【涼宮ハルヒ】谷川流 the 57章【学校を出よう!】at EROPARO
【涼宮ハルヒ】谷川流 the 57章【学校を出よう!】 - 暇つぶし2ch258:名無しさん@ピンキー
08/02/08 00:47:22 dG1HkkK7
暇だったから書いてたらクソ長くなってしまった。
これはとりあえず完成させちまってから一気に投下するのか
ちょくちょく書いて一日置きぐらいに投下すればいいのか
どっちがいいんだろう。

259:名無しさん@ピンキー
08/02/08 00:49:30 DtK5zS4b
ベルセルクとH×Hと十二国記とバスタードが好きな俺はこれくらいいつものことだ

260:名無しさん@ピンキー
08/02/08 00:56:47 skOzIDHr
鍛え上げられたラノベ読者は、風の白猿神やソルジャー・クイーンやE・Gコンバットの続きが出るまでだって(永遠に)待てるぜ。

261:名無しさん@ピンキー
08/02/08 01:31:39 iJ5SPZ69
>>250
分裂が評判悪すぎて書いてあったの全部破棄して書き直しさせられてるから鬱って作業が進んでないだけだよバーカw

262:名無しさん@ピンキー
08/02/08 01:39:05 hV3V2QbF
>>261
そうだったのか。確かに酷い出来だったからなー
当然、九曜とか佐々木とか、あたーしの下級生は最初からいなかったことになるのか。
結局SOS団5人のドタバタが続くのか。橘や藤原をヌッ殺す話はあるのかな?
とにかく朗報をありがとう。サンクス

263:名無しさん@ピンキー
08/02/08 01:43:29 TBkflJV9
普通に読んだら驚愕を書き直してる、としか読めないんだけど、>>262はどうしちゃったんだ?

まあ普通に社内のゴタゴタでしょ
一応人気タイトルだもん、角川がこんな長い時間ほっとくわけないから
出せないのは角川の都合しかない

264:名無しさん@ピンキー
08/02/08 01:54:25 Fk2AyfU7
このすれ

265:名無しさん@ピンキー
08/02/08 02:30:06 LwcZ4WlK
>>258
マジレスすっと完成してからの方がいいと思うぜ。
途中で何があるか分からないし、全部書き終わってから推敲する方が間違いやテンポの悪さ等も分かるようになるしね。

266:名無しさん@ピンキー
08/02/08 02:40:11 O+K3AE6J
しかもここの住人容赦ないから、ボロ糞に言われて再帰不能になる

267:名無しさん@ピンキー
08/02/08 02:42:52 ZcKTEV7V
>>258
ただなんとなくクソ長くなったのだったら無駄が多いと思われる
そこそこの内容でも無駄な長さだと味わいが半減するわ叩かれるわで勿体無い
推敲して分量を減らすのも必要なスキルだといえる

268:名無しさん@ピンキー
08/02/08 04:04:28 IBvEq4bc
つーか、投下する前にお窺い立ててくるような人の作品って99%面白くないって決まってるから投下しなくていいよ
空気が読めてないから不安でお窺いしてくるわけだし、そういう人間の書いた物は総じて面白いわけがないっていうこと

269:名無しさん@ピンキー
08/02/08 04:35:46 5epVbaAL
>>268は悪し様に書いてるだけで、別に根拠がある理屈じゃないよな。
空気読めないのはアホなだけであって、文章力とはそれほど密接に関係がない。
というか、お前ただ荒らしたいだけじゃないかと問いつめたい。

完成した上で投下するのを止めるようなことは絶対しないが。
でも、未完成のSSを投降しようとする人間には、ぶっちゃけた話、微塵も期待しないぜ。
ここはキャラスレみたいに、ノリでgjが貰えることはあんまり無いし、
投下したら、自作の欠点が知りたいでもなきゃスレを見ない方がいいと思う。


270:名無しさん@ピンキー
08/02/08 05:09:41 sX8nqLx0
完成してから投下してくれれば、何でもいいんだぜ
がんばってやりとげて欲しいんだぜ


271:名無しさん@ピンキー
08/02/08 06:16:35 8WfpHP+c
ハルヒの驚愕よりもボクのセカイ~の新刊をだな(ry

272:名無しさん@ピンキー
08/02/08 06:51:33 kLRwJgZS
>263
ハルヒだけでなくほかの作品も一切(それこそ短編とか)出てこない訳だから
会社の都合とかじゃなく作家側の問題だろうと思われる

恐らくは書く意欲が無くなったとかプレッシャーで精神的に追い込まれてかけなくなったとか
儲けた金が遊ぶのに忙しいとか
ナンにせよ作品は完成していないと思われる

273: ◆LeyXT4003g
08/02/08 06:58:34 sVp4pE4+
>>258
読み手兼書き手としての発言を許してもらうとね、
発表していくことで自分を追いつめ発破をかけられるんだったら、執筆途中でも投稿して構わないと思うよ。
だけど、ご自分の経験のうちで、何かを始めてやり遂げた事、中途半端に終わっちゃった事、それぞれの数を比較して、
後者のがずっと多いというんなら、
読む側としては、完結まできちんと書けてから投稿して、とお願いしたい。
俺たちは、現在、ただでさえ、谷川先生に待たされ焦らされてるんだから。
それに、一気に落とすか細切れで更新するかは、書き上げてしまった後で心配すればいいんじゃないかな。
君が首尾良く書き上げたときにも、よほどのことない限り、このスレは存在してるはずさ。
投稿を焦る暇があったら執筆を焦ってほしいし、どちらも焦る必要なんて全然ないんだ。
あと少しなんだろ?待ってるよ。寒いけど、がんばって!

274:名無しさん@ピンキー
08/02/08 08:42:20 uq9dPnLw
谷川はもしかして溜息から書き直すのかな

275:名無しさん@ピンキー
08/02/08 09:02:41 CjxoD6+x
ザ・スニーカーを購読しているが谷川氏は2号に一回謝罪コメント発してるよ。
一回目は、最後作者の中でハルヒとキョンが暴走してまとまらないって言ってたけど、
二回目は単なる謝罪でもうちょっと待ってもらえませんかとか
待て待て詐欺にならないように頑張るとかだったな。

276:名無しさん@ピンキー
08/02/08 09:12:56 jHQ3+4+f
とりあえず6月までは待とうぜ。
それでも出なきゃデモでも何でも起こしゃいい。

277:名無しさん@ピンキー
08/02/08 11:14:32 O+K3AE6J
なら今のうちにデモの内容を考えておくべきだな

278:名無しさん@ピンキー
08/02/08 11:53:47 i6Df6sne
この程度の期間新刊が出ないからって…
ネタだろうけど

ラノベの中には不幸があってもう二度と続きが読めないものもあるっていうのに…(´;ω;`)

279:名無しさん@ピンキー
08/02/08 12:16:03 uq9dPnLw
枯れ木も山の賑わいということで、ダークな小ネタ投下

280:SS
08/02/08 12:24:34 uq9dPnLw
「キョン。急に縮んじゃたよー。どうしたら良い?」
日曜の朝早く、佐々木が俺の家にやって来て言った。
俺は、木曜の夕方から始まり、日曜の夜明けにやっと帰ってくるという。徹夜の強行軍の後で、ようやく仮眠をとろうとした所だった。
もちろん、あのイカれた団長が立てた計画だ。あれが計画と呼べればの話だが。
ある出来事があって以降、団長様とはとても険悪だ。
疲れていたから、あんなことをしたんだと思う。多分な

「縮んだって?また胸の話か?元々縮む程大きくないだろ」
「また君は、僕の胸を馬鹿にするのか。僕も朝比奈さんみたいだったら良かったよ。せめて涼宮さんくらいあったら」
「あのなー、世の男の4分の1以上は貧乳好きか乳の大きさを大して評価していないか、どっちかだと言っただろ。つまらんこと気にするな」

谷口の受け売りだがほぼ正しいと思う。谷口自身もそれほど巨乳好きじゃないし。
「だってそれじゃ朝比奈さんや涼宮さんに勝てないじゃないか」
「巨乳好きの男を取り合っているわけでもないのに、そんなこと気にする必要ないぞ全く」
(それをしているから気にしているんじゃないか)

「しょうがないな。俺が揉んで大きくしてやる。服を脱いで胸を出せ」
「え?」
「それとも赤ちゃん作るか?俺はどっちでも良いぞ」
「え、と。両方お願いします」

モミモミモミ
「全く。全然小さくないだろうが、普通の大きさだろ」ハルヒと比べると全然揉みごたえ無いけどな
「だって、僕が好きな男の子は巨乳好きなんだから」
「そんな乳だけ男はあきらめろ。何なら俺が彼氏になってやろうか?」
「え?なってくれるの?ありがとう、嬉しいよ。夢みたい」
しまった、と後悔するよりも早く、俺は佐々木の体を貪るように食いまくっていた。
佐々木さん。騎乗位なんて反則的です。


