エロくない作品はこのスレに9at EROPARO
エロくない作品はこのスレに9 - 暇つぶし2ch2:名無しさん@ピンキー
08/01/04 01:33:19 Wnx7zGjD
保守しないうちに落ちたようなので、新スレ立てました。

3:名無しさん@ピンキー
08/01/04 03:04:25 OKhIWxoi
前スレのリンクが切れてるようなので
スレリンク(eroparo板)

今度は落ちないようにしたいですね

4:名無しさん@ピンキー
08/01/04 17:16:24 Wnx7zGjD
>>3
補足ありがとう。
readの前に余計な半角スペースが入ってしまったようで…申し訳ないです。

5:名無しさん@ピンキー
08/01/04 23:55:12 Wnx7zGjD
追加保守


6:名無しさん@ピンキー
08/01/05 02:57:36 MqId3UZa
保守保守

7:名無しさん@ピンキー
08/01/05 16:44:26 Xox0FUMU
即死回避させないとな保守

8:名無しさん@ピンキー
08/01/05 16:47:15 MqId3UZa
保守ネタのひとつも書きたいんだが、あいにく二次の経験しかないもんで……
誰か!誰かぁーーー!!

9:名無しさん@ピンキー
08/01/06 00:53:03 +e3mUcOw
保守

10:名無しさん@ピンキー
08/01/06 18:00:48 +e3mUcOw
保守

11:名無しさん@ピンキー
08/01/06 20:26:44 q37152/6


12:名無しさん@ピンキー
08/01/07 00:32:24 8Z6+1R/s
12だよ

13:名無しさん@ピンキー
08/01/07 01:13:18 K/jB/3vP
13なのだわ

14:名無しさん@ピンキー
08/01/08 00:55:10 qr9ykkvG
去年はクリスマスの話がなかったね。
今年は誰かバレンタインネタを書いてくれるだろうか?

15:名無しさん@ピンキー
08/01/08 18:34:07 mCTf1R5o
保守ついでにノシ

16:名無しさん@ピンキー
08/01/08 21:48:36 FWBpHjdv
どなたか保守ネタ投下予定の方おられませんか?
万一おられないようでしたら、明日ないし明後日に、少し投下させていただきます。
ただ、本来は4月ごろに投下する予定のものでしたので、もしどなたか投下の予定が
あるようでしたら、今回の投下は行いません。

というか、どなたかお願いします。前スレの即死のあと、押っ取り刀で仕上げている
ものですから…

17:名無しさん@ピンキー
08/01/09 00:31:37 KrH2mFAJ
保守です。
職人さん期待してもいいのかな?

18:名無しさん@ピンキー
08/01/09 00:52:51 KB76ucpd
俺、受験が終わって大学決まったら
このスレに投下するんだ…

19:名無しさん@ピンキー
08/01/10 00:39:30 v8vyEJws
保守

20:0-0 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:34:22 2Suw/2dz
 こんにちは、48です。
後ろめたく、なかなか踏み切れなかったのですが、即死回避のため、緊急に投下します。

 まず、あまりにも長く間を空けたことをお詫びします。何年になるのか、自分でも思い出せない
ほどの間を空けてしまいました。おそらく、住人の皆さんも、私がいたころとはだいぶ入れ替わって
いると思いますので、少々の自己紹介をさせていただきます。
 私は、初代スレッドの48より投下を開始したことから、この名前を便宜的に使っています。
長編とそれに付随する短編を投下するパターンが多いですが、実際に完結させた長編は一篇のみ、
書きかけで放置のものが一本あります。今回投下するお話は、完結させた長編の世界を使用しつつ、
書きかけの長編の世界を混ぜ込み、そこに他の作品も叩きこんだ、魔女の大鍋のような代物です。
下敷きにした作品のうち、書きかけの長編については、これを読んでいなくても、十分に今回の
お話を楽しんでいただけると思います。

 完結させた長編「北の鷹匠たちの死」について、おおまかなあらすじは以下のようなものです。
「トム・クランシーの『レッド・ストーム作戦発動』の二次創作で、東西の通常戦争となった
第三次大戦を背景とした話。ノルウェー空軍の戦闘機パイロットであるスーザン・パーカーは、
捕虜になった先で、ソヴィエト空挺軍の大隊長だったセルゲイ・クレトフと恋に落ちた。戦後、
セルゲイは西側に亡命し、スーザンと結婚した」

これだけ知っておいていただければ十分です。必要におうじて作中でも言及しますしね。
しかし、あらすじとしてまとめると現実感皆無なのが悲しいところです。

 他に原作とした作品は以下の2本です。
1. TVアニメ「よみがえる空 -Rescue Wings-」
2. 松村劭『戦術と指揮』 (驚け!)

 なお、主な登場人物と用語は以下のとおりです。
* Q島:架空の島。今回の戦場。
* LQ国:Q島の3分の2を占める国。混乱状態にある。
* L族:LQ国多数派。民族主義過激派が民兵組織(LDF)を結成し、UNQPMFと戦闘中。
* S族:LQ国少数派。L族過激派の弾圧を受け、多数が難民となっている。
* UN-Q-PMF:国連Q島平和創造軍。今回の登場人物の多くが所属する部隊。

* スタイナ・ベルグ:スーザンの上官。ノルウェー空軍准将。
* スーザン・パーカー:戦闘機パイロット。ノルウェー空軍中佐。
* セルゲイ・K・パーカー:スーザンの夫(旧姓クレトフ)。ソヴィエト空挺部隊少佐(退役)。亡命者。
* ロビンソン:パリサーの上官。UNQPMF南部方面司令官。イギリス陸軍准将。
* パリサー:浅網の上官。イギリス陸軍少佐。
* 浅網 渉:特殊部隊隊員。日本海兵隊中尉。
* シャルロット・ゴドウィン:浅網の部下。特殊部隊隊員。イギリス海兵隊2等軍曹。

21:0-1 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:35:16 2Suw/2dz
「目標は撃墜された」


0. 序章

 突然の暴力を前に、彼女の心はほとんど麻痺していた。しかし猛烈な異物感と痛みが、彼女に現実を否応なく
突きつけてくる。彼女の体にのしかかる男は、荒い息を吐きながら、乱暴に腰をうちつけてくる。
そのたびに、臓腑を抉られるような痛みが走った。実際に抉られていると言ってよいのだろう。
 彼女はこの小学校の教師だった。買ったばかりの英語の辞書を取りにきただけ―それが間違いだった。
LDF―L族防衛軍、あらゆる意味で嘘っぱちの名前―の民兵たちが学校に入り込んで、酒を呷っている
のに出くわしてしまったのである。
ただでさえ自制心の薄い連中である。酒が入っていると手のつけようがない。
抵抗は無意味だった。彼女のワンピースはずたずたに引き裂かれて床に散らばっている。
 彼女の喉に一物を押し込み、頭を掴んで無理やりに前後させていた男が呻き、精液を喉の奥に放出した。
その感触に彼女は嘔吐しそうになったが、男は頭を掴んで離さず、それを飲み下させた。
それとほぼ同時に、彼女の腰をわしづかみにして乱暴に抽送していた男も、精液を彼女の胎内に注ぎ込んだ。
気管に入った精液に噎せつつ、彼女が叫んだのは、ただ純粋に絶望のゆえだった。
「助けて! 誰か!」
「誰があんたを助けてくれるっていうんだい、先生? 腰抜けのオランダ人どもか、日本人どもか?」
カラシニコフを抱えた男が嘲るように言った。


 次の瞬間、男の頭から血しぶきが飛んだ。次の言葉を発そうと口を開いた姿勢のままで倒れこんだ。
カラシニコフをもったもう一人の男が後を追うように倒れた。
3人目の男がきりきり舞いをして倒れたとき、ようやく男たちは事態に気づいた。
開け放しの戸口に、黒尽くめの人影が膝立ちしていた。
彼女がそれに気づいた瞬間、彼女に向かってマスをかいていた男が呻いたかと思うと、その頭が爆発した。
血が混じった脳漿が彼女の顔に降った。
「野郎!」
彼女の腰にしがみついていた男が自分の銃に飛びつくのと同時に、野次馬の2人は慌てて銃を構えようとした。
無意味だった。戸口の人影が発砲すると同時に、窓に亡霊のような影が現れ、たて続けに撃った。
彼女の口から一物を引き抜いた男の視線は、戸口と窓の人影の間で揺れ動いた。
「莫迦なマネはよせ」
と戸口の男が警告した。
皮肉にも、その言葉がきっかけとなった。
男の口が大きく開き、絶叫する形になった。
その瞬間、男は二方向から同時に銃撃されて倒れた。一声も発せずじまいだった。
銃声がなかったために、死体が床を打つ音がひときわ大きく響いた。


22:0-2 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:36:00 2Suw/2dz
「クリア!」
「クリア!」
窓と戸口の兵士が素早く周囲を確認し、銃口を天井に向けた。
「メディック、敵、3名射殺!」
「ポイント、敵4名射殺。女性1名を確保。全ての敵性目標を排除した。室内は安全」

 それはもちろん、民兵でもなければ軍の兵士でもなかった。
警官でも治安部隊でもなかったし、国連の兵士とも―たぶん、違う。
警告なしの発砲、容赦なく迅速な動き。断固として正確な殺害。
殺戮の全てが無言でなされたことが、いっそう不気味だった。
静寂のうちに室内に充満する硝煙だけが、銃が使われたことを告げていた。
彼女は無意識のうちに、震える手で胸を覆った。
窓の兵士が窓枠を乗り越えて、彼女のほうに歩いてきた。
「大丈夫?」
なんと、その兵士は女だった。女性兵士は、銃を太腿のホルスターに収めて、無言のままで彼女を抱きしめた。
戸口から新しい男が現れた。
「軍曹、出発の準備だ。長居はできない。
彼女は―」
「はい。我々は遅すぎました」
シャルロット・ゴドウィン2等軍曹は体を離して、答えた。その目に光るものがあるのに、浅網中尉は気づいた。
「そうか―彼女の世話をしてくれ。我々は周縁を警戒する。終わったら呼んでくれ」
「はい、LT。3分ください」
うなずいて、浅網中尉は出て行った。
「さあ、しっかりして。あなたはもう大丈夫よ。連中は私たちが始末したからね」
ゴドウィン軍曹は、彼女を身奇麗にしてやってから、壁に掛けられていた誰かのコートをとって、かけてやった。そして、無反応な彼女の頬を張った。
「しっかりしなさい。泣くのは家に帰ってからにしなさい。奴らの仲間が来ないうちに、家に帰るの」
そして、立ち上がった。
「メディックよりシックス。準備完了」
さっきLTと呼ばれていた男が入ってきた。
「こんばんは、マーム。ひどい夜でしたね。もっと早く来られなくて申し訳ありません」
「あ…あなたは―三鷹大佐の兵隊さんですか?」
「いえ。我々は女王陛下の兵士です。これ以上は申し上げられません」


23:0-3 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:36:45 2Suw/2dz
そして、思い出したように言った。
「ところで最近、難民たちの強制移送が活発になっているようですね。どこに送られているか、何かご存知で
はありませんか?」
「あの―いえ。ただ、ベガ町に大きな収容所があると聞いたことがあります」
「ふむ。それはどのくらい確かでしょうね?」
「私の同期生が、ベガ町から車で20分の村にいるんです。彼女とおととい電話で話したときに聞きました」
「分かりました―どうもありがとう。
本当はお家までお送りしたいところですが、ここで失礼させていただきます。我々にも任務がありますので。
あなたも早くここを離れてください。こいつらの死体が見つかれば、厄介なことになります」
そして彼らは姿を消した。室内にころがる7つの死体さえなければ、悪夢としか思えないような迅速さだった。

 そこから4キロほど離れた山中まで来て、浅網中尉はようやく隊を止めた。
「全ての徴候が、ベガ町を示している…」
そう呟いて、彼は無線機のマイクを口元に持っていった。
思ったとおり、交信の相手は、彼の話が気に入らなかった。
『ビーグル、君は気がふれたのか!?
敵との接触を避けろ、繰り返す、避けろと命じたはずだぞ!』
「奴らは民間人の女性をレイプしている真っ最中だったのだ。何もしないわけにもいかんだろう。
我々は奴らを殲滅した。他の敵には気づかれていない。
もし気づかれても、取り逃がしたオランダ兵の仕業だと思われるだろう。
我々は既に5マイル動いた。
奴らが気づくころには、さらに遠くにいるだろう」
浅網が続けて偵察の成果を報告するあいだに、〈ドグハウス〉は、どうにか自制した。

『まあいい―済んだことを言ってもはじまらないからな。
ただし、カウボーイ気取りはもうごめんだぞ!』
〈ドグハウス〉はそこで深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとした。
『ところで、悪い知らせがある。
 今朝、オランダ大隊が正式に降伏した。保護されていた難民は、全員が過激派に引き渡された模様だ』
これで、バルゴ港方面に展開した国連の部隊は全滅したことになる。
救援に急行する三鷹大佐の日本隊は、はるか100キロの彼方。
浅網たちチーム・ナイフは、敵のどまんなかにとりのこされたのだ。


24:0-4 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:39:00 2Suw/2dz
 そこから200キロほど離れた首都シリウス市に、イギリス軍の現地指揮所はあった。その奥まった一角を
占めるのが、コールサイン〈ドグハウス〉―イギリス軍がこの島に送り込んだ、特殊作戦分遣隊の司令部で
あった。

 その司令室で、パリサー少佐は感情を抑えようとしていた。
「日本人は、冷静沈着で、感情に流されない、とかほざいたのはどこのどいつだ!?」
先月の少佐本人である。
「奴らは、非戦闘員の女性をレイプしていたのです。見過ごすわけにはいかないでしょう。
私でも自制できたか怪しいところです」
「とくにゴドウィン軍曹がいる以上はそうでしょう。女性を実戦部隊に配置することで、この種の弊害が生じる
ことは予測されていました」
「まったく、なぜ別のパトロール隊を送らなかったのだ」
陸軍将校のぼやきに、海兵隊の士官が反論した。
「チーム・ナイフの作戦地域では、日本隊との連携も必要になってきます。我々の手持ちに日本人がいる以上、
彼を指揮官とすることに反対すべき理由はありません―合理的とすら言えます。
また、平和創造のような任務では、女性隊員にしかできないこともあります」
「この件については討議済みだ」
とパリサー少佐が終止符を打った。
「浅網中尉は十分な成果を上げている。彼のような人材を送ってくれた日本海兵隊に感謝しようではないか。
よし、問題は難民たちの行方だ。
チーム・ナイフの偵察は、ベガ町に最終的な移送先があると言っている」
「通信諜報も、それを裏付けています。ここ数週間、ベガ町周辺での交信が活発化しています。
37ミリ機関砲が設置された徴候すらあるのです」
「37ミリ高射砲を装備しているとなると、少なく見積もっても大隊クラスですね」
「ベガ町のオランダ小隊が降伏して一週間たっている。いま配備を増強するのは、明らかに異常だな」
パリサー少佐は腕を組んだ。
「ジェミニ丘陵周辺での航空活動は、国連PMF司令部によって厳しく規制されています。
衛星を使うこともできますが、そうすると、我々の本来の警備区域の偵察に支障が出る恐れがあります」
「よし。チーム・ナイフをベガ町に移動させよう」
 その30分後には、“チーム・ナイフ”の4名の海兵隊員は、荷物をまとめてベガ町へと移動を開始
した。明日の昼ごろには到着できるだろう―敵と遭遇しなければ、の話である。




