【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合27at EROPARO
【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合27 - 暇つぶし2ch774:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:09:53 18pCN0Si
 突然にして、村役人は答えをつかんだ。
 けっして難しい謎ではなかった。もともと、どこかでそうではないかと疑っていたのだ。
 それでもやはり愕然と目をむいて立ち尽くす。

(あいつら、あの行商人の乗った馬車を襲ったんだ)

 禁制品密売の罪を押しつけたうえで、余計なことをしゃべらないように裁判の前に口を封じる。
 被告が裁判に出るためこちらに帰るこの日。どの街道を通るかを予測するのは簡単である。おそらく〈黒騎士〉は、命令を受けて襲うべく兵を伏せていたのだろう。
 そこまでやるのか、と村役人は歯噛みした。

 領内の通行安全を保障するはずの領主権が、本気でみずからの土地に罠をしかければ、その領地に踏みこんだ者はまず確実に逃れえない。
 主君の命をうけた〈黒騎士〉が馬車を襲い、一人残らず殺したあとで、盗賊のしわざに見せかけることなど造作もないのだ。
 いや、死体も馬車ものこさず隠蔽され、被告はそもそも来なかったように見せかけられているのかもしれない。

 提訴人たちのほうを見る。
 訴えでた商人たちは妙に居心地わるそうに庭の隅にかたまっていたが……一人が村役人の視線に気づいて、たちまち目をそらした。

(おまえらは裏の事情を知らず、儲けてる同僚をやっかんで訴えただけだ、と俺はさっきまで思っていた……でも、本当は違うんだな?
 どら息子に話を持ちかけられて一芝居うったんだろう? あの行商人の後釜におさまって、新たに自分たちが庇護を受ける密約でも交わしたのか?
 だがそうだとしたら、その貴族はあの行商人を計画的に使い捨てたように、いつかおまえらも捨てるんだぞ)

 苦虫をかみつぶしながら、村役人は暗く目を落とした。

(だが俺たちはその前に、今日死にそうだな)

…………………………
………………
……

 試合場の激闘は、まさにたけなわとなっていた。
 とうとう試合場の隅、まだあまり踏みこまれていない雪原のある場所まで剣士は後退している。
 これまでの対戦者の武器とはほとんど触れることもなかった剣が、火花を散らして敵の猛攻を受け、かろうじて食いとめていた。
 踏み荒らされていく雪に赤い点がぽたぽたとついていた。代理の剣士が出血している、と一目で知れた。先の試合のものが開いたのか、新たな傷かはわからなかったが。

「まずいのかしら」

 舞う雪より顔色が白くなっている桃色髪の少女が、ぽつりとつぶやいた。
 銀光が繚乱する中、必死の形相で刺突をくいとめた剣士が、驚きの声をあげて体勢をくずした。氷のように硬くなっていた雪にすべったとみえる。
 対戦者の剣がその頭上にきらめき、落ちかかった。

 まともに受けようとしていればたぶん死なずとも重傷はまぬがれなかっただろうが、この刹那に剣士は地面に身をなげて転がっている。
 幸いにして自分の剣でわれとわが身を傷つけることもなく、雪をけって剣士は距離をとることに成功した。
 対戦者が淡々とそちら側に体の向きをかえる。

 呼吸はこれ以上なく乱れ、体は雪まみれで血と汗に汚れていたが―代理の剣士の瞳からは不屈の闘志がいまなお見えた。
 が、その瞳が対戦者の背後をみとめて、一瞬揺れたように見えた。その視線の先は、テーブルの方面である。
 見るまに汗みどろのその顔が、不敵な笑みを浮かべて対戦者のほうに戻った。

「攻められるのは好かん。ムッシュ、そろそろこっちが攻めさせてもらおう」

 体勢はともかく呼吸はそう簡単に治められないはずだが、油断なく構えを取った剣士の息が、荒いながらも一定のペースを急速にとりもどしていく。
 じり、と再度距離をつめようとした対戦者が、ぎょっとしたように動きを止めた。
 さきほどの対戦者顔負けの勢いで、剣士が苛烈に攻撃の剣をふるいはじめたからである。
 相打ちを狙っているかと思われるほどの、捨て身にちかいやり方だった。

 一剣を送ってまた一剣。
 集中力を極限まで高めているらしく、手首をひるがえして送りだす刺突は、迅いながらも精密に対戦者の顔面や手首を狙っていく。
 こんど必死に払いのけようとしているのは対戦者だった。
 たとえ相手を殺しても、引き換えにこっちの目でも刺されてはたまらないとばかりに切羽つまった様子である。


775:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:10:54 18pCN0Si
 対戦者は歯をくいしばり「この気ちがいめ」とでも罵りたそうな顔をしていた。
 村役人もぼんやりと的外れなことを頭のどこかで考える。

(あんなに近寄って、刺されるのが怖くないんだろうか?)

 剣士の手にある刃が激しく動きはじめ、雪の光を反射して鮮やかに銀の光芒をはなった。
 孤をかいて円転し、その幻惑するような円の中から突きが繰り出される。その刺突がいよいよ速度と数をまし、必死で食い止める対戦者をたじたじと後退させてゆく。
 ここが先途とばかりの猛烈な攻めは、尽きる前に火勢をもっとも激しくする炎のようだった。

 力をふりしぼって攻め立てる剣士の、息もつかせぬ矢継ぎばやの刺突についに対処できなくなったのか、対戦者の男が一瞬ひるんだように動きを鈍らせた。
 刹那、しゅっと送られた剣尖が、対戦者の手首をつらぬいて冷たさを伝え、「ぎッ」と激痛のうめき声をあげさせた。
 とびすさった剣士の前で、勝ち抜き戦最後の対戦者が武器をとりおとし、手首をおさえてひざをつく。

 とうとう代理の剣士が、武芸試合に出た者のうちでただ一人勝ち残ったことになる。

 ……ただし控え目に見ても、剣士は限界だった。
 肺が破れそうなほど呼吸を荒げ、頭上からは湯気がたちのぼっている。
 喝采を浴びせることも忘れて、村役人は立ち尽くしていた。