それは、ハルヒとの初エッチのちょうど1週間後の話。
つまり、ハルヒに「下手くそ」と言われて破局した1週間後のことだった。
破局と言っても、その日までは普通の友達としての関係だったが(佐々木もそうだが)…


なお、後で知ったことだが、縮んだのは九曜で、幼稚園児みたいになったらしい。数日で元になったらしいが。


その後、2か月ほど後、ハルヒの妊娠が判明した。そして、佐々木の妊娠も…

(終わり)

281:名無しさん@ピンキー
08/02/08 12:38:54 86js4lzA
みんなでコスプレしてハレハレ踊りながら本社前まで行進

282:名無しさん@ピンキー
08/02/08 12:42:36 kDA7hwRS
作品読んでるんかな?、と
口調がおかしいぞ、と

もっと推敲しろよ、と

283:名無しさん@ピンキー
08/02/08 12:54:58 uEoilH9y
っていうかもう来るなよな、と

284:名無しさん@ピンキー
08/02/08 13:07:20 98Sqm2qQ
枯れ木に謝りたまえ

285:名無しさん@ピンキー
08/02/08 13:17:48 vh/AIMir
もうこのスレいらない

286:名無しさん@ピンキー
08/02/08 15:17:33 p5junsXT
>>278
トリニティブラッドのことかーーーーーーー!!!!

287:名無しさん@ピンキー
08/02/08 17:44:55 x+64I6nk
反省文すらいらんな、コレは

288:名無しさん@ピンキー
08/02/08 19:38:26 QGBWHEH2
>>286
全俺が泣いた

289:名無しさん@ピンキー
08/02/09 00:20:02 S3SftIs6
書き込みテスト

290:名無しさん@ピンキー
08/02/09 00:20:19 pF1NV4t8
チラ裏


……履歴からアクセスしてた携帯厨の俺。

1月からカキコなしなんて、凄腕のスレストッパーが現れたなーとか思ってたわwwwwwwwwwww
移転したのかね?

291:push forward with……プロローグ
08/02/09 00:23:24 S3SftIs6
 俺の日常はきっと赤の他人から見れば、まあ大変ねとか、苦労なさっているんですねとか
言われてしまうようなきわめて非日常的な状態にあるんだろうが、俺にとってはこれが楽しくて仕方がない
ごくごく普通の日常であると断言できる。
 宇宙人・未来人・超能力者。こんなのが得体の知れない情報爆発女を中心に闊歩している世界に
俺のようなきわめて一般的平凡スペック人間がコバンザメのようにくっついて歩いている光景は、
確かに不釣り合いと言えばその通りである。が、いったんそんな現実を受け入れてしまえば、
細かいことはもうどうでもよくなり、どうやってこの微妙に非日常を満喫するか考える毎日だ。
 てなわけで、本日もハルヒ発案による不思議探索パトロール中である。
相変わらず、ハルヒの望むような変なものが見つかるわけでもなく、ほとんどSOS団という謎の集団による
食べ歩き・散策・名所巡り状態になっているが。
「にしてもだ。ハルヒが本当に変なものに遭遇を望んでいるなら、とっくに見つかっていそうだけどな」
 俺は朝比奈さんをうらやましくも抱き寄せほおずりしながら歩くハルヒを尻目に言う。
それにすぐ横を歩いていた古泉は苦笑しながら、
「涼宮さんにとってそういった奇怪なものを見つけることよりも、我々と一緒に遊ぶことの方が楽しいのでしょう。
そうでなければあなたの言うとおり、今頃町中がエイリアンやUMAで溢れかえっていますよ」
 確かのその通りだろうな。実際に俺もそんな物騒な連中が現れずに、こうやって遊び歩いている方が遙かに楽しい。
ハルヒ自身も未知との遭遇がなくても、現状の不思議探索パトロールで満足しきっているんだろうな。
 と、古泉は珍しく胡散臭さのない屈託のない笑顔で、
「このままこの日常が続けば良いですね。僕のアルバイトもいっそのこと無くなってしまった方がいいですし」
 そんなことをしみじみとつぶやく。
 お前達の言うようにハルヒが世界を平然と作り替えられる能力を持った神的存在って言うなら、
この平穏な日常は永遠に続くだろうよ。ハルヒがそう望み続ける間はな……
 
 ……この時まで俺はそう確信していた。

「ちょっと公園で一休みしましょう」
 そうハルヒの一声で俺たちは公園のベンチに座る。ところでハルヒさん。いくら何でもずっと朝比奈さんに抱きついたままなのは
どうかと思うぞ。全くうらやまし―じゃない、少しは朝比奈さんの迷惑を考えろよな。
「いいじゃん。今日は思ったよりも寒かったからカイロが必要なのよ。う~ん、さっすがみくるちゃんは暖かいわね」
「ふえ~」
 ハルヒの傍若無人の振る舞いに朝比奈さんは困り切った顔を浮かべているんだが、
ついついそんな彼女にもこうエンジェル的優美かつ華麗さを感じ取って見とれてしまう俺も相当罪深い。
アーメン。俺の男としての性を許してくれたまへ。
 一方の長門は相変わらずの無表情ぶりでベンチの上にちょこんと座っている。すっかり謎の超生命体印の宇宙人というよりも
文芸部部長兼SOS団最大の功労者という肩書きが似合うようになった。そんな彼女も今日もいつも通り無表情・無口で
無害なオーラを延々と見せているところから別に変なことが背後やら水面下とかでうごめいてはいなさそうだな。
 ふと、ここでハルヒと目が合ってしまった。なんてこった。俺としたことが飛んだミスを。
「ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね」
「何で俺が」
 横暴極まりない俺への指令に、俺は抗議の声を上げるが、ハルヒは朝比奈さんを抱きしめたまま、
「今日も遅刻したじゃん。罰金よ罰金! ほらほらぶつくさ言わないでとっとと買ってきなさい!
あ、あたしは暖かい紅茶でね♪」
 満面の笑み100%を浮かべているところを見ると、全く今日もいつもの傍若無人ぶり全開だな。
いつもどおりってのも安心できると言えばそうなんだが。
 俺は長門と古泉、それに朝比奈さんの要望を聞くと、近くの自販機を探し始めた。
ちなみに俺の癒しの朝比奈さんは、ごめんなさいとぺこぺこしていたが、そんなに謝る必要なんてありませんよ。
あなたがアルプスの天然水が飲みたいというなら、今すぐ新幹線に飛び乗っていくことなんておやすいご用ですぜ。
 しばらくきょろきょろと見回していた俺だったが、やがて公園に乗ってはしる道路の向こう側に
自販機が並んでいるのが目に入った。俺は横断歩道の信号が青になったことを確認し、小銭を数えながらそこを渡り始める。
 ―キョンっ!?


292:push forward with……プロローグ
08/02/09 00:24:03 S3SftIs6
 後頭部に突然ハルヒの声がぶつけられる。そのあまりに突飛な声に何事だと俺は右回り180度ターンで振り返っている途中で
気がついた。俺の鼻先30センチのところにばかでかい巨大トラックがいることに。
当然ながら空中に突如出現したわけでもなく、猛スピードで信号を無視して俺に突っ込んできている。
 鈍い衝撃が俺の鼻に直撃した以降、俺は何も感じなくなった―
 
