【涼宮ハルヒ】谷川流 the 58章【学校を出よう!】at EROPARO
【涼宮ハルヒ】谷川流 the 58章【学校を出よう!】 - 暇つぶし2ch400:The miracle ahead
08/02/29 20:06:41 XbcJ4T7f
▽▽▽▽▽
 
 あたしは洗面所でひたすら顔を洗い続けていた。
 最初は汗を流すだけのつもりだったが、冷たい水に意識が引き締まることを感じると、
ひょっとしたら今あたしは悪夢を見ているだけであって、顔を洗えば目が覚めるかも知れないという淡い期待が生まれてきた。
 数十回続けた洗顔を終え、あたしは正面の鏡を見つめた。顔どころか髪の毛までずぶぬれになり、
頬や首筋にまとわりついている。こびりついた水滴は重力に引かれて髪を伝い、あたしの肩に降りかかっていった。
 ―やっぱりこれは悪夢なんかじゃない。現実に起こっていることだ。
 あたしはそう認識して、二、三度頬を叩いた。まだ残っていた水滴が当たりに飛散する。
 しっかりしなさい。こんな時に現実逃避してどうする。そんな時間なんて一分一秒もないんだから、
しっかり前を見つめて進むのよ。
 ふと、出入り口の扉が開き、ちょうどかがみにみくるちゃんの姿が映し出された。
 あたしはその姿に驚き、
「みくるちゃん。来たんだ」
「あ、はい。部室にいても仕方ないですし、キョンくんのことも心配だから……」
 不安と困惑の入り交じった表情で答えるみくるちゃん。さっきまで泣いていたせいか、目がすっかり充血し、
目元が汚れてしまっている。全く可愛い顔が台無しじゃない。
「えっ、あ、はい。そうですね」
 みくるちゃんは鏡をのぞきこみ、自分の顔を確認してからおずおずと顔を洗い始めた。
 あたしはすぐにキョンの元に戻ろうとするが、
「あ、あの……涼宮さん」
 そう唐突に呼び止められた。振り返ってみれば、みくるちゃんがさかんに顔をハンカチでぬぐいながら、
あたしを止めるように手をこちらに向けている。
「なに? 早くキョンのところに行かないといけないから、手短にね」
「えっとですね……」
 みくるちゃんは顔を一通り拭き終えると、あたしに顔を近づけてきて、
「涼宮さんは、キョンくんのことを助けたいんですよね?」
 至極当然すぎることを言われて、一瞬あたしは戸惑ってしまったが、
「当然よ。自分が団長だとかそんなことは関係ないわ。あたしはキョンを助けたい。ただそれだけよ」
「そ、そうですか……」
 あたしは断言するように答えたつもりだったが、みくるちゃんの表情が曇っていくのを見て、彼女が望んだ答えを
あたしは答えられなかったことに気がつく。
 このみくるちゃんの反応に、正直あたしは困惑した。
「ごめん、みくるちゃん、わかんない。あたしはキョンを助けたいの。他に何の雑念もないわ。
そのためならどんなことをでもやるつもりよ。それにどんなことがあっても諦めるつもりはない。
それに何か問題があるって言うの?」
「……ええと、それは涼宮さんらしくて、いいことだし間違っていないと思います。けど……」
 みくるちゃんはまるで答えを選ぶように慎重な口調で、
「涼宮さんはまだ―その、キョンくんに遠慮しているんじゃないかって。そんな感じがするんです」
 この指摘にあたしは困惑を越えて、動揺が生まれた。
 
 この期に及んで、まだあたしが何かに遠慮している? そんなバカな。あたしはキョンのことを最優先に考えて、
キョンが助かるために必死にやっているのに。
 
 
▼▼▼▼▼
 
 結局、その後ハルヒに連れられて片っ端から検査しまくったが、診断結果は変わらなかった。
いや、検査する前から答えは決まっていたんだから当然なんだけどな。
 24時間後に命が尽きる。いや、もう20時間を切ったか。残り時間が短いせいか、入院の必要性すら言われなかった。
助かる見込みがない状態で集中治療室とかに入っても何の意味もないから、当然か。
 変化なしの現状に、ハルヒは一瞬いらだった仕草を見せたものの、すぐにいつもの強気の姿勢に戻り、
「仕方がないわ。医者の診断を受け入れましょう。でも、これで終わりじゃないわ。今度は治療法―最悪でも、
症状を遅延させる方法を見つける。キョンを自宅に送り届けたら、あたしは図書館に行って調べるつもりよ」
 そう言ってタクシーの手配を始めた。全くどこからそんな行動力が生まれてくるんだ。
生まれたときもお腹から発射されるかのように飛び出てきたんじゃないか?
 ハルヒは病院入り口前に、一旦SOS団を集合させ、


401:The miracle ahead
08/02/29 20:07:02 XbcJ4T7f
「みんな聞いて。あたし一人だけじゃ時間がなさ過ぎるから、手分けして動こうと思う。古泉くんは先に図書館に行って、
事情を説明して今夜一晩中借りられるようにお願いしてほしいの。無茶な頼みだと思うけど、人一人の命がかかっているんだから、
どんな嘘を言っても納得させて。有希とみくるちゃんは自宅に戻って、何か手だてがないか考えてほしい。
手だてすら見つからない状況だから、全員で図書館に籠もるのは発想を拘束してしまうから、他の視点で何か無いか探って」
 ハルヒの言葉に、俺以外のSOS団団員たちがうなずく。
 外はすっかり薄暗くなり、俺の余命も19時間を切ろうとしていた。明日のこの時間には
俺はもうこの世に存在していないってわけか。明日がないというのも、何か現実感がない微妙な気分だ。
 ほどなくして、古泉たちが別々にタクシーに乗ってそれぞれの目的地に向かっていった。
それを見送った後、俺とハルヒもタクシーに乗り込み、俺の家へと向かう。
 検査結果で何の変化がないことを認識した辺りから、ハルヒはしきりに時計を確認するようになっていた。
一秒も無駄にはできない。ハルヒの思いが俺にひしひしと伝わってくる。
 ……だが、そんなハルヒを見ても、俺は何とも思わなくなっていた。普段なら、感激するなり感謝の余り涙するぐらいの
人並みの感情は持ち合わせていたはずだ。なのに、今の俺はそんな感情どころか、ただ呆然とハルヒの行動を
見ているだけで何の感情もわき起こってこない。そして、そんなふがいない俺に怒りすら起きてもいなかった。
やれやれ、次第に人間らしい感情を失いつつあることが、手に取るようにわかるな。
 長門は言った。これは全て病気―プログラムのせいだと。
 そうだな、全部病気のせいだ。俺が悪いんじゃない。だから自分に絶望する必要はないんだ。
 車通りの多い県道を走り、自動車のライトや街の明かりが俺たちを照らす。ハルヒは難しい顔をしたまま、
俺とは目を合わせず外を見つめていた。
 ふと、ここで家のことを思い出した。そういや、こんなに遅くなるって言うのに、連絡一つすらしていなかったな。
今更かも知れないが、念のため電話ぐらいして―
 …………
 …………
 …………
 俺の呼吸が激しく乱れた。何だか長らく忘れていた動揺、そして絶望感。動いてもいないのに、
まるで100メートル無呼吸で泳いだほどに心臓の鼓動が速まる。さっきまで一つとして浮いていなかった汗が、
全身に浮き上がり瞬時に服を湿らせた。
 長門が言っていた。俺の感情は次第になくなってきていると。だが、ぎりぎりのところでまだ理性らしき物は残っていたようだ。
「―キョン? 大丈夫? どうかしたの?」
 気がつけば、俺の異変を察知したハルヒが肩をさすってきている。だが、俺はそれを感じる余裕がないほどの
ショック状態に陥っていた。
「わからねえんだ……」
 俺の口からこぼれ落ちる。ハルヒは困惑した視線を向け、
「なにが?」
「俺の家族って誰だ……?」
 俺の言葉を聞いたとたん、ハルヒの可愛らしい顔が絶望的なまでゆがんだ。
 思い出せない。
 自分の家族のことが。オフクロや妹のことが。
 外見も思い出せず、名前も思い出せない。だが、俺には確実に帰るべき家があって、そこには家族がいたはずだ。
それはわかっているのに―なのに、そこにいた人たちが全く思い出せねえ。
 いや、もっと悪いことに家族と一緒にした記憶が全くない。俺が認識できるのは、家族がいたという点だけで、
それ以外の記憶が全くなくなっていた。
 それを認識したとたん、俺は悲鳴と嗚咽が混じった奇声が喉から飛び出始める。
そして、言いようのない喪失感が頭の中を見たし、無我夢中でハルヒの身体に抱きついた。
「落ち―落ち着いてキョン! 大丈夫、大丈夫だから……っね!」
 ハルヒは俺をしっかりと抱きしめて背中をさすってくれた。だが、俺は奇声を上げることを止められない。
狭い車内の中に、自分の声が幾十にも乱反射され、さらに頭がおかしくなりそうになる。
「あんたのせいじゃない……あんたのせいじゃないのよ! 全部、みんな病気が悪いの! だから落ち着いて。
あたしが、あたしが絶対にキョンを助けて上がるからっ……」
 ハルヒの言葉も虚しく感じられた。
 病気? そうかもしれない。だが、一番世話をしてくれて、一番身近にあった家族のことを俺は忘れてしまっている。
 言い訳のしようがない。
 俺は最低だ。


402:The miracle ahead
08/02/29 20:07:24 XbcJ4T7f
 ほどなくして、俺は奇声を上げることもできなくなり、ハルヒに抱きついたまま身動きできなくなった。
限界を超えた声量で叫び続けたため、喉あたりから出血が起きているのか、口の中が嫌な味で汚染されていく。
「ほらっ……キョン、家に着いたわよ」
 ハルヒに促されて、俺はタクシーの窓から外を見回した。
 目の前にはごく平凡な一軒家が建っている。どうやらこれが俺の自宅のようだ。
 だが、どれだけ記憶の糸をほじくり返しても、それは見知らぬ他人の家にしか見えない。
 今まで俺が住んでいたという記憶どころか感覚すら生まれてこず、子供が親戚の家に初めて訪ねたときに感じる新鮮さのような
気分になった。
「まだ思い出せないの?」
 ハルヒは恐る恐る俺の顔をのぞき込む。俺は首を二、三度横に振り、
「ダメだよ。全く思い出せない。どこをどう見ても他人の家にしか見えねえ……」
 そう肩を落とした。
 正直、このままこの家の中に入って家族といつものように会話ができるかと聞かれれば、無理だと答えるしかない。
恐らく初めて会う人と話すようなたどたどしいやり取りしかできないだろう。
 ハルヒは必死に、痛々しいまでに取り繕った笑顔を俺に近づけ、
「どうしようか。あんたの好きにしていいわよ。このまま家に帰りたいって言うなら、すぐに戻ってもいいし、
どこか別のところへ行きたいなら、どこにでも連れて行ってあげる。言ってみて」
 俺の行きたい場所。本当ならこの家なのだろうが。ダメだ、どうしてもそんな気にはならない。
 ならどこがいい? 俺が少しでも安心できる場所は……
「部室がいい」
 すぐさま俺の頭に浮かんできたのは、あの旧館の文芸部室だった。古びて、わけのわからんものがたくさん置かれている
SOS団の根城。俺の高校生活の大半が詰まっていると思っていい。
「わかったわ。部室ね。それで本当にいいのね? 他に行きたいところがあるなら遠慮なく言ってもいいわよ。
物理的に難しいところはできないけど、あんたの行きたいところならどこにでも……」
「いいんだ。部室がいい」
 俺はそうきっぱりと答え、さらに続ける。
「もう部室以外の場所をほとんど憶えてないんだよ……」
 
 
▽▽▽▽▽
 
 あたしはキョンの要望通り、北高へ向かった。
 この間に見たキョンの絶望と雄叫びを見て、あたしはまだ自分がこの病気が嘘か間違いならいいと思っていたことを恥じていた。
しかし、キョンが家族のことを忘れてしまったということ、そして、それを心底苦痛に思っている彼を見て、
もう言い逃れも現実逃避もできない状況だと確信させられた。
 同時に、あたしの脳裏に不安も過ぎる。キョンの症状は深刻だ。あたしは必ず助けると大見得を切ったが、
本当にできるのだろうか? そもそも専門である医者ですらさじを投げているのに、あたしなんかに何ができる?
あの症状を見せつけられてから、ついさっきまでの自信がすっかり消え失せかけていた。
 ようやく北高前につき、あたしたちはタクシーを待たせた状態で校門を乗り越えて学校の敷地内に入った。
 あたしはふとキョンの顔を見た。さっきまで不安で染まっていた表情だったが、学校に来てある程度の安堵感を見せていた。
よかった。まだここのことは憶えているみたい。
 時間は午後8時。校舎は明かり一つなく、部室のある旧館も闇に染まっていた。
 しまった。この時間では旧館の入り口が開いているわけがない。中にはいるためにはどこかの窓を割って……
「待っていたよ」
 唐突にかけられた声。あたしたちがそちらに振り返ると、そこにはあのいけ好かない生徒会長と喜緑さんの姿があった。
何よ、こんな時に。まさかこんな時間に部室を使うのは風紀の乱れの原因になるとかいうんじゃないでしょうね。
言っておくけど、今のあたしはあんたの下らない説教なんて聞いている暇はないんだから。
本気で阻止するつもりなら、こっちも容赦しないわよ。
 だが、生徒会長は予想外の言葉を告げてきた。
「話は聞いている。場合によっては学校に来るかもしれないと思っていたが、予想通りだったな。
彼はこちらで面倒を見よう。部室にきちんと連れて行くから安心したまえ。君は行かないとならない場所があるのだろう?」
 あまりに物わかりのいい生徒会長にあたしは一瞬警戒心を憶えるが、すぐに考え直す。


403:The miracle ahead
08/02/29 20:07:45 XbcJ4T7f
いくらこいつがむかつく石頭とは言え、キョンの命がかかっている状態でSOS団の存続うんぬん言ってくるほど、
頭がおかしいとは思わない。今までやり取りした中の情報を総合すれば、常識的な判断ができる奴だと思うし。
 あたしはキョンの腕をつかんで、生徒会長の方に渡すように近づいた。
「今はどうこうやるつもりはないわ。そんな状況でもないから。悪いけど、キョンをお願い」
「任せてくれ。彼は私が責任を持って面倒を見る。喜緑くんも最大限サポートしてくれるそうだ」
「はい、生徒会長」
 喜緑さんも軽くうなずいた。
 あたしはキョンの腕をつかんだまま、じっとキョンの顔を見つめて、
「ごめん、キョン。本当は一緒にいてあげたいけど、それじゃ何も変わらないから。
いい? 部室に入ったらじっとしてそこから動かないこと。喜緑さんたちもキョンがどこかに行っちゃったりしないか、
ちゃんと見ておいて」
「わかりました」
 そう言って喜緑さんはキョンの隣に立った。
 そして、あたしはキョンから手を離すと、そのまま校門前のタクシーに向かって走り出す―が、一旦足を止めて
再度キョンを見つめながら、
「あたし、何度も言ったけど諦めないから。最期の最期まで絶対に諦めないから。だから―あんたも諦めないで」
 そう宣言する。
 そんなあたしにキョンはただただ中途半端な笑みを浮かべるだけだった……
 