 だが、この勝負が決まった次の瞬間に、すぐさま次の戦いを望む声が投げられていた。

「〈黒騎士〉、さっさとお前の役目を果たしてこい。
 挑戦者が待っているだろ」

 試合場にたった一人が残った時点で、領主の跡継ぎがそう命令を飛ばしたのである。
 黒い甲冑の男は軽くうなずき、身をかえして試合場のほうへ歩いていく。
 薄刃の大剣をすらりと抜き放って。

 試合場でいまだ呼吸を整えている汗みずくの剣士が面をあげた。
 甲冑の男の剣をまじまじとよく見つめてから、不敵な笑みがまたしてもその顔に浮かんだ。

 そのとき村役人の横から、行商人の娘が涙声をはりあげた。

「不公平じゃないですか、あの方はさっきまで闘っていたんですよ!」

「黙れよ、娘。〈黒騎士〉だって今戻ってきたところだ。
 ……不平か? うん不平なのか? よし、もう少しおまえらに得な条件をつけてやろう。『決闘裁判』だ」

 視線を行商人の娘にうつした領主の跡継ぎが、さらに面白いことを思いついたという表情になった。
 朗々と言う。



776:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:11:23 18pCN0Si
「喜べ娘、父親の有罪無罪をかけてもう一度裁判をさせてやる。なんなら弟の身柄もつけてやるぞ。
 決闘裁判、『始祖ブリミルの名にかけて戦われ、その恩寵あって勝ったほうの言い分が正しい』といういにしえの裁判だ。どうだ、わかりやすいだろ?
 提訴人側の代理人には〈黒騎士〉を提供しよう。〈黒騎士〉が負ければ、優勝金を持って弟ともどもどこかに消えればいい。ただし負けたら多少、課される罰金に色がつくかもな」

 口をあけて、行商人の娘は動きを止めた。破格といえなくもない条件に、逡巡の色が見える。
 「惑わされるな」と村役人は大声で言ってやりたかった。
 試合場の代理の剣士が勝ったところで、この目の前の残酷な貴族がそんな約束を守るわけがない。

(どうあってもこいつは俺たちを料理する気なんだよ。
 いまは猫が捕らえたねずみに食いつく前に、いじくりまわして遊んでいるだけだ)

「面白い提案だな、おい。聞いたぞ。
 まがりなりにも貴族なら、自分の言葉に責任を持つんだろうな」

 試合場の剣士が、血と汗をぬぐいつつ声をテーブルのほうにかけた。
 どうにか村役人は領主の跡継ぎから目をそらし、試合場のほうを見る。
 剣士は傷がひらき、流れる血で体を朱に染めていた。呼吸も荒い。

(そうだ、それ以前にあんたが、〈黒騎士〉に勝てるとは思えないぞ。傍目からもわかるほど、あまりに疲労し、消耗しすぎているじゃないか。
 〈黒騎士〉は一昨年の武芸試合でも昨年でも、対戦した相手の息の根をとめたんだぞ。それを見て、どら息子はことのほか喜んだから、今年もきっとそうするつもりだ……
 だのにあんたは、なんでそんなに怖がってないんだよ? 挑発するようなことを言わなくてもいいじゃないか、ただでさえ死の際なのに)

 頭では、そう考えていた。
 だが彼の手足は、このとき思考と関係ないかのように動きだしている。
 彼は先ほどのように、行商人の娘をひっぱっていた。強引な力に、娘が何か言っている。

 立ちどまり、戸惑ったように見上げてくる娘の小さな肩を抱きよせて、その耳元に口をつける。娘が体を硬直させた。
 村役人は、誰にも聞かれないよう密着した体勢のままささやく。

「もう少ししたら混乱になる、その間になんとか逃げろ。父親も弟もあきらめて一人で逃げるんだ。
 村にはけっして寄らずすぐ他へいけ、できれば遠くの自由都市へ。そうでなければ、ここよりずっとましな貴族が治める領地へ」

 それだけ言うと離れ、試合場の木の柵を乗りこえる。
 行商人の娘が、横から叫びながら手をひっぱるのを振り払い、彼は試合場に降り立った。
 剣士と黒い甲冑の男が対峙している試合場の中央まで、体をひきずるように近寄っていく。
 恐怖と昂揚で、五体が麻痺したようだった。

 目を丸くしている代理の剣士が、「……何しに来たんだ?」と声を発した。
 村役人は、どうにか言葉を震える歯のすきまから押しだす。



777:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:12:19 18pCN0Si
「じゅうぶんだ、よ、よくやってくれた、あとは俺がやるから。も、もともと俺が、頼まれてたんだ。本来あんたらは、かか、関係ない。
 剣をこっちに貸してくれ」

 領主の跡継ぎをこれ以上刺激すれば、たとえ貴族でも消しかねない。
 外壁にかこまれた庭にいるよそ者すべてを、家臣のメイジたちに命じて掃討させ、永遠に口を封じればよい。そんな粗暴で短絡的な判断をしかねない異常性が、あのカンシー伯の息子にはある。

「あ、あんたはさっき覚悟を見せてくれた。
 平民だって、覚悟すれば戦えるよな。お、俺だってずっとこうするべきだと思ってたんだ」

 領主の跡継ぎが行ってきた不正を、わが身かわいさに見てみぬふりをしてきたこと。
 嘲笑されてもへつらって平伏し、自分の身を守るかわりに誇りを殺してきたこと。
 たった今まで、「剣を知らないから」という理由で、自分の代わりに他人を闘わせていたこと。
 それらが心をちくちくと刺していた。

 なにをしても逃れられないのなら、もうこの剣士と桃色髪の少女を巻きこむ意味はない。
 責任くらいは取っておくべきだった。

「そ、それにあんた、途中ではっきり気づいたけど女だろ。
 戦わせといて、いまさらだけど、や、やっぱり男の俺が見てるだけで、女だけ戦わせるってのは違うよな。
 だから、もういい、俺がやる」

