08/05/30 00:53:25 pmQNeIlZ
―あなたの『慈悲』の意味。それは、例えば今回なら、わたしを簡単に絶望させて
しまわないため。無気力で空虚な、感情に乏しい存在にしてしまわないため。
なぜなら魔族は、生物の感情を食するから。とりわけ激しい感情を好むから。
―明日起こることを今告げたのも、そのため。わたしが魂まで変わり果てることを
恐れると期待して。あのロビンみたいにわたしが薄ぼんやりした存在になっては、餌が
まずくなると考えたからでは?
「まったくもって仰せの通りです。アモンは今の貴女の心の有りようがずいぶん
お気に入りのようでしてね。わたくしとしてもあれに恩を売っておくのは得策という
わけで」
アガレスは、悪びれもせずおどけた一礼をよこした。
まさに、悪魔。
どれほど憎んでも憎みたりない悪魔。
そうした憎いという気持ちすらもこの者にとっては滋養となるのだろう。
だから嫌がらせに、というわけでもないが、わたしは敢えて首を垂れた。
―……ですが、それでもわたしはあなたの慈悲に感謝します、アガレス。
「え?」
戸惑った顔。もしかしたらこのぺらぺらとしゃべり無意味なまでによく笑う悪魔が
わたしに初めて見せたかもしれない種類の顔。
―あなたが教えてくれなければ、明日わたしはわけもわからずロビンと一つになり、
鈍重な魔物になっていたことでしょう。それを運良く免れたとしても、ロビンの心と
触れ合う機会を虚しく逸したことを悔やみ続けたことでしょう。いえ、それ以前、
王宮から洞窟にさらわれた時や、ロビンが人としての命を落とした時、あるいは
ブラックドラゴンと身体を入れ替えられた時、絶望に陥ってとうに狂い果てていた
かもしれません。だから、それらのことに関しては、感謝いたします、アガレス。
と、アガレスは明後日の方向を向いて、珍しくも激しい口調で言い返してきた。
「貴女をここまで破滅させた相手に向かって何を言っているのですか? そんなつまらぬ
言葉を吐くのは、おやめいただきたい!」