 
▼▼▼▼▼
 
 俺は暗い旧館の廊下を抜け、文芸部室に入った―戻ってきた。
 家族や自宅という存在が俺の中から消え去ってしまった以上、今の俺の心のよりどころはここにしかない。
まるでゆりかごに入れられたかのような安堵感が、俺を包んでいくのを感じた。
「毛布と食料、水ぐらいは用意しておいた。ゆっくりくつろいでくれ」
 その言葉通り、部室内には一晩ぐらいは簡単に明かせるだけのものがそろっていた。パソコンもあるから、
予定時刻が来るまで退屈することもないだろう。
 俺はこんな配慮をしてくれた二人に深々とお辞儀する。いい人たちだな。俺のためにこんなことまでしてくれるなんて。
 一方で、感謝に反比例して罪悪感も募った。なぜなら、俺はこの二人が一体誰なのかわからないんだから。
恐らく何らかの形で知り合った仲なのだろう。だが、やはり俺の記憶にはこの二人の情報はいくら探っても出てこなかった。
この数時間で俺は一体どれだけの記憶を欠落させたのだろうか。
 部室内には言った俺は、せっかくだからと団長席に座った。そういや、ここに座ったのも久しぶりな気がする。
おっとこういったことの記憶はまだ残っているんだな。
 と、ここで喜緑さんという少女が俺のすぐそばに立ち、
「生徒会長。申し訳ありませんが、彼と二人で話させてもらえないでしょうか」
「わかった。外で待っている」
 そう言って生徒会長と呼ばれるめがねの男は部室から出て行った。
 喜緑さんは俺のそばに、清楚な振る舞いで立ったまま、
「今回のことについては、わたしとしても大変残念に思っています。こちらとしましても、全力であなたの問題点を解消しようと
試みましたが、上の方の動きが大変鈍いというのが実情です」
「……ああ、あなたも長門と同じ―えーっと何でしたっけ」
「対有機生命体ヒューマノイドインターフェース、です。人によってはTFEI端末と称される場合もあります」
「それそれ。あなたも長門と同じなんですか」
 初耳の情報だったが、恐らくこのふざけた病気にかかるまえの俺はそのことを知っていたんだろうなと、
自嘲ぎみに考えてしまった。
「その通りです。今回の一件につきましても、大方の情報は入手しています」
「……何とかならないもんですかね。何だかどうでもいいような気分になってきているんですけど、
はっきり言ってしまえば、俺もこの若さで他界なんてしたくないんで」


404:The miracle ahead
08/02/29 20:08:16 XbcJ4T7f
「現在のところ、手だては何もないと考えています。先ほども申し上げましたが、情報統合思念体は今回の一件の発覚以降、
大変緊迫した状態が続いています。かすめ取った情報の断片を解析しましたところ、どうやら内部で―言語に当てはめるには
いささか齟齬が生じるかも知れませんが、『交渉』が頻繁に行われているようですね。細部の情報は、
わたしや長門さんのような端末レベルまでは伝達されていません」
「つまりできることは何もないって事ですか」
「その通りですね」
 喜緑さんはにこやかな笑顔を浮かべたまま答えた。恐らく数時間前の俺だったら、人の不幸を見て楽しいかとか言い出して
暴れていたかも知れないが、今はただただどうでもいいと思ってしまうのみである。
 俺は結局何も変わらないと自覚し、だらしなく椅子の背もたれに寄りかかった。
 と、ここで長門があのパトロンから切り離されたという話を思い出し、
「長門はいろいろ上に申請して、その結果親玉から切り離されたって言っていましたが、あなたは違うんですか?」
「わたしも申請自体は行いましたが、そういった強制措置は執られていません。長門さんが切り離されたのは、
3度エラー蓄積が原因の暴走事故を起こしたからです」
 暴走事故―俺は喜緑さんの言葉に目を丸くした。あの長門が3回も暴走しただと?
 喜緑さんは続ける。
「最初の二回は抗議程度のものでした。その位ならエラー訂正など軽処置で対応できますが、
3度目は涼宮さんの能力を使って世界の改変まで行おうとしたのです。事態を重く見た情報統合思念体は
長門さんから情報操作能力を抹消して切り離しました」
 世界の改変って……ええと具体的に思い出せねえが、確か冬の時に同じ事があったよな。
長門……お前また同じ事をやろうとしたのか? あの時は様々なことが重なった上で長門自身も不可避にやってしまったはずだが。
「長門さんは今回は意図的に実行しようとしました。どんな手段を使用してもあなたを救おうとしたようです」
 にこやかな笑みを継続しつつ、喜緑さん。
 ……バカ野郎。俺なんかのためにまたあんなことをやるなんて。だけど、嬉しいよ。あんな風に平然としているように見えて、
俺のためにできることは徹底的にやろうとしてくれたんだから。
 
 その後、話を終えた喜緑さんは部室から出て行った。蛍光灯が照らす部室の中、俺だけになり、寂寥感がじわりじわりと
首筋から頭に上ってくる。
 俺は椅子に座ってしばらくぼけっとしていたが、ふと壁に貼ってある写真が目にとまる。
 それは見るまで忘れかけていたが、去年の夏に合宿に言ったときの物だった。まだぎりぎりこの時のことは憶えている。
どうやら記憶の欠落は、古い新しいにかかわらず虫食いのようにランダムに進んでいるらしい。
 俺は立ち上がり、それを壁からはがして手に取る。
 心底そこ楽しそうな笑顔を見せるSOS団のメンバーに、この時はまだこんなに平和で楽しかったんだなと思う。
いや、つい十数時間前まではこんな感じだったはずなんだけどな。
 しばらくすると俺の記憶から、この事も消え失せるのだろう。ほどなくして、家族のことが分からなくなったように、
長門・朝比奈さん・古泉―そして、ハルヒのことも忘れてしまうのだろうか。まるで俺の元から一人ずつ去っておくかのように
消えてしまうのだろうか。
 ぽたっ。
 手に持っていた写真に水滴が落ちた。知らぬ間に、俺の目から止めどなく涙が流れ落ち始め、次々と写真をぬらしていく。
 
 ……忘れたくねえ、忘れたくねえよ。もうこれ以上誰のことも……
 
 
▽▽▽▽▽
 
 あたしはタクシーを飛ばし、ようやく目的地の図書館にたどり着いていた。もうすぐ夜21時になろうとしているが、
さんさんと施設の明かりがついているところを見ると、古泉くんがうまくやってくれたみたいね。
「やあ涼宮さん、お待ちしていました」
「ありがと、古泉くん」
 入り口で待っていた古泉くんと言葉を交わすと、あたしは図書館に駆け込んだ。
 さすが古泉くんと言ったところだろうか、図書館の全てが開放状態になっていて、どこでも本を取り出せる状態になっていた。
しかし、礼を述べている暇はない。今はとにかく情報をかき集めないと。
「余り時間はありません。見るべきなのは医療関係のものでしょうから、そのカテゴリを集中的に探しましょう」
「そうね」


405:The miracle ahead
08/02/29 20:08:37 XbcJ4T7f
 あたしと古泉くんは、医療の本が並んでいる場所に入り、一つずつ片っ端から開き始めた。
ただ、内容を一つ一つ読んでいる時間はとてもないから、とりあえずそれっぽい本の目次を見て、必要そうなところを
洗い出していく。
 そんな作業をひたすら続けていたが、ふと時計を見てみるとすでに0時を回っていた。キョンが発病したのは
大体15時ぐらいだったから、あと15時間ぐらいしか残っていないことになる。
「これじゃ間に合わないわ。あたしは向こうの机で本を片っ端から読んでいくから、古泉くんはそれっぽい本があったら
じゃんじゃんこっちに持ってきて」
「わかりました」
 古泉くんの了承を確認すると、床に置いた本の山を持って机に向かった。
 
 午前3時。あたしはすでに30冊以上の本に目を通していた。だけど、ダメ。治療法どころか、キョンの症状と
一致する病気の情報すら見つからない。
 あたしは困り果てて、思わず天を仰いでしまった。あと、12時間しかないってのに、まだ手がかりすらつかめていない……
「新しいのを見つけましたので、お持ちしました」
 そう古泉くんが10冊ほどの本をあたしのそばに置く。あたしは弱気になっている自分の頭を一回こづいてから、
その本を手に取った。
 この程度で参ってどうする。一番辛いのはキョンなのよ。あたしがしっかりしなくてどうする。
 と、ここで古泉くんがじっとあたしを見つめているのに気がついた。時間がないので、あたしは本に視線を向けたまま、
「なに? 何かあったら教えて。どんな些細なことでもいいから」
「いえ……」
 あたしの耳に返ってきたのは、ばつの悪そうな古泉くんの声だった。
 しばらく答えるべきか迷っていたようだが、やがて意を決したようにまじめな口調で、
「涼宮さんに確認しておきたいことがあるんです」
「なに?」
「その……涼宮さんは恐らく心の底から彼のことを助けたいと思っているんですよね?」
 またその話か。病院でもみくるちゃんに聞かれたのに、いったい何だって言うの。あたしの心はもう決まっている。
「それは十分承知しています。涼宮さんは彼を助けるためにはどんな努力も惜しまないでしょう。
その決意がどれだけ固いのかも理解しているつもりです」
「ならどういう意味なのよ」
 ここであたしは古泉くんの言っていることの意図が読めず、一旦本から目を外し彼の方を見る。
古泉くんはどこか困ったような表情を浮かべていた。
「言い方を変えてみましょう。涼宮さんは彼をどうしたいのかと聞かれた場合、どう答えますか?」
「どうって……そりゃ、キョンを助けたい。他に言葉なんてないわ。約束したんだもん、絶対に助けるって。
それ以上に出せる言葉なんてないし、それで十分のはずよ」
「そう……ですか……」
 古泉くんの表情は、病院でみくるちゃんが見せた物と同じだった。何か期待していた答えと違うという落胆。
わけがわからない。一体二人はあたしに何を期待しているってのよ。
「悪いけど、今はそんな話をしている場合じゃないわ。禅問答みたいなのはキョンを助けてからにしましょう。何か異論ある?」
「いえ……」
 そう古泉くんは答えると、また本棚の方に戻った。
 
 あたしが気がついていないだけで、実はどこか気持ちの問題があるのかも知れない。だけど、それがどうしたというのか。
そんなこと、キョンが助かれば何の関係もないはずだ。今はとにかくそれに全力を尽くす。あたしにできるのはそれだけだ。
 
 翌朝7時。あたしたちは全ての本に目を通し終えた。
 だが、結局何の手がかりも見つかっていない。
「ダメでしたね……」
 古泉くんは疲れ切った表情で、床に座り込んでいた。あたしも本ばかり読んでいたせいか、目がチカチカしているのを
押さえ込むようにこすりつつ、
「……まだよ、まだまだ! 消去法は決して無駄じゃない。図書館がダメなら次に行けばいい。それだけの事よ!」
 
 あたしたちは図書館を後にし、一旦部室に向かうことにした。
 まだ諦めてたまるか。絶対に何か方法があるはずよ。それを見つけてやるわ。
 
 


406:The miracle ahead
08/02/29 20:08:59 XbcJ4T7f
▼▼▼▼▼
 
 俺は朝日と物音に気がつき、目を開けた。
 昨日は団長席で写真を眺めていたのまで憶えていたが、どうやらそれのまま眠ってしまったらしい。
頭を上げると頬にくっつていたハルヒの写真がへろりとはがれ、床に落ちていった。
 それをすっと誰かが手に取り、俺に差し出してくる。
「落ちましたよ。大切な写真だからきちんと持っておかないとダメです」
 少し間延びしたような声。見れば、朝日も反射してしまうような美しく可愛らしい笑顔があった。
メイド服に身を包んだその人は、朝日をバックにまさに天使といってもいい神々しさを醸し出している。
「昨日は大丈夫でしたか? 生徒会長の方には、僕の方から対応をお願いしておきましたので、
恐らく何の問題もなかったと思うんですが」
 せっかくのエンジェル降臨を楽しんでいたというのに、優男のニヤケ声が俺の気分をぶちこわしてきやがった。
おいおい、せっかくだからもうちょっとエンジェルボイスの余韻に浸らせてくれよな。
「涼宮さんは少し遅れてくるそうです。病気の進行を少しでも遅らせられればと、コンビニでサプリメントを買ってくると
言っていました。昨日は一睡もしていないのに本当に大した体力ですよ」
 ハルヒの奴、得体の知れないドリンクや薬物を買ってきたりしないだろうな。そんなものを呑まされたら病状が加速しそうだぜ。
 部室にはすでに3人いた。唯一、俺に声をかけていない奴は無言のまま部室の入り口付近で俺の方をじっと見ている。
 やれやれ。これは一体どうしたことか。
 俺は一番近くにいた天使降臨な少女を呼び止め、
「またハルヒが何かやらかしましたか? そうでもなければ、こんなへんぴなところにある文芸部室なんかに
来たりはしないでしょう。人手不足とかいってその辺りに歩いている人間をとっつかまえて、強引に勧誘したんでしょうけど」
「えっ……?」
 その可憐な少女の表情が困惑にゆがんでしまった。いかん、何かまずいことをいっちまったか?
 少女は無理に取り繕ったような笑顔を俺に見せ、
「や、やだなぁ。キョンくん、冗談が過ぎますよ。あたしは朝比奈みくる、いつもここにいたじゃないですか」
「はい?」
 何を言っているんだ、この少女は。こんな超絶美少女がいたら、SOS団に俺は喜んで参加しているぞ。
大方が俺がハルヒの奴に引っ張り回されるだけだからな、ここの活動は。
 ……しかし、朝比奈みくるさんか。いい名前だ。
「えっと、まだ寝ぼけているみたいですね。目覚ましに良いお茶を買ってきたから、すぐにそれを入れますね」
 そう言って手慣れた手つきでお茶を入れる準備を始めた。待て待て、お客さんにそんなことをやらせるわけにはいかないだろう。
「ちょっと待ってください。お茶なら俺が入れますよ。せっかく来てもらったってのに、それじゃ立場が逆じゃないですか」
「いいんですっ……良いから、あたしにやらせてくださいっ……!」
 そうそのエンジェル少女は俺の言葉にとりつく島もない。
 ほどなくして、お茶を入れ終えた少女はお盆に湯飲みを乗せ、俺に差し出してくる。仕方がない。
せっかく入れてくださったんだから、ここは素直にごちそうになりますよ。
 俺はその熱々だが、喉を通すには熱すぎない絶妙なバランスの保たれたお茶をすすり始める。
これはうまい。俺が適当に入れたお茶とはまさに天と地の差だ。冗談抜きでSOS団の入って欲しくなってきたぞ。
 とはいえ、ハルヒの強引な勧誘に俺が乗っかるわけにも行かないので、お茶を飲み終えるとその少女に深々と頭を下げつつ、
「ハルヒに変わって謝ります。こんな朝っぱらにそんなけったいな服装で部室に来させるなんて非常識にもほどがありますからね。
最近は大人しくなってほっとしていたんですが、また調子に乗りだしたみたいだから一つ言い聞かせておきますよ―」
 がたん。
 突如、その少女は手に持っていたお盆を床に落とした。そして、それを拾おうともせず……
 今度は部室中に、まるで小学生になるまえの子供が泣くような泣き声が響き渡る。
その少女がどでかい声を上げて泣き始めたのだ。
 俺は突然のことに気が動転し、近くでこっちを見ているだけだった優男の方に近づいて、
「お、おい、俺ひょっとして何かまずいことをいっちまったのか。すまねえ、妙な病気にかかっているせいで、
ちょっと記憶が混乱しているんだ」


