08/02/10 23:09:36 9vB1PCaF
>>156の続き
「うちはお父さんもお母さんも元気だから、厚子の気持ちをとても全部理解してはあげられないけど。
―-厚子はさ、もっと自分に自信を持ってもいいと思う。厚子はとっても優しくて強い娘だから、何があ
ったってお母さんのことを忘れたりなんかしないよ。厚子のことを、ずっと見てきた私が言うんだから間
違いないよ。それよりもさ、厚子が落ち込んだ顔をしてることの方が、お母さんに悪いと思うんだ。厚子
が元気になってくれないと、お母さんだって安心して天国にいけなくなるじゃない。つらいこともあるけれ
ど、世の中には楽しいことがもっと一杯あるし、厚子はこうして生きてるんだからさ。もっと二人で楽しも
うよ。ねっ、厚子」
傷ついた親友を励ますという、およそ自分には不向きな大役を引き受けた今、奈緒は必死になって脳を
フル回転させ、言葉を紡ぎ出した。何とかして友達を救いたい。その一心で。
お母さんを亡くしたことの哀しさ、喪失感は理解できるつもりだ。だけど、それに囚われすぎて厚子まで死
人みたいな状態になっているのは間違っている。
(厚子……お願い。元気を出して)
だけど
「無理だよ……。私、そんなに器用じゃないし要領よくもない。お母ちゃんのことが頭から離れない。何を
やってても楽しいと思えないし……。やっぱり前みたいには戻れそうもないよ」
厚子はすっかり萎縮してしまっていた。母親という拠り所を失い、父親にも裏切られたという思いを抱えて
懸命に一人で突っ張って生き続けてきた結果、自らの殻に閉じ篭り、そこから出て来れなくなってしまって
いた。今の彼女にとって世界はとても窮屈で息苦しいものなのだろう。そこから彼女を解放することは容易
ではない。生半可な慰めや励ましの言葉の羅列では、なんの効力もない。
では、どうすれば? 実力行使しかない。それもかなり荒療治の。
ゴクリッと、唾を飲みこむ。正直、これから自分がやろうとしていることが正しいことかどうかわからない。
(でも、私が厚子にしてあげられるのはこれだけ。これは、私にしか出来ないことなんだ)
「厚子。顔をあげて」
深く息を吸い込み、決意を固めると奈緒は言った。その先に起こることも知らず、厚子は言われるままに顔
をこちらに向ける。その後頭部をそっと右手で抱えて自分の方に引き寄せる。そして一息に唇を奪った。
親友との初キッスは、しょっからい涙と臭いニコチンの味がした。