ヤンデレの小説を書こう!Part13at EROPARO
ヤンデレの小説を書こう!Part13 - 暇つぶし2ch151:129
08/01/18 05:57:31 cUPpaAtV
>>130
A-1ルートとBルートが未完結ッス

152:名無しさん@ピンキー
08/01/18 06:14:53 jTvfuMgd
>>151
絵か?伊南屋さんは絵師だったと思うが

153:名無しさん@ピンキー
08/01/18 10:09:50 eCyeFIoA
>>147
うむ。これはいいデレ。

154:名無しさん@ピンキー
08/01/18 14:37:31 cUPpaAtV
>>152
うぁっ間違えたorz
ちょっとヤマネに刺されてくる

155:名無しさん@ピンキー
08/01/18 20:22:39 19tgTHBt
ヤンデレな女の子と日常を過ごすのってどんな感じなんだろ……

156:名無しさん@ピンキー
08/01/18 20:24:37 XHS9dmhf
まあ、基地外と暮らしてた俺の経験ではノイローゼになるが精神が基地外サイドに引張られる

157:デレ&ヤン
08/01/18 20:32:45 BIOnKyMu

昼休み、俺は梢と一緒に弁当を広げていた。
弁当は、梢がお重で三人分学校に持ってきているため、
俺と京姐は、毎回、梢と一緒に食べないとメシにありつけないのだ。
以前、一人用弁当箱を新しく買ったら、「洗い物が増える」
との理由で焼却処分されてしまった。

「そういえば京姐は?」

「今日、月曜日」

「なるほど・・・」

病出学園で毎週月曜に行われるイベント、「血涙の月曜日」
まぁ、告白される→ゴメンナサイを京姐が繰り返すイベントのことだ。
なぜ月曜かというと、日曜にラブレターを書くやつが多いってだけだ。

「もてるって言うのも考えものだよなぁ」



158:名無しさん@ピンキー
08/01/18 20:33:45 /OPEUWE+
まあ、二股とかしなければ純粋でいい子なんじゃないか?

159:名無しさん@ピンキー
08/01/18 20:33:56 rgXeQoJ3
三次はヒス持ちか精神病か養って欲しい甘ったれのどれか
どの条件と引き替えにセックスするかという問題に過ぎない

160:デレ&ヤン
08/01/18 20:33:58 BIOnKyMu
そんなことを呟きながら、卵焼きを口に運ぶ。

「む、これは?」

絶妙な歯ごたえ!甘さ加減!
何より、飲み込んだあとに残る微かなブランデーの香り!
う、うまい!!

「寿司屋のヤマイモと鱧のすり身のテクと、
洋酒の使い方の折衷がなんともいえない・・!!腕を上げたな!」

俺は梢の頭をワシャワシャと撫でる。
梢はすぐに首を傾けることで俺の手を回避し、
手櫛でクシャクシャになった髪を直す。
姉さん・・・俺、妹にウザがられてます(泣)

「兄、・・これも・・」

ショックを受けていた俺の前に、
恐る恐る、梢がカツを差し出してくる。
あれ?別にウザがられてないのかな?
それとも何か、毒でも入っているのか・・?
俺はとりあえずカツにかじり付く。

「な、何てカツだ・・!!」

肉は豚ではなく牛!しかも薄い牛肉と、
癖の強いヤギのチーズを層にして、小麦粉を使わず、
粉チーズとパン粉をあわせた衣で包んである!
俗にいう”ミラノ風カツレツ”のアレンジだ!
俺の好みを完璧に突いている。
妹でなければプロポーズしている所だ。

「う、うますぎる・・・!!嫁に来てくれ・・・!!」

って言うかプロポーズしてるよ俺。
まぁ、冗談で済むからいいか。

「ほ、本当・・・?」(”嫁に来てくれ”が)

「本当だ!!」(”うますぎる”が)

俺はそういってまた梢の頭をワシャワシャと撫でた。
梢は顔を真っ赤にしてうつむいていたが、
今度は抵抗しなかった。

161:デレ&ヤン
08/01/18 20:35:05 BIOnKyMu
帰り道の一幕

急に委員会の仕事が入った梢を残し、
俺は京姐と家路についていた。
結局昼を食べ損なった京姐はヘロヘロのようだ。
これも、血涙の月曜日のせいなんだろうな

「なぁ、京姐」

「ん~?なぁに~?」

「告白、とかさ、あんまり迷惑だったら言ってくれよ。
俺、何か作戦考えるからさ。今日だって、
結局ご飯食べられなかっただろ?」

京姐は、ちょっと驚いた顔をした後に笑顔になった。

「あら珍しい。心配してくれてるのかしら?」

「べ、別に」

俺はなんだか恥ずかしくなり、ぶっきらぼうになってしまう。
普段しないことをするのは慣れないな。

「大丈夫よ♪それより、お腹すいたなぁ~」

京姐が俺に上目遣いに言う。
暗に何か作ってくれ、と言っているらしい。

「まかせろって!」

俺は、普段は梢と京姐がやらせてくれないから、
家事をしないだけで、主夫を名乗れるくらいの家事スキルを持っている。

「じゃあスーパー寄ってから帰ろう!」

俺達は寄り道することにした。

162:デレ&ヤン
08/01/18 20:35:50 BIOnKyMu
スーパーの一番奥、生鮮食品コーナー。
俺は、今日の献立に頭を悩ませていた。

「京姐、肉と魚どっちがいい?」

「裕君が作ってくれるなら、何でも♪」

むぅ、ならばイワシが良さそうだから、
トマトソースで仕立てようか・・

「ねぇ、裕君?」

京姐はいいながら、
イワシとにらめっこしている俺の腕に、自分の腕を絡めてくる。

「わわ、な、なに?」

かなり慌てる俺。

「こうしてると、私達学生夫婦みたいだよね?」

照れくさそうに言う京姐。

「な、何言ってんだよ京姐」

「冗談っ!早く買い物終わらせようか?
私、お腹空きすぎで死にそうなの~」

京姐はそう言ってレジへと向かっていった。


163:デレ&ヤン
08/01/18 20:36:35 BIOnKyMu
今日の分は終わりです

164:名無しさん@ピンキー
08/01/18 21:38:34 i2P/D07e
>>163
主人公無意識にフラグ立ててるなあw
意識されないってちょっと梢カワイソス

165:名無しさん@ピンキー
08/01/19 00:39:38 amvSYpQN
>>163
じれったいから一気に投下してwwwww

166:名無しさん@ピンキー
08/01/19 00:42:48 2p2r3GNH
ここでは死亡フラグに等しいが。一人が病むのか、皆が病むのかそれが問題だ。
しかし…ここの住人は三次に対して異様に冷徹だな。何ぞ、童貞には分からない境地でもあるのだろうか。

167:名無しさん@ピンキー
08/01/19 06:31:21 q6ZhXnmH


168:名無しさん@ピンキー
08/01/19 08:16:47 jOaeJmCi
>>166
俺の知る限り、エロパロ板と角煮の住人はリアルの話題に対してとても冷たい反応をする。

あれだ。リアルツンデレが可愛くなかったりうざったく感じたりするのと同じようなもの。
リアルヤンデレも本当に凶行に走ったら犯罪者にしかならないだろ。
可愛く感じるラインは、男と仲のいい女友達にやきもちを妬くぐらいじゃないか? 


169:名無しさん@ピンキー
08/01/19 08:53:43 jI06MJPf
僕っ娘とか惨事でみてると殺意しか沸かないもんな。

と、書き込もうとしたら僕っ娘ヤンデレという電波を受信した。

170:名無しさん@ピンキー
08/01/19 10:42:07 hLUYV7Pk
>>137
なんか舞は
亜沙先輩みたいでいいなあw
空鍋を想像してしまうw

171:名無しさん@ピンキー
08/01/19 15:53:47 41wzIhE0
>>169
ボクっ娘は三次だとなー
二人でいるのは恥ずかしい

二次ならヤンデレでも可愛くね?

172:名無しさん@ピンキー
08/01/19 17:53:26 msqn9l87
ヤンデレなら惨事でも

173:デレ&ヤン
08/01/19 22:18:54 ulkKILrz
次の日の夕食。

「お、今日は京姐のたらこパスタか」

京姐はパスタ類が特に得意だ。
もちろん市販のペーストなど使わない。
フライパンにオリーブオイルを多めにしき、
刻んだ長ネギとパセリを炒める。
そこに、オーブントースターで炙ったたらこをブツ切にしていれて、
茹でたパスタにサッと絡めれば完成だ。
たらこは食べる人の好みに合わせて火を入れるべし。
読者諸兄もお試しあれ。

「うむ、絶妙の火加減!うまい!」

「おだてても何も出ませんよ、裕君」

京姐はうれしそうに笑う。
そういえば、舞の家が持ってる別荘に
悪友連中と遊びに行く計画立てたんだっけ。
二人に伝えなくちゃ。

「あ、そうだ。俺、週末・・・金曜の夜から、月曜の夜まで、泊まりで遊びに行くから」

月曜日は創立記念で休みなのだ。


「そ、そうなの~それで・・」

「ど、どこに、誰と行くの、兄?」

なんだか、二人ともすごく慌てている。

「内田とか川中とかと、舞の別荘に」

グニャリ!
あ、二人がフォーク握りつぶした。
・・・確かこのフォーク、チタンだぞ?

「あら、ちょっと代えのフォーク取ってくるわね」

「・・・ジュース取ってくる」

キッチンに消えるマイシスターズ。

「舞が別荘持ってるって知って驚いたのかな?」

俺はとりあえずパスタにかぶりつくことにした。

174:デレ&ヤン
08/01/19 22:19:53 ulkKILrz
短くて申し訳ないんですが、今日はこれだけです

175:名無しさん@ピンキー
08/01/19 22:56:32 bO2neGiW
>>174
ちょw
GJでwktkしてきたんだけど、さすがに短すぎるw
無理に毎日投下しなくてもいいと思われ

176:名無しさん@ピンキー
08/01/19 23:27:13 qqN6mW2D
頑張りすぎだ
グッジョブお疲れ

177:名無しさん@ピンキー
08/01/20 00:14:35 FrdBK8N7
gj

無理し過ぎんなよ

178:名無しさん@ピンキー
08/01/20 01:00:43 2w7H1Eos
数日かけて長い文章創って投下でもいいからwww

GJです

179:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:21:01 Czr6Onq7
投下します。
かなこルート、24話です。

180:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:22:00 Czr6Onq7
第二十四話~逃亡~

「さあ、雄志様。参りましょう」
 かなこさんが一歩詰めてきて、手を差し出した。
 手を取ってくれ、ということか?
「どこ、に……」
「もう一度、共に私の屋敷に来てくださいませ。そこに、殺されるにふさわしい場所を用意してありますわ」
 自分の家に殺される場所の用意を済ませてから、ここにやってきたのか?
 死の覚悟は既に済ませているということなんだろう。でも、どうしてかなこさんは普段と変わらないんだ。
 少しも恐れを見せず、堂々として、澄ました顔でいられるなんて。
 かなこさんは死すら恐れないというのか? 
 俺を―たった今殺してくれと自ら頼んだ人間を、自分の死地へと連れて行こうとしている。
 死ぬことを恐れるどころか、望んでさえいる。
 さっき言っていたのは、もちろん俺の真の望みじゃない。
 きっと自分の望みを、俺の望みへと投影しているんだ。

「……死に急いじゃ駄目です。死ぬってことは、そこで、もう……」
「もちろん、理解しております。既にわたくしは一度死を迎え、それを越えているのですから」
 そこで、かなこさんが物憂げな表情になった。
「……胸を貫かれる瞬間に脳裏に浮かんだのは、雄志様のお顔でした。
 常に傍に寄り添い、共に日々を過ごしてきた、大切なお方。
 これでもう、雄志様と顔を向き合わせて喋ることも、不意に困らせてしまうこともなくなってしまう。
 そう思うと無性に寂しくなり、最期にもう一度お話ししたい、と願いました。
 体中から力が抜け、目を開けることすら精一杯になった頃、雄志様はやってきてくださいました。
 あのまま、一言も告げることなく離ればなれにならず、本当に、本当に良かったですわ。
 おかげで、こうして出会うことができ、そして望みに応えていただけたのですから」
 手を差し出したままのかなこさんが近づいてきた。
「さあ、手をお取りくださいまし。そして、あなた様の望みを達してくださいまし」
 この人は全てわかっているんだ。死の意味も、自分自身の望むことも。
 ただ、俺自身に関することだけはわかっていない。

「俺は、かなこさんを殺しません。
 誰かを殺したいなんて、これっぽっちも望んでなんかいませんよ。
 俺が、かなこさんを好きだったとしても」
 目を泳がせて華を見る。
 俺の言葉に大きな反応をせず、かなこさんを見ているだけだった。
 そのことに安堵して、続きの言葉を言う。
「好きだったとしても、殺したいだなんて絶対に思いません。
 誰が、好きな人を殺したいなんて願うっていうんです」
「わたくしにはわかります、雄志様のお気持ちが」
 ……まだそんなことを言うのか。
「少しばかり話が離れますが―わたくし、ふと雄志様のお命を奪いたいと思うときがあるのでございます。
 憎いから、ではありません。大事にされているお命を奪って全てを手中に収めたい、という考えとも少々違います。
 それ以外に、それ以上に想いを伝える方法が浮かばず、また、雄志様の想いを知る方法も考えに浮かばないのです。
 愛していると幾多の言い回しで伝える、体を重ね合わせて全てを委ねる、というだけでは足りないのです。
 抱きしめて、そのまま一つに溶け合う想像をしていると、最後には体を腕で潰してしまいます。
 その時は結果として雄志様を殺してしまうであろう―ということでございます。おわかりになりましたか?」
「…………なんとなくは」
「その想像の、わたくしと雄志様の立場を交換することで、お気持ちが理解できましたわ。
 愛するがゆえに、雄志様はわたくしを殺したいと望んだのだ、と」


181:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:22:43 Czr6Onq7

 力を込めて抱きしめても、好きだと言っても想いが全て伝わらない。
 愛しいと思う気持ちを感じとってくれないかもしれない。言葉はいくらだってごまかせる。
 いっそのこと、自分の思うまま、相手がどうなろうと気が済むまで好きにしたい。
 そうすることで相手も気持ちをわかってくれるのではないか、と思ったことはあった―かもしれない。
 なんとなくだけど、同じ気持ちを想像することができる。
 それでも、やっぱり俺の考えは変わらない。
「さっきから言っているじゃないですか。俺は、かなこさんを殺しませんよ。絶対に」
「では、なぜ今朝、わたくしを殺そうとなさったのです?」
「それは……」
 正直に理由を言いそうになったところで、口をつぐむ。
 かなこさんを目の前にしたら暴力を振るいそうになる。これが理由だ。
 もし、そのことを言ってしまったら、どうなっていたか。
 自分を殺してくれと頼んでくる人間が、今の俺の状態を利用しないはずがない。
 今のこの状況だからわかる。この衝動は、たった一発殴るだけじゃ収まらない。
 全力で腕を振り回して、相手が動かなくなるまで止まらない。
 頭は冷静なままなのに、腕がぶるぶると震えている。
 すぐに駆け出せるほどに脚の筋肉に力が漲っている。
 全ての力の向きが目前のかなこさんへと向けられている。
 これが本物の、純粋な殺意なのか。
 今までの人生で経験してきたどんな怒りよりも、強力に思考を熱くさせ、理性をかき乱して走り回る。
 頭の中がドロドロしているのに体だけは恐ろしく醒めていて、どんな無理でも利きそうだ。

 これは俺の憎しみじゃない。かなこさんを憎んだりしていない。
 じゃあ、一体何が原因だ? あの本と、前世が関わっている?
 今抱いている憎悪は、あの本が与えたもの?
 ああくそ、俺自身がもう一人憎たらしく感じる奴が出来た。
 どこのどいつだ、あの本を作り直した迷惑な人間は。
 あんなものがなければ難題を抱えずに平凡に暮らせていたんだ。
 就職先を探しつつバイトして、華の料理にびくびくしつつアパートで過ごして、香織と親友―いや、それ以上の関係でいられたのに。
 
 駄目だ。流されてしまう。
 今朝以上に誘惑が強い。力を振るいたくて仕方がない。
 拳が力を持て余している。ぶつける先を求めて暴走しそうだ。
 爪を手のひらに食い込ませながら、口を開く。
「あの時は……かなこさんを止めようと思っただけです。あのままだと、香織の命が危なかったから」
「なるほど、そういうことでございましたか。それでは、あの女の命を先に奪うといたしましょう」
「なんっ……?!」
「そういたしますれば、怒りに我を忘れた雄志様が、その気になるかもしれません。
 それに、あの女には恨みもございます。わたくしの居ない隙に横から奪おうとした女など、死んでしまえばいいのです」
 香織を、かなこさんが? 香織は無関係なのに。
 そんなことをさせるわけにはいかない。絶対に。
 ここでかなこさんを強引にでも止めなければ香織が危ない。
 今はあいつに近づくことはできないけど、それ以外にもできることはあるはず。


182:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:23:47 Czr6Onq7
 ―俺が今するべきこと。それは、
「それでは雄志様。わたくしは天野香織の命を奪って参ります」
 ―この、人を殺すことをなんとも思っていない人を、
「次にお会いするときは、その証を持って参ります。それまでにどうか、覚悟をお決めになってくださいまし」
 ―■すことだ。止めるんじゃなくて、■すこと。
 この人は止めたって無駄だ。動けないようにしてやらないと、絶対に諦めない。
 感情に流されている気がするが、そんなことはどうでもいい。
 脳裏に浮かんでくるいくつもある手段のうち、どれかをとればいいだけだ。
 どれも簡単だ。呼吸のタイミングや肉と骨に伝わる感触まで想像できる。

 単純に後ろから殴り倒す、これで行こう。
 歯を噛みしめ、標的を捉える。
 弾けるような快感と、力を解き放つ開放感を味わう。
 かなこさんが背中を向けた。その背中へと睨みを飛ばす。拳を固める。
 体の重心を前傾させ、地面を蹴ろうとする、その直前。
 目前の光景が一変した。

 まず左側から何かが素早く視界に入り込み、かなこさんの後頭部へ向けて走る。
 直撃する前に、かなこさんはしゃがんでそれを躱した。
「ちっ!」
 飛来したものは、華の放った右の回し蹴りだった。
 振り抜いた右足の勢いをそのままに回転して、しゃがんでの足払い。
 これをかなこさんは前転で回避する。振り返ってお互いに向き合い、にらみ合う。
 俺はその様子を離れた位置から見ていた。
 気づけば抱いていた殺気は不気味なまでに霧散していた。
 まるで、歯を抜き取られる悪夢から目覚めたときのような爽快感が残っている。

 華の後ろ姿を視界に収めながら、かなこさんを見ると、なんとも恨めしげな目をしていた。
「今のは、どういうつもりでしょうか?」
「わかりませんでしたか? あなたの望む通り、殺してあげようっていうんですよ、私が」
 華の言葉を聞き、さらに表情の険が強くなる。
「わたくしはあなたではなく、雄志様に殺されることを望んでいるのですよ。話が難しくて、理解できなかったのですか?」
「難しくはなかったですけど、理解不能でしたね」
「まあ……一体どの辺りが?」
「まず、おにいさんがあなたみたいな女を愛している、というところからです。
 話を聞いていないんですか? それとも耳の穴に汚れでも溜まっているんですか?
 おにいさんは、あなたのことなんかちっとも好きじゃないんですよ。むしろ…………、言わなくても、わかるでしょう?」
「雄志様は素直になれないお方です。ならば、こちらが想いを察するべきである、とわたくしは考えます」
「ふうっ……」
 華が馬鹿でかいため息を漏らした。
「あなたの自分勝手な妄想に付き合っているだけで、こっちまで疲れてきちゃいますよ」
「それならば早々にお引き取りを。雄志様とわたくしの間にあなたが割り込むことそのものが間違いですわ」
「ですね。面倒なことは省いて―手早く片づけてあげますよ」


183:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:25:12 Czr6Onq7
 頭一つ分だけ華の背が低くなる。
 重心を落とした状態から駆け出し、三歩目で跳躍。右の跳び蹴りがかなこさんの頭部を襲う。
 腕で防ぐことはできていたが、威力は殺しきれず体が傾ぐ。
 続けて、至近距離からの右拳を受けてかなこさんの体が後ろへと勢いよく倒れた。
「つっ……」
「ふん、たいしたことのない。これなら十本松あすかの方がずっと手強かったですよ」
 腹を押さえて苦悶の表情を浮かべる様子を、華は見下ろしていた。
 今のは手加減抜きの攻撃だった。ということは、今ので殺すつもりでいたのか?
 いけない。華に人殺しをさせるなんて、それを見ながら何もせずにいるなんて、できない。
 誰も死ななければいいんだ。ただそれだけでいい。
 なら、どうすればいい? 
 二人を近づけさせないようにするには――できる。簡単だ。
 根本的な解決にはなっていないけど、この場をしのぐことは出来る。
 
「それじゃあ、そのまま惨めに、勘違いしたままで亡くなってください」
「…………誰が、あなた、などに」
「言っても無駄です。とっくに詰めの状態になっているんですよ、この勝負は。
 じゃあ、さようなら。元大学の先輩で、無力なお嬢様」
 華の足が高く上がる。踵の位置が頭の頂上まで達している。
 それがかなこさんへと振り下ろされるより早く、俺は動く。 
「んん?! ……わわわっ!」
 腕を伸ばして襟を掴み、華の体を後ろに倒す。
 振り向くと同時に、倒れつつあった体を脇に抱えて、そのまま走りだす。

 俺がとった選択肢は、かなこさんの前から逃げ出す、というもの。
 こんなことをやってもいつかは見つかってしまうかもしれない。
 だが、現状でかなこさんを説得する材料を持ち合わせていない以上、それは不可能。
 なら、逃げる以外の選択肢はない。


184:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:27:56 Czr6Onq7
 ただ一心に足を動かし続ける。どんなペースで走っているのかも把握できない。
 左腕に振動。華が腕の中で暴れている。落とさないよう、抱え直す。
「なんで逃げるんですか! せっかくのチャンスだったのに!」
「あんなのチャンスでも何でもない!」
「ここで仕留めておかないといつかおにいさんに危害が及びますよ!」
「その時は、その時だ」
 俺に危害が及ぶぐらいなんてことない。死なない限りは。
 だが、かなこさんや華や、香織が死んでしまうかもしれないなら、それを回避するべく動く。
 別に理由も何もない。見知っている人に死んでもらいたくないと思っているだけ。
 たったそれだけの簡単なことが、さっき目の前で破られようとしていた。
「お前も簡単にああいうことをするな! 後先を考えろ!」
「後先なんかどうだっていいんですよ。今が大事なんです、私には。
 もう…………居なくなって欲しくないんですよ。寂しいのは御免です」
 ん? 何か今、小声で言ったような……。

「てゆうかおにいさん、さっきからどこに手を回してるんです!」
「何が? どこか変なところでも触ってるか?」
 ただ華の胴に腕を回して、その状態で走り続けているだけなんだが。
「こんな、誘拐犯みたいな抱え方をするのはやめてください!」
「やろうか? 姫だっこ」
「やり方の問題じゃなくって……ああもう、自分で走れますから! 放してください!」
 一際強く暴れられたので、立ち止まって華の体を解放した。
 目を合わせた時の華は、あからさまに不機嫌そうで、照れてなんかいなかった。
 小言を言われる前に走り出す。
 後ろから制止の声が聞こえてきたが、もちろん立ち止まらずに走り続ける。
 かなこさんの声や、車の追ってくるような音は一切聞こえてこなかった。


185:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:31:04 Czr6Onq7
 路地が左右に分かれている。普段ならば右へ向かうが、今はそちらへは行かない。
 速度を落として華にスピードを合わせる。手を強引に引き、左へ折れる。
 この先をまっすぐ走れば、国道沿いの歩道に出る。
「ちょ、どこに行くつもりですか! アパートは反対側ですよ!」
「だからだよ!」
 右の道はアパートへ帰宅する際に使用するルートだ。いつもなら迷わずそっち側に進んでいる。
 だが、アパートに逃げ込んでも、すぐにかなこさんは行き先を突き止めてやってくるだろう。
 もしかしたらすでに誰かが待っているかもしれない。
「じゃあ、どこに行く気なんです?!」
「……わからないけど、とにかく逃げるしかないだろ!」
 とりあえずバスか、タクシーにでも乗って、時間を稼ぐしかない。
 行方をくらまし、落ち着いた場所で、これからの行動を決めよう。

 華の手を引いて歩道を走り続けていると、後ろから車がやってきた。
 追い越した車は、かなこさんと初めて会った日に見た、でかい黒リムジンだった。
 リムジンは次の電柱の傍で路肩により、停止した。
 この路地は一本道。左右にも道はあるが、どれも誰かの家に向かうだけ。
「止まったら駄目ですよ!」
「わかってる!」
 あの車には、おそらくかなこさんが乗っている。運転しているのは執事の室田さんか、他の誰かか。
 待て。だとしたら通り過ぎるときにドアを開けられでもしたら、足を止められる。
 道の幅は二メートルくらいだから、リムジンが左右どちらかのドアを広げでもしたら通れない。
 ドアを飛び越す―のは、無理だ。あの車高、俺の首よりも高い。
 運良く窓が閉まってる、なんてご都合主義な展開はないだろうし。どうすれば。
「おにいさん、手を離します!」
 突然、華が俺の手をふりほどき、前に出た。
 考え事をしていたせいで俺のスピードが落ちたのか、と疑ったが、そうじゃなかった。
 華は俺より速く走っている。走り続ける俺の進路に割り込み、リムジンの背中へ一直線に進んでいく。
 ぶつかる! と思った瞬間。

「――ぇ」

 跳んだ。
 スペースの少ないリムジンのトランクの上に着地し、続けてルーフに飛び乗る。
 なんてことするんだ! と、叫びたくなった。
 だって、こんな高そうな、俺じゃあ一生かかっても買えそうにない、それこそ宝くじで夢を叶えなければ
手の届かない車に華の奴は飛び乗ったのだ。
 乗ったということは当然靴で踏んづけている。足蹴にしている。
 気が引けて、同じ行動をとれない。靴跡をつけただけで数十万請求されそうな気がする。
 トランクの手前で足を止めると、上から怒鳴りつけられた。


186:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:33:44 Czr6Onq7
「何ぼけっとしてるんです! 早く!」
「いや、だってこれ」
「いいんですよ! 下にいるこいつらが悪いんですから!」
「そりゃそうだけど、やっぱりどうも―」
「ああ、もう! こんなのただの四輪車じゃないですか!」
 ただの四輪車、て。どう見たって三千万は下らないぞ、この車。
「傷つけられたくなければこんなところで止らなきゃいいんですよ!」
 とか言いながら、持ち上げた右足でルーフを踏みつける。
 踏みつけられてもまぬけな音が鳴らない。冷水を浴びせられたみたいに俺の心が震えた。
「早く乗ってください! これだけやったんだからこれ以上やったって同じですよ!」
 説得になってない! こいつはなんでこんな頭の痛くなることばっかり!
「あー…………」
「早く!」
「くっ……でぇえい!」
 もうヤケだ! 既にかなこさんから逃げてるんだから、塗装費の請求からも逃げ切ってやる!

