08/04/02 01:41:58 ZkxF6BnK
投下します。百合、TS注意。
3:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:43:29 ZkxF6BnK
「おはよう、シュウちゃん」
私が何とかして重い瞼を開けると、すぐ目の前にミナの顔。嬉しそうにして、私の目を
覗き込んでる。
「……おはよう」
と弱く返事をすると、ミナはにっ、と笑い返す。
ミナは小学校からの付き合いで、しょっちゅう遊んでいる。家は小学校を挟んで正反対
で、もっぱら出かけたり、他の子の家に集まったりしていたから、長い付き合いの割には
家に訪れたのは数えるほどだけれど。結構大きな家で、訊けば祖父は昔、製薬研究所の所
長を務めていたらしく、その関係か父は医者を、母は看護婦をしているらしい。
そのせいで仕事に出払っているのか、確かに彼女の両親を見た覚えはない。家政婦さん
を雇っているらしく、住み込みでこの大きな家と、一人娘のミナの世話をしているそうだ。
この話を聞いたときに、
「私のじゃなくて、病人のご飯ばっかり作ってるんだから」
と、拗ねた物言いをしたのを覚えている。小学校のときのことだ。
……どうやら、気付かないうちに寝てしまっていたらしい。
緩んだ頭を駆使して思い出してみると、渡すものがある、と言われて久しぶりに家に呼
ばれたところ、ケーキと紅茶を出された。良くあるショートケーキなのだけれど、もらい
物の有名な洋菓子店のだそうで、確かに美味しかった。紅茶もいい匂いだったけれど、私
にはお茶の良し悪しが分からない。
それを食べるところまでは覚えてる。で、食べてるうちに、ボーっとしてきて……、そ
のまま眠っちゃったのかもしれない。最近忙しかったから、気を抜いた拍子に意識まで抜
けたのだろうか。
「もう起きないかと思って、心配したんだよ」
ミナは体を起こして、その顔が遠ざかる。
そのせいで、「ごめん」と口に出掛かった言葉が、急遽引き戻される。
―え?服、着てない?
垂れ下がって、私の顔に掛かっていたミナの長い黒髪は、今では彼女の鎖骨を通って、
その膨らんだ胸に掛かっている。見間違えではなくて、私が目を白黒させていると、えへ
へ、と笑いかける。
私のお腹に跨っているけども、やっぱり何も穿いてないようで、意識をすれば肌ざわり
のやわらかさや、体温が分かる。あと、チクチクした感触も。
―って、私も、裸?
「えっ、え、何で?」
ミナが乗っかっていて起き上がれないので、首を持ち上げて自分の身体を見ると、確か
に裸だ。ブラすらつけてなくて、発育の悪い乳房が、重力のせいでもっと平らになってい
る。
「痛っ!」
ガシャ、という金属音と共に、右手首に痛みが走る、次いで左手も。両腕は開きがちに
上を向いていて、バンザイしているようになっている。無意識な動作で引っ張ったが、手
に何かがはめてあるらしく、動かないようだ。目が届かないから、どうなっているかはよ
く分からない。
「ごめんね、手錠したの」
相変わらず私に乗っかっていて、見下ろすミナの顔は、謝罪していながらもやっぱり笑
っていた。
私は何も言えなかった。混乱して、現状や彼女の言葉を受け止めるまでに若干の時間を
要した。きっと私が裸なのも、ミナがやったことなのだろう。でも何で?目的がまるで分
からない。悪戯にしては、重すぎる。
「シュウちゃんが悪いんだよ」
そう言ってミナはもう顔の横に手を付いて、また彼女の黒い髪が私の頬を撫でる。陰が
掛かる。
ゆっくりと、ミナは身を傾ける。接触面積が増すほどに体重が分散していく。同時に体
を下げていて、ミナのお腹が私のお腹に当たり、ミナのちょっと羨ましい胸は私の胸に押
し当てられる。肘で身を支えているようで、ミナの荒い息遣いが顔に掛かるほどに近いが、
接触には至らない。
ミナが首を横に傾けたので、私は咄嗟に顔の向きを反らした。ミナは不満げに、
「そう、嫌なのね」
と言って、そのまま全体重を掛ける。お互いの顔はすれ違っていたから、私の左側に、
ミナの頭があった。
4:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:45:24 ZkxF6BnK
「……何でこんなこと、するの?」
「シュウちゃん、アキラくんのこと、好きなんでしょ?」
ミナは顔をこちらに向けて、耳元で囁くように喋る。
「だから、こうでもしないと、って」
「ミナちゃんも、アキラくんのこと―」
「違うよ!」
私の言葉を遮っての、強い否定。
「ミナが好きなのは、シュウちゃん」
ミナは愛しそうに喋りながら、両腕を私の背中に潜り込ませた。布団と背中の間でもぞ
もぞと動くのが、まるで得体の知れない生物に触られているようで、嫌だった。
「シュウちゃんが好きなの。でも、シュウちゃんはアキラくんのことが好きでしょ?……
だったら、私のものにしちゃえばいいや、って」
すぐにその言葉の意味を飲み込むことは出来なかった。そしてやっとのことで非難めい
た言葉を吐こうとしても、それすら発せられずに押さえ込まれる。そうする前に、ゾッと
するような感覚が首筋に通り抜けたからだ。
生温かくて、ぬるぬるしていて、やわらかい。乱れ湿った吐息と声に混じって、そんな
感覚が、私の首を撫でている。同時に、背中に回された腕がきつく締められて、ミナの豊
満なおっぱいが押し付けられる。それらの不快さに、私は目を固く閉じて、歯を食いしば
り、堪えることしか出来なかった。
彼女の言葉は冗談にも聞こえたが、服を脱がされて、手錠を掛けられて、こんなことま
でされている今では、そんな楽観視はことごとく打ち消されている。私が眠ってしまった
のだって、きっと紅茶に睡眠薬でも盛っていたからに違いない。
―おかしい。こんなのおかしいよ。女の子が女の子を好きになるなんて、誰かを、自
分のものにしちゃうなんて。絶対に、どうかしてる……!
舌が引き戻されると、はぁはぁ、という熱い吐息だけが残っていた。自分でも分かるく
らいに緊張していて、僅かな変化さえ見逃さないほどに張り巡らされた神経にはそれだけ
が強く残り、余計に静けさとその興奮が印象付けられる。
「私は、こんなに好きなのに……。やっぱりシュウちゃんは、普通の女の子、なんだね」
ミナは手を引き抜いて、体を軽く起こした。蚊帳のように黒髪が周囲を覆って、目の前
には陰の落とされたミナの顔だけ。涙に滲んだ目に少しだけ同情を覚えたけれど、私は強
く睨み返した。好きだから、友達だからといって、許されることじゃない。
「でもいいの。そしたらシュウちゃんが、私のことを愛してくれるように、すればいいん
だから」
悲しみが途端に失せたかのように、表情は満面の笑みへと変わる。言いようのない間が、
私とミナの間に横たわる。
掌に鋭い痛みにハッとする。無意識に、爪を深く突き立てるほどに固く手を握り締めて
いたのだ。
ミナは飛び起きて、その勢いでベッドから降りる。
恥ずかしい格好のまま放置されて、ミナはベッドから離れて何処かへ行ってしまった。
目で追えないが、どうやらこの部屋にはいるようだ。
ふと天井を眺めてみれば、打ち放ちのコンクリートに蛍光灯と、無機質な装い。どうや
らここは祖父が敷地内に私有していた研究所であるらしい。祖父が引退した今では、ほと
んど使われていないと聞いた覚えがある。
更に観察を続けると、カメラのようなものが伺える。ガラスの面―奥にレンズらしき
照り返しが見えるそれは、確実にこちらの方へと向けてあるのだ。
私は隠すところを隠そうとしたのだけれど、足にも手錠がつけられていて、それが食い
込むだけだった。
段々と把握される状況に追い詰められて、目から涙が溢れる。ミナへの強い反感よりも、
とにかくこんな場所から早く抜け出したかった。痛みを忘れて、手足を強く揺する。無意
味なのは分かっていたが、そうでもしないとどうかしてしまいそうだった。
「暴れても無駄よ。プラスチックで出来てるような安物じゃないの」
「うるさい!外してよッ!」
部屋の片隅から聞こえるミナの声に、私は怒鳴った。
「こんなことしていいはずがないじゃないッ!外してッ!外してよ!」
カラカラ、と台車の押す音。ミナは返事をせずに、ゆっくりと近づいてきた。
戻ってきたときには、裸の上に白衣を纏っていた。ボタンは締めていない。私を見下ろ
す目は粘つくようにじっとりと、そして酷く冷たかった。まるで今見ているものが、偽者
の私だ、と言わんばかりに。
「ダメよシュウちゃん。貴女は私のものなの。シュウちゃんだって、カナリアを飼ってた
じゃない?飛びたがって出たがっても、逃げちゃうから、って」
5:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:46:54 ZkxF6BnK
私は再度恐怖に抑圧されて、収まらない呼吸をそのままに押し黙った。
すっ、と持ち上げられた手には注射器があった。ミナはどこで覚えたのか、その注射器
でアンプルから手際よく薬品を吸い取り、ぴゅ、と僅かにその薬品を切った。
「ひっ!い、嫌―」
鋭利な先端に金属の冷光。友のものとは思えない、狂気の眼光。
「暴れないでね。痛いのはシュウちゃんなんだからね。大丈夫、これでも私、下手な看護
婦さんよりは上手いのよ」
ミナはゆっくりとベッドを回り込んで、私の左へと移動する。足音の一つ一つに、私の
心臓はノミで刻まれる。
「大丈夫。静かにしてれば痛いのはちょっとだけなんだから。ほら、あっち向いて」
私は完全に縮み上がっていて、言われるがままに右の方へと顔をやった。命令に従って、
それがどうなるかは分からない。だが、従わずにいれば、より酷いことをされるんじゃな
いか―。ミナが視界から外れれば不安が増幅するのは分かっていたけれど、従う他はな
い。二の腕を掴まれ、短い悲鳴をこぼす。
「リラックスして。大丈夫だから……ね?」
いつが発端か分からない痛覚が、左腕にジンとする。すぐに消毒用アルコールで拭かれ
たのだろう、冷たい感覚の後、パッチが張られる。確かに、インフルエンザの予防接種の
ような、手馴れた作業。注射されるや否や、激痛に苦しむわけではない。だけど―
「よく我慢出来ました。お疲れ様」
だけど、一体私は、何を注射されたのだろう?
頭に過ぎる連想は、不吉なものばかり。このまま死んでしまうんじゃないか、とか、茨
姫よろしく眠り続けてしまうんじゃないか、とか。服を脱がされて、両手両足を縛られて、
それでもミナに対して希望的な観測をするなんてことは、到底出来なかった。
ミナは注射器やらを台車に戻しながら、小さく笑う。
「ふふ、気になるでしょ。この薬はね―」
もったいぶって口を止め、再度ベッドに乗る。四つん這いで私の身体に跨り、じっとり
した目線で嘗め回す。お尻を突き上げた格好で、腹と胸を私の身体に沿わせて、ミナはそ
の顔を私の胸に当てる。生温かい。はだけている白衣は私の脇腹をくすぐり、輪郭を誤魔
化すだけ。
ベッドに肘を突き、開いた両手で私の胸を弄る。揉むようにしたり、撫でるようにした
り、ちらちらと乳首を掠めたり。更に舌で嘗め回して、鼻息は肌の地表を通り抜けた。
不快感に混じって、言いし難い感覚が神経を刺激する。私は歯を食いしばって、見える
もの全てを否定するように目を固く瞑り、ただそれに耐えた。私はとうに赤飯を炊いて祝
われているから、その感覚が性的なものだとは分かっていた。その認識は結局のところ不
愉快へと変換されて、しかしそれでも現状を受け入れざるを得ない、という事実によって、
重ねて増幅される。
何より憎かったのは、それがミナである、ということ。
仲の良い友達だった。多くの時間を幸せな雑談や些細なやり取りで満たして、時にケン
カや、食い違い、慰めあったりもしてきた、仲の良い友達だったのだ。修学旅行も、夏休
みも。一緒に映画を見に行くことだってたくさんあった。
なのに、そんなミナが、こんなことをしている。
いつの間にか、ミナが、こんなミナを受け入れない私を偽者のように見るのと同じくし
て、私は、こんな酷いことをするミナを、本来のミナとは別なのだ、と隔絶し、強い嫌悪
をその存在自体に、ギラギラと照り返していた。
その嫌悪に気付いたのかは分からないが、ミナは顔を持ち上げて、言葉を繋げた。ぶれ
た虹彩の煌きが、私の与える熾烈な視線と衝突して、えもいわれぬ緊張感が生まれる。陽
炎のような笑顔は、まるで酩酊しているようで、出来るならば嘘と言って欲しい恐怖を再
確認させられる。
6:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:48:21 ZkxF6BnK
「あの薬はね、シュウちゃんを解放するものなの。偏見とか、常識とか、世間体とか。理
性の箍(たが)に囚われない、本当の、野性のシュウちゃんになるの。そうしたら、シュ
ウちゃんは私のペット。私なしじゃ生きられないの。私がシュウちゃんなしじゃ生きられ
ないのと同じにね」
言い返すべき言葉はあった。
その考えがどれほど歪なのか、普通に考えれば分かること。
私はそれを指摘しようとした。しようとしたのだ。
だが、私は恐怖に押され、食いしばった歯をより強くかみ締めることしか出来なかった。
すぐにその意味を飲み込む。つまり、それこそがあの薬の効果であり、それが効き目を
示し始めたのだ。今私を取り巻いている恐怖は、連鎖する想像や思考を介すことなく、一
方的に増しつつあった。怖い、ミナに逆らってはいけない、という警告が何よりも強くて、
思考が滾る感情に反映されていない。
ミナはそんな、きっと怯えて震えているであろう私の目を見てか、笑みを作ってみせる。
―嫌、やめて、これ以上酷いことをしないで!