 心はようやく伴っている。だから剣さえ手に取れば。
 そして試合場で〈黒騎士〉の攻撃に耐えながら、テーブルのほうに近寄ることが出来れば。
 領主の跡継ぎは、間近で観戦するためにテーブルを試合場の柵ぎりぎりまで近づけている。剣を手にすれば、柵をとびこえて打ちかかれないことはない。

(どうせ最後なら、自分で猫に噛みついてやる。
 剣を持ったら〈黒騎士〉に向かうふりをして、あのどら息子に打ちかかってやるぞ)

 その輝くような金の短髪をもつ剣士は、意表をつかれたようにあごを引き、珍しい生き物でも見るかのような目で村役人を見た。
 それから、年頃の娘とも思えないうなり声を発した。

 村役人の覚悟を聞いて、領主の跡継ぎは疑いなく大喜びした。
 ナイフとフォークをカンカンと鳴らして、その男ははしゃいだ笑みをこぼした。

「おう、選手交代は認めてやるぞ! 勇気には敬意を払おうじゃないか」

 跡継ぎの歓声が聞こえた方向を、耳でしっかり確かめる。あえて目は向けない。
 恐怖に目がくらみ、手が震える。この寒さの中、まだ激しく動いてもいないのに汗が背をつたう。



778:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:12:49 18pCN0Si
(どら息子を狙えば、混乱が起こるはずだ。あの娘が逃げられるくらいの騒動にしなくては。
 最悪なら試合場から出た瞬間に魔法を食らう、最高に運がよければあの腐った頭を叩き割れる……ちっ、最高の結果でも俺が死ぬのは確実か)

 剣士が小声で、ため息まじりに呼びかけてくる。

「やめておけ、馬鹿」

「いいから、は、はやく剣を渡して、柵の外に出ろってば!
 ただ、できればあの娘だが、守って外に出し……」

「聞けよ。目の前のやつは味方だぞ」

「……えっ?」

 村役人ののどから、間抜けな声がもれた。
 やれやれと肩をすくめんばかりの剣士が、汗まみれの顔に笑みをにやりと浮かべ、「おい」と黒い甲冑の剣士に声を投げた。

「こいつはまともに戦えそうか? おまえの意見を述べてみろ」

 村役人が呆然と聞いている中、答えはすぐさま返ってきた。

「無理でしょ、意気込みは買いますけどね。戦う決意をしても初めてではなかなか体がついていかないものです。まして死の危険があると思えばとくに」

「ああ。足から震えてる奴に、女は引っこんでろみたいなことを言われてもな。
 お好きに殺してくださいとアピールしているようなものだ。おまえの言うとおり、意気込みだけは買ってやるべきだが。
 ……ところで、遅いぞサイト。そんなごてごてした鎧を着こむ暇があったら、さっさと駆けつけてこい」

「この甲冑であいつらの一味だと思わせてないと、門をすんなりくぐれませんでしたよ。
 ……アニエスさんが試合に出てるなんて知らなかったんだから、しかたないでしょうが」

 〈黒騎士〉だと今の今まで思われていたその者が、すっぽり頭部をおおっていた兜を脱ぐ。
 あらわれた顔は黒髪、黒目の若い男だった。むろん〈黒騎士〉ではない。
 どう反応すればいいかわからず、サイトと呼ばれた少年をまじまじと見つめている村役人に、その少年はにっと唇をひいて笑いかけた。

「いい覚悟だったけど、モチはモチ屋というだろ。
 剣の腕なんて一朝一夕でどうにかなるものじゃないんだから、この場合人に頼っても恥じゃないさ。
 だから、あとは俺に任せてもらえねえかな。だいたいの事情はわかってるから」

「なにを偉そうに……
 まあいい、後はおまえに任せる。万一にも不甲斐ない負けなど見せてくれるなよ」



779:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:13:24 18pCN0Si
 剣士が少年に毒づきながらきびすを返し、試合場からおりようとする。
 アニエスという名らしいその金髪の剣士に肩をつかまれ、村役人も急展開に追いつけないまま、引きずられるように柵の外に退場した。
 その首を絞めるように腕をまわし、涙をためた行商人の娘がとびついた。

 ぐったり息をついた金髪の剣士の肩を、桃色髪の少女がたたいて声をかけている。

「最後のはすごかったけど……ああいう戦い方は危なすぎない? 相打ち狙いに見えたわ」

「試合で戦う者は、たいていは経験をつむほど無茶な戦い方をしなくなる。
 平民だと貴族ほど名誉にこだわりもないから、皮肉にも技量があるぶん命を大切にする傾向があるんだ。ああいった手合いにとっては、相打ちなんてもってのほかだな、そこにつけこんだ。
 あとは、まあ、こっちの覚悟だな。二度とやりたくないが」

…………………………
………………
……

 試合場に残った少年は、テーブルに座している領主の跡継ぎに向きなおり、剣先でその胸を指して宣告した。

「決闘で決めるんだろ? 代理も認めると、いま言ったよな?
 それなら俺が、被告の擁護者になる。誰だろうと相手になってやる」

 領主の跡継ぎも〈赤騎士〉こと家令も、村役人とおなじく予想外の事態にとまどいの表情を見せていたが、このとき泡を食ったような勢いで跡継ぎがたずねた。

「おい、〈黒騎士〉はどうした! それはぼくがあいつに与えた鎧だぞ」

「たまたま街道を通っていたら、馬車が襲われていたのを見たんでな。
 あんたらに利用された商人は傷を負ってる。重くはないが念のため下の街に行かせて養生をすすめたよ。
 で、盗賊まがいのあの連中なら縛って転がしておいた。もっとも、この鎧は俺のほうが盗賊よろしく拝借したんだけど」

