08/05/11 04:06:23 vcEJJ/Dh
小さな街、エトリアの外れでは大地がぽっかりと口を開いている。
獲物を求める蛇の舌のように、その大穴から豊かに葉をつけた巨木が伸びる。
底を見遣るとそこには深遠の闇ではなく樹海の新緑が広がっていた。
地の奥底で息づく命溢れる迷宮。
固有の生態系を持ち、無数の財が眠ると風説が飛んだその緑の奈落こそが、世界樹の迷宮だった。
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数多の枝を日に差し伸べ、原色そのままの果実や葉を垂らした木々。
丈の低い角ばった植物が踏み固められた道を縁取っている。
地中の森ではあるが比較的浅いこの階層は中天に陽が昇れば鮮やかな橙に色づく。
のどかな熱帯林の様相を見せるここは異常発達した動植物、すなわちモンスターも弱く、
ほとんどの冒険者たちにはとっては探索されつくした易き道だった。
しかし近頃はそうも言えなくなっている。
「これはまいった。いや、まいったまいった」
軽く腕を振る。両腕の籠手が陽を受けてきらめいた。
光るその表面には、昼間だというのに炯々と赤みを放つ眼が無数に映りこんでいる。
四方を取り囲むのはより深くに潜むはずの狼たち。
うなりの重奏が地鳴りのようだ。
「ちっとは焦ってくれってリーダー!」
背中合わせのケンネが鎧を鳴らす。パラディンの大盾をふたつ並べて、きっと歯噛みしている。
自分も焦れるものなら焦りたいのだがうまくいかない。
そういうふうに生まれついてしまった。
「どなっちゃいけませんよ。刺激せずに、視線で押し続けて。遠吠えがないから増援はないはず。まだ時間を」
半ばひとり言のようにユクガがつぶやいた。
早く小さくなっていくその声は、切れ切れのあえぎにかき消される。
「処置はまだかかるようで」
彼は私とケンネの間に屈み、見知らぬ冒険者に懸命の処置を施している。
出血の多さだけは素人目にもよくわかった。
「急げ、急げユクガ!」
「連中を刺激しないでくださいっ」
「いやいや、かかってきたから叫んだまで」
包囲の輪から三匹が弾けるように駆けてきていた。ケンネも似たような光景を見ていることだろう。
腕を組むようにして左右の籠手の制御桿に十指を躍らせる。
ブゥン、と駆動音が内部で反響し、数秒で籠手と一体の手袋に術式が漲った。
瞬きする間に距離を縮めるフォレストウルフは不意に散開。
消えたと見紛う鮮やかさで前方、両脇から飛びかかって来た。