ヤンデレの小説を書こう!Part13at EROPARO
ヤンデレの小説を書こう!Part13 - 暇つぶし2ch221:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 13:55:26 New87wiq
前回、水樹の幸せを願ってくれたみなさん、ありがとうございました。
多分後一回+エピローグでAルートは終わりです。

222:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 14:00:46 New87wiq
間違い発見。
>>220の上から4行目、「ぐるりと廻って、」を消してください。このままだと
一回転したことになってしまう。ダンスみたいだ。ごめんなさい。

223:名無しさん@ピンキー
08/01/25 14:02:16 440JnFGW
>>221
いやぁ――っ!!さよならなんかしないで!
GJっす

224:名無しさん@ピンキー
08/01/25 14:06:44 e6gKVkzL
>>221
感動した!
でもお姉ちゃんが……°・(ノД`)・°・

225:名無しさん@ピンキー
08/01/26 05:08:27 Jgdgkibu


226:名無しさん@ピンキー
08/01/26 05:09:16 Jgdgkibu


227:名無しさん@ピンキー
08/01/26 21:34:38 ReG8Srfw
久しぶりに見に来たんだが、首吊りとかドラゴン何とかって完結した?
ロボが大晦日に某スレで投下したのは知ってるが、どこでも富樫病?みたいになってるし

228:名無しさん@ピンキー
08/01/26 21:37:02 JcLF88Rd
ヤンデレ一家の続きはまだかのう婆さんや

229:名無しさん@ピンキー
08/01/26 22:32:29 Hj7qN/wD
未完の名作より
完結している普通の作品の方が面白い

完結にはこれだけの差があると常々思ってる
作者様達にはどんなに時間を掛けてでもいいから完結させてほしいものだ
我々はいつまでも待ち続けている

230:名無しさん@ピンキー
08/01/26 23:23:32 kLy+rv84
うだうだ言わず待ちなよ

そこまで言うなら自分で書いてみたら?

231:名無しさん@ピンキー
08/01/27 01:45:28 Wh1KG5eS
>>230
完結できてない作品の続きを?
作者様が許可すれば書くよ。

232:名無しさん@ピンキー
08/01/27 02:07:45 Z6YyIw8I
「夫が隣りに住んでいます」
ってのがかなり俺好みだったんだが…

作者さん続き書いて下さいお願いします><

233:名無しさん@ピンキー
08/01/27 02:28:22 g6mlJtha
作者さんにも色々事情があるだろうし、プレッシャーにもなるからクレクレはやめとこうや

234:名無しさん@ピンキー
08/01/27 07:27:08 eX5wajti


235:名無しさん@ピンキー
08/01/27 16:27:53 Z6YyIw8I
>>233
だな
スレ汚し申し訳無い…

236:名無しさん@ピンキー
08/01/27 17:32:48 r8UZ+IFY
ヤンドジまだあ?

237:名無しさん@ピンキー
08/01/27 21:05:01 s5X98Hw4
軽いヤンデレssを投下します。
エロは入ってませんのでエロナシが嫌な方はスルー願います。

238:237
08/01/27 21:08:55 s5X98Hw4
 はぁぁ~……切ないですわ。楓はとても切ないのです。
貴方と離れ離れで暮らすなんて、とても切ないのです。
きっと貴方も、切なくて悲しくて……眠れぬ夜を過ごしておいでなのですね?
ですが、もうしばらくお待ちになってくださいませ。
もう少しで私はこの学園を卒業できますわ。
卒業さえ出来れば、誰も貴方と私の関係に文句を言ってくる者はいなくなります。
あぁ……何故私たちは出会ってしまったのでしょう?
何故身を焦がすような恋に落ちてしまったのでしょう?
はぁぁ~……切ないですわぁ。楓はとても切ないんですわ。


「おはようございます、楓お姉さま」
「綾小路さん、いい天気ですね。その髪飾り、とても似合っていますわよ」
「まぁ!ありがとうございます!お姉さまに褒めていただけるなんて、とても嬉しいですわ!」

 リムジンを降りるなり、朝の挨拶をしてくる綾小路さん。
私が来るのを待って、挨拶してくるなんて、毎日毎日律儀な方ですわね。
そんな綾小路さんは、私の褒め言葉に頬を染め、嬉しそうに俯いている。
なるほど。その可愛らしい仕草が、男性陣に大人気なんですわね。
この愛らしい仕草が、あの方のお心を惑わすかもしれませんわね……この女、要注意ですわ。

「伊集院さん、ごきげんよう。いいお天気ですね」
「ホント、いいお天気ですわね、三千院さん。
澄み切った青空を見ていると、心まで晴れやかになりますわね」
「まったくその通りですね。澄んだ空を見ていると、心が洗われるようですね」
 
 眩しそうに空を見つめる三千院さん。
その空を見つめる横顔は、同性である私が見ても、綺麗と思ってしまうほど整っている。
さすがは私と学園の2大美女と並び称されるほどの方ですわ。
ですが……ふん!胸は私の圧勝ですわ!しかし、万が一という事も考えられますわね。
早めに手を打っておくべきかしら?

「では、三千院さん。私、一時限目の準備がありますから失礼しますわ」
「ああ、そういえば伊集院さんは学級委員でしたね?
プリント配りなんて先生がしてくださるのに、わざわざお手伝いするなんて……素晴らしいですね」
「三千院さんに褒めてもらえるなんて、光栄ですわ。では、ごきげんよう」

 ふん!貴女なんかに褒めてもらっても、嬉しくともなんともないですわ!
私が褒めていただきたいのはただ御一人。そう、あのお方だけ……

 あのお方のお役に立てる幸せを感じながら、職員室へと急ぐ。
あのお方は……いましたわ!コピー機でプリントを刷っていらっしゃいますわ!

239:237
08/01/27 21:09:39 s5X98Hw4
「真柴先生、おはようございます。今日もプリント配り、お手伝いしますわ」
「おはよう、伊集院さん。いつも悪いね、助かるよ」

 あぁ……その輝くような笑顔、素敵ですわ。
その笑顔を見るためでしたら、その笑顔を私だけに向けるためなら……なんだってできますわ。

「真柴先生、おはようございます。昨日はどうもご馳走様でした!」

 私と耕一様の至福の一時を邪魔する女が一人。コイツは……確か新任の美術教師でしたわね?

「間宮先生、おはようございます。先生って、歌、上手いんですね、ビックリしましたよ」

 ……歌が上手い?どういうことですの?
まさかこの女……私の耕一様とお出かけしたんですの?

「またまたぁ~。わたし、そんなに上手くないですよ」
「ははは、自分なんかよりも相当上手かったですよ?また行きましょうね」
「もちろん先生の奢りですよね?」
「ええ~!マジですか?じゃあ給料日後にでも行きましょうか?」
「分かりました、給料日後にですね?うふふふ、楽しみにしてますね。では失礼します」

 ……この女、いったいどんな手を使って耕一様を誑かせたんですの?
いけませんわ!耕一様は純粋なお方。
きっとこの女の罠にかかってしまったんですわ!
私の耕一様を罠にかけるなんて……許せませんわ!

「はぁぁ~……間宮先生ってカワイイよなぁ。伊集院もそう思うだろ?」
「そうですわねぇ……でも意外とああいう純情そうな女ほど遊んでいるものですわよ?」
「おいおい、なんかトゲのある言い方だな」
「例えば……複数の男性と性行為を持っていたりとか?」
「お前なぁ……いくらなんでも言いすぎだろ?」

 そうですわ。耕一様に手を出そうとする女なんか、淫乱な女に決まってますわ!
……そう、アイツはきっと淫乱なんですわ。
……そう、毎日毎日男を変えてSEXをしているんですわ。
……そう、だからそのSEX相手に耕一様を狙っているんですわ。
……そう、だから私は耕一様に毒牙がかからないように、あの女の相手を用意しないと。
……そう、耕一様に目が向かないように、もう二度と近づかないように、相手を用意しないと。
…………クフフ、クカカカカカ。そうですわ、さっそく用意しなければいけませんわ。

240:237
08/01/27 21:10:25 s5X98Hw4
「間宮先生、お待ちしておりましたわ。今夜は曇っていて月もなく……男を狩るにはいい夜ですわね」

 仕事も終わり、コンビニ袋を片手に帰ってきたら、マンションの前で話しかけられる。
この制服は……うちの生徒?何故生徒がわたしの部屋を知っているの?

「えっと、あなたは……あ!もしかして伊集院さんでしょ?今朝も職員室で会ったわよね?
伊集院さんがわたしに会いに来るなんて珍しいわね。で、いったいどうしたのかな?
……え?男を狩る?あ、あなた何を言っているの?」

 男を狩る?この子、いったい何を言っているの?

「何を言っているのって……先生は複数の男とSEXをする淫乱な女教師なんでしょう?」

 い、淫乱な教師?この子、いったい何を言っているの?

「ば、バカなこと言わないで!一体誰がそんなことを言っているの!」

 思わず声を荒げて叫んでしまう。
いったい誰がそんな噂を流しているのよ!理事長の耳に入ったら、クビになっちゃうじゃないの!
せっかく決まった職場なんだ、こんな根も葉もない噂でクビになってたまるものですか!

「言いなさい。いったい誰がそんな噂を流しているの?さっさと言うのよ!」
「とぼけても無駄ですわ。私には全て分かっているんですの。
あなたがその汚らしい身体を使って、耕一様を陥れようと考えている事も。
たかが淫乱教師のクセに、耕一様に手を出そうとするなんて……身の程知らずにも程がありますわ」
「はぁぁ?あなたいったい何を言っているの?耕一様って誰よ?」

 耕一様?この子、いったい誰の事を言っているの?
……耕一?そういえば真柴先生の名前って確か……耕一だったわね?

「ま、まさか、あなた真柴先生の事を?」
「私の婚約者に手を出そうとするなんて、とんだ淫乱女ですわね。
耕一様に目が向かないように、私がお相手を用意してさし上げましたわ。感謝しなさいな」

 こ、婚約者?えええ?あのパッとしない真柴先生が?
この日本有数の大金持ちの、伊集院さんの婚約者?ウソでしょ?

「ちょ、ちょっと待ってよ!あなたが真柴先生の婚約者?
ダ、ダメよ!生徒と教師がそんな関係だなんて許されないわ!」
「そう、私たちは許されない、禁断の恋をしているんですの。
ですから耕一様は学園では私に冷たく当るんですの。
一度くらいは愛を囁いて下さってもいいと思うんですけど……お堅い耕一様も素敵ですわ」

 ウソでしょ?なんであんなのが伊集院家の一人娘の婚約者なわけ?

241:237
08/01/27 21:11:07 s5X98Hw4
「私が学園に入学して、そこで耕一様との運命的な出会いをしましたの。
真面目な耕一様、人目を気にしてか、出会ってから一度も愛を囁いてはくれませんの。
あぁ……楓は耕一様の愛の囁きを入学からずっとお待ちしているというのに……辛いですわぁ」

 はぁ?この子、いきなり何を言い出すの?

「今だに一度も手さえ握って下さらない、お堅い耕一様。
私はいつでもいいですのに……教師と生徒という関係が私たちを引き離しているんですわ」
「伊集院さん、あなたが真柴先生と恋愛関係にあることは分かったわ。
でもそれがあたしに何の関係があるの?いったい何しにここに来たの?」

 何なのこの子?頬を染めて惚気だして……これ以上訳のわからない話は聞きたくないわ。

「でも愛というものは、障害があればあるほど燃えるんですわ。
でも私たち二人は障害にも負けず、ゆっくりと愛を育んでいますの。
そう、私たち二人にはどんな大きな障害でさえも、恋の引き立て役にしかなりませんの」

 ダメだ、目がイッてるわ。自分の話に酔っているみたいね。
まさか伊集院さんがこんな危ない子だとは思いもしなかったわ。

「……でもね。私たちの愛の引き立て役といえど、邪魔な物は邪魔なんですわ。
前任の美術教師も、同じく前任の保健医も。
私が生徒であるが為に耕一様と肉体関係を結べないのをいい事に、
身体を使って耕一様を誑かそうなどと……許せませんわ」
「ちょっと待って!何を勘違いしてるか知らないけど、真柴先生とは何の関係もないから。
全部あなたの思い違いよ。わたしをあなたの勝手な思い違いに巻き込まないで!」

 前任の美術教師もってなによ?保健医もっていったい何よ!あなた、その人たちに何をしたのよ!

「少し話しすぎましたわね、先生も体が疼いてたまりませんでしょ?
お相手をたくさん御用意していますので、お部屋の方へ御案内いたしますわ。
白人、黒人、もちろん日本人も御用意していますわ。
道具もバイブやローター。ムチにロウソク、拘束具も準備させてますわ。
淫乱な先生の為に御用意いたしましたので、心ゆくまで御堪能してくださいな」

 わたしの話を無視し続けた伊集院さんは、ニッコリと微笑み、その細い指を鳴らした。
すると、どこからともなく黒いスーツ姿の男達が現れて……

242:237
08/01/27 21:12:16 s5X98Hw4
 はぁぁ~……切ないですわ。楓はとても切ないのです。
貴方と交わる事ができないなんて、とても切ないのです。
きっと貴方も、切なくて悲しくて……眠れぬ夜を過ごしておいでなのですね?
ですが、もうしばらくお待ちになってくださいませ。
その時の為に私は、自分でも触っていませんの。自分で寂しさを慰めたりしていませんの。
私の身体を好きに触れるのは、貴方だけですの。
私の身体全ては貴方の物。唇も、胸も、首筋も、太股も、お尻も……全て貴方の物ですわ。
貴方に抱いてもらうことを、胸を吸われることを、お尻を揉まれることを、激しく貫かれる事を、
毎日毎日貴方に抱かれることを思い、切なさで枕を濡らし、眠れぬ夜を過ごしていますわ。
でも私たちは生徒と教師、禁じられた愛。交わる事は出来ませんわ。
でもあと少し……あと少しで私たちは真の恋人になれるんですわ!
その際には視線でではなく、言葉で愛を囁いてくださいませ。
いつものように目で愛を囁くのではなく、私の耳元で、とろけるような甘い愛を囁いてくださいませ。
愛を囁いてくださるまでは……邪魔なゴミを排除し続けますわ。
そう、媚びるような態度で、貴方に接しているあの女も……


「楓お姉さま、おはようございます」
「ごきげんよう、綾小路さん。その髪飾り、お気に入りのようですわね?
昨日は真柴先生にも褒めてもらってましたわね?先生が褒めるだけあって……とても似合ってますわ」

 ……そう、昨日、あのお方に褒めてもらっていましたわ。
この私でさえ、まだ口に出しては褒めてもらっていないというのに。
クフフ、クカカカカカ……そう、私はまだ褒めてもらえないというのに!