「あの役たたずが!」

 跡継ぎの罵声をよそに、〈赤騎士〉のほうは静かに目を細めている。
 そのメイジは、確認するように慎重な声をだした。

「なるほど、〈黒騎士〉は自分の手で片づけたと言いたいのだな。それなりの腕はあると見ておこう。
 声が違うことを怪しまれないよう、風邪でのどの調子うんぬんと言ったり小ざかしいことだ。
 ……決闘裁判を要求するとな? だが、あいにくこっちに平民の剣士はもういないんだ」



780:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:14:27 18pCN0Si
「誰だろうと相手になると言ったろ? メイジならそこに並んでる。
 俺とそっちの貴族たちのうち誰かが一対一で戦い、俺が勝てば被告は無罪。
 あんたらが勝てば、俺の身柄もふくめて全面的にそっちの好きにしていい」

 これを聞いて、得たりとばかりに〈赤騎士〉が間髪いれずうなずいた。

「よし! その条件をのもうではないか。
 だが、おぬしは本来まねかれざる客だ……こっちも条件をつけくわえさせてもらおう」

 〈赤騎士〉は横むいてかがみこみ、領主の跡継ぎの耳元にささやいた。
 怒りからか蒼白になっていた跡継ぎの顔に、たちまち血色が戻る。ナイフとフォークを皿に打ちつけて音を鳴らし、跡継ぎは声をはりあげた。

「一対一形式にはしてやる。ただし、おまえは本来ならいくつかの試合を勝ち抜いてそこに立つべきだった。
 だから、最低でも四人に勝ち抜かねばならない。
 それとその鎧はいますぐ脱げ、ぼくの物だからな」

 柵の外にもどっていた村役人は、これを聞いて行商人の娘ともども真っ青になった。

(どれだけ腕がたつ剣士だろうと、メイジ一人に勝つことさえおぼつかない。
 あの少年は死んだも同然じゃないか)

 何と言えばいいのかわからないが、とにかく制止しようと声をあげかけたとき、村役人の袖をだれかが引いた。
 見ると、灰色のフードをかぶって顔を隠している者がいた。〈黒騎士〉に扮していた黒髪の少年についてきた、従者らしき服装の者である。
 その者は、静かに、というようなそぶりをしてみせた。

「そうとも、騒ぐことはない。見ていればいい」

 淡々とつぶやきつつ、金髪の剣士がマントをはおった。
 行商人の娘が前にでて、恥ずかしそうにうなだれた。

「すみません、おねえさまだったのに、わたしったら最初に『おにいさん』などと呼びかけてしまって。
 ……あのときは涙で目が曇っていて……そうでなければ、こんな美人なかたを見まちがえなかったのに」

「褒めてくれるのはありがたいがやめてくれ、私は武人だ。男と間違われても、過度に女あつかいを受けるよりましだ」

 げっそりと金髪の剣士が手を振った。
 と、村役人の前にいた従者が身を返し、金髪の剣士に近づいて何事かささやいた。
 見るまに剣士が狼狽する。



781:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:15:05 18pCN0Si
「いえ、そうは言われますが……いえ、いえ、お言葉なれどそれは……待ってください、か、可愛い服など任務に必要ありません!
 ああ、傷ですか? こんなものはかすり傷でございます。今はまだ治療の必要はないかと……
 はい、事情はかくかくしかじかの次第で……」

 離れたところでこそこそと小声で交わされている会話に、なんとなく耳をかたむけている村役人だったが、桃色髪の少女が間にたちふさがった。

「余計なことは知らないほうがいいわよ。というか懲りたら?」

「……そうだな」

…………………………
………………
……

 風雪はいよいよ猛威をふるい、試合場は冷煙うずまく様を見せている。

 衆人の注目のなか、黒髪の少年は篭手をはずし、胴鎧を脱いでいく。
 甲冑に慣れていないのか、たどたどしい手つきだった。通常は人の手を借りて着脱する物だからでもあるだろうが。鎧の下から現れていくのは、村役人が見たこともない服である。
 試合場に上がってきた〈赤騎士〉が、少年に嫌味っぽく声をかけた。

「そう慌てるな、待ってやる。もう少しゆっくり脱ぐといい」

「今はせっかちな気分なんだよ」

 自分の体から黒い甲冑をおしげもなく取り去っていく黒髪の少年は、そう答えながらも油断なくしっかりと大剣を手につかんでいる。
 〈赤騎士〉はふふんと鼻で笑い、言葉をつづけた。

「若様を安心させるためにああは言ったが、平民相手に貴族が四人も必要ないのはおまえでもわかるだろう?
 私が家令を任されたのは、家中最強の騎士であったからだ。おまえの相手は最初の私で終わりだ。だからゆっくりこの命ある時間を味わうがいい、と言ってやったのだよ。
 まったく、いくら腕に自信があるか知らないが、馬鹿なことを言ったものだな。
 ……一応訊いてやるが、若様に仕えてみる気はあるか? 今なら頭を地にすりつけて慈悲を乞えば許してもらえるかもしれんぞ」

「鐘が鳴ったら試合開始なんだよな?」

 鉄靴を地面に放りだして、底に鋲を打ってあるらしき布の靴をはきながら、少年がそう確認を求めた。
 長広舌を流されて鼻じろんだ〈赤騎士〉が「ああ」と答え、杖を引き抜いて準備に入る。

 横からかん高い声が飛んだ。「無駄なおしゃべりはいらないぞ、さっさとその無礼者を刻むんだ」と。
 すっかり冷えているであろう七面鳥の残りを切り分けている領主の跡継ぎが、いらだったように命令を飛ばしたのである。



782:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:15:59 18pCN0Si
「いや待て、街に隠したという被告の場所を吐かせるため生かしておくべきだな。だが腕や足はいらん、何本か切ってやれ。
 さあ鐘を鳴らせ!」