# プロローグは以上です。引き続き第1章投下に入ります。
# ところでこんなに久しぶりなのにトリップ・キーを覚えてたって、けっこうすごいと思いません?
# せっかく思い出したので、ぜひ活用してください。NG指定とか。

25:1-1 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:40:01 2Suw/2dz
第1章

 この世界の某所に、Q島という島がある(と思っていただきたい)。その大きさは九州と四国を合わせた
程度、熱帯性の気候、島の中央付近から西海岸中央部には豊富な鉱物・石油資源があることが分かっている。
この島はもともと、オランダ人によって発見された。しかしオランダの衰退にともない、フランスの占領下に
入り、以後、1950年代前半まで、その植民地となっていた。
 現在、Q島にはおおよそ3つの民族が住んでいる。
1つめが少数民族のM族。モンゴロイド系で、わずか3%しかいない。Q島にもっとも早く現れた人々で、
三角帆の小舟で大洋を駆け巡った海の民であるが、今では国内での発言力はほとんどない。
2つは、オランダ系入植者を祖にもつS族。Q島住民の25%に過ぎないが、フランス植民地時代には支配層に
あって他の人々を酷使し、現在も経済界の主要なポストはS族の手にある。
3つめが、原住民族のL族。黒人とインディオ系の混血で、Q島住民の70%を占めている多数派である。

 フランスからの独立のときには、これら三民族は一丸となって戦った。
しかし独立後、おきまりの内紛になった。とくにL族とS族の対立は激しく、ついにQ島は分裂した。
S族が多い南部の一部地域は、立憲君主制をとる王国となり、SQ国と呼ばれた。
一方、それ以外の地域は、社会主義をとる社会共和国となり、LQ国と呼ばれた。
このような経緯で、LQ国内では、もともと少なかったS族はさらに少なくなった。

 さて、社会体制からご想像いただけると思うが、LQ国は東側、SQ国は西側の陣営にくわわり、Q島のなか
でも冷戦が戦われた。
それはしばしば熱い戦いとなり、30年あまりの間におよそ二回の戦争と数知れぬ小競り合いが戦われた。
 その間、SQ国は国王であるオリオンQによってすすめられた西側資本の導入によって、経済的には大いに
潤っていた。一方のLQ国は、経済政策の失敗もあって、徐々に苦しい状況に追い込まれていった。
しかしSQ国が優位にあったとはいっても、戦争の決着を一気につけられるほどではなかった。
何より分裂してもう40年、SQ国の本音としては、貧しいLQ国を抱え込みたくなかった。

 20世紀の最後の10年、こう着状態に陥っていたQ島の情勢は変化のときを迎える。
まず、第3次大戦の勃発と終結があった。
この戦争は東側の事実上の敗北に終わり、さらに終戦の5年後にソヴィエト社会主義連邦が崩壊したことで、
冷戦は完全に終結した。
これによって、これまでLQ国にもたらされていたソヴィエトからの援助は打ち切られ、また、彼らの精神的な
支柱も消滅した。
 このときにはSQ国の優位はゆるぎないものになり、一方、LQ国は経済的に行き詰っていた。
LQ国内では失業率が上昇し、社会不安が生まれていた。


26:1-2 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:40:45 2Suw/2dz
 これらの流れから、Q島全体に講和の気運がもたらされ、SQ国優位で、停戦が成立した。
しかし、これで収まらないのがL族右派である。
停戦後に西側から流入した外国資本は、ほとんどがSQ国とのつながりがあるS族に流れた。そして停戦後の
軍縮で、多くの軍人が失職した。もともと軍人の大部分がL族だったこともあり、これらの連中は急速に先鋭化
した。
彼らは、停戦そのものが誤りだったと主張し、政府やS族と激しくやりあった。党派に分かれての支持者どうし
の衝突は、やがて流血の沙汰に発展した。
 イデオロギー対立の影で忘れられていた民族対立が、突如として復活した。
道を歩く人々の視線はわずかに険しく、相手を探るようになり―
 ただ、まだ事態は平穏だった。
L族とS族はこれまでずっとよき隣人で、民族間の結婚も珍しくなかった。
人々は緊張をはらみながらも、表面上は平常どおりに生活を続けていた。

 S族の若者がL族の女性を襲った事件をきっかけに、事態は最悪の方向へと向かってうごきはじめた。
これ自体にはいかなる背景もなかったのだが、L族過激派はこの事件を最大限に活用した。突如として武器が
巷にあふれ、あちこちに民兵集団が雨後のタケノコのように現れた。サッカーのファンクラブがそのまま武装
組織に変じたこともある。若者たちは連れだって「集会」にでかけ、タダの酒と流行のラップ・ミュージックに
酔いながら、ダンスのかわりにカラシニコフ・ライフルの撃ち方を習った。
テレビ局は、S族の人々を公然と『ゴキブリ』と呼び、煽動した。スローガンが町中にあふれた。
あちこちでS族が殴られたり、嫌がらせを受ける事件が相次いだ。殺人や強盗といった重犯罪も数件報告された。
取り締まるべき警察は、混乱し、無力だった。警察内でもL族が多数派だったうえに、内務大臣その人が
L族過激派に同情的とあっては、追求が鈍るのは仕方がない。
通報された「集会」の現場に警官隊が到着したときには、薬莢のひとつも残っていないのがたいていだった。
軍部はもっとひどかった。首脳部はL族によって完全に掌握され、S族の将官たちは次々に解任された。
しかし、こういったことは全て瑣末事だった。
重要なのは、みんなが予感を感じていたことである。何か悪いことが起きようとしている、どこかで起きている
とみんなが思っていた。S族の人々は、逃げ出す用意だけはしつつも、それを信じられずにいた。

 このとき、Q島には戦争の後始末のため、国連の小規模な停戦監視団がいた。
その団長であるカナダ軍のオリバー大佐は、きわめて優秀な軍人であった。
 彼は独自の調査から、ある重要な事実を掴んだ。
「雨後のタケノコのように現れた」民兵組織が、ある一つの意思のもとに動きはじめたのである。
“それ”は「L族防衛軍」、通称LDFを名乗った。公式発表も記者会見もなかったが、その名は徐々に
人々の口にのぼるようになっていき、それと正比例して、重犯罪の発生がどんどん多発していった。


27:1-3 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:41:45 2Suw/2dz
 そして、ついに事件が起きた。高名なS族の与党議員が襲撃され、一家が皆殺しにされたのである。3才の
少女までが、幼児用ベッドの中で首を掻き切られた。L族の使用人たちは、「裏切り者」という札を首にかけ
られて、木から吊るされているところを発見された。飼い犬や水槽の熱帯魚すら例外ではなかった。暗殺隊が
去ったとき、その家には一片の生命も存続を許されなかった。
 この残虐な犯行は、戦争や暴力に慣れたLQ国民をも震撼させた。犯行声明は出されなかったが、巷間、
LDFの噂は恐怖と―もっと重要なことだが、畏怖とともに語られた。

 オリバー大佐はそれら全てを見聞し、ニューヨークに向けて、あらゆる手段をつかって猛烈に訴えはじめた。
その訴えは、国連そのものには見過ごされたが、英仏を初めとするEU諸国には真剣に受け止められた。
 この先年、中央アフリカで大規模な虐殺が発生した。80万人が犠牲となったこの事件で、欧米諸国は事態を
承知しており、惨劇を阻止できる機会もあったのに、それを逸してしまった。
アフリカのスイスといわれた風光明媚な土地で繰り広げられた惨劇―
道端に累々と転がる死体、教会を埋め尽くす白骨などの情景が報じられるとともに、欧米、特にヨーロッパ
では、後悔と自責が広がっていた。
そしてそのときも、オリバーと同じカナダ人の将軍が、全てを予見して警告を発し続けていたのである。
カナダ人の予言―見過ごされようとする惨劇―あのとき、誰かが動いてさえいれば―

 そのさなか、LQ国で惨劇がおきた。
L族過激派の取り締まりをうったえていたデモ隊に、誰かが連射をあびせ、爆弾を投げ込んだのである。
犠牲者は150名を数えた。

 事ここにいたり、国連安保理はついに介入を決定した。
UNQPMF(国連Q島平和創造軍)は、従来のPKOよりも強力な武装と権限をもち、紛争当事者に対して
平和を強制するだけの能力を備えていた。
しかし、その主体となるNATO部隊は、現地の国連特別代表とたびたび衝突し、その連携は必ずしも円滑では
なかった。両者のあいだには温度差があまりに大きく、しかも国連の側には軍事力に頼ることへの根強い抵抗感
があった。
 ところで、NATOと国連がつかみあいになりかねない会議のなかで、仲裁しようとしてあたふたしている
―ちょっと場違いな―人々がいる。
我々になじみの顔だち―黒い髪に茶色の目、目玉焼きに醤油をかける奴ら―要するに、日本人である。

 国連の常任理事国になって有頂天の日本は、何をトチ狂ったのか、UNQPMFへの参加を決定した。
派遣されたのは、完全編成の1個戦闘団(4000名)、そして航空部隊としてヘリ2機+航空機2機である。
このうち、地上部隊は隊長の三鷹大佐の名前を取って“三鷹戦闘団”と通称されており、北西方面司令部の隷下
に入り、その主力部隊となった。
ということで、我らが三鷹戦闘団について見ていくことにしよう。


28:1-4 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:42:15 2Suw/2dz
 三鷹戦闘団の上級司令部はUNQPMF北西方面司令部、その司令官はベルギー軍のゴラール准将である。
准将は優秀な軍人ではあったが、柔軟性に欠けるところがあった。
 北西方面は、北西端にある北西港を中心とした地区と、西部海岸のバルゴ港を中心とした地区、
その間をへだてる山中にあって両者を結んでいる中西部盆地に大別できる。
このうち、北西港地区が、三鷹戦闘団の担当地域である。
中西部盆地にはパキスタン軍の中隊が、バルゴ港地区ではオランダ軍の大隊が守りについた。
 日本では、危険な地域(『戦闘地域』)に自国軍を配することへの反対が強く、これに配慮した配置だった。
北西港は、オランダ系移民がはじめて漂着した場所であり、古くから欧米との交易が盛んで、国際色豊かな
土地柄だった。このため、北西港はS族が市長に選ばれるほどで、情勢は比較的安定していた。
これに対し、それ以外の地域は―はっきり言って、無法地域としか言いようがなかった。
 しかし、この配置が失敗であることは、すぐに分かった。攻撃しにくい地域に配された強力な三鷹戦闘団を
避け、ゲリラたちの攻撃は、パキスタン中隊とオランダ大隊に集中したのである。

 国連の平和維持活動は、受け入れ国の同意がなければ実施できない。つまりLQ国政府は国連を受け入れて
いるわけだが、それに大義名分以上の意味はなかった。
軍部の状況は前に述べたとおりである。過激な民族主義者によって掌握されており、ほとんど過激派民兵と区別
できなかった。治安部隊は装備も兵力も不足で、警察署から見える範囲しか保持できなかった。
悪いことに、Q島の民衆には、植民地時代に植えつけられた白人への反発が根強かった。そのせいで、欧米の
かいらいと信じる国連にはほとんど協力せず、とくにオランダ大隊は反感の海のなかに孤立している状態だっ
た。S族がもともとはオランダ系であることが、事態をさらに悪化させた。

 さらに、自前で重装備を有する三鷹戦闘団とは異なり、ライフルや機関銃などしか持たないオランダ大隊と
パキスタン中隊への火力支援は、完全に航空攻撃―空爆に頼っていた。
しかし、空爆が実施されるには、極めて複雑な過程を経なければならない。
つまり、前線の指揮官が要請し、方面司令部を経由してUNQPMF司令官に伝えられ、シヴィリアンである
国連の特別代表の許可を得たうえで、航空任務部隊に下命されて、実際に戦闘機が発進することになる。
もともと国連は調整機関であって、戦争行為の当事者となるにはあまりに民主的かつ官僚的すぎた。


 4月下旬より、LDFの活動が活発化しはじめた。
中西部盆地のパキスタン中隊は、初めから圧倒的な劣勢に置かれていた。
しかし幸いにも日本隊に近いうえに、地形は錯雑していた。中隊長はこれらの障害を利用して防御しつつ、
日本隊の到着を待つという計画を立てた。万一の際には盆地の東側に引き上げて、盆地を東西に分けて流れる
中川と、盆地中央のマーズ山を利用して、カペラ地区で防御するのである。

 いっぽう、バルゴ港周辺地区はおおむね平野で川もなく、防御に適した障害はほとんどなかった。
オランダ大隊は、地域全体に多数の監視ポストを設置していた。しかし劣勢のなか、これらのポストは徐々に
制圧され、配置されていたオランダ兵は武装解除され、ときには制服まで奪われて、追いかえされた。
こうして、バルゴ港のオランダ大隊は、確実に孤立していった。


29:1-5 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:43:00 2Suw/2dz
 そして5月15日、事態は突然に破局を迎えることになる。
早朝、首相官邸に爆薬を満載したトラックが突入した。爆発は、警備に当たっていたベルギー兵もろともに
首相の五体をふきとばした。
これと同時に、全ての閣僚と連絡が取れなくなった。あるものは自宅で惨殺され、警備の国連兵も同じ運命を
たどった。またあるものは、警備兵の死体を残して姿を消し、のちに過激派民兵とともに現れた。
唯一、法務大臣のみが血路を開いて脱出に成功し、UNQPMFに保護された。しかし、そこにたどりつくまで
に、警備兵は最後のひとりを残して全滅した。
時を同じくして、LQ国全土の主要都市―首都シリウス市、バルゴ港、北西港、北東港で、いっせいに
武装集団が蜂起した。


 シリウス市の蜂起は、首都であるだけに、もっとも大規模だった。
陸軍首都旅団に1万以上の民兵とその数倍の暴徒が加わり、一時は市の中心部を占拠して、国連の司令部から
1キロたらずまで迫った。