「まあ!楓お姉さまにまた褒めていただけるなんて……とても嬉しいですわ!」
「ウフフフ、そんなに嬉しそうにするなんて……とてもカワイイですわね。
そうですわ、綾小路さんにとても面白いものをお見せしたいんですの。
放課後の御予定、空いていますかしら?
もしよければ、1週間前から飼うようになったペットをお見せしたいんですの。
とても……本当にとてもいい声で泣くんですわよ?」
「ええ?わ、私なんかがお姉さまのお部屋に行ってもよろしいんですの?」
「ええ、是非来て下さいな。もしよろしければお泊りしていただきたいくらいですわ」
「ホ、ホントですか?是非お泊りさせて下さいませ!」
「よかったわぁ~。これであの子も喜びますわ。
新しいペットはとても寂しがりやなんですの。ですから他のオスと一緒に寝させていますの。
一人では寝ることが出来ない寂しがりやさんなので……あなたも一緒に寝てあげてくださいな」

 そう、一緒に寝てあげてくださいな。一晩中ゆっくりと、たっぷりと寝てあげてくださいな。

 クフフ、クカカカカカ……耕一様に近づくゴミは全て捨てますわ。壊しますわ。潰しますわ!
耕一様……今しばらくの御辛抱ですわ。貴方に近づくゴミは全て壊しますわ。
壊し終えるまでの間、辛いでしょうが御辛抱してくださいませ!

 クフフ、クカカカカカ……ゴミはゴミらしく、野良犬にでも犯されなさいな。ねぇ、綾小路さん? 

243:237
08/01/27 21:12:59 s5X98Hw4
以上です。

244:名無しさん@ピンキー
08/01/27 21:37:20 nyg6Dl6/
>>243
GJ!!
これで終わりなのか?
だとしたら、残念だわ。かなり続きが気になっちまうじゃないか・・・

245:名無しさん@ピンキー
08/01/27 21:49:07 2IUm9vQS
>>243GJ!
綾小路さんが楓にという
綾小路⇒楓⇒耕一という構図を思い浮かべた俺は末期

246:名無しさん@ピンキー
08/01/27 23:20:03 M0v0Bhlq
>>243
楓にちょっとワロタw
非道いことをしているし、イっちゃってるんだけど

247:名無しさん@ピンキー
08/01/28 13:36:11 9oYEsTxN
デレ&ヤン の梢っち
URLリンク(www.imgup.org)
なんて素敵な番号

京姐殺戮準備モード描こうとして撃墜
絵ってむずいよね

248:名無しさん@ピンキー
08/01/28 15:01:55 Thf36+Tt
>>247
これは可愛い

249:名無しさん@ピンキー
08/01/28 17:05:06 fi1Foyo1
>>247GJ!
とても可愛らしいがぱっと見てナデシコのルリルリを思い出した俺ガイル

250:名無しさん@ピンキー
08/01/28 20:28:49 cXZq+tb3
>>247 たしかにルリルリだ

251:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:37:31 xf3pEIi4
25話投下します。

252:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:38:58 xf3pEIi4
第二十五話~逃亡不可能~

 腕を組んで窓の外を眺めつつ、思考を巡らせる。
 横にいる華が財布を取り出して、中身を覗いていた。
「バス代、持ってないのか?」
「それぐらい持ってますよ。全部でいくらあるか確認してるだけです」
 華の財布を覗き見る。ほう、千円札が二枚か。なるほど……勝った。
 見えないように手を強く握りしめていると、視線を感じた。
 他に乗客がいない以上、俺に視線を向けることができるのは華しかいない。
「なんだ、その目。ああ、別に哀れんでいるわけじゃないぞ。気を悪くするな」
「言っておきますけど、私はおにいさんよりお金持っているはずですよ。無駄遣いしませんから」
「持ってるって言っても、せいぜい五桁だろ。良くて六桁に届くかどうかって―」
「たしか軽自動車って、新車でも日本円で七桁あれば買えるんでしたよね?」
 なに? 
「だとすると、私は少なくとも三台は買える計算になりますね。それでも結構余りますけど」
 ちょっと待て。
 えーと、七桁というと、一、十、百、千、万、十万……の上だよな?
 そんな馬鹿な話があるか。いくら華がしっかりしているからって、そこまで貯めているはずがない。
「貯金に三をかければ、八桁を軽く越えますね」
「……」
「それで、おにいさんはいかほど?」
「……良くて六桁に届くかどうか、です」
 さっきの台詞にふさわしいのは言っている俺自身だった。
 ここまで自信たっぷりに貯金の話ができるやつなんか見たこと無い。
 どうやら華の資金管理方法は、俺とは大きく違うノウハウであるようだ。
 手持ちは五千円あるけど、今の会話の後では安っぽい金額にしか思えない。

「やっぱり無駄遣いしていたんですね。昔からそうでした、おにいさんは。
 お小遣いをもらうと同時に本屋に行って漫画を大量に買っていました。
 で、いつもいつも私よりお金を持っていませんでした」
「なんでそんなことを覚えてやがる」
「私はおにいさんに毎日会っていたんですよ? それぐらいのことは知っていましたし、
 毎月同じパターンが繰り返されるから、年月が経っても忘れたりできませんよ」
「それならお前だって……」
 華の弱点は料理の腕ぐらいだけど、それ以外となると―何も浮かばないから困る。
「言っておきますけど、今はお金の話をしているんですからね」
 俺の考えまで読んでいるし。
「それで、お前だって、の続きは?」
「……いや、なんでもない」
 こうなっては口ごもるしか俺にできることはない。
 たかがこれだけのやりとりで華にしてやられるなんて、自分が情けなくなってくる。
 ため息だって吐きたくなる。


253:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:40:55 xf3pEIi4
「携帯電話は持っていますか?」
 突然、話の流れを変えられた。
 ジーンズの後ポケットを探ると、四角い物体の感触があった。携帯電話は持っている。
「あるぞ」
「では、財布の中にクレジットカードやキャッシュカード、身分証明書などはあります?」
「いつも入れっぱなしだから今日も入れて……いるな。うん」
「アパートの火の元の管理は?」
「ガスの元栓は閉めてる、暖房器具はハロゲンヒーターだけ、それも電源切ってる」
「なら、大丈夫ですね」
 いきなりそんな台詞で会話を締めくくられた。
 なにが大丈夫なんだ? 持ち物とアパートの心配?
 いったいどんな意図があってであんな質問をしてきたんだ。

「お前、何を考えてる」
「このまま隣町の駅に行って、電車で実家のある町に帰りますから」
「……は」
「このまま行っても大丈夫か心配だったんですよ。
 もし忘れ物をしていたら取りに戻らなきゃいけませんし。
 でも、私は大事なものはほとんど持ち歩いています。
 おにいさんがどうなのかわからなかったので、聞いたんです」
「ちょっと待て。話を勝手に進めるんじゃない」
 片足を座席の上に乗せて、体ごと華に向き合う。
 華は平静な顔つきで、顔を向けているだけ。

「誰が実家に戻るって言った?」
「おにいさんは言っていませんね。でも、私はこのまま戻った方がいいと判断しました」
「なんで」
「わかりませんか? さっきの菊川かなこの様子を見て何も思わなかったんですか?
 あの女、絶対におにいさんを諦めませんよ。きっと自分の望みを叶えるまで追ってきます。
 望み通りにしてあげるのがいいと私は思ったんですけど、おにいさんはそれを止めました。
 ならばどうするべきか? ……他には逃げるしかないじゃないですか」
 こいつ、あっさりと決めつけやがった。
 かなこさんを止める方法が無い、って断定してる。
「私も考えてみたんですよ。なるべく手荒な真似はしたくありませんから。
 あの女を殺さずに止める方法があるはずだ、それは何かないだろうか、って。
 図書館で二人が話をしている間にずっと考えていました。
 その答えを出したうえでとった行動が、あれですよ」
「お前がかなこさんを、……ってか」
「ええ。おにいさんに手を下させるわけにはいきませんから」
「それは、俺だって同じだ。お前にそんな真似をさせるなんて、絶対に」
「もちろんそのことも分かっています。あの女を排除した罪で逮捕されるなんてまっぴら御免です。
 さっきのあれは、あの行動の目的は、力ずくで諦めさせるのが目的でした。
 できるならば意志を折る。それが駄目なら骨を折る。それでも駄目なら感覚を一つ二つ消す。
 殺意がなかったかというと、否定はできません。けど、人生まで終わらせる気はありませんでした」
 そういうことを平然と言うのはどうかとも思うが、たしかにそれも一つの方法ではある。
 強引に諦めさせる、行動できないようにしてしまう、いわゆる暴力的な手段。
 俺も説得して諦めさせるのは無理だと判断していた。
 かなこさんは俺の言葉の真意を誤解して受け取っている。
 でも、できるなら荒いことはしたくない。


254:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:41:55 xf3pEIi4
「本当に……他には一つも浮かばなかったのか? 止める方法」
「無いことは、無いです。あります」
「あるのか?!」
「そもそも、菊川かなこはおにいさんを求めて行動しているわけです。
 ならば、その行動理由が無くなってしまえば?」
 理由?
 かなこさんは俺に接触してくる。俺の居るところにやってくる。手を下させるために。
 そうできないようにするには。やる意味を無くしてしまえばいい。
 やる意味。つまり―俺が居なくなればいい。
「お前……」
 ちょっとだけ華と距離をとる。怖くなったわけじゃなく、半分冗談で。
「やるわけがないでしょう。たとえばの話ですよ」
「……まあ、そうだよな」
「ただ、菊川かなこがおにいさんの存在を確認できないようにする、というのはいいと思いますよ。
 おにいさんを、どんな情報網を辿っても突き止められない場所に連れて行くか、
 この世界のどこにもいないように思わせるか。
 偽装してみます? 法的に死んだように思わせれば、諦めるかもしれませんよ」
「俺が頷くと思うか?」
「いいえ。頷くはずありませんよね。そういう危ない橋を渡るのは、嫌いでしょう?」
「当たり前だろ」
 下手したら罪に問われる。それにそんなことできるほど俺は頭が回らない。
 死んだ人間として振る舞うなんてできるか。

「なら、もう手段はありませんね。行きましょう。実家に」
「なんでお前はそこまで実家に帰りたがるんだ……」
 俺はあんまり帰りたくない。
 両親との仲が悪い訳じゃないが、以前帰ったときに小言の応酬を食らわされたことを思い出したら、
積極的に帰ろうという気は失せてしまう。
「なんだったらおにいさん、私の家に来ますか?
 おじさん達の家に帰りたくないんなら、しばらく泊めてあげますよ」
 ……絶対に嫌だ。
 実家に帰るよりずっと気まずい。なんて言って挨拶すればいいんだ。
 おじさんもおばさんも基本的に温厚な人だけど、
この歳になってから泊まりに来た甥を見て何も思わないはずがない。
 華のことだから恋人がいるなんて言ったことはないだろう。
 ということは、華と一緒に帰ってきた俺との関係を疑う可能性もある。
 誤解とはいえ、親戚にそう思われるのは好ましくない。
「いっそのこと、ずっとうちに住んでくれてもいいんですよ」
「冗談に聞こえないからやめてくれ」


255:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:43:36 xf3pEIi4
 そんなことを話しているうちに、バスが路肩に寄って停車した。
 バスの乗り口は真ん中にあるため、当然のようにそこは開いた。
 が、どういうわけか先頭の降り口の扉までも開いていた。
 このバスに乗っているのは俺と華だけ。他の乗客はいない。
 俺たち二人が降車ボタンを押していない以上、降り口は開かないはずだ。

 なんとなく見つめていると、先頭から誰かが乗車してきた。
 いったいどんな常識知らずの人間だろうか。その人の容姿を観察する。
 頭は白髪のオールバック。
 年齢の重なりを他人に意識させるしわの浮かんだ顔には、力強く開いた目がくっついている。
 着ている服はタキシード。一見して老人には見えないほどの威容を誇っていた。
 背筋はまっすぐに伸びていて、動きの一つ一つに洗練された優雅さがある。
 そこまで考えてから、乗り込んできた人の正体が分かった。
「室田、さん」
「……室田?」
 華のおうむ返しの声が横から聞こえた。
 座ったままでいると、一番前の座席近くにいる室田さんがおじぎをしてきた。
「遠山様、ご無礼をお許しください」
 よく通る声は、何メートル離れていようが耳に入ってきそうだった。
「まことに不躾ではございますが、今から私めがこのバスを運転いたします。
 向かわれるつもりだったところへは行きません。ご了承ください」
 そう言うと、後ろを振り返り、バスの運転手と話し始めた。
 声は聞こえなかったが、一分も話さないうちに運転手が降りていったところから見て、
説得に成功してしまったらしい。

 なんだ、これは。
 室田さんがどうしてここにいて、バスを運転することになっているんだ?
「ちょっと、おにいさん。あのお爺さん何を言ってるんですか? あの人誰です?」
「あの人は、かなこさんの執事だ」
「執事、ってことは……あの女の仲間じゃないですか! まずいです、早く降りないと!」
 そう。室田さんがここにいるということは、とてもまずいこと。
 きっとあんなことをしているのは、本人の意志じゃない。
 誰かに命令されないと室田さんはあんなことをしないはず。
 そして、それが出来る人は、一人だけしかいない。