 バンパーに足をかけ、トランクを踏み台にして、ルーフに乗る。車の上に乗ったのは今日が初めてだ。
 ルーフに乗ったと同時に、華はボンネットを踏んづけて地面に降りた。
 俺もそれに続く。結構大胆に着地したつもりだったが、足裏はボンネットの硬質な感覚だけしか覚えない。
 どれだけ堅いんだろうか、とか確かめる間もなく、歩道に着地。
 待ちきれなかったのか、華は俺の手を握って走り出した。
 もつれる足の運びを直しながら、後ろを少しだけ振り返る。
 リムジンは追ってくることもなく、止った場所で佇んでいた。


187:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/20 10:36:18 Czr6Onq7
 国道の前に出て、近くにあったバス停で待っていると、焦る気持ちが進まないうちにバスがやってきた。
 行き先は隣の市になっている。どこでも行き先は構わなかったので、迷わずそれに飛び乗った。
 他に乗客は一人もいない。一番後ろの座席に向かい、倒れ込むように座った。
 左側に華が座る。それを待っていたかのように、バスが動き出した。
 大きく息を吸い、首をうなだれながら吐く。同じ動きを三回繰り返すと、ようやく気持ちが落ち着いた。
「そんなに疲れました?」
「……おー」
「だらしない生活を送っているから、たったあれだけの距離でバテるんですよ。まったく、もう」
「あー、すまん悪かったごめんお前が正しい、だから静かにしてくれ」
 手をひらひらと振って言うと、華は眉根を寄せたが、黙ってくれた。
 今は相手をする気力がない。確かに俺はバテている。それは認めよう。
 だが、その原因は走ったからではなく、追われていて心が焦っていたから。
 もう一つは逃げるためには仕方がないとはいえ、結果的に二人してリムジンを足蹴にしてしまったからだ。
 最高の高級車の塗装代っていくらだろう。全塗装したら百万じゃ足りないよな、間違いなく。
 これで、かなこさんと塗装代の請求、二つから逃げ切らなければいけなくなってしまった。
 どちらに捕まっても俺はとても困る。いや、別々じゃなくて、セットになっているか。
 つまり、もし捕まりでもしたら、とても手の届かない金額の借金を背負い、かなこさんに自分を殺してくれと迫られる。
 金の問題は、地道に返していけばなんとかなる。解決できる類の問題だ。
 しかし、かなこさんを諦めさせることは、時間を置いて解決するようなものじゃない。
 何か、諦めさせることができる材料でもなければ。
 数日のうちは逃げ続けることができるだろうが、いずれかなこさんは強硬手段に出て、俺に手を下させようとするだろう。
 たとえば、香織や華、もしくは俺の家族や知り合いの誰かを人質にとって、殺すことを強要してきたり。
 他にも、いくつか手段はあるはずだ。

 かなこさんを殺す以外で、問題を解決させる方法。
 それを見つけ出さなければいけない。
「……んだけどなあ」
「何か言いました?」
「いや、独り言」
 方法が見つからない。
 このままかなこさんから逃げ続けることなんかできっこないのに。
 もし次に会ったときもまた逃げて、その次も逃げて、その次も……なんていつまでも続けていられない。
 このバスが目的地に着くまでに、いい方法が浮かべばいいんだが。


188:名無しさん@ピンキー
08/01/20 10:37:45 Czr6Onq7
今回はここまでです。

展開が遅くて申し訳ない。

189:名無しさん@ピンキー
08/01/20 11:36:25 tdiuiFSc
>>188
GJ!
華、いいキャラしてるなぁ

190:名無しさん@ピンキー
08/01/20 14:56:29 APk4e+Lm
GJ
華かわいいよ華。
でも悲しいけどこれかなこルートなのよね(´・ω・`)

191:名無しさん@ピンキー
08/01/21 00:44:23 AsZQQZlR
GJ
次回も楽しみにしてます

192:名無しさん@ピンキー
08/01/22 16:31:00 m/kCkc0L
ことのはぐるまキテター。
GJっす。。続きにwktk

193:無形 ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:23:12 WIoPUPLv
新年明けましておめでとうございます
本年も宜しく申し上げます
では、投下します

194:名無しさん@ピンキー
08/01/23 20:39:01 3nTQac9i
支援?

195:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:41:21 WIoPUPLv
朝の通学路。
僕は今、そこを歩いている。
これは僕の意思なのか。
それとも、別の何者かの意思なのか。
実のところ、理解が及んでいない。
無論、学校へ往くと云う目的―或は慣例があり、それに従って行動しているのだから、大元では、僕
の意思であり、決定であると云える。
けれど、と、僕は思う。
こうして歩く。
否。
『歩かされている』ことは、自身の望んだそれではない。
僕の馬手に笑顔で腕を廻す一人の女性。
これは、その人の意思ではないだろうか。
織倉由良。
一昨日までは、尊敬する世話焼きな先輩。
そして、昨日からは、僕の恋人。
僕の弓手には、包帯が巻かれている。
云うまでも無い、従妹によって与えられた『罰』だ。
他方、織倉由良の押手にも、包帯が巻きついている。
それも、僕に与えられた『罰』なのだと云う。
「素直にならず」、「本心を偽った」、「悪い後輩に対する」、「本気の現れ」だと。
僕の腕にしがみ付く織倉先輩の表情は明るい。
道往く人人は、そんな僕らをどんな風に眺めているのだろう。
少なくとも、僕自身は冷ややかだ。
願わくば、今この瞬間が、夢幻であらんことを―

「ねえ、日ノ本くん」
昨日の早朝。
立ち上がった織倉由良は、銀色の金属を片手に笑っていた。
それは折りたたみ式の果物ナイフ。
刃は大きめで、一般のそれよりも若干分厚い。
彼女は刃をむき出しにして、しっかりと柄を握り締めていた。
先輩は笑顔。
華の様な、晴れやかな笑顔。
破顔したまま、僕ににじり寄る。
「・・・先輩・・・?それ、何です、か?」
僕は引きつった顔のまま、銀色の金属を指差す。
この人は、どうしてこんなものを握り締めているのだろう。
どうしてこんな事になっているのだろう。
竦んでしまったのか、上手く身体が動かない。
「これ?これはね、保険」
「ほ、保険?」
「そう、保険。日ノ本くんが素直になってくれなかったときのために、一応持ってるだけだから」
だから気にしないで?
小首を傾げるように笑う。
(そんなこと云われても)
気にならないわけが無い。
「保険って、何の保険ですか・・・?」
声が震えている。
これは本当に自分の声だろうか。
僕が問うと、彼女は奇妙な笑顔のままで、ふふふと笑った。
子供の悪戯を微笑ましく見守る様な、そんな場違いの笑みだった。
「ねえ、日ノ本くん。私、知ってるんだ」
「何を、ですか・・・?」
“銀色”ばかりに目を奪われる。彼女の顔が、よく見えない。
ゆらゆら。
由良由良。
刃物が揺れる。

196:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:43:35 WIoPUPLv
「ふふ・・・」
織倉由良は、声を出して笑ったようだった。
声を出して笑って、それから無造作に僕に抱きついた。
「日ノ本くん、貴方、私のこと、好きでしょう?」
「―は?」
白。
頭の中が、真っ白になる。
“銀色”のことも忘れて僕は呆けた。
片耳は聞こえない。
故に聞き違えたのかも知れぬ、と、そう思った。
それほどまでに彼女の言動は突飛で、この状況には不釣合いだったのだ。
「日ノ本くん、いつも私のこと、見てたでしょう?いつも私のこと、気にしてたでしょう?・・・知っ
てるんだ、そういうの全部。全部知ってるの」
「なに、」
云っているんだ、この人は?
そりゃ今までは、食事を御馳走になるとか、普通の先輩後輩に比べても、仲が良かったけれど。
でも、逆に云えばそれだけだ。
綺麗な人とは思うけれど、この人に懸想したことなど一度も無い。
勿論、誤解させるような言葉も云った事が無いはずだ。どうしてそういう結論になるのだろうか。
なのに、この人は何かを確信しているように、
「そうでしょう?」
等と質して来た。
(違う)
そんな風に思っていはしない。
そう伝えようとして、思い出した。
僕の背中に廻っているこの人の右手には、刃物が握られているのだと。
「・・・・・」
僕は答えに窮する。
何と云えば良いだろうか、思いつきもしない。
時間にして数秒。
僅か数回分の呼吸の間。
けれど彼女は焦れたのか。
「答えて日ノ本くん。素直に云ってくれれば良いのよ?」
耳元に囁かれる声は強い。
(素直に?)
素直になんて、答えられるわけも無い。
「と、兎に角離れて下さい。このままじゃ、答えられないです」
取り敢えず、僕はそう返した。
背中に流れる汗が冷たい。自分の顔は多分に引きつっていただろう。
なのに、この人はどう解釈したのだろうか。
照れたような、奇妙な笑顔で頷いた。
「そうよね。日ノ本くん、奥手だものね。こうしていたら、答え難いかな?」
くすくすと身体を揺らしながら、彼女は距離を戻した。
「・・・・」
僕は彼女の持つ“銀色”に再び目をやって、じりじりと後ずさる。
一先ず答えを先延ばしにした。
けれど、このままではマズイだろう。
僕の背後は出入り口。
いざとなれば―
「駄目よ?」
織倉由良は背後に廻る。
唯一の出入り口。
それを塞がれる。
「ちゃぁあぁんと答えてくれるまで・・・・・、帰してあーげない・・・」
僕の胸中を看破した先輩は、悪戯っぽく笑う。
一寸した悪ふざけみたいに、悪意無く。
だけど、僕には、それが却って怖ろしく感じられた。
『壊れている』

197:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:45:38 WIoPUPLv
織倉由良の反応は、明らかにおかしい。
目の前の人間は、どこか壊れているのではないか。
僕には、そんな風に思えたのだ。
「せ、先輩・・・」
「ん?何、ナニ、なぁに?」
これから確実に訪れる幸福。
それを判りきっていて、尚恍ける様な仕種をする先輩。
この人は。
この人は僕が自分を愛していると“確信”しているのだ。
このすぐ後に、愛の言葉が囁かれるものと決め付けている。
何故そう思えるのか。
それを知る術は無いが、彼女がそう思い込んでいることだけが現実だ。
僕は―
「先輩」
「何かな?」
嘘だけは吐きたくなかった。
だから。
「申し訳ないです」
勢いよく頭を下げる。
「僕は、貴女を異性としては意識していない。素敵な人だとは思うけど、恋愛感情は持ってません」
ついこの間。
実の妹のように思っていたある少女に婚約を持ち掛けられた時と、類似する状況。
“あの時”は片耳を失って尚、思い通りには往かなかったが。
今回はどうなるのだろう。
嫌な予感がする。
僕は拳を握り締め、反応を待った。
「・・・・・」
答えは返ってこない。
腰を折っているので、対象の表情も見えない。
(どうなった・・・?)
恐る恐る顔を上げる。
先輩は。
織倉由良は笑顔を消していた。
「ふぅん?」
けれど意外なことに、そこに怒りは無いようだった。
予測の範囲内。
僕をまじまじと見つめる先輩の表情は、無言のままそう云っていた。
「やっぱり聞いた通りなんだ?」
「え?」
「可哀想・・・」
憐憫の表情で、織倉由良は僕を抱きしめる。
(どういう事だ・・・?)
理解出来ない。
何がどう可哀想だと云うのだろうか。
何が聞いた通りなのだろうか。
「その事も知っているのよ?」
「その事?」
先輩は頷いて抱擁を強める。
「日ノ本くん、昔好きだった娘に、酷い振られ方をしたんでしょう?」
「!!」
―藤夢。
僕の脳裏に泣きながら走り去る女の子の姿が浮かんだ。
あれは、僕にとっての忌むべき記憶。
けれど、気に病んでも仕様の無い昔話。
(いや、それよりも・・・)
「何で先輩が、その事を・・・!」
「私は知ってる」
聞こえる声は片方だけに。

198:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:48:07 WIoPUPLv
「私は、日ノ本くんの事なら、何でも知ってるよ?その事で日ノ本くんが傷ついて、恋愛に臆病になっ
てしまった事も。だから私に想いを打ち明けられないって事も。皆、皆、知っているの」
何を云っている?
藤夢の事は、確かに辛かったけど、それで恋に引け目を感じたことは無い。
どうしてそうなる?
どうしてそう思う?
どうして僕の過去を知っている?
どうして。
「でも安心して?私だけは日ノ本くんを裏切らない。傷つけない。ずっと傍で護ってあげる。だから、
素直になって良いのよ?」
「ち、違う・・・」
僕は首を振る。
「あの娘の事は関係なくて・・・。僕は、先輩を恋愛対象としては、」
「見せてあげる」
織倉由良は言葉を遮った。
そして、自らの左手に、肉厚のナイフを寄せ、
「私は、貴方のために、命だって掛けられる」
呆然とする僕の目の前で、織倉由良は刃物を引いたのだ。
飛び散るのは、赤。
生命の赤。
先輩の、命。
「う、うわあああああああああああ!!!!!」
僕は叫ぶ。
「せ、先輩!!何してるんですか!!!!」
「どう?信じて貰える?」
彼女は微笑む。
僕には意味がわからない。
何をやっている。
何でこうなるんだ!?
「ほら、素直になって?云って良いのよ?私のこと、好きだって。付き合って欲しいって」
どくどく。
ドクドク。
生命が流れて往く。
「せ、先輩!手!手、押さえて!!」
「駄目よ!」
慌てて近づく僕を突き飛ばす。
僕の顔に。
先輩の制服に。
部屋の壁に。
和室の畳に。
生命が、飛び散った。
「云ったでしょう?命を掛けられるって。日ノ本くんが素直になれないうちは、治療なんてしない」
素直って、こんな時まで・・・・!
状況がわかっていないのか!?
「まだ素直になれない?それなら・・・」
赤く染まった金属が、自身の首へと移動して往く。
動きに躊躇が無い。
それは、『結末』が確定すると云う事。
駄目だ。
この人は本気だ。
壊れている。
壊れたままで、本気で命を掛けてしまう!
「先輩!やめて下さい!!」
僕は彼女の腕を強引に押さえ込む。
彼女は激しく暴れて、傷口は益益開いて往った。
僕の服に滴った血液が、じくじくと染み込んで往く。
「離して!離して!!私は日ノ本くんのためだったら命だって掛けられる!それを証明するの!!だか
ら離して!!!!!」

199:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:50:53 WIoPUPLv
「離せるわけ無いでしょう!!死ぬ気ですか!?」
「離して!離しなさい!!」
「だから、先輩、落ち着いて下さい!!」
「落ち着いてる!私は落ち着いてる!!落ち着いているから、こうしているの!日ノ本くんのために、
本気の証明をしてあげるの!私のこと、好きだって云える様にしてあげるの!!!!!」
駄目だ。
話が繋がっていない。
死んでしまう。
こんなくだらない、訳の判らない事で。
この人は死んでしまう。
「わ、わかりました!!」
叫んだ。
彼女を止めるために、僕は力の限り大きな声で叫んでいた。
「ぼ、僕は、」
他に選択肢が無いのだから。
「僕は先輩を・・・・・愛しています!」
紡がれた言葉は全くの偽り。
その場逃れの為の方便。
自分を曲げた事に対する慙愧の念が渦巻いた。
それは多分、一人の人間をこの世に繋ぎ止める為に、より深みに嵌る行為。
暗く澱み、捩れた洞窟の奥底へ入り込むことと同義。
目の前には、真っ赤な笑顔がある。
酷く歪な、狂気と安堵を混合した緩い口元。
「あは・・・」
そこから、弛緩した空気が漏れて往く。
「やっと素直になってくれたね、日ノ本くん」

そして。
僕の腕には蕩けた笑顔の織倉由良が纏わり付いている。
傷を考えると登校なんて出来ないだろうに、それでも包帯を巻いた彼女は遣って来た。
「日ノ本くん、一緒に学校へ往きましょう?」
そう云った彼女の笑顔は、以前見た、平常なそれであった。
先の事象を忘れさせるような、いつもの笑顔。
だけど僕は知っていた。
彼女の持ち物の中に、昨日のナイフがあることを。
それは即ち、何時でも“あれ”が起こり得る事を示唆しているのだ。
今僕に絡み付いている先輩の腕は、きっと物質的なものだけでない、別の次元で僕を捕らえているのだ
ろう。
『離れれば、死ぬ』
暗にそう宣言されているように感じた。
だから、僕は気が重い。
この人自体の状況は勿論、今この状態を従妹が知ったらどうなるのだろう。
あの美しい鶯は、先輩と僕を是とするだろうか。
彼女の父。
楢柴文人は、あの婚約は破棄して良いと云ってくれた。
けれど、綾緒がそれを承諾するとは思えない。
宙ぶらりん。
否。
左右から身体を引っ張られ、宙に浮いているような状態だ。
どちらかの手が離れるにせよ、残っているのは“落下”だけではないだろうか。
そしてこの先、かなりの確率で“それ”は起こるだろう。
そうなる前に・・・この身体に命綱を巻いてくれる人間でもいれば良いのだが―

――――――――――――――――――

200:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:52:57 WIoPUPLv
楢柴綾緒が楢柴文人に呼ばれたのは、その日の内の事である。
従兄―日ノ本創が病院を抜け出したその日。
名閥の総帥が自ら彼に謝罪に赴いた、数刻の後の話。
家の者に娘の健康状況を聞き、問題無しと判断した文人は、我が子を一室に通させた。

「とうさま、この忙しい最中、どの様な御話でしょうか?事業の方も佳境であると聞き及んでおりまし
たが、会社を空けて大丈夫なのでしょうか?」
「・・・・」
彼は答えない。
拱手したまま、じっと娘を見つめている。
顔色はそう悪くない。
表情もいつものそれだ。
血液の交換等と云う狂行を引き起こしたとは、とても思われない程に。
けれど文人は顔を引き締める。
外貌や雰囲気だけで他者を判断する愚者では、名閥の長は務まらない。
対する娘は、実父の表情から、重い真剣な話であると読み取り、脳内を切り替える。それでも彼女の
口元は、穏やかな薄笑みを浮かべているのだが。
「綾緒」
「はい」
重厚な声と、涼やかな返答。
鋭い瞳と、柔らかな笑顔。
それらが交叉した後、文人はゆっくりと口を開く。
「病院から連絡があった」
「病院?とうさま、何処か御身体を壊して御出でですか?」
「韜晦は無用だ。お前が創くんにした事―その一部始終を聞いたと云ったのだ」
「さて・・・」
綾緒は首を傾げる。
穏やかな笑みは、酷く妖艶に。
それは、人ではなく、妖しの者の気配であるように彼は感じた。
「わたくしが創さまに為した行為が、とうさまにどのような関係がありますか?」
「私は楢柴の総帥だ」
「存じております」
「なれば―家中の者の愚行は見逃せん」
彼の瞳は強い。
並の人間ならば、竦みあがる程に。
けれどその娘は、柳に風と受け流す。
「愚行、で御座いますか。それはどれを指しているのでしょうか?」
「莫迦者っ!!!」
獅子が吼える様に。
彼の一喝は空気を振動させる。しかし、娘に動じた様子は見られない。
「とうさま、何故その様に声を荒げるのですか。わたくしにも判るように御話下さいませ」
「お前は自分の仕出かした事の是非も判らんのか!?」
「判っているから―判っているから、質しているのです。わたくしにとって、創さまは総てです。命
よりも、楢柴の名よりも大切な御方です。その様な御方に、わたくしが無礼を働くでしょうか?」
「では問う。血液を無理矢理に取り替える。その様なことが、許されると思っているのか」
「許し?」
ふっと、綾緒は笑う。
「わたくしと創さまの間に起きた事に、何故余人の許しが必要でありましょう?創さまに流れる薄汚い
血を清算し、雑種の頸木からあの方を開放したことは、わたくしの人生の中でも屈指の善事であったと
自惚れております。その件に関しては、たとえ楢柴の長と云えども踏み入れぬ領域の話。とうさまと云
えど、立ち入って良い事ではありません」
「その様な一方的な思い込みで他者を傷つけるな!!」
「思い込み?」
綾緒の表情が消える。
何も無いのに、何処か冷たい。
そんな顔に。
「“外様”の貴方がなにを仰るのですか?創さまは一言でも、不愉快であると、苦痛であると云いまし
たか?云っていないでしょう。あの方も綾緒の行為を喜んでおられるのですから」
「そう云い切るのであれば、お前には彼の妻になる資格は無い。慕っているならばこそ、その顔で、そ
の立ち居振る舞いで、胸中を察してやるべきであろうが」

201:ほトトギす ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:55:07 WIoPUPLv
「察しているからこそ、ああしたのです。血抜きはそれなりに苦しいのですよ?奉仕と喜びがあるから
こそ、艱難辛苦に耐えることが出来るのです」
「・・・・」
誇りに満ちた表情で云い切る娘を見て、楢柴文人は眉を顰める。
(話にならん)
ここまでとは。
ここまで歪んでいるとは、思いもしなかったのだ。
「・・・綾緒」
「はい」
「お前と創くんとの婚約は無かったことにする。その事は、彼にも伝えてある」
「―」
無。
今度は、冷たさも無い、完全な無。
突然の出来事に、綾緒は呆然とする。
「これは楢柴の総帥としての決定だ、そして、お前には謹慎を命ずる」
「・・・・・」
「本来なら、お前を引き摺ってでも彼の元に連れて往き謝罪させるべきなのだろうが、お前が自らの過
ちを認識していない状態では、謝らせる意味も無い。暫く頭を冷やせ。良いな」
これ以上言葉を交わすことは無意味。
説得も箴言も無用。
そう判断した文人は、娘に一瞥もくれずに退室して往く。
一人残された綾緒は、理解の及ばぬ状況に心がついて往かず、反駁も疑問も口に出せなかった。
何故、愛しい兄の為に行動した自分が叱責されるのか。
何故、愛しい兄への想いを説明した途端にこうなるのか。
父親が諧謔を好まぬ人間だとは知っている。
だからこそ、降って沸いた婚約の解消に呆然とする。
その決定が覆らないことを知っているから。
あの人は何故、急に婚約破棄をさせるのか。
愛しているから、尽くしたい。
愛しているから、料理をしてあげたい。
愛しているから、掃除をしてあげたい。
愛しているから、洗濯をしてあげたい。
愛しているから、ひとつになりたい。
愛しているから、不安や不満を解消してあげたい。
あれは。
血の交換は。
将来、一定以上の血統を持つ人間と交わる時に、引け目を感じないようにと考えた結果だ。
契って後、子を為した時、その子に血統を誇って貰うためでもある。
つまり、奉仕の一部でしかないのだ。
食事を作り、清掃をする。
それらとなんら変わらない“御世話”の一環なのだ。
何故それが理解できないのだろう?
父は今まで、自分を良く出来た女と評価していたはずだ。
それは、喩えるならば、料理で尽くす事を褒めておいて、掃除でも尽くしたら途端に“悪”と罵られる
ようなものだ。
何でそうなるのだろう。
綾緒には判らなかった。
その中で一つだけ理解できたこと―
それを彼女は口にする。

「・・・・とうさま、貴方は、綾緒の“敵”なのですね―」

――――――――――――――――――

202:無形 ◆UHh3YBA8aM
08/01/23 20:57:17 WIoPUPLv
投下、ここで止めておきます
「書き込みました」と出るのに反映されないとは、一体何故・・・?
次回は3月予定です
では、また

203:名無しさん@ピンキー
08/01/23 20:58:36 aGmTpRxS
ぐっじょぶ

204:名無しさん@ピンキー
08/01/23 21:03:05 E4ZcE+pv
くっそ、リアル投下見てたのに一番槍とられた!
しかしいよいよ話が血生臭くなってきました。
日ノ本クンもいい加減攻撃する覚悟決めないと死んじゃうよw
次回は三月ですか。楽しみにしてます。GJでした。

205:名無しさん@ピンキー
08/01/23 21:15:41 7WSLsvKk
お父さん逃げてえぇぇッ!!

206:名無しさん@ピンキー
08/01/23 21:28:03 W/ERc/Dj
GJです。

二人とも怖いよ……。お父さん、やっぱりダメっぽいか……。
次回も楽しみにしてます。
乙でした。

207:名無しさん@ピンキー
08/01/23 21:31:36 cSmytw3q
>>202
GJ!オラ、ワクワクしてきたぞ

208:名無しさん@ピンキー
08/01/23 23:20:50 ATngRAzz
>>202
あけおめことよろ。
そして先輩も従妹も二人とも怖いよ可愛いよ

209:名無しさん@ピンキー
08/01/24 03:28:34 TSgfRSKY


210:名無しさん@ピンキー
08/01/24 19:28:49 Pcuy+ZHk
>>172
誰が上手いこと言えとwww

211:名無しさん@ピンキー
08/01/24 19:45:41 u+QXPY0C
…………………?

212:名無しさん@ピンキー
08/01/24 21:37:29 EQcD2ZX7
何が上手いのか全く分からない件

213:名無しさん@ピンキー
08/01/24 21:49:20 Aqopv6G9
「惨事」と「三次」を掛けたから……?

214:名無しさん@ピンキー
08/01/24 21:49:56 EPp+R9G5
草生やしてるしただの厨房だろ

215:名無しさん@ピンキー
08/01/25 01:44:01 QztKiKiR
ことのはぐるまに続きほトトギすまで見れるとは、ありがたやありがたや

とりあえず、一話の
鳴かぬなら 死んでしまおう ホトトギス

鳴かぬなら 哭(な)かせてしまおう ホトトギス
がそれぞれ何に対応しているのかが、ついにはっきり分かって幸せです。
この手のつきあってくれないなら死ぬ系のキャラは主人公や恋敵を殺すタイプより実は好みなので、先輩株が急上昇しました。
そしてあの歌は元ネタの段階では三種あったわけだから、一ツ橋もさらに絡んでくれる可能性が高いのでさらに先が楽しみに。
とりあえず、三月を楽しみに待ち続けます

216:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 13:50:57 New87wiq
合わせ鏡です。投下します。

217:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 13:51:21 New87wiq
合わせ鏡は、悪魔を呼ぶことができる魔術だという。
ならば、その鏡を割ってしまえばいい。


現れた瑞希は、私と同じ服を着ていた。こげ茶のタートルネックのワンピース。オフホワイトの
ショール。
違うのは、胸元にブローチをしているかどうかだけだ。
私のしているのは、安物の、薔薇が籠に入ったデザインのブローチ。
高校生のこーたが、誕生日にくれたプレゼント。
……そう、私達の違いなど、このブローチぐらいなのだ。

「水樹」
不思議なことに、瑞希の顔には憎しみも狂気も見出せなかった。
ただ、一仕事終えた後の疲れだけがあった。
「瑞希」
お互いの名前を呼んで、それで全てが終わる。会話などなくとも、これからすべきことをお互いに
わかっている。
「水樹、ごめんね」
ほんのすこし、悲しげに眉根を寄せ、瑞希は手鞄から包丁を取り出した。私に向かって構えたまま
手鞄をそっと地面に置く。
瑞希は、私を殺さなくてはならない。きっと、彼女はそれを望んだわけではないのだろう。
彼女は私と換りたかったけれども、私自身を殺すことを望んだわけではない。
しかし、今の状況では、私を殺さないと私に換れない。だから、仕方なく決断したのだろう。
私は、その決断を憎んだりはしない。
それに、私と瑞希は同じなのだから、瑞希が私を殺しても、どうせ、自殺にしかならない。
罪になるほうがおかしいのだ。
そして、それは、逆も、同じ、だから。


218:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 13:52:21 New87wiq
ゆっくりと退る。瑞希が、じりじりと私に迫る。
さらに退る。屋上の端、金網を背にして、追い詰められるように、退る。
さっき、瑞希が来る前にした細工が、うまくいってくれるといいけど。
願いながら、足を止める。ゆるく、手を広げた。