 全ての官公庁が占拠され、ラジオの公共放送は沈黙、聞こえてくるのはL族過激派のプロパガンダのみ。
数時間のうちに処刑リストが出回り、あらゆる道にバリケードが築かれ、通る車からS族の人々が引きずりださ
れて殺されていた。若い女は別で、たいていは検問所にいた連中の慰みものにされた。S族は白人系で、性的に
魅力があると見なされていたためである。
 市内各所で殺人事件が多発し、ありとあらゆるところで掠奪が横行し、商店のショーウィンドーはことごとく
叩き割られた。911番はたちまちにパンク状態に陥った。警官を派遣しようにもあまりに現場が多すぎ、また駆
けつけた警官はしばしばリンチされて殺された。
やがて電話が通じなくなり、ついで通信センターそのものが破壊された。

 内務省と市警察本部は、軍のクーデター部隊に攻撃された。警察隊と治安部隊は果敢に抵抗したが、装備と
兵力の差はまったく絶望的だった。国家の治安を担っていた人々は逮捕され、日が昇りきる前に殺された。
警察署は暴徒たちの格好の標的になった。警察署の警官たちは、警察本部との連絡が途絶えたことをいぶかって
いたが、事態を把握する間もなく、襲撃を受けた。
あちこちで火が放たれ、黒煙が空を覆った。銃声と爆音、怒号と悲鳴があちこちで響いた。

 同日正午の時点で、治安部隊の8割がその戦闘力を喪失していた。頑強な一隊がなお抵抗を続けていたが、
他の憲兵は制服を脱ぎ捨てて群集に紛れるか、殺されるか、あるいは積極的に蜂起に加わっていた。外勤の警官
は皆殺しにされ、孤立した警察署が個々に抵抗を続けてはいたが、制圧は時間の問題だった。空軍と海軍の警備
隊は、圧倒的な反乱軍のまえに、日和見を決め込んでいた。
いまやおおっぴらに姿をあらわしたLDFは、ほぼシリウス市全体を掌握したと言ってもよいほどだった。


30:1-6 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:43:46 2Suw/2dz
 しかし、その勢いをもってしても、英軍空挺旅団とグルカ兵が守るUNQPMF司令部には届かなかった。
数回に渡って突撃が繰り返されたが、いずれも、土塁の前にいたずらに死体の山を築いただけに終わった。
 首都警備を担うイギリス軍は、このとき、既に“本気”だった。
事態が治安維持の枠を超えて、戦争行為に発展しつつあることを悟り、そして決意を固めていた。
 市街地でこんな戦闘を繰り広げれば、民間人の巻き添えは避けられない。
普通ならためらうところである。
だが、ここで事態を食い止めなければ、全てはルワンダの再現になってしまう。混乱はLQ国全土に広がり、
続く戦争で多くの人命が失われるだろう。前の戦争が終わるまで40年かかった。今度はどうなるか、想像したく
もない。
それだけは避けなければならなかった。
民間人に犠牲が出ようとも、シリウス市全市が灰燼に帰そうとも…

 このとき、L族過激派は最大の誤りを犯した。
もはや英軍の降伏は目前であると勘違いし、民兵を後方に下げて、軍で攻撃部隊を固めるとともに、民間人を
全員退去させたのである。勝者の余裕のつもりだったようだが、完全に裏目にでることになる。

 夕刻、叛徒は最後の突撃を敢行したが、これまでと同じように、英軍の堅固な防御に直面して先細りした。
しかしこのとき、イギリス軍の側が異なる対応に出た。
 意気阻喪して引き上げる叛徒の背後で、ロビンソン准将の一言が、すべての隊員のイヤーピースから流れた。
それこそが、すべてのイギリス兵が熱望していた命令だった。

 擲弾手がいっせいにグリネードを発砲し、機関銃は長い連射を放った。
軽戦車は照準を微調整し、いっせいに発砲した。76ミリ戦車砲の斉射が轟き、火点となっていた家が丸ごと
吹き飛んだ。
そして、空挺隊員とグルカ兵が土塁を乗り越えた。
 暴徒は肝を潰し、クモの子を散らすように四散した。
民兵と反乱軍は動揺しつつも銃を握りなおし、向き直った。車が引っくり返され、バリケードが作られた。
しかしロビンソン准将は、迅速さこそが全ての鍵であることを知っていた。ここで手こずるわけにはいかない。
 イギリス軍はそのまま、着剣突撃に移った。
軽機関銃チームはすばやく展開し、援護射撃の弾幕を張った。陣地の重機関銃もそれに加わった。
軽戦車は速射に移り、敵の機関銃を陣地ごと吹き飛ばした。
その下を、歩兵が銃剣をきらめかせて疾駆した。吶喊の叫びが響きわたった。


31:1-7 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:44:30 2Suw/2dz
 先頭を走るグルカがククリを抜き、雄叫びとともに跳躍した。
不運な民兵は慌ててカラシニコフを構えようとしたが、それより早くナイフが一閃した。

 叛徒は狼狽した。厳しい規則にがんじがらめの国連部隊しか知らない彼らは、その抑制が解かれたとき、
どれほど危険になりうるかを、まったく分かっていなかった。
 彼らは、ハイテク兵器さえなければ、欧米人などに負けるはずがないと信じていた。
しかし近接戦闘に持ち込まれた今、その自信は完全に崩壊した。
通りでグルカが荒れ狂い、空挺部隊が側面を援護し、警官隊が背後を支えた。
白刃で顔を覆ったグルカ兵が飛びこむごとに、幾人もが血煙とともに斬り倒され、戦列は大きく乱れた。
混乱に陥った民兵が不用意に発砲し、同士討ちが相次いだ。
空挺部隊は銃剣を振るい、家々を制圧した。軽機関銃チームは着実に前進し、援護射撃はさらに苛烈になった。
警官隊は矢継ぎ早に催涙弾を発砲し、白煙が路上にたなびいた。軽戦車も陣地を出て、援護した。

 交戦はあっという間に終わった。
算を乱した反乱軍はたちまちに敗走し、イギリス軍がそれを追撃した。
治安部隊も攻勢に転じ、孤立した各警察署は次々に解放された。
さらに、英海兵隊1個コマンドーまでが戦闘に参加するに及んで、形勢は完全に逆転した。
夕方までには、市内は完全にUNQPMFの制圧下に復した。
暴徒は散り散りになり、反乱軍は北部の山岳地帯に逃げ込んだ。


 イギリス隊が全面的な武力行使に踏み切る一方で、できるだけ戦闘を避けようとしたのが、北西港の日本隊
だった。これは、軍隊がとくに肩身の狭い日本ならではの事情もあったが、それを許す背景もあった。
 北西港の治安がかなり安定していたことは上述したとおりである。住民にはS族が多く、またL族のなかで
も穏健派が圧倒的多数だった。
また、日本はこれまでQ島とまったくかかわったことがなく、きわめて中立に近かった。しかも、日本隊の
指揮官である三鷹大佐は、軍人として有能であるのみならず、調整の才もあったうえに、Q島の文化にも精通
していた。調停者として、これ以上に適切な人も少ない。
 このため、S族とL族は、LQ国のほかの地域とは異なり、まったく平和的に共存しており、治安部隊も、
日本隊との協力のもとでじゅうぶんに活動できていた。日本隊と地元住民との関係も良好で、S族とL族が
合同で組織した自警団までがあるほどだった。
 他の都市に合わせて蜂起したL族過激派は、市内各所で孤立した。最初の爆弾テロで日本隊に損害を与える
ことには成功したものの、逆上して見境がなくなるはずの日本兵は完全に統制を保ち、呼応して蜂起してくれる
はずの暴徒の姿はどこにも見当たらなかった。そのかわりに現れたのは、警棒をふりかざす治安部隊と、威圧す
るように機関砲を向けてくる日本のコブラ・ヘリコプターだった。
民衆からの支援はなく、民家にゲリラが逃げ込んでも、かくまってはもらえなかった。
良くても突き出され、下手をすれば、町中のリンチで半殺しの目にあった。
袋叩きにあって虫の息の民兵を日本兵が救い出す、という場面まで見られるほどだった。


32:1-8 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:45:16 2Suw/2dz
 北西方面戦区の問題は、バルゴ港のオランダ隊にあった。
山脈を挟んだ北西港とは対照的に、バルゴ港は敵意で満ち溢れていた。
バルゴ港周辺はもともと、L族過激派の牙城だった。その上、L族過激派が憎んでやまないS族は、もとを
辿ればオランダ人なのである。
オランダ大隊が歓迎されるはずがなかった。
 オランダ隊は軽装備の歩兵大隊に過ぎず、重装備といえば81ミリ迫撃砲とミラン対戦車ミサイル程度のもの
だった。三鷹戦闘団はかなり強力ではあったが、政治的な制約から、危急の事情がないかぎり、部隊を担当区域
外に派遣することができなかった。

 15日早朝、首都でのテロと時を同じくして、オランダ隊司令部に1台のトラックが突入をはかった。
警備兵の発砲によって阻止されたものの、トラックは自爆し、20名近いオランダ兵がまきこまれて戦死した。
同時に、市内各所でテロ攻撃が相次いだ。オランダ兵の損害は少なかったが、S族の避難民に甚大な被害が出た。
 同日夕刻、バルゴ港西方40キロのベガ町が敵部隊の猛攻を受け、制圧された。これまでのようなゲリラ攻撃で
はなく、正面からの力押しだった。
LDFは、これまでのゲリラ作戦を捨て、ついに決戦をいどんできたのである。バルゴ港を完全に制圧し、
ここを拠点として足場を固めるつもりのようだった。

 18日、バルゴ港西方正面に敵部隊が出現した。連隊規模で、完全なソ連式編制の諸兵科連合部隊だった。
首都から逃れてきた反乱軍とバルゴ港方面のゲリラ隊が合流したのだ。アメリカ製の軽榴弾砲およびT-55戦車
を保有しており、火力面でオランダ大隊を凌駕していることは確実だった。
 脱出は問題外だった。バルゴ市には、国連軍を頼って逃れてきたS族難民が逃げ込んでおり、彼らを見捨てて
逃げるわけにはいかなかった。
 バルゴ港には内戦の間に敷設された大量の機雷が残っており、まだ掃海できていなかった。しかもLDFが
持ち込んだ中国製の対艦ミサイルにより、海からの支援部隊は接近を阻まれた。


 翌19日、バルゴ市は完全に包囲された。
バルゴ市周辺はほとんど丸裸で、陥落は時間の問題となった。
 17日の段階で、事態を憂慮したゴラール准将は三鷹戦闘団に出撃命令を下しており、同日中に第2大隊が
中西部盆地入り口を確保、19日には既に戦闘団の本隊が盆地に進入していた。
しかし彼らは、オランダ大隊の待つバルゴ港を目指すまえに、パキスタン中隊を救援しなければならなかった。
パキスタン隊は、17日に敵の猛攻を受けて中川東岸に撤退していたが、18日の時点でマーズ山を敵に奪取され、
防御線は崩壊の危機に瀕していたのである。

 20日早朝、オランダ隊指揮官は空爆を要請した。しかしこれは『事務上のミス』によって、国連特別代表に
伝えられず、実施されなかった。
 翌21日早朝、再度の空爆が計画された。しかし今度は、自国兵への付随的損害を恐れたオランダ政府から
横やりが入り、国連特別代表はこれに逆らえなかった。


33:1-9 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:45:59 2Suw/2dz
 22日昼より、敵の総攻撃がはじまった。
多数の歩兵部隊の包囲のもと、猛烈な砲撃が見舞われた。戦車砲の直射と相次ぐ榴弾の炸裂が、町を廃墟に
変えた。
オランダ兵の損害は少なかったが、シェルターに収容しきれなかった難民たちに多くの被害が出た。
攻撃はかろうじて撃退したものの、オランダ隊の弾薬は尽きつつあった。対戦車ミサイルに到っては、5基の
発射機に対して、ミサイルは計3発しか残っていなかった。
今後このような攻撃が続けられたなら、長くもたないことは明らかだった。
 23日夕刻、本国政府からの指令を受けて、オランダ大隊は降伏を決定した。難民の代表は猛反発したが、
もはや現地指揮官に左右できる事ではなかった。
 24日早朝からの交渉により、オランダ大隊は正式に降伏した。難民たちは『安全な場所』に移送するバスに
乗せられて姿を消した。彼らを呑みこんだ運命は火を見るより明らかだった。
しかし、いったい誰を非難できただろう?

 少なくとも、その責任を日本人とオランダ人に帰すことだけはできなかった。彼らの頭を青い鉄帽が包んで
いようと、彼らが人間であるかぎり、奇蹟を起こせなかったかどで責めることはできない。
オランダ兵たちは、兵力でも装備でもはるかに劣勢で、拠って戦える足場もない中で、最善を尽くした。
 それに実のところ、日本人たちの試みはまだ終わってはいなかった。三鷹戦闘団は中西部盆地でなお激闘し、
バルゴ港に向かってもがきつづけていた。
そして、まだ希望を捨てていないのは三鷹大佐たちだけではなかった。

 オランダ軍とイギリス軍は古くから極めて親密で、またUNQPMFに参加しているイギリス軍にとって、
オランダ隊の運命は決して人事ではなかった。この関係のもとで、イギリス海兵隊の特殊部隊SBSのチームの
1つがオランダ隊の指揮下に編入されて戦っていた。包囲を目前にして、オランダ隊の指揮官は、彼ら“チーム
・ナイフ”を市から脱出させた。
そして5日後のバルゴ市の陥落により、チーム・ナイフの4人の海兵隊員は孤軍となった。
 しかし彼らは心細く思いはしなかった。
彼らはSBSが誇る精鋭であり、敵だらけの環境での行動には慣れている。彼らには人民の海がついていた。

 ここで一人の男が登場する。イギリス人の同僚たちは彼の名前を発音できず、“セィディー”とあだ名されて
いた。日本海兵隊の中尉で、ちょうど半年前からイギリス海兵隊に交換派遣されていた。
彼の名前は、浅網渉。ゴドウィン軍曹に「LT」と呼ばれていた男―チーム・ナイフの指揮官である。


34:1-10 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:46:46 2Suw/2dz
 そのような次第で、話はここからはじまる。
オランダ隊の指揮下を離れた今、チーム・ナイフはイギリス軍の指揮下に戻った。
実はここに、浅網たちの立場の微妙さがある。
本来なら、オランダ隊の上級司令部であるUNQPMF北西方面司令部(ゴラール准将)の指揮下に入るはず
である。UNQPMFの部隊なら、の話だ。

 実のところ、彼らはイギリス軍のロビンソン准将、つまりUNQPMF南部方面司令官の指揮下で動いては
いるのだが、UNQPMFに属しているわけではない。彼らの存在は、国連には知らされていない。
 イギリスは、国連の指揮を必ずしも信用せず、万が一のときにはイギリス軍が独断専行する必要が生じうると
考えた。このため、国連には通知しないで、いくつかの資産をQ島周辺に配置した。そのひとつが、イギリス
海兵隊の誇る特殊部隊SBSで、そのチームの1つをオランダに貸したかたちになっていたのである。
そしてオランダ隊は、彼らが掴んだ情報はUNQPMFに伝えたが、彼らの存在は伝えなかった。
従って、オランダ隊なき今、浅網たちはイギリス軍の直接指揮下に復帰することになったのだった。

