08/05/16 11:05:14 xhNsE2w9
トントン、とまな板を叩く包丁の軽快なリズムと、食欲を誘う美味しそうな匂いに俺は目を覚ました。
まだあまりハッキリとしない意識の中、キッチンに視線をやると、エプロン姿の直が目に入る。
「おはようございます、秋山さん。良く眠れましたか?」
お前はどうなんだ?
と化粧の下からうっすら覗く彼女の隈を見ながら思ったが、口には出さなかった。
「来てたのか。悪いな、朝メシ作らせてしまって。」
「いいえ。だって秋山さん、私が居ないとちゃんとご飯食べてくれないんですもん。」
フフフ、と柔らかく微笑むと直は俺の茶碗にご飯をよそってくれる。
テーブルには俺の好物ばかりが並ぶ。
ちゃんと栄養のバランスも考えられていて、朝から怖いくらいに豪勢だ。
「秋山さん最近、一緒に暮らそうって言ってくれませんよね…」
向かい合って座るテーブル越しに、直が寂しそうに微笑いながら呟く。
俺と直は随分前から付き合っていて、こうして俺の家に食事を作りに来てくれることが度々あった。
朝食をわざわざ作りに来てくれる時なんかは、一緒に暮らそう、と言って彼女を抱きしめた。
その方が直も楽だし、何よりいつも一緒に居られるからと。
でも直は結婚前に男性と一緒に暮らすのは父が許してくれない、と反論した。
俺は思わず笑ってしまったが、彼女に従って同棲は諦めることにした。
それからも時々、直に一緒暮らしたいと我が儘を言う様にからかっては
彼女の困った反応を見て楽しむことがあったが、もうずっと前のことだ。
俺が直の帰る場所になりたい。長い間帰る場所がなかった俺に君がそれを与えてくれた様に。
少なくともあの頃は本気でそう思っていた。