それが合図のように、瑞希は走り、包丁を突き出した。
一息で息の根を止められても困るので、その手を掴む。この行動は瑞希も織り込み済みだろう。
そもそも、瑞希のシナリオは、「包丁を取り出した瑞希ともみ合っているうちに、水樹である
自分が瑞希を誤って刺してしまった」というものなのだろうから。
私は、もみ合いながら、瑞希の背が金網の方を向くように位置を入れ替えて。


……そのまま瑞希を抱き寄せた。
ナイフが刺さる。熱くて何かが流れ出る感覚。痛みは、既にどうでもよくなっていた。
瑞希の目に私が映っている、その目には、きっと瑞希が映り、その瑞希には私が映っているの
だろう。
どこまでも、どこまでも、理論上は有限だけど、私達には無限に見える、合わせ鏡のように。


219:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 13:53:56 New87wiq
ねえ、瑞希。
私はあなたと自分が違うと思っていた。
鏡に映った自分の影のように、右と左が逆なのだと。
でも、それは違った。
合わせ鏡の中で、無限に続く自分のように、右も左も私もあなたも同じなのだ。
瑞希が自分とこーたを阻む者を排除したように、私もそれを望んでしまった。
こーたが、一度、私を異性として好きだと思ったならば、もう一度、好きだと思ってくれる
かもしれない。その考えが頭から離れなくなってしまった。
あの夜、奇しくもあなたと同じことを考えていた。私は一晩中、伯父さんと伯母さんを殺す
方法を考えていたのだ。
だから、伯父さんと伯母さんが死んだ時に私が抱いた感覚は、歓喜だった。あれだけ恩を
受けた人が死んだと言うのに、まず私の頭に浮かんだのは、これで私とこーたの真実を知る
者がいなくなったという事実だった。こーたの悲しみさえ、思いやれなかった。
それに、私は涙した。もう、こーたのことではなく、自分のことしか考えられなくなった
自分を知ったから。
きっと私はもう、姉には戻れない。こーたが他の人と恋をすることも、結婚することも、父親
になることも、望めない。相手を追いやって、壊して……消して、しまいたいと願っている。
そしてきっと、最後にはこーたを傷つける。
ならば、できることは一つ。


220:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 13:54:36 New87wiq
一瞬、彼女は私の行動が理解できなかったのだろう。瑞希の目が大きく見開かれる。
顔が強張り、体が硬直した。
その一瞬だけで、私には足りた。
瑞希を引き寄せ、そのままぐるりと廻って、瑞希の背中を、屋上を覆う金網に渾身の力を
込めて叩きつける。
金網は、二人分の体重を受けてゆっくりとかしぎ、形だけ留まっていたボルトが、コトン、
コトン、と小さな音と共に落ちた。
瑞希は私を突き放そうとあがく。でも、私は、全身の力を振り絞って、彼女を押し続けた。
ナイフが瑞希の体に押されて、さらに深くささるのがわかる。温かい液体が、次から次へと
溢れていく。それでも、私は瑞希を押し続けた。
前は負けたけど、今度は、負けるわけにはいかない。
大きな音がして、金網が外れた。瑞希の片足が、ビルの縁から外れる。
きっと、次の瞬間には、私達は空中へと投げ出される。
私は今、どんな顔をしているのだろう。


ああ、これで、全てが終わる。
こーたを傷つける者から、こーたを守ってあげるのが、姉として、最後にできること。
そう、瑞希と……水樹から。


だから、さよなら。


221:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 13:55:26 New87wiq
前回、水樹の幸せを願ってくれたみなさん、ありがとうございました。
多分後一回+エピローグでAルートは終わりです。

222:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/25 14:00:46 New87wiq
間違い発見。
>>220の上から4行目、「ぐるりと廻って、」を消してください。このままだと
一回転したことになってしまう。ダンスみたいだ。ごめんなさい。

223:名無しさん@ピンキー
08/01/25 14:02:16 440JnFGW
>>221
いやぁ――っ!!さよならなんかしないで!
GJっす

224:名無しさん@ピンキー
08/01/25 14:06:44 e6gKVkzL
>>221
感動した!
でもお姉ちゃんが……°・(ノД`)・°・

225:名無しさん@ピンキー
08/01/26 05:08:27 Jgdgkibu


226:名無しさん@ピンキー
08/01/26 05:09:16 Jgdgkibu


227:名無しさん@ピンキー
08/01/26 21:34:38 ReG8Srfw
久しぶりに見に来たんだが、首吊りとかドラゴン何とかって完結した?
ロボが大晦日に某スレで投下したのは知ってるが、どこでも富樫病?みたいになってるし

228:名無しさん@ピンキー
08/01/26 21:37:02 JcLF88Rd
ヤンデレ一家の続きはまだかのう婆さんや

229:名無しさん@ピンキー
08/01/26 22:32:29 Hj7qN/wD
未完の名作より
完結している普通の作品の方が面白い

完結にはこれだけの差があると常々思ってる
作者様達にはどんなに時間を掛けてでもいいから完結させてほしいものだ
我々はいつまでも待ち続けている

230:名無しさん@ピンキー
08/01/26 23:23:32 kLy+rv84
うだうだ言わず待ちなよ

そこまで言うなら自分で書いてみたら?

231:名無しさん@ピンキー
08/01/27 01:45:28 Wh1KG5eS
>>230
完結できてない作品の続きを?
作者様が許可すれば書くよ。

232:名無しさん@ピンキー
08/01/27 02:07:45 Z6YyIw8I
「夫が隣りに住んでいます」
ってのがかなり俺好みだったんだが…

作者さん続き書いて下さいお願いします><

233:名無しさん@ピンキー
08/01/27 02:28:22 g6mlJtha
作者さんにも色々事情があるだろうし、プレッシャーにもなるからクレクレはやめとこうや

234:名無しさん@ピンキー
08/01/27 07:27:08 eX5wajti


235:名無しさん@ピンキー
08/01/27 16:27:53 Z6YyIw8I
>>233
だな
スレ汚し申し訳無い…

236:名無しさん@ピンキー
08/01/27 17:32:48 r8UZ+IFY
ヤンドジまだあ?

237:名無しさん@ピンキー
08/01/27 21:05:01 s5X98Hw4
軽いヤンデレssを投下します。
エロは入ってませんのでエロナシが嫌な方はスルー願います。

238:237
08/01/27 21:08:55 s5X98Hw4
 はぁぁ~……切ないですわ。楓はとても切ないのです。
貴方と離れ離れで暮らすなんて、とても切ないのです。
きっと貴方も、切なくて悲しくて……眠れぬ夜を過ごしておいでなのですね?
ですが、もうしばらくお待ちになってくださいませ。
もう少しで私はこの学園を卒業できますわ。
卒業さえ出来れば、誰も貴方と私の関係に文句を言ってくる者はいなくなります。
あぁ……何故私たちは出会ってしまったのでしょう?
何故身を焦がすような恋に落ちてしまったのでしょう?
はぁぁ~……切ないですわぁ。楓はとても切ないんですわ。


「おはようございます、楓お姉さま」
「綾小路さん、いい天気ですね。その髪飾り、とても似合っていますわよ」
「まぁ!ありがとうございます!お姉さまに褒めていただけるなんて、とても嬉しいですわ!」

 リムジンを降りるなり、朝の挨拶をしてくる綾小路さん。
私が来るのを待って、挨拶してくるなんて、毎日毎日律儀な方ですわね。
そんな綾小路さんは、私の褒め言葉に頬を染め、嬉しそうに俯いている。
なるほど。その可愛らしい仕草が、男性陣に大人気なんですわね。
この愛らしい仕草が、あの方のお心を惑わすかもしれませんわね……この女、要注意ですわ。

「伊集院さん、ごきげんよう。いいお天気ですね」
「ホント、いいお天気ですわね、三千院さん。
澄み切った青空を見ていると、心まで晴れやかになりますわね」
「まったくその通りですね。澄んだ空を見ていると、心が洗われるようですね」
 
 眩しそうに空を見つめる三千院さん。
その空を見つめる横顔は、同性である私が見ても、綺麗と思ってしまうほど整っている。
さすがは私と学園の2大美女と並び称されるほどの方ですわ。
ですが……ふん!胸は私の圧勝ですわ!しかし、万が一という事も考えられますわね。
早めに手を打っておくべきかしら?

「では、三千院さん。私、一時限目の準備がありますから失礼しますわ」
「ああ、そういえば伊集院さんは学級委員でしたね?
プリント配りなんて先生がしてくださるのに、わざわざお手伝いするなんて……素晴らしいですね」
「三千院さんに褒めてもらえるなんて、光栄ですわ。では、ごきげんよう」

 ふん!貴女なんかに褒めてもらっても、嬉しくともなんともないですわ!
私が褒めていただきたいのはただ御一人。そう、あのお方だけ……

 あのお方のお役に立てる幸せを感じながら、職員室へと急ぐ。
あのお方は……いましたわ!コピー機でプリントを刷っていらっしゃいますわ!

239:237
08/01/27 21:09:39 s5X98Hw4
「真柴先生、おはようございます。今日もプリント配り、お手伝いしますわ」
「おはよう、伊集院さん。いつも悪いね、助かるよ」

 あぁ……その輝くような笑顔、素敵ですわ。
その笑顔を見るためでしたら、その笑顔を私だけに向けるためなら……なんだってできますわ。

「真柴先生、おはようございます。昨日はどうもご馳走様でした!」

 私と耕一様の至福の一時を邪魔する女が一人。コイツは……確か新任の美術教師でしたわね?

「間宮先生、おはようございます。先生って、歌、上手いんですね、ビックリしましたよ」

 ……歌が上手い?どういうことですの?
まさかこの女……私の耕一様とお出かけしたんですの?

「またまたぁ~。わたし、そんなに上手くないですよ」
「ははは、自分なんかよりも相当上手かったですよ?また行きましょうね」
「もちろん先生の奢りですよね?」
「ええ~!マジですか?じゃあ給料日後にでも行きましょうか?」
「分かりました、給料日後にですね?うふふふ、楽しみにしてますね。では失礼します」

 ……この女、いったいどんな手を使って耕一様を誑かせたんですの?
いけませんわ!耕一様は純粋なお方。
きっとこの女の罠にかかってしまったんですわ!
私の耕一様を罠にかけるなんて……許せませんわ!

「はぁぁ~……間宮先生ってカワイイよなぁ。伊集院もそう思うだろ?」
「そうですわねぇ……でも意外とああいう純情そうな女ほど遊んでいるものですわよ?」
「おいおい、なんかトゲのある言い方だな」
「例えば……複数の男性と性行為を持っていたりとか?」
「お前なぁ……いくらなんでも言いすぎだろ?」

 そうですわ。耕一様に手を出そうとする女なんか、淫乱な女に決まってますわ!
……そう、アイツはきっと淫乱なんですわ。
……そう、毎日毎日男を変えてSEXをしているんですわ。
……そう、だからそのSEX相手に耕一様を狙っているんですわ。
……そう、だから私は耕一様に毒牙がかからないように、あの女の相手を用意しないと。
……そう、耕一様に目が向かないように、もう二度と近づかないように、相手を用意しないと。
…………クフフ、クカカカカカ。そうですわ、さっそく用意しなければいけませんわ。

240:237
08/01/27 21:10:25 s5X98Hw4
「間宮先生、お待ちしておりましたわ。今夜は曇っていて月もなく……男を狩るにはいい夜ですわね」

 仕事も終わり、コンビニ袋を片手に帰ってきたら、マンションの前で話しかけられる。
この制服は……うちの生徒?何故生徒がわたしの部屋を知っているの?

「えっと、あなたは……あ!もしかして伊集院さんでしょ?今朝も職員室で会ったわよね?
伊集院さんがわたしに会いに来るなんて珍しいわね。で、いったいどうしたのかな?
……え?男を狩る?あ、あなた何を言っているの?」

 男を狩る?この子、いったい何を言っているの?

「何を言っているのって……先生は複数の男とSEXをする淫乱な女教師なんでしょう?」

 い、淫乱な教師?この子、いったい何を言っているの?

「ば、バカなこと言わないで!一体誰がそんなことを言っているの!」

 思わず声を荒げて叫んでしまう。
いったい誰がそんな噂を流しているのよ!理事長の耳に入ったら、クビになっちゃうじゃないの!
せっかく決まった職場なんだ、こんな根も葉もない噂でクビになってたまるものですか!

「言いなさい。いったい誰がそんな噂を流しているの?さっさと言うのよ!」
「とぼけても無駄ですわ。私には全て分かっているんですの。
あなたがその汚らしい身体を使って、耕一様を陥れようと考えている事も。
たかが淫乱教師のクセに、耕一様に手を出そうとするなんて……身の程知らずにも程がありますわ」
「はぁぁ?あなたいったい何を言っているの?耕一様って誰よ?」

 耕一様?この子、いったい誰の事を言っているの?
……耕一?そういえば真柴先生の名前って確か……耕一だったわね?

「ま、まさか、あなた真柴先生の事を?」
「私の婚約者に手を出そうとするなんて、とんだ淫乱女ですわね。
耕一様に目が向かないように、私がお相手を用意してさし上げましたわ。感謝しなさいな」

 こ、婚約者?えええ?あのパッとしない真柴先生が?
この日本有数の大金持ちの、伊集院さんの婚約者?ウソでしょ?

「ちょ、ちょっと待ってよ!あなたが真柴先生の婚約者?
ダ、ダメよ!生徒と教師がそんな関係だなんて許されないわ!」
「そう、私たちは許されない、禁断の恋をしているんですの。
ですから耕一様は学園では私に冷たく当るんですの。
一度くらいは愛を囁いて下さってもいいと思うんですけど……お堅い耕一様も素敵ですわ」

 ウソでしょ?なんであんなのが伊集院家の一人娘の婚約者なわけ?

241:237
08/01/27 21:11:07 s5X98Hw4
「私が学園に入学して、そこで耕一様との運命的な出会いをしましたの。
真面目な耕一様、人目を気にしてか、出会ってから一度も愛を囁いてはくれませんの。
あぁ……楓は耕一様の愛の囁きを入学からずっとお待ちしているというのに……辛いですわぁ」

 はぁ?この子、いきなり何を言い出すの?