 いま、浅網中尉をはじめとするチーム・ナイフの隊員たちは、ジェミニ丘陵に潜んでいた。
彼らは人目を避けて移動していたが、前に述べたような事情から、イギリス軍の制式装備を持っているわけでは
なかった。
出所不明の迷彩服、使い古されたカラシニコフ・ライフル、東欧製の手榴弾。誰がどこから見ても、その辺の
LDF民兵だ。
もっとも、見られてはまずいものもある。
特殊な機関拳銃と、そのための消音装置―これはNATOの特殊部隊の標準装備だった。
ハンディGPS、暗視装置、レーザー目標指示器。個人用通信機と衛星通信機,ラップトップ・コンピュータ。
ラップトップは日本の民間製品で、それが浅網には少しおもしろかった。

 浅網がもうひとつおもしろく思うのが、一見してチームの4人に統一性がほとんどないということだった。
ニコルズ軍曹は白人だが、浅網は、まったく生粋の日本人であるにもかかわらず、「何人にも見えるし、何人に
も見えない」と評される顔をしている。エステベス曹長は名前の通りにヒスパニック、ゴドウィン軍曹に到って
は女である。
本来保守的なイギリス軍としては、ここまで多彩な構成は、みんながみんな黒い髪に茶色い目をしている日本の
海兵隊では、そもそもほとんど不可能なことといえよう。
地元の連中は、国連軍はみんな白人だと思っていて、また軍人である以上はみんな男だと思っているので、
彼らの外見は、非常に有利な擬装として使うことができた。
 例えば、あなたが民兵だとしよう。山中の歩哨任務、きつい上に退屈である。
そこに、赤毛の美人が現れたらどうだろう? 相手がカラシニコフを抱えていて、屈強なヒスパニックの男を
引き連れていても、悪い気はしないだろう。ついでに、あなたに嫌味を言ってきた男を彼女がたしなめて、
かばってくれたりしたら?
そのようにして、彼らは些細だが重要な情報を積み重ねていった。


35:1-11 ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:47:30 2Suw/2dz
 イギリス人たちが、浅網のように三鷹大佐の能力を信じていたかどうかは、実のところ疑わしい。
日本は、海外での本格的な軍事活動についてはまったく経験がなく、その能力には、若干の疑問符がつけられて
いた。
 しかし日本人たちの力に疑いを持っていたとしても、SBSに疑いをもつイギリス軍人はいなかった。
彼らは常に困難な状況を克服し、不可能な任務を遂行してきた。
だからこそ、敵に制圧された地域において、わずか4人で難民たちの移送先を調べる、という任務を無造作に
与えてきたのだった。
 浅網たちは地元の民兵たちに接触し、また兵力移動を観察し、尾行した。そしてついに、ジェミニ丘陵が
海に向かって平野へと落ち込むところ、ベガ町に大規模な収容所が設置されていることを突き止めたのである。

 浅網たちは、町をうまく見下ろせる丘の中腹に陣取っていた。町の民兵部隊はうかつにも、この付近に殆ど
兵力を配置していなかった。
浅網は腕時計を見て、衛星通信機をセットした。
「ビーグルよりドグハウス、応答せよ」
『ドグハウスだ、感度良好』
「町には、民間人と思われる多数の人影がある。どう見てもダンス・パーティではなさそうだ。人数は少なく
とも2000。民兵は300人程度の兵力と思われる。今早朝に兵士と接触したが、グリーン・ドラゴン大隊と名乗っ
ている。迫撃砲が2門、牽引式多連装ロケットが2門、37ミリ機関砲が4門あるようだ。
それと、悪い知らせがある。ゴーントレットの自走発射機を1基、視認した」
『それはとびきり悪い知らせだな、ビーグル。間違いないか?』
「ああ、シエラ・アルファ-ワン・ファイヴだ。空軍の連中に、ここには近づかないように言っておいてくれ」
SA-15、コードネームは“ゴーントレット”。低空域で極めてすぐれた機動性と追随性を示す、ロシア製の
最新鋭対空ミサイルである。射程こそ短いが、レーダー妨害装置が通用せず、UNQPMFはすでに、こいつに
思わぬ犠牲を強いられていた。
そいつがまさか、こんなところにあるとは、まったくの想定外だった。

 しかしそのとき、さらに彼らの想定しないことが起きようとしていた。
浅網がさらに詳しい配備状況を連絡しようとしていたとき、周囲を警戒していたゴドウィン軍曹が空を指差して
叫んだ。
「水平線に航空機、北東!」
浅網も自分の双眼鏡を構え、通信機を口元に持っていった。
「ドグハウス、ビーグルだ。我々はいま、2機の航空機を視認している。北東より、我々に向かって接近して
いる。機種は不明だが、大きさから見て戦闘機クラスだ。この距離ではそれ以上のことは不明だ」
「F-16です。間違いありません」
「F-16だ。ニコルズ軍曹が間違いないと言っている」
北部方面航空団でF-16を使っているのはNATO統合飛行隊である。ベルギー、デンマーク、ノルウェーの
混成部隊だ。
「翼下に何か下げているようだ。爆弾か、燃料タンクか―それ以上は、このアングルでは無理だ」

36:1-12(1章終) ◆ZES.k1SA.I
08/01/10 17:48:30 2Suw/2dz
『その地域で活動中の国連機はないはずだ。ビーグル、その航空機について詳しく知りたい』
国連機の活動は厳格にしばられており、飛行中の航空機は全て把握できるはずである。
ありえないことだった。
「そうは言うがな」
「あの機と交信することはできませんか?」
「この距離では無理だ。我々の個人用無線機は―」
「警告すべきだと思います。危険です」
「俺もそう思うが、我々にやりようがあるか?」

 その矢先、町の東側から曳光弾がはじけた。民兵たちがF-16に気づいたのだ。
ソヴィエト製の古い37ミリ対空砲は、ここしばらく本来の用途に使われていなかった。久しぶりに機会を得て、
砲手たちは大いに張り切った。
F-16が応射し、着弾の土煙に包まれて機関砲が見えなくなった。北側の対空砲が発砲して命中させたが、応射
を浴びて沈黙した。
直後、町の北側の森から立て続けに2発のSAMが発射された。
1発は高速の目標を捉えきれず、虚空に飛び去った。もう1発はF-16から反射されるレーダー・シグナルを
がっちり捉えて離れなかった。
戦闘機はあまりに低空で、回避機動の余裕はなかった。
それでもF-16は囮のアルミ片をばらまきながら、もがくように旋回しかけたが、ミサイルはそれを無視して
迫り、爆発して機体を引き裂いた。
 傷ついた戦闘機は黒煙を引きつつ高度を落とし、やがて爆発音とともに木々の間から火球が立ち昇った。
浅網たちは祈る思いで見つめたが、パラシュートは見えなかった。
やがて、被撃墜機のパイロットの姓名階級が、ドグハウスから伝えられる。
その日の午後には、平和創造軍の報道官によって、それは世界中に発表された。

ノルウェー空軍中佐、スーザン・パーカー。
5月26日、中西部海岸地区、ジェミニ丘陵上空において連絡を絶ち、未帰還。



# 以上です。今回のお話は海兵隊員である浅網渉が主人公ですから、海兵隊らしく新スレに
# 橋頭堡を確保するのも一興ではないかと思います。
# 当初は、中断中の長編のアナザーストーリーのつもりだったんですが、いっそそのままの
# 世界観でもいいかな、と思い始めています。肝心の長編のほうは、断片的なイメージは
# 掃いて捨てるほど沸いてくるのに、なかなか進みません。というか、熟成中です。
# ここ数年(苦笑)まともに完結させた長編がないもので、危惧する向きもあろうかと思い
# ますが、こっちはあまり深く考える必要のない、“ニンジャ・ヒルの戦闘”の私的再構成
# みたいなものですから、比較的安全だと思います。
# とはいえ、こちらも当初は4月よりの投下を予定していたものですので、何かと粗はあるか
# と思いますが、ご寛恕ねがいます。
# なお、1月~3月初旬は多忙でありまして、投下は困難と思われます。ご了承ください。


37:名無しさん@ピンキー
08/01/11 20:10:14 T+nt9sEW
>>36
遅くなりましたが、GJです(・∀・)
原作は知らないのですが、現実にあってもおかしくない世界観ですね。
忙しいさなかにありがとうございました。
続き、もちろんwktkして待ってます。

38:sage
08/01/12 03:49:02 g1NnFMLL
48さん、お久しぶりです。
一回読んだだけだと消化しきれないので、腰をすえて再読します。
投下ありがとうございました。

39:名無しさん@ピンキー
08/01/15 00:48:45 o2yGo+13
保守

40:森蔵
08/01/17 09:25:30 IJLNOKse
明けましておめでとうございます
お久しぶりです
女中と物書きシリーズの者です
かなり季節はずれ、というか遅れてますが、
クリスマスの時のです。


-もみの木-

昼に薄緑の半纏を着た岸上さんがもみの木を持ってきた。
今日は25日。
この所仕事が忙しく部屋に籠もりっきりで気付かなかったが、そういえば世間ではクリスマスである。
「岸上さんは…その、クリスマスの予定は…もしよければ、うちでパーティなど」
どうでしょうか、と言いかけたが
「私はちょっと…色々あって」
先に返されてしまった。

「…岸上さんみたいな綺麗な女性ならクリスマスに予定が入ってても仕方ないよね」
「家にこんなにかわいい女中がいるのに無視ですかそうですか」
相変わらず私が作っている夕飯を―今夜は特に腕を振るった―囲みながら軽く落ち込んでいた。
「大体、もみの木を渡されたんでしょう?それって喪中って事じゃないですかぁ?」
「…何だって?」
「喪中ですよ、喪中。旦那さんの命日か何かですかねぇ」
どうやら岸上さんの地元の方では、身内の喪中には近所の人にもみの木を渡す事になっているらしい。
喪見、というわけか。
「岸上さん、私が空気の読めない人間だとか思ってないだろうか

41:森蔵
08/01/17 09:27:36 IJLNOKse
一晩明けて12月26日、朝から岸上さんが訪ねてきた。
「昨日はどうもすみませんでした…もみの木の事、私は存じませんで…」
「いえいえ、いいんですよう」
と、岸上さんがはにかみながら箱を出した。
「あの……1日遅れで良かったら…クリスマス、しませんか?」

…今年もいい年で終わりそうだ。





超短編ですが、保守代わりになれば幸いです
正月ネタも考えていたんですが忙しくてムリでした
今年はぼちぼち投下していくんで、よろしくお願いします

42:名無しさん@ピンキー
08/01/17 20:48:06 f3L22ke7
>>41
お久し振りです。
もうやめちゃったかと思ってがっかりしてましたが、
また、楽しみに待ってます!

43:名無しさん@ピンキー
08/01/23 11:32:04 r0ojRvo+
保守

44:名無しさん@ピンキー
08/01/24 00:10:19 cSxTrXBq
>41
いつもほのぼので和みます。
次回も、楽しみにしています。

45:森蔵
08/01/28 10:30:16 le4eLKjc
女中と物書き、こちらではまだ投下してなかったと思うんで、
過去に書いた節分ネタを。
もし前に投下してあったらすみません

-壺鬼-
岸上さんの家の前に、壺が置かれていた。
いや、瓶と言っても良い。
兎に角、白磁に青い唐草模様の入った壺がでんと置かれていた。
「何か植えますか?」
「あははっ。何も植えやしませんよぅ」
旦那さんは何も知らないんですねぇ と、壺を持ったまま彼女は家の裏へと廻った。
家に籠もりきりなのだから仕方ないでしょうと思いつつ、後についていく。

岸上さんは納屋から穀物袋を出すと、中身を壺に空けた。
「豆……?」
「大豆ですよぅ。二月と言えば節分じゃぁないですか」
からから、
ざらざら、
ざあっ
壺の中いっぱいに音を響かせ、壺は豆で満たされた。
「節分といえば豆を壺に詰めるものではなく撒くものでは?」
「準備です。準備」
壺に落とし蓋を閉め、上から漬け物石をのせ、納屋に入れてしまった。
「出来た時には菅さんも呼びますよぅ」
「あー…進まない…」
大手文芸雑誌に連載しているタイトル。
物語も佳境に入る所だが、筆が進まない。
これだけではなく、他の仕事もこんな調子。
スランプ、という奴か。


46:森蔵
08/01/28 10:31:20 le4eLKjc
気分転換にはならないだろうという確信。
恐らく、先2、3日はこんな具合だろう。
…締め切りは明日までだがね。

「進んでます?」
「…いや。全く」
半分以上書けている。
書けてはいるが、脳を絞って無理やり引き出したアイデアが必ずしも面白いものとは限らない。
調子に乗っている時こそ面白いもの、満足のいく作品が書き上がるのだ。
「大丈夫…じゃないですよね」
「〆切、明日だからね」
「頑張ってとしか言えませんよ」
「頑張りますとしか言えませんな」
「御馳走様。美味しかったよ」
「御粗末様です」
女中が片付け始めると、呼鐘が鳴った。
「はーい」
「…待て、私が」
ドアを開けると予想通り岸上さんが立っていた。
「どうか、しましたか」
「はい、どうぞ」

とん

岸上さんが私の額を何かで突いた。
じわり と額が熱くなる。
何事かと手を遣ると、硬い突起物が指先に触れた。
「な……」
「邪気を払ってくれるんですよぅ」
聞けば、昼間の壺の中で出来たものらしい。
「明日、豆をぶつけられれば自然と落ちますから。あとは火を点けて供養しましょう
ねぇ」
「はぁ……」
明日は宜しくお願いしますと言うと、彼女は帰っていった。

「誰でしたか?……!?」
満面の笑みを浮かべている。
「可笑しいかい?」


47:森蔵
08/01/28 10:31:48 le4eLKjc
「いえ……でも、可愛いです。とっても」
「…それはありがとう」
可愛い、ね。
しかし岸上さんの言う通りこの角は邪気を払ってくれているようで、頭の中がクリアになった気がする。
もしかしたら何かアイデアでもと筆を取る。
「……ほぉ?」
滑り出しがいい。
「……ほほぉ?」
推敲が手間取らない。
「これはもしかすると…」

