07/10/16 02:01:21 Z3fSYQN3
「お兄さま。早くおっきなさって……お兄さまったら……」
宇都宮杏樹は兄、久典の体を揺すりながら耳元に囁きかけた。
「ん……んんっ?」
ようやく目を開けた久典が、寝ぼけ眼で身を起こす。
直ぐ側に心配そうに眉をひそめる美少女の顔があった。
真っ直ぐ切り揃えられた前髪、潤みを帯びた漆黒の瞳、そして控え目な鼻と口へと視線が降りていく。
相手が妹の杏樹であると分かり、久典はホッと溜息をついた。
彼はたった今まで、嫌な女上司に責められる夢を見ていたのである。
ホッとしたのも束の間、目覚まし時計に目をやった途端、久典は文字通り飛び上がって狼狽えた。
「遅刻っ、遅刻するっ……なんで起こしてくれなかったんだよっ」
久典はワイシャツの袖に手を通りながら妹を振り返った。
「ですけど……部屋に入るなっておっしゃったの、お兄さまですわ……それに何度も揺すって差し上げましたのにぃ……」
杏樹は泣きべそをかいて口答えした。
その通りであった。
17歳になった杏樹は日増しに美しくなり、体の線も女らしく成長している。
夏場、薄着になっている時など、目のやり場に困るほどである。
妹属性などない久典だったが、無視するには妹は余りにも魅力的であり、彼としても意識せざるを得なかった。
なのに、美しい妹はいつまでも子供の時のまま無邪気に接してくる。
このままでは間違いが起こりかねないと危惧した挙げ句の、無断立ち入り禁止措置であった。
当然の如く、杏樹はわんわん泣きじゃくって拒否した。
そこで、用事がある時に限り、断りを入れてからなら入出を認めるという譲歩案を出し、ようやく妹を大人しくさせたのだった。
今更そんなことを悔やんでも始まらず、また二度寝してしまった自分が悪いのは明白なので久典は八つ当たりを止める。
そんなことより一刻も早く身支度をするのが先だ。
遅刻すれば、また嫌な女上司にネチネチといびられ抜くことになる。