 ―キョンっ―キョンっ―お願い―目を開けて―
 ハルヒの声だ。何だやかましい。言われなくてもすぐに起きてやるよ……
 俺はすぐにまぶたを開こうとして気がついた。どれだけ強く力を込めて目を見開こうとしても
まるでそれを拒否するかのように、強くまぶたが閉じられている。目の上の筋肉辺りは動いているようだったが、
肝心のまぶたは力を込めると逆にしまりが強まる。くっそ―どうなってやがる……
 ―キョンくん……どうして……こんなことに―
 次に聞こえてきたのは朝比奈さんの声だ。耳に届く美しい言葉に俺は再度目に力を入れるが、やはり開かない。
 ずっと続く闇の中、朝比奈さんのすすり声だけが俺の脳内に響く。ここで気がついたが、俺の手足も俺の意志に反して
全く動かなかった。まるで全身に釘を打ち込まれたかのように身体が硬直し、直接的な痛みよりも
動くはずの俺の身体が動かないというもどかしさに、俺は強烈ないらだちを憶えた。
 しばらくして朝比奈さんのすすり泣きも聞こえてこなくなった。そのままどれだけの時間が過ぎたころだろうか。
いい加減、自分の身体が動かないことにあきらめつつあったころ、今度は言い争いが聞こえてきた。
はっきりと言葉の末尾が聞こえないが、片方が古泉の声であることはすぐにわかった。聞いたことのない男の声と
激しくやり合っているみたいだ。おい古泉、そんな声を出すなんてお前らしくないぞ。どうした?
 しばらく意味不明な怒声のキャッチボールが続いていたが、やがてバンという大きな音とともにそれが止まった、
 ―何―やってんのよ―病人の前なのよ!? 出て行って! 出て行ってよ!―
 ハルヒの声だ。すまん、ハルヒ。助かったよ。これが続いていたら俺の耳がくさっちまいそうだ。
ん? 今ハルヒはとんでもないことを言わなかったか? なんだったっけ……ま、いいか。ちょっと眠くなった。寝よう……
 ―やあ、キョン―
 ……ん、誰だよ。人が寝ているってのに……
 ―久しぶりに顔を合わせたかと思えば、こんなことになってしまうとは、ついていないと言えば良いんだろうかね?
 ……うっさいな、俺は眠いんだよ。寝かしてくれ……
 ―僕は君が起きているつもりで話すよ。いまさらだけどね。少しでもその意味を理解できているなら―
 俺はここで眠りに落ちた……
 一体どのくらい経ったんだろうか。眠っては起きてまた眠っての繰り返しの日々。いい加減飽きてきたんだが、
起きても指一本動かせず、目すら開かないのでどうしようもない現実だ。聞こえてくるのは耳を通してではなく
頭蓋骨を伝わってくるようなぼやけた声だけ。最初はそれを聞き取ろうと努力したんだが、どうやら俺がどうこうしても
無駄なようだ。はっきり聞こえてくるときとそうでないときの違いは、俺の意志や努力とは関係なかった。
 そして、久しぶりにはっきりと聞こえた声。
 ―ゴメン、キョン。全部あたしの責任よ。あたしがあの時あんたを使いっ走りにしなければよかった。
 ―あたしが悪いの――――――ごめんなさいっ――本当にごめんなさい―だから目を開けて―お願い―
 そんな悲しそうな声を出すなよ、ハルヒ。お前のせいじゃないに決まっているだろ? 自分をあんまり責めるなよ。
らしくなさすぎるほうが帰って俺を不安にさせるんだからさ。大体、あんなことはいつもどこかで起きているんだから―
あれ? なんだっけ? 俺、なんかとんでもない目にでも遭ったのか? なんだっけ……
 それから果てしない時間が過ぎたような気がする。
 もうはっきりした声も聞こえなくなり、雑音のような声らしきものが俺の脳内に拡散していく毎日。
 飽きたなんて言う感覚すら通り越して、意識が麻痺しているんじゃないかと思いたくなるほどの無感状態になっていた。
 寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて―もう考えることすらうっとおしくなってきている。
 ―あきらめないで。
 長門の声だ。すごく久しぶりに聞いた。ちょっとうれしくなる。すまないがちょっと俺の目を開ける手伝いをしてくれないか?


293:push forward with……プロローグ
08/02/09 00:24:28 S3SftIs6
 ―今、わたしは何もできない。
 そりゃまた白状だな。SOS団の仲間だろ?
 ―あなたと意識レベルでの言語的会話をすることが、わたしにできる唯一できること。
 なら、せっかくだ。話でも聞かせてくれ。そうだな。おとぎ話でもいいぞ。いい加減、退屈で感覚が麻痺しているんだ。
 ―残念ながらわたしにはあなたの身体構造の再起動を促せるような言語刺激を持ち合わせていない。
 そうか。それなら仕方がないな。そろそろ眠たくなってきたから、寝るよ。
 そうだ、また退屈になったら話してくれないか?
 ―もうこのインタフェースであなたと会うことは二度と無いかもしれない。でも聞いて。
 なんだ?
 ―このままでは涼宮ハルヒはこの惑星にすむ知的生命体全てからの憎しみをぶつけられる。
 ―そして、世界は消滅する。
 は? なんだそりゃ。そんなことがあってたまるか。
 ハルヒはな、確かに行動が突飛だったりわがままだったりするが、何だかんだで常識的な奴なんだよ。
 人を本気で傷つけたりとかなんてしないしな。見た目で判断するんじゃねえよ。
 誰も彼もが誤解しているってなら俺が教えてやる。ハルヒって奴が本当はどんな奴って事をな……
 そう思った瞬間、今までの目の拘束状態が嘘だったかのように消える。
 そして、俺はゆっくりと目を開いた……

294:名無しさん@ピンキー
08/02/09 00:24:29 +v1foS3+
106 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2008/01/31(木) 01:25:18 ID:0329wH1X
もう、投下されるなら何でも良いよ。そんな感じ

俺もこいつのスレスト力は異常と数日思ってたw

295:push forward with……第一章
08/02/09 00:25:31 S3SftIs6
 まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。
同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている
ということはなさそうだ。
 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には―あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような
機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。
「病院……か、ここは?」
 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。
窓から外を眺めると、空と―海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、
船か何かにありそうな丸いものだった。
「ここはどこだ……?」
 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば
点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて
精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。
 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。
広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。
 ―と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、
「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」
 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。
「古泉……だよな?」
「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」
 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。
しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。
「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか?
積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが
無いという方が無理があるでしょう?」
「2年……だって?」
 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか?
まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、
いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。
 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。
どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。
 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。
「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」
 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、
「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」
 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、
「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」
 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。
 
 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で
黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。
「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。
それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、
それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」
「へいへい」
 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。
奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。
「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか
その辺りにもご理解をいただきたいですね」
 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、
普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。


296:push forward with……第一章
08/02/09 00:25:56 S3SftIs6
 しばらく、俺たちは各々の作業―俺は飯を食って、古泉は書類を眺める―を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。
 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。
「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」
「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」
 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、
「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。
まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」
 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。
「まず最初にだ。SO―」
 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。
 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。
「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて
いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」
「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、
今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、
国連はその支援をしているという状態ですが」
「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」
「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」
 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。
「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」
「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として
扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。
そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では
人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって
安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」
「……何があったんだ?」
 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、
「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」
 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、
「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って―そこからはわからねえ」
「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」
 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。
「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。
一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが
原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」
「マジかよ……」
 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという
オチはないよな?
「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。
実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も
首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。
一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」
「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」
「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。
衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」
「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」

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08/02/09 00:26:27 S3SftIs6
「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、
あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて
意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、
ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、
一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。
自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」
「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。
それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」
「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。
だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」
 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような……
 ダメだ。思い出せねえ。
「どうかしましたか?」
「いや……何でもない。続きを話してくれ」
 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。
「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、
ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。
それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。
その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。
しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、
長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。
長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。
涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」
「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」
「いえ、これも―SOS団の仲間として当然のことしたまでです」
 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。
 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。
「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態―いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。
閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが
今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに
神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」
 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを?
嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。
「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。
僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、
神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」
 ―古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―
「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、
今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。
しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が
神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。
そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて
情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」
 古泉の説明で俺ははっと気がつく。


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08/02/09 00:27:02 S3SftIs6
「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」
 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、
犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。
 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、
「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに
反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか
まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。
それに次に言われた言葉はもっと僕を失望―そうですね、はっきりと言いますが失望させました」
 古泉は両手を握り、そこに額を預け、
「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。
対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。
あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは
大変なものになるでしょうから」
 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。
まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。
 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、
「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、
略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。
原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。
彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」
「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」
 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、
「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」
「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。
実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」
 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は?
「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。
僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。
二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」
 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。
「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように
無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。
それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。
そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。
この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」
「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」
 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。
しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。
もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。
 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、
「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。
この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより
何らかの情勢が動く可能性が高い」
「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」
「いえ、何も」

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08/02/09 00:27:54 S3SftIs6
「だめじゃねえか」
 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、
「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも
事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために
欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、
閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、
それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、
なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。
おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」
 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。
言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。
「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」
 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。
「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」
「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」
 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、
「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」
 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。
 
 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、
我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ?
それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。
一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。
しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。
 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので
その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。
現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、
妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。
ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。
どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。
 
 その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、
あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、
また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、
それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。
 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、
「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」
 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と
機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。
変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな?
 古泉が続ける。
「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。
そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」
「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」

300:push forward with……第一章
08/02/09 00:28:43 S3SftIs6
 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、
「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。
ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」
 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。
 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。
「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。
予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」
「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」
 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。
そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。
円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。
 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。
「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。
この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。
そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」
「その何重に描かれている円は何ですか?」
 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、
「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。
今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。
基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」
「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」
「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」
 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。
「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ?
ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」
「これはいろいろと原因がありましてね……」
 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに
戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。
「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。
規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。
当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、
完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。
突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が
何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。
その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」
 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。
誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに
もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。
 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、
「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル―いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」
「それはとっくに実施済みです」
 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。
 だが、古泉は首を振って、
「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」
 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ?