407:The miracle ahead
08/02/29 20:09:20 XbcJ4T7f
 ―自分の言葉で思い出した。そうだ、俺は記憶と意識が徐々になくなっている病気にかかっているんだ。
何でこんな重要なことを忘れていたんだ? そうなるとまさか今ここにいる人たちは……
 あたふたとする俺に、その男は答えようともせず目頭を強く押さえ、そのまま壁に寄りかかってしまった。
 少女はひたすら泣き続けるだけだったが、優男の方はようやく口を開き、
「……覚悟はしていたつもりですが、この現実はあんまりです……いえ、あなたは何も悪くないんですよ。
全部、あなたを蝕む病気が悪いんです……」
 苦悩に満ちたうめき声のような言葉を吐いてきた。
 俺はさらに混乱を加速させてしまったが、さっき泣いている少女から返してもらった写真を見て、ようやく事態が飲み込めた。
 そこにはどこかの海辺で泣いている少女・優男・じっと見つめるだけの無表情少女が映っていた。
全員水着姿で楽しそうに微笑んでいる。
 ……そうか、俺はこの人たちのことをわすれちまったんだな。このくそったれな病気のせいで。
 俺は軽く頭を抱えつつ、
「すまない。どうやら全員SOS団のメンバーみたいだな。俺がすっかり忘れちまった……だけで」
「キョンくんっ! 本当に憶えていないんですかっ!? あんなに一緒に……ずっと!」
 泣いていた少女が俺の胸に飛び込んでくる。うれしさよりも罪悪感の方が強く募った。こんな事をされても、
俺はこの少女に対する感覚・記憶ともに何も呼び起こされないからだ。
「すいません。写真を見る限り、一緒にいたのはわかりますが、俺自身はもう……」
 少女は、俺の言葉に床に崩れ落ちて泣きじゃくり始めた。
 何もできない。何もして上げられない。
 そして、何もしてあげようと言う気にもならなかった。人間らしい感情も酷く欠落しているのか。
 今ならまだはっきりと認識できる。俺は着実に死に向かって進んでいるってな。
 ほどなくして、優男が少女を抱きかかえるように立たせ、椅子へ導く。しばらく子供をあやすように少女に何か話しかけていた。
 ようやく徐々に落ち着きを取り戻した少女を確認すると、その優男は俺の元にやってきて、
「状況を確認したいんですが、いいですか」
「……あ、ああ」
 そいつはメモ帳を取り出し、
「まずここはどこですか?」
「SOS団の部室だ。元々は文芸部の物だったけどな」
「なら文芸部員は一人だけいましたが、誰だかわかりますか?」
「ん……すまん、憶えていない」
「では、今この部屋にいるあなた以外の人で、憶えている方はいますか?」
「さっきも言ったが、誰も知らない―思い出せない」
「ならば、このSOS団の団長は?」
「それは忘れたくても忘れないだろうな、我らが団長涼宮ハルヒ様だよ」
 この答えに優男ははっとして、
「涼宮さん、涼宮さんのことは分かるんですか?」
「ああ、あいつのことならはっきりと憶えているぞ。それはもう入学式にぶっ飛んだ自己紹介をした時から、
昨日散々励ましてくれたことまでな」
 俺が今言ったとおりでハルヒのことだけは、鮮明に記憶が残っていた。今記憶の糸をほじっても、ハルヒのことばかり
脳裏にかすめてくる。
 ここで、ずっと黙ったまま俺を見つめていた無表情少女が俺に近づいてきた。そして、俺の両腕をつかむと、
「聞いて。突破口が見えたかも知れない」
 ……どういうことだ?
 その無表情少女は瞬き一つしない瞳で俺を見つめながら続ける。
「わたしたちは記憶から消去されるほどプログラムによる浸食が続いているが、それでも涼宮ハルヒの事だけは
はっきりと憶えているのはあまりに不自然。涼宮ハルヒが情報フレアを発生させ、あなたに干渉を行っているとしか
考えられない」
「悪い。思考能力も落ちているみたいだから、わかりやすくいってくれ」
 頭の中が飽和状態のようになっているせいか、まともに考えられない。無表情少女はしばらく黙っていたが、
「プログラムの浸食を涼宮ハルヒは止めることができるかも知れない」
「つまり、ハルヒがあの神的変態パワーを使えば、俺を助けられるってのか?」
「そう」


408:The miracle ahead
08/02/29 20:09:42 XbcJ4T7f
 俺は後頭部をかきながら、
「だが、どうしろってんだ。今からお前には凄い力があって―なんて説明しても信じるような奴じゃないぞ。
それに、あいつが願って俺が助かるっていうなら、とっくに助かっているはずだ。あいつの思い―俺を助けたいっていう気持ちは
鈍い俺だって強く感じ取っているからな」
「恐らく涼宮ハルヒの介入はプログラム内部で想定されていて、対抗措置が執られている。
だから、それを越える形で涼宮ハルヒがあなたの生存を願わなければ、効果はない」
 助けたい以上の願い? なんだそりゃ、俺も思いつかないぞ。
 だが、無表情少女の言葉に、エンジェル少女と優男がはっと気がついたように顔を上げる。
「あとは涼宮ハルヒにかけるしかない。彼女があなたをどうしたいのか、それを認識できるかが鍵となる」
 ―そう無表情少女が言い切ったタイミングでハルヒが部室に現れた。
「ごめん、遅くなったわ!」
 両手には山のようなコンビニの袋を抱えている。おいおい、どれだけ買ってきたんだよ。
「この際何でも買ってきたわ。贅沢いっている場合じゃないもんね。ほら、ビタミンとか亜鉛も大量に買ってきたわよ。
今すぐ残らず食べなさい」
「ちょっと待て。そんなチャンポンで喰ったら、別の病気でしんじまいそうだぞ」
 ハルヒはコップに複数のサプリをじゃらじゃらと詰め込みながら、
「あんたの病気は一筋縄ではいかない、非常識な物なのよ! だったらこっちも非常識で対抗するしかないわ。
ほら、どんどん食べなさい。みくるちゃん、手伝ってあげて」
 そう呼ばれたエンジェル少女が俺に来て、ハルヒの手伝いを始める。
 その間に、優男がメモ帳片手にハルヒと話し始めた。一言一言を聞くたびに顔色が変わっていくのは、
俺がハルヒ以外のSOS団のことをすっかり忘れてしまったことを聞いているからだろう。
 ―次にハルヒがとった行動は、ある意味必然でハルヒらしかった。
 パアァンと気持ちのいいほどに、ハルヒが俺の頬をひっぱたいた音が部室内をこだまする。
「あんた……あんたって奴は……!」
 続いて、俺のネクタイを締め上げ、
「どれだけみんながんばっているかわかってんの!? なのにあんたはホイホイと病気に任せて何でもかんでも忘れて!
キョンを助ける、キョンを助けたいの! だから、あんたも少しはがんばってよ!」
「やめてくださいぃ!」
 ここでエンジェル少女―ああ、朝比奈さんだったな―が俺とハルヒの間に割って入ってきた。
激高しているハルヒを盛んになだめようとしている。
 だが、ひっぱたかれても罵られても、俺は怒りどころか反論すらわき起こってこなかった。
 俺は朝比奈さんの肩をつかむと、
「いいですよ。ハルヒの言っていることは事実ですから。俺がこんなんだから、病気が簡単に進行―っ」
 突然―俺の周りの世界が回転した。まるで回転型の絶叫マシンに乗ったかのように足下と視界がふらつき、
そのまま床に倒れ込む。
「キョンっ!」
 そのまま頭から落下しそうになるが、すんでの所でハルヒがキャッチしてくれたおかげで難を逃れる。
しかし、強烈なめまいは収まる気配を見せず、もう立つことすらままならない。
「ああっ……どうしよう。ごめん、キョン。あたし、バカなことしちゃった。ごめん、本当にごめんなさい!」
 ひっぱたたいたことについてだろう、ハルヒはしきりに謝罪の言葉を並べた。
だが、俺はハルヒを責める気なんて全く起きず、揺れる視界のなか、ハルヒの頬にすっと手を当てる。
「いいんだ。気にするなよ。お前は悪くないさ。あっさり忘れちまう根性なしの俺が悪いんだよ……」
「キョン……!」
 ハルヒは痛いくらいにぎゅっと俺の頭を抱きしめてきた。かすかに触れた肌を通して、活発に動くハルヒの心臓の鼓動が
俺にまで伝わってくる。
「助けてあげる―絶対に助けるから!」
 ハルヒはそう大声で俺に呼びかけた後、まるで周りに聞かれたくないのか、俺の耳元に口を寄せてきて、
「どこまでもついていってあげる。だから安心して……」
 
 
▽▽▽▽▽
 


409:The miracle ahead
08/02/29 20:10:06 XbcJ4T7f
 午前8時。リミットまで残り9時間を切っている。
 あたしはみくるちゃんと古泉くんにキョンを託すと、有希と二人で街に出た。登校してくる生徒の逆送して走るあたしたちの姿を
周りの人間が奇異の目で見てくるが気になんてしていられない。今日も平日だから授業はあるけど、
そんなものに出ている場合じゃないんだから。
 あたしはもう藁にもすがる思いだった。医者もダメ、図書館で調べてもダメ、こうなったら有希の知っている古本屋をめぐって
それっぽいものを探すしかない。神社で祈ったり、境界に駆け込んだりもしてみたらと頭を過ぎったけど、
それでキョンが直るとはとても思えないから止めた。今あたしがやらなければならないことは、
キョンを助ける方法を探すこと。祈っていても見つかるわけがない。
 幸いなことに有希は本好きだったので、たくさんの古本屋を知っていた。それこそ、魔術書まで置いてありそうな物まで
置いてありそうな怪しげな店もあった。あと、昔あたしがいろいろ調べて回ったときに見つけていた、
民間療法も治療薬を売っている店も廻って効果のありそうな物を手当たり次第に確保するつもりだ。
 駅前までつくと、あたしは有希を連れてタクシーに飛び乗った。とりあえず、メモを片手に行き先を運転手に指示する。
 時計を確認すると、もう午前8時20分になっていた。この調子だと廻れる店はかなり限られてくる。
近場からどんどん目的地を潰して起きないと……
 と、有希があたしの方をじっと見ていることに気がつく。
「なに? 有希」
「一つ確認したいことがある」
 あたしはメモから目を離さず、口だけで答えた。
 有希は続ける。
「あなたは彼のことをどう思っている?」
「好きよ」
 何というかあっさりと本心が口に出てしまった―というか出てしまった。はっきり言ってしまえば、照れている余裕も
あたしにはないと言うことである。
「キョンが好きだから助けたい。でなきゃ、ここまでやれないと思う。そう―あたしはキョンが好き。だから、助けたい」
「わかった。それを聞いて安心した」
 そう有希は答えると、あたしから視線を外してじっと前を見つめ始めた。
 ……この子がこんな事を聞いてくるなんて。やはりキョンの死が近づいて酷く動揺しているんだろうか。
 
 まず一番近くにあった古本屋数軒を廻ってみたが、こぢんまりしているだけで、並んでいるのは大手の新古書店と
大して変わらない本ばかり並んでいた。時間をかけている余裕もないので、軽く本のタイトルだけを見回すと、
また次の目的に向かう。
「有希、もうちょっと変わったところはないの? こんなところじゃ図書館と大差ないわ」
「少し離れた場所に、変わった本を集めているところがある。そこに行けばいい」
 そう言って、あたしが持っている地図を指さす。今の位置からかなり離れているところか。
それなら漢方薬とか売っている店を廻りつつ、そっちに向かった方が効率がいいか。
 ―だが、こんな時に限って問題が発生する。乗っていたタクシーが渋滞に捕まってしまったのだ。
「裏道はないの!?」
 あたしはどうにか回避できないのかと訪ねるも、この周辺ではこの時間帯は局地的に渋滞が発生していて、
例えここをうまくかわしても、他の場所で引っかかるだけらしい。なお目的地を記した地図を見せて食い下がったが、
運転手が出した結論は至って簡単な物だった。あたしの行きたいところへ最も早く、かつたくさん廻るなら走った方が早いと。

 あたしは運賃を払うと、タクシーから飛び出し一目散に走り出した。息を切らせながら、全速力で走ること10分、
一番近くにあった薬を売る店に飛び込んだ。
 
 
▼▼▼▼▼
 
 あー、なん……だろ、か。頭が……ぼーっとしてきた。
「古泉くん! キョンくんの様子が!」
 耳元で朝比奈さんの声が響く。しかし、それもまるでトンネルの中で話しているように、乱反射して聞こえてきた。
 しばらくして、古泉と呼ばれる優男が、不安げな表情で俺をのぞき込んできた。
「大丈夫ですか? 何かしゃべれますか?」
「う、あーううあーいいい……」
 俺の口は完全にろれつが回らなくなって来ていた。考えがまとまらない上に、まともにしゃべることもできなくなるとは。
いよいよ俺も終わりが近いらしい。
「死なないでください! お願いだから死なないでっ」


410:The miracle ahead
08/02/29 20:10:28 XbcJ4T7f
 朝比奈さんが俺の頭をぎゅっと抱きしめてきた。全く俺は幸せ者だったんだな。
こんな人と一緒にずっと高校生活を送っていたんだから。
 次第に視界も濁り始めた。もう二人の顔もまともに見えなくなってきている。
 ……ハルヒ。もう俺はダメだよ。せめて最期にお前の顔は拝んでおきたい。だから、もう諦めて帰ってきてくれ……
 
 
▽▽▽▽▽
 
「そう……わかった。できるだけ早く戻る」
 あたしは古泉くんからの連絡を聞き終えて、携帯電話を閉じる。
 キョンの状態が限界に達しつつある。今は午前12時半。タイムリミットは3時間を切っていた。
しかし、目的の半分しか廻れていない上に、手に入った物と言えば適当に買いあさった漢方薬だけの状態だ。
 古泉くんは電話の中でこういっていた。
 キョンはあたしに会いたがっていると。少しでも顔を見たいと。
「…………っ!」
 あたしはどうすればいいのか分からず、ただ無我夢中に走り出した。心臓が破裂するほどになっても足は止まらず、
肺は悲鳴を上げて酸素を求め続けている。
 嫌だ。キョンに死んで欲しくない。
 でも、このまま街中をさまよっていてももう解決策が見つかるとは思えない。
 でも、ここで部室に戻ってもただキョンの死んでいく姿を見続けるだけになる。
 
 あたしは……あたしはどうすればいいのよ!
 