「降りますよ! 早く!」
 華に手を引かれ、腰を浮かされた。
 華には分かっているのだろう。すでに自分たちが危機的状況に陥っているということが。
 だが、もう遅い。室田さんがここにやってきた時点ですでに遅いのだ。
 俺はあの人―彼女の執念を甘く見ていた。バスに乗るところを、きっと目撃されていたのだ。
 リムジンを飛び越しても、追跡をかわせてはいなかった。
 屋根やボンネットに足跡がついたところで車が行動不能になるわけではない。
 俺たちが乗ったバスを追跡し、しばらく走らせた後でそれを停める。
 車体を使って強引に停めたのではなく、運転手になんらかの手段で連絡を入れてそうしたのだろう。
 どこまで菊川家の力が世間に及んでいるのかは知らないが、こうも簡単に移動中のバスを
止められるということは、俺の想像の範疇に収まらないぐらいに強くはあるようだ。
 なんにせよ、これで俺たちはバスというある意味で密室になっている空間に閉じこめられた。
 このまま走り出せば飛び降りるのも難しくなる。
 昔自転車に乗りながらスクーターに掴まって走り運悪くこけた時の痛みから想像するに、
骨の一本ぐらいは覚悟しなくてはいけない。
 だけど、俺達にはその行動をとることすら許されない。
 なぜなら、たった今乗り口から姿を現した女性がそれを許さないだろうから。


256:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:45:30 xf3pEIi4
 かなこさんは図書館で会ったときの格好のままだった。
 ただし、白いセーターの右腕は図書館で華に倒されていたせいで少しだけ砂が付いていた。
 立っている位置は扉のすぐ近く。まだ扉は開いたままになっているので降りることはできそうだった。
 だけど、かなこさんを前にしてはすんなりいきそうにない。
 華はそれでも立ち止まることなく歩き続けた。
 おそらく強引に突破する気なんだろう。
 かなこさんは避ける気配を見せない。むしろ迎え撃つかのように悠然と立ち尽くしている。
 自然、二人の顔は向き合うことになった。華が口を開く。
「……ここまでやりますか、あなたって人は」
「大したことではありませんわ。
 上の方に一言告げただけのこと。お願いを聞いていただいただけですわ」
「降ろしてくれませんか? これから行かなければいけないところがあるんですよ」
「ならば、一人でお降りください。雄志様にはこれから、わたくしの屋敷へと来ていただきます」
「お断りです。二人で降ります。
 おにいさんはあなたみたいなブルジョワなお嬢様の住む屋敷に上がるのにふさわしい人間じゃありませんので」
 断る理由に俺を使うな。おまけにさりげなく貶すな。
 言っていることは正論だが、だからこそ何も言えなくて、はがゆい。
「それを決めるのはあなたではありません。わたくしです。
 雄志様には屋敷へと来ていただきます。が、一名招かれざる客がいるようです。
 誰のことかお分かりですね? 現大園華」
「あなたの家に行くなんてこっちから御免ですよ。
 いくら頭を下げられたって行きたくなんかありませんね」
「では、即刻このバスから出てお行きなさい」
「だから、おにいさんと一緒じゃないと降りないって言っているでしょう。
 ……本当にイライラしますね、あなたって人は。
 言うことを聞かないんなら、力ずくで押し通しますよ」
 華の両手が拳の形になっている。臨戦態勢だ。
 さっき、図書館ではかなこさんが倒されて、とどめを刺される寸前までになっていた。
 そこから考えても、華の方が荒事に慣れていることが知れる。
 こうなっては、かなこさんの方が不利だ。

 ―と、俺は思っていたのだが、対するかなこさんはたじろぐ様子を見せなかった。
 何か、違和感がある。絶対に無視してはいけない類のものが。
 図書館で会ったときとのかなこさんと、今のかなこさんは同じ人間なのか?
 氷壁を通して見た時みたいに輪郭がはっきりしない、底が知れない。
 短時間でここまで変われるものなのか?
 いや、そうじゃないな。
 きっと、元からかなこさんはこんな雰囲気を持っていたんだ。
 今まではただ抑えていただけで、やろうと思えばいつでも今のような感じになれた。
 それなら、この違和感の原因も説明がつく。
 穏やかな人柄の仮面が外れた、今のかなこさんが本物なんだ。

「物騒な女でございますこと。宜しゅうございますよ。できるのならば」
「……いいでしょう。望み通りにしてあげますよ。
 あなたをそこの扉から叩き落として、ついでに執事の人も同じようにしてやります」
「おい、ちょっと待て」
 華の肩に手を置き呼びかけると、振り向かれずに返事された。
「なんです?」
「やめとけ。無理に戦おうとするな。逃げた方がいい」
「逃げる必要なんかないです。わかりやすく力で教えてあげた方が、この女のためですよ」
「……たぶん、できないぞ」
「はい? 何言ってるんです。見たでしょう、さっきの無様な姿。
 温室育ちの脆弱なお嬢様に何ができるっていうんです」


257:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:47:38 xf3pEIi4
 それが誤解なんだ。
 危険な空気がかなこさんの方向から流れてきているのを感じる。
 豹変した姿を何度か目にしたが、そのいずれよりも危ない。
 体の防衛本能が強く警告してきている。
 図書館で会ったときはそれこそ無防備で、華の言っているように非力な印象だった。
 傷つけまいと、こっちから身を引かねばならないほどだった。
 それが、今はどうだ。
 透明なガラスの細かな破片を混ぜたような空気がかなこさんを覆い、近づけまいとしている。
 一歩動くことさえ慎重になる。
 これはもしや、俺の勘が鋭くなったとか、そういうことなのか?
 それともただの気の迷いなのか?
「すぐに終わらせます。一分じっとしててください」
 華はそう言うと、俺の手をどけて一歩踏み出した。

 その時、不意に襲いかかってきた悪寒が、脳裏にイメージを作り上げた。
 首から血を吹き出して倒れる、華の姿。
 世界が暗くなり、音が消える。目にしているもの以外何も知覚できなくなる。
 吹き出した血が床を濡らし、空中に広がり、俺の顔にかかる。
 青い座席も、縁の汚れた窓も、靴のすり切れた跡の残った床にも。
 悶えているうちに、天井にまで血が飛散した。
 力尽きた体は床に膝をついて前のめりに倒れた。
 うつろな眼差しはまだ信じられないように、右に左に動いていた。
 ほどなくして、その動きも止まる。まぶたがゆっくりと閉じられた。
 その想像を俺は咄嗟に否定した。強く、はっきりと。

 跳ねるように動く。
 コートの背中を引っ掴み、力任せに引っ張った。華の体が勢いよく後退。
 間髪入れず、さっきまで華の首のあった辺りに一本の線が走り、空間を引き裂いた。
 唐突に現れ、華の首を狙って走ったそれは、かなこさんが右手に持っている短刀だった。
 左手には鞘。右手は真横にまっすぐに伸ばした状態だった。
「……避けられてしまいましたか」
 穏やかな声が流れる。少しは残念に思っているのか、かなこさんは眉を伏せていた。
 まだ華は呆然としていて、目をぱちくりさせていた。
 見えていたのだろうか。いや、それ以前に、今の攻撃を予感していたのだろうか。
 もしさっきの閃きが起こらなかったらと思うと……あのイメージ通りになっていた。
 意識を短刀に集中させ、警戒しながら話しかける。
「今、もしかして……」
「お察しの通り、殺すつもりでございました。
 いつまでもその女に目の前でうろうろされては迷惑でございましょう?
 油断して近づいてきたところを、と思っていたのですが、まさか雄志様に阻止されるとは。
 つくづく、運に恵まれておりますわね」
 かなこさんは華を見て、小さく笑った。
 右手で掴んでいたコートの生地が動く。
 華が飛びかかろうとしていることがわかったので、今度はより強い力でコートを引っ張る。
「やめろ、華! 今本当に危なかったんだぞ!」
「わかってますよ、そんなこと!
 ……さっきはただ油断していただけです。今度は隙なんか見せませんから」
 力任せに手を振りほどかれた。
 その時、華は俺の顔を見ていた。後ろにいるかなこさんから目を逸らしていた。
 注意までは逸らしていなかったかもしれないが、その動きは油断や隙と言えるものだった。
 その隙をついて、かなこさんが距離を詰めた。
 警戒を断っていない状態だから気づけた、瞬間の動き。
 体がついていかない。
 短刀が華の心臓めがけて突き進むのが見えていても、それを止めることができなかった。
 刃が、華の体に突き刺さるのが見えた。
 悲鳴が聞こえてくるのを、俺は覚悟した。


258:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:48:49 xf3pEIi4
 しかし、声より先に人を殴る音が聞こえた。目の前では実際に一人が殴られていた。
 殴ったのは華で、殴られたのはかなこさんだった。
 華の胸に短刀は刺さっていなかった。代わりに左肩に深々と、根本まで刃が突き刺さっていた。
 それを信じられない気持ちで見ていると、かなこさんの体が揺れた。
 胴体に華の拳が突き刺さっていた。
 休む暇もなく放たれた追撃をかなこさんは後退して避ける。
 短刀から手を放していなかったので、同時に華の肩から血糊がべったり付いた刃が抜けた。
 華とかなこさんの間を、小さな血の点が連なり結んでいた。
「ち……意外と、深い……」
 華の口から呟きが漏れた。
 着ているものが黒ずくめだから血の色は目立たないが、左手から床へと滴り落ちる紅い血は隠せていない。
 右手はまだ固く握りしめられたままで、構えを解いていなかった。
 かなこさんは唇から垂れる血を確認するかのように、左手の指先を当てた。
「しぶとい女ですわね。どうして今のを避けることができたのでしょう。
 確実に、絶対に仕留められるという確信を持っていたというのに」
「あんまり、私を……舐めないでくださいね。そして、過信もほどほどにするべきですよ。
 ちょっとは刃物の使い方には慣れているみたいですけど、ね」
 苦しそうな表情を浮かべながらも華の口調は変わっていなかった。
 表面を紅く染めた刃が、標的へと向けられる。先にいるのは華。
 構えているのは鋭く目を尖らせたかなこさんだ。
 短刀の刃先から血が落ちる。床に着くとそれは弾けて拡がった。
「二度はありませんわ。次こそは必ずや、心の臓を貫きます」
「ふ……ふふ。次こそは、って言ってる時点で終わりです。
 さっき仕留められなかったのが致命的なミスです。
 次に終わるのは、あなたの方ですよ」
 それは、違う。
 できないんだ。華じゃ、かなこさんを退けることはできない。
 さっきから悪寒が消えない。空気が停滞して凝り固まったみたいに動くのが難しい。
 止めなければ、かなこさんを。守らなければ、華を。
 今やり合えば華が死んでしまうという想像が頭から離れない。
 それはさっき頭に浮かんだものの残滓ではなく、二人を見て冷静に判断して出した答え。
 軽自動車と大型トラックが衝突した結果を浮かべるように、鮮明に画が浮かび上がった。
 俺はそれを否定する。絶対にそんなことにはさせない。
 この状況、扉を開けたまま走り出していない状態のバスで、華を生き残らせるには。
 そして二度と二人を会わせないようにするためには。
 ―ああするしか手はない。


259:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:52:30 xf3pEIi4
「覚悟なさい、現大園華。あなたが名前を呼ばれるのは、これが最後になりましょう」
「菊川かなこ。あなたにその役はふさわしくありません。
 今の台詞があなたの遺言です。誰にも伝えません。私はすぐに忘れます。
 惨めに、無念を遺したまま、死になさい」
 かなこさんは短刀を逆手に、華は右手を貫手にして構える。

 緊迫した空気が肌を襲う。
 二人はきっかけを待っていた。すなわち、何かが合図を送り、スイッチを入れることを。
 風の音が強く耳に反響した。
 今日の風は勢いが強く、向かい風が吹いてきたら目を細めなければならないほどだった。
 寒風がバスの中に吹き込んでくる。
 運転席の後ろに貼ってある広告のチラシが浮く。

 ―風が凪ぐ。

 二人のうちどちらかが動くのが、限界まで広がったセンサーで感じ取れた。
 それは走り出すために膝を軽く折り曲げる程度の動きだったろう。
 だが、俺にはそれだけで十分。スイッチは入った。
 二人が動きだすまでの刹那をさらに短く切り取り、初動をとる。
 華の膝裏をつま先で蹴る。そのせいで頭の位置が少し下がった。
 間髪入れず、華の頭上を短刀の一閃が走った。
「えっ?!」
「な、……雄志様?」
 大きく踏み込む。手心を加え、腕を振り切ったかなこさんの腹部を掌底で打つ。後退した。
 打撃のフィードバックを利用し、腰を中心にして上体を跳ね返らせる。
 首を向けるより早く、目だけで華の顔を見る。
 そこには、俺が加勢したことによる喜びではなく、単純な驚きがあらわれていた。
 俺にこんな動きができるなんて、意外だったのだろう。
 だけどできてしまうのだ。
 目的を強く意識して体を動かせば、頭で考えるよりも早く、最適な動きを行える。
 右肘を華の胴体の打ち込む。
 華の体がくの字に折れ、肩に顎が乗った。
 顔から拳一つ分も離れていない場所に、華の横顔があった。
 リボンで一纏めにされた髪の束が、鼻先まで近づいた。
 髪の毛の艶は、いつもとは比べられないほどに無くなっていた。
 昨日からの騒ぎで手入れする暇もなかったのだろう。
 俺と華の二人だけに聞こえる声量で言う。
「悪い、華。こうするしかないんだ。お前を助けるためには」
「そ、んなの……って。おにいさん、の…………ば……か」
 かすれた声で呟き、華は脱力した。


260:名無しさん@ピンキー
08/01/28 21:58:35 xf3pEIi4
25話はここまでです。

261:名無しさん@ピンキー
08/01/28 21:59:32 y4uiG/te
>>260
リアルタイムGJ!!