もう一度私の身体に顔をうずめて、愛撫しながら嘗め回す。指先と舌による愛おしみに、
湛えられた恐怖へ快楽の一滴が落とされて、翻すように染まりきる。瞬く間に解れ、理性
はより泥土へと沈む。今ではもう、全てを拒めやしない。それら全てを享受して、あるい
はミナ以上に、この時間を楽しんでいた。
動作が静止して、二人の呼吸だけ。
その都度に熱が放出されて、私の思考を圧迫する激情が衰え始める。理性がずっと放っ
たままの警笛が、自然と水面から現れる。
「ね。でも、これだけじゃないの」
ミナはゆっくりと身体を起こすと、くすくすと笑う。感情すら掌握したことに愉悦を覚
えているのだろう。自分はそんなミナに怯えた目線しかやれないでいた。もう鋭く睨み返
すことなんて、出来やしない。
ベッドから降りてすぐ横に立て膝になる。私の恥部を一瞥してから顔を見る。私はそれ
が無意味だと知りつつも出来る限りに股を閉じようとしたが、手錠が食い込み痛んで、反
射的にそれを開く。
「大丈夫。気持ちよくしてあげるからね」
立て膝のままに私の下半身に覆いかぶさる。腕をまるで蔦のように、足と腹部に這わせ
る。温い吐息がそこを悩ましいほどに撫で付ける。その感覚だけで、私の精神は高揚感を
再起させていた。思考は同じところを行ったり来たりするばかりで、どうしようもなく無
力だった。
舌先が陰核を刺激する。荒波に揉まれる板切れのように、私はその激動にただ揺られる
ばかり。嵐のような揺りかごに、意識はもう擦り切れて今にも消えてしまいそう。紛うこ
となく私の性欲はそれを望んでいて、叶うことならばずっとそうしていたがっている。
―気持ちいい、いいよ、ミナ、もっと、もっと―!
しばらくして、ミナはその動作を止めた。
「ふふ、シュウちゃん、シュウちゃん。効いてきたよ」
その楽しそうな声は、私の視線を誘っていた。首を持ち上げ目をやると、満面の笑みで
こちらを見るミナ。それに、私の陰核が恥丘の向こうから、顔を出して見える。
―え?
ミナの中断と疑問符に、理性が召致される。
「ね。シュウちゃんのクリトリス、おっきくなってるでしょ?私は女の子だから、シュウ
ちゃん、よろしくね」
「な、何?女の子だから、どう……なの……?」
ミナは私の疑問に、肥大した陰核を口に含み舌での愛撫を再開することで応えた。水っ
ぽい音。思考が熾そうとする不安は燻って、押し戻されて立ち込める。
一度意識をすれば、頭に張り付いて離れない。自分の体に何が起こっているのかを冷静
に分析しようとする傍ら、不安がその形を成していく。具現化しつつある不安が思考を遮
ろうとしても、意識せずにはいられない。
―嫌よ、知りたくない!そんなのあり得ない!だって私は女の子なのよ?そんなこと
あるはずがないの!嫌、ミナ!やめてよ!私は女の子だし、友達でしょ!やめてッ!
しかし拒絶は出力されずに、気持ちよさに酔いしれる傍ら、いっそのこと何も考えられ
なければいいのに、とさえ思えてくる。そんな諦めこそが、ミナの求める私だとは分かっ
ていたけれど、プライドで自らに刃を突き立てたままに出来るほど、私は強い人間じゃな
い。
7:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:49:53 ZkxF6BnK
―夢であって欲しい。そうだったら、嫌がる必要なんてなくて、悪夢ですらないのに。
だって気持ちいいもの。ダメ、飲まれちゃダメ!でも、こんなに気持ちいいんだよ?ミナ、
やめて、私は女の子なのに……。でも、ああ、でも、でも……。
「ああッ、あぁぁああ―!」
興奮が高まって、何かが、私の陰核にほとばしる感覚。
あり得ない、あってはいけない感覚だった。
その初めての衝撃は何よりも気持ちよくて、意識は滲んでいる。陰核がびくびくと動い
て、熱い。知らずの内に喘ぎ声は叫び声へと移って、いっそう淫楽に狂っていた。それら
は止まらない。止まらずに、私は女の子なのに、ただそれが快感だった。
長い時間が経過して、興奮が冷めていく。身体はまだ火照っている。ミナが陰核を吐き
出すと、べちょり、とそれが股の内側に触れた。ミナは口の周りを、白っぽい液体で汚し
ていて、私と目が合うと、それを舌で舐め取った。
「シュウちゃん。シュウちゃんはこれでね―」
「やめて!……言わないで」
言葉を遮ると、ミナはベッドに乗り四つん這って、私と顔を向き合わせる。
殺しても構わない、と言いたげな鋭利な目つきで一睨みし、
「動かないでね」
と命ずる。体は途端に強張って、瞬く間に平伏していた。
くすくすと笑い、首を傾け、その汚れた口のままに、接吻する。
苦いようなしょっぱいような味が、生臭さを伴って広がる。舌の軟らかさや温かさより
もそれが強く印象に残って、酷い不快感がする。それを虚構だと信じたくて、あえてミナ
の舌による蹂躙も、ささいな抵抗さえせずに、されるがままにしていた。
「シュウちゃんはね、雄になったの」
口付けを終えるや否や、ミナはそう告げる。その言葉は予想していたが、実際に言われ
てみると重く、処理しきれない感情に混乱した。今や自分の股に生えているものが、男性
のものだ、という認識、そして気持ちよくなって、射精してしまった、ということによる
羞恥心。友達だと信じていたのに、妙な薬を注射されて、そんな体にさせられてしまった
という怒りと恐怖。生えてしまって、これからどうすればいいのか、という不安。こんな
体じゃアキラくんに嫌われてしまう、という焦燥。非現実感や、絶望、エトセトラエトセ
トラ。
頭が洪水にパンクすると、自然に涙と嗚咽になってあふれ出ていた。自然とぼやける視
界にミナの顔が失せて、安堵と清々した気持ちを感じる。それがあまりにもくだらないも
のだとは分かっていたけれど、そんな瑣末なものにしか、頼れなかった。
それすらも歪ませてしまいたいのか、ミナの声が聞こえてくる。
「フェラされてイっちゃうなんて、もう女の子じゃないもんね、シュウちゃん。気持ちよ
かったでしょ。ね。もう雄なんだからね。でもシュウちゃん。まだ泣いちゃダメ。まだ、
まだまだなんだから」
ミナはベッドから降りると、あろうことか、右手を束縛していた手錠を外した。他の手
錠も外してくれるのか、と期待したが、そういうわけでもないらしい。解放された右手に
は、手錠の痕が残っていて、見るだけでも痛ましい。
「あの薬はね、血流によって全身に浸透した後に、性的な興奮によってその効力を発揮す
るらしいの。どういうことか分かる?エッチなことをしてると、薬が効いてくるわけね。
言ったとおり、まだ終わっていないの。シュウちゃんが今のままじゃ、私がペットだ、っ
て言っても、私のお母さんが認めてくれないもんね」
ミナは鍵をジャラジャラと鳴らしながら、ベッドから離れる。
涙を拭う。右腕に遮られなくなった今、部屋がどういう状態かをより確認できた。やは
り研究室であるのは間違いないようで、薬品庫らしき棚が複数と、試験管やビーカのよう
なガラスの機具が見える他、大掛かりな装置もたくさんあって、ゴタゴタしている。照明
は部屋全体ではなく、このベッド辺りを照らしているだけであるから、それ以上に細かく
は調べられないが、一箇所、煌々と光を発している装置があって、恐らくそれは何かの画
面なのだろう、ミナはそれを操作していた。
それを眺めていると、電子音の後、天井で何かが動く音が響く。重低音であるから、何
かしらの機械が動作しているのだろうと天井に目をやれば、ゆっくりと、天井にあった細
長い溝が開いていくのが分かる。
8:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:52:24 ZkxF6BnK
溝が1メートル四方ぐらいの穴になると、そこからはなにやら、手術室にあるような
仰々しい照明装置が降りてくる。光は灯されておらず、ある程度せり出してくると、ガタ
ン、と音を立てて止まった。ふわり埃が落ちてきて、私は右手をかざしながらよく見てみ
れば、それに備えられたガラスの覆いらしきものにはヒビが入っていたり、断線したコー
ドが垂れ下がっていたりと、使えそうにない。
もう一度電子音が響く。その壊れた照明装置の側面にあった板状のものがスライドして
降りてきたかと思うと、折り返して照明に覆いかぶさった。黒い板にしか見えないそれは、
三度目の電子音の後、そこに何かの映像を映し出した。どうやらそれはディスプレイであ
るらしい。
初めは映像が何を写しているのかは分からなかったが、すぐ次にはそれから目を逸らし
て、それを見よう、と思うまでしばらくの時間を要した。その醜いものを見たくはなかっ
た。それでも結局、それを細部まで観察するに至ったのは、ひとえに現実逃避し切れない
生々しい感覚のせいだった。夢だ、と思いたい反面、その願望自体が、夢ではないのだと
いう否定に繋がっていた。
画面に映っているのは私だった。パイプベッドに横たわって、左腕と両足は手錠が掛か
って、動かせない。視線をまっすぐにすると目の前の私は、私を蔑ろにするかのようにそ
っぽを向いていた。ぼんやりと口を開けっ放しにしているのに気付き、閉じて唾を飲んで
から、目を下の方へと滑らせる。ぺったんこな胸に、まあ不満のないウエスト。汗やら何
やらで濡れていて、てらてらとしていた。
そして更に下、あるはずのない、女性の私には、本来あるはずのないもの。ついさっき
までそれは、女性の性器である陰核だったが、今は違う。それは太くて、長く伸びていた。
赤っぽい色をしていて、開かれた両足の間に垂れている。
視界を閉ざして、しかし案の定逃げる手立ても見つからないと分かって、まるで考えあ
ぐねた。ただ待つことしか出来ず、簡単に諦めることも出来ず。それでも無常に時間は過
ぎて、いやだからこそ、その耐え難い空白をやり過ごす越すことが出来た。
再度ミナがベッドの脇に現れる。手の届く距離だったが、今の私はまな板の上の魚、下
手に暴れれば何をされるか分からない、という恐怖があって、抵抗をするにも出来ない状
態にあった。仮に何かの拍子でミナが死んだら、こんな恥ずかしい姿を誰かに見られてし
まうか、最悪餓死してしまうだろう。
であるから、手錠が一つ外れたところで、問題は何も変わらなかった。いやむしろ、ミ
ナが自ら外したということに、どこかしら危機感を覚えるべきだったのだ。
ミナは私の両足の間に座り込んだ。私の足を踏まないようにか、彼女の両足は私の太も
もを跨らせてあり、かなり卑猥なポーズ、俗に言うM字開脚になっていた。
その扇情的な格好に、強い性欲を抱いていた。精神が狂わされているんだ、薬のせいだ、
というフォローは、彼女の手が私の、……陰茎に掛かると、すぐさま覆されて藻屑となる。
態度とは裏腹に慈しみの感じられる手つきでそれを包むように掴むと、上下に手を動かし
た。
「いいでしょ?手コキって言うんだって、こういうの」
体が仰け反って、視線が液晶画面に移る。その手コキとやらを受けて、恍惚とした表情
を浮かべている自分が映る。だらしなく開いた口から唾液が溢れている。こんなのは自分
じゃないと否定したくても、何一つそれを肯定する要素はない。気持ちよくて気持ちよく
て、それが許せなかった。
それが自尊心ばかりではなく、自分の体すら蝕んでいることに気付いたのはしばらくの
こと。ミナの言葉は頭に強く残っていたが、それを目で確認するまで、その意味を正確に
理解していたわけではなかった。
それでもそれに気が付いたのは、やはり感情と思考の間に、薬によって生じた僅かな溝
があるからに相違ない、と後に思う。そういう意味では、自分は完全に取り込まれたわけ
ではないのだ、と、一抹の安心感を抱けるだろう。気休めにも程があるのだけれど……。
9:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:54:35 ZkxF6BnK
突然、ミナはその手を止める。不本意にも、私はそれを咎めるような視線をミナに浴び
せていた。何でやめちゃうの?と、思考すらも異口同音。ミナの返答は挑発的な目つきと、
たった一言だった。
「ほら、今度は自分でやってみてよ」
解放されていた右腕は、自然と動いていた。それから分泌されたぬるぬるとした液体と、
自分の一部とは思えないほどの熱さに対してのレスポンスを待たずに、言われるがままに。
思考は遅れて、その気持ち悪さと、自分がもう女の子ではないのだ、という改めてのショ
ック、自分の行動に対する叱咤、そしてミナに対する反感をまとめて抱いた。
もう止められようがなかった。乱暴に握り締めて、バカみたいに上下させていた。目の
前の画面には、それを強いられている自分の姿。淫欲に溺れている姿はあまりにも醜くて、
いっそ死んでしまいたかった。
畳み掛けるように変化も訪れた。初めは錯覚だと思ったが、扱く度に揺れる視界はそれ
でも正常だった。
初めは私の体が、薄っすらと黄色めいて行くように見えた。それはほとんど全身に起こ
っていて、錯覚ではないと知ると、次は画面の不調を疑った。しかし、そこに映る白い
シーツは相変わらず白く、次第に、それがつやのある金色の体毛であることに気が付いた。
画面越しではなく、肉眼でそれを確認したとき、強烈に鳴り響く警笛、危機感。
ミナの呪詛のような高笑い。性欲は止まらない。変化は止まらない。
―やめて!やめないと私、本当にペットになっちゃう!私は人間なのに、こんなの…
…。ミナも私のことを見てるのに、ああ、でも、でもっ!気持ちいい、気持ちいいよぉ…
…!
皮肉にもその焦燥は、陰茎をしごく手を一層早めた。そして変化は全身を覆う毛皮だけ
ではなくて、骨格をも歪ませ始める。それさえくすぐったくて、性的興奮は一方的に高ま
るばかり。とっくに白濁液を垂れ流していたので、激しく動かすたびに周囲を散らかす。
生えたての毛に、そのすぐ傍に座るミナにシーツに、そしてあまりにも狂乱にしごくせい
で、私の顔にさえ付着していた。
―こんなに気持ちよかったら、私、わたし……、やめようがないじゃない。ああん、
なんて、なんて気持ちいいの?ずっとこうしてたい、違う、ダメ、ダメよ私!見なさい、
画面を見て!