 その命令にこたえて、鐘楼の上で七つの鐘がいちどきに鳴らされた。

 鐘が冬空をどよもしたその刹那に、雷電のような一撃で〈赤騎士〉は地面に斬りふせられている。

 領主の跡継ぎの手が、ナイフとフォークを持ったまま凍りついた。

 黒髪の少年がやったのは、雪を蹴立てて敵の前にとびこみながら袈裟がけに剣をふりおろす、それだけの単純きわまる動作である。
 ただ、異常なほどに迅かった。
 傍で見ていた者の目には、稲妻がひらめいたかと映っていた。

 雪塵を巻いてふりおろされた一剣は、まさに魔法を放とうとしていた〈赤騎士〉の杖を途中から断ち切り、鎖骨のあたりを鎧の上から強打していた。
 それによって〈赤騎士〉は、雪と泥のまじる地べたに這うことになっていた。
 猛烈な斬撃の勢いによって叩きふせられた格好である。鎧にまもられていたため、直接の傷はついてはいないだろうが。

 ほかの平民の見物人たちと同じく声も出ない村役人の横で、「あのしゃべる剣は頑丈だな、あんな乱暴な使い方をしてよく折れないもんだ」と金髪の剣士がぶつぶつ言っている。

 先手必勝の模範例をしめした黒髪の少年は、信じがたいものを見る目で顔を起こした〈赤騎士〉の鼻先に剣をつきつけた。

「せっかちな気分だと、さっき言っただろ」

 鐘はいまだに鳴っていた。
 ひん曲げた唇を震わせている領主の跡継ぎが、テーブルの後ろでざわめいているメイジ兵たちをふりむいて怒鳴った。

「次の奴!」

…………………………
………………
……

 四人目が下された。
 それなりに善戦したばかりに他より重傷を負ったそのメイジが、もっとも不運といえた。杖をふった瞬間、光の矢をかわした少年にわき下の甲冑のすきまを突かれたのである。
 軽く息をみだしながら、黒髪の少年は無造作に大剣をふりはらう。赤い血が点々と、それほど荒らされていない雪面に散った。

 武芸試合で敗退したあと、見物していた平民の武芸者たちがわっと沸いた。
 いっぽうで、領主の跡継ぎがかかえるメイジ兵たちは動揺のきわみに達しているようだった。
 無理もない、と村役人は思う。剣士がメイジを、子供同然にあしらっているのだ。このような光景は常識にはずれている。



783:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:16:46 18pCN0Si
 貴族の血にぬれた霜刃と、サイトと呼ばれた黒髪の少年が放つ鮮烈な気迫が、あきらかにメイジ兵たちをひるませている。
 異様なほどに使い手自身の速度がきわだっている。範囲の狭い魔法ならやすやすと避けるのだ。
 軽捷霊妙の剣さばきと、雷を秘めているような四肢。

 古今に名だたるメイジ殺しの誰であれ、この黒髪の少年ほど恐怖の的になりはしないだろう。
 最初の〈赤騎士〉戦の瞬殺は意表をついたゆえにしても、それ以降の三戦もあっけないほどすみやかに勝ってみせたのだ。
 アニエスと呼ばれた金髪の剣士もじゅうぶんに強かったが、この少年の強さは根本のところから質が違った。

 自分にしても夢を見ている気分で、たぶんあっち側の陣営は悪夢の気分だろう。

「こうして見るとサイトの奴、目立つな……」

 金髪の剣士が感心したような、微妙に悔しがってもいるような声を出した。
 なぜか得意げに薄い胸をそらしているのは桃色髪の少女である。
 従者姿の、顔を隠した者がぱちぱち手をたたいた。こちらも喜んでいるらしい。

 行商人の娘が呆然とした表情のまま、村役人の手をとってくるくる踊りはじめた。
 振ってわいたような幸運に混乱し、踊りでもしないとどうやって困惑混じりの歓喜を表現していいかわからないのは村役人も同じである。
 彼もとりあえずつきあって踊るのだった。

 周囲に苦笑されつつちゃんちゃか続行されていたその踊りがストップしたのは、向こう側でどん、とテーブルを叩いた領主の跡継ぎが、四度目に怒号したからである。

「次だ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、サイトは四人抜いたわよ!」

 看過できないとばかりにこちら側の陣営から大声をはりあげたのは、桃色髪の少女だった。
 ぎろりと血走った目が返る。

「最低でも四人、と言ったんだ。五人だろうと十人だろうと闘わせてやる。
 できないというなら、ぼくが勝ったってことだ!」

 殺気をこめて吐き捨てた跡継ぎが、振り向いて残ったメイジ兵たちに命じた。

「全員まとめて試合場に上がれ!」

「この、貴族の面汚し……!」

 桃色髪の少女が激怒に眉をつりあげ……みずからの杖をひきぬいた。



784:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:17:18 18pCN0Si
…………………………
………………
……

「なあルイズ」

「な、何よ! わたし絶対悪くないからね!」

「いや、俺だって助かったわけだから、いいんだけどさ。
 もう少し人目を気にして、エクスプロージョンの威力を抑えるとかだな……」

 黒髪の少年がまじまじと、破壊されたテーブルの周辺を見た。
 領主の跡継ぎ以下、そのあたりにいたメイジはそろって虚無に吹きとばされ、気絶して地面に転がっている。
 テーブルの惨状はより正確に言うなら、木っ端微塵になっているのである。クレーター状に地面がえぐれていた。

「ラ・ヴァリエール殿の魔法を見ると思うのだが、これで直接の死者が出ないというのが信じられんな」

 金髪の剣士が嘆息し、従者の格好をした者は苦笑をもらしたようである。
 庭にいた残りの者は、苦笑どころではない。青くなって桃色髪の少女から距離をおいていた。
 村役人も、正直ドン引きしている。

 ルイズと呼ばれた桃色髪の少女が、うつむいた。

「存在自体が、貴族の理念を馬鹿にしてるような奴だったのよ……我慢できなくなって」

「それはわかるよ。よくわかるけど、ここまで来て爆発されたら、アニエスさんや俺の苦心は一体……まあ、ほんとはスッとしたけどな」

 黒髪の少年が笑った。引きこまれそうな晴朗な笑顔に、桃色髪の少女が「……ふん」と横を向く。
 一方、庭の隅では爆発に巻きこまれなかったメイジたち、〈赤騎士〉ならびに数名が顔を土気色にして立ち尽くしている。