262:名無しさん@ピンキー
08/01/28 22:00:33 D25BFSzM
リアルタイム投下ktkr
段々おいつめられてく様が良いわぁ。
作者様GJ

263:メディラス ◆IlzOtEH0rY
08/01/28 22:19:25 b+3VEN7m
雛さんが腹ボテにされたと聞いてきました

264:名無しさん@ピンキー
08/01/28 22:35:35 3A66oMyv
>>260
雄志に覚醒の気配、これは楽しみ


265:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:22:41 67i2qe8S
久々に続きかいてみました。


第10章

今日の真紀はいやに積極的だった。
いや積極的なのが悪いんじゃない。それどころかどちらかt・・・
まぁそんなことはどうでもいいんだが、とにかく何かいつもと違った。
「う~ん・・・」
しばらく考えても何も出てこない。
「う~む・・・」
まだでない。
「U-mu・・・・Zzz・・・」
突然ガッという衝撃に目を覚ます。
見ると真紀が呆れ顔で立っていた。その手にはバールのようなものが握られている。
「突然なにしやがりますかね。このしとは」
と当然の抗議の声をあげるのだが
「何しやがりますじゃないわよ。突然うなりだしたかと思ったらいきなり寝てるし!」
とまるで抗議を意に介さず真っ当なことをおっしゃりだす。
その様子はいつもの真紀だった。
とりあえずさっき感じた違和感はただの気のせいだったのかもしれないと一人納得した。
その後は二人で少しのびた蕎麦をすすりつつどうでもいい会話に花を咲かせる。

蕎麦も食べ終わりごろごろしてると台所でお茶を入れている真紀が声をかけてきた。
「そういえば健一さ・・・さっき挨拶に回ったお隣さんって・・・ドンナヒト?」
その声に少しさっき感じた違和感があったが別段気にせず
「ああ・・・なんかいきなり抱きつかれてさ・・・なんだか変な」
ここまで言うといきなり台所で『バキッ!』と何かが折れる音がする。あわてて
「ど・どうしたの真紀さん!?」
と慌てて台所へ向かうとそこには満面の笑みを浮かべた真紀が居た。
ただ、その手には砕けた湯飲み茶碗が握られている。
その様子が妙にシュールすぎて乾いた笑いしか出てこない。

「えぇと・・・マキサ・・ン?」


266:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:23:42 67i2qe8S
とりあえず名前を呼んでみることにした。
いや、決してその満面の笑みの中にドス黒い何かを感じ取ってビビッてる訳じゃない。
うん。
そんな訳じゃない。

「テ、ダイジョウブデスカ・・・?」

決してビビッテいるわけではない。
その目がココではないどこかを見ているように見えても
ボクはそんなよわむしなんかじゃないやい。

・・・

一瞬だが幼児退行していたような気がする。
それも全て気のせいだ。
大丈夫だ俺!COOLにいこうぜ!そんな自分が大好きさ!
とりあえずもう一度真紀のほうを見ると、そこにはやはり満面の笑みの真紀がいた。
手には何も持っては居ない。やはりさっきのは幻覚だったんだ。

「真紀さんどうしたの?さっき凄い音がしたみたいだけど」
と聞くと
「え?そんな音しなかったけど?」
と真顔で返してくる。やはりさっきの出来事は最初から俺の勘違いだったようだ。
やっぱり俺疲れてるのか?
と頭をひねる。その様子を見て真紀も
「どうしたの?ちょっと疲れてるんじゃない?」
心配そうに尋ねてきた。
「うーん・・・そうかも。俺ちょっと先に休んでるよ」
そう返してとりあえず部屋に戻りソファーの肘掛を枕に休むことにした。
しかし今日は色々ありすぎて疲れた。
ただ、魔法使いになる権利を放棄できたことは非常によい出来事だったが・・・。

267:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:24:04 67i2qe8S
・・・ん?
体がスゥスゥするよ?
それになんだかネチャネチャするよ?
・・・
あれ?腕が動かない?
おかしいと思って薄目を開けるとそこには肌色の何かが俺の上に乗っていた。
「ん・・・ん・・・あ・・」
暗い中よく見るとそれは小さく色っぽい声を上げる真紀だった。
「って、ええぇ?何してるの真紀さん?!」
「あっイイ!!そこ!」
駄目だ。コイツ聞いちゃいねぇ。
「真紀さん。ちょっま・・・っ!」
急速に射精感が高まっていく。とりあえず今はこのままで良いかぁ・・・
「来てぇ中に!いっぱいぃぃぃ!」
その声を合図に溜まっていたものが出て行く。
「ああああぁぁぁ・・・・」
出し終わるとそれまで感じていた疑問が一気に湧き上がってきた。
とりあえず手が縛られているみたいだ。そこから聞いてみよう。
「ええと・・・真紀さん?」
声をかけてみるが返事が無い。
ただのしかb・・・
ただ天使の様な安らかな顔で寝ているようだ。
って俺の拘束は放置プレイっすか?!真紀さん?!


268:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:26:14 67i2qe8S
短くて申し訳ないっす・・・
以上っす。

ヤ○チャ王の続きが出ない。


269:名無しさん@ピンキー
08/01/29 05:25:16 x41+3ksm
>>268
待ってましたあああああぁああ!!!!!!

GJです!続き待ってます!!

270:名無しさん@ピンキー
08/01/29 10:52:44 XaC5MgZI
>>268
未亡人の逆襲が待ち遠しい……てか

>ヤ○チャ王の続きが出ない。

同じ人だったのかw

271:名無しさん@ピンキー
08/01/29 11:04:51 FsAV6YpX
>>268
うん?




おっぉぉおおおおぉおおおお!?
俺も待ってましたぁっぁぁぁぁああああああ!!!!!!

272:名無しさん@ピンキー
08/01/29 18:49:53 JQ4resi3
名作ラッシュktkr!いつも楽しみに読んでますww

273:名無しさん@ピンキー
08/01/29 18:58:19 a1grl/nm
>>268
待ち焦がれた作品がついに来た。
これほど嬉しいことはないだろう。
さぁ諸君、今夜は私のおごりだ!!好きなものを頼みなさい!!

274:名無しさん@ピンキー
08/01/29 20:22:01 RJe3l1qL
>>273課長、ごちになります!

ではヤンデレ先輩の監禁コースとキモウトの秘密の調味料弁当を。
あ、あと生二つ。

275:名無しさん@ピンキー
08/01/29 20:50:48 GZ0DGQGv
そ、そんな……生でだなんて……>>274さんったらもう……

276:名無しさん@ピンキー
08/01/29 21:09:49 OOHwqWLF
>>274
「残念!それはお姉ちゃんのおしっこだ!」

277:名無しさん@ピンキー
08/01/29 21:40:51 gzC0mJSV
>>276
何言ってんだ? 正解じゃないか

278:274
08/01/29 22:24:02 RJe3l1qL
なんとも…
素敵な妄想の人達だw
ちなみに普通のビールのつもりで書いた俺は
まだまだ修行が足りないorz

279:名無しさん@ピンキー
08/01/29 22:27:57 4vvdbSMu
ならオレは搾りたてを熱燗でいただこうか。

280:名無しさん@ピンキー
08/01/30 01:26:42 xRVsK5iO
兄さん、おしっこが泡立つ人は糖尿の恐れがあるそうですよ・・・

281:名無しさん@ピンキー
08/01/30 10:08:43 UwKqFECo
というか空気に触れた尿は雑菌だらけになるから飲むときは
出る場所にじかに口をつけるべきだろ

282:名無しさん@ピンキー
08/01/30 11:27:08 BNl9Ydtf
以下ションベン禁止

283:名無しさん@ピンキー
08/01/30 13:38:19 LO6S3lf0
兄「喉が渇いたなぁ」
妹「兄さん、口を開けてください。はい、もっと。あ~ん…」

ぶちゅうぅ~

兄「…!!!」



こうですか?わ(ry

284:名無しさん@ピンキー
08/01/30 15:14:23 FAgCKwm1
>>283
兄「お腹すいたなぁ」

285:名無しさん@ピンキー
08/01/30 18:49:09 fFagT8nl
⊃「ヤンデレワッフル」

286:名無しさん@ピンキー
08/01/30 19:51:48 LO6S3lf0
>>284
「…弟くん、ハイチュウ欲しい?」

287:名無しさん@ピンキー
08/01/30 21:25:34 4cTGjeHU
>>283
潮吹いて潮を飲ませてる姿を想像した俺は基地害だな。
母乳のみてええ

288:名無しさん@ピンキー
08/01/30 21:52:40 rlNBY8Xr
ほんとにココにはへんたいが多いですね

でもそんなおまえらが大好きだw







…ん?
隣の部屋がやけに静かだな…

289:名無しさん@ピンキー
08/01/30 22:03:38 42dp7sXQ
>>286
「ねえ、ちゃんとお風呂入ってる?」

290:名無しさん@ピンキー
08/01/30 22:08:52 P7mpYR+D
〇〇さんがいけないんですよ、隣に住んでいるのをいいことに、毎朝毎朝>>288さんにちょっかいを出して、いやらしい。
あの人が迷惑がっているってわからなかったんですか?
でも、もう大丈夫。こんな風になっちゃったら、もう何もできないでしょう。
待っていてくださいね>>288さん、今行きますから。
二人で誰にも邪魔されないこの世の天国を作りましょう。

291:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:14:01 iHY9/w9g
合わせ鏡Aルート最後~エンディングまで一気に投下します。
今までありがとうございました。

292:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:14:38 iHY9/w9g
ゆっくりと、世界が傾ぐ。
空が斜めになり、さっきまで地面だったものから離れていく。
私は、瑞希を突き飛ばし、自分も奈落へと落ちる。
そのはずだった。


聞きなれた怒鳴り声が、聞きなれない意味不明な言葉を撒き散らす。
いくつもの足音が怒涛のように迫る。
確かに地面から離れたはずの私の体が、途中で止まった。
意味不明なわめき声が呼んでいたのは、私の名前だったらしいと遅れて気づく。

「重症だ!担架を呼んで来い!」
「手を離すな!」
「限界です!」
「念のため下にマットを用意しろ!」
いくつもの聞きなれないきびきびとした声とバタバタとした足音が、背中の上で交差する。
耳元で、聞きなれた、聞きなれすぎた息音が聞こえる。
「こーた……?」
声を出すと、私の体重を支えている腕が押しつぶしている下胸部と、包丁がささっている腹部が
連動して、凄まじい痛みが私を襲った。全身から脂汗が噴出し、顔が歪む。自分のものではない
ような呻き声が私の喉から漏れた。
「しゃべるな、今、引き……揚げる、から、な……!」
私の背中に押し当てられたぬくもりは、決してもう会うことはないと思っていた、こーたのもの
だった。


293:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:15:14 iHY9/w9g
教訓:ドラマを演じる時は、周りに気をつけるべし。

警察からの電話を受け、泣きながら悲壮な決意をして実験室を飛び出していくまでの私は、
当たり前だが、一緒にいた同期の篠原君と後輩の中浜君に行動の一部始終を見られていたのだ。
もちろん、電話でしゃべった内容も全部、聞かれていた
すっかり自分の世界に入っていたのだ、と思うと笑ってしまう。

こーたは私と同じ学部ではないくせに、私の友人・知人・同期・先輩後輩に所属教官に至るまで
すっかり仲良くなっていた。私の交友関係が狭いせいもあるが、あれは天性のものだろう。
よって、私の後輩である中浜君も、こーたとは仲がよかった。
おせっかいでもある彼は、私の行動にすっかり心配してしまい、こーたに電話をかけたのだ。
私が屋上からこーたに電話をしたのは、その時だった。
不振なそぶりをしていたという私からの電話は、割り込みをかけたくせに、取る間もなく切れた。
これで、こーたと中浜君の心配は最高潮に達したという。
こーたは自転車で全速力で実験棟へと向かった。信号を無視し、到着まで3分。よくも事故に
合わなかったものだ。
私が屋上へと向かったと割り出したのは篠原君と中浜君だ。
実験室から出た私がどちらへ行ったか、足音の方向から割り出し、資材搬入用のエレベーターの
階数が6階で止まっているのを見つけた。
この時点で、こーたが玄関先に到着。警察の制止に、事情を話す。警察もこの時点で、実験棟に
瑞希がいる可能性を知覚、警戒態勢をとる。何人かがこーたに同行。
エレベーターで6階に急行。二人と合流。人気がないことと、屋上への階段のロープが外され、
立ち入り禁止の看板が裏返っている不自然に気づく。
電子ロックのパスワードは、二人のうちのどちらかが知っていたのだろう。
扉を開けて、最初に目に入った光景は、外れかけた金網と、落ちそうになっている私達二人だった
という。

篠原君が言うには、こーたは「キャプテン翼」の若島津のようにすっ飛んで私をキャッチしたという。
私はあまり漫画を読まないので意味がわからないが、とにかくすごかったのだろう。
すでに屋上の縁から足が離れていた私を捨て身で受け止めたこーたの体もまた、屋上の縁を越えて
いた。そのこーたを、数人の警察官がつかんで、私ごと引きずり上げたのだという。
こうして、私は、生き残ってしまった。


294:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:15:50 iHY9/w9g
瑞希は、実験棟の横、隣りの棟との間のコンクリートの道に落ち、即死した。
伯父と伯母の死は、被疑者死亡のまま、送検されたという。
そして、私は何の罪にも問われず、こうして、日々をおくっている。
私は真実を言わなかった。
こーたが、そう、望んだから。

あの日、屋上でこーたは泣きながら血塗れの私を抱きしめ、耳元で嘆願したのだ。
水樹までいなくならないでくれ、一人にしないでくれ、と。
そして、警察に聞こえるように、泣きながら叫んだのだ。
「なんて馬鹿なことをしたんだ、自分で瑞希を説得したかったのはわかるけど、無謀だってわから
 なかったのか……!」
そう、確かに私が瑞希に刺されたのは事実だ。
でも、私が屋上に呼び出した行動には疑問が残るかもしれない。結局は、私も落ちるところだった
とはいえ、瑞希は死んでいる。ここは私の行動区域で、金網が外れたのも不自然だ。
だから、私に疑いがかかる可能性は、まだ残っていた。
いや、疑いもなにも……事実、私は瑞希を殺そうとしていたのだから、当然の帰結なのだ。
だから、私には、自分の行動を理屈にあうように正当化する必要があった。
瑞希を屋上に呼んだ理由は、『警察に自首するよう瑞希を説得するため、そして、信じられなくて
自分で彼女を問いただしたかった、そんな浅はかな気持ちから』だと。
そして、一連の行動は、『瑞希に刺され、金網に追い詰められたところで逃げようとしてなんとか
体勢を入れ替えたところ、金網が外れて二人とも体勢を崩し、落ちそうになってしまった』と。
その過程で、金網が緩んでいたのは、大学の管理のせいになってしまった。……本当に胸が痛む。


295:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:16:27 iHY9/w9g
実は、これに関しては、不思議なことがあった。
藤堂先輩……私と瑞希がエントランスで揉み合っていた時に助けてくれ、警察に通報してくれた
先輩……が私の言に沿った証言をしてくれたのだ。
数ヶ月ほど前にあった、ポスドクの自殺未遂騒ぎの名残かもしれないと。
そのポスドクは、皆に見つかる前に、何かしていたようだから、金網を外して死のうとしたのかも
しれないと。
しかし、私はそれが嘘であることを知っている。なぜなら、私がボルトを緩めるまで、それは
しっかりしまっていたのだから。
藤堂先輩が、何故嘘をついたのか。ただ単に、助けてくれただけなのか。私は、その理由が聞けず、
先輩も、語らなかった。


信じてもらえるかは、賭けだったが、拍子抜けするほどにあっさりと警察は私達の言うことを信じた。
前の事件の存在、私とこーたが白石夫妻殺人事件に無関係であったこと、警察に終始協力的だった
こと、事件直後の状況などから、私達は巻き込まれただけの被害者であると判断された。
そして、伯父と伯母を殺したのが『高崎瑞希』である……少なくとも『生きている方』ではないこと
も、確定した。
瑞希の手鞄の中から、二人を殺した毒物を入れた小瓶が見つかったのだ。
その手鞄及び小瓶についていた指紋は一種類であり、『生きている方』のものとは違っていたのだ
という。
一卵性双生児はDNAの螺旋にいたるまで、同じなくせに、指紋だけは少し違ってくるのだと、
初めて知った。それは、とても悲しい事実で、恐ろしい真実だった。



296:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:17:05 iHY9/w9g
私は間違っていた。瑞希もきっと、間違っていた。
私達はもうすっかり別人で、同じ人間ではなくなっていたのだ。いや、生まれたときから別人
だったのだ。
私は間違っていた。
私にも、瑞希にも、相手を殺す権利などなかったのだ。
どうして私達は、分かたれてしまったのだろう。母の中で、ミクロの卵として生を受けた一瞬は
私達は一つだったはずなのに。
私は間違っていた。
私の鏡に映るのは瑞希などではない、最初から私だったのだ。
私は間違っていた。
謝っても届かない。話しかけても応えない。永遠に赦されることはない。
瑞希は、私を憎んでいるだろうか。それもわからない。
私達は、違う人間だから。瑞希の気持ちを知ることは、できないのだ。
私は間違っていた。間違っていた、間違っていた!
だから私は、自分ではなく『妹』を殺した罪を背負い、アベルを殺したカインのように放浪するの
だろう。
永劫に。


297:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:17:37 iHY9/w9g
それが私の、最後に与えられた、罰。
それは絶望であり……希望でもあるのかも、しれない。
罰は、罰のためだけにあるのではない。その罪から人の心を救うために与えられた、赦しでも
あるのだから。


298:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:18:11 iHY9/w9g
秋が過ぎ、冬が過ぎていく。
私は大学を辞めることにした。先生は惜しんでくれ、就職の推薦をしてくれた。
明日から、私はこの家を出て行く。そして、こーたにはもう、なるべく会わないつもりだ。
法では裁かれなかったが、私の罪は消えない。でも、死ぬことも許されない。
あの日、浩太が私に言ったように、私の死はこーたを一人ぼっちにする。
こーたのために瑞希と水樹を殺すという私の決意は、間違いだったのだ。それは、やはりこーたを
傷つけることになる。両親を亡くした今、こーたには肉親の……姉の存在が必要なのだ。
でも、私がこーたの側にいれば、こーたをいつか傷つけてしまう。こーたに恋人ができることを、
私はきっと許せないから。
だから、離れる。姉弟が離れることなんて、世間にはよくあることだ。進学、就職。私達だって、
一度は私の進学で離れたのだ。
こーたに会えないことは、地獄の苦しみだろう。一生、彼の面影を抱き、時折耳に入る近況に焦がれ、
魂を削ってのたうちまわり、血反吐を吐くような思いで生きるだろう。
それが私の罰なのだ。
でも、それでもいい。こーたを傷つけないことが、私にできる最後の償い、最後の赦しなのだから。


299:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:18:43 iHY9/w9g
荷造りが終わった。
手伝ってくれたこーたが、いつの間にかソファーで眠っている。一休みのつもりが、本格的に
眠ってしまったのだろう。くすりと笑い、部屋から毛布を持ってきて、かける。
こーたの前に座って、頬を撫ぜた。
明日、私は出て行く。もう、こーたには、なるべく会わない。お姉さんはお仕事で忙しくて
弟には会えないのだ。
最初は頻繁に連絡をとるだろう。でも、そのうちお互いの生活が忙しくなり、新たな交友関係が
できて、そちらにかかりきりになる。
頻繁だった連絡は、週に一回、月に一回になり、最後には年に数回になって、年賀状だけのやり取り
になる。もう、私達には帰る実家もないのだから、会うとしたら、お盆の墓参りで、いつかこーたは
奥さんと子供を連れてくるようになる。私は数時間だけ一緒に過ごして、仕事が忙しいからすぐに
帰るだろう。次の年は仕事が忙しいからと別の日にする。あまり避けていては変だから、数年に一回
は一緒にすごして、その繰り返し。私のほうが年上だから、私が先に死ぬだろう。その時はきっと、
こーたが喪主をしてくれて……それで、おしまい。

涙が後から後から頬を伝った。全部納得して、決めた。迷いなどない。でも、悲しい。そうしたく
ないと思う自分が、どうしても消せない。
こーた。
どうして私達、姉弟だったのかな。
どうして私達、それを知らずに別々に育ったのかな。
どうして私、あなたに恋をしてしまったのだろう。
本当は、もっと一緒にいたかった。一緒に生きられるならば、世界全てを敵に回してもよかった。
守りたいという気持は嘘じゃなかったけど、全部が本当でもなかった。
本当は、全てを壊してもあなたを手に入れたかった。私を壊しても、あなたの側にいられるの
ならばよかった。それだけでよかった。それだけが望みだったのに。


300:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:19:26 iHY9/w9g
でも、あなただけは壊したくない。
だから、もうこれでおしまい。


こーたの手を握りしめる。だらんとした手をぎゅっと握り締める。
やすらかな寝顔を見つめる。規則的な寝息に聞き惚れる。
明日から、私は姉ではなくなる。だから、最後だから……。
私は、ゆっくりと顔を近づけ、キスをした。
初めて触れる浩太の唇は、柔らかくて、少しかさついていた。


瞬間、私の腕が強い力で引き寄せられた。





301:合わせ鏡・エピローグ ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:20:14 iHY9/w9g
「おーい、浩太じゃないか」
「あ、先輩!お久しぶりです」
「なんだよ、最近連絡も来ないじゃないか。白石姉がいなくなったらお見限りか?
 冷たいやつだなあ、お前も」
「すみません。そんなわけじゃないんですけど、専門が始まって、やっぱり慣れるのに精一杯
 で……そうだ、週末に、芋焼酎持って伺いますよ。先輩はバカルディでいいんで」
「どうせ一人で飲むつもりだろう、このうわばみが!」
「うわばみは先輩じゃないですか!」
春が過ぎ、初夏が来た。
中浜義明が、研究室の先輩の白石水樹とその従弟の白石浩太を巡る事件に、ほんの少し関わってから
半年が経った。
その事件は、白石水樹の双子の妹が浩太に恋して、ストーカー化したあげく、接近を両家族に
禁じられたところ逆上して、浩太の両親を殺し、白石水樹を殺してその罪をなすりつけようとした
あげく逆に死んでしまった、などという、まるでテレビの中でしか聞いたことがないような事件
だった。
もちろん、テレビでも放送されたが、タイミング良く、次の日に内閣を巻き込む大規模な汚職事件が
発覚し、幾人もの大臣が辞職、すったもんだの末、内閣総理大臣が辞職するという騒ぎになり、
世間の目がそちらにいってしまったため、あまり騒がれずに済んだ。
週刊誌から何度かインタビューが来たが、水樹も浩太も、叩いて埃の出る人間ではない。
無責任な記事もあったが、それも、すぐになくなった。


302:合わせ鏡・エピローグ ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:21:51 iHY9/w9g
その後白石水樹は研究室を去って就職し、今は筑波にいるらしい。
浩太も、それ以来研究棟には来なくなった。だから、この付近で見かけるのは半年振りくらいになる。
実際、自分の従姉でストーカーだった人間が死んだ場所に来たい人間などいないだろう。
両親も殺されたのだ。目の前で明るく笑っているこの青年の心の傷は、見えはしないが、きっと深い
に違いない。それでも彼は健気に生きている。
よく耐えている、と義明は同情した。

もしかしたら、それもきっと、やっと思いが叶ったからかもしれない。
浩太が従姉である白石水樹に恋してるのなんて、最初からバレバレだった。
浩太自身も、全く隠していなかった。むしろ、自分達に対しての牽制という意味合いもあったに
違いない。
工学部は男ばかりだ。そして、白石水樹は、身なりを構っていないとはいえ、そこそこ美人な部類
に入る。
とはいえ、水樹が恋愛に興味がなく、男に興味がない研究バカだということは4年間を通して、
既に周知の事実だったため(レズという噂がたったくらいだ)、自分達は彼女を女として意識する
段階などとうに過ぎていた。だから、浩太の行動はむしろ、格好のいじりの的となっただけだった。
浩太の気持ちを知らなかったのは水樹だけだろう。そして、水樹が今まで男に興味を持たなかったのは
自覚がないとしてもあったとしても、浩太がいたからなのだろうと推測が立ち、皆で納得したものだ。

あの事件の後、当然のように、あの二人は結ばれた。
そして、事情を知る者は全て、知らない者も全て、彼らを祝福した。


「で、どうなんだ?」
「なにがですか?」
「とぼけるなよ~、白石姉とだよ~。な、結婚はいつなんだ?やっと両思いになったんだから、
 本当は毎日でも会いたいんじゃないか?電話してるか?ちゃんと構ってやらないと逃げちゃう
 ぞぉ~?」
真っ赤になる後輩を見て、義明はにやにや笑った。本格的な追及は、週末夜、酒を入れてからだな、
それこそ、夫婦生活に至るまで、じっくり、たっぷり、どっぷりと。などと思いながら。


303:エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:23:03 iHY9/w9g
白石浩太が水樹に恋をしたのは、中学生の時だった。
近くに住んでいて、比較的よく会うが、年齢が4つも上だから学校に同時に在籍したことはない。
でも、必ず先生は水樹を覚えていて、浩太にそれを言った。曰く、「我が校の誉れ」「秀才」と。
最初は、反感だった。でも、加奈子叔母と水樹と同居していた祖母が病気になり、その看病を
手伝うようになり、水樹を知っていった。
水樹と加奈子叔母の関係は、共依存だった。その当時、加奈子叔母はすっかり心身のバランスを
崩しており、祖母が病みついてからは、高校生の水樹が精神的に全てを支えていた。
最初はどうして逃げないのかと苛立ち、次には守りたいと思い、徐々に……大きな存在になって
いった。
それは、水樹が実の姉と知っても変わらなかった。
あの絶望の夜、浩太は一晩中考えて、決意した。
戸籍は従姉弟なのだ。だから結婚できる。
大人になって、社会に出て、生活できる力を身につけたら、父親と母親に反対されても、水樹と
結婚しよう。絶対に結婚しよう。そのためには、今は引き離されるわけにはいかないし、水樹に
嫌われるわけにはいかない。
そのために、両親に対して必死で演技をした。
そして、水樹に好かれるために、『いい男』になるべく努力した。
背を伸ばすために牛乳を吐くまで飲んで、骨の成長のために適度な運動をした。バカみたいだが、
当時の自分は『かっこいい男=背の高い男』だと思っていたのだ。まあ、報われたからよかったが。
そして、水樹につりあうべく勉強も一生懸命した。誰よりも優しくして、水樹のためになること
なら、なんでもした。


304:エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:23:50 iHY9/w9g
祖母が病みつき、死んだのが浩太が中学1年の春、加奈子が死んだのが、その秋だった。
睡眠薬を飲みすぎての、事故とも自殺とも言えない死に方。
葬式で、水樹は、糸の切れた人形のように、焦点の定まらない目で、壁によりかかっていた。
その姿を見て浩太は、水樹も加奈子と一緒に死んでしまうのではないかと恐れた。
だから、手を差し伸べて、「一緒に住まないか?」と言った。両親には了解をとっていなかった。
もし、両親が反対したら、自分が家を出て、一緒に住んでもいい、そう思った。
……身寄りのない水樹を両親が一人で住まわせるわけがないという計算も、どこかにはあったが。

そして、思ったとおり、母親を失った水樹は、浩太に依存した。
浩太はわかっている。
水樹は、祖母が病気になって浩太が来るようになった時から、恋心を抱くようになったと言っていた
が、あれほどまでに自分を思うようになったのは、彼女が自分に依存するようにしむけたからだと。
東京に来てからも、身なりにも言動にも常時気を使った。
女には近寄らず、男臭いクラブに入り、男連中とだけ遊んだ。人間関係にも、敵を作らないように
細心の注意を払った。水樹の周囲の人間と仲良くなり、外堀から埋めにかかった。
そして、水樹の生活を自分一色に染めた。例え今は弟だと思っていても、他の男と比類ない存在に
なって、周囲の圧力もあれば、全てを失いたくないがために、浩太の思いを受け入れるだろう
という打算があった。
そして、もし、水樹が自分を愛さなかったら……その時は、どんな手段でもとるつもりだった。
最終的には、どんな形であれ、水樹は自分を受け入れるだろうというヨミがあったのだ。そのために
打てるだけ、全ての手を打った。
でも、全て思い通りだったわけではない。水樹があれだけ罪の意識を抱いていたことも、自罰的
な性格だということも、よく考えればわかったはずなのに、思い至らなかった。
水樹が自分を愛していたことも確信できなかった。言い訳のようだが、それだけ水樹の演技は
完璧だったのだ。



305:エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:24:40 iHY9/w9g
浩太は思う。
あの事件は自分のせいだった。
瑞希をあまり強く拒まなかったのは、水樹に妬いて欲しかったからという気持ちが少しあったからだ。
そして、瑞希を両親に会わせたのも……間違いだった。


両親の死を自分は、悔やんでいる。悲しんでいる。そして、それだけとは言い切れない。
親はいずれ子より先に死ぬ。それが早まっただけだ。なんてどこかで思おうとしている自分がいる。
どうせ、両親が生きていても、水樹を自分のものにするつもりだった。反対される心配がなくなった
だけだ。なんて思っている自分がいる。
あれだけ愛してくれ、愛した両親だったのに。

でも、考えることはもうやめた。
あの事件は全部、瑞希のせいなのだ。そうだろう。殺したのも、狂ったのも、瑞希なのだから。
ただ、あの時、水樹が死ぬのならば、自分も死ぬつもりだった。
水樹を危険に晒してしまったこと、その手を汚させてしまったことだけは……耐え難く悔やんで
いる。自分に罪があるとしたら、水樹を苦しめてしまったことだけだ。


自分は潰されたりしない。生きている人間が勝ちなのだ。どんなに罪があったとしても前を向いて
生きていく『権利』がある。それがどんなに人でなしでも、構わない。
瑞希を破滅へ追いやる原因を作ったことも、結果、両親が死んだことも、もう、後悔しない。
水樹さえいればいい。
最後の罰からさえ赦された水樹が、自らの罪の意識に潰されても、自分の側にいてくれれば
それでいい。
真実などどうでもいい。死人には黙っていてもらおう。水樹の罪だって全て、引き受けてやる。
赦される必要などない。どうせ、自分達の恋は最初から罪なのだ。俺は、既に人でなしなのだ。
ならば、血だまりの上に立って、幸せになってみせる。
絶対に。


そうでなければ、全てが無駄になってしまう。苦しみも、悲しみも、後悔も罪も罰も死も全て。



306:エピローグ・浩太 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:25:28 iHY9/w9g
携帯が鳴った。この着信音は、水樹からだ。浩太は優しい笑顔で携帯を開き、通話ボタンを押して
耳に押し当てる。
初夏の、さわやかな風が、キャンパスを吹き渡り、浩太の髪を揺らす。
学生達の笑顔と笑い声がはじけている。
鮮やかな新緑が、生命そのものの青い香りを彩る。
浩太は、笑いながら上を見上げた。金網は修復され、あの日よりも鮮やかな青い空と立体的な
白い雲が、広がっている。
今日も明日も、いい天気になるだろう。



そう、この世界がきっと、白石浩太の望んだ、幸福の形。



Aルート:合わせ鏡END


307: ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:26:56 iHY9/w9g
Aルートは以上です。
あまりヤンデレにならなかったのが悔やまれます。
読んでくださってありがとうございました。

308:名無しさん@ピンキー
08/01/31 00:39:49 HgDryOuU
GJ!

309:名無しさん@ピンキー
08/01/31 00:44:32 6Dq3WE8Y
GJっした!
やっぱりHAPPY ENDは良い!

310:名無しさん@ピンキー
08/01/31 02:49:27 cdCVjzMK
GJ!!!!!

311:名無しさん@ピンキー
08/01/31 03:03:17 7XwvWwgD
こーたもある意味ヤンデレだったとは…
GJです

312:名無しさん@ピンキー
08/01/31 12:03:58 d6qCKSJK
>>307
( ;∀;)イイハナシダッタナー
幸せになった後の水樹のデレっぷりとかも読んでみたくなってしまった

313:名無しさん@ピンキー
08/01/31 16:11:19 yQAlvXyE
GJ!水樹より浩太がヤンデレだったのが新鮮だった。
水樹が幸せになってよかったよ!

314:名無しさん@ピンキー
08/01/31 18:25:06 ngOTYGja
GJ!

315:名無しさん@ピンキー
08/02/01 01:37:11 D1CL6qux
なんとまあこーたまで…
でもとにかく幸せでよかった。GJ!
…あれ?じゃあBルートは…

316:名無しさん@ピンキー
08/02/01 16:19:53 JapsdzXv
GJ
ということはBルートはBADEND?

317:溶けない雪 ◆g8PxigjYm6
08/02/02 15:38:41 KeJEi2Pv
投下します
前回下げ忘れていたみたいで本当にすみませぬorz

318:溶けない雪 ◆g8PxigjYm6
08/02/02 15:40:48 KeJEi2Pv
田村夏夢視点より


私が健二と初めて顔を合わせたのは、今から約5年前、私が小学5年生の時だ。
今思うと恥ずかしい事だが、当時の私には一人も友達というものがいなかった。
別にいじめられていたわけではない。
人付き合いが苦手だとか、嫌いだとかいう理由でもない。
ただ単純に、一人が好きだっただけだ。
何でそうだったのかは今でも解らない。
ただ、漠然と一人が良いとは思っていた。
一人になるという事は、周りから離れる事と同じ意味だ。
小学生の頃は、寄ってくる人達に冷たく当たって、近づかせない様にしていた。
悪口を言った。
無視した。
嫌がらせをした。
本当に、あの時の人達には悪い事をした、と今でも反省している。
私が一人で孤立していた事に気付いて、それをやめさせようとしただけだったのだから。
孤立していたのではなく、自分から離れていた。
私が人の呼びかけを、助けを拒んだのは、それだけの違いだっただけだ。

健二と初めて会ったのは、その頃の事だ。
健二は他にも数多くいた、私に近づこうとしてくる一人だった。
いつも笑いながら近づいてきて、私に対してよく話掛けていた。
その行動は、孤立していた私を周囲に溶け込ませようとしてきた人達と、同じ様な行動だった。
しかし、健二はそんな人達とは違うところがあった。
やっている事自体は、他の人達となんら変わりはなかった。
だが、何回無視をしても、何回汚い言葉を吐いても、
何回嫌な事をしても、健二は私に近づこうとするのを止めようとはしなかった。
他の人は、直ぐに諦めたというのに。
いつも私に、
「寂しくないの?」
そう、聞いてきた。
そう聞かれる度に、うっとうしいな、等と心中で呟いた。
自分から一人になりたいのだから、好きにしてくれればいい。
その頃の私は、そんな事をいつも健二が来る度に思っていた。
気付けば、一人が好きだという行動理由が、一人にならなければならない、と入れ替わっていた。

そんな自分を、よく分かっていたつもりになっていたのだろう。
自分はずっと、こんな感じで生きていくのだと、確信に似た予想を自分に立てていた。
しかし、そんな予想はただの勘違いだった。
あれほど分かっているつもりでいた未来は、簡単に只の錯覚だと思いしらされた。
何か劇的な変化ではない。
ただ、簡単な事に気付いたのだ。


319:溶けない雪 ◆g8PxigjYm6
08/02/02 15:51:04 KeJEi2Pv
それは、5年生での運動会、昼休みの事だった。
珍しい事に、一日に数回私に話掛けてくるアイツが来なかったのだ。
まだ昼なのでこれから来るという事もある。
だけど、いつも通りなら昼までには5回位は私が居る所に来ている筈だ。
行事という事もあるし、団体行動ばかりで一人だけの行動が少なかいから、
今日は来ないのかもしれない。
その事に安堵し、両親と一緒に昼食を食べていた。
運動会なだけに、いつもより豪華な昼食なのは、よくある普通の事だろう。
唐揚げ、玉子焼き、エビフライ、パスタサラダetc……
母は料理が上手いので、オカズ達が分相応以上に美味しい。
父も美味しそうに食べている。
私はあまり食べない方なので、名残惜しいながらも昼食を終え、お手洗いに行く事にした。
トイレは小学校の本校舎にある1階を使用する事になっている。
1階のトイレを使おうとしたが、誰かが居る可能性があった。
理由としてはそんなところだ。
普通だったら使用が禁止されている、自分達の教室がある階のトイレを使う事にしたのは。
2階のトイレに到着し、お手洗いを済ませる。
その後、誰も居る気配がない2階の雰囲気が気に入ったせいだろうか。
なんとなしに一つ一つの教室を端から順に覗いていった。
端から順番に、誰も居ない教室を見回していく。

端から純に見回していき、遂に一番最後の教室―私が普段居る5年3組までたどり着いた。
いつもは、ガヤガヤ人が沢山居る教室。
それが静まりかえって、誰も存在していない教室の中身を想像し、知らず知らずの内に微笑む。
想像したせいもあってか、何かを欲する様に教室の中を覗き込む。
しかし、想像と外れ、教室の中に、いつも私に話掛けてくるアイツが居た。

その姿を見た途端、私は呆然と立ち尽くし、教室に居るアイツを眺めていた。
教室にアイツが居る。
ただそれだけの光景なのに、
私はしばらく物を考える事すら出来ないでいた。
そんな私の姿に気付いたのか、やや驚いた様な顔をしながらアイツが近づいてきた。
彼は私の立ち尽くした姿を見て、あろう事か
「どうしたの?」
そう言ってきた。
今日初めて聞いた彼の声。
何も考える事が出来なかった私は、その言葉で消えた。
だが、何かを考えようとした時には目の前の彼に問いかけていた。
「何でこんな所に居るの?」
それは、自分らしくもない震えた声だった。
まるで、想像している事の通りでないのを祈るような。
そんな震えだった。
私の声を聞いた彼は、バツが悪そうな顔をしながら頬をかいていた。
「んー………ここからの景色が好きだから眺めていたんだよ」


320:溶けない雪 ◆g8PxigjYm6
08/02/02 15:51:52 KeJEi2Pv
その自分の言葉に納得した様に、彼は何度も頷く。
まるで、その理由もあるな、と自分で思い出した様な仕草をしていた。
その姿を見て、自分の想像通りだったのだと確信した。
「あのさ……だったら、なんでこんな所で昼食を食べていたの?」
「…………なんで、っていわれてもなぁ………」
そう、今目の前に居る彼はこの教室で昼食を食べていた。
その事を、机の上に置いてあるパンの袋が証明している。
彼以外、誰もいない教室。
文字通り誰も、親もいない教室。
弁当ではなくパンを、彼は食べていた。
普通だったら、私の様に親の弁当を食べながら、親と運動会の話をする。
そんな当たり前ともいえる光景が、ここにはなかった。
ここまで揃えば、小学生の私でも容易に想像出来る。



この子の親は、運動会に来ていないのだ。
仕事の関係なのかどうかは分からない。
分からないが、彼はそのお陰で独りだった。
目の前に居る彼は、この教室で孤独だったのだ。
外ではなく、隠れる様に校舎に居た彼。
彼はこの教室で、パンを食べていた。
親の手作りの弁当などではなく、大量生産されているパンを。
そんな彼を見て、私は羨ましいとは思えなかった。
自分が望んでいたものが、目の前にある。
なのに、それを憧れることも、そうなりたいとも思わなかった。


自分が憧れた独りというものは、本当は憧れる様なものではなかったのだと。
なる時には本人の意思に関係なく、回避出来ないようなものなのだと、
気づいてしまったから。
自分が憧れていたものの正体を知ってしまって、
また呆然と立ち尽くしてしまいそうになった。
こんなにも虚しいものを求めていた自分が、一番虚しかった。

だけど、そんな自分の心情は無視した。
無視して、目の前の彼の手を掴む。
私にはやるべき事がある。
それを理解した上での行動だった。
いきなり手をとられた事に驚いたのか、
今度は彼が、さっきの私の様に呆然としていた。
しかし、そんな彼の様子も私は無視して、手を引っ張りながら教室を出た。
自分が引っ張られているという事に気付いたのか
「ぇ…ちょっと、どこいくのさ」
そう私に疑問を投げかけて、彼は足を止めた。
引っ張りながら教室までは出られたが、彼が立ち止まっていてはここから先には進めない。


321:溶けない雪 ◆g8PxigjYm6
08/02/02 15:52:47 KeJEi2Pv
男子1人の体重を引っ張る事なんて、いくら運動神経が良い私とはいえ、さすがに無理がある。
立ち止まっていると、昼休みが終わってしまいそうな焦りがあったのか、
私はそんな彼に対して怒鳴っていた。
「ついて来れば分かるから大人しくしてなさいよ!!」
なんで自分が怒鳴られたのか分からないのか、
いつもと態度が違う私を見てなのかは分からないが、また彼は呆然とした。
何故そうした態度をとったのか、分からない。
だけど、そんな事はどうでもいい。
彼を連れていくのが、私が今、やるべき事だ。
彼を引っ張りながら階段を降り、少し長めの廊下を歩き、校舎の玄関まで着いた。
そこまで来た時、私が外に行こうとしているのに気がついたのか、
繋いだ手を通して、彼がビクッ、と怯えたのを感じとった。
そんな反応も、彼の手を強く握り、無視した。
玄関を出て外に出る。昼休みが始まってから大して時間が経っていないためか、
昼食を食べている人は沢山居る。
親と子で。
そんな風景を見て思わず足を止めるも、直ぐに歩きだす。
彼の足取りが段々重くなっていくのが分かる。
凄く引っ張るのが困難になってきた。
だが、そんな重い足取りごと彼を引っ張って、引っ張って、ようやく着いた。