「今だに一度も手さえ握って下さらない、お堅い耕一様。
私はいつでもいいですのに……教師と生徒という関係が私たちを引き離しているんですわ」
「伊集院さん、あなたが真柴先生と恋愛関係にあることは分かったわ。
でもそれがあたしに何の関係があるの?いったい何しにここに来たの?」

 何なのこの子?頬を染めて惚気だして……これ以上訳のわからない話は聞きたくないわ。

「でも愛というものは、障害があればあるほど燃えるんですわ。
でも私たち二人は障害にも負けず、ゆっくりと愛を育んでいますの。
そう、私たち二人にはどんな大きな障害でさえも、恋の引き立て役にしかなりませんの」

 ダメだ、目がイッてるわ。自分の話に酔っているみたいね。
まさか伊集院さんがこんな危ない子だとは思いもしなかったわ。

「……でもね。私たちの愛の引き立て役といえど、邪魔な物は邪魔なんですわ。
前任の美術教師も、同じく前任の保健医も。
私が生徒であるが為に耕一様と肉体関係を結べないのをいい事に、
身体を使って耕一様を誑かそうなどと……許せませんわ」
「ちょっと待って!何を勘違いしてるか知らないけど、真柴先生とは何の関係もないから。
全部あなたの思い違いよ。わたしをあなたの勝手な思い違いに巻き込まないで!」

 前任の美術教師もってなによ?保健医もっていったい何よ!あなた、その人たちに何をしたのよ!

「少し話しすぎましたわね、先生も体が疼いてたまりませんでしょ?
お相手をたくさん御用意していますので、お部屋の方へ御案内いたしますわ。
白人、黒人、もちろん日本人も御用意していますわ。
道具もバイブやローター。ムチにロウソク、拘束具も準備させてますわ。
淫乱な先生の為に御用意いたしましたので、心ゆくまで御堪能してくださいな」

 わたしの話を無視し続けた伊集院さんは、ニッコリと微笑み、その細い指を鳴らした。
すると、どこからともなく黒いスーツ姿の男達が現れて……

242:237
08/01/27 21:12:16 s5X98Hw4
 はぁぁ~……切ないですわ。楓はとても切ないのです。
貴方と交わる事ができないなんて、とても切ないのです。
きっと貴方も、切なくて悲しくて……眠れぬ夜を過ごしておいでなのですね?
ですが、もうしばらくお待ちになってくださいませ。
その時の為に私は、自分でも触っていませんの。自分で寂しさを慰めたりしていませんの。
私の身体を好きに触れるのは、貴方だけですの。
私の身体全ては貴方の物。唇も、胸も、首筋も、太股も、お尻も……全て貴方の物ですわ。
貴方に抱いてもらうことを、胸を吸われることを、お尻を揉まれることを、激しく貫かれる事を、
毎日毎日貴方に抱かれることを思い、切なさで枕を濡らし、眠れぬ夜を過ごしていますわ。
でも私たちは生徒と教師、禁じられた愛。交わる事は出来ませんわ。
でもあと少し……あと少しで私たちは真の恋人になれるんですわ!
その際には視線でではなく、言葉で愛を囁いてくださいませ。
いつものように目で愛を囁くのではなく、私の耳元で、とろけるような甘い愛を囁いてくださいませ。
愛を囁いてくださるまでは……邪魔なゴミを排除し続けますわ。
そう、媚びるような態度で、貴方に接しているあの女も……


「楓お姉さま、おはようございます」
「ごきげんよう、綾小路さん。その髪飾り、お気に入りのようですわね?
昨日は真柴先生にも褒めてもらってましたわね?先生が褒めるだけあって……とても似合ってますわ」

 ……そう、昨日、あのお方に褒めてもらっていましたわ。
この私でさえ、まだ口に出しては褒めてもらっていないというのに。
クフフ、クカカカカカ……そう、私はまだ褒めてもらえないというのに!

「まあ!楓お姉さまにまた褒めていただけるなんて……とても嬉しいですわ!」
「ウフフフ、そんなに嬉しそうにするなんて……とてもカワイイですわね。
そうですわ、綾小路さんにとても面白いものをお見せしたいんですの。
放課後の御予定、空いていますかしら?
もしよければ、1週間前から飼うようになったペットをお見せしたいんですの。
とても……本当にとてもいい声で泣くんですわよ?」
「ええ?わ、私なんかがお姉さまのお部屋に行ってもよろしいんですの?」
「ええ、是非来て下さいな。もしよろしければお泊りしていただきたいくらいですわ」
「ホ、ホントですか?是非お泊りさせて下さいませ!」
「よかったわぁ~。これであの子も喜びますわ。
新しいペットはとても寂しがりやなんですの。ですから他のオスと一緒に寝させていますの。
一人では寝ることが出来ない寂しがりやさんなので……あなたも一緒に寝てあげてくださいな」

 そう、一緒に寝てあげてくださいな。一晩中ゆっくりと、たっぷりと寝てあげてくださいな。

 クフフ、クカカカカカ……耕一様に近づくゴミは全て捨てますわ。壊しますわ。潰しますわ!
耕一様……今しばらくの御辛抱ですわ。貴方に近づくゴミは全て壊しますわ。
壊し終えるまでの間、辛いでしょうが御辛抱してくださいませ!

 クフフ、クカカカカカ……ゴミはゴミらしく、野良犬にでも犯されなさいな。ねぇ、綾小路さん? 

243:237
08/01/27 21:12:59 s5X98Hw4
以上です。

244:名無しさん@ピンキー
08/01/27 21:37:20 nyg6Dl6/
>>243
GJ!!
これで終わりなのか?
だとしたら、残念だわ。かなり続きが気になっちまうじゃないか・・・

245:名無しさん@ピンキー
08/01/27 21:49:07 2IUm9vQS
>>243GJ!
綾小路さんが楓にという
綾小路⇒楓⇒耕一という構図を思い浮かべた俺は末期

246:名無しさん@ピンキー
08/01/27 23:20:03 M0v0Bhlq
>>243
楓にちょっとワロタw
非道いことをしているし、イっちゃってるんだけど

247:名無しさん@ピンキー
08/01/28 13:36:11 9oYEsTxN
デレ&ヤン の梢っち
URLリンク(www.imgup.org)
なんて素敵な番号

京姐殺戮準備モード描こうとして撃墜
絵ってむずいよね

248:名無しさん@ピンキー
08/01/28 15:01:55 Thf36+Tt
>>247
これは可愛い

249:名無しさん@ピンキー
08/01/28 17:05:06 fi1Foyo1
>>247GJ!
とても可愛らしいがぱっと見てナデシコのルリルリを思い出した俺ガイル

250:名無しさん@ピンキー
08/01/28 20:28:49 cXZq+tb3
>>247 たしかにルリルリだ

251:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:37:31 xf3pEIi4
25話投下します。

252:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:38:58 xf3pEIi4
第二十五話~逃亡不可能~

 腕を組んで窓の外を眺めつつ、思考を巡らせる。
 横にいる華が財布を取り出して、中身を覗いていた。
「バス代、持ってないのか?」
「それぐらい持ってますよ。全部でいくらあるか確認してるだけです」
 華の財布を覗き見る。ほう、千円札が二枚か。なるほど……勝った。
 見えないように手を強く握りしめていると、視線を感じた。
 他に乗客がいない以上、俺に視線を向けることができるのは華しかいない。
「なんだ、その目。ああ、別に哀れんでいるわけじゃないぞ。気を悪くするな」
「言っておきますけど、私はおにいさんよりお金持っているはずですよ。無駄遣いしませんから」
「持ってるって言っても、せいぜい五桁だろ。良くて六桁に届くかどうかって―」
「たしか軽自動車って、新車でも日本円で七桁あれば買えるんでしたよね?」
 なに? 
「だとすると、私は少なくとも三台は買える計算になりますね。それでも結構余りますけど」
 ちょっと待て。
 えーと、七桁というと、一、十、百、千、万、十万……の上だよな?
 そんな馬鹿な話があるか。いくら華がしっかりしているからって、そこまで貯めているはずがない。
「貯金に三をかければ、八桁を軽く越えますね」
「……」
「それで、おにいさんはいかほど?」
「……良くて六桁に届くかどうか、です」
 さっきの台詞にふさわしいのは言っている俺自身だった。
 ここまで自信たっぷりに貯金の話ができるやつなんか見たこと無い。
 どうやら華の資金管理方法は、俺とは大きく違うノウハウであるようだ。
 手持ちは五千円あるけど、今の会話の後では安っぽい金額にしか思えない。

「やっぱり無駄遣いしていたんですね。昔からそうでした、おにいさんは。
 お小遣いをもらうと同時に本屋に行って漫画を大量に買っていました。
 で、いつもいつも私よりお金を持っていませんでした」
「なんでそんなことを覚えてやがる」
「私はおにいさんに毎日会っていたんですよ? それぐらいのことは知っていましたし、
 毎月同じパターンが繰り返されるから、年月が経っても忘れたりできませんよ」
「それならお前だって……」
 華の弱点は料理の腕ぐらいだけど、それ以外となると―何も浮かばないから困る。
「言っておきますけど、今はお金の話をしているんですからね」
 俺の考えまで読んでいるし。
「それで、お前だって、の続きは?」
「……いや、なんでもない」
 こうなっては口ごもるしか俺にできることはない。
 たかがこれだけのやりとりで華にしてやられるなんて、自分が情けなくなってくる。
 ため息だって吐きたくなる。


253:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:40:55 xf3pEIi4
「携帯電話は持っていますか?」
 突然、話の流れを変えられた。
 ジーンズの後ポケットを探ると、四角い物体の感触があった。携帯電話は持っている。
「あるぞ」
「では、財布の中にクレジットカードやキャッシュカード、身分証明書などはあります?」
「いつも入れっぱなしだから今日も入れて……いるな。うん」
「アパートの火の元の管理は?」
「ガスの元栓は閉めてる、暖房器具はハロゲンヒーターだけ、それも電源切ってる」
「なら、大丈夫ですね」
 いきなりそんな台詞で会話を締めくくられた。
 なにが大丈夫なんだ? 持ち物とアパートの心配?
 いったいどんな意図があってであんな質問をしてきたんだ。

「お前、何を考えてる」
「このまま隣町の駅に行って、電車で実家のある町に帰りますから」
「……は」
「このまま行っても大丈夫か心配だったんですよ。
 もし忘れ物をしていたら取りに戻らなきゃいけませんし。
 でも、私は大事なものはほとんど持ち歩いています。
 おにいさんがどうなのかわからなかったので、聞いたんです」
「ちょっと待て。話を勝手に進めるんじゃない」
 片足を座席の上に乗せて、体ごと華に向き合う。
 華は平静な顔つきで、顔を向けているだけ。

「誰が実家に戻るって言った?」
「おにいさんは言っていませんね。でも、私はこのまま戻った方がいいと判断しました」
「なんで」
「わかりませんか? さっきの菊川かなこの様子を見て何も思わなかったんですか?
 あの女、絶対におにいさんを諦めませんよ。きっと自分の望みを叶えるまで追ってきます。
 望み通りにしてあげるのがいいと私は思ったんですけど、おにいさんはそれを止めました。
 ならばどうするべきか? ……他には逃げるしかないじゃないですか」
 こいつ、あっさりと決めつけやがった。
 かなこさんを止める方法が無い、って断定してる。
「私も考えてみたんですよ。なるべく手荒な真似はしたくありませんから。
 あの女を殺さずに止める方法があるはずだ、それは何かないだろうか、って。
 図書館で二人が話をしている間にずっと考えていました。
 その答えを出したうえでとった行動が、あれですよ」
「お前がかなこさんを、……ってか」
「ええ。おにいさんに手を下させるわけにはいきませんから」
「それは、俺だって同じだ。お前にそんな真似をさせるなんて、絶対に」
「もちろんそのことも分かっています。あの女を排除した罪で逮捕されるなんてまっぴら御免です。
 さっきのあれは、あの行動の目的は、力ずくで諦めさせるのが目的でした。
 できるならば意志を折る。それが駄目なら骨を折る。それでも駄目なら感覚を一つ二つ消す。
 殺意がなかったかというと、否定はできません。けど、人生まで終わらせる気はありませんでした」
 そういうことを平然と言うのはどうかとも思うが、たしかにそれも一つの方法ではある。
 強引に諦めさせる、行動できないようにしてしまう、いわゆる暴力的な手段。
 俺も説得して諦めさせるのは無理だと判断していた。
 かなこさんは俺の言葉の真意を誤解して受け取っている。
 でも、できるなら荒いことはしたくない。


254:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:41:55 xf3pEIi4
「本当に……他には一つも浮かばなかったのか? 止める方法」
「無いことは、無いです。あります」
「あるのか?!」
「そもそも、菊川かなこはおにいさんを求めて行動しているわけです。
 ならば、その行動理由が無くなってしまえば?」
 理由?
 かなこさんは俺に接触してくる。俺の居るところにやってくる。手を下させるために。
 そうできないようにするには。やる意味を無くしてしまえばいい。
 やる意味。つまり―俺が居なくなればいい。
「お前……」
 ちょっとだけ華と距離をとる。怖くなったわけじゃなく、半分冗談で。
「やるわけがないでしょう。たとえばの話ですよ」
「……まあ、そうだよな」
「ただ、菊川かなこがおにいさんの存在を確認できないようにする、というのはいいと思いますよ。
 おにいさんを、どんな情報網を辿っても突き止められない場所に連れて行くか、
 この世界のどこにもいないように思わせるか。
 偽装してみます? 法的に死んだように思わせれば、諦めるかもしれませんよ」
「俺が頷くと思うか?」
「いいえ。頷くはずありませんよね。そういう危ない橋を渡るのは、嫌いでしょう?」
「当たり前だろ」
 下手したら罪に問われる。それにそんなことできるほど俺は頭が回らない。
 死んだ人間として振る舞うなんてできるか。