 ―ふいに、限界に達した足がもつれ、アスファルトの道路の上を転がるように倒れ込んだ。
全身に強烈な痛みが走り、全神経にしびれが駆け抜けていく。
 全身の酸素も足りないせいか、あたしは道路の上に突っ伏したまましばらく動けなくなった。
 ほどなくして、あたしが倒れたのと見た野次馬たちがあたしを取り囲み始める。
 あたしはある程度呼吸が落ち着いたことを感じると、すぐさま立ち上がろうとした―が足に来ているらしく、
全く立ち上がることができない。
 と、ここで遅れてきた有希があたしの肩に手をかけ、
「手を貸す。立って」
「あ、ありがと……」
 あたしは有希と二人三脚のように歩き出した。周りの野次馬たちも、無事を確認したのか次第に散っていく。
 そのまま数十メートル歩いたところで、有希が突然立ち止まった。そして、あたしをじっと見て、
「部室に戻ることを推奨する」
「なにバカなこと言ってんのよ。今戻ったって何もできることがないじゃない!」
 帰るならせめて手がかりだけでも見つけたかった。そうでなければ、必ず助けるというキョンとの約束を破ることになる。
 だけど、有希は迷いのない口調で言った。
「このまま探しても手がかりが見つかるとは思えない。このままではあなたは彼の生きている姿を見ることなく、
別れを迎えることになってしまう。そうなればあなたはきっと後悔する。それに」
 ―ここで一拍置いて―
「彼の最期を見届けるのはあなたしかできない。わたしはあなたがそうするべきだと思っている」
 あたしは有希の言葉に反論できなかった。
 はっきり言ってしまえば、もうこれ以上街中をさまよったところで無駄だろう。ただの自己満足的な行為になってしまう。
例え手がかりが見つかったとしても、今からでは準備ができるとは思えない。突然、空から万能薬が降ってきて
キョンがそれを飲んだらたちまち直ったなんて言うことにはなるわけがない。
 それに本音を言えば、あたしはキョンと一緒にいたかった。これ以上離ればなれになっているのは耐え難くなってきている。
このまま最期まで逢えないという事態になれば……
 アスファルトの乾いた地面に多数の水滴が落ちる。気がつけば、いつの間にか空は真っ黒に染まり、夕立がやってきていた。
その中の水滴にあたしの涙も混じって、地面に叩きつけられる。
 あたし……何もできなかった。キョンがあんなになっているのに、なにもできなかった……!
「近くでタクシーを拾う。迂回していけば20分で部室まで戻れるはず」
 有希の言葉にあたしはただ黙って頷くことしかできなかった。
 


411:The miracle ahead
08/02/29 20:10:49 XbcJ4T7f
 猛烈に続く土砂降りの中、あたしたちは屋根付きのタクシー乗り場にたどり着き、そこでタクシーがやってくるのを待つ。
 あたしはどうしようもない喪失感に染まり、有希の肩にしがみついたまま動けなかった。
 辺りはまるで夜のようになり、自動車のライトがあたしたちを照らしていく。
 ふと思い出す。みくるちゃんと古泉くんが言っていたことだ。 あたしはまだキョンに対して
何か遠慮しているところがあると言っていた。わからない。あたしはキョンが好きであることも認めているし、
助けたいというのは嘘のかけらもない心の底からの願いだ。なら、あたしに足りない物はなに?
「わたしも古泉一樹や朝比奈みくると同じ気持ちを持っている。彼に対して決定的に足りない何かがあなたにはある」
 まるであたしの心を読んだかのように、有希がしゃべり出した。
 足りない物。わかんないよ、有希。あたしの一体どこがいけないって言うの?
「あなたの彼に対する感情は全く問題ない。助けたいという気持ち、好きであるという愛情、どれをとっても固く強いもの。
過不足なく最良の感情を形成している」
「……ならいいじゃない。それがあたしの気持ちなんだから」
「それは違う。あなたはまだ到達できていない部分がある。その原因は恥ずかしさから来るものなのかもしれないし、
自分に対して―彼に対して遠慮しているからかも知れない。具体的なことはわたしにはわからない。
しかし、確実に言えることはあなたはもう一歩踏み出だせることに気がついていない」
 あと一歩。好き、助けたい。この先がまだある……?
 有希は続ける。
「これはわたしの推測。あなたはずっと彼に対して奇跡が起きることを望んでいた。
でも、あなたはその先が見えていないように感じる。奇跡の向こう側に存在しているものが」
 
 ―奇跡の先にある……もの?
 
 
▼▼▼▼▼
 
 あー、あはーははーハルーヒ、ハルー……
 
 
▽▽▽▽▽
 
 あたしは部室に戻ってキョンの変わり果てた姿を見て、思わず床に膝をついてしまった。
 顔面蒼白になり、目は明後日の方を向き、口からはだらだらとだらしなくよだれが垂れている。
「あ……ああ!」
 あたしは無我夢中で飛びつくようにキョンを抱きかかえた。
 ごめん……こんなになるまで何もできなくて!
「ごめんなさい。いろいろ手を尽くしたんですけど、あたしにはなにも……」
 そうキョンのそばでずっと看てくれていたみくるちゃん。ううん、もう十分よ。ありがと。
あとはあたしがキョンのそばにいるから。みくるちゃんは少し休んで。
 すでに時間は午後13時半を廻っていた。あと2時間半でキョンの命は尽き果てることになる。
 ……だけどもう打つ手はなくなった。少なくともあたしがここに戻ってきた時点で、キョンが助かる見込みはなくなった。
いや、最初から助けられる可能性なんて存在していなかったのかも知れない。あたしはただ自分を納得させるためだけに
街中を走り回っていただけで。
 
 嫌な沈黙が流れる。時計が針を刻む音が耳につき、それがあたしの喪失感をじわりじわりと広げていった。
 誰もなにも言葉を口にしない。
 
「あー、あハルはるひ……?」
 唐突にキョンがあたしを見て口を開いた。たどたどしく、もう言葉として成り立っていない
「なに? キョン。大丈夫、あたしはそばにいるから大丈夫……」
「かか、かえ、かえ……って……き……くれ……た」
 キョンはあたしの腕をつかみ、たどたどしい言葉を重ねる。次第にその手の力が入ってくるのを感じると、
まだキョンのあたしのことを憶えていてくれていることを感じ取り―たまらなくなった。
「帰ってきたよ。もうどこにも行かないから大丈夫……ずっとあんたのそばにいるから……!」
 あたしは思わず強くキョンの頭を抱きしめ、止めどなく涙を流した。
 


412:The miracle ahead
08/02/29 20:11:25 XbcJ4T7f
 助けられない。
 約束を守れなかった。
 キョンはこんなになってもあたしを見て……信じてくれている。
 でも、あたしは何もできない……
 
 
 ふと、あたしの脳裏にあることが過ぎった。
 あたしにできること。
 最後にできること。
 それは……
 
 
 唐突に校内放送が流れ、有希、みくるちゃん、古泉くんの名前が呼ばれ、職員室へ来るように指示が出る。
 3人とも微動だにせず、じっと黙ったままうつむいていたが、
「……大丈夫。キョンはあたしが看ているから行ってきて。向こうからこっちにやってこられて、
こんなキョンを教師たちが見つけたら大騒ぎになるから」
 あたしは3人にそう告げると、ほどなくして部室から出て行った。
 
 しばらくして、3人が戻ってこないことを確かめると、あたしはキョンを背負い部室から出る。
「あー、ああ……」
「大丈夫よ。ちょっと場所を変えるだけだから」
 そう言ってキョンを安心させると、人目につかないように学校から外に出る。
そのまま平日昼であまり人通りのない坂道を降りていった。雨は上がったものの、未だに薄暗い空は
まるで虚脱感で真っ黒に塗りつぶされたあたしの心を表しているかのようだった。
 
 ……一緒よ、キョン。絶対にあんたを一人で逝かせたりしないから……
 
 
▽▽▽▽▽
 
 午後2時半。あと30分でキョンはこの世からいなくなってしまうだろう。
 
 あたしはキョンを背負ったまま、数十階の高層ビルの屋上に立っていた。北高からタクシーで
一時間ぐらいの場所にある新築のものだ。別にここを目指していたわけではなかったが、街中をさまよっているときに
ふとこの高層ビルが目にとまったからここを選んだだけである。警備員やビル関係者に見つかるかと思ったが、
幸いなことに誰一人としてあたしの姿を気にとめる人はいなかった。まるであたしたちの姿が見えないのかと思ったぐらいだ。
 夕立の湿気の篭もった冷たく強い風が自分の身体を叩きつけてくる。
「あーあー」
 キョンはたまに声を上げるが、完全にものを言えなくなってしまっていた。たまに思い出したようにうなり声を上げるだけだ。
意識が混濁しているのか、あたしに背負われているということすらわからないらしい。
「あんたと出会ってからいろいろあったわね……」
 あたしの脳裏に様々な思い出が過ぎる。
 
 北高に入学した初日に見たあんた。
 あたしの自己紹介に唖然としてマヌケな顔をこっちに向けていたわね。
 
 あんたがあたしの髪型の変え方を見抜いたとき。
 正直ちょっと悔しかった。前の席に座っていたからといって、ただの凡人のあんたに見破られたんだから。
 
 SOS団設立のきっかけをキョンがくれたとき。
 当時は余り考えなかったけど、今では凄く感謝している。あれがなければ、あたしは中学のときと同じ状態だったと思うから。
 


413:名無しさん@ピンキー
08/02/29 20:11:42 u8NP0Szh
もうここはコピペスレだな

414:The miracle ahead
08/02/29 20:11:45 XbcJ4T7f
 それからはいろんなことをした。
 野球もした。
 七夕もした。ついでにコンピ研の部長も探したっけ。
 合宿で孤島にも行ったわね。あれは古泉くんにしてやられたわ。やり返してやったけど。
 夏休みの終わりはこれでもかってぐらいに遊んだ。
 映画の撮影もした。あれは……ごめん、ちょっと調子に乗りすぎたかも。
 文化祭で歌うことになるとは思っていなかったわ。でも、結構気持ちよく歌えたからいいけどね。
 コンピ研とゲーム対決して。
 ラグビーを見に行って。
 冬は……
 
 
 今までのことを思い出していくたびに、瞳から流れる涙の量が増大していく。もうぬぐう必要も感じない。
 
 あたしは時計で時間を確認する。午後2時55分。思い出に浸っていたら、もうこんな時間になっていた。
すぐにキョンを背中から降ろし、抱えるようにして屋上の縁の部分に立った。真下には細い路地が通っている。
人通りも全くなく、自動車も走っていない。誰かにぶつかってしまうことはないだろう。
「あ、あー」
 下を見つめていたあたしに、キョンが手をかけてきた。あたしの顔を確かめるように頬をなで回してくる。
 あたしはとびっきりの笑顔を作って、
「大丈夫よ、キョン。あたしはここにいる。この高さならどうやってもたすかりっこないわ」
 涙が瞳の中に溢れかえり、キョンの顔がゆがんで見える。瞬き一つするたびに、水滴が飛散することを感じた。
 あたしはキョンをぎゅっと抱きしめると、
「一緒に逝こう……キョン」
 そう言って空中に身を投げた―
 
 
▽▽▽▽▽
 
 ゆっくりと落下感が加速し始めるのを感じたとき、あたしの脳裏にあの言葉が過ぎった。
 
 みくるちゃんが言った。
 あたしがまだキョンに対して何か遠慮しているのではないかと。
 
 古泉くんが聞いてきた
 あたしはキョンをどうしたいのかと。助けたいと素直に答えたら落胆した表情を浮かべていた。
 
 有希が言った。
 あたしの思いはまだ到達できていない部分があると。
 
 
 最期まで分からなかった。
 あたしはキョンが好き。
 あたしはキョンに生きて欲しい。
 生きてくれれば、またSOS団して楽しくやっていけるから
 死んでしまえば、もうあのキョンのいる楽しい生活は戻ってこないから。
 
 なにが問題だったのだろう。
 なにが足りなかったんだろう。
 
 ―不意に有希の言葉が脳裏に蘇る。
 
「これはわたしの推測。あなたはずっと彼に対して奇跡が起きることを望んでいた。
でも、あなたはその先が見えていないように感じる。奇跡の向こう側に存在しているものが」
 
 
 奇跡の先にあるもの。
 奇跡って言うのはキョンが生き延びるってことよね。
 じゃあ、その先になにがある?
 

415:The miracle ahead
08/02/29 20:12:09 XbcJ4T7f
 奇跡が起これば、続きができる。
 だから、奇跡が起こって欲しい。
 だから―
 
 
 
 ―あたしの思考がはじけた。
 
 あたしは……
 本当にバカだ……
 こんな時になるまで気が付けないなんて本当にバカだ……
 
 
 あたしはずっとキョンが生きて欲しいことばかり考えていた。
 キョンが生きてくれれば、結果としてまだまだキョンと一緒にいられる。
 SOS団として楽しく生きていける。
 
 でもそれは違う。
 間違っている訳じゃないけど、あたしの本心じゃない。
 
 あたしは何を望んでいる?
 あたしは何を望んでいるから、奇跡が起こって欲しい?
 あたしは何を望んでいるから、キョンに生きて欲しい?
 
 答えなさい、あたし!
 
 
 ―ゆっくりと身体が降下していくのを感じた―
 
 
 ……一緒にいたいから。
 
 キョンとずっと一緒にいたい!
 