徹夜の甲斐もあり、原稿は翌日の朝には終わっていた。
「いやぁ、いいのが書けたな」
眠い。
昼まで、少し寝るとしよう。

「…旦那様……お昼ですよぉ」
「……んんん」
「起きて下さ……プッ」
「むー…」
もう少し寝かせてくれと寝返りを打とうとしたが、頭が動かない。
「……?」
「旦那様、角が引っかかってますよぉ」
仕方ない。
起きるか。
「…………あれ?」
頭が重くて持ち上がらない。
「なぁ、いったい私の頭はどうなっているんだ?」
寝たままの姿勢で女中に聞いた。
「ちょっと待って下さいね」
女中が懐から手鏡を出した。
終始、笑顔のままである。
「……おおぉ」
いったい何事であろうか。
私の頭の角は昨晩より遙かに肥大し、巻いていた。
そして重い。
それも尋常ではない重さで、首の力では持ち上がらない

48:森蔵
08/01/28 10:32:17 le4eLKjc
ため恐らく立ち上がった時に虚弱な私の頸骨はへし折れてしまうだろう。
「……岸上さん呼んできて」
「はぁい」
主人が一大事の時に、どうしてああも笑えるのかと憎らしくなるが確かに今の私は滑稽で、私がこんな状態ではなかったら私も笑うだろうな。


「あらあらあらあらまぁまぁまぁまぁ」
「…………」
余り片付いてない自分の部屋に意中の女性を上げることのなんと恥ずかしいことよ。

「たくさん吸われましたねぇ」
岸上さんはからからと笑いながら角を撫でている。
「何をですか?」
「邪気ですよぅ。ジャキ」
頭が重くなる程の邪気が渦巻いていたというのだろうか。
「この御様子ですと、御仕事がはかどった様ですねぇ」
「お陰様で」
「しかし困りましたね」
角を撫でていた岸上さんの手が風呂敷に伸びる。
切るのだろうか?
削るのだろうか?
へし折るのだろうか?
痛いのは厭である。
「本当は夜やりたかったんですが…」
風呂敷包みから取り出したのは、枡に入った大豆だった。
「さ、女中さんも」
「私は……?」
「寝たままで宜しいですよぅ」

ばちばちと顔に豆が当たる。
当たる当たる。
角にも当たるが、顔面にもしこたま当たる。


49:森蔵
08/01/28 10:33:34 le4eLKjc
―ぼろり

その内、私の頭に重圧を与えていた角が根元からきれいに取れた。
それでも飛んでくる豆、豆、豆。
「い…痛いって!取れた取れた!もういいですから!」


夕方、出版社に原稿を出しに行き、帰れば既に夕食の準備が出来ていた。
「あれ、筍ですか?」
お吸い物の中に肌色をした円錐形のものが入っている。
「食べてみればわかりますよぉ」
一口。
…食感は、竹輪に近い。
「わからないなぁ。何だい?コレ」

「岸上さんが作ってくれたんです。昼間のアレですよぉ。岸上さん曰わく、その日の内に燃やして供養するのも良いんですが、最高の珍味だそうで」

……うぇ。
岸上さんが作ってくれたから食べるものの、なんだか排泄物を食べている心地がしてならなかった。

50:森蔵
08/01/28 10:38:38 le4eLKjc
すみません、>>45>>46の間に
「旦那様、お夕飯ができましたよぉ」
「ん…仕方ないか……」
が入ります

なんか…随分間が開いたせいで人物設定に矛盾が出始めたなあ…
各キャラクターの口調がおかしいかも

51:名無しさん@ピンキー
08/01/28 21:37:18 9B/8NMKT
面白かったです。ありがとう。
ところで、岸上さんは何者なんでしょうかね?
先が気になるところです。

52:森蔵
08/01/28 21:51:10 le4eLKjc
実は別板の小説スレで場つなぎのために書いてた短編の延長なので、基本的なキャラ設定と世界観しか考えてなかったりするのです

でも基本的には皆ただの人。
皆様の隣近所に住んでるようなそんなキャラにしておきたい(笑

53:名無しさん@ピンキー
08/02/06 00:33:36 10tFSqT3
保守

54:名無しさん@ピンキー
08/02/13 11:55:32 vWixWeGJ
これは?携帯だけだけど
URLリンク(courseagain.com)

55:名無しさん@ピンキー
08/02/20 22:41:34 jLubcOw+
保守

56:森蔵
08/02/28 04:31:26 vSBlmLfL
超短編ですが。
みわたり、と読みます。
知ってる方は同郷です。

57:森蔵
08/02/28 04:37:24 vSBlmLfL
【神渡】
冬も終わる、1月下旬から2月中旬にかけては寒さも本気を出すようで
残った全力を出して寒くする。
そんな夜に耳を澄ましていると池の方でミキミキ、ガリッと音がするんだ
鉄砲魚は冬眠すらしないが、冬は静かにしているはずなので彼の仕業ではない。

「わぁっ、旦那様旦那様、見て下さいよぅ」
「何だい朝から騒々しい…まだ6時を回ったばかりじゃあないか」
太陽もまだ起きかけ、といった時刻である。
「池が真っ二つですよぅ」
何を騒いでいるのかと縁側に出てみれば、久々に見かける本の虫と女中が池のそばではしゃいでいた。
「こりゃあ……懐かしいものを…」
神渡だった。



58:森蔵
08/02/28 04:39:31 vSBlmLfL
元々は私の地元にある湖で起こる現象である。
冬の湖に綺麗に氷が張った時、湖を挟んで建つ二つの神社の間に
まるで神様が移動した後のように亀裂が走るのだ。
それは単純に氷の膨張や気温の変化による気象現象でしかないのだが、朝の湖に美しく神渡が出来た時などは感動モノの光景である。


59:森蔵
08/02/28 04:42:10 vSBlmLfL
上京してきて8年、そろそろ家に顔を出してもいい頃なんじゃないだろうか。
私の記憶の中の故郷はあの頃のまま、劣化していない。

暇が出来たら一度帰ってみよう。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕自身、最近故郷に帰ってません。
実家から離れて暮らしている皆さん、帰郷してますか?

神渡についてよく知りたい人はwikiでどうぞw

60:森蔵
08/02/28 04:50:33 vSBlmLfL
一応、女中と物書きシリーズです

…書いておかないと保管庫で同じ場所に保管されないので…

61:名無しさん@ピンキー
08/02/29 13:02:13 6CK4liIu
GJです。

和みっていいなぁ。

62:名無しさん@ピンキー
08/03/01 02:16:49 ax+FLJZw
GJです!
御神渡ですか?確か諏訪湖だったと思いますが、当たってますか?
一度は見に行きたいと思ってます。
バイカル湖でも同じ現象が見られるそうですね。

63:森蔵
08/03/02 02:20:41 mHaXyKSr
(・∀・)当たりです
と、いうわけで今週帰郷しますw

64:光
08/03/03 23:31:16 vPFhg5t4
初めまして。

突然ですが、自分も投下してもよろしいでしょうか?

自分のホムペの使い回しで、しかも話の内容が訳分からなくなってしまってると思いますが…。

65:名無しさん@ピンキー
08/03/03 23:50:58 K71k6/lk
ここは萌え萌えな話から燃え燃えな話まで手広く受け入れる底抜けのスレ、問題ないッ!

66:名無しさん@ピンキー
08/03/03 23:53:13 KO8GxcBU
しかし、この頃キチンとした読み物を読みたいというのも偽らざる本音

67:光
08/03/04 18:48:04 iEoqpi7W
えー、では投下したいと思います。
ホムペの使い回しに少し手を加えた短めの物です。
季節外れですが、初夏の設定です。





ある初夏の休日。
その日、1人の女性が付き合って間もない彼氏を自分の部屋に呼んだ。
「どうぞ、入って?」
「ありがとう。おじゃましま~す。」
この家に、このカップルの他には誰もいない。
ただ、窓から入った風がカーテンを優しく揺らしているだけである。
「…座ろっか。」
彼女が言った。
「うん…、そうだね。」
彼氏が答えた。
2人は、彼女のベッドの上に腰掛けた。
しかし、2人は何も話す事が出来なかった。うつむいたまま、微動だにしない。
まだ、異性と付き合うという事に、お互い慣れていないのだろう。
かすかに聞こえる電車の走る音と、窓辺に飾ってある風鈴の鳴る音だけが、部屋に響く。

68:光
08/03/04 18:53:28 iEoqpi7W
「あのさ…。」
突然彼氏が口を開いた。
「本当に、俺なんかと付き合っていていいの?」
「えっ…、どういう事?」
彼女は、その発言にびっくりして聞き返した。
すると彼氏は、悲しそうな目をしながら言った。
「だって、お前はウチの大学で凄いモテるじゃないか。そんなお前が、こんな地味で目立たない俺と付き合っていて楽しいのかな、って思ったんだ。お前と一緒にいると、いつもみんな俺がお前の引き立て役だと思うらしいし…。」
彼女は、笑顔でこう言った。
「そんな事無いわ。私は、あなたと一緒にいられて幸せよ。もし周りからどんなに思われていようが、私はあなたの彼女だって事が嬉しいんだから!!」
「本当に?それを聞いて安心したよ。」
彼氏の表情に、笑顔が戻った。
すると突然彼氏は、彼女の左手に自分の右手をそっと乗せた。
そして彼女の顔を、真剣な表情でジッと見つめた。
「何?どうしたの?」
「…好きなんだ、お前の事が。」

69:名無しさん@ピンキー
08/03/04 20:17:22 288vHy6N
qwert.com

70:光
08/03/04 20:54:46 iEoqpi7W
「キャ…。」
―パサッ。
気が付くと、彼氏は彼女をベッドの上に軽く押し倒していた。
そして再び、彼氏は彼女の顔を見つめる。
彼女は、頬を少し赤らめながら、視線をそらす。
―チュッ。
彼氏は、彼女の額に自分の唇を軽く押し付ける。
「あっ…///」
突然の出来事に、彼女は身体を少しピクンと痙攣させながら、いつもより高い声を出してしまった。
同時に、彼女の頬の赤みが増した。
「や…だ…///」
「…じっとしてて。」
彼氏はそう言うと、今度は頬、首筋、鎖骨の辺りに口付けをした。
―チュッ…。チュッ…。
「お前の肌、凄い綺麗…。」
そう言いながら、純白のワンピースの襟元からこぼれる彼女の柔肌を指先で撫でた。
そして今度は、彼女の肩に唇を押し当てた。
「やだぁ、何か怖いよ…。」
そんな彼女の言葉など聞こえていないのか、彼氏は彼女の肌にひたすらキスを続ける。
どれほどの時間が経ったのだろう、顔を上げると彼女の瞳から一筋の涙が頬を伝っていた。
「…ごめんな、今日のお前が今までで1番綺麗だったんだ。」
彼氏は、そよ風で軽くなびいている彼女の長く柔らかな髪をサラリと撫でながら言った。
彼女は、頬を赤らめたまま何も言わなかった。

71:光
08/03/04 21:05:20 iEoqpi7W
「本当にごめんね。いきなり押し倒した上に、こんな事しちゃって。」
彼氏は、彼女の流した涙を指でそっと拭った。
「いいのよ。でも突然の事で、びっくりしちゃった。」
彼女は「クスッ」と笑いながら、言った。
「ねぇ、ちょっと来て?」
そう言うと彼女は、彼氏の肩を抱き寄せた。
―チュッ。
そして、彼氏の唇を自分の唇で優しく塞いだ。
今度は、彼氏の頬に赤みが刺した。
「………///」
「あの時のあなた、ちょっと怖かった。でもどうしてかしら、今は嬉しいっていう気持ちの方が大きいの。」
2人は笑い合った。
―ギュッ。
彼氏は彼女の身体を抱きしめながら言った。
「…俺達ずっと一緒にいような。」
「うん!!」
彼女は彼氏を抱き返しながら、笑顔で答えた。
2人は気付いていたのだろうか。
初夏の眩しい太陽の光が、2人を優しく包んでいた事を。
まるで、2人を祝福してくれているかの様に…。

―END



以上です。
こんなモンしか書けなくてすみません。
最後まで読んで下さった方は、心の広い優しい人ですね。
ご指摘があればお願いします。

72:名無しさん@ピンキー
08/03/04 22:37:11 8ClYUGkN
初々しさがいい感じ。いらないと思った文章を削ぎ落とせばもっとよくなる。あと記号は出来るだけ使わない方がいい。これ(///)のことね。

73:森蔵
08/03/05 10:40:00 4P6Ozqa0
指摘ではなく、みんなに聞きたい事でもあるんですが…

台詞「」内の終わりに句点は付けますか?
例えば、「俺は森蔵だ。」と言った感じで。
俺は何だか違和感があって付けないんですが…

74:名無しさん@ピンキー
08/03/05 12:27:27 6xy/y1iV
付けるのが本来文法的には正しいらしい
付けないのは新聞連載の場合に文字を増やすのに句点を減らした事からとかなんとか
今ではどちらも文法的には間違いじゃないという事になっているっぽい
自分も付けない
その辺はもう好みじゃないかと


75:名無しさん@ピンキー
08/03/05 12:28:39 ZViapFbv
【中国】スター三人、無修正写真流出「セックス?スキャンダル」

02-09?冠希裸照事件2月7号最新?[?思慧]-37P-
URLリンク(page.dreamhosters.com)
URLリンク(page.dreamhosters.com)
URLリンク(page.dreamhosters.com)

02-09?冠希裸照事件2月7号最新?[梁雨恩]-40P-
URLリンク(page.dreamhosters.com)

02-09?冠希裸照事件2月7号最新?[??思]-10P-
URLリンク(page.dreamhosters.com)

76:名無しさん@ピンキー
08/03/08 02:27:46 O/MBxjzu
>付けるのが本来文法的には正しいらしい

初めて聞いた。「。」は文法的に間違いと思ってた。


77:名無しさん@ピンキー
08/03/09 21:56:59 aaZ6jKJ2
いらないと思います。
確か、『」』には終わりという意味があるので、終わりを意味する『。』は付けなくても良いって、ばっちゃが言ってた。

78:名無しさん@ピンキー
08/03/09 23:12:28 BYoxRjDB
小説的に正しいかどうかは分からないけど、
小学校で習う作文の書き方としては「こんにちは。」だな。
国語の教科書でも句点と括弧になってる。

79:名無しさん@ピンキー
08/03/10 21:40:18 prYsTGZt
検索かけて調べてみました。以下、コピペ

「……。」の句点,いる? いらない?  