「なら、もう手段はありませんね。行きましょう。実家に」
「なんでお前はそこまで実家に帰りたがるんだ……」
 俺はあんまり帰りたくない。
 両親との仲が悪い訳じゃないが、以前帰ったときに小言の応酬を食らわされたことを思い出したら、
積極的に帰ろうという気は失せてしまう。
「なんだったらおにいさん、私の家に来ますか?
 おじさん達の家に帰りたくないんなら、しばらく泊めてあげますよ」
 ……絶対に嫌だ。
 実家に帰るよりずっと気まずい。なんて言って挨拶すればいいんだ。
 おじさんもおばさんも基本的に温厚な人だけど、
この歳になってから泊まりに来た甥を見て何も思わないはずがない。
 華のことだから恋人がいるなんて言ったことはないだろう。
 ということは、華と一緒に帰ってきた俺との関係を疑う可能性もある。
 誤解とはいえ、親戚にそう思われるのは好ましくない。
「いっそのこと、ずっとうちに住んでくれてもいいんですよ」
「冗談に聞こえないからやめてくれ」


255:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:43:36 xf3pEIi4
 そんなことを話しているうちに、バスが路肩に寄って停車した。
 バスの乗り口は真ん中にあるため、当然のようにそこは開いた。
 が、どういうわけか先頭の降り口の扉までも開いていた。
 このバスに乗っているのは俺と華だけ。他の乗客はいない。
 俺たち二人が降車ボタンを押していない以上、降り口は開かないはずだ。

 なんとなく見つめていると、先頭から誰かが乗車してきた。
 いったいどんな常識知らずの人間だろうか。その人の容姿を観察する。
 頭は白髪のオールバック。
 年齢の重なりを他人に意識させるしわの浮かんだ顔には、力強く開いた目がくっついている。
 着ている服はタキシード。一見して老人には見えないほどの威容を誇っていた。
 背筋はまっすぐに伸びていて、動きの一つ一つに洗練された優雅さがある。
 そこまで考えてから、乗り込んできた人の正体が分かった。
「室田、さん」
「……室田?」
 華のおうむ返しの声が横から聞こえた。
 座ったままでいると、一番前の座席近くにいる室田さんがおじぎをしてきた。
「遠山様、ご無礼をお許しください」
 よく通る声は、何メートル離れていようが耳に入ってきそうだった。
「まことに不躾ではございますが、今から私めがこのバスを運転いたします。
 向かわれるつもりだったところへは行きません。ご了承ください」
 そう言うと、後ろを振り返り、バスの運転手と話し始めた。
 声は聞こえなかったが、一分も話さないうちに運転手が降りていったところから見て、
説得に成功してしまったらしい。

 なんだ、これは。
 室田さんがどうしてここにいて、バスを運転することになっているんだ?
「ちょっと、おにいさん。あのお爺さん何を言ってるんですか? あの人誰です?」
「あの人は、かなこさんの執事だ」
「執事、ってことは……あの女の仲間じゃないですか! まずいです、早く降りないと!」
 そう。室田さんがここにいるということは、とてもまずいこと。
 きっとあんなことをしているのは、本人の意志じゃない。
 誰かに命令されないと室田さんはあんなことをしないはず。
 そして、それが出来る人は、一人だけしかいない。

「降りますよ! 早く!」
 華に手を引かれ、腰を浮かされた。
 華には分かっているのだろう。すでに自分たちが危機的状況に陥っているということが。
 だが、もう遅い。室田さんがここにやってきた時点ですでに遅いのだ。
 俺はあの人―彼女の執念を甘く見ていた。バスに乗るところを、きっと目撃されていたのだ。
 リムジンを飛び越しても、追跡をかわせてはいなかった。
 屋根やボンネットに足跡がついたところで車が行動不能になるわけではない。
 俺たちが乗ったバスを追跡し、しばらく走らせた後でそれを停める。
 車体を使って強引に停めたのではなく、運転手になんらかの手段で連絡を入れてそうしたのだろう。
 どこまで菊川家の力が世間に及んでいるのかは知らないが、こうも簡単に移動中のバスを
止められるということは、俺の想像の範疇に収まらないぐらいに強くはあるようだ。
 なんにせよ、これで俺たちはバスというある意味で密室になっている空間に閉じこめられた。
 このまま走り出せば飛び降りるのも難しくなる。
 昔自転車に乗りながらスクーターに掴まって走り運悪くこけた時の痛みから想像するに、
骨の一本ぐらいは覚悟しなくてはいけない。
 だけど、俺達にはその行動をとることすら許されない。
 なぜなら、たった今乗り口から姿を現した女性がそれを許さないだろうから。


256:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:45:30 xf3pEIi4
 かなこさんは図書館で会ったときの格好のままだった。
 ただし、白いセーターの右腕は図書館で華に倒されていたせいで少しだけ砂が付いていた。
 立っている位置は扉のすぐ近く。まだ扉は開いたままになっているので降りることはできそうだった。
 だけど、かなこさんを前にしてはすんなりいきそうにない。
 華はそれでも立ち止まることなく歩き続けた。
 おそらく強引に突破する気なんだろう。
 かなこさんは避ける気配を見せない。むしろ迎え撃つかのように悠然と立ち尽くしている。
 自然、二人の顔は向き合うことになった。華が口を開く。
「……ここまでやりますか、あなたって人は」
「大したことではありませんわ。
 上の方に一言告げただけのこと。お願いを聞いていただいただけですわ」
「降ろしてくれませんか? これから行かなければいけないところがあるんですよ」
「ならば、一人でお降りください。雄志様にはこれから、わたくしの屋敷へと来ていただきます」
「お断りです。二人で降ります。
 おにいさんはあなたみたいなブルジョワなお嬢様の住む屋敷に上がるのにふさわしい人間じゃありませんので」
 断る理由に俺を使うな。おまけにさりげなく貶すな。
 言っていることは正論だが、だからこそ何も言えなくて、はがゆい。
「それを決めるのはあなたではありません。わたくしです。
 雄志様には屋敷へと来ていただきます。が、一名招かれざる客がいるようです。
 誰のことかお分かりですね? 現大園華」
「あなたの家に行くなんてこっちから御免ですよ。
 いくら頭を下げられたって行きたくなんかありませんね」
「では、即刻このバスから出てお行きなさい」
「だから、おにいさんと一緒じゃないと降りないって言っているでしょう。
 ……本当にイライラしますね、あなたって人は。
 言うことを聞かないんなら、力ずくで押し通しますよ」
 華の両手が拳の形になっている。臨戦態勢だ。
 さっき、図書館ではかなこさんが倒されて、とどめを刺される寸前までになっていた。
 そこから考えても、華の方が荒事に慣れていることが知れる。
 こうなっては、かなこさんの方が不利だ。

 ―と、俺は思っていたのだが、対するかなこさんはたじろぐ様子を見せなかった。
 何か、違和感がある。絶対に無視してはいけない類のものが。
 図書館で会ったときとのかなこさんと、今のかなこさんは同じ人間なのか?
 氷壁を通して見た時みたいに輪郭がはっきりしない、底が知れない。
 短時間でここまで変われるものなのか?
 いや、そうじゃないな。
 きっと、元からかなこさんはこんな雰囲気を持っていたんだ。
 今まではただ抑えていただけで、やろうと思えばいつでも今のような感じになれた。
 それなら、この違和感の原因も説明がつく。
 穏やかな人柄の仮面が外れた、今のかなこさんが本物なんだ。

「物騒な女でございますこと。宜しゅうございますよ。できるのならば」
「……いいでしょう。望み通りにしてあげますよ。
 あなたをそこの扉から叩き落として、ついでに執事の人も同じようにしてやります」
「おい、ちょっと待て」
 華の肩に手を置き呼びかけると、振り向かれずに返事された。
「なんです?」
「やめとけ。無理に戦おうとするな。逃げた方がいい」
「逃げる必要なんかないです。わかりやすく力で教えてあげた方が、この女のためですよ」
「……たぶん、できないぞ」
「はい? 何言ってるんです。見たでしょう、さっきの無様な姿。
 温室育ちの脆弱なお嬢様に何ができるっていうんです」


257:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:47:38 xf3pEIi4
 それが誤解なんだ。
 危険な空気がかなこさんの方向から流れてきているのを感じる。
 豹変した姿を何度か目にしたが、そのいずれよりも危ない。
 体の防衛本能が強く警告してきている。
 図書館で会ったときはそれこそ無防備で、華の言っているように非力な印象だった。
 傷つけまいと、こっちから身を引かねばならないほどだった。
 それが、今はどうだ。
 透明なガラスの細かな破片を混ぜたような空気がかなこさんを覆い、近づけまいとしている。
 一歩動くことさえ慎重になる。
 これはもしや、俺の勘が鋭くなったとか、そういうことなのか?
 それともただの気の迷いなのか?
「すぐに終わらせます。一分じっとしててください」
 華はそう言うと、俺の手をどけて一歩踏み出した。

 その時、不意に襲いかかってきた悪寒が、脳裏にイメージを作り上げた。
 首から血を吹き出して倒れる、華の姿。
 世界が暗くなり、音が消える。目にしているもの以外何も知覚できなくなる。
 吹き出した血が床を濡らし、空中に広がり、俺の顔にかかる。
 青い座席も、縁の汚れた窓も、靴のすり切れた跡の残った床にも。
 悶えているうちに、天井にまで血が飛散した。
 力尽きた体は床に膝をついて前のめりに倒れた。
 うつろな眼差しはまだ信じられないように、右に左に動いていた。
 ほどなくして、その動きも止まる。まぶたがゆっくりと閉じられた。
 その想像を俺は咄嗟に否定した。強く、はっきりと。

 跳ねるように動く。
 コートの背中を引っ掴み、力任せに引っ張った。華の体が勢いよく後退。
 間髪入れず、さっきまで華の首のあった辺りに一本の線が走り、空間を引き裂いた。
 唐突に現れ、華の首を狙って走ったそれは、かなこさんが右手に持っている短刀だった。
 左手には鞘。右手は真横にまっすぐに伸ばした状態だった。
「……避けられてしまいましたか」
 穏やかな声が流れる。少しは残念に思っているのか、かなこさんは眉を伏せていた。
 まだ華は呆然としていて、目をぱちくりさせていた。
 見えていたのだろうか。いや、それ以前に、今の攻撃を予感していたのだろうか。
 もしさっきの閃きが起こらなかったらと思うと……あのイメージ通りになっていた。
 意識を短刀に集中させ、警戒しながら話しかける。
「今、もしかして……」
「お察しの通り、殺すつもりでございました。
 いつまでもその女に目の前でうろうろされては迷惑でございましょう?
 油断して近づいてきたところを、と思っていたのですが、まさか雄志様に阻止されるとは。
 つくづく、運に恵まれておりますわね」
 かなこさんは華を見て、小さく笑った。
 右手で掴んでいたコートの生地が動く。
 華が飛びかかろうとしていることがわかったので、今度はより強い力でコートを引っ張る。
「やめろ、華! 今本当に危なかったんだぞ!」
「わかってますよ、そんなこと!
 ……さっきはただ油断していただけです。今度は隙なんか見せませんから」
 力任せに手を振りほどかれた。
 その時、華は俺の顔を見ていた。後ろにいるかなこさんから目を逸らしていた。
 注意までは逸らしていなかったかもしれないが、その動きは油断や隙と言えるものだった。
 その隙をついて、かなこさんが距離を詰めた。
 警戒を断っていない状態だから気づけた、瞬間の動き。
 体がついていかない。
 短刀が華の心臓めがけて突き進むのが見えていても、それを止めることができなかった。
 刃が、華の体に突き刺さるのが見えた。
 悲鳴が聞こえてくるのを、俺は覚悟した。


258:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:48:49 xf3pEIi4
 しかし、声より先に人を殴る音が聞こえた。目の前では実際に一人が殴られていた。
 殴ったのは華で、殴られたのはかなこさんだった。
 華の胸に短刀は刺さっていなかった。代わりに左肩に深々と、根本まで刃が突き刺さっていた。
 それを信じられない気持ちで見ていると、かなこさんの体が揺れた。
 胴体に華の拳が突き刺さっていた。
 休む暇もなく放たれた追撃をかなこさんは後退して避ける。
 短刀から手を放していなかったので、同時に華の肩から血糊がべったり付いた刃が抜けた。
 華とかなこさんの間を、小さな血の点が連なり結んでいた。
「ち……意外と、深い……」
 華の口から呟きが漏れた。
 着ているものが黒ずくめだから血の色は目立たないが、左手から床へと滴り落ちる紅い血は隠せていない。
 右手はまだ固く握りしめられたままで、構えを解いていなかった。
 かなこさんは唇から垂れる血を確認するかのように、左手の指先を当てた。
「しぶとい女ですわね。どうして今のを避けることができたのでしょう。
 確実に、絶対に仕留められるという確信を持っていたというのに」
「あんまり、私を……舐めないでくださいね。そして、過信もほどほどにするべきですよ。
 ちょっとは刃物の使い方には慣れているみたいですけど、ね」
 苦しそうな表情を浮かべながらも華の口調は変わっていなかった。
 表面を紅く染めた刃が、標的へと向けられる。先にいるのは華。
 構えているのは鋭く目を尖らせたかなこさんだ。
 短刀の刃先から血が落ちる。床に着くとそれは弾けて拡がった。
「二度はありませんわ。次こそは必ずや、心の臓を貫きます」
「ふ……ふふ。次こそは、って言ってる時点で終わりです。
 さっき仕留められなかったのが致命的なミスです。
 次に終わるのは、あなたの方ですよ」
 それは、違う。
 できないんだ。華じゃ、かなこさんを退けることはできない。
 さっきから悪寒が消えない。空気が停滞して凝り固まったみたいに動くのが難しい。
 止めなければ、かなこさんを。守らなければ、華を。
 今やり合えば華が死んでしまうという想像が頭から離れない。
 それはさっき頭に浮かんだものの残滓ではなく、二人を見て冷静に判断して出した答え。
 軽自動車と大型トラックが衝突した結果を浮かべるように、鮮明に画が浮かび上がった。
 俺はそれを否定する。絶対にそんなことにはさせない。
 この状況、扉を開けたまま走り出していない状態のバスで、華を生き残らせるには。
 そして二度と二人を会わせないようにするためには。
 ―ああするしか手はない。