 あたしの前の席に座っていて欲しい。
 部室でぶーたら文句を言っていて欲しい。
 不思議探検でどこかでこっそりとさぼっていて欲しい。
 あの中途半端な笑みを見たい。
 あたしの無理難題に文句を言って欲しい。
 
 それだけじゃない。
 
 ずっとそばに立っていて欲しい。
 その内キスもしたい。
 キスしてほしい。
 抱きしめられたい。
 抱きしめてあげたい。
 
 キョンと一緒に、またみんなで孤島に行きたい。
 キョンと一緒に、またみんなで映画を撮りたい。
 キョンと一緒に、またみんなで文化祭を楽しみたい。
 キョンと一緒に、また遠くに行きたい。
 
 
 キョンがいなきゃダメなの!
 
 だから!
 
 お願い!
 

416:The miracle ahead
08/02/29 20:12:33 XbcJ4T7f
▼▼▼▼▼
 
「―生きて!」
 俺の頭に、ハルヒの声がはじけた。
 どこからか吹き付けられる風が、痛みを憶えるほどに俺の全身にまとわりついてきている。
 
 ゆっくりと目を開けてみる。
 目の前にはなぜか涙が上に飛んでいくハルヒのドアップがあった。
 その顔は涙でぐしゃぐしゃになってしまっている。
 で、俺が真っ先に口に開いたのはこれ。
「……なんて顔してんだ、お前は」
 俺に言葉に、ハルヒは反発して睨みつけてくるかと思ったが、逆に信じられないほどの笑顔入りの感激の表情に様変わりし、
「キョン……キョン……!」
 そう言って俺の胸元に、抱きついてきた。
 ああ、もう状況が分からん。なんなんだこれは。だれか説明してくれ。
 ―って、今更気がついたんだが、俺たちもしかして落ちているのか!?
 俺が素っ頓狂な声を上げると、ハルヒはおずおずとこちらを見上げて、
「ご、ごめん、ちょっと早まっちゃった……」
 そう反省しきりのハルヒ。
 おいおい、勘弁してくれ。じりじりと地面が近づいてきているぞ。あと十数秒で三途の川に落ちちまう。
 だが、何となく見上げた上空を見て、俺はほっと胸をなで下ろした。
「あー、でも大丈夫だな。さすがはSOS団副団長様だよ」
「え?」
 ハルヒがきょとんしたタイミングで俺たちの落下速度が大幅に落ちる。上空から降りてきた古泉が、
俺の身体をつかんでパラシュートを開いたのだ。
「……ぎりぎりでしたね。さすがにちょっと肝を冷やしましたよ」
 古泉がはにかんだニヤケ顔を浮かべてくる。顔が近くて気色悪いが、まあ、今日は勘弁してやるか。
 ほどなくして、地上の方で騒ぎが起こる。オフィスの窓や通行人たちが俺たちを指さして、何事かと言っているようだ。
そりゃ、いきなり高層ビルの屋上から人が落ちてきて、さらにパラシュートが開けば目立つだろうからな。
 古泉は器用にパラシュートの進行方向を操作して、できるだけ人気のない方に向かって移動を始める。
「全くこんな大騒ぎを起こして、機関だけではもみ消すのは困難ですね。長門さんに助力を願わないと」
「おい、ハルヒがいるそばでその話は……」
 俺が焦って古泉の口を止めようとするが、逆に古泉は俺の胸元のハルヒを指さしてきた。
見れば、さっきまでの泣き顔はどこへやら、幸せそうな顔ですーすーとハルヒが寝息を立てている。
 俺はしっかりとハルヒを抱きかかえると、
「全く……こいつは人をこんなところに突き落としておいて……」
「涼宮さんはあなたのために徹夜で走り回っていたんですよ。まさか忘れたと言いませんよね?」
「言われんでもわかっているさ、そんなことは」
 ついふてくされたように返す俺に、古泉は素直になったらどうです?と苦笑を浮かべる。ええい、無視だ無視。
 俺の顔に太陽光が当てられる。見れば、分厚い雲の隙間から徐々に光が差し込み始めていた。
 ふと、俺は思いつき、
「なあ古泉。お前ハルヒを付けていたのか? でなけりゃ、こんなタイミングで俺たちを助けられないだろ?」
「ええ、涼宮さんとあなたが部室から姿を消したときは卒倒しそうになりましたが、何とか再発見できましてね。
いやあ準備もぎりぎりでしたよ。高層ビルに入る姿を発見したとき、これはもう飛び降りしかないと思い、
あわててパラシュートの準備をしてもらいましたからね。昔にちょっと機関の訓練絡みでやった経験がこんなところで
役に立つとは」
 お前の自慢話なんてどうでもいい。俺が聞きたいのは一つだけだ。
「もし―もしもの話だが、俺が復活しなかったら、ハルヒを助けたのか?」
「……さあ、どうでしょうか? きっとその時僕が感じたままに動くと思いますよ」
 そう俺の問いかけをはぐらかして、苦笑を浮かべるだけだった。


417: ◆LeyXT4003g
08/02/29 20:12:56 0NQTeioZ
全部貼らなくても誘導つけてくれるだけでいいのに。
URLリンク(www25.atwiki.jp)

418:The miracle ahead
08/02/29 20:13:02 XbcJ4T7f
▼▼▼▼▼
 
「で、何で俺は助かったんだ?」
 俺は病院のベッドで、見舞いに来ていた長門に尋ねる。
 その後、どうにかして現場を逃げ出した俺たちは、そのまま病院に直行することになった。
危機的状況は脱したとは言え、まだどこかに悪いところがあるかも知れないということで、現代医療の先端技術を駆使した
検査を片っ端から受けさせられ、その後には能力が戻った長門による未知の病原体・何とかプログラムが
残っていないかの検査も受けた。
 結果はオールグリーン。俺は至って健康体であるということだ。やれやれ、ようやく一件落着か。
 ただ、体力的な問題や念には念を入れてと言うことで、数日入院することになった。翌日、ようやく連絡の取れたオフクロ達も
ついさっき見舞いに来たところだ。変な物を喰って食中毒になったということにしているが。
 その後、朝比奈さん・古泉が見舞いにして、それと入れ替わりで長門がやってきた。で、俺はせっかくなんで、
ハルヒの奴がどうやって俺を救ったのか聞いてみることにした。
 長門は首を少しだけ傾け、しばらく考える素振りを見せた後、
「抽象的な話になる。また事実ではなく推測でしかない。それでもいい?」
「構わん。教えてくれ」
 俺の了承を確認すると、長門は続ける。
「あなたを蝕んだ破壊プログラムはあなたの生命活動を奪うという、その一点のみを狙った。
その点を標的にあなたの時系列的存在存続を切断するという手段。同様に涼宮ハルヒも途中までは
あなたの生命活動が存続して欲しいという一点のみを願い続けた。点の消滅を避けようとしていた。
だが、それを予測していた破壊プログラムはそれを受け付けないように細工されていたと思われる」
 何が変わって、俺は助かったんだ?
「涼宮ハルヒは、最後にあなたに未来があること願った。それは点ではなく線となる。破壊プログラムが点を抜き去ろうとした
点に対して、涼宮ハルヒはその上から線を引いた」
 本当に抽象的な話だな、おい。
「現段階に置いても涼宮ハルヒの情報創造能力の詳細は不明。これはわたしの推測に過ぎない話。
だが、彼女があなたとともに先に進む―あなたが助かるという奇跡の先の存在に気がついたのは否定できない事実」
 なるほどね……
 ところでこんなふざけたことを仕掛けた奴は一体どこの誰なんだ?
 長門は少しうつむき加減になり、
「情報統合思念体はわたしに情報操作能力を復元させた後でも、何も教えようとはしない。
しかし、有機生命体の死を点でしか捉えられないことを考えれば、仕掛けたのは情報統合思念体に他ならないと思う。
急進派が仕掛けたのか、主流派が考えを変えたのか。それとも別の意志が働いたのか。どちらにしても
わたしがそれを知るすべはない」
 長門の口が少しだけ重くなっていることに、俺は責任を感じていることを感じ取って、
「気にすんなって。お前を責めるどころか、責任があるとすら思ってねえよ。はっきり言わせてもらうが、
お前とお前のパトロンは完全に別物だ。俺の中ではな」
 長門はこくりと頷く。ありがとうという感謝のサインだろう。
 しかし、ハルヒが俺の未来を願うとはね。全くハルヒはまだ俺を引っ張り回したりないってのかよ。
どんだけ突っ走ればこいつは止まるんだか。
「今度はあなたが気がついていない」
 はい?
「何でもない」
 唐突にかけられた長門の言葉の意味が分からず間の抜けた声を上げる俺だったが、長門はそれ以上語ろうとしなかった。
 しばらくして、長門はすっと立ち上がると、
「帰る」
 そう言って外に出て行こうとする。俺は待てよ、と声を上げて、
「いろいろ心配かけちまったな。ありがとよ」
「わたしは何もしていない。お礼を述べるなら、涼宮ハルヒに言うべき」
 そう言って俺の寝ているベッドのすぐ横を指さす。
 
 そこには寝袋にくるまったハルヒの姿があった。幸せそうな笑顔で寝息を立てている。
まあ、なんだ。冬に入院したときと同じってことさ。俺が回復するまでここで一緒に寝泊まりするんだと。
 俺はすっとハルヒの頬に手を当ててやる。あの時はここで起きたが、今は深い眠りに落ちているのか
目を覚ます気配を見せなかった。

 ―お前が願ったとおり、ずっとそばにいてやるよ、ハルヒ。


~~完~~

419:名無しさん@ピンキー
08/02/29 20:38:36 1TKV50Tk
なんでいちいち手間隙かけて転載してんの?心の病気なの?

420:名無しさん@ピンキー
08/02/29 20:53:41 sTpf+JnA
感動してたのにVIPにあるって聞いて
「また転載野郎かよ・・・クソがっ!」
って思っちまったよ。今は最悪な気分だぜ。

421:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:02:13 GdkazCZ2
前回、前々回と転載されて大いに盛り上がったからな。
こんな調子じゃ転載は続くだろ。

ところで、残り一レスで転載だとばらす朝比奈さんのどす黒さに恐怖すら覚えたw
あの一言で未読だった読者を絶望のどん底に叩き落とせただろうからなw

422:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:12:37 8n8qIV7p
hahaha。
しかし、随分長いことコピペ野郎も居座ってるようだが、
一体何がしたいんだろうなあ。

423: ◆LeyXT4003g
08/02/29 21:18:51 0NQTeioZ
この際、VIP住人も兼ねている人に、次に転載されるであろうSSを予想してほしいものだ。
今後の予防策として効果がありそうだよ。
などと言っていると、この次はアニキャラや文芸板から貼られかねないね。
(236君、キミのことを言っているのではないから安心したまえ)

>>421
お褒めいただいて恐縮だが、あいにく俺もリアルタイムで読んでて>>413の一言で気付いただけの話さ。

424:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:20:26 gAT4gJSO
朝比奈さんはたまたまと信じよう。

425:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:23:33 Gh6iXz23
遅くなりましたが、
>>377-378
なる㌧

426:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:24:44 afCpLWQ1
基本的に登場人物死なせて感動を取る作品って、
どんなに描写が良くても駄目だと思うんだが。

427:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:26:49 8n8qIV7p
俺もあんまり好きじゃないかな。
話の途中でそういう要素を挟むならわかるが、死ぬこと前提で作るような話はいまいちなような。
どんなにでも駄目とまでは行かないけど、かなり工夫しないとありきたりに見える気がする。

428:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:35:47 ZlmswlJq
おいおい、転載されたものを読まずに批判するのは最悪すぎる行為だぞ。

429:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:38:16 hPphLXNV
>>421
盛りあがってないだろ。顰蹙を買ったのと
自演疑惑とその指摘とで無駄に荒れただけ

430:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:39:42 82FebcPm
>>426-427
このスレの住人には釈迦に説法かもしれんが、そもそも団長殿的にNGだからな。
それより、転載されたあげくここで叩かれるのでは作者も浮かばれない。マナーは自己を律するためのもので、
強要する性質のものではないが、あまりリアクションしない方がよいのかもしれないな。

431:名無しさん@ピンキー
08/02/29 21:50:59 PyY4vqso
ここは感想がストレートでいいな。

432:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:03:11 8n8qIV7p
>>428
俺は今と以前で計二回も読んだぞ。

キョン死にかける(起)→ハルヒが何とか治そうとする(承)→ハルヒ飛び降り(転)+キョン治る(結)
承の部分のスカスカっぷりが酷すぎて、読んでてヒジョーにダレた。
キョンが俺は幸せだったなあと連呼して、ハルヒがただ一途にキョンを追っかけるだけ。
他の面子は置いてけぼりにして、ハルヒが唐突にI Can Flyをカマして、
長ったらしい前振りは全部無視して2レスで話を解決させて、はい終了。
オチだけ書けば済む話だ。

433:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:07:28 ZLIkDI+9
>>428>>426に対するレスじゃないのか?
「基本的に登場人物死なせて感動を取る作品」ではないわけだから。

434:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:09:18 mtpD7pZG
コピペはスルーするのがマナーでおk?

435:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:11:06 P/E92ibC
で、前からのも一応vipで高い評価されてるやつを転載してるってコトなのか?

本人的には良作を紹介してる~つもりとか。
それとも一連の作品は同じ書き手で今更名乗れなくなってるとか。

436:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:14:00 ZLIkDI+9
>>432
>オチだけ書けば済む話だ。
あとSSでこれをいっちゃったら終わりだよな。
全部が当てはまる……w

437:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:23:53 y+j/Nssv
ぶっちゃけオチを書きたいがためにストーリー組んでるみたいなもんだからなw
それだけじゃないだろうが、少なくとも俺は。

438:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:28:40 8n8qIV7p
>>436
承の部分が読んでて面白けりゃ、オチが悪くてもそれなりの評価は受けるんじゃね?
エロSSは文がエロけりゃ話の展開がどんなだって文句言われんし、オチは必要ですらないだろ。

オチで勝負するSSを書くなら、オチを用意する前に盛り上げてくれなきゃ駄目だろう。
平坦すぎたら落ちられない。

439:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:33:51 1QSs9O1N
>>438
さっきから言っていることがちぐはぐだぞ。

>話の途中でそういう要素を挟むならわかるが、死ぬこと前提で作るような話はいまいちなような。
 → 死ぬことが前提じゃないから転載SSに当てはまらず

>長ったらしい前振りは全部無視して2レスで話を解決させて、はい終了。
>オチだけ書けば済む話だ。
 → それを言ったらおしまいだ。

>エロSSは文がエロけりゃ話の展開がどんなだって文句言われんし、オチは必要ですらないだろ。
 → そもそもエロSSじゃない。

440:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:35:11 hPphLXNV
>>439はさすがに>>438読み返した方がいいだろ

441:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:35:40 KW8fwBKf
久し振りの長編かと思って微妙にwktkしながら読んでたらまた転載かよ……。
まあ読んだこと無かったから別にいいんだけどw
途中でどうせハルヒの能力で助かるんだろとしか考えられなくて楽しめなかった。
後微妙に最後付近のあばばばばばばな状態になってるキョンが面白かったw

442: ◆LeyXT4003g
08/02/29 22:36:42 0NQTeioZ
転載SSに感想を書いてしかも話題として繋ぐなんて真似は、さすがの俺にもできませんよ。
釣りは好きですが、釣られるのは嫌ですから。

443:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:39:39 KW8fwBKf
最近朝比奈さんの降臨がやけに多いのは気のせいか?

444:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:42:34 y+j/Nssv
リハビリ中なのかも知れんぜ。批評や感想をしっかり書くってのも大変だからな。

445:名無しさん@ピンキー
08/02/29 22:49:48 Ah8YrSEG
>>432は一体どんなレベルをSSに求めているんだろうか。
オンザや非単調だってこのクラスだと思ったが。

446:名無しさん@ピンキー
08/02/29 23:12:36 8n8qIV7p
求めることと、あれこれ言うことは違くね?
文句の付け所がない作品なんて普通はないと思うんだが。
後腐れ無く手放しで誉められるのは、エロいエロSSだけだ。

447:名無しさん@ピンキー
08/02/29 23:15:45 Gh6iXz23
削除依頼とか出したことないんで教えてくれ。

削除依頼って↓に出せばいいの?
スレリンク(housekeeping板)

あと内容は↓でおk?
************************************************
削除対象アドレス:
スレリンク(eroparo板)
392-412,414-416,418

削除理由・詳細・その他:
6.連続投稿・重複
  連続投稿・コピー&ペースト
  他板、他人の作品を勝手に偽った悪質な荒らし行為です
************************************************

そもそもこれ削除依頼出していいんだよね?

448:名無しさん@ピンキー
08/02/29 23:21:05 W0NA7RW7
よし、やっちまえ。

449:名無しさん@ピンキー
08/02/29 23:33:01 sWjxvSiQ
レス削除か。スレ削除と思ってびっくりした

450:名無しさん@ピンキー
08/02/29 23:52:09 6ZQrjBdW
読んだことある奴が怒ってるのは分かるんだが、
初めて読んでwktkしたって奴が転載だと分かったらキレるって、おかしくね?

451:名無しさん@ピンキー
08/03/01 00:07:42 joHZqM8Z
一番の被害者は作者

452:名無しさん@ピンキー
08/03/01 00:09:42 bDj1gi69
何はともあれ転載した奴は目的が果たせてほくほくだろうな。
ここまで延々と盛り上がったわけだから。
ID:8n8qIV7pみたいに転載SSにもきっちりと論評してくれる奴もいるしな。

全く転載のしがいのあるスレだよ、やれやれ。

453: ◆LeyXT4003g
08/03/01 00:12:10 sgstDBgd
>>446
>後腐れ無く手放しで誉められるのは、エロいエロSSだけだ。
これは、キミの態度を書いてるのか一般論として書いてるのか不明だが、
その非現実な内容、俺の書き手としての経験から判断して、ただの個人的姿勢と思っていいんだな?

>>447
んなもん出すなー!と止めたかったが出してしまったものは仕方ない。
経過を見守ろう。

454:名無しさん@ピンキー
08/03/01 00:12:53 sXa+/UUT
>>452
釣り宣言と同パターンでワロタ

455:名無しさん@ピンキー
08/03/01 00:17:13 Jych2WNU
どうせネタっぽく書くなら、延々じゃなくて「永遠」と書くぐらいのウィットが欲しいな。

456: ◆LeyXT4003g
08/03/01 00:26:28 sgstDBgd
>>453>>447を止めたかったのは、申請が通らなかった場合のスレへの影響を考えたから。
転載SSを削除してもらう点に関しては、住人の一人として積極的に賛成します。
スレ内でコンセンサスがとれていないと判断されたくないので、念のため。

ところでお前ら、驚愕の情報がないまま3月になってしまったぞ。
2月説も結局は「予定」に過ぎなかったか。

457:名無しさん@ピンキー
08/03/01 00:29:40 bDj1gi69
>>456
二月説なんて元々なかったんだが。予定表にもそんなこと一言も書かれていなかった。

458:名無しさん@ピンキー
08/03/01 00:32:42 4KgLtVSN
いかにも二月っぽく見えたんだからいいじゃないか。
作中では四月なんだから次に期待すべきは四月のはずだが、どうやらそれもなさそうだ。

459:名無しさん@ピンキー
08/03/01 00:48:53 na6iQUrj
全部はできていないから6月に100pだけスニーカーに先行掲載とか。
これで1年はしのげる……はず

460:名無しさん@ピンキー
08/03/01 09:55:41 myjbftwk
いい加減流の髪の毛毟りに行こうと思うのだが。

461:名無しさん@ピンキー
08/03/01 10:25:26 q+bZ741N

結論:所詮VIPPER

462:名無しさん@ピンキー
08/03/01 10:29:26 JjkHmJxr
それしか言えんのかwww

463:名無しさん@ピンキー
08/03/01 11:59:06 Jych2WNU
コピペ厨ですから。

464:名無しさん@ピンキー
08/03/01 12:50:14 1sGeJlkO
>>461
それは聞き飽きた

465:名無しさん@ピンキー
08/03/01 15:00:01 na6iQUrj
驚愕で佐々木の出番は果たしてあるのだろうか
実は出番全く無かったりして
表紙がみくるだから、みくるが活躍する話になりそうだな

466:名無しさん@ピンキー
08/03/01 15:05:52 ogmN02ga
>>452
未見の奴には転載だって事自体分からんのだから論評しちゃう奴がいてもなんとも思わんが

全く荒らし甲斐のあるスレだろうな、お前みたいなのばっかだから

467:名無しさん@ピンキー
08/03/01 15:38:15 dC5+KYvQ
コピペすんのが流行ってんのか?w

468:名無しさん@ピンキー
08/03/01 15:41:04 na6iQUrj
流行っている。ここのがキャラスレにコピペされたこともある。

469:名無しさん@ピンキー
08/03/01 15:43:34 ZfcpdGXq
>>465
佐々木厨乙

470:名無しさん@ピンキー
08/03/01 19:13:38 myjbftwk
>>469
佐々木厨厨乙

471:名無しさん@ピンキー
08/03/01 21:03:56 s2c4X90Q
>>470
長門工作員乙

472:名無しさん@ピンキー
08/03/01 21:17:22 sAllI6KS
>>471 みくる信者乙

473:名無しさん@ピンキー
08/03/01 22:51:13 7J2PR66E
>>472
腐女子乙

474:名無しさん@ピンキー
08/03/01 23:31:22 3CDfNJE3
>>473
キョン乙

475:名無しさん@ピンキー
08/03/01 23:48:50 Pvg9kcVg
>>474
ハルキョンカプ厨乙

476:名無しさん@ピンキー
08/03/02 00:16:23 R+fOoqOE
>>469-475
はいはいよかったね乙

477:名無しさん@ピンキー
08/03/02 00:20:39 CyG/T70g
ニコニコできる人これ見てくれ
冗談じゃなくやばいって
URLリンク(www.nicovideo.jp)

478:名無しさん@ピンキー
08/03/02 00:48:40 c9lwuyyJ
ニコ厨とvipperはウゼェ。

479:名無しさん@ピンキー
08/03/02 00:55:20 4bii7rAV
こんな流れなら転載されていた方がまだマシだな。

480:名無しさん@ピンキー
08/03/02 01:21:28 oQiRhQPC
>>479
いや、こんな流れでも転載は御免だ

481:名無しさん@ピンキー
08/03/02 01:57:14 5hVBcNSN
なにがしたいんだ?このスレ

482:名無しさん@ピンキー
08/03/02 02:18:43 at144ybq
新刊が出るまでの場つなぎですが何か?

483:名無しさん@ピンキー
08/03/02 02:26:08 5hVBcNSN
そーか。

484:名無しさん@ピンキー
08/03/02 11:13:01 r1bI4To5
まんまコピペする奴は好きになれんが
最近VIPブログに甜菜されるハルヒSSスレは
わりと面白いから困る

485:名無しさん@ピンキー
08/03/02 11:36:58 ygFEh5Ry
そりゃ面白いと思ってる本人は宣伝や転載するわなw

486:名無しさん@ピンキー
08/03/02 13:07:25 JCztvazJ
>>456
削除依頼はこれからも出してくれい。一匹で荒らしてるのがいるのはここ掘れワンワンでわかる。

487:名無しさん@ピンキー
08/03/02 14:25:48 nvRV+YMT
投下行きます。
170kb
60~70レスほど借ります。
投下規制が変わってから初めてなので、
途中まごつくかもしれません。

488:乙女大戦!1
08/03/02 14:29:43 nvRV+YMT
η‐0

 突然降り始めた大雨の中、水しぶきを撥ねさせて煌びやかな光で彩られた繁華街を突っ切っていた。
 宵の口の賑わいは消散して人気はほとんどない。日曜の深夜だから当然かな。
 先を急ぐには好都合ではあった。この寂寥とした雰囲気はお世辞にも居心地が良いものじゃないけどね。
 チラリと掠めた不安を振り払うかのように、地面を強く踏みしめる。スニーカーと靴下が汚れるのを気にかけてる場合じゃない。最終電車の発車時刻が迫っていた。
 強い雨で折りたたみの傘はあまり役に立っていない。冷たく濡れた衣服が貼り付いて不快指数は高まるばかりだった。
 少し駆けただけなのにひどく息が乱れていた。ふくらはぎが痛い。グリスが切れかかっているかのように節々が軋んで思うように動かない。塾通いですっかり身体が鈍ってしまっているようだった。
 非難囂々の肺胞を宥めるために、大きく息を吸い込んでみる。前線が通過してるせいか生暖かい湿った空気が身体に流れ込んできて返って気分が悪くなった。……最悪だ。
 日曜のこの時間帯は週明けに備えて身体を休めながらゆっくり過ごす、というのが理想というものだろう。だけど今の私はそれと正反対のことをやってしまっている。しかもそれが自業自得なのだから始末が悪い。こんな調子では今週も先が思いやられた。
 ……まったく、どうかしてる。
 すべてが空回りの状況を開き直って嘲笑うかのように口の端を歪ませた。
 上の空で聞き流してしまった塾の講義を取り返すためにファーストフード店の席で自習をやり始めたまでは良かったけど、どうしても解けない問題を意地になって考え込むうちに時間を忘れてしまうなんて……。
 慌てて店を出てみれば外は大雨だった。運にまで見放されてるみたい。
 この乱調は散漫な思考に因るものだ。先日返ってきた全国模試の結果には目を覆いたくなるような数字と志望判定が印字されていた。
 ここ一ヶ月の私はまるで何かに囚われているかのように注意力に欠けている。
 何かに……、なんて言いながら本当は分かっている。
 心を惑わすようにふとした瞬間に浮かびあがる一人の顔。中学時代、『親友』として共に過ごした異性の君に私の心は揺れている。


 進路の舵を切るたびに周りを取り巻く人物は入れ替わっていく。儚いかな、その時々で仲睦まじくても道を分かてば意図せずして疎遠になっていく。得てして交友関係とはそういうものだ。
 そして彼も多分に漏れず人生単位で測れば会釈してすれ違っただけに過ぎないその大勢の中の只の一人。
 そう認識していたにも関わらず、この心境はどういうことか。
 中学三年の私は確かに彼のことを好意的に想いながらも、何もかも分かった風に割り切っていた。
 だからこそ卒業式のあの日、去っていく彼を穏やかな気分で見送ることができた。
 そしてあれから丸一年。
 高校入学の安息も束の間、進学校で待っていたのは受験勉強の延長戦。明けても暮れても勉強の日々に嫌気がさしそうになりながらも、毎日を追われて彼と逢う機会も取り持てず徐々に彼を想うことが減っていった。
 それを想定どおりと静観しながらも、寂寞とした想いにちくりと心を痛み始めた矢先に青天の霹靂が訪れた。
 私の前に現れた超能力者を名乗る少女。そして彼女が連れてきた未来人、宇宙人を名乗る異邦の人物。
 彼らが言うには私にはこの世の理を統べる神様のような力が宿っているという。
 新興宗教の勧誘も巧妙になってきたものだと思ったのが第一印象。
 だけど自称超能力者の彼女の口から『親友』の名前に出ては、さすがに動揺は免れなかった。
 聞けば彼もまたこの奇怪な事変に深く関わっているという。
 超能力少女が持ってきたばかげた話は、真偽はどうであれ退屈過ぎる私のこのライフスタイルに一石を投じるに足りて、促されるままに駅前の駐輪場で彼との再会を果たした。
 小難しい薀蓄を回りくどく語る私にあけすけに向き合ってくれる彼の性質は全く変わってなかったけど、少し背が伸びて顔つきが精悍になっていた。なにか大きな経験を乗り越えて成長を遂げたような、根拠もなくそんな印象を受けた。

489:乙女大戦!2
08/03/02 14:30:53 nvRV+YMT
 さしたる感慨もなく、沸き立つこともなく、いつもの調子で取るに何気ない会話を交わして惜しむこともなく別れた。
 それは日常に埋もれて然るべきはずで、まさかあの瞬間が転機になっていたなんて思いもよらなかった。
 自分の感情がこんなに当てにならないものかと愕然としたよ。恥じる思いだね。

 焼けぼっくいに火がついている。

 一年前はそういった感情を明確に自覚してなかったとはいえ、省みれば結局はそういうことなんだろう。
 語弊こそあれ、これが最も的確な表現なんだと思う。
 ただ、火種は――、彼ではなく彼の傍にいた一人の女子。明朗快活で裏表がなくて、生命力に溢れた笑顔が素敵な娘だった。私と正反対のタイプ。
 噂に聞けば、彼を巻き込んでなにやら部活動の真似事をしているらしい。
 二人の肩書きは分からないけど、打ち解けた雰囲気からして、いま彼に一番近しい女の子であることに違いない。
 そう察したときに、すでに燻り始めていたんだと思う。煙が細すぎて気づかなかったけど、火は徐々に熾って焼け広がっていった。
 困ったことにどう対処していいか分からない。水をかけて消してしまうのが良いのか、火が弱まるのを待つしかないのか、……あるいは燃え盛るに任せてしまうのが良いのか、さて、どうしたものか。
 自嘲しながら、十字路を直進しようとしたときだった。