Q 会話を「 」でくくったとき,教科書はその最後に句点が打ってありますが,小説などでは打ってないこともあります。何か基準はあるのですか。

 A 教科書は,1946年3月付で文部省から出された『くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)』の中の『マルは「 」(カギ)の中でも文の終止にはうつ。』という記述に基づいて,統一的に句点を打っています。(「?」「!」のある場合を除く。)
 これは主に表記の統一という観点で行っているもので,決して「打たないとまちがい」という判断ではありません。
 しかし,義務教育での国語科の教科書ですから,「句点がついているから一文」という指導にも適応させる必要があるだろう,という配慮もあります。
 ただし先ほども書きましたように,くだんの文書は「教科書上の表記の統一」という観点でつくられているものであって,日本語の表記の基準を示しているものではありませんので,一般の小説などでこれと異なった表記がなされていても,なんら問題はありません。


「……。」「……」のどちらでも間違いではないらしい。

80:名無しさん@ピンキー
08/03/13 08:40:57 J1MS1nK0
「なるほど……。」

( ^ω^)長年の疑問が解決しました

81:名無しさん@ピンキー
08/03/22 23:34:17 wZ8ECG2A
保守

82:名無しさん@ピンキー
08/03/25 00:51:16 gj8wvV8K
ほす

83:森蔵
08/03/26 03:25:11 dNDjM/al
女中と物書きシリーズです
今回は実験的な試みで投下するので普段のような不思議ネタではありません

84:森蔵
08/03/26 03:25:49 dNDjM/al
【火鼠の毛皮】
―19XX年、僕の家はボヤの炎に包まれた!―

"火鼠の毛皮"、というものをご存知だろうか。
竹取物語とか言う大昔の作品内でかぐや姫が彼女に言い寄る色男に持ってくるように命じた、架空の産物であるとされているものだ。
それは火にくべても燃え上がる事は無いという。
作中では、偽物をそれと気付かず持って行った男は目の前で毛皮に火を放たれている。

祖父が言うには、あれは架空の産物などでは無いと言う。
現に私も小さい頃に現物を見ている。
その頃祖父は親戚一同を集めては自慢げに古びた桐の箱から出し、さぞ大事そうに見せびらかしていたのだ。
―現物、と呼ぶには疑わしい事はみんなわかっていたが。

ある冬の日、軽く火を付けてみようよ、と祖父に言うと
「燃えたらどうする!」
と言ってお蔵の奥に持っていってしまった。

と、そこは好奇心旺盛な年齢であるからして、
私は祖父の留守中に蔵の奥へ行き、桐の箱を引っ張り出して火を放ったのだ。
冬の乾燥した空気はよく火を育て上げ、やがて火は炎となって当時の私の実家を優しく包み込んだ。

85:森蔵
08/03/26 03:26:14 dNDjM/al
翌日、半壊した実家の前ででビクついていた私のもとに祖父がこっそりやってきて当時私が大変欲しがっていた外国の貨幣を何十枚と差し出し、
絶対に自首しないように、と釘を刺した。
私は欲しかった外国の綺麗な硬貨に夢中で何も不思議に思わなかったが、何か祖父に都合の悪いものでも燃えてしまったのだろうか。

犯人探しもうやむやになった頃、祖父が大事そうに桐の箱を抱えて蔵に入るのを見ているが、箱の中身はわからないままである。

実家の方とは言うと、その頃流行っていた洋風建築を取り入れて改築、増築したために今のようなきっかり半々の奇妙な建物になってしまった。

86:森蔵
08/03/26 03:36:01 dNDjM/al
【火鼠の毛皮-後日談】
さて、今回の話がつまらないと感じたのはあなただけではない。
…私も今回の話はつまらないと思う。

普段私は身近に起こる不思議な出来事を物語にし、コラムとして大衆雑誌に定期的に投稿している。
その不思議な出来事の殆どは岸上さんが持ってくる事が多いのだが、今回は締切直前になってもいいネタを仕入れられなかったのだ。
以前書いた戯画を投稿した時は担当の人からも読者からも割と好評だったので、調子に乗って自前のネタを元に物語を書いてみたらこれである。


87:森蔵
08/03/26 03:39:59 dNDjM/al
担当の人からは、
"今回は調子が悪いようですね"
と言われ
女中でからも
"自前のネタじゃ面白くない"
というなかなかに厳しい言葉を貰い
縁側で落ち込んでいる所に鉄砲魚から水を掛けられる始末である。

…岸上さんに日頃のお礼をしなければなぁ

88:森蔵
08/03/26 03:44:34 dNDjM/al
終了です。

正直冒頭のフレーズが書きたかっただけで、あとは風呂に浸かりながら書いたものです。
普段ここに投下してる物は作中で主人公が書いている小説と同じもの、という設定の回収でもあります。

89:名無しさん@ピンキー
08/03/26 07:55:08 QY5x8Jnw


90:48 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:08:43 LfubcVMb
48です、こんばんは。時間とれましたので、投下させていただきます。
今回、あまり派手な動きはありませんが、実はけっこう時間かけました。

ところで、どうも前回投稿分が長ったらしく、また分かりにくかったようで、すみません。
いっそのこと、背景は完全に無視して、単純なアクション系のお話として楽しんでいただいてもよかろうかと
思います。今回は、基本的に少数精鋭(のつもり)の浅網たちが暴れまくる話ですし。
また、この板ではほぼ前例の無い原作を使ってはいることから敬遠される向きもあろうかと思いますが、
私のお話は、原作とした作品から、大まかな世界観と登場人物は借りているものの、細部の設定は事実上
オリジナルです。従って、まあおそらく、原作を知らなくても大丈夫だろうと思います。

むしろ、このお話を楽しんでいただくために大事なのは、私の少々くどい語り口に食傷しないか、ということ
ではないでしょうか。自覚はしているのですが、3年たって直らなかったということは、もう直しようがない
のではないかと思います。
気に食わない方には申し訳なく思いますが、トリップを活用して読み飛ばしてください。


91:2 1/7 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:10:31 LfubcVMb
 白い国連塗装に包まれてはいたが、とにかく、懐かしのイリューシン輸送機だった。旅客仕様のくせに、乗り
心地の悪さもパイロットの腕の悪さも、彼が軍にいたころとそう変わらなかった。
もっともパイロットは、彼の(元)同国人かも知れない。ソヴィエト連邦が消滅してから、多くのロシア人が
国を捨てた。
 何はともあれ、彼は生きてシリウス国際空港に降り立った。
窓からは見えるヒップ・ヘリコプターの焼け残りが、ここが戦場からほんの少ししか離れていないことを、
ご親切にも思いださせてくれる。
気圧変化で少し痛む膝をいたわりつつ、彼は立ち上がり、隣の座席に放り出していた荷物を肩に担いだ。

 彼はセルゲイ・クレトフ・パーカー。
かつてはソヴィエト空挺軍に所属する優秀な将校であり、今はノルウェー国王陛下の空軍士官、スーザン・
パーカーの夫となっている男である。
機内に人影はまばらで、彼と同じようなジャーナリストがちらほらと見られるだけだった。Q島入りしようと
いう報道陣のラッシュで、一時期はこの便も満員になっていたが、その波はとっくに過ぎ去っている。
ただ、彼には個人的な動機もあった。
スーザンは国連の平和創造軍に加わってQ島に来ている―ひと月ぶりの再会ということになる。

 タラップに立って見下ろしたとき、マイクロバスに乗り込む乗客たちから離れて立つ、厳しい表情の紺色の
制服の男たちが目に入った。
その表情に不吉な予感を覚え、彼は急いで男たちの掲げる札に視線を移した。
『S・K・パーカー様
 平和創造軍 航空任務部隊 監理部』
その意味を理解したとき、クレトフは大地が崩れ落ちたような衝撃を覚えた。


 ニコルズ軍曹は機関拳銃を構え、木に身を寄せた。
音が聞こえた―風で動いた枝かもしれないし、そうでないのかもしれない。
彼が左手をまっすぐ上げると、彼に続くチームの全員が足を止めた。
 彼は、きわめて高度に訓練されたイギリス特殊部隊員である。今は日本人の指揮下で動いているが、浅網中尉
が優秀であることは認めざるを得なかった。彼は地形と同じくらい上手に敵の動きを読み、チームを導いていた。
浅網の読みによれば、このあたりには敵はいないはずだった。しかし、運の悪い民兵が迷い込んできたという
ことも―

 いた―人間だ。
200メートル離れては、暗視ゴーグルを使っても、緑の棒くらいにしか見えない。
 またひとり、現れた。
しばらく待ったが、あとには続かなかった。
妙だった。民間人にしろ、民兵にしろ、この地域では4人以上で歩くことが多い。
その人影は入念な足さばきで、まともな歩き方には見えない―ニコルズたちと同じだ。
長い銃身と丸いハンドガード、その根元の照星が見えた。AKでもタイプ56でもない。M-16系列だ。
M-16ライフルは、民兵としては珍しい。LQ国軍制式のAKか、大量に流入している中国製のタイプ56が
一般的である。
一方、オランダ兵たちはもっぱら、カナダ製のM-16で武装している。

 ニコルズは木から離れて立った。
その人影は右を見て、左を見て、ニコルズのほうを見たままで顔を止めた。
ニコルズは暗視ゴーグルを上にずらし、赤外線ライトが相手に見えるようにして、三回明滅させた。
すぐにゴーグルを戻すと、相手が同じことをするのが見えた。


92:目標は撃墜された 2 2/7 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:11:32 LfubcVMb
「味方だと思います。接触を試みます」
『気をつけろよ、軍曹』
了解の合図を送り、全員が配置につくのを待ってから、ニコルズは足を運んだ。
武器を構えることなど、できなかった。いつでも抜けるよう、腿のホルスターに入れてはいるものの、相手が
敵ならば、彼が次の日の出を拝める可能性は、ゼロよりほんの少し高いだけということになる。
10メートルまで近づいたところで、相手が声をかけてきた。
「ヴィー・ズン・ユー?」
オランダ語だった。
「リヴァリン・ポウザー」
「ターコイズ・オーガスタ」
「スペシャル・ボート・サーヴィス、イギリス海兵隊だ。私はニコルズ1等軍曹」
「ブラヴォー中隊、第1小隊。我々はオランダ陸軍だ。私はヘイボア1等軍曹、彼女はレシュカ伍長」
ヘイボア軍曹はニコルズ軍曹の手を固く握り締めた。緑と茶色のまだらに塗られた頬に流れる涙が、彼らの道程
の険しさを物語っていた。


 ヴェガ町には国連部隊として、フリードマン少尉に指揮された、オランダ軍の歩兵小隊が配置されていた。
フリードマン少尉は、装甲車2両と1個分隊―たった11名!―を手元に残し、残る3個分隊を、6ヶ所の監視
ポイントに配置して、治安維持にあたっていた。
ヘイボア軍曹の分隊もその1つであった。分隊は5人ずつ2つのチームに分かれ、ヘイボア軍曹が一方を、副分隊
長のグレーナー上級伍長がもう一方を率いた。

 15日早朝、他の監視ポイントからの報告により、フリードマン少尉は敵の接近を察知した。少尉は、小隊の
全力をもってこれを撃退すべく、全監視ポイントに撤退指令を出し、戦力の集中をはかった。
しかし、ヘイボア分隊の撤退以前に、ベガ町の本隊は敵の重囲に陥った。

 グレーナー上級伍長のチームは応答せず、その方面には強力な敵軍が出現しはじめていた。
チームは大隊主力のいるバルゴ港に針路を変更したが、路肩爆弾によって車両を失い、徒歩での後退を余儀なく
された。その途中で、バルゴ港の陥落の知らせを受けて、彼らは日本隊と合流しようと、再び山に分け入った。
しかしその夜、敵の大部隊と遭遇して、交戦せざるを得なくなり、チームは散り散りになってしまった。

 あらかじめ決めておいた集合点に他の隊員は現れず、ヘイボア軍曹とレシュカ伍長は、2人だけで進むことに
した。
投降という選択肢はなかった。民兵組織のいくつかは非常に残虐な仕打ちで知られている。
北東方面戦区で捕虜になった兵士の身に起きたことは、全ての国連兵の脳裏に焼きついていた。

「彼らは兵士を捕らえ、裸にして引きまわし、睾丸を切り取って本人の目の前でフライにし、頭のてっぺんから
足の先まで切り裂いたあげく、頭を切り落として杭に刺した」(P.W.シンガー『子ども兵の戦争』より)

 幸い、彼らは空中機動旅団での経験を持つヴェテランで、ゲリラ戦訓練も受けていた。
そして敵を避けつつ山中を行くこと1週間、こうしてチーム・ナイフと巡りあったわけである。

「我々はここに人助けに来たんだと思ってたんですがね。山歩きはもうこりごりですよ」
「こいつは、もはや人道支援でも情報収集でもなくなった。そのことを司令部の連中が分かってくれれば
いいんだが… 戦争中、君は何をしていた?」
「主として、ドイツのゲビルクス・イエーガー部隊と共同作戦を」
「そして、2個大隊の民兵が徘徊するなかをここまで来た―か。君なら習志野やストーンハウスでもいける
だろう」
それは浅網の最大級の賛辞だった。ストーンハウスには英海兵隊の山岳教導隊がいる。
SBS隊員たちが視線を交わし、一つの合意に達したのを、オランダ人たちは感じ取った。
ヘイボア軍曹を見て、浅網は目を細めた。
その表情を例えるなら―新兵徴募官のような微笑みであった。いや、そのものか。
「我々は少々頭数が足りない。率直に言おう。君たちの手を借りたい」
「好都合です。我々をあなた方の隊に加えてください。国王陛下の陸軍が一矢も報いずに脱出するなど、我慢
できません」
「我々は敵に見つからずにここまで来ることができたのです。SBS並みとまでは行かないかもしれませんが、
足を引っ張ることはしません!」
こうしてチーム・ナイフは6人に増え―日英蘭3カ国の混成部隊と化したのだった。


93:目標は撃墜された 2 3/7 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:12:01 LfubcVMb
「妙だな」
と三鷹大佐が言うのは、今日に入ってもう何度目か。

 中西部盆地の戦闘は、当初予想されていたような、低強度紛争の域から、完全に外れつつあった。
崩壊しつつある軍からは、将兵が―ときに部隊ごと―脱走してはLDFに加わっており、その結果、三鷹
戦闘団の前に現れたのは、無秩序な民兵集団ではなく、立派な機甲部隊だった。
三鷹戦闘団は既に、一週間にわたって、死力を尽くしての全力戦闘を戦っていた。
中川大橋の攻防戦では、1個大隊の90式戦車が、突進してくる1個連隊のT-62戦車を迎え撃ち、両軍入り乱れて
の大戦車戦を繰りひろげた。
この戦闘は、いあわせたNHKのテレビ・クルーによって本国に生中継され、国民の目を釘付けにした。

 戦況は明るくなかった。
23日夕刻、三鷹戦闘団と南東正面で激戦中だった敵が、ついに後退しはじめた。しかしそれと同時に、バルゴ港
方面からの敵部隊が攻撃前進を開始した。
優勢な敵に対して第1大隊は遅滞戦闘を展開しつつ後退、一方で南東方面の第3大隊は追撃体勢に入った。
しかし、三鷹大佐は引っかかるものを覚えていた。
はやる第3大隊を急ぎ引き戻して防御に転じさせ、同時に第1大隊を、思い切って中川東岸に下げた。
 その夜は、重大な試練となった。三鷹大佐と幕僚たちは、まんじりともせずに夜を明かした。
三鷹戦闘団は、敵のワナになかばはまりこみつつあったのだ。