「さて、後始末はどうしたものか?
 すべてを表沙汰にするとなると、カンシー伯爵家の名に傷がつくのはもちろんだが、この娘の父親も結局は処罰されるな。
 私の意見では、法は基本的には厳格であるべきだと思うが……」

 金髪の剣士が首をひねりつつ、行商人の娘を見やった。娘は泣きそうな顔になったが、けっきょくは黙りこむ。
 だれもが考えこんだが、その思案はすぐ中断された。

 なぜなら、鐘楼の鐘が鳴らされたからである。
 試合も終わり、もう響くことはあるまいと思われていたその音色が、またも大気をどよもしていた。
 むろん何者かが鳴らしたのである。それはこの場の面々以外の、外から接近した者だった。



785:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:17:51 18pCN0Si
「開門!」

 重々しくがなりたてるような先触れの声がそう伝わった。

 まず最初に馬に乗り門をくぐって現れたのは、壮年の痩せた男である。今しがた死神の顔をのぞいてきたというような陰鬱な気配をただよわせていた。
 その後に列となって続いた数名の騎士たちは、毛皮や分厚いウールの服を身につけている。いずれも旅の塵埃に汚れたみすぼらしい服で、統一性もない。
 だがこのくたびれた外見の連中は、規律と危険さを周囲に感じさせていた。全員同じきらきらしい服にととのえたまま、地面に倒れている跡継ぎの護衛たちよりよほどに。

 『先ほどの四人は、最初の奴以外ラインだったが』とつぜん黒髪の少年の持っていた剣が口をきく。『あれは全員トライアングル、それも歴戦だな』
 少年もまた列を見てから、慎重にその剣に答えている。「あいつらが相手なら、二人以上とは同時に戦いたくねえな」
 剣が持ち主と会話したことに、村役人はあまり驚かなかった。もっと驚くことがあったので。

「……あれは領主さまだ……カンシー伯爵だ。
 帰ってきたのか?」

 村役人の驚嘆の声をうけ、金髪の剣士が目をみはった。

「あれが? ほう、息子とぜんぜん違うな。
 いやな奴には変わりなさそうだが、馬鹿には見えない」

 陰々とした雰囲気をただよわせるその男は、馬をとめて馬上からあたりを睥睨した。
 周囲を見渡していたその視線が一箇所でさだまる。倒れている者のなかから、みずからの跡継ぎを確認したようだった。
 カンシー伯爵は、前触れもなく「私は帰ってきた」と宣言した。

 領主は、緋の裏地のマントをひらめかせて馬からとびおり、侮蔑をこめているとはっきりわかる表情になった。

「わが領民であるなしに関わらず、最初に伝えておくことがある。
 旅先でその愚か者の所業が耳に入ってきた。その時点で、そいつを跡継ぎから外すことを私は決意していた。
 私は近々再婚する。ゲルマニアから花嫁を連れてきた。その女が、もう少しましな子供を産んでくれるだろう。
 なお、当然ながら家令も罷免する。彼は息子ともども、私に恥を存分にかかせてくれた」

 聞く側の耳が凍てつくような、冷酷な声である。

「お館さま……」

 顔色を失ってたたずんでいる〈赤騎士〉が震え声を発した。
 霜が降りたような顔でカンシー伯爵はその家令を見た。

「君にはたった一つ礼を言うべきだな。よくぞわが家を潰さないで残しておいてくれたものだ。
 伝え聞いた乱脈ぶりでは、いつそうするのも簡単そうだと思われたが」



786:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:19:04 18pCN0Si
 強烈な皮肉を言ったきり、〈赤騎士〉をもはや一瞥もせず、帰ってきた領主はふたたび歩き出した。
 同じく馬からおりた護衛の兵たちが、その周囲をつつむように規律のとれた足並みで移動する。
 試合場を横切るように歩き、その中央でぴたりと足をとめ、カンシー伯爵は向きなおった。
 視線の先に、今度は黒髪の少年がいる。

「さきに斥候に出した使い魔の目で、今日開かれた裁判の一部始終は確認している。
 わが領地で密売に関与したという商人を引き渡してもらおう。それとその娘、そして村役人の職にあるという若者はすみやかに名乗り出よ。
 これは領主としての命令だ」

 村役人の心臓が、のどから飛び出しそうになった。
 サイトという少年が、あからさまに難色をしめす。

「ちょっと待ってくれねえかな。一部始終を確認したならわかるだろ、その件はさっき片がついたんだ」

「何も片づいてなどいない」

 カンシー伯爵は、当然という表情で言ってのけた。

「この領地において裁判権を有するのは本来、カンシー伯爵である私のみであり、留守のあいだは指名した名代にそれを委任していたにすぎない。
 さきほど言ったとおり、そこに倒れている男は今日の時点ですでにわが嫡子ではなく、〈赤騎士〉はわが家令ではなくなっていた。
 どちらもとっくに、わが名代たる資格を失っている……したがって、今日行われたどんな種類の裁判も正式なものではなく、無効だ。裁きは後日にあらためて私がくだす」

 これを聞いて村役人の顔は、たちまち血の気を失った。

(冗談じゃない! 領主さまは、禁制品の密売にカンシー伯家がかかわったという証拠を、可能な限りもみ消す気だ。
 俺たちごとまとめて内々に始末しようとしているぞ。裁判なんかに応じればまた有罪、どころか牢内で暗殺されかねない)