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08/02/09 00:29:38 S3SftIs6
「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように
北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」
「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」
 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。
 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、
「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。
ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」
 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か?
 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、
「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、
そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」
 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が
歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。
 古泉はくくっと苦笑すると、
「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。
一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」
「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」
「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」
 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。
古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。
「よぉ、キョン」
「ひさしぶりだね、キョン」
 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。
二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる?
「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、
そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。
あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。
ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。
拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」
 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。
 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。
 
 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで
以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。
「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」
「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」
 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。
 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、
ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを
身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで
頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし
こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が
必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。
 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった……

302:push forward with……第一章
08/02/09 00:30:07 S3SftIs6
 いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。
 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて
こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。
物わかりの家族で本当に助かる。
 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。
周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅―元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、
辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。
願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。
「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」
 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。
「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」
「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」
 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。
 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、
「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」
「なんだよ?」
「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」
 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、
「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」
「違うのか?」
「……おまえな」
 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ?
 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、
「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、
女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」
「…………」
 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。
 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、
「冗談だよ。理由はこれさ」
 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。
歳は俺と―谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか?
「お前のは涼宮がいるだろ?」
 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。
 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、
「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」
「なにィっ!?」
 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに
すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。
「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。
きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」
 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。
「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから―」
 谷口はすっとその写真に目を落とすと、
「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。
だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら
結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」
「そうか……」
 
 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、
あのアホをここまで変えてしまうのかね?
「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」
 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、
「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」
「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」
 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。


303:push forward with……第一章
08/02/09 00:30:35 S3SftIs6
「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、
またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。
無くして―本当に無くして今それを実感している」
 そして、もう一つ。これが最大の理由……
「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて
心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」
「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」
 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、
「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」
 おいおい、本当に今更だな。
 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、
「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」
 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ?
 
「やあ、キョン久しぶり」
「……なんだ佐々木か」
 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。
「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」
 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。
「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。
高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、
年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。
そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて
突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、
そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」
「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」
「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。
すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと
同じ愚行だろうから」
 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。
古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。
 そのまま二人の間に沈黙が流れる。
 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。
「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」
 ―佐々木は俺の方に目を合わせずに―
「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」
 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。
 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。
「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」
 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。
しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。
それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、
あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。
 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、
やがて軽くため息を吐くと、
「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。
では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」
「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」
 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、


304:push forward with……第一章
08/02/09 00:30:55 S3SftIs6
「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。
宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。
キョンの声だけ聞いても判断できないから―声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で
その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」
 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。
しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。
「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」
「キョン。キミって奴は本当に……」
 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。
「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。
それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、
それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」
 言っていることがよくわからないんだが……
 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。
「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。
ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」
 ―佐々木は一呼吸置いてから―
「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、
沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」
 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。
縁起でもないことは言わないでくれ。
 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、
「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」
 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、
「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を
解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに―何よりもこれ以上間違えるつもりもない」
 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。
 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。
「佐々木」
 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。
「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、
団長様も―こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。
いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」
 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。
「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」
「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」
 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。
そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、
「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。
キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。
その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。
おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。
じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから―」
 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。
 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。
いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。
「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」


305:push forward with……第一章
08/02/09 00:31:27 S3SftIs6
 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は―北高。
 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター―シーホークって名前らしい―の中で緊張しきっていた。
これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に
足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。
 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、
「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」
「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」
 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。
 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。
 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。
 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。
 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、
以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。
そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。
 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。
あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。
 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、
「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」
 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと
気合いを入れて外を見回す―
「……こりゃぁ―すごい―」
 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。
ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。
視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。
よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。
 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。
「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」
 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。
 
 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。
 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、
閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。
 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、
国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、
たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、
かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って
近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。
あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。
「ん?」
 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。
どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような
人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、
そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、
「おい、こんなところでなにやってんだ」
 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人―自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している
閉鎖空間を眺めている。
 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、
「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」
 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。


306:push forward with……第一章
08/02/09 00:31:52 S3SftIs6
 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。
「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」
「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」
 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。
 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、
「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」
 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。
 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、
「朝比奈さん―ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ?
やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」
 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、
「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが
消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」
 俺は―俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。
 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。
つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。
 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、
未来にも影響を与えている。どうにかしなくては……
「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」
 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。
俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。
 
 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。
どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。
 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。
やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。
 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い―じゃないヘリコプター酔いも起きずに
それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに
その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。
 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、
同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ?
もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。
 俺は国木田を捕まえて、
「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」
「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を
離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」
 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。
 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。
 
 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。
 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが
手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。
無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。
ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。
 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。
「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」


307:push forward with……第一章
08/02/09 00:32:13 S3SftIs6
「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」
 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。
 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、
立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか?
「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは
あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」
 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。
じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。
 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。
 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが……
「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」
 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは
したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。
「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」
 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば
すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、
 ―特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを
返してきたので、俺は古泉から離れてみる。
 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。
 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。
しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。
「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」
 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―
 ―キョン―
 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。
 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。
「どうかしましたか?」
 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には
ハルヒの声は届いていないらしい。
「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」
「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」
 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。
 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。
 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。
 


308:名無しさん@ピンキー
08/02/09 00:32:20 kNq4b4mf
見たことある
死ね

309:push forward with……第二章
08/02/09 00:32:53 S3SftIs6
「それがよー、結構ドジっ子なんだよなー。炊出し所でも皿をよく割っていたし」
「ほほう、それはそれは」
「でもよっ! それがまたかわいくて仕方がないんだ! んんーもうっ、こう抱きしめてしまいたいほどに母性本能を
くすぐられるって感じだ! わかるだろ!?」
「そうであるかも知れませんな」
「しっかし、そんな彼女も結構頑固だったりするんだよなぁ。いや、どっちかというと意志が強いといった方がいいかも。
一度、言い始めたら絶対にやり通そうとするからなぁ。でもそんなところもかわいくってたまらないんだよ、これが!」
「それはそれは」
「でも、甘やかしすぎはどうかと思ったりもするんだよー。少しはこっちの意見も言っておかないと
ただのわがままになっちまうかもしれねーし」
「そうであるのかもしれません」
 おい、谷口。自分の彼女自慢は結構だが、少しは大人しくできないのか。大体、新川さんは完全にスルーモードだぞ。
どうみても、右の耳から入って左の耳から抜けているな。
 で、現在の状況だが、俺たちは順調に歩みを進め、現在は俺たちと北高のある陸の間に浮かぶA島へ向かっている。
ここからならK自動車道を伝っていけば、船を使わずに一直線に徒歩で移動できるという森さんの判断でこのルートを進んでいる。
 すでに閉鎖空間に突入してから早半日だ。すでに20キロ以上歩き、俺の足が徐々に悲鳴を上げ始めていた。
ただ幸いなことに、生存率65%ゾーンを移動中だというのに、今のところ敵対行動に出くわしてはいない。
道という道に戦車やら装甲車やらたまに戦闘機が墜落した姿が見えて、壮絶な戦闘が見て取れるというのに。
 ま、古泉の言うとおり、その時が例外だったのだろう。実際にそこの領域で敵対行動があった事例はほぼ無いとのこと。
なら、ぼちぼち侵入する生存率85%ゾーンがあらゆる意味で警戒しなければならないということだ。
 
「なあ、古泉」
「何でしょうか?」
「いや……」
 正直、足がぴくぴく痙攣を始めているんで休みたいと言おうと思ったのだが……
 先頭を歩く森さん、それに続く多丸兄弟・古泉・新川さんと全く疲れた様子が見えない。それどころか、谷口まで
平然と歩いてやがる。国木田に至ってはばかでかい無線機を背中に背負っているというのにだ。
ここで休みたいなんて言えば、まるで俺がお荷物みたいじゃないか。
 俺は自分のプライドがちりちりと焼けるような思いになり、
「何でもねぇ。先を急ごう」
「……?」
 俺の反応に古泉が何を言いたいのだろうか?と眉を潜めたが、すぐに視線を俺から外して歩みを続ける。
 数分後、緩やかな上り坂を登り終え俺たちはA島につながる連絡橋に入った。橋から下をのぞいてみれば、
もの凄い勢いで海面が円を描いている。渦潮って奴だ。閉鎖空間内でも自然現象まではどうこうできないのか?
 そんなことを考えている俺を放って、他の連中はどんどん前進していく。俺も必死について行こうとはしているんだが、
身体構造が根本的に違うのか、同じ歩き方をしても途中で力尽きちまう。結果、じわりじわりと俺だけが後方に遅れ始めていた。
「大丈夫ですか?」
 俺が遅れていることに気がついた古泉が、足を止めて俺の方を振り返った。全然大丈夫じゃねえよ。
今、何かに襲われたら俺は真っ先にやられているぞ。
 そんな俺の状態をようやく察知したのか、古泉が耳に取り付けられている無線機でなにやら話を始める。
どうやら前方十数メートルを歩いている森さんと相談しているらしい。
 やがて話し合いが終わったのか、古泉は了解ですと答えると、
「2時間休憩します。思ったより順調に進んでいますから、このあたりで休息を取りましょう。
それにこれからが本番ですからね」
 俺は古泉のスマイル台詞を聞き終えないうちに、自分の荷物を路上に置き、地面に座り込んだ。やれやれ。
足の裏に老廃物でもたまっているのか、やたらと重く感じるよ。足にまめができていないのが不幸中の幸いだ。
 と、そこに谷口の野郎がやって来て、
「情けねーなぁ。もうギブアップかよ?」
「うるせえ。こちとら平凡な一般市民なんだ」
 そう俺は毒づく。そんな俺に古泉と国木田がフォローするように、
「気にすることはありません。2年も寝たりきだったうえに、ろくな訓練もしていないんですから」
「そうそう。今回の旅の主役はキョンなんだから」
 今はその言葉に甘えさせてもらうぞ。さすがにくたびれたからな。
 そんなわけで俺は地べたに座り込んで水筒の水を飲み始めたわけだが……