 第1大隊は終夜猛攻を受けた。
この戦闘で、三鷹大佐は作戦幕僚を喪った。竹中少佐は第1大隊の戦闘指導中に砲弾の直撃を受け、認識票のみ
が後送されてきた。
しかし、日本人たちは持ちこたえた。
三鷹大佐が薄氷を踏む思いでしかけた策は奏功し、戦闘団はいぜん不利な情勢ではあるが、かろうじて追撃を
かわし、防御体勢への移行に成功した。

 しかし、妙なのはその後だった。26日朝までに、三鷹戦闘団の倍以上という強力な敵がバルゴ港方面から
進出してきたにもかかわらず、砲撃してくるだけで、まったく攻撃を仕掛けてこない。
三鷹戦闘団は激戦を覚悟して緊張していたが、前衛が動きだす気配すらないのである。

「S・K・パーカー氏が先ほど、シリウス国際空港にお着きになったそうです」
と人事幕僚が言ってきた。そう聞いて三鷹大佐は思い出した。三鷹大佐はスーザンと直接の関係があるわけでは
ないが、彼女の撃墜地点が彼の管轄地域内だったし、彼女たちの戦闘機にはおおいに助けてもらっていたので、
遺族がQ島入りしたら報告するように言っておいたのである。
「ずいぶん早いな」
「パーカー氏はノルウェーの国防研究所の研究員でありまして、取材のためにQ島を訪れる途上であったとの
ことであります」
「そうか…」
大佐はしばらく瞑目していた。
「直接お会いしたいところだが、知っての通りの戦況で、指揮所を離れられない。君のほうで、私の名前で
弔意をお伝えしてくれ」
「分かりました」


94:目標は撃墜された 2 4/7 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:12:33 LfubcVMb
それから意を決したように言った。
「司令もずいぶんお疲れのようですが」
「君たちが休めるようになれば、私も休むよ」
そして、思い出したように言った。
「そうだ、橘君を呼んでくれないか」

 戦闘団副長の橘中佐がくると、三鷹大佐は人払いをした。
「実は、バルゴ港地区に、イギリスの偵察チームがいるらしい」
「ほう。その情報の入手経路をお聞きしてもよろしいですか?」
「朝霞だ。あそこの隊員がひとり、英海兵隊といっしょにQ島に来ているんだが、最後の連絡によれば、彼は
チームごとオランダ軍に編入されたらしい。
しかし、降伏したオランダ隊のなかに、そいつはいない。江田島の連中が英海兵隊に探りをいれたところ、
どうもまだ作戦行動中らしいのだ。
私としては、彼らの情報がほしい。バルゴ港地区の情報が必要だし、あの地域にいる我々の偵察チームと同士
討ちになる危険もある。
情報を渡すなら、無許可で我々の縄張りに踏み込んできていることは問題にしないと言ってくれ」
「分かりました。次の幕僚協議のとき、英軍に当たってみます。
その海兵隊員の名前は何というのですか?」
「浅網渉、海兵隊中尉―もとの部隊は、海兵隊の特殊部隊SBUだ」


 軽装備の部隊が重武装した相手と対峙するとき、けっして変わらない法則のひとつは、装備の不足を何かで
補うことができないならば、敗北は不可避だということである。
浅網たちには幸い、利用できるものがいくつかあって、そのひとつが夜だった。
オランダ人を含め、チーム・ナイフは、全員が最新型の暗視ゴーグルを持っていて、誰もが音をたてずに動き、
殺すすべを心得ていた。
フェアに戦うつもりなど、なかった。
彼らがその気になれば、亡霊のように攻撃して小隊を抹殺し、闇に隠れて大隊を翻弄し、敵を恐怖のどん底
に叩き込むこともできた。

 しかし今、彼らは交戦を避けて、すばやく動いた。歩哨の姿を見れば迂回し、湿地を這った。
さしあたり、存在を敵に知らせることは得策ではない。殺すだけなら後でもできる。
 F-16の残骸は丸焼けではあったが、おおむねその形をとどめており、周囲には多数の足跡が残されていた。
電子機器、そしてひょっとしたら操縦士が、敵の手に落ちている恐れがあった。
あの戦闘機には、新型の敵味方識別装置が搭載されていた。日本空軍も支援戦闘機に搭載しているやつである。
そして、なお悪いことに、パーカー中佐はそいつの開発に参加していた。それが敵の手に落ちれば、なかなか
厄介なことになる。
可能なら、奪還する。もしもできなければ―
〈ドグハウス〉は躊躇いを見せていたが、その指令は完全に明瞭だった。
人間が、尋問にいつまでも対抗できるなどと、幻想を持っているものなどいない。
一方、古い箴言もある。曰く、死人に口無し。

 先導するニコルズ軍曹が手を上げるのが見えた。
浅網が低い茂みを回ると、木々の間から、焚き火の炎が明るく輝いた。
歩哨のライフルが光を反射し、きらりと光った。
愚か者め、と浅網は思った。
死にたがっていると宣伝しているようなものではないか!
地上部隊が消滅したにしても、制空権はいぜんとして国連部隊のものである。

 しばらく身を潜めて観察したのち、浅網たちは、あそこにいるのはざっと中隊に少し欠ける規模の民兵だと
結論した―この位置にしてはあまりに多すぎる部隊である。
浅網の勘は、彼に獲物の存在を告げていた。
接触は、明朝。


95:目標は撃墜された 2 5/7 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:13:26 LfubcVMb
 ノルウェー空軍のQ島派遣団の雰囲気は、まさに通夜のようだった。
ここしばらく激戦が続き、誰もが限界に達していた。
それが小康状態になったある日、隊長は戻らず、ウィングマンは大破して、やっと滑走路にたどりついた
―機体は全損状態で、生きて帰れたのが不思議なくらいだった。
部隊はまだ即応配置にはあったが、士気はどん底にまで落ち込んでいた。

 誰もがスーザンを好きだった。今回のQ島派遣団の指揮官にスーザンが選ばれたとき、みんなが喜んだもの
だった。
第三次大戦において、圧倒的なソヴィエト軍の侵略に直面して、ノルウェー空軍は事実上、壊滅した。彼らは
大戦中、多くのエース・パイロットを生んだが、その多くが、生きて終戦を迎えられなかった。
あるものは祖国の空に散り、またあるものはブリテン島を守って死んだ。
スーザンは、戦争を生き延び、かつ、エースの称号を持つ、数少ないパイロットであり、唯一の女だった。
イスラエルのさる空軍将官の、
“最優秀にして、もっとも大胆―そして、少々正気を外れたパイロット”
という言葉に、彼女はまさにぴったりだった。
 その能力にもかかわらず、彼女は親しみやすい上官だった。
彼女はしばしば厳しく当たった。
優しげな容貌にもかかわらず、彼女を侮るものはいなかった。彼女を怒らせるくらいなら、もっと楽に死ねる
方法がある、とまで言われたものである。
しかし、その根底には常に思いやりがあり、公正を欠いたことは一度も無かった。
彼女は、部下たちをよい状態に保つすべを心得ていた。
しばしば隊員たちは愚痴や文句をこぼしたが、それでもやはり、彼女を好きだった。

 しかし彼らも、いま廊下を歩く男にかける言葉を、持ち合わせてはいなかった。
彼らの多くは、既にクレトフを知っていた。
一度などは、基地警備演習で、陸軍に一泡吹かせるのに手を貸してくれた。
彼の出自にもかかわらず、彼らは例外なく、この隻脚の亡命者を好きになった。義足に頼らなければ歩くことも
叶わないにも関わらず、彼には自然な威厳があった。
そして今、彼らは悲劇のなかでもクレトフがその威厳を失っていないことに心打たれた。
しかし、ベルグ准将のような古くからの友人には、痛いほど彼の心中が分かっていた。

 クレトフはもともと、ソヴィエト軍のエリート将校だった。彼はその軍歴を通じて空挺部隊に属し、少佐
にまで昇進した。
 そのキャリアを捨てて、彼はノルウェーに移り住んだ。
卑劣な策を弄したあげく、世界を破滅の淵に立たせた祖国の政府への怒りが動機だったのかもしれないし、
第3次大戦での激戦が心身に負わせた傷がもとだったのかもしれない。
ともかく、3回目の大戦が終わって、意外にも世界は続いてゆくだろうと思えたとき、彼はノルウェー王国
空軍のスーザン・パーカー少佐(当時)に求婚し、彼女はそれを受けた。
ソヴィエトからは猛烈に非難されたし、もちろん空軍もいい顔はしなかったが、それが勇気ある決断だったこと
は間違いない。
そして西側での新生活で、クレトフの全てを支えたのが、スーザンだった。
交通ルールから買い物の仕方まで、何もかもがまったく勝手が分からず、体すら自由にならないなか、彼女だけ
がクレトフにとって頼りだった。
その彼女を、いま、彼は失った。祖国も家族もなく、彼はまったくの一人ぼっちになってしまったのだ。

 クレトフは、戦争での死や負傷に慣れないわけではない、
彼は、かつて空挺隊員としてアフガンにも行き、第三次大戦では多くの部下を失い、自らも片足を失った。
妻にすら言えないような任務に従事したこともあり、それが夢に出ることも、無いではない。
 一度は、いっしょに降下した部下のパラシュートが、どうしても開かなかった。
彼は曹長とともにそれを開こうとしたが、やがて離れざるを得なくなった。彼が自分のパラシュートを開いた
ときに、彼を見上げた兵士の目を忘れることは、一生ないだろう。


96:目標は撃墜された 2 6/7 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:15:00 LfubcVMb
 心構えはできていると思っていた。戦闘機乗りの家族は、伴侶がある日帰らないかもしれないという恐怖と
ともに生きている。

 しかしそれらは、愛する人の死という現実に対して、まったく効果を持たなかった。
心がいくつもの部分に砕け、それぞれがばらばらに動いているような感じだった。
ベルグや航空隊のみんなの言葉は意味をなさず、全てが現実感を失ったままに動いていた。
あの、獰猛なまでに活発だった彼女が死んでしまって、もうこの世界のどこにも存在しない、というのはとても
奇妙だった。
まったく奇妙だった。今にも、ドアを開けて彼女が飛び込んできそうな感じがするのに、いつもみたいに
ちょっと憎まれ口を叩いて、それでも嬉しそうに彼の腕に収まりそうな感じがするのに―


 彼らは、実に仲のよいカップルだった。
おそらく、皮肉にも、クレトフが障害を負ったことが、彼らを分かちがたく結びつけたのだろう。
彼は西ドイツ製のとてもよい義足をもらったが、それでも生活には多少の不自由があったし、それに慣れるには
かなりの時間と労力が必要だった。
そんなとき、いつも彼女は傍にいて、彼を助け、また励ましてくれた。
挫けそうなときには叱咤し、倒れそうなときには肩を貸した。
彼らは恋人であるとともに戦友でもあったのだ。
それは、彼らの出自を考えると、実に、実に不思議な情景だった。

 彼らは、とてもロマンチックとは言えないような状況で出会った
―実際、最初に出会ったとき、彼は彼女に銃口を向けていたし、その数分前には、彼女は彼の部隊を機銃掃射
していた。
 彼らはそのとき敵同士で、彼女は彼の捕虜だった。
彼の国は彼女の国を侵略している真っ最中だったし、世界は最終戦争めがけて突っ走っていた。
その危機の片隅の小さな島で、彼らは愛を育んだ。
自分がいつ彼女に恋をしたのか、彼には分からなかった。しかしそれは抗しがたい衝動として彼の中に根付き、
やがて彼の一部となった。
戦争が終わって抑留されたとき、彼は故国に帰りたいとは思わなかった。
エリート・コースを歩んでいた若い将校の思わぬ反逆だったが、誰もそれを不思議には思わなかった。
少なくとも彼ら二人を知っている人々にとって、それはまったく自然な成り行きだった。

 彼にとって、それは、卑劣な陰謀を巡らして侵略戦争を企て、あげくのはてに世界を滅亡の淵に立たせた、
祖国の政府への反発だった。
少なくとも、そのときはそう思った。
しかしいま、彼は自分の真情を知った。
自分の人生において、彼女がいかに大きな位置を占めていたのかを知った―しかし、それは遅すぎた。
彼女は既に、見知らぬ異国の地で死んでしまって、亡骸を見ることも叶わない。
理不尽だ、と思った。
彼女が大地に叩きつけられたとき、彼はきっとうるさい輸送機に文句を言ったり、狭くて硬い座席に悪態を
ついたりして、何も知らずに安穏としていたに違いない。
報いなのかもしれない。
あまりに多くの命を奪い、それにも関わらず、彼はこうして生きている。


97:目標は撃墜された 2 7/7 ◆ZES.k1SA.I
08/04/08 00:20:42 LfubcVMb
 それを思ったとき、彼は、自分の触れる全てが失われていくように感じた。

 多くの命を奪ってでも守ろうとした理想は幻想だった。
多くを奪っただけではない。彼も多くを失った―多すぎた。
上官を失い、部下を失い、脚を失った。
そして、祖国を捨ててでも守ろうと思った女性を、今、失った。
守るべき国もなく、帰るべき家もなく、全ては失われ、取り戻すことは叶わない。

 最悪なのは、涙を流すことすらできないということだった。
彼はあまりにも長いこと、そういった感傷を恥とする文化のなかで育ってきた。
しかし彼は気づかなかったが、それらの感情は独りで抱えこむにはあまりに重すぎた。それは冷ややかで浸蝕性
の液体のように、静かに彼の心を蝕み、荒廃させた。
 彼は虚ろな視線を夕暮れ迫る森に向けていた。彼は彼女の微笑みを描き、笑い声を聞いた。
身じろぎすることすら苦痛だった。

 誰かが扉をノックした。少し間を置いてもう三回叩き、それからベルグ准将が入ってきた。
「こんにちは、ミスタ・パーカー。失礼しますよ」
そう言って、彼は向き合うように椅子に座って、
「ひどい顔色ですよ。大丈夫なんでしょうな?」
と案ずるように聞いてきた。
准将の目が、隠しきれない疲労のなかにも興奮に輝いているのを知って、クレトフは鈍った心の片隅で、かすか
に訝った。
「実は―」
その言葉に、クレトフはわずかに頭を上げた。
ベルグ准将がもう一度繰り返しても、彼がその意味を掴むまでにはしばらくかかった。
「スーザンは生きています―イギリス軍からの情報です」

 ときに5月28日、雨期迫る島に夜のとばりが降りようとしていた。
だがこの夜、スーザンとチーム・ナイフは試練のときを迎えることになる。




# 今回は以上です。まだ本格的な戦闘がはじまっていないので、わりと短いですね。
# さて次回、これまでバラバラに動いていた各隊がひそかに接触し、ついに事態が動き始めます。
# また、村上2佐(中佐)以下の「よみ空」の皆さんの登場で、主要登場人物が出揃う予定です。
# 次回の投下時期は…すみません、未定ですが、もう半分くらいは書けてるので、そう遠くないと思いますよ。

98:名無しさん@ピンキー
08/04/17 00:23:33 oha17lRy
>>97
乙です。忙しくてゆっくり読む時間がないんで、休みになったら必ず読みます。

99:名無しさん@ピンキー
08/04/25 23:28:50 gua3gkk9
GJ

100:名無しさん@ピンキー
08/04/26 00:19:26 Q6qfqYUo
ここは二次OKだっけ?
ブリーチとかDグレとかリボーンとか

101:名無しさん@ピンキー
08/04/26 17:33:54 FkYP4HjR
俺は別に構わんと思うが…
該当の作品スレで「エロなしだけどいい?」って聞いてダメだったらでもいいんじゃないか?