画面に映る私の姿形は、みるみる移ろいでいく。自制から大きくはみ出している原因は、
紛れもなく性感にあったのだけれど、感情の八割以上を占めるその快楽のお陰で、恐怖や
不安といった感情もかすんでいた。
人間のように手を使えるようになってはいないその足と、全身を覆い尽くす毛皮を見れ
ば、自分自身にさえそれを人間だったものとは思えない。止め処もない欲求に狂う様を見
れば、それが理性ある存在とは信じられない。もしこれが自分、そう、普通の、人間の女
の子だった私自身の姿であったなら、きっとそれは夢に違いない―
それが現実逃避で、思考さえ堕ち始めてしまっているのだと気付くのには、思いのほか
すぐのことだった。
現実逃避に至ると共に、安堵を覚えた。その安堵は性欲程に甘く、浸るに容易いもので
あったが、強制的に与えられている性的な快感を除いた、負でしかない苦々しい感情には
あまりにも不釣合いだったのだ。不覚にも過敏で衝動的な本能の奴隷へと変えられたこと
が、惨めな迷妄を阻止していた。
しかし、やはり現実を見据えるのは酷なことだった。毒入りのミルクを垂らす代わりに、
苦いコーヒーは煮詰められて、より口にしがたいものになる。先程抱いたばかりの、いっ
そのこと理性を失くしてしまえば楽なのに、という考えの通り、現実を吟味する味覚を失
ってしまうことは、確かに救済ではあったのだ。
代償に再び強く印象付けられるのは、無力。
骨格が変化したことにより、人間らしい手、足がなくなった。犬や猫のような肢に変化
したおかげで、両足と左腕を絆す手錠から解放された。同時に、手は陰茎を握れなくなっ
ていた。地を蹴るだけの手になって、自慰は中断された。どうにか淫楽を味わおうと、そ
の小さな手を試行錯誤するように陰茎を乱暴に押しつけている。
10:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:56:06 ZkxF6BnK
今だけ、性的興奮が軽減され、身体を拘束するものから逃れた今だけが、ミナから逃れ
られる最後のチャンスなんだ、と私は頭の中で怒鳴り声。唾を散らかして叫んでいた。逃
げ出すんだ、と命令した。一刹那に限りなく、動け動けと反復する。まるで走馬灯のよう
に、なんだかんだ言って楽しかった今までの日々の回顧し、そんな日々へと戻るんだ、と
郷愁に近い思慕を松明に、ひたすらに扇動を繰り返す。
―お願い!言うこと聞いて!逃げないと、全部終わっちゃうの!
強く印象付けられるのは、無力。呼びかけに応えるものはまるでなく、瞼一つ思い通り
には動かない。
それを嘲笑するように、嬉々としたミナの声。
「んもう、シュウちゃんはエッチなんだから。……シュウちゃんの初めて、私にちょうだ
い」
ミナは性欲に渇望している私の本能も、手錠が意味を成しておらず、逃げるんだと発破
をかけている私の理性も何も、見通していた。私の視界は怒張した陰茎ばかりを捉えてい
てミナの表情は伺えないが、確かに分かる。私の醜行を満足げに見ているのが、手に取る
ように分かる。
ミナは後ろ手に開脚していた姿勢を改めて、ベッドに手を突いて四つん這いになると、
その向きを変えた。淫らに、その滴った秘部を私の面先に見せ付けるようにして、お尻を
突き出していた。
私がより強く、やめて!と叫ぶよりも早く、欲望はその意味を理解していた。私の命令
ではなく、甘い香りに誘われて、ただ音を鳴らすだけになった手錠から手足を抜き、右手
は自慰を諦めている。
跨っているミナの下から抜け出して、身体を起こす。誘う格好、汗ばんで滑らかな体に
興奮して、またもや理性は圧迫されていた。それでも私は叫び続ける。風の前の塵に等し
くとも、それだけが私の剣だった。
―ペットになるなんて嫌!そんなの嫌!
無情にも剣が導くのは、ただ私が無力だということばかり。前肢をミナの腰に掛けて、
私は立ち上がっていた。あんなに嫌悪を抱いていたミナの身体に、今や欲情し、汗の臭い
にすら愛おしさを感じている。
―お願いやめて!ダメ、ダメぇええ―!
そして体を突き抜ける快感に、私は崩れ落ちた。
情欲に駆られた獣は、恐らく処女であろうミナの体を気遣うことなく、機械的にそれを
こす。その一つ一つに私は酔いしれて、行為をいっそう加速させる。理性は遂に止められ
なかった、とただ燻るばかりで、泣き寝入りに近いすすり泣きを交えて、途切れ途切れに
悲鳴を上げる。
―動物になんかなりたくないよぅ……。だから言うこと、聞いてよ……。なんで?こ
んなに気持ちいいのに?ほら、気持ちいいじゃない。ダメ!こんなのおかしい!おかしい
……けど、気持ちよくて、やめられない、やめられないよぉ……。
確かにそれは、気が狂いそうなほどに甘美だった。日常、人間としての自分が犠牲にな
らないならば、既に思考がそれに歯止めを掛けることはしていないだろう。既成観念の防
波堤は粉々、嘆く思考でさえ、流れにたなびく水草でしかなかった。
そんな頼りがいのない水草は、視界が涙でも錯視でもなく滲み始めて、あまつさえ色の
識別さえ失われていくと共に、それは流れを押しとどめようとする障壁へと形を変えてい
く。代わりに嗅覚が冴えて、ぐちゃぐちゃに混ぜ込まれ、コンデンスされた様々な臭いを
一つ一つ嗅ぎ分けるようになると、ほつれそうになる水草の網目は早急に強固に編みこま
れる。
―嫌だ、嫌、人間でいたい!助けて!誰でもいい、助けてよ!私は人間、人間の女の
子なの!こんなんじゃ、まるで動物じゃない!ああでも気持ちいい、キモチイイ……!や
めて、人間なんだから、考えてる通りに動くのが、人間なの!
色盲の目に、自分の鼻っ面が目に入る。喘ぎ吐息を激しく漏らす口先は、篭る呻き声を
垂れ流し。金色の短毛に包まれて、湿った鼻を持っている口吻は、明らかに眼下、私のも
のだった。
―ホラ、こんな体、どこがニンゲンなの?ねェ、もうワタシは人間ジャナイの。だか
ら、モット、モッと、キモチヨクなれば良いじゃナイ?違う!人間!私は人間よ!……で
も確かに、こんな気持ちよくて、全部どうでもよくなっちゃうぐらい、気持ちよくて……。
ああっ、ダメっ!違うの、違うの!私は人間なんだから……!人間、なんだから……。
奇跡が起きたと言っても過言ではなかった。性欲に満たされた感情の奥底にあった私の
抵抗は、涙になって溢れる。とどまることのない激しさに、両目に湛えた涙は宙に散って
いく。
私の、本来の感情が出力されたのだ―しかし、それだけだった。
11:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:56:40 ZkxF6BnK
長い射精を終えると、興奮は立ち退いていく。
引き抜かれた後、ミナの恥部からは淫猥な臭いと血の臭いが強烈に香っていた。突然本
能から解放されて、主導権を移されても、こんな姿になってしまった以上、もう逃げるに
も逃げられないし、体力もなかった。ミナも激しい行為に疲弊しているらしく、下唇を強
く噛んでいたが、それでも微笑みを浮かべてみせる。
「シュウちゃんの、気持ちよかったよ」
それが強がりなのは分かっていたが、ミナの目的は達成されていた。全てミナの思惑通
りに事が運ばれて、私はめでたくミナのペット。ミナの抱擁を甘んじて受け入れている自
分が、それが即ち敗北の証だった。
ミナも自分も、体がべたべたと汁まみれになっていた。しかし抱かれる暖かさを快いと
捉えていて、一方で気持ち悪いと一蹴する思考もあったが、思考の反発はもうどうしよう
もなくなまくらだった。
少しの間、そのままでいた。ミナは今、私にどんな感情を抱いているだろう。抱きしめ
られてはその表情さえ伺えないが、その顔を見たくはなかった。何より、僅かに動くこと
すら気怠いほどに消耗していて、浮かんだ疑問だって、眠いときに走らせる筆がもやを描
くようなもの。
そんな状態であったから、気付かぬ内に眠りへと落ちていた。どちらが先に眠っていた
のかは分からないが、私はミナが動き出したことで目を覚ました。ミナに抱かれたままの
目覚めは先日のことを夢なのかと疑う余地もあたえず、また現状に落胆する間もなくして、
私の本能が抱いたのは空腹だった。
新しい生活には、すぐに慣れることはなかった。いや、今でも慣れてはいない。慣れち
ゃおしまいなの、なんて思いながらも、確実に感覚が麻痺していくのが分かる。初めは人
間らしからぬ行為一つ一つに抵抗していたし、ただ人目に晒されるだけで恥ずかしくてた
まらなかったが、今ではそれらの行為だって、覚悟さえ決めれば自分の意思でやってのけ
るだろう。
研究所を出て、母屋に向かう間、ミナも裸体であったのは抜きにして、裸のままでいる
ことにまず強い抵抗があった。豊富な被毛がその身を隠してはいるが、やっぱり裸は裸だ
った。後に家政婦さんに会った時にも、数ある感情の中に裸を見られているという恥ずか
しさが含まれていた。
それだけでなく、四つん這いになって歩くことだってそうだ。そんな格好でいるなんて、
いなければならないなんて、それだけで人間であることを否定されていた。首輪を付けら
れて、引っ張られて町を散歩する。それを私がいくら拒んだところで、私の中の動物は、
それに目一杯尻尾を振ってみせるのだ。手を使わずに鼻っ面を器に当ててドッグフードを
食べるのだって本当に嫌なのに、餌の時間が近づくだけでそわそわが止まらない。
人のように話すことだって出来ない。初めて自分の口から、ワン、という鳴き声を発し
た時に、自分が人間でなくなったのだ、と最も自覚し、落胆した。排泄行為を個室のトイ
レではなく、部屋に置かれたマットや野外でさせられることも許せなかったが、喋れなく
なったことによって逃走するという考えは、まったくもって逃走するという選択肢を潰え
させていた。
私は社会的には失踪扱いになっているらしく、ミナは親しかった人間として何度か警察
官が訪れたし、私の親だって来たのだけれど、私がいくら吠えたところで、ミナが私をシ
ュウちゃんと呼んだところで、私が人間の、失踪者扱いされているシュウだなんて、気付
いてはもらえなかった。
それどころか、新しく買い始めた犬にシュウ、と失踪した友達の名前を付けているミナ
に対して、誰もが同情の眼差しを向けていたのだ。私の気付いてよ、という声なんて、そ
んなセンチメンタルな雰囲気が分からない犬が、無邪気に吠えているぐらいにしか思われ
ていないのだろう。
―酷い、みんな酷いよ。私はここにいるのに、誰も気付いてくれない。本当は人間な
のに、みんな私のことをただの犬だと思ってる。お利口さんだね、なんて撫でられて、冗
談半分に、お手、なんて言われて……。みんな酷すぎるよ……。
12:『エロティック・アニマル』
08/04/02 01:57:19 ZkxF6BnK
「良かったねシュウちゃん。私たち、まだまだ一緒にいられるみたいね」
ミナの言葉通り、私はミナなしでは生きていけないようになったし、私の思考を除いた
全てが、ミナのことを愛していた。自分が疲れるか飽きるかするまでミナにじゃれたし、
時には強い衝動が主従関係的な楔すら断ち切って、ミナの体を押し倒して―
何より許せないのは、それらがあまりにも甘美だったこと。いくら人間なのに、と叫ん
でも、確かに自分は望んでいたし、あまつさえ残された理性ですら、その甘美さを肯定す
ることもあった。
「もう私は人間じゃないんじゃない?」
野性的な囁きも理性的な諦めも一緒くたにして、私はそれを一方的に却下した。ある意
味では感情的な、非論理的な却下かもしれないが、そうすることこそが人間的だと、病的
に思い込もうとしていた。
ミナの笑顔を見て、構ってくれていることに対して、一緒にいられることに対して、私
は喜びでいっぱいになる。愛スル飼イ主、優シイ飼イ主。そんな考えに日に日に埋没して
いく、自分が失われていく恐怖。逃げだそうと思っても、犬とは群れから離れることを良
しとしないし、そうしたところでどうするの?というもっともな疑問。
今や眠るときだけ。眠っている間だけが私を休ませてくれる。眠ることだって、一時的
ながらも自分を失うことなんじゃない?と考えたところで、霞みながら浮遊感に包まれる
その一時には、死への一抹の予感に怯えと期待を覚え、落ちていくのだ。
13:clown
08/04/02 02:01:08 ZkxF6BnK
以上です。思い切ってスレを立てて投下してみました。
14:名無しさん@ピンキー
08/04/02 02:33:32 tWqDxQ0F
早速の投下おつかれさまです。
15:名無しさん@ピンキー
08/04/02 10:56:55 9Iq+lBc7
投下乙です
犬好きの私には最高の作品でした
16:名無しさん@ピンキー
08/04/02 12:43:11 ngQTUkee
>>13
スレ立てと投下、お疲れさまです。今回も堪能させていただきました。
17:名無しさん@ピンキー
08/04/06 16:13:00 bugcbw3Q
乙。
だが一つだけ言わせてくれ。
フタナリはTSじゃねぇ
18:名無しさん@ピンキー
08/04/06 22:45:55 g1mdaEDz
読んでくれてありがとう。GJどうもです。
>>17
フタナリにも読めるけど女性器は消失してるつもりで書きました。
男性器一式があると一人称のシュウには確認できなくなるので描写してません。
あとおっぱいも腕の位置が変化して目立たず、乳頭も毛皮に隠れて分からないので無描写です。
フタナリが好きな方はフタナリで読んでくれればいいなと思います。
19:名無しさん@ピンキー
08/04/10 19:40:54 Tp4S1gdz
保守しておきますね。
20:名無しさん@ピンキー
08/04/10 22:21:58 RSwRmWM/
初代スレ主だけど立ててくれてトン
ここまで伸びるとは思ってなかった
21:名無しさん@ピンキー
08/04/12 13:09:41 ah2GmEPv
某ブログのSSで蜘蛛に噛み付いた退魔師娘が異形化してくれないかなとワクテカ中
22:名無しさん@ピンキー
08/04/12 15:00:52 dfmcCD72
娘が蜘蛛に噛み付いた?……既に人外じゃないかw
23:名無しさん@ピンキー
08/04/12 16:53:03 YxuUvQFW
>>21
今夜に期待だ!
24:名無しさん@ピンキー
08/04/13 00:21:16 2f5SXz47
某ブログなにでググったらいいかぐらいのヒントください
25:名無しさん@ピンキー
08/04/13 00:23:13 NVFOrg0N
舞方雅人氏のブログだと思う
26:名無しさん@ピンキー
08/04/13 10:46:15 7DyhYlno
つまらんやつだな
27:名無しさん@ピンキー
08/04/13 23:06:22 NVFOrg0N
異形化キタ━━━(゚∀゚)━━━ !!!!
蜘蛛女萌え。
28:名無しさん@ピンキー
08/04/14 23:53:21 PnGN8kRi
【獣人】亜人の少年少女の絡み7【獣化】
スレリンク(eroparo板)
29:名無しさん@ピンキー
08/04/15 20:59:08 t6ymhP2O
人魚とかみたいな上半身は人間(女性)下半身が異形化というのが好きなんだが、スレとか見てるとほとんど無いような気がする・・・
俺だけなのか・・・??