310:push forward with……第二章
08/02/09 00:33:23 S3SftIs6
 …………
 …………
 …………
 正直言って気まずい。休んでいるのは俺だけで他のみんなは辺りを警戒するように銃を構えて辺りをうかがっているからだ。
 そんな居心地の悪そうな俺に古泉が気がついたのか、すっと俺の横に座り込んで、
「さっきも言いましたけど、気にしなくて良いですよ。休むとは言っても、みんなでわいわい和むわけにはいかないだけです」
「わかっているが……どうにもこうにもな」
 言葉にしがたいもどかしさにいらだつ俺だ。
 とりあえず、黙ったままだと嫌な気分が深まるだけなので、適当に古泉に話題を振ることにする。
「なあ古泉。おまえは結構この閉鎖空間の中に入って戦ってきたのか? 俺が寝たままだった2年間の話だが」
「数え切れないほどに。当然、この前の大規模侵攻の時も参加していますよ」
「ってことは、結構敵とやらに襲われたりもしたのか?」
 俺の質問に古泉はあごに指を当てながらしばらく考えるそぶりを見せた後、
「それも数え切れないほどにありました。ある時は黒い霧みたいなものに襲われましたし、
熊の大群に追いかけられたこともありますね。ああ、蜂の大群もありました」
 古泉の言葉から俺は脳内で映像を浮かべてみるが、とんでもないものばかりで思わず目の前が暗転してしまう。
「やれやれ。この先、俺たちはそんな目に遭うことになるのか?」
「でしょうね。今までの事例から言って、なにもなく進めるとは到底思えませんから」
「ってことは―」
 そこで俺は足下に置いていた自動小銃を手に取り、
「こいつをぶっぱなしたこともあるのか? もちろん、訓練じゃなくて実戦でだ」
「当然です。どれだけ撃ったか、もう数えることもできませんよ」
 ふと、古泉の言葉に違和感を覚え、
「ん? ちょっと待て。お前この中なら超能力が使えるんだろ? いつぞやのように赤い球体に化けたりして」
「その通りです。ですが、あれはなかなか大変な行為でしてね。長時間継続してできるものではないんですよ。
ですから、そこまで危機の迫っていない状況ではこういう通常の武器を使用して戦うことにしています。
相手が神人ならば、超能力で戦うしかありませんが、幸いここに出現する敵にはこういった武器でも対抗できますから」
 なるほどな。できるだけ温存しておきたい切り札ってことか。ま、確かに調子に乗って超能力を使いまくって
本当にそれが必要になったときにガス欠で使えませんでは、問題が大あり過ぎるだろう。
 古泉に続いて、谷口・国木田の方に振り返り、同様の質問を投げる。
 それに二人はしばらく顔を見合わせていたが、
「あるに決まってんだろぉよー。そりゃもう華麗に敵をばったばったと叩きのめしていったぜ」
「僕はないね。何度かここに来たことがあったけど、運良く敵には遭遇しなかったよ」
 そう交互に答えてきた。
 俺はじっとその黒光りする自動小銃を眺める。精巧に細部まで作り込まれた殺傷兵器。
普通に高校生をやっていたときには、こんなものを手に握りしめる日が来るとは考えもしなかった。
訓練でさんざん発砲してきたが、今でも平凡な一般市民というステータスにしがみついているのか、
どうしてもその感触に慣れなかった。はっきり言って、いざ敵に襲われてもきちんとこいつが撃てるのかって不安になる。
腰を抜かして何もできないんじゃないかと。
「おいキョン、そんなことを考えてどーするんだよ。敵にあったときのことを考えても仕方ねーだろ? なるようになるって」
「お前のその脳天気神経を一本よこせ。そうすりゃ俺ももっと楽観的に考えられるだろうよ」
 そう嘆息する。
 そんな俺に古泉は良いことを思い出したと指を立て、
「なら某映画からの引用ですが、発砲の際の大事な注意事を教えましょう。撃つときはみんなと同じ方向に向かって撃つ」
 おい古泉。それは結局みんな一緒に誤射したというオチにつながるぞ。不吉なことを言わんでくれ。
 ただ、古泉達の余裕さから見ると、全員結構な経験を積んでいるんだろうな。何度も危ない目にも遭っている。
「……こういっちゃなんだが、よく生きて帰って来れたな」
 そんな俺の何気ない一言に、古泉はニカッとスマイルを浮かべると、
「僕がこうやって機関の人たち―森さんたちのおかげですよ」
 そうまわりの機関の人々を見渡した。その声は自信―いや、信頼感に満ちている。仲間意識ってやつか。
 ―と、ここで古泉が耳に付けた無線機でなにやら会話を始めた。俺たちの前方数十メートルのところにいる森さんが
同じように耳に手を当てているところを見るとどうやらこの二人が会話をしているみたいだ。


311:push forward with……第二章
08/02/09 00:33:54 S3SftIs6
 やがて、話を終えた古泉はやや深刻な表情を見せつつ、
「すみません。予定を繰り上げて出発します。ここに長居するには少々問題が発生しましたので」
「なんかあったのか?」
 俺の問いかけに、古泉は立ち上がりながら、
「ここから数十キロ北の位置を飛行していた偵察機が落ちました。完全に確認がとれたわけではありませんが、
撃墜の可能性が高いようです」
 撃墜だと? だが、俺たちには何の影響もないじゃないか? 敵の攻撃なら意図がわからないな。
「これは僕たちへの攻撃の予兆の可能性も考えられます。偵察機を撃ち落としておいて、
こちらへの攻撃準備を整えているとか。身を隠すもののない橋の中心で襲われると面倒なことになりかねません。
早急にA島まで移動する必要があると森さんが判断しました」
 古泉の説明に、俺の心拍数が急上昇し始めやがった。落ち着け。まだ襲われると決まった訳じゃない……
 俺はまだ重さの残る足を叩いて気合いを入れ立ち上がる。やれやれ。またウォーキングの再開か。
 と、いつの間にやら俺のそばに寄ってきていた多丸圭一さんが、
「荷物はわたしが持とう。まだ先は長いからね。無理はしない方がいい」
「いや、それだと大変でしょう……」
 躊躇する俺に、圭一さんは俺の肩を叩きながら、
「気にすることはない。みんなで助け合って行く。これは基本だよ。まあ、きつくなったら裕に持ってもらうから大丈夫だ」
 その言葉に、近くにいた裕さんがぐっと親指を立てる。そこまで言われちゃ、遠慮する方が気が引けるってもんだ。
すいませんがお願いします。
 