102:名無しさん@ピンキー
08/04/26 20:11:53 Q6qfqYUo
トン。でもここエロパロ板だから聞くまでもない気がするwスレの雰囲気を見て検討してみる。

103:名無しさん@ピンキー
08/05/12 19:12:47 0iat/bCk
保守

104:名無しさん@ピンキー
08/05/14 22:26:22 81Y2R3ZS
スレリンク(eroparo板)
ここでもいいんじゃないか?JUMP系のお仲間がupしてるし>>100

105:名無しさん@ピンキー
08/05/24 00:19:15 EwdadgaX
保守

106:その、新たなる船出は(0/8)
08/05/25 14:57:56 covqNASz
ARIAの二次。
該当スレはあるんですが、書いていたらエロスのカケラもない
SSになってしまったんで、ここに落とさせてもらいます。
あぼん指定はタイトルで。

107:その、新たなる船出は(1/8)
08/05/25 14:59:25 covqNASz
「ちゃーすっ!」
「おはようございますっ!」
「あら? トラゲット組? 私たちのように、プリマになれない居残りさん?
ま、他の会社の居残りさん達と一緒に、今日もせいぜい頑張ってね(プッ」
「そ、そんな言い方しなくてもいいんじゃないですか! …… む、むぐぐ」
「いいから、いいから。朝っぱらから、波風立てなくってもいいから」
「だって、あんな言い方することは無いと思いませんか? あゆみさんっ!」
「言いたい人には、言わせておけばいいから。
ほらほら、そんな真っ赤な顔のまんまで、お客様の前に出る積もりか?」
「あ …… す、すみません …… 」


『その、新たなる船出は』


ここは、姫屋の管理室。
アリシアの現役引退、アテナの舞台デビューに伴い、
全現役水先案内人(ウンディーネ)のトップとなった晃と、
シフト管理のマネージャーが、頭を抱えていた。
「んー、新規支店のテコ入れに、ベテランを送り込み過ぎたかなぁ?」
「支店の方に連絡入れて、一人前(プリマ)のウンディーネを何人か
本店の方に廻してもらいますか、晃さん?」
「藍華も支店の立ち上げでゴタついてる時に、人を動かされても困るだろ。
それに、本店にだって頭数は居るんだ。
なんとか、こっちだけで対処してやろうじゃないか」

ホワイトボードのカレンダーには、来月から向こう三ヶ月間、
びっしりと団体予約が入っていた。
アリシアの引退で減速したものの、灯里の立ち上がりで
急速に地歩を固めつつあるアリアカンパニー、
効率的な運営で業績を伸ばし続けるオレンジプラネット、
切磋琢磨を続けるその他諸々の中小規模店。
そういった同業他社の動向に危機感を持った営業が、
後先考えずに予約を取ってきた結果が、この過密スケジュールとなっていた。

だが、実際に現場に出せるウンディーネの人数は限られている。
オフをずらしたり、削ったり、ローテーションを工夫するだけでは、
どうしても予定が破綻してしまう。
オレンジカンパニーを真似て、プリマに半人前(シングル)のウンディーネを
つけて、プリマの負担軽減とシングルの修行を行おうとしていたが、
始めたばかりの制度は、未だ効果を上げていなかった。
「もうそろそろ、昇格させられそうなシングルは居ないかな?」
そう言いながら、晃は名簿に手を伸ばした。
「サンタ・ルチア支店開設前に、一気に昇格させてしまいましたからね」
マネージャーは、お手上げの仕草をした。
「うち(姫屋本店)のシングルには、もう昇格対象者は残って居ません。
それに、そのプリマも経験の浅いメンバーばかりです。
中堅以上のプリマは、晃さん以外はごっそり支店に持っていきました。
やはり、現状のメンツでこの予定をこなすのは無理がありますよ」
マネージャーの愚痴を聞き流しながら、晃は名簿をめくった。
若すぎるか、操船の技量に問題があるか、接客が稚拙か、 ……
誰もがどこかにアラがある。


108:その、新たなる船出は(2/8)
08/05/25 15:01:26 covqNASz
紙をめくりつづけていた晃の手が止まった。
「あれ? この娘(こ)、どうして昇格対象になってなかったんだ?」
自分に向けられた名簿の紙面を一瞥して、マネージャーは答えた。
「あぁ、あゆみちゃんですか。最初っからトラゲット志望の子ですよ。
プリマへの昇格は興味無いからって、辞退してるんです」
「へぇ …… 」
相槌を返しながら、晃は手許の名簿に目を落とした。
経験は申し分なさそうだし、トラゲットの現場でも、
他社のシングルも含めて、上手く取りまとめているようだ。
「けっこう頑固な子ですからねぇ。説得は無理ですよ」

翌朝。
「ちゃーすっ …… う、うわぁ! な、何すか! 晃さんっ!」
いつものように、朝の挨拶をしようとしたあゆみに、
姫屋のトッププリマが、子泣き爺のようにしがみついていた。
「ぐふふ、あゆみちゅわーん、今日はトラゲットをお休みして、
私のサポートで、団体さんの対応に回って欲しいんだなぁ」
彼らの周りで、一緒にトラゲットに行こうとしていたシングル達が、
遠巻きに、恐ろしそうに見守っていた。
「晃さんってば、藍華さんが居なくなったから …… 」
「ああやって、シングルやペアの娘をさらって来ては、
シゴキ倒して もとい 可愛がって、寂しさを紛らわしてるそうよ」
「今日の犠牲者は、あゆみさんだ、ってコトで …… 」
「それじゃあ、私たちは …… 」
「「「「いってまいりまーすっ!!」」」」
「ああっ! みんなっ!」

首尾良く管理室に連れてこられたあゆみは、打ち合わせを行っていた。
「別にウチは、お手伝いすることに、不満がある訳じゃ無いんすけどね、
ただ、大事なお客様なら、ぶっつけでやらずに、
予行演習をしてから本番に入った方が良い、って思うんすけど?」
普段の顔に戻った晃が、疑問をぶつけてきたあゆみに答えた。
「ああ。今日が、その予行演習だ」
「へ?」
「まぁ、あれを見てみろ」
ホワイトボードの予定表を指さしながら、晃は言った。
ぎっしりと書き込まれた予定に、あゆみは絶句していた。
「お客様を迎えるにあたって、本番も練習も無い。それは分かるな?」
晃に言われたあゆみは、黙ったまま頷いた。
「だが、滅茶苦茶忙しくなる来月までに、みんなの様子を把握する必要がある。
だから、今日のは本番ではあるけれども、来月に向けた予行演習でもあるんだ」
晃の鋭い目線に、あゆみは再び黙って頷いた。

「ようこそ、いらっしゃいませ」
ゴンドラ乗り場に、晃のよく通る声が響いた。
その声に、あゆみは はっ とした。
ただの挨拶、セリフだけならば紋切り型の口上に過ぎないのに、
そこには、歓迎の気分が、聞いただけで微笑まずにいられない明るさが
込められていたからだ。
「これが、トッププリマの接客かぁ」
あゆみは、これまで興味を感じられずにきた、
観光案内の世界の奥深さを、垣間見たような気がした。


109:その、新たなる船出は(3/8)
08/05/25 15:02:27 covqNASz
あゆみにとって、晃の白いゴンドラに、半人前の黒いゴンドラで並走するのは、
正直、気がひける思いがしていたのだが、その事は杞憂に過ぎなかった。
乗客たちは、女性が操るゴンドラで観光案内してもらう、という
体験そのものに珍しさを見出している様子だった。
間近に見る晃の操船や口上、振舞いなどから、大事なものを盗みとっていった。
1セットのクルーズが終わる度に、晃から厳しいダメ出しが出た。
声が小さい、態度が硬い、気さくと失礼の間の見えない一線を踏み越えている。
晃のダメ出しがあるごとに、あゆみの腕前は向上していった。

晃にとっても、あゆみと接する事で、新たな発見があった。
あゆみの気さくな態度は、乗客の緊張感を消し去った。
活発な動作は「この娘のゴンドラなら大丈夫」といった安心感をもたらした。
普段トラゲットで鍛えられている成果なのか、
男性客の下品な冗談はさらりとかわし、
乗客が多い時でも、安定した操船を行っていた。
午前のクルーズを終了し、昼休みをはさんで午後一番のクルーズの途中、
「こいつ、意外と凄腕のウンディーネになるんじゃないか?」
と思いはじめていた頃、厄介ごとが持ちあがった。
観光客の集団とは、基本的に厄介ごとがセットになっている。
いきなりトイレを要求する者、腹が減ったと言い出す者、居眠りする者、
大抵の事は経験済みだったが、さすがの晃もちょっと困った。

あゆみは、先行する晃が右手を小さく廻している仕草に気がついた。
「お客様、すこしスピードを上げますので、お気をつけ下さぁい」
ハリのある声で言うと、晃のゴンドラに並ぶ位置につけ、
かろうじて二人の間だけで聞こえる程度の小声で尋ねる。
「なんでしょう?」
「あゆみ、ピンチだ」
赤ん坊を抱えた、若い母親のお客様が、授乳をしたいと言い出したのだ。
大きな商業施設にまでたどり着いてしまえば、授乳室もあるが、
ネオヴェネツィアの下町の水路を航行している今この場には、
そういうこじゃれた物は無い。
この場で授乳してもらう事もできるだろうが、
抵抗無くそういう事ができるなら、わざわざ晃に相談しないだろう。

あゆみは、少しの間あたりを見回すと、にっ と微笑んで、晃に言った。
「了解っす。不躾ながら、しばらく先導させて頂きたいんすが」
「分かった。まかせる」
「お客様、しばらく規定のコースを外れさせていただきまぁす」
規定速度いっぱいの早さで、町の舟着き場にゴンドラを付けたあゆみは、
手早く自分のゴンドラを舫う(もやう)と、乗客にしばらく待つように頼み、
陸上に姿を消し、またすぐに戻ってきて、晃に合図をした。
晃はゴンドラを接舷させると、赤ん坊を抱えた母親に声をかけた。
船に不慣れなお客様は、立ち上がるだけでもゴンドラをゆらしてしまう。

あゆみは、素早く母親のお客様をはさんだ、晃と相対する位置に回って、
片足でゴンドラを踏みしめる。
晃に手をとられて、揺れが収まったゴンドラから降りたお客様を
すかさずエスコートして、あゆみがどこかに連れていく。
晃は、残された乗客が退屈しないよう、二隻のゴンドラにむかって、
あれやこれやの逸話を語って聞かせた。


110:その、新たなる船出は(4/8)
08/05/25 15:03:42 covqNASz
しばらくたって、恐縮したお客様を連れて、あゆみが戻ってきた。
待たされていた他の乗客も、晃の話に退屈を感じていなかったためか
戻ってきた母親を温かく迎えた。
その母親が、舟着き場の方を見て深々とおじぎをしているのに気づいた晃は、
そこに人の良さそうな婦人の姿を認めた。
「あの方が授乳する場所を貸して下さったのか」
と思った晃は、自分も深く一礼をした。
ふと見ると、自分のゴンドラに戻ったあゆみは、
舟着き場の婦人に向かって、元気一杯に手を振っていた。
その、あゆみの姿を見た、道を歩いていた関係の無い子供が、
喜んで手を振りかえす。
その子供に向かって、今度はお客様が手を振り始めた。
自然と沸き上がった、和やかな笑いに包まれて、
二隻のゴンドラはクルーズを再開した。

「今日の午後のアレには参ったな」
仕事を終え、ピザ屋にやってきた晃とあゆみは、
反省会と称して、マルガリータをぱくついていた。
「よくあの場所で、授乳場所を貸してくれるお宅を知っていたなぁ」
「あぁ、それは」
感心したように言う晃に、嬉しそうにあゆみが答える。
「イトコの知合いがあすこに住んでるンすよ」
「親戚の知合いって、それは赤の他人と言わないか?」
呆れたような晃のツッコミに、あゆみは邪気の無い笑いを返した。
「実は場所を貸してくれたのは、そのお向かいさんなんすけどね。
あン時、知合いさんは留守だったもんで」
あゆみの笑い声は、店の中にころころと響いていった。

その日から、あゆみはプリマのサポート役に駆り出される事が多くなった。
ただ、あゆみ自身は自分の仕事の主軸を観光案内には置いていないようで、
相変わらず、トラゲットの現場へと足を向けていた。
その事で、ウンディーネ達の中に、噂が流れるようになった。
「トラゲットをしているシングルの中に、
プリマ級の腕前を持つウンディーネが混じっているようだ」
「どうやら、それは、姫屋のシングルらしい」
「姫屋は、そのウンディーネを軸にトラゲットの独占を狙っているそうだぞ」
「いやいや、そのウンディーネの才能に嫉妬したプリマが、
昇格できないように手を廻しているんだ」
「嫉妬しているプリマとは、三大妖精の一人、クリムゾンローズだってよ」
晃は、自分についてなら、どんな誹謗や曲解でも、受け止めることができた。
だが、あゆみの事で、好き勝手な事が語られているのが、我慢ならなかった。
あゆみ本人は、噂話なぞ気にも止めてない態度をとっていた。
むしろ、あゆみを気遣う晃自身が心配だ、と言ってくれるんだが ……

「ほへ、しばらくお会いしない内に、そんな話があったんですかぁ」
多忙を極める日々の中、久しぶりに偶然ゲットできた午後の半日オフを
晃はアリアカンパニーで過ごしていた。
久しぶりに、私も今日はオフなんですよ、と笑う灯里は、
午前中は、アイちゃんの修行に付き合い、午後も店番をしているそうだ。
それって、オフでも何でもないような気がするんだが。
予定カレンダーにも、姫屋のそれと大差ない程の書き込みがあった。



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