30:名無しさん@ピンキー
08/04/15 21:23:06 s3vCS4CI
>>29
俺は、惜しいなあ、なんて思っちゃう。ただの人よりはよっぽど好きなんだけど。
初代スレの女王蟲とか、人間の比率多かったと思うけどね。
31:名無しさん@ピンキー
08/04/15 23:44:02 4bXp4JUP
PSP版ヴァルキリープロファイルに今頃手を出したんだが
追加された新規ムービーで王女が化け物に変わるシーンが思いのほか良かった
体が徐々に肥大化して服が内側から弾け飛んだり、顔の変化が最後だったから
体が筋骨隆々の化け物で顔だけ王女というシーンがちゃんと描写されていたのもわかっているな、と
顔の変化がモーフィングじゃ無かったのは好き嫌いが分かれるところだが、個人的には大満足
にしても、なんでここにわざわざ追加ムービー入れたんだろうか。いや、最高だけど
32:名無しさん@ピンキー
08/04/16 12:52:35 C2OwE6Q4
ヴァルの新作はDSか…
DS版に期待…できるか?
33:名無しさん@ピンキー
08/04/17 02:23:23 Bx6PWoHj
>>32
正直、DSは味のないポリゴン3D…例を挙げるとFFリメイクの某映画の名前と一緒の会社が制作
したものみたいに(特にⅣ)、新作もリメイクも無理やりポリゴンにしてしまうきらいがあるからやってられん。
もし新作が完全3Dだったら…とりあえず、保留にした方がいいだろうねぇ。
34:名無しさん@ピンキー
08/04/20 00:51:33 nyJ9sYdJ
>>31
それ見ただけでPSPとプロファイルほしくなった
35:名無しさん@ピンキー
08/04/21 02:52:02 dBKv2VFe
成瀬留美はごく普通の女子高生。
いつもと同じように身支度をして学校へ向かう。
しかしその日の朝は少し憂鬱だった。
たいしたことではないのだが、やたら口の中が粘ついて、異常に気持ち悪いのだ。
「ちゃんと歯磨きしてきたのになあ」
口臭は大丈夫かしらなどと不安を抱えながらも、留美の足は着実に学校へと向かっていった。
校門に着くあたりで後ろから足音が近づいてくる。
「るみたんおっはー」
後ろから声をかけてきたのは同じクラスの美佳。
「ああ美佳、おはよ」
留美がいつものように挨拶した瞬間、美佳の表情が曇る。
「美佳?どうしたの?」
「う、ううん、なんでもないよ。じゃ、あたし先行ってるね」
いったいどうしたんだろう。いつもならここで合流して一緒に教室まで行くのに。
美佳の挙動に不安を抱きつつ、留美は教室へと向かった。
36:名無しさん@ピンキー
08/04/21 02:54:59 dBKv2VFe
教室につくと、親友の麻子がニコニコしながら声をかけてくれる。
「留美おはよー。今日はいいお天気だね」
麻子の笑顔を見るとホッとする。
「おはよう麻子。いやあ実は今日朝から少し憂鬱でさあ」
しかし留美がしゃべり始めた瞬間、麻子は眉間にしわを寄せ、露骨に怪訝な表情を浮かべる。
さすがに留美も腹が立った。なにこのリアクションは!
「なによ、私なにか悪いことでも言った?」
留美の問い詰めに対し、麻子は遠慮がちに答える。
「留美、あの、親友だから言うんだけど、今日、口すっごく臭いよ・・」
「えっ?」
「敬太君に気付かれる前に、はいこれ、ガムあげる」
麻子に指摘され、恥ずかしいやらありがたいやら
。なんだかよくわからない感情が込み上げて留美は泣きそうになった。
「麻子・・ごめん、ありがとう」
「ううん、早く気付いてよかったね」
始業のベルが鳴り、麻子がトタトタと自分の席に戻る。
留美は泣きたい気持ちを押さえて、ガムを口にほうり込んだ。
37:名無しさん@ピンキー
08/04/21 04:55:40 dBKv2VFe
朝のホームルームが始まり、先生がいろいろと話しているが
留美の耳に先生の声は一切入らなかった。
親友とはいえ、あんなことを指摘されるなんて!
留美はこれでも学年の中ではかわいい方で、よく告白もされていた。
だからというわけではないが、身嗜みにも人一倍気をつけていたつもりだった。
それなのに・・。
麻子が気付いてくれたからまだ良かったものの、
男子と話していたら・・想像しただけで恐ろしい。
ああもう忘れよ忘れよ!無理矢理自分に言い聞かせ、
留美は麻子にもらったガムを紙に包んでポケットに入れた。
ホームルームのあとはすぐに現国の授業が始まった。
担任の藤川先生が担当の教科だから、休み時間をはさまないで引き続き始まってしまう。
留美がガムを食べたあとも、口の中のねばねばは治らなかった。
むしろ朝よりひどくなった気がする。
唾液を何度も飲み込んだが、すぐにねばねばした唾液が口の中を支配する。
舌にも唾液が絡み付くので、振りほどくようにしてせわしなく舌を動かし続ける。
口の中が気になって気になって、留美は舌で口の中を探り回すことに夢中になっていた。
38:名無しさん@ピンキー
08/04/21 05:14:08 dBKv2VFe
「じゃあ今日から新しいとこに入ります。それじゃあ最初は成瀬さんに読んでもらおうかな。成瀬さん」
「は、はい!」
突然指されて留美は思わずびくっとした。やばい授業に集中しないと。
留美は教科書を持ってゆっくりと立ち上がる。
「103ページの頭からね」
こんな日に限って・・・。留美は渋々教科書を読み始めた。
「ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと覚めてみると」
読み始めたものの口の中がねちゃねちゃするため、声といっしょにぴちゃぴちゃという音が漏れてしまう。
それになんだかすごくしゃべりにくい・・・。
「ベ、ベッドの中で自分のひゅ、ひゅがたが、一匹のとてつもなく大きな毒虫に変わってひまっているのにひがついた」
「はい、そこまででいいですよ。この冒頭はね、非常に有名で・・・」
よかった、思った以上に短くて。留美はホッと肩を撫で下ろした。
しかし、なんだかすごく読みづらかった。まるで舌が長くなってしまったような、そんな感覚・・・。
「(まさかね・・・)」
留美は自分の馬鹿な考えを否定したくて、口の中で舌を動かしてみた。
39:名無しさん@ピンキー
08/04/21 22:32:52 dBKv2VFe
しかしやはり舌が口の中を占める割合が大きくなっているような気がする。
「(まさか、ほんとに・・?)」
それは紛れも無く、自分の舌が伸びているとしか思えない感触だった。
今まで普通に収まっていた口の中が、少し狭く感じる。
「(やだ・・・やだ・・・やだ気持ち悪いいい)」
しかし気持ち悪いという感情とは裏腹に、まるで気持ち悪さを確認するように、
留美は口の中で舌を動かし続けた。
不安を取り除きたいという感情が留美の舌を激しく暴れさせる。
口の中をのたうち回る留美の舌は、動くことで次第に長くなっているようだった。
「(なんか・・・窮屈・・!)」
ついに収まりきれなくなった留美の舌が唇の間からにゅるりと顔を出す。
「(やだ!みんなにみられちゃう)」
しかしどんなに引っ込めようとしても、一旦外に出た開放感からか
舌は引っ込まない。むしろ口の外に出たことでかなり楽になった。
舌は外に出てからも少しずつ伸びてきて、じわじわと下に垂れ下がっていく。
舌の先からは粘性の高い唾液がボトンと落ち、机から数本の糸を引く。
「(ひいいい助けて!お願いだから見ないで!)」
留美はパニックになり涙を流しながらも、周りに気付かれないように教科書で顔を隠していた。
40:名無しさん@ピンキー
08/04/21 23:19:37 cJh58Zvm
ちょ、投稿間隔長すぎwww
支援支援
41:名無しさん@ピンキー
08/04/21 23:34:19 j6SyZsN2
つ、続きが気になるぅぅぅうううぅぅぅ!!
書きだめてくだしあ
42:名無しさん@ピンキー
08/04/21 23:50:38 BSLL3kU0
カフカ!カフカ!
43:名無しさん@ピンキー
08/04/21 23:56:48 9TOBDnzS
なんという焦らしプレイw
44:名無しさん@ピンキー
08/04/22 00:35:37 l1OZcVEH
「留美?どうした?具合でも悪い?」
隣の席の美佳が小声で話しかけてきた。
「(ひっ)」
どうしよう。今の状態でまともにしゃべれるわけがない。
「なんなら保健室連れてってあげようか?私もさぼれるしぃ」
そんな呑気なことを言ってる場合ではない。とにかくこのままじゃ顔を見られてしまう。
おしゃべりな美佳なんかに知られたら一巻の終わりだ。
なんとかこの場から離れないと。
先生が何かしゃべっている途中だったが留美は教科書で顔を隠したまま勢いよく立ち上がった。
「な、成瀬さん?どうしたの?」
「・・・・・」
「気分でも悪いの?」
ここぞとばかりに首を縦に振る。
「わかったわ。じゃあ保健室に行きなさい。一人で行けるわね?」
コクコクと首を縦に振る。もちろん顔を隠したまま。
美佳が横で「ちぇっ」と言ったのが聞こえたがそんなの知ったことじゃない。
留美はすばやく教室の扉まで行き、無事教室を出ることに成功した。
教科書はすでに留美の唾液でぐしょぐしょに濡れていた。
45:名無しさん@ピンキー
08/04/22 00:43:01 l1OZcVEH
「(とにかく鏡!鏡を見なきゃ)」
周りに誰もいないのを確認して女子トイレへ向かう。
留美は今自分がどんな姿になっているか、早く確認したくてしょうがなかった。
ひょっとしたらこれは勘違いで、鏡を見たら舌なんかのびてなくて
いつもの自分の姿が映るかもしれない。いや、そうに決まってる。
そしたらすぐに教室に戻って、麻子に笑ってこのことを話してやろう。
そんなことを思いながら、留美はいつも利用するトイレへ入り、鏡の前に立った。
しかし、目の前の鏡が映し出したのは
間違いなく口から長い舌を覗かせた留美の姿だった。
形のよい唇の間から伸びた舌はだらしなく留美の顎の先まで伸び、
舌の先からは透明のよだれが床に向かってだらだら落ちていた。
ちょっと力を入れると、留美の舌はまるで生きているように先端をもたげ、
留美の頬や眉間をぺちんぺちんと叩いた。
留美はしばらく鏡の中で舌をぎこちなく動かす自分の姿を呆然と見ていたが、
少しずつ頭が働いてきたようで、目からぽろぽろと涙が溢れてきた。
46:名無しさん@ピンキー
08/04/22 00:55:38 l1OZcVEH
「ううううう、うえっ」
鳴咽まじりに泣くものの、鏡の中の留美の姿はなかなか滑稽であり、
なんだか自分の姿が情けなく見えて、同時に笑いも込み上げてきた。
「(うううう、もうやだあ・・・)」
泣きながらも引きつった笑顔を見せる鏡の中の自分。これからどうしよう。
とにかく家に帰ろう。とりあえず帰ってお母さんにだけ打ち明けよう。
こんな姿他人には見せられない。
留美は周りに見られないよう注意しながら学校を後にした。
すみません書きだめしてから書き込むべきでした。
今のところここまでしかないので書きためるまで中断します。
申し訳ないです。
47:名無しさん@ピンキー
08/04/22 00:59:59 nSjpGNKd
超乙!
なまなましくて大好きですw
続き楽しみだぜ!
48:名無しさん@ピンキー
08/04/22 01:29:21 g1JQrJ0R
GJ!ここまでの感想が大いにあるのだけれど、書きづらく思わせかねないので書かないでおきます。
続きが楽しみです。
49:名無しさん@ピンキー
08/04/22 14:03:03 l1OZcVEH
北見麻子は留美を心配していた。小学校の頃からの付き合いだが、
留美がこんな風に保健室に行くことなんて今まで一度も無かった。
まさか朝自分が口が臭いと言ったのを気にしているのだろうか?
一時間目が終わっても、麻子はくよくよ悩んでいた。
「そうそう!留美さあ、今朝めっちゃ口が臭かったの!
納豆?そんなレベルじゃないって!」
女友達三人の前で大声でじゃべっているのは美佳だった。その声は
ふさぎ込んでた(?)麻子の耳にも届いた。
「あれは間違いなくどっか悪いって。私さあ、勘だけはいいんだー」
女友達もギャハハと笑い声を立てる。
普段はおとなしい麻子もこれには黙っていられなかった。
50:名無しさん@ピンキー
08/04/22 14:05:56 l1OZcVEH
「美佳ちゃん、そういうことは言わないであげて。留美傷つくと思うから・・」
麻子に注意されたことがない美佳は少し面食らったが、すぐに立ち直った様子で、
「ごめん!麻子の気持ちも考えずに私余計なこと」
「いや、私は別に・・」
「麻子は留美のこと好きなんだもんね。それってやっぱり女同士の深い愛ってやつ・・」
「そんなんじゃないったら!」
麻子の声は震えていた。
「ちょ、ちょっと怒らなくてもいいじゃん。冗談なんだからさあ」
美佳にしてみればほんとに冗談のつもりだったが
麻子はスカートをぎゅっと握りしめ、目には涙をためている。
「わ、悪かったわよ、もー言わない。ね?これでいいんでしょ?」
「・・・・」
麻子はくるっと回れ右をして席についた。今の一件でクラス中が麻子に注目している。
机に突っ伏して麻子は思った。
あーあ、今日はほんとについてないや・・。
51:名無しさん@ピンキー
08/04/22 14:23:22 l1OZcVEH
「はっはっはっはっ」
まるで犬がエサを欲しがるような息遣いで留美は家へと走った。
口が開いたままなので、いやでもこうなる。
舌が風になびいてまるで本当に犬みたいだ。
そんな風に考えるとまたしょっぱい涙が鼻をつんとさせる。
留美は早く家に帰って母の胸で思いっきり泣きたかった。
そこの角を曲がって坂を上がれば留美の家だ。
玄関の前で靴を脱ぐような安心感が留美の心に広がる。
が、次の瞬間思わぬ衝撃に見舞われた。
「あうっ!」
ちょうど死角になったとこで何かにぶつかり、留美は後ろに尻餅をついた。
「うううう?」
「すみません!大丈夫ですか?」
男の人の声。やばい!見られた!?
