08/04/03 22:58:29 pYqxUnrm
『断らない彼女』
それは、二人が知り合って間もない頃のことである。
「ゆきなりくん、3がつうまれなの?」
小さな女の子は驚いたように言った。
男の子はおもしろくなさそうに頷く。
「……そうだけど」
「じゃあわたしのほうがおねえさんだね。わたしは4がつ」
「そ、それくらいでいばるなよ!」
女の子は目を丸くした。
「いばらないよ。そうじゃなくて、わたしがおねえさんになってあげようとおもって」
「……え?」
女の子はにっこり笑う。
「ゆきなりくんもわたしもきょーだいいないでしょ? だからわたしがおねえさんになるよ」
男の子は困惑した顔で呟く。
「……ぼくにおねえちゃんなんていないよ」
「だーかーらー、わたしがかわりにおねえさんするから」
「そんなのいらない!」
「わたしはおとうとほしいよ? なんでもきいてあげるから、なんでもいって」
「いわない!」
放課後の教室で、自分の椅子に腰掛けながら、高橋雪成(たかはしゆきなり)は昔のことを
思い出していた。
唐突ではない。同じクラスの女子生徒をぼんやり眺めていたら自然に思い出したのだ。
雪成の視線の先には、帰る準備をする幼馴染みの見慣れた姿。
彼女─田中亜季(たなかあき)は雪成と同じ高校一年生である。
4月生まれのため、クラスの誰よりも年上だ。
百五十センチに満たない身長に、背中まで届く長い黒髪。ぱっと見の特徴はその二つ。
成績は優秀。運動はあまり得意ではない。友達はそれなりにいるが、騒がしいのは苦手。
そして、
「田中さん、今日掃除当番代わってくれない?」
「うん、いいよ」
人からの頼み事を断らない。
基本的には好ましい点だろう。しかし周りにすればそれは『便利な人』でしかないのでは
ないだろうか。
雪成はそれを忌々しく思う。
亜季のその性質は周りのみんなにとって都合のいいものだ。宿題を見せてもらったり、
当番を代わってもらったり、多くの人間が亜季を利用する。
みんながみんな悪気を持っているわけではないのだろう。しかし、
「ホント? ありがとう田中さん! 今度何かおごるよ」
「いいよ別に」
クラスメイトは嫌いではないが、それでも今のようなやり取りを見ると嫌気が差すのだ。