「そっちは―、遠回り―」

 そんな声を聞いたような気がして、脚を止める。
 どこかで聞き覚えがある声。振り返ってみるけれど、辺りには人影はない。
 一本先の通りで青信号が点滅して赤に変わるまで、アスファルトを叩く雨音を聞き入る。
 …………おかしな空耳だ。確かにここで右に折れれば近道になる。
 道中に不健全な宿泊施設が密集する区画に女子一人で足を踏み入れるという抵抗を無視すればの話だけどね。
 時計を見る。このまま直進しても間に合う可能性は残っていた。
 だけど、不思議と身体が旋回する。誰かに操られているかのような不思議な感覚に伏す。
 半分わけも分からないまま、私は妖しげに静まり返る大人の街へと足を踏み入れた。
 厚手のカーテンが垂れ下がった駐車場、けばけばしい配色の看板、隙間を埋めるように立っている用途不明の雑居ビル、吸い込まれそうな闇が渦巻く路地、道すがら視界に入ってくるもの全てが異様におどろおどろしく映る。
 怖くて身体が竦むような心地がした。
 でも、急がないと……。
 道なりに存在するものをまともに見ないように意識的に視界を狭めて駆けた。
 あの角を曲がってもう少しだけ我慢すれば駅が見えてくる。
 そう奮い立たせて一心不乱に走っていると、前方で脇の建物から道路に飛び出してくる人影が目に入った。
 同時に稲光とともに雷が鳴って、ぶつかるにはほど遠い距離で反射的に急ブレーキをかけて立ち止まった。
 すぐに立て直そうとしたけど――、網膜に映り込んできた駅の方に向かって駆けていく二つの後ろ姿に足止めを食らった。
 何か語りかけながら並走する女に傘を傾ける男。耳慣れた声が耳朶を打つたびに身体が痺れるような感覚がした、
 傘から横顔が覗いて、麻痺は手まで侵して折り畳みの傘が地面に落ちた。
 女は嫌がっている風だったが、男に強引に引き寄せられて結局おとなしく一つの傘に収まる。

490:乙女大戦!3
08/03/02 14:31:40 nvRV+YMT
 歯に衣を着せず文句を言う様は逆に睦まじく、まるで痴話げんかのように聞こえた。
 甲高く特徴のある女の声……、照合には時間がかからなかった。
 再び雷鳴が轟いて光が視界を奪う。視力が戻ると右に折れたのか二人の姿はなかった。
 目の前にあった光景が受け入れられず、渦巻いた感情に収拾がつけられず、濡れ鼠になりながら棒立ちになる。
 ずぶ濡れになっても冷たいとは感じない。
 聴覚を覆う雨音が雑音にしか聞こえない。
 感覚が遠のいていく。
 どうにかなってしまいそうな自身を庇うかのように、遠く、遠く――。
 
//////////
σ‐1

 覚醒と睡眠の境界ってのは曖昧で、そのぼやけたボーダーライン付近をうつらうつらと揺れる至極の安楽は、この先何年生きたとしても決して飽きがくることはないと断言できる。
 一つ不満があるとするならば、いつ覚醒に浮き上がるか夢寐に沈むかは本人にすら制御不能で、このやんごとない時間は往々にして長く続かないということか。
 夢見心地の浮遊感を名残惜しくも手放して意識が戻っていく。
 瞼越しに光を感じて目を開けると、カーテンの切れ目から差し込んできた朝日から強烈なカウンターを浴びて思わず目を眇めた。
 少々乱暴な起こし方だが贅沢は言わない。階下で潜んでいるうちの粗忽者に比べればかわいいもんだ。
 枕元に置いてあった時計を掴んで、乾燥気味の眼をしばたかせながら時刻を確認すると七時前。
 妹が起こしに来るのに先んじて目が覚めるなんて珍しいこともあるもんだ。我ながら感心するぜ。
 むくりと身を起こしてそのまま爽やかな朝の静寂に浸る。
 五月も半ば、布団が恋しくもない季節になってきた。
 雀のさえずりが清々しい朝の演出に一役かってくれている。
 傍らで丸まっているシャミセンはまだ起きる気はないらしく、静かに寝息を立てていた。
 自ずと目覚めるのがこんなに心地よいなんて忘れかけていた感覚だね。
 「叩き起こしてきなさい」という母親の言いつけを曲解した妹が、毎朝フライングボディアタックを仕掛けてくるもんだから常に俺の目覚めは強烈至極だ。
 こんな特異なアラーム機能を有した妹は、そんじょそこらにはいないだろう。果たしてこれは誇れることなのかは甚だ疑問だが。
 さて、いい加減起きるかと寝ているシャミセンを気遣ってそろりとベッドから降りようとした矢先―、ドタドタと階段を駆け上がってくる音に緩やかに過ぎていた時間が破られた。
 その乱雑でデタラメなリズムからして四つんばいになってることは想像に難くなく、小学も最高学年に上がったんだからせめて少しは淑やかにならないもんかと頭を痛めたが、そんな兄の心中などお構いなしで自室のドアが開け放たれた。
 
「キョンくーん! 朝だよー!」

 ドアの向こう側を窺うつもりなどハナからないらしく、マイシスターは俺が眠りこけているもんだと見切り発車で掛け声きって両手を広げてそのまま宙に身を躍らせようとする。
 危ねえと、反射的に身構えたが、踏み切りをとどまってくれた。

「え――…………ぃ……? あれ? 起きてる?」

 どうして俺に尋ねる。見りゃあ分かるだろうが。
 そんなツッコミの代わりに返した「おはよう妹よ」という挨拶を華麗に無視して妹は非難めいた表情で俺にダメだしをかましてきた。

「むぅー、今日はスペシャルな感じにしようと思ってたのにぃ。ねぇ、もう一回お布団かぶって寝て?」

 ばかなことを言ってるんじゃない。あとスペシャルってなんだ? ただでさえ特殊な目覚めなのにこれ以上凝らなくていいぞ。逆方向のスペシャルなら歓迎するがね、優しくゆすって起こしてくれるとかな。
「キョンくん」じゃなくて、「お兄ちゃん」と呼びかけながらやるときっと効果大だぞ。
 我ながらの名案を説きつつ宥めるように肩に手を乗せてやったが、何が気に入らないのかふくれっ面は解けず、ぶーたれたままだった。あんまりがんばってると頬が伸びるぞ。
 ……分かってくれないのは今更に始まったことじゃない。これからも根気良くやっていくだけだ。
 とりあえずいい加減着替えさせてくれ。

491:乙女大戦!4
08/03/02 14:32:22 nvRV+YMT
 ちんまい妹の身体を反転させて退室を促してやると、

「べーっだ!」

 と、極大のあっかんべーを最後にかまして元気に飛び出していった。
 どこかで見たような表情だ。
 やれやれ、まったく世話の焼ける。
 開けっ放しになったドアを閉めようとすると、スルリと隙間をすり抜けてシャミセンが部屋から出て行った。
 廊下に出ると押し付けがましくも思い切り伸びをしてみせる。
 そうかい。安眠を邪魔してすまんね。
 なおざりに詫びて、ようやく着替えに取り掛かった。
 起き抜けのだるい身体を引きずって、のそのそと組み立て式の安っぽいハンガーラックに向かう。
 取り出したのはそろそろ身体に馴染んできたのと引き換えに飽きが入ってきたお馴染みの北高ブレザ――、……じゃねえ、なんだこれ!?
 自分の目を疑った。手の中にあるのは見慣れない学ラン。
 二十一世紀にもなって久しいというのに教育勅語の名残を未だ漂わせた金ボタンの黒い詰襟だった。
 一瞬中学時代のものかと思ったが違う。素人目にも上質そうな生地で、襟には覚えの無い校章がついていた。
 よく観察しているうちに、どこかで見たことがあるような気がしたが、はっきり思い出せない。
 ……厭な予感がしやがる。
 どうやら妹がすり替えたなどという簡単な話じゃなさそうだった。
 知らぬ間にまた面倒なことに巻き込まれたんじゃないかと直感した。心拍数が上がり、視界が狭窄する。
 いや待て。まだ決め付けるのは早い。少し冷静になろう。手の込んだ冗談かもしれないし、まだ寝ぼけてる可能性だってゼロじゃない。
 自分に言い聞かせて、まるで愛着のない詰襟のポケットの中を検めた。もし本当なら『アレ』があるはずだからな。
 両脇のそれには何も入っておらず空振り。だが本命の内ポケットで指先が堅い感触に突き当たった。
 脈が撥ねる。……最悪だ。
 観念しながらゆっくり取り出すと、本皮のカバーが付いた小さい冊子が出てくる。言わずと知れず生徒手帳と銘打たれていた。
 おそるおそる開くと、一枚のカードが目に飛び込んでくる。

 光陽園学院生徒証―、学籍番号06033―、2年B組―、出席番号14番―、

 これら全く身に覚えの無い文字の羅列に続く、

 生年月日―、本名―、住所―、

 生まれてこの方付き合ってきた俺の正しい個人情報。
 あまりのデタラメさに、眼球が取り込んだ文字情報を脳が取り下げようとする。
 ふざけるな、もう一度最初から読み直せと。
 だが、視線が向かったのは冒頭ではなくカードに直接プリントされたまごうことなき俺の顔写真。
 受け入れられない現実を押し付けられて、畑に取り残された冬場の案山子のように俺は色を失って唖然呆然悄然と立ち尽くした。


 通い慣れない道を、おぼつかない足取りで進む。
 駅前の通学路は平坦で歩道も広く理想の通学路と言えた。「北高にデブは存在しない。毎日の山登りで強制的にダイエットさせられるから」と揶揄されるのも分かる。雲泥の差だぜ。
 毎朝事あるごとに恨み節を詠みながら悪戦苦闘していた坂道通学から解放されたというのに俺の心は重く沈んだままざわついていた。
 あの後、自宅で錯乱状態に陥らなかったのは奇跡とも言える。
 朝刊で月日だけは昨日とまともに連続していることを確認して少し安堵したが、それも束の間。
 カバンの中を確認すれば見たことの無い教科書、書き取った覚えの無いくせして確かな自分の筆跡で綴られたノート、そして極めつけにわけの分からない楽譜のコピー、混乱の連続だったぜ。

492:乙女大戦!5
08/03/02 14:33:09 nvRV+YMT
 朝食の席では母親や妹を問い質して奇異の視線を浴びたが、なんとか取り乱すまでには至らなかった。あれくらいなら寝ぼけてたの一言で済ませられるだろう。
 昨年の暮れに似たようなことがあったからな。知らずの内に耐性ができていたらしい。
 この着慣れないくせに異様に身体に合っている制服で、なじみのない道をたどるように歩いて登校するのは間違っても気分の良いもんじゃないけどな。
 始業が何時とか詳しいことは分からんが、通学途中に光陽園の制服を見かけるのは日常茶飯事だったから、北高とそう大差ないはずだ。
 なにもこの狂乱の状況でクソ真面目に登校しなくてもいいんじゃないかとも思えたが、今自分が居る世界観を把握しておくのは重要なことだろう。
 急がば回れ、じゃないが普段どおりと思しきライフサイクルを実践することで案外真相に一番早く辿り着けるんじゃないかと思ったのさ。
 実際学校に行けば多くの人と会えるしな。情報収集には適している。
 角を曲がって大通りに出ると光陽園の生徒の一群と遭遇した。
 ブレザーの女子と半々そこそこの割合で俺と同じ制服を着込んだ男子が混じっている。
 こうやって他人が着ているのを見てようやく思い出したぜ。どうりで見たことある学ランだと思えば去年改変された世界で古泉が着ていたのが記憶に残ってたんだな。
 見知った顔は……、とりあえず見当たらない。
 何食わぬフリをして集団の中に紛れ込もうとすると、

「あー!? キョンさんっ!」

 斜交いから高い声が掛かった。緊張が身体に走る。
 馴れ馴れしく俺に向かって来るのはどこのどいつだと目をくれると、頭の両サイドで結って作った二つの尻尾を揺らしながら駆け寄ってくる女子が一人。
 制服姿を見るのが初めてで一瞬戸惑ったが、よく見れば面識のある面影。佐々木サイドの超能力者、橘京子だった。

「よかったぁ。やっと、知ってる人に会えました」

 橘は大きく息をついて胸を撫で下ろしたが、俺が無反応でいると一転眉を下げて自信なさげに見上げてきた。

「あの……、もしかして、あたしのこと知らなかったりします?」

 会うなり間の抜けた調子で切り出してきて訝ったが、瞬時にピンとくる。この慌てっぷりと、親交の深さを探るような妙な言い回し、ひょっとしたらこいつも俺と同じく世界改変に巻き込まれたクチか?
 
「知ってる。異空間に闖入できるだけのリミテッドな超能力者、だろ?

 心当たりを測る皮肉に橘は実に分かり易く反応して、一瞬口をへの字に引き絞ってみせた。……ビンゴか。
 しかし機嫌を損ねたのも一瞬、犬が数日振りに旅行から帰ってきた飼い主にみせるような感激っぷりで捲くし立ててきた。

「本当によかった。知ってる人が一人でも多いのは心強いのです!」

 勢いあまり俺の手を取ってくる。
 小さくてそこそこに柔らかい手の感触に面食らった。
 こら、言いたいことは分かったから手を離せ。
 振りほどこうとするががっちり握られて振りほどけない。意外に握力あるな、こいつ。
 道行く生徒から浴びる奇異の視線が痛い。
 ひたすら「よかった、よかった」と連呼する橘に辟易しながらも、俺は根気良く宥めることにした。
 まぁ、この様子からするとこいつだって被害者なんだろう。精神的なキツイさは分かってやれないことはない。
 結局興奮冷めやらない橘を落ち着かせるまでたっぷり冷凍食品をチンするくらいの時間を浪費した。


「なぜこんなことになってしまったのか、具体的に何が起こったのかは分からないのです。機関に所属する人たちと連絡が取れなくなってしまったから。だけど、一つだけ確かなことがあって、ここでは間違いなく佐々木さんが森羅万象を司る存在なのです」

 橘と並んで通学路を歩く。落ち着きを取り戻した橘は訥々と現時点で分かっていることを語りだした。

493:乙女大戦!6
08/03/02 14:33:54 nvRV+YMT
 それにしても、のっけからとんでもないネタが飛び出したもんだ。
 証拠の一つでも提示を願いたいもんだが無駄か。前も言ってたが、それは感覚的に認識することなんだろう?

「はい。……なぜと言われても困るのです」

 心底無念そうに橘はうな垂れた。
 もしもこいつが言ってることが正しいとするなら、この改変を行ったのは……、いや、まだそこへ踏み込むのはやめておこう。そうだと仮定したところで結局真因にたどり着けない。増えた謎に余計に悩むことにだけだ。
 佐々木にはその話をしたのか?