 結局、橋の上で襲われることもなく、俺たちは無事にA島にたどり着いた。
やたらと重かった荷物を圭一さんが持ってくれたおかげで俺の足もずいぶん軽くなり、他の人々から遅れることなく歩けた。
ただ、何というか―この喉を締め付けるような空気の重さが俺に別のプレッシャーをかけ始めていることに気がつく。
「あなたも気がつきましたか? この嫌な空気に」
「ああ、超能力者でもない俺も、なんかやばいものがあるとビンビン感じているよ」
 俺と古泉がそう言葉を交わす。前方を歩く森さん達機関の人々の表情は察知できないが、
後方を歩く谷口と国木田も警戒心を露わにした表情を浮かべていた。
 しばらく道を歩き続けると、山岳地帯を越えて開けた土地に出た。周りには水田や畑が広がり、のどかな田舎といった感じだが、
辺り一面めちゃくちゃに破壊され、無事な家屋が一つと存在していない。水田もまるで隕石が大量に落下したように
クレーターだらけだ。一体なにがあったんだ?
 古泉に話を振ろうとしたが、新川さんとなにやら話し込んでいたため、代わりに多丸裕さんが、
「ここはあの神人が出現した場所なんだよ。当然、自衛隊もやってきて激しい戦闘が行われたんだ。で、この有様さ。
数ヶ月後には閉鎖空間に飲み込まれたから、復旧もままならない。廃墟でゴーストタウンってことだね」
 古泉とはベクトルの違う笑みを浮かべる裕さん。辺り一面焼け野原みたいな状況を見ると、当時どれだけ激しい戦いが
あったのか、容易に想像できた。
 さて、この破壊の惨状で最大の問題は、俺たちの進むべき道にあった自動車道のICが完全に破壊されているってことだ。
当然、人間が歩いて越えられるような状態じゃない。古泉たちが話し合っているのは回避ルートについてだろう。
ついでに今日の野営地も探しているみたいだ。もうそろそろ日も傾き始める。夜まで強行軍ではたまったもんじゃないからな。
とは行ってもどこまでも灰色なこの閉鎖空間じゃ、見た目には昼も夜も差異はないが。
 俺は何気なく辺りを見回していて時に気がついた。それが目にとまった瞬間、俺の心臓が暴走し始める。
「……キョン? どうしたんだい?」
 俺の様子が一変したことに気がついたのか、国木田が俺の肩に手をかける。
 視線の先にはICの残骸があった。そして、その中に一つだけ色の違うものが混じっている。
なにもかもが灰色に染まっている世界の中、まるでそれを拒絶するかのように浮き上がる物体。
俺ははっきりとは見えないものの、ぼんやりとした姿だけでそこになにがいるのか直感的に理解してしまう。
 必死に周りの人間に知らせようと、口を動かすが声が出ない。緊張と驚きのあまり声帯が空回りしている。
 俺があたふたと何もできずにいると、急にその物体が大きく拡大された―いや、違う。こっちに猛スピードで
飛ぶように向かってきているだけ―
「ぐっ―!」


312:push forward with……第二章
08/02/09 00:34:34 S3SftIs6
 誰かが俺の襟首を強引に引っ張って、数メートル後ろに動かした。同時に、俺がさっきまでいた場所を光るものが弧を描く。
振り返れば、多丸圭一さんがすぐ背後にいて、俺の身体を支えるように経っていた。その表情はいつもの穏やかそうな顔とは
うってかわり真剣そのものだった。
 目の前に現れたもの。
 長く黒いストレートの髪。
 忘れもしない北高のセーラー服。
 プリーツスカートから伸びる細い足に際だつ白いソックス。
 ……そして、右手に握られた凶悪な形をしたナイフ……ああ、絶対に一生あの形は忘れねえぞ……
 そいつは優雅な着地ポーズのまま、しばらく動かなかったがやがてゆっくりと立ち上がり、
「久しぶりね……っていったほうがいいのかな?」
 かわいらしいしゃべり方で俺に向かって声をかける。
 いい加減、引き延ばしはやめだ。いきなり襲いかかってきた奴、それはあの朝倉涼子だ。
 こいつには2回も命を狙われた。最初はハルヒの行動を観察するために俺を殺そうとし、結局長門によって抹殺された。
次は長門がおかしくしちまった世界を戻そうとしたときに、俺に襲いかかり危うく命を落としそうになった。
 あの長門の親玉の中にある急進派の殺人鬼。朝倉涼子。何でこいつがここにいる?
「朝倉……朝倉じゃねえか!? なんでこんなところにいるんだよ!?」
 背後で素っ頓狂な声を上げたのは谷口だ。どうやらその辺りの事情までは機関から聞かされていないのか、
それとも単純にこんな灰色世界の中にいることに驚いているのか。まあどっちでもいいが。
国木田も同様に意外そうな表情を浮かべている。
 朝倉は今後について話し合っていた古泉・森さん・新川さんの三人と後方で待っていた俺・谷口・国木田・多丸兄弟の間に
着地していた。森さん達は朝倉に向かって銃口を向けているが、発砲しようとしない。
それもそのはずで、森さん達が弾丸を放ってもそれを朝倉がかわせば俺たちに直撃するからだ。同様の理由により、
俺たちも朝倉に銃口を向けても発砲はできない。同士討ちになっちまう。
 朝倉はしばらくじっと俺を見つめていたが、やがて不思議そうな表情でナイフをいじり始め、
「期待していたんだけど、ナイフ一本だけ? 確かに一般的な生活をしていたら怖いものかもしれないけど、
ちょっとインパクトに欠けるんじゃない? 最低限、銃ぐらいは期待していたんだけどなぁ。
このナイフによっぽど怖い目に遭わされたのね」
 当たり前だ。銃なんてここ最近初めて見たのであって、俺が一番痛い目見せられたのはその凶悪な殺傷武器だからな。
冗談抜きでトラウマになりかけたんだぞ。
「でも―」
 朝倉の口から出た言葉を聞く暇もなく、俺は地面に叩きつけられる。抗議の声も上げる暇もなく、視線を上げると、
華麗なポーズでナイフを突き出したまま、俺の頭から一メートルの距離を飛び去っていく朝倉の姿が見えた。
地面に引きずり倒したと思われる圭一さんも、俺の隣で地面に伏せている。
 さらに今度は連続した発砲音が鳴り始め、俺の頭上を弾丸の雨が水平に飛び始めた。伏せさせたのは、朝倉の攻撃をかわすためと
古泉達が発砲できるようにするためだろう。
 しばらく伏せたまま一歩も動けなかった俺だったが、やがて銃弾の飛び先が別の方に変わったことに気がつく。
再び視線を上げると朝倉がまるで牛若丸(想像)の如く優雅に飛び交い、向けられる銃火を全てかわしているのが目に入った。
 ―と、ここで立ち上がった圭一さんに俺は待たしても引きずられるように立ち上がらされ、道路の脇の方へ移動させられる。
「大丈夫かい? 少々手荒なことをしてすまなかった」
「い、いえ、おかげで助かりました……」
 申し訳なさそうな圭一さんだが、恐縮するのはこっちのほうだ。もう一秒遅れていればいつぞやと同じく朝倉に
ナイフで身体の内部をぐりぐりされていただろう。考えただけで背筋がぞっとするぜ。
 その当の朝倉は猛烈な勢いで谷口と国木田に襲いかかっていた。重力ってものを無視した動きで
マジシャンが見せる空中浮遊のごとく二人に飛びかかる。
 切り出したナイフが国木田に迫るが、すんでのところで谷口が自動小銃でそれを受け止める。
がきっと鈍い音が響き、朝倉と谷口が対峙する。