少し息を切らしながら帰ってきた娘を見て、母や父も少し驚いた顔をしていた。
それも無理はない。
今まで、私が同い年位の子を、両親達の所に連れてきた事などないからだ。
しかし、そんな両親の反応も今ではどうでもいい。
私は、彼の手を放し、両親の前に立たせた。
彼は、私が何をしようとしているのか全く分からない、というような顔をしていた。
「私またお腹空いちゃって、また昼食を食べたくなったの。
それで、この子も少しお腹が空いちゃったみたいだから、一緒にそのお弁当を食べてもいいかな?」
「えっ?」
私が両親に言い終えた途端に、彼は疑問の声を上げた。
両親の方は、私の言葉を聞き、なんとなく事情を察した様だった。
「そういう事なら二人共食べるといい。
今日は母さんが張り切っちゃったみたいで、まだ沢山残っているからね」
「別に張り切ってなんかいません。
いつもこんな感じでしょ?」
父は簡単に承諾し、母は見栄をはった。
その言葉を聞いて、彼はまた震えていた様だった。
何で震えたのかは私には分からない。
だけど、自分がやった事は決して、間違ってはいない事を感じた。
「それで――その子は誰なの?」
至極当然な質問を、母は私に聞いた。
本人に聞かなかったのは、母なりの配慮なのだろう。
「この子は……」
その問いに、私は返答に困った。


322:溶けない雪 ◆g8PxigjYm6
08/02/02 15:54:44 KeJEi2Pv
彼は-
彼は-
彼は-
彼は-
彼は-
馬鹿みたいに、彼は-の続きの言葉を考える。
考えているうちに、ある言葉が唐突にうかんだ。
こう言ってしまっていいのかは分からない。
彼とはまだ仲が良いわけでもない。
だけど私はその言葉を言った。
迷いを振り切って、言った。


「私の友達だよ」

この日、私に初めての友達が出来た。






投下終了です 
まだヤンでいないわけですが
「こいつ場違いじゃねーの?」
みたいなぬるい目で見守って下さい

323:名無しさん@ピンキー
08/02/02 19:03:38 dInHY9MT
>>322

病みまで長くなってもそれはそれで
病む時が楽しみになるしおk

324:名無しさん@ピンキー
08/02/03 02:26:16 wTPQaitB
GJ!!病む過程が楽しみだ

325:名無しさん@ピンキー
08/02/03 19:03:57 rmBO8C/b
今日は節分。
どこのうちも豆をまいて遊んでやがる。平和なもんだ。
だが、俺は知っている。
豆をまいたところで逃げていかない鬼がいることを。
その鬼こそが真の鬼であることを。
その鬼の姿は人であることを。
その鬼はありふれた平凡の中に潜んでいることを。
そして









その鬼が後ろにいることを。


なんちゃって。つまらないけどネタです

326:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 05:59:08 ryJwY4ic
投下します。
世は節分でも、こっちの話はクリスマス編です。

327:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:00:35 ryJwY4ic
*****
  
「それじゃあ、行ってきます」
 行かないでくれ、頼むから。
 あの子を止めたいのに。止めたいのに俺の四肢を縛り付ける縄が邪魔で動けない。
 俺はいったい何のために自分を鍛えよう、強くなろう、と思ったんだ?
 喧嘩に強くなりたいから? 
 他の誰かよりも優れているという自信を付けたいから?
 そんな理由じゃなかっただろう。
 大事な人を守り、ずっと一緒に暮らしたい。そう思ったから武道を始めたはずだ。
 体を壊しかねない鍛錬をして、血と涙で彩られた日々を送った末、俺の望みは叶えられた。
 でも、それはずっと続かなかった。

 仕方のないことなんだ、あなたは何も悪くない、とあいつは言った。
 俺はそんなことを言って欲しくなかった。
 最期だからこそ、恨み言を残して欲しかった。
 これから、残されたあの子と二人きりで生きていかなければいけない俺を戒める言葉を。
 だらしなくて、武道以外ろくなことができない俺を、あいつは一度も責めなかった。
 間違ったことをしたときはいつだって優しく諭してくれた。
 愛していた。他の何よりも強い絶対の自信を持って、あいつを愛していたと口にできる。
 それなのに俺はあいつを裏切って、別の女と一緒になってしまった。
 ただ、あいつが居ない寂しさに耐えきれなかったんだ。
 俺はあの子とを守るために、あいつの分もしっかりしなければいけなかったというのに、
結局他の拠り所を見つけ、甘えてしまった。
 だから、あいつに恨まれても、そしてあいつと似た顔に成長したあの子に去られても、文句を言えない。

 ―でも、やっぱり嫌なんだ。もう失いたくない。

「う、ううぅ……!」
 拳を固め、腕に意識を集中させる。
 俺に縄抜けなんかできない。だから力ずくで引きちぎるしかない。
 縄が皮膚に強く食い込んでいる。皮膚が削れ、肉が擦れるのが分かった。
 だけど、諦めない。諦めてたまるものか。
 あの子がどこぞの男の毒牙にかかるかもしれないのに、何もせず見過ごすわけにはいかない。
「ええ、行ってらっしゃい」
 扉の向こうから声が聞こえた。俺を縛り付けた張本人。
 縛られる理由など俺にはない。絶対にない。
 過保護? 馬鹿なことを言うな。自分の子供を心配しない親がいるものか。
「……お父さん、行ってきます」
 ちくしょう。猿ぐつわを噛まされているから扉の向こうにいる娘に返事できない。
 あと五分、いや三分あれば噛みきれる。
 でもそれだけあれば、あの子は家から出て行ってしまう。
 そして、俺の知らない誰かと一緒に今日の夜を過ごすのだろう。
 許せることではない。まだあの子は高校生なんだ。嫁入り前の大事な体なんだ。
 相手は、最近よく話題に上るあの男か?


328:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:02:00 ryJwY4ic
「ぐ、ぎ、ぐうぅぅぅぅ!」
 お前さえ居なければ、娘はもっと道場に来てくれるのに!
 今では平日に一時間、土曜日は二時間だけしか居てくれない。
 日曜日と祝日なんか顔も出してくれないんだぞ。
 それなのに技が鈍るどころか数段鋭くなっているという事実が、なおさら俺を苛立たせる。
 一体どんな魔法を使ったんだ。恋の魔法、か? ―馬鹿を言うんじゃねえ!
「気をつけてね。どこかに泊まるときは」
「……ちゃんとお父さんの携帯に電話します。それじゃあ」
 無情にも玄関の閉まる音がした。
 間に合わなかった。もう終わりだ。娘が傷物にされてしまう。

 閉ざされていた部屋のドアが開いた。
 入ってきたのは妻。扉を閉めると同時にため息を一つ吐く。
「相変わらずですわね、あの子は。
 やっぱり、クリスマスイブだからって変わったりしませんよね」
「ぐうぅ! むう、ぅう!」
 早く縄を解け! 今ならまだ間に合う!
「だめですよ。今日は家に居てもらいます。
 せっかくお堅いあの子が自分からデートに誘おうとしているんですから。
 どんな夜を過ごすのでしょうね。きっと若者らしく、ロマンチックな雰囲気で……」
 させるものか! 結婚するまであの子は清いままでいるんだ!
 一層強くあがくと、妻がもう一枚猿ぐつわを噛ましてきた。
 手足に巻いてある緩んだ縄まできつく縛り付けてきた。
「あの子は、多分夕方頃に帰ってくるでしょうから、あなたにはそれまでそのままで過ごしてもらいます。
 きっと、そっとしてあげるのがいいんですよ。だってあんなに嬉しそうな顔は久しぶりですよ。
 優花さんが居なくなってから、あの子はいつも表情に陰がありましたけど、今は心から笑っている感じです。
 うまくいくといいですね。あの子と、クラスメイトの男の子」
 それは、確かにそうだ。
 優花―俺にとって最初の妻―が病気で亡くなって、娘の元気はしおれてしまった。
 目の前にいる妻は後妻だ。
 娘は二人目の母親には懐かなかった。自分から避けているようにも見て取れる。
 優花にするように甘えたりはしないだろうとは思っていたが、まさか他人行儀に接するとは思わなかった。
 再婚してからは、俺に対してもどこか冷めた対応をするようになった。
 まるで娘の体を通して、優花が俺を責めているようにも感じられた。
 
 その態度が明らかに変わったのは一ヶ月か二ヶ月ぐらい前のこと。
 高校に入った頃から少しずつ態度は温かくなってきていたが、近頃は太陽みたいになっている。
 多分そのころから例の男と付き合いだしたのだろう。
 娘の心の支えになってくれたのは感謝したい。だが、淫らな行為をするのは絶対に許さん。
 心配だ。無理矢理行為を強要されたりしないだろうか。
 本当は騙されているんじゃないのか? 
 どこかの変態どもに目を付けられたりしていないか?
 もしかして今頃、若い女をさらう犯罪組織に捕らえられたりしていないだろうか?
 ああ、もう! 早く駆けつけたい! 娘に近づく汚らわしい奴らを一掃したい!
 心配だ、心配だ、心配だ、心配だ、心配だ!

「いんぅあいあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!」


329:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:03:22 ryJwY4ic
*****

 二学期最期の一日が終わった本日はクリスマスイブである。
 高校生はまだ親に養ってもらっている者たちがほとんどだ。社会的に見れば子供だ。
 しかし子供であろうがなかろうが、色めき立つのは何歳になっても変わらない。
 同じクラスの西田君は遊びに誘ってきた五人ほどの女子にもみくちゃにされていた。
 争いが終わって最後に立っていたのは、凄絶な笑みを浮かべている三越さん。
 気絶していた西田君は彼女に引きずられてどこかへと連れて行かれた。
 我がクラスの担任であり、図書館に住まう沈黙の女神として一部に大受けの篤子先生は相変わらずで、
通信簿を渡した後で今年最後の挨拶もそこそこに職員室へ向かい、湯飲み片手に文庫本を読んでいた。
 高橋はそんな担任になんと言って声をかけるべきか迷い、職員室前の廊下と男子トイレを行ったり来たり、
ときどき人や壁にぶつかって頭を下げたり、フルカラーのサイレント映画を一人で演じていた。
 結局高橋が篤子女史を誘えたのか、観察に飽きた俺にはわからない。

 早く帰りたい気分だったのだ。
 葉月さんに声をかけることもできなかった自分の情けなさに落胆していた。
 葉月さんとは文化祭以来、話を何度かしているものの進展はない。
 むしろ、機会は減っている。俺が積極的に話そうとしないから。
 花火の頬を切りつけ、誰かを傷つけたという過去の記憶が甦ってからそうなっている。
 そのときの真相があれから何一つ明らかになっていない。
 妹は昔のことをあまり覚えていない。その頃はまだ小さかったからだろう。
 父と母に聞いてもあてになりそうな答えは返ってこなかった。弟に聞いても同じ。
 深く追求したら教えてくれるだろう。弟はともかく、両親は。
 一言、俺は誰を刺したんだ、と聞くだけでいい。
 でも、聞く勇気が俺にはない。

 怖い。
 もしあの記憶が真実で、誰かに取り返しのつかない傷を負わせ、人生を狂わせてしまったのではないかと思うと、
目の前がが真っ暗になって何もすることができなくなる。
 すでに花火の頬に消えない傷を付けてしまっているのだから、十分にあり得る。
 花火には二度と近づくなと言われた。それは罪を償うこともできないということ。
 贖罪すらできないなら、罪人はどうすれば赦されるのだろう。
 このまま、ずっと忘れた振りを続けていけたらいいのかもしれないが、俺にそんな真似はできそうにない。
 いつも心の中で罪の意識を抱えた状態で生きていくことになる。
 いくら考えてもいいやり方が見つからない。袋小路の中に、今の俺はいる。


330:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:04:40 ryJwY4ic
 布団の上に寝転がり天井を見上げていると、自室のドアがノックされた。
 父と母は朝からどこかへ出かけている。妹はまだ学校から帰ってきていない。
 ドアの向こうにいるのが弟だと予測し、俺は言った。
「何の用だ? 弟」
「あ、いたんだ? ちょっと入るね」
 ドアが開く。顔を出したのはやはり弟。
 しかし今日のこいつはひと味違う。
 かっこよさの数値が跳ね上がりそうな服を着て、めかし込んでいる。
「その格好はどうしたんだ―って、そっか。今から出かけるのか」
「うん。たぶん帰りは遅くなると思う。だからご飯は用意しなくていいよ」
「そうか」
「用事はそれだけ。……なんだけど、さ」
「ん? なんだ?」
 言いにくそうに目を伏せている。
 いきなり表情を暗くするな。こちとらさっきまでブルーになっていたんだ。
 もしかして俺が何かしたんじゃないか、とか心配になるだろうが。
「その、兄さんはどこにも行かないのかな、と聞こうと思って」
「なんだ、そんなことか。いちいち俺のことを気にかけるなよ。
 お前はお前で楽しんできたらいい。俺は今年も例年通りだ」
「ずっと家にいるってこと、だよね?」
「ま、そういうことだ」
「それならさ……僕と一緒に」
「断る」
 赤と白に彩られ、ネオンの光を振りまいているクリスマスの町並みを弟と歩くのが嫌なわけではない。
 もちろんそんなのは御免こうむりたい訳だが、弟がどうしてもと言うなら乗ってやってもいい。
 が、弟が今のように誘ってきたのには隠された真意がある。
「晩ご飯、おごるよ?」
「いらん。今日は食べる気分じゃない。そもそも今日みたいな日に外で食えると思ってるのか」
「予約してるから大丈夫」
「どうせ、お前と女の子の、二人分だろ」
「ううん。ちゃんと三人で予約してるから……って、あ…………」
 はい、バレた。
 弟が何を仕込んでいるか、読めない俺ではない。
「予約してくれたのに悪いのだが、行かないぞ」
「……どうしても?」
「どうしてもだ」
「そう……わかった。じゃあ、行ってくるね」
 そう言って弟は部屋から出て、ゆっくりとドアを閉めた。
 足音が玄関の方へ向かっていき、少しの間を置いて玄関の開く音がした。


331:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:05:47 ryJwY4ic
 ここでようやく、俺はため息をはき出せた。
「どんな顔をしてあいつに会え、って言うんだよ……」
 弟がしたかったのは、俺と花火を仲直りさせること。
 文化祭で数年ぶりに再会した俺と花火は、お互いに目頭の熱くなるような感動を覚えなかった。
 俺に罪の意識を思い出させ、花火に熟成された憎悪を表出させるというマイナスの結果しかもたらさなかった。
 弟はそれがわかっていたから、俺と花火を会わせまいとしていたのだろう。
 その努力を無駄にしてしまった俺は馬鹿だ。
 きっと弟は、俺と花火、二人ともに気を遣っていたのだ。
 俺に昔の出来事を思い出させないために。
 花火にこれまで通り穏やかに過ごしてもらうために。
 何も知らなかったとはいえ、俺のやったことはあまりにうかつだった。
 弟が居れば、確かに花火と話し合いをすることができるだろう。
 だけど、花火の俺に対する憎しみは、弟の顔に免じて許せるレベルのものなのか?