相手の男は留美に手を差し延べているようだ。しかし顔を見せるわけにはいかない。
「ひゅいやひぇん!ひゃいよぶへふはあ!」
自分でも無意識のうちに何かしゃべってしまったようだが
顔さえ見られなければ問題ない。
留美は男の手を借りずよたよたと立ち上がり、片手で口元を隠すようにし、そのまま走っていった。
男はさっきぶつかった女の子の走っていく後ろ姿に見覚えがあった。あれは多分・・。
「成瀬・・?」
多分、てか絶対そうだ、間違いない。
向井敬太は制服のほこりを掃いながら思った。
でもなんか口から変なものがぶら下がってたような・・。
52:名無しさん@ピンキー
08/04/22 14:38:20 l1OZcVEH
坂を駆け上がり、ついに我が家の前までたどり着いた。ここまでくればもう安心だ。
留美は母にはこの顔を見せられると思っていたが、いざ家の前に立つと
少し躊躇した。いくら母とはいえびっくりするだろう。
しかしこんな問題を一人で抱え込むのはやっぱり無理だ。留美はドアの鍵を開けた。
「おああさん?おああさあん」
家の中に誰もいない。裏口にもキッチンにも。おかしいな。
泣く準備は出来てるのに肩透かしを食らい、留美は少し冷静になった。
食卓に行くと目立つように手紙が置いてあった。手紙にはこう書かれている。
留美へ さっき突然田舎のおじいちゃんが倒れたと連絡があったので
お母さんはしばらく手伝いに行ってきます。ご飯は適当に食べててください。
ごめんね。母より
嘘でしょ・・・留美は思わず笑ってしまった。いてほしいときにいないんだから。
留美は母親と二人暮しだった。
しかし祖父も一人暮らしであるため、何かあったとき
母はすぐに祖父を手伝いに行くのだった。
留美はどっと疲れてしまい、制服のまま自分の部屋のベッドにばたんと横になった。
舌は相変わらず自分の視界に入るくらい長い。口の中に入れると窮屈なので
やっぱり出しておく方が楽だ。
私はどうなってしまうのだろう。
ベッドの上でまどろんでいると、意識が薄れていく。気持ちいい。
留美はゆっくり目を閉じた。
53:名無しさん@ピンキー
08/04/22 17:35:50 l1OZcVEH
昼休み、麻子は保健室を覗いた。理由はもちろん、
「失礼します。成瀬さんのお見舞いに来ました~」
保険の先生が顔を出す。若い小柄な男の先生だ。
「成瀬さん?今日はここには来てないけど」
「え?でも一時間目からいないんですよ」
「おかしいな、君3年A組だよね。ちょっと藤川先生に確認するから待ってて」
スリッパの音を派手に立てながら保険の先生は職員室に向かっていった。
いったい留美はどこに行ったんだろう。まさか自殺?!どうしよう、
そんなことになったら私・・!
麻子はあんなこと言わなきゃよかったと心の底から後悔した。
54:名無しさん@ピンキー
08/04/22 17:39:56 l1OZcVEH
麻子は午後の授業が全く手につかなかった。
考えれば考えるほど自分の愚かさが悔やまれる。
帰りのホームルームが始まり、藤川先生が教室に入ってくる。
藤川も少し青い顔をしていた。
「えー、成瀬さんが今日の一時間目に保健室に行くと言ったっきり
いなくなってしまいました。御自宅にも電話したんですが、連絡がとれません。
何か知ってる人はいない?」
教室中を沈黙が包み込む。
麻子も祈るように手を組んだ。
「俺、知ってますよ」
後ろの方で誰かが言った。敬太だった。
「本当に?成瀬さんはどこなの?」
「ああ、学校に来る途中すれ違ったんですよ。
俺、遅刻しちゃったから、ちょうどばったりね」
「成瀬さん何か言ってなかった?」
「そういえば、気分が悪いから早退したとか言ってたかなあ。
あと、このこと先生に伝えといてとか言ってたっけ」
「そんな大事なこと、なんで教えてくれなかったの?!」
「なんでかな。忘れてました」
教室中にどっと笑い声が上がる。
「もう!じゃあ家に帰ったのね。よかった!」
藤川は心から安心したようだった。
麻子は安心感からか机に突っ伏して泣いてしまった。
敬太は男友達と小突きあったりして一緒に笑っていた。
55:名無しさん@ピンキー
08/04/22 17:46:24 l1OZcVEH
ピンポーン
やっぱり出ないよ・・。
敬太があんな風に言っていたものののやっぱり心配で、麻子は留美の家まで来てしまった。
今考えるとあんなことで自殺するわけないとわかってるのに
さっきはそう思い込んでた。
自分の頭の悪さに腹が立つ。
寝てるのかな。寝てたら悪いし、今日は帰ろう。
麻子はくるっと向きを変えると、向こうから歩いてくる人と目が合った。敬太だった。
「あ、向井君」
「おう、北見、成瀬のお見舞いか?」
「うん、でもなんだか寝てるみたいだから、これから帰るとこ」
「そっか、残念だったな」
「うん。でも留美、今朝北見君に会わなかったら
どうやって早退のこと伝えるつもりだったんだろうね。
北見君に会ってなかったらずっと行方不明のままだよ」
えへへ、と冗談っぽく笑いながら麻子は言った。
「ああ、あれ、嘘」
「へ?」
「会ったのは本当。でもなんかかばんも持ってないし様子が変でさ、
学校行ったら案の定行方不明だろ。
だから俺、ついあんな出まかせ言っちゃったんだ」
56:名無しさん@ピンキー
08/04/22 17:51:25 l1OZcVEH
「え、じゃあその通りに言えばよかったんじゃ・・」
「まあそうなんだけど、俺だってなんの理由もなく学校ふけることあるし、
なんか言わない方がいい気がしたんだ。
ま、北見にだけは正直に言ったんだから許してくれよな」
敬太はおおげさに手を合わせて謝る恰好をした。
「うん、ありがとね、話してくれて・・」
じゃあ留美は何も言わず帰っちゃったってことか。いったい何があったんだろう。
「ところでさ、せっかくこんなとこで会ったんだし、どっかお茶でも飲みに行こうぜ」
「え、私と?」
「北見以外に誰がいんだよ」
「ええ?でも、わわ悪いけど、私寄るとこあるから、か帰らなきゃ」
「そっか、じゃあしょうがないな」
「うん!ごめん、また明日ね!」
麻子は手を振りながらすごい勢いで走っていってしまった。
はあ。敬太は一人ため息をついた。もっとうまい断り方なかったのかよ。
より一層大きなため息をつきながら敬太もその場を後にした。
57:名無しさん@ピンキー
08/04/22 17:54:54 l1OZcVEH
>>55
麻子の台詞で苗字間違えたorz
北見は麻子で向井は敬太ですorz
58:名無しさん@ピンキー
08/04/22 18:01:32 l1OZcVEH
「(ううん・・すっかり寝ちゃった)」
留美が目を覚ますとあたりは真っ暗だった。目覚ましに目をやるともう夜の9時だ。
そうだ、私授業の途中で家に帰ってきちゃってそれで・・・。
舌の感覚はあのままだ。寝起きで口が異常なほどねちゃねちゃしてる。
「(水・・・)」
留美はキッチンに行こうと体を起こすが、体が異様にだるく感じる。
それでもなんとかキッチンまでたどり着き、水で口をゆすぐ。
まだ頭はボーっとしている。
また部屋に戻ってもう少し休もう。
フラフラと歩きながら、部屋に向かう。しかしその途中、
大きな姿見が、留美の姿を一瞬だけ映した。
あれ、今何か光った?暗闇の中でよくわからないが、何かが光ったように見えた。
留美はゆっくりとその姿見の前に立ってみる。
59:名無しさん@ピンキー
08/04/22 18:04:21 l1OZcVEH
「ナニ・・・コレ・・」
姿見に映る留美の目が金色の光を放っていた。
まるで野性の狼のようにギラギラと輝いている。
留美は鏡に近づいてコンタクトレンズでも入っているんじゃないかと思って
指で目を押し開けて見開いてみたが、やはり眼球自体が金色になっているようだった。
真ん中の瞳の部分は黒だが、それが一層際だって怖い。
留美は大きな黒目がちの目が自分のチャームポイントだと思っていたし
一番好きな部分だった。それがこんな不気味な色に変わってしまうなんて・・。
それにさっきからなんだかまた口元にに違和感を感じる。
さっきとは違う別の・・まさか。
留美は口を大きく開いてみた。すると犬歯が鋭く伸び、まるで牙のように白く光る。
「(なによこれ・・!牙まで生えかけてきてる・・)」
鏡の中の留美が目を輝かせ舌をべろりと舐めずる。まるで獲物を欲しがるように。
「きゃあああああ!」
とにかく早く部屋に戻って寝よう。寝れば全て忘れられるかもしれない。
留美は逃げるようにして自分の部屋にもどり、布団にもぐり込んだ。
布団の中で留美はガタガタ震えていた。怖い。自分の姿が。
これから自分がどうなってしまうのかが。
ドクン
留美の心臓が大きく鳴った。
ドクン
それは何かが始まる合図のように体全体に響き渡った。
続く
60:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:25:54 eA4NYnes
ああ気持ち良かった!
お風呂から上がったばかりの麻子はバスタオルで髪を拭きながら
自分の部屋に戻る。今日はなんだかいろいろあったけど、お風呂に入れば
どうでもよくなってきちゃう。
でもさっきの帰り際、敬太君が私を誘ってくれたの、あれはどういう意味だろう。
まさかデ、デーt?いやいやいやまさか、ね。
留美みたいなかわいい子ならともかく、
私みたいなのを好きになってくれる男の子がいるはずないもん。
麻子は背が低く、クラスでも地味な存在だった。
小学校の頃からいじめに遭ってきたが、唯一優しくしてくれたのが留美だった。
留美がいなかったら今頃生きていなかったかもしれない。ときどき麻子はそう思う。
でも今日、敬太君が私を誘ってくれた。あれは夢じゃないよね?
あれから何度も思い出してニヤニヤしてしまう。
でも敬太君は留美の好きな男の子。私が好きになるわけにはいかない。
そう思い直して、結局解決してしまうのだった。
たーらららったらららった♪
メールだ。しかしこんな時間にメールが来るなんてめずらしい。誰からだろう。
時計の針は11時を指していた。
61:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:28:11 eA4NYnes
「はぁ、はぁ、はぁ!」
夜の道を麻子は全力で走った。
メールは留美からだった。
「助けて、麻子、お願い」
それだけ書かれてあった。留美!今度は私が守る番!
留美の家の前まで来たが全然電気がついてない。やはり何かおかしい。
麻子は恐る恐る玄関のドアに手をかけた。開いてる。
「留美、いる?」
電気のついていない留美の家は予想以上に不気味で、今すぐ逃げ出したかった。
「る、留美ー!どこなの?」
ひょっとしたら留美はもういなくて、別の誰かが・・だとしたら
こんな風に声出したらバレバレじゃない・・!
麻子は怖くて一歩も進むことが出来なくなった。
「る、るみぃ・・・」
「ここよ」
突然後ろから声がして麻子は跳びあがった。びっくりしすぎて声もうまくでない。
「る、留美なの?」
「そうよ、麻子、来てくれてありがとう」
間違いなく留美の声だ。麻子はゆっくり振り返った。
暗くてよくわからないがそこには確かに留美のシルエットがあった。
「もうー怖かったんだからあ!」
麻子は留美に抱き着く。よかった、無事だ。
でもこの感触、留美まさか、
「裸?」
「そうよ」
「なんで?」
「なんでだと思う?」
「まさか、レイプされたとか」
「ううん」
「じゃあなんで・・・」
62:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:30:18 eA4NYnes
「えっ?留美、なにこれ・・」
落ち着いて見てみると留美の体は何かの液体にコーティングされたように
ぬらぬらと光っている。暗闇だからよく見えないが、
すごく女性らしいしなやかなシルエットを映し出していた。
まるでいつもの留美じゃないみたい・・・。
「ねえ、なんでそんなに体がベタベタしてるの?」
「さあ、なんでだろう」
留美の喋り方はまるでうわの空。
「メールくれたのはなぜ?」
「どうしても会いたくなったから」
なんだかすごく怖くなって麻子は無意識のうちにあとずさりしていた。
「今日早退したのはなぜ?」
「さあ、なんでだったっけ」
「ちゃんと答えて!」
「・・・・」
あとずさりする麻子にずいずい迫ってくる留美。
「ねえ麻子、今日私朝から変だったの」
「えっ?」
「口はベタベタするし舌は伸びるし、目の色は変わるし牙は生えるし」
何のことを言ってるの?そもそもこれは留美なの?麻子はわけがかわらなくなった。
63:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:32:21 eA4NYnes
「そのあとがねぇ、もっと大変だったんだよ。どうなったと思う?」
留美の腕が麻子の肩をつかむ。
「痛いよ!留美離して!」
いつもの優しい留美じゃない。どんなに振りほどこうとしてもびくともしない。
「まず体からすごく力が沸いて来るの。体つきも少し変わったみたい」
女性らしい体つきではあるが、よく見るとしなやかな筋肉が盛り上がり、
体全体に無数の細い血管が走っている。
「ひ・・・い・・やめ・・」
「それからねえ、見てこれ」
留美は片手を麻子の目の前に差し出した。
「手の形が変化したの。指が長くなってほら、爪もこんなに鋭く・・・きれいでしょ。
でも指の本数は減っちゃった」
「いやあ!見たくない!」
「足の指だってそうよ。それから、体全体を包むこの液体はね、
ふふっ全部私のよだれなの」
「いやっそんなの聞きたくない!」
「いいニオイでしょ?誰かさんはすっっごく臭いって言ってたけど」
顔は影になって見えないが、留美の目がにまあと笑ったのがわかった。
64:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:34:41 eA4NYnes
「そして一番変わってしまったのはこの顔。見たいでしょう?」
「いや!もう離して!」
「ほら、よく見て。あさこぉ・・・」
近くに寄った留美の顔を麻子は無理矢理見せられた。
「・・・うそ・・!その顔・・・本当に留美なの?」
もはやその顔は留美ではなかった。
例えるなら・・悪魔・・。
眉間に深いしわを刻み、金色の目が奥の方でらんらんと光っている。
口からはグロテスクな舌が縦横無尽に動き回り、湯気と悪臭を放ち続ける。
形のよかった鼻はまるで魔女のような大きな鷲鼻になってしまっていた。
めくれ上がった唇から除く歯は真っ黒に変色し、
まるで牙のように鋭く形を変えている。
しかし声だけは紛れも無く留美のもので、姿と声のギャップがなんとも不気味だった。
「どう?これが私の新しい顔・・・美しいでしょう?」
留美の狂った声に麻子は戦慄を覚えた。
65:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:37:08 eA4NYnes
「最初はねえ、うまく喋れなかったの。でも麻子が来るから練習したんだよぉ」
「そんな・・・留美、嘘でしょ・・」
「それにこの顔になったときはショックで死にたかった。
でもすぐに考え方も変わったの。こんな素敵な姿になれたんだから当然よね。
それにね、まだ変身は終わってないの。ほら、ここも変わろうとしてる!」
留美が長くなった人差し指で自分の乳首を指差した。
「あっあっあっふあああ!」
留美が大きく絶叫すると、人間のままだった乳首の先がプッと割れ、
中から白い液を吹き出しながら勢いよく突起のようなものが飛び出した。
「あっああっ!気持ちいい~!」
変化が起きた後もしばらく留美は喘ぎ続けた。
目の前の惨状に麻子は呆然としていたが、しばらくして我に返った。
「(は、早く逃げなきゃ・・)」
留美がぐったりしているうちに麻子は四つん這いで玄関へとはっていった。
これは夢だ、ここを出れば夢も覚めるはず!