「起きてからすぐに電話しました。だけど、全く話が通じなかったわ。あたしが超能力者だってことも、自分自身が特殊な力を持っていることも記憶から抜け落ちているみたい。詳しい話は学校に着いてから聞く、って本気で笑いながらあしらわれました」

 ってことは佐々木も光陽園の生徒ってことか。めちゃくちゃだな。

「藤原さんや九曜さんもそうでした。みんなまとめて光陽園学院の同じクラス。2年B組です。きっとキョンさんもそうなんでしょう?」

 お前に言い当てられるのはいい気分じゃないが、残念ながらその通りだ。
 藤原や九曜とも連絡は取ったのか?

「ええ、幸い彼らはあたしたちと同じく前世界の記憶を引き継いでいました。とりあえず登校をして探りを入れて、お昼休みにでも集まろうと思っているのです。……あなたもご一緒しません?」

 参加すること自体は吝かでない。藤原が毛嫌いしなきゃな。わざわざ出向いてあいつの不機嫌なツラを拝みたいとは思わない。

「そんなことないですよ。藤原さんだって今はみんなで協力し合う必要があるって思っているはずよ」

 ……だといいがね。さすがに、ハルヒ達に関する情報はないか?

「―あ」

 抜けたような感嘆詞に傍らを窺うと、橘が正面を向いたまま硬直していた。
 自ずとその視線の先を追うと――、

「やぁ、おはようキョン」

 ――光陽園学園の黒ブレザーに身を包んだ佐々木が居た。
 見た目には大きな変化はみられない。雰囲気にも違和感はない。
 物腰が柔らかくて理知的ないつものあいつだ。
 ブレザー姿の佐々木は異様に新鮮に映る。どことなく品があって格式の高い光陽園の冬服がこの上なく似合っていた。
 スカートがやけに短い。膝上十センチは固いだろう。……白く華奢な太ももが眩しすぎて慌てて目を逸らした。
 色気も素っ気もなかった中学時代のイメージと少し、……いや、かなりズレがある。
 柄にもなくどぎまぎしちまった。

「おはようございます、佐々木さん」

「……おはよう」

 橘の尻馬にうまく乗って調子を取り戻そうとしたが、動揺は隠し切れず声がかすれちまった。もっとがんばれ、俺の声帯。

「約束の時間を十分も過ぎているのに橘さんとゆっくり歩いて来るなんてひどいな。電話しても出ないし少し心配したよ。今日携帯を忘れてきただろう?」

 非難の言葉とは対照的に佐々木は穏やかに笑ったまま近づいてきた。

494:乙女大戦!7
08/03/02 14:34:54 nvRV+YMT
 約束の時間ってどういうことだ? 佐々木は十字路の角にあるコンビニの前で待ち受けていたようにも見えたが、まさか待ち合わせでもしていたのだろうか?
 傍らの橘に目線だけで問いかけてみたが、困惑の顔を浮かべるばかりだった。

「橘さんは橘さんで朝一番に変な電話を掛けてくるし、どうにも調子が狂うよ。まさか二人して何か謀を企てているんじゃないだろうね?」

 佐々木の態度はあくまでも冗談交じりの柔らかいものだったが、急に槍玉に上げられた橘はうろたえまくった。

「めめめっ、滅相もないのです。ねぇ、キョンさん?」

 落ち着けばか。話がややこしくなるだろうが。
 確かに今しがた昼休みに佐々木抜きで集まる話をしていただけに、この佐々木の切り込みには背筋が伸びる思いだが、いくらなんでも意識過剰だぜ。
 強引にこの空気を洗い流すように平然と適当に相槌を打って早々に会話を終わらせる。
 いつまでも突っ立ってないで行こうぜ。
 と、慣れた風を精一杯装って佐々木の横を抜けて一人歩き出す。
 その時だった、

「あ、待って、キョン」

 回折して耳殻の裏から回り込んできた言葉を聞くや否や、ふわりと俺の手が柔らかくて心地よいモノに包まれた。
 何事かと訝る暇もなく、佐々木が俺の手を握っていた。

「――なっ」

 何か言おうとしたのは確かだが言葉に詰まる。錯乱した脳が台詞の中身を投げ捨てやがった。
 そこにとどめを刺すように俺に向けられたのは佐々木の満面の笑み。陽気で無邪気なものではなく、まるで月見草が咲いたような奥ゆかしくも可憐な笑顔だった。
 中学時代、それなりの期間を共に過ごしたにもかかわらず、初めて目にする表情。
 身体をこわばらせたまま、いつまでも展開についていけないでいると佐々木が少しいじわるそうに仰ぎ見てきた。

「ふふっ、キミは本当に純情だね。まだ慣れないかい? でもダメだよ。待ち合わせに遅刻した罰だから、さらに……こうだ」

 何を思ったか、佐々木は俺の手先が弛緩しきっているのに乗じ、自分の指を絡めて手のひらを合わせるように繋ぎなおした。……、俗に言うのかどうかも知らんが『恋人つなぎ』ってやつだ。
 ここまでされてはさすがに吃驚に羞恥が勝る。
 いきなりこんな……、いや、その前に相手はあの佐々木だぞ?
 恋愛などと言葉に出そうものなら十倍返しでその心理的なメカニズムを怜悧冷静に説き始めることに愉しみを見出すのがお前だろ?
 いったいどうしちまったんだと、お門違いも甚だしいのは承知で感情を抑えきれない俺は抗議の声を上げようとした。
 だが心底嬉しそうで、幸せそうとも言える満たされた顔を目の当たりにして、膨らんだ怒気が霧散する。
 ……ダメだ、言えん。
 そもそも切り分けて考えないとダメだ。目の前に居るこいつは佐々木であって佐々木じゃない。
 いちいち取り乱してちゃ心身が持たない。とうに覚悟はできてたはずだろ? 冷静になれ、俺。
 奮い立たせるように気を取り直して俺は歩き出す。やけくそのようにぎゅっと強く握り返すと、佐々木は何が可笑しいのかくつくつと喉を鳴らした。
 歩き方がぎこちないのは勘弁してくれ。慣れてないんだよ、それにこの気恥ずかしさはどうにもならん。
 登校集団の流れに乗って歩みを進めていると、ふと橘の気配がないことに気づいた。
 肩越しに後ろを窺うと、二十メートル手前のコンビニの角で橘はカバンを取り落としたまま氷殺スプレーを降りかけられたガガンボのように固まっていた。


 どこか音程が風変わりなチャイムを聞いて四時限目が終了した。
 この非常時に呑気に勉学に励む気などさらさらなく、ひたすら情報収集と環境観察に注力したが、さすがに授業中はやれることが限られているので厭でも講義を聴かされる羽目になった。

495:乙女大戦!8
08/03/02 14:35:22 nvRV+YMT
 知らない教室で、知らない教師が、知らない教科書を使って行う授業はもはやコントの他なんでもなく、げんなりしたぜ。佐々木、橘、藤原、九曜を交えて学園ものの演劇をやらされている気分だった。
 一番後ろの席で隣に座る佐々木がちょくちょく筆談を仕掛けてくるのが懐かしく、程よい気晴らしになってくれたけどな。
 ちなみに他のクラスメートは中二のときの面子が揃っていることが判明した。
 卒業以来逢ってない奴が大半で、おしなべてみんな老けてたせいでしばらく気づけなかったけどな。
 よくもまぁ、ここまで細やかに再現させたもんだ。
 凝りっぷりにはうなるばかりだが、そのおかげで救われた部分がある。国木田が隣のクラスに居たのさ。
 奴とは中学時代からの付き合いだからな、おそらくここでも気安く声を掛け合える仲であるに違いない。
 うまくすれば色々とこっちの世界のことを聞きだせるかもしれん。
 廊下で待ち伏せていると、ちょうど教室から出て来た国木田の背中を見つけて呼び止めた。

「国木田、購買で何か買うのか?」

「あ、キョン。ううん、今日は定食だよ」

 普通に話が通じることに少し感動を覚えるのは精神的に参ってる証拠かもな。しかし、ここで俺が挙動不審では本末転倒。
 しっかり役を作ってこの流れをキープしなきゃな。

「一緒に行こうぜ。たまにはいいだろ?」

 たまに―、のくだりは自然を演出するためのはったりだ。出会い頭の反応からして少なくとも毎日一緒に昼飯を食ってる雰囲気じゃなさそうだと踏んだのさ。

「そうだね。いいよ、行こうか―」

 読み通りの快い返事に揚々と歩き出そうとしたが、すぐさま何か思い出したような国木田から待ったがかかった。

「あれ? キョンは佐々木さんとお昼食べるんじゃないの?」

 ……そうなのか?

「いや、聞き返されても困るよ。いつも一緒に食べてるじゃない。手作りのお弁当を、えーっと、……第二音楽室だっけ?」

 ……待て待て、新しい情報をそう矢継ぎ早に提示するのは止せ。こんがらがるだろうが。
 一体何を言ってる? 手作り弁当? 第二音楽室?

「佐々木さん今日来てたよね。喧嘩でもしたのかい?」

「い、いや……」

 ……だめだ、言葉が出ない。素で返してどうするんだよ、俺。
 ああ、自分が厭になる。微塵のアドリブも利かせられないなんてとんだ期待はずれだ。

「大丈夫かい? いくら起き抜けだからといって、いつまでも寝ぼけてちゃダメだよ」 

 それは遠まわしに俺が四限目を寝て過ごしたと言ってるのか?
 さらりとキツイ国木田節が沁みるぜ。
 とにかくもう立て直しは不可能だ。冗談を真に受けて柄にもなくおどけるのが精一杯。
 売り切れを危惧して食堂に急ぐ国木田を見送って立ち尽くした。
 ……行かなくちゃならんのだろうな。ところで…………、第二音楽室ってどこだ?

 どこの学校もそうだろうが音楽室ってのはたいがい角部屋にある。
 光陽園もその例に漏れず、直角に曲がる配棟になっている四階立ての校舎の最上階、L字の短辺に当たる端の部屋がそうだった。
 在学二年目という設定をしょってる俺が大真面目に教室の場所を尋ねるという行為は、すなわち頭のアレな人と自ら烙印を押すことに等しく、国木田と別れた後、かなり困った。
 幸運なことにも職員室の前に学校案内なるものがあったのを思い出して、なんとか事なきを得たけどな。
 休み時間にあちこち徘徊していたのが功を奏した。助かったぜ。
 駆けずり回ってくたびれた身体に鞭打って階段を上りきり、廊下を歩いて第二音楽室の前に立つ。

496:乙女大戦!9
08/03/02 14:36:08 nvRV+YMT
 辺りは昼休みの喧騒から隔絶されて静まり返っていた。人の気配がしない。本当にこの扉の向こうに佐々木が待っているんだろうか。
 猜疑を逃避に重ねて俺はおそるおそる厚作りになっているドアを開いた。
 年代を感じさせる内装からして第二という銘はきっと旧いの読み換えだろう。
 それでも北高のものとは違って立派なものだった。音響を考えているのか天井が高く、階段状に席が配置されていている。
 スライド式の五線黒板、グランドピアノ、小さな孔の開いた板を貼り合わせた吸音壁、その上方には取り巻くように配されている音楽家の肖像画、それらお馴染みの備品に囲まれて一人佇む少女。
 高所の採光窓から差し込んでくる暖かい日差しの中、空気中の微粒子が起こすチンダル現象に少し霞んで見えるその様は少し浮世離れて一目別人かと錯覚しちまったが、間違いなく佐々木だった。

「ちょっと遅かったね。……あれ、今日はお茶を買ってこなかったんだ。誰かにつかまってた?」

 穏やかな表情のまま小首を傾げる。佐々木は別に応えを求めている風でもなく、そのままごく自然な所作で俺を傍へと誘った。
 目の前に在る現実に思考が追従しないが、わざわざ取り乱すためにこんな所まで来たんじゃない。
 渇いた喉から相槌を搾り出して俺は佐々木に促されるままに椅子に腰かける。中段付近の席で横並びに座った。
 机の上には意匠を同じくして大きさが異なる2つの弁当箱が並んでいた。……ペアルックならぬペア弁当箱……か。
 佐々木と会話を成立させるためには、情報が不足し過ぎているな。
 少々骨が折れるが昔話のフリをして色々聞き出すしかない。

「……ここで、こういう風に食べるようになってもうどれくらい経つ?」

「吹奏楽部に入部して顔なじみになって少し経った頃だから、ちょうど丸一年じゃない?」

 またまた知らない設定が出てきやがった。吹奏楽部だと? 今の口ぶりだと俺も在籍してるってことなのか。鞄の中に入っていた五線譜のコピーを思い出す。……道理で。
 丸くなりそうな目をどうにか押さえつけて、さも慣れきった様子を装う。

「そんなに経つんだな。毎日作ってもらって悪いな」

「まだ一ヶ月そこそこじゃない。キョンは作ってくるたびに美味しそうに食べてくれるから全然苦に思わないし」

 佐々木は嬉々としてそう言いながら、朝比奈さんと伍するかのような極上の笑みを浮かべて弁当箱を開けた。
 食欲をそそる香りが鼻を掠めたが、俺はそれよりも先に覚えた違和感に囚われていた。
 ……ここにきて佐々木の口調がおかしい。まるで女子と喋っているかのような柔らかい言葉遣いだぜ。
 おかしいのは口調だけじゃない、目の前の佐々木はくすぐったいような、甘ったるいようなそんな妙な雰囲気を纏っていた。
 一体どういう風の吹き回しだ?
 問い質したいのは山々だが、改めて訊く理由がない。後ろ髪を引かれならがも弁当の中身に視線を落とした。

「今日は在り合わせのものばかりでごめんね。実は昨日の夕飯の残り物も入っちゃってるけど、味は保証するから」

 作ってきてもらっている分際で文句を言うほど不遜じゃない。
 しかし……、なんとまぁ。
 感心したのはその普通さだ。変に気合が入っていない。深く読めば、俺たちがいかに気の置けない仲であることを如実に示すものでもあった。
 正方形に切ったノリを碁盤目のように並べたご飯、タレで煮込んだ牛肉、チーズ入りの卵焼き、フライドスイートポテト、ブロッコリーとトマトのサラダ、デザートのリンゴといったベーシックな面子が丁寧に詰められている。
 
「残り物ってのはこの肉か? 見たところすき焼きっぽいが……」

 大当たりとばかりに佐々木は片目を瞑ってチロリと舌を出した。

「――っ!」

 ……高鳴る胸に息を呑む。
 佐々木の硬派なイメージとどう考えても相容れない茶目っ気に寒気を覚えたならまだいい、だが、実際はそんな嫌悪感など微塵もなく、俺は純粋に身体の芯を熱くするような、やり場のない滾りに心の自由を奪われた。


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