313:push forward with……第二章
08/02/09 00:34:57 S3SftIs6
 二人はここからでは聞き取れなかったが、一言二言会話を交わした後、谷口がすっと横に飛び去り、
背後にいた国木田が自動小銃を撃ちまくり始めた。だが、朝倉はそれを酔拳のごとくすらすらとかわし―
それどころか、数発をナイフではじき返しながら、上空十数メートルまで飛び上がる。それだけでも万国びっくり仰天だというのに
はじいた銃弾を的確に俺の方に向けてくるという器用なことまでやり始める。
 俺は震える足を叩きながら、必死に銃弾をかわすべく道路を走り回った。端から見ているとかなり情けない光景だろうが、
命がかかっている以上外見なんて気にしている場合ではない。だが、あまりにあたふたとでたらめな逃げ方をしていたせいで、
上空を飛んでいたはずの朝倉の姿を完全に見失ってしまっていた。俺はあわてて朝倉の姿を確認すべく、周囲を見渡す。
 東の空にはいない。西の空にもいない。南の空にもいない。西の空にもいない。しかし、自動車道上に朝倉の姿はない。
どこに行きやがった―
 だが、すぐに一つ確認していなかった方向があったことに気がつく。まあ、こういう時のセオリーって奴だ。
 俺は首を振り上げ、真上を見た。案の定、朝倉の端正の整った足が俺めがけて急降下してきている。
しかも、もう目と鼻の先まで迫ってきていた。これでは避けられない。ナイフで斬りつけるのではなく、頭から踏みつぶす気か。
 すぐに来るであろう衝撃と痛みに耐えるべく、両腕で頭をかばい目をぎゅっとつぶる……しかし、いつまで経っても
それは来ず、ただ何かがぶつかる鈍い音だけが耳に届いた。
 恐る恐る目を開けてみると、俺の前に森さんが立ちふさがり、朝倉の足を両手で受け止めていた。
絶対に離さないと言わんばかりに足首を握りしめている。これで朝倉の動きは封じされたかと思いきや、
彼女はその捕らえられた足を軸に身体をひねらせたかと思うと、今度は全身を360度回転させ、逆の足で森さんに
蹴りを入れようとした―が、今度は新川さんがその足を自動小銃で見事に受け止める。
 両足を封じたのを見るや否や、少し離れたところにいた古泉がタタタと自動小銃で朝倉を撃ち始める。
これではさすがの朝倉とは言え、蜂の巣になるしかないと思いきや、森さんの手に靴と白いソックスだけを残して
あっさりと拘束状態から離脱しやがった。軟体生物か、こいつは。
 かなりの勢いで森さんから飛び退いたせいか、朝倉はしばらく膝をつくようなポーズで路面を滑り俺たちから距離を取る。
この間、朝倉が次の行動にとれないと判断したのか、機関の面々はすぐに自動小銃のマガジンを交換した。
全く無駄のない動きと判断。俺もそれに習って取り替えようとするが、はっと気がつく。一発も撃ってねえよ、俺。
 当の朝倉はまるで俺たちの行動を見守るように、膝をついた姿勢からゆっくりと立ち上がった。
なぜか脱げたはずの靴と白いソックスも復活している。そして、凶悪ナイフを子供をあやすようになでると、
「ふーん。確かにこれだけすごい動きをするなら、ナイフ一本でも十分ね。銃や爆弾よりも視覚的恐怖感も大きいし、
うん、結構良い感じじゃない? あなたが恐れる理由もすごくわかるわ♪」
 心底楽しいそうな笑顔を浮かべる。教室に閉じこめた俺をジリジリと追いつめてきたときと同じように。
久々の再会だった言うのに、全然変わっていないなこいつは。だが、さっきから口にしている言葉は何だ?
まるっきり意味がわからないんだが。
 だが、そんな俺の内心の疑問に答えてくれるはずもなく、朝倉はまたナイフを構えて俺の方に飛びかかろうとするが、
待ってましたと機関組と谷口・国木田が朝倉めがけて撃ちまくり始めた。俺もあわてて朝倉の方に自動小銃を向け、
引き金を引くが発砲しない。安全装置の確認ぐらいしろよ、俺は。
 これにはたまらないと思ったのか、朝倉はまたお得意の大ジャンプでそれをかわす。だが、これは墓穴を掘ったはずだ。
一度障害物のない空に上がってしまえば、物理法則に従って落下・着地するまでは
せいぜい身をよじることぐらいしかできないはずだからだ。これで蜂の巣は確実―
「……勘弁してくれ」
 思わず呆けた声を上げてしまう俺。朝倉はまるで空中に見えない地面でもあるかのように、何かを踏み台にして
銃弾の嵐をことごとくかわしていく。それでもたまには避けきれないものもあるのか、ナイフを振り弾をはじき返していた。
個人の癖して、難攻不落の要塞か、こいつは。ってか、俺もいい加減撃てよ。いつまでぼさっと観戦しているつもりだ?


314:push forward with……第二章
08/02/09 00:35:21 S3SftIs6
 ようやく俺も朝倉への銃撃に加わろうとしたタイミングで、森さんが手を振り、
「そっちの二人と向こうの二人で彼を離れた場所に移動させて! ここはわたしと新川・古泉で食い止めます!」
 最初の二人は多丸兄弟。向こうの二人とは谷口・国木田。で当然『彼』ってのは俺のことだ。
俺を連れて逃げろと言っているわけだが、そんなわけに行くか。
 俺がせっかくやる気を見せているというのに、多丸兄弟はお構いなしに俺の両腕をがっしりとつかみ、
「とにかく離れよう」
「そうそう、ここに固まっていてもどうしようもないからね」
 平然と言ってくる二人に、反論もできない。というか、完全に身体を封じられているので、俺が嫌だと言っても
引きずってでも連れて行くだろう。
 谷口と国木田も俺のそばにより、
「よっし! とにかく住宅地の方に逃げるぞ! 俺と国木田が援護するから、キョンお前はとっとと走れ!」
「キョンの背後は任せてよ。絶対に朝倉さんを通さないから安心して」
 そう言って俺に背を向けて、朝倉への攻撃を再開した。だが、朝倉はそんなことはお構いなしに急降下して、
路面にナイフを突き立てる―その瞬間、ナイフが刺さった辺りを中心に地盤沈下の如く路面が崩壊を始めた。
 もうめちゃくちゃな状態で、俺は多丸兄弟に引きずられるようにその場から離れることしかできなかった。
 
「……これからどうするんだ?」
 双眼鏡で森さん達の様子をうかがいながら、俺は谷口に訪ねる。
 俺たちは今崩壊寸前の民家の2階部分に身を隠していた。地震でも起きたら、あっという間に残骸に変身してしまいそうだが、
この際贅沢は言っていられない。いつどこから朝倉が出現して襲いかかってくるかわからないからだ。
 谷口はゆがんだ窓から外をのぞきつつ、
「とりあえず、待機しているしかねーだろ。俺たちが下手に動いたらかえって邪魔になるだけだしな」
 谷口の言うことにも一理ある。現在、元々畑があった場所で森さんと新川さんの二人が朝倉の相手をしていた。
ここからでもはっきりと見えるその優雅にして凶悪な動きっぷりは改めてぞっとさせられるものだった。
しかし、その一方で二人がかりとはいえ、そんな化け物を相手にしている森さんと新川さんはすごすぎる。
宇宙人製ヒューマノイドならどんな突飛な身体能力を見せても、宇宙人だからの一言で片づけられるが、
あの二人は生身の人間のはずだ。それとも機関とやらで改造手術でも受けているのか? その内、全身コスプレのヒーローに
変身したりしないだろうな?
 そんな二人にさすがについて行けないのだろうか、古泉は少し離れたところから自動小銃による援護射撃を続けていた。
あれだけすばしっこい動きをされると、古泉の超能力でも相手にするのは至難の業だろう。
たとえ、戦えたとしても途中で力尽きてしまいそうだ。
「だからといって、なにもせずにただ黙ってみているわけにもいかないだろうが!」
 そんなつもりじゃなかったんだが、ついいらだった声を上げてしまった。くっそ、ここについてからなにもかもがもどかしい。
 実際、あんなペースで動き続けていたら、その内に森さん達の体力も尽きてしまうだろう。やられるのは時間の問題だ。
「やべえ!」
 言ったそばからこれだ。谷口の声に釣られて双眼鏡で森さんたちを伺うと、いつのまにやら仰向けに倒れた森さんに
朝倉の野郎が馬乗りでナイフを突き立てようとしてやがる。だが、間一髪のところで新川さんが体当たりを敢行し、
その一瞬の隙の間に森さんが離脱した。朝倉は古泉の援護射撃をかわしながら、いったん距離を取り始める。
「このままじゃ、森さん達がやられちまうぞ! どうするんだよ!」
 俺のせっぱ詰まった声に、国木田はまあまあと言いつつ、
「黙ってみている訳じゃないよ。当然、支援の準備も万端だからね」
「支援だと? どこにそんなものがあるってんだ?」
 俺がはてなマークを浮かべていると、国木田は背中に背負っていた大型の無線機でなにやら連絡を取り始める。
 一方で、多丸兄弟は森さんから別の指示が飛んだらしく、いそいそと銃や荷物のチェックを始め、
「すまないが、あっちの方の手伝いに行ってくるよ」
「向こうもなかなか厳しそうだからね」
 そう言って崩壊寸前の民家から出て行った。
 国木田の方は連絡を終えたのか、無線機を置き、
「作戦を説明するよ。とはいっても大したことじゃないけどね」


315:push forward with……第二章
08/02/09 00:35:40 S3SftIs6
 大まかに作戦内容を要約するとだ。しばらくあのまま朝倉を釘付けにしておく。その間に閉鎖空間周辺に配備されている
長距離射程の野砲でありったけの砲弾を朝倉めがけて撃ち込み、これを叩く。当然、寸前で森さん達が退避することも
織り込み済みだ。俺の知らん間にそんなことまで決めていたのかよ。
「あったりめーだろー。あんな化けモン相手に長々と関わっていたらこっちがもたねぇ」
 谷口が言うのも一理ある。まだラスボス戦ではなく、序盤戦なのだ。しかし、最初の出向かえが超人・朝倉の歓迎では
ハードルが高すぎるんじゃないのか?
 と、ここで俺は自分のいる場所を思い出し、
「でもよ、砲撃って着弾したらもの凄い衝撃がくるんだろ? こんな今にも倒壊しそうな家にいて良いのかよ?」
 俺の指摘に、谷口と国木田が、あ、と声を上げた。どうやらそこまでは頭が回っていなかったらしい。やれやれ。
 