 家名を汚したかどで元・跡継ぎが父親からどんな酷烈な罰を受けようが、彼はざまあみろとしか思わない。だが、自分たちにも累がおよぶとなると願い下げである。
 カンシー伯爵はその息子と違い、ことさらに残酷な統治者というわけではない。だが、温かい人物とも言えなかった。領民の命と家門の名誉では、後者をためらいなく優先させるだろう。
 村役人たちに対してカンシー伯爵が押しつけるであろう運命は、その息子とは動機こそちがえ、結果は似たり寄ったりのものになるはずである。

(どうすれば……)

 だが、このときも救いは訪れた。
 黙っていた金髪の剣士が、村役人の横でふんと鼻をならした。
 冷たい視線をそちらに向けたカンシー伯爵に、彼女ははっきりと言った。

「裁判権を有する大領主なら、ちゃんと同席していたよ。
 トリステイン全土の、本来の領主が」


787:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:19:45 18pCN0Si
 カンシー伯爵はじめ、意味をつかめず眉をひそめる者たちをよそに、彼女は振りかえって声をかけた。

「陛下」

 ……サイトという少年はここに来たとき〈黒騎士〉の甲冑を身に着けていた。そして従者の格好をした者を連れていた。
 その、フードを目深にかぶっていた従者が、このときそれを払うように脱ぎ捨てた。

 やわらかい栗色の髪が、白い風に逆巻いた。盲いたようなほの白い空の下、冷たく舞い散る雪華のなかで。
 湖水のような青い瞳が、しずかにカンシー伯爵を見すえている。
 「彼女」は、あっけにとられている多くの目のなか、庭の半ばまですすむと、その朱唇を開いた。
 銀の鈴を転がすような声が名乗った。

「アンリエッタ・ド・トリステインです」

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

 ルイズをともなって女王が試合場に上がると、さっとアニエスがひざまずいた。才人がデルフリンガーを地面に刺すようにして待機の姿勢に入る。
 カンシー伯爵は一瞬眼を見ひらいてからまばたきを何度かくりかえし、やがて眼を細めた。同時に、彼もひざを折っている。
 聴衆は度肝を抜かれた様子で静まりかえっていた。

 この日の変装は、貴族の子弟が身に着ける乗馬服のような衣装。
 つねの公式の場での落ち着いた動作からは想像しにくい、おてんばなほど軽やかに動きまわるための格好。
 けれどもこのときの彼女は、私人ではなく、女王としての威厳をおもてに出していた。

「女王つまりわたくしの保有する裁判権において、今しがた行われた決闘裁判とその結果を認可します。
 言っておきますが、そのような重大な裁判を認めうる権利は本来、国王のみが有するはずです。あなたのご子息は王のみの権利を侵そうとしていました。
 無罪となった被告、また当然のことながらその家族には指一本触れぬようお願いしますわ、カンシー伯爵」

 ひざまずいて眼をふせていたカンシー伯爵が、ぴくりと反応した。
 顔を上げずに彼は、トリステインの領主にして彼の主である、年端もゆかぬ女王に反論する。

「陛下……いかにも裁判権において、王権はすべての貴族の上位に位置します。
 しかし陛下、国王裁判所、高等法院でもない場でそれを適用されるのですか?
 ましてや決闘裁判は、とうの昔に王令によって廃止されております。まさかそれをご存じないわけでもありますまい」

「ええ、いろいろと強引ではありますが、今回はわたくしの独断で特例を認めることにいたします。
 不服そうですね。ですが領主が跡継ぎを廃嫡し、家令を罷免するときも、まず王政府にその旨を届ける必要があるはずでは?
 横紙やぶりを行っているという点で、あなたとわたくしは似たようなものですわ」


788:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:20:29 18pCN0Si
 にこりと、アンリエッタは笑みをうかべた。
 女王の皮肉に、カンシー伯爵は顔色を変えるでもない。

「これはおそれいります。確かに先ほどの宣告は、いささか拙速にすぎました。
 ……ですが、密売の罪をうやむやになされるつもりですか?」

「この件はうやむやにするとわたくしが決めたほうが、あなたの真意にも合致するのではありませんこと?
 カンシー伯爵、わたくしはことを大げさにする気はないのです。
 約束します。あなたの息子の関与した『禁制品密売』の犯罪を王政府が公に追及することはなく、あなたの家門にその咎をおわせることもないと。彼の処罰はあなたに一任します。
 そのかわりあなたも、王の庇護下にはいった者に手出しは無用です」

 アンリエッタのこの言葉は、たしかにカンシー伯爵にとっても願ったりかなったりだったろう。
 カンシー伯家に王政府の咎めがなく、ことが決定的に表沙汰にならなければそれで彼には問題ないのだから。
 彼は主君に頭をいっそう下げた。

「ではこの話は、もはや持ち出しますまい。
 あの愚か者については、『王政府に逮捕されていたほうがましだった』と思うような目に合わせることを約束します、陛下」

 冷え冷えとした声に、アンリエッタは寒気を覚えた。
 この領主であれば、肉親の情けとは無縁と思われた。

…………………………
………………
……

 館の庭を出て、雪の路上。

 行商人の娘は、アンリエッタの顔を見るのさえ怖れおおいと思っているようだった。
 がちがちに固まりながら、足元に視線を落としたまま顔をあげられないでいる。
 村役人も相当に身をかたくしていたが、行商人の娘のあまりの緊張ぶりにかえって余裕を取り戻したらしい。

「しっかりしろよ。せっかくだからちゃんと女王陛下の顔を拝させていただけって」

 その青年に背中を叩かれてひう、と声をもらし、ようやくおずおずと娘は顔をあげた。
 アンリエッタはとりあえず安心させるように微笑んだ。とたんに娘は元通り下を向いてしまう。
 今のアンリエッタは女王らしからぬ格好なのだが、それも娘にとっては「女王陛下と向き合っている」事態からくる緊張をやわらげる助けにはならないらしい。
 アンリエッタはそっと話を切り出した。