麻子は必死で玄関に向かった。しかし
「ドコイクノ?」
耳のすぐ後ろで留美のよく通る声がした。
「アサコハマダカエレナイヨ?」
サーッと血の気が引くのがわかる。
「いやあああああああ!!」
麻子は絶叫すると、その場で気を失ってしまった。
66:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:41:57 eA4NYnes
「う、ううん?」
麻子が目覚めると、そこは留美の部屋のベッドだった。
そうだ!私留美と戦ってて(?)それで・・・。
「目が覚めた?」
後ろで留美の声がした。恐る恐る振り返ると、
やっぱり化け物バージョンの留美が立っていた。
「ひいいい助けて!」
「待って!怖がらないで!麻子、私の話を聞いて」
留美の声はさっきと違って優しい感じがした。
「怖い思いさせてごめんなさい。私ね、身体が変化すると共に
いろいろ考え方も変わっちゃったの。
きっと身体が人間じゃなくなったから、考えも人間じゃなくなったのね」
「留美・・・」
「最初は怖くて怖くて仕方なかった。でも時間が経つにつれて、
これは自然なことだって思うようになった。私ね、今麻子のこと、
すごく私のものにしたいって思ってる。
それが多分この生き物の素直な欲求なんだと思う。
オスとかメスとか関係なく、今の麻子が好きなの」
「留美・・・」
留美の話に、麻子は胸が痛くなった。
67:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:43:32 eA4NYnes
「ううん、今の聞いてわかった。留美は留美のまま。そんな姿になっても、中身は全然変わってないね」
「麻子・・・」
「留美は私がいじめられてたとき助けてくれた。私あのときすごくうれしかった。
今の留美もそのときと同じで、すごく真っすぐで、全然変わってないよ」
「・・・・・」
留美は怖い顔のままぐずぐずと泣き始めた。
「泣くことないじゃない!そんな顔で泣いても怖いだけだよ」
「うん・・・」
留美はコクンとうなずいた。しばらく沈黙が続いたあと、麻子は静かに言った。
「私、留美のものにならなってあげてもいいよ」
終り
68:名無しさん@ピンキー
08/04/23 02:54:41 eA4NYnes
とりあえず終わります。小学生のような文章で言葉遣いも変ですみません。
変身とは関係ないとこも多くイライラした方もいらっしゃるでしょう。
本当はこれから麻子が留美の影響で少しずつ妖艶な女性に変身し
敬太などを巻き込みドロドロな関係に・・・みたいなのを妄想してたのですが
自分の文章力ではとても表現できないと思ったので諦めます。
読んで下さった方本当にありがとうございました。
69:名無しさん@ピンキー
08/04/23 08:04:04 Ilg4ZcNh
>>68
GJ!
ねばつく唾液や臭いといった不快感をあおる表現や、公衆の中で変身が継続される残酷さと焦燥が素敵。
悪堕ちしないで意識を再起させた展開も、自分は変身に変身者の感情を醍醐味として求めるんで楽しめた。
文書力も謙遜する以上にあると思う。自然に読めたし、板的にもあんまりごってりしてるより良い。
確かに展開としては無駄があったかもしれないね。
速筆で読者としては嬉しいのだけれど、一日おいてから文章を検討し直すと良いかも。
今後の作品も楽しみにしてます。
70:名無しさん@ピンキー
08/04/23 10:11:32 uMpxT9+I
>>68
話自体は面白し、文体も読みやすいんだけど、留実が人外に変異するのが唐突に始まって、
その変異を自分で勝手に納得しているのに、オレは違和感を感じる
例えば、魔界で戦って破れた魔物(ケルベロス等)の身体の一部が人間界に落ちてきて、
拾う若しくは知らずに食べるとかする事で変異が始まって、力(魔力でも身体的な力でも良い)を
振るうことの快感、或いは性的な快楽によって「人外」への変異を望みそれを受け入るとか…
71:名無しさん@ピンキー
08/04/23 23:06:33 /8AmpS2l
要約すると俺の好みの展開じゃなきゃ糞!
俺のリクエスト通りに書きやがれ!
ってことですね!?
72:名無しさん@ピンキー
08/04/24 01:20:33 9kmULkfE
>>71
納得するかしないかは好みとは別でしょ。煽るにもスマートなやり方があるんじゃない?
少なくとも>>70の言ってることも一理あるように思える。俺は全然気にならなかったけど。
73:名無しさん@ピンキー
08/04/24 01:43:02 0JGpLkbv
スマートじゃない指摘にスマートな煽りは必要ないよw
74:名無しさん@ピンキー
08/04/24 12:19:54 Ib6xABQj
獣化スレの件といい、なんか自称評論家が居付いてないか?
SSは自分の思い通りでなきゃって妄想持ちが
75:名無しさん@ピンキー
08/04/24 12:52:13 GKXNQAY3
獣化スレのはシチュエーションではなく技術面に対するツッコミが多いのでまた違うと思うが
>>70は「例えば」で挙げてる例がやたら具体的かつ限定的なのでリクエストっぽく感じるんだと思うw
76:名無しさん@ピンキー
08/04/24 17:26:01 9kmULkfE
書き手としては読んでもらったってわかる分、ただGJされるより嬉しい。
>>68じゃないし人それぞれだけど。
77:名無しさん@ピンキー
08/04/25 15:24:45 LwldoL9d
>>68ですけど僕自信ほんとは精神的にも変身していく過程が大好きなんですけど
実際書こうとすると難しく、あんな形にしてしまいました
78:名無しさん@ピンキー
08/04/26 11:27:58 X/C9VOFn
SSの投下が無いせいか、ずいぶんと引っ張っているね。
要は 起承転結 が在った方が良いよと言うことなんでしょ
きっと
79:名無しさん@ピンキー
08/04/26 19:12:03 O8Lcxtbc
今頃なんですが、新スレ乙です!今SS二本まとめ読みしました
>>3-12 clown様
今回はエロエロですね!全開で揺れまくる乙女心が素敵でした。
>>35-68 >>68様
>>69様の指摘通り、口臭とか鷲鼻とかかなりイヤなアイテムを効果的に使っているのが
新鮮でした。ここまでやるか、みたいな。女の子が可愛らしいので、うまくバランスが
とれてる感じですね。
>>70様の指摘、好みは別れますし、設定に凝る話はそれはそれで好きなんですが、
なんの理屈もなくいきなり異形化するというのは、かえって恐い上に世界観を狭めなくて、
自分はアリかなと思いました。
(ひょっとして>>38の小説はそれに対する作者の自己注釈かな、などと思ったり…)
何になるのかすら全然予想できない怖さがよかったです
続編または新作も是非読んでみたいと思いました
80:名無しさん@ピンキー
08/05/01 16:01:08 Ea4msbU8
ほしゅ
81:名無しさん@ピンキー
08/05/05 05:30:49 ohjZQPPc
ほしゅ蛇
82:名無しさん@ピンキー
08/05/06 20:54:01 vu8RrZgr
ほしゅ豚化
83:名無しさん@ピンキー
08/05/08 15:36:08 FkVuqhpW
ほしゅ山犬
84:名無しさん@ピンキー
08/05/08 15:38:05 szwfP7DY
居着いた結果がこれだよ
85:名無しさん@ピンキー
08/05/08 21:28:26 JVi4gi6D
作品が投下されない、って結果?
86:名無しさん@ピンキー
08/05/08 22:25:27 hHxHM5WC
前スレが埋め中で?案外と盛況だったりする
あっちが埋まったらこっちに来るんじゃないかな
87:名無しさん@ピンキー
08/05/11 22:47:12 FuJcdSIg
保守
88:名無しさん@ピンキー
08/05/15 15:24:10 +PLiaUxv
ほしゅ
89:名無しさん@ピンキー
08/05/17 12:12:03 AeJbhREd
保守代わりに雑談
前スレ602の
「宇宙人、ていうのもありですかね
グレイタイプ(ただし女性的なラインは維持)とか、
緑や青の皮膚になるとか 」
とかいうのはいいな、と思ったんですがもしかしてスレ違いでしょうか?
別にこういうのの投下を期待してるわけではないですけど・・・。
90:名無しさん@ピンキー
08/05/17 18:52:08 XJj9IkpQ
>>89
>ただし女性的なラインは維持
多分、この辺がスレ違いというかウケ良くないんだと思う。
要は人間ぽい体つきって事でしょ?
このスレ的にはもっと容赦なくTFして欲しいんじゃないかなぁ。
91:名無しさん@ピンキー
08/05/17 19:35:33 /4fPe80U
いやいや、女性的なボディラインは許容範囲ですが
俺は顔重視なので顔が変わってくれればそれで(ry
92:名無しさん@ピンキー
08/05/17 22:05:57 fHheNur8
けどやっぱり
多脚の方が変身した!って気がするかも。
いやあくまでも私の意見ですが
93:名無しさん@ピンキー
08/05/18 01:31:52 4EyigiQk
変身する物よりも変身していく過程、描写と
心の変化が分かる事が分かれば何でもおk
と個人的には思ってる
94:名無しさん@ピンキー
08/05/18 19:43:45 9gfhzsIE
保守
95:名無しさん@ピンキー
08/05/20 07:43:51 7RNnfCHO
ほしゅ
96:名無しさん@ピンキー
08/05/22 00:57:36 0+khvQDF
ほしゅ
97:名無しさん@ピンキー
08/05/24 07:49:09 i4kGnkAu
保守でのみ進行するスレ
98: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:43:54 OV1BTzi+
新しいものを書きましたので、数日に分けて投下いたします。
タイトルは長すぎるということなので、ここに。
『アガレスは慈悲深く、なれど尊厳を破壊する』です。
99: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:44:34 OV1BTzi+
第一章……一日目
「リネット王女、ご機嫌麗しゅう。我が名はアガレス。変化の公爵」
目の前にいる美しい女は、そう名乗ってわたしに笑いかけた。
異形の存在だった。
鰐の背に乗り、肩には鷹を止まらせている。緑の衣を身に纏い、片足を淫らにも
剥き出しにしている。王宮で魔道師に教わった通りの姿をしていた。
顔立ちには非の打ちどころなく、真っ当な装束で着飾れば、王室の舞踏会に現れても
不思議でない気品を備えている。年の頃は兄上と同じくらい。二人を並べれば、
似合いの美男美女と取り沙汰されてもおかしくなさそうである。
なのにそこには何か、人を怖気立たせる瘴気のようなものが漂っていた。
魔族の大立者アガレスともなれば、それも無理はない。戦いにおいては地震を起こす
ほどの強力な魔力を誇り、言葉を巧みに操っては人々の尊厳を破壊するという。
なぜか慈悲深いという言い伝えもあるそうだが、悪魔の慈悲などまやかしに過ぎまい。
恐怖に萎えそうになっている心を強いて奮い立たせ、常と変わらぬ態度を取ろうと
努めた。王女たるもの、気品を失うことなどあってはならない。
「これは夢、ですね」
わたしとアガレスを取り巻くのは無明の闇。踏みしめる大地も仰ぐべき天もない。今
わたしが着ているのは、今日の式典用に誂えていたドレスだが、その後の騒動で埃や
泥にまみれたはずのそれは、最初に袖を通した時と変わらない美しさを保っている。
「いかにも。いちいちそちらへ足を運ぶのは、ぶっちゃけ七面倒臭いので」
終わりの方は俗な言葉過ぎて何を言っているのか定かでないが、言いたいことはおおむね
理解した。
悪魔はそれぞれが各々の領域からあまり遠くへ出ようとしない。それはもちろん人を
警戒してのことではなく、悪魔同士の縄張り意識がひどく強いためであるという。
ゆえに労を惜しんで夢の中で人に働きかけるのはよくあることだと、これも魔道師に
教わったことがある。
100: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:45:15 OV1BTzi+
夢であれば、悪魔の魔力であってもさしたる効果を発揮しないとも聞いた。もとより
王家の一員として無様に怯えるつもりはないが、なおのこと恐れる必要はない。
そこで、わたしは魔族に問いかけた。
「今日の出来事は、あなたの仕業ですか」
「半分正解でございます。貴女様を連れ去りしは、当人がこっ恥ずかしい名乗りを上げた
通りに、魔王ダークエンペラーことマールドラ町の三十四歳独身無職のトム・ブラウン
でありまして、わたくしは彼奴に少々力を与えた上でいささかそそのかしたまでのこと」
アガレスの語った内容は驚くべきことだった。
わたしが暮らすエルスバーグの城に今日突如襲来し、わたしをさらってこの洞窟に
監禁したあの魔王とやらは、実は単なる我が国の辺境の町の住民であり、この悪魔の
手引きを受けたというのか。
「なぜそのようなことを?」
悪魔は人の天敵であり、人を殺し傷つけ苦しめるのが生業のようなものである。しかし
悪魔は人間以上に知性の高い種族でもあり、その行動には合理性があるはず。
それが、わざわざ人間に魔力を与えて暴れさせるとはどういう了見なのか。破壊行為を
働きたいのであれば直接動けば済むものを。
「さて、長くなりますが、ご静聴いただくといたしましょう」
101: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:46:16 OV1BTzi+
「ものには順序がございます。まず手始めにはエルスバーグより遠く離れし大国
ポートスパンの伯爵家ご令嬢オクタヴィア・アルビステギの話から」
「その名前は覚えています」
「左様。彼女はこのエルスバーグを昨年訪れたことがございます。とは言えポートスパン
王家ご息女来訪の折の随身ですから、むしろその名をご記憶なさっているリネット様の
記憶力が優れていると申すべきでしょう」
「つまらぬ世辞などいりません。少し愉快でない出来事があったから覚えていただけの
ことです」
エルスバーグを見下した、無礼な振る舞いの数々。それだけならば耐えもしたが、
世話を任せた女官たちに傷を負わせるに及んで我慢も限界に達し、衆人環視の元であの
思い上がった娘を面罵した。外交問題に発展してもやむなしと思っていたのだが、幸い
ポートスパンの姫君が冷静で賢明な方であったおかげで、ことは速やかに収まった。
