「気にしない、気にしない、ここには通報する人誰もなんていないんだからさぁ」
「まあ、じゃあ今日くらいは…」
 二日前の出来事。十二月二十四日。クリスマスイブ。即ち『KILLING FLOOR』での死闘。上手く立ち回れたなんて微塵も思っていないが、結果として失わずに済んだものはいくらかあった。
 柔沢親子も、瀬川姉妹も、きっと今は安らかな時を過ごしていることだろう。そしてそれは、自分自身にも当てはまるかも知れないことだった。
 今鍋をつつきながら座卓を囲むのは、環に闇絵、夕乃や銀子、そして隣りにいる紫。また彼女たちと一緒に笑えることが真九郎にはたまらなく嬉しいことであった。そしてその喜びが、真九郎の気持ちをいくらか寛容にさせていたとも言える。
 普段なら絶対に食い下がらない真九郎だったが、今夜はぐらいはいいかもしれないとふと思った。
「よぉし、今夜は紫ちゃんも特別だぞぅ」
 などと言っている環の顔は赤く、彼女の周りには空いた缶ビールが十数本転がっていた。本人は既に出来上がっているようで、紫のコップに日本酒をつぐその手元も若干おぼつかない。
「環、これはなんだ?」
 コップに注がれた透明な液体を眺めながら紫が尋ねた。
「ん、お水だよ?」
「ただの水とは違うにおいがするのだが…」
「ちっちっち、ただのお水じゃないんだなぁ、これが。これはおいしいお水なのだよ、紫ちゃん」
「おぉ、そうなのか。ありがとう、環!」
「どういたしまして。あ、銀子ちゃんもどうぞー」
「いただきます」
 満たされたコップを流れるような動作であおる銀子を見て、紫もまたそれを真似てコップに口をつけた。ほんの少し口に含んだかどうかというところで、紫はコップを口から離し、顔を歪めた。
「ぅ、なんだこれは…。辛いし熱いし全然おいしくないぞッ!」
「あー、紫ちゃんにはちょっと早かったかなぁ…」
「どういう意味だ?」
「これはね、大人が飲むためのおいしいお水なんだよねぇ」
「そうなのか、銀子?」
 環の発言の根拠を自分のとなりで平気な顔をしている銀子に求めようとする。
 銀子自身適切な言葉が思い浮かばなかったのか、少し困ったような笑みで紫の頭を撫でた。
「んー、私も紫ちゃんぐらいの時は全然おいしいと思わなかったかな」
「……つまり、銀子は大人と同等の味覚をもっているのだな?」
「…そうね。紫ちゃんも大きくなったらきっとわかるようになるわ」
 一瞬問いの意図を図りかねた銀子であったが、なんであれそれを肯定したのがまずかった。
「なんだと。私だって子供じゃない。こんな水、簡単に飲めるんだからなッ!」
 勢いよくその場で立ち上がる紫。右手に掴んだコップの中身を睨むこと数秒、風呂上がりに牛乳を飲むような勢いでその液体を身体の中に流し込んでいく。
 子供は基本的に子供扱いされることを嫌う。中でも紫はその気が強い方だった。
 それをよく知っている真九郎はこの状況を憂いながらも、それ以上にこの賑やかな時間が楽しくて仕方がなく、本気で紫を止めるということをしなかった。
 それは周りも同様で、環のように紫をはやし立てるようなことはしなかったが、その光景を微笑ましいものとして黙認していた。
「よぉし環、もう一杯だ!」


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