259:ことのはぐるま ◆Z.OmhTbrSo
08/01/28 21:52:30 xf3pEIi4
「覚悟なさい、現大園華。あなたが名前を呼ばれるのは、これが最後になりましょう」
「菊川かなこ。あなたにその役はふさわしくありません。
 今の台詞があなたの遺言です。誰にも伝えません。私はすぐに忘れます。
 惨めに、無念を遺したまま、死になさい」
 かなこさんは短刀を逆手に、華は右手を貫手にして構える。

 緊迫した空気が肌を襲う。
 二人はきっかけを待っていた。すなわち、何かが合図を送り、スイッチを入れることを。
 風の音が強く耳に反響した。
 今日の風は勢いが強く、向かい風が吹いてきたら目を細めなければならないほどだった。
 寒風がバスの中に吹き込んでくる。
 運転席の後ろに貼ってある広告のチラシが浮く。

 ―風が凪ぐ。

 二人のうちどちらかが動くのが、限界まで広がったセンサーで感じ取れた。
 それは走り出すために膝を軽く折り曲げる程度の動きだったろう。
 だが、俺にはそれだけで十分。スイッチは入った。
 二人が動きだすまでの刹那をさらに短く切り取り、初動をとる。
 華の膝裏をつま先で蹴る。そのせいで頭の位置が少し下がった。
 間髪入れず、華の頭上を短刀の一閃が走った。
「えっ?!」
「な、……雄志様?」
 大きく踏み込む。手心を加え、腕を振り切ったかなこさんの腹部を掌底で打つ。後退した。
 打撃のフィードバックを利用し、腰を中心にして上体を跳ね返らせる。
 首を向けるより早く、目だけで華の顔を見る。
 そこには、俺が加勢したことによる喜びではなく、単純な驚きがあらわれていた。
 俺にこんな動きができるなんて、意外だったのだろう。
 だけどできてしまうのだ。
 目的を強く意識して体を動かせば、頭で考えるよりも早く、最適な動きを行える。
 右肘を華の胴体の打ち込む。
 華の体がくの字に折れ、肩に顎が乗った。
 顔から拳一つ分も離れていない場所に、華の横顔があった。
 リボンで一纏めにされた髪の束が、鼻先まで近づいた。
 髪の毛の艶は、いつもとは比べられないほどに無くなっていた。
 昨日からの騒ぎで手入れする暇もなかったのだろう。
 俺と華の二人だけに聞こえる声量で言う。
「悪い、華。こうするしかないんだ。お前を助けるためには」
「そ、んなの……って。おにいさん、の…………ば……か」
 かすれた声で呟き、華は脱力した。


260:名無しさん@ピンキー
08/01/28 21:58:35 xf3pEIi4
25話はここまでです。

261:名無しさん@ピンキー
08/01/28 21:59:32 y4uiG/te
>>260
リアルタイムGJ!!

262:名無しさん@ピンキー
08/01/28 22:00:33 D25BFSzM
リアルタイム投下ktkr
段々おいつめられてく様が良いわぁ。
作者様GJ

263:メディラス ◆IlzOtEH0rY
08/01/28 22:19:25 b+3VEN7m
雛さんが腹ボテにされたと聞いてきました

264:名無しさん@ピンキー
08/01/28 22:35:35 3A66oMyv
>>260
雄志に覚醒の気配、これは楽しみ


265:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:22:41 67i2qe8S
久々に続きかいてみました。


第10章

今日の真紀はいやに積極的だった。
いや積極的なのが悪いんじゃない。それどころかどちらかt・・・
まぁそんなことはどうでもいいんだが、とにかく何かいつもと違った。
「う~ん・・・」
しばらく考えても何も出てこない。
「う~む・・・」
まだでない。
「U-mu・・・・Zzz・・・」
突然ガッという衝撃に目を覚ます。
見ると真紀が呆れ顔で立っていた。その手にはバールのようなものが握られている。
「突然なにしやがりますかね。このしとは」
と当然の抗議の声をあげるのだが
「何しやがりますじゃないわよ。突然うなりだしたかと思ったらいきなり寝てるし!」
とまるで抗議を意に介さず真っ当なことをおっしゃりだす。
その様子はいつもの真紀だった。
とりあえずさっき感じた違和感はただの気のせいだったのかもしれないと一人納得した。
その後は二人で少しのびた蕎麦をすすりつつどうでもいい会話に花を咲かせる。

蕎麦も食べ終わりごろごろしてると台所でお茶を入れている真紀が声をかけてきた。
「そういえば健一さ・・・さっき挨拶に回ったお隣さんって・・・ドンナヒト?」
その声に少しさっき感じた違和感があったが別段気にせず
「ああ・・・なんかいきなり抱きつかれてさ・・・なんだか変な」
ここまで言うといきなり台所で『バキッ!』と何かが折れる音がする。あわてて
「ど・どうしたの真紀さん!?」
と慌てて台所へ向かうとそこには満面の笑みを浮かべた真紀が居た。
ただ、その手には砕けた湯飲み茶碗が握られている。
その様子が妙にシュールすぎて乾いた笑いしか出てこない。

「えぇと・・・マキサ・・ン?」


266:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:23:42 67i2qe8S
とりあえず名前を呼んでみることにした。
いや、決してその満面の笑みの中にドス黒い何かを感じ取ってビビッてる訳じゃない。
うん。
そんな訳じゃない。

「テ、ダイジョウブデスカ・・・?」

決してビビッテいるわけではない。
その目がココではないどこかを見ているように見えても
ボクはそんなよわむしなんかじゃないやい。

・・・

一瞬だが幼児退行していたような気がする。
それも全て気のせいだ。
大丈夫だ俺!COOLにいこうぜ!そんな自分が大好きさ!
とりあえずもう一度真紀のほうを見ると、そこにはやはり満面の笑みの真紀がいた。
手には何も持っては居ない。やはりさっきのは幻覚だったんだ。

「真紀さんどうしたの?さっき凄い音がしたみたいだけど」
と聞くと
「え?そんな音しなかったけど?」
と真顔で返してくる。やはりさっきの出来事は最初から俺の勘違いだったようだ。
やっぱり俺疲れてるのか?
と頭をひねる。その様子を見て真紀も
「どうしたの?ちょっと疲れてるんじゃない?」
心配そうに尋ねてきた。
「うーん・・・そうかも。俺ちょっと先に休んでるよ」
そう返してとりあえず部屋に戻りソファーの肘掛を枕に休むことにした。
しかし今日は色々ありすぎて疲れた。
ただ、魔法使いになる権利を放棄できたことは非常によい出来事だったが・・・。

267:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:24:04 67i2qe8S
・・・ん?
体がスゥスゥするよ?
それになんだかネチャネチャするよ?
・・・
あれ?腕が動かない?
おかしいと思って薄目を開けるとそこには肌色の何かが俺の上に乗っていた。
「ん・・・ん・・・あ・・」
暗い中よく見るとそれは小さく色っぽい声を上げる真紀だった。
「って、ええぇ?何してるの真紀さん?!」
「あっイイ!!そこ!」
駄目だ。コイツ聞いちゃいねぇ。
「真紀さん。ちょっま・・・っ!」
急速に射精感が高まっていく。とりあえず今はこのままで良いかぁ・・・
「来てぇ中に!いっぱいぃぃぃ!」
その声を合図に溜まっていたものが出て行く。
「ああああぁぁぁ・・・・」
出し終わるとそれまで感じていた疑問が一気に湧き上がってきた。
とりあえず手が縛られているみたいだ。そこから聞いてみよう。
「ええと・・・真紀さん?」
声をかけてみるが返事が無い。
ただのしかb・・・
ただ天使の様な安らかな顔で寝ているようだ。
って俺の拘束は放置プレイっすか?!真紀さん?!


268:夫が隣りに住んでいます
08/01/29 01:26:14 67i2qe8S
短くて申し訳ないっす・・・
以上っす。

ヤ○チャ王の続きが出ない。


269:名無しさん@ピンキー
08/01/29 05:25:16 x41+3ksm
>>268
待ってましたあああああぁああ!!!!!!

GJです!続き待ってます!!

270:名無しさん@ピンキー
08/01/29 10:52:44 XaC5MgZI
>>268
未亡人の逆襲が待ち遠しい……てか

>ヤ○チャ王の続きが出ない。

同じ人だったのかw

271:名無しさん@ピンキー
08/01/29 11:04:51 FsAV6YpX
>>268
うん?




おっぉぉおおおおぉおおおお!?
俺も待ってましたぁっぁぁぁぁああああああ!!!!!!

272:名無しさん@ピンキー
08/01/29 18:49:53 JQ4resi3
名作ラッシュktkr!いつも楽しみに読んでますww

273:名無しさん@ピンキー
08/01/29 18:58:19 a1grl/nm
>>268
待ち焦がれた作品がついに来た。
これほど嬉しいことはないだろう。
さぁ諸君、今夜は私のおごりだ!!好きなものを頼みなさい!!

274:名無しさん@ピンキー
08/01/29 20:22:01 RJe3l1qL
>>273課長、ごちになります!

ではヤンデレ先輩の監禁コースとキモウトの秘密の調味料弁当を。
あ、あと生二つ。

275:名無しさん@ピンキー
08/01/29 20:50:48 GZ0DGQGv
そ、そんな……生でだなんて……>>274さんったらもう……

276:名無しさん@ピンキー
08/01/29 21:09:49 OOHwqWLF
>>274
「残念!それはお姉ちゃんのおしっこだ!」

277:名無しさん@ピンキー
08/01/29 21:40:51 gzC0mJSV
>>276
何言ってんだ? 正解じゃないか

278:274
08/01/29 22:24:02 RJe3l1qL
なんとも…
素敵な妄想の人達だw
ちなみに普通のビールのつもりで書いた俺は
まだまだ修行が足りないorz

279:名無しさん@ピンキー
08/01/29 22:27:57 4vvdbSMu
ならオレは搾りたてを熱燗でいただこうか。

280:名無しさん@ピンキー
08/01/30 01:26:42 xRVsK5iO
兄さん、おしっこが泡立つ人は糖尿の恐れがあるそうですよ・・・

281:名無しさん@ピンキー
08/01/30 10:08:43 UwKqFECo
というか空気に触れた尿は雑菌だらけになるから飲むときは
出る場所にじかに口をつけるべきだろ

282:名無しさん@ピンキー
08/01/30 11:27:08 BNl9Ydtf
以下ションベン禁止

283:名無しさん@ピンキー
08/01/30 13:38:19 LO6S3lf0
兄「喉が渇いたなぁ」
妹「兄さん、口を開けてください。はい、もっと。あ~ん…」

ぶちゅうぅ~

兄「…!!!」



こうですか?わ(ry

284:名無しさん@ピンキー
08/01/30 15:14:23 FAgCKwm1
>>283
兄「お腹すいたなぁ」

285:名無しさん@ピンキー
08/01/30 18:49:09 fFagT8nl
⊃「ヤンデレワッフル」

286:名無しさん@ピンキー
08/01/30 19:51:48 LO6S3lf0
>>284
「…弟くん、ハイチュウ欲しい?」

287:名無しさん@ピンキー
08/01/30 21:25:34 4cTGjeHU
>>283
潮吹いて潮を飲ませてる姿を想像した俺は基地害だな。
母乳のみてええ

288:名無しさん@ピンキー
08/01/30 21:52:40 rlNBY8Xr
ほんとにココにはへんたいが多いですね

でもそんなおまえらが大好きだw







…ん?
隣の部屋がやけに静かだな…

289:名無しさん@ピンキー
08/01/30 22:03:38 42dp7sXQ
>>286
「ねえ、ちゃんとお風呂入ってる?」

290:名無しさん@ピンキー
08/01/30 22:08:52 P7mpYR+D
〇〇さんがいけないんですよ、隣に住んでいるのをいいことに、毎朝毎朝>>288さんにちょっかいを出して、いやらしい。
あの人が迷惑がっているってわからなかったんですか?
でも、もう大丈夫。こんな風になっちゃったら、もう何もできないでしょう。
待っていてくださいね>>288さん、今行きますから。
二人で誰にも邪魔されないこの世の天国を作りましょう。

291:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:14:01 iHY9/w9g
合わせ鏡Aルート最後~エンディングまで一気に投下します。
今までありがとうございました。

292:合わせ鏡 ◆GGVULrPJKw
08/01/31 00:14:38 iHY9/w9g
ゆっくりと、世界が傾ぐ。
空が斜めになり、さっきまで地面だったものから離れていく。
私は、瑞希を突き飛ばし、自分も奈落へと落ちる。
そのはずだった。


聞きなれた怒鳴り声が、聞きなれない意味不明な言葉を撒き散らす。
いくつもの足音が怒涛のように迫る。
確かに地面から離れたはずの私の体が、途中で止まった。
意味不明なわめき声が呼んでいたのは、私の名前だったらしいと遅れて気づく。

「重症だ!担架を呼んで来い!」
「手を離すな!」
「限界です!」
「念のため下にマットを用意しろ!」
いくつもの聞きなれないきびきびとした声とバタバタとした足音が、背中の上で交差する。
耳元で、聞きなれた、聞きなれすぎた息音が聞こえる。
「こーた……?」
声を出すと、私の体重を支えている腕が押しつぶしている下胸部と、包丁がささっている腹部が
連動して、凄まじい痛みが私を襲った。全身から脂汗が噴出し、顔が歪む。自分のものではない
ような呻き声が私の喉から漏れた。
「しゃべるな、今、引き……揚げる、から、な……!」
私の背中に押し当てられたぬくもりは、決してもう会うことはないと思っていた、こーたのもの
だった。



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