結果、オクタヴィア一人が満天下に恥を晒す格好になったわけだ。
「これは失敬。いかにも、あれは不愉快極まりない事件でしたね。わたくしは
オクタヴィアの口から事情を聞きましたが、それでも非は明らかにあのお脳の足りない
小娘にあるとわかりました」
「あなたはオクタヴィアに会ったということですか?」
「はい。それがこの糞ったれな事態すべての発端でして」
アガレスは唇を歪めた。あまりわたしが見たことのない種類の笑み。
「ポートスパン帰国の後、憤懣やるかたないオクタヴィアは先祖伝来の宝物庫の中に
とある品物が入っていることを思い出しました。正確に使用すれば、ある代償と
引き換えに悪魔を呼び出して使役できる杖です」
102: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:47:20 OV1BTzi+
息を詰めて話に聞き入るわたしに対し、アガレスは大袈裟なまでにため息をついて肩を
すくめてみせた。
「要するにこれ、わたくしが大昔にこしらえた罠なんですがね。使い方には一々面倒な
手順があり、呪文詠唱の一言、準備した魔力触媒の品質、召喚の際の手振り一つ、
果ては儀式の日時や場所まで、どれか一つでも指定の作法にのっとっていなけりゃ、
たちまち愚かな召喚術士気取りをとっ捕まえておいしくいただく寸法。それらすべてを
間違えないくらい賢い者なら、代償に差し出すものを惜しむに決まってるから、こんな
杖を使うわけがない。どっちにしろ、わたくしが実際に人間に仕えて労働に励む可能性
なんてこれっぽっちもないはずだったんですけど、ねえ」
「……オクタヴィアは成功したわけですか」
「話が早くて助かります。猿が紙にペンででたらめに書きつけたら抒情詩ができたって
くらい低い確率のはずだったんですが」
「それで、彼女の望みは?」
聞くまでもないことだが、確認せずにはいられない。
「貴女様の破滅。肉体的苦痛と精神的恥辱にまみれた生涯。当然、オクタヴィア本人は
こんな簡潔な物言いはしてないわけですが、長ったらしくてうんざりする恨み節を
要約するとそんなとこです」
アガレスの答えはあまりに予想通りだった。
「ま、こちらとしても代償を確実にいただける契約ですんで。仕事はきっちりやらせて
いただきます」
「……代償、とは?」
「あまり慰めにもならないでしょうが」
アガレスはこれも予想通りの答えを返した。
103: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:48:05 OV1BTzi+
「それにしても落ち着き払っておられる。たとえ安全な夢の中とは言え、悪魔を前にして
こうも平然と話ができる人間はあまりいませんよ。しかもたった今ご自分の破滅を宣言
されたというのに」
「怯え震えて乞い願えば破滅から逃れられるというのなら、いくらでも浅ましい振る舞い
をしてみせますが」
「あいにくそういうわけにもいきません」
悪魔について学ぶ際、アガレスの名は極めて早い段階で教わることとなる。それほどの
存在が、獲物の嘆願や小芝居ごときで己の行動を変えるとは思えなかった。
「それに、心は今日の午後よりすでに、千々に乱れております。城壁や王宮が破壊され、
多くの人が傷つきました」
ロビン。
魔王を名乗る者に果敢にも斬りかかって、強烈な魔力で壁まで吹き飛ばされたロビンは、
どうなったことだろう。
近衛兵に取り立てられて日が浅い彼は、剣の腕前なら近衛の中でもすでに一、二を争う
のだが、城内での作法についてはまだ勉強不足なところがあり、家柄のおかげで素早く
出世したような者どもにたびたび嘲られていた。
なのに生真面目に穏やかに勤め上げるばかりの彼がいじましくて、今朝、わたしは思わず
彼らの只中で言ってしまったものだった。
―六代前のジェイコブ王は庶民の出ながら剣術に秀でて王女の危難を救い、近衛の職位
から王になったとか。皆の者も何よりまず職務に励まれるように。
普段ロビンをいじめている者たちの唖然とする顔を見たくて口にした言葉だったが……
あの言葉がロビンに余計な傷を負わせる原因になったのではないかと、わたしは不安に
おののいていた。
最悪の想像が口から飛び出してしまう。
「中には命を落とした方もおられることでしょう」
アガレスはわたしの問いに対して沈黙で回答した。
104: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:48:57 OV1BTzi+
「繰り返しになりますが、なぜ力強き悪魔アガレスともあろう者が、あのような粗暴で
愚かな人間を手先としているのですか? 願いが単にわたしの破滅一つであるならば、
わたしだけを狙えばよかったものを!」
アガレスは、眉根を寄せる。まるで困った人間と同じように。
「そうしたいのは山々ながら、問題がいくつかございます。まず、このエルスバーグは
口うるさいアモンのテリトリーでして、そこへわたくしがのこのこ現れて一暴れした
暁にはしきたりがどうの礼儀がどうのといった揉め事になるのは必定なわけです。他にも
この近くにはベリアルとかグラシャラボラスとかどうにも面倒な輩が多いし」
何やら、わが一家の親戚づきあいにも似ている話。そういう問題では人も魔族も
変わらないということなのだろうか。
「さらに、わたくしが直接貴女様に危害を加えるてなことになると、エルスバーグおよび
周辺国が傾きます」
「……それはどういう意味ですか?」
「この近郷がなかなか微妙な力関係でバランスを取っていることはご存知でやんしょ?」
なぜか道化芝居の三下のような口調になる。妖艶な美女の姿にはふさわしくない。
「そのど真ん中に位置するエルスバーグが突然悪魔の襲来を受けて王女をさらわれた
なんてことを知ったら、周りの国が色々企み出すものでしてね。エルスバーグの国内も
動揺しまくればあっという間に西部大陸大戦争の始まり始まりってなもんでげす」
「……それは、魔族の望むところではないのですか? 死と破壊こそが悪魔の本懐と
いうものでは?」
わたしが口を挟むと、アガレスは悲しげに首を振った。
「人間の皆さんはどうにも誤解なさっておられる。もっとも、昔の我々の行為に原因が
あるのですからこれも自業自得というものですが」
台詞だけ抜き出すとなかなか悲痛だが、言い方が安っぽい役者めいていて、説得力は
微塵も感じられなかった。
105: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:49:46 OV1BTzi+
「魔族は、生物の精神活動を喰らいます。人間が他の動物や植物を喰らうように」
「精神活動、ですか。喜怒哀楽などの?」
「はいその通り。生物ですから植物や他の動物からも摂取できないことはないのですが、
心穏やかな植物や知性に乏しい動物の精神という奴は、あまりコクや深みといったものが
ないわけですよ」
口調はふざけているが、わたしには初耳の話だった。
「喜怒哀楽を食べられた人間は死ぬのですか?」
「いえいえ、そんなことはござんせんよ。人が焚き火にあたって暖を取るのと似たような
もので、わたくしどもは横から皆様のおこぼれにあずかっているに過ぎません」
「ですが……」
それならどうして、魔族と死や破壊がこうも密接に結びついているのだろう?
「ただですね、とりわけ美味なのが死ぬ直前の感情の爆発でして」
「!」
「苦痛とか悲哀とか後悔とか激情とか絶望とか、そういうものは思い出すだけでも
よだれが垂れるくらいおいしくてですね、なのでわたくしどもは昔はそりゃあ乱獲
しまくったわけでございます」
「…………」
「ただ、人間たちが植物や動物を採取狩猟するよりも栽培や育成で安定した収穫を目指す
ほうが得だと気づいたように、我々も次第に変わっているところでして。今時の悪魔と
いう奴は、人の世の大規模な混乱など、頭の悪い下等な連中を除けばもはや誰も望んで
おりません。一瞬の快楽に身を委ねても、また人が増え始めるまでの長い期間は餓えに
喘ぐことになるわけですからねえ」
106: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:50:55 OV1BTzi+
「…………」
アガレスの言い分は、それなりに筋が通っているようにも思われた。
「ですが―」
どの道、わたしがこうして囚われの身となった以上、戦乱は避けられないのでは
ないだろうか?
そう続けようとしたわたしをアガレスの言葉が遮った。
「この件は、ほとんどの人間が納得の行く形で収拾をつける運びになっております。
筋書きはすでに書き上げてありまして、後はその通りに役者が動いてくれればいいだけの
話」
貴女はその「ほとんど」には入っていないのですけれどね、とアガレスは付け加える
ように呟いた。その声音は妙にしんみりとしたものだった。
「様々な人の生き死にも、あなたたちにとっては芝居……あるいは駒遊びの一種という
わけですか」
「否定はいたしません」
アガレスはわたしの批判を軽く受け流す。
もっとも、わたし自身王家の人間として、いずれはそうした駒遊びにじかに関わったかも
しれないのだが。
「トム・ブラウン改めダークエンペラーは、駒としてはまさにうってつけなんですね、
これが」
はしゃぐように悪魔は話題を転じた。
107: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:51:53 OV1BTzi+
「死んだ父親の遺産で悠々自適を気取っていたのが怪しい事業に手を出したのが災いして
今では食うや食わずの貧乏暮らし。そのくせ気位が高いせいで人に頭を下げて働くことに
踏み出せない。しかも最近では母親に、近衛兵に取り立てられた年下の従兄弟と
比べられて、鬱屈を抱えながら自堕落な生活を送っていたという典型的な穀潰しです。
リネット王女のような若くて魅力的な女性と出会えないものかと考えながら、しかし
外に出るでもなく妄想の中で日々遊んでいただけの屑です」
「でも、あなたがそそのかさなければ、こんな大それたことはしなかった」
「王女はお優しいですね。自分をさらった相手だというのに」
その声は、さっきと同じくどこかしみじみとした響きを伴っていた。
「王族たるもの、国民を気遣えなくなったらおしまいです。それが悪魔にたぶらかされた
愚か者というのなら、なおさら」
もちろん建前に過ぎない。怒りや憎しみや恐怖の念を、あの自称魔王に対しては
抱き続けている。しかしすべてを仕組んだ張本人の前でそんな感情を顕わにしても
空しいだけだということは理解していた。
わたしが睨むように見つめると、アガレスは視線を逸らした。
「話を戻しますが、彼は多少の知識はあれど大した魔力を持ってはいなかった」
アガレスが語る言葉に思い出すのは、堅牢な城壁を難なく突き破り、ロビンをあっさりと
なぎ払った、魔王を名乗る男の絶大な魔力。
「いや、今も大した魔力じゃございません。あれを倒せる人間は、世界に二十人ぐらいは
いるでしょうね」
「に、二十人?」
人の身であれに対抗できる者が二十人もいることが、むしろ信じられない。
「ええ。その辺もうってつけと評した理由です。悪魔アガレスに挑んで姫を救わんとする
のは至難の業ですが、あのダークエンペラーに立ち向かうのはさほど困難な話でない」
「つまり彼は、征伐されるために力を与えられたわけですか」
「そういうことです。だからと言って貴女が憐れむ必要はないと、台本を書いた者と
しては助言しておきましょう」
「……あなたはさらに彼を操るわけですね」
「ええ。貴女を破滅に導くために。まあ、一つだけご安心を。貴女は彼に肉体的に
汚されることはありません。彼奴にはわたくしがきつく言い聞かせておきますので」
「それも、戦乱を避けるための布石ですか?」
「よくおわかりで」
仮面のような笑みを浮かべると、アガレスは優雅に一礼して消え失せた。
108: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:52:49 OV1BTzi+
第二章……十日目
「リネット王女、ご機嫌麗しゅう」
夢の中へ姿を現したアガレスに、わたしは無言で飛びつこうとした。
しかしわたしの身体は奴の身体をすり抜けてしまう。魔族が人間に危害を与えられない
ように、人間も夢の中では無力である。
それでも、今日の怒りと悲しみは誰かにぶつけずにいられなかった。
今日、目の前でたくさんの人が命を落とした。
わたしを救うために編成された部隊。この洞窟へ突入し、わたしの目の前まで
迫りながら、彼らは壊滅した。わたしの牢番に配置されていたブラックドラゴンの
炎と角と爪と牙と尾によって。
自称魔王はすでにこの洞窟を離れ、わたしに三度の食事を運ぶとき以外は別の地に築いた
居城に引きこもっている。そこで配下にするモンスターの生産に取りかかっているらしい
が、そんな奴が最初に作り出した強力なモンスターが、このブラックドラゴンだった。
牛や馬の十倍はある巨大な全身を漆黒の鱗で覆われ、腐臭漂わす息を吐き散らし、周囲を
動き回る生き物を見境なく食い漁り、長すぎる尾を引きずりながら四つ足で無様に
這い回る、おぞましくて醜くて、知性のかけらも見当たらない魔物。
だがその鱗と角は鍛錬を積んだ兵士の剣を弾き返し、肺腑に秘めた炎は敵対するものを
簡単に焼き殺し、魔物の甲羅とて噛み砕く牙は鍛造した鎧など意に介さず、四肢と尾は
すべてが石柱のような威力で殺到する兵士を砕いた。しかも造物主の命令には極めて
忠実で、わたしのいる牢内には炎の一息すら吹き込まない。
そんな黒い竜は、王国軍の精鋭で構成された部隊を蹂躙した。最後に煙幕を張って
戦線離脱を図った者たちがいたので、何人かは逃げおおせたかもしれない。
でも。
「彼は……」
思いが唇からこぼれ出てしまう。
109: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:53:23 OV1BTzi+
しかしわたしの怒りにも悲しみにも表情を乱さず、アガレスは微笑みかけてきた。
「ロビンのことですね」
「!」
「以前にお話ししました通り、トム・ブラウンには年若い従兄弟がいます。剣の腕により
近衛兵に取り立てられたその者の名はロビン。姫を救出する部隊に彼が含まれていれば、
トムが彼に対する恨みを晴らさんとブラックドラゴンを特別にけしかけたのも、これを
知っているなら驚くことではありません」
「お前は最初からそれを知っていたのか!」
ブラックドラゴンにとりわけ徹底的に嬲られたロビン。にも関わらず、何度も何度も
立ち上がり、鉄格子の向こうのわたしを見つめ、一途に突き進んできたロビン。
あれは、魔王によって事前に指示されていた黒竜が手加減した結果なのかもしれない。