 ―そうは見えない。
 顔に目立つ大きな傷を付けられたというのは、男ならともかく、女にとっては大きな損失だ。
 花火が一見して不良のような容姿をしているのは、頬の傷と無関係ではないだろう。
 きっとあの傷を見たら、初対面の人間なら引いてしまう。誤解をする。
 誤解されるぐらいなら、と考えて人と関わらなくなり、そしていつの間にか孤立していき、
仲のいい人間が弟だけになったとしても、何の不自然もない。
 そんなあいつに俺がしてやれることは……きっと、何もない。
 花火は俺に何かを望んでいない。顔も見たいと思っていない。
「それでも、いいのかもな」
 文化祭で再会する以前のように無関係の態度を貫いていけばいい。
 何年か経って、もし弟と花火が一緒に暮らすようになっても放っておけばいい。
 そうだよ。再会する前の状態に戻っただけさ。
 別に何もおかしくないじゃないか。
 近くに居ても一言も話したことのないやつだって、学校には居る。
 そのうちの一人が花火だったとして、何が悪い?
 悪くない。何も悪くない。
 もう俺は最悪のことをしてしまっているんだ。
 なら、それ以上傷を深くしないよう努めるのが、やるべきことだろう。
 下手に触れてしまってはいけないんだ。

 本当は、こんなことを考えている時点で放っておけてないんだけど。
 もう一遍、記憶喪失にでもなってくれたらいいのにな。


332:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:07:30 ryJwY4ic
*****

 考え事をしていたら、どうやら眠ってしまっていたらしい。
 部屋の中は真っ暗。カーテンは常に閉めっぱなしになっているが、隙間から明かりが漏れないところから見るに、
すでに夕方になってしまったようだ。
 今、何時だ?
 蛍光灯の明かりを点けるため、天井から垂れている紐を手探りで探す。
「ん、と……お、これか」
 手の中に紐の感触があらわれた。紐を握り、下へ向けて一回引く。
 点灯管が輝き、蛍光灯が三度瞬き、部屋中が照らされる。
 机の上に置いていた置き時計が六時半を指していることを確認した。
 弟にはああ言ったが、やはり腹が減っている。
 そういや、昼飯も食ってなかったっけ、今日は。朝飯、食ったかな……?
 いいや。今から三食分摂るつもりで晩飯を食べることにしよう。
 でも、冷蔵庫の中に上手いこと残り物があるだろうか。
 今日はスーパーなんか混むだろうし、買い物には行きたくない。
 レストランにて一人で食べるのに抵抗はないが、まず座れまい。
 とすると、コンビニか。めぼしいものが残ってたらいいが。

 財布をポケットに突っ込み、コートを羽織る。
 部屋の明かりを点けっぱなしにしたままドアを開け、玄関へ向かう。
 ふむん? 玄関マットの上に何か転がっている。
 結構大きい。人間サイズ。毛布か布団が丸まっているようにも見える。
 なんだろう。サンタがやってきてプレゼントでも置いていったのか? 
 それとも余りの激務で疲れ果てたか、仕事をボイコットするかしたサンタが上がり込んだか?
 おそるおそる、玄関の明かりを点ける。すると、そこにいた人物の正体が判明した。
「うぅ……お兄ちゃん? 帰って、きた……やっと! お兄ちゃんっ!」
 転がっていたのは妹だった。そして、どういうわけか制服姿だった。
 どうやら俺が弟だと勘違いしているらしく、いきなり顔も見ずに抱きついてきた。
「待ってたんだよ、私。帰ってきてからずっと、お兄ちゃんが来るまでここで待ってようって決めてたんだ。
 でも、遅いよ。寒いし、暗いし。だから、暖めてくれると嬉しいなぁ?」
 そうかそうか。よし、お兄さんで良ければ――って、違うだろ。
「あー……妹。ちょっと顔を上げてくれないか?」
「あれ? お兄ちゃん、風邪でも引いちゃった? なんだかいつもより声が低いよ?
 それにいつもと匂いが違うし」
 中学三年生の女の子が、匂いがどうとか言うんじゃない。
 まあ、この妹ならそれぐらい嗅ぎ分けがつくだろうけどさ。
「ねえ、どうして今日は頭を撫でてくれないの?
 私がこうしたら、いつもやめてくれ、って言って撫でてくれるのに。
 もしかして、今日はずっと抱きついててもいいの? クリスマスプレゼント?」
 そんなことしてやがったのか。妹がこうなったのに弟が一枚噛んでいるという疑いが浮上してきた。
 妹は股間のブツに触れることなく頬ずりをしてくる。
 この状況は俺にとってレアそのものだが、俺はシスコンではないのだ。
 されても別に嬉しくなんかない。……うん、目が潤んだりしていないし。
 早く妹を振り解こう。これ以上続けていたら妹に悪い。


333:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:09:18 ryJwY4ic
 咳払いをしてから、弟の口調を真似して優しく声をかける。
「あー……あのさ。僕の顔をちょっと見てくれない?」
「どうして?」
「何ででも。ていうか、早く見て欲しいな、なんて」
「変なお兄ちゃん。いいよ、私は毎日毎時間毎分毎秒見続けても構わ、な……い…………んだ、から?」
 顔を上げたまでは普段通りであったが、俺の顔を見た途端に少しずつ声が小さくなっていった。
 なんと言ったものか。今の妹の顔を例えるなら、クリスマスプレゼントはトリコロールカラーで塗装された
ロボットのプラモデルを買ってきてほしいと父親に頼んだものの、買って来られたものをよく見たら、
「これじゃない!」と怒鳴りたくなるような代物だった時の顔、とでも言おうか
 うむ。妹が待ち望んでいたのは弟だったが、実際に現れたのは俺だったりするところが似ている。
「ふぁ、ふぁ…………」
 妹は俺の顔を見つめたまま呟きだした。
 顎は小さく震えている。たぶんそれは寒さのせいではあるまい。
 今日は一日中ずっと快晴らしい。きっとこの辺りの空にも星が輝くであろう。
 クリスマスに雪が降るとロマンチックな気分になるという。
 でも、クリスマスには雪の白とは別にもう一色、ふさわしい色がある。
 すなわち、赤。夕焼けの赤、トマトの赤、血の赤。
 白と赤は慶事ののしなんかにも使われている。いいイメージを抱かせる組み合わせなのだろう。
 でも、どうして今の妹を見ていると悪い意味での赤を連想してしまうのだろうね?

「ふぁ、き……」
「ふぁ、き?」
 妹の呟きはもはや理解不能の域にまで達していた。
 跪いた状態から立ち上がると、俺と向き合った。顔は伏せたまま。そして拳は固められたまま。
 右と左、いったいどちらから暴力が飛んでくるのかと俺は待ちかまえた。当然、反応して避けるため。
「ふぁ……ファ、ファ……っ!」
 呟きに怒気が混じっていく。
 ああこれは一発で済むことはないだろうな、と冷静な部分が判断した。
 説得に入る。
「落ち着いて聞け。弟は帰ってきてからどこかに出かけていて、家にいないんだ。
 そして何よりさっき俺を弟と勘違いしたのはお前なわけで、俺は何も悪くないというか、
 その拳を早く緩めてくれると嬉しいななんてお兄さんは思うわけで――」
「このバカ! 妹に欲情する変態兄! 妹に抱きつかれて喜んでんじゃないわよ!
 何なのよその嬉しそうな顔はっ! ファッキン! ファッキン! ふぁあぁぁぁーーっきん!」
 下品な横文字で三回罵倒された後、半身をずらしてからの回し蹴りをお見舞いされた。
 スリッパのつま先にこめかみを貫かれ、俺の脳は激しく揺さぶられた。
 立つこともままならない。俺は膝を着いた後、前のめりに倒れた。
 すると何か柔らかいものに顔が触れた。ぼやけた視界ではそれがなんなのか確認できない。
「なっ! ちょ……どこ触って……や…………」
 妹が何か言っている。頭上から聞こえてくる。
 そうか、この体は妹か。つまり俺は妹の体のどこかに顔を当てている、と。
 でもこのアクシデントが起こったのは俺のせいではない。妹が蹴った結果だ。
 よって、俺は悪くない。顔は動かさない。というか、動けないし。
「ん……この……、いつまでそんなとこに触ってんのよ! そこはまだお兄ちゃんにも触られてないのに!
 サノバビッチ! このっ、さのばびっちーーっ!」
 今度は後ろへ突き飛ばされた。後頭部が床をしたたかに打ち付けた。
 いい感じで記憶喪失になれそうな一撃だった。
 吐き気を催していた気分が、倒れているのと激痛のおかげで覚めていく。
 最近の中学校では嫌いな相手を世界的にポピュラーな言語で罵倒するのが流行っているのだろうか。
 なんてことを考えつつ、俺は目を閉じ、なにかやばそうな単語を吐き捨てて家を飛び出していく妹を見送った。
 正確には放っておいた。


334:ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms
08/02/04 06:13:05 ryJwY4ic
  
 妹が飛び出していってから数分。
 目眩は少しずつ覚めていき、開け放たれた玄関の扉から吹き込んでくる風が身にしみ始めていた。
 体を起こす。少しばかり鼻の奥が詰まった感じを覚えるが、それ以外は回復していた。
 妹は弟を追っていったと思われる。それから一体どうするのかは知らない。
 急いで出て行ったから、何も持っていないだろう。少なくとも凶器は用意していないはず。
 そもそも俺は弟が出かけたと言っただけだ。花火のことは喋っていない。
 しかし妹のことだ。クリスマスイブに出かけていったという事実がどういうことなのか分からないわけがない。
 妹は弟のファンクラブが存在するという事実を知っている。俺が教えたから。
 そして思ったのだろう。弟に近づく女が確実に存在するということに。
 加えて、今日のようなカップルにふさわしいイベントの日に、弟に遊ぶ相手がいることにも気づいた。
 果たして、家に帰ってきてから弟は妹にどんな言い訳をするのだろうか。
 以前、ファンクラブのことを俺がばらしたときには、そんな人たちはいないよ、の一点張りだった。
 しかし今回はそうは行くまい。
 だって、一人で遊びに行った、では苦しいし、男友達と一緒に遊んでいた、でも無理がある。
 たとえそれが事実だったとしても、妹は納得すまい。
 頑張れ、弟。女の子との修羅場をくぐり抜けてこそプレイボーイだ。
 俺はいつもお前を見守っているから。
 お前の修羅場スキルが高まっていくことを俺は心から望んでいるよ。

 玄関のドアに鍵をかけ、コートのポケットに手を突っ込んだままコンビニへ向かう。
 外は肌を刺すような冷えっぷりであった。首元やズボンの裾から入り込む風がやっかいでたまらない。
 こんな季節でもミニスカートを穿いて外を出歩く女性達の根性は感心すべきだ。
 俺の通う高校の女生徒は登校時にジャージを穿いているが、やはり中には制服のままの人もいる。
 現在確認しているところでは、葉月さん、弟と同じクラスの女子、あと花火もそう。番外として妹も含もうか。
 弟関連の女子については言うまでもないが、それでもあえて言うなら、弟に女の魅力をアピールするため、ということだ。
 葉月さんについては……弟は関係ないのかな。
「やっぱり、俺……か」
 俺のために葉月さんが寒い中でもスカートを穿いていると思うと、嬉しくなる。
 まだ俺は葉月さんにちゃんとした告白の返事を返していない。保留の状態だ。
 以前―文化祭の前まで葉月さんに返事ができなかったのは、自分の気持ちに迷いがあったからだ。

 本当に俺は葉月さんのことが好きなのか? 
 うん、好きだ。性格もいいし、美人だし、俺のことをいろいろ構ってくれる。
 好いているんだけど、そこで混乱してしまう。
 そもそも、付き合いたいって、どういう感じなんだ?
 それって、ずっと一緒にいたいから恋人関係になりたいってことだろう。
 じゃあ、親友と恋人、一体どこが違う?
 高橋は、数字でいうところのゼロでただの友達、イチで親友、という基準とすると、好感度を四捨五入すればイチになるため、親友だ。
 あいつとずっと遊ぶなどごめんだが、他の知り合いよりは無言の間を苦しく感じない。
 暇で暇でしょうがないときに高橋のおごりなら一日中遊んでやってもいいくらい。
 葉月さんは高橋と違い、こっちから遊びに誘いたい。当然、俺が全額持つ。
 この違いが親友と恋人の境目――ではないんだろうな。
 昔、中学時代に好きだった女の子。あの子に対して、俺はもっと積極的な気持ちを向けていた。
 なるべく目を引きたくて髪型を変えたり、毛抜きを使って眉毛を整えたりした。
 席替えの時は隣か後ろの席になりたかった。近くであっても前の席だけは嫌だった。自分の目であの子を見たかったから。
 そんな日々を過ごしているうちに、あの子から呼び出され、付き合って欲しいと言われた。
 そして一ヶ月経つか経たないかのうちに、あの子は本性を現して俺を振った。
 結果はともかく、あの子に向けていた感情こそが異性に抱く好意、というものだろう。
 あの時のような好意を葉月さんに抱いているかというと、否だ。
 あそこまで今の俺は夢中になっていない。
 こんな半端な気持ちで告白なんてできるわけがない。



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