「お父君を含めたあなたたち家族のことだけれど」


789:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:21:04 18pCN0Si
「は、はいっ」

「あなたがたにはこの国のどこにでも住む権利があります。ただ、この土地からは離れたほうがいいわね。王都などいかがでしょうか。
 お父君は怪我を負いましたが、心配はいりません。二週もあれば完治して、その後は健康に働くことができます。
 参考までに、王政府系列の銀行では事業をおこす元手を低金利で貸しつけるようにしていますから、いつでも利用なさって」

 よどみなく言ったアンリエッタは、娘が上にあげた顔が呆然としているのを奇異に思った。

「どうしたの?」

「あの、女王陛下……それだけ、なのですか?
 父さんの罪は咎められないのですか」

「……やむにやまれず、と聞いています。それにすでにこの件は丸ごと忘れる、とカンシー伯爵に言ってしまいましたから。
 ただお父君のこれまで築いた財産のうち、法に背いて手に入れた部分は没収させていただきますが」

 最初の一瞬だけアンリエッタは逡巡の色を見せたが、すぐ言葉をつむいだ。
 すました表情を浮かべている。

「他にも。目の見えない弟君のことですが、よい環境を望むならトリスタニアの施療院に預けてみてはいかがかしら?
 いえ、あなたが弟君と離れがたいというのなら、同じ施療院で看護婦になってみるという手もありますよ。
 これもまた王政府肝いりの施療院で、従来の施設より質の向上をはかっています。人手はいくらでも欲しいの。あなたのような子が来てくれればと思うのだけれど。
 トリスタニアはいいところよ」

「あ、はい、ええと、こ、この人が来てくれるなら行きます」

 次から次へと突然の話に目をまわしかけている行商人の娘が、村役人の袖を引っぱってうろたえきった様子で口走った。
 村役人の青年が冗談じゃないとばかりに目をむく。

「おいこら、なんで俺が関係あるんだ!? おまえは事あるごとに俺を巻きこむ癖でもついてるのか!」

 アンリエッタのそばに来ていたアニエスが小さく、「サイト並みに鈍い奴もいたもんだ」と呆れ声でつぶやいた。
 女王が「隊長殿」と呼ぶと、彼女は静かな目で主君に近寄り、耳になにかをささやいた。
 アンリエッタの体が微妙にこわばる。銃士隊長はひとつうなずいて女王から離れ、一歩前に出た。
 平民二人の肩を抱くようにして歩かせる。

「それでは、陛下のおおせでお前らをとりあえず村に送る。
 あと貴様に言っておくが、この子くらいの年頃でもレディは侮るべからずだ……いや、説明はしてやらん」


790:降臨祭の第七日・昼(クリスマス特別編・シリアス)
08/02/16 21:21:38 18pCN0Si
 背を向けて去っていく彼らを見送ったアンリエッタは、息を吐いた。
 瞳を伏せる。

(アニエスには気づかれていた)

 銃士隊長はこうささやいたのである。

『……陛下、あまりお気になさらぬよう。『法を厳格に』と私は申しましたが、あれはひとつの意見です。
 厳格に法を適用することが、つねに最善とはかぎらないという事例を私はいくつも見てきました。現に目の前の二人は、陛下の判断で救われております。
 あのときは治安をも考える者としての立場で、まず一応は申しあげたまでですから』

 ―今回は多くの者が、法を守っていなかった。
 最後には女王である自分自身も。
 それがアニエスの言うような「最善の判断」だったとしても、アンリエッタは知っている。自分は情に流されたのだということを。

 見も知らないほとんどの民には、王の名の下に法を徹底させる。一方でたまたま縁があった者には情けをかける。それでいいのだろうか。
 この行いは女王として、ほんとうに正しい行為だっただろうか?
 よく悩むことではあるが、今もそれがアンリエッタの心に、一抹の影を落としていた。アニエスはそれを見抜いたのである。

(……もう考えないようにしましょう。わたくしには、他にもっとましな決着は思いつかなかったのだから。
 関係者全員の罪を公にすれば、あの娘を泣かせ、カンシー伯爵の面目をつぶすことになったでしょう。それは「正しい理」ではあっても「賢明な政治」ではない、はず)

 政治。この場合はカンシー伯爵のような、一筋縄ではいかない貴族たちを束ねる技術。
 貴族にとって大切なのが「家門」と「名誉」である以上、そこに触れないと約束してやれば彼らとて、女王の不興を買うような真似をあえてすることはないのだ。
 むろんこちらが強い立場である以上、ごり押しで全面的にこちらの言い分をのませることも出来ただろうが……やはり賢明な方法とはいえなかった。

(賢明、などと……)

 アンリエッタはまたしても自己嫌悪を感じる。
 政治的な駆け引きなどといっても、要するに恫喝と譲歩を組み合わせて、相手の妥協をひきだすだけではないか。
 そんなことを覚えたかったわけでは、決してない。それでも覚えなければならなかった。
 いつでも敢然と自らの正義をつらぬけるルイズがまぶしい、とアンリエッタはこのようなときに思う。

「姫さま」

 呼びかけられて、びくっとアンリエッタは反応した。
 当のルイズが数歩離れたところに立っている。
 最近すっかり大人びてきた親友は、はっきりした声で述べた。


791:ボルボX
08/02/16 21:24:27 18pCN0Si
うあ・・・あとほんの少しなのにスレ容量におさまりきらなかった・・・新スレが立つまで待ちます。

792:名無しさん@ピンキー
08/02/16 21:24:49 d50o9Rsd
【ゼロの使い魔】ヤマグチノボル総合28
スレリンク(eroparo板)

793:名無しさん@ピンキー
08/02/16 21:25:46 18pCN0Si
>>792
ありがとう、心底から乙です。

794:名無しさん@ピンキー
08/02/16 22:14:47 1+6vNGft
                     /!                    ヾ`ー─┐
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   く      ヽ  ヽ___}!:. ハ   .::::::/>ヘ、.:.::::::       `ー'  /::::::::...:::| '´
    >  >―‐- 〉  .ヾ∧::..::::ヽ.::::/  ___ヽ      ' .:.:::::::: /:::_::::::::::::l-、
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