しかし同時に、ロビンが誠実に務めを果たそうとしたからでもあるだろう。そうで
なければもっと早く後退して逃げることだってできたのに。
「トムとロビンの関係については。しかし王女のロビンへの恋心ばかりは
存じ上げませんでした」
「! こ、恋などではない!」
「そうですか。ではそういうことで」
わたしの言葉を否定もせず、アガレスは再度微笑んだ。
「今宵は心の準備をしていただこうと、敢えて来訪した次第。明日、貴女はこれまで
以上に悲惨な目に遭いますので」
「……今日以上に悲惨なことなど、あるものか」
「それはいささか想像力が欠如しておりますね。お忘れなきよう。わたくしは貴女を
破滅させるため、貴女の尊厳を破壊するために働いているのでございますから」
アガレスは優雅に一礼して消え失せた。
110: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:54:29 OV1BTzi+
第三章……十一日目
「リネット王女、ご機嫌麗しゅう」
三度現れたアガレスと向かい合う自分の姿を見下ろして、これが夢の中の出来事だと
確認する。確認できてしまう。
なぜなら今、わたしは昨日までのように人間の姿をしているから。
「竜の身体には慣れましたか?」
「……慣れるものか」
昨日、わたしの目の前でロビンたちを惨たらしく傷つけたブラックドラゴン。
わたしの魂は今、その醜く罪深い竜の身体に封じ込められている。
今朝―洞窟の中ではあるが、魔法による灯りである程度の時刻はわかる―、
わたしの牢にあの自称魔王が朝食を携えて現れた。以前から自分の力や自分が
生み出した魔物の強さを自賛して止まないあの者は、あろうことかわたしに求婚した。
―エルスバーグはじきに僕に支配されるのだから、新国王の妻となるのが旧王家の
姫たる君にはふさわしいでしょう。
気取ったわりに品がなくまるで似合わないたわ言に対し、わたしは鉄格子の奥から
冷笑と短い侮蔑の言葉で応じた。
アガレスと交わした会話は覚えていた。わたしの破滅とは、すなわちここで殺される
ことかと推察もした。でもそれを恐れはしなかった。
前日にロビンの切り裂かれ焼け焦げ砕かれ一部が失われた姿を見た時から、わたしの中の
何かはすでに死んでいたのだから。
だが、彼奴はわたしを殺しはしなかった。
111: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 20:55:35 OV1BTzi+
―予言通りの返答だな。魔神様は常に正鵠を射抜きなさる。
顔をしかめながらそう言うと、あの男はブラックドラゴンを呼び寄せて、なぜか呪文を
唱えると黒い竜の全身を魔力の鎖で縛り上げた。
そしてわたしに顔を向け、アガレスの操り人形であるあの男は歪んだ笑みを浮かべて
言ったのだ。
―僕が好きなのは君の肉体であって、魂には興味がない。むしろ従順な魂を入れ、
その肉体に相応しく育てるほうが好もしい。
直後に唱えられた呪文は、光の輪のようなものだった。それが直線に近い形に
引き伸ばされると、それぞれの端がわたしとブラックドラゴンの体内に吸い込まれる。
―お前は一体、何を
わたしが『わたし』の声でしゃべれたのは、そこまでだった。
輪の端が身体に入り込んだ結果、身体には二本の光の糸が生えているようになっている。
その一方が外へ引き出され、それにわたしは為す術もなく引きずられる。また、もう
一方はこちらへ引き込まれていく。
わたしの身体はまったく動いていない。しかし『わたし自身』は糸に雁字搦めにされた
ように感じていて、糸とともに凄まじい勢いで動き始めている。
すぐにわたしは『わたしの身体』の外に引きずり出され、『リネット』の姿を外から
見ることになった。魂を抜かれたような虚ろな表情をしていた。
わたしは自分が光る球体のような存在となって光の糸に絡みつかれていることを
理解した。そして、鉄格子を超えて糸の進む先にはブラックドラゴンの身体がある
ことも、竜の身体から飛び出した光る球体が糸に乗って『リネット』の身体へと
向かっていることも。
抗おうにも抗う方法もわからないうちに、わたしは邪悪な黒竜の身体の中に吸い込まれて
いき、その身体の新たな持ち主となった。
―この洞窟は君に差し上げよう。迷い込んで来たモンスターや動物、もちろんお好みと
あらば人間も、君の食料になるはずだ。その鎖はもうしばらくすれば消滅するように
設定してあるから心配はいらないよ。
魔王は牢の鍵を開けながら、もったいぶった口調で言う。そして、突如人間の少女に
なって呆然とその場にへたり込んでいるさっきまでのブラックドラゴンを優しく
抱き寄せると、跳躍の呪文を唱えて消えてしまった。
後に残されたのは、さっきまでエルスバーグ王国の王女であったはずの、
醜いブラックドラゴンが一匹。
112: ◆eJPIfaQmes
08/05/24 21:00:16 OV1BTzi+
今夜はここまでです。
前スレ『ベルゼブブの娘』と共通する名前がちょっと出てきますが、
設定的にはあちらの数十年前の話という感じです。
113:名無しさん@ピンキー
08/05/24 21:07:52 O0y9tNdH
>>112
GJ!
続きを全力で待たせてもらいます!
114:名無しさん@ピンキー
08/05/24 23:01:25 mVYxXeho
GJ!俺にとってあんたなしじゃTFは語れない!
115: ◆eJPIfaQmes
08/05/26 00:52:56 WzqdZqYP
「ダークエンペラーは古い物語を読んでいて、白紙から自分好みの女性に仕立て上げる
お話に心惹かれるものがありましたので、彼好みのアドバイスをしておきました。
もっともブラックドラゴンは無知この上ないですから、実際に満足のいく成長を遂げる
には四、五年は待たないといけないわけですが」
「……その間に彼は滅ぼされ、『心を病んだ王女様』は数年後に回復を遂げるという
わけですか」
なぜかわたしは、再びアガレスに対して敬語を用いていた。悪魔に対する憎しみ以上に、
金属の軋みのごとき鳴き声とは違うまともな人間の言葉をしゃべれる喜びが大きかった
からかもしれない。
「さいでございます。これなら『王女』は損なわれず、しかし実際には王女は苦痛に
見舞われる。依頼主と周囲の皆様の矛盾する要求をうまいこと切り抜けたすんばらしい
発想と自負しておりますが?」
「そしてわたしは邪悪な竜として討伐されるというわけですね……」
もうわたしは夢の中でしか言葉をしゃべれない。不恰好な四つん這いでは字を書くことも
ままならない。何より今の醜い身体では、人と言葉や意思を疎通させること自体が
不可能だ。つまりは魔王の手先にして王女救出部隊の仇でもあるブラックドラゴンと
思われたまま、やがて現れる勇敢な冒険者の手でみじめに殺されて屍を晒すのみ。
嘆きの呟きに返答を期待したわけではなかったが、アガレスは道化た笑みを引っ込めると
神妙な顔をして言った。
「勘違いしないでいただきたいんですけどね、わたしは依頼主にとって最善の手を
打ち続けるつもりですが、別に貴女の未来が確定したわけではありませんよ?」
116: ◆eJPIfaQmes
08/05/26 00:53:32 WzqdZqYP
「……え?」
「悪魔が万能じゃないことくらい、おとぎ話でご存知でしょ? 運に恵まれれば、
どうにかなるかもしれませんよ。元の身体を取り戻せるかどうかはわかりませんが、
こちらの意図した破滅ぐらいは免れるかもしれません」
「しかし、この状況はすでに詰んでいます」
竜とて決して無敵ではない。すでに情報は伝わっているはずだから、洞窟の外に出れば
優秀な魔術師たちによる遠距離魔法の集中砲火を浴びて滅ぼされる。かと言ってここに
篭もっていても、魔力を秘めた武具で身を固めた腕利きの剣士や騎士に乗り込まれたら
それまで。人と戦うつもりなどないわたしはいいように嬲り殺されるだろう。
仮にそうした人材の手配が遅れるとしても、この巨体を維持する食料をどうするか。外に
出た場合、牧場などを襲って牛や羊を丸呑みでもしないことには胃袋が満たされそうに
ない。内に潜み続ける場合、辺りを蠢き回るおぞましいモンスターを捕食することに
なる。どちらも耐えがたく、だが空腹も今日一日ですでに忍耐の限度に達している。
「これくらいは妥協と開き直りで乗り越えられるでしょう」
わたしが陥っている窮境を理解しているだろうに、アガレスは一言で切り捨てた。
「ではまたいずれ。たぶん貴女とは次に会うのが最後になるでしょうね」
言い残すと、アガレスは優雅に一礼して消え失せた。
117: ◆eJPIfaQmes
08/05/26 00:54:13 WzqdZqYP
第四章……六十日目
「リネット王女、ご機嫌麗しゅう」
闇の中にアガレスが現れた。
反射的に身構えて、ここが夢の中であることを思い起こす。自分が本来は人間であった
ことも。
わたしの姿はたちまちブラックドラゴンから人間に戻った。今のわたしからは奪われて
久しい姿へ。周囲から褒めそやされ、自分でも内心誇らしく思っていた、それなりに
美しい少女の姿へ。
「機敏な反応でございましたね。さすがに五十日モンスターと戦い続けると、野生の
勘のようなものが鋭くなってくる」
「…………」
言いたいことが多すぎて、さらに久しく話というものをしてなかったせいで言葉をうまく
発せられなくて、また、アガレスがまず口にしたこの言葉に我知らず打ちのめされて、
わたしはしばらく黙りこくってしまった。
118: ◆eJPIfaQmes
08/05/26 00:56:04 WzqdZqYP
すでに日数を数えるのは止めていたが、確かにわたしはこの数十日間洞窟の中で
モンスターと戦い続けていた。それらを喰らうために。
外に出るのは、食料確保に関してと、わたしをモンスターと判断して問答無用で
襲撃するであろう兵士や冒険者に対してと、二つの不安によって断念した。
その点この洞窟には弱いモンスターがふんだんに生息し、しかも今のわたし―
ブラックドラゴンの戦闘能力を活用するには絶好の環境であり、さしたる困難もなく
生き延びることができるのだった。
アガレスと会った翌日、最初に喰らったモンスターは今でも忘れられない。甲羅で身を
守り無数の触手を蠢かせて這い回る、メバと呼ばれるモンスター。グロテスクな外観な
上、甲羅を剥いでも中の肉さえ人間には有毒で、しかも樽ほど大きく人間にとっては
凶暴な魔物ということもあり、人がこれを食した記録などどこにもない。
ただわたしは、人間の王女として囚われの身であった頃、今現在のこの身体である
ブラックドラゴンが、床や壁をのそのそ這い回るこのメバを見つけると嬉々として
捕食するのを何度となく目にしていたのだった。
もちろんいきなりそんなものを口にする勇気があったわけではない。しかしその時
わたしの近くにいた、食べるのにまだ抵抗の少ない他のモンスターは、素早く動き回る
種類のものばかり。ドラゴンになって丸一日も経っていなくて身体を使いこなせず、
飢えで衰弱もしているわたしには捕えられそうになかったのだ。
同じ生き物が、単に魂が変わっただけで、それまで食べていたものを突然毒に感じる
わけもない。そう自分に言い聞かせながら、わたしは前肢でメバの甲羅を押さえつけた。
メバは危険を感じたか、柔らかく粘つく触手を何十本とうねらせ、一部はわたしの
前肢に届く。その不快さに耐えられず、わたしは肢を離してしまった。
119: ◆eJPIfaQmes
08/05/26 00:56:49 WzqdZqYP
それでも、いつまでも何も食べないままではいられない。肢の先から力が抜け、ただ歩く
ことすら苦痛になり、蝙蝠や鼠が変じた素早いモンスターが不穏にもわたしの周囲を
ちょろちょろと徘徊し始める。生まれて初めて、わたしは餓死の危険を肌身に感じた。
思いついて、メバに炎を吐いてみる。だが火力の加減をまだできなかった当時の
わたしは、メバを完全な灰にしてしまった。
わたしは覚悟を決めた。
手近なメバを掴み取って口の中に放り込み、一心不乱に噛み砕く。ドラゴンの鋭い牙は
甲羅をも簡単に咀嚼できた。触手はしつこく口の中で蠢き続けたが、舌と唾液で牙に
絡みつくそれらをこそげ落とし、無理矢理喉の奥に送り込んだ。
人間の味覚では表現できないその味は、しかしドラゴンとなっているわたしにはさして
不快でもなかった。
一度開き直ってしまうとその後の心理的な抵抗は一気に減り、わたしは様々な
モンスターを食べ漁るようになった。
それらの中には、こちらの硬い鱗をも切り裂く刃のような角を備えた鷹や、稚拙ながら
魔法を使って眠らせようとする蛙など、ドラゴンの強大な力をもってしても一筋縄では
いかないモンスターが多くて、それらを狩るうち、戦闘などとはまるで無縁に王女と
して暮らしてきたわたしは、いつしかブラックドラゴンとしての能力を十二分に発揮
できるようになっていたのだった。
120: ◆eJPIfaQmes
08/05/26 00:57:49 WzqdZqYP
「まあ、それでもにわか仕込みの王女様が勝てるほど、甘い相手ばかりではないという
ことでございます」
アガレスは軽く笑う。わたしは返す言葉もない。
今、こうして夢を見ているわたしは、現実では頑丈な檻の中に閉じ込められている。
洞窟の近くにある村の一角に設置された檻の中に。
アガレスが以前語った存在。アガレスが力を貸し与えている自称魔王に立ち向かえる、
数少ない冒険者。今日、そのうちの一人が、わたしの寝ぐらであった洞窟を襲ったのだ。
今日、目を覚ましたわたしは、とりあえず目の前を這っていた五匹のメバを平らげて
朝食とした。
空腹を癒すと、毎朝毎夕の日課になった作業を始める。
『私はエルスバーグ王女のリネットです。魔王により竜と魂を入れ替えられましたが、
あなたがたと敵対する意思はありません』
と、前肢の爪を使って洞窟のあちこちの壁に彫りつけていくのだ。
洞窟全体には魔王による維持魔法がかかっており、朝と夕方になると洞窟のあらゆる
損傷が自動的に修復されてしまう。おかげで激しい戦闘が起きても洞窟はまず崩落しない
わけだが、そのたびにわたしの爪痕は空しく消し去られる。
それでもわたしは毎日二回、修復された直後の傷一つない壁に文字を刻む。無益で
恐ろしい戦闘を避け、自らが救われる可能性にすがって。同時に、自身が単に本能しか
持ち合わせない竜ではないことを確認するために。
作業の順番としては洞窟入り口近くから始めるのが基本だが、その日の気分で適当な
ところから始めることも珍しくない。今朝は起き抜けに、牢屋前の最も広々とした一角
―わたしと入れ替わる前からブラックドラゴンが寝起きしていた場所でもある―から
書き始めることとした。