08/10/30 23:58:00 GTG7Xh5G
そう吐き捨てるように言いうと、大河は一度息を継いだ。
「判ってるの? だから、せ、せ、セッ――」
「だあああああああ!!!!!」
いくら何でもこんな話はない。常識、非常識以前の問題だ。痛みをこらえて大河の声を遮っ
た竜児は、自分を睨み付ける少女に向き直る。
「じょ、冗談でも言うことじゃねえ! お前は、お前は北村のことが好きなんだろ!? それが
何でいきなりこんな話になるんだ! 冗談ならタチが悪すぎる、本気で言ったんなら、いくら俺
でも……」
自分以上の大声で畳み掛けられ、大河は身体をびくっ、と震わせて目を見開いた。
口を噤んだ大河の姿を見て、竜児が言葉を続ける。
「何をどう思ってそんなことを言おうなんて思ったんだ」
呆然と竜児を見上げていた大河は、それを聞くと目を逸らして猛烈に不満そうな表情で、し
かし何故か頬を紅潮させて(怒りが故に、かもしれないが)口を開く。
「…………ざ、雑誌で、見たのよ。……ば、バージンじゃ、男の子に面倒がられるって」
ふて腐れた様子で呟いた大河は、只でさえ赤い顔をさらに赤らめながらさらに俯くと、
「あ、あんただって、経験しときゃ、み、みのりんとそうなったとき、困らないでしょ」
「……馬鹿野郎」
そう吐き捨てたのは、竜児だ。
竜児は大河の肩を掴むと、大河に目を逸らされたままなのも構わずに話し始める。
「真剣に、そのくだらない記事を信用してるのか? 違うだろう? ……興味本位で言っただけ
なら、すぐに撤回してくれ。そうすりゃ、俺だってそのセリフ、聞かなかったことにする。忘れる。
それに、こんなのは、櫛枝にも、北村にも、失礼極まりない………いや、裏切りだ。……なあ、
頼むから撤回してくれ」
どんどん竜児の表情は厳しくなっていくのに、つい視線を合わせたら、大河はその厳しい顔
から目を逸らせなくなっていた。それでも今の不満の表情を崩すと負けだ、と言わんばかりに
竜児を睨み返して、精一杯の声を出してみる。
「な、なに古くさいこと言ってんのよ。あんた、何でも協力するって言ったくせに、ここで逃げる
の?」
しかし、自分で思っていたほども大きな声は、いや、むしろか細いと言っていいくらいの声し
か喉からは出てくれなかった。
それでもその大河の口答えが気に入らなかったのだろう、
「いいか、真剣な話だ。古くさいこと、とか言ったけど、それならそれでも良い。とにかく俺はそ
んなことはできん。誰かを裏切るとか、そんな話ももう良い。でも」
大河の両肩を掴んだまま話す竜児の顔が厳しく歪む。
真正面に大河の瞳を見据えながら、竜児は一呼吸置いて言葉を続けた。
「もし、そんな軽い気持ちでしてしまったら、最後に、一番傷つくのは他の誰でもない、お前な
んだ。だからもう頼まない。俺は、その話は聞かなかったことにする。お前も、忘れろ」
目を逸らすように大河が俯く。
「……わかった」
「そ、そうか、判ってくれたのなら――」
ぼそ、と呟く大河の声に竜児は返事を返そうとして、
「わかったから、今日は帰る。離して」
俯いたままの大河は、肩に乗ったままの竜児の手を無理矢理に引きはがして踵を返した。
「お、おい……」
竜児の声にも、大河は答えない。そのまま動けないでいる竜児の耳に、玄関のドアが開き、
そして閉まる音が響いた。
「……いや、間違ったことは……、そう、間違ったことは言ってない……」
大河はああ見えて物分りの悪い少女ではない。ふう、と溜息をついて、竜児は台所の後始
末のために立ち上がった。