 俺たちは民家から出て近くの水田に身を沈めながら、機関VS朝倉の激闘劇を眺めていた。
多丸さん達が参戦したせいか、朝倉は防戦一方になっているように見えた。さっきから銃弾を決して受けず
かわし続けるところを見ると、当たればダメージを当てられると見て良いのだろうか?
 俺の疑問に国木田は賛同するように頷き、
「恐らくね。砲弾の直撃を受ければ、骨まで木っ端みじんになるから、確実に仕留められると思うよ」
 ちなみに作戦に不満でもあるのか、谷口は口をとがらせ、
「あーあー、もったいねぇ。せっかくAAランクプラスと再開できたってのに、口説く暇もなくやっちまわないとならねーのかよ」
「結婚の約束をした相手がいる奴の台詞じゃねえぞ」
「うっせ。冗談に決まってんだろーが」
 プレイボーイでもない一般人は普通そんなことを考えもしないんだよ。まあ、そんなヨタ話はさておきぼちぼち時間だ。
すでに先ほど国木田の砲撃要請でこっちに砲弾が雨あられのように飛んできているはずだ。
国木田は着弾予測時間を腕につけた時間で数え続け、ぎりぎりいっぱいのところで森さん達に退避の指示を出す。
あとはジェイソン朝倉を爆散させて完了と。俺がなにをするまでもなく、とっとと終わってくれそうだ。
 程なくして空気を切り裂くような音が俺の耳に入り始める。どうやら来たらしい。間髪入れず、国木田が無線で森さん達に
指示を飛ばした。
 そこからがすごい。森さん達は国木田達の指示があってもしばらく動かずに朝倉との交戦を続けていた。
そして、朝倉が大ジャンプで宙に舞ったとたん、地震発生を悟った勘の鋭いネズミの如く一斉に周辺に散り、
近くの用水路の溝や物陰に身を潜めたのだ。あそこでぎりぎりまで引っ張れるとは、
今までどれだけ修羅場を乗り越えてきたんですか?
 まだ大ジャンプしたまま落下を続けていた朝倉だったが、やがて着地することなくその頭上に大量の砲弾が降り注いだ。
「うわおっ!」
 思わず俺は情けない声を上げてしまった。だが、勘弁して欲しい。すごい衝撃と轟音が来るとはわかっていたが、
俺の想像を遙かに超えるものが全身に叩きつけられたんだからな。数十発に上る怒濤の着弾による衝撃で俺の鼓膜どころか、
脳がシェイクされている気分だ。
 しばらく轟音が続いていたが、やがてそれも収まり辺りに閉鎖空間独特の静寂が戻る。
朝倉のいた場所には濛々と砂煙が立ちこめ、かなり上空まで伸びていた。着弾のすさまじい威力が見て取れる。
さすがにいくらフレディ朝倉とは言え、あんなものの直撃を受け続ければひとたまりもあるまい。
 やれやれ。勝負あったみたいだな。そう思って水田から立ち上がった俺は―甘かった。
 突如、耳に届いたガキッと金属がぶつかる音。俺が何気なく振り向けば、目の前にはあの凶悪なナイフが突きつけられていた。
それを寸前のところで谷口が自動小銃で受け止めている。
「うわわあわわっ!?」
 俺は全く予想していなかったことに腰を抜かして水田にしりもちをついてしまった。一方の朝倉のナイフを受け止めている谷口は
ものすごい力をぶつけられているのか、全身を振るわせつつ、
「油断―してんじゃねえぞ―キョン! 早く下がれっ!」
「谷口っ!」
 水田に座り込んだまま何もできない俺に変わって国木田が谷口の援護を始める。同時に俺の襟首をつかんで朝倉から
引き離し始めた。だが、谷口では荷が重すぎる。すぐに脇腹に強烈な蹴りを入れられ、水面を飛び跳ねる石のように、
10メートル以上とばされた。
 ここでようやく俺は腰を抜かしている場合ではないと自覚し、銃を構えて立ち上がる。どうやってあの砲撃をかわしてきたんだ?
地面に潜るか瞬間移動でもしない限り無理だぞ。


316:push forward with……第二章
08/02/09 00:36:02 S3SftIs6
 いや、もうそんなことを言っている場合じゃねえ。目の前にいるのはエイリアン朝倉だ。どっからともなく沸いて出てきたり、
血が硫酸ってことだって十分にあり得る。いちいち驚いていたらきりがないからな。今だって、両手を後ろに回して
少し前屈みという女の子ポーズに騙されそうになるが、よく見てみれば水田につかることなく、まるでアメンボの如く
水面に浮かんでいるくらいだ。ドラえもんか、こいつは。
 俺は朝倉に向けて銃を構え、ようやく初射撃を開始しようとして―
 すっと俺の前に立ったのは国木田だった。水田の泥水で全身汚れきったその姿は、まるでこいつが歴戦の勇士みたいな
印象を持ってしまう。
 そして、俺の方に振り返らずに、
「キョンは援護をお願い。僕が他のみんなが来るまで何とか朝倉さんを食い止めるから」
「バカ言え! 一人でどうする気だよ!?」
 俺はとっさにさっき吹っ飛ばされた谷口の方に目をやる。相当強烈な衝撃を食らったのか、脇腹を押さえて
苦悶の表情を浮かべていた。どこか怪我でもしてなければいいが。どのみちすぐに復活は無理そうだ。
なら俺が……
「二人で一斉に飛びかかっても仕方がないよ。援護してもらった方がよっぽど有利に戦えるからさ」
 そう言ってそう言ってゆっくりと朝倉の方に歩み始める。くそっと俺は舌打ちしつつ、朝倉に銃口を向けた。
少しでも国木田に何かしてみろ。即刻撃ち殺してやる。
「やあ、朝倉さん。すごく久しぶりだね。3年ぶりぐらいかな?」
 国木田の日常的な問いかけに、朝倉は可愛らしく首を傾け、
「うーん。そうね、きっとそのくらいぶりってことになるのかしらね。あたしはよくわからないけど」
「覚えていないのかい?」
「ううん、ただ知らないだけ」
 朝倉がこんな世間話に応じていること自体驚きだが、やはりどうもおかしい。この目の前にいる朝倉は
俺たちのことを知らないのか? どうにも発言に違和感を覚える。まるで気がついたら朝倉涼子という女子高生になっていました
みたいな。
「でさ、北高で同級生だった好みでここを通してくれないかな? 委員長だったんだから、僕たちの助けになって欲しいんだ」
「うん、それ無理♪ だってあたしの役目はあなた達を殺すことだもん。あ、でもそっちの彼は殺さずに捕まえるけどね」
 俺の方を指差し、そう言った。何だって? 他の連中は殺すが、俺だけは捕まえる? どういうことだ?
 国木田はいつものほんわかな笑みを浮かべ、
「そうなんだ。じゃあ、だめだね。僕たちの目的とはどうしても対立してしまうから」
「どうするの?」
「力づくで通らせてもらうだけだよ」
 それを言い終える前に国木田は、銃口を朝倉に向け発砲を始めた。朝倉はすぐに左右に身体を振って全弾かわし
水田の泥水をはねとばして大ジャンプを行う。だが、さっきまでの十数メートル飛び上がるものではなく、
人一人を頭の上がぎりぎり見えるほどのジャンプだ。そして、ナイフを振り上げ、国木田を一刀両断するかのように
ナイフを振り下ろす。
 国木田はその動きを予想していたのかすっと一歩だけ後ずさりし、紙一重でそれを避けた。
朝倉は着地の衝撃をキャンセルしたかのように、流れる動きで国木田への斬りつけ始める。
だが、この連続斬りつけもぎりぎりのところで国木田はかわし続けた。
 で、援護担当の俺なんだが、二人があまりに密着しているんで、銃を撃つことができない。
俺みたいな素人に毛が生えたくらいの腕じゃ、確実に国木田にも当たるぞ。
 国木田の動きは見事なものだった。朝倉の背筋の凍るような斬撃に全くひるむことなく、ひょいひょいとかわし続けている。
足下がぬかるんだ水田ということを考慮すれば、信じられない身体能力だ。朝倉も押しの一辺倒ではだめかと、
いったん国木田と距離を取るべく後ろに飛び引いて―
 ―だが、それはフェイントだったらしい。すぐに国木田めがけて一直線に飛びかかる。
これには国木田も反応しきれないのか、硬直したまま朝倉の突進を受け入れてしまうかと思われたが……さっきまでと同じように
また身をよじらせ紙一重でそれをやり過ごす。いや、訂正だ。さっきまでとは違った。狙いがはずれた朝倉の腕が
国木田の脇を通り過ぎようとした瞬間、自動小銃を握っていた腕で、朝倉の右腕をがっちり脇腹との間に挟み込んだのだ。
そして、身体を固定された朝倉の動きが止まったのを見逃さずに、国木田はいつの間にか左手に握られていた
オートマチックの拳銃を朝倉の顔面に突きつける―



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